2008年7月アーカイブ

 きょうの日本経済新聞15面のコラム「一目均衡」に編集委員の西條郁夫氏が「GM無配転落の衝撃」を書いている。

 恥ずかしながら、7月15日のGMの無配転落発表を知らなかった。

 資本主義社会のトップ企業として長年、世界に君臨してきたゼネラル・モーターズの無配転落は86年ぶりなのだそうだ。1929年の大恐慌の時期も安定配当を続けたことが誇りだった。OBへの年金や健康保険制度を保ちながらも分厚い内部留保がGMの誇りを支え続けてきた。
 はからずも原油の高騰による大型車の売り上げ不振がGMの経営の足を大きく引っ張った。GMの苦境を尻目に、その原油の高騰で大もうけをしているのがアメリカの石油資本である。アメリカの石油資本は自動車の普及とともに共存共栄の関係にあった。

 1920年に、ピエール・デュポンがGMの実権を奪い、アルフレッド・スローンの経営によって世界一の企業にのし上がったが、1936年、石油会社スタ ンダード・オイル・カリフォルニア(のちのシェブロン)やタイヤ会社ファイアストンと共同で「ナショナル・シティ・ラインズ」を創設し、1950年までに 全米各地の路面電車会社や電鉄会社を買収し、線路をはがして次々とバス運送に置き換えていった。自動車依存型のアメリカ社会を築いたもの、GMと石油資本 だった。

 2000年代に入って、せっかく発展し始めた電気自動車を殺したのもたぶんGMと石油資本の陰謀だったに違いない。このことは7月23日に「誰が電気自動車を殺したか」ですでに書いた。

 アメリカ資本主義を支えてきた2本の屋台骨のうちその1本が折れかかっている。GMの無配転落の衝撃は限りなく大きい。

 長期的に見て、原油価格が100ドルを超える水準で取引されるはずはない。投機的資金がババ抜きをしているのが現在の原油先物市場である。有り余った資 金が人々の生活向上のための投資に向かわず、博打に流れている。その博打のおかげで、GMの経営がかつてない危機にさらされている。

 多くのアメリカ大企業は従業員の首切りなどしてこなかった。日本以上に従業員に手厚い福利厚生を施してきた。成果主義が先走るのはニューヨークの一部マ ネー系企業だけなのである。ゆったりとしたシートの5000ccクラスの大排気量車に乗ってゆったり走る。そんなゆとり経営の代表格がGMだった。

 原油、穀物、鉱物の先物市場だけが繁栄する経済でいいのか。金融だけがもうかる経済などあるはずもないのだが、アメリカにまだ経済の方向を軌道修正する気配はみられない。

 日本経済新聞が6月末で集計した世界の主要40の自動車会社の時価発行総額ランキングでは、GMはトヨタの1/26まで縮小した。

 1位のトヨタ自動車の時価発行総額は25%減ったものの断トツの1706億ドル、約18兆円だった。1位はフォルクスワーゲン(VW)で77%増の 994億ドル、約10兆円である。3位以下はダイムラー、ホンダ、日産自動車、BMWと続き、9位に韓国の現在自動車が入った。

 GMは16位のマツダの次の17位で65億ドル、つまり7000億円程度で世界のGMが買えてしまうことになる。過半数でよいのだったら、3500億円であるから、そこらの小さなファンドでも買える水準にまで落ち込んでいるということである。

 GM、大胆なコスト削減【日経ビジネスonline】
 Who killed the Electric Car という興味深いドキュメンタリー映画が3年前、アメリカで制作され、一昨年上映された。制作はソニー・ピクチャーだからマイナーではない。最近、DVDが発売されているから日本でも観られるようになった。

 電気自動車にスポットライト

 1990年代、環境問題から電気自動車にスポットライトが当てられた時期があった。筆者はその時、機械クラブに所属していた。トヨタはRV車のRAV4 に電気自動車バージョンを開発し、発売した。400万円という価格は普通のサラリーマンには手が届かなかったが、自動車の明るい未来を見たような気がして いた。同じころGMもまたEV1という電気自動車スポーツカーを売り出した。環境問題に取り組む自動車メーカーの本気が伝わっていた。
 電気自動車が出現した背景には、アメリカのカリフォルニア州の深刻な環境問題があった。特にアメリカの典型的 な車社会であるロサンジェルスでは排気ガスによる大気汚染が社会問題化していた。1990年、州政府は州内で自動車を販売しているメーカーに対して、 2003年までに年間販売台数の10%を無公害車つまりZero Emission car(排ガスゼロの車)とするよう義務付ける州法を制定した。メーカーが本気にならざるを得なかったのはそうした事情があった。

 そんな環境が一変したのがブッシュ政権の誕生だった。電気自動車に対する熱気は失せ、カリフォルニアのくだんの州法も廃止されてしまった。それよりも多くの期待を担ってきた電気自動車そのものも道路から姿を消してしまったのだ。

 一部から熱狂的に受け入れられたEV1

 GMのEV1は1996年発売、価格は33,995ドルから43,995ドル。生産台数が限られていたため、販売ではなくリース契約でのスタート。月額 リース料は349ドルから574ドル。価格からみて決して誰もが買える車ではなかったが、一部の人には熱狂的に受け入れられた。カリフォルニアとアリゾナ 州で1200台が販売され、長いウェイティングリストができる状態だった。

 いまでも残っているいくつかのサイトにはEV1の試乗レポートが書かれていて、ポルシェと坂道で競争できただとか、一回の充電でたとえ100マイルしか 走れないとしても食事の休憩だとかにこまめに"給電"すれば1日に200マイルぐらいは走れるといった体験談が多く報告されている。

 そもそもモーターのエネルギー効率は内燃機関の2倍といわれている。原油から発電、送電をして充電した場合、その27%が動力エネルギーになる。ガソリ ンエンジンはたった15%しか動力エネルギーを引き出せない。100年前の自動車創生期には内燃機関車とモーター車の比率は半々だったそうだ。有名なポル シェ博士が世に問うたスポーツカーは電気自動車だった。T型フォードの誕生はガソリン車の価格破壊をもたらした点で評価されているが、実は電気自動車に引 導を渡したという意味でも画期的だったのだ。

 産業革命以降、動力は蒸気機関から内燃機関(エンジン)とモーターに移った。鉄道はモーターに軍配が上がったが、市内交通機関としては路面電車、トロ リーバスが全盛の時代があった。しかし軌道が道路を占有することや架線がじゃまになることから撤退が続いた。そして最終的にエンジン車が電気自動車を駆逐 したのがこの100年の歴史である。

  リコールされ野積みにされたEV1

 しかし、やがてEV1はGM自身の手ですべてリコールされ、事実上、公道から姿を消した。車はリサイクルどころか廃車処分となり、次々と野積みにされた。2003年のことだった。

 Who killed the Electric Carという映画はそんなアメリカの事情をドキュメンタリーで描いたものである。映画は関係者に対する多くのインタビューを通じてだれがEV1に引導を渡 したのか、何が原因だったのかを迫っていく。アメリカ政府、GM,石油業界などが容疑者として登場するが、映画自身は答を出していない。

 電気自動車の弱みは充電に時間がかかることを1回の充電で走行できる距離が短いことである。ガソリン車の場合、5分のほどの給油で燃料を継ぎ足せばどこまででも走ることができる。しかし考えてみれば、それはガソリンスタンドが存在すればという前提がある。

 20年前の中国では自家用車という概念がなかったから当然、ガソリンスタンドは大都市の外国人のいるところにしかなかった。ちょっと町を出ればスタンドはないから、1回のドライブはガソリンを満タンにして走れる距離が限界だった。

 いってみれば今の電気自動車が抱える問題は充電スタンドが存在しないということでもある。すでに高圧電気によって短時間でバッテリーに給電できるシステムは存在しているが、問題はそんな給電スタンドが公道沿いにないということではないだろうか。

 逆に考えれば、ガソリン車の普及はガソリンスタンドの普及と相俟っていたとすれば分かりやすい。そうなると世界中にガソリンスタンド網を築いてきた石油業界にとって電気自動車の復活は死活問題となる。電気自動車の普及はとんでもないことになる。

 【誰が電気自動車を殺したか】ソニー・ピクチャーズ、92分。3990円
  リンゴの連想ゲームをすると、まず「ニュートンのリンゴ」が思い起こされる。リンゴがなっている風景を知らないが、ニュートンが本当にリンゴの実が枝から 落ちた情景を見ながら万有引力の存在を確信したのか疑わしい。リンゴというキーワードに新発見の重みを重ねたに違いないと勝手に想像している。

 ウイリアム・テルが弓を引くのもリンゴだ。子どもの頭の上にリンゴを置いてそれを狙うなどかなり危険な行為だ。那須与一の扇子に向けて弓を引く平家物語の情景とは違いすぎる。
 逆に白雪姫は毒リンゴだ。魔法使いが小人の家で憩う白雪姫を狙って真っ赤な毒リンゴを差し出す情景は恐ろし い。子どものころはどうしてリンゴでなければならないのかなど疑問に思ったこともなかったが、たぶんリンゴにある種の宗教性を込めたものだのだろうといま になって考えてしまう。

 そうそうアダムとイブの禁断の実を忘れていた。ヘビにそそのかされてリンゴの実を食べてしまい、裸であることを恥ずかしく思う。と思って聖書で確認したら、リンゴとは書いていない。「禁断の実」でしかなかった。アダムとイブは本当にリンゴを食べたのだろうか。

 ニューヨーク市の愛称はアップル・シティーである。ビートルズのレコード会社もコンピューター会社名もアップルた。これだけそろうと考え込まざるをえない。ヨーロッパ人にとってリンゴとは何だったのだろうか。

 カザフスタンの首都アルマトイは以前、アルマーアタと呼んでいた。カザフ語で「リンゴの父」という意味だと聞いた。天山山脈の北麓の町で、郊外にはリン ゴ畑が広がっていた。後で調べると、リンゴの原産地は中央アジアだということになっていた。ブドウもまた中央アジアが原産地で、ともにワインの原料でもあ る。

 リンゴは寒冷地に実る。日本でも温暖地に育つミカンと成育地を二分している。ヨーロッパにリンゴが育つのはわかるが、ヨーロッパ文明のふるさとであるギ リシャだとかイタリア半島にリンゴが育ったとは到底考えられない。そもそもエデンの園があったとされるメソポタミアにリンゴが成育するはずもない。ギリ シャ神話に登場する黄金のリンゴはオレンジだったかもしれないのだ。

 トマトが「黄金のリンゴ」となったり、ジャガイモが「土のリンゴ」となるのだから、リンゴを意味する「アップル」や「ポム」は単に果実の意味ともとれるのだ。

 それでは日本語の林檎はどこからきたのだろうか。どうやっても林檎は「りんご」と読めない。現在、日本で栽培されるリンゴは明治以降、アメリカからもた らされたものだが、平安期から「和りんご」が存在していた。小ぶりですっぱかったからあまり食用とはされなかったらしい。平安時代の『和名類聚抄』によれ ば、「利宇古宇(りうこう、りうごう)」として和リンゴが記述されており、これが訛って「りんご」になったと考えられているようだ。

 当然、中国からやってきたはずだ。中国ではリンゴのことを「苹果」(ピングオ)と呼ぶ、文献には「林檎」の表記もある。『本草綱目』に「林檎一名来禽,言味甘熟則来禽也」とあるから、「熟れると甘くなって禽類がやってくる」という意味か。

 中国の文献にある「林檎」の文字に「利宇古宇(りうごう)」の読みを重ねたということだろうか。

 どこかのサイトだったか忘れたが、おもしろい逸話が書かれてあった。

 あるところに果樹園があって、リンゴがなっていた。そこへ言葉のわからない旅人がやってきた。旅人はリンゴを差して「これはなんだ」と言った。農夫は意味が分からなかったので「リンゴ」といったそうだ。

 農夫の国の言葉で「リンゴ」は分からないという意味だったのに、旅人は早合点してその果物を「リンゴ」だと理解した。

 英和辞典で「lingo」と引いてごらん。
  「バドワイザー」で知られる生産・販売量で世界3位の米ビール最大手アンハイザー・ブッシュは13日開いた取締役会で、世界2位のベルギー、インベブから 持ちかけられた総額約500億ドル(約5兆3300億円)の買収受け入れを決めた。両者が14日発表した。世界市場の4分の1を握るトップの巨大ビール メーカーが誕生する。【共同通信】

 ダイナミックだなと思った。思い出すと筆者がビール業界を担当したのは1990年代前半。アサヒのドライがキリンを猛追して、遂にアサヒがキリンのシェ アを上回った時期とほぼ重なる。業界ランキングの1位と2位がひっくり返ったのをみて当時、ビール業界は「ダイナミック」と感じた。業界秩序を重んじる日 本の他の産業界では決して起きえない"事態"だったからである。
 そのころ、世界のビール業界はBudweiser(バドワイザー)バドワイザーのアンハイザー・ブッシュがトップでフィリップモリスが所有していたMiller(ミラー)が2位だった。3位はオランダのハイネケンだったはずだ。

 10年ほどたって、経済誌にベルギーのビール会社がM&Aを通じて猛然とシェアアップしているという記事を読んだ。「インターブリュー」という耳慣れない企業で、台風の目になっているという内容だった。

 そのインターブリューは2004年にブラジルのアンベヴ(Ambev)を買収して「インベヴ」(Imbev)と社名を変更さらに巨大化していた。そのイ ンベヴが今回、世界一のバドワイザーを買収した。と思ったら、バドはすでに世界3位に地位を落としていたのだから、驚いた。インベヴはすでにバドを上回っ ていたのだ。

 では世界一はどこなのだろうと瞬間考えた。SABミラーという会社だった。ミラービールなら知っていたが、SABミラーは不覚にも知らなかった。 2007年には売上高182億ドル(前年比22%増)、税引き前利益28億ドル(同14%増)というトップでありながらまだ成長途上の企業だった。

 SAB(南アフリカビール)は100年以上も前の1895年の設立。ずっとアフリカのローカルなビール会社だったが、90年代に海外進出して業容を拡大、2002年ついにアルトリア(旧フィリップモリス)からミラービールを買収して世界的企業に成長していたのだった。

 フィリップモリスが社名をアルトリアに変更した2003年、同社はすでにミラーを手放していた。そして5年後の2008年、アンハイザーブッシュは会社 ごと、ヨーロッパに身売りした。バドワイザーもミラーもアメリカからなくなるのではない。しかし反対にキリンやアサヒが相次いで海外のメーカーに買収され たら日本人はどんな反応を起こすのだろうと考えると興味深い。
 伊藤章治『ジャガイモの世界史』(中公新書、2007年1月)を読んだ。6月22日東京新聞のサンデー版でジャガイモ特集をしていたばかりで刺激されたのかもしれない。汐留の地下の本屋で衝動的に買った。とにかく、ことしは国連の定めた「国際ポテト年」なのだそうだ。
 そのむかし、リンゴに興味を持ち、次いでトマト、ジャガイモと関心が広がったことがある。リンゴは別として、 トマトもジャガイモも新大陸からもたらされた食物である。トマトがない時代のイタリア料理ってどんなだったのだろう。ジャガイモのないドイツ料理も想像で きない。ヨーロッパの食生活はよほど単調だったに違いない。そう考えるとなにやらおかしくなる。

 このほか、トウモロコシやトウガラシも新大陸、食べ物ではないが、ココアもタバコも新大陸由来である。ヨーロッパは新大陸の恵みで生きていることになる。

 ちなみにイタリア語でトマトはpomodoro、ポマドーロ。黄金のリンゴという意味だそうだ。これがフランス語ではpomme d'amour、ポム・ダ・モール。愛のリンゴとなる。ペルーでポマペだった呼び名がイベリア半島ではトマトとそのまま呼んでいたものが、イタリア半島、 フランスと渡るごとに呼び名が変化するのだからおもしろい。

 ジャガイモの場合はオランダ語でaardappel、アールド・アッペル。フランス語もまたpomme de terre、ポム・デ・テール。ともに土のリンゴなのである。そうなるとリンゴってのはなんなのか考え込まざるをえなくなってしまう。

 トマトもジャガイモも形がリンゴに似ていたということなのかもしれないが、「何々のリンゴ」と名付けるからには、ヨーロッパ人にとって「リンゴ」そのものになにか重要なメッセージが込められていると考えざるをえない。

 国際ポテト年 国連食糧農業機関(FAO)によると、今日ジャガイモは推定農地面積で19万平方kmに栽培され、そ の範囲は、中国雲南の高原やインドの亜熱帯低地から、ジャワの赤道付近の高地、ウクライナの大草原地帯にまで及んでいる。収穫量のみについてみただけで も、ジャガイモの塊茎は、世界第4位の食用作物であり、2005年の総生産量は3億 2300万トン以上に達している。ジャガイモはこれまで「貧者のパン」としてヨーロッパで幾多の飢饉を乗り越えてきた。今後の途上国での人口増をまかなう ためにジャガイモにもう一度光を当てようという試みなのかもしれない。
  三菱自動車は9日、軽自動車をベースに開発した「i MiEV(アイミーブ)」(モーター:47kW/18.4kgm、バッテリー330V/16kWh) を来年夏に発売すると発表した。大容量のリチウムイオンバッテリーを積載し、1回の充電で160kmを走り、専用の充電器だと20分でバッテリーの90% を回復。もちろん家庭の100Vからも14時間でフル充電できる。
 1km=1円とガソリン車の10分の1の燃費というから多くの期待を集めても不思議ではない。問題は価格なの だが、400万円ということらしい。政府の補助金が100万円程度期待できるから実質300万円。営業車ならともかく、マイカーでは月間走行は 1000km。いくら燃費がよくても手がでまい。

 そのむかし、カシオが電卓やデジカメで採用した「ニッキュウパ」などの価格破壊がなければ、ガソリン社会からの脱皮はむつかしい。

 郵便事業会社が今年度から2万1000台の保有車両をすべて電気自動車に切り替えていく方針という追い風も吹いている。三菱自動車が手ごろな価格の電気自動車が市場に提供すれば、数年前のリコール隠し以降、低迷している販売が一気に活性化する可能性だってある。

 筆者が買いたい「i MiEV」の取得価格は200万円以内だ。補助金含み200万円で発売すれば、軽自動車だけでなく小型車のオーナーもどどっと「i MiEV」に雪崩れうつと思うのだが。

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