2012年11月アーカイブ

 今回の解散総選挙ほど僕を落胆させるものはなかった。絶望に近い想いがあった。民主党政権がいいわけではないが、せっかく自民党から政権を奪取したのに、また元の木阿弥かという強い思いである。90年代、細川政権は2年もたなかった。当時、国民にわくわく感があった。3年前も同じわくわく感が国民にあった。

 僕の思いと多くの国民の思いが同じだったとは思わないが、霞ヶ関から脱却しないとこの国の未来はないとずっと思ってきた。何が起きても昨日までのことを明日も当たり前のように続けるのが日本の官僚政治だった。多くの若き官僚たちもそんな閉塞感漂う霞ヶ関を飛び出して政治を目指した。若き官僚たちを落胆させる政治がそこにあったからである。

 共同通信社の記者としてじくじたる思いはたくさんある。大きな政治のうねりの中に身を任せたまま、数日後に発表される官僚の作文を一日でも早く伝えるのが仕事だと勘違いしていた時代があった。

 違うのではないかと思ったのは1989年だった。僕は経済部長に懇願してアジア取材を始めていた。アジア経済の発展ぶりを各地に取材にして、日本にないスピード感を感じていた。アジアは心地よく変化していた。ベルリンの壁が崩壊するのに時間はかからなかった。

 その時、日本は日米構造協議の最中に会った。アメリカから日本の貿易構造が変わらないのは、社会的構造に問題があるとの指摘をもとに日本経済の非関税障壁の突破が課題となった。酒がスーパーやコンビニで買えるようになったり、格安航空券が買えるようになったのは日米構造協議のおかげである。だが改革は中途半端に終わった。官僚たちは長年享受してきた霞ヶ関の裁量権を手放さなかったからである。

 アジア経済はテイクオフし、ソ連を中心とした社会主義は崩壊した。アメリカもまたIT技術を追い風に新たなエンジンが動き出し、ヨーロッパは市場統合に向かって大きな一歩を踏み出していた。何も変わらないのが日本だった。変わらないのではなく変えられなかったのである。

 やがて変えられない問題の根源に強すぎる官僚支配があることも分かった。変化に抵抗するのが官僚だった。(続)
20121114k0000e010269000p_size5.jpg 野田首相がついに16日の解散を口にした。14日の党首討論をテレビで見ていて一瞬、我を疑った。この人は一人で突っ走っているのではないかとも考えた。一日も早い解散を求める自民党の安倍総裁に対して選挙体制の改革を迫り、それを受け入れる代償として「16日解散」を約束したのだ。ほくそ笑んだのは自民党と霞ヶ関の面々だったに違いない。

 総選挙ではたぶん自民党が一応第一党になるのでろうが、あの自民党がやすやすと議員定数削減を実現できるとは思えない。

 消費税増税法案を自公に認めさせるかわりに「近く解散する」と言ったのは野田首相だが、それから3カ月もたっているから、いまごろ解散したところで「うそつき」という国民の心証はいまさら変わるわけでない。正直者としての野田首相を演出して、解散後の総選挙で国民受けを狙ったのだとしても遅すぎる。

 支持率が20%を下回るなど、民主党内部での野田下ろしの勢いが増す中でやけっぱちに解散を口にしたのではと疑ってしまう。

 コラム子からすれば、消費税増税もTTPも霞ヶ関のシナリオ通りの決断。官僚主導の政治からの脱却を目指した民主党が3人目の代表となった野田首相によって完璧に元の木阿弥に戻ったというのがこの3年間の軌跡だったのではないかと振りかえざるを得ない。

 3年前、国民が選んだのは、野田さんでも菅でもない。鳩山さんを代表とする民主党だったのだということを今さらながら思い起こしている。官から民でだけでない。鳩山さんは東アジア共同体と目指した。政治に友愛を求めた。内政外交で戦後政治を脱却するという強いメッセージだったと思う。

 そんな鳩山さんを政権から引きずり下ろしたのは「普天間問題」だった。「最低でも県外」が実現できなかったことに内外から強い圧力があった。沖縄を失いたくないのはアメリカで、日中が蜜月になるのにくさびを打ちたがっているのもアメリカである。鳩山さんを一番危険視したのもアメリカだった。

 普天間を問題視するなら、そもそも1995年まで遡らなければならない。少女暴行事件があって海兵隊が駐留する普天間基地の移転が課題となった。自民党時代から「県外移転」が検討された。当時の大分県知事が役割分担を口にして非難の大合唱と浴びたことを忘れてはならない。

 その後の自民党政権は「県外移転」を口にすることをしなくなった。辺野古への移転を決めたが、17年たってもその実現に到っていない。そもそも自民党は普天間問題で他人を批判できる立場にないのである。

 戦後、自民党は官僚に政治を委ねてきた。このことは戦前に陸軍が日本政治を牛耳ったこととイメージが完全に重なる。言うことをきかなかったら、サボタージュで政治を停滞させることなど官僚たちにとっては朝飯前なのだ。

 かつて日本は「経済は一流、政治は三流」といわれたのはまさに政治家が官僚を統率できる力量がなかったからであろう。野田政治で官僚の横暴が端的に現れているのは、大震災予算が関係のない多くの土木事業に投入されている事実である。国民に増税まで負担させた大震災予算ですら流用されるのであれば、消費税の増税分が社会福祉以外の分野に使われないという保証はまったくない。これは民主主義ではない。

 野田さんが主張した「財政の破綻」はもちろん問題である。しかし財政を破綻させたのは官僚だったことを忘れたはならない。
 
 「では次の総選挙で誰を選べばいいのか」。国民は自問することになるだろう。自民党はもともと官僚主導の政治だったからいいわけはない。民主党はこの体たらくだ。それならば第三極がいいのか。いやそうではない。外交問題でタカ派の石原慎太郎などが政権につけば確実に日本は中国と軍事的に対峙することになる。

 日中戦争は実は日本と中国との戦いではなかった。米英との代理戦争だったことを深く検証することが不可欠だ。いま中国の挑発に乗るということは第二の盧溝橋になりかねないのである。TTP交渉に安易に乗ることもまた日中間の亀裂を拡げ、経済的に第二の盧溝橋への導火線となりかねない。

 いま世界が日中に求められているのは尖閣諸島の統治に対する日中の叡智であろう。誰も住まない誰も見たこともない絶海の小さな島をめぐって東アジアの大国同士が危険な行動を繰り返す愚をおかしてならない。日本が直面する危機は財政ではない。経済でもない。

 次の総選挙で選ばれる首相がそんなステイツマンであることを期待できるか。コラム子は心配でならない。

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