2008年1月アーカイブ

2008年01月30日(水)
Uganda Moyo通信員 伴 正海
  コラムやブログなどで「伴さんは文系向きなのでは」「どういう経緯でウガンダにいるのか」などと言った筆者自身について尋ねられることが度々あった。最初 は自分を語るなんてという思いでいたのだが、この地にすっかり慣れ親しんできた頃から自分について考えるようになってきた。そして母親より送ってもらった 遠藤周作の「深い河」をこの地で読みなおし、著者の高校時代を支えてくれたこの遠藤周作の作品からさらに深く「自分」というものを考えるに至った。

 これを契機とし、筆者について過去や考え方について書いてみたいと思う。

 物心付いた時から父方の祖父を「先生」と読んでいた。普通の人が持つような「おじいちゃん」という親しみは恐らく持っておらず、唯ひたすらに「先生」を 尊敬していた。そういう育てられ方をしたのかもしれない。当然「将来なりたい職業は?」と聞かれると先生と同じく「弁護士と外交官」と答える小学生になっ ていた。

 一時期、「人生ゲーム」という盤ゲームのやり過ぎか、弁護士と同じく稼ぎの良かった医師という職業にも憧れたが、血が怖くてやめてしまった。そのまま中 学、高校と進み、それでもまだ「弁護士と外交官」、「もちろん大学は東大」と考えていた。

 また、中学1年生の時にNHKのドキュメント番組でタイの貧しい大家族が月6000円で生活しているということを知った。当時の自分の小遣いは周りから すれば破格の6000円という金額であった。奇しくもこの「6000円」というぴったり同じ金額が頭から離れず、「ぼくが使っているこのお小遣いでタイで は大家族が生活できるのか。」と何とも言いようのない違和感が自分の中に煙のように立ち込めて離れず、その自分たちと途上国との差というものを意識し始め るようになった。

 さらには「先生が青年海外協力隊を作った」という事実も自分にとっては途上国に目を向けずにはいられないことであった。そしていつしか、発展途上国のために何かをするんだという想いが強くなっていった。

 その後、高校2年生の時に先生が亡くなった。世田谷の自宅におり、夜7時か8時頃に高知の祖母から電話で危篤を知らされた。何を思ったか、何を考えたか は覚えていない。ただリビングから2階の自分の部屋へと向かい、急いで荷物をまとめ、バス会社に連絡をして高松行きのバスを確保、母親や弟たちを置いて家 を出て行った。

 この時ほど電車の乗り換え時間が鬱陶しく煩わしく思ったことはなかった。ホームを走り、階段を走り、エスカレーターを走り、途中鞄を通行人にぶつけて文 句を言われながらもそれを全て後ろに置き去りにして走った。バスは出発時刻を過ぎていたが待っていてくれた。それに飛び乗り、眠ってしまった。

 次の日の早朝、高松に着き、朝一の電車で高知に向かった。高知駅からタクシーに乗り、病院の名前を告げると運転手に「新しいお医者さんかい?」と尋ねら れた。今思うとこれも予言のようなものだったのかもしれない。さらにこの運転手が先生の名前を知っていたことも先生への尊敬が一層増されることとなった。

 病室に駆け込むと京都勤務だった父親が一足先に到着しており、その前にはチューブにつながれた先生の身体が横たわっていた。父親がその耳元で「正海です よ、正海が来てくれましたよ。」と話しかけると、その瞼を重そうにゆっくりと開けて先生の目がぼくを認識し、「おー」とだけ言ってぼくの手をとってくれ た。その顔は笑顔だった。ただ、それが最期だった。

 あとはひたすら心電図がフラットになるのを待つばかり。次の日の最期の時も、叩いてさすって痛みを感じさせればまた眼を開いてくれるかもしれない。そう 思ってその身体を刺激し続けたが、父親に制されて素直にその手を止めた。心のどこかでは分かっていたのかもしれない。この時、目の前にいながらにして何も できなかった自分への無力感から、医師という職業を意識し始めるようになった。

 それからというもの、何故か自分は「自己の存在」ということを考え続けるようになっていた。デカルトなどを読んだりもしたが、「思考する自分のみが確実 に存在する」とする考え方は納得できるものの自分には物足りないものであった。そしてある日、シャワーを浴びている時にふと気が付いた。

「人間と言うのは関係性の中に生きており、自己はその中で存在しうるものなのではないか。」

 そこからは芋づる式に考えが広がっていった。自己というものは他者によって存在を認められ、また他者を認めることで存在させると考えたのだ。そうなると その他者との結び付きが強ければ強いほど自己の存在は盤石なものになるのだ。

 そう考えた時、医師という職業が多くの患者との結びつきによって、しかも生命というものを取り扱って関わる時、その存在というのはかなり強固なものにな るのではないだろうかと思った。 「自己満足」という言葉があるが、自分はそれを「他者によってその存在を認めてもらうことで得る自分の存在に対する満 足」であると考えている。

 また、途上国に対して何かをしようと思った時にいくつかの段階があるとも考えた。まずは募金などの国内にいてできる最小限の活動。そしてその募金などを 主体的に行なう活動。さらには実際に現地でその資金を使って行なう活動である。その中で、実際現地に行った時に目の前で病人怪我人がいたとして、自分には 何も出来ないことが嫌だった。そのことも医師を後押しする考え方であった。いずれにせよ、その根底には「途上国のために」という思いがあった。

 さらには遠藤周作という作家にも出会った。高校3年生の現代文の授業で「沈黙」の一節を扱いクラスで議論していた時、ふとこの作品を全部読んでみたく なった。授業のおかげでかなり深い理解を持ったまま読み始めたのですんなりと読み進めることができた。

 そしてそれ以来遠藤周作の作品を読み続けるようになり、「日本人とは何か」「神とは何か」というテーマに興味が湧いてきた。それら作品の中で遠藤周作は 日本人にとって(アジア人もかもしれないが)神というのはキリスト教のような合理的にしっかりと出来上がったものではなく、人々の心の中に存在する多様な ものではないかというようなことを書いている。

 このことは上記したような自己の存在に話がつながるのである。すなわち、自己の存在を認めてくれる他者の中にこの神も含まれているのだ。高校時代、日本 で自殺が多い理由についての話を聞いたことがあり、日本人には「家族」「職場や学校」「地域社会」という3つの柱がその存在を支えてくれていたが、「地域 社会」はほぼ崩壊し、「職場や学校」でいじめや仕事の失敗などで不安定になると残るは「家族」のみとなる。

 ただその時に「家族」すら自分を支えてくれていないと「自分」という存在の置き場所が分からなくなって自殺に走るのだという。しかしながら欧米ではその 他に「神」という大きな柱、おそらくいつまでも見捨てない柱があるのだ。それは自分が信じてさえいればいつまでもそこにいてくれるものである。なんとも全 てがうまく合致していることか。

 これらのような考えによって自分の存在というものがより明確になり、自分の存在というものがかなり強固なものであるという認識ができ、その中で医師として途上国に関われることの利の大きさを意識するようになった。

 無事一浪で医学部に入ることができ、将来は途上国で働くぞと決めていたものの色々と勉強を進めるにつれて視野も広がってきた。最近では公衆衛生という分 野に興味を持ち、保健衛生医療のフィールドで途上国に対して何かを行おうとWHO(世界保健機関)なども将来の候補に入りつつある。

 その将来のため、一度はアフリカ現地での医療活動というものと共に現地生活というものを経験しておきたくウガンダにやってきた。医師になってから行った 方が良いのではないかという意見も数多くいただいたが、医師になって行くということは現地では即戦力であり、現地の生活に慣れようと奮闘したりしている暇 はおそらく無いのだ。

 現にこのNGOでも遠くの地方から来ているスタッフはおそらく自分以上に慣れてはいないのではないかと思わせるところもある。父親に「学生という身分を 最大限に活用するよう」言われたことも一因かもしれないが、とりあえず学生のうちにこういうことは経験しておいたほうがいざ医師になって来てみて「何かが 違う」と悔やんでも時既に遅しとなってしまうと考えた。

 そして実際にここに来てみて、来る前の考え方とは同じではなくなったのだ。今はそれをまだ整理しきれずにおり、これからもっともっと考えを蓄積してから 総括したほうがいいと思っている。むしろこの機会が始まりなのだと考えるようになっている。

 長くなったが、簡単に今までの経緯と今の自分に影響を与えてきたものを少しではあるがご紹介させていただいた。

 伴 正海にメールは mailto:umi0625@yorozubp.com
2008年01月23日(水)
Nakano Associates 中野 有
 今週は、毎年恒例の帝国ホテルで開催された全国竹村会に出席しました。中曽根、安倍、中川、麻生などの政治家、野村監督など参加されてました。

 講演では、三洋電機の元会長で元NHKキャスターの野中ともよさんが、面白い発想を述べておられました。家電の部門ごとに効率を高め利益を上げる戦略か ら、地球のために如何に社員の一人ひとりが貢献できるかとの発想に切り替える戦略を推進されたことです。

例えば、ガイアの視点から、水、空気、エネルギー、食糧の4分野に分け家電製品が具体的に地球のためにどのような貢献が成り立つかを考案し、分野ごとの統合で新たなる開発に成功されたことです。

 三洋の経営は一時的に破綻したように見えるが、少し時を経て少しづづ画期的な成果が生み出されているとのことです。水を使わない家庭用洗濯機、1000回使える乾電池などです。

 人類史上経験しなかった急激な人口増加に伴う地球環境問題は、想像を遥かに超える現実に直面している。原子力の選択が増えているが、4箇所の地震ベルト 地帯が交差する日本では、原発事故の確率がかなり高い。従って、自然のエネルギーを効率的に使用する知恵が日本の運命を左右する。

 地球環境問題と利益追求は合致しないとの見方もある。しかし、世界では、地球に貢献する技術の注目度が広がっている。その意味で、三洋の水、空気、エネルギー、食糧の地球的戦略が評価されているそうだ。

 麻生さんのお話は、ユニークで面白かった。新聞は読むものではなく観るものである。真剣に読めば世の中の潮流を見失ってしまう。日本の潮流を知るコツ は、3つしかない。一つは、渋谷のセンター街を歩く女子高校生の生態を観察する。二つは、秋葉原のおたくの動向を読む。三つ目は、70歳以上の老人が、日 本の金融資産の中核であり、彼らの行動と期待感を把握する。

 総理候補だった人が述べることではないようだが、10人位のスピーカーの中で最も記憶に残ったのは、麻生さんの視点であった。

 中曽根氏、岡崎久彦氏、佐藤優氏に共通したのは、日本の地位が急激に低下しているということでした。

 日本から発信する情報が少なすぎることが問題だと思います。野中さんや麻生さんの、ユニークな視点は、ひょっとすると世界では極めて新鮮で日本発で地球を動かす潜在性があるように思います。

 http://mews.halfmoon.jp/nakano/
 中野さんにメール nakanoassociate@yahoo.co.jp
2008年01月22日(火)
萬晩報通信員   成田 好三
 MLBと日本のプロ野球は、明らかにライバル関係にある。

 プロ野球からすれば、MLBはイチローや松井秀喜らスター選手を超高額年俸で次々と引き抜くばかりか、シーズン中ほぼ連日中継するNHK・BSをはじめ とするメディアへの大きな露出によって、プロ野球人気を奪い取る存在である。MLBにしてみれば、優秀な選手を輩出するうえ、世界第2位の経済大国で、1 億2千万人の人口をもつ日本は、極めて魅力的なマーケットである。

 ある社会的集団に所属する構成員が、彼の属する集団と敵対関係、あるいはライバル関係にある他の集団を利する行為、利敵行為を行った場合、彼は彼の属す る集団からどんな処置を受けるだろうか。大概の場合は、その集団を律する規定によって彼の行為は非難され、彼は処罰される。彼の犯した行為が極めて悪質で あると認定されれば、その集団からの「永久追放」処分さえ下されるだろう。

 これが一般社会の常識である。しかし、プロ野球にはこの常識はまったく通用しない。

 プロ野球の盟主と自認する球団の実質的な親会社が、プロ野球の開幕に合わせて、MLBの前年度優勝球団とその対戦相手の球団を日本に招待して、MLBの 開幕戦を主催する。公式戦開幕時にMLB開幕戦をぶつけられるプロ野球の球団が、興行的に大きな損失を被ることは明らである。これが利敵行為ではないとし たら、利敵行為など他にありようもない。しかも、この利敵行為には、プロ野球を統括する団体が主催者に名を連ねている。

 MLBの日本開幕戦は、以下の日程、カードで、いずれも東京ドームで開催される。

 前年度にワールドシリーズを制した、松坂大輔と岡島秀樹の日本人選手を擁するレッドソックス(ボストン)とアスレチックス(オークランド)とのアメリカ ン・リーグ開幕2連戦は、3月25、26日に開催される。これに先立つ22、23日には、セ・リーグの巨人、阪神の2球団とレッドソックス、アスレチック スとのオープン戦4試合がやはり東京ドームで組まれている。

 MLB開幕2連戦と巨人、阪神とのオープン戦4試合を主催するのは以下の4団体である。

 MLB,MLB選手会、(社)日本野球機構、読売新聞社である。日本野球機構はプロ野球を統括する団体である。プロ野球の利益を守るべき最大の当事者で ある。読売新聞社は、組織的にはグループ本社の下に並列にぶらさがる形態にはなっているが、実質的には巨人軍の親会社である。

 巨人軍や阪神が所属するセ・リーグの開幕は3月28日である。

 だから、セ・リーグの開幕戦はMLBの日本開幕戦によっては、興行的には直接の影響は受けない。しかし、日本野球機構が統括するもうひとつの組織である パ・リーグは3月20日に開幕している。巨人、阪神がMLBの2球団とオープン戦を行う22、23日も、MLB開幕戦を行う25、26日も、パ・リーグは 公式戦を開催する。

 MLB開幕2連戦、その前のオープン戦もTVで全国生中継されることは間違いない。それに対して、パ・リーグの公式戦は全国中継の機会を奪われることに なる。「MLB 日本上陸」とメディアが大々的に報じるなかで、パ・リーグの6球団は注目度が極端に低下したなかで、「地方興行」を強いられることにな る。

 巨人と実質的な親会社である読売新聞社は、こうしたあからさまな利敵行為をどう釈明するのだろうか。その片棒を担いだ阪神はどう説明するのだろうか。我々が所属するリーグはセ・リーグだから、パ・リーグの損害など関係ないとでも言うのだろうか。

 日本野球機構はどう弁解するのだろうか。自らが統括する組織に対する利敵行為、もっと言えば営業妨害的行為に自らが加担するという批判に、どう答えるつ もりなのか。しかし、彼らはそんな弁解を強いられることはない。プロ野球界やそれをチェック、批判すべき立場にあるメディア界からは、批判的な発言、行 動、記事、論評とも伝わってこない。

 MLBの日本開幕戦は今回が始めてではない。

 2004年にも、やはり同じ主催者によってヤンキース(ニューヨーク)とデビルレイズ(現レイズ、タンパベイ)との開幕2連戦が、今回の同様に日程、会 場で開催されている。この年は球界再編騒動が起きた年である。巨人がプロ野球界で圧倒的な存在感と地位を占めていた時期である。だから、前回はプロ野球界 も主要メディアも利敵行為に「沈黙」を強いられたことは、それなりには理解できる。

 今回は再編騒動の後のことである。プロ野球人気のかげりがあからさまに表れ、TVの全国中継が大幅に削減されるシーズンである。しかし、プロ野球界からも、TVや新聞など主要メディア界からも、MLB日本開幕戦に対する批判がまったく伝わってこない。

 プロ野球界とメディア界の対応は前回とまったく同じである。ただ、「口を閉ざしている」だけである。社会常識からいって、極めてまっとうな意見や批判さ え口に出来ない社会は衰退する道しか残されてはいない。(2008年1月20日記)

 成田さんにメールは mailto:narinari_yoshi@yahoo.co.jp
 スポーツコラム・オフサイド http://blogs.yahoo.co.jp/columnoffside
2008年01月19日(土)
萬晩報主宰 伴 武澄
  キャロル・オフ『チョコレートの真実』(英治出版)を読んだ。チョコレートの原料のカカオ豆の主産地はガーナだとずっと思ってきた。日本に輸入されるカカ オの場合は正解なのだが、70年代からコートジボワールが最大の生産国に変わり、いまでは世界生産の35%を占める。かつてガーナがトップだったころはア フリカが価格支配力を持っていたが、悲しいことに今ではカーギルなど世界の食糧メジャーが支配する。

 カカオだけでない。綿花や砂糖など多くの商品作物の生産は暗い過去を引きずって来た。奴隷制である。アフリカの奴隷が長くその生産を支えてきた。19世 紀に欧米諸国が奴隷制廃止を決めてからも、中国人クーリーなど奴隷制に近い労働実態が続いた。

 戦後、アジア、アフリカ諸国が相次いで独立を達成し、人身売買を含めて奴隷制は地球上から姿を消したものだと思っていた。この本は1990年代にコート ジボワールに復活した奴隷労働を告発する。しかも相手は少年や子どもだった。

 西アフリカの優等生といわれたコートジボワールの1980年代後半からの経済破たんはカカオ豆の暴落から始まった。この国では長くカカオ生産農民に対し て価格変動に合わせて所得補てんをしてきたが、経済破たんで乗り込んできた世銀・IMFは資金協力と引き換えに「構造調整計画」を強要した。補てん制度は 真っ先に廃止の対象となった。

 途上国といえども経済破たんは当該国の責任である。立て直しに必要なのはまず緊縮財政である。無駄は省かなければならない。国民もその節約に堪えなけれ ばならない。それでなくとも十分でない教育や健康の分野はさらに後退を余儀なくされた。

 併せて求められたのが"自由貿易"の名のもとの市場開放である。カカオに依存してきた同国の貿易は輸出金額の大幅の減少が続く一方で、今度は安いアメリ カ産穀物がどっと輸入され、貿易収支はスパイラル状に悪化した。西アフリカの戦乱という要素がこれに加わり、同国は構造調整ところではなくなっている。

 コートジボワールのカカオ生産はもともとマリなど近隣諸国からの移民労働に支えられてきたが、価格低迷で賃金すら支払えなくなり、農場の放棄も始まった。そんな中で復活したのが子どもの人身売買だったというのだ。

 本の中で告発されている監禁や折檻などを伴う奴隷労働の実態が正確なのかは分からない。これまで実態報道を試みた何人ものジャーナリストがコートジボワールで消えていることだけは確かなようだ。

 筆者のキャロル・オフは、アステカ帝国の「神々の食べ物」(学名テオプロマ・カカオ)がスペインによってヨーロッパにもたらされ、チョコレートとして嗜 好品となった歴史を説きおこす。その背景にはスペインによる征服と奴隷労働があったことをあらためて指摘。100年後にその労働形態が復活していることを 告発する。

 奴隷状態で働くマリの少年や子どもたちはチョコレートを見たことも食べたこともない。世界の子どもたちが大好きなチョコレートの原料となるカカオ豆はそ んな子どもたちによって生産されていることをもっと知るべきだと強調している。どこかの新聞の書評で成毛誠氏が書いていた。「カカオの学名を変えるべきか もしれない。『悪魔の食べ物』こどがチョコレートにふさわしい」と。

 この本を読み終えた夜、テレビで「ホテル・ルワンダ」を放映していた。民族対立の悲劇をテーマにした映画であるが、政情不安定は何から始まるか分からな い。ケニヤでも昨年末から民族対立による暴動が頻発している。今アフリカで何が起きているのか。日本人はもっと関心を持たなくてはならない。
2008年01月14日(月)
萬晩報主宰 伴 武澄
  18日からの通常国会の争点はガソリンなどにかかっている暫定税率である。3月31日までに租税特別措置法改正案(租特法)が国会を通らないと、5年間と 区切って延長されていた高い税率が3月末で日切れとなり、翌4月1日から揮発油税法などで決められた"本則"の税率に自動的に戻ることになっている。

 これまでこの「日切れ法案」は「国民の生活に密接にかかわる」として与野党の政策論争になったことはほとんどなかったが、今回は民主党が暫定税率に焦点を絞って論戦を挑むことを表明しているからである。

 具体的にいうと揮発油税法で定められたガソリン税(揮発油税+地方道路税)は1リットルあたり28.7円。それが租特法によって「当分の間」53.8円 になっている。民主党が「四月からガソリンが25円安くなります」といっているのはその差額のことである。法案成立がただの1日でも4月にずれ込むと、そ の日は本則の税金しかとれない。

 通常国会での一番の仕事は2008年度予算の成立。これも3月末までに成立しないと別途暫定予算を組まなければならないからけっこう大変なことになる。 しかし租特法が通らないと世の中もっとややこしいことになる。期限切れが来るのはガソリン税だけではない。住宅取得のかかわる多くの減税措置なども「租特 法」改正として一括法案になっているからである。

 萬晩報は発足当初からこの「暫定」という概念や「租税特別措置法」そのものに対して問題を提起してきた。この暫定税率がなぜいかがわしいか。いくつか例を上げたい。

 第一に暫定の期間が長すぎる。最初にガソリン税などに暫定税率が導入されたのは昭和49年。1974年のことである。石油ショックにより道路財源が確保 できないことから当初2年だけ多く負担してくださいというのが趣旨だった。それが3年、5年の延長、延長でここまでやってきた。

 筆者が就職したのが77年であるから、暫定期間が34年にも及んだことになる。30年以上にもわたり"暫定"はないないだろう。

 この問題は筆者が記者だった時代から記事を書いてきたが、当時でさえ「15年もの暫定はないだろう」と問題提起した。しかし"暫定"問題に関心を示して いたのは石油業界だけであった。本当に必要な税率だとするならば本則を改正すればいいことである。そんなに難しいこととも思えない。

 第二に暫定税率が高すぎることがある。ここ数年ガソリンそのものが高騰しているが、長い間、製品価格に対して100%以上の課税が続いていたのである。こんな税率はタバコしかない。

 第三は自動車関連だけに暫定税率がかけられていることである。ガソリン税、軽油取引税、自動車重量税などである。30年前なら自動車は"贅沢品"の一つ として重課税があってもおかしくない。だが、自動車を持つことが富の象徴でもなんでもなくなった時代になっても自動車に重課税することは税の公平性からみ ておかしい。国際的にみて自動車オーナーにこんなに税負担がある国はないはずだ。本則を改正しようとすると必ずこういった議論が起きるから政府はなんとか 暫定措置の延長で税収減をかわしたいのだと考えざるを得ない。

 第四におかしいのは自動車関連の税金が道路特定財源となっていることである。自動車に乗る人たちが道路建設の負担をするのは当然のことと思われた時代も あった。しかし、発想は昭和20年代のものである。田中角栄議員が同29年に議員立法で成立させた法律である。当時は、高速道路などはなく、国道1号線で さえ、十分に舗装されていなかったのだから悪くない発想だったに違いない。ちなみに高速道路を有料にしたのも田中角栄氏だった。

 全国に道路を整備することはまさに地方への公共事業予算の確保にほかならなかった。連想ゲームのように「暫定税率」は「道路特定財源」という自民党の政 権維持のための資金源へとつながる。これを断ち切るのが改革でなくてなんであろう。

 政府・与党にとって暫定税率が日切れとなるのは悪夢であろう。しかし、たとえ1日であってもガソリン税が本則に戻ることは国民にとって大きなショック療 法となる。暫定税率といういかがわしい制度がこれほどまで続いてきた意味について考えるきっかけになるだろうからだ。

 筆者のかねてからの主張は、国の施策から「臨時」「暫定」「特定」をなくそうというものである。きょうの日本経済新聞に旧特定郵便局長で構成する「全国 特定郵便局長会」(全特)の組織名から「特定」の文字を外すことが決まったと報じていた。
2008年01月05日(土)
萬晩報主宰 伴 武澄
  あけましておめでとうございます。まもなく萬晩報は満10年を迎えます。ことしもよろしくお願いします。

  昨年来考えていることは、日本の物価水準が世界的に安くなっているのではないかということでした。日本経済新聞の新年企画は「YEN」から始まりました。 アジアの人たちが日本で買い物天国を楽しむさ風景はまさに20年前の金満ニッポン人が欧米で繰り返したビヘイビアでした。

  日本の物価が高い、人件費が高いといっていた時代はとうの昔に終わっていたのです。47ニュースの編集で頻繁に目にする地方紙の記事はアジアからの観光客誘致です。正月にも山形新聞は蔵王での韓国からのスキー客誘致の話題がトップでした。

  日本の半分以上の地方空港には韓国の大韓航空やアシアナ航空の機体が並んでいます。不思議なのはそこにJALやANAのマークが少ないことです。

  国境を海で閉ざされた国民の習性でしょうか、日本の国際化は日本人が外国に出向くことでしかありませんでした。日本に外国を招くことは日本人の国際化には ほとんどなかったのです。いまやアジアの国々から100万人単位の観光客がやってきています。それも年々二けたペースで増え続けています。

 中国人などは昨年3000万人もの海外渡航者がいたという話です。すでに日本の海外渡航者を上回っています。たぶん世界有数の人数だと思います。その中国人を日本に迎えないで、何が観光立国なのか。そう考えざるを得ないのです。

 年頭に買い物をしたヨドバシカメラでは、中国語、韓国語だけでなく、ドイツ語、フランス語、スペイン語などでも店内放送をしていました。20年近く前、新宿の百貨店で韓国語や中国語放送を始めるというニュースを取材したことがあります。隔世の感があります。

 姉が勤務する高知県のある大学では大学院生の3分の2が外国人でその半分が中国人だということです。その大学では中国人学生なしではもはや経営が成り立たないのです。姉の仕事は中国を始めアジアの大学との提携関係を強化して学生を高知に"誘致"することなのです。

 秋に何回か訪れた群馬県大泉町では日系ブラジル人によるマイホームブームが始まっていました。日系ブラジル人たちは出稼ぎから定住に切り替えつつあるので す。この町では住民の一割以上が外国人、つまり日系ブラジル人になっています。イギリスやドイツ、フランスなどと同じ水準になっているということです。役 場で聞いた話では「少し前まではゴミの捨て方などを指導していたが、今では自治会活動などに積極的に参加している」ということなのです。

 一時期、オランダ村、ドイツ村、デンマーク村などテーマパークが各地で生まれました。異国情緒を国内に持ち込んで国内の観光客を誘致しようと考えたのです が、多くが失敗に終わっています。逆に本当に外国人たちが日本の各地に住み込むようになる。そんなことは考えられないのか。町づくりに外国人の発想を導入 すればおもしろいことになるかもしれない。そんな初夢を描いています。

 室蘭で中華街をつくる構想が浮上しています。実はある中国企業が熱心にそのプロジェクトを推進しているのです。

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