日本のバックボーンを考える

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2005年07月28日(木)
アメリカン大学客員研究員 中野 有
  ワシントンから50キロほど東に走った所にアナポリスという由緒ある港町がある。アナポリスには海軍士官学校があり、その博物館には、150年以上前に明 治維新の志士たちが目にした黒船で浦賀に来航した時のペリー総督の三角帽が陳列されている。写真で目にしたことのあるこの三角帽を目の前にして、歴史の舞 台を回転させたこの歴史の遺品の重みが伝わってきた。

 黒船が来航し、250年の天下太平が崩れ、尊皇攘夷か開国に迫られたのである。封建制度に圧迫されていた江戸の社会が、もとよりリンカーン大統領の民主 主義や自由な開放感に接した時のときめきは、想像を遙かに超えるものであったであろう。この開放感こそ明治維新のエネルギーの源泉であり、日本の近代化の バックボーンであったの考える。

 明治初期、岩倉具視を団長とする革命の英雄豪傑たち50人ほどが1年9カ月あまり欧米視察を行った。目的は新生国家のデザインを描く旅であり、世界史の どこを見ても国家のかたちを創る中心人物たちがこのように長期間の世界漫遊の旅に出た例は見られないという。伊藤博文がサンフランシスコで英語でスピーチ を行った。これは日本人が、公式な場で最初に行なった英語のスピーチだといわれている。

 伊藤博文は、この「日の丸演説」にて、日本の政府および国民が熱望していることは、欧米の科学・技術・文明の最高点に達することであると欧米へのあこが れを謙虚に述べると同時に、欧米では成し遂げられなかった無血革命に近い明治維新に触れ、日本の精神的進歩すなわち、「日本のこころ」が物質的進歩を凌駕 すると熱弁を奮った。米国の聴衆は、日本を知り万雷の拍手をおこし、しばしそれは鳴りやまなかったという。

 科学技術や豊かさの面で欧米より遙かに遅れていた日本であったが、欧米が羨望するバックボーンが当時の日本には有った。その日本のバックボーンがアジア を蘇らせる原動力となった。明治維新から40年足らずでロシアのバルチック艦隊を破ったのである。孫文は、このアジア人が白人を破った朗報をヨーロッパで 知り、白人が嘆く光景と、スエズ運河でアラブ人から、おまえは日本人かと尊敬のまなざしで大声をかけられた時の喜びを記している。当時の国際情勢を鑑みる に、大アジア主義や三民主義を唱えた孫文が、明治維新に伝わる日本のバックボーンの影響を受けたことが理解できる。

 これは、エジプトの駐米大使から直接聞いた話であるが、前国連事務総長のブトロス・ガリ氏は、日本に来られたときに真っ先に訪問されるのは、東京の東郷 神社であり、それ程までに日露戦争の英雄である東郷平八郎元帥を尊敬されているそうである。

 一世紀前の出来事にも拘わらず国連のトップを魅了するだけの日本のバックボーンがかつての日本には有り、アジアが西洋の列強の餌食になる時代において、 アジアを開放する意味でアジアの天下の形勢は日本に向いていた。しかし、日清戦争で国家予算の3年分の賠償金を獲得し、日露戦争に勝利した日本は、資源・ 市場獲得を目的に列強の植民地政策を模索することにより、近代ヨーロッパの侵略の矛先を東洋における西洋として東洋人に向けたのである。このように日本の 戦前の軍国主義の歪みにより、アジアを敵に回すことになったのである。

 原爆という洗礼を受け敗戦国となった日本は、平和国家として経済に集中することができたのは米国の共産主義封じ込め政策の恩恵である。敗戦国日本が、経 済的恩恵を受け、戦勝国である中国が、中共と国民党の内乱に続き朝鮮戦争等の動乱により経済的な不遇を強いられたのである。戦後の日本は、経済的優越感に 浸り傲慢になり、中国は経済的に卑屈になったのである。

 日本は、ODAをアジアの興隆のために提供してきたが、今日、日本の周辺諸国から警戒されるのは、一度はアジアかを尊敬された日本が、アジアを裏切り侵 略した行為と経済的な格差から来るアジアの妬みによると考えられる。それならこれらを払拭するためには相当な時間と忍耐が必要であるが、それなしでは大や けどするときがきっと来よう。

 60年前、日本は世界を相手に戦っていた唯一の国であった。歴史的に、全世界を相手に一国が3カ月以上も戦った前例があったであろうか。たとえそれが敗 戦であっても、そこには日本のバックボーンがそうさせたのだろう。黒船の出現により維新の志士達が自由に目覚めた憧憬と日本の軍国主義を打破した米国への 尊敬が、占領軍を驚かせる程の純粋な日本人を演じさせたのであろう。もし、戦勝国である中国に日本が侵略されたとすると徹底的な抗戦がもたらされたであろ う。その意味でも米国に占領されたのは不幸中の幸いだったと思う。米国への憧れは、黒船に由来しているのだろうか。

 しかしながら敗戦をバネに再び欧米への経済的キャッチアップを実現させた今日の日本は、伊藤博文の日の丸演説にほど遠く全く正反対の状況に直面してい る。欧米の科学技術に追いついた日本は、かつて欧米から賞賛された日本のバックボーンをどこかで置き忘れてしまったのではないだろうか。世界の中の日本の 特徴なき特徴を巧みに表現している点でどこかで読んだ以下のジョークは示唆深い。

 ユネスコが、象の研究を世界に依頼した。イギリス人は、象牙の輸送をテーマに植民地の教訓を生かした実利的な研究論文、フランス人は、象の愛情問題に関 する研究論文、ドイツ人は、象学における方法論の哲学的論文を作成した。日本人は、世界の象に関する論文の事例をまとめた。すなわち日本人の論文は、他国 を調査するだけで自国の特徴が不在しているのである。このジョークを考えたのがアメリカ人である。

 これは実際に体験した話である。筆者がワシントンのシンクタンクの研究員として、国務省出身の上司と一緒に日本の国会議員団の訪問に対応した時、米国の 立場で日本の北朝鮮政策の本音を聞くことが目的であった。しかし、中国、韓国、ロシア、米国の政策についての話はあったが、煙に巻かれたように日本の特徴 に関する政策を把握することはできなかった。まさにこれはユネスコの象の研究と同じように、日本は他国の研究を気にしているが日本の特徴を示す研究に欠け ているし、加えて日本のバックボーンやビジョンを明確に語る人物があまりにも少ないように思われる。グローバリゼーションの世の中でこそ、日本人らしさと 日本のバックボーンが不可欠なのである。

 グローバリゼーションは進み、国際水平分業に研きがかかり、とりわけ製造拠点と市場を兼ね備えた中国と、エンジニアの能力を備えたインドの上昇が現実味 をおびてきた。時差の関係で、米国が寝ているときに東アジアは仕事をしている。例えば、アメリカ人が、明日の朝の会議で、パワーポイントで発表しようとし た場合、夕方に依頼したパワーポイントの作成を低コストでインドのインド人が的確に行ってくれるという。これが、グローバリゼーションに伴う地球のフラッ ト(水平化)現象である。

 この現象は、経済の分野だけではない。国際テロも巧みにグローバリゼーションの弱点をついているようである。1989年11月9日にベルリンの壁が崩壊 した。戦後、最大の出来事は、ヨーロッパ式に数字を並べると9.11である。2001年9月11日に同時多発テロが米国で発生した。偶然にもいや意図的に ベルリンの壁に並ぶ戦後の出来事が同じ数字となった。マドリッドのテロは、2004年の3.11、そしてロンドンのテロは7.7である。アルカイダが意図 的に数字の遊びをしているとすると、これは米国を中心とするグローバリゼーションへの挑戦であるとも読みとれる。

 国際テロがこのように数字遊びという余裕のある行動が可能なのは、物質のパワーを凌駕したアラブの気質とイスラム教の精神面から来ていると考える。それ ならば米国の軍事というハードパワーだけで対抗しようとすると、イスラム教、キリスト教、ユダヤ教の兄弟喧嘩が泥沼化するだけである。実際にイラク戦争の 泥沼化がそれを物語っている。

 この1週間、キャピタルヒルで開催された上院と下院の公聴会(イラク問題、北朝鮮問題、エネルギー問題、中国の軍事費の問題、国連問題、経済問題など) 熱心に聴講した。議員と専門家とのやりとりは、官僚が作成した原稿を棒読みするのでなく、ライブ性が有り真剣勝負そのものである。シンクタンクのセミナー でも遭遇できないような最新の情報や本音が読みとれる。にもかかわらず日本のマスコミがほとんど不在なんは、不思議である。

 米国の議論は超一流であり、論破するのは不可能に近い。しかしながら、米国の先制攻撃で始まったイラク戦争一つを検証してみても、米国がアラブの気質、 則ちイスラムの精神面への認識と分析を間違ったことは明らかである。軍事関連の会議では、軍事費を上昇させることで抑止力が高まり、平和が到来するとの考 えが主流である。米国の基幹産業である軍事産業との絡みが背景にあるからそうなるのであろう。まるで冷戦中の戦略思考である。このような精神面を無視した 行動は、ますます国際テロを蔓延らすことになると確信する。

 キャピタルヒルに接する程、明らかに米国が理解できぬ世界のデザインを日本が提示することができると実感する。それは、一神教やハードパワーでは、解決 できぬことも「柔よく剛を制す」といういかにも日本的な考えが求められているとの想いである。米国と波長が合うのは、米国のハードパワーと日本のソフトパ ワーの調和にあるからであろう。

 聖徳太子が1400年前に残した「和の精神」や日本独特の多神教の柔軟性を持って米国や世界に臨むことが重要である。「和魂萬才」こそ日本のバックボー ンだと考える。アジアへの懺悔と精算を済ませ、アジアの中の日本、世界の中の日本の地位を向上させるためにも、ソフトパワーへの強力な実践が望まれてい る。

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このページは、伴 武澄が2005年7月28日 17:27に書いたブログ記事です。

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