2003年7月アーカイブ

2003年07月30日(水)ドイツ在住ジャーナリスト 美濃口 坦

 長崎市で十二歳の男の子が四歳の幼稚園児を誘拐してビルの屋上から突き落とすというショッキングな事件が起こった。今から、私がここで問題にするのは事件そのものでなく、事件に対する政治家やメディアなどの反応である。
 
 ●「加害者の人権を優先し、、、、、」

 政治家からの反応といえば、青少年育成推進本部の副本部長をつとめる鴻池防災担当相の発言で、多くの人々に知られていると思うが、今一度引用する。

「嘆き悲しむ(被害者の)家族だけでなく、犯罪者の親も(テレビなどで)映すべきだ。親を市中引き回しの上、打ち首にすればいい」

 インターネットで日本の新聞を読むと、かなりの多数の人々がこの発言について「的を射ているとは言い難いが、国民の気持ちを代弁している」と感じている そうである。でも、ここでいわれる「国民の気持ち」とは何なのだろうか。私はその点がとても気にかかる。

 この発言をした政治家は、「加害者の人権を優先し、被害者の人権を無視する風潮」に反対するのが自分の本意であったと説明する。ということは、「嘆き悲 しむ被害者の家族」がテレビに映されて、メディアの晒し者にされることを人権侵害と見なしていることになる。この政治家が被害者遺族の人権尊重を訴えてい る点に、多くの人々が共感を覚えたのだろうか。そんな気がしないでもないが、これもはっきりしない。

 でも発言者の政治家は、人権侵害を望ましくない状態といいながら、奇妙なことに、加害者側関係者をメディアの晒し者にすること、すなわち人権無視を要求 する。この結果、悪い状態が一つだったのが、二つに増える。この不都合は気にならないのは、この政治家が加害者を厳重に処罰したいからである。ところが相 手が12歳の少年であるために不可能であり、彼は「加害者の親も、担任も、校長も(テレビに)顔を見せて謝ったり反省したりする」ことを要求する。この場 面を見ていると、「日本中の親が自覚し」少年犯罪の防止に役立つと、彼は論拠づける。

 日本で不祥事が発生すると、関係者全員が平身低頭して謝罪する。このような場面を、欧米のメディアは好んで報道するが、それはヨーロッパに見られない光景だからである。

 ●報道とプライバシーの保護
 
 この「打ち首発言」の政治家の見解を、どう考えたらよいのだろうか。それについて問題にする前に、この政治家が憤慨した「被害者の人権無視」について考 えてみる。これは、報道の自由とプライバシーの保護の問題で、日本でも昔から議論されている。この二つは、一方が知ろうとし、他方が知られたくないとする 以上、相反する権利で、両者は真っ向から対立する。どこで線を引くかはいつも厄介な問題で、ヨーロッパの中でも国によってかなり異なる。

 ドイツでは、刑事事件の被害者も加害者も氏名はイニシャルで済まされ顔写真は公開されない。(この原則は災害や事故の犠牲者にも適用される。)例外は、本人が許可したとか、捜査上の必要性とかいったケースに限られている。

 なぜそうなっているかというと、名前や顔を知らなくても事件を理解することができると思っているからである。また公開された場合の問題点、例えば加害者の服役後の社会復帰を困難にしないことなどもその公表する必要がない考える重要な理由である。
 
 二年前、ミュンヘンの新聞社が殺人事件被害者の家族を葬儀中に撮影して掲載した。その写真の中の遺族が特定できるために問題になった。加害者の関係者だ けでなく、悪いことをしたわけでない被害者の関係者も自分の名前や顔写真が公表されて、見も知らない他人の好奇心の眼にさらされることを避けるの普通であ る。

 昨年、旧東独のエルフルトで少年が16人を銃で殺し、その後自殺するという衝撃的事件が起きた。学校の関係者や近所の人以外、被害者の氏名を誰も知らな い。当時、エルフルト市当局は葬儀のあった市営墓地を立ち入り禁止にしたが、これも親しかった人々だけが犠牲者と最後のお別れをすることを可能にするため であった。

 この点で日本のメディアはドイツとは対照的で、(加害者が未成年者でない限り)事件関係者の氏名や顔写真を出す。また保護されるべきプラバシーの領域が きわめて限定されているようにみえてしかたがない。日本は、ドイツの報道に慣れている人々から見ると、プラバシーが十分に保護されていないような印象をも つ。

 このような日独の報道の相違について、私は今まで日本のメディア関係者と何度も話した。事件関係者の氏名を出すことに関して、ある人は、日本のメディア には「人命尊重」の長い伝統があり、そのためにドイツのようにイニシャルで済ますことがこの伝統に反すると説明してくれた。本当にそうだとすると、日本の メディアはお焼香をあげるような気持ちから実名や顔写真を公表していることになる。
 
 ●共同体幻想

 30年以上前、マクルーハンのメディア論が流行した。彼は、テレビの発達でニュースを人々が同時に知るこようになり、その結果、現代社会が文字文化以前 の「部族社会」に逆戻りして、「地球村」が出現すると予言した。今やマクルーハンも忘れられて、「地球村」のほうもほど遠い。でも前衛国家・日本だけは 「日本村」に逆戻りしたような気がしてしかたがない。もちろん現実の日本は「村」でなく、一億以上の人々が暮らす近代国家で経済大国である。ということ は、この「日本村」は共同体幻想である。

 どこの先進国社会にも村落共同体的な要素が伝統として残っている。またテレビも発達・普及し、世論形成に大きな役割を演じている。ところが日本の場合は 事情が少し異なるように思われる。多くの国ではテレビの発達とともに活字メディアが特化し、より活字メディアらしくなったところがある。反対に日本では活 字メディアがテレビに接近し映像的になっていくのではないのだろうか。

 例えば、三〇年といった長い単位で見た場合、個々の新聞記事が短くなり、その結果、見出しに近づいていくことも、そのような兆候ではないのか。また雑誌 記事のタイトルが劇画のセリフを連想させることも、このような活字メディアの映像化の一例ではないのか。これらは、テレビを中心とする映像メディアによっ て活字メディアが影響され、質的な変化をこうむっていることである。こうして、だんだん「日本村」というべき共同体幻想ができあがっていくのではないのだ ろうか。

 このような「日本村」の存在を仮定しないと多くの現象が説明できないのではないのか。例えば、「事件の加害者の親や担任や校長をテレビで謝罪させたり、 反省させたりする」日本の政治家の発想も「日本村」の存在を示す。というのは、これは、日本の昔の村で不祥事を起こした家族が「皆様にご迷惑をかけまし た」と村人全員に謝るのに似ているからである。テレビの前に坐っている人々がかつての村人の取って代わっただけではないのか。

 日本のメディアが事件関係者の実名を公表することは、「人命の尊重」のためでなく、本当は視聴者・読者に自分の村の中で起こったことのように身近な事件 として報道したいからではないのか。とすると、メディアはこうして「日本村」という共同体幻想の出現に知らないうちに貢献しただけでなく、また担い手に なっていることになる。

 ●「日本村」の危険性

 なぜ被害者などの事件関係者が報道されることをプライバシー侵害と感じないのだろうか。
 
 多くの国で昔は個人の死も共同体全体の出来事と見なされた。日本でもそうで、私たちには、葬儀に現われる故人の知人・友人の数が多ければ多いほど盛大だ と思う傾向が残っている。メディア関係者もそのような人々にまじって、遺族がプライバシーの侵害と感じられない状態で取材したり撮影したりするではないの だろうか。とすると、メディアがかつての村社会の習慣を利用していることになる。昔からの習慣として通常伝統と呼ばれているものが、こうして意識されない ままに「日本村」という共同体幻想の舞台道具に変えられてしまったことになる。

 このような「日本村」は二十年、三十年といったテレビの発達と普及によってだんだん定着したものである。少し前、ミュンヘンで会った学生時代の友人が私 に、昨秋、北朝鮮・拉致被害者が「一時帰国」したとき、その一人の「曽我ひとみさんが隣に住んでいるような気持ちになった」と語った。これも、遠くの事件 を近所に起こったように報道する「日本村」的レアリズムの成果を物語る。
 
 誤解のないようにいうと、事件を身近に感じて怒ったり同情したりすることにも、また事件を理解してもらうために詳細に報道することにも、私が反対してい るのではない。でも身近に感じられることばかりが重要になるのには、困った点もある。というのは、これは、事件が身近に感じられないと重要にならないこと を意味する。ということは、「日本村」での身近な出来事とならない限り、多くの人が関心をもたないことになる。本当は、この無関心ではなかったのか、拉致 被害者家族が長年に渡って直面してきたのは、、、

 海をへだてた北朝鮮を自分の村に住む乱暴・不法者のように錯覚して「村八分」にしたつもりになっても、国際社会は「日本村」ではない。ちなみに、私は、 エビアン・サミットや少し前の日英首脳会談で拉致事件が問題にされたことを日本の新聞を読んではじめて知った。
 
 日本は村でなく、大部分の国民が都市住人である。また現実の日本は、複雑な経済機構と法律制度をもってりっぱに機能する近代国家である。このような自国 の客観的姿を見失わせる奇妙な「日本村」の幻想には、問題解決に必要な議論をゆがめる危険があるように思えてしかたがない。この点がもっと意識されてもよ いのではないのだろうか。

 美濃口さんにメールは mailto:Tan.Minoguchi@munich.netsurf.de
2003年07月28日(月)萬晩報通信員 園田 義明

 影の大統領、政権の実力者、大統領の政治指南役、大統領の懐刀、大統領の側近中の側近、筋金入りの保守派、裏方を担う策士、そしてホワイトハウスで最も忙しい男。

 カール・ローブ大統領上級顧問(政策・戦略担当)には、常にこのような表現が似合うらしい。本人は「リー・アトウォーターの後継者」と呼ばれたいようだ。政策決定から選挙戦略、議会対策、対外広報までのあらゆる内政を取り仕切っている。

 ローブ上級顧問は、ネオコンやキリスト教右派の一員と見なされることもあるが、実際にはプロの戦略家と呼ぶべきだろう。2004年の大統領再選に有用か どうか、当てにならない中間・浮動層よりも計算できる保守・右派との連携を緻密に分析する。そしてローブ上級顧問の判断が経済政策や外交政策にますます反 映されてきた。

 ■リー・アトウォーターとカール・ローブ

 ローブとブッシュ親子との交流は30年にも及ぶ。そして今また選対責任者としてブッシュ・パパが成し遂げられなかったブッシュ再選に挑んでいる。

 カール・ローブは、1950年12月25日にデンバーで生まれる。わずか9歳にしてジョン・F・ケネディーと争うリチャード・ニクソンを支持した根っか らの右派である。大学時代には共和党組織に入り、党活動に明け暮れあまり、ユタ大学、テキサス大学、ジョージ・メイソン大学に在学したものの、どれひとつ 卒業していない。

 1973年、ローブは、共和党全国委員会委員長であったブッシュ・パパに見出された。この時、ローブとブッシュ・パパを引き合わせたのは、1951年生 まれのジョージア州アトランタ出身、ブルース・ギタリストでもあったリー・アトウォーターである。

 1980年、レーガンと共に大統領選を戦うブッシュ・パパはローブを雇い入れる。当時アトウォーターは共和党大会の代表に就いていた。そして、ブッ シュ・パパ副大統領が誕生する1981年に、ローブはブッシュの地元テキサス州オースティンに政治コンサルタントの事務所を開く。1982年、アトウォー ターは大統領副補佐官(政治担当)に任命されエリートコースを歩むことになる。

 アトウォーターはジェームス・ベーカー選対委員長の下で選挙対策本部事務局長を務めブッシュ大統領が誕生する。「汚れ仕事」は得意としないベーカーの裏に回り、アトウォーターは「ミスター・ネガティブ」の異名をとるようになる。

 アトウォーターを一躍有名にしたのは、選挙戦の当初17パーセントもの優位を誇っていた民主党デュカキス候補を一挙に引きずり降ろした「ネガティブ・ キャンペーン」(相手候補の否定的側面を強調する選挙運動)のすさまじさだった。マサチューセッツ州知事時代のデュカキス氏が、黒人の婦女暴行殺人犯に刑 務所からの一時帰宅を認めたところ、逃走した犯人が他州で罪を犯したことを取り上げ、テレビや新聞の広告で「犯罪に弱腰のデュカキス」をアピールしたので ある。

 1988年11月、ブッシュ・パパはアトウォーターをかつて自身も務めた共和党全国委員会委員長に指名する。しかし、再選を目指した1992年の大統領 選には、アトウォーターの姿はなかった。入退院を繰り返していたアトウォーターは1991年3月29日、脳腫瘍の合併症のためワシントン市内のジョージ・ ワシントン大学病院で死去した。40歳の早過ぎる死であった。

 ■カール・ローブとブッシュ親子

 ローブの選挙活動での最初のクライアントは、ビル・クレメンツである。クレメンツは1979年1月テキサス州知事となる。テキサスでは1861年から始 まる南北戦争で北部同盟が勝利をおさめた後のリコンストラクション以来、初めての共和党知事誕生となった。

 テキサス州は伝統的に保守的な土地柄ではあるが、1860年頃に共和党が南部の社会経済基盤であった奴隷制の廃止を推進したことから、南北戦争以降、民 主党を強く支持してきた。そして、「民主党の牙城・テキサス」に風穴を開けたクレメンツ陣営にローブの姿があった。

 即ちウォーターゲート事件とロッキード事件で西海岸を追われた勢力がテキサスに結集し、その中心にローブがいた。

 ローブは、1984年には民主党から下院議員に当選したものの、民主党指導部の方針に反発し共和党に転じたフィル・グラム上院議員の選挙戦にも協力し、 勝利を勝ち取る。1988年には、テキサス州最高裁の初めての共和党判事トム・フィリップス任命にも関わっていた。

 クレメンツは1982年の知事選で敗北したが、1986年には、民主党現職のマーク・ホワイトを下し、再び知事に返り咲く。この時クレメンツは長引く不況の原因をホワイト知事の失政、無策にあると攻撃、州民の批判票を集めて楽勝した。

 クレメンツが引退を表明した後に行われた1990年の知事選では、民主党の女性候補アン・リチャーズ州財務長官が大接戦の末、共和党候補の実業家クレイ トン・ウィリアムズを破って初当選した。 ウィリアムズは当初優勢であったが、遊説先で天候の回復を待つ間の「レイプと同じで避けられない。気を楽にして エンジョイするしかない」の発言が、「ジェンダー・ウォー」に火をつけたことが敗因となった。

 ブッシュ・パパ大統領は中間選挙の多くの候補者のなかで、アン・リチャーズだけは当選してほしくなかったと語る。1988年にジョージア州アトランタ市 で行われた大統領選のための民主党大会で、リチャーズは基調演説を行い、ブッシュ大統領にこっぴどい非難をあびせたからだ。

 ブッシュ・パパ大統領を冒頭から「ブッシュ氏の話すのを聞いて、本当のテキサスなまりとはどういうものかを皆さんに伝えなければならないと思った。ブッ シュ氏は本当のテキサス人ではない。マサチューセッツ州の出身だ」。そして、極めつけは「かわいそうなジョージ、赤ん坊のころから"銀の足"を与えられて きたからね」(「銀のスプーンをくわえて生まれた」とは金持ちの子息に対する表現だが、ブッシュ・パパは「口に足を入れる」ようなヘマばかりと皮肉ったも の。)とこきおろした。

 天敵リチャーズを打ち負かすため、ブッシュ・パパは選挙終盤の三日間をテキサス州で過ごす熱の入れようだった。そして、敗北。単に大統領の威信低下だけでなく1992年大統領選での再選戦略にも大きな影を落とした。

 アン・リチャーズの当選が決まったのが1990年11月6日。リー・アトウォーターが突然倒れたのは、この年の3月であった。

 ■カール・ローブのダーティー・トリック

 1994年、テキサス州知事選でブッシュ・パパの天敵アン・リチャーズに立ち向かったのが、現在のブッシュ大統領とカール・ローブである。ローブは93年11月にブッシュが出馬を表明した時から緊密にアドバイスをするようになる。

 この知事選でローブは、「アン・リチャーズはレスビアンだ」という噂を広めていたようだ。これは、ローブが得意とするダーティー・トリックであり、ロー ブ自身は、プランクス(PRANKS=いたずら)と呼んでいる。この手法は、アトウォーターから学んだもので、ラジオや組織的な電話による「ささやき作 戦」によって効率よく噂を広めるようだ。

 この作戦は共和党予備選でのマケインとブッシュの壮絶な戦いにも使われる。実際には、バングラディシュの孤児を養子にしただけにも関わらず、マケインに黒人の隠し子がいるという噂を流したのである。

 この手法はウォーターゲット事件にも使われたもので、選挙戦では今なお有効であるが、外交レベルでは通用しない。しかし、この時すでにローブは選挙後を睨んでいたのかもしれない。

 なぜなら1989年、ローブは国際放送評議会のメンバーとなっている。この国際放送評議会は、大統領によって指名された9名の超党派のメンバーで構成される独立した連邦機関である。つまりローブを指名したのはブッシュ・パパ大統領であった。

 ■カール・ローブのすばらしい新世界

 国際放送評議会(BIB)は東西冷戦時代に米国の情報戦略の重要な一翼を担っていたラジオ・フリー・ヨーロッパ(RFE)とラジオ・リバティー(RL) の運営を監督していた。それぞれ設立当初から米中央情報局(CIA)からの資金提供により運営されてきたが、1976年に統合され国際放送評議会の監督下 に置かれた。

 冷戦終結による重要性の見直しから、1995年には政府放送管理局(BBG)に吸収され、現在は傘下の国際報道局(IBB)が放送提供している。国際報 道局は、米国の政策を宣伝・洗脳する役割も担うボイス・オブ・アメリカ(VOA)、ラジオ・サワ(RS)、ラジオ・フリー・ヨーロッパ、ラジオ・リバ ティー、ラジオ・フリー・アジア(RFA)、ラジオ/TV・マルチ、インターネット放送のワールドネットの提供を行っている。

 現在、国際報道局はイラクへの放送を強化しつつ、イラン・北朝鮮への情報攻撃を仕掛けている。戦時下と占領下における米国の情報戦略は日本でも行われていた。現在のイラクの状況と重ね合わせてみると他人事とは思えない。

 折しも今年は「1984年」、「動物農場」のジョージ・オーウェルの誕生100年にあたる。

 ローブ上級顧問の関与は定かではないが、国防総省国防高等研究計画庁(DAPRA)に情報認知局(IAO)が新設されたのは2002年1月、そしてその 局長に就任したのはイラン・コントラ事件のジョン・ポインデクスターである。現在、IAOは情報認知(TIA)システムの開発を急いでいる。

 「知は力なり」と記され、ピラミッドに浮かぶ不気味な目が地球を監視しているロゴ。IAOの消されたロゴは「すばらしい新世界」を象徴しているのかもしれない

 アメリカの政治誌「カウンターパンチ」で、ウェイン・マドセンはカール・ローブを「アメリカのヨーゼフ・ゲッベルス」と書いた。アメリカに蘇ったゲッベ ルスの権限がホワイトハウスの人事にまで影響を及ぼしていることは紛れもない事実である。ローブの開いたテキサス州オースティンの政治コンサルタント事務 所「カール・ローブ・アンド・アソシエイツ」出身のダン・バートレットは、現在ホワイトハウスの広報局長である。

 ■ゲッベルスのターミネーター?

 すでに凄まじい戦争が始まっている。南部・西部連合の保守派勢力と、ユーラメリカ勢力(北東部・中西部・西海岸連合とヨーロッパの同盟)の戦いである。

 そして2004年大統領選がこの戦いの節目になる。いよいよユーラメリカ勢力のターゲットが絞られてきたようだ。迎え撃つ保守派勢力はターミネーターを 送り込み西海岸奪回を目指すかもしれない。カリフォルニア州グレイ・デービス知事(民主党)のリコールを問う住民投票は今年10月7日に実施される。知事 選に出馬を示唆しているアーノルド・シュワルツェネッガーは、すでにローブ上級顧問との面接を終わらせている。

(つづく)


 □引用・参考

共同通信・時事通信・ロイター・毎日新聞・日経新聞・讀賣新聞・
産経新聞・朝日新聞他

Albums: RED HOT & BLUE: LEE ATWATER & FRIENDS
http://www.artistdirect.com/store/artist/album/0,,152039-399118,00.html

Bush's Brain: How Karl Rove Made George W. Bush Presidential
by James Moore and Wayne Slater
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/0471423270/
ref%3Dpd%5Fsim%5Fdp%5F3/249-5189430-9728306

Boy Genius: Karl Rove, the Brains Behind the Remarkable Political Triumph of
George W. Bush
by Lou Dubose, Jan Reid,and Carl M. Cannon
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/1586481924/qid=1058797691/sr=1-5/
ref=sr_1_2_5/249-5189430-9728306


Texas Governors - Modern Texas
http://www.tsl.state.tx.us/governors/modern/index.html
http://www.tsl.state.tx.us/governors/modern/page2.html
http://www.tsl.state.tx.us/governors/modern/page3.html

Voices of Hope:The Story of Radio Free Europe and Radio Liberty
http://www-hoover.stanford.edu/publications/digest/014/dorehill.html

Hoover Institution Archives: Radio Liberty: 50 Years
http://hoorferl.stanford.edu/rlexhibit/index.php

ジョージ・オーウェル
http://shopping.yahoo.co.jp/shop?d=ja&id=a5b7a5e8a5b7a5aaa5a6a5a8a5eb

いつも誰かに見られてる
http://ssl.tbsb.co.jp/nwj/article/win_banner2.cfm?file=http://210.160.208.40//
search/20021204/wt_ter.html


Information Awareness Office Website Deletes Its Logo
http://www.thememoryhole.org/policestate/iao-logo.htm

メディア:米上院議員、国防総省のスパイ計画について追求
http://japan.cnet.com/news/media/story/0,2000047715,20057341,00.htm

「ハイテクは監視の道具のみにあらず」とゲイツ氏
http://www.zdnet.co.jp/news/0306/26/ne00_gates.html

ソフトウェア革命のパイオニア、市民監視システムに抗議して取締役辞任?
http://www.hotwired.co.jp/news/print/20030313205.html

米政府の"テロ対策DB"に喝采と懸念
http://www.zdnet.co.jp/news/0301/31/nebt_13.html

すばらしい新世界
http://shopping.yahoo.co.jp/shop?d=jb&id=01796214

Exposing Karl Rove
by WAYNE MADSEN
http://www.counterpunch.org/madsen1101.html

White House Communications Director, Dan Bartlett's Biography
http://www.whitehouse.gov/government/bartlett-bio.html

Hallinan panned for giving alleged Fajitagate victim a break
Some say D.A. tries to help credibility of his star witness
Phillip Matier, Andrew Ross Wednesday, July 23, 2003
http://sfgate.com/cgi-bin/article.cgi?f=/c/a/2003/07/23/BA253080.DTL

>From what we've hear, the Republican hierarchy -- especially those close to
former Gov. Pete Wilson -- would favor Schwarzenegger. At least that's the
word that came out of the "Bohemian Grove" this past weekend, where a number
of state and national GOPers, including presidential adviser Karl Rove,
happened to have gathered at a club getaway.

 園田さんにメールは mailto:yoshigarden@mx4.ttcn.ne.jp
2003年07月26日(土)萬晩報通信員 園田 義明

 ■動き始めた2004年大統領選

 7月18日、ブッシュ大統領は、地元テキサス州にもどり、2日間にわたる大統領選に向けた選挙資金を集める夕食会を開く。二晩で集めた総額は約700万ドル(約8億3000万円)にのぼり、圧倒的な集金力を見せつけた。

 米連邦選挙委員会(FEC)は7月15日、来年11月の米大統領選に立候補する意向を表明している候補者が今年4月から6月に集めた選挙資金の集計を公表した。ブッシュ大統領は3440万ドル(約40億6千万円)を集め、
民主党9候補の総額3072万ドル(約36億2千万円)を上回っている。

 【民主党立候補予定者の集金額】
ハワード・ディーン前バーモント州知事(54) 760万ドル
ジョン・ケリー上院議員(59) 590万ドル
ジョゼフ・リーバーマン上院議員(61) 510万ドル
ジョン・エドワーズ上院議員(50) 450万ドル
リチャード・ゲッパート下院議員(62)  390万ドル
ボブ・グラム上院議員(66) 200万ドル
デニス・クシニッチ下院議員(56) 150万ドル
キャロル・モズリーブローン元上院議員(55) 14.5万ドル
アル・シャープトン牧師・黒人運動指導者(48) 5.5万ドル

 大統領選挙を勝ち抜くには、テレビCMを利用したキャンペーンのために、巨額な選挙資金を必要とされ、候補者の「集金能力」の優劣が選挙戦の行方に直結 する。特に今回は規制逃れの「ソフトマネー」を禁止した政治資金改革法が適用される初めての大統領選となることから、各陣営の戦略に注目が集まっている。

 ■政治資金改革法の成立

 2002年3月27日午前8時、米国議会で激論の末、可決された選挙資金改革法がブッシュ大統領の署名によって成立した(発効は同年11月の中間選挙 後)。米国ではウォーターゲート事件直後の1974年以来、30年越し選挙資金の規制強化が叫ばれてきたが、議会の反対にあい、掛け声だけに終わってき た。1992年には、議会は政治資金規制法案を可決したが、当時のブッシュ・パパ元大統領が拒否権を行使し廃案になった過去がある。

 この改革法の後押しをしたのはエンロン・スキャンダルである。法案は共和党のマケイン、民主党のファインゴールド両上院議員が提出したが、大企業からの 献金に頼る与党共和党内には反対論が強かった。しかし、エンロンのケネス・レイ元会長兼最高経営責任者(CEO)がブッシュ大統領の最大の資金支援者だっ たことから、政権内では「規制に反対し続ければ疑惑の目で見られかねない」とのムードが強まり、議会側も規制やむなしに傾いた。

 これまでも大統領選で政治献金を受け取る場合、個人から候補者や政党の全国組織に献金できる額の上限は決められていた。しかし、政党の全国組織が政党運 営費などの名目で企業や労組から無制限に献金(ソフトマネー)を集めたり、企業や労組が特定候補を支援するために設置する政治活動委員会(PAC)が独自 に寄付を集めたりするため、2000年大統領選では政党全国組織への献金は約5億ドル(約600億円)に達した。

 主な改正点として、(1)企業・団体・個人が政党の全国組織に提供することを禁じる(2)政党の地方組織向け献金は、1組織につき年間1万ドルまで認め る(3)個人の候補者への献金は、上限を選挙1回につき1000ドルから倍の2000ドルに引き上げる(4)政治関連団体による敵対候補者を狙い撃ちする ようなメディアへの広告は選挙の60日前から、予備選の場合は30日前から禁止する、などである。

 なお、集金力で優位に立つ共和党の主流派には法案への反対論も根強く、党内には「法案は違憲」として法的な対抗措置を求める動きもある。その急先鋒は、マコネル上院議員(共和党)や政界に影響力を持つ全米ライフル協会である。

 ■ブッシュ陣営の戦略-パイオニアとレンジャー

 ブッシュ陣営は2000ドルを献金してくれる人をできるだけ多く集め、効率よく資金を集める戦術をとる。一連の政治集会で、最終的には前回2000年大 統領選時の2倍にあたる2億ドル(約236億円)を超える選挙資金を集める見通しで、莫大な資金力により民主党候補の圧倒を目指している。

 資金集めの方法は2000年と同様に組織的に行う。前回は10万ドル以上集めた人を「パイオニア」と呼んだが、今回はさらにその上に20万ドル以上集め た「レンジャー」の肩書を設けた。ブッシュ大統領がかつて共同所有した大リーグのテキサス・レンジャーズを思い起こさせる。

 資金集めの中核には大企業の最高経営責任者(CEO)やロビイスト、エネルギー会社幹部、ベンチャー・キャピタリスト、投資銀行家などをあてる。彼らは 取引先などを中心に上限の2000ドルを献金してくれる人を集めてパーティーを開き、集めた金をまとめて献金している。

 米ジョージタウン大学のクライド・ウィルコックス教授によれば、共和党の支持者は平均年収50万ドル(約6000万円)の人たちで、2000ドルく
らいは喜んで出すとのことである。かたや民主党は1枚50ドル(約6000円)程度のチケットで集会を重ねているようだ。

 ■パイオニアとレンジャーを操るもの

 多額の資金を集めたご褒美は様々だ。ドナルド・エバンス商務長官との夕食やブッシュ大統領との記念撮影などが用意されている。更には、閣僚への道も拓け るかもしれない。2000年の大統領選では212人が「パイオニア」となったが、その内の43名が米国大使などへの公職に就くことになる。そして最高のご 褒美を手にしたのは2名である。ひとりは、共和党と中国を繋ぐチャイナ・コネクションの要であるイレーン・チャオ(趙小蘭)労働長官、そしてもうひとり が、同時多発テロ後、ホワイトハウスの国土安全保障局を率い、2002年には、22の関連政府機関を統合して職員17万人を有する巨大省庁に生まれ変わっ た国土安全保障省のトム・リッジ初代長官である。

 野心を抱くものがパーティーの場で真っ先に探す人物は、エバンス商務長官でもブッシュ大統領でもない。その人物は、ブッシュの再選戦略を仕切るカール・ローブ大統領上級顧問(政策・戦略担当)である。

 「パイオニア中のパイオニア」であったエンロンのケネス・レイ元会長兼最高経営責任者(CEO)は、このあたりの事情に精通していたようだ。レイ元会長 はブッシュ政権への政治任命候補者として21人を推し、このうち3人が実際に任命されている。特に、エネルギー業界の監督官庁である連邦エネルギー規制委 員会(FERC)については、レイ元会長自らの電話によりパトリック・ウッドら2人の委員の起用を強く働きかけており、2人とも任命されてウッドは委員長 に就任した。この電話の相手こそが、ローブ上級顧問であった。

 この単純明快なアメとムチの政策は、そのまま対イラク戦にも適応される。欧州における「新しい欧州」と「古い欧州」の分断政策などはその象徴である。し かし、魅力的に見えるアメの危険性も認識しておくべきだろう。エンロンのレイ元会長はこのあたりの事情も一番良く知っているはずだ。

(つづく)

 □引用・参考

共同通信・時事通信・ロイター・毎日新聞・日経新聞・讀賣新聞・産経新聞・朝日新聞他

Federal Election Commission
http://www.fec.gov/

Bush Raises More Money Than All 9 Challengers
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/articles/A61816-2003Jul15.html?nav=hptop_tb

Bush 'Bundlers' Take Fundraising to New Level
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/articles/A51558-2003Jul13.html?nav=hptop_tb

As 2004 looms, Bush sets out to double his campaign funds
By James Harding
Financial Times; May 20, 2003

The Pioneers: George W. Bush's $100,000 Club
http://www.tpj.org/pioneers/

43 'Pioneer' Fundraisers Get Bush Appointments
http://www.corpwatch.org/bulletins/PBD.jsp?articleid=1956
http://www.tpj.org/press_releases/pionappt.html#pioneers

園田さんにメールは mailto:yoshigarden@mx4.ttcn.ne.jp
2003年07月21日(月)萬晩報主宰 伴 武澄


   【クアラルンプール発】7月19日、高知市のよさこい国際交流隊とマレーシア日本語協会の合同チーム120人が、クアラルンプール郊外のシャーアラムの BonOdoriでよさこい踊りを披露した。観衆は4万人。日本の盆踊りを見に来たのではない。踊りに来たのである。プログラムが進むうちに夜のとばりが 降り、やがて会場は興奮のるつぼに包まれた。

 BonOdoriは毎年、空前の規模で開催される「マレーシア」の祭である。主催者こそはクアラルンプールの日本人会であるが、参加者のほとんどがマレーシア人であるところが他のところの盆踊りと様相を異にしている。

 会場は松下スポーツセンターのグラウンド。おもしろいのは会場入り口で配られる「うちわ」。4万本しか用意しないのは、それ以上が会場内に入ると警備上危険だと当局から制限されているためだ。

 やぐらを中心に出来る4万人の輪は空前絶後である。日本では若者が見向きもしなくなった東京音頭や花笠音頭の曲が終わるたびにうちわが乱舞し、参加者の絶叫が会場をヒートアップする。

 そんな熱気の中で、この日のために編曲されたアップテンポの「YosakoiBoleh 2003」の曲が鳴り始め、120人のそろいの法被姿の踊り子隊が会場に姿を現す。「よっちょれ、よっちょれ」の掛け声がとともに踊り子の隊列が4万人の 輪の中に吸い込まれる。地元テレビのカメラが回り出すと、会場の興奮は絶頂に達した。

 YosakoiBolehはもともと、日本語協会の日本語学習のインセンティブのために導入された「教材」だった。単調な語学教育に踊りの要素を入れて「生徒」たちに日本への興味を抱かせようと考えたのは、日本語協会のリーダーのエドワード・リーさんである。

 昨年1月、よさこい踊りのVTRテープがほしいという要請がマレーシアから高知市のよさこい交際交流隊に届いた。とんとん拍子に話が進み、昨年8月、ク アラルンプールのショッピングセンターで日マ合同チームによる公演が実現した。よさこい踊りの心地よい興奮と汗を知ってしまったマレーシアのチームは今年 再び、公演のチャンスを探った。たまたまクアラルンプール日本人会の事務局に高知出身の松村寿美さんがいたことから、BonOdoriへのよさこい踊り参 加が認められ、マレーシアチームは3カ月、累計100回を超える練習をこなし、この日を迎えた。

 高知のよさこい踊りが海外にわたったのは一度や二度ではない。しかし、現地の人々を踊りの輪に巻き込んだのは今回が初めてである。ステージと観客席に分かれた「交流」にはない一体感が生まれる。

 クアラルンプールのBonOdoriが異文化を見る祭から参加する祭に変貌した時期は定かでないが、マレーシアでは数年前からペナンとジョホールにも BonOdoriが開催されており、BonOdoriはマレー語の単語としても定着しつつある。イスラム教に体を動かす祭がないこともBonOdoriが 受け入れられる要素となっているのかもしれない。ただ一度の宣伝広告もないのに、毎年7月の土曜日を楽しみに待つマレーシア人がこれほど多くいることにあ る種の感動を覚えざるを得ない。

 高知チームに合流するため中国寧波市から参加した岩間孝夫さんは「日本の庶民文化も捨てておけへんちゃうか。日本の祭をアジアン・スタンダードにしたらどや」「いや驚いた。こんな平和で享楽的なイスラム教徒もいることをブッシュ大統領も知るべきだ」を興奮気味に語った。

 当地のよさこいチームの一部は8月9日から高知市で開かれるよさこい祭に参加する予定で、メンバーたちはマレーシアのよさこいが本場の踊りに溶け込む日を心待ちにしている。


2003年07月16日(水)萬晩報コナクリ通信員 齊藤 清

 米国のブッシュ大統領が7月7日に国を出て12日まで、セネガル、南アフリカ、ボツワナ、ウガンダ、ナイジェリアのアフリカ五カ国を訪問。

 ◆奴隷の島ゴレへ

 アフリカ大陸への第一歩は、8日、西アフリカのセネガル。セネガルはフランスの元植民地で、旧宗主国フランスが、精一杯の庇護を与えながら今に至るまで 大事に育ててきた国のひとつ。バゲット、カフェオレの文化が根づいた、言ってみれば他人の畑の真中へ、今をときめく世界の覇者ブッシュが、馬上でハンバー ガーを頬張りコーラをラッパ飲みしながら、ライフルを携えて、拍車をかけて乗り込んできた風情――畑では雨季の初めの雨を受けて落花生の双葉が出揃い、こ れからさらに大きく伸びようとしているそんな季節。

 セネガルの首都ダカールの町には、『ブッシュ帰れ』『虐殺者』『詐欺師』などと、けっして好意的とは思えない落書きやプラカード(英語で書くという好意 はみせているものの)が目につき、これは格別特異なものでもなく、アフリカの少なくとも黒人の世界では、ブッシュに対する評価はその程度。お追従や尻尾を 振るというアクションはまずあり得ない状況。

 苦労人のセネガル大統領ワッドゥに迎えられ、彼の案内で、まずはアメリカ建国の礎となった黒人奴隷の送り出し拠点の島、ゴレ島へ。この島は、今回のアフリカツアーでは大切なポイントのひとつ。

 首都ダカールの沖合い4キロほどの位置にあるゴレ島は、延長900メートルほどの、お玉じゃくしが腰をくねらせたような形の小さな島。ここが昔、近隣の 国からの奴隷を集めて、アメリカ方面へ送り出す拠点となった奴隷島。今は観光地となっていて、白人も、アメリカからの黒人も訪れ、島全体がそのまま奴隷の 歴史博物館を形作り、歴史のあるミッション系の小学校もあったりして、それなりにひとつの町の生活が営まれている島。

 1998年3月には、モニカ・セックススキャンダルの渦中にあった当時のクリントン大統領が、この奴隷島を訪れ、そして夫妻揃って、海に向けて開いた、 奴隷の館の奴隷積み出し口『帰らざるゲート』に立ち、海側の警備艇からテレビカメラを向けさせて、仲睦まじさを演出した映像を発信。これは特に、アメリカ のマイノリティ―である黒人層への効果を狙ったものだったようでしたが。

 今回のブッシュ大統領の場合、彼本人は西アフリカ諸国の抱えている問題にはまったく関心がないものの、BBCも伝えているように、次期選挙のためにゴレ 島での写真が欲しかった、というのが本音のひとつ。またイラク侵攻に先立ち、大量破壊兵器に関するウソの情報操作を繰り返した疑惑を追求されている点で、 当時のクリントンよりもさらに邪悪とも思われる行為の後の奴隷島巡礼は、どの程度の禊ぎ効果が期待できるものなのか。彼は、島の奴隷積み出し口から、セネ ガルのワッドゥ大統領とのツーショット映像を送りだしました。これで黒人層の支持をも期待したいところですが、柳の下に二匹目のどじょうがいるかどうか。 もっとも今回のカメラアングルは、ゲートの斜め下のガレ石で足場の悪い波打ち際から見上げるだけのかなりの手抜き。

 当時のクリントン大統領が奴隷島を訪れる日の前日には、私めもこのゴレ島に行っているのですが、島では特別に掃除をしているわけでもなく、警備が厳しく なっているわけでもなく、何の変哲もないいつもの時間が流れていました。島の住民何人かと話をしてみたものの、翌日そんなことが予定されていることすら知 らなかったようです。しかし今回は、島の住民に一時的な立ち退きが要請されていたと伝わっています。

 ◆ナイジェリアの頑張り

 今回のアフリカツアーでは、最終日の12日にナイジェリア(元英国植民地)に立ち寄り、同行のパウエル長官共々、リベリアへの平和維持部隊派遣についても意見を交換しているようです。

 この時、西アフリカ一番のオイル大国であるこの国では、自国内で売っている一般向け燃料の値上げに端を発した労働組合のストライキが続いていました。

 ナイジェリアの原油輸出量の三分の一はアメリカ向けであり、ほかにも陰に陽に気を遣ってくれるアメリカは、現政権にとっては足を向けて寝ることのできない存在。

 例えば、徹底した軍政の時代1998年に当時の国家元首が急死し、民政に移行する流れが出てきた時に、当時政治犯として刑務所に収容されていた最有力の 大統領候補(93年の大統領選で事実上勝利していた)が、アメリカ政府が派遣したミッション、ピカリング米国務次官との会談中、突然吐血して意識を失い死 亡したとされる事件の際には、毒殺と疑う動きを抑えるために奔走。

 その後に行われた大統領選挙では、当時、カーター元米大統領も選挙監視団のメンバーとしてナイジェリアに滞在し、投票終了直後は正直に「選挙には不正が あった」と本音を漏らしてしまったものの、すぐあとで、米国政府が公式に現在のオバサンジョ大統領の誕生を認知。

 米国の西アフリカからの原油輸入量は、現時点でも全輸入原油量の15パーセント程度であり、10年後には25パーセントにまで増やす腹積もりだとされて います。そのような米国にとっては、西アフリカの指導者的な役割を担っている現大統領もまた大切な存在です。

 ◆リベリア和平へのはるかな道

 ブッシュがアフリカ大陸に足を踏み入れる少し前から、国際社会から完全に孤立させられてしまった感のあるリベリアの大統領テイラーを退陣させる工作が進 んでいました。アメリカの間接的な支援を受けた形の反政府勢力が、現政権をかなり追い詰めてはいるものの、止めを刺すことができないでいる現状を打破する ために、西アフリカのオイル大国ナイジェリアが、周辺国とアメリカの意向を受けて水面下でリベリアと接触。

 援護射撃として、ブッシュがテイラーの国外退去を繰り返して要求し、CNNや米主要紙は7月3日、米国がリベリアへの平和維持部隊派遣の方針を固めたと 報道。それを受けてテイラーは翌日、「米国からの平和維持部隊派遣の後」に退陣する意思を表明。またこの前後には、テイラーがナイジェリアへの政治亡命に 同意したなどの欧米メディア発のニュースが多量に流されていました。

 リベリアに関しては、アフガン、イラクなどの場合と異なり、アメリカの国益――正確には特定の勢力の利益、という人もいるようですが――に直接的につな がるものが少なく、ただ過去に、解放奴隷を送り込んでこの国を建国させた経緯からのみ、いくらかの真摯なポーズを見せる必要があるだけで、リスクばかり多 くて、おいしいお土産があまり期待できない場所であることは確か。世界の警察を自認するアメリカとしては無碍にもできないものの、できることなら火中の栗 を拾って火傷はしたくないというのが本心。ラムズフェルドは部隊派遣に消極的で、パウエルがメディアに対しても積極的な発言を続けている模様。以前、ソマ リアの紛争に介入して恥ずかしくも退散したトラウマがまだ癒えていないようです。(テイラーはこの点を読みきっているはず)

 7月4日コナクリでは、リベリアのテイラーを包囲しつつあるあるリベリア反政府勢力の筆頭LURDの代表夫妻と国連安保理のミッションが会談していまし た。最近では、ギニア政府がリベリア反政府勢力LURDを支援している事実はオープンになっている模様で――むろん周知の事実でもあった――、それは、テ イラー政権がギニア反政府勢力の背後にいた(いる)、と信じるギニア政府にとってはごく自然な行動であったとも考えられるわけですが。

 LURD代表の妻アイシャ・コネは、ギニアの現政権に絶大な信頼を得ている呪術者であり、彼女がギニア政府とLURDとのつながりを守護する役目を果た しています。基本的にはコナクリに在住していて、その邸宅は通称ベレー・ルージュ(ギニアの大統領警護兵)が警備。

 また、米国の信頼と要請を一身に背負ったナイジェリアのオバサンジョ大統領は、自国の労働組合のストライキで足元に火が燃え盛っている7月6日、自身が リベリアへ飛び、テイラー大統領の首へ鈴をつける役目を全うした様子です。「ナイジェリアへの政治亡命」の確認を取ったとも伝えられるものの、テイラーが 国連の戦犯特別法廷から起訴されている問題、米国からの平和維持部隊派遣を前提条件としているなど、まだ流動的な要素が残されていそうです。さらにオバサ ンジョ大統領は、13日にはギニアを訪ね、ギニア政府との意見調整をしています。
(1993.7.13記)


 ■追って書き

 ◆闇に向かって撃て

 雨が降って、やわらかい草の緑に覆われた高地ギニア――マリ共和国に近いあたりから、ずっと新緑の中を走り抜けて、コナクリまで戻ってきました。

 特筆すべきは、街道のあちこちの検問所がすっきりと消滅し、現政権発足後ずっと続いていた、ギニア国民、ときに外国人をも不快にさせた悪しき伝統がきれ いに拭い去られていたこと。これまで、軍、税関、警察、それぞれが独自のチェックポイントを設定している傾向があったりして、けっこう煩雑なものでした。 本来の国内の警備目的を離れて存在していて、特に、長距離の乗合タクシー、ミニバスなどは恰好の餌食とされ、何かと因縁をつけて金銭を巻き上げられていた ようです。一部のポイントでは、政敵の移動を監視、記録して、中央に報告する作業をしていましたけれど。

 例えば、私めがベースにしている奥地のキャンプに行くためには、900キロの行程で、都合15を超える検問所を通過する必要があったのですが、今はたっ たひとつ、コナクリの出入り口、36キロポイントのみとなりました。10年以上このコースを走っていて、実際に金銭の要求をされたことはないものの、内陸 部の小さな村の検問所を深夜通過するような時には、番人がどこか遠くへ出かけて(あるいは、寝込んで)しまっていたりして、そのまま通過するのもためらわ れ、行方を探すために時間がかかるということはしばしばあって、新月の夜など、エンジンを止めた車の中で番人を待つ間、湧きあがってくる暗闇の中に、虫の 声やら蛙の鳴き声があふれているのを聞き、時には蛍の乱舞を目にするという、とてもうらさみしい時間ではあるものの、得がたい瞬間に出会うことも何度かあ りました。

 そういえば、あるとき、もう日がすっかり暮れてしまっていたのですが、我々のキャンプまであと100キロの場所にある軍の駐屯地に寄ったことがありま す。あらかじめ無線で、交代要員を乗せたいので立ち寄るようにと連絡を受けていたもので。――ちなみに、現地キャンプには、軍の兵士数人が護衛についてい るのです。交代の若い兵士は異様に緊張していて、待ちくたびれていたせいもあったのでしょうけれど、車が走り出して少ししたらトイレタイムを申し出て、さ らに少し走ったところで妙なことを言い出しました。月明かりもない、星も雲に隠された真の闇。彼は、手入れの行き届いたカラシニコフを胸に抱えた姿勢。

 ――撃ってもいいだろうか?。初めその言葉が聞き取れず、現地人スタッフが聞き返しても要領を得ない答え。いくつかの言葉のやり取りの後で、いくら走っ ても動く物はむろん、人家の気配さえ感じられない夜のサバンナの山道の、真っ暗闇に耐えかねての頼みであったらしく、どうぞ勝手にと返事をしたら、車を降 りて、眼が慣れれば輪郭だけは感じられる闇の中のブッシュに向かってダダダダ。その後、ありがとうと言われても、山の精霊にでも化かされているような腑に 落ちない宙ぶらりんな感覚のまま、際限のない暗闇を走り続けました。――その時の彼には、飽かず追いかけてくる闇はとてつもなく不気味な怖い存在であった らしいのです。

 ◆ネット不通

 このメールを用意してはみたものの、実は今夜現在はネットにつなげる環境にありません。恥ずかしながら、週末はよくあるように、電話回線をドロちゃんに 占拠されてしまっているようです。ダイヤルアップ方式では、電話線がつながっていなければなす術がありません。

 最近コナクリでは、あてにならない電話会社・電話回線が不要な、プロバイダーとの間を強力な電波で結ぶ方式が普及してきています。高い鉄塔とアンテナ・ 受信装置が必要で、個人レベルではちょっともったいないほどの経費がかかりはするものの、自分の懐が痛まない身分の人々には好評と聞きます。今の仮住まい の建物には、屋上のパラボラアンテナを介して共同で利用できるLANシステムが最近設置されたのですが、ここにはいつもいるわけではないことから、少しば かりケチって契約をしていなかったせいで、今夜のような不便をかこつことになりました。

 明日は飛行機でヨーロッパへ移動の予定ですから、着いたところでつないでみることにします。

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◇バックナンバー http://backno.mag2.com/reader/Back?id=0000005790
◇お問い合わせ等は <mailto:bxz00155@nifty.com>へ。
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◆『金鉱山からのたより』2003/07/13◆
発行元:ギニア会 代表 齊藤 清
連絡先:bxz00155@nifty.com
(C)1998-2003 Conakry Press. All rights reserved.
==================================Gold News from Guinea=====
2003年07月12日(土)日中ビジネス推進フォーラム 文 彬

 地位が脅かされる「4強」とローカル企業

 米調査大手ガートナー社が発表した今年第一クォーター(2002年1月~3月)の世界携帯電話販売統計によると、ノキアが35%でトップを独走し、群雄 のモトローラ(2位、14.7%)、サムスン電子(3位、10.5%)、シーモンス(4位、7.6%)、エリクソン(5位、4.8%)を大きくリードして いる。(パナソニックモバイルが7位、NECが8位。)

 しかし、こと中国国内市場に限ってみれば、ノキア(諾基亜 注)はモトローラ(摩托羅拉)に対して逆に従属的な地位に甘んじているようである。昨年の年間販売シェア率を見ると、モトローラが25.76%で1位、ノ キアは18.17%で2位である。(2002年、中国国内の携帯電話機生産台数は1億2700万台、前年比42%増)

 これは、モトローラが今も中国市場に対する先制戦略の恩恵を受けていることを意味している。世界2位の大手携帯電話メーカーであるモトローラは、 1992年、天津に会社を設立し、本腰を入れて携帯電話の大量生産に乗り出した。以降モトローラは中国市場では業界ナンバーワンの地位を不動のものにして 今日に至っている。中国ではモトローラは携帯電話の代名詞のようにユーザーに親しまれてきた。そのため2002年、モトローラ中国の携帯電話の生産台数は 3,750万台と2年連続ノキアに遜色を取られたものの、中国国内販売台数は1,872万台と依然王座を独占している。



 しかし、中国国内における各社の販売台数推移のグラフを見ると、モトローラを含む海外メーカーが軒並み下降傾向を示していることが分かる。これと対照的 に中国産の販売シェア率は毎年ほぼ倍増のペースで急進している。そして、昨年度では中国ブランドはついにモトローラとノキアを抑えて約4割の市場を掌握す るようになった。中国市場の「4強」と言われている海外4大メーカーの地位がついに崩れたのである。

 ローカル企業の中にバード社(波導、所在地:寧波市)のような巨大メーカーも出現した。中国国内での販売台数ペースでは、1位のモトローラ (1,972.4万台)、2位のノキア(1,134.74万台)に続いて、シーモンスとエリクソンを追い越して3位に上り詰めた(678.55万台)。今 年、国産携帯電話の市場シェアは60%に、2004年には80%になるとも予測されているが、その中でバード社は年間販売台数を1,500万台に引き上げ ると豪語している。

 しかし製造台数から見れば、中国ブランドの合計もモトローラあるいはノキアを下回っている。海外輸出にすれば僅か1%しかなく、「4強」と同日に語るこ とはできない。つまり、中国ブランドの市場は中国国内に限られてしまうということになる。その理由は主にブランド認知度にあると指摘されている。例えば、 ノキアが70%の市場シェアを占める東南アジアでは、中国ブランドは中国国内を下回るような価格設定にもかかわらず、消費者を惹きつける魅力がない。白物 家電のように中国ブランドの携帯電話が海外市場を席捲する日はまだまだ遠いように思える。だが、ここで指摘すべきことは東南アジア市場で好調なノキアブラ ンドの携帯電話の大半が中国で製造されているものだということである。

 国産ブランドが売れた理由

 1999年、僅か5.46%だった国産ブランドの市場シェアが、3年後一気に40%近くも拡大した原因は何であろうか。市場アナリストの見方はおおよそ以下のようになっている。
  1. 何 よりも価格の競争力。数年前中国で「贅沢品」だった携帯電話が今では生活必需品となっている。モトローラなどのブランドものは依然人々の高級嗜好をそそる ものだが、一般市民は「花より団子」と、実用性がある程度満足出来るものならば低価格のものを選ぶ。今、市場を出回っている3桁(1,000元以下)端末 はほぼ全て国産ブランドである。
  2. 「ブ ランド嗜好」(「品牌導向」)から「デザイン嗜好」(「機型導向」)への消費者心理の変化。家電やPCよりもモデルチェンジが速い携帯電話、一般消費者は 品質よりもその外見と軽便さでものを選んでいることを一足早く察知したのは国産メーカーであった。技術や性能では負けるが、外見やデザインならば海外ブラ ンドと戦う余地が大きい。例えば、バード社は昨年の一年間で「軽薄小」の折畳式携帯電話を20種類も市場に出した。「低価格、新デザイン」(「低価位、新 款式」)戦略で消費者、中でも若者や農村部の消費者の流行をタイムリーに捕捉する国産メーカーはここでも海外ブランドに差をつけたのだ。
  3. 地 利を活用した流通とアフターサービスへの注力。販売後の国産ブランドの欠陥品回収率は海外ブランドの2倍だと言われている。品質ではまだまだ海外ブランド の比ではない。しかし、国産メーカーが長年築いてきた、農村部まで深入りした販売網と気の利いたアフターサービスはこれを補完することが出来た。市場シェ アではベスト10に入るTCL社は、県クラスの既存販売網を利用し、販促とアフターサービスを展開している。また、多くのメーカーは大型小売チェーンスト アと直接販売契約を結ぶことによって、市場との距離を最大限に短縮した。また、国産メーカーが時には利益をぎりぎりまで下げて相手の信じられないほどの大 幅値下げ要求に応じたことも珍しくない。「今は利益よりも市場だ」と国産メーカーのトップ達は口々に言う。
  4. 広 告戦。韓国の人気歌手金喜善(キム・ヒソン)さんはそのチャーミングな笑顔で消費者を魅了させている。テレビコマーシャル、駅や高層ビルの屋外看板、彼女 の姿はどこにも現れる。莫大な契約金を支払っているが、TCL社はこのため儲かったという。パンダ社はCCTV2003年のゴールデンタイムのコマーシャ ル権を競り落とし、自社製端末を大々的に宣伝している。しかし、膨大な広告費による企業への圧迫も無視できない。純利益が3%以下になったメーカーもあ る。すでに広告費は研究開発費を上回っている国産メーカーが多いが、携帯電話を巡る広告戦はまだ始まったばかりだと市場アナリストが見ている。
 出遅れの日本と日本のチャンス

 80年代中ごろから、NEC、松下、富士通、沖電気、京セラなど日本を代表するメーカーがすでに中国での事業展開を模索していた。しかしその後、中国が 採用したシステムはアナログではTDMA、デジタルではGSM、CDMAだったため、惜しくも商機を欧米勢に奪われ、家電のように大挙して中国全土に広が る場面はついに見ることができなかった。しかし、日本の通信業の長い歴史、特に通信をサポートする基礎技術(マイクロエレクトロニクス、新材料、音声処 理、精密機器製造など)では今も世界をリードしているし、これをもって日本企業が後発でも参入できると中国の同業者も見ている。

 そもそも、昔も今も中国ブランドのコア技術のほとんどが海外のものであることにはなんら変わりない。それも近年は韓国と日本に頼るものが多い。2000 年6月、中国はニンニクの輸入制限の報復措置として韓国の携帯電話部品の輸入を禁止した。いわゆる「ニンニク・携帯電話戦争」である。しかし、これによっ て国産機大手の中科健ら数社は生産ラインストップの危機に瀕していた。主要部品のほとんどは韓国からの輸入に依存していたからである。昨年日本が発動した 中国農産物に対するセーフガードに中国政府がまともに対抗しなかった時も同様の理由が背後にあるのである。近年中国政府の指導もあり、携帯電話部品の国産 率は年々高まっているものの、その多くはコア技術と関係のない部品である。

 実際に、下表を見て分かるように、2000年に入ってから日本勢の進出が目立ってきた。最初は新技術や新製品の実用化試験などの技術提携が多かったが、 その後製造と販売に重心を移した企業も多くなってきた。例えば、三洋電機は1995年に中国の情報通信大手である中国普天と共同出資で会社を設立し、コー ドレス電話機の製造を行ってきたが、2001年12月からCDMA方式の携帯電話サービスの開始を宣言し、翌月から一部の地域で実施し始めた高速の CDMA2000 1xに対応した端末も生産するようになった。三洋電機は年間150万台を目安とし、cdmaOne方式の端末生産で中国でのシェア上位3社入りを目指す計 画である。

 また、WTO加盟時の約束(コミット)により、2003年に入ってから携帯電話の輸入は課税対象から外れることになった。今年1月、深センとアモイで通 関した輸入携帯電話はそれぞれ97.5万台(昨年同期の8.8倍)、11.8万台(昨年同期の24倍)となっている。具体的な統計数字は見当たらないが、 日本製のカメラ付き携帯など、高性能端末も大量に上陸してきたと言われている。

表1:日本メーカーの中国市場参入例

年月

日本メーカー・提携先

業務内容

2000.06

NTTドコモ

北京事務所を設立し、IMT-2000の標準化に関する技術交流など

2001.08

富士通・華南理工大学

TD-SCDMAの実用化

2001.

松下通信工業・米UTStarcom

3G向け基地局事業

2001.11

松下通信工業

大連松下通信ソフトウェアエンジニアリング設立、通信系ソフトウェア開発

2001.12

NEC・松下通信工業

共同出資会社を設立し、中国の大手通信事業者と端末を共同開発

2001.12

京セラ

京セラ振華通信設備を設立し、CDMA生産

2002.01

東芝

CdmaOneを製造し、中国国内で販売

2002.01

三洋電機

天津三洋通信設備を設立し、CdmaOneの生産・販売を開始

2002.01

松下通信工業

中国で2.5G端末を投入

2002.06

ソニー・エリクソン

「ソニー・エリクソン」ブランドを販売

2002.06

三洋電機

上海にPHS基地局のサービスセンターを設立

2003.04

シャープ・大唐電信

カメラ付きGSM携帯電話を中国側に納入



 そして今、話題となっている「小霊通」によって、日本企業の独占的なノウハウと技術がさらに活躍する舞台を得るようになってきた。「小霊通」とは「無線 市内電話」であり、利用者は電話開設を行った都市内でしか受発信ができないという意味で日本のPHSと異なるが、基本的には日本のPHS関連技術が応用さ れている。広東省から全国に広がった「小霊通」は、携帯電話の基本機能を持ちながら、約6分の1の通話料で利用できることによって爆発的な人気を博してお り、つい先月北京市内でも解禁されたのである。

 日本企業にとっては、ほとんどライバル不在の商機である。すでに三菱電機、京セラ、三洋電機など、過去に日本のPHSで大活躍していたメーカーは動き始 めた。「小霊通」はそのまま中国の携帯電話市場の勢力図を塗り替えかねないほどの衝撃力を持っていると見られている。そうなれば、後発の日本勢が中国で奇 跡を起こすことも不可能ではない。

【参考-1】携帯電話の3大製造基地
 中国大陸における携帯電話メーカーは1997年の5社から2002年には37社に増加した。その大半は北京、天津を中心とする「北方基地」(9社)、揚 子江デルタ地域の「華東基地」(6社)、そして広東省を本拠地とする「南方基地」(9社)に集中している。

【参考-2】電話加入者数と普及率(2002年)


※本文の作成に当たり、主に下記の資料を参考しました。なお、グラフは、中国情報産業部の発表資料に基づいて作成した。

・「郵電月度統計資料」 中国情報産業部
・「2002年、中国携帯電話の製造と販売に関する分析」 万暁東 中国情報産業部
・「2002年、中国携帯電話機・部品産業の展望」 株式会社富士経済
・「中国の携帯電話市場分析」 経済参考報
・「中国の携帯電話市場がすごいコトになっている」 大門太郎 Mobile News Letter

 文さんにメールはmailto:fwavez@yahoo.co.jp

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WJCF 第一回国際シンポジウム
2010年の中国経済と日本企業のビジネスチャンス

   開催 2003年7月17日(木)13:30~17:30
   場所  早稲田大学国際会議場(井深大記念ホール)

中国政府は2010年までに国内総生産が2000年の倍になる見通しと発表しています。(約2兆米ドル)
急速に成長する中国市場で確実にビジネスチャンスを掴むために日本企業は今何をすべきでしょうか?
講演者 早稲田大学アジア太平洋研究センター  柳孝一教授

株式会社三井物産 戦略研究所 寺島実郎所長
 (財団法人日本総合研究所理事長)

経済産業研究所 関 志雄上席研究員

株式会社富士通総研 金堅敏主任研究員

株式会社みずほコーポレート銀行 菅野真一郎顧問

ソフトブレーン株式会社 代表取締役会長 宋文洲

早稲田大学アジア太平洋研究センター特別研究員 朱偉徳


主催者 早稲田大学アジア太平洋研究センター
 「日中ビジネス推進フォーラム」

詳しくは下記のサイトをご参考ください。
http://www.j-fep.co.jp/waseda/wjcf_symposium.htm
2003年07月10日(木)ワシントン在住ジャーナリスト 堀田 佳男

 クリントンがゴルフ好きなことはよく知られる。政権時代、ウィークデーでも公務時間に余裕があればホワイトハウスを抜け出してクラブを振った。

 90年代後半のある穏やかな春の日だった。午後2時過ぎにホワイトハウスの記者室に座っていると、突然広報課からアナウンスが流れた。

「大統領は今からゴルフに行きます。プール取材(代表取材)記者はすぐに所定の場所に集まってください」

「またゴルフかよ。いいかげんにしてくれよな」

 ニコンを手にしたカメラマンが嫌そうに言った。プール取材はアメリカの報道機関が順番に記者をだして取材情報を共有する。わたしはそのサークルの中にいないが、知り合いの記者からジューシーな情報を得ている。

 ブッシュもクリントン同様、悦びをこらえきれないほどゴルフが好きである。かつては、バスフィッシングとジョギングのことで頭のほとんどが占領されてい ると思っていた。だが、「できればプロゴルファーになりたかった」という邪念を抱いているに違いないほどのゴルフ狂であることを知った。

 7月3日午後2時46分。ブッシュはホワイトハウスをスッと離れた。向かった先はアンドリュー空軍基地。ここは大統領専用機のエアフォース・ワンが置か れている空港で、ゴルフ場やボーリング場などのスポーツ施設もあわせ持つ。18ホールのコースが3つもある壮大な敷地が広がる。

 3時20分に到着したブッシュは、ブルーのベースボール・キャップに、やはりブルーのズボンとジャケットという出で立ち。1人でラウンドするわけではな い。かたわらに3人ほどお供がいる。1人は商務長官のドナルド・エバンズ。そして住宅都市開発省の副長官アルフォンソ・ジャクソン。もう1人はゴルフコー スの支配人、マイク・トーマスだ。木曜日の午後3時半と言えば、気合いの入ったサラリーマンであれば腕まくりをして「さあ、もうヒト仕事」という時間であ る。「お供」も要職についているので、やるべき仕事は山とあるはずだ。が、ゴルフである。

 トーマスを除いた2人はテキサス州時代からの知己で、ブッシュ政権誕生後、じきじきに任命されて政権入りした。エバンズは入閣前、「トム・ブラウン」社 という年商1400億円の石油・天然ガス会社の社長で、ブッシュの知事選と大統領選に尽力した。ジャクソンも以前は年商1兆6000億円の「アメリカン電 力」社のテキサス本社社長で、ブッシュとはやはりツーカーの仲である。2人ともむろん億万長者である。

 プール取材記者は片時もブッシュから目を離さない。ゴルフボールが頭部に当たる、カミナリに打たれる、カラスにつつかれる、熱射病で倒れる、すべてがニュースになるからだ。プライベートのゴルフにまで付きまとうプール取材記者にブッシュは一言。

「テレビカメラで撮らないでね」

 それから3日後。芝生の上でクラブを振る快感をいま一度とばかり、ブッシュはホワイトハウスを離れた。公務でアンドリュー空軍基地に向かうときは「マ リーン・ワン」という海兵隊のヘリコプターを使うが、プライベートのゴルフであるため「地上部隊」で向かう。「地上部隊」はサイレンを鳴らした警察車両を 先頭に、11台の政府専用車でゴルフ場に向かった。もちろん信号は無視して進む。その11台の車両のどれかにブッシュが身を潜める。

 その日は午前7時半にホワイトハウスを発った。エバンズもまた一緒である。ただジャクソンの代わりにローランド・ベッツという男が加わった。ベッツは エール大学時代からの悪友で、ディズニー映画の制作費を捻出する企業の社長だ。ブッシュが大リーグ球団テキサス・レンジャーズを買収したときの共同パート ナーでもある。こちらもミリオネア。

 テレビや新聞では、ブッシュはイラク問題で民主党から突き上げられ、経済の成り行きから再選を憂慮し、ゴルフどころではないように見える。ところがプラ イベートのブッシュを見る限り、地球上にこれ以上満悦の体でいられる職務はないと思えるほどのはしゃぎようなのだ。これがブッシュの姿である。(文中敬称 略)

 堀田さんにメールは mailto:hotta@yoshiohotta.com

 急がばワシントン http://www.yoshiohotta.com/
2003年07月06日(日)萬晩報通信員 園田 義明

 ■鉄格子と冷蔵庫
 
 頑丈な鉄格子に囲まれた檻の中で、鎖に繋がれながら、今なお吠え続ける肉
食恐竜。現代に蘇った恐竜達を飼い慣らしているご主人達の中に、2008年
に向けて、準備を始める者もいる。かつては、冷蔵庫に閉じこめられて、必要
なときだけ取り出されたこともあった。イラク開戦直前にどうやら立場が入れ
替わったようだ。

 手法こそ違うものの、ご主人達は、国益という旗の下では、強い結束を見せ
る。例え相手が友人であっても、旗が違えば、牙を剥く。時には、肉食恐竜を
解き放つ術も見つけたようだ。

 ようやく、本来の姿に戻りつつある、史上最強の国でさえも、生き残りをか
けた戦いに果敢に挑むようだ。

 今はもう檻の中に閉じこめられた恐竜達に奇妙なエールを送る国。「北の脅
威」の前に、ご主人様への絶対的な忠誠を誓おうとしているようだ。

 ■イラク、イラン、そしてユーロ・シフト

 2001年10月のニュー・グレート・ゲームで、アメリカがイラクへの強
硬姿勢の背景としてイラクの石油輸出代金のドル建てからユーロ建てへの転換、
そして、ユーロ相場をテコ入れしたい欧州勢と、欧州を後ろ盾に米国をけん制
しようとするイラクの思惑を描いた。

 そして、国連が管理するイラク口座の管理銀行は仏最大手のBNPパリバで
あり、フランス・ベルギー・ドイツの連合体である石油メジャー・トタル(旧
トタルフィナ・エルフ)とBNPパリバとは、2件の取締役兼任により結合し
ており、相互に情報を共有できる体制にある。そして、BNPパリバには、ド
イツ・ドレスナーバンクや保険大手アクサとも結合している点は注目に値する
と書いた。

 全く同じ構図が、イランにもあてはまる。昨年、7月10日、総額5億ユー
ロ(約600億円)のユーロ建て国債を発行した。1979年のイスラム革命
以来、初めての外貨建て国債の起債となり、国際資本市場に復帰を果たしたが、
この時の幹事銀行は、ドイツ・コメルツ銀行とBNPパリバが務めたのである。

 この計画を知ったブッシュ政権は、米格付け会社のムーディーズ・インベス
ターズ・サービスに圧力をかけ、6月にはイランが発行する国債への格付けを
取りやめさせる事態となっており、イラン外務省は、同社に圧力を加えたとし
て米政府を非難する声明も出していた。

 なお、忘れてはならないのは、昨年8月に英フィナンシャル・タイムズ紙が
報じた「サウジマネー大流出」の記事であろう。サウジの個人投資家が、総額
4000億から6000億ドルとされる対米投資のうちの1000千億から2
000億ドルを引き揚げたと報じた。米国離れした資金は、本国に回帰したが、
その後一部ユーロへとシフトしたようだ。

 実は、この一件が、サウジを敵と見なしたネオコンの評価を下げる決定的な
要因となったのかもしれない。アメリカとサウジとの「秘密金融協定」の仕掛
け人、キッシンジャー元国務長官を怒らせてしまったのである。

 現在、イスラム教国である、インドネシアやマレーシアでも石油や天然ガス
の取引におけるユーロ重視の姿勢を打ち出している。

 ■大欧州を分断せよ

 EU(欧州連合)は来年5月、中・東欧諸国などを加えた25カ国体制によ
り、総人口約4億5000万人の大欧州に生まれ変わる。6月20日の首脳会
議で「大欧州」の設計図となる欧州憲法草案を承認した。憲法草案は、首脳会
議を主宰する「大統領」や「外相」の両ポストを設けることが明記された。

 相次ぐユーロ・シフトの脅威は、ブッシュ政権にとって、新たな敵の出現と
なった。ブッシュ政権が昨年9月に発表した、新国家安全保障戦略(ブッシュ
・ドクトリン)における「米国の力を凌駕しようとする潜在的な敵国は思いと
どまらせる」対象に、拡大する欧州も含まれていたのである。

 ラムズフェルド国防長官が、再三にわたって「古い欧州」と叫ぶ背景には、
フランス・ドイツ・ベルギーなどを「古い欧州」と決めつけ、イラク戦でアメ
リカ支持にまわった中東欧諸国を「新しい欧州」として味方につけることで、
大欧州の分断を戦略的に打ち出してきたのだ。

 ブッシュ政権内では、対EU戦略でも対立の構図があるようだ。檻に閉じこ
められたネオコンは「力の論理」を振りかざし、米欧関係を「虚構」と決めつ
け、「互いに道が分かれたことを認め合おう」と呼びかける離縁状を叩きつけ
たのである。チェイニー副大統領やラムズフェルド国防長官、ライス国家安全
保障問題担当大統領補佐官等の本流タカ派は、圧倒的なアメリカ優位を保持す
る戦略を打ち出す。国際協調派のパウエル国務長官等も、アメリカ優位の点で
はタカ派と一致しているのかもしれない。

 この中で、2008年の大統領選に向けて冷蔵庫から出てきたパウエル国務
長官の強敵となってきたライス大統領補佐官の発言に注目しておくべきだろう。

 6月26日、ライス大統領補佐官は、ロンドンの英戦略国際研究所(IIS
S)で講演し、シラク大統領の多極世界構想は、決して平和を推進してこなか
った抗争の理論だと攻撃した。そして、「我々は前に多極理論を試してみたこ
とがあったが、第1次、第2次両大戦および冷戦につながった」と強調し、国
際関係における多極理論をノスタルジックに追求しようとする人たちの動機に
疑問を感じると語る。最近ネオコンにも彼女のファンが増えているようだ。

 ■北朝鮮の呪縛

 小泉純一郎首相は、3月20日の緊急記者会見で「日本にとって本当の脅威」
である北朝鮮の脅威と日米同盟の関係を明言、国連の新決議がないまま武力行
使に踏み切ったアメリカの行動を支持する以外に日本の選択肢はないと語った。

 イラク戦開戦直後の3月20、21日に共同通信社が実施した全国緊急電話
世論調査では、小泉首相が米国などによるイラク攻撃に支持を表明したことに
対し、「評価する」と回答した人41.7%のうち、その理由として、「日本
への北朝鮮の脅威に対応できるのは米国だから」が42.9%、「日米同盟関
係は重要」が35.2%で、合わせると80%近くに達している。

 共同以外の調査でも同様の結果を示しており、3月25日時点で与党内は、
「北朝鮮問題に対する危機感が国民に相当、浸透している」(堀内自民党総務
会長)などと、北朝鮮の核開発や弾道ミサイルに対する国民の懸念が米国支持
への理解につながったとの見方から、「予算成立後は有事関連法案とイラク復
興支援法案を一気に成立させるべきだ」と、強気の国会運営を求める声も出始
めていた。そして、まさしく議論なきまま、一気に成立することになる。

 この「北朝鮮の脅威」は、以後様々な局面で与党のファイナル・アンサーと
して国民を縛り付けることになる。7月1日午前の記者会見でも福田康夫官房
長官が、イランのアザデガン油田開発計画について、契約は慎重にすべきだと
の認識を示して、次のように語る。

 「北朝鮮の核開発疑惑に正面から対峙し、国際社会でイランの核開発疑惑が
大きな問題になっている時期に、それを無視して原油契約とはならない。今後
の情勢を見て最終的に判断されると思う」(7月1日付け共同)

 北朝鮮の脅威を否定するわけではない。また「親米」あるいは「反米」とい
った単純なひとくくり論にも賛同できない。対米関係重視以外の選択肢がない
ことも現実である。しかし、大きく揺れ動く世界情勢の中で、現在の日本が、
誤った方向に進もうとしているような気がしてならない。

 そもそも、小泉首相自らがサインした昨年9月の日朝平壌宣言とは、何だっ
たのだろう。また、米国内のキッシンジャー元国務長官やブレジンスキー元国
家安全保障問題担当大統領補佐官等有力者が、北朝鮮問題重視から、対イラク
戦に慎重姿勢を打ち出していたこととも大きな矛盾が生じるのである。

 北朝鮮を「悪の枢軸」と呼んだブッシュ政権の戦略も合わせて再検証すべき
である。

 ■シラクの助言

 6月23日、日本・フランス両国首脳の諮問機関「日仏対話フォーラム」の
日本側座長、橋本龍太郎元首相が、パリのエリゼ宮大統領府でシラク大統領と
会談した。

 橋本元首相は、小泉首相の特使として首相の親書を同大統領に手渡し、両国
関係発展のための今後の取り組みについて意見交換した。そして、フランスで
開かれた主要国首脳会議で、北朝鮮による拉致問題をテーマに取り上げること
を議長国フランスが強く支持したことに感謝を表明した。

 シラク大統領は「拉致問題に関しては主要各国の首脳すべてが十分な認識が
あったわけではなかった」と明かし「日本政府はもっと世界に拉致問題を広報
した方がいい」と助言したようだ。

 この記事を報じたのは、西日本新聞社のみである。日本メディアの感性も、
ついに衰退しつつあるようだ。拉致問題を世界に認知させる努力など、期待で
きるはずもない。

 イラク戦における世界的な反戦運動を仕掛けたシラク首相の助言に耳を傾け
る必要がある。悲しいことに、毎日、世界中のメディアを見ている者にとって、
拉致問題に関係する記事は、ほとんど記憶にないほどだ。

 フランス政府は、2004年の開設に向けて、国際ニュース放送テレビ局の
設立準備を進めている。米CNNや英BBCに対抗し、世界におけるフランス
の外交戦略を一層強化するものとなるはずだ。

 アフガニスタンやイラク戦でカタールの衛星テレビ局アルジャジーラが、ア
ラブの視点で大活躍したことは記憶に新しい。

 「力の論理」だけが、唯一の方法ではない。

 『欧州が古すぎると言う人がいるが、年齢を重ねると自分の強み、弱み、そ
して現実の世界が見えてくるものだ。互いに孤立したままなら、世界に平和を
もたらすには、欧州は古すぎるし、アメリカは若すぎる。世界平和のためには
一緒にいることがわれわれの義務だ。』

 欧州委員会のプロディ委員長が、6月25日、米EU首脳会議後の共同記者
会見で、ブッシュ大統領に語りかけた内容である。

 我々日本人が選んだリーダーの発言は、いつまで待てばいいのだろう。今こ
そ、世界に目を向ける時だ。

 その第一弾として、イランのアザデガン油田開発において、態度を決めかね
ているロイヤル・ダッチ・シェルに合流していただくのはどうだろう。フィナ
ンシャル・タイムズ紙が報じた理由もここにある。トヨタ人脈を使えば、不可
能ではないはずだ。ユーロ建ての揺さぶりも効き目がありそうだ。

 相手が本気になって、戦いを挑んでいる。真剣勝負で応じるべきだ。

□引用・参考

西日本新聞社・共同通信・時事通信・ロイター・日経新聞・讀賣新聞・
産経新聞・朝日新聞・毎日新聞他


●駐日欧州委員会代表部のウェブサイト
http://jpn.cec.eu.int/index.html

●Rice Says Pursuit of Mideast Peace Requires Determination
http://www.usembassy-israel.org.il/publish/press/2003/june/062702.html 

●Bush, Skeptical of Report of Hamas Cease-Fire, Asks Europe to Sever Ties
By ELISABETH BUMILLER
http://www.nytimes.com/2003/06/26/international/middleeast/26PREX.html?ex=10
57204800&en=a6214f624b071299&ei=5062&partner=GOOGLE

●拙稿「ニュー・グレート・ゲーム 」
http://www.yorozubp.com/0110/011012.htm
2003年07月02日(水)萬晩報主宰 伴 武澄

 日本経済の先行きに曙光がみえてきた。2日の東証株価平均が9500円台を回復、大商いを伴いながら1万円が射程距離に入ってきたといってよさそうだ。 特に1日は前日のニューヨーク株式の下落にもかかわらず株価が上昇し、このところの米国連動型とは違う動きをしたことが注目された。

 それにしても小泉首相はつくづく運のいい人だと思う。総裁選を控えて株価という強力な援軍が現れたからだ。このまま株価が回復すれば「デフレ克服に景気 対策が不可欠」と声高に叫んできた抵抗勢力は顔色を失うことになる。総裁選で対抗馬を出すことさえ難しくなるかもしれない。

 萬晩報は半年以上も前に「V字型回復を素直に認めよ」というコラムを書いた。その時も、企業業績は底を打って収益回復基調にあると考えた。問題は資産デ フレによるマイナス要因だけである。地価はまだ下がるはずだが、株価の回復によってせっかく稼いだ営業利益が目減りする恐怖は相当程度、軽減される。

 景況感の改善は1日発表の日銀短観にも現れている。大企業製造業の業況判断指数(DI)は「マイナス5と2期ぶりの改善」だった。、前回3月調査での DIはマイナス10。悪化したといっても「マイナスはたった1ポイント」でしかなかった。イラク戦争開始という負の真理要因を差し引けば「実質改善」だっ たともいえた。その前の12月調査では「DIはマイナス9と3期連続の改善」だったから、景況DIは昨年3月調査のマイナス38をボトムに実質5期連続し て改善してきたことになる。

 業況判断DIは景況判断を「良い」「さほど良くない」「悪い」の3段階で尋ね、「良い」の回答比率から「悪い」の比率を差し引いた指数。まだマイナスだ から「景気基調」とまでは言いがたい。だがここ1年の特徴は足元の景気について「改善傾向」を認めながら、先行き(3カ月先)の見通しが悲観的になってい たことである。企業家マインドとして、現時点で「景気をそこそこ」と感じても将来に悲観的になるのは、長期デフレの習い性だったのかもしれない。

 この1年の日銀短観を振り返ると、企業家マインドを裏切って景気は改善を続けてきたということになる。この間、日本経済新聞が日銀短観に関してどのような見出しをとってきたかを検証すると興味深い。
  • 2002年07月01日「大企業の景況感改善・1年9カ月ぶり」
  • 2002年10月01日「景気に足踏み感 大企業製造業改善4ポイントに縮小」
  • 2002年12月13日「大企業製造業DIは小幅改善 予想指数、7期ぶり悪化」
  • 2003年04月01日「景況感5期ぶりに悪化 景気停滞鮮明に」
  • 2003年07月01日「景況感2期ぶりに改善 株価、米経済に期待」
  どれをとっても明るい兆しはみえてこない。ことし4月1日のたった1ポイントのDIのマイナスに対して「景気低迷鮮明に」とはあまりにも大げさではなかっ たかという批判もある。世の中3カ月もたてばすべてが忘却のかなたなのかもしれないが、萬晩報は忘れない。調査結果の中でなるだけ悪い情報を見出しにとっ てきたのは他の大手メディアも横一列である。

 特に今回の調査で目立ったのは設備投資である。大企業製造業の場合、2003年度11.5%増を計画している。前年は17.4%減。二けた増というのはここ10年記憶にない。企業家が本音では景気回復を感じている証左でなくてなんであろう。

 筆者は東証平均株価が2万円になったり、3万円の価値があるとは思ってはいないが、少なくとも9000円台では安すぎると考えている。不良債権処理に足 を引っ張られる金融機関、ゼネコン、流通業が少なくない中で、一方では千億円規模の史上最高益を更新する企業が相次いでいるのが現状である。これだけ成熟 した日本経済がすべての分野で好調になるはずもない。企業業績の向上を「リストラ頼み」「輸出依存」などと揶揄するのはもういいかげんにしたらいい。戦後 日本経済はいつだって「輸出依存」だったし、「リストラが進まない日本社会」を批判し続けたのはわれわれマスコミではなかったか。

 リストラに痛みがあるのは当然であろう。IBMの例を見るまでもなく、リストラを乗り越えて企業は再び採用も増やしていくものなのである。

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