2004年12月アーカイブ

2004年12月19日(日)萬晩報主宰 伴 武澄
  チャンドラ・ボースの遺骨返還運動を続けてきた林正夫さんから手紙が届き、高齢のため運動を担ってきた組織である「ズバス・チャンドラ・ボース・アカデ ミー」を解消したことを伝えてきた。8月18日の今年の慰霊祭には参加できなかったが、その場で林さんが参加者に伝えたということだ。

 インドで人民党のバジパイ政権が成立し、ボースの遺骨返還がようやく実現するかもしれないという期待があったが、政権の崩壊で元の木阿弥となった。林さんの落胆は大きいものだったに違いない。

 来年で終戦60年。ボースにとっても60年祭を迎える。インドの独立に日本が大きく関わっている事実は戦後、忘れ去られた。アカデミーは細々ではある が、ボースの遺骨返還運動を通じてその事実を伝えてきた数少ない団体である。

 アカデミー発足時はそうそうたるメンバーがインドと日本の架け橋となって活動した。そうしたメンバーのほとんどが亡くなった。林さんはその中でも数少ない存命者ということになる。

 大東亜戦争という希有な時代を語り継ぐことはとても難しい。歴史が勝者によって書かれるのは常だが、それがすべてでは負けた側は立つ瀬がない。チャンド ラ・ボースがインド独立に果たした役割はインドでは歴史の一部である。にもかかわらずその歴史が日本では語られない。

 いつまでも自虐的史観にばかりひたっていては国民の跳躍はない。萬晩報としてはボース・アカデミーの精神を引き継いでいきたいと思う。

 以下、林さんの手紙を紹介したい。


 謹啓。終戦後59回目に当たる8月18日、ネタージの慰霊祭には御多忙中にも拘わらず御参集を頂き有難う御座いました。厚くお礼申し上げます。

 此の度は、私の持病神経痛が7月始めから痛み始め、たいした事はないと思っているうち20日から急に悪くなって腹ばいで何とか頑張って来ましたが、歩く ことが出来ず、当日は立っていることも無理でしたが、責任を考え参加しました。

 お寺では痛みがひどく親切な人びとが助けて下さって有り難いと思い乍らも見苦しい恰好や年齢を考えると今後の活動に自信が持てず、先代御住職の時から合 意されていたアカデミーを解消して蓮光寺に一切を御願いしたら、現住職は前々から承知されていたことで納得して頂いたので、御出席お方々に解消を申し上げ ました。法要を済ませて帰宅したら痛みはひどくて寝込みましたが、色々と御高配を仰いだ今日までのことが浮かんで此のままでは心もとなく一日も早く元気を 取り戻し、蓮光寺にも足を運び、皆様方に拝眉出来る日を念願しています。敬具

        平成16年9月吉日
        スバス・チャンドラ・ボース・アカデミー 林正夫
各位


 別紙:アカデミーが発足してからの概略

 アカデミーが発足したのは、昭和33年1月23日、ネタージの誕生日に日比谷の陶々亭に於いて、世話人として会長前大蔵大臣・渋沢敬三氏、最高顧問に元 ビルマ方面軍司令官陸軍大将・河辺正三氏、次に兵隊のお母さんとして慕われ別にインド兵の世話で真心の人、江守喜久子氏、と光機関の元陸軍少将・岩畔豪雄 氏を顧問に、ネタージと特に縁の深かった元陸軍中将・有末精三氏、ビルマ方面軍高級参謀・片倉衷氏、元駐ドイツ大使・陸軍中将・大島浩氏、当時現役の衆院 議員・高岡大輔氏、さらにビルマ方面軍大佐参謀・橋本洋氏を事務長に、別格に蓮光寺住職望月教栄師を主なるメンバーとして発足しました。

 終戦後からアカデミーとして発足するまでは個人個人での参詣でした。発足当日は、インド側から大使代理夫妻ほか情報班の方々、日本側から知名の方々が出席されとても盛大な式でありました。

 発足後、昭和38年10月、渋沢敬三会長の逝去により江守喜久子氏が二代目の会長に就任されてから精力的な活動に励んでおられた時、昭和40年、河辺最 高顧問の逝去、続いて橋本洋事務長の逝去により、林に事務長の話がありましたが、林は「まだ30歳を少し越したばかりの若輩ですから」とお断りしたが、 「タッテ」と言われて引き受けることになりました。

 昭和42年、当時の外務大臣・三木武夫氏と高岡大輔議員とは同期で昵懇と知って高岡氏の案内で江守喜久子会長のお供をして林も再三、外務省を訪れることになりました。

 昭和44年にはガンジー首相が蓮光寺を訪れます。

 昭和45年には江守喜久子会長はインド独立記念日を期してインドを訪問されます。

 同年末には岩畔副会長、逝去。

 昭和51年、蓮光寺にネタージの記念碑が完成。林はインドに行き、鉄道大臣のシャヌ・ワーズ・カーン将軍(元インド国民軍=INA第一連隊長)に面談したほか、サイガル夫妻や多数の旧INA兵等と会談。

 昭和52年、33回忌でインド大使夫妻、NHKより磯村尚徳氏出席。

 昭和53年、江守喜久子会長、逝去により、片倉衷氏が三代目の会長に就任。
 昭和54年、蓮光寺の望月住職、逝去。子息の康史氏、住職を引き継ぎ今日に至る。

 同年、ネタージの娘アニタ博士来日により日本クラブに歓迎する。其の節、約束したことが守れず失望する。さらにセシル・ボース博士(チャンドラ・ボースの甥)夫妻も来日されたので日本クラブで歓迎会を催す。

 昭和57年、藤原岩市氏、インドより帰国されて報告され、インドの外務大臣ラオ氏に嘆願書を提出するために打ち合わせを兼ねる。さらに日本の安倍晋太郎 外務大臣に面接して嘆願書提出のため、片倉会長のお供をして林も同行する。

 昭和58年、中曽根康弘総理が渡印するような情報により、自民党政調会長を会長室にて片倉衷会長、金富氏、林の3人で面談する。

 同年、林はインドに渡航して経済企画長官に就任したシャヌ・ワーズ・カーン将軍より、目下、大統領に返還の話を勧めているが、見通しが明るいので、帰国 したらアカデミーの方々に伝えてと頼まれ喜びは最高になる。帰国して報告すると一同、最高の歓喜に達するも12月、シャヌ・ワーズ・カーン将軍の死去の報 により見通しが全く暗くなる。

 昭和59年、総理執務室で中曽根康弘総理と片倉衷会長、金富氏、林の3人は面談する。特に林は重要な記事を簡単に書いて手渡す。帰路、外務省に行き南西アジア課に総理との会見の内容を伝える。

 インドから帰国されたが、鶴首して待った。返答が得られず官房長官室に藤波孝生官房長官と金富氏、林は会見。外務省中元課長が同席する。
 昭和61年、藤原岩市氏、逝去。此のころより片倉衷会長が病いがちで入退院が続くので毎年続けてきた1月23日のネタージ誕生日を止すことに決める。

 平成元年、松島和子女史より母堂江守喜久子会長のご遺志を継ぎ永代供養の申し入れを実行するため会合す。

 平成2年8月18日、45周忌に松島和子女史の寄贈によるネタージ胸像完成除幕式を行う。当日は、片倉会長、有末顧問ほか関係者100人以上集まる。イ ンドから招待したサイガル大佐と夫人のラクシミ元婦人部隊長、セシル・ボース博士、ロイ博士、マレーシアより元国会議員の女史も出席。INA現会長ほかも 出席。

 平成4年、有末精三顧問、逝去に続き、高岡大輔氏、逝去。

 平成5年春、アカデミーの今後の方針を協議する。主なる出席者は9名。

 同年10月21日、自由インド記念日(チャンドラ・ボースが1944年、昭南市に自由インド仮政府を樹立した日)に大使館より招待を受け、主なる出席者9名。

 平成7年、ラクシミ女史より紹介を受け、クラークと姪が来日。ほかインド歴史研究所長サリーン博士来日。蓮光寺に案内した後、根岸忠素氏、林両名、印度料理に招待。

 同年5月、プラデップ・ボース氏と新宿タカノにて林は会見して驚く。彼の父親が第一回死因調査団のボースの実兄と判り苦言を呈す。

 同年8月18日、50回忌慰霊祭にテレビ朝日、フジテレビ、共同テレビからも取材に訪れ、100名近い参列者で盛大な法要が出来た。

 平成7年、元婦人部隊長ラクシミ女史より、ネタージの愛娘アニタ博士より遺骨引取の熱意を伝えてくる。数日後、アニタ博士より遺骨引き取りに協力を頼む との手紙を受け取ったので私は、もちろん協力することを惜しまないが、インドの国内情勢によって決まることだからインド国内で努力するよう返事する。その 後、連絡はない。

 別紙としてここまで書いてきましたが、まだ痛みが続いて不自由なため無理な姿勢で少しずつ進めてきたが、大切な箇所を抜かしているのに気付きました。今更書き直す勇気もないので気付いたまま進めます。

 第一に、平成2年4月10日、海部首相のインド訪問に際しネタージの遺骨返還を要請した大切なことです。首相の帰国後、インドの外務省は「インド国内に 於いてネタージの死を否定する訴訟が行われており、其の裁判の結果が出たのち、遺骨返還を前向きに検討する」旨の返電が来ました。此の年の春、ちょうど林 が心臓手術で入院中で金富氏の力添えでインド政府に要請した重要なことでした。

 次は、昭和32年秋、ネール首相と娘のガンジー(後の首相)が蓮光寺を訪ねる。続いてプラサド大統領が33年春、蓮光寺を訪れる。その後、ネール首相をはじめ色々のことがありましたが、失望することが残ります。

 平成12年バジパイ首相に代わってから蓮光寺を訪れ、遺骨返還に本腰を入れて取り組み最後の死因調査団長に弁護士ムカールジ氏、ほか数名を日本の外務省 を通じて申し入れがあったので、光機関関係者数名と平成14年9月17日、インド死因調査団、蓮光寺住職を交えてインド大使館にも行く。調査団は18日最 後に九州に行き、ネタージの最期を見届け死亡診断書を書いた元陸軍軍医大尉、吉見胤義氏にも会って帰国した。

 吾々は結果を鶴首して待ちましたが、今度の総選挙で絶対多数のバジパイ率いる人民党が敗れて総ては終わりました。

 返還が実現したら、たとえどんなことが有っても覚悟の上で林はお供する決意を抱いていましたが、91歳の老齢の身は夢のまた夢としてあきらめます。

 アカデミー発足時の目的は、ネタージの高潔な人格を通じて日印両国の文化的精神的な交流を第一にネタージに縁故の有る人々の集まりでした。

1. ネタージの遺骨を印度に返還。
2. 8月18日のご命日には必ず法事を行う。
3. 1月23日はネタージを偲ぶ会を催すこと(最近は老人多く中止)。

 以上、痛みをこらえて書いたので不備の点はお許し下さい。終わり。
2004年12月18日(土)アメリカン大学客員教授 中野 有
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 未来のことは誰にも判らない。しかし、未来の人間から観れば現在がどの道をたどったかは明らかである。過去の人間が判らなかったことを我々は知ってい る。時流の中で生まれた構想に人物や国の特徴が加味され、リーダーや国民の相性を通じ構想が変化し実践され歴史が形成されてきた。歴史の残像から未来が見 えてくる。

 現在がどの方向に導かれたかを知っている未来の人間が納得する平和への構想を練ることこそ我々の重要な仕事である。平和構想を練るとは、未来から現在を 照らしてみたときに明確になるいくつかのシナリオを描写し、紛争を未然に予防し、安定と発展に寄与することであると考える。

 そこで、中東に並び最も不安定要因の高い日本の目と鼻の先にある朝鮮半島の動向、特に何年か先に現実となるいくつかのシナリオを考察したい。

 概して朝鮮半島がたどるシナリオは4つに集約できる。最初の2つは、北朝鮮の体制が崩壊することを前提としたソフトランディングとハードランディング。 第3は、ステータスクオ(現状維持)。第4は、核を保有する朝鮮半島。この4つの道に加え、最悪のシナリオをも織り込み、それを回避し、最善のシナリオへ と導くことが求められる。

 性悪説と性善説

 これら4つのシナリオを論じる前に、荀子の説く人間の本性は悪であるという性悪説を前提に、紛争が発生する状況について考える必要がある。

 性悪説を前提とすると、タカ派の現実主義から妥協なき力による対立から平和が生まれるとの考えに至る。即ち、根本的に北朝鮮は信頼できない国であり、経 済制裁や軍事制裁を実施しなければ北朝鮮がミサイルや大量破壊兵器の開発を放棄しないとの考えである。朝鮮半島の38度線を境に勢力均衡が成り立つ情勢に おいては、100万の兵力の対峙による抑止力が機能し紛争は回避されてきた。

 しかし、このまま北朝鮮が核やミサイル開発を諦めず、また北朝鮮が直接、大量破壊兵器を使用しなくても国際テロのネットワークを介し、核のみならず生 物・化学兵器が国際テロ集団に拡散される可能性が明確になった時点で、予防防衛の観点から先制攻撃が行われる可能性が高くなる。ブッシュ政権と金体制とい うタカ派同士の対立が性悪説を加速し、北朝鮮の衛星の役割を果たす国際テロにつながる可能性があり、極度の恐怖感が判断を誤らせこともあると考えられる。

 韓国が唱える太陽政策のような宥和政策は、孟子の性善説に基づく思想であり、北朝鮮の体制やブッシュ政権の戦争関与政策と比較するとナイーブに映る。

 世界大戦の歴史に焦点をあわせると、アメリカのヨーロッパやアジアに対する不干渉が、紛争の芽を育てると同時に外交・安保の真空状態がパールハーバーの ような奇襲攻撃を許したのである。状況により異なるがハト派による宥和政策が戦争を駆りたてることもある。アメリカがイラクの泥沼から抜け出せぬ状況が継 続することで、アメリカの関与が北朝鮮に及ばず真空が生まれる。それが現在の朝鮮半島のステータスクオでもある。

その間、IAEAの査察もなく北朝鮮が大量破壊兵器の開発を推進することが可能となり、この真空状態は北朝鮮にとってプラスであると同時に非常に危険な結 末を迎えることをも示唆している。そのような状況での韓国の太陽政策や多国間の6者会合は、外交の真空を埋める意味で、建設的関与政策として機能してい る。

 朝鮮半島を取り巻く米中ロの大国が戦争を回避する意思を示している限り、北朝鮮への先制攻撃や北朝鮮から他国への攻撃の可能性は低い。しかし、北朝鮮か ら国際テロへの大量破壊兵器の拡散が行われたり、また、抑止力が効かない北朝鮮内部のクーデターが発生した場合、アメリカは、予防防衛の手段として先制攻 撃のオプションも辞さないと考えられる。何故なら戦争関与するか、或いは外交に懸けることによるリスクを天秤にかけた場合、ブッシュ政権は、戦争関与政策 を全面的に押し出すと考えられる。9.11のトラウマがそうさせると考えるのが現実的である。

 従って、北朝鮮の瀬戸際外交が危険な領域を越えた場合、戦争、大量殺戮、難民発生、北東アジアの経済崩壊のみならず世界経済、安全保障体制に及ぼす影 響・・・最悪の事態へと連鎖していく。北朝鮮問題は、ヒロシマ型(ウラン)とナガサキ型(プルトリウム)の原爆を含むのみならず、大量破壊兵器の拡散や国 際テロ組織との連鎖も起こりうる根深い問題である。故に、戦争というオプションを完全に排除するためのグランドデザインが必要である。

 4つのシナリオ

 ソフトランディングこそ最も重要な実現させるべきシナリオである。北朝鮮の国益と国際社会、正しくは、北朝鮮と直接係わる国との共通の利益の合致を見い だし、信頼醸成を築き、安定と発展に導く政策である。これは、性善説を基本に対立を排除するために太陽政策等の経済協力による刺激策で、北朝鮮を国際社会 の仲間に入れるという政策である。根本には、米朝の不可侵条約が実現されるかどうかでソフトランディングのベクトルが定まる。

 北朝鮮は既に150カ国以上と国交正常化を実現させている。さらに日朝、米朝の国交が正常化されれば、大規模な経済協力・資金協力が実現される。これは マーシャルプランのような戦争後の復興支援でなく、戦争を未然に防ぐための北朝鮮とその周辺の国際公共財の建設を目指す経済協力である。

 性善説で金体制が国際社会に順応するという見方であり、またソフトランディングが実現されることにより北朝鮮が開放され将来的に金体制が崩壊するという 考えである。加えて、リビアの成功例が示すように、金体制の継続を維持させることを前提に「アメとムチ」の巧みな外交と環日本海交流のような人と人の交流 やローカルとローカルな経済交流を通じソフトランディングさせることも充分可能である。時間をかけながら平和的解決で朝鮮半島の統一が実現される。

 第2は、ハードランディング。「悪の枢軸」である北朝鮮という危険な因子を排除するためには、経済制裁のみならず軍事制裁を実施すべきであり、それらの 積極的な対北朝鮮封じ込め政策や戦争関与政策により安全保障が成り立つという政策である。北朝鮮の瀬戸際外交に歯止めがかからないときに大量破壊兵器の拡 散を防止するための処置として性悪説を前提とした近代兵器による軍事的外科手術を最終手段として行う。最悪のシナリオであり、大きなリスクが伴うが、アメ リカのタカ派は、アメリカの本土防衛とアメリカの覇権安定にとって必要悪だと解釈する。

 第3は、このままステータスクオの状態を維持すること。このメリットは、アメリカは中東問題に集中することができ、北朝鮮という危険因子を利用しながら 日本からの資金提供を受け、米国の傘によるミサイル防衛構想を推進し、東アジアの米軍の再編成に寄与する点にある。中国のメリットは、現状維持で北朝鮮の 崩壊や吸収合併による復興支援の荷物を背負うことなく日本の明治期の富国強兵の如く経済発展に特化しながら自ずと軍事大国になる点にある。

 第4は、北朝鮮の核保有による朝鮮半島の抑止が成り立つとの考えである。ステータスクオが継続されることは、北朝鮮の核開発に必要な時間を提供している ことでもある。東西の冷戦期における核の抑止力も機能するとの考えもあるが、特に日本の国益を脅かすことになり、日本も核保有国への道を模索し、核不拡散 条約が完全に崩壊する。

 現状打開

 日朝と日中の関係は厳しさを増している。拉致問題がこじれ北朝鮮への経済制裁が発動され、日本海を挟み緊張が高まる。日米のミサイル防衛に拍車がかか り、周辺諸国との関係が悪化し、極東の軍拡が進む。靖国問題や南京大虐殺が蒸し返され中国の反日感情が煽動され、日中関係が悪化する。国連の常任理事国へ の道を探る日本にとり、国連のP5である中国との妥協が不可欠であるが、日本の国民感情はそれを許さない。

 このような厳しい北東アジアの国際情勢の中で、日本は、如何に平和を構築することができるのか。戦前の日本の侵略行為に対する歴史的精算がなされてない というのが中国や北朝鮮の世論であるなら、日本は日本の資金と技術を効果的に使い、北東アジア諸国と協議し北朝鮮周辺に大規模な国際公共財を造り、北朝鮮 のソフトランディングに寄与することで日本、北朝鮮、中国の共通の利益の合致点を見いだすことができる。

 北朝鮮による日本の尊厳を踏みにじった行為に対しては、妥協すべきでない。そこで経済制裁の発動による反動を織り込み予定調和させるマルチの経済協力に よる平和へのグランドデザインが必要となる。中国へのODAが削減された場合、中国と協力し多国間協力として北朝鮮周辺に国際公共財(鉄道、道路、天然ガ スパイプライン、人材育成、通信、観光等)をアジアの価値観を重視し整備する。

 マーシャルプランは、戦後復興と共産主義封じ込めを目的とした。米ソの妥協なき対立により抑止力が機能し調和をもたらしたのが冷戦の結末だった。北朝鮮 問題の解決は、紛争を未然に防ぐための経済協力が機能し、北東アジアの共生圏が構築されたことにより実現されたと未来の歴史書に記されることを夢見る。北 朝鮮問題を経済協力で解決するシナリオを練ることこそ日本の開発コンサルタント、いや日本人として最もやりがいのある仕事である。

 中野さんにメールは mailto:tomokontomoko@msn.com
2004年12月16日(木)報道番組ディレクター 根本 道夫
 ■7年ぶりの刊行

 アメリカの『国家軍事戦略』(National Military Strategy)が近く刊行されることになった。

 これは米統合参謀本部が数年ごとに発表する報告書で、ホワイトハウスが公表する『国家安全保障戦略』(National Security Strategy)および国防総省が公表する『国家国防戦略』(National Defense Strategy)を踏まえて、制服組が当面の軍の役割と目標についてまとめたものである。

 文書はまだ公表されていないが、このほど軍事筋から全文を入手した。謝辞の部分など一部に空欄が残っているが、既にマイヤーズ統参本部議長の署名もあり内容的には完成した状態だ。

 今回の報告で注目すべき点として、まずイラク戦争の開戦理由ともなった大量破壊兵器(WMD)に代えて、「大量破壊・効果兵器」(WMD/E)なる用語 が登場したことがあげられる。第2に、向こう数年の軍の課題をいわゆる「テロとの戦い」の勝利に絞りこんでいることである。

 内容については後述するが、まずはこの文書の性格を確認しておこう。 今回の報告は2代前のシャリカシュビリ議長時代に刊行された97年以来、実に7年 ぶりの刊行となる。つまり911事件後初めてのもので、「テロとの戦い」が続く今日の軍事的状況を米軍首脳部がどう見ているのかが集約された内容となって いる。

 本来ならブッシュ大統領名で公表されている『国家安全戦略』をふまえ、とうに新版を出していなければならないところであるが、異例の長期にわたり新版が作成されないままとなっていた。

 前回の報告書はその前の版が出てから2年後に発行されており、今回の未改訂期間の長さがわかろうというものだ。いつまでもクリントン時代の遺物を掲げて いることに共和党政権中枢が面白いはずがないし、マイヤーズ議長にしてみれば911事件以降一変した軍事情勢を反映した報告書を一日も早くまとめて面目を 保ちたいところだったはずだ。

 しかし軍はその911以降、アフガニスタン、イラクと続く戦争に突入し、統参本部はとても『国家軍事戦略』の作成にとりかかれる状況ではなかった。

 むろんイラクでは現在も出口の見えないゲリラ戦が続いており、米軍にとっては泥沼化の気配が濃厚な「不本意な膠着状況」が続いているが、これによってよ うやく報告の作成・公表するぎりぎりの余裕ができたということだろう。

 ■「WMD/E」の登場

 今回の報告書では新たにWMD/E( weapons of mass destruction or effect)すなわち「大量破壊・効果兵器」とでも呼ぶべき新概念を導入している点が注目を集めそうだ。

 報告書はこの概念の説明に多くを語っていないが、従来の兵器の枠組みを超えて「破壊効果よりも混乱をもたらす効果に重きをおく」と脚注で説明している。 サイバー攻撃で金融や交通システムを混乱させれば、少量の化学兵器を散布するよりも社会に大きな経済的・心理的不安を与えるだろうと一例をあげている。

 米軍は戦場を陸海空、宇宙そしてサイバースペースに区分しており、サイバー戦を現実のものとしてとらえている。それを裏付けるように本報告でも「情報優勢」(information superiority)という概念を使用し、情報作戦が敵のネットワークや情報通信を利用した兵器、インフラ、指揮通信システムを混乱させ得ると強調している。

 米陸軍は近年「ハッカー部隊」を正式に発足させているが、サイバー攻撃を新概念の説明にも使っているところに、これが現実の脅威となっている危機感が伝わってくる。

 サイバー攻撃を行う敵軍やテロリストの「兵器」 は銃ではなくパソコンだ。戦車や戦闘機なら各種ジェーン年鑑やミリタリーバランスを参照すれば性能や配備数が明らかとなるが、引き金の代わりにマウスをク リックするサイバーゲリラの正確な規模や能力を知ることは不可能に近い。「見えない敵」はゲリラ戦同様、既存の通常の部隊が対応に苦慮する相手だ。

 ただ、WMD/Eという新概念が定着するかどうかは未知数だ。

 皆さんはCBRNE(cemical,biological,radiological,nuclear and enhanced high explosive)という言葉を聞いたことがあるだろうか。WMD/Eに似た広範囲な概念で、同時多発テロ直後に公表された01年の国防政策見直し (QDR)の中で登場したものだ。テロを受けて急遽突っ込んだといわれている。

 radiologicalは放射能を撒き散らして環境を汚染する、いわゆる汚い爆弾を指し、high explosiveすなわち威力の強い爆発物はビルに突っ込んだ旅客機を意識しているものとみられる。しかし詳しすぎるのが敬遠されたのか、CBRNEは 日本の主要紙を検索してもたった1件(「毎日」の社説)しかヒットしなかったばかりか、英米の大きなデータベースをあたってみても一般メディアには数える ほどしか登場していない。使われているのは専門家向けの論文などに限られており、WMD/Eもこれと同じ運命をたどる可能性がある。

 あるいは別な見方ができるかもしれない。

 イラク戦争開始にあたり大量破壊兵器の有無が大きな争点となったが、結局何も発見できず戦争の大儀が揺らいでいるのは周知のとおりだ。確かにイラクが国 連の査察を妨害し、いかにも大量破壊兵器を隠し持っているような印象を与えたために、国際社会が一定の不安を感じたことは事実である。

 しかしWMD/Eという考え方に便乗してフセイン政権の対応は「大量破壊・効果兵器」に相当する、という主張がワシントンあたりから出てくる可能性には 一応注意しておく必要があるだろう。その手の「政治的解釈」が出てくるようならこの用語は短命に終わるかもしれない。

 また、インターネットを使って社会不安をあおる手口なども洗練されていくだろうが、これは基本的には古くからある心理戦の範疇に入るものだ。影響が社会 不安にとどまっている限り、WMD/Eとは峻別して考えるべきだろう。 少なくともサイバー攻撃で証券市場がストップしたり、炭疸菌と誤認する粉末を政府 機関に送りつけて数日に渡って庁舎の閉鎖をもたらすなどの社会的な機能不全が伴う攻撃に限定するという共通認識が必要だ。

 ■テロの現実味

 しかし911事件とは違う形でアメリカ本土が新たな攻撃を受ける可能性は十分現実味がある。

 これまでのところサイバー攻撃で金融市場がマヒするような事態こそ発生していないが、炭疸菌入りの手紙が議員やマスコミに送られて、議会の機能や一部地域で郵便配送業務に大きな影響を受けた事件は記憶に新しい。

 また今年2月にはリシンが上院の共和党院内総務、フリスト議員の事務所で発見されるという事件があった。リシンは抽出が比較的容易な植物由来の毒物で、 猛毒だが解毒剤が未開発というやっかいな物質だ。この騒ぎで上院ビルは数日間に渡って封鎖された。リシンが発見された数時間後、私は同じフロアで別の議員 スタッフに面会の予定があったため、混乱の巻き添えを食ってしまった。同時に軍事大国アメリカといえど、パニック発生の芽は思いのほか多いことに気づかさ れた。

 ■消えた「悪の枢軸」

 報告書によれば、『国家軍事戦略』策定の目的は3つのP、すなわち米国を守ること(protect)、紛争と奇襲を防ぐこと(prevent)、そして 米国本土や在外部隊、それに同盟国に脅威を与える者を圧倒(prevail)することにある。

 そしてこれらの戦略目標を達成するためとして①テロとの戦いに勝利、②部隊運用の統合化、③軍の再編に力を入れる、としている。

 この部分だけを見ると陳腐な設定と思えるかもしれない。しかし前回、前々回の報告が「地域紛争こそ米国の最大の挑戦」と位置づけ、中東と北東アジアの二 正面同時対応能力の維持を強調していたのと比べると米軍は「テロとの戦い」モードに大きくシフトしていることが鮮明になってくる。

 近年はクリントン政権が93年にまとめたポスト冷戦時代の軍事戦略「ボトムアップレビュー」が二正面同時対応能力の必要性を訴えていたことから、同政権 下の2度にわたる『国家軍事戦略』でもそれを受ける形で同じような点が強調されていた。特にイラン、イラク、北朝鮮の3カ国についてはブッシュ大統領が一 般教書演説で「悪の枢軸」と形容する何年も前から名指しで地域紛争の火種となる可能性を指摘していたのだ。

 意外なことに今回の『国家軍事戦略』ではこの3カ国には全く言及していない。しかし問題の3カ国が劇的な変化を遂げたわけではなく、イラクとアフガニス タンへの派兵が予想外に長期化し、兵士のやりくりに悲鳴をあげている状況では、とても相手にしていられないという米軍の事情によるところが大きいだろう。

 今はとにかく911事件の再来を防ぎつつ、将来のテロの芽を根絶するために「テロとの戦い」に勝利することに専念しよう、という米軍首脳部の意志が伝わってくる。

 ただしこの3カ国に対する敵視もしくは危険視の姿勢がワシントンから消えたと見るのは早計である。『国家軍事戦略』はあくまで軍のスタンスを示したもの に過ぎず、ホワイトハウスが「戦線の拡大」を決意すれば新たな戦争に至る可能性は高い。当面のあいだ、特に対イラン政策は要注意である。
 
 ■ハイテクとローテクの役割

『国家軍事戦略』は現在進行中の米軍の再編についても短く言及しているが、具体的な記載はない。米軍は質の点で他国の軍隊を圧倒しているが向こう十年間、 軍の再編と技術革新を行い統合能力をさらに高める必要がある、と記されている。部隊の編成、配置をテロとの戦いモードにシフトし、ハイテク化をさらに推進 しようというのである。

 米軍のハイテク装備は兵器ばかりではない。情報活動を支える通信傍受技術なども他国を圧倒している。ところがアフガニスタンとイラクでは重要人物の拘束という重要な作戦で失敗を繰り返すなど、多くの苦渋を舐めてきた。

 2つの戦争の教訓として、情報活動とりわけ人による情報収集は死活的に重要だと報告書は指摘している。サダム・フセインの居場所を突き止めたのも電話の 盗聴などではなく、近親者の自供に基づくものといわれている。技術革新の一方で、ローテクの極みといえる人間による情報収集にもっと力を入れる必要がある と強調している。

 アメリカを揺るがした同時多発テロから3年。米軍は「テロとの戦い」に思いのほか手こずってきた。長期戦を見据えて戦略と体制を立て直し、世界最強の軍 隊の威信をかけて事に臨む--今回の報告書はいわばそうした宣誓といえそうだ。

 『国家軍事戦略』はブッシュが再選を果たし、軍事政策が継承されるめどがついたことで年内に発表される見込みだ。 (了)

 根本さんにメールは mailto:mnemoto@anet.ne.jp
2004年12月15日(水)萬晩報通信員 園田 義明
 ■古森節の攻撃対象

 思想面も含めて毎日から産経へと転向したという意味から、これまで古森義久をネオコンと呼んできたが、その広報係としての古森節はますます絶好調になってきた。もはや古森を通じて米国の戦略が手に取るように理解できるという面で貴重な存在と言える。

 古森は12月4日付け産経新聞朝刊で『「東アジア共同体」への疑問』と題する記事を掲載し、東アジア共同体構想がマルクスの「共産党宣言」を連想させる 妖怪とした上で、米側学者らが指摘する米国排除論の危険性などを紹介しながら、日米同盟との関連、尖閣諸島の領有権問題、靖国問題などに見られる反日感情 などから、明確に疑問を投げかけている。

 続けて古森は12月9日付け朝刊の『東アジア共同体構想、米排除なら安保に有害』にて、フランシス・フクヤマのコメントを引用しながら東アジア共同体 バッシングを強めた。このフクヤマのコメントは「東アジア諸国が東アジアだけで米国を排除し、安保面をも含む地域機構をつくろうとするのなら、アジアの安 保には有害だといえる。とくに中国はこの種の構想で経済だけを強調し、安保面をも含む拡張主義の刃(やいば)を隠している」とするものである。

 古森が攻撃対象としている東アジア共同体は実体として存在している。トヨタ、松下電器、三井物産、三菱商事などによって財政的に支えられた政官財の有力 者が集う「東アジア共同体評議会」(会長、中曽根康弘)である。そして東アジア共同体評議会側もそのことを十分に認識しており、12月10日にはそのホー ムページに古森記事を掲載したのである。

 中国政策をめぐって、古森の反共原理主義とグローバリスト主体の東アジア共同体評議会による市場原理主義とが衝突をしているかのように見えてくる。

 しかし、コンドリーザ・ライス新国務長官誕生によって、すでに古森がつながるネオコンの教条的な攻撃性はダーティー・トリックを含めた実行機関として利用される存在となっている。

 ネオコンの背後にいる本丸としてのリアリスト集団の最重要課題はこれまで再三指摘してきたように対中政策である。従って日本国内におけるふたつの原理主義の論戦も北京オリンピックと米大統領選が同時に行われる2008年に向けた前哨戦に過ぎない。

 ■米国の戦略的ライバルとしての中国

『北京との経済交流を支持する議論が存在するが、一方で、この国はいまもアジア太平洋地域の安定を脅かす潜在的脅威である。現在のところ、中国の軍事力は 米国とは比べものにならないが、このような状態が永遠に続くとは限らない。明らかなのは、中国は台湾と南シナ海地域で、未解決の国益に関わる問題を抱えて いる大国だということだ。中国はアジア太平洋地域における米国の役割を嫌っている。要するに中国は、「現状維持(status quo)」に甘んじることなく、中国に有利になるようにアジアのバランス・オブ・パワー(勢力均衡)を変革しようと狙っているパワーなのだ。この点だけを 見ても、中国はクリントン政権がかつて呼んだような「戦略的パートナー」ではなく、戦略的ライバルだということがわかる。』

『米国の対中政策には繊細さとバランスが必要だろう。経済的交流を通じて中国国内の変化を促進する一方で、中国のパワーと安全保障上の野心を封じ込めるこ とが必要になる。米国は中国と協調を試みるべきだが、国益がぶつかり合ったときには、北京と敢然と立ち向かうことも辞さない態度が必要である。』

 ▼原文
Campaign 2000: Promoting the National Interest
http://www.foreignaffairs.org/20000101faessay5/condoleezza-rice/
campaign-2000-promoting-the-national-interest.html?mode=print

(翻訳は『ネオコンとアメリカ帝国の幻想-フォーリン・アフェアーズ・ジャパン』にある「国益に基づく国際主義を模索せよ」(P241~268)より、一部筆者により修正。)

 「北京と敢然と立ち向かうことも辞さない態度が必要である。」と言いきるこの論文の執筆者はパウエルの後任として国務長官に就任するコンドリーザ・ライ スである。ライスはネオコンではない。ネオコンすらも恐れる米国屈指の戦略家である。典型的なリアリストであり、しかもこの論文からオフェンシブ・リアリ ズム(攻撃的現実主義)の立場をとっていることがわかる。

 国際関係論におけるネオ・リアリズムは、国際社会を無政府状態(アナーキー)であるとの前提を同じくしながら、国家をバランス維持につとめる防御的な存 在とするケネス・N・ウォルツらのディフェンシブ・リアリズムに対して、国家を世界的なパワー・シェアの極大化を目指す攻撃的な存在とするジョン・ミア シャイマーらのオフェンシブ・リアリズムなどがある。そして、このミアシャイマーが「米国と中国は敵同士となる運命である」と明確に言い放っている。

 この点でライス論文はミアシャイマー理論と驚くほど一致している。さらに過去の事例から、ミアシャイマーはライバルがバランス・オブ・パワーを崩そうと した場合の具体的な戦略として「ブラックメール(blackmail=恐喝)」と「戦争(war)」をあげ、危険なライバルに直面した時にバランス・オ ブ・パワーを保つために使う戦略として、「バランシング(balancing」と「バック・パッシング(buck-passing=責任転嫁)」を取り上 げている。

 「バランシング」とは自国単独もしくは他国と協力しながらライバルに対する勢力均衡を維持しつつ、その力を封じ込め、必要とあれば戦争をして相手を負か すことであり、「バック・パッシング」は大国が脅威を与えてくる相手国に対して、他国に対峙させ、時には打ち負かす仕事をやらせることである。そして双方 が消耗しきった時に大国の出番となる。他にライバルに追随、従属するバンドワゴニング(bandwagoning)もあげられる。

 なお、このネオ・リアリズムに属するウォルツやミアシャイマーが中東における軍事バランス崩壊の観点から、イラク戦争に関して明確に反対し、2003年 2月に行われた外交問題評議会(CFR)でネオコンと大激論を繰り広げ、ネオコンが惨敗を喫したことは友人であるコバケン氏論文「リアリストたちの反乱」 に詳しい。理論で負け、実戦でも予想以上の苦境に陥る現状にあって、ブッシュ政権内の主導権がネオコンからライス国務長官のオフェンシブ・リアリストへと 移ったのは当然の結果である。

 ただし、ライスがアカデミック界からビジネス界に転身し、国益に直結するシェブロン(石油)、 J・P・モルガン(金融)、チャールズ・シュワブ(金融)などで実践を積んでおり、その意味ではビジネス・リアリストとアカデミック的なオフェンシブ・リ アリストを併せ持つ。このことから、同類のチェイニー副大統領やラムズフェルド国防長官と強固に結びつく可能性が高いことを認識しておく必要がある。

 ■日本が担う大役とは

 日本は戦後、憲法9条を盾に安全保障を米国に依存する「バック・パッシング」を採ってきたが、米軍の変革・再編(トランスフォーメーション)における陸 軍第一軍団司令部のキャンプ座間(神奈川県)への移転や横田の第五空軍司令部の第十三空軍司令部(グアム)への移転・統合などを見る限り、ブッシュ政権は 対中戦略に際して、日本の「バック・パッシング」を封じつつ、日本を中国にぶつける「カウンター・バック・パッシング」をシナリオに組み入れたと判断すべ きであろう。

 万が一の対中戦争に突入した場合を想定して、キャンプ座間などは戦禍をとどめておくための前線基地として位置付けているのである。従って、その時が来たら真っ先に狙われることになる。また、同時に中国の民主化以後を睨んだ米国のビジネス的な思惑も十分に計算されている。

 フォーリン・アフェアーズ誌編集長であるジェームズ・ホーグの論文『グローバル・パワーシフト』では、「進行中の経済及び人口統計学的な問題を抱える日 本は、アジアにおける新たなパワー再編の中心にはなりえない。その役目を担うのは中国、そして最終的にはインドになる。」と分析している。日本の将来の問 題が、経済はもとより人口問題にあると指摘する識者はピーター・ピーターソンを含めて数多くいる。この問題こそが日本の政治家が最優先に取り組むべきだ が、手つかずのまま放置されていることにすでに日本の限界が見出せる。

 こうした日本の将来性に関する悲観論が米国識者の間で語られ、民主化後の中国を分割弱体化させ、米国の新たなパートナー兼市場として迎え入れたいとする 勢力が存在する以上、米国が直接中国と対立するとは考えにくい。従って、その大役を日本にやらせようとしているのである。

 対中政策において米国の手元にあるのは、日本カード以外に台湾カード、そして北朝鮮カードがある。一つの目安として米国の台湾へのイージス艦売却があげ られるが、現時点の計画ではイージス艦4隻を台湾に実戦配備するのは2011年と見られている。中国経済のバブルがはじける時期と考えれば整合性も高く、 緊張を長期化させたいビジネス上の思惑もある。しかし、台湾の選択できる戦略は日本ほど限定されておらず、場合によっては中国に追随、従属するバンドワゴ ニングを採ることもできる。この点で米国にとっての優先順位は台湾カードより日本カードを上位に位置付けているものと考えられる。

 すでに北朝鮮カードは切られている。フォーリン・アフェアーズの最新号では、朝鮮半島問題専門のセリグ・ハリソンが北朝鮮のウラン濃縮による核開発は 「イラクの大量破壊兵器同様、ブッシュ政権が情報を歪曲し、脅威を誇張したものだ」とする論文を掲載している。この論文で注目すべき点は、ブッシュ政権が ウラン問題を持ち出すことによって北朝鮮に歩み寄る日本と韓国の融和政策を脅えさせ、後退させることを望んだからだと書かれている。この真偽はともかく、 分裂する米国にあってこの告発が外交問題評議会(CFR)とて一枚岩ではないことを示しているようだ。

 このことからわかるように、実行機関としてのネオコンが仕組んだダーティー・トリックが四方八方に仕掛けられている。こうして世論は巧みに操作され、気 が付けば崩壊後の北朝鮮に人道支援を名目にさらなる前線基地としての自衛隊派兵が決まり、同時にオフェンシブ・リアリスト達は原材料や食料、そしてエネル ギー資源の争奪戦を仕掛け、これによって日中の亀裂は決定的なものになる。そして、彼らが望む素晴らしい世界へと日本は引き込まれていくことになるのだろ うか。

 ■東アジア共同体という危険な誘惑

 こうしたシナリオを描く米国の戦略家にとって、最悪のシナリオはジェームズ・ホーグが明言している。「日本と中国が米国との関係よりも、日中が手を組ん で戦略的な同盟関係を築くこと」である。これはリムランド(ユーラシア大陸周縁国)に位置する国同士の結束を認めないとする伝統的な地政学にも合致してい る。
 
 そして、この最悪のシナリオを目論む東アジア共同体評議会が古森義久によって攻撃されている光景がなんとも興味深い。

 確かにライスも指摘しているように、「経済的交流を通じて中国国内の変化を促進する」効果も期待できる。また、経済交流が相互依存を深め、一時的な世界 経済への影響から経済大国間の戦争は回避できるとする米民主党や欧州お抱えのグローバリゼーション賛歌を唱える学者も存在する。しかし、彼らですら現状の 共産中国のままで世界経済に大きな影響を及ぼす大国として共存できると考えてはいない。

 この中国の民主化は財界にとっても歓迎すべき問題であるにもかかわらず、東アジア共同体評議会のホームページを見る限り、この重要な論点を避けている。 民主化による「機会均等、門戸開放」を掲げることなしに中国との共同体設立を目指せば、戦前の悪夢が蘇る。これでは古森が指摘する米国排除との懸念を招い ても仕方がない。従って、水面下で米・欧と協調しながら中国民主化へのシナリオを描く必要がある。

 また、現状の財界主導の東アジア共同体評議会は、オフェンシブ・リアリスト達の甘い誘惑によって、いとも簡単に引き裂かれる運命を抱えている。従ってバランサーの役割にすらならない可能性がある。

 さらに危険な兆候もある。今後日本国内の反米保守勢力や左派勢力の一部が、反戦やアジア回帰を旗印に和風ネオコンとなって東アジア共同体評議会に合流し てくるだろう。目先の利益に惑わされて、これに同調し、世論が束ねられることが最悪の結果をもたらす。なんとも切ないことに、現状の日本は米国か共産中国 かの究極のニ者択一しかないのだ。歴史を振り返りながら、被害を最小限に抑えるために敵にしてはならない相手を考えれば自ずと結論は導き出される。この現 実を見据えながら国益を冷徹に追求する姿勢が求められる。

 また次に待ち受ける最大の試練は中国の民主化以後であり、これを睨んだ日本の生き残り策の構築こそ、東アジア共同体評議会に期待したい。

 中国は米国陣営への対抗する狙いから、欧州やロシアとの間で経済的、軍事的な結びつきを深めようとしている。これはユーロで米国を揺さぶったサダム・フセインと同じ道を辿っていることを意味しており、米国の不信感を増幅させている。

 北東アジアの地に21世紀最大の危機が確実に忍び寄っている。



□引用・参考

東アジア共同体評議会
http://www.ceac.jp/j/index.html

東アジア共同体評議会掲載の古森記事
http://www.ceac.jp/j/column/041210.html

コバケン氏論文「リアリストたちの反乱」
http://www.asahi-net.or.jp/~vb7y-td/index-kb.htm

A Global Power Shift in the Making
By James F. Hoge, Jr.
http://www.foreignaffairs.org/20040701facomment83401/james-
f-hoge-jr/a-global-power-shift-in-the-making.html?mode=print


Did North Korea Cheat?
By Selig S. Harrison
http://www.cfr.org/publication_print.php?id=7556&content=

北朝鮮ウラン濃縮は歪曲 米が脅威誇張と専門家
共同通信12月10日配信記事

リー・クアンユー顧問相、米国と中国との間で緊張関係が生じる可能性を指摘
http://news.goo.ne.jp/news/kyodo/kokusai/20041214/
20041214a3170.html


日中関係の展望
ラインハルト・ドリフテ
http://www.rieti.go.jp/jp/events/bbl/04102101.html

 園田さんにメール mailto:yoshigarden@mx4.ttcn.ne.jp
2004年12月14日(火)萬晩報主宰 伴 武澄
「閣下、一日も早い即位を」
「余は王権を欲していない」

 そういったかどうか分からないが、アメリカ建国の父、ジョージ・ワシントン将軍は取り巻きに懇願された。グレートブリテン連合王国の支配を脱し、どうい う政府ができるかまだ誰も分からなかった時期である。それまでの歴史上、民主的政体などは一部の都市国家を除いてない。だから勝った軍隊を率いていた武将 が王となるのは当然すぎることだった。ワシントンが歴代の建国の王さまたちと違ったのは多くの推挙がありながら戴冠を拒否したことだった。

 そのワシントンが合衆国初代大統領に選ばれたのは1788年。合衆国憲法の成立を経て選ばれた。イギリスとの戦争の最中、独立を宣言したのが1776年 だから、12年の年月が経っていた。この間、合衆国政府はない。13州によるゆるい連合体である大陸会議があったにすぎない。

 大陸会議がこの独立宣言を決議した7月4日がアメリカの独立記念日となっているため、アメリカ合衆国の成立も1776年だと思っている人が多い。しか し、現実には独立はしたがアメリカには統治者はなく、大陸会議には徴税権すらなかった。独立戦争を賄うための戦費調達はあったが、そもそも主権がどこにあ るのか分からない。

 全土を統治するソブリン(主権者)がいないのだ。そんな時代が22年間も続いた。明治時代も大政奉還から帝国議会成立まで22年かかっている。日本もア メリカも国家の骨格をつくるのに同じような時間がかかっている。新しい国家をつくることはそんなに簡単なことではないのだ。

 アメリカはアフガンで大統領選を行い、カルザイ氏があらためて大統領に選ばれた。イラクでも新しい政府をつくろうとやっきとなっている。アメリカでさえ 12年の年月を必要としたのである。アフガンで国民が納得する国家の枠組が3年やそこらでできるはずない。

 当時のアメリカでは、明治初期の日本が藩に分かれていたように13州がそれぞれ独立していた。13州ではイングランド王が派遣したGovernor(知 事)を追い出した。その知事の代役を自ら選んだ代表であてていたかどうかまではしらないが、多くの州ですでに代議制をとっていたことは事実だった。

 合衆国(United States)という意味合いでは、アメリカの母国は連合王国を名乗っていた。United KingdomのUnitedという概念をまねたに違いないと思っている。この連合体は形の上ではスコットランド王とウエールズ王をイングランド王が兼ね るという政体で、アイルランドと北米13州はそれぞれイングランド王の領土だった。Kingdomの代わりにStatesとし、王さまの代わりに市民が選 ぶPresidentを置いたのがアメリカ合衆国のかたちである。

 最大2期8年という"王位"

 長い議論の末、13州の市民たちが選んだのは大統領制という民主政体だった。Presidentという概念は「presideする人」であり、つまり 「取り仕切る」人のことを呼ぶ呼称となっている。宗教界だとか病院だとかの長のことをPresidentといった。そこには「選ぶ」という概念はない。国 家の統治者としてPresidentの呼称が歴史上初めて登場する。

 国家を取り仕切る人がPresidentということは、「King」も「President」もあまり意味が違わない。違うのはPresidentに任 期制を導入したことだった。合衆国憲法は任期を4年としたが、ワシントンはその任期も「最大2期まで」という慣例を残した。

 司馬遼太郎の『竜馬がゆく』で「アメリカでは大統領が世襲でない。その大統領が下女の暮らしを心配し、下女に暮らしを楽にせぬ大統領は次の選挙で落とされる」などと書いている。

 黒船を見た後、土佐に帰って仲間にアメリカという国について説明するくだりもある。「アメリカって国はすごいぞ。王さまをみんなで選ぶんだ」。というわ けである。つまり日本語に「大統領」という言葉がない時代に竜馬はPresidentを「王さま」と呼んでいたという話である。もちろん、そんな会話が あったかどうか分からない。

 単なる司馬遼太郎流の解釈にすぎないのだが、Presidentを王さまと表現するところに凄みがある。ペリーがアメリカ合衆国大統領の国書を持ってき た時、幕府の役人たちの多くは「アメリカの王さまからの国書」と理解したに違いない。

 大統領制が残す絶対権限

 9・11以降のブッシュ大統領を見ていると、アメリカの大統領はまるで独裁者のように映っている。正義がわが物で、世界もわが物であるかのような振る舞 いは、まさに絶対君主制下の王さまである。アメリカの大統領はひょっとしたら任期制の王制ではないかと勘繰ってしまうほどである。

 全軍の長、議会に対する拒否権。アメリカ憲法に組み込まれた大統領の権限は、絶対君主に近いものがある。一度就任すれば、犯罪でも起こさない限り弾劾されることはない。

 大統領を戴く国は少なくないが、主要国で大統領が一番の権限を持っているのはアメリカとフランス、そしてロシアである。ドイツとイタリアの大統領は元首 に過ぎず、実権は首相にある。日本、イギリス、カナダは元首たる王さまを戴きながらも実権は首相にある。

 王さまを失った国々が元首として大統領を戴くケースが多い中で、アメリカが特異なのは、行政府の長としての首相がいないことである。まったくの白紙から 国家の制度を考えたからこうなったのだろう。この国は過去を引きずる必要がなかっただけに大胆な実験を数々行った。

 そしてアメリカでは、大統領が代わるごとに主要な官僚もすべて入れ替わる。一族郎党がワシントンに引っ越すのだから、大統領に対する政府の忠誠度は世界 一である。アメリカの大統領が王制に近いと感じられるのはまさにこの点にある。国防から労働問題までどこの省庁も大統領の方を向いているのだから仕事がし やすい。日本のように「官僚の抵抗」に遭って改革が遅れるなどということはあり得ない話なのである。

 マレーシアの輪番制国王

 王さまによる統治とアメリカのような大統領による統治の最大の違いは何 か。一般には、世襲制と交代制の違いと考えられているが、はたしてそうだろうか。ケネディ一家は兄に続いて弟も大統領になろうとしたし、ブッシュは父子で 大統領になった。クリントン夫妻は夫婦で大統領になるかもしれないのである。

 逆に世襲制でない王国が戦後のアジアに生まれた。マレーシアである。この国が建国された時、王さまを輪番制にすることに決めた。マレーシア13州のう ち、サルタンを持つのは9州であるが、この9州の統治者が順番に王位に就くのだ。任期は5年である。在任中に亡くなれば次へと遷るので、任期をまっとうで きないスルタンもいる。

 マレーシアではスルタンはイスラム教のその地の権威者であるから、そもそも住民による一定の支持がある。輪番制の王権を考えたのはだれだか分からない が、200年以上前のワシントン並みの知恵者だった。王制を大統領制に限りなく近づけたのだから、これは絶妙なアイデアだったとしかいいようがない。
2004年12月10日(金)萬晩報主宰 伴 武澄
 古いコラムを再録したい。1998年11月29日(日)「トウ小平が自衛隊OBに語った日中戦争の新解釈」と題して萬晩報に掲載した日中関係の重要な断面を知る内容である。以下そのコラムである。
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 1977年10月7日、元陸軍軍人で自衛隊の将官もつとめたOBらが訪中した。OBの立場から日中の軍人の交流の可能性を探るのが目的だったが、予期も しなかった鄧小平との会見が実現した。この時の会談内容はいまだ公的に語られたことはない。あまりにも衝撃的であるからだ。

 ■日本は共産軍を助けたことになっている

 人民大会堂で行われた会談の重要メモを入手したので萬晩報で公開する。中国側の出席者は鄧小平、廖承志、王暁雲、孫平化、金黎、単達析であった。

 両国は100年間は喧嘩したが、いまは共通の問題がある。過去、中国人民は日本の軍国主義に対抗してきたが、毛主席は常にこう言われた「過去のことは水に流そう」と。

 しかし、実際は、日本は中国(共産軍)を助けたことになっている。

  日本が攻め込んできたので、われわれを包囲していた蒋介石軍が後退した。当時のわれわれ八路軍の兵力は3個師団3万人のみだった。日本が蒋介石を重慶まで 押し退けてくれたので、われわれは日本軍の後方で勢力を拡大した。8年後に3万人の兵力は120万人にまで増えたし、さらに数百万人の民兵組織までつくっ た。

 第二次大戦の後、米国は蒋介石軍400万を整備し、蒋介石はこれでわれわれを攻撃したが、われわれは120万の兵力をもって3年間で蒋介石軍を打ち破った。それゆえ、みなさんだけを責めるのは不公平と思う。

 かつてジンギスカンが日本を攻撃したが、全軍が壊滅した。だから、日本に迷惑はかけなかった。長期的にみれば、文化交流があり人民の間は友好的だった。第二次大戦後、日本の立場は変わった。それ以降、両国の人民の交流は良い方向にある。

  日中の交流は、漢の武帝の時に始まったといわれるがそれから約2000年、短くみても1500年になる。100年は喧嘩状態だったが、1400年は友好的 だったのだ。100年の喧嘩は長い間におけるエピソードにすぎないと言えよう。将来も、1500年よりももっと長く前向きの姿勢で友好的にいこう。今後の 長い展望でも当然友好であるべきである。

 特に言っておきたいことは、両国とも同じ方向から脅威を受けていることだ。われわれは軍人だ。だから緊張緩和に望みをかけていない。第二次大戦後32年になるが、この間も決して安寧ではなかった。

 毎日のように緊張緩和にが叫ばれているが、そんな単純なものではなく、この間に核兵器、通常兵器ともものすごく発達した。それ故に私は緊張緩和を信じない。

 永久平和があるとは信じない。戦いはいつの時かは実現する。私たちはヨーロッパやアメリカや日本の友人に備えをすべきだと言っている。

 ■センチメンタルな反戦主義者ではなかったトウ小平

 日本側が「先の戦争では申し訳なかった」といった内容のことを述べると、鄧小平は発言をさえぎるようにして「われわれは日本軍をそんなに悪く思っていま せんよ」というような意味の発言をしたのだから一行はあっけにとられたに違いない。

 絶対に見間違ってならないのは、鄧小平はセンチメンタルな反戦主義者ではなかったということである。冷徹な戦力家であり、前線で戦ってきた野戦軍人だったのである。

  中国共産党は1930年代に入っても、国民党の蒋介石軍に対して劣勢で、江西省の山岳地である井崗山(せいこうざん)で包囲されていた。共産党軍は井崗山 から脱出すべく、長征の途についた。目的地の陝西省北部の延安までは中国の辺境といわれるチベットとの境界や青海省などの峻険な山岳地帯が選ばれた。この 途上、毛沢東が本格的に共産党の主導権を握ったとされる。

  だが、延安にたどりついたときは気息奄々、共産軍は全滅寸前だった。ところが日中戦争が始まり、西安を訪問中の蒋介石は張学良に捕らわれ、国共合作を余儀 なくされ、共産党がかろうじて生き延びる道が開かれたのである。張学良はもともと満州を支配していた張作霖の長男である。

 ■江沢民主席はなぜ!

 江沢民中国国家主席は日本に来て以来、何回過去の歴史に言及しただろうか。1989年に胡耀邦総書記が亡くなるまでの中国はこうではなかった。もちろん 国際環境はいまとは異なっていたが、過去の日本をこれでもかと批判し続ける江沢民主席の姿勢にはなにか品性を欠くものがある。

  江沢民主席が仙台を第二の訪問地として選んだのは魯迅が学んだ足跡を自分の目で確認したかったからである。魯迅が終生慕った藤野先生の子孫に会いたがって いたとの説もある。その江沢民が過去の歴史にあまりにも固執した背景に、日本訪問に関して中国国内でなにか不都合でもあるのかと勘ぐりたくなる。

 関連ページとして1998年06月06日「日中戦争のおかげで全滅を免れた中国共産党-トウ小平語録」があるが、メールマガジンとしては配信していない。萬晩報はこのコラムのもとになった会談の一問一答を入手した。関心のある方はどうぞ。
2004年12月09日(木)萬晩報通信員 成田 好三
  11月30日付の河北新報の記事「宮城球場、内外野人工芝に 楽天球団方針固める」によると、プロ野球パ・リーグの東北楽天ゴールデンイーグルスを運営す る楽天野球団は、本拠地とする宮城県営宮城球場の大規模改修で、内外野のグランド全面を人工芝に張り替える方針を固めた、ということです。 

 河北新報は、「楽天は新しい天然芝への張り替えも検討していたが、短期間で根付かせるのが困難なため、来季の開幕に間に合わないとの懸念もあったよう だ」と、人工芝に切り替える事情を伝えています。県営宮城球場では今、来季の開幕に向けて、大規模改修の突貫工事が続いています。参入決定の遅れもあっ て、来季の開幕に間に合わせるためには、あるいは人工芝でもやむを得ないのかもしれません。

 しかし、楽天球団オーナーである三木谷浩史氏、あなたは「日本に誇れる球団をつくり、プロ野球を変えるのが、われわれのミッションだと思う」と、参入決 定時の記者会見で語っています。楽天球団の方針がこの記事の通りだとすれば、極めて残念なことです。あるいは、あなたがまだ最終決断を下していないなら ば、再考を願いたい。理由は以下の通りです。

 プロ野球が抱える問題は数多くあります。親会社に赤字補填を依存する自立しない経営、選手の年棒や球場の入場者数さえ正確に公表しない閉鎖性などです。これらは複合的に絡み合って、契約時の有力選手への裏金の提供など、反社会的行為を生み出してきました。

 もうひとつの重要な問題は、プロ野球が極めて鎖国的スポーツであるということです。広い意味での「ローカル・ルール」が多すぎます。ストライク、アウト のカウント順が違います。ストライク・ゾーンも違います。ボールも微妙に違います。これらの違いは、日本の野球が戦後半世紀以上にわたって、「国際ルー ル」の必要のない、国内だけに限定された、プロ野球を頂点にして継続してきたからです。

 なかでも違うのは、球場の形態です。MLB(メジャーリーグ・ベースボール)各球団の球場は、一部のドーム球場を除いてすべて天然芝の球場です。そし て、天然芝の球場の内野は例外なく芝生で覆われています。内野に芝生のある天然芝の球場が「世界標準」です。日本以外、どこの国の球場もそうなっていま す。プロ野球選手が初めて参加したシドニー五輪、今年のアテネ五輪の野球会場もそうなっていました。プロ野球では神戸にあるオリックスの本拠地(現・ヤ フーBBスタジアム)だけがこの形態です。

 ドームの人工芝球場で育った松井稼頭央は今季1年間、MLBの内野に芝生のある天然芝球場に苦しみました。五輪やW杯など国際大会でも、日本代表は「世界標準」球場への対応に悩み続けています。

 三木谷氏が本当に野球を愛し、球界を新たなシステムに変える意思があるならば、県営宮城球場を人工芝の球場に造り替えるべきではありません。有能なビジ ネスマンであり、豊富な資金力をもつあなたが、簡単に天然芝の球場を諦めてしまったとすれば、残念でなりません。メンテナンス費用の安さ、球場を野球以外 のイベントに使用する際の利便性から人工芝を選択したとしたら、論外の話です。

 あなたは金儲けのためだけに、つまり「楽天ブランド」の知名度・イメージアップのためだけに、球界に参入したのではないはずです。今も「プロ野球を変え るのが、われわれもミッションだと思う」と考えているならば、人工芝球場は再考すべきです。来季開幕時は無理だとしても、数年のうちには内野にも芝生のあ る天然芝の球場に張り替えるべきです。

 楽天野球団が二軍の本拠地に決定した山形県には、オリックスの本拠地より先に造られた、内野に芝生を張った野球場があります。鶴岡市の「鶴岡ドリームス タジアム」です。シドニー五輪前に日本代表が合宿した球場です。二軍視察の際には鶴岡市に足を運ばれて、この球場を造った人たちの意見を聞かれてはいかが ですか。(2004年12月9日記)

 成田さんにメールは mailto:narita@mito.ne.jp
 スポーツコラム・オフサイド http://www.mito.ne.jp/~narita/
2004年12月06日(月)長野県南相木村診療所長 色平(いろひら)哲郎
 日本は、多くの人が晩年に「障害」を背負う時代に入った。

 ~増える高齢障害者にどう対応するのか~

 高齢社会とは率直に言えば、高齢の障害者が否応なく増える社会である。だからこそ生命が尽きるぎりぎりまで元気に働き、あっさりあの世に旅立つ「ピンピンコロリ」 が大往生としてもてはやされ、自分もあやかりたい、となる。しかし、現実には医療技術の進歩によって、ひと昔前は重篤だった病態がひとまず改善され、その後、さまざまな障害を抱えて過ごさねばならない人が増加している。

 この傾向は今後ますます強まる、と日々患者さんと対面しながら実感している。経済界が提唱する市場原理導入論は「ふつうの人が高齢障害者になっていく」 という時代の大局的認識を欠いている。市場競争による医療の効率化は、治療行為と治癒の相関関係が見通せる条件下でしか成り立たない。合併症による多臓器 障害や痴呆などをあわせ持つ高齢者のケア現場では、この安易な見通しは「患者きり捨て」につながってしまう。実態は一日、一日、本人と家族、ケアをする者 たちが葛藤を抱えつつ、何とか乗り切っている状態だ。高齢者ケアは、医療と福祉が渾然一体となって係わらなければ立ち行かなくなりつつある。

 にもかかわらず、市場原理派は、医療の企業化で一部の高度医療へのニーズを充たせば、医療の質そのものが向上するかのような主張を展開。医療は病人を治 すもの、老人介護は福祉の枠に収めればよしとする旧態依然たる発想を脱していない。くりかえすが、高齢社会の主要テーマは、ごく一般の人が高齢障害者にな ることに社会全体としてどう対応していくかだ。


 ~医療が高度化するほど医療費は増大~

 川上武氏は『21世紀の社会保障改革』(勁草書房)で「医療技術革新」の歴史的な流れを踏まえて高齢障害者が増え続ける状況を分析している。その大意を記してみよう。

 戦後の第一次医療技術革新は、抗生物質や抗結核剤などの登場、外科系の全身麻酔、輸血、補液などの導入を促した。その結果、身体のあらゆる部分にメスが 入るようになり、伝染病・感染症に対しても飛躍的な治療効果がもたらされた。一九四〇年代後半から五〇年代にかけて、それまで死因第一位だった結核の死亡 率が瞬く間に減少し、 結核病床が不要となっている。医療費の面でも、疾病克服↓病人減少↓医療費削減というサイクルが成立した。

 六〇年代、成人病時代に入り、第二次医療技術革新が始まる。臨床検査の自動化、超音波技術、胃カメラ、血管造影など診断技術が長足の進歩を遂げる。た だ、診断面の進歩に見合う治療技術の発達はみられなかった。人工透析、心臓のバイパス手術、脳動脈瘤の開頭手術など治療面での大きな進歩はあったものの、 技術そのものとしては「中間段階」。抗結核剤のような革期的効果をもたらす技術は出現しえていない。

 現在も第二次医療技術革新の範囲にとどまっており、患者は、中間段階の治療技術で寿命は延びるが完治されず、加齢・寿命の壁に阻まれ、診断・治療費は、 効果の薄さもあって、ますます膨らんでいく。コスト・パフォーマンスにおいて、第一次技術革新のようなサイクルは成り立たない。医療が高度化するほど医療 費は増大している。

 一方で、分子生物学の医学への導入で第三次医療技術革新が始まっている。臓器移植、体外受精、遺伝子操作などが世界の一部で実現過程に入ったが、全体と してはまだ研究段階。成人病+加齢↓老人病↓死のサイクルを解決できるものではない。

 ここを押えておかないと第三の技術革新を技術的「切り札」とみなす陥穽に落ちる(たとえば『患者の命は救えなかったが、ガンは退治した。医学の勝利』と 学会で自慢げに発表するような例)。加えて臓器移植・体外受精・遺伝子操作は、従来の「医の倫理」と違い、医療技術そのものが倫理的問題を内包している。 一般化にあたり、倫理、法律面で摩擦が生じ、社会的なコンセンサスは未だ成立しえていない。と、川上氏は「科学技術」としての医療技術の進歩こそが高齢障 害者を生んでいく背景を解き明かしている。

 ~高齢社会にこそ求められる想像力~

 都会では想像もつかないかもしれないが、私の村には老いた連れ合いの世話をすることが「天命」だと信じているご老人がいる。ある八十代のお婆さんは「あたしがガンバル。爺さんは家で治したい」と言ってきかない。

 相方のお爺さんは糖尿病が重く、寝たきりに近い。お婆さんは必死に世話をする。彼女自身、腰痛もひどいはずなのに入院を勧めると頑強に抵抗する。彼女が ここまでガンバルのは「病院は入ったら最期」の思いが強く、医療費負担へのプレッシャーもあるからだ。

 とはいえ、お爺さんは過去に何度か入院し、その都度、一応の回復をみて退院している。お婆さんも頭では入院が必要なことは分かっているが、頑なに拒み、 自分で世話をしようとする。彼女の内面には医者にも介入しがたい信念、巌のような愛情が存在する。とうとうお爺さんが昏睡状態になって、
 「もうダメだ。病院に運ぶよ」
 と無理やり引きずっていこうとすると、
 「先生、あたしは死んでもいい。爺さんの世話をさせてくれ」
 とすがりついてくる。
 「死んで世話ができるかい」
 と強引に切り離す。......修羅場である。

 別のお婆さんは、晴れがましい席が苦手で、村人とも顔を合わそうとしない。さりとて「引きこもり」というわけでもない。畑に出て野菜をつくり、山にも入 る。ひとりで生きる「野生の」ご老人だ。彼女も体のあちこちに痛みを抱えるが「ひとりがいい」と入所を拒んでいる。しかし、いよいよ具合が悪くなったらど うすべきか。実はまだ決めかねている。

 都会の病院ではベッドに空きがないといって、重い障害を持つ高齢者を在宅に押しこむ。医療的な処置が必要な高齢者を福祉施設に押しつけている。あちこちギャップだらけだ。

 社会全体として、障害を背負って晩年を生きることに、もっと想像力を働かさなければなるまい。

 色平さんにメール mailto:DZR06160@nifty.ne.jp
2004年12月05日(日)萬晩報主宰 伴 武澄
 ■満面笑みの会談

 チリのサンチアゴで開かれたアジア太平洋首脳会議で小泉純一郎首相と胡錦濤国家主席が会談した。中日新聞に掲載された共同通信の写真は、「胡主席、靖国 参拝を直接批判」という記事の見出しとは裏腹にともに満面笑み。これ以上の笑顔はないという顔をしていた。小泉首相がブッシュ大統領との会談で見せるへつ らいの笑顔とは別物だった。互いに「ようやくお会いできました」という喜びを表現していた。

 二人が何を話したか本当は知られていない。靖国問題や原潜の領海侵犯といった問題に終始していたはずがない。ひょっとしたら、アメリカ抜きのアジア経営をどうするか話していたかもしれない。

 多くの首脳会談は双方の政府が発表する内容とは別の話をしている。その昔、外務省を取材していた時、聞かされたことがある。本来、国と国とが仲良くする ための会談が、相手を挑発するテーマばかりの応酬であるはずがない。敵対するためならばそもそも首脳同士が会う必要もない。だから双方の政府から発表され る内容はあらかじめ政府間で話し合って作成されたテキストに沿ったものでしかないと理解しておくべきだ。

 ■対中ODAは必要なのか

 小泉・胡錦濤会談の翌週、こんどはラオスで小泉・温家宝会談が行われた。会談内容についての日本側のレクチャーでは、靖国問題は直接的には言及されな かったことになっていた。しかし中国側のレクチャーでは「具体的に指摘があった」と発表された。お互いに都合にいいように発表することはこれまでの日米首 脳会談でもたびたびあったことだからことさら荒立てる必要もない。

 ところが、3日の産経新聞とNHKで、対中ODAに関する真っ逆さまのニュースが報道された。ラオスでの日中首脳会談の内容をめぐり、産経新聞は温家宝 首相が「ODAは必ずしも必要としていない」と述べたと報道した。ニュースソースについては複数の日中関係筋とした。

 外資による10億ドル級の対中投資が相次ぎ、まがりなりにも中国経済は成長軌道に乗り、中国元の切り上げが国際的に求められるのが中国経済の現状であ る。大局的にみて中国経済が日本のODAに大きく依存していた時代はとうに過ぎている。

 しかし、この時点で温首相が公式にODA不要論を打ち出すと政府内での立場は悪くのになぜそんな踏み込んだ発言をしたのかと思った。そんな感慨で産経新 聞の一面トップ記事を読んだら、こんどはNHKが夜7時のニュースで「温首相が、日本政府の責任者からODA打ち切りに関する議論が出るのは理解しがた く、中止すれば両国関係ははじける状況になると日本側をけん制した」と報道したから驚いた。

 ■日中関係の溝を深める結果

 先に述べたように、首脳会談の会談内容について双方の政府発表にニュアンスの違いがあったり、会談内容に差異があったりすることは珍しいことではない が、こうも正反対の報道がなされることは稀である。産経は「温家宝首相がODA不要を通告」と書いたのに対して、NHKは「ODA中止で日中関係がはじけ る」と報道したのだが、真っ逆さまな記事の内容であるにもかかわらず、どちらも日中関係の溝を深めるに十分な報道だったことは指摘しておかなければならな い。

 不思議なことに、他のメディアはこの問題についてその後、一切言及していない。対中ODAは、すでに一部の識者から不要論も出ている。「軍拡を進める国 にODAはいかがなものか」という論調にうなずく国民も少なくないはずだ。

 三重県にいて、日中首脳会議の内容を取材することはほとんど不可能であるが、このところの一連の中国報道、北東アジア報道を見て強く感じるのは、どうや ら日中間にくさびを打ち込みたい人間たちがいて、世論に揺さぶりをかけているのではないかということである。

 1980年代に、日中蜜月時代があった。鄧小平、胡耀邦、趙紫陽というリーダーたちがこぞって日本と良好な関係を築き、日本側もそれに応えた。その良好 な関係は天安門事件を境に一変した。江沢民総書記の登場がそのきっかけだった。不思議なことに日本経済の失われた10年か江沢民総書記の時代とそっくり重 なる。

 その江沢民時代が終わり、鄧小平の直系といわれる胡錦濤総書記に代わり日中関係が好転する兆しが現れていた。そこに東シナ海の海洋権益問題や中国潜水艦 の領海侵犯問題などが相次いだ。資源の問題はともかく、今の時点で日中双方にとって関係をことさら悪くしなければならない環境にはない。

 マスコミはニュースソースがどういう意図で情報をリークしているのかもっと慎重に検証する必要がある。残念ながら、報道に関わる人々はそんなことまで考えなければならない時代になったと言わざるを得ない。
2004年12月02日(木)萬晩報通信員 成田 好三
 球場入場者数の水増し発表が当たり前だったプロ野球で、「来季からより実数に近い形で発表する」(11月28日付読売)動きがでてきた。

 巨人の桃井恒和・球団社長が11月27日、東京ドームの入場者数の発表をその方向で検討していることを明らかにした。阪神の野崎勝義・球団社長も時期は特定しなかったが、甲子園球場の入場者数の発表を同様の方向で検討していると、その翌々日に語った。

 今季の再編騒動で、球界の情報公開の不備をさんざん批判されたことに加え、水増し発表の数字と実際の入場者数の差が、誰の目にも明らかなほど大きくなったための対応策だといえる。

 東京ドームの巨人戦は、1988年の開場以来、近年は空席が目立ちながらも「満員御礼」の公式発表が続いている。11月28日付読売「巨人、東京ドーム の入場者数を実数に近い形で発表」によると、入場者数は「巨人と興行の業務委託を受けている読売新聞東京本社では、従来、チケットの販売数などを勘案しな がら、興行上の慣習による入場者発表を行って」いた。記事では「興行上の慣習」の中身についての説明はない。

 プロ野球が抱える病巣は、親会社が球団の赤字を補填する自立しない経営スタイルと、選手の年棒や契約金さえ公表しない閉鎖性にある。あるいは、この2つ の病巣が複合的に絡み合ったものである。だから、球場の入場者数をより実数に近い形で発表することは、わずかではあるが球界改革の第一歩であるとみえるか もしれない。

 しかし、本当にそうだろうか。巨人や阪神のやり方は、根本的に間違っている。球場入場者数の発表方法の変更は、より実数に近い形で発表しても「被害」が少ない、有力・人気球団が、それぞれ違ったルールで先行実施し、他の球団がその動きに追随するべきことではない。

 本来ならば、球界のトップである根来泰周コミッショナーが指導力を発揮し、セ・パ両リーグに加盟する全球団の代表者が協議した上で、発表方式の「統一 ルール」を決定、一般に公表した上で実施すべきものである。球団ごとに発表方式が違っていては、現状の水増し数字と同様に誰も信用しなくなる。ファンの球 界不信をさらに強めるだけである。

 根来氏には、その意思はないだろう。選手会がストを行えば辞任すると公言しながらも、スト実施後も「当分の間」としてコミッショナー職にしがみついてい る人物である。ならば、球界の「盟主」を自認する巨人と読売新聞は、全球団に発表方式の変更を提案し、実施に向けて動くべきである。

 しかし、巨人と読売新聞にはそうした姿勢はまったくない。彼らは球界改革ではなく、巨人と読売新聞の利益にしか興味はない。彼らは球界の盟主ではない。

 巨人の機関紙的立場にある報知は11月28日付「巨人、来季から観客〝実数〟発表へ 東京ドーム主催試合で」で、恥ずかしげもなくこんな一文まで掲載している。

「東京ドームには前売り券、年間シート、当日券、招待券などさまざまな入場方法があり、計算方法も複雑なことから、米大リーグやJリーグのように1ケタ台まで実数で発表するのは難しい。」

 よくもこんな事実誤認を前提にした記事が書けたものである。大リーグやJリーグにも年間シートやスポンサー枠など「さまざまな入場方式」はある。この記 事を書いた記者は、大リーグやJリーグには複雑な入場方法はないと確信しているのだろか。それとも、上層部の意向にそって事実誤認の文章を書き加えたのだ ろうか。

 ちなみに、Jリーグが1993年の発足当時から発表している球場入場数は、「実数に近い数字」でも「実数」でもなく「有料入場者数」である。(2004年12月1日記) 

 成田さんにメールは mailto:narita@mito.ne.jp
 スポーツコラム・オフサイド http://www.mito.ne.jp/~narita/
2004年12月04日(土)萬晩報通信員 齊藤 清
  【コナクリ発】北アフリカ・リビアのカダフィ大佐と国際社会との和解も済み、米国の石油会社はリビアへも大手を振って石油汲みに出かけられる環境が整っ た。これからはますますアフリカ大陸の原油が期待される時代となる。西アフリカの産油地帯の現況と、そこにうごめく傭兵たちの姿を眺めなおしてみた。

 ◆奴隷海岸の再現へ

 2004年7月12日、五列のフォーメーションを組んだ総勢十三隻の艦隊が、淡くかすんだ空の下、北アフリカ・モロッコにほど近い大西洋の海を北上して いた。艦隊の左翼前方に位置するのは、米海軍のニミッツ級航空母艦『USS Harry S. Truman』。右翼には同じく米海軍の航空母艦『USS Enterprise』。 そして、米空母トルーマンの右舷に並行して進行しているのがイタリアの航空母艦『Giuseppe Garibaldi』。また、米空母エンタープライズの左舷を併走するスペインの航空母艦『Principe de Asturias』。それから、英国、モロッコ、フランス、ポルトガル、トルコと、多国籍の艦艇がそれぞれの位置を崩さずに白い航跡を曳いていた。
http://www.navsource.org/archives/02/026549.jpg

 これは『Majestic Eagle 2004』と名づけられ、北アフリカ・モロッコ沖で
米海軍主導で行われたNATO軍としての共同演習風景の一齣である。

 この頃英国では、イラク戦争開戦を正当化した根拠情報の誤りをバトラー委員会報告書が指摘し、イラク戦争の大義名分に改めて強い疑問が投げかけられてい た。フランスは、イラクへの国軍派遣を拒否。スペインでは、3.11列車爆破事件の後に成立した新政権によってイラク派遣軍の撤退が進められ、スペイン新 政権とブッシュ米大統領との間の軋轢が噂されていた。

 そういった時期に、昔の地図には奴隷海岸と記されていた西アフリカ地方に続く海域を、多国籍艦隊が打ち揃って遊弋していたのである。奴隷貿易が公認され ていた時代には、これらの国々の艦船が、生きた人間を商品として運び出していった海である。

 そして今、これらの国々、ことに米国は、昔の奴隷海岸一帯からアフリカ大陸の血――軽質原油を搾り出す体制をすでに整えたことを宣言すると同時に、今後 のオペレーションの障害となるものはすべからく排斥する決意を、この日、軍事力を映像として誇示することによって、あらためて表明した。

 ◆米国のアフリカ石油戦略

 よく知られているように、米国は世界最大の石油消費国である。世界の年間産油量30億トンのうち、10億トンを米国が消費している。米国の経済活動は石 油の流れに従って動いている。石油なくしては、米国民の市民生活を維持することができない。

 米国は現在、国内消費量の約60パーセントを輸入に頼っている。そのために、海外からの安定した石油調達を継続することが常に求められている。しかしな がら、イラクの例を見れば明瞭に理解できるように、すべての国が米国に好意的であるわけではない。

 そこで米国は、石油の中東依存度を軽減し、その分を未開拓の、しかもコントロールしやすいと考えている西アフリカ地域から調達することとし、目標数値と して輸入量の25パーセント確保の方針を据えた。9.11事件に連動させて発動したアフガン侵攻、ニセの情報を根拠としたイラク侵攻、そして次はイランが 標的かなどと世論を誘導し、人々の目をペルシャ湾岸の油にひきつけて幻惑している間に、西アフリカのギニア湾に展開していた米国石油企業は粛々と作業を進 め、主要な産油地帯を押さえる戦いはすでに勝負がついたといえる段階にある。

 この地域で新規開発した油田、あるいはこれから開発する油田はすべてが海底油田である。生産物を搬送するパイプライン敷設の必要がない。採掘現場は陸地 から離れた海上であるがゆえに、現地の政情不安の煽りも受けにくい。警備のしやすさは陸地の油井の比ではない。また北海油田のように冬季の過酷な気候を考 慮する必要もない。このような環境で硫黄分の少ない良質の軽質原油が汲み出せるということであれば、これ以上何を望むべきだろうか。

(拙稿)ギニア湾―もう一つの湾岸石油戦争
http://www.yorozubp.com/0308/030804.htm

 ◆アンゴラ反政府勢力の消滅

 ここでは、米国のギニア湾における石油支配が進む過程で垣間見えたいくつかの冷酷な現実を、最近の主だったできごとに限って振り返ってみたい。なぜか、死屍累々という言葉が頭をよぎる。

 2002年2月、アンゴラの反政府勢力UNITAのサビンビ議長が死亡した。 UNITAは、この国が1970年代にポルトガルから独立して、アンゴラ人民共和国なる社会主義政権が誕生して以来の、実に30年にわたる呆れるほどに長 期的な反政府勢力であった。これは日本外務省ですらそのWEBページで書いているように、UNITAは米国のお墨付きを持ち、米国の支援を得て内戦を継続 していたことと、「永遠の輝き」のデビアス社が、反政府勢力の掘り出すダイヤモンド原石を買い取って紛争資金の供給を続けたことに長生きの源泉があった。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/angola/data.html

 しかし、サビンビ議長は世界の風の流れを読み誤り、米国政府に厄介者にされる形で捨てられた。その結果、今では親米として振舞っている現大統領が米国に 呼ばれた一週間後に、このサビンビ議長は死亡している。公式には、政府軍との戦闘による戦死ということになっているけれど、その実は、最近世界各地の戦闘 地域での活躍がめざましい「軍事顧問会社」の関与によるものであったといわれる。――政府軍の兵士とは腕が違う。

 このアンゴラは、むろん米国石油会社が多くの鉱区を保有する西アフリカ第二位の原油生産国である。――日本企業も権益の一部を保有している。米国資本に よる巨額の投資により原油の確認埋蔵量は飛躍的に増大していて、数年のうちに生産量第一位のナイジェリアを追い越すことは確実と計算されている。

 邪魔者が消された後内戦は停止して、現在は和平プロセスが進められている。 国家財政のほとんどを原油に頼っているアンゴラにとっては必須の流れ方でもあった。

 ◆リベリア大統領の失脚

 2003年の7月には米国のブッシュ大統領が、パウエル長官とライス補佐官を随行してアフリカ数カ国を訪ねている。そして、西アフリカ一番の産油国ナイ ジェリア訪問では、アメリカの石油権益の西アフリカ地区代理人とも称されるこの地のオバサンジョ大統領と米政権との濃密な交流が行われた。

 当然のように、ナイジェリアとその近隣の国々との石油利権の問題が話題となる。例えば、カメルーン、その沖に浮かぶ小さな島国サントメプリンシペ、ガボ ン、国の陸地面積は少ないものの、米国資本による海底油田開発のおかげでここ数年驚異的に経済発展し、成長率60パーセントという狂乱状態の赤道ギニアに 関する意見交換などが行われた。

 この季節、彼らにとっての気がかりのひとつはリベリアの内戦状況であった。 巨額の投資を続ける米国にとって、近隣の国から火の粉が飛んでくることは避けなければならない。この時点で、米国の支援を受けた反政府勢力が、反米政権 チャールズ・テイラー大統領をかなりの程度に追い詰めてはいた。落ちるまであと一押しであった。欧米のメディアと人権団体は、いつものごとく「人道的な問 題」を強調し、反テイラー大統領の国際世論を煽って包囲網を狭めた。

 オバサンジョ大統領は、ブッシュ一行が到着する一週間ほど前にリベリアへ飛び、テイラー大統領を説得。この時点で、テイラーに亡命を受け入れる意思ありと確信していた。

 ブッシュ一行がナイジェリアを発った翌日、オバサンジョ大統領は一路ギニアへ飛んだ。そしてギニアのコンテ大統領と、テイラーの処置についての意見調整 をする。コンテ大統領がテイラーをリベリアから追い出すことに反対するはずもない。ギニアは自国の防衛のためにも、米国の協力を受けながら、一部国境を接 するリベリアの反政府勢力を支援していた。――ギニアの大統領は、自分は正統的な流れで大統領に就任した軍人であることを誇りにしているから、ゲリラあが りの大統領テイラーを、個人的にも嫌悪している。

 テイラー大統領はそれから一カ月ほど後、オバサンジョ大統領が身柄を預かる形でナイジェリアへ亡命した。テイラーの盟友でシエラレオネの「ダイヤモンド 戦争」の準主役を演じた反政府ゲリラの代表フォディ・サンコーは、テイラーの政権放棄の決意を促すかのように、この一週間ほど前に獄死している。 あるいは、させられたというべきなのかもしれないけれど。

 これでリベリアも、そして周囲の国々も静かになり、この地域での投資リスクは低減された。

 さっそく、テイラー後のリベリア暫定政府から免許を受けたスペインの石油企業が、シエラレオネ寄りの海域で海底油田の調査を始めた。この会社はフォ ディ・サンコー亡き後のシエラレオネでも、米国企業ひしめく赤道ギニアでも探査作業を続けている。

 ◆スーダンの混乱

 ギニア湾からは遠いけれど、エジプトの隣国で、紅海に窓を向けたスーダンの動きにも触れておく必要がある。

 1996年、国連安保理はスーダンに対して制裁決議をぶつけた。米国独自の対スーダン経済制裁も実施された。そのため、米国企業はスーダンで活動するこ とができなかった。その間に、経済の発展に伴って石油消費量が急激に増えていた中国がこの国の石油権益を手に入れ、中国初の海外油田として仕上げてしまっ た。他の国の企業も動いてはいるけれど、スーダンの油は中国の独擅場と言えなくはない状態である。この国の石油を取り巻く状況は、米国の石油会社にとって は痛恨の極みとでもいうべき展開となってしまった。

 この間、スーダンの内戦は継続していたのだけれど、最近では和平に向かって収束する方向にあると観測されていた。その矢先、政府軍の支援を受けたアラブ 人民兵によってアフリカ系黒人の大量虐殺が行われているとされる報道が始まった。パウエル米国務長官も「大量虐殺が行われている」と発言し、スーダン政府 の速やかな対応を求めた。英国もこの発言を追認。

 そして、事態が改善しなければ国連でこの国の生命線である石油の輸出禁止を決議すると、米国が警告を発した。

 制裁決議が成立した場合、当事者のスーダンも困るけれど、多額の投資を行い、必要に迫られて大量の原油を輸入している中国も大きな影響を受けることになる。むろん、米国の意図はまさにこの一点にあるといわれている。

 ◆アフリカの傭兵たち

 国レベルの目的のために人を殺すことを請け負う民間人がいる。戦争のプロである。彼らは、「警備会社」あるいは「軍事顧問会社」の社員と称して政権を擁 護する立場を演ずることもあれば、反政府勢力を指揮して政権を脅かすこともある。また、紛争を煽るための工作も彼らが得意とする分野の仕事である。 ――むろん無料奉仕ではない。誰かが雇うのである。

 小さな国、小さな軍隊、小さな政府がほとんどのアフリカ大陸は、傭兵が活躍しやすい場所であるらしい。もっとも、この傭兵たちの仕事現場はアフリカであっても、その雇い主の背景は遠く離れた国々にあるらしい。

 鉄の宰相と呼ばれたサッチャー元英国首相は、英国陸軍特殊空挺部隊(SAS) を重用した。精鋭ばかりを集め、実戦でさらにその腕に磨きをかけているため、このSAS出身の傭兵は世界最強という評価を得ている。退役後、英国、フラン スあたりのブローカーにリクルートされてアフリカ大陸に送り込まれることが多いようだ。

 次いで、米軍の特殊部隊出身者がしばしば傭兵業に転進するという。それで、事業としての戦争を推進している米国には、戦争業務を請け負う「軍事顧問会社」が乱立しているらしい。

 在外公館が現地の新聞記事を要約してWEB上で公開している情報を拝借し、傭兵たちのアフリカでの活躍ぶりの一端をご紹介したい。このページでは、「ハ ラレ空港における武器を所持したアメリ力人の逮補」の項が特に興味深い。 (ハラレはジンバブエの首都)

 以下は、「ハラレ空港における武器を所持したアメリ力人の逮補」の項からの抜粋。
http://home.att.ne.jp/green/asj/ippan/i9903.html

ハラレ国際空港において武器を所持したアメリカ国籍の男性3名が逮捕された。3名はチューリヒ行きスイス航空機で米国へ向かおうとしていたと思われる。

3名は、高度な訓練を経た傭兵であると思われ、カビラ大統領を暗殺し、「より崇高な政府」を樹立することが使命であったと思われる。

押収品は、軍事ハードウェア及び機器(マシンガン、狙撃用ライフル2丁、AK-47式ライフル3丁、消音装置5機、赤外線式照準望遠鏡6機、ライフルの台 じり3機、望遠鏡8台、ナイフ70丁、ピストル及びリボルバー19丁等)及びポータブル・コンピュータ、拷問用機器、弾薬、仕掛け爆弾製造法及び通常機器 から銃を作る方法のマニュアル、軍事用カムフラージュ用品、照明用機器、弾倉、無線機等。

破壊行動未遂容疑で拘留中の3名のアメリカ人が属する軍事組織と、ウガンダにおける観光客虐殺とを関連づける証拠が挙がった。

3名のザンビア滞在中に、アンゴラ大使館爆破事件が起こっている。ジンバブエ政府調査団は、調査範囲をジンバブエ及びコンゴ(民)から他のアフリカ各国に拡げている。

 以上は、傭兵映画『ワイルドギース』などといった類の娯楽物語の中での筋書きではなく、アフリカで現実に起きている、あるいはごく日常的な風景であるということに無力感は募る。

 ◆ボーイング機の謎

 つい最近も傭兵たちによるかなり派手な立ち回りがあって、しばらくの間、観客の想像力を刺激してくれた。以下、日経新聞のWEB記事(2004年3月11日)から引用。

  『米英スペイン、赤道ギニアのクーデター計画に関与?
  米英スペインの情報機関がクーデター計画に関与か――。アフリカ中部の赤道ギニアからの報道によると、同国で10日までにクーデター計画が発覚、雇い兵ら 15人が逮捕された。ジンバブエ政府が首都ハラレで7日に拘束した航空機の乗客64人も米英スペインの情報機関の支援を受けた雇い兵とみられている。

 赤道ギニアで捕まった南アフリカ人の雇い兵グループ隊長はテレビで「ヌゲマ大統領をスペインに連行し亡命させる計画だった」と告白した。

 一方、ジンバブエで拘束された機内からは衛星電話や地図などが発見されたが、武器類はなかった。モハジ内相は「英情報局秘密情報部(MI6)、米中央情 報局(CIA)、スペインのシークレット・サービスの情報機関が関与し、赤道ギニアの軍、警察のトップにクーデター計画への協力を求めていた」と述べた。 航空機を運航した会社幹部は「乗っていたのは鉱山労働者だ」と反論している。

 この記事にあるジンバブエで拘束された航空機は、ボーイング727型機である。データベースによれば、1964年にNational Airlinesがボーイング社からこの機を購入し、1980年に同航空会社がPan Amに買収された時、この機は米空軍に売られて空軍用に仕様変更されている。この機の英空軍基地に駐機中の写真がある。

UK-Cottesmore, July 30, 2001 http://www.airliners.net/open.file/251562/L/

 この機は、米国ノースカロライナの空軍基地を発ち、カリブ海に浮かぶ島バルバドスで給油したあと目的地へ向かった。ジンバブエで拘束された時点では民間 会社所有ということになっているらしいけれど、直前までは米空軍所属の航空機であった。

 ◆赤道ギニアのクーデター不発

 もっとも、この事件の続報を頻繁に露出している欧米メディアの記事は米国の関与には触れず、表舞台に登場してくる関係者の華やかな顔ぶれと、手垢のついた目的の解説ばかりを強調しているようにみえる。

 すなわち、サッチャー元英首相の息子が資金提供者であり、元英陸軍特殊空挺部隊(SAS)隊員で、西アフリカのすべての紛争地での傭兵業で稼いだことで すこぶる有名な御仁が指揮官となり、スペインに亡命中の野党指導者を大統領に据える計画であった、成功の見返りは現金と石油利権である、等々。

 しかし、そのシナリオは綺麗過ぎて真実味に欠けている。赤道ギニアの現政権は、長期政権の通弊として腐臭漂う体制であり、巨額の投資者に対しても不愉快 な対応をして不安を感じさせるばかりでなく、米国に設けられた口座に多額の賄賂を振り込まざるを得なかった。しかも国民は貧乏なままで、ごく短い時間の間 に生じた貧富の格差の異常な拡大に伴う不満が爆発寸前となっていた。

 そしてもう一点、絶対に見逃すことのできない動きがあった。それは、赤道ギニア大統領に対する中国のアプローチである。いつものごとく隙間から手を差し 出すのではなく、石油利権の取得を求めて表街道を走った。中国から吹き寄せる甘言は、独裁大統領の耳を心地よくくすぐっていたはずだ。

江沢民主席、赤道ギニア大統領と会見
http://j.people.com.cn/2001/11/20/jp20011120_11471.html

 ナイジェリア、アンゴラに続く西アフリカ第三位の産油国――米国資本がすでに万全の生産体制を整えた赤道ギニアを、トラブルなしに最大の利益を確保して 運営していくためには、現大統領の存在は不適当であると判断された。障害物は除去されなければならなかった。いくぶんかの餌を与えれば従順に尻尾を振る、 扱いやすい政権に変えておく必要があった。そして、傭兵を使ったクーデター計画が実行された。

 このようにして、油を安定的に確保するためのひたすらな努力がアフリカの各地で続けられてきた。そして今がある。この状態を維持するために障害となるも のは、当然のように排除される。ただひざまずくことだけが求められ、浮気は許されない。これからも冷徹なムチは振り続けられることだろう。そのための傭兵 たちは、油の守護神としての役割を演じなければならない。一神教の神は嫉妬深いのである。

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2004年12月01日(水)萬晩報通信員 園田 義明
 ■巻き起こる「北朝鮮・レジーム・チェンジ」論

 情報通信社インター・プレス・サービス(IPS)やアジア・タイムズ・オンラインなどで活躍し、日本メディアの隠れたネタ元として知る人ぞ知る存在と なってきたジム・ローブが11月23日に「タカ派は北朝鮮でのレジーム・チェンジ(体制変更)を押し進める」と題するコラムを掲載し、アジア各国で大きな 話題となっている。

 この中でローブは、ウィークリー・スタンダード誌の編集長としてネオコンの代表格を務めるウィリアム・クリストルが「北朝鮮のレジーム・チェンジに向けて」とする声明をオピニオン・リーダー向けに配布したことを明らかにしている。

 クリストルはニコラス・エバースタット・アメリカン・エンタープライズ公共政策研究所(AEI)客員研究員のウィークリー・スタンダード誌掲載の論文を引用しながら、ブッシュ政権二期目の最優先事項の一つは北朝鮮問題であると明言している。

 エバースタット論文は「専制政権を崩壊させよ」とする刺激的なタイトルから始まり、北朝鮮問題に対する米国のアプローチは明らかに欠陥があると指摘した 上で、非外交的手段なオプションの必要性を説いている。これまでのエバースタット発言から、この気になるオプションには経済制裁、そして軍事攻撃までもが 含まれていると考えられる。

 論文に先立って11月9日に行われたAEIの「第二期ブッシュ政権の外交政策」をテーマとするセミナーに出席したエバースタットは、この非外交的手段な オプションが外交的手段による解決の可能性をも高めるとしながらも、「北朝鮮への軍事攻撃での核開発阻止という最終の方法は犠牲やコストの巨大さのために 不可能と断じる向きがあるが、決して考えられないということではない」と述べている。

 ■日米ネオコンの狂宴

 ここで気になる日付について整理しておきたい。

 クリストルの「北朝鮮のレジーム・チェンジに向けて」が「新しいアメリカの世紀のためのプロジェクト(PNAC)」のウェブ・サイトで公表された日付は11月22日である。

 エバースタット論文「専制政権を崩壊させよ」はウィークリー・スタンダード誌の11月29日号に掲載されているが、ウェブ・サイトに掲載された日付は11月19日である。

 そして、PNAC公表に合わせるかのようにフジテレビの「報道2001」に出演し、全く同じ主旨の発言を行った政治家がいる。この発言内容は次の通りである。

「多くの人が命がけで国から逃げようとしている状況で、金正日政権が今後も存続していくことができるのか。この政権と交渉して果たして結果を出すことがで きるのか、最近疑問を感じている。レジーム・チェンジの可能性も選択肢に入れたシミュレーションを今からはじめておく必要がある」(産経新聞朝刊より)

 この発言の主は自民党の安倍晋三幹事長代理である。そして、この「報道2001」は11月21日に放送された。

 このネオコンと安倍晋三をパイプ役となっているのが産経新聞の古森義久であり、古森は11月9日のAEIのセミナーに関する記事を11月11日付け産経新聞で掲載している。

 この日付の関係から、すでに安倍晋三は古森義久を通じて完全に米国のネオコンと一体化していることがわかる。

 安倍晋三が今年4月29日(日本時間30日)、AEIで講演し、ネオコンの首領としてキリスト教右派とユダヤ系米国人を結びつけ、ウィリアム・クリスト ルの父でもあるアーヴィング・クリストルに対して深い尊敬の念を表したことはすでに拙稿『ふたつのアメリカ/ 「ムーア vs ミッキー」とBCCIスキャンダル』で取り上げた。 

 エバースタットは今や韓国が逃亡した同盟国とした上で、韓国国民と直接話し合いながら、窮極的には同盟を回復させるための韓国内の政治集団を建設、育成 しなければならないと力説しており、現在の米国にとって頼もしい存在としての韓国版安倍晋三を待ち望んでいるようである。

 ■エバースタット家と偏狭なラスト・リゾート

 「政界のプリンス」こと安倍晋三は、安倍晋太郎元外相の二男で、自宅をデモ隊に取り巻かれながら日米安保条約改定を強行し、憲法改正に執念を燃やした岸信介元首相の孫に当たる。

 一方のニコラス・エバースタットは作家兼写真家の父フレデリックと母イザベルの間に生まれた。フレデリックの父、つまりニコラスの祖父はフェルディナンド・エバースタットである。

 このフェルディナンド・エバースタットこそが戦中戦後における軍産インナー・サークルの中心人物であった。

 フェルディナンドは名門投資銀行ディロン・リードなどを経て、第二次世界大戦中には戦時生産局副長官(計画担当)として原爆開発に関わり、終戦直後の 1945年9月にはエバースタット・レポートを作成、戦争の規模や頻度の異常な増大と原爆に象徴される科学技術の進歩によって米国は厳しい挑戦にさらされ ており、これを回避するために戦争動員の迅速化と兵器開発の中枢としての国防総省、国家安全保障会議(NSC)、中央情報局(CIA)の創設を提案した。 つまり、フェルディナンドこそがこの三機関の生みの親なのである。

 このフェルディナンドは母校であるプリンストン大学の名門クラブとして知られるコテージ・クラブを中心に名門大学出身者を「グッド・マン・リスト」とし て結集させた。この中には初代国防長官となるジェームズ・フォレスタル、ユダヤ系財界代表バーナード・バルーク、"エレクトリック・チャーリー"こと チャールズ・E・ウィルソン、ルシアス・グレイ、クラレンス・ディロン、ウィリアム・ドノヴァン、ジョン・F・ダレス、アレン・ダレス、W・アヴレル・ハ リマン、ハーバート・フーヴァー、デイヴィッド・リリエンソール、ウォルター・リップマン、ジョン・J・マクロイ、ロバート・パターソン、ロバート・ロ ヴェットなど、当時の政財界を代表する人物が名を連ね、以後国防総省と産業界と一体化させながら冷戦時代を見事に演出していった。

 そして、その孫がネオコンを装いながら南北朝鮮問題の専門家として急浮上してきた今、歴史がその祖父の時代へと逆戻りし始める。ラスト・リゾートにかける彼らの想いが伝わってくるようだ。

 ■バック・パッシング合戦の行方

 彼らにとって既に内部崩壊の兆候が見え始めた北朝鮮は緊張を煽るための道具でしかない。北朝鮮問題を契機に北東アジア一帯の緊張を高めることで巨大な兵器庫を作り上げることが狙いである。

 しかも、ネオコンが何と言おうが背後にいる彼らは北東アジアの地では脅しだけで最後まで自ら手を下すことはない。他国に対峙させ、場合によっては打ち負 かす仕事をやらせる戦略を採る。そして、息の根を止める最後の一撃の瞬間に彼らは現れる。これが戦略としての「バック・パッシング(buck- passing=責任転嫁)」である。

 この「バック・パッシング」は米国のみならずEUも採用するに違いない。北東アジアにおける米国にとっての他国とは日本であり、米国に対抗するEUに とっての他国とは中国である。過去の事例から考えれば、すでに米国とEUは日中を中心とする巨大兵器マーケットの創出に向けて手を組んでいると見ていい。

 米・欧にまたがる軍産インナー・サークルが紳士を気取りながら仲良くラスト・リゾートとしての北東アジアにすでに群がり始めている。米軍の変革・再編 (トランスフォーメーション)に伴い、陸軍第一軍団司令部のキャンプ座間(神奈川県)への移転や横田の第五空軍司令部の第十三空軍司令部(グアム)への移 転・統合などが日本に打診され、まもなくEUの中国に対する武器禁輸措置も解除される。

 ■もうひとつのラスト・リゾート

 北朝鮮拉致問題と並んで小泉首相の靖国参拝問題が急浮上してきた。靖国が教科書問題ともに中韓両国によって「歴史カード」に使われるのは対外政策の未熟さの表れに過ぎない。また中韓両国が恐れるのは小泉首相に国家神道の亡霊を見ているからだろう。

 この靖国参拝問題や「飛んで火に入る夏の虫」としての中国原潜領海侵犯事件を表面化させることで、日本政府は新たな「防衛計画の大綱」案に中国の安全保障上の「脅威」を盛り込ませることに成功し、事実上の日中冷戦時代の幕開けとなった。

 同時にミサイル防衛(MD)システムのおこぼれを回収するための武器輸出三原則の見直しが進められ、憲法改正によって名実共に米国の身代わりとして進み 出ていくことになる。そして、米国は最後の仕上げとして米国か中国かの踏み絵を迫り、この時初めて日本人はことの重大さに気付くのである。

 米国生まれの憲法九条を盾に米国に依存しながらのらりくらりとかわしていく日本流「バック・パッシング」戦略も老朽化で役に立たず、ひ弱な反戦平和運動 はなすすべもなく立ちすくみ、北東アジア構想などは無残にも引き裂かれ、もはや八方塞がりの中で最新兵器に取り囲まれた緊張感溢れる素敵な生活が目前に 迫っている。

 無駄だと思うが、まもなく訪れる中国経済のバブル崩壊後を狙って、米国のネオコンとキリスト教右派から成る「左手に兵器、右手に聖書」連合の反共思想を 刺激し、日本の身代わりとして中国にぶつけるシナリオは今から用意しておくべきだろう。安倍晋三や古森義久、そしてこの二人を支持する方々も、信じるもの に従って米国へと旅立ち、「左手に兵器、右手に聖書」連合の旗の下で共に戦えばいい。

 日本に残る人々にはもうひとつの戦いが待っている。伝道者としての宮崎駿がアニメを通じて世界に広めた神道や縄文の思想が、今再び偏狭な小泉国家神道に よって壊されようとしている。根源としてのラスト・リゾートになりえるこの「太古からの宝物」を救い出し、宗教・民族を越えて存在する内なる神道を呼び起 こしながら、共生への道を切り拓かなければならない。

 12月1日現在の「miyazaki hayao shinto」の検索結果はYahoo!で573件、Googleで1650件ある。


□引用・参考

Hawks push regime change in N Korea
By Jim Lobe
http://www.atimes.com/atimes/Korea/FK24Dg01.html

「米ネオコン、金総書記追放をブッシュ大統領に圧力」
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2004/
11/23/20041123000075.html


November 22, 2004
MEMORANDUM TO: OPINION LEADERS
FROM: WILLIAM KRISTOL
SUBJECT: Toward Regime Change in North Korea
http://www.newamericancentury.org/northkorea-20041122.htm

Tear Down This Tyranny
From the November 29, 2004 issue: A Korea strategy for Bush's second term.
by Nicholas Eberstadt
11/29/2004, Volume 010, Issue 11
http://www.weeklystandard.com/Utilities/printer_preview.asp
?idArticle=4951&R=A0A32EEE8


「防衛計画の大綱」案概要 新たに中国の脅威追加 政府、与党PTに提示
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20041126-00000006-san-pol

▼古森義久記事
第2期ブッシュ政権の北核問題対応 非外交的手段に移行も 朝鮮情勢専門家
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20041111-00000010-san-int

中国の人権改善なし 法律武器に宗教弾圧 米政府と議会の年次報告書
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20041006-00000009-san-int

▼神道国際学会
http://www.shinto.org/top.htm

神道と自然の聖なる次元
ケンブリッジ大学東洋学部 カーメン・ブラッカー博士
http://www.shinto.org/drcarmen.htm

 園田さんにメール mailto:yoshigarden@mx4.ttcn.ne.jp

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