臨時暫定特定の最近のブログ記事

 ガソリン税の暫定税率をめぐる第一ラウンドは、自民党が暫定措置を5月末まで延長する「つなぎ法案」を提出、1月中に衆院で可決しようとしたこと。衆参議長による調停で、本年度内に参院で採決することを条件に自民党はつなぎ法案を取り下げた。

 第二ラウンドはどうなるのか。たぶん①法案に盛り込まれた延長期間10年の短縮②上乗せ税率幅の低減③ガソリン税の本則を改定する―などの論点をめぐって与野党間の熱い議論が展開されるのだろうと思う。

 ガソリン税など暫定税率の問題で筆者がいかがわしいと考えていることを述べたい。

 第一に暫定の期間が長すぎる。最初にガソリン税などに暫定税率が導入されたのは昭和49年。1974年のことである。石油ショックにより道路財源が確保 できないことから当初2年だけ多く負担してくださいというのが趣旨だった。それが3年、5年の延長、延長でここまでやってきた。今回の延長は10年だから 何をかいわんやである。

 暫定期間が34年ということは3年後に定年を迎える筆者が働いてきた年月に匹敵するからすごい。30年以上にもわたり"暫定"はないないだろう。

 10年以上も前に共同通信の経済部の記者時代からこの問題を記事に書いてきたが、当時でさえ「15年もの暫定はないだろう」と問題提起した。しかし"暫 定"問題に関心を示していたのは石油業界だけであった。本当に必要な税率だとするならば本則を改正すればいいことである。そんなに難しいこととも思えな い。

 第二に暫定税率が高すぎることがある。ここ数年ガソリンそのものが高騰しているが、長い間、製品価格に対して100%以上の課税が続いていたのである。こんな税率はタバコしかない。

 第三は自動車関連だけに暫定税率がかけられていることである。ガソリン税、軽油取引税、自動車重量税などである。30年前なら自動車は"贅沢品"の一つ として重課税があってもおかしくない。だが、自動車を持つことが富の象徴でもなんでもなくなった時代になっても自動車に重課税することは税の公平性からみ ておかしい。国際的にみて自動車オーナーにこんなに税負担がある国はないはずだ。本則を改正しようとすると必ずこういった議論が起きるから政府はなんとか 暫定措置の延長で税収減をかわしたいのだと考えざるを得ない。

 第四におかしいのは自動車関連の税金が道路特定財源となっていることである。自動車に乗る人たちが道路建設の負担をするのは当然のことと思われた時代も あった。しかし、発想は昭和20年代のものである。田中角栄議員が同29年に議員立法で成立させた法律である。当時は、高速道路などはなく、国道1号線で さえ、十分に舗装されていなかったのだから悪くない発想だったに違いない。ちなみに高速道路を有料にしたのも田中角栄氏だった。

 全国に道路を整備することはまさに地方への公共事業予算の確保にほかならなかった。連想ゲームのように「暫定税率」は「道路特定財源」という自民党の政権維持のための資金源へとつながる。これを断ち切るのが改革でなくてなんであろう。

 政府・与党にとって暫定税率が日切れとなるのは悪夢であろう。しかし、たとえ1日であってもガソリン税が本則に戻ることは国民にとって大きなショック療法となる。暫定税率といういかがわしい制度がこれほどまで続いてきた意味について考えるきっかけになるだろうからだ。

 (紫竹庵人)
 どうも腹の虫が収まらない。いよいよ今日、政府・与党はガソリン税の暫定税率維持を盛り込んだ税制改正法案を再議決する。

 新聞などによると石油大手は5月1日から卸価格を30円前後引き上げると発表した。

 ちょっと待て。値下げならともかく「増税」である。周知期間がまったくないまま翌日から増税などあっていいのだろうか。もはやこれは法治国家ではない。

 税制改正法案が3月末までに国会を通過していれば、暫定税率の期間延長で国民にとって何も変わらないのだが、暫定措置がいったん切れた後はたった一カ月とはいえ法的にはガソリン税は本則に戻ったと考えるべきなのだ。

 元に戻す再値上げであってもこれは新たな「増税」なのだ。新たに「暫定措置」として5月1日から税の上乗せが発生する。しかも今回の租税特別措置法は 「当然の間」と言いながら「10年」の長きにわたる「恒久的増税」となる。いままでの2、3年の延長ではない。当然、周知期間を設けるべきなのだ。

 もっとひどいのは石油元売りである。
 共同通信の記事によると、出光興産は今回「1リットル当たり32円10銭引き上げると発表。暫定税率分に加え、原油価格高騰を受けた調達コスト上昇などによる卸価格引き上げ幅を7円とした」。
 4月29日 ガソリン160円突破へ 5月、小売価格が最高値に 【共同通信】
 だが1カ月前の記事では「出荷場所により価格差が出ないように、油槽所の在庫と、4月以降、製油所から出荷するガソリンの税額を合算し、値下げ幅を計算する。4月の卸値は22-23円の引き下げになる」と言っていたのだ。
 3月31日 ガソリン卸値22-23円下げ 出光興産など3社 【共同通信】

 ガソリン税の暫定措置が切れて4月1日からガソリン価格は25円下がることになった。それに対して元売はガソリンの卸値は22-23円しか下げないと言っていた。暫定措置の延長が復活すると元売りは卸値を5月1日から30円アップすると発表している。

 おかしくはないか。

 ガソリン価格の市中価格は競争だから、個別にどれだけ下がって、今回どれだけ上がるのか調べるのは難しい。しかし。石油元売りは数が多くない上、横並びだから分かりやすい。

 この1カ月に原油が上がったのは確かだが、下げるべきときは原油高騰を理由に税金分の値下げをせず、上げるときは税金分に2割も上乗せするとはふとときである。

 数日前から、「5月1日からスタンド30円値上げ説」が流布されていた。実際に店頭でどういう価格が提示されるか分からない。たぶん価格の転嫁は難しいのだろうと思う。

 4月1日の値下げ時に「初日からの値下げは難しい」と言っていたスタンドが少なからずあったが、今回の値上げ時には「初日から値上げ」を宣言しているスタンドがけっこうあるのだから笑ってしまう。

 石油元売りも元売りであるが、スタンド側もスタンド側である。

 それにしてもこの間、メディアは業者の言い分ばかりを記事にし、地方の声と称して自治体よりの主張ばかりを書いてきたのではないか。「混乱」だけを助長して、本気でガソリン税問題の本質に迫ろうとする気概すら感じられなかった。無念である。

 ガソリン税の衆院再議決に大義はあるか 2008年04月28日
 軽油税の方がなぜガソリン税より安いの? 2008年04月27日
 ガソリンは本当に再値上げされるのか 2008年04月24日
 ガソリン値下げに喝采 2008年04月02日
 始まった値下げのスパイラル 2008年04月01日
 アメとムチを織り交ぜた租特法改正法案のずるさ 2008年03月24日
 ガソリンが25円安くなる日はやってくるのか 2008年01月23日

 27日投開票の衆院山口2区補欠選挙で、自民党は民主党候補に敗れたが、福田政権は30日、揮発油税の暫定税率維持を盛り込んだ税制改正法案を衆院で再議決する方針を撤回していない。

 なぜか民主党は腰が引けている。27日のサンデープロジェクトに出席した鳩山幹事長はほとんどガソリン税問題に言及しなかった。メディアも福田政権に対 して"好意的"論調を崩していない。国民だけがはしごを外されたように1日からのガソリン再値上げの打撃を食らうことになる。

 昨夜の敗北後の福田首相と伊吹幹事長とのやりとりが、この政権の不真面目さを象徴している。

 福田「なかなかうまくいかないようですな」
 伊吹「福田さんのせいではないから気にしないでよいです」
 選挙に敗北したことがまるで他人事のような首相発言に対して、「あんたのせいでない」と幹事長。これまでのパターンなら補選敗北のとたんに、自民党内から福田首相に対する不満が噴出するものが、いまのところ党内は静かだ。

 本来なら選挙の審判を受けた直後に、ガソリン税値上げの再決議などできないはず。国民が自民党に衆院の3分の2の議席を与えたのは、郵貯民営化を断行しようとした小泉さんに対する信任ではないのか。

 衆院の再決議は、昨年11月インド洋に自衛隊艦船を派遣する「テロ対策特別措置法」が失効して、「新テロ特措法」が成立したとき以来である。そのときは日本の国際信義という大義名分があった。

 日本は憲法上、二院制をとっている。参院で否決されるたびに何でも衆院で再議決するのなら、参院はいらない。廃止すればいい。衆院での再議決はそれぐら い重みがあるはず。ガソリン税は国内問題である。軽々に再議決できる問題ではないと思うのに、福田政権は二度も三度も挑戦しようとしている。
 ガソリン税が問題なのは「道路特定財源」となっていたり、「暫定税率」が長期化していることばかりではない。そもそもガソリン税は"贅沢税"の一つとして、軽油より高い税率が設定された。ガソリン税と軽油取引税の区別も先の二つに劣らず問題なのである。

 ガソリンがリットル当たり53.8円なのに、なぜ軽油は31.1円と安いのか。またガソリン税が基本的に国税で軽油取引税が地方税なのはどうしてなのか。同じ燃料税であるのにこれほどちがっていいのか。だれもこうした疑問に応えてくれない。

 ガソリン税は1949年に創設され、53年に特定財源化された後の56年に軽油取引税が初めて課税された経緯がある。56年といえば、高度成長の入り口にあたる時期。軽油はディーゼルエンジン向けの燃料だったため、ガソリンより低く抑えられた。

 それから50年以上が経ち、日本経済は産業中心から消費者中心に軸足を移したはずである。そうであるのに、税の哲学が50年前のままではどうしようもない。

 特定財源の問題をどうすればいいか。まずはガソリン税と軽油取引税を同じ水準に置くべきだと考えるがどうだろうか。1リットル当たり税率を軽油の 31.1円にまずあわせるのが第一。次いで暫定税率を廃止してそれぞれの税法の「本則」部分を改定するのが第二。税率つまり税収の予想が確定したところ で、特定財源の指定を廃止すればいい。

 自民党は4月から値下げが始まったガソリンの暫定税率について、30日に衆院で再可決する方針を決めた。

 一カ月前、筆者は思った。ガソリン税を再値上げするために自民党が衆院で再可決を強行すれば、世論が騒ぎ出すだろうし、メディアも黙っていない。自民党内でも若手を中心に造反グループが生まれる。そうなれば福田政権は火だるまとなる。
 各種の世論調査では、過半数がガソリンの再値上げに反対の結果が出ているが、いまのところどこからも火の手が上がらない。

 民主党も「再可決」なら首相に対する問責決議案の提出について、意見が分かれているなど腰が定まらない。特に大手メディアでは"混乱回避"的論調が目立つようだ。

 福田首相は、道路特定財源問題に関しては来年度からの一般財源化を目指して与野党で議論すると明言しているが、肝心の税率については"暫定"上乗せ分を維持する方針だし、向こう10年間、59兆円とする道路整備事業費が見直される保証はない。

 ガソリン税の問題はあまりにも多くある。もちろん道路特定財源は大きな問題だが、道路整備計画で将来の予算まで担保してきた制度も「初めに予算ありき」で無駄な公共事業の温床となってきた。

 暫定税率の長期化は税制の基本的部分で非常識が続いてきたのに、これまで国会で争点になったことはなかった。暫定に関連して租税特別措置法で「日切れ法案」扱いとしてきたことも決して小さい問題ではない。

 そもそも、バス・トラック向けの軽油と乗用車向けのガソリンとで税率が大きく違うのも、消費者中心の社会に転換しているはずの今日において許されるべきことではない。

 とりあえず今年度の税収だけは確保してから議論しようというのでは、本格的税議論はできない。燃料税はどうあるべきなのかというところからスタートして、国民に可能な負担を求める議論を始めるべきだと考えるのだが・・・。
2008年01月14日(月)
萬晩報主宰 伴 武澄
  18日からの通常国会の争点はガソリンなどにかかっている暫定税率である。3月31日までに租税特別措置法改正案(租特法)が国会を通らないと、5年間と 区切って延長されていた高い税率が3月末で日切れとなり、翌4月1日から揮発油税法などで決められた"本則"の税率に自動的に戻ることになっている。

 これまでこの「日切れ法案」は「国民の生活に密接にかかわる」として与野党の政策論争になったことはほとんどなかったが、今回は民主党が暫定税率に焦点を絞って論戦を挑むことを表明しているからである。

 具体的にいうと揮発油税法で定められたガソリン税(揮発油税+地方道路税)は1リットルあたり28.7円。それが租特法によって「当分の間」53.8円 になっている。民主党が「四月からガソリンが25円安くなります」といっているのはその差額のことである。法案成立がただの1日でも4月にずれ込むと、そ の日は本則の税金しかとれない。

 通常国会での一番の仕事は2008年度予算の成立。これも3月末までに成立しないと別途暫定予算を組まなければならないからけっこう大変なことになる。 しかし租特法が通らないと世の中もっとややこしいことになる。期限切れが来るのはガソリン税だけではない。住宅取得のかかわる多くの減税措置なども「租特 法」改正として一括法案になっているからである。

 萬晩報は発足当初からこの「暫定」という概念や「租税特別措置法」そのものに対して問題を提起してきた。この暫定税率がなぜいかがわしいか。いくつか例を上げたい。

 第一に暫定の期間が長すぎる。最初にガソリン税などに暫定税率が導入されたのは昭和49年。1974年のことである。石油ショックにより道路財源が確保 できないことから当初2年だけ多く負担してくださいというのが趣旨だった。それが3年、5年の延長、延長でここまでやってきた。

 筆者が就職したのが77年であるから、暫定期間が34年にも及んだことになる。30年以上にもわたり"暫定"はないないだろう。

 この問題は筆者が記者だった時代から記事を書いてきたが、当時でさえ「15年もの暫定はないだろう」と問題提起した。しかし"暫定"問題に関心を示して いたのは石油業界だけであった。本当に必要な税率だとするならば本則を改正すればいいことである。そんなに難しいこととも思えない。

 第二に暫定税率が高すぎることがある。ここ数年ガソリンそのものが高騰しているが、長い間、製品価格に対して100%以上の課税が続いていたのである。こんな税率はタバコしかない。

 第三は自動車関連だけに暫定税率がかけられていることである。ガソリン税、軽油取引税、自動車重量税などである。30年前なら自動車は"贅沢品"の一つ として重課税があってもおかしくない。だが、自動車を持つことが富の象徴でもなんでもなくなった時代になっても自動車に重課税することは税の公平性からみ ておかしい。国際的にみて自動車オーナーにこんなに税負担がある国はないはずだ。本則を改正しようとすると必ずこういった議論が起きるから政府はなんとか 暫定措置の延長で税収減をかわしたいのだと考えざるを得ない。

 第四におかしいのは自動車関連の税金が道路特定財源となっていることである。自動車に乗る人たちが道路建設の負担をするのは当然のことと思われた時代も あった。しかし、発想は昭和20年代のものである。田中角栄議員が同29年に議員立法で成立させた法律である。当時は、高速道路などはなく、国道1号線で さえ、十分に舗装されていなかったのだから悪くない発想だったに違いない。ちなみに高速道路を有料にしたのも田中角栄氏だった。

 全国に道路を整備することはまさに地方への公共事業予算の確保にほかならなかった。連想ゲームのように「暫定税率」は「道路特定財源」という自民党の政 権維持のための資金源へとつながる。これを断ち切るのが改革でなくてなんであろう。

 政府・与党にとって暫定税率が日切れとなるのは悪夢であろう。しかし、たとえ1日であってもガソリン税が本則に戻ることは国民にとって大きなショック療 法となる。暫定税率といういかがわしい制度がこれほどまで続いてきた意味について考えるきっかけになるだろうからだ。

 筆者のかねてからの主張は、国の施策から「臨時」「暫定」「特定」をなくそうというものである。きょうの日本経済新聞に旧特定郵便局長で構成する「全国 特定郵便局長会」(全特)の組織名から「特定」の文字を外すことが決まったと報じていた。
1998年02月25日(水)
共同通信社経済部 伴武澄


  「臨時・暫定・特定国家論」を続けたい。

 ガソリン価格が下がっている。筆者が住む京都市では1リットル=80円台のスタンドも登場して話題を巻き起こしてる。1995年まで、ガソリン価格の低 下は円高によると説明されてきた。この3年で為替は1ドル=80円から125円まで安くなっている。実は円は50%以上も暴落している。円は暴落している のに輸入インフレは一切起きていない。これも日本経済の7不思議だ。

 ガソリンに限って言えば、価格下落が始まったのは皮肉にも円安に転じた後の1996年からである。通産省が4月からの「特石法」廃止を決めてからだ。マ スコミは、海外の安いガソリンが輸入されれば国内でガソリン価格も破壊されると書き立てた。さっそく大手商社やJA農協が韓国から輸入を始め、本当に価格 が下がり続けた。

 ライオンズ石油のガソリン輸入を阻止した通産省

 ガソリンが安くなることにけちをつけるのではない。「特石法」を輸入解禁のための法律だと喧伝した通産省に異議がある。「特石法」の正式名称は「特定石 油製品輸入暫定措置法」という。1986年から施行されている。法律名を素直に読むと「特別の石油製品(ガソリン)を暫定的に(当分の間)輸入していい法 律」としか理解できない。それがなぜ「輸入解禁」つながったのか。そこが問題なのである。

 実は「特石法」成立の背景には生臭い物語が横たわっていた。神奈川県のライオンズ石油というガソリンスタンド業者が海外から安いガソリンを輸入しようとしたことが引き金となった。当時の石油業法では「石油製品の輸入には通産省への届け出が必要」と書いてあった。 ガソリンを輸入しようとする業者が書類を提出すれば「輸入は可能」だった。たまたまライオンズ石油の佐藤社長がガソリン輸入の手続きを取ったことが通産省を揺さぶる大事件に発展することとなった。

 日本の石油精製業を育ててきた通産省は、それまでガソリンの輸入は事実上、認めてこなかった。護送船団に乗ってきた石油業界が通産省の虎の尾を踏むはず もなかったし、地域の小さなスタンド業者がガソリンを輸入するノウハウがあろうはずがない。通産省はそう高をくくっていた。だから法律であえて輸入を禁止 する必要がなかったが、時代は確実に変わっていた。ただ官僚に変化を読む目がなかった。

 曲折はあったものの佐藤社長はシンガポールからタンカー一杯分のガソリンを調達した。1986年1月、タンカーが大阪の堺港に着岸し、ガソリンは保税タ ンクに入った。戦後初のガソリン輸入が実現する瞬間が待たれた。しかし、そのとき佐藤社長の電話にかかってきたのは城南信金からの突然の「融資差し止め通 告」だった。輸入代金は城南信金からの融資が前提だった。この間、なにが起きたか大方の読者は想像ができただろう。

 黒を白と言いくるめた「特石法」

 結局、保税倉庫に入っていた大量のガソリンは石油化学製品の原料であるナフサとして日本石油が引き取り、輸入ガソリンは"一滴たりとも"日本に上陸しな かった。そこで緊急に生まれたのがくだんの「特石法」なのである。これほど早く法律が出来てただちに施行された例はほとんど例を見ない。

 当時の日本は先進国の中で最も経済のパフォーマンスが好かった。そんな先進国日本が石油製品といえども「禁輸法」を制定するわけにはいかなかった。そこ で「特定石油製品輸入暫定措置法」という素人には輸入を促進する法律と錯覚させるような法律名がうまれた。条文には苦肉の表現が考えられた。つまり「石油 の備蓄、精製、品質調整の各設備を備えた事業者のみがガソリンや灯油、軽油など石油製品を輸入できる」ことを盛り込んだ。これまでだれでも自由に輸入でき た石油製品が特定業者がけの特権となった。通産省は「小さなスタンド業者に安いガソリンを安定供給する能力はない」とうそぶいた。辻褄はあっているが、ど う考えてもへりくつである。黒を白と言いくるめるのに等しい。

 輸入ガソリンで市況を乱してほしくない大手石油会社が、ガソリンを輸入するとは到底考えられない。こうして偽りの法律が一つ、通産省の手で作られた。 作ったのは素人ではない。内閣総理大臣を交えた閣議で国会への上程を決定し、国民の代表である国会議員が決めた。当時この法律名に異議を唱えた閣僚や議員 がいたという話は聞いていない。

 話を戻すと「特石法」による暫定期間は10年だった。1996年4月からガソリンの輸入が"解禁"したのは解禁という前向きの立法行為ではない。「特石 法」がただ単に法律上、期限切れとなっただけである。規制緩和という市場命題を与えられていた政府が世論の手前、もはやガソリンの禁輸(特石法の暫定期間 の延長)を続けられる環境ではなくなっていただけのことである。

 02月11日のレポート 「租税特別措置法で2倍払わされているガソリン税」で「臨時・暫定・特定国家」について言及した。「特石法」には「暫定」と「特定」の二つの要素が入っていたことに着目してほしい。


1998年1月28日(水)
共同通信社経済部 伴武澄

 大蔵省の検査汚職で27日、二人の大蔵官僚が逮捕された。1991年7月の証券会社による特金・ファントラ損失補填事件以来、金融証券業界は何人の逮捕 者を出したのだろうか。改めて6年半前の出来事を思い出した。バブル経済の崩壊後の金融事犯は特金・ファントラに始まった。その特金・ファントラとは何 だったのか。取材ノートをめくった。

 法人税を優遇するから株式市場を支えろ

 株式市場は、1978年のオイルショックから2年たって1980年になっても立ち直らなかった。そんな12月の暮れ、大蔵省からある通達文書が主要企業 に配られた。表題に「法人税基本通達(6-3-3の2)」とあった。「企業決算で金銭信託中の有価証券を税法上、簿価から分離することが可能になる」とい う内容である。素人には何のことかさっぱり分からなかったが、企業の財務担当者にはすぐに意味するところが分かった。

 損失補填の温床となった特金・ファントラの解禁を示すサインだった。ふつうの日本語に翻訳すると「税制で優遇するか ら特金・ファントラを利用して市場から株を買え」という指令である。日頃、護送船団にお世話になっている企業社会は「株式市場を支えろ」という意味でも あった。「問わず語り」が大蔵省の得意とする行政指導の手法である。

 特金は、それまでも債権運用の手段として存在していたが、ファントラは住友信託銀行が編み出した「商品」だ。特金とファント ラの違いは専門的になるので説明しない。日本の企業風土と米国のそれとではあまりにも違う。米国の企業はM&Aを目的としない限り他社の株式などを保有す ることはないが、日本の企業は株式を持ち合うことによって、取引の安定を図ろうとした。つい最近まで持ち合い株の売却は日本的企業社会では自殺行為に等し かった。

 他社の株式取得はまた、利益を含みという形でバランスシート上、隠蔽できる効果ももたらした。しかし、それらのメリットはすべて株価の右肩上がりを前提として成り立っていた。

 株式持ち合いが唯一不都合だったのは、同一株式を買い増した時に起こる「評価替え」だった。簿記では「払出単価の低下」という。売却時に払出単価との間 に利益が出ると法人税の課税対象になったからである。1980年12月の大蔵省通達は、信託財産として株式を持てば保有株式を買い増しても「簿価が分離」 されるため、「払出単価が低下」することがないといういわば法律の盲点をついたアイデアだった。

 ちょっと難しいので説明すると、1株のみ100円で保有していたA株をもう1株500円で買い増すと平均の簿価は300円となる。ここで、買い増した1 株を500円近辺の価格で売却すると,払出単価は平均簿価の300円となる。この結果、保有していた100円のA株の含み利益400円(時価500円、簿 価100円)のうち、200円の利益を吐き出した勘定となり、この200円が課税対象となってしまう。特金・ファントラを利用すると500円で買ったA株 は信託銀行の信託口座にあるため課税対象にはならない。株式の買い増しが容易になる仕組みである。

 特金・ファントラが起こした巨大な地殻変動

 特金ファントラの残高は、84年3月末には2兆5789億円にまで増え、翌85年3月末は倍の5兆3038億円になった。以降、86年11兆3769億 円、87年25兆0684億円、88年32兆2529億円、89年38兆9114億円、そしてピークの89年9月末には46兆7737億円もの残高を計上 する。当時の東証の時価発行総額のほぼ10分の1である。

 1980年当時、法人持ち株比率はすでに70%に達していたから、残りの30%の個人持ち株の3分の1が10年足らずで法人に移動したことになる。おお ざっぱに言えば、日本の上場企業の10年間の税引き利益に匹敵する金額が、特金ファントラにつぎ込まれた可能性がある。たった一通の通達からすざましい地 殻変動が1980年代の株式市場で起きていたのだ。このことは誰も気づいていない。筆者も特金・ファントラの残高を調べて昨日初めて、株式市場のターボエ ンジンだったことが分かった。

 ブラックマンデー後を支えた生損保

 実は特金・ファントラ残高の膨張を後押しした事件が後に二つ起きる。株式市場の活性効果が大きいと自認した大蔵省は、日本株が次に低迷した84年9月に は、今度は生損保にも株式による特金の運用を解禁した。一片の通達だったかは知らない。たぶんそうだろうと思う。大蔵省の意味ある政策変更はほとんど一般 の目に触れることのない通達によって行われてきた。

 ここで生損保に与えられたアメは「信託財産による運用ならば株式のキャピタルゲインを契約者配当に振り向けることが可能」としたことだった。これも説明 が要る。生損保は契約者から預かった保険料の30%までを株式で運用していいことになっていたが、契約者への配当に充てられるのは「配当金」だけで、 「キャピタルゲイン」は認められていなかった。生損保は株式の「買い」は認められてはいたが「売る」ことは禁じられていたに等しい。これは特金・ファント ラとは関係ないが、当時の生保幹部から「われわれにとっての売買とは買買と書くんですよ」と聞いたことがある。

 この株式運用枠の30%に新たに自由に売買できる3%枠が設けられた。たった3%ではない。3%もである。生損保の商品はすべて大蔵省の認可を得てどこ もまったく同じだったから、生保は契約者獲得のため配当率で競争していた。3%の自由な株式運用が商品力の違いとしてアピールできるようになったから業界 は諸手をあげて歓迎した。 生損保は初年度から3%枠一杯の運用を開始した。

 二度目の事件は、1987年11月のブラックマンデーへの対応策として起きた。翌88年1月、大蔵省は生損保の特金・ファントラ枠を3%から5%に拡大 した。もはや打ち出の小づちである。ニューヨーク市場の暴落に端を発したブラックマンデーは経済回復の手だてを模索していた欧米経済に壊滅的打撃を与えか ねなかった。「ニューヨークのそこが抜けた」と評され、当時の危機感は昨年来のアジアの通貨暴落の比ではなかった。

 大蔵省の通達は、単なる連絡簿ではない。このときは「生損保ニューマネーの再出動命令」に近かった。大量の生損保資金の投入を背景に1月から日本の株式 市場は再び、右肩上がりの急カーブを演じることになる。特金・ファントラとはいえ、「買買」的体質の生保マネーである。(続)

1997年07月20日 共同通信社経済部 伴武澄

 特定新規事業法という法律名が最近の新聞に出ていた。翻訳すると、「ベンチャー企業の資金調達支援法」。通産省が認定した企業に産業基盤整備基金(郵便 貯金の一部を運用する通産省の基金)が債務保証したり、官民共同のベンチャーキャピタルである「新規事業投資」(官民出資の会社)が出資したりする制度 だ。しかしどう読んでもこの法律の「特定」が「ベンチャー企業」を意味するとは理解できそうにない。ここでは官僚が国民を体よく騙すノウハウがたくさん詰 まっている用語について説明したい。

 「特石法」という法律を覚えている人は多いと思う。「特石法」が1996年4月に廃止され、ガソリンの輸入が解禁された。ほう、ガソリンは輸入が禁止さ れていたんだ。輸入ガソリンがなかったから競争もなく、ガソリン価格が高値で維持されていたんだ。多くのドライバーがそんな感想をもったに違いない。
 実は、廃止が決まった前年から市中のガソリン価格は一気に下落した。ガソリンが輸入されるということが分かっただけで、価格が下がるのだから市場主義経済は恐ろしくもおかしくもある。

 この特石法の正式名称は「特定石油製品輸入暫定措置法」とややこしい。頭のいい人が読めば、特定の石油製品を暫定的に輸入するための法律だと考えそうだ が、実は逆だったのである。官僚が作る法律にはこの手のものがいくらでもあるから騙されてはいけない。  特石法が、施行された1986年4月までは、ガソリンの輸入は通産省への届け出だけ済んだのが、この日を境に「国内に精製設備を持つ企業のみが輸入でき る」とことに制度が変わった。この「できる」がみそなのだ。普通だったら「国内に精製設備を持たない企業は輸入できない」と法律に表記するはずなのに 「・・・のみ・・・できる」と表記するところに官僚のずるさがある。だから事実上の輸入禁止措置がなんだか輸入のための法律のように錯覚を起こすのであ る。

 特石法が制定された背景には、とんでもない経緯がある。ガソリンは1995年まで通産省への届け出だけで輸入できたことはすでに述べた。制度的に輸入は できていたのが、それまで実はだれもこの制度を利用してガソリンを輸入しようとしなかった。国内で流通する石油製品はすべて国内で賄おうとする通産省にあ えて反旗を翻す企業がいなかったでけではない。そもそも内外の価格差は少なく、輸入するメリットも小さかったからだ。

 しかし、プラザ合意以降の円高で内外のガソリン価格差は広がり、ガソリンを輸入するメリットが大いに出てきた。そんなチャンスにお上に敢然と立ち向かう ガソリン業者が現れた。神奈川県を地盤としたライオンズ石油の佐藤社長だ。佐藤社長は、法律通りガソリンの輸入申請をした。驚いたのは通産省の輸入課だっ た。輸入できる法律があっても「よもや」と考えていたのだろう。業界をすべてコントロールできると考えていた通産省はこの「申請書」を受理しないという手 段に出た。

 しかし、佐藤社長は諦めなかった。内容証明付き郵便で改めて「申請書」を送りつけ、シンガポールからの輸入手続きに入った。本来、届け出制度は「受理す る」も「受理しない」もない。通産省はここでライオンズ石油に一本取られた。1986年の正月、シンガポールからのガソリンを満載したタンカーの第一弾が 大阪の堺港に入港した。なんとしてもライオンズ石油のガソリン輸入を阻止したい通産省は、最後の手に出た。

 大蔵省に手を回し、ライオンズ石油の取り引き金融機関だった城南信金に圧力をかけた。城南信金はただちにライオンズ石油に出向き、融資打ち切りを宣告し た。資金繰りに窮したライオンズ石油は結局、ガソリンの輸入を断念せざるを得なかった。話を簡潔に説明すると、こういうことが水面下で起きていたのだ。

 それで、堺港に入ったガソリンはどうなったかというと、日本石油が買い取り、通関上はナフサとして輸入された。ナフサとガソリンは組成上ほとんど同じだ が、石油ショック以降の日本の石油化学業界への保護策として安い海外のナフサだけは輸入が許されていたのだ。通産省の石油政策は一貫して産業重視を取って きている。ガソリン税がべらぼうに高くて、軽油税が安いのはもちろん、原油を精製してできるもろもろの石油製品価格を国際的な市場価格に委ねるではなく、 民生用のガソリンに多くの負荷をかける形で産業界に優遇措置を与えてきたのだ。

 名古屋のカナエ石油がガソリンの安売りスタンドを開店したときにガソリンの「供給ルート」を報告させようとしてマスコミに批判されたことは記憶に新し い。通産省はガソリンスタンドの設置を認めても「安売り」を敢行する業者に対してはあらゆる手段で阻止を図ろうとする。ライオンズ石油は金融機関を通じた 圧力がかかったが、カナエ石油には石油元売りを通じて供給ストップをかけようとした。そして官僚と国内津々浦々にまでネットワークを張る業界との癒着を通 じて国内の新しい試みをすべてつぶしてきた。

 そんな、通産省が「このままでは日本の産業がつぶれる」とベンチャー育成に乗り出しているのだから悲しい。日本の産業の発展のためには国家はなにもしないことである。

 廃止されたこの[特石法」は日本の法律や制度、つまり官僚の発想を理解する上でこのうえなく興味ある存在なのだ。10年来そう信じてきたし、頭にきていた。

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