環境の最近のブログ記事

環境雑誌「オルタナ」の編集長の森摂さんのメルマガが面白い。昨日の内容は八ツ場ダム取材記である。以下、冒頭部分を転載させてもらう。

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先日、群馬県吾妻渓谷にある「八ッ場ダム予定地」に、NPO法人緑の家学校の芝静代理事長らと取材に行ってきました。
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この計画の総工費は4600億円。そのうち、ダム本体の建設費は7%の620億円に過ぎません。残りの93%は、国道145号線のバイパス計画であり、JR吾妻線の付け替え工事、その他周辺工事なのです。

国道145号の移設計画のうち、すでに約7.5km(約69%)で工事が始まっていますが、完成したのは約600m(約6%)に過ぎません。一部の用地は買収も完了していません。

 続きを読む http://alternaeditor.seesaa.net/article/132651778.html
2008年05月27日(火)
エディター&ライター 平岩 優
 東アジアでの日本の役割

 さて、それではポスト京都の枠組み構築を前にして、日本は何をなすべきか。政府はアメリカ、中国、インドが参加する「クリーン開発と気候に関するアジア太平洋パートナーシップ(APP)」http://asiapacificpartnership.jp/の 産業別にCO2を排出削減を目指す「セクター別アプローチ」により中国・インドを技術支援。それを梃子にして提案する産業分野別削減方式でポスト京都の主 導権を握ろうとしているようです。また現在洞爺湖サミットを直前に控え、政府は長期、中期のCO2削減目標を設定するために調整も図っているようです。も ちろん数値を示すことは重要ですが、環境立国を言うのなら、アメリカやEUの様子をうかがいながら、数字を並べるのではなく、国家としてのビジョンを描く べきでしょう。エネルギー、食糧等の安全保障も含めて、地球環境というフィルターを通して、国のあるべき姿を再検討すべきです。

 そこで大きくクローズアップしてくるのが、東アジアでの日本の役割です。東アジア地域で日本は唯一の先進国(韓国もOECD加盟国ですが)であり、省エ ネ技術や環境問題の取り組みでも各国にくらべて格段に先行しています。日本がイニシアティブとって東アジア地域で海洋汚染や大気汚染を防止する国境を超え た広域ネットワークを構築することが期待されているのです。

 東アジアは経済力や文化、宗教などが異なるさまざま国々が集まる地域で、EUなど世界のほかの地域に比べ国境を超えた環境保全への取り組みが遅れていま す。特に北東アジア諸国が取り囲む日本海(東海)はいまだに世界で唯一冷戦の対立構造が溶けない海域です。日本自身、対岸の北朝鮮との国交正常化、ロシア との領土確定、韓国との竹島(独島)の領有権、さらに隣接する東シナ海では中国とのガス油田開発をめぐる問題などを抱え、簡単に環境保全ネットワークを築 けるような状況ではありません。

 しかし内海である日本海は一度汚染されると取り返しがつきません。ロシアの核廃棄物の海洋投棄や最近では吉林省の化学工場爆発によるアムール川の汚染が 起きている一方、北朝鮮、中国、ロシアの国境を流れる豆満江では戦前日本が建設したパルプ工場などにより汚染が深刻化しているといわれています。

 80年代後半から90年代にかけて、動きが取れない各国政府を尻目に日本海沿岸の民間団体や自治体が対岸諸国に呼びかけて国際会議を開き、経済交流や環境問題などについて活発な話し合いがもたれました。

 新潟県の日本海圏経済研究所・藤間丈夫氏(故人)もその立役者の一人でした。藤間氏は経済交流を提唱するとともに、民族や文化が異なるアラブ、ヨーロッ パ、アフリカ諸国が取り囲む地中海の環境保全機構(バルセロナ条約)を将来の日本海環境保全機構のモデルとして「日本海運動」に取り組んでいました。今後 も、日本海をめぐる広域ネットワークの構築にはこうしたNGOや自治体の役割が欠かせないと思います。

 中国の大気汚染測定網

 昨年5月、日本の広い範囲で発生した光化学スモッグは国立環境研究所と九州大学応用力学研究所が再現した光化学オキシデント汚染の数値シミュレーション により、国内要因プラス中国等からの越境してきた大気汚染の影響であることがわかりました。ヨーロッパでは70年代の後半に、各国共同の越境大気汚染物質 のモニタリングプログラムが開始され、「長距離越境大気汚染条約」が結ばれています。東アジアでは1998年に日本のイニシアティブで「東アジア酸性雨モ ニタリングネットワーク」がつくられ、13カ国が参加しています。また2006年12月には日本の無償資金協力スキームによる「酸性雨および黄砂モニタリ ングネットワーク整備計画」が日中間で基本合意されました。しかし、つい最近ようやく中国側の黄砂データが公開されるなど、まだプログラムが動き出すには 時間がかかりそうです。

 そうした中で独自のルートで中国の地方政府に測定機器を無償提供し、保守管理技術を供与しているのがグリーンブルーの谷學社長です。グリーンブルーhttp://greenblue.co.jpは 自治体を中心にした大気・水質などの測定・分析業務を手掛けていますが、88年に開発前の中国海南省へ大気汚染を測定することを提案し、中古測定器で NOX、SOXを測定しました。そのことが中国各省で評判となり、その後、黒竜江省、広東省、北京、南京など9省、1直轄市、21市に、日本の自治体や企 業から譲渡された100台ちかい測定器機を無償で提供しています。特に黒竜江省とは研修生を受け入れたり、大慶市で技術職員を対象とした研修会を開くなど 20年近い協力関係を築いています。中国では日本で公害問題から都道府県に設置が義務づけられた大気汚染常時監視システムがまだ整備されておらず、機器の 保守管理・測定技術も未熟です。

 谷社長に代表されるような民間の協力が必要であり、日本の環境モニタリングビジネスが現地で活躍する場面も広がると思います。

 国際資源循環ネットワークの構築

 もう一つ、今後重要になるのは東アジアでの国境を超えた資源循環ネットワークの形成です。司馬遼太郎は先のフィラデルフィアで「都市の使いすて」に衝撃 を受けたあとに、「(アメリカには鉄屑屋がいないのか)と、けちな料簡でおもった。むろんそんな稼業は採算がとれないのにちがいない。」と呟いています。

 しかし、いまや資源価格が高騰する中で、鉄屑をふくめ金属屑は貴重なリサイクル資源として活用され、都市鉱山と呼ばれているほどです。廃棄物であった、 金属の屑や廃プラスチック、古紙などの資源は、いまやすべての製品のライフサイクル(原料→製造→使用→廃棄→リサイクル)に組み込まれつつあります。

 そうした中で日本発のこれら廃棄物や使用済み家電製品・パソコンなどが中国を中心とする東アジア地域に輸出され、その量も増加の一途をたどっています。 容器包装リサイクル法や家電リサイクル法の想定外の勢いで産業の資源循環が国境を超えて広がりだしたのです。たとえば使用済みプラスチックの輸出量は年率 20~30%も増加。日本では焼却される品目でも、中国ではリサイクルされてバージン材同様に活用されているケースもあります。

 東アジア地域にひろがるこうした資源循環網の流れは資源の有効活用という面からも今後ますます盛んになるでしょうが、一方リサイクル資源の適正な処理が行われなければ環境汚染の原因となりますhttp://www.ban.org/photogallery/index.html。 リサイクル資源はたとえばプラスチック類では農薬が付着したビニール類など、バーゼル条約違反や違反すれすれで日本から中国などに流入しているいるケース も多いといわれます。そのため中国をはじめとした東アジア諸国ではリサイクル資源の輸出入に対して、規制を強化しています。

 しかし、資源循環型社会を実現するためには適正な国際資源循環が必要です。そこで一昨年12月、NTTデータ経営研究所の呼びかけで組織された民間団体 「資源循環ネットワーク・コンソーシアム」(6社)が、北九州市と中国天津市の全面的な支援のもとに、安全なリサイクル資源を循環させるための実証事業を 行いました。この資源循環の仕組みは使用済みプラスチックにICタグを添付し、資源の素材や由来、流通経路などの情報を管理し、端末で安全性を確認できる というものです。

 最近は自社から排出された資源の処理に敏感な企業が多く、排出業者が中国まで足を運び処理状況を監査するケースも多いといいます。今後同団体は排出業者 に対し、使用済みプラスチックが適正処理されていることを認証するサービス会社を設立する計画です。NTTデータ経営研究所の林孝昌氏は「国際資源循環を 担うのは民間事業者。民間が制度としてではなく、収益性のある認証サービス事業として運営していくことが重要」と意欲的です。

 この実証事業を支援した北九州市は「総合静脈物流拠点港」に指定され、リサイクルポートの背後のエコタウンにはOA機器、自動車、家電、ペットボトルな どリサイクル施設が立地しています。そのうえ同市はアジア諸国の環境関連部局とのチャネルも備えています。この北九州市とともにいま、注目されている総合 静脈拠点港は酒田港です。酒田港周辺にはエコタウンでもないのに、自動車、古紙、廃プラ、鉄屑などのリサイクル企業が集積しています。酒田港では90年代 に新田嘉一氏(有機畜産の豚肉を生協などに供給している平田牧場の設立者)を中心とする民間団体が対岸諸国との経済交流を図るために、日本海を経てアムー ル川を遡り、黒竜江省ハルビンに至る国際航路東方海上シルクロードを開発。当時、新田氏から、日本から中国へ輸出する貨物が少なく、中古機器、古紙などを 運んでいるときいたことがあります。あるいはこうした経由で、酒田港にリサイクル事業所が集積することになったのかもしれません。

 日本にはリサイクル法がほぼ整備され、しかも高いリサイクル技術力があります。総合静脈物流拠点はこうした強みを活かし、今後東アジアや世界の静脈・リ サイクル資源の産業集積地、交易の中心地となる可能性が高いと思います。このように日本がアジア地域で地球環境問題に貢献できる課題はたくさんあると思い ます。しかも、民間や自治体「から」、あるいは、だから「こそ」できることがたくさんあるでしょう。

 人間は太陽系という、地球という大きな自然循環の中で活かされています。人間の暮らしも文化も経済もこの大きな流れに沿って営まれています。しかし、ト ルーキンの「指輪物語」ではありませんが、何億年間も地中深く眠っていた化石燃料を掘り当て、短時間に解き放つことで、循環を狂わしてしまいました。

 平岩さんにメール hk-hiraiwa@tcn-catv.ne.jp
2008年05月26日(月)
エディター&ライター 平岩 優
  この春から大分県の大学に通う兵庫県出身のSといいます。18歳の男子学生です。現在通う大学で環境問題についての知識を深め、将来は今世界で起こってい るさまざまな問題のうち一つでも解決に導ける仕事に就きたいと考えています。平岩さんの記事を見て、自分の環境問題に対する知識の浅さを知るとともに、よ り正確な知識が必要だと感じました。

 そこで質問なのですが、平岩さんにとって今の日本がこれらの環境問題にどう対応すべきか意見を聞かせてほしいです。返事はいつでも結構です。

 昨年12月、萬晩報に投稿した「環境問題は政治的な問題である」に対し、先日上記のようなメールをいただきました。私は環境問題に関して専門的な科学的 知識を持ち合わせていませんが、環境問題について企業や研究者の方々に話をうかがう機会があります。そうしたわずかな知見に基づき、参考までに私なりに考 えていることを記します。

 そこでまず環境問題とは何かから考えていきたいと思います。拙文でも述べましたように、私は環境問題を克服するためにはアメリカ型文明、ライフスタイル を改めることが必要だと思います。アメリカ型文明とは、恒常的により便利で新しいものを求め古いものを廃棄し、より多くのエネルギーと物資を消費すること で豊かな(?)個人生活を実現することに価値観をおく文明です。戦後、私も含め多くの日本人がテレビや映画を通してそんなアメリカン・ウェイ・オブ・ライ フに憧れました。アメリカを訪問した折、司馬遼太郎は、こう記しています。

「(都市の使いすてとというが、あるのか)とおもうほどのショックをうけたのは、ワシントンからニューヨークにもどる途中、列車の窓からフィラデルフィア の鉄鋼製構造物の巨大な廃墟群をみたときだった。ぬしをうしなった造船所や人気のない造機工場、あるいは鉄道車輌工場といった、十九世紀末から二十世紀半 ばまでの花形産業が、精一杯、第二次世界大戦までいきながらえはしたものの、いまは河畔にながながと残骸の列をさらしている。......いわば豪儀なことができ るほど国土がひろいということもあるだろう。しかし資本というものの性格のきつさが、日本とくらべものにならないということもある。この社会では資本はそ の論理のみで考え、うごき、他の感情はもたない。労働者も労働を商品としてのみ考え、その論理で動く。論理が、捨てたのである。凄みがある。」『アメリカ 素描』(新潮文庫)

 ちなみに司馬遼太郎はこの本の中で文明を「たれもが参加できる普遍的なもの・合理的なもの・機能的なもの」とし、対して文化を「特定の集団(たとえば民族)においてのみ通用する特殊なもの」と定義しています。

 ところで『アメリカ素描』が読売新聞に連載されたのは1985年のことですが、上記のフィラデルフィアの記述を含めて、環境問題に言及された箇所はありません。

 ヨーロッパでは1970年代から酸性雨が国境を超えた公害問題として、外交問題に発展していました。80年には西ドイツで緑の党が結成され、さらに酸性 雨によりドイツの森の死滅が予測され、西ドイツ政府が大気汚染対策を強化していきますが、いまだグローバルな地球環境問題という観点からは議論がされてい ません。しかし、地球環境問題はこの延長線上にやがて、石油をジャブジャブ使うアメリカ型の消費生活を見直そうというだけにはとどまらず、同時に政治的な 課題としても姿を現すことになります。

 国際政治の舞台にのぼる環境問題

 私は「環境問題とは政治的な問題である」で、環境対策は経済的利害を発生させるとともに、その科学的根拠もあいまいであることから、各国の利害がからみ あい政治問題化せざるをえないと書きました。しかし、この5月の連休中に読んだ米本昌平著『地球環境問題とは何か』(岩波新書 1994年刊)により、環 境問題は以前考えていたように単純に経済的な利害関係に基づく次元でのみ、政治に関わっているわけでないことを教えられました。地球環境問題はその出自そ のものからして、国際政治という土壌と切り離せないというのです。

 米本氏は地球環境問題を「自然科学(地球物理、気象、生態、海洋など)と社会科学(経済、金融、法制度、行政、国際政治など)とを一気横なぐりに融合さ せてしまう動機をもっており、しかも何らかのかたちで政策立案(エネルギー政策、産業構造調整、国際交渉など)に結びつかざるをえないものである」と定 義。国際政治の上で地球環境問題が本格的に登場したのは1988年秋の国連総会だといいます。

 この年の6月には米ソの間でINF条約(中距離核戦力全廃条約)の批准書が交換され、翌89年には東欧革命が起こり、11月にはベルリンの壁が崩壊しています。

 環境問題を国際政治の課題に押し上げたのはソ連のシェワルナゼ外相(当時)の国連総会での演説でした。

「環境カタストロフの脅威という前にあっては、二極化したイデオロギー的世界対立的図式は、却下される。すべての人が、同じ気象体系を共有しており、誰一 人として、環境防衛という自分だけの孤立した地位に立てるわけではない。人工の第二の自然、つまり技術圏はきわめて脆弱なものであることがはっきりした。 多くの場合、その破綻は、たちまちのうちに国際的で地球レベルのものになる......」(『地球環境問題とは何か』より)とし、92年もしくはこれより早い時期 にサミットレベルでの環境に関する国連会議を開くことを提案しています。この国連演説には86年に起きたチェルノブイリ原発事故の影響が色濃く感じられま すが、私はソ連崩壊のきっかけはこの事故にあったと思います(中国の四川地震も中国の政治体制に大きな変化をもたらしそうな気がします)。

 さらに続いてこの年の12月7日(パール・ハバーの日)には、ゴルバチョフソ連書記長(当時)が国連で東西冷戦終結の引き金となったソ連軍の50万通常 兵力の一方的削減を宣言するデタント演説を行い、その中で発展途上国の債務問題に言及したあと、「国際的な経済安全保障は、軍縮ばかりでなく地球環境への 脅威に対する認識を離れては、考えられない」(同上)と述べています。ちなみに、IPCC(気候変動政府間パネル)は、この演説の1日前に設置されていま す。

 翌89年に入ると環境問題の国際会議が堰を切ったように、次々と開かれます。3月5~7日にはイギリスのサッチャー首相の主導で「オゾン層保護に関する ロンドン会議」が開かれ、2000年までにフロンの生産と消費を全廃するというヘルシンキ宣言を採択。3月10~11日にはフランスがオランダ、ノル ウェーと共催で、ハーグで地球温暖化問題に関する環境サミットを開催し、早くも地球環境問題をめぐる主導権争いが始まります。そして、92年は環境問題が 国際政治の課題として認知される上で大きな分水嶺となりました。国連環境開発会議(地球サミット)が開かれ、103カ国の首脳が気候変動枠組み条約に署名 し、一方では米ロによるSTARTⅡ(戦略兵器削減交渉)がスタートしました。

 つまり、東西冷戦構造が解体する過程の中で、地球環境問題が国際政治の新たな課題として浮上してきたのです。常に新たな脅威、対立軸を生み出していくの は国際政治の性のようなものかもしれません。地球環境問題は「地球に優しい」というソフトな相貌ではなく、安全保障のテーマとして現れたのです。従来、国 家は軍事力を背景に国益の増強を図り、国際会議のテーマはワシントン会議に見られるように軍縮でした。その行き着いた先が、米ソが保持する核兵器の均等に 上にたった冷戦構造でした。

 1980年代後半から1990年代前半に至るこの時期の国際政治の動きは、後世、人類の大きなターニングポイントとして記憶されることになるでしょう。 そして国際政治の東西の対立軸は、南側諸国から「環境帝国主義」と告発されるように南北の対立軸へと移行しました。世界最大の過剰なエネルギー消費国・ア メリカは発展途上国が参加しない温暖化対策は無意味として、京都議定書の批准を拒否しました。(つづく)

 平岩さんにメール hk-hiraiwa@tcn-catv.ne.jp
2007年12月11日(火)
エディター&ライター 平岩優
  「ポスト京都議定書」の枠組みを話し合う国連の気候変動枠組み条約締結国会議がバリ島で開かれているが、削減方法をめぐって各国の駆け引きが活発だ。いま や"地球環境を守る"といえば錦の御旗を掲げたようなものだが、そもそも環境問題というのはきわめて、政治的な問題である。環境対策には経済的利害が発生 するし、その科学的根拠もあいまいであるからだ。

 たとえば、一時人類の存続にかかわるような騒ぎとなった約70種あった環境ホルモンの問題はどこにいったのだろう。当時から、DDTの残留でしかないな ど否定的な意見があつたが、先日ある経産省系の環境団体の研究者にうかがったら「ほとんどがシロ」だという。800度以上高温で焼却すればダイオキシンの 発生が防げると、当時日本やアメリカの自治体が地方債まで組んで、大型ゴミ焼却炉を導入したが、本当に必要だったのかどうか、専門の研究者にうかがってみ たい。

 アメリカが京都議定書の枠組みに参加しなかったのも、EUとの確執であろう。もしノーベル賞を受賞したゴア元副大統領が大統領になったとしても、アメリ カは参加したかどうか。そもそも、ゴア氏とIPCCがノーベル平和賞を受賞したこと自体が政治的判断で行われた可能性すらある。

 IPCCの報告書の内容についても疑問を投げかける高名な科学者も多い。 といって、CO2排出削減をはじめとする環境対策が必要ないといっているのではない。IPCCは温暖化ガスの影響は排出してから数十年にわたって影響が残 るので、いま削減しなければ手遅れになるといっている。疑わしきに手をこまねいているわけにはいかないのである。

 しかも、ここ数年だけみても、省エネ対策が進められることにより身近な家電製品、自動車のエネルギー効率はどんどん向上しているし、企業の省エネ・資源 を目指した技術革新により生産コストが削減されている。東京都のディーゼル規制の断行で、東京の空気がきれいになったことも私自身大いに実感している。

 しかし、地球温暖化防止に関しては現在の京都議定書のように参加国のCO2排出量が世界全体の3割にしか過ぎないのでは意味がない。日本が約束通り90 年比6%削減したところで微々たるものである。アメリカ、中国、インド等CO2を多量に排出する国を参加させる枠組みづくりに知恵を絞らなければならな い。戦後の国際的な枠組みは、国連しかり核拡散しかり、戦勝国の利害に基づき構築されてきた。大国同士が利害で争い、調整した公平感の乏しい枠組みでは、 経済発展に遅れてきた未開発国は参加しないだろう。

 京都議定書の枠組み自体、EUの思惑が感じられる。削減量を義務化しても域内貿易量が多いので競争力を殺がれない。90年排出量を基準値にすることで、 エネルギー効率が悪く排出量の多い東欧諸国を組み込むメリットも活かせるからだ。それに比べ、90年時ですでに世界で一番エネルギー効率の高いモノづくり を実践していた日本にとっては従来以上の省エネを実現するのは、よくいわれるように乾いた雑巾を絞るようであろう。

 実質的に2009年にスタートする「REACH規制」もおそらくEUが化学物質規制の世界標準に向け先鞭をつける試みであろう。この規制は約3万種類の 化学物質について、企業に安全性評価を義務付け、化学物質についての情報を登録させる制度である。登録の対象となる業種も自動車、電機や、玩具などの製造 業だけではなく、たとえば化学染料が使われた布地を用いるアパレル業などにも及ぶ。EUで商品として流通するためにはこれらの製品ごとに登録する必要があ り、莫大なものとなるであろう登録料が新設された欧州化学庁の運営費となる巧みな制度である。

 またEUではすでにEU27カ国を対象にしたキャップ&トレイド方式の域内排出権取引制度(EUETS)も導入している。この排出権クレジットは京都議 定書が導入したクリーン開発メカニズムにより発行された排出権とは違い、EU域内でしか通用しない。キャップ&トレイド方式は企業にCO2排出量のキャッ プすなわち上限を定め、それより削減した分を排出権として、削減できなかった企業とトレードする仕組みである。数日前アメリカの上院本会議でも排出権取引 の導入が議論されることが決まった。

 EUETSに関しては今年、環境庁、経産省、日本経団連が協同で実態調査を行っている。キャップ&トレイド方式の排出権取引制度に反対する日本経団連の 永松恵一常務理事は、企業から政府へ、政府から欧州委員会へ、上限の割当をめぐり約800件もの訴訟がおきていること、さらに事業所間の取引が少なく、金 融機関等の仲介者が市場に参加し、実需に基づいたマーケットメカニズムが働かず、排出権価格に変動が激しいことを指摘している。

 京都議定書による排出権取引は市場メカニズムの仕組みを取り入れた環境対策として注目されたが、ヘッジファンド等の資金が流れ込む昨今の石油市場を見て いると、なんらかの補完対策も考えなければならないだろう。また、中国の代替フロン増産に対し、EUは排出権を目的にして生産することに警戒感を強めてい る。ちなみに代替フロン類は温暖化係数は高く、たとえばHFC23はCO2の1万7000倍で排出権獲得の投資効率が高い。

 もう15年以上前になるだろうか、大手化学メーカーのダウケミカルジャパンの環境管理部長から、アメリカでの消費者による化学メーカーのイメージは下か ら2番目でたばこ産業に次いで悪い、と聞いたことがある。しかし、医療薬から日用品まで化学品なくして、我々の生活はなりたたない。以前、知人の女性で地 球環境にとって人類は悪であるとの思いから、子孫はつくらないという人がいた。一人の生命は地球より重いという方があったように思うが、同じようにナンセ ンスだと思う。

 人の踏みこまない野生の自然より、里山の方が生態系が豊かだという。課題は良くも悪しくも20世紀をリードした豊富な石油資源のうえに成り立ったアメリ カ型文明からいかに脱却するかだ。政治的駆け引きが必要ないとはいわないが、すべての国が参加できるポスト京都議定書の枠組みづくりに人類の英知を結集し て欲しい。

 平岩さんにメール hk-hiraiwa@tcn-catv.ne.jp
2004年10月03日(日)萬晩報主宰 伴 武澄

 これは一つの体験である。9月5日、大きな地震が三重県を襲った。大きな被害はなかったが、県民に地震の恐ろしさを十二分に伝えた。筆者の場合、それ以 降、揺れに対して体が異常すぎるほど過敏に反応するようになった。多くの県民も似たような状態にあるのではないかと思う。

 次いで29日、豪雨に見舞われた。県庁所在地の中心地で道路の"水位"が見る間に上昇するのだが、そんなことはニュースでも何でもなくなるほど雨が降っ た。53歳の人生の中でこれほど雨が恐いと思ったことはなかった。これも多くの県民に共通の気持ちを抱かせたに違いない。

 いくつかの思いがよぎった。自然の猛威に人間は対応できるのか。10年ほど前、フィリピンを訪れ、ピナツボ山の噴火の後を歩いたことを思い出した。噴火 後、数年を経ていたが、幅10キロにわたる泥流がまだ流れていた。泥流の厚さは5メートルほどにもなるという。ある場所で教会の尖塔だけが泥流の上に立つ 風景があった。「この下には町がありました」という説明はにわかには理解できなかった。それでもピナツボは筆者にとって過去の出来事でしかなかった。

 9月、三重県で起きた自然災害は規模でいえば、ピナツボほどの大きさではなかったが、生身の人間が耐えうる極限の精神状態を筆者に強いた。それは筆者が マスコミにいて、報道の一端を担う責任を持っていたからでもあった。たとえば、部下を豪雨の土砂崩れの被災地に向かわせる心境はただごとではない。被災地 に向かった記者は若いから、どれほどの危険を感じていたか知らない。だが送り出す人間に心理はそうたやすく語れるものではない。

 9月5日の地震はマグニチュード(M)6.9と7.4。阪神大震災よりもエネルギーは大きかった。東京にいる学者や役人は、予想される東南海地震との関 連を語った。地震に見舞われた県民の一人には他人事を語っているようにしか感じられなかった。われわれには、この地震が東海海地震と関連があろうがなかろ うがどうでもいいことだった。知りたいのは、その夜起きた地震が「新たな恐怖の始まりなのか否か」ということだった。

 29日の豪雨で県内に勤務する政府の役人が言った。「伴さん、異常なことが起きるのを災害というのです」。まさにそういうことだ。予想される延長上で自 然現象が起きてくれるのなら、われわれは生きていくのに何の不安もない。

 今年起きた幾多の水害のすべてが予期しない時期と場所で起きた。29日の豪雨も台風がまだ九州に上陸しないうちに始まっていた。心の準備などあろうはず もない。津市では過去最大の雨量の二倍にもなる400ミリの雨が降った。尾鷲や海山など三重県南部では1000ミリを超える雨量を記録したところもあっ た。土砂崩れが起きた宮川村では雨量計の限界を超えたから、最終的にどれほどの雨が降ったかも記録されなかった。

 情報の重要性についてこれほど関心を持ったこともなかった。「社員の安全の確認」はどの会社の災害マニュアルにもある項目だろう。共同通信の場合、一番 目の項目だ。しかし、地震発生と同時に携帯電話は機能がマヒすることを知らなければならない。社員の安全が確認できないということは、その報告もできない ということである。マニュアルの一番目と二番目がまず難しいのだ。

 われわれは技術に対する過信があるのではないかと思った。三重県は宮川ダムの管理所と防災センターとの間に3系統の通信手段を確保していたが、通常の NTTの有線電話はまっさきに役立たずとなった。次いで防災無線はカミナリでダウンした。頼みの衛星電話は厚い雨雲に遮断されて雑音ばかりだった。

 今回の豪雨で悲惨だったのは、海山町が情報の孤島となったことである。停電に続き、NTTの機能がマヒしたから、中から被害状況を伝えることも、外から 被害を取材することもできなくなった。ほぼ同時に宮川村において、土砂崩れで9人が下敷きになったという情報が入ったからメディアの関心は宮川村に集中し た。この結果、ほぼ1日間、水没した海山町は忘れ去られた。死者が2人だったことが信じられないほどの状況だったにもかかわらずである。

 このことで学んだのは、メディアが取材できる箇所はまだ被害が甚大でないということである。9人の犠牲が軽いというのではない。阪神大震災の時を思い起 こせば、被害状況が分からない状況というのが一番恐ろしいということなのだ。情報が途絶した地域ではまさにそういう恐ろしい状況が起きているかもしれない のだ。

 29日から1日まで、海山町への交通手段は徒歩と船しかなかった。100年前の交通手段だ。そして情報の伝達手段は話し言葉しかなかった。どのメディアもその被害を伝えられなかった反省から初めて分かったことである・

 きのう10月2日、伊勢新聞主催の緊急防災シンポジウムがあり、コーディネーターを仰せ付かった。当然ながら豪雨被害が起きる前から設定されていた日程 である。筆者以外は専門家ばかりだったが、事前打ち合わせのシナリオは完全に狂った。多くを語り尽くせなかっただろうが、パネリストたちとともに共有した のは、まず災害マニュアルは役に立たないということだった。そして災害に直面して起こす人々の行動が混乱を増幅させるということでもあった。

 たとえば、大雨と台風21号の接近で学校が軒並み途中から休校となり、生徒たち、児童たちを帰宅させたが、多くの親たちが車で学校の近くまで迎えた。車 が町にあふれ、冠水で寸断された道路の混乱に一層の拍車をかけたことは間違いない。連絡網の電話が携帯を含めて通信をさらに難しくさせたに違いないのだ。

 後から分かったことは子どもたちの帰宅していた時間帯は、雲出川や櫛田川、宮川の水位が目いっぱい上がり、一番危険な時刻に相当していたことだった。

 そういうことをするなというのではない。そういうことが起きるのだということをあらかじめ知っておくことは防災マニュアルにも明記しておく必要があるの だと思った。救急車はじめポンプ車など災害用の車両が渋滞に巻き込まれて、本来果たすべき機能をほとんど発揮できなかったのは、豪雨の影響だけでなかった のである。

 情報の洪水がある一方で情報の枯渇が同時に起きるということも分かった。多くの認識を共有できたのは、きっと災害の恐ろしさを体で知った直後だったからだろう。

 ある防災責任者の言である。

「実際に堤防の安全性を保証できない水位になっていました。よく考えると非常に恐ろしい事態でありました。私は小学生がこのような行動をとっていたことを その時は知りませんでした。夕方6時過ぎに妻からメールがあって市内の国道23号が冠水しているだけでなく、その他も大変な状況になっていることを知りま した。もし、河川水位が最高水位になる時刻の前後で破堤していたら堤防周辺の車両や人々は濁流の中に飲み込まれたことでしょう。歩いている人がどれだけ河 川の情報を取得する努力をするでしょうか」

 寺田寅彦は1934年11月、雑誌『経済往来』に「天災と国防」を書き、現代の災害への警鐘を鳴らしている。「文明が進むほど天災による損害の程度も累進する傾向がある」。先覚者の言葉を三重の人々とかみしめたい。

 昨夜、この防災責任者はメールをもらった。「怖がりすぎたり,怖がらなさすぎたりするのは簡単だが,正しく怖がるのは難しいという言葉があります」とあったことを読者にお伝えしたい。

 寺田寅彦「天災と国防」(あおぞら文庫より)
 http://www.aozora.gr.jp/cards/000042/files/2509_9319.html

 天災と国防 寺田寅彦(1934年11月「経済往来」

「非 常時」というなんとなく不気味なしかしはっきりした意味のわかりにくい言葉がはやりだしたのはいつごろからであったか思い出せないが、ただ近来何かしら日 本全国土の安寧を脅かす黒雲のようなものが遠い水平線の向こう側からこっそりのぞいているらしいという、言わば取り止めのない悪夢のような不安の陰影が国 民全体の意識の底層に揺曳(ようえい)していることは事実である。そうして、その不安の渦巻(うずまき)の回転する中心点はと言えばやはり近き将来に期待 される国際的折衝の難関であることはもちろんである。

 そういう不安をさらにあおり立てでもするように、ことしになってからいろいろの天変地異が踵(くびす)を次いでわが国土を襲い、そうしておびただしい人 命と財産を奪ったように見える。あの恐ろしい函館(はこだて)の大火や近くは北陸地方の水害の記憶がまだなまなましいうちに、さらに九月二十一日の近畿 (きんき)地方大風水害が突発して、その損害は容易に評価のできないほど甚大(じんだい)なものであるように見える。国際的のいわゆる「非常時」は、少な くも現在においては、無形な実証のないものであるが、これらの天変地異の「非常時」は最も具象的な眼前の事実としてその惨状を暴露しているのである。

 一家のうちでも、どうかすると、直接の因果関係の考えられないようないろいろな不幸が頻発(ひんぱつ)することがある。すると人はきっと何かしら神秘的 な因果応報の作用を想像して祈祷(きとう)や厄払(やくばら)いの他力にすがろうとする。国土に災禍の続起する場合にも同様である。しかし統計に関する数 理から考えてみると、一家なり一国なりにある年は災禍が重畳しまた他の年には全く無事な回り合わせが来るということは、純粋な偶然の結果としても当然期待 されうる「自然変異(ナチュラルフラクチュエーション)」の現象であって、別に必ずしも怪力乱神を語るには当たらないであろうと思われる。悪い年回りはむ しろいつかは回って来るのが自然の鉄則であると覚悟を定めて、良い年回りの間に充分の用意をしておかなければならないということは、実に明白すぎるほど明 白なことであるが、またこれほど万人がきれいに忘れがちなこともまれである。もっともこれを忘れているおかげで今日を楽しむことができるのだという人があ るかもしれないのであるが、それは個人めいめいの哲学に任せるとして、少なくも一国の為政の枢機に参与する人々だけは、この健忘症に対する診療を常々怠ら ないようにしてもらいたいと思う次第である。

 日本はその地理的の位置がきわめて特殊であるために国際的にも特殊な関係が生じいろいろな仮想敵国に対する特殊な防備の必要を生じると同様に、気象学的 地球物理学的にもまたきわめて特殊な環境の支配を受けているために、その結果として特殊な天変地異に絶えず脅かされなければならない運命のもとに置かれて いることを一日も忘れてはならないはずである。

 地震津波台風のごとき西欧文明諸国の多くの国々にも全然無いとは言われないまでも、頻繁(ひんぱん)にわが国のように劇甚(げきじん)な災禍を及ぼすこ とははなはだまれであると言ってもよい。わが国のようにこういう災禍の頻繁であるということは一面から見ればわが国の国民性の上に良い影響を及ぼしている ことも否定し難いことであって、数千年来の災禍の試練によって日本国民特有のいろいろな国民性のすぐれた諸相が作り上げられたことも事実である。

 しかしここで一つ考えなければならないことで、しかもいつも忘れられがちな重大な要項がある。それは、文明が進めば進むほど天然の暴威による災害がその劇烈の度を増すという事実である。

 人類がまだ草昧(そうまい)の時代を脱しなかったころ、がんじょうな岩山の洞窟(どうくつ)の中に住まっていたとすれば、たいていの地震や暴風でも平気 であったろうし、これらの天変によって破壊さるべきなんらの造営物をも持ち合わせなかったのである。もう少し文化が進んで小屋を作るようになっても、テン トか掘っ立て小屋のようなものであって見れば、地震にはかえって絶対安全であり、またたとえ風に飛ばされてしまっても復旧ははなはだ容易である。とにかく こういう時代には、人間は極端に自然に従順であって、自然に逆らうような大それた企ては何もしなかったからよかったのである。
 文明が進むに従って人間は次第に自然を征服しようとする野心を生じた。そうして、重力に逆らい、風圧水力に抗するようないろいろの造営物を作った。そう してあっぱれ自然の暴威を封じ込めたつもりになっていると、どうかした拍子に檻(おり)を破った猛獣の大群のように、自然があばれ出して高楼を倒壊せしめ 堤防を崩壊(ほうかい)させて人命を危うくし財産を滅ぼす。その災禍を起こさせたもとの起こりは天然に反抗する人間の細工であると言っても不当ではないは ずである、災害の運動エネルギーとなるべき位置エネルギーを蓄積させ、いやが上にも災害を大きくするように努力しているものはたれあろう文明人そのものな のである。

 もう一つ文明の進歩のために生じた対自然関係の著しい変化がある。それは人間の団体、なかんずくいわゆる国家あるいは国民と称するものの有機的結合が進 化し、その内部機構の分化が著しく進展して来たために、その有機系のある一部の損害が系全体に対してはなはだしく有害な影響を及ぼす可能性が多くなり、時 には一小部分の傷害が全系統に致命的となりうる恐れがあるようになったということである。

 単細胞動物のようなものでは個体を切断しても、各片が平気で生命を持続することができるし、もう少し高等なものでも、肢節(しせつ)を切断すれば、その 痕跡(こんせき)から代わりが芽を吹くという事もある。しかし高等動物になると、そういう融通がきかなくなって、針一本でも打ち所次第では生命を失うよう になる。

 先住アイヌが日本の大部に住んでいたころにたとえば大正十二年の関東大震か、今度の九月二十一日のような台風が襲来したと想像してみる。彼らの宗教的畏 怖(いふ)の念はわれわれの想像以上に強烈であったであろうが、彼らの受けた物質的損害は些細(ささい)なものであったに相違ない。前にも述べたように彼 らの小屋にとっては弱震も烈震も効果においてたいした相違はないであろうし、毎秒二十メートルの風も毎秒六十メートルの風もやはり結果においてほぼ同等で あったろうと想像される。そうして、野生の鳥獣が地震や風雨に堪えるようにこれら未開の民もまた年々歳々の天変を案外楽にしのいで種族を維持して来たに相 違ない。そうして食物も衣服も住居もめいめいが自身の労力によって獲得するのであるから、天災による損害は結局各個人めいめいの損害であって、その回復も まためいめいの仕事であり、まためいめいの力で回復し得られないような損害は始めからありようがないはずである。

 文化が進むに従って個人が社会を作り、職業の分化が起こって来ると事情は未開時代と全然変わって来る。天災による個人の損害はもはやその個人だけの迷惑 では済まなくなって来る。村の貯水池や共同水車小屋が破壊されれば多数の村民は同時にその損害の余響を受けるであろう。

 二十世紀の現代では日本全体が一つの高等な有機体である。各種の動力を運ぶ電線やパイプやが縦横に交差し、いろいろな交通網がすきまもなく張り渡されて いるありさまは高等動物の神経や血管と同様である。その神経や血管の一か所に故障が起こればその影響はたちまち全体に波及するであろう。今度の暴風で畿内 (きない)地方の電信が不通になったために、どれだけの不都合が全国に波及したかを考えてみればこの事は了解されるであろう。

 これほどだいじな神経や血管であるから天然の設計に成る動物体内ではこれらの器官が実に巧妙な仕掛けで注意深く保護されているのであるが、一国の神経で あり血管である送電線は野天に吹きさらしで風や雪がちょっとばかりつよく触れればすぐに切断するのである。市民の栄養を供給する水道はちょっとした地震で 断絶するのである。もっとも、送電線にしても工学者の計算によって相当な風圧を考慮し若干の安全係数をかけて設計してあるはずであるが、変化のはげしい風 圧を静力学的に考え、しかもロビンソン風速計で測った平均風速だけを目安にして勘定したりするようなアカデミックな方法によって作ったものでは、弛張(し ちょう)のはげしい風の息の偽週期的衝撃に堪えないのはむしろ当然のことであろう。

 それで、文明が進むほど天災による損害の程度も累進する傾向があるという事実を充分に自覚して、そして平生からそれに対する防御策を講じなければならな いはずであるのに、それがいっこうにできていないのはどういうわけであるか。そのおもなる原因は、畢竟(ひっきょう)そういう天災がきわめてまれにしか起 こらないで、ちょうど人間が前車の顛覆(てんぷく)を忘れたころにそろそろ後車を引き出すようになるからであろう。

 しかし昔の人間は過去の経験を大切に保存し蓄積してその教えにたよることがはなはだ忠実であった。過去の地震や風害に堪えたような場所にのみ集落を保存 し、時の試練に堪えたような建築様式のみを墨守して来た。それだからそうした経験に従って造られたものは関東震災でも多くは助かっているのである。大震後 横浜(よこはま)から鎌倉(かまくら)へかけて被害の状況を見学に行ったとき、かの地方の丘陵のふもとを縫う古い村家が存外平気で残っているのに、田んぼ の中に発展した新開地の新式家屋がひどくめちゃめちゃに破壊されているのを見た時につくづくそういう事を考えさせられたのであったが、今度の関西の風害で も、古い神社仏閣などは存外あまりいたまないのに、時の試練を経ない新様式の学校や工場が無残に倒壊してしまったという話を聞いていっそうその感を深くし ている次第である。やはり文明の力を買いかぶって自然を侮り過ぎた結果からそういうことになったのではないかと想像される。新聞の報ずるところによると幸 いに当局でもこの点に注意してこの際各種建築被害の比較的研究を徹底的に遂行することになったらしいから、今回の苦(にが)い経験がむだになるような事は 万に一つもあるまいと思うが、しかしこれは決して当局者だけに任すべき問題ではなく国民全体が日常めいめいに深く留意すべきことであろうと思われる。

 小学校の倒壊のおびただしいのは実に不可思議である。ある友人は国辱中の大国辱だと言って憤慨している。ちょっと勘定してみると普通家屋の全壊百三十五 に対し学校の全壊一の割合である。実に驚くべき比例である。これにはいろいろの理由があるであろうが、要するに時の試練を経ない造営物が今度の試練でみご とに落第したと見ることはできるであろう。

 小学校建築には政党政治の宿弊に根を引いた不正な施工がつきまとっているというゴシップもあって、小学生を殺したものは○○議員だと皮肉をいうものさえ ある。あるいは吹き抜き廊下のせいだというはなはだ手取り早で少し疑わしい学説もある。あるいはまた大概の学校は周囲が広い明き地に囲まれているために風 当たりが強く、その上に二階建てであるためにいっそういけないという解釈もある。いずれもほんとうかもしれない。しかしいずれにしても、今度のような烈風 の可能性を知らなかったあるいは忘れていたことがすべての災厄(さいやく)の根本原因である事には疑いない。そうしてまた、工事に関係する技術者がわが国 特有の気象に関する深い知識を欠き、通り一ぺんの西洋直伝(じきでん)の風圧計算のみをたよりにしたためもあるのではないかと想像される。これについては はなはだ僣越(せんえつ)ながらこの際一般工学者の謙虚な反省を促したいと思う次第である。天然を相手にする工事では西洋の工学のみにたよることはできな いのではないかというのが自分の年来の疑いであるからである。

 今度の大阪(おおさか)や高知(こうち)県東部の災害は台風による高潮のためにその惨禍を倍加したようである。まだ充分な調査資料を手にしないから確実 なことは言われないが、最もひどい損害を受けたおもな区域はおそらくやはり明治以後になってから急激に発展した新市街地ではないかと想像される。災害史に よると、難波(なにわ)や土佐(とさ)の沿岸は古来しばしば暴風時の高潮のためになぎ倒された経験をもっている。それで明治以前にはそういう危険のあるよ うな場所には自然に人間の集落が希薄になっていたのではないかと想像される。古い民家の集落の分布は一見偶然のようであっても、多くの場合にそうした進化 論的の意義があるからである。そのだいじな深い意義が、浅薄な「教科書学問」の横行のために蹂躙(じゅうりん)され忘却されてしまった。そうして付け焼き 刃の文明に陶酔した人間はもうすっかり天然の支配に成功したとのみ思い上がって所きらわず薄弱な家を立て連ね、そうして枕(まくら)を高くしてきたるべき 審判の日をうかうかと待っていたのではないかという疑いも起こし得られる。もっともこれは単なる想像であるが、しかし自分が最近に中央線の鉄道を通過した 機会に信州(しんしゅう)や甲州(こうしゅう)の沿線における暴風被害を瞥見(べっけん)した結果気のついた一事は、停車場付近の新開町の被害が相当多い 場所でも古い昔から土着と思わるる村落の被害が意外に少ないという例の多かった事である。これは、一つには建築様式の相違にもよるであろうが、また一つに はいわゆる地の利によるであろう。旧村落は「自然淘汰(しぜんとうた)」という時の試練に堪えた場所に「適者」として「生存」しているのに反して、停車場 というものの位置は気象的条件などということは全然無視して官僚的政治的経済的な立場からのみ割り出して決定されているためではないかと思われるからであ る。

 それはとにかく、今度の風害が「いわゆる非常時」の最後の危機の出現と時を同じゅうしなかったのは何よりのしあわせであったと思う。これが戦禍と重なり 合って起こったとしたらその結果はどうなったであろうか、想像するだけでも恐ろしいことである。弘安(こうあん)の昔と昭和の今日とでは世の中が一変して いることを忘れてはならないのである。

 戦争はぜひとも避けようと思えば人間の力で避けられなくはないであろうが、天災ばかりは科学の力でもその襲来を中止させるわけには行かない。その上に、 いついかなる程度の地震暴風津波洪水(こうずい)が来るか今のところ容易に予知することができない。最後通牒(さいごつうちょう)も何もなしに突然襲来す るのである。それだから国家を脅かす敵としてこれほど恐ろしい敵はないはずである。もっともこうした天然の敵のためにこうむる損害は敵国の侵略によって起 こるべき被害に比べて小さいという人があるかもしれないが、それは必ずしもそうは言われない。たとえば安政元年の大震のような大規模のものが襲来すれば、 東京から福岡(ふくおか)に至るまでのあらゆる大小都市の重要な文化設備が一時に脅かされ、西半日本の神経系統と循環系統に相当ひどい故障が起こって有機 体としての一国の生活機能に著しい麻痺症状(まひしょうじょう)を惹起(じゃっき)する恐れがある。万一にも大都市の水道貯水池の堤防でも決壊すれば市民 がたちまち日々の飲用水に困るばかりでなく、氾濫(はんらん)する大量の流水の勢力は少なくも数村を微塵(みじん)になぎ倒し、多数の犠牲者を出すであろ う。水電の堰堤(えんてい)が破れても同様な犠牲を生じるばかりか、都市は暗やみになり肝心な動力網の源が一度に涸(か)れてしまうことになる。

 こういうこの世の地獄の出現は、歴史の教うるところから判断して決して単なる杞憂(きゆう)ではない。しかも安政年間には電信も鉄道も電力網も水道もな かったから幸いであったが、次に起こる「安政地震」には事情が全然ちがうということを忘れてはならない。

 国家の安全を脅かす敵国に対する国防策は現に政府当局の間で熱心に研究されているであろうが、ほとんど同じように一国の運命に影響する可能性の豊富な大 天災に対する国防策は政府のどこでだれが研究しいかなる施設を準備しているかはなはだ心もとないありさまである。思うに日本のような特殊な天然の敵を四面 に控えた国では、陸軍海軍のほかにもう一つ科学的国防の常備軍を設け、日常の研究と訓練によって非常時に備えるのが当然ではないかと思われる。陸海軍の防 備がいかに充分であっても肝心な戦争の最中に安政程度の大地震や今回の台風あるいはそれ以上のものが軍事に関する首脳の設備に大損害を与えたらいったいど ういうことになるであろうか。そういうことはそうめったにないと言って安心していてもよいものであろうか。

 わが国の地震学者や気象学者は従来かかる国難を予想してしばしば当局と国民とに警告を与えたはずであるが、当局は目前の政務に追われ、国民はその日の生 活にせわしくて、そうした忠言に耳をかす暇(いとま)がなかったように見える。誠に遺憾なことである。

 台風の襲来を未然に予知し、その進路とその勢力の消長とを今よりもより確実に予測するためには、どうしても太平洋上ならびに日本海上に若干の観測地点を 必要とし、その上にまた大陸方面からオホツク海方面までも観測網を広げる必要があるように思われる。しかるに現在では細長い日本島弧(にほんとうこ)の上 に、言わばただ一連の念珠のように観測所の列が分布しているだけである。たとえて言わば奥州街道(おうしゅうかいどう)から来るか東海道から来るか信越線 から来るかもしれない敵の襲来に備えるために、ただ中央線の沿線だけに哨兵(しょうへい)を置いてあるようなものである。

 新聞記事によると、アメリカでは太平洋上に浮き飛行場を設けて横断飛行の足がかりにする計画があるということである。うそかもしれないがしかしアメリカ 人にとっては充分可能なことである。もしこれが可能とすれば、洋上に浮き観測所の設置ということもあながち学究の描き出した空中楼閣だとばかりは言われな いであろう。五十年百年の後にはおそらく常識的になるべき種類のことではないかと想像される。

 人類が進歩するに従って愛国心も大和魂(やまとだましい)もやはり進化すべきではないかと思う。砲煙弾雨の中に身命を賭(と)して敵の陣営に突撃するの もたしかに貴(たっと)い日本魂(やまとだましい)であるが、○国や△国よりも強い天然の強敵に対して平生から国民一致協力して適当な科学的対策を講ずる のもまた現代にふさわしい大和魂の進化の一相として期待してしかるべきことではないかと思われる。天災の起こった時に始めて大急ぎでそうした愛国心を発揮 するのも結構であるが、昆虫(こんちゅう)や鳥獣でない二十世紀の科学的文明国民の愛国心の発露にはもう少しちがった、もう少し合理的な様式があってしか るべきではないかと思う次第である。

(昭和九年十一月、経済往来)
2003年06月26日(木)萬晩報主宰 伴 武澄

 昨年8月、東京都と神奈川県の境を流れる多摩川にアゴヒゲアザラシが現れてからタマちゃんブームが1年も続いている。

 今年2月には東京都で最も水質汚濁が激しいとされた立会川と神田川などにボラの大群が出現、人々を驚かせた。一昔前まで、ボラが遡上するのは当たり前の ことで、ニュースなどにはならなかった。ニュースになるのは「普通」のことではなくなって久しいからである。

 東京周辺の河川にアザラシやボラが生息できるということはいつのまにか、河川がきれいになっている証拠に違いない。その確証はまだつかみ切れていない が、河川の汚濁防止で思い出したのが、1979年の「琵琶湖条例」(滋賀県琵琶湖の富栄養化の防止に関する条例)の制定だ。

 記者になって2年目、新人記者として大津に赴任して、全国ニュースは皆無だったからわくわくした。

 日本最大の湖である琵琶湖は関西の水がめといわれ、古くから京都、大阪、神戸の水道水の水源となってきた。1977年5月、その琵琶湖南部の湖面が突 然、真っ赤な帯状の物質に覆われ、生臭いにおいが周辺に漂った。滋賀県はただちにそれを赤潮と断定した。赤潮の帯は日を追って増え、そのぶきみな姿は人々 に衝撃を与えた。

 赤潮は、水中のリンや窒素などの栄養基の濃度が高まり、植物プランクトンが増殖する富栄養化によって起こる現象。それまでは瀬戸内海など内海で多発し、養殖のハマチの大量死を誘引するなどしていたが、住民への直接的影響はなく局地的現象とされていた。

 琵琶湖の赤潮に周辺住民が危機感を持ったのは、水質が比較的きれいとされていた水道の水源で起きた事件だったからである。

 滋賀県の調査で、原因は仮定の雑排水や畜産排水が主な原因とされ、中でも家庭で使われる合成洗剤に含まれるリン酸基への関心が高まった。大津市を中心と した滋賀県南部の住民はただちに合成洗剤の使用をやめて、天然油脂を主原料とした粉石けんの利用をすすめる運動を始め、滋賀県に対しても合成洗剤の使用規 制を強く求めた。

 合成洗剤はいまでも洗濯や食器洗い用として、主婦の毎日の生活にとっては不可欠の存在である。一方の粉石けんは完全に忘れ去られていた存在だった。粉石けんは使用時に水に溶けにくいうえ、汚れも落ちにくい代物で、そもそも店舗でもほとんど販売していなかった。

 それでも「水源の汚染」という緊急時に主婦たちは立ち上がり、粉石けん普及運動に力を入れた。商品が足りない地区では家庭用廃油から粉石けんをつくる教室がいくつも立ち上がり、「自給自足」への努力もなされた。

 そんな住民の努力をにらみながら、滋賀県は当時としては異例のリンを含む合成洗剤追放策を策定していた。県内で合成洗剤の販売を禁止する「琵琶湖条例」 だ。単一の自治体が商品の販売を禁止するような条例は世界のどこにもない。まして相手は花王やライオンといった大手企業である。

 当時の常識では、合成洗剤に含まれるリン酸基こそが洗浄力を高める主成分で、リンを含む合成洗剤の販売を禁止するということは合成洗剤の追放にほかならなかった。「琵琶湖条例」制定の過程はたちどころに全国ニュースとなり、制定の是非をめぐる議論は全国に広がった。

 毎日、琵琶湖の湖面が赤く染まり、生臭いにおいが立ちこめる住民の焦燥感は日ごとに募るが、そうした問題意識はなかなか中央政界には伝わらない。極端に いえば、合成洗剤の使用をめぐって、オールジャパン対滋賀県の対立構造も生まれた。当時の滋賀県武村正義知事の先見性はそうした中央の圧力に屈しなかった ことだろう。武村知事は条例制定を敢行し、滋賀県の住民は水がめ保全のため、あえて溶けにくい粉石けんを使う選択をしたのだった。

 「琵琶湖条例」は前文で「水は大気、土などとともに人間生存の基盤である」とうたい「幾多の困難を克服して、この水と人間の新しい共存関係を確立していかなければならない」と高らかに宣言した。

 技術の進歩はすばらしいもので、この条例の制定と前後して、合成洗剤の助剤に使われていたリン酸塩はゼオライトに置き換えられ、現在では日本の洗濯用の合成洗剤はほぼ100%無リン化が実現した。

 もちろん合成洗剤だけが富栄養化や水質の汚染の原因ではないのだが、利便性を犠牲にした滋賀県の合成洗剤追放運動は、国内だけでなく、全世界の水質保全や環境問題に大きな問題を投げかけたことは確かだろう。

 琵琶湖条例制定から5年後の1984年8月、大津市を会場に「世界湖沼環境会議」が開かれた。「自然と人間の共存のみちを探る」をテーマにしたこの会議 は国連環境計画(UNEP)や経済開発協力機構(OECD)など4つの国際機関をはじめ、28カ国からの71人を含め内外2400人が参加する当時として は最大級の国際会議となった。「琵琶湖宣言」を採択し、水質だけでなく水辺の景観など湖沼の保全が地球にとって不可欠なものであるというアピールを世界に 発信した。

 先進7カ国首脳会議(サミット)で、「環境問題への取り組みが持続的経済成長に不可欠である」という文言がサミット宣言に盛り込まれるようになったのは 「琵琶湖条例」から10年、「琵琶湖宣言」から5年の1989年のことである。環境問題はいまや世界的課題であるが、24年も前にすでに水の問題に正面か ら取り組んでいた滋賀県という自治体を持っていたことを、われわれは少しは誇りにしていいと思う。
   2001年04月06日(金)萬晩報主宰 伴 武澄
 

 3月上旬、95歳の男と銀座で出会った。遠山正瑛さん。きんさん・ぎんさんは茶目っ気で100歳を超えても人気者だったが、この男の場合はいささか違 う。内蒙古の砂漠地帯に木を植え続けることを晩年の仕事と課している。金儲けや野心からではない。「蒙古へ行くと祖国を感じる」のだという。

 鳥取大学元教授の遠山さんの名前は以前から知っていた。映像メディアにいる友人が年末に目を輝かせてこんな話をしていたことからどうしても遠山さんに会いたくなった。

「こんどモンゴルに行くんだ。日本人がずっと木を植え続けているのは知っているでしょ。その地に森が生まれて、動物たちがよみがえり、なんと湖までできたって話を取材しにいくんだ」
「それってまるでジャン・ジオノの『木を植えた人』じゃない」
「そうなんだ。人間の力ってすごいと思わないかい」

 中国の黄河は1972年からほぼ毎年、下流の流れが途切れる「断流」現象が起きている。緑を失った上中流の土地の保水能力が失われたのが主な原因だとさ れる。大規模な地球の環境変化がもたらした結果でもあるが、一方で住民による森林伐採もまた黄河の上中流の砂漠化をもたらしている。

 飢えを克服した中国の次の大きな課題は黄河流域の砂漠化を食い止め、緑化することである。遠山さんはそんな黄河上流に住み着き、木を植え続けている。

 遠山さんが住むのは内蒙古自治区の恩格貝という町。黄河が内蒙古を流れているとするのは違和感があるが、恩格貝は黄河が北に向かって湾曲するその最北端にある。北京からだとフホホトまで汽車か飛行機で飛び、さらに数十キロ行ったところにある。

 恩格貝での植林事業は王明海氏との出会いから始まった。文化大革命でずたずたにされた心を癒すために恩格貝の緑化を始めていた。二人をつないだのは日本 人を母親に持つ谷曉蘭さんだった。パオトウの緑化研究所で日本文献の整理に当たっていた。あるとき蘭州の砂漠研究所で緑化事業に協力していた遠山さんの招 聘を思いついた。

 遠山さんは戦前、食料増産という国家プロジェクトで海岸砂丘の開発に従事。以来、砂漠との付き合いが始まった。最初の訪中は田中角栄による日中国交樹立 がきっかけであるという。遠山さんが実感したのは「中国に砂漠研究所はあるが、砂漠開発はない」ということだった。江沢民主席も「農学進んで農民衰えた り」と嘆いたそうだ。

「それなら俺が」ということで、まず蘭州北部の砂漠地帯にあるサボトウというところにブドウ園をつくった。資金は立正佼成会が7000万円寄贈した。遠山さんがつくった5ヘクタールのブドウ園はいまでは1000ヘクタールまで広がっているそうだ。

 恩格貝の緑化では多くの日本人が協力している。成長の早いポプラを1本1本手植えする「緑の協力隊」を日本で隊員を募集。1週間から10日のツアーで木 を植えるだけのためにすでに延べ5000人が恩格貝の地を訪れている。やってきた日本人たちはそれぞれ「アミダの森」「犬塚の森」など思い思いに名付けて 自らの訪問の証を記している。宗教団体や労組の名前も少なくない。

 植林されたポプラは280万本を超えるはずだが、遠山さんは一切植林の規模を明かさない。

「ヘクタール数が分からないのなら、何キロ四方だとか森林の広がりを示す数字はありませんか」
「さぁ。砂漠に森が点在している状況ですから」

 いつの間にか遠山さんの目は遠くモンゴルに地に果てていた。恩格貝の植林事業はマスコミを通じて中国全土に知れ渡り、多くの中国人が関心を寄せるように なった。三年前に遠山さんの銅像が恩格貝の地に建った。故周恩来首相の第一秘書だった宋平氏がどうしてもといって建てたものだそうだ。この銅像はとかくぎ くしゃくしがちな日中関係にとって貴重な存在である。

 緑の協力隊に関心のある方は「日本沙漠緑化実践協会」(03-3248-0389)

(注)8日に一部内容を訂正しました。
 (1)植林されたポプラの本数「300万本」→「280万本」
 (2)恩格貝の距離「数百キロ」→「数十キロ」
 (3)「アイヌの森」→「アミダの森」

2000年10月18日(水)
大友 賢 & 園田義明


「持続可能な開発」という概念は1987年の国連ブルントラント委員会(環境
と開発に関する世界委員会)の報告書"Our CommonFuture"の
中で打ち出されました。1992年の地球サミットでこの概念が世界が目指すべ
き目標として採択され今日に至っています。ここでそれまでの経済成長一辺倒か
ら人間と自然の共生できる経済へというパラダイムの転換が行われたことになり
ます。

環境問題は1960年代から1970年代にかけて主に先進国を中心に議論が高
まりました。しかし1980年代半ば以後は途上国問題を含めた形で地球規模の
問題として認識されるようになります。そして「持続可能な開発」へとつながっ
ていきます。

☆環境と思想

園田  このパラダイムの転換は世界的に見ても思想上かなり奇妙な変化をもた
    らします。それまで「成長か環境か」「開発か環境保全か」といった二
    元論で扱われる中で、思想上でも対立軸となっていました。極端な事例
    かもしれませんが、チェルノブイリ事故直後の反原発運動の高まりを振
    り返っても明らかであると思います。

    当時の産経新聞には「エコロジストはトマトだ」とする社説を掲載した
    ことをよく覚えています。最初は「緑」だがすぐに「赤」になると主張
    しました。当時の社会状況を象徴する内容でしょう。つまり環境問題を
    取り上げること自体、反社会的、反企業的なものとみなされていたので
    す。

    私自身はこの記事で産経新聞の先見性に大きな疑問を感じて以来、この
    新聞を手にするのを控えてきました。

    この思想的な側面は日本だけに見られる特徴ではないはずです。国際関
    係に詳しい大友さんはどう思いますか?

大友  環境問題を思想的なベースをもとに捉えるために、リベラルとマルクス
    主義的思想の二つに大きく分けて考えてみようと思います。

    前者の場合、環境保全運動は、グローバルな視点で個人の権利を守る為
    の運動と捉えられるでしょう。これは別の言い方をすれば、カント的思
    想になると思います。つまり、人間が安全な環境で生きることを「権利」
    として認め、さらにはそれが普遍的な権利であるという主張になるわけ
    です。

    後者の場合、環境問題のほとんどは先進資本主義国の手によって引き起
    こされていると論じます。人間の生活の中には必要最小限の環境破壊は
    あっても、それが必要以上に拡大していくのは資本主義経済のせいであ
    り、さらには開発途上の国にまで環境汚染を輸出している(例えば、日
    本企業の工場が東南アジア諸国に移転され、汚水を垂れ流し煤煙を出し
    まくっている現状や、日本に輸出する為に森林を伐採している現状)こ
    とを強く主張します。先進資本主義国による環境の搾取が行われている
    わけです。

    「持続可能な開発」というのは、この両者を満足させようとするスロー
    ガンであったように見えます

園田  時あたかも東西「冷戦」の終結に遭遇します。この結果、政治が多様化
    ・多元化するなかで、ドイツ、フランスに見られるように「新しい政治」
    の担い手として環境主義が独立した思想として確立していきます。

    私自身はエコロジー運動の世界的広がりの要因として「持続可能な開発」
    の概念化と冷戦終結は密接につながっているように思います。冷戦終結
    によって環境主義のマルクス的色彩が薄められ、より中立な存在となっ
    た。時には政治的に利用されながらもユニバーサルに浸透していくよう
    な気がします。

    日本の場合、冷戦終結の歴史的な認識が希薄です。根本的に何が事実と
    して起こったのかいまだに理解できていないところがあるように思えて
    なりません。

    日本では赤緑連合と揶揄されることも多いドイツ・シュレーダー政権で
    すが、試みとしては非常にユニークだと思います。原発廃止を巡る是非
    で混乱が続いているようですが、結果生み出されるものは21世紀に向
    けて極めて貴重なものになるように思います。

☆予測される自然観の対立

園田  ところで大友さん。日本では吉野川可動堰問題などのように一時的に盛
    り上がりはしますが、まだ環境主義が根付いていないように思います。
    これはどうも日本人の自然観によるところも大きいのではないかと思う
    のですがどうですか?

    現在の環境問題は西洋的な自然観が前提にあるように思います。このあ
    たり私自身も抵抗を感じることがあります。温暖化問題にしても、何か
    人間のおごりのようなものが見隠れしているように思えてなりません。

大友  面白い視点だと思います。確かに、日本人にとって「自然」は「そこに
    あるもの」で、また「あるべきもの」であり、「あって当然なもの」な
    のかもしれません。歴史的には、それぞれの神が自然に宿していると考
    えていたことにも、この感覚が見られるように思います。その分、四季
    の移ろいには敏感でも、「自然」というもの自体には無頓着なように見
    えます。

    西洋的な感覚だとこうではないと思います。人間社会と自然を切り離し
    て意識し、人間の力によって制御されるべき対象と捉えられてきた側面
    があるのではないでしょうか。特に、科学万能主義的な思想はこれを反
    映しているように思います。

    ですから、環境問題も人間がどうにかコントロールして、「人間が暮ら
    しやすい」環境作りをしなくてはならないという人間中心的な発想にな
    るのでしょうし、その考え方の度合いが日本人よりも強くなるのかもし
    れませんね。

園田  今朝子供と「お母さんと一緒」を見ていたら、♪小さい秋♪が流れてい
    ました。この曲って良く聞くと凄いですね。おそらく西洋人にはこの繊
    細さは理解できないでしょうね。

    同様に私の好きな言葉に「足るを知る」があります。今年1月の日経新
    聞で在日アメリカ商工会議所前会頭のグレン・フクシマ氏が、日本人の
    「もったいない精神はアメリカ人には理解できないだろう」と書いてい
    ました。私も「足るを知る」をアメリカ人に懸命に説明しようとしまし
    たが、英語力の問題もあって見事に挫折した経験があります。

    この繊細な自然観は日本特有のものでしょうか?大友さんにお願いがあ
    ります。韓国に友人がたくさんいらっしゃるようですが彼らはどのよう
    な自然観を持っていますか?

    年末に「神々が宿る島」バリ島に行く予定です。最近特に偏った主張が
    目立つようになってきました。日本人のアイデンティティーを見直す中
    で、この自然観の特殊性を殊更に強調しすぎるきらいにあります。極め
    て偏狭なナショナリズムではないかと心配しています。このままいくと
    自然観の対立からハンチントンの罠に陥りそうな気がします。

大友  私の印象に残っている曲に♪ふるさと♪があります。これは、長野オリ
    ンピックの閉会式で杏里さんが歌っていたのですが、彼女の歌唱力だけ
    ではなく、その歌詞に様々な季節の情景が(暗黙に)込められていること
    にふと気づいたわけです。これは、たまたまビデオに録画しておいたも
    のだったので、何度も見返してしまいました。このように、日本の歌に
    は様々な季節観が込められているものが多いのだと思います。

    イギリスにいる時に、韓国人の友人と「この国には季節が無いね。」と
    いうことを話していたことがあります。このきっかけになったのは、私
    が秋が一番好きなのですが、イギリスの秋はちょっと物足りなく感じた
    ためで、その時に感じたのは、彼らの季節観は日本人のものに近いなと
    いうことでした。ただ、私は韓国語が分からない為、この感覚がどのよ
    うに文学や歌に反映されているのかは分かりません。(この点に関して
    は知り合いのイギリス人が、イギリスの季節は「春から夏に変わったと
    思ったらすぐ秋になり(夏は無いと同じで)、秋が来たらすぐに冬になる
    (秋も冬も感覚的に差が無い)」と言っていました。)

    日本人の季節観はやはり独特なのかもしれません。しかし、それを「外
    国人には理解できないもの」といった考え方になるのは、その人の心が
    偏狭である証拠でしょう。日本の文化を理解しようとしない外国人にと
    ってはこの感覚は理解できないものでしょうが、日本人よりももっと日
    本人らしい外国人もいるわけですから。逆に、海外に出た日本人が「日
    本人はこうだからおまえらの考えは理解できない(または、理解しよう
    としない)」というのも、結局はこれを逆さにとった偏狭性の表れでし
    ょうね。

    このような考え方を日本国民の多くが持ち排他的な感覚になってゆくと
    したら、ハンチントンの罠に陥ってゆく要因のひとつになるようにも感
    じられます。

    もし「日本人が自然をこよなく愛する民族だ」などと主張するならば、
    他の国の人たちにもその感覚を理解してもらう努力をしつつ、他の国の
    事情や文化も研究してどのように自然を守っていくかというような行動
    に出るべきでしょう。

☆環境と企業経営

大友  近年、日本企業では環境問題に取り組む姿勢が顕著になりましたが、こ
    こには人々の意識の変革がそうさせた面と、企業の環境問題への取り組
    みがさらに人々の意識を変えていくという面との相乗効果があるのでは
    ないかと思うのです。もちろん、企業にとってはイメージアップの要因
    になっていることが重要ではあるわけですが、多国籍企業などは環境問
    題を人々に意識させるという点で「政府以外の意思決定機関」としての
    役割を果たしてきているように思うのです。このような企業の環境への
    取り組みに関しては園田さんの方が詳しくご存知でおられると思うので、
    その辺を具体的におっしゃっていただけますでしょうか?

園田  「地球に優しい」を呼ばれる自動車メーカーやOA機器メーカーとはこ
    れまでに随分と一緒に仕事をさせていただきました。イメージアップと
    いう面は無視できないでしょうね。ただ現場段階で実際に研究開発に携
    わっている方々は相当ユニークな連中ですよ。しっかり信念を持って日
    夜地道に努力されています。

    優秀な経営者ほど環境技術が日本にとって21世紀の生命線になること
    をしっかり認識しています。この点で基幹産業である自動車業界を例に
    取ってみましょう。

    10月2日に米環境保護局が2001年型乗用車の燃費ランキングを発
    表しました。1位がホンダ・インサイト、2位がトヨタ・プリウスでと
    もに日本のハイブリット車です。6位にホンダ・シビックHX(マニュ
    アルタイプ)、7位にスズキ・スイフトが入っており、トップ10は日
    本車と独フォルクスワーゲン社の乗用車が占めました。特にホンダは2
    年連続で最優秀燃費車に選ばれたことになります。日本の自動車分野で
    の環境技術は世界的にみても依然として高い水準を誇っています。

    日本の自動車メーカーの環境への本格的な取り組みは、1970年にさ
    かのぼります。この年、アメリカでマスキー法(大気汚染防止法)が制
    定されました。当時世界で最も厳しい排出ガス規制とされたマスキー法
    を世界で初めてクリアしたのがCVCCエンジン搭載のホンダ・シビッ
    クです。1973年の発売以来これまでのアメリカでの販売累計は55
    0万台を超えています。

    1969年、ホンダは人気車種に欠陥が見つかったことから、会社存亡
    の危機に立たされます。起死回生のため20代の技術者を中心に『低公
    害エンジンプロジェクト』を立ち上げますが先発大企業の技術の「改良」
    を試みる若手に対し、独自技術の開発にこだわる社長・本田宗一郎との
    激しい格闘があったようです。そして4年後、F1レースで培ってきた
    「ガソリンを徹底的に燃焼させる」技術を一般エンジンに持ち込み、全
    く新しい方法で低公害化を実現します。

    「これで世界一の自動車会社になる」と喜ぶ社長に、若手は「私たちは
    社会のためにやっているのだ」と反発します。この言葉を聞いた本田宗
    一郎氏は「自分の時代は終わった」と、まもなく社長の座を降りること
    になります。

    テレビでも幾度も取り上げられたエピソードですが、日本の環境技術史
    の面でも再評価する必要があるように思います。

    ダイムラー・クライスラー誕生に端を発した世界的な自動車業界の合従
    連衡もその要因のひとつとして環境技術の獲得にあることを見逃しては
    いけません。日産や富士重工、スズキ、三菱自工などが相次いで海外企
    業の傘下に入りましたが、「新生銀行方式」や「山一證券方式」、見向
    きもされない「ゼネコン業界」とは似て非なるものと思います。

    特に日本の場合、企業合併、買収、提携において「する側」と「される
    側」の単純な議論が繰り返されてきました。結果として国境を超えたパ
    ートナーシップに結びつくこともあります。特にルノー・日産の仏日連
    合は、お互いの文化がもっと深く融合できればこれまでにないコンセプ
    トの車が出来上がるような気がします。

    各社とも開発にしのぎを削る燃料電池車は、ハイブリット技術なしには
    実現できません。

    また自動車以外でも包装容器リサイクル法、家電リサイクル法への対応
    から家電メーカー、OA機器メーカーが環境技術に対して本格的に取り
    組みを始めています。

大友  なるほど、日本企業は様々な形で環境保全というスローガンを掲げ、実
    行していると思います。ただ、ひとつ気になるのは海外、特に途上国に
    出た日本企業のあり方です。私は、製品自体は環境保全になっていても、
    製作段階で環境を汚染していては、両者が相殺してしまい、結局は意味
    が無いと思うのです。

    例えば、日本は大量の二酸化炭素等の排出国ですし、一部の廃棄物が海
    外に流れ出てているといった話もあります。さらに、環境基準が緩い途
    上国に進出している日本企業はその基準に合わせて大量の排水や煤煙を
    出しています。

    これらが、日本が「環境破壊大国」とレッテルを貼られる理由のいくつ
    かですが、やはり環境を汚しながら「環境にやさしい」製品を作ること
    には意味が無い。この点で、日本の企業ならびに国民は、表向きの環境
    保全だけでなく実際の中身ももっと知る必要があるのだと思いますね。

☆環境と政治

園田  現在の与党三党は「循環型社会基本法案」で票を取りにいったようです
    が、見事に空振りに終わりました。現在はITを柱にした経済再生に集
    中しています。

    「失われた10年」は環境面では「失われずにすんだ10年」かもしれ
    ません。バブルの狂乱より現在のほうがまともですよ。この点でもう少
    し踏み込んだ理性ある議論を期待しています。

    経済成長率や失業率、財政赤字統計などに一喜一憂している様子が最近
    非常に滑稽にみえて仕方がありません。どこまで伝統的なマクロ経済指
    標にこだわるべきかの議論も必要ではないでしょうか? 環境評価を反
    映した新たな指標が望まれます。
    このあたり大友さんはどうお考えですか?

大友  GDP、消費、貯蓄等のマクロ経済指標を基に経済を測ると、これらの

    指標を改善する為の策しか練られませんから、環境は無視されることに
    なります。本来なら、園田さんの仰る通りバブル後の日本は「環境評価」
    を含んだ経済の構造改革を進めるべきだったのだと思います。あのよう
    な状況下であったからこそ思い切った改造ができたかもしれません。

    しかし、政治的な面では実際的な話ではないのでしょう。これは「環境
    にやさしくする」ということは「国民の生活を不便にする」という面が
    あるからです。

    再利用よりも再使用の方が環境にはやさしいとしたら、例えばドイツの
    ようにペットボトルを禁止してビンに置き換える必要があるでしょうし、
    缶ジュースの類や、コンビニ弁当といったものも規制の対象にすること
    になると思います。

    これは、消費活動においてはマイナス要因になるでしょうし、便利さに
    慣れた国民の同意を得られるかも疑問です。もちろん関連企業にとって
    は迷惑この上ないことですから必死に反対工作を練ることになるでしょ
    う。

    このようなことに対処できる政治家など日本に存在しないでしょうね。
    彼らにとっては、選挙での票の獲得が一番の課題ですから、票獲得のマ
    イナス要因になるものには触れたくない訳です。これを当たり前だと感
    じる政治家は発想が乏しい証拠です。全体の為の戦略的な考えが出来な
    い、利己的な人間でしょう。
   
    逆に「環境問題」を自分の票につなげられる政治家にお目にかかりたい
    ものです。その重要性を論理的に訴えることができれば、その政治家は
    支持されるべきでしょうし、この点においては国民が意識を変えていか
    なくてはならないでしょう。コンビニと携帯電話会社の提携で「さらに
    便利な社会に」という話が出てきたばかりですが、悪いとはいいません
    が、正直あまり感心しない話ですね。「便利」=「良い」といった短絡
    的な思考はもうやめるべきです。

    ただ、日本政府が何も手を打っていないかというと、そういう訳でもあ
    りません。例えば、1993年の環境基本法では国際環境法で打ち出さ
    れた、「地球益」と「人類益」という新たな概念を盛り込みました。残
    念なのが、これらの概念が形骸化しており、国民の間に浸透していない
    という現状です。これでは政治家は「環境問題」を票につなげるのは難
    しいでしょうね。

園田  現在、国会では2001年4月の施行を目指して太陽光や風力発電など
    を加速させるための「自然エネルギー発電促進法案」の審議に入ってい
    ます。

    自民、民主、公明など五党の超党派の議員で構成する「自然エネルギー
    促進議員連盟」(会長・橋本竜太郎元首相)が検討を重ねてきたもので
    すが、ここにきて雲行きが怪しくなってきました。

    与党側が電力会社に対する推進義務表現を削除した代替法案作りを進め
    ていることが明らかになったからです。小売り自由化による電力市場の
    競争激化を背景に、自然エネルギー買い取り義務に反対する電力業界な
    どに配慮したようですが、野党や現行案の作成に参加した市民団体から
    の反発は大きいようです。

    結局のところこれも票ですね。循環型社会基本法案も同様ですが、もう
    少しオープンに議論していけば新たな票の獲得にもつながるようにも思
    うのですが、どうも過去の呪縛から逃れられないようです。

    票にならない分野として日本では「外交」も挙げられますね。「外交」
    すなわち国際戦略と呼んでもいいでしょう。近頃「環境戦略」的な議論
    も多くなってきました。

    途上国はこれまで「今後『持続的な経済成長』が必要だ。途上国の弱い
    経済に排出ガス削減が義務づけられれば、成長を阻害することになり、
    絶対に受け入れられない」と主張してきました。

    確かにCO2排出量削減は、途上国からすれば先進国のエゴイズムに見え
    てしまうのもわかる気がします。過去にさかのぼって排出量を規定する
    のであれば別ですが、そうなっていないですね。ここに大きな矛盾が生
    じています。

    1997年の地球温暖化防止京都会議(COP3)においてこの問題が
    大きくクローズアップされたことは記憶に新しいと思います。

    さてどうでしょう。環境問題は各国の文化を内包しながら、途上国の債
    務問題と『持続的な経済成長』とが絡み合い、より複雑化してきました。
    コンセンサスを引き出す為に強力なイニシアチブが必要となってきてい
    ます。これまでどうりの20世紀型社会経済システムの限界が見えてき
    たような気がします。

☆持続可能な開発は可能か?

大友  園田さんのご指摘通り、「先進国のエゴイズム」という点が環境問題を
    考える上で重要です。

    環境問題自体が経済開発と密接に絡み合い政治化しています。そして、
    OECD諸国だけで40%近い温室効果ガスを排出しているという現状
    があります。

    さらには、先進諸国は環境を自国の都合のいいように破壊して発展して
    きたという歴史があります。例えば、ロンドンでは建物が多く立ち並び
    住宅も密集し、中心地ではハイド・パークやリージェント・パークなど
    の人工の巨大な公園がありますが、昔はロンドン一帯全てが森だったの
    です。ロンドンは森が破壊されて出来上がった都市なのです。これはも
    ちろん、ロンドンに限ったことではないでしょう。

    このような事実を語らずに、単に途上国には「環境を破壊するな」など
    ということは「先進国のエゴイズム」に映るのは当然です。植民地化し
    て多くの人命や資源を奪い取り、今ではそれは悪いことだからしてはい
    けないと言いながらも誤りもしない旧宗主国としての先進国のあり方が
    反映されているように見えます。国際関係ではこのようなバイアスが掛
    かっているわけですが、それを取り除いていかない限り、新しい解決法
    は見えてきません。

    実際問題として、「環境破壊なしの開発」は先ず無理でしょう。
 
    開発が進めば進むほど環境破壊も進むのが現状だと思います。とすると、
    選択すべきは「経済成長を抑制しつつ環境を守る」か「環境には気を配
    りつつも開発を優先させる」かになります。
    
    途上国が望むものは何よりも経済成長ですから、後者の考え方が支配的
    になるでしょうし、ある程度の先進国で環境問題に敏感な国は前者の考
    え方になると思います。

園田  私自信の結論も大友さんと同じです。「環境破壊なしの開発」は不可能
    です。先進国側にとってさらなる成長を前提とするには大変聞こえのい
    い「持続可能な開発」と途上国の「持続的な経済成長」への熱望に支え
    られて行き着くところまで行くしかないようです。そして見えてくるの
    は「破局」だけです。

    この20世紀を今あらためて振り返ると人間はそんなに賢くないようで
    す。このままずるずると一歩手前あたりまで行くんでしょうね。

大友  核戦争などは直前で回避されるかもしれません。が、環境問題で恐ろし
    いのは、「じゃあ止めよう」と言ってすぐに事が片付くわけではないと
    いう点だと思います。

    つもりに積もった環境破壊がある日突然、人類に襲いかかる。その時に
    やめてももう遅いですし、ぎりぎりのところも見極められないでしょう。

    もしかしたら、もうぎりぎりのところまで来ているのかもしれません。
    これが分からないのがこの問題の最大の脅威ですね。
2000年08月02日(水)
萬晩報主宰 伴 武澄


ノルウェーから日本語で隔週で発信しているめるまが「ノルウェーニュース」は筆者の貴重な情報源のひとつとなっている。ITの最先端をゆく北欧の経済や生活情報には示唆に富む内容が少なくないからだ。今週は「缶ビールがノルウェーで流行っている」というニュースだ。

 日本やアメリカからみれば、「いまさら」という感があるが、飲み干した後の缶の処理方法が確立したから消費者の嗜好がビンから缶に移ったという話を聞けば、ちょっと驚かざるを得ない。というよりノルウェー国民に対して敬意を表さざるをえない。以下にその一部を引用する。

 ノルウェーで缶ビールの消費が増えただしたのは、空き缶の新式デポジット・システムが新たに導入されたのが契機となったからだといわれている。この結果、国内の空き缶の回収率は90%に達したそうだ。

 環境保護のため、これまで缶ビールを飲むのを控えていたノルウェー人。しかし、 リサイクル可能となれば、やはり缶ビールの方が具合がいいのだろう。ビール業界の スポークスマンも「缶ビールの方が瓶ビールより冷えるのが早いし、持ち運びも便利 だし...」と、今後、加速的にノルウェー産ビールの缶入り傾斜を予測するコメントを 出している。

 筆者は北欧に一度も足を踏み入れたことはない。だがノキアとかエリクソンという携帯電話会社が世界市場を 席巻した事実や、高福祉というイメージしかなかったこれらの国々の経済がグローバリゼーションの中で注目を浴びるようになった背景について日本としてもう 少し焦点をあててもいいのではないかと思っている。

 日本がここ10年、バブル崩壊後の不良債権問題で悩み続けているうちに世界は次々と変革に着手しているのだ。先日、アメリカで取材中の同僚が驚きのメールを送ってきた。

 ノースカロライナ州のかつての田舎町であるシャーロット市がいつのまにか金融都市に変貌していたという事 実を書き送ってきた。「バンク・オブ・アメリカや6位のファースト・ユニオンなど全米上位20銀行のうち4銀行が本社を置く企業城下町」でいまや全米有数 の人口増加率だということである。

 バンカメがカリフォルニアの銀行だと考えるのは時代錯誤であることと、アメリカの変革は都市ではなく小さな田舎町が発信の拠点であることを思い知らされた。そういえばシリコンバレーもかつてはサンフランシスコ郊外の単なる乾燥した回廊だったはずだ。


ノルウェー発! ビジネスと暮らしに役立つニュース
     発行元:Nor News office http://www.nornews.com

 【萬晩報】7月は酷暑だった。季節外れの台風3号の関東地方直撃で梅雨前線が吹き飛び、実質的に梅雨は7 月初旬で終わっていた。▼7月4日第二次森内閣が発足し、翌週の12日にそごうという巨艦百貨店が倒産した。銀行への債権放棄を核とした再建計画はいまや 外資系となった新生銀行の債権放棄拒否というひとことで吹き飛んだ。本来ならば、経営難に陥っていたいくつかのゼネコンも同じ方式で救済されるはずだった が、政府のもくろみも銀行の思い込みも破たんした。おかげでゼネコンの処理が遅れ、関係者はそれでなくとも暑い夏の休み返上を余儀なくされている▼今年の 梅雨の場合、台風通過からほとんど雨のない2週間が続き、20日、気象庁は遅まきながら関東地方に梅雨明けを宣言した。7月に台風が関東地方を直撃する気 圧配置を考えればもっと早く宣言できたはずだと考えた。こちらは人畜無害。大きな被害はないが、金融とゼネコンは引き続き暑い夏が続く。
2000年05月10日(水) 萬晩報主宰 伴 武澄


 ●100年前にオランダ人が始めた砂防工事

 滋賀県大津市の南東、信楽との境に田上山という禿げ山があった。二十数年前、大津支局に勤務してい たとき、一度登ったことがある。山肌の表土はぼろぼろで、樹木どころか草さえ生えていないという日本では異様ともいえる風景だった。山肌では近畿地建が階 段状に砂防工事をしていて、斜面にはシダ類が植えられていた。

 滋賀県庁の職員に聞いたところ、田上山の表土はバクテリアも生息しないほど破壊されていて「高等な植物は植えても成長しない。シダのような原始的植物から植えて土づくりをする必要がある」ということだった。

 いまでは緑がかなり回復していることをホームページで知った。この砂防工事は100年前始まった。オランダ人技術者ヨハネス・デ・レーケらの協力を得て明治政府が着工したもので、花崗岩の切石を20段の布積みに組上げた形から鎧(よろい)ダム 、通称オランダ堰堤とも呼ばれている。

 田上山は奈良時代に東大寺を造営した際に巨木を多く切り出した場所だったそうで、山肌に木 がないのは当時から植林を怠ってきたのが理由だとされた。ちなみに瀬田川の右岸にある石山寺はその当時、木材切り出しの拠点だった。直径数メートルのヒノ キは瀬田川から淀川を経由し、さらに木津川を遡って奈良にもたらされた。

 司馬遼太郎によると「日本人は植林を習慣としてきた世界でもまれな民族」ということだ。中 国大陸を旅して気付くのは「山に緑がない」ことである。華北が乾燥地帯となったのは「漢の時代、製鉄のためマツを切りまくり、その後、植林を怠ったため」 と『街道をゆく』に書いている。マツは火力が強いことから古代の製鉄に不可欠とされた。

 山陰地方の島根県に残る「たたら鉄」は豊富な森林資源が背景にあって初めて成り立ってき た。三つの山を順番に伐採しては植林するという歴史的営みの中で続いてきたともいえる。日本の山が緑を維持してきたのは、高温多湿という気候に恵まれてい るという要素もあったには違いないが、田上山の惨状をみてから、植林の重要さをあらためて認識させられた。

 その日本の森林の危機がさけばれて久しい。田上山のことを思い出したのは、永井直樹さんから4月23日に下記のようなメールをもらったからだ。

 ●天皇、皇后両陛下を迎えた大分・平成森林公園での植樹祭

 第51回全国植樹祭が4月23日、天皇、皇后両陛下を迎え、大分県の県 民の森・平成森林公園で行われた。陛下は式典で森林の今後の大きな課題について「山村地域の過疎化や林業に携わる人々の高齢化が進む中で、いかにして豊か で手入れの行き届いた活力のある森林を維持していくかであることを強く感じています」と述べた。
 郷里九州熊本に近い大分県で、全国植樹祭が開催された上記の記事を読み、疑問を感じ、その疑問を誰に問い掛けたら良いのかで、「萬晩報」へのメールを思い立った次第です。

 私が疑問を感じたのは、上記記事の天皇陛下のお言葉の抜粋です。恐らく陛下の読まれた原稿は、農林 水産省から宮内庁までの関係省庁があらかじめすり合わせをし、主旨の方向を決められたものでしょうが、高齢化の進む林業従事者や人工林への補助/助成への 国民の支持/肯定を促すような指針のもの、と私には受け取れてしまいます。

 数年前に私が帰省した際に、九州/阿蘇の山々で見たものは、それ以前の大型台風での倒木が 放置された無残な姿でした。そのほとんどが、無理と思える急勾配に植林された杉でした。所々では、復旧の手が入っていましたが、その復旧も倒木を片付けた 後に、同じ杉の苗木を植えるというもののようにしか見えませんでした。

 高齢化に伴う、林業従事労働力の不足などが叫ばれ、大形機械の導入や輸送効率の改善などが お題目で、林道の舗装化が進んでいるようですが、道路拡張のために削られた山腹では、伏流水脈の破壊/表土の流出/樹下植生の変化や自然動物の生存必要面 積の分断など、さまざまな問題が起こってます。

 何れもが、自然林を切り開き人工的に植林された続けた人工林が、現代になって維持できない問題への悪循環でしかないと感じます。問題の解消への視点を根本的に切り換える必要があると感じます。

 森林資源といいますが、今後の少子化の進む日本で戦後から高度成長期の時代のような、建築 木材の需要が見込めるのでしょうか?。長期的な木材需要の予測はされているのでしょうか?。少なくとも無理な植林で自然災害に被災した森林の復旧策として は、自然災害に強い本来の気候風土に適合した樹木の繁殖の推進/研究が必要ではないでしょうか?(落葉広葉樹や照葉樹)「森林資源」の考え方として、保水 や大気浄化としての価値に重きを置くべきで、木材資源第一主義的な林野事業には見なおしが必要だと思います。

 「手入れの行き届いた活力のある(人工)森林を維持」ではなく、「適切な森林資源の活用と、自然摂理に合った植生への回帰」が必要だと考えます。出来れば、「萬晩報」に集う識者の方々に議論/討論していただければと存じます。


京都大学森林生態学研究室ホームページ 森林生態学研究室田上山

日本林業技術協会編『森と木の質問箱』 土地の荒廃はどこでもおきる

森の贈り物 http://www.wnn.or.jp/wnn-f/keep/ke1/ke1003_l.html#topic9

滋賀大学 近江ゆかりの近代化遺産 大津市上田上桐生町の「オランダ堰堤(えんてい)」


1998年06月29日(月)萬晩報主宰 伴 武澄


 5月4日付萬晩報「ペットボトルで毎年1兆円を捨ててきた日本人」には多くの激励と批判のメールをいただき、5月9日付で【読者の声】に掲載したが。その後も感想が届いている。なかでも筆者を勇気づけてくれたのは「飲料業界に従事している」という方からの5月21日付のメールだった。

 お金のかかる作業をお金をかけて作り出しお金をかけて捨てている

 「飲料業界に従事している」方のメールはまず、

「記事に相違ないと考えられます。なぜならば、私もその飲料業界に従事しいているからです。ペットボトルで毎年1兆円を捨ててきた事が、来年はもっと加速して行くのが現状と思います」

とし、その理由として下記のように述べている。

「2年前までは、1.5-2リットルの大型ペットボトル主体で生産もあまり多くありませんでしたが、昨年から小型ペットボトルの登場で、今年の生産数量は昨年の1.5-2倍が予想されます」

「一部には飲料業界の成長が鈍化傾向にあり、容器変革による注目度アップと小型ボットルの飲み残しやすさが消費者に受け入れられたと業界では分析していま す。そしてまだまだ来年については、生産工場の増加とペットボトルメーカーへの供給量のアップを指示しているしだいです」

「私は、飲料業界に従事しながら、缶飲料が増えれば缶処理設備を作りリサイクルし、同じようにペットボトル飲料が増えればペットボトル処理設備によるリサ イクルとなる状況について、まさしくそれなりに"お金のかかる作業をお金をかけて作り出しお金をかけて捨てている"とつくずく考えさせると思いです。来年 は、軽く1兆円を超えると思います....。」

といった内容が続く。

 水量り売り1.5リットル=100円の生協

 萬晩報のコラムに対する批判はまず「アメリカの使い捨ては日本以上」「容器持ち込みでジュースが買えるようなところはない」という事実関係に誤認がある との指摘があった。確かに筆者のワシントンでの体験はアメリカ全土で行われている売り方ではないかもしれない。一部での現象を「アメリカでは」と書いた部 分については拡大解釈と反省している。

 実は5月から京都生協がミネラルウォーターの充填(じゅうてん)自販機を店頭に設置し始めたことが分かった。ペットボトルを持ち込めば機械が充填してくれるのだが、驚いたのは水道水を濾過しただけの水が1.5リットル=100円という価格である。

 空のペットボトルを繰り返し利用する発想には拍手を送りたいが、はるばるタンカーで輸入した原油を精製して売るガソリン価格が30円強(ガソリン税は53円)でしかない時代にあまりにも暴利をむさぼる商法としかいえない。これでは環境もへったくれもない。

 宝酒造がスタートさせた量り売りの試み

 6月20日、京都の宝酒造が焼酎の量り売りを開始するというニュースを共同通信が配信した。地方紙に掲載されてお読みになった方もいるかもしれない。昨 年8月から青森県で試験的に量り売りを導入したところ好評だったため、東日本の18都道県で7月から実施することになった。

 酒屋には1キロリットルのステンレスタンクで配送し、店頭でお客が持ち込んだビンかペットボトルに入れて販売するという。同社は「焼酎でうまくいったら他のお酒にも量り売りを拡大していきたい」としている。

 そもそもは、東京都八王子市内の酒屋である「ジャックル浦島屋」が始めた酒の量り売りに触発されたのがきっかけだ。電話取材によると、「ジャックル浦島屋」ではビールまで量り売りをやっているいて、全国の酒屋から問い合わせが殺到しているらしい。

 日本も捨てたものではない。ただ浦島屋によると、4リットル入りのペットボトルの価格は240円もするそうだ。

 全国を探せば、このような例がいくつもあると思うので、ご近所で見つけたときはぜひ、萬晩報にご一報下さい。おおまかな住所と店の名前が分かればけっこうです。


1998年05月09日(土)萬晩報主宰 伴 武澄


 1998年05月04日号「ペットボトルで毎年1兆円を捨ててきた日本人に 寄せられた感想を掲載します。ペッボトルの価格があまりにも高いのに驚きの声が高かったのとアメリカ在住の方からは「コラムに書いてあったような売り方は 見たことがない」という指摘もありました。アメリカの一部での経験を強調しすぎていたきらいがあり反省していますが、考える素材として受け止めていただけ たらと思います。筆者の了解を取っていないので仮名にしました。あしからず。ありがとうございました。【萬晩報主宰 伴 武澄】


 近所に酒造り屋さんと醤油造り屋さん、味噌屋さんがあります。当然、そここから買います。空き瓶は、返します。一瓶5円貰っています。65-75円には驚愕です。しかし、返していただけでも、満足です。金の問題ではないことを知りました。
 この問題を夕食の話題にしました。95歳の母と、56歳の妻が言いました。「いいじゃないの。国民の金が回転しているのだから」
 田舎でも、県庁でも、失業者急増です。予防注射で、感じます。疑問と質問を抜きにして、攻撃する現代日本人。頑張ってください。祭りの連続です。私の肝、膵、及び脳味噌が憤怒しています。【鳥取県・医者】
 では、どうしたらペットボトルが減るか?やはり徹底的に法律で取り締まるしか方法がないのでは?日本人のモラルに訴えても限界があると思います。タバコ のポイ捨てしかりちっとも減っていません。ペットボトルメーカが今後どのような対応をするつもりなのかも聞きたいと思います。久日ぶりにMag2で興味が ある話題を読まさせて頂ました。【Shige】
 昔、私の叔母の家は、味噌・醤油・油を量り売りしていました。醤油ダルの下の栓をぬくと、「とくとくとく」となんて言うのか忘れましたが、継ぎ口のある 土鍋の小さいもののような器にとって、ビンに入れていました。あと油は、今ならさしずめかき氷の蜜を計るような金属の杓?ですくって、じょうごをビンに付 けていれていました。
 そんな私も、今は昔。おとぎばなしのように、そんな光景を感じるようになりました。本当はそんな光景を日常のものととらえる環境があれば、ゴミも環境も資源も変化したと思います。消費生活に慣れてしまったつけは、いろんな所に出ているんですね。ダイオキシンしかり。
 難しい事は解りませんが、外国では化粧品も一度購入した瓶を持参して店頭で詰めてもらえるとの事。化粧品の瓶ってオシャレすぎて無駄なんですよね。でも 最近業界も着目してくれていますね。まず洗剤・柔軟剤・シャンプー・リンス・台所洗剤など詰め替え用のものが増えてきました。嬉しい限りです。私は極力詰 め替え用を買って、無駄なプラスチック容器をゴミにしない様にとそれだけはがんばっています。
報道の専門家の方に、なんか主婦のなれない戯言の様ですが、こんなお話を正式な形で伝える場に巡り合え、嬉しく思っています。後は 国がこんな主婦の多い事を理解してもらい、流れを作っていただきたいと思います。読んでいただけて、光栄です。ありがとうございました。【大津市・主婦】
 「アメリカで容器持ち込みでジュースが買える」とのことですが、私はアメリカに住んで9年近くになりますが、そのような光景は見たことがありません。小 さな田舎町や大きな都市など様々な所に住み、旅行などで西から東までいろいろな州にも行き、行き先では必ずスーパーマーケットに立ち寄りますが、見たこと はないです。
 私が見る限りでは、プラスチック容器を何回も使う人はアメリカでは少ないと思います。リサイクル活動も日本ほど浸透しているようには思えません。実際、 地方の町ではリサイクルは存在しません。伴様の記事にも書かれていたようにアメリカでは「モノが安いので」使い捨ては当然といった感じです。それから今の アメリカ人の世代では、日本の戦後のように物がない時代を経験した人は少ないということもあるのでしょう。
 私は、日本のリサイクルにかける情熱は素晴らしいと常々感心していたのですが...。ペットボトルのコストが問題であれば、ビール瓶のように全部グラスにし て、回収してまたつめ直すということはできないのでしょうか。いずれにしても、日本はリサイクルに関してはアメリカよりもよく頑張っていると思います。 【在米9年女性】
 私はISU(Iowa State University)に通っています。MNSで送られてきた伴さんの記事を大変楽しく読ませていただきました。まさか1.5リットルのボトルがそんなに コストが高いとは知りませんでした。ここアイオワでは缶もペットボトルも買い物のときに5セント取られその代わり、リファンドをするとお金が返ってくるし くみになっていますが初めて聞いたときには感動しました。私も貯めに貯めてからリファンドをすると$11位になります。だから皆、ごみ箱に捨てず私のよう にしているようです。また、大学を歩いていると低所得者の人がわざわざごみ箱から拾って生活費にしているのでリサイクル率は抜群だと思います。【アイオワ 州・学生】
 読んでてとてもうれしく思いました。でも、そう思える人たちが何人いるのでしょうか。ことあれば、すぐに魔女狩りを行うマスコミ。それを見て、喜び勇む 視聴者。自己責任を失い、何かが生じれば、すぐに国や自治体、学校等に責任を押し付ける我が国民は一体如何してしまったのか? 金儲け主義に走る弁護士の 餌食になってしまうことも解らずに・・・。これからも、頑張ってください。【Ken】
 本文の内容ではなくて恐縮なんですが、書き出しの部分です。「モノは日本の半分の価格だった。」。確かに、半分の価格のものもありますが、そうでないも のもあります。逆に高いものもあります。私も日本に居た頃は、物価が安いイメージを持っていましたが、決して、一言で言えるような比較はできないと、今で は感じています。
 「プラスチック容器は何回でも使うもの...」「一部かもしれないがアメリカでは、容器持ち込みでジュースが買えるのに、日本ではペットボトルを収集し て、コストをかけてワイシャツに仕立て直している」「その彼我の違いが気になった」。どちらも、そのように感じられたと言うことで、私がとやかく言うこと ではないのですが、全体的にアメリカは、リサイクル先進国で、日本も考えなければならないのでは、というニュアンスに読めるところが、ちょっと引っかかる のです。
 私の住んでいるテキサスダラスは、ビン、カンの分別はおろか、台所のゴミと合わせて電池などもいっしょにして捨てています。全て、埋め立てるそうです。 資源保護の思想のかけらもありません。かたや、資源保護の教育として、カンを学校に持っていく日があったり、紙製品にはリサイクルマークがあったりして、 自然保護を訴えてます。
 私が、こっちに来て非常に感じることは、日本に居た時に持っていたアメリカのイメージとかなり違っているということです。これは、テレビや新聞、雑誌等 の断片的な情報で作られたイメージであったとつくづく考えさせらます。ぜひ、文章を書く方にお願いしたいことなのですが、たとえ本文とは直接関係ない内容 ではあっても、アメリカは良い、日本は見習うべきだと言ったニアンスの文章は、注意して欲しいと思います。断片的な「事実」は、それだけで決して「真実」 でないでしょうし、私のように、誤解したイメージをアメリカおよび日本に持ってしまうこともあるからです。決してアメリカの実態はひどいのだ、と言ってい るわけではありません。【在米6年】
 今の日本の問題点が、明確に読みやすく書いてあり読まさせて頂きました。客は「安くしろ」、ディスカウントは「量を売るから、協賛金を出せ」・・・。だ からメーカーは利益が出ない。僕はペットフードの業界にいますが、都市に近くなると、安いだけではもう売れません。これからの日本は、知識階級などの人た ちが日本の国籍を捨てる日が来るのでは?と恐怖を感じています。長年のつけを、清算しないといけない日が恐いです。いい記事を、もっと多くの人の目に留ま るようになる事を望んでいます。【funycats】
 貴重な情報がいっぱいのletterを楽しみに拝読しています。人々の日々の生活の変遷はその国の文化や歴史の重みと深く関わるものと考えます、日本は 戦後少し早く走り過ぎたのでしょう、物質的な豊かさの享受が当たり前の時代の育つ者が、精神的なそれを理解する土壌が少し痩せてきているのが気がかりで す。 【新座市】
 新聞・雑誌にはあまり出ない興味ある記事が掲載されるので、毎日楽しみにしています。時々、印刷して家のかみさんやこどもたち(高1、中1)と話題を共 有しています。これだけの質の記事を毎日、無料で配信できるのは申し訳ないと思います。将来、経営がもたなくなる前に有料制か広告収入か何かよい方法を考 案されて、ぜひ継続して下さい。ボランティアの継続は、いろいろしんどいことと推察します。
 価値のあるものに対価を払うことが、日本では当然となっていません。あらゆる所で、無駄使いがなされていることが、だんだんあらわになってきました。 「なくならない公共事業」、「ペットボトル2兆円」にも指摘された通り、無駄なダム、非効率な道路工事をはじめ、税金の無駄使い、高コスト体質は、あきれ ます。
 外見・肩書きではなく、中味そのものの本質で評価する目、心を養っていくことがこれから重要となってくるでしょう。「彼の容貌や背の高さを見てはならな い。私は彼を退けている。人が見るようには見ないからだ。人はうわべを見るが、主は心を見る。」旧約サムエル記1ー16:7【kf9t】
 記事を読みましてその通りだと思います。役所は、建前主義の中身なしで、国民のことよりも、紙の上での意味のない法律ばかりにとらわれていると思います。国民の為の法律に変える必要が有ると思います。【ym-66-0822】
 ペットボトルについては一消費者としては同じ意見ですが、厚生省に問題有りとするご意見には、やや疑問を感じます。(厚生省関係の人間ではありません) 食品というものを購入する場合のシステムを衛生を維持しながらどのように流通させるかという、どちらかというと流通革命を考えなければ本質が見えてこない ように思います。
 小生も食品製造販売をしておりますと、包材費にこれだけの費用をかける消費者側のメリットとは何だろうと考えさせられます。これはペットボトルに限らないと思います。
 その包材費は使い捨てなのか、何らかの2次、3次用途に役立っているか流通革命ではなく消費革命の方が必要なのかもしれませんね。  日本の官庁は、民間がやったことを後でなぞって管理することが得意で、明日の展望のために何かをするには、情報が少なく、実績も少ない。従って、こちらに頼るべきではないようです。【yb8s-knk】
 コラムを毎号興味深く読ませていただいています。読んでみて、そうだったのかと目から鱗が落ちることがあります。今後も期待していますので、がんばってください。【水戸市・弁護士】
 ペットボトルの話、興味深く読みました。数年前アメリカ西海岸に、仕事の関係で視察に行きましたが、日本とアメリカの流通コスト(人、物、情報)のあま りの違いに愕然としたことを思い出します。そして、その原因の多くが公共料金に代表される公的な管理システムのコストだということに気が付きました。アメ リカは賃金が下がっても物価がそれにスライドしてある程度下がりましたから、労働者の生活水準はそれほど下がりはしなかったでしょうが、日本の場合は公共 料金体系が物価を押し上げる方向に作用しています。公共料金とは本来、民間に任せると高い水準で推移しかねない各種サービスを低廉に国民に提供する目的で 設けられたもののはずです。少なくとも私は学校でそう習いました。
 とにかく、われわれ国民が自分のことはもっと自分たちでやるんだという気持にならなければだめなのでしょうね。それにしても、ペットボトルがそんなに高かったなんて、すこしも知りませんでした。【Kazuo】
 10年ほど前に、TVでオーストラリアのスーパーマーケットが紹介されたときお客さんたちがペットボトル持参でソフトドリンクを買っていたことを思い出しました。日本人が無駄に対する気持ちを今一度、行政から取り組んでもらいたいですね。【topfield】
 いつも刮目すべきご意見を拝聴しておりますが、とくに今回のテーマには大いに考えさせられ、ありがとうございました。今後ともよろしくお願い申しあげます。【fksm】
 ペットボトルの話は、本当に目からウロコという感じでした。「管理したがる官僚(おかみ)と、おかみに管理してもらいたがる国民」という国民性は、外国人から見ると、摩訶不思議に映るでしょうね。
 あちこち外国に行かれているのでしょうか?もしそうなら、どこが一番管理が少ない国でしょうか?つまり、個人の自己責任とかボランティアとかを尊重する国はどこでしょうか?個人的な印象でも結構ですから、一度ご意見伺いたいです。
これからも、このような「現代日本人にとって当たり前になっている事で、外国から見れば決して当たり前ではない」と言った話題をどんどん取り上げて下さい。楽しみにしています。【Yuko】
 「ペットボトルの値段だ。空の1.5リットル瓶はふた付きでなんと65-75円もするのだ。工場への卸売価格である」だそうですが、凄い値段ですね。フ ランスでは此の値段で1,5リットル入りペットボトルのコーラを買えます。(コカコーラではないですが)製造過程でのコストの問題も大きそうですね。【フ ランス在住】
 初めて記事を読ませて頂ました。生活に根ざした興味深い記事でした。今はハワイで生活をしていますが、これからも日本の抱える問題に目を向けて行きたいと思っております。購読が楽しみです。【ハワイ・Nae】
 まったく同感です。役所の規制を早く止めさせて、生活者の自己責任で、安上がりで楽しい生活を獲得しましょう。これからもこういう意見をマスコミが国に対してどんどん言ってくれることを望ます。【池田市・学生】
 驚きました。約一兆円もの無駄遣いをしていたなんてこの無駄遣いをなくすだけで、内需拡大につながるのではないでしょうか。ペットボトルに関わらず、考 えることの出来るものから、また、思いついた人から、こういったことをしていくべきではないでしょうか。人間楽を覚えると、ほんとにダメになってしまいま すね。【ORIENT】
 ペットボトルは本当に無駄ですね。今年、31歳になるものですが、むかし、醤油屋に量り売りで買いに行ったり、豆腐屋にボウルを持って、豆腐を買いに 行ったり、ジュースビンを集めて、お小遣い稼ぎをしたりしました。 ジュースが瓶に入って売っていた頃、缶ジュースがすごく、贅沢でもったいなく感じましたが、今ではその感覚をわすれていました。  日本人の経済構造の問題点ですね。無駄なミニペットボトルやほかにも、携帯電話なんかも、販売店への多額のインセンティブが端末が使い捨て状態で端末へ の過度のコストダウンが余儀なくされ、あげく、インセンティブのため、ドコモ以外は経営は青色吐息といったところでしょう。消費者も一見してお徳と見える が実は莫大な無駄を生み出していないかもっと、考え直すべきですね。そういった運動にもっと生活共同組合なんかがイニシアティブをとっていただきたいもの です。【kotaro】
 毎回、豊富な情報に驚き、感心して拝見しています。特に、ペットボトルは、秀逸なレポートでした。私たちのためになる規制緩和を、身近な例で具体的にか たられました。そうですね。たとえ、食中毒がでても、あそこの店は気を付けようという意識が、選択権を大切にする意識になり、お店も気をつける。そして、 なによりそういう地域の情報を得るためにも、身近な人との交流も盛んになり、情報を発信する媒体も多様になる。といいことばかりのように思います。それに しても1兆円とは、驚きました。これは、説得力があります。【ssgb】
 「ペットボトルで毎年1兆円を捨ててきた日本人」を読んで。指摘のとおり、日本ではゴミのリサイクルに世論や政策が集中し、肝心のゴミを減らす、物をそ のまま再利用するという、肝心なことが欠落しています。以前、ある大学教授の講演で、ヨーロッパでのペットボトルの利用回数(アメリカとは違いますが、 ビール瓶のように、メーカーが回収し、定められた回数まで再利用する。利用回数はボトルの底に傷をつけて管理している)を聞いて、日本のリサイクルのいび つさに気づきました。講演の要旨は次のようでした。
 1 真のリサイクルとは、モノをそのまま、再利用することに他ならない。形を変えるために、新たにエネルギーを消費すれば、新たに環境を破壊することになる。
 2 牛乳パックのリサイクルなどは、愚の骨頂である。牛乳パックには、高級なパルプを使用しており、そこから、再利用が不可能なトイレットペーパーを作る矛盾に気がつかなければならない。
 3 以前は、醤油にしろ、豆腐にしろ、容器は購入者が持参して いた。ところが、今では、メーカーが回収の手間を嫌がってか 再利用できない容器が多すぎる。恐らく、ビールメーカー以外 では何も考えていないのではないか。
 4 ヨーロッパでもペットボトルは使われているが、容器をガラス 瓶と同様に再利用している。その形態は、以前のガラス瓶と 同じく購入時にボトル代を 払い、回収時に返してもらうものである。これで資源が再利用されるだけでなく、ポイ捨ても減少し(確か、2リットルで50円程度だったと記憶しています) 消費者のリサイクルに対する、認識を日常的な物へ引き上げることができる。
 そして、何よりも、ゴミになるものを生み出さないことが、一番大事なことだと話されていたと思います。作ってしまったものを、焼却するなり、形を変えて リサイクルするためには、新たなエネルギーを必要とするし、完全にこの世から消し去ることはできないのだと。一番、人類が愚かだと感じるのは、自然界に無 いダイオキシンを生み出してしまったことだと。多少、シニカルな面も見うけられましたが、個人的には、大変、印象に残った講演でした。
 エコロジストではありませんが、世界中から資源を買いあさっている日本は、世界に先駆けて対策を取らなければならないはずなのにと、現状に暗澹たる気持 ちです。日常の生活で、できる限りの努力はしていますが、限度は自ずと見えてしまいます。日本人全員がこの問題を自分のことと受け止めない限り、打開策は 生まれないのかも知れません。今後とも、世界から孤立しかねない日本についての記事をお書きください。【redman_jt】
 以前のちょっと感想で、環境問題ならアルミ缶なんかより、ペットボトルを取り上げるべきだと書いたような覚えが有りますが、今回ペットボトルが取り上げられ、ふっふっふっふ、小生なかなかちゃんとした点を突いているじゃないかと1人悦に入っています。
 自己責任をもっと大切にしよう、という最後の意見に関して大いに賛成する部分が有ります。日本がこんなに規制規制の国になったのも、究極的には国民がそ れを望んだからというのが、もっとも大きな理由ではないでしょうか。あれだけ国の監督責任を問題にし、ことこまかなことまで国、地方公共団体に頼ってきた のだからここまで役人の権限が大きくなるのは当然という思いがします。
 国民である以上、国の役割といったものを考え続ける必要が有りますが、今までの政府の役割は親権者といっしょで、国民を保護し・指導する存在だったと思 うのですが、国とは一種の共済のようなものだとは考えられないのでしょうか。税金とは日本国民共済だと考えれば、国民が何か不利益を被った場合、共済掛け 金からその損害を補填するのは当然のことですし、これは監督責任とは関係なくなります。損害が補填されないとすれば掛け金を支払う意味は無くなるでしょ う。
 しかしその損害を未然に防ぐ、また防止する役割は誰に帰属するかといえば、それは立法府にあるのでしょう。損害の防止、抑制の方法が法律になるのですか ら。今の現状は立法府が機能していないため、法律を施行する人間が法律を作成しているところに、規制立国の原因があるんじゃないでしょうか。だから主張す る点は、立法府に調査機能を、と調査していない議員を職務怠慢の罪で追求しようです。【ちょっと感想】
 すばらしい。まったくそのとおりだと思います。何についてその通りかといえば、日本人一人一人が、ペットボトルやさまざまな資源問題について自覚しなけ れば行けない時期になってきているという点です。資源問題を含む環境問題は国が何とかしてくれる。という意識では、問題は解決されないし、いつものよう に、押し付け行政になってしまうでしょう。一人一人がもっと自覚すべきです。
 実は私も、行政に携わる人間です。県職員として仕事をはじめて6年目になります。毎日の仕事をこなしていて思うことは、これは誰のためにやっているのだ ろうかということです。県民の方々が問題意識を持ってどんどん文句を言ってくれない限り押し付け行政になります。制度は制定されてからが問題なのですか ら。
 ところでペットボトルの価格には驚きました。多分、この記事を読んだ方は皆さんそう思ったことでしょう。1.5リットルペットの問題が解決しないうちにミニペットの発売が解禁になりました。問題はそれを選ぶ消費者にあるのかな、なんて思ったりします。【行政マン】
 興味深く読みました。しかし、空の1.5リットル瓶が65-75円というのは、客観的な事実なのでしょうか。この値段は何を根拠にしているのでしょう か。もし、事実だとすれば、飲料水の小売価格のうち、半分近くはボトル代ということになってしまうと思うのですが、なぜこのようなことが、いままで消費者 に隠されてきたのでしょうか。いろいろと疑問が残ります。この点についてもう少し詳しい記事をお願いします。【Yoichi】
1998年05月04日(月)萬晩報主宰 伴 武澄


 日米の二国間協議の取材で、ワシントンのホテルに10日間、滞在したことがある。ダイニングルーム付きの大きなスイートルームを格安で借りた。冷蔵庫もあったのでさっそく近くのスーパーに買い出しに行った。

 モノは日本の半分の価格だった。一番驚いたのが、フレッシュなオレンジジュースの販売方法だった。生のオレンジの山からジューサーに果物が落ち込み、下 の蛇口から容器に搾りたてのジュースを受け止める仕組みになっていた。プラスチック容器は持参したものでもよかったし、店内でも販売していた。

 プラスチック容器は何回でも使うものなのだということをあらためて知らされた。頭をよぎったのは子どものころのお手伝いの思い出である。

 「そうだ。子どものころ、酒屋では醤油を買うのにビンを持っていき、大きな樽から量り売りをしていた」

 中年の人ならば、みんな思い出があるだろう。

 そういえば、味噌もみりんも量り売り。とうふもナベを持参して入れてもらった。たまごは店頭で稲わらに詰まっていて、包み紙は古新聞だった。そんな時代 に戻せ、と言おうとしているのではない。アメリカで体験した容器の再利用は日本では逆方向に進んでいるのではないかと考えた。

 一部かもしれないがアメリカでは、容器持ち込みでジュースが買えるのに、日本ではペットボトルを収集して、コストをかけてワイシャツに仕立て直している。その彼我の違いが気になった。

 帰国後、しばらくして取材を通じてキッコーマンの人と親しくなった。醤油の量り売りの話をした。

 「むかし、醤油は酒屋で量り売りをしていましたよね。あれは復活できないのですか」
 「そうなんです。うちとしても検討したことがありました。でもだめだったんです」
 「だめになった理由はなんなんですか」
 「食品衛生法というの知っていますか。厚生省の管轄のやつです。生産現場での直売では量り売りが許されているのですが、キッコーマンのように工場で生産する場合、流通を何段階も経て商品が消費者に渡るでしょう。生産や出荷段階で食品衛生法の検査をパスしないと売れない」

 つまり、出荷後してから消費者の手に渡るまでの間にばい菌が入らないようにパックが必要だと言うことらしかった。厚生省という"潔癖"な官庁がつくった法律が量り売りの障害になっているというのだ。

 ●日本人が年間捨てているペットボトル代は1兆円を超える
 日本人のだれもまだ気付いていないと思うことを萬晩報が教えましょう。ペットボトルの値段だ。空の1.5リットル瓶はふた付きでなんと65-75円もするのだ。工場への卸売価格である。あんなもの10円かそこらだと考えていた人が多いにではないかと思う。

 これはキリン・ビバレッジとサントリーの人に聞いたからうそではない。われわれは年間、何本のペットボトルを捨てているのだろうか。そう考えるとペット ボトルは環境問題ではなく、コストの問題になる。毎日1本ずつ捨てているとすると、年間で365×60円としても約2万円を捨てている勘定だ。世帯数 4000万として、なんと8000億円にもなる。70円で計算すればゆうに1兆円を超える。

 いま盛んに議論している景気対策の減税額は2兆円である。たかが水やジュースの入れ物に日本人はこれだけのコストを支払っていることを実感しているだろうか。スーパーの安売りに殺到する主婦が一方で、こんな商品を平気で買い物かごに放り込んでいるのだ。

 話を戻す。国が国民の衛生まですべてを管理しようとするから食品衛生法などという法律が生まれた。そう考えるのはたやすい。でも国民もマスコミもいった ん事故があると「国の監督責任」を問うてきた。いま規制緩和が大流行だが、国に「管理せよ」「監督せよ」と迫ってきたのもわれわれなのである。そもそも官 僚は管理監督が大好きな人種だ。その官僚に管理監督をお願いしていたのがわれわれだったのだとしたら、国民もあまり偉そうなことはいえない。

 いま一番大切なことは、自己責任でしょう。戦争や天変地異のような異常状態にあっては国の出番があるのだが、日常の生活ぐらい、誰に責任を押しつけることもなく自らの手でやって行きましょうや。


1998年03月29日(日)
萬晩報主宰 伴 武澄


 ビール業界の序列を変えたスーパードライ

 1990年代の産業界での最大の出来事は、アサヒビールのスーパードライがキリンのラガーのシェアを抜いてトップに立ったことだと思う。戦後の日本で トップシェアが入れ替わったのはほとんど初めてといっていい。特に酒販という古い商慣行を色濃く残す業界では起きたことに驚かざるをえない。

 流通食品業界を担当していたときに聞いた。「アサヒビールのシェアが7%を切ったときほど悲しかったことはなかった。北海道なんて卸がアサヒを取り扱ってくれないんですよ」。このままアサヒビールが歴史から消え去ってしまうのではないかと思ったという。

 10年経ってみると状況は一変した。スーパードライが歴史を変えたと思っている人が多いと思うが、筆者はディスカウンターの登場が酒販の形態を一変させ、アルミ缶が消費者の購買行動を変え、スーパードライ快進撃の追い風となったと考えてきた。

 かつてどこで買っても価格が変わらなかったし、ビンは重たかったから買い物かごに入りきらなかった。だからビールは町の酒屋が配達してくれる商品と相場 が決まっていた。ところが容器がガラスからアルミ缶に変わって流通そのものが変わった。他の食料品同様、持ち帰りが可能な商品に生まれ変わった。スーパー ドライは業務用ではなく、缶ビールが売り物だったことを思い出して欲しい。

 ビールも水もジュースも同じ

 ディスカウンターが目玉商品としてビールを取り扱った。安くなった背景には輸入ビールの存在が欠かせない。1993年当時、河内屋の樋口社長に聞いたこ とがある。350ml、24本入りの輸入価格はいくらなのか。答えは明快だった。「1箱7ドル」。3年後、ファミリーマートに聞いた話では「カナダ産ビー ルは1箱4ドル」だった。24本入りだ。1本20セント足らずだったことに驚いた。

 日本の缶ビールの工場出荷価格はだいたい60円弱が相場となっている。アメリカとかカナダのビールのコストは日本の3分の1なのだ。ダイエーがかつてベ ルギーから「ベルゲンブロイ」というビールを輸入、店頭価格128円で販売したことがある。中内功社長は「128円でも利益がある」と主張したが、ビール 各社は「80数円のビール税を負担したら赤字販売だ」とダイエーの真意を疑った。本当に国際的なビールの価格を知らなかったのだとするとビール業界はなべ て井戸の中の蛙だ。

 所詮、ビールなんてものはそんなものだ。缶入りの清涼飲料が110円しているが、だれでも不思議に思うことは「なんで水とオレンジジュースが同じ価格な の」という実態である。コーヒーであろうとジュースであろうと中味は5円もしない。ビールも同じである。一番高いのは小売店の手取りで、次はアルミ缶代で ある。アルミ缶は表面にいろいろ印刷すると20円弱のコストがかかっている。中味の5倍から6倍のコストである。日本の消費者は便利さを買う代償として、 多大なコストを容器に支払っていることを明記すべきである。

 アルミ缶は一過性の使用でしかない

 ガラス瓶は回収を前提としていたが、アルミ缶は使い捨てである。アルミ缶が環境問題として浮上した。化粧品のコストで一番高いのは容器だということはだ いぶ前からいわれてきた。だか化粧品は何ヶ月も使う。清涼飲料とかビールの容器は一過性である。アサヒビールの躍進は日本が変わった数少ないひとつの象徴 として肯定したいのだが、アルミ缶は問題である。アメリカは別として、欧州ではアルミ缶のビールは輸出用が中心である。国内消費の多くはいまだにガラス瓶 だ。

 アルミ缶は環境問題であると同時に日本ではコストの問題でもある。

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