2007年11月アーカイブ

 数年前、伊勢に赴任が決まった時、友人の平岩優さんが一冊の本をくれた。明治期、日本語の礎を築いた碩学、大槻文彦の生涯を描いた『言葉の海へ』(高田宏著、新潮文庫)だった。言葉の意50音順に並べた初の国語辞書『言海』を編集した人物との紹介があった。

 藩に分かれ統一的言語を持たなかった当時の日本で、近代国家として言語の統一の必要性を訴え続けた。『言海』の出版会には、元老の伊藤博文以下、明治政 府の歴々が参集したというから、その出版の意義はほとんど国家的大事業に値したのだろう。

 50音順の辞書が生まれたことに対して、福沢諭吉は「いろは」があるのにと不快感を示し、出版会に出席しなかったというから、これはこれでおもしろい。

 後世の政治家や学識者たちは、この国のかたちについて易々と「単一民族、単一言語」などと語っているが、日本語辞書『言海』編集を通じて日本語、国語と いう概念、スタンダードを構築してくれた明治の碩学に、われわれは相当な感謝の念を持たなければならない。そんな思いに浸ったことを思い出している。

『言海』を思い出したのにはわけがある。江戸中期に藤堂津藩にも一人の碩学がいた。谷川士清という。松阪には本居宣長がいて、後世、国学者として有名になったが、谷川士清は日本史の中でほとんど言及されたことがない。

 津に住んで、50音順の国語辞書を"発案"したのは大槻文彦ではなく、谷川士清だったことを知った。津城下の医師の家を継いだ士清は京都で国学に目覚 め、『日本書紀通証』という日本書紀の解説書を書いた。日本書紀に出てくる言葉の語源や意味をカードに書き連ねていくうちに「あいうえお」順に並べた辞書 を編纂したのだった。

 市内に残る、谷川士清の旧宅は現在、津市が管理して一般公開しているが、そこに保存されている『日本書紀通証』付録の和語通音図表を眺めているうちに 「これは大変な発見」だと気付いた。われわれが小学校で最初に学んだ「あいうえお」の図表がそのままあった。違うのは「オ」と「ヲ」の位置が逆になってい ることだけだ。

 士清のすごさは、この「あいうえを」の図表を「動詞の活用表」と位置付けたことだった。いまでいう「五段活用動詞」(未然形、運用形、終止形、連体形、已然形、命令形)なのだ。

 『和訓栞』という93巻にわたる辞書は士清の生存中に出版が始まったが、第一巻が世に出たのは亡くなった翌年の安永6年(1777年)のことだった。出 版は遺族たちに委ねられ連綿と続いた。なんと最後の出版が行われたのが、明治20年だったから、110年以上にわたる大辞書編纂事業が谷川一族4代にわ たって行われたことになる。

 そうなると『言海』を編纂した大槻文彦は当然、『和訓栞』のことを知っていたはずであるが、残念なことに高田宏著『言葉の海』に谷川士清のことは一切言及がない。
  11月28日の「偽装列島-日本」にいくつかの読者からコメントをいただきました。マックの廃棄については元マクドナルド関係者から「今は行われていな い」という丁寧な説明をいただきました。筆者のコラムの内容を補足していただきありがたいことです。久々に「読者の声」を配信したいと思います。(伴武 澄)

 ■マックの破棄は今はない N・I


はじめまして。突然のメールをお許しください。一応、元マクドナルド関係者なので、ひとこといわせていただきたく、メールを送信させていただいたしだいです。

ハンバーガーの破棄に関しては、現在はマクドナルドでおこなわれていないはずです。

MFY(Made Fou You)というシステムが入るようになって、オーダーが入ってからハンバーガーを作るシステムに変わったからです。なお、予算の都合上等でシステム導入が 遅れている場合には、ルール上、作ってから10分で破棄しているはずです。ちなみにロッテリアは20分で破棄するそうです。

また、これはマックを弁護するわけではないのですが、マックには直営とフランチャイズがあり、明らかに運営方針が異なります。多くの店舗は直営です。

フランチャイズの場合、最小の在庫で店舗運営をおこなうという意識が強く働いているようで、月末になると、許容される範囲での資材調整がおこなわれていま した。よく私の店舗へも食材からストローにいたるまで、調整依頼の電話がきてました。もちろん、消費期限が間もないものは、消費見込みがない限り断りまし たが。

おそらく、今回の一件も資材調整の一環と該当店舗の社員が認識しており、報道まで、悪意すら感じていなかったと推測します。

もちろん、消費期限を改ざんするような行為は許されざる行為で、かつ、上場企業です。世間から罰せられて当然であると思います。ただ、今回は、ご指摘させ ていただきたい部分がわずかながらありましたので、メールをお送りしたしだいです。乱筆乱文をお許しください。

 ■表示以前に販売者評価 君島

こんにちは、伴さん。数年来の愛読者(50歳)です。たまには、と思いメールします。私は、産地主義、日付主義、成分主義等のペーパー上のあるいはお役人やマスコミ好きするような方式にあまり賛同をしていませんブランドより自分の好みを重視しています

今の日本は、自分を信じれないのか中身が伴わなくともブランド至上主義に陥っているとしか思われません。ですから、偽ブランドがまかり通るのではないで しょうか?その結果、何でもいいから名前をつける、どうでもいいから日付をつけるどうせわからないから・・・・

私は、今京都に住んでいますがこの店のものはおいしい、ここは、だめ、ここはそこそこといった具合に、品質評価があります。

私は、産地や表示以前に販売者評価があってしかるべきと思いますそこが国やマスコミによっておかしくされていなければ極論ですが、最近の偽装事件の大半は起こってないのではないでしょうか?

あんこはどのくらいおいたら健康を害するのか?伴さんはわかりますか?私はわかりません。

私は、かつて原子力の仕事をしたとき「法律上安全」という言い方を知りました。それは、わからないからとりあえず基準を作るといったものです。

うまく言えずすみません。ちょっと、お酒が入っていて回りくどいですが、何かありましたら、下記へメール頂ければ出来る限り意見したいと思います。

 ■近江牛はどこで飼われているの 辻田

当 社の工場は米原近くにある。タクシーの運転手に「近江牛は何処で飼われているの?牛を見かけないけど。」聞いてたら運転手は大口をあいて笑い、「今時、牛 を飼っている農家なんてねぇよ」とのこと。まして神戸牛に至っては。南大東島に昨年行った時に子牛ばかり飼育している牛舎を見つけた。この牛舎は生まれて から半年だけ飼育してその後は沖縄本島や九州に引き取られのだと言う。そして最後は近江牛や神戸牛になるのだろうかと思った次第。馬鹿な銭を掛けすぎだ。

 ■シルバーと女性が支える日本経済 本多

初めてメールさせていただきます。伴さんのメールを拝読し、確かに必要以上の品質を求めているかもしれないことを痛感させられました。

振り返ってみると、以前は食品には賞味期限は付記されていませんでした。正月にはカビが生えた餅は害がないからと、母から食べさせられた記憶がありますし、床に落としたものでも平気で食べていた時代です。

高度成長期から安定期に入った日本のキーワードはイケイケドンドンの時代で、汗と根性がキーワードだったように思います。

ところが今はシルバー層と女性層が日本経済を支えているといっても過言ではないと思います。そうした状況下でのキーワードは癒し、ゆとり、くつろぎだと思います。それはつまり安全、安心、健康を意味します。

そうした背景が引き金となって、今はこのように過剰に反応しすぎているのかもしれません。

昔はアトピーなんていう病気はありませんでした。それは体が毒に対する抵抗力があったからではないでしょうか。今は無菌状態でなければ許されない時代の中 にあって、食品会社はますます顧客ニーズへの対応が厳しいものとなるでしょう。今回の伴さんの文面を拝読し、そんなふうに思いました。

 マクドナルドまで期限切れのサラダなどを売っていた。昨日のニュースである。

 マックはつくり置きで調理後、5分以上経つとその商品は捨てられる。かつてそう聞いたことがある。もったいなと思ったが、「つくりたて」を食べさせるのがマックの戦略だった。そんなマック店が一連の食品偽装に手を染めるとは思ってもみなかった。

 明日、11月29日は「肉の日」なのだそうだ。「いいにく」の語呂合わせである。吉兆にとってどこの牛肉であっても、「三田」「但馬」で通っていたのだから、何をかいわんやである。

 しかし一方で、なぜ食品偽装がこうも連発するのか消費者としても考え直さなければならない。われわれは必要以上の「品質」をつくり手に求めてはい ないか。そんな消費者の嗜好に迎合するかのように、つくり手は品質や産地について過剰なまでのこだわりをみせる。そんな図式は考えられないだろうか。

 その結果、たった1日ぐらいの消費期限のごまかしで社会的鉄槌を受けてしまうのだ。

 松阪牛がうまいと、誰が言い出したのだろうか。うまい肉が松阪育ちで、口伝てに牛肉といえば「松阪」の名が有名になったはずである。最初に松阪牛 の名があったのではない。今は誰もうまいと言っていなのに「阿波牛」だとか「高知牛」という"産地ブランド"が勝手につけられている。

 子どものころ、コメに名はなかった。戦後が終わっているのに、農水省は食管法を維持していた。米穀通帳がまだ存在していた。米屋に行って「おコメ5升ください」といえば、夕方には家にコメが届いていた。

 そんな時代でも「うまいコメ」はあった。階下に住む結城さんは山形県出身で、いつも山形からコメが届いていた。結城さんのところで食べるご飯は米 粒がきらきら光っていて飛びぬけておいしかった。農林何号だとかのコメの品種は学校で習っていたが、ササニシキとかコシヒカリの名はまだなかった。 1960年代に自主流通米という制度がつくられて、コメに名がつくようになったのである。

 10年以上前、ファン・ウォルフレンという人が『偽りのリアリティー』という本を書いて評判を呼んだ。ファン・ウォルフレンは、日本社会が偽りだらけであるにもかかわらず、日本人たちは我関せずとばかりにやり過ごし、その偽りを疑わないことに警告を鳴らした。

 筆者はその時分、「コメブレンド事件」というコラムを書いたことがある。それから10年、消費者は自国内でおきていることに眼をつぶって「輸入農産品は危ない」という国家的宣伝に乗せられている。偽装列島はますます偽りの迷路に入り込んでいる。


 ドイツで年金の支給開始年齢を67歳に引き上げるという話を1年前、新聞で読んだ。ドイツ連邦政府が、年金の受給開始年齢を段階的に引上げることを目的とする、年金改革法案で合意を見たというものである。

 現行の支給年齢は、原則的に満65歳に達した月の翌月から。改革法案では、2012年から支給開始年齢時期を毎年一月ずつ引き上げる。最終的に67歳になるのは1964年に生まれた人からとなるからまだ時間がかかる。

 人間の平均余命がどこまで伸びるのか分からないが、日本でもそんな議論が起き始めているから黙っているわけには行かない。

 30年前に共同通信社に入社した時、共同の人の平均余命が63歳だと聞いたことがある。在職死亡を含めての数字だが、若かったし、「へー記者ってのは激 務だから長く生きられないのだ」。他人事のようで気にもかけなかった。労働組合は当時、定年延長を闘っていた。55歳から60歳への引き上げである。定年 は制度ではあるが、労組が会社から勝ち取ったものである。定年が延長されると当たり前のように年金の支給年齢も併せて引き上げられた。

 現在の日本の年金の支給年齢引き上げは定年延長を伴わない制度改正だった。政府は支給年齢を先に引き上げてから、企業に対して「再雇用」だとか「雇用延長」を求めるようになった。本来は逆でなければならない。

 20年前には60歳以上の人を働かせるには理由があった。少子化に伴う労働人口の減少という切羽詰まった問題があった。90年代初めのバブル期、労働人 口の減少に対する懸念が台頭していた。だから女性の雇用や高齢者雇用が叫ばれ、外国人労働の導入も政策課題にのぼった。しかしその後に景気が減退して、逆 に人余りとなり、労働人口の問題はしばらくトーンダウンした。

 この間、日本の財政が逼迫、長期的な低金利も相俟って年金制度の改革が迫られた。正確にいえば改革ではなく改悪である。年金の支給年齢を引き上げなけれ ば、年金制度が破たんするとされ、支給年齢を段階的に65歳に引き上げるよう制度が改められた。

 本来は労働人口減少から雇用延長が不可避とされたのに、定年から年金支給開始の65歳まで収入が途絶えるため、高齢者雇用が再び政策課題となった。年金 が払えないから雇用延長が必要となったのである。これは本末転倒だ。国民はこれも仕方のないことなのだと受け入れた。

 しかし、支給年齢が67歳となると話は別だ。たった2歳ではあるが、この2歳は大きい。65と67では年齢の「響き」が違う。65歳はまだ「壮年」の続 きのイメージがあるが、67歳はもはや70代の入り口である。年金は老後生活の生活資金である。大方の人は、65歳ならばその後もまだまだ生きているだろ うというイメージでとらえるだろうが、70歳となれば死を考える年齢である。

 その70歳の入り口である67歳まで年金がもらえないとなれば、これは年金ではない。平均余命が80歳だとしたら、定年後20年間の生活費が必要とな る。その三分の一は自分で生活費をかせがなければならないのである。たった13年の生活費のために30何年も掛け金を掛け続けなければならないのだとした ら年金などいらない。

 ここまでくれば、年金制度は完全に破たんしたも同然である。

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