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 最貧国の一つといわれるバングラデシュの人口は1億5000万人。GDPは815億ドル。一人当たりGDPは1388ドルなのだそうだ。800億ドルだということは日本円にして約8000億円。GDP規模は世界第55位だから、貧しい国はまだまだある。

 日本が景気対策の一つとして大騒ぎした定額交付金の総額2兆円はバングラデシュの生み出す年間の付加価値の2・5倍にも及ぶことになる。昨年来の世界的 金融危機でアメリカは金融支援策として100兆円を準備した。そのほか、70兆円の景気対策を打ち出している。日本の景気対策も50兆円を超える。

 金融システム救済の名目で使われる資金は南北問題を何回も解消できるほどの気の遠くなるような金額だ。

 なにかおかしくはないだろうか。

 先進国の屋台骨を揺るがす金融危機への対応は不可欠である。実体経済への影響を最小限にとどめる必要もある。しかし、長年蓄積してきた金融の歪みが一挙 に噴出した危機であるだけに短時間で"治癒"するとは思われない。政府による金融支援策とは、政府が市場から借金するという意味でもある。10年前の日本 で金融機関が相次いで破たんしたときにも考えたが、機能不全を起こした金融資本から政府が資金を調達して、金融機関にその資金を再投入するのだのだから意 味が分からなかった。意味があるとすれば、政府の信用力だのみということだろうか。(伴 武澄)

 週刊「東洋経済」(11/29)の今週号の特集は「共済と保険」。リーマン・ブラザーズAIGの破たんによる金融危機で日本の「共済」が健闘しているという内容で、賀川豊彦協同組合による保険業参入を目指して失敗した70年前の出来事にも言及している。(伴 武澄)

 詳しくは「本誌」を読んでいただくとして、冒頭部分を紹介したい。

 大和生命が破たんし、AIG系の生保が売りに出されるなど、波乱続きの10月中旬、埼玉県共済の白川哲也理事は笑いが止まらなかった。生保の苦境とは裏腹に、連日、前年同期比20%増の勢いで新奇加入が増えていたからだ。世間では逆風の金融危機が、同共済にとっては追い風になっている――。

 人気の理由は明らかだ、販売する共済商品の安さである。埼玉県共済が販売する「生命保険」 はわずか月2000円の掛け金で、死亡時1000万円、入院日額5000円という保障が得られる。しかも1年経って決算が終われば、余剰が割戻金として加 入者に返金される。2007年度の割戻率はなんと35・32%。これを差し引くと、実質的な掛け金は月1294円で済む。この割安さが家計を見直したい消費者の支持を集め、割高な保険から共済へ次々と乗り換えている。

 『共済事業の歴史』(坂井幸二郎著、日本共済協会刊)によれば、生協の父と呼ばれる賀川豊彦氏は戦後まもない1946年、生協も保険事業を行えるよう保険業法を改正すべく、関係省庁への働きかけに奔走していた。一度は「協同組合による保険事業」を認める保険業法改正法律案要綱がまとめられたものの、国会提出には至らず、その後も何度も審議が繰り返されたが、結局、改正法案が日の目を見ることはなかった。当時、審議をリードしていたのは生損保の業界関係者が大半で、協同組合側に立っていたのはわずか1人だった。

  アメリカは金融危機がなくとも、二つの赤字に悩んでいた。財政と貿易である。財政はクリントン時代に一時的に黒字化したが、ブッシュ政権が「戦争」に突入 したため5000億ドルの赤字となっている。約50兆円だから、日本の2倍である。貿易赤字はアメリカ経済が物作りを放棄して金融に軸足を置いたときから 巨大化が始まった。

 その赤字を埋めてきたのは日本や中国の経常黒字だった。ところが原油価格の高騰で少なくとも日本の貿易構造が大きく転換している。貿易黒字が激減してい るのだ。アメリカの赤字の穴埋めをしてきた「原資」が枯渇するとどうなるか。それでなくともアメリカは金融安定化のためにさらに75兆円の財政支出を迫れ れている。
 ドルに対する貸し手がなくなれば、金利の暴騰は避けられない。アメリカはいつまでもドルを刷り続けることはできないはずだ。

 アメリカという国を理解するために興味深い本を読んだことがある。その本にアメリカのドル紙幣がどういう手順で発行されるか、書かれてあった。

 「1ドルは連邦準備制度に対する1ドルの負債をあらわしている。連邦準備銀行は無から通貨を創造し、合衆国財務省から政府債券を購入する。利子の付いた 流通資金を合衆国財務省に貸し出し、合衆国財務省に対する小切手貸付と帳簿に記帳するのである。財務省は10億ドルの利付債の記帳を行う。連邦準備銀行は 財務省に対して債券の代価の10億ドルの信用を与える。こうして10億ドルの債務を無から創造するのだが、それに対してアメリカ国民は利息を支払う義務を 負うことになるのである」

 現在のアメリカには通貨発行権を持ついくつもの連銀があり、その中で最大の銀行がニューヨーク連銀である。簡単に言えば、ドル紙幣はアメリカ政府が発行 する債券(国債) を担保にニューヨーク連銀が政府に貸し付けた債権証書なのである。その時の割引率(利子)が公定歩合となる。notes だとか bill、draftと呼ばれる理由が分かっていただけたかどうか。

 ドルの現在の担保はアメリカ政府が発行する債券つまり借金が担保なのだから不思議なことになっている。そしてこのニューヨーク連銀は欧米の銀行家が株式の100%を保有していて、アメリカ政府はただの1株も保有していない。日本銀行以上に「民間」なのだ。

 9月以降、為替相場は日々、乱高下している。国際金融資本による通貨の売り買いは当該国の本当の経済力を反映しているのか疑わしくなっている。円ドルで みると金融危機の発信源であるドルは暴落していて当たり前の姿を見せる。しかし、そのドルはユーロに対して異常な「高騰」をみせている。同じことが新興国 の通貨に対しても起こっている。地球的に見ると一番危機的なドルが日本に次いで買われているということなのだ。(伴武澄)
  大分前のことだが、マカオの古銭商で「大日本国貿易銀」という名の銀貨を買った。発行は明治9年(1877年)。通貨単位が表記されていないのが不思議 だったが、「Trade Doller」とあるからドルのことである。当時、日本では円ではなくドルを発行していたのだろうか?

 また英字で「420Grains. 900 Fine」と刻字されてある。fineは品位のこと。1 grain は0.0648グラムだから 27.216グラム。当時の銀の国際市況でいえば、1グラム=22円だから、約600円の価値の銀貨である。値段は当時の邦貨にして約4000円だった。 約600円の価値の銀貨を4000円で買ったのだからバカみたいな話だが、筆者にとって通貨を考える基礎となっている。
 古銭商のガラスケースには、大日本国「1圓銀貨」や広東省や福建省造幣廠発行の「1圓銀貨」なども陳列されて いた。明治時代の日本の通貨単位は「円」ではなく「圓」と書いた。「円」に変わったのは戦後である。マカオの古銭商にあった銀貨はどれも同じ大きさで品位 も同じである。明治時代に1ドル=1円だった意味が氷解した。現在の中国の通貨は「元」。かつては「圓」と呼んでいた。明治政府は中国にならって銀貨の単 位を圓としたのであろう。なるほど「円」も「ドル」も「圓」ももともとは銀貨の単位だったのだ。

 ちなみにポンドは今でも重さの単位。英国ではシリングが銀貨の単位で、フランスではフラン。実はロシアのルーブルは銅の単位である。ドルという呼び名の 由来は現在のチェコのプラハ東部にあるクトナホラ(Kutnahora)銀山にある。1995年、当地を訪れた際のガイドの説明では「メキシコ銀が見つか るまでヨーロッパ最大の銀鉱山であり、ハプスブルグ家の富の源だった」らしい。クトナホラで鋳造された銀貨をドルと呼んでいたのだ。

 この銀山の存在を抜きにハプスブルグ家による長年のヨーロッパを支配は考えられない。その後、スペインが隆盛を極めたのはメキシコ銀のおかげである。ポ ルトガルは、メキシコに次ぐ世界の銀産地だった日本の銀流通を一時支配したが、鎖国で日本との貿易から外された。銀貨の大量流通は、歴史に貿易の拡大をも たらした。筆者の持論である。金はあまりにも稀少で貿易を賄うには流通量が足りなかったが、銀は産出量、価値、重さの三点で国際的貿易の対価としてぴった りだった。

 近代国家の多くは金を基軸通貨にしていたが、19世紀になっても国際貿易で実際に流通していたのはこの貿易銀だったのである。今のように銀行間の決済シ ステムが完備していない時代である。江戸時代の日本では三井などの両替屋があり、江戸と京都や大阪との間の商品取引で現金は必ずしも必要でなかったが、国 際貿易では銀貨が中心だった。

 
 金兌換紙幣の時代に存在しなかった為替相場

 金も銀もいまでは国際市況商品となり、日々の価格が需給によって変わる。しかしどんなに変わってもかつてのロシアのルーブルやインドネシアのルピアのよ うに10 分の1になったり、100分の1になったりはしない。希少価値があり、一定の大きさに鋳造できることが通貨となる前提だった。

 紙幣は、もともと金や銀を担保として発行された。国家権力が発行する「証書」だから通貨と呼ぶ。香港ドルのように3つの純粋な民間銀行が発行している稀 なケースもないわけではない。この種の証書を民間が発行すれば「小切手」とか「手形」だとか呼ばれる。あくまで決済の代用品だった。かつての紙幣は金兌換 券である。国が金に交換することを約束していたから、「為替相場」などありようがなかった。貿易銀が国境を越えて流通していた。

 それがいつの間にか、為替相場が生まれた。金や銀の担保が十分でない通貨(紙幣)の発行が横行したからである。明治時代に1ドル=1円だった日本の通貨 が第二次大戦前には1ドル=3円になり、戦後には360円になったのは日本銀行が発行する通貨の担保力がそれだけ足りなくなっていったからだ。

 ちょっと難しいが、国が発行する紙幣と民間企業が発行する手形と実は似た関係にある。日本語で紙幣と手形は違うことばで表現されるが、英語では同じであ る。手形は notes、bill、draft、紙幣も notes、bill、draftである。日本の紙幣には「日本銀行券」と書いてある。英語では Bank of Japan Notes である。だから日本銀行という「企業」が発行した手形もしくは証書と考えれば分かりやすい。というより日本銀行もまた企業なのである。一応、国営というこ とになっているが、大蔵省は株式の過半しか保有していない。店頭市場に株式を公開しており、後の株式は民間企業や個人が保有しているのである。(続く=伴 武澄)

 日本最初の紙幣として生まれた「山田羽書」 http://ch01617.kitaguni.tv/e648677.html
 リーマン・ブラザーズの破綻から1カ月。世界の株価は乱高下し、先週は売りが売りを呼ぶ急降下、日米とも8000のインデックス割れを覚悟した投資家が多かったはずだ。

 週末、ワシントンでG7が開催され、世界的金融危機に「あらゆる手段」をとることを確認した。金融機関への資本注入を積極的に行うことを宣言したのだ。 G7を受けて、週明けの株式市場は一転、ロンドンもニューヨークも日本も急騰した。過去最大の上げを記録したところもある。
 まずイギリスは主要3行に6兆円の資本注入を発表、ドイツが70兆円(資本注入は14兆円)、フランスは50兆円(同5.6兆円)の支援策を相次いで公表した。

 極めつけはアメリカ。先に75兆円の支援策を発表していたが、ブッシュ大統領は14日、75兆円のうち25兆円を大手9行に注入すると発表した。欧米で200兆円にも及ぶ資金を金融危機に投入する覚悟をしめしたのだから、市場が反応しないはずがない。

 10年前、日本が金融危機に陥ったとき、政府が準備したのは30兆円。うち11兆円を資本注入のための資金とした。日本の場合、救済策を小出しにしたこ とが批判されたが、今回の欧米の措置はまさに「大盤振る舞い」。だが逆に考えると後がない。これで金融不安を防ぐことができなければ次なる策がないという ことにもなる。

 市場は当面「とりあえず」安堵している様相だが、楽観はできない。昨日のニューヨーク市場は月曜日の勢いを受けて「400ドル」程度上げて始まったが、 勢いが続かず「76ドル安」で終わった。15日の東京市場も早くも息切れ、不安定な動きで推移している。(午前11時現在)

 欧米の巨額の金融支援が実際に始まると起こるのは、不動産価格のさらなる下落である。不良債権の処理により、不良債権が拡大したのは10年前の日本で経験済みである。

 日本の場合、不良債権を手にしたのは金融機関や企業だった。個人の不動産が市場で投売りされることはなかった。多くの不動産取得者はローンを払い続けた のである。しかし、アメリカのプライムローンの場合、ローンの支払いができなくなれば、その家を出るだけで後の負担はない。これからもこうした「損切り」 が続くのだと想像している。そうなれば、不動産市況の危うさは90年代の日本の比ではないことが分かる。

 実体経済への影響はいうまでもないが、欧米政府がこれだけの資金調達をすれば当然起きるのが「金利の高騰」である。10年前の日本の場合は国内の資金で 政府の資金調達が可能だったが、アメリカなどはそれでなくとも日本や中国に国債を買ってもらってきた経緯がある。海外勢からの資金調達であるから、当然そ れなりの金利が必要となる。

 ウォーレン・バフェット氏がゴールドマン・サックス救済で求めた優先株の利回りは10%である。不動産市況の下落が続く中で、二桁の金利が世界経済の負担にならないはずはない。(伴 武澄)
  江戸時代、伊勢の度会の地にあった山田という町は伊勢参りで大変なにぎわいだった。年間40万人、多いとき、つまり「おかげ参り」のときには400万人も の参拝者が山田へ、山田へと集まった。人口が現在の4分の1ぐらいの時代、飛行機も自動車もない時代、みんな徒歩である。

 伊勢参りを仕掛けたのは御師(おんし)といわれる人々だった。伊勢神宮=当時は神宮とだけいった=の周りには御師の館が数多くあり、参拝客のお世話をし た。旅館兼案内人であり、大規模な御師の館では神楽舞台を設け、神さまへの神楽奉納も行った。盛時には1000人の御師がいたというから"従業員"を含め ると1万人内外の人たちが"観光業"に従事していたことになる。

 御師という人々は伊勢神宮だけのものではなかった。もともとは熊野詣でを斡旋した人々の役割をまねたものだった。全国各地を行脚して伊勢参りの大切さや 楽しさを語った。たたの語り部だけではない。村々で「講」をつくって小金を積み立てさせ、交代で参拝するというシステムも御師たちの手によって開発され た。

 全国行脚にはお土産として、必ず天照大神のお札を携帯した。全国津々浦々の神社で配られるこのお札はいまでも1000万枚に近い。いつからそうなったかは知らないが、たぶん御師たちの功績なのだろうと考えている。

 農村部で大切にされたのは暦である。江戸時代いちばん普及していたのが山田で印刷された「伊勢暦」だった。いつの時代でも暦を支配したのは当時の為政者たちだった。もちろんこの伊勢暦は江戸幕府のお墨付きをもらっている。伊勢暦も恩師のおもやげとなった。

 このほかみやげとしては万金丹という万能薬と伊勢おしろいがあった。ともにこの地方の特産である。万金丹は全国どこの家にもあったというからすごいことである。富山の薬売りにとっても行商に欠かせない薬だったと思う。

 伊勢おしろいについては別途書きたいと思うが、山田で特筆すべきは、日本最初の「紙幣」を発行したことである。「山田羽書」(はがき)という。初めは秤 量銀貨の小額端数の預り証(手形)として、釣り銭の代わりに発行されたが、17世紀には事実上の紙幣となって流通した。「羽書」とは「端数の書き付け」に 由来する名である。

 右(実物大)の縦長の紙に、銀の重さ、発行日、発行者名とその印鑑などのほかに「この羽書と引き換えに銀を渡す」と書いた。つまり兌換券である。兌換と いう言葉はなかったが、日本で独自に生まれた「金融慣行」の一つだったはずだ。その後、各藩で発行された藩札の起源は山田羽書にある。

 この御師たちこそが山田羽書の発行者だった。山田の自治組織である三方会合をつくり発行を厳格に管理したため、幕府が一時、藩札の発行を禁止したときも 山田羽書だけは発行の継続を許された。というより寛保2年(1742)には発行者は404人になり、銀一匁札に交換できる羽書だけで130万枚もが藩を越 えて流通していたため、幕府としても禁止できなかったのが実情だったのだろう。御師たちは日本金融史の中でもっと評価されていいのだと思う。

 ちなみにヨーロッパで最初の紙幣は1695年、エジンバラで設立されたスコットランド銀行によって発行されたとされているから、山田羽書はそれよりもよほど早い時期に発行されていたことになる。
 北陸3件でATM無料化が加速している。きょうは福井新聞が「10月から県内2銀行と5信金が休日・時間外も含めて相互に無料化する」というニュースを報じた。1月に北国新聞が石川県地銀の北国銀行が時間外・休日の無料化を報じた時、大手マスコミはどこも本紙で報道しなかった。

 全国で進んでいるATMの"無料化"は①提携金融機関の拡大②コンビニとの提携③郵貯との提携などだが、北陸で特徴的なのは、利用者にうれしい「休日や時間外の無料化」が進められている点である。

 北陸3県の地銀間の時間内の相互無料化、石川県の信金の完全相互無料化は進んでおり、北国銀行と富山第一銀行は4月から24時間365日の無料化を開始した。今回の福井県の銀行+信金による無料化は石川県と富山県にも拡大するものとみられ、近い将来、郵貯ATMの包囲網は磐石となることはほぼ確実だ。
 
 ■ATM手数料 県内7機関10月から相互無料【福井新聞】
 ■ATM完全無料化で提携 福井の7金融機関、石川にも影響か【北国新聞】
 ■國銀がATM完全無料化 地銀で初、4月めどに 時間外手数料も不要【北国新聞】
 ■ATM手数料 無料拡大 北陸の信金【北日本新聞】
 ■JAバンク石川も参戦 ATM無料化【北国新聞】
 ■福井銀も無料化へ ATM時間外手数料 北國、富山第一銀と連携【北国新聞】
 ■ATM無料化で提携 石川、福井の10信金 6月から実施【北国新聞】

2002年03月08日(金)萬晩報主宰 伴 武澄

 世上を騒がしている4月からの「ペイオフ解禁」。だが「解禁」というのはあまりにも穏やかでない。制度的に言えば、新しいものではなく、元々あったペイ オフという制度が、金融不安が広がった1996年の預金保険法改正で一時「凍結」していただけにすぎないから、ペイオフの「凍結解除」というべきである。

 とはいえ社会的に摩擦を起こさないかといえば、そうでもない。預金をめぐる経済的環境が著しく変化した。金融当局の「金融機関は一行たりともつぶさな い」というかつての護送船団的考えは完全に破たんし、「危険な金融機関は市場から撤退させる」方向に180度転換していてしまっているからである。

 ●円の価値が下がっても、預金が消滅することはない

 最近、地方に住む知人などから、ペイオフ解禁を控えて預金はどうしたらいいのかという相談をいくつか受けた。

 まず地銀はつぶれるかという設問については「ノー」である。つぶれるという概念であるが、仮に破たんしても、預金や貸し出しは必ず「受け皿機関」に引き 継がれるということである。インフレによって「円」の価値が切り下がることはあっても、かつての戦時国債や株券のように紙屑になり、価値が消滅する可能性 は著しく低いとだけはいいたい。

 仮に万が一、預金が消滅することになれば、それこそ日本が沈没するとき以外にありえない。そのような場合には、ペイオフで保証されている「1000万円」だって返ってくるかどうかあやしい。

 だから安心しろとか信頼しろといっているのではない。銀行経営が破たんしても、政府・日銀が当該銀行を全力で支えることは間違いないし、取り付け騒ぎと なりそうな場合には日銀はどんどん日銀券を印刷して、当該銀行に運び込むことになるということだけだ。ペイオフが凍結される前に破たんした和歌山県の阪和 銀行の場合でも、預金を返してもらえなかった人は一人もいなかったことは覚えておいていい。

 だから「どうしたらいいか」と問われれば、「そのままほっておけばいい」と答えるようにしている。国民が付和雷同して、預金を大量に預け替えたりすれ ば、引き出される金融機関からすればそれこそ「取り付け」的騒ぎとなる。また安全な銀行にばかり預金が集中するとはかぎらない。安全でも1000万円まで しか預金されないとすれば、その銀行からレベルの一段低い銀行に預金が流出する事態だって起きるだろう。

 小さな地方都市で、地銀、第二地銀の支店すらないところではどうなるのか。そもそも郵便貯金は「少額貯蓄機関」として1000万円までしか預け入れができないから、わざわざ大都市の銀行まで預け替えに出掛けなければならない。問題は多すぎるのだ。

 ●ペイオフ解禁は偽名口座の一掃と税金徴収が目的?

 エース交易が発行する「情報交差点」3月号に、「ペイオフ解禁は偽名口座の一掃と税金徴収が目的」という記事が出ていた。なるほど、騒動を起こして銀行 に「名寄せシステム」を構築させ、「偽名口座の洗い出しや脱税の温床を一掃する」というのは悪くないアイデアだ。ペイオフ解禁には確かにそんな側面もある かもしれない。少なくとも結果的にそうした効果を生み出すこともあろうと思う。

 しかし、筆者が考えるのは、そうではない。ペイオフ解禁に併せて、国債を国民に買わせようという魂胆もあるのではないかと考えている。国際的に日本の国債の評価が下がっているとはいえ、日本で一番安全なのは郵便貯金で国債は二番目といえなくもない。

 何遍も書いてきているが、財務省にとって一番の関心事は「国債の消化」。つまり低金利で発行を続けられる環境を維持することである。財投資金は満杯。銀 行もこれ以上買いたくない。日銀に買わせたところで、すべてというわけにはいかない。残るのは国民しかないのである。ひょっとしたら国債に対する「マル 優」(金利への非課税制度)制度が復活するのではないかと思う。

 またまた騒動の後に財務省がニヤリとする局面が・・・・とは考えたくない。

 Q1.ペイオフとは:本来は金融機関が破綻した場合に預金保険制度に基づき、預金者に保険金を支払うことをペイオフという。現在の預金全額保護という特例措置が終わって、預金のうち1,000万円を超える部分が一部カットされることもあり得る、という意味で使われる。

 Q2.預金保険制度とは:預金保険機構に加盟する金融機関の経営が破たんして預金の払戻ができなくなった場合などに預金者を保護する制度。預金保険機構は、政府・日銀・民間金融機関の出資により設立され、運営されている。

2000年03月27日(月)繋船舎 関 悦子


3月6日から、全国でほぼ一斉に、キャッシュカードがデビットカードとして使えるようになりました。

「デビットカード(Jデビット)」は、私達が普段使っている金融機関のキャッシュカードを、金融機関の ATMではないところ、例えばデパートやコンビニや交通機関、ふつうのお店などで使えるというものです。キャッシュカードを端末機にのせて(または差し込 んで)、いつもの4桁の数字の暗唱番号を打つと、買い物の代金が自分の口座からお店の口座にお金が入るというしくみになっています。

お客である私達は、そこでお金に触れずに支払うことになります。

ただし、東京三菱銀行、東海銀行、いくつかの信用金庫、いくつかの信託銀行は現段階でデビットカードのシステムを実施しないそうです。

これで、お財布に持ち合わせがなくても、口座に有る残高の範囲であれば、支払いを済ませられます。近くにATMがないときでも、あわてなくてすみます。また、金融機関によって違いますが、休日や夜遅くなど、ATMの動いていない場合でも、使えることになります。

そして、少ない金額の場合でも使えるため、小銭をジャラジャラさせることもなくなります。これが浸透すると、お店側はおつり銭の心配がいらなくなりますし、現金を数え間違ったり、盗まれたりすることがなくなります。

 デビットカードのリスク

逆にどういう危険が起こりうるのでしょうか。

キャッシュカードは、これまでは監視カメラがあるなどごく決まった場所で使っていた訳ですが、端末機を用意するお店や場所がふえると、どこでだれがどんなカードを使ったかが解りにくくなります。不正に使用されても突き止めにくくなります。

もし総合口座ですと、普通預金の口座にお金がなくなっても、定期預金の90%まで普通預金の方に回して使えるようになっていますから、不正使用されたときは定期預金まで使われる可能性があります。

また、このカードは偽造が簡単に出来るとテレビなどでのレポートを見たことがあります。秋葉原などの専門店街では、そんな機械が売られているそうで、多少その道に詳しい人の手にかかれば、とても簡単にできるのだそうです。

いまのキャッシュカードは見える、見えないの違いはあっても、磁気テープにデーターを記録してあり、72文字だったか、22文字だったかの情報が入れられるそうです。これは約30年前にできた古くからあるシステムです。

私達はこれを暗唱番号によって、他人に使われないよう守られています。しかし、暗唱番号は4桁だけの、数字だけです。本人かどうかを確認するのは、この4桁の番号だけです。

クレジットカードも、現在はキャッシュカードと仕組みは同じですが、不正使用がわかると、決まった期間内に手続きをすれば、保護される保険がついています。また、引き落とされる前に、使用明細が届き、間違いないかどうかを事前に、自分で確かめることができます。

しかしキャッシュカードでは、不正に使われても、保険を付けて、私達を保護してくれるところはほとんどないようです。金融機関によってはつけているところもあるかもしれません。その場合も、300万円以上は保護してくれないというケースを耳にしたことがあります。

それじゃあ、それ以上のときはどうするというのでしょう。「ご自分で払って頂きます」というのがその回答です。よーく確かめなければいけませんね。

使いかたがわからないからといって、お店の人に代わりに番号を打ってもらったり、また、だれかに見られてしまいそうな所での番号の入力は、しないように気をつけなければなりません。自己責任と危機管理の自覚が必要になるのです。

 私の対処法

窓口に、届け出た印鑑と通帳と身分証明をもってでかけました。「私はデビットカードの機能を使いたくないので、その機能を停止するための手続きをしたい」といいます。
理由をきかれることもあります。
所定の用紙に記入、捺印し提出。
窓口担当者が自分の判など押します。
「自分の控えがほしい。コピーでもかまわない」というと、応じてくれました。
「いつから停止が実施されるか」を確認。

危ない期間があるときは一時的に引き出して、安全な口座に移したり、被害にあってもあきらめのつく程度の金額にしておく、など..。 ほかに、デビットカードの取引規定をもらって、今後のためによくわかっておくとよいでしょう。停止手続きをしない場合こそ、必要ですね。

郵便局は「ぱるる」という口座だと機能停止ができませんでした。
方法はないかきいたところ、口座番号は変えずに、普通預金口座にする手続きをとれば、これまでのキャッシュカードとして使える。ただし、「ぱるる」では口座からの送金ができたが、普通預金口座の場合はできない、とのこと。

理由をきかれたときには、つぎのように答えました。
「今の磁気テープによるカードでは、セキュリティー(安全性)に問題があると思う。偽造事件も多いときいている。不正に使用されたときに保護されないので あれば、自分ではそのリスクを負ってまで、利用しようとは思わない。そのリスクは負いたくないから、機能を停止したい。」

 抗議したいこと

まずキャッシュカード利用者すべてに新サービス開始を告知すべきです。同時にデビットカードの取り扱い規定を届けるべきです。また万が一の被害にあったときのための保険をつけるべきでしょう。デビットカードにはなんらかの保護が必要です。

なんの通知もなしに、使用方法も、利点も、起こりうる危険と対策の説明も、なにもないままに、知らないうちにほとんどの全国民を巻き込んでおいて、もしものときは被害の保証もしない。金融機関は税金をたっぷり使って身を守っておいてです。

なぜ、こんなに準備期間もなしに、大事なことをしてしまうのでしょう。
「インターネットでの取引との関係は」
「犯罪が起こったときの法律は」
「相応に罰せらるのでしょうか。警察の対応は」
「保護、保証は」「責任は誰が」
大量に不正が行われたら、どうなるのでしょう。

重大な問題がおこったときに、誰かが辞職して片付けられるのでは困ります。

私がデビットカードの実施を知ったのは、2月上旬の朝日新聞の記事です。銀行などの店頭でもそのような告知は目に入りませんでした。

デビット機能停止を相談に行っても、窓口での対応はテキパキとは行かず、とくに初めのころは、うろたえて偉い人が出てきたり、どこに聞いたらわかるのだろうかと内部で相談し、本部とやらに電話で問い合わせる場面にも遭遇しました。

私はたまたま、仕事がその方面に近い分野の職場なので疑問に思ったわけですが、普通の人、たとえば私の親、姉妹なら、たぶんあまり心にとめることではなかっただしょうし、興味があっても便利さだけに目がいったでしょう。

余談ですが、私が郵便局で上記の手続きをしてきた折りには、すでに1年近くも前から、自分のカードがデビットカードになってしまっていたことを知りました。(被害にはあっていません)

 デビットカードは悪者か?

いいえ、きっと便利でいずれ普及して行くことでしょう。なにが問題なのか?磁気による30年前のセキュリティーシステムだから危険が多いと心配されるのです。

今、「ICカード」という、キャッシュカードと見かけはほとんど同じですが、カードの中に、とても小さなコ ンピューターが入っているようなものができています。この情報量は磁気テープとは比べ物にならないもので、それを利用してもっと偽造されにくいシステムを つくり、本当に本人であるかどうかの確認がもっと高度にできるようになどと、日夜、研究が進められ、一部では使われはじめています。

世界的な基準をどのようにするかという取り組みが専門家たちによって進められています。ここ数年のうちにはもっと身近になってくるらしいです。法律の面が整備され、間違いも極めて少なく分かりやすく安全性の高いシステムができれば、話しは違うと思います。

悪知恵はどんどん発達しますから、守る側といつもイタチゴッコ。安全性に絶対ということはないといわれています。でも、すこしでも危険が減らせるようにしなければなりませんし、おおよそ安全といえなければ、普及させるのは納得がゆきません。

それにしても、どこまで便利になれば気がすむのでしょうとも思います。


 関連コラム1999年03月17日「夢に終わったコンビニのレジでの現金引き出し
 関さんにメールはCQA12203@nifty.ne.jp

2000年02月03日(木)萬晩報主宰 伴 武澄


 そろそろ国の借金の国民への付け替えが本格化するだろう。そんな予兆を感じさせる広告が最近目につく。「『特別マル優』の国債です」と名打った金融機関の広告である。

 大方の人にとって、「マル優」は記憶の彼方で廃止されてしまった利子非課税制度であるはずだ。1989年に消費税を導入した税制改革で廃止された制度だが、実は「65歳以上の高齢者」だけは特例として廃止されなかった。

 マル優は国民一人あたり銀行預金と郵便貯金、国債購入をそれぞれ上限300万円まで非課税枠とする制度だった。つまり4人家族だと一人900万円×4人=3600万円までの貯蓄が非課税ということで、ほとんどの庶民は貯蓄に課税されることはなかった。

 この広告は「国債は日本国の発行ですから安全性は抜群です」と高齢者に対して、マル優 枠での国債購入を推奨しているのである。「これまで国債の広告など見たことがないのに今ごろなぜ」という疑問が浮上したとしてもおかしくない。金融機関に は国債を国民に押しつけなければならないそれなりの理由があるからだ。

 ●余裕のない財投、日銀、金融機関

 国の借金である国債を誰が買っていたのかというテーマについては萬晩報はこれまでたび たび報告してきた。まず財投と日銀、そして郵便貯金。それから金融機関である。国民が保有している国債はほんの数%でしかない。国の機関が国の借金を背負 うという矛盾についてはここでは問わない。

 まず小渕内閣の借金漬け財政により発行された国債の引受先がなくなったということであ る。国の財投は郵便貯金を原資にしていて今年から始まる大量償還を前にこれ以上の負担は物理的に不可能であり、日銀にしても資産の半分以上が国債という状 況でさらに国債を買えば、日本国の通貨の信用を失う。

 残るは金融機関だが、ここ数年は預金の運用先を失い、国債への依存度が増しているとい う特殊事情はあるものの、これまで大量の国債購入を押しつけられていて飽食気味であることは否定できない。第一、銀行が国債などという世の中で一番利回り の低い商品で資金を運用していたのでは収益力の回復にはほど遠い。

 そこで高齢者が登場する。高齢者が弱者なのは身体的だけで、資産的に一番余裕がある世代であることは統計上でも明らかになっている。満期を迎えた郵便貯金の預け換えはぜひ「国債」にというわけである。

 ●日本の国債に安全神話はない

 だがそうは問屋が下ろすまい。「非課税だ」といっても1%にも満たない利率の金融商品 に魅力があるわけがない。満期が来る10年前の郵便貯金の金利は7%だとか8%もあったのだから当然だ。さらに「安全性」にも問題がある。利回りが確定し ているのは満期まで持った場合の話でしかない。

 途中で換金する場合、市場の需給関係で額面割れという悲劇だって起こりうる。というよりもこれだけの大量発行が続き、銀行も買いたくないような情勢であれば、国債価格の暴落は必至と考える方が正常な神経であろう。

 言い忘れたが、かつては日本の国債は世界的にも信頼性が高く、アラブのオイルマネーが買っていた時代もあった。だが、いまはどこの国も日本の国債を買おうとしない。そんな国債を国民が買わせられる時代がそこまでやってきている。

 日本の国債で安全神話を語るのはもはや詐欺的行為である。高齢者の方はくれぐれもマル優などという亡霊に惑わされないよう! 


1999年02月24日(水)
萬晩報主宰 伴 武澄



 「日銀が銀行の"総持ち株会社"になる日」という過激なタイトルを考えついた。だれもがまさかと思うだろう。ピンとこない人もいるかもしれない。

 約1カ月ほど前に「国債という日本の打ち出の小づち」のタイトルで、国債は誰が買って いるのかと内容のコラムを連載した。今回は2月12日に内定した大手15銀行への総額7兆4500億円という巨額な公的資金の出し手の問題について考えた い。ちょっと難しいかもしれないが、日本という国の将来を考える上で不可欠な部分なのでつき合ってほしい。

 ●空前絶後の620億ドルという資金調達
 結論から言えば、日銀からの借り入れで賄うことになりそうな雲行きなのだ。「公的資金の注入」は自己資本増強が目的。具体的には銀行が株券を発行して、 国が買い入れることになる。たとえば第一勧業銀行は9000億円の公的資金を申請しているが、今日の株価730円で新株を発行すると株数は12億株強。現在の株数は31億株だから、発行総株式数は43億株となり、国のシェアが28%となる。

 すべての公的資金が優先株として投入されると東京三菱銀行以外の大手銀行の"筆頭株主"が日銀となり、発行済み株式の過半数が日銀となってしまう都銀も現れる。つまり実質的子会社である。日銀は1999年3月から実質的に東京三菱を除くすべての日本の大手銀行の「持ち株会社」となるのだ。

 厳密にいえば、銀行から直接的に株式を購入するのは「整理回収銀行」。その整理回収銀 行に資金を出すのが「預金保険機構」(預保)。その預保が実際に資金調達することになっている。だから、預保が日銀から借り入れて、現実には整理回収銀行 が大手銀行の株主として登場することになるが、分かりやすくいえば、上記の通り日銀が実質的な株主となるのだ。

 「金融機能早期安定化策」では、公的資金の資金調達方法は「金融機関からの借り入れな ど」と説明された。預保には債券発行の権限も与えられているため、当初は債券発行で資金を集めようとしたが、長期金利の高騰で断念。当面は0.5%という 超低金利の公定歩合で借り入れするのが得策と判断したもようである。

 ただ、3月に調達して大手15銀行に注入される7兆4500億円は米ドルで620億ドル。金額は1回の資金調達としては世界的にも空前絶後である。

 これが金利市場に影響を与えないはずがない。日銀はすでに国債保有に50兆円。預保貸 し出しに7兆円。CP買い入れに8兆円内外の資金を出している。CPは大手企業が発行した短期の"社債"のようなもの。いずれにせよ通貨量の増大=日銀券 増刷は免れえず、どう弁解しようと将来のハイパーインフレにつながる大きな爆弾をさらに抱え込むことになる。

 ●公的資金=日銀借り入れ
 さて公的資金という言葉である。なんとなく分かったようで、具体的に説明しろと問い詰められれば言葉に窮してしまうはずである。そもそも一昨年の 1997年12月、「30兆円の公的資金導入」(その後60兆円に)という表現で突然出てきた感がある概念である。

 「公的資金」は政府のお金である。ところが厳密に政府のお金という意味合いでは「財政 資金」しかない。財政資金は税金や国債を発行して得た資金である。公的資金とわざわざ言うからにはこの「財政資金」でないことは確かだ。何を隠そう政府に はもうひとつの打ち出の小づちがあったのである。すでに説明したように最後の貸し手としての日本銀行だ。

 預保が債券を発行するという手もないわけでなはいが、その場合でも誰がその債券を購入するかと言う問題に突き当たる。巨額な資金源といえば、現時点では日銀か郵便貯金を牛耳る資金運用部しかないのである。

 お金というのはそう簡単に貸してもらえるものではない。まず信用力が問われ、返済能力も必要だ。でなければ担保を取られる。いうまでもないことだが、借り手に対して必ず貸し手が存在する。

 しかし、過去の景気対策でも今回の公的資金問題でも議論はいつでも借り手の事情ばかり に偏っていた。国会議員もマスコミも誰が貸す側の事情にはあまり焦点を合わせてこなかった。まだ国家に余裕があったからである。だがこれからはそうはいか ない。日本という国が必要としているお金の金額が昨年から桁違いに大きくなった。銀行をつぶさないという政策の代償は限りなく大きい。

 次回は「預金保険機構」について解説したい。


1998年03月12日(木)
共同通信社経済部 伴武澄


 ここ数年、金利について考えてきた。1980年代後半、アメリカが国際収支と財政の双子の赤字に悩んでいたころ、米政府が財政赤字の穴埋めに発行する国債利率が13%などという時代があった。大蔵省の金融専門家に「なんでそんなに高いののか」聞いた。

 「需給関係が悪いんだよ。国債発行額が大きくなって引き受け手がいない。人気がないから金利を上げる。悪循環でどんどん金利が上がった」という説明を受けた。だから財政赤字が増えると金利は自動的に上がるものだと信じていた。

 1990年代になってバブルが崩壊、日本は構造的な不況期に入った。すでに7年間である。下の表をみてほしい。年間70兆円前後の年間予算に加えて66 兆円もの景気対策を実施してきた。80年代、先進国の中で最も良好だった日本の財政は10年足らずで最悪の財政状況に陥っている。GDPに対する国債発行 残高や年間予算に占める国債依存度は最も高くなった。アメリカで国債増発が金利上昇要因になったのなら、日本でも金利が上がっても不思議ではない。景気対 策で日銀がいくら公定歩合を下げても、これだけ国債を増発すれば、金利が上がるのが経済の道理である。

1992年8月 総合経済対策10兆7000億円  公共用地先行取得を含む
  公共投資8兆6000億円
1993年4月新総合経済対策 13兆2000億円  公共投資10兆6200億円、
  中小企業対策1兆9100億円
1993年9月緊急経済対策06兆2000億円  中小企業対策1兆9100億円、
  94項目の規制緩和
1994年2月総合経済対策15兆2500億円  公共投資7兆2000億円、
  減税5兆8500億円
1995年4月緊急・円高経済対策  07兆0000億円  阪神復興3兆8000億円、
  緊急防災対策1兆3000億円
1995年9月経済対策14兆2200億円  公共投資12兆8100億円
合計
66兆5700億円
しかし、90年代の日本では、金利はいっこうに上がる気配がない。またしても疑問に突き当たり同僚の金融担当記者に聞いた。

 「こんなに国債を増発してなんで金利が上がらないのか」

 「1980年代のアメリカと違うところは、需給関係だ。銀行は優良な融資先がない。預金はあるのだが、運用先がない。だからみんな国債を買っている。政府がいくら国債を増発しても金利が上がらないのはそうした特殊事情があるからだ」

 非常に分かりやすい説明だったが、どうも合点がいかない。預金を集めて企業の設備投資や運転資金として供給するのが金融機関の社会的役割と教えられてきた。その銀行がお金を貸さないでせっせと国の借金の肩代わりをしている姿はやはりおかしい。

 金利が上がらない理由も分かったようで分からない。国債発行は入札制である。金融機関が買いたい価格で入札し、大蔵省は一番有利な価格を提示した銀行に売り渡す。アメリカでは誰も入札しなかった時期があったが、日本で国債が売れ残ったという話はあまり聞かない。

 萬晩報は公共事業と同様、国債の入札での談合が行われているのではないかとの疑いを持っている。大蔵省は国債を消化しなければならない。特に大量発行が 続いた90年代には金利を上げないで発行する必要があった。金融機関の資金はより高い利回りを求めるのが経済原則だが、数々の不祥事をもみ消してもらった 恩義がある手前、大蔵省が提示するままの金利で唯諾々と国債を買ってきたに違いない。

 だからビッグバンが始まると、国債消化は非常な困難に突き当たると考えてきた。外為法が解禁となる4月以降は相当量の預金が海外に流れる。金融機関に金 が集まらなくなると銀行はこれまでのように大蔵省のいうがままに国債を購入することができなくなる。そうなると売れ残る。それでも大蔵省が売りたければ利 回りを上げざるを得ない。

 ここから先が重要だ。国債金利が預金金利を大幅に上回ることになれば、国民が貯蓄として国債を購入し出すだろう。この場合、国債は消化できて大蔵省はい いだろうが、お金が引き出される金融機関はたまったものではない。預金の引き出しは経営の根幹を揺るがす。そうなると金融機関はお金を集めるために金利を 上げざるを得なくなる。

 いずれにせよ、金利は上がらざるを得ない。経済アナリストは数年前まで「日本は円高だから低金利でいいんだ。実質金利はむしろアメリカよりも高い」と訳 知り顔だった。とまれ円安が始まってもう3年になる。金利のマーケットメカニズムを無視した報いは不良債権問題より大きいはずだ。なにしろ1200兆円の 国民の金融資産が5、6%で回っていれば毎年60-70兆円の金利が生まれていたはずなのだ。金融安定化のための公的資金30兆円の2倍である。 60-70兆円の金利は毎年ですぞ。

1998年03月03日(火)
共同通信社経済部 伴武澄


 日本の円が上がり続けた1990年代前半、銀行の為替交換手数料が横並びの上、高すぎるのではないという議論があった。この問題をかなり突っ込んで追及 したマスコミもあり、共同通信としても取材を始めた。そして筆者と取材記者との実際にあったやりとりを再現する。騙されないようよく読んで欲しい。

 1ドルで360円渡すのも100円渡すのも手間は同じ?


 筆者「おまえなぁ。1ドルが100円以下になっているのに為替手数料が高いと思わないか。ちょっと取材してきたらどうだ」

 記者「僕も高すぎると思っていました。それに自由化されているはずなのにとこでも手数料が同じなことはおかしいと感じていました。でもそれってニュースになるんですか。」
 筆者「当たり前だ。早く取材してこい」

 翌日、くだんの記者は顔を紅潮させて報告した。

 記者「いくつかの銀行で聞きましたが、どこでも交換手数料は2円80銭でした。1ドル=360円の時代から変わっていないのです。横並びの意識はない。結果的に同じになっているだけと言っていました」
 筆者「360円も時代の2円80銭はパーセントに直すと1%以下だが、今では3%だぞ。今どき、銀行に1年お金を預けても1%か2%にしかならない。たかが1回の手数料に3%も取るのかちゃんときいたか」
 記者「はい。銀行は1ドル紙幣を持ってきて360円渡すのも、100円渡すのも手間が同じだからといっていました」
 筆者「それで納得したのか。あほやなぁ。1泊2万円のホテルに泊まるのに1ドル=200円の時代なら100ドル交換すればよかったのが、今では200ド ルいるんだぞ。銀行には手数料が2倍入るじゃないか。騙されるなよ。銀行の言い分が正しければ、2万円を手渡すのに100ドル受け取るのと200ドル受け 取るのと同じ手数だから、手数料も同じでいいはずだ。なんでそうやって聞き返さないんだ。それで何で横並びなのか突っ込むんだのか」
 「広報ではらちが明かないので、店頭の女性に今日のレートの決め方を聞きました。彼女の説明では、朝10時に東京銀行(当時)がレートを決めて各行にファックスするそうで、それに右へならえしているからみんな同じになるといっていました」

 消えた「金融なぜなぜシリーズ」

 そんなことで1991年夏、「金融なぜなぜシリーズ」をやろうということになった。消費者の素朴な疑問を解明しようする試みは後輩記者にやる気を出させ た。しかし、この企画はいっぺんにつぶれる運命にあった。証券会社による損失補填事件が発覚、金融機関による闇社会との癒着などが切れ目なく続き、やがて 担当も変わった。

 その後も不祥事が次から次へ発覚、住専問題、ビッグバン、金融破綻などと金融担当記者は息つく暇もなかった。結果的にマスコミに日本の金融機関の本質的問題を取材させる時間を与えなかった。おかげで割高な為替交換手数料ひとつでさえ、なにも変わらずに7年を経過した。

 しかし当時の問題提起はまだ生きている。取材される側が故意にマスコミ誘導をしたとは考えないが。取材する側もされる側も「1ドル=何円」に慣れきっているからで、「1円=何ドル」の発想がないからこうなっただけだと信じている。

 ただし、今回は違う。4月からの外国為替管理法の改正で、コンビニでも街のチケット屋でもだれでも為替の交換ができるようになる。金融機関の牙城の一角 が確実に崩れる。個々の金融機関は窓口での為替交換手数料収入まで明らかにしていないものの、為替交換手数料は法外な振替手数料とともに金融機関の大きな 収入源となっている。

 為替交換規模は数兆円の巨大市場である。規制緩和の波はすぐそこまで来ている。
1998年02月24日(火)
共同通信社経済部 伴武澄


  金融安定化策がいよいよ動き出す。金融機関の破綻を先送りする巨大なプロジェクトが、将来の国民負担をどれだけ大きくするのか、優良な金融機関をどれほど痛めつけるのかまったく見当が付かない。

 金融安定化策は2000年までの時限措置だが、今後3年間で経営難の金融機関が蘇生する可能性はゼロである。30兆円という金額は大蔵省が公表している 金融機関の不良債権総額72兆円の半分である。不良債権をただちに国民に半値で売れる勘定だ。5000万円のマンションが60万戸も購入できる金額でもあ る。

 30兆円はきっと、3年後にはブラックボックスに消える運命にある。国民の犠牲の上に成り立っている低金利経済がこれだけ続き、金融機関が毎年、巨額の償却額を計上してもなお、不良債権が増え続けてきたのである。

 金融安定化策をおさらいすると、
(1)預金保険機構に公的資金30兆円を投入して、破綻した銀行の預金者保護に17兆円、銀行の自己資本増強のために13兆円使う
(2)銀行が保有する株式の評価法を現在の低価法か原価法か選択できるようにする
(3)4月1日に予定していた早期是正措置の発動を1年延長する
(4)銀行が保有する土地についても簿価から時価に再評価する
の3つに集約できる。

 たこ足経営にすぎない金融安定化策

 公的資金30兆円は、政府が保有するNTTやJT株を担保にした借り入れと新型国債が主な資金源である。ではだれがNTT株を担保にお金を貸し、だれが 新型国債を購入するのだろうか。数年前ならば「ザ・セイホ」が潤沢な資金源だった。いまや生保といえども保険金を割の合わないポートフォリオに組み入れる ことはできない。そうなると不思議なことに金融機関が資金源とならざるをえない。

 昔、国債購入は国民の貯蓄の一形態だった。お年寄りなど金利生活者にとって"安心"な国債を持つことは老後生活の安心感だった。しかし、マル優の適用が なくなってから誰も国債など買わなくなった。1980年代後半以降は国債は金融機関が市場で売買して利ざやを稼ぐ道具になった。

 金融機関につぎ込む公的資金を金融機関が供給するというおかしなことが、これからの日本で始まる。金融機関が不足する自己資本を増強するために金を貸す という行為は卑近な例えで言えば「たこ足経営」という。日本の金融機関全体で考えれば、手数料と金利負担が金融機関の負担として増えるだけである。預金者 の金を直接、自己資本に取り入れることができないから、優先株や劣後債の導入というバイパスを取っているだけにすぎない。

 ●株主訴訟におびえる東京三菱銀行
 もう一つの疑問がある。東京三菱や住友、三和のように自己資本の増強が不必要な銀行まで公的資金の取り入れを強要されることである。優先株は株主総会で の議決権がない代わりに普通株より配当が高い。劣後債もまた返済順位が"劣後"な分金利が高い。さくら銀行が96年10月取り入れた優先株は2000円の 売出価格に対して45円の配当をしている。大和銀行は500円で配当は24.75円だ。導入した金融機関は自己資本の増強の見返りにすでに普通株の5倍以 上の配当を負担している。

 市場原理はすべてのことがトレード・オフの関係にある。メリットとデメリットは共存する。経営が立ち行かない金融機関が公的資金で自己資本を増強するの はやむを得ないとしても、優良行まで巻き添えにする権利は国家にはない。もし不必要な自己資本増強を強行するようなことが起これば、株主訴訟は免れない。 東京三菱や住友などの経営者が、大蔵省の豪腕に屈することになれば、すぐさま株主訴訟におびえる日々が待っていることになる。

1998年02月21日(土)
共同通信社経済部 伴武澄


 韓国商社が加速させたウオン安

 韓国を担当する友人の商社マンからおもしろい話を聞いた。筆者が「なんでアジアの通貨はあんなに乱高下するんだ。1日に2割も3割もどうして動くんだ」という質問の答えである。

 「韓国では為替市場にウオンの買い物がほとんど出ないんだ。売りばっかりで気配値がずるずる下がる。少額の買いが出たところでパッと値が付く。もはやアジア通貨は売り買い交錯の中で付くはずの市場価格ではなくなっているのだ」

 「韓国だって巨額の輸出をしているし、輸出で稼いだ外貨で労働者に賃金を支払わなければいけない。大手商社の輸入代金は為替市場でウオン買いの要素ではないのか」

 「いい質問だ。韓国の大手商社は昨年末までは輸出代金の振込先をソウルではなく、東京支店やニューヨーク支店に変更していた。だから輸出で稼いだドルが 一切、韓国に環流しなかった時期があるんだ。為替の動きをよく調べてみてごらん。韓国ウオンが急落したのは10月から12月でしょ。あの時、韓国の大手商 社がちゃんと国内に環流させていたら、あんなめちゃくちゃなウオン安は起こらなかったはずだよ」

 事実、韓国通貨は昨年12月は朝方、1ドル=1400ウオンだったのが昼過ぎに1900ウオンになり、夕方再び1500ウオンに戻る乱高下が続いてい た。筆者はアジア通貨下落の引き金は国際通貨マフィアだったと信じている。しかしその後の展開は通貨マフィアといえども予想できなかったのではないかと思 う。

 アジアから逃避する華僑資本

 国際通貨マフィアといえば、端的にいえばロンドンやニューヨークに拠点を置くユダヤ系金融資本となる。ルービン財務長官などアメリカの歴代の財務長官は いつも、いくつかの金融資本のトップ経営者から選ばれている。この事実は日本では意外なほどに忘れ去られている。アメリカの支配下にある国際通貨基金 (IMF)の動きが速かったのは記憶に新しい。500億ドル超の韓国支援策はあっという間に決まった。さすがに「行きすぎた」と考えたのだろう。日欧米は 巨額の資金を韓国に貸し込んでいたから、回収不能になっては元も子もない。

 ここらの分析については回を改めたい。話を戻そう。通貨下落の引き金は通貨マフィアだったとしても、その後の下落は国内的要因に負うところが少なくな かった。韓国の場合は特にそうである。稼いだ外貨が環流しなかった。一番被害が大きいインドネシアも経済的強者である華僑社会を痛めすぎたつけが回ってき た。そもそもインドネシアで政治的弱者だった華僑財閥は1996年から資本を安全なシンガポールや香港に移し始めていた。これは資本逃避であり、資金流出 である。メキシコの通貨危機は毎回、国内財閥の資本逃避が悲劇を大きくした。インネシア華僑のそうした経営手法はきのう、今日に始まったものではない。い つの時代も資金の運用先として香港を重視していた。

 橋本首相はアジア首脳と苦悩を共有すべきだ

 きっと日本企業の現地法人だけが律儀に輸出で稼いだ外貨を為替市場に持ち込んでいるのではないかと想像している。皮肉にもグローバル・スタンダードであ る「資本の論理」が欠如している上、通貨変動に対するクイック・デシジョンができないからだ。日本の現地法人は現地雇用の大規模解雇を断行したわけではな い。逆になんとか部品の現地調達比率を上げられないか考えている。日本企業の後進性が現在のアジア経済を救っている側面は否定できない。

 いまは、日本がアジアを救う戦後最大のチャンスである。国内に不良債権問題に端を発した金融不安を抱えていることは確かだ。しかし、昨年後半来、アジア 各国首脳が緊密に取り合っており、台湾の李登輝政権は行政院長(首相)自らが「南向政策」の一環としてインドネシアやフィリピンを訪問し、金融支援の手を 差し伸べている。台湾は外交関係がない国々に対して関係強化を目指す絶好のチャンスととらえている。日本はすでにIMFを通じた支援に加えて多額の個別支 援策も表明しているが、せっかくのチャンスに「face to face」の関係を築こうとしない。こういう時勢にこそ橋本首相自らがアジアを歴訪して、アジア首脳の苦悩を共有すべきだと思う。

1998年02月14日(土)
共同通信社経済部 伴武澄


 消費者をあおり続けた不動産業者

 「地価が下げ止まらない」という言い分は不動産業界の嘆きである。土地やマンションを持っている人は資産価値が上がることが楽しみだからおもしろくない に違いない。土地なき民は「もっと下がれ」と心の中で喝采を送っている。不動産を取得しようとしている人は「今が底値かもしれない」と不安な気持ちでい る。物価は国民だれもが「上げってほしくない。できれば下がってほしい」と思っているが、地価だけはまったく違う。

 事実は1990年のピークを経て数年後から、不動産業者が「底値だ。金利が低い」と消費者心理をあおり続けたことである。そして結果はその後も地価が下 がり続けた。振り返れば不動産業者は長年にわたって消費者に「うそ」をついてきたことになる。第一生命経済研究所が12日発表した試算では「バブル期以降 に取得した住宅の含み損が33兆円に達した」そうだ。

 筆者は、マンションを保有したこともあるが、バブルの後に売却した。含み損を抱えている方々には申し訳ないが、少々のキャピタルゲインも懐にした。売っ たのはキャピタルゲイン狙いではない。毎晩、帰宅するときにマンションの小さな空間に灯る明かりを見ながら「なんでこんなものに35年もローンを払い続け なければならないのか」と自問したからである。

 支払っている負担と得る幸せ度が釣り合わないのだ。頭金払いといろいろな手数料で貯金は底をつき、月々のローンで家計は余裕をなくした。マンションを 持った嬉しさはつかの間で、妻は苛立った。夫婦間はぎくしゃくした。すべてはマンションを買ったことから始まった。何回もいがみ合った結果、マンションを 手放すことで合意した。以来、借家住まいが8年目に入った。家なき子として将来に不安はあるが、マンションを持ち続けていたらきっと「多大な含み損」を嘆 いていたに違いない。

 DNAに組み込まれた日本人の住宅購買行動

 マンションを売却して実感したことは「地価は下がる」という真実である。支払いに対するコストパフォーマンスが合う水準までまだ下るだろうという確信も 得た。日本のような土地インフレしか経験したことのないいびつな不動産市場を持つ国では、地価を冷静に判断する目は育たない。戦後一貫して土地の絶対的な 供給量が不足していたから、消費者には「いま買わないと買えなくなる」という脅迫観念が植えつけられている。ほとんどの日本人のDNAに組み込まれてし まっているかのようである。

 問題なのは、国民に安くて良質な住宅を提供する義務のある政府が「地価を下げたくない、できれば上げたい」と考えていることである。それでなくとも国民 に隠しきれないほどの不良債権を抱えているところに、これ以上地価が下がったらさらに不良債権が増えるからである。住宅がほしい国民と政府の利害は完全に 不一致しているといっていい。不良債権問題はもはや一金融界が支えられるような状況ではないほど危機的様相を呈している。金融安定化策のため用意した30 兆円という途方もない金額は、そのまま政府部内の危機感を映したものである。

 16日には金融2法案が参院を通り、不良債権の財政負担=国民負担が決まる。国のお金をつぎ込むことが決まると、地価下落は住宅がほしい国民にも不幸を もたらす。不良債権が増加し、その結果として国民の借金が増えるからだ。家なき子は地価が下がって「住宅を買えても大規模増税の負担する」か、地価が下げ 止まって「住宅が買えないまま、増税の負担」の二者択一を迫られる。増税がまぬがれないのなら、地価は下がった方がいい。


1998年02月06日(金)
共同通信社経済部 伴武澄

 オランダ人のジャーナリストであるはファン・ウォルフレンは「人間を幸福にしない日本というシステム」という著書で「知性に恵まれた人は権力者を監視し、権力のもたらす危険を人々に告げ知らせる無償の責務がある」と日本の知識人の無責任体質を批判した。  返す刀で「権力者集団間の関係とか庶民の生活にかかわる制度だとかの研究に首をつっこむのは、学界に地位を占める者の威厳にかかわる、などと考えさせてはいけない」と空理空論に食む学界に自己批判を求める。

 有権者は投票を通じた「行動」を

 この本がベストセラーとなったのは単に硬直的な日本の政治や経済のあり方を批判しているからだけではない。多くの国民的課題の解決を日本の知識人に代 わって提起しているからではないだろうか。知識人に対しては、国民のための学問を勧め、有権者には投票を通じた「行動」を提起している。ウォルフレン氏が 一番批判したいのは、「政治は汚いもの」と決して手を汚そうとしない学者や評論家、マスコミの姿勢だ。「第三者的な議論」では何も変わらないという事実を 日本人に突きつけている。

 日本の政治に横行しているのは「偽りのリアリティー」であり、政治理論が最も頻繁に見出してきた真理は「権力が他の一切の人間性を圧倒した時、必ず腐敗 と破壊に到るという真理だ」と極めて明快に日本社会を切った。そのことがまさに、昨年来これでもかと明らかにされる金融機関と大蔵官僚との癒着構造の実体 を予見していた。

 「事実」を語る大蔵VS「真実」を語る山一

 政治家や官僚が言っていることは「うそ」ではない。しかし「真実」ではない場合が多い。銀行や証券を指導・監督していたはずの大蔵省は1991年8月の 損失補填事件以来どのような指導・監督をしてきたのだろうか。2月4日の衆院大蔵委員会で、大蔵省の松野允彦元証券局長は損失事件があった当時、山一証券 から「飛ばし取引に関する相談があった」ことを認めた。

 日本経済新聞が先週1月30日金曜日の朝刊1面で「山一の損失簿外処理は大蔵省が指導」とスクープしたことが国会証言の背景にある。記事では「指導は 91年12月と92年1月に松野証券局長(当時)から三木淳夫副社長にあった」としている。松野氏は「相談があった」とし、日経の記事は「指導があった」 と書いた。密室での会話は水掛け論に終わりかねない。百歩譲って「相談」があって、「止めろ」と言われなければ、山一側が「お墨付きを得た」と考えるのは 当然である。大蔵省の指導は「言葉」に表現されないことも多い。次のエピソードはそうした大蔵省と証券会社との暗黙の関係を物語っている。国会証言では、 大蔵省は「事実」を語り、山一側は「真実」を語っているのだ。

 大蔵省の"ささやき"は絶対命令である

 1987年10月19日、ニューヨーク株式市場の暴落に端を発したブラックマンデーは、日本市場にも深刻な影響をもたらした。ダウ工業30種は1日で 508ドル安の1738ドルまで売られた。翌20日の東京市場は3836円安の2万1910円まで下げた。この時、NTTの株価がおかしな動きをした。日 本経済新聞の10月21日付朝刊の株価欄では次のように伝えた。

 「NTTの株価はめまぐるしかった。前場約2万株の売り物を残したが、後場は前日比22万円安の269万円を付けた後、一転買い気配に。証券会社の自己売買部門と事業法人とみられる買いが5000株入った。 」。半数以上の株に値が付かず、値が付いた753銘柄のうち569銘柄までがストップ安になっていた時、NTTにはなぞの買い注文が入っていたのだ。

 翌21日にNTTの株価は24万円高となり、1日でブラックマンデー前の株価を回復した。NTTは1カ月先に1株255万円での第2次売り出しを控えて いた。株価を255万円以下にするわけにはいかなかった。第1次は119万円だったが、瞬く間に株価が急騰、一時300万円台をつけたこともあった。ここ まで書けば、何が起きたのか、賢明な萬晩報の読者は分かっていただけたと思う。

 後から聞こえてきた話は、ブラックマンデーの日本では20日の昼時、大蔵省から野村証券の役員に電話が入り『NTTの株価はどうなの』と言ってきたとい うことである。大蔵省幹部のささやきは万能である。「何をどうしろ」とは決して言わない。しかし、証券会社のMOF担(大蔵省担当)役員は、大蔵省からの 電話で意味するところが分かった。ただちに自己売買部門に「NTTへの買い」を指令した。

 金融・証券の幹部の遺伝子DNAには「大蔵省のささやきは絶対命令である」との回路がたたき込まれているのだ。たとえブラックマンデーのような市場の底が抜けようとする事態にもである。


1998年02月05日(木)
共同通信社経済部 伴武澄

 東証株価平均が1万7000円台を回復した。為替も1ドル=125円近辺に戻った。金融安定化策に続き、追加的景気対策が打ち出されるとの期待感から株 も円も買われているという。東京から日本版ビッグバンや行財政改革への熱情はもはや伝わらない。金融不安を前にして改革は棚上げとなったようだ。「特金・ファントラから始まった金融証券疑獄 株式市場のターボエンジン」に続いて再び特金・ファントラに戻る。

 特金・ファントラ制度の拡充の経緯をたどっていくうちに、巨人の星の主人公、星飛雄馬を思い出す。体力のなさを大リーグボールギブスで強化、次々と大リー グボールを編み出すが、ことごとく正攻法の打者だった花形満や土門豊作にうち砕かれる。金融だけでなく日本経済全体は正攻法の改革を避けて、場当たり的な アイデアでその場を凌いできた。一時的には威力を発するが、すぐに通用しなくなり、ただちに次の方策が求められてきた。筆者はこれを「臨時・暫定・特定国 家」と名付けている。

 新聞に出てくる法律の名前を注意して見てほしい。「臨時」「暫定」「特定」の文字がいかに多いか分かろうというものだ。昨年一度、「特定という名の不特定-臨時暫定特定国家」で書いた。「臨時・暫定・特定」については改めてレポートする。

 個人株主の減少を嘆きながら法人優遇

 特金・ファントラは損失補填の温床となっただけではない。株式市場に数々の弊害をもたらした。そしてその弊害は、もはや修復しがたいほどの構造的欠陥として日本の株式市場の改革の前に立ちはだかっている。

 まず、個人株主が市場から撤退する傾向が加速した。法人持ち株比率が80%前後にまで増えたことは前回すでに説明した。流動株の減少は売買の出会う機会 が減ることを意味し、公正な株価形成を阻害する。だれが考えても分かることだ。だが大蔵省は健全な個人株主育成の道を取らなかった。法人持ち株比率が増え ても一時的な株価対策を優先した。もちろん株価対策への経済的要請もあった。

 同じ時、東京証券取引所や証券業協会は何をしたのだろうか。「上位10人までの大株主(特定株主)比率は70%まで」と規定していた証券取引所の上場ルールを「当分の間、80%に緩和する」と改めた。「当分の間」は臨時的暫定措置であるが、今も続いている。

 この上場ルールは、そもそも特定株主への株式集中を防止し、流動株を増やして株価が公正に決まるための最低限のルールだった。これで大株主は株を買いや すくなった。大蔵省も証券業協会も「個人株主の減少を嘆き」ながら、法人持ち株比率を上げやすいよう「株価対策」を打ったのだ。

 1980年代後半の株式急上昇時は、この70%上場ルールを元に戻す格好のチャンスだったが、大蔵省は何もしなかった。株が下がり始めると、もとに戻す どころか次の「株価対策」が必要となった。ところが大蔵省が1987年11月のブラックマンデーで手掛たのは特金・ファントラのさらなる優遇策だった。

 始まった企業の配当無視

 企業同士の株式持ち合いが進むとどうなるか。個人株主は配当と株式の値上がりを目的に株を買う。上場していない株式は配当だけが目当てである。多少のリ スクを負っても預貯金するより有利な投資と考えるのは当然である。企業にとって配当政策こそが株主への最大のディスクロージャーである。

 その配当額が株価に対してあまりにも低く、利回りが合わなかったらどうだろう。株価が下がるのは当然である。業績が悪いのは問題外として、稼いだ利益の数%しか配当に回さないのは株主への背信行為に等しい。

 ところが、持ち合いが進むにつれて、企業は配当を無視するようになった。1970年代まで日本の上場企業は株価に対して3-5%の配当利回りを保証していた。う そではない。古い「四季報」をめくってみれば一目瞭然である。それが1980年代に入って著しく低下し、80年代後半には株価急上昇がこの傾向を助長し、 利回りは1%を切り、さらに0.5%近辺まで低下した。ちなみに欧米の配当利回りは2-3%を維持している。香港などアジア株も同様である。それまでふつ うだった日本市場が、世界で最も利回りが低い、変則的な証券市場に変貌した。後は知っての通り、上がれば売るだけ。完全なキャピタルゲイン稼ぎのギャンブ ル市場と化した。

 企業業績が上がり、利益が増えれば配当金が上積みされる。企業業績に応じて株価が上下するのは配当への期待があるからだ。かつての米デジタルイクイップ メント社のように利益をすべて投資に回し、株主への利益還元はすべて株価上昇(キャピタルゲイン)で行ってきた企業もないわけではない。しかし、これは例 外だ。

 なぜ配当利回りが低下したのだろうか。答えは簡単である。企業の持ち合い比率が増したからだ。AとBがお互いに1000株ずつ持ち合いしている場合、1 株当たり配当を5円にしようが、100円にしようが、「行って来い」だから同じこととなった。持ち合い比率が低い時には多くもっている方が「あんまいだ」 と増配を要求するのが当然だが、持ち合い比率が80%となっては法人株主が配当を求めなくなってもなんら不思議でない。問題は生命保険だけだった。なんと なればほとんどの生保が株式会社でなく、持ち合いのメリットを生かせなかった。生保が抱えた矛盾は後で述べる。

 野村総研のリチャード・クー氏がおもしろいことを言っていた。彼は法人持ち株を70%と想定し「仮に法人持ち合い株をすべて解消すると、株価に対する配当利回りは欧米並みの2%を上回る」という試算である。「目からうろこ」とはこのことである。


1998年1月22日(木)
共同通信社経済部 伴武澄

 税金で退職金割り増しに離職手当て

 和歌山市に本店を置く阪和銀行の従業員の退職金の上乗せ額が86億円にも上ることが分かった。うち85億円は預金保険機構が負担する。ほとんど全額であ る。名目は「地域の雇用安定」だろう。一昨年11月、1900億円の不良債権を計上、大蔵省から戦後初の業務停止処分を受けて破綻、1月26日に正式に清 算が終了する銀行である。

 これまでの労使交渉で解雇の条件として、規定の退職金の1.5-4.5倍を支払ったうえで、離職手当てとして基本給の1-20倍支給する協約を結んでいた。失業する従業員に対して追い打ちをかけようというのではない。

 昨年11月に自己廃業を発表した山一証券はこの3月31日までに廃業に向けた清算事務を終える予定であるが、阪和銀行は15カ月のも長い期間がかかった。 銀行業務は昨年3月末で終わっているが、この間、400人以上の従業員に給料とボーナスを払い続けた。あげくに退職金の上乗せである。しかも預金保険機構 の負担で支払うことが決まっていた。

 金融機関でなかったらこんな手厚い解雇条件は引き出せなかったはずである。製造業やサービス業には業界の保険など存在しない。会社がつぶれたら、債権者に 借金を支払って、残った資産を株主と従業員とで分けてそれでおしまいである。阪和銀行は1900億円を超える不良債権を抱えて倒産した。清算に当たって は、預金保険機構がその不良債権を買い取った上で、さらに従業員の解雇対策として85億円が上乗せされたのである。素人考えでも理不尽ではないか。

 預金保険機構は、個別の銀行が倒産したときの負債を穴埋めするため、銀行業界が毎年度末の預金残高に応じて積み立てている保険だ。任意の保険ではない。政 府・日銀が義務づけている制度だ。大型金融金の破綻が相次いだ昨年以降は、預金保険機構自体のお金が底をつき、日銀が巨額の融資を続けている。もはや預金 保険機構のお金はイコール国民の税金を言っていい。

 阪和銀行員は救済できても阪神大震災はだめ

 国民の税金で、倒産した阪和銀行の従業員の解雇対策費まで賄われていることになる。3年前の住専破綻で、国費が6750億円つぎ込まれた時、国民的反発が 起こった。百歩譲って「日本の金融システムの安定」のための出費だったと考えよう。だが、今回の85億円はまったく性格が違う。政府は、いまでも阪神大震 災で被災した人々に「国費による個人資産の救済はできない」と言い張ってきた。

 阪和銀行の預金保険機構による1900億円の救済はまさに「日本の金融システムの安定」のためにという理由になるかもしれないが、85億円といえども退職金上乗せや離職手当ては、まったく救済の対象にならないはずだ。

 この理屈がまかり通るのだったら、製造業やサービス業の倒産にも当てはめるべきだ。今回の措置はまさに「国家による倒産銀行員への損失補てん」にほかならない。金融機関と名が付けば政府は倒産の時まで優遇するのである。

 政府は、昨年12月23日、「金融安定化策」を発表した。「金融システム安定」の美名のもとに金融機関に最大30兆円もの資金を準備する法案が間もなく国会に上程される。高水準の給与と週末のゴルフが保証されたまま。
1998年01月14日(水)
共同通信社経済部 伴武澄

 優先株の発行は発行銀行にとって配当負担が大きいものであることは13日の「ルール違反の優先株発行」で述べた。当座の配当負担の増加よりも自己資本比率の維持の方が課題の金融機関は、苦しまぎれに優先株を発行したとしてもある程度は仕方がないかもしれない。しかし、破綻の心配のない東京三菱銀行までがどうして、配当負担増という危険まで冒さなければならないのか。

 http://www.yorozubp.com/2011/1998/01/post-34.html

 橋本首相は、一昨年末に「フリー、フェア、グローバル」のビッグバン宣言を高らかに世界に宣言した。三塚蔵相も「金融機関といえども倒産する」時代の到来を 明らかにした。世界の金融市場は橋本首相や三塚蔵相の「言葉」を「日本もついに護送船団方式」を放棄して世界の仲間入りをする覚悟と信じた。しかし、彼らの胸中に山一証券の破綻まで入っていたかどうかは疑問である。まして、富士銀行や安田信託銀行が破綻の瀬戸際に立たされるとは考えなかったはずである。

 政府や自民党の大方の予想を裏切って、昨年秋以来、大型の金融破綻が続いた。そしてビッグバン宣言からたった1年で現れたのが「究極の護送船団」である。昨 年のクリスマス・イブに発表された「金融安定化策」である。政府や自民党が「安定」という言葉を言い出したときは気をつけた方がいい。

 戦後 しばらく、GHQの下で混乱期の日本の経済政策を牛耳った官庁の名称は「経済安定本部」だった。俗称「安本」として知られ、戦後統制の総元締め役を担い、 1952年7月まで約6年間、日本経済の全権を掌握した。オイルショック後の1978年、素材産業の生産カルテルや販売カルテルを認める法律を打ち出し た。その特に法律の名前は「特定不況産業安定臨時措置法」だった。俗称「特安法」である。5年の時限立法だったが、「臨時産業構造改善臨時措置法」(産構 法)に衣替えして、結局、バブル経済の最中まで15年間続いた。

  安本の場合は、戦後の混乱期を乗り切るためにある程度しかたのない措置だった。安本が成功したのは、戦前からの人事が一新され、民間人が多く登用されたからだ。戦前の財閥経営者や財閥解体はすべてGHQによる戦後パージで経営の座を追われたからだ。

  特安法の問題は、日本がひとり19世紀の遺物であるカルテルを主要産業に持ち込んだ点である。加えて人事の刷新はまったくなかった。司令官はおろか船長すら変わらなかった。先進各国がオイルショックの痛手の中で疲弊し、サッチャー元首相やレーガン政権は規制緩和と民営化という新たな手法で経済の活路を模索 していた。90年代に批判された「日本的経営の指導力の欠如」はまさに15年間のカルテル経営の落とし子であったはずだ。

 今度はその統制が、金融危機の名の下でまた始まろうとしている。しかもバブル経済を担ったその人たちの手で。バブル期の内閣総理大臣は宮沢喜一氏であり、大蔵大臣は橋本竜太郎現首相、さらに通産大臣は三塚博現蔵相だったことを思い出してほしい。


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