生きる力を感じた台北の4日間(1)  訪台団座談会

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 国際平和協会訪台団(寶田時雄団長)メンバー七人は九月二六日から四日の日程で台北市を訪問した。文化や経済といったニュース性の高いところではない普段着の生活にふれる研修後、夕食を交えながらメンバー全員で座談会を開いた。われわれメンバーも中々の高齢者グループだったが、社会を見る目はまだまだ意識が高く、異境のレストランで日本ではほとんど語られることのないやり取りとなった。

  弱者の世界を見る

 伴 国際平和協会として初めての海外視察だった。企画した寶田さんにまず感謝したい。僕が参加したいと思ったのは、新聞記者時代にはまず見られない弱者の世界を参観できると思ったからだった。日本でも見る機会はほとんどない高齢者施設や少年鑑別所などを見に行こうという姿勢にも共感したからだ。日本広しといえどもこんな視察を計画した団体はないと思う。
 先進的な分野の視察はたくさんあるが、人間社会の負の部分、これからは非常に大切な分野に着目したことがずごい。台湾は経済的には先進国となっているが、社会福祉は遅れている。
 だが逆にいえば、新しく参入してきただけに新しい発想で高齢者や少年の問題に取り組めるのだと思う。日本は硬直化した社会だから変えようと思ってもなかなか変えられない。だから台湾から学ぶことが多いのではないかと思っていた。三日間の参観でまさにそのことを実感した。寶田さんもそういう意識でこの視察旅行を企画したのだと思う。どうでしょうか。団長から総括をお願いしたい。

  日本を映す鏡

 寶田 今回の企画を東京の駐日台北経済文化代表処にお願いをした文書に今、伴さんが言った通りのことを書いた。台湾は小さな国だが、僕らが学ぶことが多くある。日本よりもっと自由で新しい制度の中で人々の工夫がそれぞれの施設の中でどのように運営されているかをぜひとも見たいということを伝えた。
 一番の眼目は高齢者と少年をつなぐ、つまり非生産的で、お金を稼ぐとか名誉を得るとかいうものから外れた分野にはなかなか人々の目がいかない。でもそうした分野の人たちを見た方が国の将来はよく見えるはず。台湾のことを日本のまた自分を映す鏡みたいにしたいと思って企画した。
 六カ所回って、凡てに共通している部分があった。それは優しさと工夫だ。工夫のないところは何事もうまくいかない。優しさには工夫が必要で、今回は勉強になったと思う。今回の企画を受けてくれた台湾政府と東京の代表処に感謝したい。またそれに応えるみなさんの研修・視察の姿勢は誇れるものだ。
 普通は台湾に遊びに行くことが前提になるが、みなさんが真面目だったことで受け入れ側も真剣にならざるを得なかったと思う。大変な収穫だったので、緑風会だけのものとせず、津軽や青森そして日本のために伝えていきたい。現場では緊張と優しさと笑いとをもって対応してもらえれば今回の視察が生きると思う。

 伴 寶田さんからお話があったが、参加者から一人ひとり感想を話してほしい。

  見方が変わった

 成田(男)今回は寶田さん、伴さんにお世話になった。三五年前に台湾に来たことがあったが、今回はまったく違った見方ができた。
 高齢者施設では日本統治を経験した人たちが日本語を話した。認知症の人たちが目を輝かせながら日本語を思い出していたことに非常に心を打たれた。
 昔を思い出し、現実を経験した言葉を聞けたのが収穫だった。それから台湾に生きる力を感じた。昔の日本、終戦後の日本もこうだったのかなと感じた。これから国をますます発展させようとする力があると思った。

 伴 いま、成田さんから生きる力という発言があった。僕もアジアを長く取材して成熟しきった日本からアジアをみるとすごいパワーを感じた。制度とか生活水準ではなく、金儲けも含まれるが向上しようというパワーがアジアには漲っている。
 同じ先進国の仲間入りをした韓国へ行っても感じる。日本が到達して失ったものを台湾とかはまだ維持している。

  障害者が物売り

 夕べも食事時に障害者が物売りをしていた。乞食というか、音楽を奏でてお布施をもらっている人にも出会った。さっきも日本でもかつてはいたねと話していた。しかし、今日本では見られない。制度がよくなったからなのか分からないが、必死に生きる姿に市民も当たり前のようにお布施をしている。
 成田理事長も昨夜、障害者からたくさん買い物をしていた。日本の日常生活ではそんな気持ちにさせられる場面に遭遇することはない。子ども達も親の仕草をみて習うのだと思う。日本ではそういう人たちは隔離されて路上に出て来ない。今日、須藤さんともそんな話をしたよね。

  気の優しい人たち

 須藤 まずはこうした機会を与えられたことをみなさんに感謝したい。台湾は近いようで遠い国。高齢者が日本語をしゃべる姿をみたら涙がでた。私たちはそんなに台湾の人たちに愛情を持っているわけではないのに、台湾の人たちは私たちに愛情をかけてくれる。
 少年鑑別所でも、飲み残した水を持って帰れ、果物もお菓子も持って行けという。なんて思いやり、気の優しい人たちなんだろうと思った。鑑別所はとても好印象を持った。看守の姿をみても日本にはない思いやりの心があると感激した。他国に来て、もっと日本を大切にしなければならないと思った。自由な国に生まれて自由に過ごして来たので、そこは日本そのものを大事にしたいと思っ
た。
 伴 続いて古川さん。

  気付かせ暮れた「感謝」

 古川 今回は本当にみなさんに感謝したいと思う。こんな機会は今後もあるかどうか分からないほどで、貴重な機会をつくってくれたみなさんに感謝したい。今回、参加するにあたって台湾の知識は薄かった。気軽な雰囲気で来たが、台湾の方々が真剣におもてなししてくれたことに非常にびっくりした。台湾に来ることで改めてたくさん日本を知ることができた。高齢者施設に行った時も、利用者たちがいろいろ日本の話をしてくれた。
 日本ではなかなか戦争の話を聞く機会はない。あーそういうこともあったのかと改めて気付かされた。日本の精神、おもてなしとか感謝とかを訪問先で気付かせてくれた。そして日本人として生活していた自分がまだまだ未熟であることを知り、まるっきり知らなかったことが多かったことを知らされた。こういう機会は少ないと思うが、台湾と日本のつながりをもっと勉強したい。

  他の職員にも見せたい

 成田 私としては夢物語だ。まさか台湾に来るとは思わなかった。台湾の小学校では学ぶことが多かった。
 小学生が国旗を揚げる時の態度とかすばらしい学校だと思った。外国に来て初めて日本が見れるのだが、みなさん本当に優しくしてくれた。高齢者施設を見た時、高齢者に「機会がありましたらまたどうぞ来て下さい」と日本語で言われた。感動の研修旅行だった。機会があれば、また他の職員も連れてきたい。
 伴 最後になったが、木村さん。

  勉強の多い旅

 木村 今回、この研修は実現するのか疑ったが、人間は決断したらなんでもできるということをまず感じた。寶田さんと伴さんには本当に感謝したい。寶田さんはこれまでもお世話になっているが、いつも全身全霊で頑張っているのが目に見えるように分かっていた。自分の仕事を投げ打って尽くす人だと思っていたが、まさか台湾にと思っていた。現実に台湾に来てみて、さすがだなと思った。
 それから伴さんってどういう人かなと考えていたら、空港で顔をみて「いい方」かなと感じた。五日間、旅行して感じることはこういう旅行はなかなか出来ない。同じ町内に住んでいても縁が無ければ一生旅行する人もいない。だからよっぽど縁があるのかなと感じた。
 参加してみて感じたのはまー勉強が多いこと。普通、市議会議員でも県会議員でも研修旅行と云えば、一日ぐらいちょこっと勉強があるだけ。今回はまったく違った。すばらしかった。
 法務局なんて日本じゃいけないところで挨拶できたりした。学校へ行って生徒を見て涙が出てしょうがなかった。何なんだろうった。子どもたちと走ったら、手を引っ張ってくれて笑いながら走った。これは思い出になる。少年鑑別所では笑顔もすてきだった。手を振ってニコッと笑う。とにかく明るい。日本では絶対に見られない風景だろうと思った。

  93歳が真っ赤なマニキュア

 台湾ではあれだけのことをやっているのだなと感じた。とにかくいい経験だった。高齢者施設では九三歳のおばあちゃんが真っ赤なマニキュアを塗ってニコニコしていた。日本でも老人ホームはあれだけ明るくなければいけない。あれだけのことをしてあげれば高齢者も若返る。私もいつ老人ホームに入ってもおかしくない年齢だが、理事長が連れてきてくれて、またとない経験をさせてもらった。ホテルで理事長と同じ部屋で泊まって、またやろうねと約束した。(続)

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このページは、伴 武澄が2013年11月17日 10:05に書いたブログ記事です。

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