2010年10月アーカイブ


  久しぶりにセカンドハンドの新田恭子さんに先週21日会った。セカンドハンドはカンボジアに小学校をつくり初めてから15年になるが、今度はザンビアでも 学校建設が始まっている。僕が新田さんに最初に会ったのは12年前だと思う。萬晩報の配信を始めたころ、高松の友人を通じて知った。なんともさわやかな印 象だった。1998年4月27日、萬晩報に新田さんのことを書いた書き出しはこんな風だ。

  「だいだい色の屋根とクリーム色の壁って緑の木々にマッチするんです」。ボランティアを始めて、三つ目の学校がカンボジアにできた。2月末、カンボジ ア政府から復興功労メダルをもらった。新田恭子さんは、フリーのアナウンサー。高松市に住み、香川県からアジアや日本を語る。カンボジアにかかわり始め て、日本や日本人の在り方が気になりだした。

 http://www.yorozubp.com/9804/980427.htm
 セカンドハンドは今年4月にNPOから公益社団法人に昇格した。当然のことでこれまでの功績から考えて遅いく らいである。21日は東京地区の支援者の集まりだった。十数人が仕事後に集まったが、当然面白い人が多かった。「人を育てる」というセカンドハンドはカン ボジアの子どもたちだけでなく、日本のも若者にも多大な影響を与えている。

 実は12年前に新田さんは朝日新聞の「ひと」の欄に取り上げられ全国的に知られる存在となった。その記事を書いた福間大介記者も当日、会合に参加してい た。福間さんによれば「当時、四国新聞だったと思うが新田さんの活動が紹介されていて、なんとかこういう人物を全国に紹介したいと思った。僕はまだ1年生 記者だったので地方版に記事ばかり書いていたが、デスクが『ひと』に書いたらいいといってくれた。僕にとっても全国的に掲載された初めての記事が新田さん の『ひと』で、記念すべき記事なんです」と話してくれた。初任地で出会った人たちは記者にとって一生忘れられない存在となるが、福田さんはとても恵まれた スタートだったはずだ。

 以前、高松の友人に「新田さんは香川の宝だ」といったら「いや四国の宝だ」と言い返されたことがある。いまや「日本の宝」といってもいい。日本ユネスコ 連盟主催の青年ワーキングキャンプに参加して、現地の大学生と一週間寝食を共にして、図書室の修復を手伝った。図書館は出来上がったが、今度は本がないこ とを知った。ないないづくしのカンボジアに学校を建てようと古着ショップを始めた。セカンドハンドの始まりである。

 話の中でイギリスのオックスファムという慈善団体があることを教わった。初めて聞いた名前だった。不要になった家庭用品を販売して慈善活動に使うシステムで、オックスファムはイギリス国内に何十店舗も持っていてデパートみたいな店舗もあるというから驚きだった。

 新田さんはオックスファムのシステムをまねて高松から世界に向けてその存在を示すようになった。高松に2店、丸亀、広島のほか福岡や大阪、北海道にも ネットワークを広げている。まさに一粒の種が蒔かれて事業が拡大している。このネットワークのほかに面白いのは最近「セカンドハンド・ユース」が誕生し、 新田さんらに育てられ高松から全国に巣立った学生たちを中心にそれぞれの場で活動の輪が広がっていることである。官に頼らず自分たちで何でもやってしまお うという精神はこれから不可欠な行動となっていくだろう。(伴 武澄)

 10月25日、テスラ・モーターのショールームが南青山でオープンした。いよいよ来月から日本でもテ スラ・ロードスターの販売が始まる。テスラ・モーターはGoogleやeBay、PayPalの創業者などシリコンバレーを拠点として活躍する人々が立ち 上げた自動車メーカーだった。大手自動車がやらないのなら自分たちでやろうというのがシリコンバレーの創業者精神である。

 テスラ・ロードスターを発表したのは2006年で、2007年から販売された。リチウムイオン・バッテリーと240馬力に匹敵する182キロワット AC(交流)モーターを装備したこのスポーツカー。約3時間半の充電で400キロの走行が可能で、時速100キロまでの加速性能は4秒以下という性能と 10万ドルという価格は変わらない。


  注目されるのは再来年に発売予定のセダンのステラS(写真上)。価格を半分の5万ドルにするというから驚きでもある。1ドル=80円台となった円高国、日 本にとっては400万円だから安いBMWよりさらに安くなる。補助金も適用されば、300万円以下ということになり、一般国産車との価格差すらなくなるか もしれない。燃費がガソリン車と比べて断トツにいい。というよりほとんど1キロ=1円という電気代で走れるからこの価格が実現すれば間違いなく革命的であ る。同じ価格帯の三菱「i-MiEV(アイ・ミーブ)などは吹き飛んでしまうかもしれない。さらに5年後には3万ドルまで価格を引き下げるというスケ ジュールまで発表しているからテスラ社の意気込みが伝わるというものだ。

 テスラの名はまだ日本では浸透していないが、ハリウッドではもはやステータスシンボルに等しいそうだ。かつて俳優たちが競ってプリウスに乗りたがったと 同じように「ゼロ・エミッション・カー」に乗るということは新しい生き方を示しているようなものなのだ。そういう意味でテスラ社が日本のファッション街の ど真ん中に「TESLA」のネオンサインを掲げたのは正しい選択だったようだ。昨日の記者発表ではショールームはテスラを一目見ようとする報道陣でごった 返していたという。(伴 武澄)

 Google創業者らがつくった電気自動車
 http://www.yorozubp.com/0612/061203.htm

 水の文化の最新号が届いた。「愛知用水50年」が特集で、なかなか読み応えがある。編集部からのページに新見南吉のいい話が出ていたので、転載してみなさんに読んでもらいたい。

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 知多・岩滑(やなめ)の出身である童話作家 新美南吉は、身近な溜め池をよく描いた。『おぢいさんのランプ』は、生前に刊行された唯一の童話集に収録されている話で、孤児だった祖父 巳之助が文明開化のシンボルとしてランプ売りになるが、やがて村に電気がくることで失業してしまう。一時は逆恨みする巳之助だが、思い直して、古い自分と決別して本屋になる。

 巳之助は孫に「日本がすすんで、自分の古いしょうばいがお役に立たなくなったら、すっぱりそいつをすてるのだ。いつまでもきたなく古いしょ うばいにかじりついていたり、自分のしょうばいがはやっていたむかしの方がよかったといったり、世の中のすすんだことをうらんだり、そんな意気地のねえこ とはけっしてしないということだ」と言い聞かせている。

 ランプを割って商売を辞める決心をする舞台には、知多の象徴としての溜め池が選ばれている。そこには「後ろを振り向かないで、前を見る」という気概が描かれているように思う。

 南吉の物語はいつも切ないのだが、読み直して改めて気づいたことがあった。ごんぎつねも 含めて南吉の童話の登場人物は、いつも過ちを犯してしまう。しかし、そのままでは終わらずに自らの非を詫びるのだ。詫びられたほうも、謝罪を受け入れ許し てやる。人間は弱い存在で、互いに弱さがわかるから思いやることができる。そして、互いがあるから諦めずに前進できる、という南吉の希(ねが)いが込めら れているような気がする。

 愛知用水運動の中心となった久野庄太郎さんは、牧尾ダムの工事で56人の犠牲者が出たことにずっと苦悩し続けたが、〈不老会〉をつくることで供養の道筋を見出した。自分たちが水を得た代わりに、家がダムの底に沈み故郷を離れざるを得なかった人たちのことも、生涯忘れなかったに違いない。

 歴史に「もしも」は禁句だが、久野さんという人がいなかったら愛知用水は実現されなかったかもしれない。しかし南吉の童話を読むと、何年か待てば久野さんのような人物がまた立ち上がってくるかもしれない、と思わせる希望が湧いてくるのである。

 水の文化 http://www.mizu.gr.jp/kikanshi/index.html (最新号はまだ掲載されていない)

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