書評: 2008年10月アーカイブ

  アフガニスタン東部で日本の非政府組織(NGO)「ペシャワール会」(本部・福岡市)の伊藤和也さん(31)=静岡県掛川市出身=が武装グループに拉致さ れ8月27日に遺体で発見された事件をきっかけにペシャワール会の中村哲著『アフガニスタンの診療所から』(ちくま文庫)を読み直した。

 ソ連のアフガン支配の時代から、ソ連軍撤退そして部族対立の時代にペシャワールで診療所を営み、アフガンにまで医療事業を広げていた中村さんの物語はわ れわれに国際協力の難しさを訴える。米ソ、そして先進国が自らの理念を押しつけて途上国の経済社会をズタズタに切り裂いてきた歴史を悲壮なまでの想いで 綴っている。(伴 武澄)
 なんともやるせない想いにさせられる。その前に読んだ小板橋二郎著『ふるさとは貧民窟(スラム)なりき』の後書きで小板橋氏は「テロ」という表現が安易に使われすぎていると批判していた。そもそもマスコミが書く「テロ」は「レジスタンス」と呼ぶべきものだと主張する。

 その通りである。いまイラクやアフガンで起きていることはレジスタンスなのだ。そんな基本的なことをあらためて思い知らされた。

 2003年、圧倒的軍事力を持つアメリカが9・11事件の首謀者ビンラディンを支援したとしてアフガンを徹底的に攻撃する。戦争には宣戦布告が必要だ が、テロ撲滅にはそんなものはいらないとばかりにこれでもかと空爆を続ける。アフガン空爆の当時、アメリカに対して「プロレスラーが悪ガキに本気になって 殴りつけている」という印象を持ったことも思い出した。

 アフガンは空軍も海軍も持っていない。初めから制海権と制空権を確保する戦争は簡単だ。世界の世論を味方につけて「正義は我にあり」とばかりに痛めつけるさまは」とても正気とは思えなかった。

 確かラムズフェルド国防長官が「アフガンを石器時代に戻してやる」と息巻いたことに対して、アフガン側から「アフガンはすでにソ連によって石器時代に戻っている」と語ったことがニュースで伝えられた。

 そのアフガンは1978年から戦争が続いているのだ。そのとばっちりで、隣国のパキスタンは30年来ほぼ一貫して軍政を余儀なくされている。1960年 代、パキスタンを訪れた。アフガンには王様がいた、イランも王制だった。アジア・ハイウエイと呼ばれたインドとヨーロッパをつなぐ回廊には大型トラックが 西へ東へと人や物を運んでいた。平和だった。パキスタンとアフガンの国境地帯にはそのときもパシュトン族がライフルを肩にかけていたが、すべて護身用で敵 を倒す「武器」ではなかった。
加藤徹『貝と羊の中国人』(新潮新書、2006年6月20日)

国家は民族の衝突から生まれる。殷と周の衝突から黄河流域に文明が生まれたという。農耕民族の殷は「貝」を通貨にし、西方の遊牧系の周は「羊」を大切にした。だからそれぞれ、貝と羊に関する漢字が多く生まれた。
財、貨、賭、買・・・
義、美、善、養・・・

うーん。

殷人は自らの王朝を「商」呼んだ。周に滅ぼされて、殷人は土地を奪われて亡国の民となり、いわば古代中国版ユダヤ人となった。各地に散っても連絡を取り合い、物財のやりとりを生業とした。「商人」の始まりなのだそうだ。
筆者は中国通を自認していたが、知らなかった。

 紫竹庵日記

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