2003年11月アーカイブ

2003年11月28日(金)ジョージワシントン大学 客員研究員 中野 有

 アメリカが考えるイラク戦の4つの理由

 昨年の秋にブッシュドクトリン(国家安全保障戦略)が発表された。このドクトリンには、軍事と開発というコインの裏表の戦略が提唱されている。この1年 間、世界は、戦争から復興支援への躓きとブッシュドクトリンに揺り動かされた。ブッシュ政権は、アメリカの予測を遙かに上回るイラクの戦費と復興支援の重 圧により、単独主義の欠陥を認め、国際協調路線への修正を余儀なくされることになった。ブッシュ政権の近視眼的単独主義により、アメリカの信頼度を極端に 低下させたのみならず、ブッシュ再選に赤信号が灯りはじめたのである。

 リベラルなシンクタンクである、ブルッキングス研究所の外交政策部の内部からブッシュ政権の傲慢な外交政策に触れ、国際情勢と、大統領選の影響による国内政治の駆け引きを感ぜずにいられない。

 ブルッキングス研究所のブレーンは、クリントン政権の外交、安全保障に携わった国際協調派と中道派で固められている。ブッシュドクトリンが発表された翌 日、ブルッキングス研究所は公開セミナーを開催し、ブッシュ政権の単独主義と先制攻撃を批判した。米国内で、イラク戦への支持が高まる中、ブルッキングス 研究所は週一回のイラク情勢についての公開セミナーを開催した。それに対抗するように新保守派のシンクタンクも毎週公開セミナーを開催した。
 
 これら一連のリベラルと保守派のセミナーに参加し、今回のイラク戦の本質的な目的は、何であるかを多角的視点で確認する必要があると感ぜられた。ニュー ヨークタイムズの外交コラムニスト、トーマス・フリードマンは、それを的確に、イラク戦には4つの理由(現実的、本質的、道義的、発表された理由)がある と大局的視点で考察している。

 1つ目の「現実的理由とは、9.11によりアフガニスタンへの攻撃では充分でないので、イラクへの軍事介入したこと。2つ目の「本質的理由」とは、アメ リカンスタンダードによる民主化と市場経済化をイラクの石油を戦利品として達成し、イラク、シリア、レバノン・・・とアメリカの覇権を確保し、拡大してい くこと。3つ目の「道義的理由」とは、サダム・フセイン大統領によるクルド人をはじめとした人権を無視した行動への軍事的制裁。そして最後の「発表された 理由」は、大量破壊兵器の廃棄と国際テロとのリンケージ。今だこの物的証拠は出てきていない。

 ブッシュ政権が考えるアメリカスタンダードによる中東再編という本質的理由をベールで包むために、国際テロ、大量破壊兵器、悪の枢軸等、複雑な要因がマスコミを通じ、激しく議論されたと考えられないだろうか。

イラク戦への警告と予測された結果
ブルッキングス研究所において、少なくともイラク戦が始まる5ヶ月前から、アメリカのハードパワーによる単独主義、傲慢な外交政策には限界があるとの以下の指摘は議論されていた。

 第1に、ハーバード大学のハッチントン教授が警告するアメリカの覇権主義による文明の衝突の観点から、物質社会より精神面に重点を置くアラブの気質を見誤ることによる、アメリカへの報復とテロが激化し、世界が混沌とする。

 第2に、アメリカの単独主義に対抗する国際協調主義による勢力が一枚岩になり、アメリカの孤立化が進む。

 第3に、アメリカのスクラップ&ビルド戦略の限界。米軍の最新鋭の兵器でイラクのインフラがスクラップされても、その復興の過程において、破壊工作により復興がスムーズに進まない。

 第4に、アメリカの一方的な民主化の押しつけによるイラク国民の執拗な抵抗が予測される。新生イラク政策のもたつきによるシーア派、スンニ派、クルド人による内紛と、イスラム諸国の介入により内戦が複雑化する。

 振り返れば、これらのブルッキングス研究所で行なわれた議論は、多かれ少なかれ的中しているが、戦争開始の3ヶ月前には、戦争回避はほぼ不可能だとの予 測が出されていた。理由は、大統領と議会が戦争を容認していることであり、ブッシュ大統領は直感で行動し、信念を通すとの分析であった。至極当然の分析で あるが、あらゆる情報を分析して出されたこの結論は、極めて高度な予測であったと考えられる。

 ラムズフェルドドクトリンに則る最新鋭兵器による短期集中型戦闘により、イラク軍の抵抗をほとんど受けることなく、5月に空母鑑リンカーン上にてブッ シュ大統領が、戦闘終結宣言を行った。しかし、フセインの残党とイスラム過激派によるゲリラ戦が続いており、毎日のように米軍の犠牲者が出ている。フセイ ン大統領が先制攻撃直後にテレビ放映で行った筋書き通りのことが現実として起こっている。米国の負担が、毎週1200億円にものぼり、ブッシュ大統領は軍 事と財政の支援を国際社会に嘆願することになった。

 日本の役割と米国内の政治的要因

 憲法9条を有する日本は、軍事的関与には限界があり、可能な日本の国際貢献は、紛争を未然に防ぐ予防外交と紛争後の復興支援であろう。いったん、国会で認められたイラクへの自衛隊派遣が、延期されることになり、日本の国際貢献に疑問が残る。

 戦闘地域と非戦闘地域を区別できぬ状況の中、自衛隊を派遣できぬとの考えが正当化されるなら、日本は、アメリカのイラク戦を支持するのでなく、紛争を未 然に防ぐための最大限の予防外交を達成すべきであった。日本が、イラク戦を防ぐためのあらゆる努力を行うことにより、国際社会から注目されただろう。北朝 鮮問題を含む、安全保障の問題を考慮すれば、日米同盟が基軸となるが、日本には国際協調を主眼とする国連外交も重要な柱であり、それを国連安保理で声高に 唱えるべきであった。

 アメリカの単独主義により先制攻撃が行われたのだから、現実的に戦争回避は不可能であったであろうが、日本は国際社会に向けて、アメリカに完全に追随す るのでなく、国際協調主義を示す姿勢も決して無駄にはならなかったであろう。何故なら、外交政策と米国内の政治の絡みから展望すると、アメリカは完全に、 ブッシューゴアの大統領選が示すように完全に共和党と民主党に分かれており、恐らくシンクタンクは、極めて高度な戦略により、イラク戦による影響を大統領 選に持ち込もうとしていると考えられるからである。

 イラク戦を回避できなかったことにより、冷戦に勝利し、軍事的・経済的覇権主義を高め、9.11のトラウマにより暴走するブッシュ政権を国際協調主義に 修正させるシナリオを描くことができた。現時点において、イラク戦を通じ、ブッシュ大統領の支持率を低下させる戦略は民主党系のシンクタンクのシナリオに あったと考えられる。

 イラク復興へのベスト・シナリオ

 アメリカが国連に軍事協力を求めるにあたり、アメリカと国際社会の間で双方が納得し、理想的な妥協点が生み出されなければならない。恐らくアメリカが妥協できない点は、米軍が国連軍や多国籍軍の指揮下に置かれるということであろう。

 アメリカは軍事的コストを軽減させ国際協調を得るためにアメリカを中心としたインフラ整備をある程度諦め、イラク市民による復興支援あるいは世界中の多 くの国々によるイラクのインフラ整備が推進されよう。国連軍は事実上、ゲリラ戦に対抗できないだろうから、米国とヨーロッパ主導によるNATO軍の関与が 高まろう。

 ベストのシナリオは、ブッシュ政権が国際協調を唱え、国連・NATOの主導により、イラク国民による新生イラクが生まれることであろう。イラクには、無 尽蔵の石油資源がある。年間5兆円の資金が軍事に消えてしまうのでなく、イラク国民に直に供給されることにより、平和への一歩が生み出されるであろう。

 コインの裏表である軍事と開発を、開発主導に転換させる。イランーイラク戦争最中のイラク駐在の経験と、報復というアラブの気質を考慮すると、国際協調 と開発を推進することが、アメリカによるイラク戦の泥沼化からの現実的な出口となろう。(国際開発ジャーナル11月号に掲載)

 http://www.idj.co.jp/books/index_j.html
 国際コンサルタント中野有の世界を観る眼 第2回)
2003年11月27日(木)萬晩報通信員、成田 好三

「政権選択」が最大の争点とされた今回の総選挙には、もう一つ見逃せない特徴があった。TV選挙になったことだ。各党の党首がこれほどテレビに露出したこ とは、以前にはなかった。党首たちはNHK、民放各キー局の報道、討論番組に次々と出演した。党首たちがそろって、あるいは個別に出演した。TVCMも格 段に増えた。

 総選挙は完全にTV主導の時代に入った。これからは、〝アーウー宰相〟や〝言語明瞭意味不明首相〟が誕生することはないだろう。政治は、政治家はTVを通して直接国民に語り掛ける時代になった。

 政治家が新聞など活字メディアよりもTVを意識し、いやTVを重視して選挙や政治活動をする時代に、メディアはきちんと対応しているのだろうか。とても そうとは思えない。TVはもはや時代遅れになった手法でニュース番組を制作し続けている。新聞記事のスタイルも、紙面の展開も時代の変化に対応してはいな い。

 前回のコラム「匿名性に隠れる日本の新聞記者」では、TVで中継される記者会見の現状について批判的に論じた。今回は、その後の問題について触れてみた い。TVならニュース、報道番組の制作手法について、新聞なら記事のスタイルや紙面構成についてである。

TV、新聞とも記者会見を断片的に、あるいは細切れに処理している。平日に毎日午前と午後、首相官邸で行われる内閣官房長官の記者会見を例に挙げる。TV ニュースは主要な部分だけを切り取って流す。質問者の声が入ることはほとんどない。断片的に切り取られた官房長官の答えの、しかもさわりの部分だけがオン エアされる。

 新聞も、記事の中に「答弁」を挟み込むようなスタイルで書く。記者と官房長官のやりとりを「一問一答」のスタイルで記事化することは、よほどの重要 ニュース以外にはしない。記者会見は本来、「質問―答弁」が一体となって成立するものだ。だから、答弁の真意も一体の流れの中で把握すべきものである。

 記者会見を断片的に扱う理由を問われれば、TVはニュースの時間枠を、新聞は紙面枠を挙げるだろう。ニュースの限られた時間内に質問まで入れる余裕はな い。限られた紙面を無駄使いする訳には行かない。彼らは愚問に対応するかのようにそう答えるだろう。

 しかし本当にそうだろうか。細切れに切り刻んだ報道スタイルは、読者や視聴者に記者会見の「真意」を伝える妨げになっているばかりか、メディア自体の首を締める事態に追い込んでいるとは考えないのだろうか。

 福田康夫内閣官房長官は気に入らない質問をする記者に対して、あなたはどの新聞(TV)の記者か、といった慇懃無礼で実のところ恫喝的な問い掛けをす る。東京都の石原慎太郎知事は恫喝そのものと言っていい言辞を記者会見で多用する。彼らに対しても、細切れではなく「質問―答弁」とが一体となった報道ス タイルは有効だとは考えないのだろうか。

「質問―答弁」が一体となった報道スタイルを取れば、質問者と答弁者のどちらに「理」があり、どちらに「非」があるかは、読者や視聴者が自ら判断できる。メディア自体の自衛策としても有効な手法ではないか。

 TVの時間枠がない、新聞の紙面枠がないという反論は詭弁である。TVは愚にもつかないバラエティー番組を毎日垂れ流している。大手新聞には、30ペー ジ、いや40ページを超える紙面枠がある。読者、視聴者の利益にもなり、自らの自衛手段にもなる手法を何故取らないのか、まったく理解できない。

TVの効果を最も有効に利用する政治家は、小泉純一郎首相である。彼は狡猾で扇動者的な資質をもつ、戦後政治では例を見ない政治家である。「自民党をぶっ 壊す」と宣言して首相に就任した彼は、TVを最も効果的に活用する。しかし彼は、今どきの高校生とまったく同じ「資質」をもった政治家でもある。

 小泉首相は平日の午前と午後、首相官邸詰めの「番記者」の質問に答える。午前の質問に応じる彼は、不機嫌でボソボソと何を言っているか分からないほどの小さな声で答える。午後の質問には逆に、表情豊かには張りのある大きな声で答える。

 その理由は簡単なことだ。午前の質問にはTVカメラは入らない。午後の質問ではTVカメラが彼の正面にあるからだ。TVを通して直接、茶の間に自分の声 でメッセージを伝えられる午後の質問は、彼にとって極めて有効なパフォーマンスの場である。逆にTVカメラが入らない午前の答弁は、彼にとって義務的な行 為にすぎない。

 地方紙の現役記者からこんな話をよく聞く。夏の甲子園を目指す高校野球の都道府県予選で、各地方紙は総力戦で取材に当たる。運動担当だけでなく、行政、 経済、司法、支局の担当記者も取材要員になる。彼らは異口同音にこう言う。高校球児たちは、TVカメラの入らない取材、インタビューではぞんざいなもの言 いをする。近ごろの言葉なら〝ため口〟をつく。しかし、都道府県予選の決勝戦などTVカメラが入る取材では、彼らの態度は一変する。TVカメラの前では、 彼らは「純真な高校球児」を演じきる。

 TVカメラが入るか入らないかで、日本の最高権力者も地方の高校球児の態度も一変する。地方紙の若い記者たちが高校球児に値踏みされているように、日本 のメディア界をリードすると自負する大手のTV、新聞社も、そこに属するエリートの政治記者たちも、実のところは政治家たちに値踏みされている。そうした 実態を理解できないTVと新聞は、国民の大多数からそう遠くない未来において、見離されてしまうだろう。

 もう一度書くが、記者会見を細切れにするTVニュースや新聞の記事、紙面展開は既に時代遅れになっている。日本のメディアも、時代に対応した新しいスタイル、ビジネスモデルを開発すべきではないか。(2003年11月21日記)

 成田さんにメールは mailto:narita@mito.ne.jp
 スポーツコラム・オフサイド http://www.mito.ne.jp/~narita/
2003年11月26日(水)萬晩報主宰 伴 武澄

 衆院選の投開票日が過ぎて2週間が経つ。期待が高かった割には盛り上がりに欠ける選挙だった。マスコミの中にいて、誰もが「風が吹かない」と嘆いていた。選挙中の各社の世論調査が「自民が過半数獲得」を予想していたことも影響しているのかもしれない。

 あの選挙はなんだったのか、振り返ってみたい。民主党の当選者177人について翌日の朝刊紙はそれぞれ「民主躍進」と書いたが、社民党と共産党の票を 食っただけ。自民党の地盤を切り崩したとはいえない。菅直人氏が「政権を取る」と豪語したのだから、これは明確に敗北である。党勢拡大程度で満足しても らっては困る。

 一方の自民党の当選者は237人。事前の予想に反して過半数に到達しなかった。総裁選に圧勝し、安倍晋三幹事長を抜擢し、「若さ」と「変革」を強調した が、「改革路線」が浸透したとは到底言い難い。結論的にいえば、保守新党の自民党合流と相俟って、公明党の存在感が増したことだけが目立った結末となっ た。

 今回の衆院選における公明党の貢献は並大抵ではない。比例区の公明党への投票総数から逆算して、選挙区で最低でも1万票、多く見積もれば3万票の公明票 が自民党候補に流れたとみられている。小選挙区で1万票未満の差で自民党候補が民主党候補に競り勝った選挙区を数えてみたら29もあった。

 もし仮に公明党の協力がなければ、この29選挙区で自民党候補は確実に民主党候補に敗れていたはずだから、選挙結果は大きく様変わりしたに違いない。単 純に177vs237が206vs208と接近しただけではない。民主党の躍進が事前に予想されていたらさらに投票率も上がり、比例区でも当選者の上積み を図れたはずだから、確実に与野党逆転が起きていたことになる。

 たらればを語ろうというのではない。今回の衆院選の結果、自民党にとって公明党は単なる連立の相手ではなく、公明票なくして政権維持ができなくなるということを公に天下に露呈する結果となってしまったのである。

 自民党にとってもはや安堵している場合ではない。この選挙結果によって、公明党がへそを曲げれば政権の維持ができないということになった。それこそこれからの政策の意思決定過程においてどこでも公明党の主張がまかり通るということでもある。

 また今回の衆院選では"組閣"はないと小泉首相はあらかじめ公言していたから、浮上しなかったが、次回の内閣改造で公明党の入閣の人数が問題となること は確実である。公明党としては選挙に対する貢献度から複数を要求することはほぼ間違いない。しかも主要閣僚の一角を求めることになるだろう。

 本来、自民党と公明党の支持層は水と油の関係にある。党の体質はかつての社会党よりも懸け離れているはずだ。これまでは保守新党という"かすがい"が存 在したが、もはや自公という1対1の関係になった。一体となるか、対立するか、二つに一つしかない。

 かつての自民党だったら、それでもそれぞれの業界や官庁の側に立つ族議員がいて政官民の癒着体質があって、自民党員でいる恩恵はそれなりにあった。しか し、ここ数年の橋本派の弱体化によって政治による業界への締め付けは相当程度緩んでいる。小泉政権自身が財政の出動を厳格に阻止してきた結果でもある。

 族議員としての利権を失った上、政策決定まで公明党に自由に牛耳られることになれば、政権政党としての自民党のよって成り立つ基盤はますます脆弱になる。

 自公の連立が崩壊すれば、自民党の政権維持はおぼつかなくなる。逆に一体になれば、支持層の相当数を失う。内部分裂の可能性だってある。どちらに転んでも自民党の将来は危うい。

 負け犬の遠ぼえではない。2003年11月の衆院選は後世に史家によって「自民党崩壊が始まった選挙」と評価される分水嶺になるかもしれない。民主党は今回の選挙に敗北したのだが、真剣に政権政党としての準備を始めた方がいい。
2003年11月23日(日)ジョージワシントン大学客員研究員 中野 有

 坂本龍馬は、あまり文献を残さなかったので、龍馬を尊敬し、第二の龍馬を目指そうとした中江兆民の全集から、「龍馬の思想」を学ぼうとした。そして深遠 なる古書の魅力にとりつかれた。思想家、ジャーナリスト、政治家として自由偏在に行動した兆民の思想が、精神のバックボーンになった。兆民を通じ、幸徳秋 水、徳富蘇峰、大川周明等、そして当時のアジア情勢を鮮明にするため満鉄の経済調査部に興味を持った。ジョンズホプキンズ大学では、兆民の「三酔人経綸問 答」が参考書になっている。

 キャピタルヒルの後ろにある議会図書館には満鉄関連の文献が充実している。満鉄の嘱託を経て戦前の北京で30年生活した兆民の息子、知る人ぞ知る中江丑 吉(うしきち)の本を見つけた。「中国古代政治思想」と「中江丑吉の人間像」である。それぞれ岩波書店(1950)と風媒社(1970)から出版されてい るので日本でも手に入る本であるが、ワシントンで丑吉の本に出会い、この1週間は議会図書館の住人となってしまった。

 丑吉は、兆民と交流のあった西園寺公望等の援助を受け、一生のほとんどを無職で通し、アジアの真ん中、北京に身をおき中国の伝説時代から歴史時代にかけ ての中国の古代政治思想と人類の全生活史の研究という雄大な作業をこつこつとこなしたのである。そして、歴史や物事の一般的な原則や自然の理を悟り、戦争 へと進む日々の時勢の作用の観測を行った。現状の立場、将来への見透し、人物の性格を分析し、満州事変勃発とともにいち早くその本質と発展性を指摘し、日 独敗戦の必至を説いたのである。太平洋戦争の運命を見抜いた丑吉の手法は、古代中国思想である総合的萬有学と政治的根拠をなす宇宙観を基本としたものであ る。

 アカデミズムを嫌った丑吉の思想は、学説や体系的観念により矮小化されている昨今の学問と対称的である。現在の北朝鮮問題や北東アジアの視点は、いかに 表層的な短見で語られているか。丑吉が示唆する歴史の一般的法則と、自然の理法が必要なのである。紛争の解決には西洋的な一神教でなく、多神教的な宇宙を 貫くアニミズムの思想が必要なのだ。と丑吉のおかげで確信を持つことができた。

 この丑吉の総合的萬有学から来る思想こそ、世界に発信すべきである。古都北京の格好な点景人物であった丑吉に日本から多くの人物が集まったという。北京の松下村塾のようだったのだろう。

 ノートに書き留めた丑吉の思想を断片的であるがここに記したい。

 1.広域圏について

 世界恐慌からの脱出の過程において世界経済には「経済ブロック」形成の動きが濃化し、英帝国経済ブロック、北米経済ブロック等に対抗して、日本も日満支 経済ブロックの強化をしきりに推進しつつ日本のエビコーエンたちは、この言葉をもてはやした。「東亜共栄圏」というスローガンがその仕上がりであったこと はいうまでもない。

 これに対する中江さんの批判は、一刀両断的な厳しいものがあった。
「広域圏だのアウタイキー(自給自足圏)だのとの考えは、資本主義経済の指向するところと逆行しているな。資本主義というものは、その本質上、世界的な規 模で経済交流する方向をとるもので、世界がいくつかの孤立した経済圏に分かれるなど、資本主義の発展にとり阻害要因しかない。資本主義の法則が自己を貫徹 していることは、明らかであり、この世界の戦争状態が終われば、急速し、そしてより緊密な仕方で世界は経済的に結びつかざるを得ない。こんなことは自明の 理だ」

 2.古いものへの興味

 「非常日本」の今日、自分が書いている様なものが、到底一滴の重油、一片のアルミニウム程の役目も勤まらないのは勿論である。然し、経済がまだ中国の社 会で「萬有学」として立って居た頃、若し中国人の誰かがこんなものを書いたら、或いは異端邪説の罪で忽ち首をなくしてしまったかも知れないと想像はつく。 思う事が書けるのは、本人には一番有難い事である。

 3.戦争と日本の運命

 人間の合理的思惟に堪えられないものが勝つことはありない。そうだったら歴史というものはおよそ意味がないことになる。世界史は「ヒューマニティー」の 方向に沿ってのみ進展する。いいかえれば「ヒューマニティー」を担っているもののみが世界史の真のトリガーたりうる。これが世界史進展の法則だ。現在の世 界的対立を見ると「ヒューマニティー」を担っているのは、明らかにデモクラシー国家側であって、枢軸側ではない。だからこの世界戦争の究極の勝利は必ずデ モクラシー国家のものだ。

 4.自由の精神

 自分は人間の自由の精神とその進歩をかたく信じる。それは人類の歴史が証明しているし、将来においても必ず貫かれる。その意味において、自分はつねにオプティミズムである。

 5.マッセンのリーダー論

 鋭いとか、きれるとか、理論家であるとかいったエレメントよりも大衆にとっては自分たちと同類であると感じ、しかも人間的な善良さと親近性を覚え、かつ 行動力において自分たちに立ち勝っていると思わせる人間―そしていつも一歩だけ先にいて方向指示を与える人間のリードに従うのでないだろうか。

 6.宇宙観

 政治思想の根拠をなす宇宙観は、太一又は太始を本とし、陰陽を対極とし、建てし天地、四時、萬物の順正和合を本体とせるものである。かかる思想は自然に依存し、自然に痛切なる関係を有し、自然に敬一な尊嵩を有するもの。

 7.二法の併用

 帰納法も演繹法も排他的に存立不可能であり、凡て正確なる知識の把握は、この二法の併用を持って可能となる。

 8.勉強

 各自の人格を自由に悠久に運動し生活していく大きな人格を建設して行く事。もう一つ別の言葉で云えば人類が其の歴史を創設していく為に各個人に命令を賦課した行動。

 9.兆民には及ばなかった

 自分は兆民には及ばなかった。兆民は、自分のように一つの本を厳密に読むことはしなかった。しかし、それをとってもって直ちに実地に応用して天下に活動した。

 中野さんにメールは mailto:tnakano@gwu.edu
ドイツ在住ジャーナリスト 美濃口 坦2003年11月22日(土)

 ある日本の新聞によると、今回の衆議院選挙は「政策の優劣で政党を選ぶマニフェスト選挙」であったそうである。ドイツで暮らす私も、今回の選挙が従来の 選挙戦と趣が異なっていたことを認めることにやぶさかでない。でもA政党が三百万、B政党が五百万の雇用創出を掲げることが政策の相違なのであろうか。政 策と目標という概念上の根本的区別もしないで世の中が変わったと思うのは奇妙である。
 
 選挙後初の首相記者会見をラジオで聞かれた成田好三さんが、11月18日萬晩報の「匿名性に隠れる日本の新聞記者 」の中で 「日本の新聞記者は何も変わっていない。何も分かっていない。自分たちが置かれている立場を知らない。いや、知ろうともしない。彼らはそうしたことを理解する能力に欠けている」と書かれたのも、この事情と無関係でないように思われる。

 政治文化と報道

 どこの国にも固有の政治文化がある。政治家、官僚、報道の三者の絡み合いは政治文化の重要な要素で、国によって異なる。また文化は日々吸ったり吐いたり している空気のようなところがあり意識されにくい。報道が演ずる役割はこの政治文化の在り方にとってきわめて重要である。

 私は日本の政治に無知である。これは私がインターネットで日本の新聞を読んでいるだけで私の努力不足のためかもしれない。でも、私は日本の政治の分析を 専門とするドイツ人を何人も知っているが、彼らも日本の政治の不透明性についてこぼす。彼らに日本の政党間の相違がピンと来ないのは、メディアでの報道の 在り方と関係があるのではないのだろうか。
 
 どこの国のメディアも長所と欠陥がある。私がよく知るドイツのメディアを例にとる。どんなテーマでもいい。医療保険などの社会保障、出産前診断の是非と いった生命倫理、鉄道交通、金融問題、風力発電、外交、、、ドイツで暮らす私が誰かから調べろといわれれば、インターネットで検索して数日間集中的に主要 メディアの記事を読むだけで問題の輪郭がある程度まで把握することができる。個々のテーマについてドイツの主要政党間にある政策上の対立点もまた共通点も 理解できる。

 日本の政治に関心を抱くドイツ人は、このようにことが運ばないことを、幾ら読んでも政党間の対立点がはっきりしないことを嘆く。なぜそうなのか。
 
 私のにわか勉強でもドイツの各々の政党内でどの政治家がどの問題に詳しいかもすぐわかる。たいていは一つの政党内で複数いて、彼らが党の政策を決め外に むかって説明し、メディア関係者も彼らの話を聞き報道するからである。彼らはライバル政党で同じ問題を担当している政治家の手のうちをよくこころえてい る。というのは、彼らに討論会に引っ張り出され自分の党の政策を相手の攻撃から守りるために論拠を挙げ、ライバル党の政策を批判する機会が多いからであ る。こうして政党間の政策論争が煮詰まっていて報道されているために、あるテーマについて関心抱く人に政党間の政策上の対立がはっきりしている。

 このような政治家を、私はメディアを媒介にして知るだけでなく、記者会見や直接に会って話を聞くことが少なくない。彼らのなかには長い間自分が担当する テーマと取り組んでいて政治家になった人が多い。反対に、日本である社会問題に関心を抱き政治家になって政策に取り組んでいても(特に野党にいる限り)マ スコミからもろくに相手にされないためにやる気も失うのではないだろうか。このように考えると、報道する側はただ報道しているだけでなく、本当は政治の在 り方に影響を及ぼし責任をもっていることになる。
 
 政治家の人柄重視

 日本の政治報道の特徴は、政治家の人柄や節操を過大に重視する点にあるのではないだろうか。政治家の私生活が過度に問題にされ、政治家の浮き沈み、人事 問題、政界の権謀術数に大きなスペースが割かれるのも、この報道姿勢の反映である。この結果、報道全体が「戦国武将列伝」に一歩近づく。また政治家が国民 のことを考えてくれることが漠然と重視されるのも、私たちが良い政治家を、昔領民に気配りした「名君」と重ね合わせているためではないのだろうか。

 報道にあらわれる政治家の発言も短く情報価値に乏しいこともこのような報道の在り方と無関係でない。これも、発言が政策の説明というより、政治家のパーソナリティーを示すもの、例えば身につけているはネクタイの色と同次元で扱われているからではないのだろうか。
 
 また同じ短い発言が繰り返されて報道されるために、発言は標語かスローガンのように響く。この標語のような発言が繰り返されているうちに、イタリア以上の巨大な財政赤字をつくってしまった政治責任も多くの人々の意識から消えてしまったのではないのだろうか。

 どこの国でも、選挙がはじまれば、「スローガン対スローガン」、「政治家の顔」による票集めになる。しかしそのような選挙戦に政策論議が報道される比較的長い期間が先行する。とすると、日本の特徴はスローガンや標語ばかりが四六時中横行している点にある。

 例えば、「官から民へ・民間にできることは民間に」といわれても疑問点は山ほどでてくるのが普通である。大学の政治学の筆記論文試験で「日本の現政権は いかなる観点に立って、どこまで民営化をすすめようとしているのか。他の政策に及ぼす影響に触れよ」といっ設問で、優秀な学生でも百点満点の10点もとれ ないのではないのだろうか。またこのスローガンをつくった人々も学生以上によい点数をもらえるか疑問である。
 
 標語かスローガンのような発言を並べられても政党間の政策上の対立点などはっきりしない。政治報道で政治家の人柄や節操に重点を置かれている限り、また 与党の政治家のほうがメディアでの露出度が高いために野党の政治家よりずっと有利である。与党はその政治家が国民の鼻につくようになれば「顔」だけかえれ ば済むはなしである。このように考えると「二大政党時代」が到来したなどと喜んでいられないように思われる。

 重要な政策論議の報道

 誤解を避けるために強調すると政策上の論争が日本にないわけではない。問題は、政党が政策上の議論に組み込まれていない点にあり、その一つの原因は報道する側が政党間の政策上の対立をおろそかにするからである。

 政策論議は地味な議論である。この地味な議論を日本で政治に近い場所でいつもやってきたのは官僚である。でもこの議論は密室の議論で、報道する側は記者 クラブを経由して出来上がったものとして、また発表されたものとして報道してきた。そのような発表ジャーナリズムとは別に政治家の浮き沈みを描く「永田 町」からの人間臭いドラマの報道があった。

  ということは、メディアのほうも、政策実現過程を相対立する(政党間の)議論として報道することに慣れていなかったことになる。また政党のほうもどこ か世界観・イデオロギーというこれも標語のようなものを掲げて済まし、選挙民もこの党は平和を守ってくれるとか、低所得層の味方とかとか思って投票してき た。
 
 選挙後の報道で二大政党に違いの見えないと叱る見解を眼にした。でもこのように思う人は、自分が従来のシステムに度の合ったメガネで政治を眺めているるかどうかを考えるべきではないのだろうか。

 確かに年金を維持するために財源を税金に求めることについて日本の主要政党の間に違いはないが、どの税金をあてるか、またどこまで従来の社会保険システ ムをどこまで維持するかは重要な政策上の議論である。その議論が重要と思えないで、政治家に突っ込んだ質問もしないでお座なりの回答に満足するのは、結局 自分が「標語の世界」から脱出できないで、本当はわからないこともわかっているように錯覚しているだけではないのか。
 
 私はこう考えるので、冒頭に引用した「日本の新聞記者は、、、、何も分かっていない。自分たちが置かれている立場を知らない。いや、知ろうともしない」という成田好三さんの見解に本当に共感した。

 美濃口さんにメールは mailto:Tan.Minoguchi@munich.netsurf.de
2003年11月21日(金)トロント在住 川上直子

 昨年秋、シリア生まれのカナダ人マハー・アラーがニューヨークJFK空港からアメリカ政府によってシリアに送還された時、カナダ人たちは、折からの強引 なテロ対策の極点としてこの事件を見ていた。しかし、長い国境線を挟んだ向こう側からの一方的な「テロの温床」扱いに腹を立てる一方で、少なからぬ人びと にとっては、問題が「アルカイダ」であるらかにはオレには関係ない、でもあった。

 ところが、アラーがシリアでの拷問の末、ある日突然375日ぶりにカナダに帰って来た10月、事は、大方のカナダ人の足下を怪しくさせるのに十分なものに変わっていた。

 アラー(当時32歳)は2002年9月26日JFK空港でアルカイダへの関与を疑われまずアメリカで拘束、その後ヨルダンを経由してシリアに送られた。 その間、カナダでは市民に対するアメリカ当局の一連の「テロ対策」、写真撮影、指紋採取、果ては長時間の拘束、平たく言えばアルカイダの嫌疑なのかなんな のか分からない嫌疑までをも含んだ「いやがらせ」のような処遇が問題になっていた。勿論これが起こるのは、大部分の白人、あるいは東アジア人にではない。 しかし、必ずしもいわゆるテロ国家生まれの人びとだけでもなかった。アメリカ当局の容疑リストにある人だけが特別にフォローされているというわけでは全然 なく、結局見た目上「それっぽい人」をみんな「あげている」のではあるまいかという事態に発展していた。

 ちなみに、市民とは生まれながらか移民の後に市民権を取得したもの全体を指す。だからシリア生まれであっても日本生まれでも正規の手続きを踏んだ者は市 民Canadian citizenだ。だからこそカナダでは、同じ市民の中で出生地や見た目によって異なった扱いをするアメリカ当局に対して「カナダ人はカナダ人だ」(グラ ハム外務大臣の発言)を堅持するために抗議する必要があった。その後両国の間で、小さな妥協案(例えば、パスポート上に表示されている出生地だけで容疑を かけたりしない等)が提示されなんとか解決したことにはなったが、一時はカナダ政府がアメリカへの渡航自粛勧告を出す騒ぎにまでなった。

 その後、イラク問題、SARS、大停電と話題に事欠かない一年の中でこうした話は宙ぶらりんになっていた。そこに突然10月5日、アラーがシリアから帰 国、シリアでの拷問の様子が明らかになった。ゴールデンタイムのテレビ放送の中で、どちらかと言えば優男風の若い男が、殴られ蹴られ、「まるで墓だった」 という不潔な穴蔵の中に押し込められていたと語る、そのことだけでも十分にショッキングだったが、アラーはさらに重大なことを言った。「アメリカが汚い仕 事をしてる」で少し間を置いた後に、「でも私が知りたいのはその影で動いたのは誰なのかってことなんだ」。

 アラーによれば、オタワでのアパートの賃貸契約書等カナダの連邦警察もしくは諜報機関でなければ出せないであろうものをシリアの捜査官(というより拷問 担当官らしいが)が持っており、「私に関するこんな分厚いファイルがあった」と言う。であれば、それはカナダがアメリカに対して市民の情報を秘密裏に提供 しているのではないかという疑惑が立つ。もう、「アルカイダだから」ではすまない。

これに対して、今のところ警察当局は関与を否定、外務大臣は何が起こったかを調べると約している。議会ではクレチェン首相が「アラー氏を国外退去にしたの はアメリカで、カナダではない」と、問題を摺り替えないでくれと言わんばかりに踏んばったが、今のところ政府は市民に対して完全に歩が悪い。 徹底的な公開調査 public inquiryを求める声が高まっている。そして、アメリカ当局者は、アラーの容疑について、「複数の国の情報局」からの情報があったためにアラーはテロ リスト要注意リストに載り、強制送還されたと述べている。

 複数の国の中でも勿論カナダ当局の関与は徹底的に調べられることが求められる。しかし、これが明らかになったところで、人びとの疑問が消えるわけでな い。もっと徹底的に考えたら、どうしてカナダ市民が、カナダではなく、シリアの出身だとはいえ17歳でカナダに移民して以来一度も行ったことのないシリア に移送され(国外退去に関してアメリカの裁量の範囲内ではあるにせよ)、どんな罪があったら1年間監禁されて殴られてもいいのかにも答えがなければならな い。彼の容疑でさえない容疑は、Almalkiという別のシリア生まれのカナダ人と「接点がある」と見込まれたためだが(アラーはこの人物を確かに知って はいた)、肝心のAlmalkiに何の容疑がかかっているのかも不詳、彼は未だにシリアで拷問にあっている。

 さらには、シリアはシリアで、アラーを殴って、アフガニスタンでトレーニングを受けたと「自白」させることにどんなベネフィットがあったのか? 

「アメリカから送られたら、なるほどね、とウィンクでもして気を効かせて殴ったんじゃないの?」と冗談のように言っていたカナダ人がいたが、それは全く冗談ではなかった。

 シリアの在米大使館の高官は、拷問を否定しているが、「シリアは、アメリカへの好意を示すためにアラーを収監した」とワシントンポスト紙に答えている。 そのうえ「アメリカは彼をカナダに返すなと私たちに圧力をかけ、カナダは彼をシリアに送るなと圧力をかけた」ことを認め、なぜ10月5日にアラーを解放し たかといえば、ブッシュ政権がシリア政府とのコミュニケーションを切ったからで、カナダ政府との良い関係を維持したかったからだ、とも語っている。1)

政治的な話としては、そうなのかと思わず一瞬納得しそうな話だ。しかし、ではこの場合、誰がアラーの拷問に対して責任を追うことになるのだろう? 信じた くないことだが、答えは、疑惑のある人物を、他の地に移して「取り調べ」を代理でさせること、「rendition」が野放しである以上、誰だかよくわか らない、でしかない。

 Renditionとは、日本語では「特命委託」といった語が当てられているのを見受けるが、多分「身柄引渡し」といった語の方がまだしも素直な訳のよ うな気もする。つまり、どこになぜ、何の目的で身柄を引き渡すのかが実際には全く明らかではないが、テロリストなどの容疑者を外国の情報局などに引き渡す 操作手法で、アメリカでは合法だと認められているから、普通の引渡しでは足らず「特命」と誰かが名付けているのだろう。

 平たくいえば、軍かもしれないし、CIAなどの諜報機関かもしれないが、ともかく、どこの誰が関与してそうなったのか知れないが何か疑わしい人がいれ ば、どこかに連れていったり送り出したりしてもよい(その後何があるのかは当地国の話だ)、移さなかったら監禁するにも拷問するにも近代的な法体系ではあ まりにも問題がある、人権には配慮しなければならないのだから仕方がない、合法だという理解らしい。

 つまるところ、シリアなどはさしずめ拷問下請人だったことになる。グアンタナモ湾の米軍基地への容疑不詳の収監が問題になっているが、これはまだアメリカと名のついた基地であるだけましな話かもしれない。

 アラーの問題を受けてワシントンポストは「freedom vs. tortue(自由 vs 拷問か)」と題した社説を載せていたが、アラーのようなことは起こるべきではないという話というよりも、「当局はアラー氏のような人物で、シリアでの拷問 かカナダでの自由ではないオプションがあってしかるべき」と締め、数多く出回っているように見えるロイター伝はカナダの一件を、この秋に交代が決まったカ ナダの首相がアメリカ、カナダの共同の移民政策を断ったことを取り上げ、両国の間で懸案となっているミサイル・ディフェンス網の話に引き寄せていた3)。 ということは、911以来慣れたとはいえ、カナダは来年もまた「敵」になるらしい・・・。

 しかし、そんなことよりも、私たちの足下はどうやらとてつもなく、危ういものに見える。それはもう全然「アルカイダ」だけの問題ではないし、カナダ人だけの問題ともまるで思えないのだが。

1)参考
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/articles/
A6147-2003Nov5.html

http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/articles/
A522-2003Nov4.html


2) ワシントンポストの社説 11/8
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/articles/
A17260-2003Nov8.html

3)参考
http://www.alertnet.org/thenews/newsdesk/N15254168.htm

 川上さんのHP http://www.kawakami.netfirms.com
 川上さんにメールは mailto:nkawakami@anet.ne.jp
2003年11月19日(水)萬晩報主宰 伴 武澄

 世の中合点がいかないことだらけだ。18日、日本テレビ放送網が視聴率操作問題の責任を取る「降格」人事を発表したが、どこでどう責任を取ったのか分からない人事だった。

 代表取締役CEO会長  氏家斉一 → 代表取締役会長
 代表取締役EO副会長 間部耕苹 → 代表取締役社長
 代表取締役COO社長 萩原敏雄 → 代表取締役副社長

 トップ3人の「代表権」はそのまま、しかも序列も変わらない。同時にグループ経営としてCEOとかCOOを廃止したというのだから、氏家氏の社内的ス テータスは一切変わらない。間部氏は「社長に就任」したのだから世間体からいえば「めでたい」ことになる。だから19日付朝刊はそろって間部社長就任を経 歴付きで別稿で報じた。本当に降格となったのは社長の萩原氏だけである。

 こんな人事を「降格」と発表したら、社会的に笑われるが、日テレは臆面もなく「降格人事」と広報した。視聴率を操作するために制作費を不正流用したこと を不問に付せよというのではない。こういう人事を平気で公表できる会社の体質こそが問題なのだ。

 18日にはもう一つおかしな発表があった。首都高のETC搭載車向け通行料を夜間に最大42%割り引くというニュースだ。普通車の700円の通行料が 400円になるというのだから朗報のたぐいかもしれないが、これは5万円の通行料を前払いするという前提だ。5万円もの前払い料を支払う個人ユーザーなど はそうざらにいるものではない。だからETCだけを搭載しても400円とはならず、支払いは462円となる。

 462円でも負担が減ると喜ぶ向きもあるかもしれないが、よく考えれば、午前1時から同4時に首都高を利用するのはトラックかタクシーぐらいのもの。一 般の人たちは寝ている時間帯なのである。だから「400円で走れる」と錯覚させるのは二重に意味で誇大広告である。

 ETCはドライバー自身の負担によって機器を取りつけるものであることを忘れては困る。ETC導入によって料金徴収コストが大幅に軽減されることを考えれば、無料で配ってもいいものかもしれない。YahooBBなら疑いもなくそうしただろう。

 だから当てずッポにいえば、ETC搭載車には時間帯に関係なく2割から3割程度の通行料の割引があってしかるべきである。そうでなければ個人ユーザーが 高価な機器を購入する動機付けはない。さらに同じ前払い制の回数券(100枚)がすでに18%引きで販売されていることを考慮すれば、5万円もの前払いで はさらに2割程度値引きが行われて当然ということになる。

 だからETC搭載プラス前払いで4-5割の割引など当たり前すぎて朗報でもなんでもない。さらに本来、通行料を割り引くべき時間帯は高速道路が「高速」でなくなるラッシュアワーだろうと思う。みなさんどう考えますか。
2003年11月18日(火)萬晩報通信員、成田 好三
              
 政権選択が問われた総選挙は、奇妙な結果に終わった。民主党は躍進したが政権は取れなかった。自民党は議席を減らしたものの、公明党との連立で衆議院での絶対安定多数を確保した。

 選挙結果により二大政党の時代に入った。だから、共産党、社民党、選挙後に解党を決めた保守新党はらち外と考えると、今回の総選挙は勝者も敗者もない戦 いになった。今後の連立政権では、自民党と選挙協力した公明党の影響力、発言力が確実に増す。唯一の勝者は公明党かもしれない。

自民党はもはや単独では、公明党の協力なしでは総選挙を戦えなくなった。党全体としても、個別の候補者の多くにしてもそうだ。耐用年数をとうに過ぎた保守 政党を、一つの巨大な宗教団体に丸抱えされた政党が支えて政権を維持する。保守新党が解党を決めたことで、もはや緩衝材はなくなった。連立政権の絶対安定 多数は、言葉の意味とは逆に極めて不安定なものになるだろう。

 前置きがだいぶ長くなった。本題に入る。総選挙開票翌日の11月10日、連立政権維持を決めた小泉純一郎首相が自民党本部で記者会見した。選挙後初の首相会見だから、NHKがテレビとラジオで生中継した。筆者は車の中で、ラジオからこの会見を聞いた。そしてこう感じた。

 「日本の新聞記者は何も変わっていない。何も分かっていない。自分たちが置かれている立場を知らない。いや、知ろうともしない。彼らはそうしたことを理解する能力に欠けている」

 この会見は自民党本部で行われたから、自民党詰めの記者クラブが主催したものだろう。会見の冒頭で司会・進行役がこう念押しした。「所属する会社名と姓名を名乗った上で質問をしてください」

会社名とフルネームを名乗った質問者は誰一人いなかった。社名と姓だけを名乗る質問者もいたが。多くは社名だけだった。社名も姓も言わず、いきなり質問する記者も多かった。
 
 日本の新聞記者(通信社記者、TV記者も含む)は、時と場合と場所によって、巧妙に自らのスタイルを使い分けている。

 国内では最近になってようやく実現したことだが、彼らは外国人記者の交じった会見では、自らの会社名と姓名を名乗った上で発言する。姓名といっても多くは姓だけだが、それでも彼らはこうした会見では、「○○新聞(TV)の△△ですが――」と前置きして質問に入る。

 しかし、そうしたスタイルはよそゆきのものにすぎない。彼らは、会社名はともかく自らの姓名を名乗ることを好まない。

 自民党総裁選に関する記者会見を2回、TVの生中継で見た。1回目は9月20日、小泉首相の総裁再選決定後初の会見だ。この会見で記者たちは、○○新聞、××TVと彼らの所属会社を名乗ったが、一人として自らの姓名を明かした記者はいなかった。

 その翌日、小泉首相の組閣後の会見では、一人として姓名はおろか会社名さえ名乗らない。匿名のメディアの匿名の記者が、日本の最高権力者にあれやこれやの質問を繰り返す。

 組閣後の会見は首相官邸詰めの記者クラブが主催したものだろう。質問する側も答える側もいわば身内の関係にある。政治家と政治記者たちは、そうした閉ざされた関係を長いこと続けてきた。

 匿名性が許されるのは、会社名や姓名を名乗る必要のないほど、取材する側と取材される側との関係が緊密であるということだ。彼らは双方とも小競り合いを繰り返してきたのだろうが、そうしたことは予定調和の範囲内のことである。

 彼ら双方の予定調和は、リアルタイムで中継するTVカメラが会見場に入り込んで以来、崩れてしまった。TVの前の視聴者は答弁だけでなく、質問も評価す る。質問者個人と彼の所属する会社も評価の対象にしている。そのことを認識できないでいるのは彼ら、取材する側の人間だけだ。

 会見は質問と答弁が一体となって成立する。取材される側が責任をもって語ることは当然の義務だが、取材する側にも責任をもって尋ねる義務がある。責任と匿名性は本来、両立しない概念である。

 取材する側にとって、会見は単に記事の材料を得る場であるという時代は過ぎた。取材する側も当事者なのだ。取材される側と同じく、舞台に立つ役者のよう なものだ。新聞記者はもはや黒子ではない。双方とも国民から監視される存在だ。だから、取材する側にも見識が必要になる。私は、あるいはわが社はこう考え るが、という前提が質問には必要なのだ。しかし、そうした前提をもった質問者には、まずお目にかかれない。

 リアルタイムで中継するTVカメラにさらされた上で、取材する側は匿名性に隠れて、何を国民に伝えようというのだろうか。
(2003年11月14日記)

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2003年11月16日(日)萬晩報通信員 園田 義明

 ■日米仲間内選挙の実態(1)

 ゼネラル・モーターズ(GM)のリチャード・ワゴナー会長兼最高経営責任者(CEO)は9月11日付の英フィナンシャル・タイムズ紙で日本の金融当局の 度重なる為替介入に不快感を表明する。ワゴナー会長は、この結果、米製造業が大きな打撃を受けていると主張し、日本にもっと注目する必要があるとの点で政 府と意見が一致していると語り、米政府が人民元切り上げより、円の為替介入に注目するよう期待を示した。

 10月24日開幕の東京モーターショーに合わせて来日したワゴナー会長は、朝日新聞のインタビューに応じ、1ドル=110円を上回る急速な円高が進行し ている現状を、日本の購買力からみて、「110円が円高だとは思わない」と分析し、「もう一段の円高が望ましい」との認識を示す。また日本政府の介入につ いて、「円が適正水準になるのを妨げる行為であり、円安を人工的に維持するのはフェアではない」とあらためて批判、「日本は世界第2位の経済大国であり、 輸出依存体質から内需主導の経済に転換すべきだ」と語る。一方、中国・人民元の切り上げを求める動きについては「GMは中国国内需要のために進出している のであり、影響は限定的だ」とした。

 ワゴナー会長は政府に対して絶対的な発言力を持つ有力経済政策団体であるビジネス・ラウンドテーブルとビジネス・カウンシルのメンバーであり、大手鉄道 会社CSXの会長兼最高経営責任者(CEO)時代にビジネス・ラウンドテーブルの会長を務めたジョン・スノー財務長官とは極めて近い存在である。

 すでにワゴナー会長等財界首脳の意見を受けてスノー財務長官は、9月1日に来日、小泉首相、塩川財務相(当時)らと会談を行っている。日本の構造改革路 線を評価し、日米が経済面でも緊密に連携していることを強調する内容となったが、焦点の為替問題では、中国・人民元については、事実上の固定相場制の見直 しなどを求めていくことで一致したものの、日本の円売り・ドル買い介入の是正を求められる結果となる。これは米国内ではブッシュ政権のドル高政策に不満が 高まっていることをあらためて印象付ける結果となった。

 10月17日夜に行われた日米首脳会談の為替政策における二人の発言は次の通りである。

ブッシュ大統領
「強いドルが米国の政策だ。同時に通貨価値は市場が決めるのも事実だ。」

小泉首相
「強いドル政策を歓迎する。ただ、市場の乱高下には手当てが必要だ。 」

 二人の発言には明らかに食い違いが見られるが、総選挙を目前に控えて小泉続投を後押しするためにブッシュ大統領は敢えて踏み込まなかったのである。

 ■日米仲間内選挙の実態(2)

 米政府は10月20日、2003会計年度(2002年10月?2003年9月)の財政赤字が過去最大の3742億ドル(約41兆円)に達したと発表し た。景気低迷、減税に伴う税収減、そして長期化するイラク戦争に絡む歳出増が原因となっており、市場では財政赤字と経常赤字が膨らむ「双子の赤字」への懸 念も浮上してきた。ボルテン行政管理予算局長は2004会計年度の財政収支見通しについても5000億ドルを上回る赤字になる可能性を指摘している。

 一方、2003年10月31日、日本の財務省は9月27日から10月29日までの1カ月間に、外国為替市場で2兆7230億円の円売り・ドル買い介入を 実施したと発表する。1ドル=110円を突破し、一時3年ぶりとなる107円台まで進んだ急激な円高傾向に歯止めを掛けるため、大規模な介入を実施したの である。
 
 また2003年11月10日の財務省の発表では、7-9月の政府・日銀による外国為替市場介入総額は7兆5512億円に達し、これまで最大だった同年 4-6月の4兆6116億円を大きく上回り、二期連続で過去最高となった。特に円高が加速した9月は1兆円を超える介入を2回実施するなど、月ベースの介 入額も5兆1116億円と過去最大を記録した。
 
 これで、今年1月からの市場介入累積額は16兆1777億円に達し、年間では過去最高額を更新した。また同年10月末の外貨準備高も、前月末に比べ213億9600万ドル増の6262億6800万ドルとなり2カ月連続で過去最高を更新することになる。

 日本政府は円売り・ドル買い介入を行った場合、買ったドルを外貨準備として米国債などで運用している。つまり日本が米国債の購入役を引き受けることで米国の経常赤字を支える構図となっている。

 しかし、大規模な円売り・ドル買い介入により原資に行き詰まることになる。円売り介入資金を調達するために発行する短期国債(外国為替資金証券)の残高 が、外国為替資金特別会計の2003年度借入限度枠である79兆円に近づいたからだ。2002年度末の発行残高は56兆5000億円、また政府・日銀の4 月以降の円売り介入は14兆円弱に上ることから、残る発行枠は10兆円前後と見られている。財務省は当初、現在の借入限度枠である79兆円から10兆から 20兆円程度増額する検討に入ったが、補正予算の成立は早くても来年1月末となることから、保有する米国債などの外債を日銀にいったん売却して介入資金を 確保することを検討し始めたようだ(11月1日付け毎日新聞)。

 政府が焦る理由は、市場で政府・日銀の為替介入資金が限界に近づいたとの思惑が広がり、円買い圧力が増すことを恐れていることと、総選挙を目前に控え、なんとしても株価急落を回避したかったのである。

 この為替介入と株価のメカニズムを「世界」11月号で日本証券経済研究所の紺谷典子主任研究員がじつにうまく解説しているので引用したい。

『日銀は介入で得たドルで通常、米国国債を購入する。現金のままでは金利を生まないが、国債なら金利収入が得られる。巨額のドルが米国国債市場へ流れ込 み、米国金利を引き上げ、金利の低下は、株式市場へ資金を誘導し、米国の株価上昇に一役買った。米国株価の上昇は、ヨーロッパやアジアや日本の株価の割安 感を生み、世界中の株価を上昇させ、日本の株価も上昇させた。日本が行った為替介入の10兆円(注:現時点では16兆1777億円)の資金は、まわりま わって日本の株式市場へ流れ込み、株価を急騰させる要因になった。この間の外国人の買い越しは6兆円に及ぶ。株価の1万円超えは、意図したとしないとにか かわらず、小泉再選の大きな支援となったことは間違いない。目的がなんであれ、この株価水準が維持できるなら問題はないのだが、景気回復の期待が幻想で あったと投資家が気づけば、反動としての株価暴落は必至である。』

 吉川雅幸・朝日ライフアセットマネジメント・シニアエコノミストも毎日「エコノミスト」誌で『各種統計から推測すると、日本を含むアジアの公的資本のド ル買いは、米ドルを支えるだけでなく、米長期金利の低位安定に貢献し、グローバルな株価反発の環境を整えた公算が大きい。』としている。

 米連邦準備理事会(FRB)の資金循環統計によると、米国債の海外保有残高は6月末時点で1兆3465億ドルとなっており、比率は3月末の33.9%か ら35.6%に上昇、過去最高を更新した。中国も外貨準備高の増加に伴い米国債の保有を増やしているため、米国債の保有が多いのは日本(4410億ド ル)、英国(1228億ドル)、中国(1225億ドル)となっており、一年前に比べ、それぞれ31%、48%、51%増加した。

 日本と中国が主導するアジアの米国債買い支えは、米長期金利の低下、日銀の量的金融緩和や欧州の相次ぐ利下げとともに、世界中に行き場を失ったマネーを あふれさせた。企業収益の急回復も大きな理由ではあるが、日本の株高にはこうした資金が大量に流れ込んだ要因も否定できない。

 トヨタの地元にある「中日新聞」で紺谷主任研究員が次のように続けている。

『9月に大々的なドル買い円売り介入を行ったが、すべては総裁選のためだった。(円安を警戒する)ブッシュ米大統領も小泉再選のために黙認した。小泉首相 にとって、総裁選が終わったら、円高などどうでもいいのだろう。日本の体力がものすごく落ちていることへの危機感の薄さが、円高に対する楽観論につながっ ている』

 自民党総裁選で小泉首相再選が決まった9月20日以後も大規模な円売り・ドル買い介入を実施したことを考えれば、外国人投資家が2004年大統領選への スイッチ切替の節目を日本で総選挙が行われる11月9日以後と考えている可能性がある。この時、外国人投資家が日本経済の回復を本物と見ているかどうかの 回答が明確に示されることになる。

 11月14日の東京株式市場で、日経平均株価は反落し、終値は8月19日以来約3ヶ月ぶりの1万100円台の1万167円6銭となった。また14日の ニューヨーク株式市場も続落、ダウ工業株30種平均は前日比69.26ドル安の9768.68ドルと9800ドルを割り込んで終了した。

 ここで、選挙前の11月5日に書いていた原稿を修正しよう。

『何でも言うことを聞く小泉首相の勝利を願うのはブッシュ大統領とその取り巻きだけであり、外国人投資家は選挙の結果にはこだわっていない。2004年を 考えれば、民主党が議席を伸ばし、現在の自民党に一定の歯止めをかける状態が望ましい。』・・・・11月5日時点(修正前)

『何でも言うことを聞く小泉首相の勝利を願っていたのは、ブッシュ大統領とその取り巻きだけであり、外国人投資家は選挙の結果にはこだわっていなかった。 米大統領選が行われる2004年を考えれば、今年の第43回衆議院総選挙で民主党が議席を伸ばし、与党自民党に一定の歯止めをかける状態を作りだした有権 者の判断は、極めて正しかったと言えよう。』・・・・修正後

 これに関連して国際金融界に知人の多い、引退した宮沢喜一元首相のこのように語っている。

「ブッシュとコイズミの仲がいい、それは大事なことだと思っていますが、それでも踏み込みすぎている」

 2004年は、日本にとって「踏み込みすぎたリスク」が、誰の目にもわかる年になるのだろうか。

 イラク情勢は泥沼化し、政策面でも「ホワイトハウスの内戦」を引き起こし、戦後最大規模の大型減税と金融政策を実施するものの雇用情勢は好転しない中、ブッシュ再選に暗い影を落とし始めている。

 再選を目指すブッシュ大統領にとって、景気回復が最優先であり、そのためにはドル安を黙認するのではとの見方がくすぶり続けている。選挙という一過性の イベントに潜む「クローニー・キャピタリズム(仲間内資本主義)」とは対照的に、日米財界首脳が為替問題でもリーダーシップを発揮して瀬戸際の交渉を続け ている。

 外国人投資家が見つめる先には政治家の姿などはない。その視線の先には、トヨタの存在が特に目立ち始めているようだ。(続く)

 園田さんにメールは mailto:yoshigarden@mx4.ttcn.ne.jp
-協力社会にこそ新たな価値を見い出す学びの社会を

2003年11月14日(金)長野県南佐久郡南相木村診療所長 色平哲郎

 ■生涯学習社会とは「選び取る学び」の社会

私は、長野県の医療行政、道路行政に昨年まで携わっていましたし、今年度は教育委員会からは生涯学習審議会の委員を、社会部からは福祉サービスが第三者評価されるためのシステム構築を行う委員の委嘱を受けています。
まさに先ほどのアドボカシー、あるいはオンブズマン活動をどうすれば導入できるのかという検討を行っているわけです。
オンブズマンとは北欧の言葉で、「真実の人」という意味です。つまり、声なき声を聞きとどめて対応していく仕組みなのです。

生涯学習審議会の委員になったことを意味のあることだと思うのは、学校以外のところに学習の機会や気づきの機会があるという発見です。
これは、大学病院の中だけに医療があるのではなく、地域にこそ医療が必要なのだという意味と同じで、「大学医療」と「地域医療」が対比されるように、「学校教育」に対して「生涯学習」と捉(とら)えることができるかもしれないと考えています。

例えば、医療、教育といえば専門職が担うものという感覚があります。
さらにいえば、特に教育は「教える」あるいは「教え込む」という斜め上からのまなざしになりがちです。
それに対して「学習」は、教育する側の人間にも存在するものであり、ぶつかりの体験の中で学んで自ら変わらざるをえないものでもあるわけです。
痛いぶつかりであったかどうかはわからないし、また人間はよいほうにも悪いほうにも自在に変われる存在ではありますが、だれにもぶつかりとその後の自分の内面の変化という「学習」は確実にあったはずです。
それを自身で内省的に捉えれば、どんな人でもその人生は一生涯をかけての「学習」なのだと理解できる。
それが「生涯学習社会」でありましょう。

今日、社会が変わってくれば、あるいは世界情勢が変化してくれば、それに合わせてわれわれの立ち居振る舞いをも変えなければならない状況である以上、継続教育ともいうべきこの「生涯学習」は大切なものです。
またそれがあればリカレント教育(社会に出てからも学校または教育・訓練機関に回帰することが可能な教育システム)の理念に照らしても人材が無駄になることはないだろうと感じます。
いったんどこかでつまづいたとしても、その後、自分の持っている能力を別のところで開花していくことができるという社会的な保証があるわけですから。

ヨーロッパ社会では、暮らすということが重視され、「住まい」は人権であるという感覚があり、きちんとした家に住むことが権利であるという合意形成がなされています。
同じように、ただ「住む」というだけでなくそこで暮らしていくときに地域で学び続けることもまた一つの人権であると確立されています。

日本では、例えば十八歳で医者になることを決めざるをえなかったり、さまざまな決断点を早めに用意していますが、実は、これはいかにも途上国的な発想なのです。
これほど長生きする社会になったわけであり、また、一生同じ職場で勤め上げることは理想ではあるかもしれないけれどそれができないような流動的な世の中になった。
だからこそ、次の職にいかに自分を適合させていくかという「選びとる学び」が重要になってくるわけです。
ここに、「教え込む」という教化ともいうべき教育観を当てはめることは時代遅れです。

知人のある財務官が、こんなことをいいました。
「お金の流れやシステムは簡単に変えられるんです。でも、人間の意識がいちばん変えられない。特に専門職にある人たちの意識を変えることは難しい」。

権力的に変えることのできるものは簡単だけれど、職業人の意識にはそれが通用しないと彼は言うわけです。
現在のような、あらゆることの変化のスピードが早い、専門的な技術が陳腐化しやすい世の中にあって、ある種の不安感からか専門職にある人たちは変われないでいます。
ですから、「生涯学習社会」実現の最大の「敵」が、実は教員であったりするのです。
教員たちが仕切っている教室でもって、しかも文部科学省が一元的に取り仕切っているところで「生涯学習」を打ち出すことは不可能なのかもしれません。
本来、教員ではない人たちが役割を担って自分を発見し子どもたちを促していくようにすべきであり、子どもたちもまた、自分たちが世の中でどのように自らの生き方を選びとっていくのかとすべきでしょう。
文部科学省が一元的に仕切るベきものでもなく、せめて都道府県の教育委員会で「われわれの地域・地方においてはどのような生涯学習社会に向けて舵を切るべきか」と白紙から練り上げていかなければいけないことなのです。
そうしなければ言葉の矛盾になってしまうし、「生涯学習」が機能しなくなります。

 ■「自分で考える」という必然的な流れの中で

しかし、こうしたことがスローガンを立てるだけで解決するわけではないことはもちろんです。
理念があって、その理念を政策として文章化し、その政策を施策に落とし、予算執行し、決算までもっていくという一連の流れがありますが、まず必要なものは理念です。
それがなければ船は舵を切ることさえできません。

一九九九年に「地方分権一括法」が成立しました。真の意味での地方分権、地域主権を目指さなければならないわけですが、ヨーロッパでは、まず自分でできる ことは自分でやる、それでできないことは家族でやる、家族でできないことは地域でやる、それでできないことは基礎自治体(コミューニティー)がやって、基 礎自治体でできないことは広域自治体で......と目の前から積み上がっていくやり方です。
日本の場合、「シャウプ勧告」のときにその実現を勧告されたけれども、それができずに戦後そのままになってしまった。
そうして、例えば「県」という行政単位の位置付けが、国でもなく市町村でもない「中二階」的な、上からの指示を流すだけの存在になってしまっています。
そうすると、自前でできることは自前でやるために市町村レベルに下ろさなければならないし、国もまた財政難から、さきほどの積み上げられた三角形の頂上か ら、かつてのような強権による指示もなくなっただけでなく、つい最近までのお金を流して指導するやり方も不可能になってしまったために、残された方法とし ては、「自分のことは自分で考えてやる」しかないわけでしょう。
つまり、必然的に地方分権にならざるをえない状況になっているのです。
ですから、現在の長野県は自ら社会実験に取り組む方向へ進んできています。
それで失敗しそうになれば、また軌道修正すればよいわけです。

ここでポイントとなることは、自前で責任をとるという姿勢であり、そういう社会になっていかない限り地方分権は実現できないでしょう。
これまで日本は、資本主義であるといわれていたわりには、すべての判断を「お上」に任せていた。
それが、何か問題が起こっても「お上」が保証してくれるというお墨付きでもありました。
いま、そのお墨付きがなくなってきています。けれども、実は、それは本来の資本主義に向かっていることでもあるわけで、これは実に恐いことでもあるのです。
自分で考えてやっていくことができなければ世の中を渡っていくことも難しい状況になっているわけですから。

私が大学などで非常勤として授業を受け持ったり、あるいは集中講議で学生に話をする場合には、討論の機会をたくさんもって、自ら調べ、自分の意見を述べることを求めるようにしています。
知識を求めているのではなく、自分で知識の体系をひも解いて、自ら考え、意見を皆に発表することを重視しているのです。
あるいは、他人との関係性の中で正解を見つけていこうとする姿勢が大事だと考えているのです。
それは、私自身が気づけていなかったことでもあるからです。
英語を勉強してヨーロッパやフィリピンで英語を使ってディスカッションをやるようになって、「こういうやり方があるんだな」と気づかざるをえなかったからなんです。

学ぶことを学ぶ、生きることとはなにかを大事にする、道徳や価値をいったん疑ってかかることができるか、
合理的証拠をもいったんは疑ってそれでもなおやはりそれが大切であると納得して考えることができるか、
教える側と学ぶ側との間でなにを学ぶのかを協議することができないか......そういったことに取り組んでいかなければいけないだろうと思うのです。
さらには、問題や課題を発見できたときに、われわれ年齢も性別も生きる環境も異なる者同士がいったいなににおいて合意できているのか、どこまで互いに変わ りえたのか、それは言い換えれば、絶えず自己解体をくり返すことに恥じないという姿勢が問われていることでもあるのです。

そうした姿勢があれば、どちらが「教育者である」ともいえないのです。
片方が多少物事を知っているからリードすることはできるけれども、議論が終わった後には、批判めいたことまでいかなくても、お互いの姿勢やディスカッショ ンのありようを批評しあうことができるような開かれた教育観をもつようにならなければ、今後の社会は持続できないのではないかと考えます。

書かれたもの、しゃべったものには編集行為が可能なために事実と異なることも入り込んでくる余地があろうけれど、人の生き方だけはごまかせない。
つまり、日々を同じ姿勢で貫いてきた職人や肩書きと関係のない生き方をしてきた人の人生の中にこそ技や知恵があるという、長持ちする人間のありようというのは、かつての日本人に確かにありました。そういったことは村の中にいても感じ取ることができます。
知ることや覚えることよりもイマジネーションやインスピレーションが大事で、一人ひとりの気づきの体験というのは、覚えこんだことよりも、感じ取った真実として長く記憶に残るものです。
そのように、知識そのものよりも学ぶことに価値があるとする社会が「生涯学習社会」なのです。
ため込むのではなく、みんなで分かち合うことで、「違うかもしれない」とか「もう一歩先へいってみようか」という「ちがいとまちがい」に気づくことが大切なのです。

「みんなが同じであること」が当たり前であり恥ずかしくもないことと感ずるのが大衆の当たり前のありようであるとすると、
単に消費させられるだけの、あるいは広告の刺激を受け続けるだけの大衆消費社会の大衆が、自分たちが変わることによって広告を批判的に批評し、また自前の生産活動に関与し参加することができる一人の市民として生まれ変わることができるかどうか。
これは、旧来的な社会においてはエリートだけの特権であった「ちがいとまちがい」
が大切であるという気づきを取り戻せるかどうかという点にあります。
(つづく)
2003年11月13日(木)萬晩報通信員 園田 義明

 ■応えてくれないロボット犬

 10月28日、日本を含むアジア・オーストラリア6カ国歴訪を終えたブッシュ大統領は記者会見を行う。この中で記者団からのイラク戦後政策の質問に対し て、「日本を訪れ、小泉首相との関係が極めて緊密で個人的な付き合いだと実感した」と語り、「もし第二次大戦後、平和を勝ち取らなければ、何が起こってい たかとふと考えた。ミスター・コイズミと同じような関係を持ち得ただろうか、こんなに緊密に協力できただろうか。」と自問自答し、親友と呼び合う二人の関 係を強調しつつ、イラク復興と民主化の重要性を力説した。

 ミスター・コイズミがブッシュ大統領の来日時に用意したお土産は2004年分として15億ドル(約1650億円)の無償援助を柱とするイラク復興資金支 援策と年内中のイラクへの自衛隊派遣、そしてトミー製の対象年令6歳以上のロボット犬「dog.com」(希望小売価格?税別:¥14、800?予定)で ある。

 米ニューズウィーク紙によると、東京からマニラに向かう大統領専用機内で早速大統領とスタッフが「dog.com」君を飼いならそうとしたところ、何も 応えてくれなかった。トミーによると「dog.com」は『話しかけたり撫でたりすると、かわいく動きながらおしゃべりするロボット犬。 最初は「ワンワン」と鳴くだけだが、接しているうちに人間の言葉でしゃべるようになる。』とのことである。しかし残念ながらこのロボット犬は日本語だけに 反応するようだ。

 ソニーのアイボなら英語音声対応もあるはずだが、敢えて「dog.com」を選んだのは、イラク復興資金の為の節約なのか、ミスター・コイズミの本心の 表れなのか、それとも憧れだろうか。ブッシュ大統領の指示に応えてくれない「dog.com」君は、ドイツやフランス、あるいはイラクで大ブームを巻き起 こすかもしれない。

 ■もうひとつの特別なお土産

 ブッシュ大統領が日本に到着したのは10月17日午後、日本には17時間半滞在し18日午前に大統領専用機で次の訪問国マニラへ飛び立った。実は17時 間半の間に、もうひとつ特別なお土産が用意されていたのである。日本時間で10月18日午前2時、現地時間で10月17日午前11時、ブッシュ大統領の地 元テキサス州のサンアントニオ市で、トヨタ自動車の米国における新車両生産拠点「トヨタ・モーター・マニュファクチャリング・テキサス(TMMTX)」の 鍬入れ式を約800万平方メートルの工場建設用地で行った。地元テキサスのメディアも一斉に報じ、歓迎ムード一色に包まれていた。

 鍬入れ式では、トヨタの豊田章一郎取締役名誉会長、田島英彦TMMTX社長他 現地事業体関係者らが、来賓のリック・ペリー州知事とともにテキサス州にTMMTXが根ざすことの象徴として記念植樹を行い、トヨタは更にサンアントニオ 市の経済・教育・医療などの発展のために活動を行っている5つのNPO団体にそれぞれ10万ドル合計50万ドルを寄付すると発表した。

 トヨタの北米六番目の車両生産拠点となるTMMTXへの投資額は八億ドル(約880億円)に上り、生産能力は年間15万台程度、大型ピックアップ「タンドラ」の生産を2006年から開始する。
 
 幌馬車のイメージも重なって、開拓の歴史から始まる米国では重い荷物も引っ張りながら広大な国土を豪快に走れるピックアップトラックは、南部、中西部一帯の保守的な地域では人気が高い。TMMTXから南部から中西部への供給を一気に強化する狙いがある。

 映画「ターミネーター3」でアーノルド・シュワルツェネッガーが「タンドラ」を荒々しく乗り回したが、これも共和党への歩み寄りをもアピールしたのである。

 TMMTXは約2000名の新規現地雇用を予定しているが、トヨタは海外の車両生産工場で部品メーカーを工場敷地内に結集させるサテライト工場化を進め ており、2004年12月にメキシコ工場(TMMBC)での導入に続き、TMMTXでの実施も決定しており、新工場の敷地内には部品メーカー十数社が進出 する予定となっている。従って、部品メーカーだけで最大1000人程度の雇用が生じることになる。田島TMMTX社長は部品メーカーも含め3000人近い 雇用を創出する考えも明らかにしている。

 トヨタはレクサスなどの高級車販売が好調な北米で連結営業利益の7割に当たる約1兆円の利益を稼ぎ出している。また、米国は将来的にも先進国の中で唯一 人口が増え続けている重要な市場である。今年8月には、米国の販売台数で、ダイムラー・クライスラーのクライスラー部門を追い抜き、米ビッグスリーの一角 を崩したトヨタは、2004年の大統領選を睨んで、貿易摩擦や日本車脅威論の再燃を抑える必要がある。そのために「良き米国市民」の証としてブッシュ大統 領の地元テキサスを選んだのである。

 開拓の歴史を象徴してきたブランドにジーンズで有名な「リーバイス」がある。製造元であるリーバイ・ストラウスは、今年9月25日、北米で運営する5工 場をすべて閉鎖し、従業員約2000人を解雇すると発表した。縫製と製品の仕上げ工程を行うサンアントニオの2工場も含まれており、年末までの閉鎖に伴い 約800人を解雇することになる。また、4月にはソニーも米国法人傘下でアナログ半導体を生産しているサンアントニオ工場の9月末までの閉鎖と従業員 600名の解雇を発表した。

 雇用環境の悪化が次々と伝えられる中で、トヨタによるテキサスでの3000名の雇用創出は、ブッシュ大統領訪日の最大のお土産となったはずである。また英語がわかるソニーのアイボが選ばれなかった理由もこのあたりが影響しているのかもしれない。

 ■「三河モンロー主義」からの脱皮

 トヨタとブッシュ共和党政権との共通点をあげるとすれば、モンロー主義(孤立主義政策)かもしれない。60年代には「財界活動はご法度」を家訓としたト ヨタは、長きにわたって自社グループの業績だけに固執する巨大田舎企業と揶揄され、政財官との接触を極端に嫌い、その閉鎖性から「三河モンロー主義」と言 われ続けた歴史がある。

 このトヨタの「三河モンロー主義」を変えたのが「自動車業界の政治部長」の異名で呼ばれた初代・木村清元専務と二代目・上坂凱勇元副社長である。木村元 専務は1970年に旧トヨタ自動車工業の東京支社総務部長に就いて以来、20年間にわたり政官財界への渉外業務一筋に、幅広い人脈を築いた。

 トヨタが本気で政官財界との関係強化に乗り出したのは、豊田英二最高顧問(当時)が経団連副会長に就任した1984年前後であり、その後、国内では消費 税導入問題や消費税導入に伴う物品税廃止問題、低公害車への優遇税制、燃料電池車普及政府支援などを手掛け、国外問題ではでは欧米との貿易摩擦問題に取り 組んできた。二人はトヨタのみならず、自動車業界全体の渉外担当として税制改革や通商問題で腕を振るった

 1994年に豊田章一郎トヨタ会長(当時)が経団連会長に就任、1998年には現在の奥田碩トヨタ会長が日経連会長となり、2002年5月の経団連と日 経連が統合によって、奥田日本経団連初代会長と豊田章一郎日本経団連名誉会長の誕生となる。長引く景気低迷の中にあって「最後の砦」としてトヨタが財界 トップに担ぎ出されることになった。

 奥田日本経団会長を支えるのは木村清元専務と上坂凱勇元副社長が所属した渉外部であり、60?70人規模のスタッフが「霞が関対策機関」として提言を取りまとめている。

 今年9月に公表された2002年政治資金収支報告書では、トヨタは企業部門で6440万円を自民党の政治資金団体「国民政治協会」に献金しており、2位 の本田技研工業(3100万円)を大きく引き離している。2002年は大型選挙がなかったため、政党や政治資金団体への企業・団体献金の総額は前年比2割 減の約37億円(過去最低)となる中で、トヨタの安定感が際立っている。

 しかし、トヨタの政治献金額はこの十数年6500万前後で変わっておらず、トヨタが順位を上げたのは、それまで自民党を支えた金融機関やゼネコンが業績低迷や相次ぐ不祥事により脱落していった理由に過ぎない。(つづく)

▼ 資料 <2002年政治資金収支報告書> 出所:読売新聞

◇年間2000万円を超える献金をした企業・団体(単位・万円)

●業界団体
  自民党 民主 自由 保守 合計
日本自動車工業会 8040 430 0 0 8470
日本鉄鋼連盟 8000 0 0 0 8000
東証取引参加者協会 7425 0 0 0 7425
日本電機工業会 7000 0 0 0 7000
石油連盟 6000 0 0 0 8000
不動産協会 3300 0 0 0 3300
全国信用金庫協会 3000 0 0 100 3100
日本百貨店協会 2500 0 0 0 2500
日本自動車販売協会連合会 1860 400 0 0 2260

●企業
  自民 民主 自由 保守 合計
トヨタ自動車 6440 0 0 0 6440
本田技研工業 3100 0 0 0 3100
新日本製鉄 2500 0 0 0 2500
前田建設工業 2291 0 0 45 2336
東芝 2324 0 0 0 2324
日立製作所 2324 0 0 0 2324
松下電器産業 2324 0 0 0 2324
サントリー 1950 0 100 0 2050
合計 70378 830 100 145 71453

※献金は各党の政治資金団体に対するもの。自民党は「国民政治協会」、民主党は「国民改革協議会」、自由党は「改革国民会議」、保守党(現・保守新党)は「保守政治協会」。一万円未満を四捨五入


<トヨタ自動車の献金額の推移(単位・万円)> 
出所:読売新聞、朝日新聞他
  合計 順位 割り振り
2002年 6440 自民
2001年 6440 自民
2000年 6540 自民
1999年 6540 自民6200、自由340
1998年 6540 自民5630、民主910
1997年 不明    
1996年 不明    
1995年 6440 自民4540、新進1800、さきがけ100
1994年 不明   不明
1993年 5450 17 不明
1992年 6500 27 自民党5900、民社党600

-協力社会にこそ新たな価値を見い出す学びの社会を

2003年11月12日(水)長野県南佐久郡南相木村診療所長 色平哲郎

われわれはどこかで「変わらなければならない」という感覚を持っているのではないだろうか。

たとえ無自覚であったとしても、現状への"とまどい"の表れがそれを象徴している。

私たちには、見えないものを見定める力、声になっていないものを聴き届ける力、そうした能力が求められているのかもしれない。

そのためには、この社会の「構造」を自覚し、「ちがいとまちがい」をこそ大切にしながら、長持ちする人間関係のありようを学んでいくほかはないのではないか。

ムラの診療所長として、また長野県の福祉行政、教育行政のブレーンとして馳駆(ちく)の労をいとわない色平哲郎医師の視野にある日本の進むべき方向性とは--。

■「支配の構造」を自覚しなければならない

冷戦という一つの「構造」が終焉(しゅうえん)を迎えたときから市場経済への完全な移行とともに世界が単一のマーケットになるという新たな「構造」が生まれました。
そして、「こういう社会では競争が必然だ」とかけ声がかかるようにもなりました。
そのため、これまでに見られなかった変化が日本にも表れてとまどっているという現状があります。

このことは、途上国ではすでに以前から起こっていたことなのです。
しかし、日本人は自分たちの国を先進国だと考え、「みんなが中流になれてよかった」とさえ思っていました。
いま、やっと競争社会の現実が見えるようになってきたのだという気がします。

とはいえ、本来考えていかなければならないことは、みんなが感じているその"とまどい"がどこからくるのか、ということです。
それは「支配の構造」に原因があります。
われわれは、それを自覚しなければなりません。
善し悪しは別として、支配する側とされる側があるのだということを。
それは「お金」という形を通した間接的なものであったとしても、厳然と存在します。
日本の中だけにいれば、いかにも民主主義的に運営されているように感じられますが、一歩国際社会に出れば必ずしもそうではないのです。

まだソ連が存在している間は、アメリカもそうしたことをオープンには語れませんでした。
しかし、「大米帝国」がだれの目にも明らかになったいま、「支配の構造」をよく見ておいたほうがいいと思います。
決してわれわれの敵ではないけれど、われわれ自身がその構造物の中に閉じ込められもがいていることも含めて、その構造物はどのような目的で建てられ、あるいはどのような意図で改築されてきたのかを見据えていく必要があります。
それが、たとえ一種の諦(あきら)めの境地になる可能性があったとしてもです。

この日本という国では、どれほど"とまどい"があったとしても生きていけなくなることはありません。
客船でいえば三等船室に封じ込められているわけではないのですから。
ほとんどの国民が中産階級化した日本人は、いってみれば一等船室に閉じ込められた状態でしょう。
ところが同じ船内には、一等船室の他(ほか)にも、自分の荷物置き場をやっと確保できる二等船室や、座席のない三等船室、あるいは広い空間と高級な調度品を備えた特等船室の乗客もいます。
機関室やレストランの厨房(ちゅうぼう)で仕事をしている人もいます。

そうしたことを、かつての日本は、アジアの一国として肌身に感じてわかっていたはずなのですが、自分の船室のレベルが上がってくるうちに「自分らの船室以外のところは関係ない」
「国境の外は関係ない」と思うようになってきました。
しかし、その時代もすでに終わってしまったと私は思うのです。

もちろん、一等船室の中にも「二等船室へ行ったほうがいいのでは?」とか「まったく別の特殊な船室へ行ったほうがいいですよ」と言われる人がいます。
障害者など差別を受けている人たちです。
同じ船に乗り合わせている人間として、その人たちのことも考えてあげねばならない。
自分もまた身体障害者になる可能性があるのだということを認めなければならない。
そうした、「先進国に似つかわしくない人たちには別の船室へ行ってもらいましょうよね」と、
みんなが同じであることに安心を感じてウス笑いを浮かべているようでは、「構造」を感じることなど到底できないでしょう。



■声なき声を伝えられるピラミッドであるか

スペインの哲学者オルテガ・イ・ガセットが『大衆の反逆』(一九三〇年発刊)という著書の中で「大衆は、少数のエリートによる支配を乗り越えてくる存在で あるけれども、彼らはみんなが同じであることをまったく恥じ入る感覚がないばかりでなく、むしろそれによって存在感を示そうという人たちである」と述べて います。
少数のエリート支配が終わる時代状況を指摘したのですが、われわれは決してエリート社会に戻りたいと願っているわけではないと思います。
しかし、みんなが同じであることを前提に社会を取り仕切って安心のウス笑いを浮かべていると、「構造」が見えてこないばかりか、学校でいじめが起こっても「人と違わないことが得だ」と思うようになる危険性もあります。
それは不幸なことです。
また、先生が「正解をもっているのは私ですよ」と知識を注入するような教育を続けるのであれば、これもまた「構造」に対する気づきを奪ってしまうことにもなりかねません。
教師のほうも、そうした権力的な関係を当たり前だと思うときには、自分もまた同じような権力構造の最底辺にいる場合が多いのですが、そうした上から下への 一方的な伝達に無批判な行動をとっていると、自分がどこに位置して、どういう状況にあるのかを外から見つめなおす視座を得ることがほとんどできなくなって しまいます。

学校関係者の前で、こんな話をしたことがあります。「子どもたちがノビノビ、イキイキ、ハキハキ、ニコニコ、ドキドキするような教室づくりができたらいいですよね。
その子どもたちを教え導いているのは、やはりノビノビ、イキイキ、ハキハキ、ニコニコ、ドキドキしている先生方ですよね。
そして、その先生方を支えているのは、ノビノビ、イキイキすることが大事だと考えて学校経営をやられている校長先生ですよね。
教育委員会もそれをうながすような組織ですよね」と。
そう話した後、「では、病院では、どうして患者さんや家族の方はビクビク、オドオドしているのでしょうか?」と投げかけます。
そして、「こう考えられませんか?」と言います。
「患者さんや家族の方がビクビク、オドオドしているのは、そうさせられているからではないでしょうか。
つまり、医者がノビノビ、イキイキしすぎているからなのではないでしょうか」と。
そして最後に、「自己を家畜化させられ、飼われることに慣れてしまった自分に気づいていない教員たちもまた......」と言い添えて、「彼らにこそ、"奴隷解放宣言"が必要となろうか」と結べば、聴衆の方々は絶句です。

文部科学省が作り上げた小さなピラミッドの末端に置かれている教師たちが、同じような三角形を下に作ってしまう。
それは、病院や診療所の医者にも、特養施設の所長にも、役職にある役人にも当てはまることです。
下の人たちを導き促す立場にある専門職であるけれども、それがために「専門的に善き道筋に導くのだ」という罠(わな)に陥ってしまう危険性があるのです。
しかも、下の人たちはオドオド、ビクビクはしないとしても常に依存的な、ある意味で「仕方のないこと」と感じがちな一方的なサービスにさらされることになります。
このような人たちは、そうした三角形の頂点に立つ人、あるいは中間にいる看護婦さんや寮母さんやヘルパーさんに対して言い返すことができないために、
その人たちが心の中で思っている声にならない声は沈黙の中に置かれてしまいます。
それが当たり前となれば、組織は硬直化していきます。

知的障害者の施設へ行くと、言葉のおぼつかない青年が私に対して「実は」という本心を訴えてきます。
ところが、ドアの外から足音が聞こえてくるとパッと声を止める。
知的障害があっても自分の身の安全保障に関しては考えているわけですから。
そこで私のような外部の人間がアドボカシー(代弁者)として「アラオカシー(あら、おかしい)」と感じたことを小さな三角形のトップにうまく伝えることが できれば、現在のように規制緩和などの大波が押し寄せている時代にあっても、その小さな三角形でのサービスが他とは差異が際立ち、生き残れる組織にもなっ ていくのです。
声なき声を集約して上に伝えて襟(えり)を正していくことは、小さな三角形にとって決して損なことではなく、得な、生き残りの施策にもなるという、そういう時代であろうと思います。

一方で、その小さな三角形がたくさんあるその上にも三角形がいくつも乗っていて、教育界や医療界でいえば、たくさんの三角形の頂点に文部科学省や厚生労働省が乗っている日本の中央集権という構造のあり方に気づかなければ、次の一歩は踏み出せません。
そうした「構造」に気がつけば、自己を家畜化してしまうような文部科学省からの統制に対しても「当たり前だ」と思うことが教師としてのあるべき姿だと感じざるをえないようなつらい状況にあったのかもしれないと、たとえ同情的にでも指摘できることは第一歩なのです。
なぜなら、「そんなことはない」という反発する心の中にこそ、自らの気づきがあるわけですから。(つづく)
2003年11月11日(火)萬晩報通信員 成田 好三

 阪神タイガースのセ・リーグ優勝パレードに65万人(主催者発表)を集めた11月3日、プロ野球 界に『大激震』が走った。阪神を破り日本一に輝いた福岡ダイエーホークスがこの日、主砲の小久保裕紀を無償で読売巨人軍にトレードすると発表したからだ。 翌日の新聞各紙はそれぞれ、「主力選手が無償で放出されるのは異例」(朝日1面ガイド)などと、小久保のトレード成立のニュースを大きく扱った。

 小久保の無償トレードは『異例』ではない。プロ野球界ばかりでなく一般社会にとっても『異常』なことだ。各紙の報道を額面通り受け取れば、小久保の放出 を決断したダイエー球団の経営責任者や球団取締役は、商法の特別背任罪に問われてもおかしくないからである。以下、筆者がそう考える理由について語ること にする。

 営利目的の株式会社であるプロ野球の球団にとって、保有権をもつ(球団に所属する)選手は『経営資源』であり、『商品』でもある。小久保クラスの主力選 手は、極めて貴重な『経営資源』である。球団にとって選手はまた、金銭、または交替要員と引き換えに移籍、つまり売買できる『商品』でもある。

 小久保は、球団を買収して福岡に本拠地を置いたダイエー初の逆指名選手であり、選手のリーダーとしてチームを牽引し二〇〇〇年の日本一に貢献した。自ら も本塁打王、打点王を獲得した実績もある。小久保クラスの選手であれば、高額な移籍金を得ること、あるいは複数の主力クラスの交換要員とのトレードが十二 分に可能である。

 今季のけがのため小久保はまだFA権を取得していないが、来季以降のFA権による、あるいはメジャーリーグとの「ポスティングシステム」による移籍であっても、ダイエー球団は、高額な移籍金か複数の主力クラスとの交換、あるいはその双方を得ること可能だった。

 球団と契約する個人事業主である選手側からみると、選手の年棒は、その選手の球団経営への貢献度を反映する。移籍金もまた、その選手の評価の『物差し』 になる。移籍金が高いほど、あるいは交換要員のレベルが高いほど、その選手の『評価』は大きい。

 ダイエー球団の行った小久保の無償放出は利敵行為である。自らの組織の貴重な『経営資源』でもある『商品』を、移籍金も交換要員も求めず、ただでライバル球団に譲渡する行為は、明らかに自らの組織に大きな不利益をもたらす。

欧州サッカー界では、移籍金は巨額なものになる。日本とはスポーツ文化の違う欧州では、選手のトレードに伴う移籍金は『ビジネス』になっている。弱小クラ ブは有望選手を発掘し、彼を有力クラブに『売却』することによって多額の移籍金を得る。それによってクラブ経営が成り立っている。

 サッカー界における日本のスーパースター、中田英寿がいい例である。欧州サッカーバブルの時代、イタリア・セリエAのパルマは、巨額の移籍金を支払って 中田をローマから獲得した。サッカーバブル崩壊後、パルマがローマに支払った移籍金に見合う移籍先は見つからない。

 中田自身も、パルマも希望しているにもかかわらず、中田の移籍が実現しない背景にはそういう事情がある。パルマが金融用語でいう『損切り』を決断しない 限り、中田はパルマから出られない。中田はいわば本人の意思や責任とは無関係に、巨額な移籍金のため株や土地と同様に『塩漬け』になっている。

 パルマのオーナーやクラブ幹部が中田の無償トレードを決断したとしたら――そんなことはありえないが――、サッカー界どころか社会全体から放逐されてしまうだろう。

 話がだいぶ横道にそれたので本筋に戻す。小久保の読売巨人軍への無償トレードの理由について翌日の新聞各紙は、小久保と球団フロントとの対立や、小久保 の高額な年棒が球団経営に重荷になった、などと推測している。立場、利害が違う球団フロントと主力選手が対立するのは当たり前だ。毎年の契約更改では厳し いせめぎ合いがある。年棒が高すぎるから無償で放出したなどという『説』は笑止である。

 球団経営が苦しいなら、移籍希望をもつ小久保を一刻も早く、1円でも高い値段で金銭トレードに出すべきである。そして移籍金を球団の口座に入れ、滞った債務の支払いに充てるべきである。

 ダイエー球団は速やかに小久保の読売巨人軍への無償トレードの経緯と理由を説明すべきである。いや、説明する義務がある。球団が説明しないなら、『当事 者』の読売と報知以外の新聞各紙はこの『異常』なトレード劇の『真実』伝えるべきだ。いや、伝える義務がある。彼らの取材能力からすれば、そんなことはた やすいことだ。

 球団や新聞各紙がそうしなければ、日本のプロ野球文化は壊れてしまう。いや、日本のスポーツ文化が壊れてしまう。小久保の無償トレードは、プロ野球界ばかりではなく、日本社会の『健全性』が厳しく問われるべき問題である。(2003年11月5日)

 成田さんにメールは mailto:narita@mito.ne.jp
 スポーツコラム・オフサイド http://www.mito.ne.jp/~narita/
2003年11月09日(日)萬晩報主宰 伴 武澄


 きょうは衆院選投票日。筆者もさきほど妻と一緒に投票を済ませてきた。世田谷区上用賀というところに引っ越してきて5年近くになり、多くの選挙で投票をしてきたが、投票所となっている近くの小学校で投票を待つ列が出来ていたのを見るのは初めて。東京地区は幸い雨も降らずそこそこの天候。投票率が高まるのを祈るばかりである。

 これまで数々の総選挙で「保革逆転」「与野党逆転」を好そうされながら、昭和55年以降、一度も逆転が起きたことがないのが日本の政治風土だった。「も うそろそろ!」「今度ばかりは!」といった思いの人も少なくなかったはずだが、毎回その期待は裏切られてきた。

 今回の選挙はマニフェストを前面に押し出し、政策論争が繰り広げられた。このことは大きな前進だったと言わざるを得ない。これまでの「お願いします」の 連呼はすっかり姿を消した。たまたま出会わなかっただけのことかもしれないが、筆者はこの12日間、一度も選挙カーによる連呼を聞かなかった。妻にも子ど もたちも同じことを言っていた。

 選挙期間中、街がほんとに静かだった。本当に選挙は盛り上がっているの不安にさせられたが、各党ともメディアを相当程度駆使した選挙だったし、メディア の方も相当程度、マニフェストに焦点を絞り、各党の違いを浮き彫りにする努力を努めた。この点でもかつての選挙風景とはかなり様相を異にしてきたことは確 かだ。今後、選挙カーによる連呼は姿を消すのだろう。

 首相公選制を求める声が高まった時期があったが、今回の総選挙を見る限り、選挙の構図はすでに首相公選制に近づいている。選挙で勝利した党首が首相にな るという図式が当たり前になれば、首相公選制など導入しなくともいいことも分かった。自民党総裁選で、小泉純一郎氏が「総裁選で勝利した人の公約が総選挙 での公約になる」と喝破したことがほぼ実現しているといえよう。

 最終的な投票率も分からず、投票の行方も分からないこの時間に多くを語るのは時期尚早といわれかねないが、日本の選挙も少しは進歩したかなという印象を得た。

 小泉氏は「自民党をぶっ壊す」と言った。かつての自民党的体質はほぼ崩壊状態となった。自民党を壊すとはつまり古い日本的体質を壊すことである。その面 で小泉氏は十二分にその役割を果たした。問題は壊した人たちが新しい日本を創造するエネルギーを残しているかということである。新しい日本を創造する役割 は本来、別の人たちに委ねられるべきなのである。

 まだ投票に行っていないみなさん。投票に行きましょう。高い投票率で国政を変革するような国民の審判を下しましょう。(11月09日午後0時)
2003年11月08日(土)萬晩報主宰 伴 武澄

あ す投票日。テレビ朝日のニュースステーションではないが、萬晩報としては投票を呼びかけるしかない。筆者の書いた10月28日付コラム「豪速球の投げ合い を続けてほしい衆院選」には少々誤解があったかもしれない。筆者は小泉ファンであっても自民党支持者ではない。愚直にも政権交代を望むものであることを伝 えておかなければならない。


■勇気を持って新しい風を 北 50歳 東京都

萬晩報いつも楽しみにしております。

さて、今回の衆院選は日本の将来を大きく変えうる機会を与えられた選挙かと思われます。やっと、政権をまかせられる相手が同じ土俵の上に面と向かって鎮座 しているのではないでしょうか。しかしながら、現時点での選挙見通しを見てみますと、悲しいかな未だに自民党有利とでております。これだけ、国民自体が苦 しめられ、政治の貧困等といろんな批判が出てるにもかかわらず、この様な戦況になっていることは、私には不可解でしようがありません。なぜ、勇気を持って 新しい風を呼び起こし、挑戦する気持ちを持たないのでしょうか。

政治の貧困さを批判し、世の閉塞を嘆いているだけでは 何も変わりません。自民党が勝利した場合、これは国民 の責任であり、国民自体が腐っているのです。人のせいにしている状況では、日本の将来は本当に ないでしょう。かのクラーク博士が仰った"boys, be ambitious" これこそが、今の日本が思い起こすべき、言葉では ないでしょうか。


■日本民族の愛国心は何処へ 安田修三 バンコク

私 は14年前に日本を離れ、タイに居住した者です。居住地を日本からタイに移しましたが、今もって日本人としての誇りを持って暮らしております。日本の情報 はNHKを始、多くのメディアから入手できますから、暮らしの中に異国でのギャップはないと考えています。海外に暮らす立場で日本を語ることは、日本の環 境にどっぷりつかっておられる方々よりも、冷静に見ることが出来ているといえます。

 今回の貴方の問いかけに対し多くの読者が投稿されて居るのを見るにつけ、IT技術の効用が多くの方々の意見公表の場となっていることを強く感じます。自 分の意見を述べるというのはとても良いことですし、その意見を読んでもらえる場があるということも素晴らしいことです。

しかし、多くの意見が自分の責任範囲が見えない意見であることも確かです。戦後の日本は自民党だけが"しきった"のではないのですが、日本を守ると言う目 的がおのずとして自民党主導になったわけですから、50年経った今日、自民党を倒すとか政権交代などの表現はナンセンスです。意思表現は各自各党が掲げる 主張でしょうが、本来、日本国民、あえて言うならば日本民族を守る大切な選挙であると言う立場で対決してみるべきです。

私は組織の一員として流される行き方を断ち切りタイに暮らしましたが、日本人であると言う現実の中には断ち切れない民族と言う絆があることを、尚一層感じています。

日本国の首相として奮闘されている小泉総理が国民全ての方々のを満足できる万能者でないことはどなたもご存知ですし、不可能なことです。しかし、今日の日 本にあって優れたリーダーであることは確かですし、認めるべきです。阪神前星野監督が退陣挨拶で言っておられたように、阪神と言う野球チームの監督として の重圧は大変なものであると言われています。大国日本の首相としての重圧は小泉さん自身、今までに経験したことのない日々の連続でしょう。ただの"社会的 欲求"のために政治家になろうとする方々とは多少異なると思います。

タイから見た「衆院選によせる読者の声」は、無責任大国日本のありのままを表現したものと感じました。一言で言うならば、日本民族の愛国心は何処へ行ったのか、これからの子孫をどのように考えているのか、悲しく、そして心配になります。

アジアの小国日本は、素晴らしい環境と知恵とが相まって日本独自の文化を築いたのですが、言語においても、蔑ろにする国民が多くなったように感じます。今 やるべきことは、国民一人一人が自分の立場に責任を持ち、身の回りの全ての人たちに迷惑を掛けないと言う"自立心"を身につけることです。まだまだ話した いことはありますが、皆様の意見の中に自分以外の人たちのためになる意見を多く見つけたかった。各自が他の人のことを考えてこそ、集合体が安定すること を、改めて考えていただきたいと言うのが私の感想です。


■感心する小泉首相のマスコミ操作 永田町の半魚人 はげちょろげ

いつもありがとうございます。選挙前ということで、読者の声の配信が楽しみです。

様々な政談が出ますが、小泉首相のマスコミ操作には感心するものがあります。米国では広告代理店が世論誘導するのは常識ですが、その点でも小泉さんは素晴 らしい米国追随をしています。広告代理店によって誘導されたマスコミ記事を見てまじめに考えている。庶民をニンマリ笑って見ている小泉さんの顔が浮かびま す。

「政治好きの熊さん、八さんは文句だけ言わせておけば安心!」ってところでしょうか。いつか「小泉首相の世論誘導とマスコミュニケーションの果たした役割」なんて本は出ないでしょうか。ベストセラー間違い無しですね。

どんなに反対を叫んでも議会制民主主義である以上多数決ですから、結局、強行採決で終わりです。反対、反対と繰り返しても何も変わりません。市民運動と 言っても古臭い左翼かぶれが中心だったりして、思わず、「どこが市民なの?」って、言いたくなります。

政権交替の可能性が常に存在しなければ野党が何言っても無意味です。しかし、小選挙区制に問題があるようで、私個人としては小選挙区制ならば落選票制度を 望みます。現行の選挙制度では「こいつだけは議員にしたくない!」と思ってもお手上げです。たとえ、1:1にならなくとも、得票を減ずるマイナス票制度に ならないかと思います。議員にしたくない権利みたいなのが有っても良いかと。

しかし、平和な国です。
敵が攻めてきたら?の問に「敵ってどこ?話し合えば敵じゃなくなる」とか「攻めてくるはずが無い。」とか。
仮に攻めてきたらあんたはどうするのか?の問に「逃げる!」って答えるアホが政党の幹部に居る国ですからねえ。
わたくしは軍隊に全て賛成しませんが、収奪するものが無いコスタリカと我国を同列にするのもどうかって、思います。

萬晩報様におかれてはマスコミに出てこない事実(この方が絶対に面白い)の
発信をお願い致します。突然長々すみません。


■ 匿名希望 23歳 石川県 

もう明日が投票日ですが、今回の選挙はマニフェストが公表され,テレビでバンバン取り上げられ、あまり政治に関心がなかった人間でも投票する目安になると思いました。マニフェストを見ていて、民主党は高速道路を無料化すると政権公約で掲げていました。

ですが、土木工学を学ぶ私にとって、この公約がいかに不可能な公約だなあと思います。いえ、私だけでな、土木工学を学ぶ人間にとって誰しもがでしょうか。 土木構造物のほとんど(橋、高架橋など)の寿命が約50年以内に寿命がきます。もちろん、10年スパンごとに修理しながら、メンテナンスをしています。戦 後、建設された構造物のほとんどはメンテナンスしても修復不可能なぐらい、傷んでいるのではないでしょうか。道路もアスファルト舗装なら2、3年で、コン クリート舗装なら5年周期で路面がタイヤの摩擦により消耗し替えなければなりません。今、道路公団の借金を全て返済しても、今後、莫大にかかる維持費用を どのようにしてまかなっていくのでしょうか。疑問でなりません。


■国民的議論を呼ぶ問題には国民投票実施を 匿名 44歳 茨城県

長谷川三千子氏の「民主主義とは何なのか」を読むとその限界にため息をつかざるをえないような気持ちになりますが、今回の選挙には行くつもりです。

ペテン師ジョン・ロックの「悪いやつは自分たち以外のやつらだ」という原理に基づくアメリカ型の民主主義をいつまで無思考に受け入れればいいのでしょう か?それゆえ、アメリカはいつまでたっても戦争を止めないのですね。小泉自民党は語るに落ちますが、民主党の限界も見えてきそうです。

小泉総理は、かつてイギリスに留学したことがあるそうですが、彼はいったい何を見てきたのでしょうか?彼はよく、国会答弁などで「日本の消費税は5%それ に比べ、イギリスは17.5%、北欧諸国は25%、それで福祉を同じ給付水準にしてくれといっても無理ですよ」と言っています。これは、国民を実に愚弄し た発現ですね。

イギリスや北欧で生活した経験のある人はわかると思いますが、イギリスでは、食品・医療・福祉・教育などはゼロ税率が適応されていますし、北欧でも医療・ 福祉・教育は、累進性の高い所得税でまかなわれていますし、生活必需品には軽減税率が適応されます。しかも、ほとんどの生活必需品は、小売第1段階でし か、課税されませんから、消費税がこんなに違うのに物価は逆にイギリスや北欧のほうが安いです。

これ一つ取っても、彼がいかに国民を欺いてるかがわかります。彼の行った改革の医療費の総額報酬制や自己負担率3割の国民皆保健制度って一体なんですか?  世界に誇れる制度なんでしょうか? 高速道路や諫早湾干拓などの無駄な公共事業を削減すれば、自己負担率を1割に戻せるのではないでしょうか?

名古氏の50%投票率制度には私も賛成です。しかし、現行の議会制民主主義制度のもとでは、政治に対する無力感をそれでもぬぐえないのではないでしょう か。私は、憲法改正などの国民的議論を呼ぶ問題に関しては、是非、国民投票制を実施してもらいたいと思います。しかも、投票資格を20歳以上ではなく、思 い切って16歳まで下げるべきでしょう。そして、最初の国民投票の議題は、消費税の増税とセット。サラリーマンの所得税の源泉徴収制度の是非を問うべきで しょう。国民は国家の奴隷ではないはずです。物言わぬ無党派層の多くを私を含めたサラリーマンが担っているはずです。そうすれば、日本の政治も大きく変 わっていくのではないでしょうか?


■80歳以上の選挙権停止を 匿名 31歳 愛知県

少 し前に某作家が「老人党」なるものを唱えていた。いろいろと御託を並べていたが、要は「俺たちにもっと金をよこせ」だった。この国の若者はおかしいのだそ うだが、老人はもっとおかしいのではないか。これだけ後の世代から金をむしっておいて、さらによこせとはなにを考えているのだろう。

例えば年金の問題が取り上げられると、必ず「自分たちは苦しい生活のなかからきちんと納めていたのだからもらって当然」という意見が紹介される。しかし現 在支給されている金額が払った額の5倍になっていることはだれも言わない。その差額は誰から引き出していると思っているのか?

「戦争で苦しい思いをした」こともよく訴える。一方的な被害者的発言だが、戦争を始めた社会に多少なりとも参画していた者がいうべきことではない。さらに いうと、その戦争をして敗北したために、今なお他国の軍隊に居座られているのだ。そしてその軍人どもから自国の少女が何度レイプされても、そこに自らとの 関連性を全く見出さない。あくまで被害者は自分たちだけなのだ。当然、戦争中の他国の被害者などまったく眼中になくなる。

3年後からこの国の人口は減るのである。しかし老人は増えていく、比率でなく絶対数で増えていくのだ。「国債」という名で未来から無尽蔵に金をむしってい く世代が増えていく社会に未来があるのか? このままでいくとそんな世代が選挙民に占める割合が圧倒的に高くなってしまう。さらなる未来からの収奪を防ぐ には、老人の選挙権を停止するか、あるいは0・1票とするしかない。

20歳未満の選挙権がないのならば、80歳以上の選挙権もなくてよい。80歳以上の判断力が20歳未満より優れているというのは単なる思い込みである。


■共産党に一票を投じます 匿名 74歳 京都府

国会が解散されました。いよいよ選挙ですね。

ところで、10月9日の毎日新聞には"77歳野中広務氏 かく闘う単独インタビュー" が掲載されました。その中で氏は「テロは絶対に容認できない。しかし、テロの背後を充分検証することもなく、同盟国として安易に米国支持を打ち出した小泉 首相のやり方に疑問と警戒感を持っていた。・・・イラクでは戦争が続行中だ。武装した自衛隊が行くとどうなるか。隊員に犠牲者が出ても当たり前、相手が死 傷しても正当防衛で当たり前--という論理になっていくのではないか。かって誤って戦争した「戦前の日本」に逆戻りしていく怖さがある。PKOが限度 だ。」と述べています。

わたしも全く同感です。経済政策では竹中さんの改革路線が現在もっとも現実的だと思っているわたしですが、小泉さんの対米政策ではあまりにも米国の言いな りで、その下にある外務大臣はアメリカからのイラク支援要請内容について、国会でも嘘を述べているとしか思えません。

外交面ではこの他、小泉さんの相変わらずの自分本位の靖国参拝への固執は論外で、それに拉致問題も、わたしは2週間と約束した上での5人の帰国だったので すから、やはりいったんは約束を守って帰し、その上でじっくりと拉致全体について交渉を進めるべきだったと思っています。現状はすべての交渉展開の糸口を 閉じており、帰ってきた人たちにも家族との再会のみちを閉じてしまっているのです。この現状では総選挙で小泉自民党に投票する気にはなりません。

先の敗戦以来、國の安全保障を米国の核の傘に委ねている日本は、米国の意向を無視することはできないとは思うのですが、現在のブッシュ路線はあまりにも誤 謬に満ちています。民主党はわたしには戦争中勤労報国路線を歩んだ人たちの党、旧民社党の人たちがおり根底から信頼できないのと、民主党と小沢自由党との 合併は基本的な考え方の上で異なり、本来矛盾を孕んでいます。

その矛盾が解消しているというのなら、小沢路線は本来自民党と近い考えがバックボーンにある点からも、まともに自民党に対峙していける党ではないと思える のです。民主党の挙げた閣僚候補に財務相榊原英資旧大蔵省財務官が見られるのでは官僚制打破の匂いは感じられません。

社民党は村山氏を首相にして以来あまりにも信頼できず、共産党は先日の"総選挙にのぞむ日本共産党の政策"でも消費税(大)増税に反対、道路公団や郵便事 業の民営化にも反対で、その理由に「郵便貯金は、零細な国民の貯蓄を守ることを目的とした国営の事業です」と書かれているのを見ると、わたしなどは郵便貯 金は国民からお金を吸い上げて戦争の費用を捻出する機関であったことが印象に残っているので、到底見解に賛成できないのです。

戦争中わたしたち中学生も勤労動員で工場へ働きに行かされたのですが、手当はすべて郵便貯金に振り込まれ自由に引き出せませんでした。もちろん敗戦と共にやってきたインフレで、預金はほとんど無価値になったことはいうまでもありません。

また、近頃は何故か聞かれなくなりましたが、暫く前までは「トーゴーサン」という納税についての批判がよく聞かれたものです。わたしもサラリーマンでした から所得税のサラリーマンについての捕捉率は10、自営業者は5、農民は3割というのを実感してきました。その点では5%の消費税の方がまだしも公平感が あります。

少子高齢化社会を迎えている今日、いよいよ歳入も厳しく、消費税率の引き上げもやむを得まいと思うのです。ただし食糧など誰にも生存に必要なものへの課税 は止めての上でのことですが。共産党の意図するところはたとえ市場経済を加味するとしても、社会の全般にわたって国家の管理を強化し、計画統制経済に移行 することでしょうから、官僚体制の強化を招き、わたしのような自由を愛する人間とは肌合いが違うのです。

ではお前はどの政党に入れるのか? 棄権か? と問われれば、棄権はしません。これも戦争中の経験から、やはり政治の力は強力で、徴兵制度一つ考えても逃 れられず、いつも政治に歯止めを掛けていないと何をされるか分からないからです。野中さんではありませんが、すでに公明、保守新両党の参加に見られるよう な大政翼賛政治は危険です。対米従属の自民党と真っ向から対立する政策を掲げて、常に自民党に反省を迫る政党が、国会に存在が許されていることは自由を守 る上からも極めて大切です。

そういう存在として共産党の国会での存在は意義があり、大切です。またわたしは頭では理念上小泉流の構造改革に賛成し、消費税の値上げもやむを得まい、ま た憲法も完全軍備廃止ではなく専守防衛を明文化した軍隊の存在を認める方が現状に叶うではないかと思ってはいるものの、貧しい一人の年金生活者である自分 の現状から見つめ、体感に忠実であろうとすると、消費税は上げるな、年金を増やせ、医療費負担を下げよ、憲法は守って軍備を捨て再び戦死者を出すなと言う 理想論を掲げる共産党の言い分も庶民の素朴な気持ちを集約しているので、共産党に一票を投じます。
2003年11月07日(金)萬晩報主宰 伴 武澄

■政権交代より政界再編&世代交代 延嘉隆 30歳 福岡県

私は、加藤紘一の秘書を努めた後、山崎拓前幹事長の秘書を努め、昨年10月の衆議院福岡6区補欠選挙に出馬し落選した延嘉隆です。現在は、連座制(出馬制限)の適用を受けております。今回の総選挙への出馬はしておりません。

さて、数日後に投票を迎える総選挙。最大与党自民党は、改革政党への変化を打ち出し、政策実行能力を主張、一方、最大野党民主党は、政権交代を唱えます。 その最大の焦点とされているのがマニフェスト。私は、従来型の曖昧なスローガンを唱えるだけの選挙から、ある程度の責任が伴うマニフェストというものを通 じて、より政策的な議論が行われることには賛成であります。

しかしながら、今、我が国が置かれている国際状況、地方の現状を直視した時、単に、短期的な政策目標であるマニフェストだけを持って、国民に全てを問い掛 けることに対し、一つの疑問を抱かざるを得ません。それは、この日本という国のあるべき姿、国家像の欠落ではないでしょうか。地球という星のなかで、我が 国がどのようにあるべきなのか、そして、私たち日本人とは何なのか。いわば日本人としての魂が込められていない政策など、単なる、文字の羅列でしかありま せん。

 各党の政策を熟読する限りにおいては、少なくとも私には、日本という国がどこに行こうとしているのか、その明確な答えを見出すことが出来ません。例え ば、総選挙の重点政策の一つ、イラク新法の問題を考えた時、今まで、我が国が、戦後歩んできた平和への道筋とは異質なものであり、国民的な議論が行われる こと無く、国家の質が変貌しようとしている現状を憂います。

だからこそ、我が国が、そして、私たち一人一人の日本人が、この日本という国がどうあるべきかという国家像やアイデンティティーを議論することなく、帳面けしの手続き論だけが先行する今の政治の現状に、一人の日本人として警鐘を鳴らしたい。

同時に、60%前後と予想されている低投票率が物語るのは、既存政党による政治に対する不信感そのものだと考えます。最大与野党が、政策的にも、また、政 治理念的にも党内に矛盾を抱える状態での政権交代に意味があるのであろうか。私は、政権交代の前に政界再編、そして、世代交代に期待したい。
http://www.nobuyoshitaka.com/


■今こそ反戦の声を統一しよう! 太田光征 37歳 千葉県

皆さん、民主党に「幻想」を抱いているのではないですか?確か6割が改憲派ですし、傀儡政権に成り果てる可能性の高いイラク政権の「要請」に基づく自衛隊派遣を認めるなどという国民騙しを犯そうとしているのですよ。

これは民主党がアメリカ追随政治を続けることの証です。小泉首相はイラク復興資金と称してアメリカ企業に来年1650億円もくれてやるそうですが、民主党
も基本的に異論はないのです。

また民主党は技術が未確立の1兆円規模のミサイル防衛を導入し、アメリカ軍需産業を喜ばせ、北朝鮮に核開発の口実をあたえるという。こんなことで景気回復 ができるって? 民主党は選挙後に憲法問題で分裂する確立も高いでしょう。比例定数80削減による二大政党制の画策は、後戻りのできないアメリカ型企業中 心政治への道を敷くものです。

 今回の選挙の最大の争点は、民主党への政権移譲などではなく、反戦、すなわち憲法擁護とイラク派兵阻止ではないですか?


■50%バリア論に賛成 石川洋 63歳 岩手県

50%バリア論に賛成。国によってがすでにやっているはず。その前に、NHKが発表する:「開票率1%:当然確実}という報道を禁止すべきです。1%も開票しないのに、結果がわかるならわざわざ俺が出向くまでもない、と思う人は大勢いる。民報はご自由にどうぞ。


■違和感を持つ「読者の声」  匿名 埼玉県

いつも読ませて頂いております。読者の声(1)、(2)と読んでいて非常に違和感を持ったので私も意見を送らせていただきます。

一番大きな違和感を感じたのは低投票率への対応の問題です。50%を切ったところの議席を無効にせよという意見には全く賛成できません。というより怒りさ え覚えます。つまるところこの意見は投票所へ足を運んだ有権者の選挙権を奪えということに他ならないからです。投票をさぼった人間のために投票した人間の 権利を奪うという発想がなぜ出てくるのでしょうか。

投票しなかった人間は自らその権利を放棄したのだから、そこで決まった結果に異議を差し挟めないのは当然であり、彼らは選挙権を行使した人々による選挙結 果を受け入れるという白紙委任をしたと考えるべきです。だから、別に少数の人間で議員を選んでいるわけではない。いや、それは違うと棄権者が言うなら投票 しなさい、それだけのことです。だから、投票をした人の権利を奪うような提案はやめて頂きたい。(江戸時代の5人組じゃあるまいし、さぼった人間との連帯 責任をとらされるいわれはありません。少なくとも私はいやです)

第二の違和感は、自民党を倒すことが正義であるというような論調が多かったことです。自民党政治に批判点は多いですから、そこを指摘するのは当然だと思い ますが、倒したあとのことをどのくらい考えているのでしょうか。政権交代さえすればうまくいくという幻想は、既に過去の実績によって裏切られているじゃな いですか。自民党の後の政権がどれくらいの政治をやれるかを見極めた上でならいいですが、まず倒してみよう、は無責任と思います。小沢氏に期待する声も多 いようですが、彼は一体この10年何をやってきたんですか。これも実績をみれば明らかだと思いますが。

いずれの点も私個人の違和感です。ふたつとも萬晩報の読者層からすれば少数意見なのでしょうね。しかし、ここで3つ目の違和感が出てきますが、ここの読者 層は一般国民の感覚と随分違うのかなぁということです。これまでに掲載された声が一般の声ならば、自民党政権なんかとっくに雲散霧消しているはずですか ら。

それではおまえはどう考えているのか、と問われれれば、「まだ小泉に期待します」ということです。明らかに従来の自民党の枠を壊してその中で新しいものを作れるだけのパワーはまだあると思っているからです。


■公約を破れば落選するという事実を作り出す以外にない 田島 隆

伴氏は今回の選挙を「四つに組んだ大相撲」に例えられましたが、はたしてそうでしょうか。マニュフェストという単語は目新しい言葉ですが、今までの選挙公約です。それを実現時期などを付け加えただけのものに目新しい名前をつけただけのものだと思います。

私は細川内閣から村山内閣までを見てきました。鈴木宗男氏から松浪健四郎氏まで見てきました。消費税反対を公約した党が消費税に賛成したのを見てきまし た。昨日まで不倶戴天の敵だった野中氏が今日になったら伏してお願いすると言ったのも見てきましたし、公明党をくそみそに言っていた熊谷氏があっという間 に豹変するのも見てきました。

選挙公約は公の約束と書きます。ところがその公約はあっても無いに等しく、彼らは自分の都合(政党助成金をもらうため、閣僚になるため、自分の勢力を強め るため)で公約をいとも簡単に投げ捨てています。「公約」なら投げ捨てるが「マニュフェスト」なら守るのでしょうか。そんなことはあるはずがないではあり ませんか。 あるとすれば、公約を破れば落選するという事実を作り出す以外にありません。

だが、そういう事実を作り出すことはますます困難になっているように見えます。なせなら、マスコミはそういうキャンペーンは絶対に張らないからです。
 
もっと大きな問題は自民党と民主党のあいだに伴氏が言うような四つに組んだ対決点があるのでしょうか。

憲法を変えるか変えないかなら分かります。
選挙制度を小選挙区制にするか比例本位にするかなら分かります。
消費税を上げるか下げるかなら分かります。
安保条約とまではいかなくとも、外交政策の大幅転換(少なくともイラク戦争をやめなさいぐらいは言ってもいいのではないか)をするかどうかなら分かります。

ところが、これらの問題では自民党も民主党もほとんど同じことを言っています。これでは似たもの同志の選挙だと思いますがどうなのでしょう。本当はこれら の問題こそ四つに組むべきことだと思いますし、これからの大きな問題はこれらと関連しておきてくるに違いないでしょう。このように考えたとき、今回のマ ニュフェスト選挙は全く評価できません。


■不完全な民主主義国家 真勢大輔 26歳 札幌市

今回の選挙にはマニフェストが全面 に打ち出されていて嬉しい限りです。政党とは本来「同じ政策を持つ政策集団」であるはずなのに、現在の日本の政党は同じ党内でも大きく意見が分かれ、場合 によっては他党の党員の方が近い政策を持っていたりするおかしな状態です。一体何の目的で同じ党を構成しているのか教えていただきたいくらいで、利権が深 く絡んでいるのであろうと疑いたくなります。

民主主義とは国民が政治の方向性を決める事ができる制度であるはずです。今の日本の政党の在り方、達成したかどうかの判断のできないような曖昧な公約、そ もそも公然と公約を無視する政治家。このような今の日本の政治制度が本当に民主主義と言えるのでしょうか。正直現在の日本の制度は民主主義の体を成してい ないと思います。国民の意見を反映させるための方法が存在しないのですから。

戦後の日本の政治制度はGHQが作ったものを基としていて、自らの手で作り上げたものではありません。そして戦後の国作りも、自分の手で作ったものが半 分、アメリカの国力に依存したものが半分、と他人任せな国家運営の側面が多分にあります。今の日本の政治、ひいては日本そのものが、他人に甘えながら作ら れてきたものになってしまっています。そんな状況だったので日本人自らで民主主義を作り上げてこなかったのです。そのつけが今の不完全な民主主義として 残ってしまったのだと思います。

マニフェストと言うものは、従来の公約と違い達成されたかどうかがきっちり判断できる「成績表」の役割があります。国民の民意がきちんと反映されるための 民主主義の最低限のルールです。今回、各党が示したマニフェストはまだまだ完全なものとは言えませんが、それでも今回の選挙を皮切りに、どんどん成熟させ ていかなければならないと思います。日本が成熟した民主主義国家として、国際社会の中で一人前の役割を果たせるようになるように期待しています。


■名古さんの「50%バリアを」に賛成 おぎはら 35歳 神奈川県

いつも楽しみに拝読してます。今回は特に興味を持って読んでいます。

まずは名古良輔さんの「50%バリアを」には私も賛成です。(ちなみに、最近の朝日新聞の「声」の欄でそっくりな文章を観ましたが、同じ方ですか?)そし て、それに寄せた方々の意見にもまた賛成です。ただしその場合、投票権を持たない未成年者や、在日の方への配慮も改めて考えなければならないと思います。

それから、匿名 63歳の「西宮市無党派が増えるのは政治のレベルが低いから」には拍手を送りたいです。中でも 「官から民へ」ではなく、「官は官で正しながら、民を育てる」のが政治なのではないか は天声人語の最近の言葉に載せたいほどです。

ところで読んでいて興味深かったのが、皆さん一様に「打倒自民」であること。おそらくは民主党応援。私もその1人には違いないのですが、本当のところは、 共産か社民を応援したいのです。ただし、現在彼らに任せられるとも思わないし、もし政権を取ったとしても現在の政治をぶっ壊す前に彼らがぶっ壊されてしま うでしょう。ぶっ壊すという意味では、数年前まで共産を応援してたことがありましたが、野党の仲間入りをしたとたんに影が薄くなってしまった。所詮その程 度だったかと、ちょっと残念でした。

それでも自民党支配からは抜け出したいので、今回は消去法的に民主応援という形になります。

郵政民営化は最初から反対ですし、小泉氏が民営化してる国へ視察に行った際に、褒めるところがなくて仕方なくポストを褒めていたというマヌケぶりは忘れら れません。有言実行は見た目カッコイイですが、国益にならないことが判ったらその場で陳謝して、最善の道を探る勇気こそ必要なのだと思います。小泉氏は猪 突猛進型で、最初から危険視してましたが、イラク問題などは既に取り返しのつかないところまで来てしまっている気がします。そのくせ、国民が望んでいるこ とは何一つ出来ていないとも思う。

今回他に、道路・年金など、争点が色々ありますが、私個人的には、何よりもまず「その年の予算は年度内に使い切らなければならない」というワケノワカラナ イ制度の取り消しをしてもらいたいです。業績を内容評価できれば、少ない予算が良いに決まっているし、余った予算を翌年に回すなり、赤字の補填にするな り、次に必要な事業に回すなり、いずれもオープンにするのは当然ですが、市民参加型予算に出来れば、より行政が身近になり地域活性化にもつながると思うの です。

閑話休題、まずは自民党支配を抜け出し、新政権樹立を望みます。出来ればアメリカに対して「Noと言える日本」になってもらいたいところですが。正直、菅 氏と民主党にそこまで期待はしてませんが、細川政権の二の舞にならない為にも彼らが頑張ってくれることを切望するばかりです。まずは白紙票でない投票をし ないと何も始まらないのですけど。

2003年11月06日(木)萬晩報主宰 伴 武澄


■誰も書いたことのないモデル 匿名 33歳 中国東莞市

衆院選には期待しています。

もともと、議会民主主義って言うのは改革では無く、改善を。ゆっくり時間を掛けて進めて行きましょう。という仕組みなんだから急激な動きって出来るわけ無 いんですよね。急激な動きを求めるならば 独裁制になっちゃうんでしょう。だから社会全体のパイが広がりつづけていた日本では既存政権が力を持ちつづけた。だって、昨日よりも良い暮らしが目の前に 広がりつづけているのに、なぜ大騒ぎをしてうまく行っている仕組みに手を入れなければならないの?という意見は正しいと思う。

しかし、日本ってもう限界でしょう。外から見てると良くわかるけど人口が減って行く社会って誰もモデルを書いたことが無い社会だよね。だから1万人以下の利益代表だったり、地域社会の利益代表だったりした議員が ここではじめて国の仕組みを変えようとしているんだと思う。だから国の方向を変えるような提案が出てきた。

という事は日本のこれからは薔薇色の未来では無く、国が衰退して行く未来なのだと思う。人口が減り始め、失業率が大幅拡大して、治安が維持できなくなり、 社会保障が機能しなくなり、国庫が破産して初めて全員が目が覚めて 政治の季節が始まるのだと思う。今回はその破綻が始まり始めての 政治の目覚めの選挙だと20年後に記録できれば良いのじゃあないかと思う。5年前に郵便局が民営化され、道路公団総裁が首になる予測を書いたらキチガイ呼 ばわれることを考えれば状況は動いていると思う。

次のイベントは選挙制度と有権者年齢の訂正だと思う。投票権が16歳からになれば選挙戦ってすごく変わると思う。今の日本社会は20歳以下に借金を背負わ せて、その金で国家が60歳以上を公的買収している形になっているんだから。その仕組みを否定し始めたら、年金改革っていう税制から国の仕組みの大本に手 を付けていくことになると思う。人口減に歯止めをかけるのは可処分所得を60歳以上から40歳未満に移動することでしか得られないと思う。


■真の二大政党実現への第二歩 大山政典 50歳 宮城県

10年前の細川政権誕生と崩壊には大きく期待し、それに比例した落胆を味わった一人です。社会党をも抱き込んで政権奪取を果たした当時の自民党の執念には背筋を凍らせる思いがしました。

それだけに仮に今回の総選挙で政権交代が実現したとしても、前政権の勢力が新政権の弱点やわずかなひび割れを巧妙に突いて再逆転を図り、遠からず実現してしまう事が予想されます。

しかし、それで私は落胆しません。10年前の政権交代では55年体制を突き崩した意味があったのです。再逆転を喰らった面々もその失敗には多くを学んだは ずです。民主党には今回の政権掌握で。自民党しか政権担当能力が無いと感じる幻想から目覚めさせて欲しいのです。

政権のキャッチボールとは不遜な表現ですが、政党だけでなく、我々有権者も成熟して行くためには必要な経験なのです。

■投票に先だっておさらいを 鈴木肇 64歳 会社役員

投票日まであと数日。投票に先立って、ここいらでもう一度自民党の主張をおさらいしておく必要が有るのではないでしょうか。

1.改革は自民党がやると言うスローガンはおかしくないか? 何故なら半世紀にわたって改革どころか国民を食い物にしてきた政党が、突然ここでどうして改革が出来る党になれるものなのか? 
2.公約なんてたいしたことじゃないと言い放った人間がいまだに自民党の総裁だ。みずからが公約なんか、どうせ守りやしないことを国会で証明したのである。そんな党が掲げる政策を信じろと言われても、選挙民が果たして信じられるものか?
3.現在でも大赤字の高速道路などを、民間に払い下げりゃウマく行くというこの不思議。黒字になるものだったら誰がやろうと黒字になるのでは? 出来ない のは黒字ならぬ黒い頭のネズミが食い散らしてきたからではないのか? それとツルんでいたのは何処の何と言う政党だったのか? 

まだまだありますが、とりあえずこれだけでも判断の材料にはなるのでは・・・・


■50%バリアーを支持します 匿名 29歳 奈良

名古良輔氏の「50%バリアー」を 熱烈に支持します。最高裁も「違憲状態」との判断を下す昨今の低投票率にかまけて、私も常々無言の政治批判と白票を気取っていましたが、こういう人って多 いと思います。「マニフェスト対決」等という茶番より余程効果的です。誰もが頭痛を起こすほどの低レベルさを誇る保守陣営と行儀の良い腐れインテリな若手 官僚出身議員とが、違憲状態の投票率の中で対決する、こんな図式では、それこそ「憲法違反政党」に利するだけです。この政党のおかげで相変わらず自民の安 定多数は揺るがない状況である中、「50%バリアー」だけが最後の希望の星です!


■さらに白票も有効に 東幸輝 34歳 東京都

名古良輔さんの「50%バリアを」を読んで、感想かたがた愚案を。「投票率が50%越えない地区においては選挙を無効とする」という考えには原則として賛成です。

ただし私は更に一歩を進めて、白紙投票も有効とし、その白紙投票が過半数を占めたらその地区における当選者をゼロとする、としたらいかがと思うのです。そ して、白紙投票を認める代わりに、投票に行かなかった人は、役所で手続を踏まない限り選挙権を剥奪するというのはいかがでしょうか?

もちろん、諸事情あって投票に行けない人もいるでしょうから、選挙権復活手続は簡素を極める必要があるでしょう。ここまでしてなおかつ投票に行く気がない者は、国政に関心がないと見なしても構わないはずです。

国民一人一人の国政への意識を喚起し、また国政そのものに対する刺激となる(なにせ、何票取れば当選するのか、何議席獲得すれば過半数なのか、最早誰にもわからなくなるのですから)と思うのですが。私もまた、皆様のご意見をお待ちしております。


■民主主義でなく金主主義 KT生 大阪

今度の選挙の前に日経連の奥田会長 がえげつないことを言ってましたね。つまり消費税は上げろ、法人税は下げろ、これをやる政党にだけ献金をやると。自民党はもちろん賛成で献金をありがたく 頂戴するとのことですし、残念ながら民主党も一部乗っかっている様子ですね。財界人の中にも、企業献金は一種の賄賂だと言っている人がいたようですが、立 て前としては民主主義を守るためだとか言っていたはずで、今回のような見え見えの発言は初めてですね。これではまさに民主主義ならぬ金主主義です。国民 も、政党もなめられたものですね。政治が右へ右へと流され、労働組合もあって無きがごとき状態で、財界も気を許しているのでしょうかね。あーあ、どうなる ことやら日本。

話が変わりますが、名古氏の投票率50%以下の選挙は無効にしろという案、おもしろいですね大賛成です。政治に文句を言いながら、誰がやっても同じだ、などと屁理屈をこねて投票に行かない人たちに目を覚ましてもらいましょう。


■人心一新で活力回復を 篠原勝 66歳 香川県

政権交代を実現する1票を――今回の総選挙最大の眼目は、政権交代の態勢が曲がりなりにも整ったこと。この好機をとらえていっきに政権交代を実現させる。新しい権力構造で人心は一新され、日本は21世紀の難局に立ち向かう活力を回復するであろう。


■無党派が増えるのは政治のレベルが低いから 匿名 63歳 西宮市

いつも格調高いレポートを楽しく読ませていただいています。このたびは「衆院選への読者の意見を求めます」という文字に引かれて、少し素人の意見を申し上げて見たいと思います。

そもそも「なぜ無党派層が増えたのか?」というと、少し逆説的になるかもしれないが「政治の貧困化」と密接に絡んでいて、私は「有権者の問題意識は結構高 いのに党派のレベルがお粗末なため無党派層にならざるを得ない人々」が今も大勢存在していると思います。

60~70年代までは安保条約や沖縄返還など「国の将来にかかわる課題」に必死に取り組んで来ました。ひとつ間違えば国の存立を危うくする時代でもあり、 冷戦構造の最前線に居る沖縄を抱えたわが国としてはいやが上にも政治に関心を持たざるを得ませんでした。

その後列島改造論や金権政治に見られる利益誘導型の政治になると視点が「明日」から「今日」にシフトされました。国を挙げて「日本株式会社」へ突っ走りバ ブル経済の昭和元禄に酔いしれました。一生懸命働いて豊かになろうとすると「オイルショック」で産油国にピンはねされ、「ニクソンショック」で儲けはチャ ラにされました。

国内問題であれば犯罪になるようなことが国際的にはまかり通ってしまい、有権者の政治に対する失望が投票率の低下につながったともいえます。「国があって の企業、企業あっての個人」と考え、ひたすら「ボーナス」「退職金」という"賃金後払い"にも耐えて、「明日の日本」を信じてきた有権者は、今また「年金 支払い開始の遅延」と「年金の受取額の減少」「金利ゼロ」「介護保険、健康保険の負担率アップ」に苦しめられています。

衆議院選挙はいうまでもなく「立法府」の構成を決めるものです。立法府は「改革」をするのが仕事です。現状では国の将来が危うくなると思うから、新しい法 律を作って新しい路線を引くのです。それがどうでしょう。「改革、改革」と喧しいことおびただしい。「小泉改革以外は改革じゃない」とでもいいたいので しょうか?改革なくして立法府なしです。

 ここからが本題。

小泉外科部長は患者の診断も十分にせずに初めから手術(改革)するのだという。郵政、道路はここに問題がある、原因はここだからこれだけの人と時間をかけ て手術をする。後遺症の心配はこれだけ。代わりにこんなに元気に活躍できるようになる。とキチットした「診断書」を示せば「明日の日本がこんなによくな る」と納得できるのですが・・・・。それは今から担当医が考えるという。手術を受ける側は「闇雲に切られたらたまらん」と思うのが当たり前じゃないです か。

 「政治が貧困だ」というのは「受身の政治」「問題対応型政治」であって、「明日の日本を創る政治」になっていないからだと思うのです。たとえば「介護保 険」。大勢の年金予備軍はみんな介護を望んでいるのでしょうか?そうではなく「介護の要らない健康な暮らし」を望んでいるのです。だったらなぜ介護の要ら ない社会作りを目指さないのか?「小児科」があるように「シルバー科」を作って、シニァーの生活のあり方、老化との付き合い方、体の健康と心の健康、弱者 保護政策、老化補助具の開発など整備すべきです。誰もオムツをつけたくない。失禁予防薬の開発を望んでいます。運動能力補助器具があれば色んな事故が防げ るのです。私は最近仕事をリタイァして老人の仲間入りをして始めてなんとお粗末な老後支援体制かと呆れるばかりです。

道路公団を民営化するそうです。国の赤字は垂れ流していても(プライマリーバランスなんて用語を持ち出して有権者の目をごまかそうとしても有権者は分かっ ている)、道路公団の債務超過は許せないということでしょうか?最近のテレビ報道では「厚生年金基金」で全国に「グリーンピア○○」という保養施設を一箇 所に何百億円もかけて何箇所も建てておきながら、運営がうまくいかずに赤字続きだから地元自治体に1億円で売却するというが、地元自治体ももてあましてい るという話がありました。そんな馬鹿な!それでも誰も責任を取っていない。ある地元市長は「国や県はまずいから止めたといえば済むが、地元に押し付けられ ても困る」という話です。

 こんなのは国賊だ。公金横領に等しい。厳罰に処すということが政治の信頼を回復することになる。その甘えの構造にメスを入れずに「官から民へ」と逃げら れても、官の腐敗は正されないのではありませんか。それが道路だけにとどまらずダムに、干拓事業に税金の無駄遣いが目にあまりまるで治外法権であるかのよ うに我が物顔に振舞う「官」を養っている政治に有権者は怒っています。「官」と呼ばれる行政府をコントロールするのも「立法府」の大事な使命であります。 「官から民へ」ではなく、「官は官で正しながら、民を育てる」のが政治なのではないかと思うのであります。

 もともと国民の税金を使って国営事業を起こすのは、民間事業としてやらせるには規模が大きすぎるものや、公共性の高いもの、国策として育成する必要があ るものなどに限られているはずであり、その趣旨に悖り利権体質を確立し、天下り先を確保する。そこに税金を投入するという構図を改めない限り有権者の問題 意識を云々されるのは納得できません。

自動車産業や金融業でも国境を越えた合併や資本参加が進められる時代になりました。日本では宇宙関係3事業団は縮小合併ということになりました。一方中国 は自力で有人飛行を達成しました。この際日中合同でアメリカ、ロシアに次ぐ第三の宇宙開発グループを形成するぐらいの大胆なアイデアというのは出てこない のでしょうか?何時までもアメリカの腰にぶら下がっていてはますます核開発の例のように中国、インド、パキスタン、北朝鮮など我々が後発国と思っていた国 の後塵を拝すことになりかねません。

最後にもう一度申し上げます。有権者の問題意識が低いから無党派層になるのではなく、政治のレベルが低いから無党派層が増えるのです。「新しい日本を作 る。日本の明日を作る。そのために生涯をささげる」という人でなく、親の持っていた地盤、鞄、看板のおいしいところだけを受け継いだ甘っちょろい二世議員 に多くを期待できないから無党派層が増えるのです。有権者は政治家の「国を憂える情熱」をじっと見ています。


 衆院選への読者の意見を求めます。読者の声などで掲載します。末尾に名前(匿名希望の場合は匿名と書いてください)、年齢、都道府県名を添えて以下のアドレスへ。
2003年11月05日(水)萬晩報主宰 伴 武澄

 衆院選の投票日まで4日に迫りました。大手メディアは「自民党による過半数制覇へ」という報道していますが、二大政党制の確立のためにここらで政権交代 が不可欠かと思います。萬晩報に寄せられた読者の声を数回に分けて掲載します。みなさんの声を期待しています。下記プロログへの書き込みも可能です。
 http://ch.kitaguni.tv/u/1617/


■選挙に熱いパッションを 中野有 ワシントン

日本や地球のために何ができるの か。そんな気持ちで一票を投じることが重要であろう。危機感がないときには、一人の一票なんてなんの威力もないと考えがちだが、昨今の内外の動向を鑑みる と、家族、地元、国や地球のために何ができるかとの洞察を経て、それが政治に反映されなければ大変なことになると考えられる。

先日、民主党の大統領候補の筆頭であるハワード・ディーン氏の地元であるバーモンド州を訪問した。ディーン氏は、ブッシュ共和党の富裕層優遇と大企業の大 型献金に対抗し、インターネットを通じ庶民の声と情熱を政治に反映させるべく一人20ドルの献金を幅広く浸透させつつあるようだ。ディーン氏はイラク戦に 反対し、国際協調主義とイラクから米軍の撤退を提唱している。分かり易い。

日本ではマニフェストかプラットフォームか知らないけれど、横文字で政党の公約を語っているようだ。何かインテリの政治のにおいが漂っているようだ。もっ と泥臭い家族の利益を核としてそれが地元、日本、アジア、世界につながるような壮大な平和構想とみんなが豊かになるための理想と現実を提示した構想と青写 真が求められているのではないだろうか。

伴主筆が提示されているように萬晩報等のインターネットを通じそれぞれが政治のパワーを考えることが重要であり、またそれが政治に反映されなければならな いと思われる。政治、外交、安全保障にさめた態度をとるのでなく熱いパッションが怒濤のごとく響きわたることを期待している。平和と発展と自由を勝ち取る ために。


■50%のバリアーを 名古良輔@沼津西RC

衆議院小選挙区並びに参議院選挙に おいて、投票率が50%を越えない地区においては選挙を無効とする、と公職選挙法を改正すべきです。再選挙は費用がかかりますから、無効にすべきです。つ まり、その地域の代表はいない、ということになります。これは、その選挙区にとって大きな痛手でしょうから、地域挙げての投票率向上運動が行われるはずで す。地域独自の取り組みが行われるなかで、地域社会が活性化するはずです。総務省の投票率向上運動は、おざなりです。向上して一番困るのは、自民党でしょ うから、成果が上がるはずがありません。

いかがでしょうか。投票するのが、どの政党であってももちろん良いのです。3割にも満たない有権者の投票で代表が決まるならば、特定の利益集団、そして特 定の宗教団体の意向ばかりが政治に反映されます。これは民主政治にとって、極めて危険なことです。その意味で、いわば50%ルールは民主主義を守るための 最低条件ではないでしょうか。みなさまの御意見をお待ちしております。

http://www.aiai.net


■小泉首相は何をやったのか? 匿名希望、52歳、兵庫県

萬晩報10/28号を読ませて頂きました。なぜ小泉支持を続けられるのか、全く理解できません。彼はこの数年間にいったい何をやったか。

靖国神社に参拝を繰り返し、国交回復30年になる中国との関係を傷つけた。一方でブッシュ大統領には忠誠を示し、国際法違反で国際世論があれほど反対した イラクに対する攻撃をいちはやく支持した(ウォルフォウィッツが「テロ」攻撃を受けた、と報道されているが、そうならば、アメリカがイラクの人々に対して やったことは巨大なテロ攻撃であり、アメリカは、チョムスキーが言う通り、巨大な「テロ国家」ということになる)。そればかりか憲法に反してイラクに自衛 隊を派遣することさえ約束した。国際的に見て、真の「国益」に反したことばかりやっているではありませんか。私は本当に怒っています。

私が小泉氏のやったことで唯一評価するのは、昨年の日朝平壌宣言です。しかし、その後がよくない(私は北朝鮮の体制を擁護するものではありませんが、日本のネオコンは危険です)。

政権交代には賛成です。少なくとも菅・小沢氏は、政権をとれば、イラクには自衛隊を派遣しないとテレビ番組で明言しました。民主党に期待しているわけでは ありませんが(公共事業関係の改革以外は全く期待していません)、政権交代しないよりはしたほうがいいと思います。

有権者のレベルが低いのは、日本のマスコミの影響が大きい。それを少しでも正しい方向に変えていくために、萬晩報などは頑張って頂きたいものですが、小泉支持などと書かれていると、がっかりしてしまいます。


■今度の選挙こそ自民党を倒そう! 匿名 66歳 横浜市

今度の選挙こそ自民党を倒そう!!!!
私は今までどちらかといえば自民党支持者です。政策も今まではよくやってきたと思っています。野党が政権を執っていたら、今日のような日本の繁栄はなかっ たと思います。しかし、50年以上も政権を担当すると、あらゆるところで弊害が出てきています。その弊害を一番よく知っているのは、自民党の議員自身で す。小泉首相自身、"自民党をぶっ倒す"といっているのですから。首相まで経験した人たちが野党に移っています。それが大きな流れにならないのは、自民党 を離れたら、金銭面その他の理由から、次の当選が難しいからです。中曽根、宮沢の様な大政治家でさえ自民党を離れては当選が難しいのです。逆に言うと、そ れほど政治権力を支えるものが、自民党単独に集中するシステムが出来てしまっているからです。これを壊さないと日本の将来はありません。野党が政権を執っ た場合、一時的な混乱はあるかもしれませんが、日本の再生には避けて通れない道です。その混乱を恐れていたのでは日本の将来はありません。今度こそ自民党 を打倒しましょう。打倒 自民党  !!! 


■常識を変えましょう 松島弘 41歳 東京都

民主党の政権奪回を願ってます。日本の有権者の常識を覆したいです。都市部は自民党嫌いも多いと思いますが、地方も郡部に行くと、やはり「結局自民党でしょう。それしかない・・」という風潮が明らかにあります。

民主党が政権を取り、浮かれずに地道に展開してくれれば、この戦後常識もくずれます。地方の常識をくずさなければ、空気感は変わりません。小沢嫌いも多い とは思いますが、政権を取った後の一番大変な時期に、意外と屋台骨をやってくれそうな気もします。

以上の意見は、たぶんに差別発言であると思いますが、それでも真実を含んでいると思いますので、表現を和らげずに書かせていただきました。常識を変えましょう。

くたじゃ報HP   http://mkf-lab.com/kutaja/


■衆愚政治からの脱却を 匿名 61歳 東京都

三重県の前知事である北川氏の提唱で始まった、マニフェスト選挙と言われる今度の衆議院選挙は大変な意味のあるものと云えます。小泉改革の自民党か、政権交代の菅民主党かの激突が焦点になってもいます。

国民はこれまで政治が悪いのは政治家の所為にしてきた、果たしてそうなのだろうか? わたくしは国民自身が成熟していない為で、そのツケが自分達に返って 来る事を認識せず目先に利益や情実で悪政をつくってきたのだと反省すべきと思っています。如実な例として挙げられるのが、族議員の跋扈、2世議員の増加な どはどれだけ国民に悪影響を与えているか分からない。真の志をもった政治家が育たない要因になってもいる。国政は会社など自家営業ではないはずである。国 民全体に対する国家観を基盤にした視点に立たなければならないはずである。そういう意味で特に自民党は改革すべきである。

また、政治家に要求したいのは国民の痛みを知る政治を行って貰いたいと言う事である。自国の国民の痛みを知らずして外国の手助けなど出来る訳はない。国民 もこれからは「国に何かをやって貰う事ばかり考えず、国の為に何を為すべきか考えるべきである」。この認識が高まれば自ずから政治は国民のものになってく るはずである。これまでの延長で小泉改革をしていくのか、変化を求めて新しい政権の誕生を期待するのか今こそ我々は重大な岐路に立たされている時はないも のと云える。


■国民は家族 匿名 31歳 兵庫県

国民を家族とみなす考え方は、戦前 の軍国主義を支える思想として悪用されましたが、会社が倒産し家族が離散し社会不安が増大するなか、「同じ日本国民なのだから、お互いに扶けあう」という 肯定的な意味合いでもう一度、再認識されるべきではないかと考えています。今回の衆院選ではマニフェストが発行され、利権ではなく政策中心の選挙になりそ うです。 これを契機に、政治家と有権者とのあいだで「お互い同じ目線にたって、この国のことをよく考える」と習慣が芽生えれることを願っています。



 衆院選への読者の意見を求めます。読者の声などで掲載します。末尾に名前(匿名希望の場合は匿名と書いてください)、年齢、都道府県名を添えて以下のアドレスへ。
2003年11月03日(月)萬晩報通信員 園田 義明

 ■公明党と創価学会

「現に、フセイン大統領はいまだに見付かってないんですよ。生死も判明していない。フセイン大統領が、見付かっていないから、イラクにフセイン大統領は存在しなかったということ言えますか?! 言えないでしょう!」

 ラッシュ・リンボウでさえも驚くに違いない歴史的な迷言を残したのが小泉首相である。鎮痛剤依存症のリンボウに対して、小泉首相は創価学会依存症の徴候が見られるようだ。

 10月10日最重要法案であるテロ対策特別措置法を2年間延長するための改正テロ対策特別措置法成立後、衆議院は解散、これを受けて政府は臨時閣議を開 き10月28日公示、11月9日投票の第43回衆議院総選挙が決まる。総選挙は小泉政権発足から2年6カ月で初めてとなる。

 60%を超す高支持率を味方に付ける小泉首相と北朝鮮拉致問題で国民的人気を高めた安倍晋三自民党幹事長のコンビに対して、菅と小沢の2枚看板で挑む民主党との「二大政党」対決に注目が集まる。

 今から10年前の1993年7月18日の総選挙の結果、議席数は自民党223、社会党70、新生党55、公明党51、日本新党35、民社党15、共産党 15、さきがけ13、社民連4、無所属30となり、自民党が過半数割れを起こした。当時新生党の代表幹事であった小沢一郎の強力なリーダーシップのもとに 8月9日、日本新党の細川護熙を首班とする非自民非共産の8党派連立政権を樹立させた。この10年に及ぶ連立時代の裏側で常にキャスチングボートを握るこ とになる公明党の支持母体、創価学会に焦点をあててみたい。

 ■創価学会の集票能力

 公明党の支持母体である創価学会は1930年に設立された日蓮の仏法を信奉する宗教団体であり、戦中は政府に弾圧されたが、戦後に再建、池田大作第三代 会長時代の60年代には高度経済成長の陰で「貧・病・争」に苦しむ庶民を対象に急速に勢力を拡大した。公明党は、創価学会が求める平和、文化、教育、福 祉、医療などの社会的弱者に配慮した政策を打ち出してきたが、与党経験を積む中で戦争をも支持(黙認)するようになる。

 2000年11月の創価学会の活動方針で示された5年ごとに更新している学会員の国内世帯数は、同年11月1日現在、821万世帯(前回812万世 帯)、海外の会員数が163カ国・地域150万2000人(前回148カ国・地域、136万人)となっている。また公式ホームページでは機関誌である「聖 教新聞」の発行部数を約550万部としている。会員数は、「全国に1000万人を越える会員を擁している(1995年の日本外国特派員協会での秋谷会長の スピーチより)」とのことであるが、いずれの数値も創価学会側発表のため、新聞各社は公称として扱うケースが多い。

 最近の選挙での比例代表における公明党獲得数は800万票前後であり、これは一小選挙区当たり2万から3万票に相当すると言われている。

 低投票率時代にあって、見込める創価学会票を狙う飢えたドラキュラ達が今日も日本国中を群がるように徘徊している。

<比例代表での新進党及び公明党の得票数及び得票率>

新進党
第17回参議院議員通常選挙結果(1995.07.23) 12,506,322 (30.75%)
第41回衆議院議員総選挙結果 (1996.10.20) 15,580,053 (28.04%)

公明党
第18回参議院議員通常選挙結果(1998.07.12) 7,748,301 (13,80%)
第42回衆議院議員総選挙結果 (2000.06.25) 7,762,032 (12,97%)
第19回参議院議員通常選挙結果(2001.07.29) 8,187,804 (14.96%)

 ■クリスチャン・コアリションと創価学会の集票方法

 佐藤圭一著「米国政教関係の諸相(成文堂)」によると、クリスチャン・コアリションは年間4000万通以上のダイレクト・メールを配布するためのデー タ・バンクと通信機能を備えており、選挙には「ボーダーズ・ガイド(有権者の手引き)」を作成し、1994年の中間選挙では3300万枚、1998年の中 間選挙では4500万枚が有権者に配布された。配布場所として教会の中で行われることもあり、協力する教会数は94年が約12万、98年には12万5千に 達しているとのことである。

 このクリスチャン・コアリションに対して、創価学会の集票活動は、まさに「草の根(グラス・ルーツ)」を基本としているようだ。1995年8月の朝日新聞発行の雑誌「AERA」が詳細に報じているので一部を紹介したい。

 創価学会は公明党候補者のために地縁血縁を頼りに積極的な集票活動を行っており、学会員が血縁、友人、知人を頼って票のとりまとめに動く「F票(Fはフ レンドの頭文字)獲得活動」や、学会の中でもあまり熱心ではない学会員を投票に行かせたり、票の取りまとめに協力してくれるように働きかけたりする「K作 戦(Kは活動家の頭文字)」、自分の選挙区以外の都道府県まで出向き、そこに住む知人らに投票を頼む「交流」という活動などを地道に行っている。

 「創価城下町」で知られる八王子では創価大学、創価女子短大、創価高校などに出入りする1万3000社もの土建業者、電機関係、通信機器、生命保険、内 装業者、造園業者、購買関係先等の各社から社員名簿を提供してもらい、学会員が電話でお願いする。また投票用紙を模した紙に、候補者名と、政党名「新進党 (当時)」と書かせる練習までしたようだ。「進新党」と書くお年寄りが多く、全部ひらがなで書くように世話役が丁寧に「教育」したと報告されている。

 ■小沢一郎と創価学会

「学会のすごさが分かるはずだ」・・・小沢一郎

 小沢は1995年の参院選では「創価学会パワー」を100パーセント引き出す作戦を取った。比例代表の名簿登載順位でも、党内から「旧公明党優先」との不満があがるほど上位に旧公明系候補を並べたのである。

 小沢一郎前自由党党首は、自民党時代は田中角栄元首相の「秘蔵っ子」として力をつけ自治相、幹事長など歴任し、自民党最大派閥の竹下派の会長代行だった が、金丸信・元副総理の佐川急便事件の処理に端を発した派内抗争で、小渕恵三や野中広務らに敗れ、1992年羽田孜らと竹下派を離脱。翌1993年、政治 改革を掲げ離党、新生党代表幹事として非自民各党派をまとめ、細川連立政権を樹立、自民単独政権を崩壊させた。1994年には公明党、民社党などを巻き込 み「新進党」を結党する。

 当時の最大のテーマは政治改革であり、小沢は改革の旗手をアピールし、自民党幹事長だった梶山静六や加藤紘一らが小選挙区制導入に消極的だったことか ら、小沢は次第に世論の支持を集めていく。この後、細川連立政権下で衆院への小選挙区比例代表並立制を柱とする政治改革関連法を成立させるまで、政治改革 こそが小沢の力の源泉だった。

 小沢の狙いは、自由競争、小さな政府、積極的な国際貢献などを柱とする日本型「新保守主義」の理念による構造改革と二大政党制の実現である。

 しかし、小沢率いる新進党は、1995年の参院選で自民党に肉薄したものの、1996年の総選挙で200議席を目指しながら150議席余にとどまったため、翌年には旧公明党参院議員との分党問題をきっかけに新進党は解党することになる。

 新進党結成後初めての本格選挙だった1995年の参院選では、創価学会が全面支援し、低投票率にも助けられ、新進党が比例区で自民党を逆転し「第一党」 となる原動力になった。しかし、1996年の総選挙では、「比例代表は新進党、小選挙区では人物本位」との従来の方針を掲げたものの、その中身は自民党候 補を支援したり、自主投票にしたりする選挙区もあった。

 理由として、離党者が相次ぎ、オレンジ共済組合事件が明るみに出るなど、小沢の求心力が低下したこともあげられるが、最大の要因は自民党が総力戦で臨んだ「反学会キャンペーン」である。

 ■自民党の「反学会キャンペーン」

「新進党は創価学会が主力の政党。万一、新進党が次期衆院選で勝てば、一大宗教政党が日本を牛耳ることになりかねない」「新進党は宗教政党、創価学会の党 だ。当選すれば天国、落ちれば地獄で、一種のアヘンだ。新進の候補も入信しないとやっていけなくなる」・・・山崎拓国対委員長(当時)

「新進党は小沢一郎幹事長が強引過ぎて批判を受けたが、最近は市川雄一政務会長の強引さ、背後の宗教団体の強引さに警戒を持たなければならない。宗教団体が政治を仕切るようになったら、日本も危ない」・・加藤紘一政調会長(当時)

 この発言は共に1995年7月17日に群馬県高崎市の講演で飛び出した発言である。更に強烈な発言もある。

「オウムはサリンと自動小銃で政権を掌握しようとしたが、学会はこれを選挙でやろうとしている」

 この発言は「反学会キャンペーン」の急先鋒となった「憲法二十条を考える会」の代表を務めた亀井静香・自民党組織広報本部長(当時)の発言である。しかし、創価学会を震えあがらせたのはもう一つの発言であろう。その発言とは・・・。

「池田大作さんに宗教法人特別委員会に参考人として出てきてもらい、宗教法人法の改正に反対の理由を述べてもらいたい」

 細川・羽田内閣の打倒を目指す亀井は1994年2月18日昼、東京・赤坂で秘密会合を開いた。出席者は全日本仏教会、神社本庁、立正佼成会、霊友会、天 理教、大本教、仏所護念会、崇教真光の代表等である。同日付けで「憲法二十条を考える会」の設立趣意書が作成される。現在の自民党中枢にいる議員が多数名 を連ねている。

<「憲法二十条を考える会」役員(設立時)>
顧問   原田憲 塩川正十郎 綿貫民輔 中尾栄一 石原慎太郎 水野清
      中山正暉 中山太郎 塚原俊平 大河原太一郎 井上裕 
      佐々木 満 村上正邦
代表   亀井静香
代表代行  田沢 智治
副代表   村岡兼造 佐藤信二 玉沢徳一郎 与謝野馨 麻生太郎 桜井新
      高村正彦 平沼赳夫 中馬弘毅 白川勝彦 宮崎秀樹 
      下稲葉耕吉
幹事長   島村宜伸
事務局長  額賀福志郎
事務局   自見庄三郎 尾身幸次 村上誠一郎 衛藤晟一 石原伸晃 
      安倍晋三 成瀬守重 尾辻秀久 西田吉宏
幹事   亀井善之 野中広務 大島理森 町村信孝 木村義雄 武部勤
      谷津義男 長勢甚遠 松岡利勝 森英介 野田実 藤井孝男 
      松浦功

出所:白川勝彦「憲法二十条を考える会」の結成と顛末
http://www.liberal-shirakawa.net/criticize/const_a20/index.html

 しかし、この「憲法二十条を考える会」は自民党と創価学会との長年にわたる絆を再認識させる結果ともなる。このことは、山口一区から自民党公認で初当選 したばかりで「憲法二十条を考える会」事務局として参加した安倍晋三現自民党幹事長の1994年11月1日に開催された「四月会」の緊急フォーラム(東 京・憲政記念館)での発言に象徴されている。

(「四月会」は俵孝太郎が代表幹事を務めた創価学会と公明党に批判的な宗教団体や有識者の集まりである。1994年5月、当時自民党の支持団体であった立 正佼成会、霊友会、仏所護念会教団などを中心に結成されたが、自民党が公明党と連立を組んだため、一部教団が自民党との関係修復を模索し始めたことから、 2001年3月に解散する。)

「公明党から立候補していない選挙区なので、父の代から創価学会に支援して頂いた。ところが、『憲法二十条を考える会』の集まりに参加した翌日、公明党の地元幹部から電話があり、『考え直さないといけない』と言われた」

 創価学会が反権力・反体制主義を転換して政治権力との協調を志向し始めたのは1970年の、佐藤内閣の時であった。創価学会が勢力拡大の絶頂期にあった 1969年に刊行された藤原弘達著『創価学会を斬る』をめぐる出版言論妨害事件で窮地に立った創価学会は自民党に歩み寄ることになる。池田大作会長は佐藤 首相に、竹入義勝公明党委員長は田中角栄幹事長(いずれも当時)に接近し、友好関係構築に成功する。

 佐藤-田中派と創価学会? 公明党との協調関係は、竹下登幹事長・首相-矢野絢也書記長・委員長、小沢一郎幹事長-市川雄一書記長の関係を軸として維持 された。この関係は1993年の小沢の反乱に市川雄一氏が加担したため一時混乱を巻き起こすが、1996年の総選挙で竹下・小渕派と創価学会の協調関係は 修復されることになる。

 この修復には「池田名誉会長の証人喚問要求」の揺さぶりが強く影響したことは間違いない。

 ■日本での政治と宗教

<日本国憲法二十条 信教の自由>
  1. 信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。
  2. 何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。
  3. 国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。
 米国同様日本でも森首相による「神の国」発言問題や靖国神社公式参拝問題に代表されるように、政教分離に関する議論は活発に行われてきた。ここで日本人の宗教観に関する2000年と2001年に読売新聞が実施した世論調査結果がある。
 
 2001年12月15、16日に実施された全国の有権者3000人に行った調査では、「幸せな生活を送るうえで、宗教は大切だと思うかどうか」の質問に 対して、「そうは思わない」が62%と多数派ながら2000年2月の同調査より3ポイント減少しており、「大切である」が34%で3ポイントアップしてい る。

 「大切である」は、1979年調査(46%)以降、減少を続け、地下鉄サリン事件が起きた95年の調査では過去最低の26%にまで落ち込んでいた。それ が、98年(27%)、2000年(31%)と徐々に上昇し、今回は同事件前の94年調査と同レベルとなった。

 2000年2月の調査では政教分離に関する調査も行われ、宗教団体が政治や選挙にかかわることを「望ましくない」と考える人は68%にのぼり、「問題は ない」はわずか5%にとどまっている。「望ましくない」は、宗教法人法の改正問題が持ち上がった1995年調査より4ポイントも上昇、宗教と政治のかかわ りに対する抵抗感は強くなっている。

 当時自民、自由、公明三党による「自自公連立政権」に、創価学会を支持母体とする公明党が参加しているが、野党や自民党内の一部から「政教分離の点で問題だ」とする意見が出ており、これらがこの時の調査結果にも影響を与えているものとみられる。

 また支持政党別にみると、公明支持層の6割近くが「問題ない」としているのに対して、自民支持層では71%が「望ましくない」と回答。「望ましくない」 は民主、自由、共産の各支持層でもそれぞれ7割に達するなど、公明支持層との間で数値に大きな開きがあった。

 こうした世論調査は米国同様、定期的に同じ質問内容で実施されることをお勧めしたい。

 ■ 小泉純一郎と創価学会

 目まぐるしく合従連衡を繰り返す連立時代の中で、泳ぐ術を身につけた者だけが生き残る世界に見えてくる。1999年8月13日、公明党の入閣は憲法違反だとして19人の自民党議員が意見書を提出する。

「公明党との閣内協力については憲法に定める政教分離の原則に照らして疑義があり、よって私たちは、これに慎重に対処することを強く望むものである」

 19人の自民党国会議員(石原伸晃、江口一雄、江渡聡徳、奥谷通、小澤潔、小此木八郎、尾辻秀久、小林興起、小林多門、佐藤剛男、白川勝彦、自見庄三 郎、鈴木俊一、原田義昭、平沢勝栄、穂積良行、武藤嘉文、森田健作、渡辺具能)の中で「憲法二十条を考える会」の設立時のメンバーで残ったのは、石原伸晃 と白川勝彦と自見庄三郎だけとなった。

 反創価学会を旗印に自民党を離党した白川は、激戦区新潟5区で田中真紀子に挑むことになる。2001年の参院選同様、立正佼成会が支援しているのであろ う。約200万世帯の会員を抱え、「四月会」を発足させるなど長年創価学会と対立してきた立正佼成会は、これまでの自民党路線からから民主党支持へと変わ りつつある。総選挙の水面下で熾烈な宗教戦争が行われているのである。

 小泉首相は、2002年11月の公明党大会に来賓として出席した。小泉首相は9月に南アフリカを訪れた際にNGO主催の展示場で池田大作名誉会長が撮っ た満月の写真を見たことを紹介し、「月のように孤高でも耐えていかなきゃ。それが首相の心得。池田名誉会長が撮った写真を眺めて不動心ってものは大事だ な」と、最大限に池田名誉会長を持ち上げた。

 「10月解散、11月総選挙」の流れをつくったのは公明党である。小泉首相は衆院解散・総選挙の時期について、公明党の意向を尊重し「今秋」解散の流れ が固まったのである。公明党の神崎武法代表が記者会見での「ダブル選挙なら、自民党候補まで手が回らない」発言が決め手となった。公明党が同日選阻止にこ だわったのは、同日選になれば衆参両院に力が分散されるうえ、計4票もの投票用紙へ記入の「お願い」かつ「指導」をせねばならず、高齢者に支えられた「創 価学会パワー」のフル稼働による組織選挙の徹底が困難と判断したからである。また自民党に有利な同日選になれば、参院で自民党が単独過半数を回復する可能 性があるため、いつしか同日選回避は公明党の至上命題ともなった。

 小泉首相が同日選による単独過半数の夢を捨ててまで「10月解散、11月総選挙」を決めたのは、「創価学会パワー」の安定性とイラクへの自衛隊派遣によ る「自衛隊員死亡のリスク」を回避の狙いである。つまり、イラク派遣による自衛隊員の死亡すら織り込み済みということに他ならない。

 1995年9月11日夜の総裁選公開テレビ討論では小泉首相はこんな発言をしている。

「自民党では創価学会のような熱心な選挙運動はできない。選挙であまりにも有効に機能するため頼り切って、その団体の言うことしか言わない。その団体が嫌だといったら何も言えなくなってしまう雰囲気になると怖い」

 「言うことしか言わない」ふりをしながら、リスクより「創価学会パワー」という現実を選んだ小泉首相のしたたかさがここにある。

 10月26日に投開票された参院埼玉補欠選挙で自民党新人の関口昌一氏(50)が接戦を制した。27・52%の低投票率は「創価学会パワー」の威力をまざまざと見せつける結果となった。

 一方民主党に合流した小沢は、共同通信とのインタビューで解体した新進党の教訓として「党内抗争をやめること。党首選で負けた方がワーワーやって、まと まりがつかなかった。それと創価学会、公明党という特殊な組織を抱えたから解体した」とし、「政権が変われば自民党はバラバラ、公明党はどこへ行くか分か らない。そうなれば必然的に再編だ」と語る。

  小沢発言の裏には創価学会の最大の問題を見通したものであろう。池田名誉会長は1928年1月2日に生まれた。これが避けることの出来ない、もうひとつの現実である。

 ■ジハード(聖戦)という名の新たな脅威

 「自民党の暴走を許さない」をキャッチフレーズにした公明党とその支持母体である創価学会の「平和」は、今日に至るまで小泉首相のタカ派路線に対して黙認を繰り返すだけであった。その象徴的な出来事が2002年のイージス艦派遣問題である。

 読売新聞によると、2002年10月7日、直前まで訪米していた額賀福志郎自民党幹事長代理は、米国のイラク攻撃が必至な情勢であるとの分析を伝え、手 薄になるアフガニスタンのイージス艦派遣の有効性を訴えた。これに対して、小泉首相は「押し切る理屈づけが必要だ」と答える。イージス艦派遣で。政府や自 民党が最も頭を痛めたのは、公明党の説得だった。米同時テロ直後も公明党の強い反対で断念した経緯があるからだ。

 同年11月19日の防衛庁幹部の一人が、公明党幹部の事務所に訪ねた。「現在派遣しているヘリ搭載護衛艦は建造から25年もたっています。外の気温は 40度あり、冷房の利きが悪いため、艦内温度は30度もあります。冷房装置が新しいイージス艦なら25度まで下げられ、居住性に優れています」と説明し た。

 この時、公明党幹部は目を輝かせてこう語る。

「それだよ。それをどうして早く言わないんだ」

 公明党幹部は、長期派遣の自衛隊員の居住性を良くするためなら、党内に根強い反対論を薄めるのに役立つ言い訳になると判断したのである。こうして12月 8日からのリチャード・"ショー・ザ・フラッグ"・アーミテージ国務副長官の来日に合わせて、政府は12月4日に派遣を決める。連立与党内で最後の最後ま で首を縦に振らなかった幹部は、野中広務元幹事長だけであった。

 「10月解散、11月総選挙」の決定は、公明党とのパイプ役が連立政権の生みの親である野中広務元幹事長から小泉?山崎ラインに傾いたことも決定付け た。これはどう見てもこれまでの主張を捨ててまで権力にすがりつこうとしているようにしか見えない。


「不法者どもは知るがよい。我々にはこの不公平な戦争に参加するすべての国、特にイギリス、スペイン、オーストラリア、ポーランド、日本、イタリアに対して、適切な時期と場所で応戦する権利がある」

 カタールの衛星テレビ、アルジャジーラは10月18日、国際テロ組織アルカイダの指導者ウサマ・ビンラディンの声明とされる音声テープを放送した。ビン ラディンが日本を名指しで警告を発したのは初めてである。米国のイラク占領についてイスラム世界に対する新たな十字軍であり、宿命的な戦争だとして、イス ラム教徒にジハード(聖戦)参加を呼び掛けた。さらに米国内外で自爆テロ作戦を継続すると警告した。

 米中央情報局(CIA)は10月20日、この音声テープについて、ビンラディン本人の可能性が高いとの分析結果を公表する。

 結果として日本は北朝鮮に加えて、ジハード(聖戦)という名のアルカイダによるテロの脅威をも引き入れてしまった現実を直視する必要がある。特に創価学 会という宗教集団を率いる公明党は、ジハード(聖戦)の持つ言葉の重みを真摯に受け止めるべきだ。

 中東で強引に民主化を進める日米両国は、まず足元を点検することをお勧めしたい。特に日本では票に飢えたドラキュラ達が今日も流行となった国益を口にし ながら熱弁を振るう。しかし、残念ながら世界のことも知らない、知ろうともしないドラキュラ達に国益が語れるはずがない。ここに経済問題も含めたすべての 元凶が潜んでいることを最後に指摘しておきたい。(おわり)

□引用・参考

朝日「AERA」、毎日「エコノミスト」
共同通信・中国新聞・朝日新聞・産経新聞・読売新聞・日経新聞・時事通信・ロイター・毎日新聞他

'Bin Laden' messages: Full text
http://news.bbc.co.uk/2/hi/middle_east/3204230.stm

 園田さんにメールは mailto:yoshigarden@mx4.ttcn.ne.jp


 衆院選への読者の意見を求めます。読者の声などで掲載します。末尾に名前(匿名希望の場合は匿名と書いてください)、年齢、都道府県名を添えて以下のアドレスへ。
2003年11月01日(土)ジョージワシントン大学客員研究員 中野 有

 最近のニューヨークタイムズやワシントンポストのヘッドラインは、イラク、リベリア、北朝鮮問題が独占している。イラク問題では、ブッシュ政権のスク ラップ&ビルド戦略がイラクの抵抗勢力にてこずり、泥沼化している。リベリアに関してはチャールズ・テイラー大統領が、副大統領に政権を移行し、ナイジェ リアに亡命した。北朝鮮問題では、六者平和会合が、進展している過程が伝えられている。

 現在、ワシントンでこれらの国際情勢の動向に接しているのだが、偶然にも、これらの国々に深く関わってきた。

 イラクについては、イラーイラ戦争の最中のバクダッドに日本企業の駐在員として、大型インフラプロジェクトに関わり、戦時中のインフラ整備を学んだ。

 リベリアでは、UNIDO(国連工業開発機関)の準専門家として2年間、中小企業の育成の仕事に携わった。本部ウイーンに戻った2ヶ月後、チャールズ・ テイラーが、象牙海岸から私が駐在したバンガというリベリアの中部にある中規模の町を制圧し、本格的な内戦が始まった。リベリアの経験を通じ、紛争が発生 するまでの過程を習得することができた。

 北朝鮮については、UNIDO本部のアジア・太平洋地域担当官として、北朝鮮問題に深く関わった。韓国と北朝鮮が国連に同時加盟した1991年に、偶然 にもこの両国を担当した。また北東アジアにおける多国間協力プロジェクトとして、豆満江流域プロジェクトが始まったのも、時期を同じくする。

 六者平和会合が実現されることにより、世界のブラックホールと見られる北朝鮮が、いよいよラストフロンティアとして、大きく変貌しようとしている。

 北東アジアの問題については、国連機関、北東アジアのシンクタンク、日本のコンサルタント、ワシントンのシンクタンクの活動を通じ、かれこれ10年間関 わってきた。北東アジアのような複雑かつ流動的な国際情勢を読み解くにあたり、いかにフィールド経験に根ざした多角的視点が重要であるかを強く感じる。加 えて、シンクタンクの構想とコンサルタントの実務的な青写真が融合した時に平和と発展への機運が生み出されると考えられる。

 喜劇王チャップリンは、「人生模様をクローズアップでみれば時には悲劇に映るが、ロングショットで展望すれば、喜劇と映る」との名言を残している。これ を国際情勢に当てはめれば、イラク、リベリア、北朝鮮問題を現地でクローズアップで見れば情に流され時には悲劇と映るが、ワシントンからロングショットで 展望すると、冷徹な大国による外交ゲームの一環と映る。クローズアップとロングショットで、国際情勢を鑑みることにより、本質に近づくことができ、より明 確な平和構想が見いだされるのではないだろうか。

 国際情勢に無関心なアメリカの北東アジア観

 ブルッキングス研究所の韓国の同僚が、アメリカの国際化について興味深い研究を行った。アメリカ人の7~8割がパスポートを取得しておらず、特に与党で ある共和党の議員の多くはパスポートを持っておらず、海外の事情に疎いとのことである。さらに、アメリカ人が好感を持っている国はヨーロッパやオーストラ リアといった白人の国々であり、一方、敵視している国は、中国、ロシア、北朝鮮、中東、韓国、日本と北東アジアに集中している。この研究は、アメリカの平 均的な統計のみならず、ワシントンの博士号を持つ50人の研究者とのインタビューも含まれており、アメリカの本質を知る上でも重要な情報だと考えられる。

 アメリカは、自由と民主主義とビジネスチャンスを求め、世界から優秀な人材を惹きつける魅力が存在している世界連邦国家である。アメリカは、日本とは対 極的な多民族国家であるが、その平均的アメリカ人は、日本人が考えているより遙かに、国際情勢に疎い。日本は、日米同盟基軸だと考え、有事の際にはアメリ カは日本を守ってくれると大多数の日本人は期待しているだろうが、クローズアップでアメリカ内部を見ると、日本のアメリカ一辺倒の依存主義には不安を感じ る。

 イラクの復興支援に日本の役割はないか

 日本はアメリカの一国主義によるイラク戦をサポートした。理由は、日米同盟と北朝鮮問題との絡みである。イラク戦が終結し、3ヶ月が経過した現在も米兵 が毎日のように殺されている。いっこうにイラク国民に平和が到来する気配が感じられない。米国による先制攻撃が始まる当日まで、戦争回避についてブルッキ ングス研究所で声高に意見を述べた。戦争反対の理由は、アメリカがアラブの気質、すなわちバビロンの遺跡にあるハムラビ法典の「目には目を、歯には歯を」 との報復を充分理解していないからであった。22年前のイラーイラ戦争の最中に、バグダッドで生活し、アラブの気質に触れることができた。クローズアップ でイラクに接することにより、ブッシュ政権に無視されたイラクの仕返しを予測することができたのである。

 アメリカは、世界第2の石油資源国であるイラクの石油をあてにして、スクラップ&ビルドの戦略を実施した。世界の2位から15位での合計より高いアメリ カの軍事費をもって、最新鋭の軍事産業を世界に広げるチャンスでもあり、スクラップの後には、復興によるビジネスが生み出されるとの短絡的な見方もあり、 ブッシュ政権はパンドラの箱を開けてしまったのである。

 フランス、ドイツ、ロシアは、アメリカの近視眼的一国主義に反対し、世界に「平和の枢軸」から発せられた平和のラリーの輪が広がった。インターネットの 威力もあり、瞬く間にイラク戦反対のムードが高まった。このような状況で、日本はアメリカのイラク戦の回避に回るどころか、戦争をサポートしたのである。

 日本は、アメリカの同盟国であるが故に、最終的にはアメリカに歩調を合わせるしかなかったであろう。しかし、大西洋を挟み、アメリカとヨーロッパが対立 しているときに、世界第2の経済国であり、平和主義と国連重視を掲げる日本はその仲裁に入る余地はあったと思われてならない。日本が、クローズアップとロ ングショットで、日米関係のみならず、国際情勢を理解し、戦争を回避するとの崇高な情熱があれば、アメリカとヨーロッパの軋轢を低下させるチャンスはあっ た。国連安全保障理事会の場で、日本は堂々と以下のスピーチを世界に発信すべきであった。

「日本はアメリカと同盟関係にあり、できるかぎりアメリカと協調することが日本の安全保障にとって重要である。しかし、同時に日本は、国連外交による多国 間協調も重要であると考える。これが、日本の和の精神であり、国の基軸だ。そこで、イラクの問題に関しては、フランス、ドイツ、ロシアの平和の枢軸が唱え るように、外交的努力を期限を設けて行うことを提唱する。日本には「待てば海路の日和あり」という非常にいいことわざもある。国連で決着がつかなければ、 G8の課題として検討するべきだ」。

 戦争の回避は不可能であっても、フランスやロシアが参戦するまでの数カ月の時間稼ぎを成功させていれば、イラクの復興支援がこれほどまでに滞ることはな かったであろう。しかし、現実的に日本は米国に歩調を合わせたからには、イラク復興支援活動で主導的立場をとるべきである。世界最大のコンサルタント会社 であるベクテルが、米国開発省とイラク復興支援の説明会をワシントンで行った。予想を遙かに上回る2000人近くの参加であった。イラクの石油資源をあて にし破壊から創造を通じ、中東の民主化と市場経済化を進めるアメリカの本質を把握し、日本のイラク復興支援を進めるべきであろう。

月刊「国際開発ジャーナル」(International Development Journal)
http://www.idj.co.jp/books/j.html
の新連載「中野有の世界を観る眼」10月号のコラムです。



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