構造問題の最近のブログ記事


 4年前の2007年11月12日にドイツでの年金支給年齢引き上げのコラムを書いた。ドイツの場合、65歳から67歳への引き上げだった。今度の政府の提案は厚生年金の支給年齢を「68歳」に引き上げるという案だ。

 より深刻だ。平成17年度に厚生労働省が発表した日本男性の平均余命は78.79歳。日本では20歳になると年金を支払う義務が生じる。60歳までの 40年間年金を払い続けて、10年ちょっとしか年金支給がないなどということがありうるのか。わが高知県の場合の平均余命は77.93歳だから、10年も 支給がないことになる。

 これは国家による詐欺だ。そんな厚生年金ならば、国民それぞれの自己責任で老後に備える方がよっぽどましだ。厚生年金は解散してこれまでの積立額に応じて分配すればいい。

------------------------------------------------------------------------
 2007年11月12日 もはや年金と呼べない67歳支給
------------------------------------------------------------------------
 ドイツで年金の支給を67歳に引き上げるという話を1年前、新聞で読んだ。ドイツ連邦政府は、年金の受給開始年齢を段階的に引上げることを目的とする、年金改革法案で合意を見たというものである。

 現行の支給年齢は、原則的に満65歳に達した月の翌月から。改革法案では、2012年から支給開始年齢時期を毎年一月ずつ引き上げる。最終的に67歳になるのは1964年に生まれた人からとなるからまだ時間がかかる。

 人間の平均余命がどこまで伸びるのか分からないが、日本でもそんな議論が起き始めているから黙っているわけには行かない。

 30年前に共同通信社に入社した時、共同の人の平均余命が63歳だと聞いたことがある。在職死亡を含めての数字だが、若かったし、「へー記者ってのは激 務だから長く生きられないのだ」。他人事のようで気にもかけなかった。労働組合は当時、定年延長を闘っていた。55歳から60歳への引き上げである。定年 は制度ではあるが、労組が会社から勝ち取ったものである。定年が延長されると当たり前のように年金の支給年齢も併せて引き上げられた。

 現在の日本の年金の支給年齢引き上げは定年延長を伴わない制度改正だった。政府は支給年齢を先に引き上げてから、企業に対して「再雇用」だとか「雇用延長」を求めるようになった。本来は逆でなければならない。

 20年前には60歳以上の人を働かせるには理由があった。少子化に伴う労働人口の減少という切羽詰まった問題があった。90年代初めのバブル期、労働人 口の減少に対する懸念が台頭していた。だから女性の雇用や高齢者雇用が叫ばれ、外国人労働の導入も政策課題にのぼった。しかしその後に景気が減退して、逆 に人余りとなり、労働人口の問題はしばらくトーンダウンした。

 この間、日本の財政が逼迫、長期的な低金利も相俟って年金制度の改革が迫られた。正確にいえば改革ではなく改悪である。年金の支給年齢を引き上げなければ、年金制度が破たんするとされ、支給年齢を段階的に65歳に引き上げるよう制度が改められた。

 本来は労働人口減少から雇用延長が不可避とされたのに、定年から年金支給開始の65歳まで収入が途絶えるため、高齢者雇用が再び政策課題となった。年金が払えないから雇用延長が必要となったのである。これは本末転倒だ。国民はこれも仕方のないことなのだと受け入れた。

 しかし、支給年齢が67歳となると話は別だ。たった2歳ではあるが、この2歳は大きい。65と67では年齢の「響き」が違う。65歳はまだ「壮年」の続 きのイメージがあるが、67歳はもはや70代の入り口である。年金は老後生活の生活資金である。大方の人は、65歳ならばその後もまだまだ生きているだろ うというイメージでとらえるだろうが、70歳となれば死を考える年齢である。

 その70歳の入り口である67歳まで年金がもらえないとなれば、これは年金ではない。平均余命が80歳だとしたら、定年後20年間の生活費が必要とな る。その三分の一は自分で生活費をかせがなければならないのである。たった13年の生活費のために30何年も掛け金を掛け続けなければならないのだとした ら年金などいらない。

 ここまでくれば、年金制度は完全に破たんしたも同然である。

--------------------------------------------------------------
読者の声
--------------------------------------------------------------
私は34歳で無職の妻と小学生、幼児の家庭を持っていますが、毎月5万円弱の年金を支払っています。後25年今のまま単純に払い続ければ、1500万円に なります。外国債等で安定運用しても25年かければ3000万円くらいにはなります。インフレによる物価上昇があっても、余命20年ぐらいであれば、退職 金やその他の積み立てとあわせ、十分な蓄えといえます。正直な話、たいした額払ってもなく、バブル景気でバブルでいい思いをして、退職金もしっかりもらっ た、再就職にも苦労しなかった今の高齢者世代、具体的には66歳以上の世代(ベビーブーム以前の人々)のために私の払った年金が使われていることに納得ど ころか、怒りすら感じます。年金を支払うぐらいならば、先年、定年退職した両親に同額仕送りしたいと思います。3人兄弟なので年金よりも受取額は多くなる のではないでしょうか。
そんな厚生年金ならば、国民それぞれの自己責任で老後に備える方がよっぽどましだ。厚生年金は解散してこれまでの積立額に応じて分配すればいい。という意見に同意します。(Y.I.)

 2010年6月14日、産経新聞朝刊1面トップに「全国郵便局長側 国民新に8億円」の見出しが躍っ た。筆者は小泉純一郎内閣が郵政民営化を果たしたときに拍手を送った国民の一人である。郵便局が公営であることに反対しているのではない。まず郵便貯金が 国民の何の了解もなく、そのまま財政投融資の財源となっていることに危機感があった。次いで問題としたかったのは日本道路公団と同様にグループ企業による 随意契約によって郵貯資金が郵政OBらに還流している点だった。もう一つ、公務員であるはずの郵政局長らが別組織をつくって堂々と政治活動をしている実態 についてどうしても合点がいかなかった。
 国民新党は郵政民営化の是非を問うた2005年の総選挙で自民党から離脱して創設された政党だが、現在衆院3 人、参院6人、計9人しか国会銀のいない小世帯。そこに郵便局長らがつくる政治団体「郵政政策研究会」などが3年間に8億円もの資金を流していたというの だから尋常でない。

 よほどの利益還流が約束されないかぎり、そんな小政党に巨額の政治資金を供与するはずがない。「民営化によって地域の郵便局が相次いで廃局になってい る」などという話に誘導されてはならない。国営だった時代でも郵便局の新設・廃止は日常茶飯事だったのである。(伴 武澄)

 -------------------------以下は産経新聞記事-----------------------------

 郵政改革法案の可決を目指す国民新党側に、全国の郵便局長らが過去3年間で総額8億1973万円を資金提供していたことが13日、産経新聞の調べで分 かった。「全国郵便局長会」(旧「全国特定郵便局長会」)の会員やOB、家族らでつくる政治団体「郵政政策研究会」がパーティー券購入や寄付を行い、郵便 局長らは国民新党の職域支部「国民新党憲友会」にも納金していた。国会議員9人の小政党に特定の団体側から8億円もの資金が流れていた事実に、識者からは 「露骨な利益誘導」とする批判の声も出ている。(調査報道班) 国民新党は郵政解散直後の平成17年8月に設立。18〜20年の政治資金収支報告書による と、郵政研はこの間、全国の郵便局長らから個人献金計約7億5738万円を受領。党の衆参両院議員の現職や元職、候補者ら計12人の政治団体にパーティー 券購入や寄付で、計2億5500万円を支出した。

 国民新党への寄付と、国民新党側が年1回開催する政治資金パーティー「国民新党総決起大会」でも、郵政研は計2350万円を支出しており、国民新党側への支出は3年間で総額2億7850万円に上る。

 国民新党側は、全国に12ある郵政研の地方組織「郵政研地方本部」からも3年間で計5750万円を受領した。

 また国民新党の職域支部「国民新党憲友会」は、郵便局長やOB、家族ら約21万3900人が党員登録し、3年間に党費として約6億1559万円、個人献 金として9992万円を集めていた。このうち2億3178万円は郵政研側に環流。憲友会の代表は、日本郵政を監督する総務省の長谷川憲正政務官が務める。

 巨額の資金に基づく利益誘導の有無について、国民新党と郵政研はともに「まったくない。法的にも問題はない」としている。

 独協大法科大学院の右崎正博教授(憲法学)の話「特定の勢力から巨額の資金提供を受け、その勢力の望む政策を実行するのは、露骨な利益誘導といわざるを 得ない。小政党の国民新党は、大政党と比べて資金量も大きく劣ることから、郵便局長会側の資金への依存度は相対的に高く、より露骨だ。郵便局長が中心と なった職域団体の代表が総務政務官というのも、公平性に疑問がある」

 森稔森ビル社長が6月14日付日経新聞のインタビュー「領空侵犯」で「小型ジェット機の利用を増やせ」と提言している。欧米の企業経営者の多くはプライベートジェットで移動しているが、日本の空港にはその受け入れ施設があまりにも貧弱だという話はむかしから聞いている。

 日本的にいえば、お金持ちたちだけが利用する空港整備など必要を認めないことになる。しかし話はそう単純ではない。
 記事によると、プライベートジェットの離発着回数はニューヨークは年間25万回、ロンドン7万回。アジアでは最近発着枠を伸ばしている香港が7000回。対して羽田はわずかに300回、成田700回なのだという。

 そのむかし、フィリップモリスの招待でアメリカの同社の工場を見学させてもらったことがある。驚いたことはたくさんあったが、フィリップモリスがプライ ベートジェットを30機保有していたことである。食品生産の中心地シカゴと、タバコ生産のリッチモンド、そしてニューヨーク間に"定期便"が飛んでいた。 社内の端末からキップの予約ができるだけでなく、エグゼクティブは単独でも全米から海外に向けてそのジェット機を使用することができるのである。

 われわれもシカゴ到着後、アメリカ国内の移動はすべてプライベートジェットになると告げられた。工場見学やインタビューなどが終わると車で空港、といっ ても一般空港に併設されたプライベートジェット用空港がどこの大都市にも整備されている、に向かう。空港ビルは一切なく、車は目的のジェットのタラップに 直接横付けされる。5分後にジェット機は滑走路に走りだしている。到着後もまた同じだ。迎えの車がタラップ横で待っている。極めて効率的に移動ができる仕 組みが20年前にすでにアメリカにはあった。

 同社の日本人幹部がこぼしていたことがある。当時、日本はバブルの真っ最中。羽田は国際便の離発着を許していなかったし、成田も離発着枠の余裕がほとん どなかったため、アメリカから幹部を乗せたプライベートジェットが日本にやってくると、羽田で断られ成田で断られ、空きがある名古屋空港に着陸せざるを得 ない。名古屋空港に到着してから、東京の日本法人にたどりつくのに4時間ちかくかかる。アメリカの幹部のこの理由がまったく理解できないというのだ。東京 に到着した時点でその幹部の憤まんは爆発寸前。日本とのビジネスがうまくいくはずがない。(伴 武澄)

経済社会の先行きが不透明だ。大坂の米商人でもあった山片蟠桃は「経済ハ民ヲシテ信ゼシムルニアリ」と語った。しかしいま人々の将来への確信・長期期待の状 態は弱い。実価を知らずに相場をはる人々に反省を迫ったのは石門心学者の柴田鳩翁。大蔵永常や佐藤信淵の実学も今日的だ。今こそ日本近世における実学の先 達たちから大いに学びたい。

テーマ:「今こそ民間の知力を! 日本近世の経済論から学ぶ」
講演者:日本東アジア実学研究会会員 森野榮一氏
日時:3月21日(日)14時~16時(終了後懇親会有、参加費別途)
主催:財団法人国際平和協会
場所:大田区消費者生活センター:第六集会室
http://www.city.ota.tokyo.jp/shisetsu/seikatsu_center/index.html
会費:お一人様、2000円(先着30名様まで、領収書発行可能)
幹事:津田慶治、園田義明
お申し込み:氏名、メールアドレス、懇親会参加の有無をご記入の上、こちらまでメールでお願いします。
fuku41@mail.goo.ne.jp

<森野榮一氏プロフィール>
経済評論家、ゲゼル研究会代表、日本東アジア実学研究会会員。1949年、神奈川県生まれ。國學院大學大学院経済学研究科博士課程修了。著書は、『商店・ 小売店のための消費税対策』(ぱる出版)、『エンデの遺言』、『エンデの警鐘』(共著、NHK出版)、『だれでもわかる地域通貨入門』、『なるほど地域通 貨ナビ』 (北斗出版) など多数。1999年、NHKBS1特集「エンデの遺言」 の番組制作に参加。その後、町づくりのアドバイスや地域通貨の普及活動に努めている。
 6月からの高速道路無料化区間が2月2日発表された。当初から高速道路のうち東名など幹線や首都高などは対象外とされていたが、あまりにも小規模で末端の路線ばかりなので落胆させられた。

 高速道路無料化は民主党のかねてからの主張だったが、政権獲得後の世論調査では、世論の評価はあまりかんばしくない。反対の理由は「環境」と「渋滞」である。
 もともと高速道路の建設は借金に依存していた。昭和30年代の名神や東名は世銀など海外からの借款が充てられ た。税金はおろか日本のお金でもなかったのだ。通行量で借金を支払い、完済した時点で無料化するはずのものだった。つまり当面の建設資金が回らないので借 金=有料でスタートしたのである。

 「当時は天下の公道を走るのになぜお金が必要なのか」との不満もあったが、国民は我慢した。そもそも論である。

 東名は名神はもっと早い時点で無料化されてよかったのだが、高速道路を全国に張り巡らせるためにさらに建設資金が必要とされ「プール方式」といって全国の高速道路建設が終了して借金を完済するまでは有料を続けることになった。

 高速道路の建設資金の償還期間は50年とされているので、多くの国民は無料化となる前にこの世を去ることになる。これでは利用者はたまったものではない。

 反対理由の渋滞について、言いたい。そもそも首都圏の終末は50キロ以上の渋滞は当たり前のこと。いったん高速に乗ると渋滞となっても高速を乗り降りす ると通行料がかさむのでドライバーは「じっと我慢の子」を決め込むことになる。30分で通り抜けることができる区間を5時間も6時間も我慢すること事態が 尋常でない。JRの特急が一定時間遅れると特急料金が還付されるのに、高速道路では一切そうしたサービスがない。

 無料化されてたとえ渋滞が増えたなら、利用者は躊躇なく一般道路に降りるだろうし、そもそも、料金所の存在が渋滞の大きな原因となっているのだ。

 それから環境である。これには二つの問題が提起されている。無料化されると利用者が鉄道やバスなどの代替交通を利用しなくなるためにガソリンの使用量が増えて排ガスも増えるという考え方である。もう一つは渋滞による排ガス排出量の増加である。

 前者には一理ある。しかし大都市以外のところではすでにマイカー通勤が当たり前になっていて、公共交通機関の存続すらが危うくなっているのである。乗用 車の利用でいえば、大都市圏の週末の利用が多少増えても劇的に環境が悪化するとは考えられない。大都市に住む筆者自身にとって、そもそも週末の大渋滞が堪 えられないので10年以上もマイカーで遠出したことがない。たとえ高速道路が無料になっても週末に遠出することはないだろう。

 もう一つの渋滞による排ガス排出量の増加は、大都市周辺で想定されている事態であるが、そもそも週末はすでに渋滞が続いているから、これ以上の渋滞はありえないと考える。

 高速道路は、「高速」に意味がある。これまで料金が高いために一般道を使うケースはあまりに多かった。せっかく巨額の資金を投資して建設したものが、高 い利用料のために利用されないのだとしたら何のためにつくったのか分からない。車の通行量が増えるのを危惧するのなら、そもそも道路建設は一切やめた方が いい。一般道のバイパス道の建設では渋滞や環境がほとんど問題とされないのに、なぜ高速道路だけが問題視されるのかも分からない。

 最後に「私は車を持っていないから高速道路無料化は反対」という人がけっこういる。自分は運転しなくても、家族がするかもしれない。あなたが乗っているバスが走る一般道の建設や補習には高速道路以上の税金が投入されているのですよ。(伴武澄)

 高速無料化、37路線50区間 開始は6月と国交相【共同通信2010年02月02日】

 前原誠司国土交通相は2日、全国の高速道路のうち北海道・道央自動車道の士別剣淵―岩見沢(延長139キロ)など37路線50区間を2010年度、実験 的に無料化すると発表した。交通量の少ない地方路線が中心。自動料金収受システム(ETC)の利用や車種にかかわらず、すべての車が対象となる。開始時期 について前原氏は「6月からの予定」と述べた。期間は11年3月末まで。

 高速道路の無料化は、民主党が09年の衆院選マニフェスト(政権公約)で掲げた目玉施策の一つで、流通コストの引き下げや地域・経済の活性化が狙い。 10年度の予算は1千億円で、対象区間の総延長は1626キロ。対象外の首都高速と阪神高速を除き、供用中の高速道路の約18%に当たる。

 ETC利用の乗用車と二輪車に限って地方圏の休日(土日祝日)の通行料を上限千円とした大幅割引で、渋滞があまり起きなかった路線を中心に選んだ。秋田、山形、島根、高知、大分、宮崎の各県では高速道路の多くが、沖縄県では全線が無料になる。
 UR、本体赤字も関連10法人の剰余金519億円 

 東京新聞の一面トップの記事である。「本体赤字で子会社大幅黒字」。どこかでみた構図だ。日本道路公団がそうだった。郵政事業は国営時代、黒字になった り赤字になったりだったが、子会社群に黒字が溜まる構造だった。国営でやっても、独立法人となっても体質は同じ。官僚が独立法人に天下り、独立法人がさら に子会社に天下る。たっぷり溜まった資金は、パーティー券などの原資にもなったはず。飲み食いやタクシー代の原資として官僚に還流しているはず。

 国家予算が破綻しても自らの懐のことしか考えない役人が多すぎる。三つも四つも団体を天下り続け、そのつど退職金をもらうことが国家財政を圧迫している ことに鈍感なのだ。鈍感というより、そういうセンサーをほとんど持ち得ていない。そんな官僚を頂くのが日本という国家なのだ。
-------------------------------------------------------------------------------------------
 UR、本体赤字も関連10法人の剰余金519億円 2009年11月16日 09時09分

 市街地整備や住宅供給事業を行う独立行政法人「都市再生機構」(UR、横浜市)の関連10法人の利益剰余金が昨年度、総額519億円に達していたことが 明らかになった。10法人にはURから再就職した"天下り"の役員らが304人に上っていた。約4千億円の赤字を抱えるURとは対照的に関連会社がURか ら独占的に事業を請け負い、多額の利益を上げている実態が浮かび上がった。

 会計検査院の調べによると、剰余金の最高額は、UR住宅の駐車場管理や改修などを行う「日本総合住生活」(JS)の210億円。同社は今年6月、批判の 高まりを受け、124億円をURに寄付した。同社の社長は建設省(現国土交通省)OBで、UR前身の旧都市基盤整備公団副総裁を経て2003年に2度目の 天下り。昨年度、同社には役員10人を含め、UR出身者が32人在籍した。

 次いで剰余金が多かったのは、URの市街地開発の関連事業を行う「新都市ライフ」の128億円。社長は元国交省審議官で、旧公団理事を経て04年に社長に就任した。

 再就職が多かったのは、UR業務の一部を代行する「URリンケージ」(剰余金37億円)と、UR住宅の管理を行う財団法人「住宅管理協会」(内部留保 15億円)で、いずれも68人。両法人ともURからの売上高が総売上高の9割以上を占めた。URから10法人に役員として再就職したのは64人。10法人 のURからの売上高計1426億円のうち、38%の536億円は随意契約によるものだった。

 URは企業の累積赤字に当たる繰越欠損が3930億円で有利子負債は13兆7千億円。毎年、国と地方自治体から補助金を受けており、昨年度は1093億円。このほか国は1兆円近くを出資している。

 政府は07年末に策定した独立行政法人整理合理化計画の中で、URに関連法人の剰余金や随意契約の見直しを求めている。URは政府の行政刷新会議の事業仕分けの対象になっている。

 ◆国の方針に従い競争

 <都市再生機構の話> 日本総合住生活は同業他社と比べて自己資本水準が高かったので、剰余金の寄付を求めた。他の会社の剰余金は必要の範囲内。機構 OBの再就職は機構で培った技術が生かせる点で再就職者にとって好ましい。国の方針に基づき、関連会社との取引は随意契約から競争性を有するように努めて いる。

 ◆寄付の要請あった

 <日本総合住生活の話> 2008年の政府の行政支出総点検会議などで剰余金が取り上げられ、機構から当社に寄付の要請があった。

(中日新聞・東京新聞)
 民主党政権誕生から一カ月。霞ヶ関をめぐる風景は様変わりなのだという。まず週2回の事務次官会議が なくなった。事務次官会議は翌日の閣議にかける案件を決める会議で、会議が終わると事務次官は自分の省庁に帰って会見を行った。昼飯後の会見で記事になる ような発言があったためしはない。筆者が官庁取材を最後にしたのが1995年だから古い話になる。

 選挙中に民主党が「政権をとったら事務次官会議を廃止する」と言い出し、大きな話題となった。「そんなものやめれるはずがない」というのが大方の見方で、官僚たちも「なくなることなど想定外」だった。
 民主党が政権をとって本当に事務次官会議がなくなり、不都合なことはなにもないことが分かった。では事務次官 会議ってなんだったのかという検証が必要だが、どこからもそんな議論は出てこない。先日、元官僚の話を聞く機会があり、現役記者時代に不思議に思いながら も「そんなものか」とやし過ごしてきた自らの体験を反省させられた。。

 事務次官会議は月曜日と木曜日に開催し。昼飯を食べた後、閣議に上げる案件をそれぞれの事務次官が読み上げるだけで実は何もしていない。マスコミは閣議 が空洞化していると報道してきたが、実は事務次官会議もずっと昔から空洞化した会議だったのだ。案件は会議前にすでに調整済みだから次官は何もしなくてよ かったのだ。

 それでは事務次官会議は何のためにあったのか。縦割り行政の中でお互いの領域を侵していないか調整するのが目的で、いわば「縄張り争いの調整機関」だったといっていい。役人の頭を交錯するのは「領域を守りたい」とか「他省庁の領域を犯したい」とかそんなことになる。

 省庁間の縄張り争いで問題は「裁定者」が存在しないことである。本来は大臣の仕事なのだが、自民党時代、大臣が省庁間の争いに乗り出したという話は聞いたことはなかった。

 縄張り争いでの最大の官僚の武器は「事務次官会議で手を上がるぞ」と言って相手を脅すことだった。官僚同士の暗闘の象徴が事務次官会議だったのである。
 10月1日から「タクシー適正化・活性化法」が施行され、タクシー行政は自由化から「規制強化」を 180度転換した。民主党政権になったものの、実はこの法案は与野党一致、全会一致で国会を通過したしろものなのだ。初乗り運賃がほとんど710円の東京 ではほとんど話題になっていないが、筆者は京都でMKタクシーに乗って「MK新聞」読んでいて、「おーそうだった」とあらためてこの規制強化策を思い出し た。

 京都や大阪のタクシーは2002年の規制緩和以降大いに運賃が下がった。もともとMKタクシーは低料金で営業していたが、初乗り580円に合わせる業者 が増え、MKより10円安い業者やワンコインつまり500円で乗れるタクシーまで現れた。「深夜割り増しなし」「5000円以上は半額」など多彩な運賃体 系が生まれた。

 拝啓 国土交通大臣 前原誠司殿 MKは今の運賃を守り続けます
 http://www.mk-group.co.jp/np/index.html
 今回の「適正化法」は法律名のごとく「これまでが適正でなかった」というお上の意思を如実に示している。消費者からすれば「値上げ法」にしか思えないのだが、お上の意思は「競争はけしからん」ということらしい。

 MK新聞によれば、京都の場合、認められる初乗り運賃の幅は640-620円となった。これまでは640-570円だったからMKのように620円未満の業者に対しては厳しい監査と査定が待っている。

 運賃だけでない。「適正化法」は業者に「減車」も求めている。自主的に減車に応じない業者には「・・・・・・・・」というお上の意思が以心伝心で伝わっているから、早くも減車に応じる業者が出始めている。

 「適正化法」の正式名称は「特定地域における一般乗用旅客自動車運送事業の適正化及び活性化に関する特別措置法」という。「特定地域」というのがくせも と。簡単に言えば、競争激化で業界が疲弊した地域ということになるが、全国141地域、ほとんど日本列島が対象となったに等しい。営業地域は643もある のだが、過疎の地域にはそもそもタクシーなどほとんど走っていないのである。

 もともと規制緩和は自己責任制である。値下げも増車も自由にして消費者の利便を図ろうというのが目的だった。90年代のキーワードは業界保護から消費者重視だったはずである。それが今回は業界保護に与野党の意見が一致したのだからけしからんではないか。

 景気後退は背景に、この10年間企業も官庁もタクシーの使用を厳しく制限した。サラリーマンの収入も約2割減少している。それだけでタクシー業界は当然苦しくなるはずだった。

 値下げと増車がそれに拍車をかけたことは事実だろうが、企業もも個人もタクシーに乗らなくなったのが、タクシー業界疲弊の一番の原因であるはずだ。タクシー運賃料金や増車に圧力をかけたところでタクシー客が戻るとは考えられない。

 こういう時期に運賃値上げをすれば顧客はさらに減少することは目に見えている。2007年、東京の初乗りは710年に値上げされた。結果、大幅な売り上 げ減に陥っている。MKタクシーは「いまの運賃(初乗り580円)を守り続けます」と宣言している。エムケイ株式会社はこれまでも国土交通省とことごとく 対峙してきた。何度も運賃値下げで煮え湯を飲まされてきた。

 クロネコヤマトを創業した故小倉昌男さんがあれほど運輸省と闘ってくれたおかげで今の宅配便がある。孫正義さんのヤフーBBがなかったら、現在の日本の ブロードバンド普及はなかったはずである。規制により旧体制を保護してきた80年代の日本に戻してはならない。タクシー業界保護の特例措置は法律通り「3 年」で廃止するべきである。(伴 武澄)
 2009年10月12日、前原誠司国土交通相が羽田空港を24時間運用の国際ハブ(拠点)空港として優先整備し、首都圏で羽田が国内便、成田が国際便とすみ分ける原則も撤廃する考えを表明した。

 政権交代とはこういうことなのだということを思い知らされた。あまりにも簡単に日本の航空政策の転換を示したのだが、地元千葉県は別として首都圏の多くの市民が喝采を送っているのだろうと思っている。
 不便極まりない成田空港には多くの不満を持っていた。まず首都から遠いということ。行き帰りに半日ずつ無駄に してきた。空港に入るたびに受ける異常なほどのチェックシステム。開港30年を越すというのに整備が遅れている。国民の期待通りアジアのハブ空港になって いるならともかく、開港10年内外であるマレシーアのサパン、香港のチェップラップコック、上海の浦東、ソウルの仁川の後塵を拝している。否、もはやその 地位を奪われているといっていい。

 そんな成田にもはや未練はないはずなのに、これまで政策転向ができなかったのは自民党政権にあった多くのしがらみなのだろうと考えざるを得ない。30年 経って国際ハブ空港になれなかった成田がこれから先、ハブ空港として完成する見込みはまずない。ないのだったらすばやく方向転換するべきなのが政治の役割 のはず。それができなかったのだ。

 羽田が本格的な国際空港になれば、まず地方の空港が活性化する。ソウルに奪われていた地方の国際線の旅客を羽田に取り戻すことができるはずだ。羽田が活 性化すれば、次は関西に手を付ければいい。多くの反対の末に完成した神戸空港であるが、ハブとまでならなくとも国際線を飛ばす余力は十分にある。三ノ宮か ら15分という利便性を活用しない手はない。伊丹にも国際便を復活すれば、羽田同様に利便性の高い国際空港として再びその機能を果たすことが出来よう。

 成田も関西も"政治"が生み出した国際空港である。旅客の利便を無視したその設計思想は終焉のときを迎えている。(伴 武澄)
  日本は世界に冠たるビール高税率国家だった。明治時代に導入されたビールは嗜好品ということで、アルコール濃度に比べてすこぶる高い税率になった。「アル コール度数に比例した税率を」というビール業界の要請はあるにはあったが、各地に点在する無数の造り酒屋の発言力でこの一世紀、ビールの税率低減は果たさ れることがなかった。

 理由は簡単である。政治がもたらした結果である。明治時代は15円以上の国税納税者にしか投票権はなかった。造り酒屋は各地で有数の納税者であった。戦後は、造り酒屋が自民党政権を支えてきたから、ほとんどの自民党議員が自民党税調でビール課税の是正に消極的だった。

 高いビール税制がもたらした歪みはハンパでない。ビールは酒税法上、原料の3分の2以上が麦芽でなければならないと規定されている。1990年代初めに サントリーが「ホップス」という第2のビールを発売してビールの価格戦争が起こった。「ホップス」は麦芽の量を3分の2以下に抑えてあり、発泡酒という分 類で販売した。結果は消費者の圧倒的支持を集めた。

 2002年12月11日 規制緩和の寵児「発泡酒」増税という愚策
 2000年12月07日 発泡酒増税でなくなりかけたビールという酒類
 発泡酒があまりに売れるので、ビール税収が激減した。自民党や大蔵省は「同じ味なのに税率が違うのは不公平 だ」と発泡酒の増税に踏み切った。結果起こったことは第3ビールの誕生だった。発泡酒の出現と質的に違ったのは、原料を「大豆」に転換したことだった。日 本の酒造技術がすばらしいのは「大豆」を原料にしてビールと変らない味をつくりだしたことだ。

 「大豆」からつくる酒はもはや「ビール」とは名乗れないなずなのに、世間では「第3のビール」といって大いに歓迎した。ビールの場合、高酒税がことの発 端だった。その歪みが是正されないから、業界がやむなく次々と"脱法"を図った。実は発泡酒が誕生した背景にはもう一つの大きな要因があった。90年代の 円高で輸入ビールが急増した。この輸入ビールに対抗するために開発されたと考えたほうが正しいのかもしれない。

 いずれにせよ、高ビール税のおかげで自民党政権化の日本ではビールという概念が消滅しかねない状況にあった。なにしろ市場の半分以上が「まがいもの」になってしまっているのだから。

 鳩山由紀夫首相は10月8日、政府税制調査会を開催して、所得税を柱とした税制の抜本見直しを諮問した。酒税については「アルコール度数に応じた課税に 見直す方向」であるらしい。ということはビール税はどんなことがあっても減税対象となる。逆にこれまで"貧者の酒"として優遇されてきた焼酎の増税は免れ 得ない。増減税ニュートラルとすれば、日本酒もウイスキーも増税となるだろう。

 新しい政府税調にはぜひビール課税を国際水準にまで下げて欲しい。ビール税が国際水準にまで下がれば、たちどころに第2、第3のビールは市場から姿を消すだろう。なにしろビールの原料費は小売価格の数%でしかないから麦芽であろうが大豆であろうがコストは変らない。

 日本人が大手を振って本当のビールだけが飲める日が来ることを期待したい。(伴 武澄)
 環境という概念が国際政治経済の課題とした浮上したのは、1989年の先進7カ国首脳会議(アルシュ・サミット)だった。4月に日本経済新聞が一面で「サミットのテーマとして環境」を書き、仲間を驚かせた。

 当時、公害は大気汚染や農業の土壌汚染を通じて社会問題化していたが、地球温暖化という問題意識はなかった。同時にサミットの共同宣言に「持続可能な発展」という文言が盛り込まれた。社会主義陣営の崩壊とともに先進諸国は新たなミッションを背負うことになった。
 経済問題を討議するサミットになぜ「環境」なのか、正直よく分からなかった。
 外務省の官僚に聞くと、「緑の党だ」という。

 オランダとドイツに緑の党が政党として躍進していた。オランダは海抜ゼロメートルの国で、海水面が上昇すると国土が失われる危機がいつもある。ドイツで はシュツットガルトの森が酸性雨で枯れてしまった。原因は隣国ポーランドのクラコフにある大型石炭火力だった。工場が排出するガスには国境がない。緑の党 が両国で躍進していた理由をこう説明してくれた。

 国会でその緑の党の発言力が増してきて、国際社会で環境問題を議論せざるをえなくなってきたというのだ。分かったような分からないような説明だった。

 環境問題を考える重要なキーワードの一つに「持続可能な開発」(sustainable devrlopment)がある。世界的な環境問題への関心の高まりと、このキーワードには大いに関連がある。この言葉が広まったのは1992年のリオデ ジャネイロでの地球環境サミットからだった。世界各国の首脳が参加しただけでない。世界各地から参加したNGOにも発言権が与えられた会議としても注目さ れた。つまり世界の問題はもはや政府だけでは決められずに非政府組織であるNGOの参画が要請されたのである。悲しいことに日本だけがこの会議に首脳を送 らなかった。

 そもそも「持続可能」という新しい概念を生み出すきっかけをつくっていたのは日本だった。

 1987年、通称「ブルントラント委員会」と呼ばれた国連の「環境と開発に関する世界委員会」(委員長・ブルントラント・ノルウェー首相))が発行した 「Our Common Future=邦題『地球の未来を守るために」と題した最終報告書での中心的な理念が「持続可能な開発」だった。生みの親はブルントラント首相だったが、 この委員会設置を呼びかけたのは日本政府だったのだ。

 残念なことにこの間、日本の首相は中曽根、竹下、海部、宇野、宮澤と5人も代わっていた。

 環境のうねりはリオサミットを契機に地球規模に広がり、二酸化炭素の削減目標を掲げた1997年12月の京都議定書へと続く。環境問題で大きなターニン グポイントに首相を送り込まなかったため、国内でのリオサミットの評価はNGOが跋扈した国際会議ぐらいの認識しか生まれなかった。
 民主党が総選挙のマニフェストに掲げた「高速道路」無料化は萬晩報のかつてからの主張だ。元々高速道 路は建設費が利用料金で償還されたあかつきに無料化されるはずのものだった。それがいつの間にか「値上げ」された上に償還期間も40年、50年と次々と延 長された。これでは永遠の有料化に等しい。

 百歩譲って「永遠の有料化」であっても多少の利用料なら誰も文句はいわない。日本の高速道路は使用するガソリン代よりも高いのである。ガソリン代より高 い道路の利用料金があっていいはずがない。 高速道路の利用料を払えない運送会社や利用料を節約しようとする運転手が出現するほどの高額の利用料となって は何のために高速道路を建設しているのか分からない。現在の日本の高速道路はまさに消費するガソリン代より高額の利用料を取っている。
 そのべらぼうに高い料金を支払わされて祝祭日や盆暮れの大渋滞にあったのではたまったものではない。新幹線だって一定以上の遅れとなると特急料金の払い戻しがある。こうなると日本の高速道路は詐欺に等しい。一刻も早く無料化するべきなのだ。

 高速道路無料化を唱えると必ず、環境派の人々からより多くの自動車が走るようになって二酸化炭素の排出量が増えると反対するが、環境保全のために国家的詐欺行為を見逃していいはずがない。

 また無料化すると、道路の保全だけでなく高速道路会社そのものの経営がなりたたなくなると言う者もいるかもしれない。しかし、道路保全は一般国道と一緒 に国費で行えばいいし、高速道路はその会社のためにあるのではない。役割を終えた会社は速やかに解消すればいいのである。

 いまは全国3つの会社に民営化された高速道路網はそれぞれに料金徴収のための子会社を抱えている。そこの従業員を数えていたら嫌になった。1万人を優に 超える社員が存在する。これにパートや派遣、OBなどを加えると数万人規模の料金徴収人員を抱えていることになる。この人数の人件費は数千億円規模になる はずだ。そもそも高速道路会社の一番の仕事が料金徴収であるはずのに、その役割が別会社になっていること事態がおかしい。

 高速道路と扱いがほぼ同じになっている一般国道が日本にただ一つある。名阪国道の天理-亀山間である。制限時速は60キロとなっているが、両端が東名阪 と西名阪につながっているため、100キロ以下で走行している車両はほとんどいない。"事実上の高速道路"なのである。無料の高速道路となったいきさつは いろいろあるが、元々がバイパス国道として計画されて地元住民の協力を得ていたためである。

 高速道路が無料化されると渋滞が増えるかもしれないが、例えばリットリ当たり40キロ近く走るプリウスに乗って東京-大阪を走ると13リットル、つまり 1500円程度で大阪にたどりつくことができることになる。これはガソリンの暫定税率が続くことを前提にしており、ガソリン価格が27円安くなれば、東京 -大阪は1000円の距離ということになる。新幹線も航空会社も頭を抱えることになるが、「ちょっと大阪までたこ焼き杭にいこうか」ということが可能にな る。(伴 武澄)
 警察庁に後部座席シートベルトの問題で「なぜ路線バスにシートベルトがなくて、路線バスはシートベルトを締める必要がないのか」と質問をしたところ、丁寧な返事がきた。

 律義であることだけは確かだが、内容は想像していた通り「保安基準」、つまり車検の問題だった。

 【質問】6月1日から車の後部座席のシートベルト着用が義務付けられました。バス も適用ということのようですが、普通の路線バスにはシートベルトがありません。路線バスが適用外ならば、理由を教えてください。 また立ち席の場合はどういうことになるのですか。

 【返答】警察庁ホームページにアクセスいただきありがとうございます。 伴様からのメールを拝見しました。後部座席のシートベルト着用義務については、元々シートベルトの装備がない状態で保安基準を満たし、車検に合格している 車両であれば適用除外となります。お尋ねの路線バスについても同様です。また、乗客が定員内である場合は、シートベルトの数が足りなくても適用されませ ん。
 警察庁では、国民の皆様の声を反映させ、国民の立場に立った警察活動を推進してまいりますので、今後ともご理解とご協力をいただきますようよろしくお願いいたします。   警察庁広報室
 簡単にいうと、車検の路線バスの検査項目に「運転席以外にシートベルト設置を求めていない」ということ。車検で設置を求めていないから、道交法上でもシートベルトを締める必要がないというのだ。

 一見、理路整然としているようだが、そもそもシートベルトが必要になったのは、重大事故を減らすためではないのか。車検の検査項目の有無とは関係ないはずなのだ。

 シートベルトの着用は重大事故を減らすためだったはず。保安基準で「シートベルトの装備の義務づけがないから、シートベルトを締めなくていい、というのでは本末転倒である。

 路線バスにシートベルトを義務付けるとどうなるか。まず通勤時にバス停に取り残される乗客が多数現れるだろう。シートベルトは座席にしか取り付けられないから、座席数しか乗せられなくなるからだ。

 バスも電車もそうだが、「立ち席」などという矛盾した表現がずっと昔からなんの疑問もなく使われている。「席」は「座席」の「席」だろうから日本語としても矛盾が大きすぎる。そして、立ち席を含めて「定員」などが定められている。これってやっぱりおかしい。

 飛行機で立ち席などはあり得ない。定員は座席の数と決まっている。離発着時にはシートベルトの着用が義務付けられ、立ち上がることさえ禁止されている。そりゃそうだ。飛行機は超高速で飛ぶから危険極まりない。だれもが納得して規則に従っているのだ。

 しかし、よく考えてみれば、陸上には飛行機並みのスピードで走る物体があるのだ。そう新幹線。時速300キロ以上のスピードで走る。不思議なことにこの 新幹線でシートベルトを締めろという話はまったくない。壮大な矛盾ではないだろうか。しかも「立ち席」まであり、盆暮れの混雑時には「定員の200%」な どということが何の疑問もなくニュースで報道されている。

 道交法で重箱の隅をつつくような規制が次々と生まれる中で、国交省は300キロ以上で走る新幹線のシートベルトはおろか、立ち席を許した上で定員までオーバーさせて平然としている。

 後部座席シートベルトは、明日からはいよいよ高速道路で実際の検挙が始まる。この国に役人は本当に国民の命を大切にしようとしているのか、疑問でならない。

  多くの議論を重ねて、1989年は日本にとっても世界にとっても大きなターニングポイントだったことに気付き始めている。6月、中国で天安門事件が起き た。11月にはベルリンの壁が崩壊した。アジアでは学生が社会主義に弾圧され、ヨーロッパでは社会主義から解放された。それだけではない。現在、世界の政 治経済を揺さぶり続けている環境問題が初めて先進七カ国首脳会議のアジェンダとなった。「サステイナブル」(持続的)というキーワードが人口に膾炙される ようになったのは1989年が嚆矢だ。

 日本にとって日米構造協議(SⅠⅠ)が始まる年だった。構造改革元年ともいえる年である。貿易立国といいながら海外勢から国境を閉ざしていた日本が世界 に向けてようやく門戸を開放し始めるきっかけとなった。構造改革は今では「貧困」をもたらした元凶のように語られるが、日本だけに通用していた基準認証を 世界標準に近づける努力が始まったのである。
 1989年は日本経済がピークの年でもあった。12月に日経平均株価が3万9000円をつけた。以降、一度も この水準に達したことはない。当時の竹下登内閣は4月1日から3%の消費税を導入した。それまでの資産と所得中心だった国民課税は資産・所得・消費の三本 柱が担うことになった。一般会計の税収は翌90年に60兆円を超えた。消費税は絶妙のタイミングで導入されたといえよう。翌年から始まるバブル崩壊過程で 消費税の導入を決断できたかどうか分からない。

 NAFTAやECにならって、アジアでも地域経済を統合すべきだという意見の一致がみられ、APECが誕生した。当初は東アジアにオセアニアを入れた地 域経済統合に関心が集まったが、最終的に「アメリカ抜きの地域経済はありえない」というベーカー国務長官の意見を取り入れて、結果的に環太平洋諸国も加盟 することとなり、中途半端な組織となったが、アジアに求心力が集まったことは確かだった。

 1989年。地政学的も、経済的にも、社会的にもこの年を境に世界は大きな地殻変動を起こし始めたといっていい。国際政治は東西冷戦がなくなったが、正 義と悪が復活した。経済的には日米が逆転し、中国経済が眠りから目を覚ました。企業はグローバル化の名の下に巨大な合従連衡に走りだした。環境や医療を中 心にNGOの活動が普通に国境を越える時代となった。その地殻変動をもたらした1989年の大きな出来事を羅列してみたい。

 1月 昭和天皇崩御。平成始まる。
 4月 環境問題がサミットのアジェンダに。
 6月 竹下登首相が辞任、宇野宗佑外相が新首相に就任。
 6月 天安門事件。
 7月 ブッシュ米大統領がワルシャワで「コペルニクス転回が起きている」発言
 7月 日米構造協議(SⅠⅠ)がスタート。
 7月 アルシュ・サミットで東欧問題が最大の議題に。
 10月 ソニーがコロンビア・ピクチャーズを買収。
 11月 三菱地所がロックフェラーセンタービルを買収。
 11月 ベルリンの壁崩壊。
 11月 APEC第一回閣僚会議がキャンベラで開催。
 12月 日本の日経平均株価が3万9000円に。
 引き続き、後部座席のシートベルトにこだわっている。ニュースを見ていると、観光バスもシートベルトの義務付けがされたことになっている。

 不思議に思ったのは、普通の路線バスにはシートベルトなどない。路線バスはしなくていいのかと思ってしまう。さっそく、警察庁のホームページから質問した。まだ返事はこない。

 シートベルトが義務付けされるということは立ち席は許されないことになる。ここらはどうなるのか。バスにも定員がある。運転手の左横の上の方に表示され ている。シートベルトどころか、定員オーバーでもバスにはどんどん人が乗っていく。運転手は止める様子もない。本当に入れなくなるほど詰め込むとようやく 「次のバスをご利用ください」とマイクで叫ぶ。

 シートベルトが事故時の人的被害を最小限にする目的があるのだとすると、バスに立たせて乗せることはもっとも危険な行為となる。警察はそこまで乗客を 守ってくれる考えがあるのだろうか。一般の乗用車は乗っても4、5人が限界だが、バスの場合は何十人も乗客が乗っている。疑問はどんどん膨らんでいく。

 こんな話を職場でしたが、みんな笑っていて真剣に取り合ってくれない。僕はいたって真剣なのだ。

 早く警察庁の返事が聞きたい。
 地下鉄の地下鉄の吊り広告に「TASPOがなければ7月1日から自販機でたばこは買えません」という日本たばこ協会の広告が出ていた。

 ちょっと待て。証明書がなければ買えないようなものを自動販売機で売っていいのだろうか。そんな危険なものならば、店舗で対面販売が必要でしょう!
 25日の北國新聞によると、6月1日の石川県のTaspoの運用開始を前に、「愛煙家「タスポ」取得13%弱、小売店の自販機3割未対応 足並みそろわぬまま始動?」ということになっている。

 北陸財務局は7月からタスポ未対応の自販機でたばこを販売した場合に行政処分を科す方針なのだそうだ。行政処分の内容がどうなるのか分からないが、町のたばこ屋さんが次々と行政処分される事態になれば、おもしろい。

 日本の国民はガマンが強すぎた。ここらで行政の言いなりにならない気骨を示して欲しい。たばこ屋は全国で28万件あると知ったことがある。10年も前に調べたから相当減っているかもしれない。それぞれに財務省から販売免許を与えられた業者である。

 郵便局が2万5000、小中学校が4万というから大変な数である。自販機のタスポ対応改造費が13万円とされるから、改造費だけでざっと360億円である。

 タスポは日本たばこ協会が発行する。カード発行は無料だが、膨大な費用は誰が負担するのか。直接的にはもちろんタバコメーカーである。だが、いずれタバ コメーカーが「値上げ」という形で愛煙家に負担を求めてくるに違いない。未成年の喫煙防止を名目にしたタスポ導入でだれがもうかるのか一目瞭然であろう。

 北國新聞によれば、北陸たばこ販売協同組合連合会によると、石川県内のタスポ申し込み数は4月末で約3万枚で、推定喫煙人口約23万9000人の12・ 6%にとどまるという。一方、自販機は、たばこメーカーが販売店に貸与している自販機はほぼすべてに読み取り機が取り付けられたが、販売店が所有する自販 機は3―4割しか対応していない。
 きのう、テレビニュースで警察がスタントマンを使った警察による後部座席にシートベルト実験が流れた。シートベルトをしないまま、前の車に追突すると後部座席の人がフロントガラスから飛び出すのだ。見ていた人は口々に、シートベルトなしの怖さを語っていた。

 筆者はこれは完全なやらせだと思った。そんなに危険なことだったのなら、30年前に前部でシートベルト装着を義務付けたとき、一緒に後部座席もそうして おけばよかったのだ。いまごろになって、後部座席のシートベルトなしが危険だと強調されてもハイそうですかとは納得されないだろう。

 交通事故はいつだって悲惨なのだ。支局時代、1回だけ交通事故の生の現場を見た。そのときは運転手が座席にはさまれたまま数時間脱出できなかった。シートベルトうんぬんの話ではない。事故で人が飛び出す場合も、閉じ込められる場合もあるのだ。半々だろう。

 シートベルトでくくりつけられて、脱出できなかったら警察はなんとかしてくれるのか。そんなことはない。道路交通法が改正されたら、もうそれでいいのだ。

 今、販売されている乗用車には必ず後部座席にシートベルトがついている。着用するかどうかは個人の判断にまかされている。それで十分だと思うのだ。個人的にはフロントシートの着用義務も「余計なお世話」だと考えている。

 事故が起きた場合、シートベルトを着用しなかったからといって、相手車両の被害に影響はない。自分が死ぬか生きるかなのである。シートベルトをしなかったから助かったという例も知っているから、余計なお世話どころではないのだ。

 そんなことよりも、チャイルド・シートを助手席に装着している車をよくみかける。この方がよっぽどかわいそうなことになる。アメリカでは絶対に子どもを 助手席に座らせない。日本ではみんな乗せている。英語で助手席のことをsuicide seatというのだ。「自殺」でっせ!
2008年05月05日(月)
ドイツ在住ジャーナリスト 美濃口 坦
  10年あまり前から日本の出版界は不況だといわれる。業界全体の売上高は下降気味で、発行部数はへるというのに、売上高維持のために出版点数を増やそうと する。書店の書棚も飽和状態で読者の目にとまることなく返本され、返品率は4割に近い。倒産する出版社や店を閉める本屋さんが出て来ているという。人々の 活字離れ、少子化、余暇の過ごし方の多様化といったことがこの傾向に拍車をかけると説明される。

 私は、出版業界には関心があるほうである。それは、私が本好きであるためだけでなく、以前二〇年間近くドイツの書籍業界で働いたことがあるからだ。ドイ ツでは業界全体の売り上げは昔から横ばいでごくわずか上がったり下がったりするだけで、人々もそれに馴れっこになっている。

 ■解体しそうな本

 1980年代というと日本が出版不況でなかった頃だが、当時私は日本の本を手にするたびに、自分が関係するドイツ書籍業界を恥ずかしく思った。というの は、ドイツの本は値段が高いのに、製本がお粗末で、何度も手にとって線を引いたり書き込みをしたりしているとバラバラになりそうになったからだ。

 反対に、日本の本は装丁もよく製本もしっかりしていて、丹念に作られているだけでなく、風情のある帯がついていたり、栞がはさまっていたり、また栞代わ りに利用できるように本の背中から紐が垂れ下がっていたりしていた。私がもっと驚いたのは、そうだというのに、日本の本の値段がドイツの本よりはるかに安 かったこ
とである。


 はじめのうち、私は日本人のほうが器用だからとか、真面目に物作りにはげむからだとか考えていた。ところが、そのうちに別の点も重要であることに気がつ く。それは、日本の出版物のほうが一点の発行部数が高く設定されていて、そのために製本や装丁にお金をかけることができる。また出版社がそうしないと購買 者のほう
が承知してくれないように思われた。
 

 当時ドイツと日本を比べて目についた次の相違は、前者のほうが後者より出版点数が多かったことである。例えば日本の年間発行点数が三万足らずのときにド イツは五万点といった具合で、いつも大幅に日本を上まわっていた。8千万あまりのドイツの人口も当時西独だけの6500万人で、隣国のドイツ語圏・オース トリア800万とスイスの400万人を加えても、人口比出版点数が日本よりずっと多かったことになる。

 ドイツで出版点数が多いのは、専門書や学術書など部数がでない本もたくさん出版されたからである。日本でもそのような書籍は大きな本屋へ行くと少しは見 つけることができたが、全体として見ると、大多数の出版物は読者に専門的知識がないことが前提とされた一般図書であり、入門書の類であった。

 ドイツの出版点数が多いことは出版社が多いことと無関係でない。よく業界では冗談半分で本屋より出版社の数が多いといわれた。大きい出版社もあったが、 大多数は小さく(東京に集中する日本と異なり)全国津々浦々に分散している。町の印刷屋が出版社を兼ねていることもよくあったし、副業で自分の好きな本を 年間数点出している出版社もあった。
 
 ■柳の下のドジョウ

 日本の製本がしっかりしていたのは、すでに述べたように発行部数を高く設定できたからであるが、それが可能であったのは書籍購買者が多かったからであ る。またそれは日本では多数の人が教育熱心で上昇志向が強く、本当は本なんかあまり読まない人々も書籍を尊敬して買わなければいけないと思ったからで、装 丁や製本がよかったのもこの事情と少し関係があるかもしれない。

 ドイツのほうはそうでなかった。社会が高等教育を受けて読書を重視する階層と反対に本を読むことにどちらかというと反感を抱く庶民・大衆に分裂してい る。多かれ少なかれ、ドイツだけでなく西欧社会に見られこの構造は、日本にないためにその意味が軽視されることが多いが、重要である。

 例えば、欧州の多くの国で新聞は発行部数が50万部に満たない高級紙と数百万部の大衆紙に分かれている。ところが、日本では両方の要素を備えた巨大な日 刊新聞が存在し数百万の発行部数を誇る。これは、日本で所帯をもつ人がナベ・カマをそろえるように新聞を定期購読しなければいけないと思ったからである。 新聞に関する日本と欧州の相違は、教育に関連した社会的階層ギャップがあるかないかの反映である。

 戦後日本では多数の人が大学へ行くようになった。これは国民大多数が教育熱心で自分の子どもに高等教育を受けさせようとしたからである。反対にドイツ は、戦後長い間大学進学率が数パーセントにとどまったままで、1970年代に入ってからはじめて大学を新設し学生数を増やそうとした。でも現在でも日本の ような高い大学進学率にほど遠い。その理由は高等教育を受けていない親が娘や息子の大学進学に積極的でないからである。

 ここで書籍にもどると、日本で発行部数を相対的に高く設定できたのは教育熱心な大衆を含む巨大な読者層に恵まれていたからである。専門家にも理解しにく い哲学書や、翻訳で読みづらい世界文学の名作が「全集」としてセット売りされて全巻購入されたのも、ドイツなら町の図書館にしか見られないような百科事典 が一般家庭に置いてあるのも知識的階層ギャップのない構造のお蔭である。
 
 ドイツは日本と反対で、本が高等教育を受けた階層から大衆に浸透していくことは簡単なことでなかった。今も昔も本屋さんは文化的使命感が強く庶民から 煙ったがられる。以前よく、デパートの書籍売り場が一平方メートルあたりの売上高が一番といわれた。その理由は、庶民が食料品の買い物をしてから敷居の高 さを感じることなく書籍売り場へ移れたからである。

 部数の出ない専門書を多数出版するドイツから見て、日本の出版社は、大衆を含む巨大な読者層に支えられて、不特定多数のための一般書・入門書ばかりを出 し、潜在的なベストセラーねらいであった。柳の下にドジョウ三匹といわれるが、日本には千匹ぐらいはいて、探せば次から次へと出て来る幸せな業界であるよ うに思われた。

 このように以前うらやむことが多かったせいか、日本の「出版不況」と聞いても、私は素直に受け取ることができないで、どちらかというと、柳の下にドジョウが三匹しかいないと嘆いている人々を連想してしまう。

 ■発行点数の増大

 出版点数であるが、2006年新刊点数は日本で8万618点であった。この数は10年前の1996年と比べて2万点も増えたそうである。一昨年のドイツの新刊点数は8万1千177であるので、日本の発行点数はドイツに近づきつつあることになる。

 売り切れて絶版になっていた本がまた売れると期待されて再度刷られることがある。ドイツで2006年に1万3千539点がこうして再版された。日本での 再版点数がわからないが、返本された本がすぐに断裁処分されるようにいわれている以上、再版される点数は少ないかもしれない。再版本も市場に参入してきて 読者の関心をひこうとするので新刊書と似ている。

 ということは、識字率は同じで人口はずっと少ないドイツで日本よりはるかに多い9万5千点に近い数の本が新たに(再度)市場に押し寄せてくることにな り、ドイツも「出版不況」を嘆いていいことになる。また日本では売上高維持のために発行点数を増やしたり、「自転車操業」で本を出したりすると説明され る。ドイツの出版社から見れば、点数を増やして売上高を維持できたり、また「自転車操業」でも操業できたりするのなら、そんな悪い状況でないように思われ る。


 同じ売り上げを少ない点数で達成できれば商売としておいしい。それが不可能になったといっているだけなら、やはり柳の下のドジョウが三匹になったことを 嘆いているだけになる。日本にもいろいろなタイプの出版社があると思われるが、「出版不況」という表現じたいがはじめからベストセラー志向の強い出版社に その照準がむけられているような気がしてしかたがない。

 また「出版不況」の現象として返品率が40%近くまで上昇したことが嘆かれる。5%とか6%とか(10%とか)がドイツの返品率であると聞いて日本の出 版界は羨ましくなるかもしれない。でもドイツは(日本のように委託販売制でなく)買取り制で返本がないのが普通であり、またあってもその意味が日本と異な るために、数字だけを比較できない。

 ドイツの小売は買取りリスクを負っているためにその取り分は22%ほどの日本より大きく、専門・学術書で25-30%、一般書籍を卸から入れると35% で、同じ出版社から直接に入れるときには取引量によって40%以上、ときには50%に接近する。ということは、ドイツの出版社には(日本のように70%と か80%でなく、)事情次第で50%の取り分で我慢する覚悟があることになる。

 そんな彼らから見たら、返品率40%を嘆く日本の同業者が理解できないかもしれない。というのは、ドイツには見本市など本を展示する機会があるが、その ためにかなり出費しなければいけない。ところが、日本では無料で取次会社が本を親切にも全国の書店へ運んで展示してくれるからである。数ヶ月して戻って来 たときには6割以上もはけていると聞いて彼らはただ羨ましくなるだけでないのだろうか。

 ■書籍「流通」の意味

 ドイツの出版関係者のなかには、日本の「出版不況」についての話を聞いているうちに、日本の出版業者が何かの誤解で本とよんでいるだけで、本当は雑誌の ことを話していると思う人が出てくるかもしれない。というのは、ドイツでも新聞や雑誌となると日本の取次に似た会社があって販売所へ運んでくれるだけでな く、売れ残りを取りにいき、廃棄処分まで引き受けてくれるからだ。

 シュピーゲルはドイツを代表する週刊誌であるが、先週のシュピーゲルと今週のシュピーゲルがキオスクで仲良く並んでいる光景に出合わない。雑誌は新しい 号が展示されると、前号は店頭から消えて流通しなくなるので、新聞や雑誌などの商品グループが流通していることは、店頭で展示されていることと同義であ る。ということは、日本で出版点数が増え過ぎて、書棚に置けず、その結果本が売れないで返本が増えて流通が機能しないとする説明そのものが、新聞・雑誌の 「流通」概念を「本の世界」に適用していることにならないか。

 すでに述べたように、ドイツの出版業者は日本で取次が無料で本を全国の書店で展示してくれて戻ってきたときに6割以上は売れていると聞いて眼を輝かせ る。おそらく彼らは、自分たちは6割も売れなくていいとか、4割でいいとか、3割でも満足すると口々にいいだすかもしれない。

 ドイツの出版業者が日本のシステムに感動するのはここまでで、その後店頭に陳列されなくなって本の寿命が終わったとされて、返品分も在庫分も廃棄処分さ れると聞いたら憤慨する。彼らがそう反応するのは、新聞や雑誌の「流通」概念を書籍に適用しないで、本は店頭に置いてあろうがなかろうが、絶版になるまで 流通すると思っているからである。

 ドイツで本が流通しているとは、出版業者に注文したらその本が納入されることである。今ではCDになったが、昔は数巻に及ぶ緑色の装丁の「納入可能図書 目録」があった。現在この目録に約120万点が記載されていて、これらが納入可能で流通している本である。ということは、この目録は、「私はこの本はかな らず納入します」という出版業者の約束を集めたもので、この約束に対する信用によって書籍は流通しているのであって、本が本屋の店頭に置いてあることは二 次的問題である。こう考えることが、(雑誌でなく)書籍を扱う業界の「流通」概念である。

 出版社が納入約束を守りたくなくなったら、出版後18ヶ月たてばいつでも取り消すことができる。その結果本は絶版になり、上記の目録からはずされて流通 しなくなる。同時にこの措置によって再販売価格維持の拘束がとかれて、別の(安い)価格で販売してもいいことになる。これは買取った本を定価で売ろうとし ていた小売りにとって不利になるので、出版社は返本する権利を認めなければいけない。この結果売れ残っていた本が出版社に戻って来る。これも返本の意味が 日本と異なる例の一つである。

 ■本の雑誌化現象

 日本では新聞・雑誌業界の「流通」概念を書籍業界に適用するのは、本が雑誌のように流通すると見なすことである。このように本が雑誌と同じように扱われる現象を本の雑誌化とよぶとすれば、これに関連して気になることがいくつかある。

 ドイツの本屋では雑誌が置かれていないのに対して、日本では雑誌が売られている。雑誌が置いてある本屋はドイツで普通は駅の構内に限定されている。そう であるのは、ドイツの書籍業者から見て新聞や雑誌は別の業界で垣根があるからで、本屋が本だけでやっていけない場合にも、雑誌でなく別の商品グループ(例 えば文法具)を置くことが多い。反対に日本では雑誌に対して別の業界に属するという垣根意識はあまりないのではないのか。この事情も本の雑誌化と無関係で ない。

 ドイツの小売にあるこの垣根意識は生産レベルでも見られる。というのは、書籍をだしている出版社は普通雑誌に手をださないし、雑誌社は本を出版しないか らである。反対に日本で大手出版社は雑誌社や新聞社で、書籍の出版も兼業している。雑誌のほうが本より資本の回転をはやめるので、同一経営体の中で雑誌づ くりの論理が本づくりの論理を圧倒するのではないのか。また小さな本屋にとって定期的に売れる雑誌は頼もしい存在である。このような要因が本の雑誌化現象 を進行させたと思われる。

 ここまで、日本の書籍業界と保守的であまり変化しないドイツを比べた。本と雑誌を隔てる垣根がドイツほど高くなかったかもしれない。でも日本にも「本の 世界」と「雑誌の世界」が、今のドイツとそれほど変わらない時代があって、本づくりと雑誌づくりが別々のことと見なされていたのではなかったのか。そのこ とが意識されないのは、急激な経済成長、空前の週刊誌ブーム、生活の隅々に及ぶテレビの影響などによって知らない間に人々の頭の中で本の雑誌化現象が進行 したからである。

 私はドイツで一世紀以上も昔に刷った本を今でも絶版にしないで在庫として抱えている出版社を知っている(注)。これは極端な例であるが、でも日本ではど うして本が雑誌と同じように流通すると考えるのだろうか。奇妙な期待をもち、その期待通りにならないといって「不況」だというのは、自分の頭の中で進行し た本の雑誌化に気づかないからである。

 今でも「本」という単語は残っているかもしれない。でも頭の中のほうで本がとっく死んでいて、本をつくっているつもりでも、知らない間に雑誌に近いもの をつくっていることだってあるのではないのか。本づくりに関連してよく強調される話題性もこの現象と無関係でないかもしれない。

 注) http://www.geocities.jp/tanminoguchi/heidelberg.htm
   美濃口さんにメール Tan.Minoguchi@munich.netsurf.de
 5月1日からの首都圏のスタンドの80%がガソリン価格1リットル当たり約30円引き上げ、160円前後にしたのだそうだ。全国石油商業組合連合会の調査である。

 やっぱり。
 この1カ月間、スタンドは"被害者役"に徹した。4月30日まではそう装った。夜が明けるとほくそ笑んだ。多分そうだろうと考えている。値下げが徹底されるのに1週間近くかかったのに、値上げは翌日からだから笑いが止まらないはずだ。

 一つの持論がある。経営者はもうかっているときはだんまりを決め込み、損しそうになると大げさに"悲鳴"を上げる。マスコミはそれをあおる。そんなパターンを何度も見てきた。景気後退局面や円高ではいつもそうだった。

 ガソリン税騒動もそうだった。4月1日からの値下げの時、スタンド業者たちは「高い税率のガソリンでの値下げせざるを得ない。何千万円の損だ」と騒いだ。政府は緊急融資策まで打ち出した。

 ガソリン税騒動はなんだったのか。

 おかげで福田首相の内閣支持率は20%(朝日、読売)まで下がった。共同通信の調査では19%である。福田さんはここまで低下するとは考えなかっただろ う。それでも政府・与党は13日にガソリン税などを08年度から10年間、道路整備に充てるとした道路整備財源特例法改正案を衆院で再議決させる方針を決 めた。

 もう一度「衆院での再議決」を決行すれば、福田さんの政治生命は終わりだろう。連休の中国の胡錦濤総書記の訪日が花道となるのか。

 【関連コラム】
 失われた土木国家から脱却のチャンス 2008年05月01日
 出光32円値上げ、値下げは22円だったはずだ 2008年04月30日
 ガソリン税の衆院再議決に大義はあるか 2008年04月28日
 軽油税の方がなぜガソリン税より安いの? 2008年04月27日
 ガソリンは本当に再値上げされるのか 2008年04月24日
 ガソリン値下げに喝采 2008年04月02日
 始まった値下げのスパイラル 2008年04月01日
 アメとムチを織り交ぜた租特法改正法案のずるさ 2008年03月24日
 ガソリンが25円安くなる日はやってくるのか 2008年01月23日
 5月1日から全国のガソリンスタンドは一カ月以上前と同じ風景に戻ってしまった。そして日本は土木国家から脱却する格好のチャンスを失ってしまった。

 世界的に日本のガソリンの税負担が低いという指摘がある。勘違いをしてはいけない。ヨーロッパ各国のガソリンの税負担はもともと日本より小さかったが、 環境問題が浮上した90年代以降負担を増やしてきた歴史がある。風力や太陽光発電の買い取り原資などに使われており、その負担は環境問題を改善させる目的 で国民の合意を得ているものなのである。半面、日本では今も昔も道路という土木の中核事業につぎ込んできた歴史がある。50年前の国民合意の下に。

 日本は先進国の中でも飛びぬけた貯蓄王国である。1400兆円とされる国民の貯蓄はGDPの3倍近くもある。 一方で世界最大の借金王国でもある。国・地方併せて1000兆円を超える借金がある。これができたのはひとえに国民の貯蓄があったおかげである。これだけ のお金を外国から借りていたらハイパーインフレでとうの昔に財政は破綻していたはずである。

 何が言いたいのか。政府、自民党は国民の蓄財をいいことに予算を土木につぎ込んできた。そしてこらからもつぎ込むぞという決意表明が4月30日の再議決なのである。

 日本の地方経済が公共事業依存体質になって久しい。田中康夫氏が知事として単身、長野県に乗り込んで改革を試みたが、志半ばで敗退した。土建屋を敵にし たまでは威勢がよかった。県庁職員に厳しさを求めたとたんに裸の王様になってしまい、メディアの理解も失った。土木の本丸に本格的改革の手を差し入れて落 選してしまったといっても過言ではない。

 ガソリン税の問題はいくつもある。特定財源、税率、暫定措置、特別会計・・・。だが分かりやすいのは地方は道路がほしいのではなく、道路予算がほしい、お金を落としてほしいのである。

 自民党の道路族としては道路予算を確保しさえすれば、理屈はどうでもいい。特定財源制度がなくなっても「10年で59兆円」が約束されれば、一般財源か らもぎとれると考えているに違いない。小泉政権時代は特定財源さえも大きなハードルだった。このハードルを越えたからといって問題が解決するわけではない のだ。

 予算を大幅に削らなければならないが、予算の手をつけたとたん役人の総すかんに出会う。役人が寝てしまえば行政は止まってしまう。特に地方では役人=有権者でもある。役人が一族郎党を巻き込めば落選する可能性だってある。

 民主党が再議決に腰が引けていたのは、たぶん、民主党もまた同じDNAを党内に持っている証しなのである。小沢代表も地元に帰れば土建屋を基盤とした選挙をしている。

 土木国家から脱却のチャンスは長年の課題であることは誰もが知っている。が実際に各論に入ったとたんに四面楚歌となる。

 少々、絶望的でもある。

 【関連コラム】

 出光32円値上げ、値下げは22円だったはずだ 2008年04月30日
 ガソリン税の衆院再議決に大義はあるか 2008年04月28日
 軽油税の方がなぜガソリン税より安いの? 2008年04月27日
 ガソリンは本当に再値上げされるのか 2008年04月24日
 ガソリン値下げに喝采 2008年04月02日
 始まった値下げのスパイラル 2008年04月01日
 アメとムチを織り交ぜた租特法改正法案のずるさ 2008年03月24日
 ガソリンが25円安くなる日はやってくるのか 2008年01月23日

このアーカイブについて

このページには、過去に書かれたブログ記事のうち構造問題カテゴリに属しているものが含まれています。

前のカテゴリは書評です。

次のカテゴリは民主主義です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

月別 アーカイブ

ウェブページ