2006年8月アーカイブ

2006年08月29日(火)
 出雲テレビ対談

 出演者
 小松昭夫(財団法人人間自然科学研究所理事長)
 坂本 巌(財団理事・元島根大学助教授)
 大脇準一郎(未来構想戦略フォーラム代表)
 中野有(在ワシントン、中野アソーシエイツ代表)

 私たちは第二次大戦の東アジア・太平洋戦線で数年間に2300万人を殺戮する狂気と、正気とが錯綜する時代を経験した。しかし、いまなおその評価が下せ ず、周辺諸国との真の友好関係を築いていない。さらに人工衛星を打ち上げ、核開発競争を繰り返した強大な共産国家が、数日のうちに崩壊するシニカルな現象 を同時代の出来事として体験した。核兵器の恐怖と世界の破滅は、今、切迫した課題であり、冷戦構造の崩壊後、雪解け期待に反して、抑止力不在が核拡散とい う現実を作り出している。

 私たちは次世代が安心して暮らすための「持続可能な世界」を築くことができるだろうか。否、それ以前に、この状況を直視する冷静ささえも失っていないだろうか。

 行動のヒントとして、古代、「和譲」によって国土の平和を生み出した"出雲"をキーワードに、財団法人人間自然科学研究所・小松昭夫理事長と、生態行動 学の観点から財団理事・坂本巌博士(元島根大学助教授)、未来構想戦略フォーラム代表・大脇準一郎、ワシントンから評論をつづける活動家・中野アソーシエ イツ代表・中野有が対談した。司会は上田和泉・中海テレビキャスター。           

小松 日 本は小泉内閣になってから経済格差が拡大、閉塞感が漂い不吉な事件が頻発している。国家間対立、地域間対立、世代間対立の三つが複雑に絡まり、出口の見え ない状況になっている。島根県の「竹島の日」制定、靖国に象徴される歴史認識問題、日本海・東海の名称問題、テポドンミサイルの発射などを考えると、われ われは戦後責任に加え、災いを世界に広げる、戦前責任をも問われかねない状況と認識している。また、中東・西欧では、戦禍とテロによる悲劇が絶えない状態 が続いている。今日は皆さんの率直なご意見をお願いします。
司会 世界が激動する中、中海・宍道湖圏域はどのような役割を果たすべきか
小松 人 類は偉大なる生命体(マクロビオス)であり、自由を保証し、裸で論理的に議論すれば進化をとげ困難を克服できる生命体。また、ギリシャが直接民主主義、出 雲が間接民主主義の発祥地という言い方もある。2013年(平成25年)に、和譲の出雲大社と、全国の氏神総本家である伊勢神宮で遷宮が行われる。人類史 の中で地政学的にユーラシア大陸・朝鮮半島の対岸の出雲は、世界恒久平和を生み出す使命が与えられているのでは。
大脇 具 体的例として、韓国を代表する日韓比較文化論の学者で漢陽大学の金容雲名誉教授がいる。日韓文化協会の座長をしていらっしゃいますが、日本側の座長は平山 郁夫先生。協会はお互いがカウンターパートナーとして文化を通じてアジアの安定に貢献していこうという団体です。つい最近は北朝鮮の問題に関連して、高句 麗古墳を世界遺産にしようと、平山先生はユネスコの委員でありますから、大変な力をもって進められた。世界遺産にすることによって、(高句麗遺跡の)地下 にある軍事基地などは撤去しなければならない。そして希望する人に公開しなければなりません。そうすることで北朝鮮に自由に入れるようにした。文化がいか に平和に影響力を持つかという例と思います。
 出雲の「和譲」はこれから世界平和を考えるときにキーワードになる。大和と出雲朝廷はそれにより今でも代替わりの際に行き来があります。これが平和のパターンの一つになると思います。
司会 ワシントンから見た場合はどうですか
中野 歴 史は未来に照らす鏡である。10年、100年後の自分や孫が、恥をかかない明確なビジョンが必要。朝鮮半島問題を考えるときにワシントンのシンクタンクで は4つのシナリオを描いています。一つが孟子の性善説による太陽政策。経済協力などでこの地域のソフトランディングをさせるシナリオです。二つ目が荀子の 性悪説による、つまり北朝鮮が国際社会に反したことをやっていることに対して軍事的経済的制裁を与えなければこの地域は良くならないというハードランディ ングの考え方。三つ目が現状維持(ステータスクオ)。この地域はこのままでいいんだという勢力均衡型の考え。世界で唯一冷戦構造が残っているのが朝鮮半 島。北朝鮮がミサイルを7月4日のアメリカ独立記念日に撃った。この持つ意味は、アメリカと二国間交渉を行いたいということ。発射の結果、有事に強いドル が上がり、安全保障におけるアメリカの立場が強くなった。石油が上がり、ロシアにプラスになった。中国は富国強兵策のためにはこの地域がある程度緊張感が あったほうがよい。そして北朝鮮に核があるということは、南北統一された暁には、韓国も核が持てるという状況だ。
 ベスト、ワーストのシナリオを考えたときどのようなシナリオを各国に提示できるかがポイント。その点、小松さんは未来の人間が恥をかかないという、すば らしいソフトランディングの平和へのビジョンを持っておられる。私は非常に、ワシントンから見ても感銘を受けている。
司会 生態行動学という視点から、生命界、人間観察もなさっており、日ごろからなるほどなという助言をいただいている坂本先生からお願いします
坂本 生 物間のもっとも深い関係は、「食う、食われる」という関係である。食われるほうが一方的と思うが、食われるほうが食うほうも制御している。ヒトの社会を動 物社会とまったく同一視はできないが、この地域は日本の中でも韓国、北朝鮮との関係を鮮明に意識しているが、離れた県では島根ほどには緊張感はない。ミサ イル発射で、島根の人がこの問題を真剣に考えるチャンスが生まれた。対立を解決するためには、今までと異なった高次元でこれを解決することが肝要であり、 われわれに課せられた最大の課題である。
小松   固体が液体を経ず、気体になる現象を「昇華」と言うが、出典は仏教と聞いたことがある。怨念、恨み、打算が固まって危機が訪れたとき、大きな時代のうねり と地の理を活かし、先端技術で空間と時間を越え、感激と感動の輪の広がる巨大な持続エネルギーを生み出し、夢の芽生える新しい時代を作ることができる。今 を生きる我々には大きな戦後責任があり、英知が問われている。「昇華」への入り口は戦後の奇跡的経済復興繁栄とプラザ合意(1985年9月)、日本無条件 降伏(1945年8月)、李王朝最後の国母明成皇后暗殺事件(1895年10月)、これを出雲大社の「和譲」に照らして考えれば、道は拓けてくるはずで す。
中野 世 界の四大文明、エジプト、メソポタミア、インダス、中華文明があります。このうちエジプトとメソポタミアは西へ移動していった。インダスと中華文明はあま り広がらずにとどまった。西へ移動した文明が何千年の時を経て、太平洋を渡り東アジアで東西の文明の潮流が本格的に交わろうとしている。文明の対立が起こ るか、シンクロナイズドするか、そういう時代だ。
 そうする時代が出雲にも来る。この地域の役割というのはコンフロンテーション(対立)ではなく、シンクロナイズドさせる役割。それはまさに出雲大社の縁 結びです。そのパワーを具体的にどのように平和に導くか。それは21世紀の北東アジアを考えるときに、国を動かすようなグランドデザインを練って、ここに 住んでいるローカルな方が国際舞台でどんどん発言する。ここにプラットフォームができると元気がでる。
小松 そ うですね。人類の長い歴史は、対立の文化の上で営まれた文明から、共生の文化の上で華拓く文明への橋渡しのときを待っているのでは。舞台は韓国・北朝鮮の 賛同を得た、対岸中海・宍道湖圏。先端技術で核大国中国・米国・露国の知者の参加を得ることが出来れば、時間と空間を越え、壮大なスケールで大きなうねり が起きるでしょう。その後には、夢の芽生える新たなステージが見えてくるのでは。今、日本国内、特に地方は構造不況といわれるが、その上に構想不況が重な り複合不況と認識している。日本を含め先進国では、人もお金も失業。ビル・ゲイツ財団には大変なお金が集まっているようですね。
中野 バ フェットという世界で二番目のお金持ちが、ビルゲイツという世界ナンバーワンの財団に寄付をした。これはおかしな話。ナンバー2がナンバーワンに寄付をす るんですから。なんとゲイツ財団の資金が6兆円になるのです。国連予算の35年分の資金が個人が運用するのです。ビル・ゲイツはマイクロソフトではなく、 財団としての活動を本格的に始める。国益ではなく、地球益という観点で活動する。個人は哲学を持っているが、集団になると哲学をなくしてしまう。だから個 人の哲学で世界平和を提唱している。これだけ寄付したのだから、個人の哲学で世界平和を実現したいというのがビル・ゲイツの考え方。世界40カ国の途上国 のGNPを合わせても6兆円にならない。個人の方が強いんですね。
小松 封 建国家、中国・露国・日本に囲まれた、李王朝が治めた朝鮮半島は、封建時代を経ずに日本でいう平安時代からいきなり近代になったと伺っている。また現在は 核大国で、軍需消費・生産・資源大国である米国・中国・露国を中心に世界が動いている。近代から東西冷戦終結の時代までの残滓が色濃く残っている、日本・ 韓国・北朝鮮は、国土も狭く、人口集中も極端、核を持っても意味がない。この三カ国は人類史の中で対立の文化から共生の文化への橋渡しをする地と考える方 が自然では。人類の進化を目指す国内はもとより、世界の知者とビル・ゲイツ財団の意思が気になるところだ。
中野 ア メリカの大学で学生に、ジャパン、チャイナ、USという講義をしたときに、はたと気づいたのです。日清戦争で日本は勝利し、中国から国家予算3年分相当の 賠償金を獲得して、日露戦争に勝利した。そのときは日本は、アジアを列強から開放する勢力として歓迎されていた時代でした。けれど、だんだん日本が白人の マネをした侵略行為に移っていった。それで恨みを買い、敗戦した。
 負けた日本がアメリカの共産主義封じ込め政策で豊かになり、勝った中国は貧しくなった。将来、これのリベンジが起こるかもしれない。だんだん(中国が) 経済力をもってきて、日本は日米同盟があると思っているけど、実はそうではなくて、中国には13億のパワーがあり、アメリカはその莫大な市場に興味を持っ ている。そうなると日本がアメリカ一辺倒であっていいのかと。アジア・イズ・ワンと100年前に岡倉天心が言ったが、アジアが一つになり将来は協力してい くんだと、そういうビジョンが必要になっている。
小松 自 然、社会環境の問題もあります。環境汚染の進む中海・宍道湖は干拓が中止され、昨年ラムサール条約に登録され、保全の方向が決まった。また、島根は戦後中 央に依存し過ぎた結果が子供たちに現れたのか、「不登校日本一」のニュースが報じられ住民を驚愕させた。最近「地方でできることは地方で」と言われるが、 もう一歩進め「中央、他の地方にできないことをこの地域で」という発想から、平和・環境・健康・特別区申請(2005年6月)を行った。
坂本 具 体的事例として酸性雨問題もある。中国が経済発展していく中で、この地域が秋の季節風が吹くころに非常に影響を受ける。島根はPH4を超えるくらいになっ ている。環境問題ははるかに国境を越え、地球規模で起きている。たとえば中国に、日本で確立した脱硫装置の技術を援助すると、日本の酸性雨の解決によい影 響がある。
 何が言いたいかというと、対立は生産的でない。開発した技術は人類で共有することによって、共存が許される。
小松 一 番が平和。次が環境、健康。戦争が起こってしまっては元も子もない。日本とアジア、ヨーロッパ諸国との戦争で2300万人が亡くなった。これを記録したシ ンボル・タワーの周りに、写真と映像で一箇所で見ることができる「世界の戦争と平和」記念館、あわせて環境と健康に関する学習施設を建設。学習した後、戦 火を交えた国と先端通信技術でこの地を結び、平和会議を4年に1回開く。これを学生・そのほか各界にわけ、毎週会議が行われるようにする。4年間で実行可 能な平和・環境・健康事業を決定して、誓いと報告の儀式を行う。人類史上初めての文化進化都市の誕生を目指します。
中野 本 当にすばらしい発想。中国人が感じた戦争、韓国、アメリカの視点による戦争、やっぱりそれぞれ違う。それぞれナショナリズムを反映している。それプラス地 球益です。今度地球規模の戦争が起こったら人類すべてが滅んでしまう。出雲大社の縁結びの神のように、世界中から来てもらって、それぞれの国の視点を比 べ、客観的に議論することによって平和が生まれる。
小松 中国、韓国、アメリカ等、各地の戦争記念館をたびたび訪問しているが、展示内容も時代とともに変化している。展示内容が変わるたびに、こちらの展示内容も合わせて変えていく。そうすると各国の変化も見られる。
 2005年9月、中国南京「侵華日軍南京大屠殺遭難者記念館を訪れたとき朱成山館長からお聞きし、私が感動したことをお伝えしたい。70周年を目指して 3倍の拡張工事が始まっており、展示方針を「伝承、不忘、許す」から「平和、調和、和解」に変えるということであった。
大脇 痛 感するのは日本人は戦後経済に集中して、精神的な文化とか、精神的な負債について刀下に付している。物質面、お金がすべてではなくて、精神面も含めて謝罪 していく。その点でドイツはフェアと思うが、早く清算すべき。私が世界の大学の学長会議の日本事務局長やっていたとき、韓国の慶煕大学の趙永植理事長が 「高等教育を通じて世界平和を」というコンセプトを出し、具体的スローガンとして①涯(かい)ある人生②麗(うるお)いある社会③快適で安道な社会――を 掲げ、平和な未来社会創造に取り組まれた。金容雲先生も38度線を平和公園にすれば自然生態系も残っているとおっしゃっている。出雲も世界の賢人知識を結 集すれば、いろんな平和についての知恵が生まれる。それは必要ではないでしょうか。
小松  結果には原因が、原因には要因が、要因は因子で構成される。
中野 紛 争が始まる前段階で、文化のパワーで食い止める。小松さんのような明確でシンプルなビジョンで、世界を変えていこうというロマンがある人が求められている のではないか。まあ21世紀に坂本竜馬がいたらそのようなダイナミックな平和構想を描きその実現のために行動すると思うんですよ。それをみんなで一体に なって模索し行動していくべきではないでしょうか。
小松 人 類は、①火、②言葉、道具、③垂直分業によってたくさんの人が生きられるようになった。20世紀に入り①管理された核、②コンピューターインターネット ゲーム理論、③掌握分業をあみだし、昔でいえば王様のような生活をたくさんの人が手に入れた。しかし我欲をそそるゲームの肥大化が、環境と健康に大きな問 題を生じ、持続不可能なことがわかってきた。人類も生命の一つであり、非論理的なことは続かず、このままでは自滅していく。
 21世紀に入り①管理不能な核拡散、②音声動画の双方向通信、③水平分業の時代を迎えつつある。人類の歴史の中で、気の遠くなるような長い時間と大きな 犠牲と努力、そして恐怖の時代を経て「和譲」の言葉がとてつもなく大きな意味をもつ時代を迎えた。
坂本 歴史を共有するためには、同じ場所で同時に一緒になって歴史的事実を映像として見るということが大切です。困難な問題を解決することにつながる。平和記念館も、そういうシンボルとして非常に大切です。
小松 古代出雲大社神殿の高さは48mあったといわれている。この地域は新しい文化を生み出す力があり、この度は人類史的使命があると確信しています。皆様方のさらなるご意見とたくさんの賛同者のご紹介をお待ちしています。ありがとうございました。

発言者プロフィール
司会 上田 和泉 株式会社中海テレビ・キャスター
コメンテーター 大脇準一郎 元財団法人国際科学振興財団主任研究員、新しい文明を語る会(産学協同勉強会)、国際教育研究所などの設立、育成に努める。NPO法人未来構想戦略フォーラム代表・国際企業文化研究所所長

中野 有 国 連工業開発機構アジア・太平洋担当官(ウイーン)、環日本海経済研究所研究主任、東西センター(ホノルル)、とっとり総合研究所主任研究員、ブルッキング ス研究所主任研究員(ワシントン)、ジョージワシントン大学客員研究員、コーエイ総合研究所主任研究員を歴任。現在、中野アソーシエイツ(ワシントン)、 同代表

坂本 巌 元島根大助教授、生態行動学。宍道湖・中海淡水化事業、本庄工区干拓事業に、生態学の観点から警鐘を鳴らし続けた。小松電機産業(株)と有益機能水開発に成功。(財)人間自然科学研究所理事

小松 昭夫 小松電機産業代表取締役。1994年に(財)人間自然科学研究所を設立、国内外の社会問題に対して積極的に提言、活動している。ニュービジネス大賞受賞。中国・孔子文化大学客員教授

2006年08月28日(月)
萬晩報主宰 伴 武澄
 8月6日の日曜日、長野県知事選の投開票があり、田中康夫知事が前自民党衆院議員の村井仁氏に敗れた。6年前、オリンピックによる大規模公共事業で財政が崩壊寸前の長野県に、ヤッシーこと作家の田中康夫が彗星のごとく現れ県民の圧倒的支持を得て知事に就任した。

 素人に何ができるか、というのが大方の玄人の見方であった。県議会と役人との癒着に対していつも批判的であったメディアでさえ、歓迎はしなかった。朝日新聞長野支局は田中知事と全面対決の様相に入った。

 それでも産経新聞長野支局などは田中知事の一日を追う異例の「田中知事ダイアリー」を書き続けた。脱ダムだけではない。何を言い出すのか、何をやり出すのか。田中知事の一挙手は全国的関心の的になった。

 脱ダムはその発想からして大きな関心を呼んだ。防災にはダムが不可欠だという中央官僚の論理に徒手空拳で手向かったのだから、喝采を浴びた。旧来にない 発想と行動力で、土建屋中心の日本の地方自治に相当程度風穴をあけてくれたのだと思う。

 記者クラブの廃止や知事の任期を3期12年に制限するという問題提起は並みの政治家にはできない発想だった。無党派知事として作家からの転身だったか ら、手勢を抱えていたわけではない。長野県庁内では四面楚歌。そんな孤立無援の状態からの出発は初めから分かっていた。

 田中知事に何もかにもできるはずはない。ただ旧態然の行政手法で赤字を垂れ流すしかない役人政治に田中知事なら何か仕掛けてくれるだろうと多くの県民は 期待したはずだ。否、多くの国民が期待した。僕もその国民の一人である。だからこの6年、何回か田中知事のことをコラムに書いて応援した。

 ■育たなかった田中知事を支える県会議員

 2000年10月16日「田中康夫知事誕生で思い出した桐生悠々」と題してコラムを書いた。以下その一部の内容である。

「よもやと思ったがそのよもやが起きた。田中氏が58万票に対して次点の池田典隆・前副知事は47万票と予想外の大差がついた。昨夜、この結果を速報で聞 いて長野県民がうらやましく思った。うらやましく思うのはこの1カ月県民の多くがわくわくするような時間を過ごしただろうと想像したからだ」

「まず長野県民に求めたいのは性急な結果を求めてはいけないということだ。まず、県議会議員の多くが土建屋体質を維持したままで、いまの県政がそう簡単に 変わるとは考えられない。そして何よりも長年のカルテル的治世によって多くの県職員が旧世代の基本ソフト(OS)にフォーマットされたままであることを理 解しなければならない」

「変革にはトップの交代は不可欠であるが、アメリカと違って長年、日本では官僚が多くの政治的な意思決定に関わってきたため、一夜にして変革がもたらされるわけではない」

「官僚の仕事のやり方はそう簡単には変わらないし、議会と結託して知事のリーダーシップを棚に上げて行政を執り行う性癖は何も中央官庁だけの話ではない。むしろ地方官僚の方が変革に対して頑固に抵抗するものなのである」

「そうした状況で性急な結果を求めれば、落胆しか待ち受けていないことをまず知るべきである。自分たちで選んだ首長を長い目で育て上げるくらいの余裕がほ しい。むしろ来るべき次の県議選で田中知事を支える政策集団を輩出できるよう準備を怠らないことである」

 知事就任から6年を経てもなお、自らの政策集団と議会内応援団を得られなかったのは田中氏自らの責任かもしれない。

 ■結果的に知事を窮地に陥れたマスコミ

 半年前に「田中康夫を超えられるというのか」というコラムを書いた色平哲郎さんに以下のような内容のメールを送ったので紹介したい。

「田中知事に対してどうしてマスメディアが好意的でない理由をお教えしましょう」

「まず田中康夫が記者におもねらないことが大きい。次いで普段の接触が少ない。最後に地方にいる若い記者のほとんどは社会部デスクに牛耳られて、事件事故が最大の関心事となっている。この三つです」

「地方にいる記者の半分は半ば「研修中」で特ダネを書かないと東京にあがれません。問題提起などに関わっている閑がないのです。残りの半分は東京に上がる ことを断念した記者です。彼らの多くは日々つつがなく過ごすことが生きがい。問題提起にはほとんど関心がないのです」

「だから、日本の地方にいる大手マスコミの記者には日本の政治や財政が直面している危機を理解している人材はほとんどいないと思います。三重県でも同じです」

「問題は、記者たちは日々、役人たちと付き合っているわけですが、記者側に問題意識がないため、というよりか自分で勉強しようとしないため、ほとんどの情 報を役人に依存することになります。役人は圧倒的に多くの情報をもっているから仕方ない部分はあるのですが、ここで記者たちは役人の発想に完全にフォー マットされていきます」

「役人を批判しているつもりでも「お釈迦様の手のひらにいる孫悟空」状態なのです。田中康夫的発想はもう理解のかなたにあるといっていいでしょう」

 記者には批判の精神が必要だとされている。公共事業一辺倒だった時代は予算の無駄遣いという形で県政批判していればよかった。こんどはその公共事業はい らないという考えの人物が知事になった。それなら全面的に応援すればいい。だがそれでは記者の沽券にかかわる。"権力"におもねるわけにはいかない。

 どう考えてもこの国の政治は変わらなければならないのに、本気で変えようとする政治家に対しても"批判"してしまうのが記者の習性なのである。役人の格 好の餌食となることを知りながら権力の味方にはなれないというメディアの悲しい性がここにある。

 
危機感を失いつつある日本

 予想通り、田中知事は仲間意識の強い県庁内で煙たがられ、県議会では四面楚歌となった。田中知事の新しいアイデアがほとんど議会を通らないのだから、辛 かったに違いない。県議会と県庁を敵に回してよく6年間も戦ったものだと思う。ひとえに有権者の支持が支えになっていたはずだ。その点では小泉純一郎首相 と似ていなくもない。

 その有権者が今回なぜ田中康夫離れをしたのか。直感的に思ったのは、景気回復である。90年代後半からの日本経済は景気後退、金融不安、失業問題の三重 苦だった。みんなが「これではいけない」という危機感を持った。小泉首相もそんな国民の悲壮感の中から誕生したし、長野県民も政治ど素人だった田中康夫に 期待を寄せたのだ。

 それがこのところの景気回復である。貧富の格差拡大などとの批判もあるが、とにかく企業業績は絶好調で、株価は上がり、失業率も大幅に改善した。6年前の悲壮感からすれば景気は確実に回復しているのである。

 のど元すぎればなんとかではないが、危機が去ると有権者はもう「ふつう」の政治家を選ぶものなのだ。どこの自治体でも議員といえば利益誘導型がほとんど である。その利益誘導型議員で構成される議会が田中康夫的知事を容認するはずがない。改革志向の人物を県議会選挙で当選させるには時間がかかる。

 田中氏には国民のためにもう1期やってほしかった。改革推進には有権者の後押しが不可欠なのに、多くの有権者には我慢の持続ができないようである。

 願わくば、村井新知事が改革の火をともし続けて欲しいということであるが、選挙を支援した母体が母体だけにほとんど無理であろう。
2006年08月24日(木)
Nakano Associates 中野 有
  旅人にとって旅の暦は重要である。中東・アフリカ、ヨーロッパ、アメリカでそれぞれ5年づつ生活し、日本に滞在した5年はアジアを歩いた。フーテンの寅さ んが地方でたたき売りをして柴又に帰ってきて、また旅立つように、ぼくもたまに日本に帰り、友人と会い、講演やメディアを通じ話をして、また旅に出るとい う旅から旅の人生である。世界を旅しながら感じることがある。

 今回のロンドンの多発テロ未遂について旅人の意見を述べたく思う。

 テロ発覚の3日前にワシントンに戻ってきたので、空港でのわずらわしいチェックを逃れることができた。最近は11日の前後には旅を避けるようにしている。

 理由はシンプルである。2001年の同時多発テロ9.11の数字である。このイレブンという数字は、国際テロ組織が伝える暗示的なメッセージを含んでいるからである。

 それは1989年11月9日のベルリンの壁の崩壊の数字に始まる。11月9日は、ヨーロッパ式に述べると、日が先に来るので、9.11である。東西の冷 戦崩壊の12年後の2001年9月11日に米国の同時多発テロが起こった。その後、2004年3月11日は、マドリッドでテロが発生し、今年7月11日 は、ボンベイでテロが発生した。そして今回のロンドン発、米国行きの航空機同時テロ未遂は、8月11日が標的日とされたようである。

 ここまで11という数字とテロ決行日が重なると単なる偶然とは考えられない。イスラムの過激派が11日に固執する根拠は、どこにあるのか定かでない。し かし考えられるのは、国際テロ組織には日を指定するだけの余裕があるという恐ろしいメッセージだということである。米国や英国では、11日前後をテロ予告 日として警戒する空気があるが、それでもテロを防止するには、容易でないようである。

 ロンドンの旅客機爆破未遂は、ペットボトルに入れられた液状爆弾、すなわち化学兵器の初期的な段階。これは非常に恐ろしいことである。不思議と今まで は、自爆テロが中心であった。国際テロの主犯組織であるアルカイダは、生物・化学兵器をすでに保有していると見られてきたがそれを使用することはなかっ た。生物・化学兵器の使用の歴史は古くBC300年にさかのぼることを考えれば21世の国際テロ組織が、この恐ろしい兵器を避けてきたのが不思議な位であ る。

 テロとの戦争をスローガンに戦いを挑んできた米国は、イラク戦争の失策に起因する中東の不安定要因の経験を踏んで海外への戦争関与政策から米国内の防御 を強化する国際テロ防止に力点を移す兆候が見られる。イスラエルとイスラムのシーア派を中心とする戦争状態においても、米国がどれほどイスラエルを擁護す るか疑問である。イラクへの積極的な関与を唱えた民主党のリバーマン上院議員が敗退した結果からも、3カ月月後の中間選挙を前に米国の孤立主義がさらに進 むものと考察される。

 最後に、国際テロを未然に防止するためには、人権の問題の配慮より実利を重視する必要があると考える。具体的には、空港のチェックにおいて、あくまでテ ロリストとは程遠い老人や一般の人々のチェックが厳重に行われている状況に接し、何故もっとテロリストらしきイスラム国家の乗客のチェックに焦点を絞らな いかとの当然の疑問を抱くのである。

 生物・化学兵器の使用が予測される国際テロの恐ろしさを考慮すれば、人権問題を無視するとは言わないまでも、身を守るという意味において安全保障や自己管理をもっと真剣に取り組む必要がある。

 11日前後の旅を避けること。テロから身を守る自己管理術として、これは実行できることである。

 中野さんにメール nakanoassociate@yahoo.co.jp

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