2007年6月アーカイブ

51tnAh9GUXL._AA240_.jpg

 同期入社の丸山徹兄が最近、『入門・アメリカの司法制度』(現代人分社)を上梓した。著者本人は上智大学英語学科卒であるから法律が専門ではない。90年代後半にニューヨーク支局に在勤してアメリカの司法制度にのめりこんだ結果、生まれた著書である。

 先日、職場に電話がかかってきて、恥ずかしげに新著を差し出した。10年かかって仕上げたという。大手出版は相手にしてくれなかったというが、な かなか面白かった。僕自身、アメリカで取材中、保安官に拳銃をつきつけられた経験があり、「おー、アメリカにはまだシェリフがいたんだ」と驚かされた経験 がある。日本にも戦争になるまで陪審員制度があって、国民に周知徹底するために大変な努力をしたという話も読んだことがある。

 日本の司法制度は独仏の大陸の体系を導入したものに戦後、アメリカの制度を接木したと習ったが、戦前に陪審員制度があったという事実を知ったとき は、「なーんだ日本にもあったんあだ」という感慨にふけった。自分が知らないだけでなく、多分多くの日本人も知らないだろうことがこの本には書いてある。 大学に4年間通っても知らないことばかりである。

「警察官と保安官」という章では、アメリカの警察官の階級について説明がある。階級名は一番下からPolice officer、Inspector(巡査)、Detective(巡査部長)、Sergeant(警部補)、Lieutenant(警部)、 Captain(警視)。上のいくほど"軍体調"になるのはなぜだろうか。たぶんその昔は軍も警察も区別がなかったからだろうと勝手に勘ぐっている。

 『入門・アメリカの司法制度』で面白かった一部を抜粋して紹介したい。

 クリント・イーストウッド主演の「ダーティー・ハリー2」の主人公ハリー・キャラハンの階級はインスペクター。巡査、つまりヒラの刑事である。上 司の指示に従わず、現場でたびたび暴走することから巡査のまま出世を絶たれているが、超人的な力で難事件を単独で解決してしまう。ハリーは上司とことごと く対立するが、この上司の階級はルーテナントという設定。ところが日本語字幕ではキャラハンが警部、上司が「主任」となっていて、上下関係が逆転してい る。そもそも警察に主任という階級はない。何とも苦し紛れの「迷訳」だ。警部が殺人事件の捜査で、張り込みや被疑者の尾行をすることは、ありえないという 常識があれば、こんな珍妙な翻訳は生まれないはずだ。(紫竹庵人)

2007年06月30日(土)
ドイツ在住ジャーナリスト 美濃口坦
  私は経済に不案内であるが、それでもある国の経済活動を判断するために、国民総生産(GNP)とか失業率とか経済成長率とかいろいろな経済指標があること を知っている。すこし前、私は新聞を読んでいて身長もそのような経済指標の一つであることを知る。このような観点に立って、発掘された人骨や徴兵記録など の身長についてデータを収集・分析する研究は米国とドイツで盛んで、研究者は「生物的生活水準」と表現を用いる。平均身長のほうが、一人あたりのGNPよ り、人々が本当に営む生活についてヒントをあたえると主張される。
 
 研究者のなかではミュンヘン大学のジョン・コムロス教授が有名で、2004年4月5日のザ・ニューヨーカー誌にこのブタペスト生まれの米国人・経済史家 についてのルポが掲載された。メディアの関心が高いのは、身長という身近なテーマを扱っているからであるが、それだけではない。米国と欧州は、半世紀以上 もお互いの相違を見ないですまそうとすると傾向があったのが、イラク戦争以来この状況が変わりつつあるからである。 

 ■伸びたり縮んだり
 
 個人の身長は遺伝に左右される部分が強いが、ある集団の、例えばある国民の平均身長をとってその変化を見ると外的要因に左右される要素が強い。出生前と 出生後の成長期にプロテイン、ビタミンなど十分に含みカロリーのある栄養物を摂取することが平均身長が伸びる一番重要な条件である。次に、このような成長 期にある個体が病気になることは身長を伸ばさないようにはたらく。ということは、環境の衛生状態も、また医療サービスを受けることができるかどうかも重要 な要因である。

 石器時代にマンモスを狩猟していた頃の人類の男性は平均身長が179センチもあったといわれる。彼らが大きかったのは資源の割りに人口が少なく、成長に 必要な栄養をとることができたからである。また人口密度が低く、その結果病気に感染する確率が低かったこともその原因とされる。ところが、農耕社会になり 多数の人々が狭い空間に居住するようになると、平均身長も小さくなる。それは炭水化物によってプロテインやビタミン不足を補うようになっただけでなく、人 口密度の増加によって疾病率が高くなったからである。こうして平均身長が低くなったことは、食糧事情など環境の悪化に対して集団が個体の大きさを縮めるこ とで生存を確保したことになるが、「生物的生活水準」の低下であることには間違いない。

 似たような個体収縮現象は産業革命の開始とともに地球上各地で繰り返される。というのは、都市住民が増加し人口密度が極端に増大しただけでなく、農業生 産が追いつくことができなくなり、食料品価格が相対的に上昇したからである。また資本主義はその前の時代より貧富の格差を増大させて多数の窮乏者をうみだ したことも無視できない。

 ■米国vs欧州
 
 中世時代の9世紀から14世紀中頃までは温暖で、今では国土の大部分が雪と氷で覆われているグリーンランドでブドウが栽培されていた。食料事情もよく人 々も大柄で、例えばフランク王国のカール大帝は180センチもあったといわれる。その後地球は「小氷河期」と呼ばれる寒冷期に突入し17世紀には一番冷え 込み、この状態が19世紀の中頃まで続く。この結果大きくなっていたヨーロッパ人はまた小粒になる。例えば、コムロス教授によると1789年の仏大革命で バスティーユを襲撃したパリ市民の平均身長は152センチで体重45キロだったそうである。
 
 欧州住人がこれほど小さくなったのに時代の趨勢に逆行するヨーロッパ人がいた。それは北米に殖民した人々で、新大陸は資源豊かで栄養事情がよいだけでな く人口密度も低く、男性の平均身長は18世紀175センチもあって、本国の人々より9センチは背が高かった。米国は長年このリードを保ち続ける。昔私は、 第二次大戦の敗戦国民が米占領軍兵士に抱いた印象についていろいろなドイツ人々から話を聞いたことがあるが、米国人を自分たちより大きいと感じたようだ。

 ところが、20世紀後半欧州は経済成長を続け生活水準を上昇させ、平均身長を伸ばしてきたのに対して、米国人のほうは背が伸びず停滞したままである。コ ムロス教授がヨーロッパ人の子孫の米国人を選んでくらべると、彼らは20世紀中頃から背が伸びず、旧大陸の人々から追い越されて、今や数センチは背が低い といわれる。米国人の伸び悩みぶりは、60年代のはじめ米女性平均身長が165センチだったのが、70年代に入ると0,8センチも縮んでいたことにも反映 する。
 
 米国も経済成長を続けているのに平均身長のほうはヨーロッパのように伸びない。コムロス教授は米国社会にその原因を見る。欧州で基本的医療サービスは、 ほぼ国民全員が受けることができる。反対に米国では13%以上の約4000万人が保険に入っていないために医療サービスの給付を受けることができない。 3500万人が貧困線以下の生活をし、多くの大都市に非衛生的な地区がある。その結果米国はOECD加盟国のなかで乳幼児死亡率が一番高い。また米国は成 長に必要な栄養分が摂取できないファストフードの発祥地である。これも、米国人が水平に拡大しても垂直には伸びていかない原因の一つとされる。

 経済指標にはその社会内の分配という重要な経済要因を無視し、平等な社会がとっくに実現しているかのよな印象をあたえるものが少なくない。また経済指標 の数字が増減するのに一喜一憂しているうちに私たちも、経済が自然の環境条件に左右される生物の営みであることを忘れがちである。今回ヨーロッパ人が自分 たちのほうが背が高くなったと自慢に思っているだけでなく、平均身長という経済指標によって、今まで見なかったことに議論が向くきっかけになるとしたら幸 いなことである。

 美濃口さんにメールは Tan.Minoguchi@munich.netsurf.de
2007年06月27日(水)
Nakano Associates シンクタンカー 中野 有
 6月24日付けの「ワシントンポスト」のデビッド・イグナティス氏のコラムは実に興味深い。

 外交政策の権威者であるキッシンジャー氏、ブレジンスキー氏、そしてスコークロフト氏の3人の見解が偶然にも一致している。彼らの共通するメッセージ は、「急激に変貌する世界情勢において、米国のパワーを謙虚に捉え、各国との対話を積極的に推進すべき」とのことである。

 これらは外交の基本であるにも拘らず、ブッシュ政権は過去6年間、正反対のことを行なってきた。3人の外交の権威者の主張は、米国のイメージを向上させ るために対話を進めるのみならず、地球規模で変化する国際的なルールや機会を学ぶ必要にある。

 ニクソン政権とフォード政権の国務長官キッシンジャー氏は、「過去数百年間、我々が経験しなかった勢いで国際システムが変化している。かつては、米国は解決策のある問題と取り組んできたが、今や長い時間をかけて調整する時代にさしかかっている」と述べている。

 カーター政権の大統領補佐官のブレジンスキー氏は、「国際政治の覚醒が発生しており、世界はより不安定な状態で渦巻いている。我々がかつて対処してきた問題と異なる新しくかつ変化する激しい政情と取り組むのは容易でない」と伝えている。

 フォード政権と先のブッシュ政権の大統領補佐官を務めたスコークロフト氏は、「全く異なる世界において、力の行使という伝統的な手段は通用せず、国境を越えた新たなる行為者と如何に取り組むかにある」との意見である。

 3人ともワシントンの国際戦略問題研究所の相談役であるが、イラク問題については、それぞれ異なるスタンスを持っている。

 ブレジンスキー氏は、最初から一貫してイラク戦争に批判的である。スコークロフト氏は、イラク侵攻に反対し、ネオコンに批判的であるが、ブッシュ家と親 密である。キッシンジャー氏は、イラク戦争を支持し、ブッシュ大統領とライス国務長官に定期的にアドバイスを提供している。

 イラン問題に関し、キッシンジャー氏は、今後どの方向に向かうかの交渉をイランのトップレベルと静かに行なう必要があると述べ、ロシア問題に関し、ブレ ジンスキー氏は、現行の意見の相違を誇張して劇的に表現すべきでないと述べ、中国問題に関しては、スコークロフト氏は、中国の安定は不可欠だと主張してい る。

 次期大統領へのメッセージに関しては、「米国は世界の問題を解決するための部分的な役割を演じ、世界の声に耳を傾けるのみならず、潜在的な敵国との対話を推進することが肝要である」との認識で共通している。

  3人の老賢人の文殊の知恵を生かすことにより、不確かな激動するグローバル社会を乗り切ることができるだろう。

 http://mews.halfmoon.jp/nakano/
 中野さんにメール mailto:nakanoassociate@yahoo.co.jp

 川喜田貞久さんがまだ百五銀行の会長だったころ、銀行主宰の年末パーティーに招かれたことがある。川喜田さんも僕も日本酒で酔っ払っていて、三重県に足りないものは何かと尋ねたところ、瞬時に「ばかもの、よそもの、わかもの」という言葉が返ってきた。


 かれこれ3年も前のことであるが、川喜田さんの「ばかもの、よそもの、わかもの」は気に入って、この面白い銀行オーナーの話を飲んだ席で多くの友だちに話した。いまも話している。


 先日、政治部の後輩が「田中康夫さんから預かり物です」といってサイン入りの自著を2冊持ってきてくれた。『日本を』(講談社)、『脱・談合知事 田中康夫』(扶桑社新書)の2冊だった。


 その『日本を』にまた「ばかもの、よそもの、わかもの」が出てきたのには驚いた。


「旧来のピラミッド型の発想をブレークスルーするためには、『ばか者、よそ者、わか者』の意識と行動が不可欠です。『ばか者』とは、単なる阿保とは異なり ます。その昔から、上杉鷹山も吉田松陰も、あるいは信州・松代出身の佐久間象山も、新しい哲学を抱いて行動した人物は、周りからは数寄者、奇人変人と思わ れました。が、地域が活性化するには、そういう『ばか者』がいなければならないのです」と書きながら小布施町の再生に成功した3人の「ばかもの、よそも の、わかもの」を紹介している。(紫竹庵人)

 47ニュースを徘徊していて「おやっ」と思わせることがたびたびある。きょうは「バッタリー村」だった。岩手日報に「バッタリー村に学べ 小坂さん、東大中退し研修」という記事を見つけた。


 なんだろうと思ってネットで検索するとあった。木藤古徳一郎さんが生まれ故郷に戻って"創設した村"で、バッタリーは沢の水を利用してアワやヒエを脱穀・製粉する機械のこと。一度は消えてしまった「バッタン」という音が木藤古さんのおかげで復活した。


 復活したのは音だけではない。昔の山の生活が復活し、都会からの人の流れも復活し、東大生までもがやってきたというお話である。


 村には萱葺きの「生き生き創造館」「炭焼き研究所」「たくきり庵」「ものづくり体験夢工房」「ポニー牧場」などがあり、人々が泊りがけで自然を体験できるようになっている。見て来たわけではないが、いつか行ってみたい気にさせる空間である。(紫竹庵人)


 バッタリー村に学べ 小坂さん、東大中退し研修 【岩手日報】

このアーカイブについて

このページには、2007年6月に書かれたブログ記事が新しい順に公開されています。

前のアーカイブは2007年5月です。

次のアーカイブは2007年7月です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

月別 アーカイブ

ウェブページ