2014年2月アーカイブ

bali370 (2).jpg1月下旬インドネシアのバリ島を訪れた。仕事で頻繁に訪れていた頃から実に15年ぶりのことだ。30年が一世代というから15年といえば結構なしばらく振りである。日本にいるとこの時間は日々の目まぐるしさでまるで遠い昔のことようだ。そんな自分をバリはまるで時間が止まったかのようにゆったりとした空気で迎えてくれた。初めての訪問から20年近くも経つ。あの頃の自分に瞬間移動したような気分に襲われ不思議な感覚だった。

しかしバリにも徐々に都市化の波は押し寄せてきている。Jalan tolと書かれた高速道が出現してバリ海を跨いでいるのには驚いた。Jalanは道、おそらくtolは英語のtoll(使用料)から来ているのだろう。読んで字の通り有料道路なのだ。一般道に溢れる車列をよそ目にひとっ跳びの道にはバリっ子たちも驚いたろうがちょっと寂しい気もする。そして車とバイクの増え方が尋常でない。デンパサールの朝夕のバイク・ラッシュはアジアの街々と変わらなくなってしまった。昔いたるところで見かけた菓子や果物を頭に載せたお供物の行列は今回一度も目にしなかった。おそらく都市化は街なかに集中の現象だろうが少し気になるところだ。
rx480.0-ry320.0_tx0.0-ty0.0-tw0.0-th0.0_l0.jpeg 特定秘密保護法の成立で国会は死んだ!?―高知市の自由民権記念館で22日、「違憲国会の葬式」が行われた。明治政府の言論弾圧に抵抗して高知県で挙行 された「新聞の葬式」を模して、国会再生運動につなげようという催し。県内外から趣旨に賛同した約100人が参列、自由民権運動発祥の地である高知県で、 議会制民主主義の危機や政治の劣化を憂えた。 高知新聞


 一緒に仕事をして、結婚して、30年が経った。意見の違いからのポジティブなケンカは山ほど、一緒に歩む目的が見えなくなってネガティブな別れ話も何回か経験した。
  その夫が2012年の1月に癌を宣告された。年末から調子が悪く整形外科的な不調と思っていたところ、癌によって骨が壊された結果だということがわかっ た。肝心のおおもと(原発癌)は意外にも頬骨辺りのしこりにあった。そんな遠くの部位の癌が足の付け根まで犯していることを知らされ、医者の「何もしな かったら3ヵ月」という看たてが的外れではないことを悟った。
 「残された時間が3ヵ月しかないのなら、手術や抗癌治療で時間を無駄にしたくな い」と、夫は治療しないと言った。そんなわがままな患者をうまくリードしてくれたのは、若い耳鼻科医だった。骨の癌進行を止めるための放射線照射の予約と 手術の予約、その後の抗癌剤治療を行なう病院の手配などを手際よく進めてくれ、私は1%でも可能性があるならチャレンジしてほしいと懇願した。結局、夫は 主治医の勧めるプランを受け入れた。
 遂に高知で国会の葬式を出すことになった。

秘密保護法成立で絶命..."国会の葬式"挙行へ 高知市の自由民権記念館
【高知新聞】2014年02月04日08時19分
 特定秘密保護法ヲ成立サセタル国会ハ、其ノ自殺行為ヲモッテ絶命候ニツキ...―こんな趣意で企画した「違憲・偽装国会の葬式」が22日、高知市の自由民権記念館で挙行される。高知県出身の平野貞夫元参院議員の提起に、五島正規元衆院議員らが呼応。議会制民主主義の危機的状況をアピールし、"葬儀" の後は生活の党の小沢一郎代表を交えて国会再生への方途などを論じ合う。

 以下は平野貞夫氏のメルマガから転載

NGY201310030010.jpg 正月に神社仏閣にお参りすることを「初詣」という。神社は日本の神さまを祀る社殿であり、あまり人がいなく深閑としているというイメージがある。しかし、正月だけは違う様相を呈する。明治神宮などでは初詣に際して臨時の信号機まで登場するほど人々が押し寄せる。信仰というより、人々の正月の行事の一つとなっているからだ。

 今年はそんな初詣風景でちょっとした異変が起きた。伊勢神宮(三重県)と出雲大社(島根県)である。普段の何倍もの参拝客が押し寄せ、伊勢神宮では参拝をあきらめる人もでたほどであった。日本の神社は数え切れないほどの神さまを祀っているが、アマテラスを祀る伊勢神宮とオオクニヌシを祀る出雲大社は別格。その別格である二つの神社が昨年、同時に遷宮の年を迎え、日本人の心を揺さぶったというのが深層なのかもしれない。
201402001_bsrc_0.jpg 愛について考えるとき、私はどうしても身近な存在に下りていってしまう。世界の平和を祈る前に、すぐそばにいる人を幸せにするところから始めなくてはと思うからだ。
 愛するという行為は一方的に与えるイメージがあるが、本来は相手の価値観に沿って行うべきである。そして、その愛が正しく相手に届いたかどうかは、相手が幸せになったかどうかで測ることができるのでないだろうか。

 努力家の母と行き当たりばったりの父。今から思えば、父の頼りなさは子どもたちの自立心を促したのであるが、渦中にいたころはそんな風に考える余裕などない。
 「努力すれば、自力でなんとでもなる」という気概で人生を突き進んできた私にとって、父は、自分の力ではどうしようもならない存在だった。

 新約聖書に「求めよ、そうすれば、与えられるであろう。捜せ、そうすれば、見いだすであろう。門をたたけ、そうすれば、あけてもらえるであろう。すべて求める者は得、捜す者は見いだし、門をたたく者はあけてもらえるからである」(マタイによる福音書7章7~8節)という句があるが、私にとってはどんなに求めてもかなえられないこととして父の存在があって、信仰のつまずきにもなっていた。

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