2009年8月アーカイブ

 環境という概念が国際政治経済の課題とした浮上したのは、1989年の先進7カ国首脳会議(アルシュ・サミット)だった。4月に日本経済新聞が一面で「サミットのテーマとして環境」を書き、仲間を驚かせた。

 当時、公害は大気汚染や農業の土壌汚染を通じて社会問題化していたが、地球温暖化という問題意識はなかった。同時にサミットの共同宣言に「持続可能な発展」という文言が盛り込まれた。社会主義陣営の崩壊とともに先進諸国は新たなミッションを背負うことになった。
 経済問題を討議するサミットになぜ「環境」なのか、正直よく分からなかった。
 外務省の官僚に聞くと、「緑の党だ」という。

 オランダとドイツに緑の党が政党として躍進していた。オランダは海抜ゼロメートルの国で、海水面が上昇すると国土が失われる危機がいつもある。ドイツで はシュツットガルトの森が酸性雨で枯れてしまった。原因は隣国ポーランドのクラコフにある大型石炭火力だった。工場が排出するガスには国境がない。緑の党 が両国で躍進していた理由をこう説明してくれた。

 国会でその緑の党の発言力が増してきて、国際社会で環境問題を議論せざるをえなくなってきたというのだ。分かったような分からないような説明だった。

 環境問題を考える重要なキーワードの一つに「持続可能な開発」(sustainable devrlopment)がある。世界的な環境問題への関心の高まりと、このキーワードには大いに関連がある。この言葉が広まったのは1992年のリオデ ジャネイロでの地球環境サミットからだった。世界各国の首脳が参加しただけでない。世界各地から参加したNGOにも発言権が与えられた会議としても注目さ れた。つまり世界の問題はもはや政府だけでは決められずに非政府組織であるNGOの参画が要請されたのである。悲しいことに日本だけがこの会議に首脳を送 らなかった。

 そもそも「持続可能」という新しい概念を生み出すきっかけをつくっていたのは日本だった。

 1987年、通称「ブルントラント委員会」と呼ばれた国連の「環境と開発に関する世界委員会」(委員長・ブルントラント・ノルウェー首相))が発行した 「Our Common Future=邦題『地球の未来を守るために」と題した最終報告書での中心的な理念が「持続可能な開発」だった。生みの親はブルントラント首相だったが、 この委員会設置を呼びかけたのは日本政府だったのだ。

 残念なことにこの間、日本の首相は中曽根、竹下、海部、宇野、宮澤と5人も代わっていた。

 環境のうねりはリオサミットを契機に地球規模に広がり、二酸化炭素の削減目標を掲げた1997年12月の京都議定書へと続く。環境問題で大きなターニン グポイントに首相を送り込まなかったため、国内でのリオサミットの評価はNGOが跋扈した国際会議ぐらいの認識しか生まれなかった。
 民主党が総選挙のマニフェストに掲げた「高速道路」無料化は萬晩報のかつてからの主張だ。元々高速道 路は建設費が利用料金で償還されたあかつきに無料化されるはずのものだった。それがいつの間にか「値上げ」された上に償還期間も40年、50年と次々と延 長された。これでは永遠の有料化に等しい。

 百歩譲って「永遠の有料化」であっても多少の利用料なら誰も文句はいわない。日本の高速道路は使用するガソリン代よりも高いのである。ガソリン代より高 い道路の利用料金があっていいはずがない。 高速道路の利用料を払えない運送会社や利用料を節約しようとする運転手が出現するほどの高額の利用料となって は何のために高速道路を建設しているのか分からない。現在の日本の高速道路はまさに消費するガソリン代より高額の利用料を取っている。
 そのべらぼうに高い料金を支払わされて祝祭日や盆暮れの大渋滞にあったのではたまったものではない。新幹線だって一定以上の遅れとなると特急料金の払い戻しがある。こうなると日本の高速道路は詐欺に等しい。一刻も早く無料化するべきなのだ。

 高速道路無料化を唱えると必ず、環境派の人々からより多くの自動車が走るようになって二酸化炭素の排出量が増えると反対するが、環境保全のために国家的詐欺行為を見逃していいはずがない。

 また無料化すると、道路の保全だけでなく高速道路会社そのものの経営がなりたたなくなると言う者もいるかもしれない。しかし、道路保全は一般国道と一緒 に国費で行えばいいし、高速道路はその会社のためにあるのではない。役割を終えた会社は速やかに解消すればいいのである。

 いまは全国3つの会社に民営化された高速道路網はそれぞれに料金徴収のための子会社を抱えている。そこの従業員を数えていたら嫌になった。1万人を優に 超える社員が存在する。これにパートや派遣、OBなどを加えると数万人規模の料金徴収人員を抱えていることになる。この人数の人件費は数千億円規模になる はずだ。そもそも高速道路会社の一番の仕事が料金徴収であるはずのに、その役割が別会社になっていること事態がおかしい。

 高速道路と扱いがほぼ同じになっている一般国道が日本にただ一つある。名阪国道の天理-亀山間である。制限時速は60キロとなっているが、両端が東名阪 と西名阪につながっているため、100キロ以下で走行している車両はほとんどいない。"事実上の高速道路"なのである。無料の高速道路となったいきさつは いろいろあるが、元々がバイパス国道として計画されて地元住民の協力を得ていたためである。

 高速道路が無料化されると渋滞が増えるかもしれないが、例えばリットリ当たり40キロ近く走るプリウスに乗って東京-大阪を走ると13リットル、つまり 1500円程度で大阪にたどりつくことができることになる。これはガソリンの暫定税率が続くことを前提にしており、ガソリン価格が27円安くなれば、東京 -大阪は1000円の距離ということになる。新幹線も航空会社も頭を抱えることになるが、「ちょっと大阪までたこ焼き杭にいこうか」ということが可能にな る。(伴 武澄)

 家の光協会が発行する月刊誌「JA教育文化」9月号に賀川豊彦とJAについて投稿を求められた。本日発売の同誌に掲載されたコラムを転載する。

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賀川豊彦献身100年」の今年、ノーベル平和賞受賞者のバングラデシュムハマド・ユヌス氏を神戸市に招いた。
 昨年9月のニューヨーク発の経済危機以降、ユヌス氏のマイクロファイナンスソーシャルビジネスが、にわかに注目を集めている。
 利益の最大化を求めてきた資本主義の対極にあった社会主義は、すでにほとんど消滅しており、人々が新たな経済パラダイムを模索し始めているからである。

 ユヌス氏が実践する社会貢献

 マイクロファイナンスは1970年代、ユヌス氏がバングラデシュのチッタゴン郊外の農村で始めた小規模金融である。貧しさゆえに高利貸の犠牲になっていた農村婦人に、1000円単位の金を貸した。
 バングラデシュには雇用という概念がない。とくに農村は自ら機織りをしたり、鶏を飼って卵を売ったりしなければ生活ができない。せっかくの売り上げが高い利子に消えていた。ユヌス氏は低利でお金を貸した。条件は、子どもを学校に行かせるなど生活の向上をめざすことだった。
 小さな村から始めたマイクロファイナンスは、今ではグラミン(農村)銀行となり、その発想は途上国だけでなく先進国でも広がりを見せている。ユヌス氏の最近の関心は、ソーシャルビジネスである。「配当のない会社だ。見返りのないものに、だれが投資するか」
 と、反対された。ユヌス氏の考えは違った。
「金持ちや企業は社会貢献と称して多額の寄付をしている。尊いことだが、寄付は一回限り。その金額を投資すれば利潤が上がり、その利潤を再投資することで資金は持続性を持つのだ」
 数年前、フランスの食品会社ダノンが興味を示し、バングラデシュで貧しい子どもたちの栄養食としてヨーグルトの合弁製造が始まった。会社の目的は、子どもたちの健康である。
 続いて仏ヴィオリアとミネラルウオーターの製造販売が始まっている。この会社も健康が目的。独フォルクスワーゲンには洪水時にエンジンを船に乗せ替えたり、乾期にポンプに使えたりするグラミン車を開発してほしいと要請している。目的は、災害復興である。金もうけでない、それぞれの目的を持つのがソーシャルビジネスである。

 利益は社会貢献のために

 協同組合の父といわれる、賀川豊彦の発想とじつに似ている。
 ソーシャルビジネスと協同組合とは法人のあり方も違うが、貧困からの脱却を目的とし、助け合いを手段とすることにおいて変わりはない。
 賀川の協同組合は、神戸新川のスラムや関東大震災後の本所から生まれた。購買組合(生協)を創設し、組合の資金で質屋金融)を起こし、学校を経営し、病院を建てた。戦後のJAの共済事業や全労災も賀川に端を発する。
 人々の出資金は直接の配当として個人には還元されないが、何倍もの価値となって社会や地域に還元された。
 経済を金もうけの手段にせず、利益は社会の福利厚生のために使うべきだというのが、賀川の持論であり哲学である。世界大恐慌の後、アメリカは長い経済的危機にあり、アメリカ政府の要請で訪米した賀川は、6か月にわたり全米を講演し、協同組合の宣伝をした。資本主義搾取そのもの、社会主義は暴力的として第三の道協同組合に求めたのである。
 その講演録が1936年ニューヨークのハーパー社から『ブラザーフッド・エコノミクス』として出版された。
 発売前に3000部を超す予約が入ったというから、いかに多くの人々が経済の新たなパラダイムを求めていたかがわかる。
 この本は17カ国語に翻訳され、25か国で販売され。どういうわけか日本語版はなかったが、献身100年を記念して今年6月、『友愛の政治経済学』(野尻武敏監修)と題してようやくコープ出版から上梓された。

 地域の主役となる「協同組合

 今、協同組合に求められるのは賀川やユヌス氏の発想である。日本ではかつてのような貧困はなくなったが、逆に「助け合い精神」はどんどん退化している。
 協同組合は元々、「一人は万人のために、万人は一人のために」というロッチデールの精神から生まれている。弱肉強食の時代でもあったから、人々は官に頼らず助け合って自分たちの生活を守る必要があった。自助。互助である。
 今は国や自治体の責任が問われるだけで、地域が自助する精神を忘れてはいないだろうか。農協を含めて協同組合は「経営」のみに頭を使ってはいないだろうか。
 昨年来、再び「貧困」が社会を象徴するキーワードになっている。かつての貧困ではないが、少子高齢化で日本経済が縮小に向かい、この10年で勤労者所得は二割も減少、格差もかつてなく広がりつつある。
 しかし、日本には農協500万世帯、生協2200万世帯といわれる層の厚い協同組合地盤が残っている。信用事業、共済事業を含めれば巨大な資金も抱えている。
「賀川献身100年」を迎えて残念に思うことは、協同組合が本来持っているはずの目的を忘れ、ヒト・モノ・カネが眠ったままでいることである。監督官庁があるとはいえ、それぞれの組織が縦割りであってはいけない。
 生産から流通、消費、教育、医療、保険まで、生活にかかわるあらゆる事業がたがいに協力しあえばいい。企業や官依存ではなく、地域の協同組合こそが経済の立て直しの主役を果たさなくてはならないのである。(伴武澄)

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