2003年4月アーカイブ

2003年04月29日(火)萬晩報主宰 伴 武澄

 週末、妙高高原で開かれていた信州自由学舎の勉強会に参加した。東京から中央高速に入り、途中、安曇野に立ち寄った。勉強も去ることながら、残雪と新緑 の信州を堪能した。妙高までの道のりは標高が上がったり下がったりだから、何度でも満開の桜の花に遭遇し、幸せを感じるドライブであった。

 自由学舎の勉強会は小布施の内坂ドクターと南相木の色平ドクターらが中心となってかれこれ10年開かれている。最初は信州に来ている外国人をどうやって サポートするかが論議されていた。そのうち、どうして彼らが信州の山奥まで出稼ぎに来なければならないのかという根源の問題にまで議論が広がった。

 議論を進めていくうちに、国際経済や国際金融の問題を議論せざるを得なくなった。突き詰めると「お金」いや「マネー」ということになる。田中康夫知事が 誕生すると「地方のあり方」も論議され、どうしたら信州を誰にとっても住みやすい地域にすることができるようになるかというところまで議論が深まる。

 参加者は初めは、外国人支援の活動家が多かったが、議論の広がりとともに多彩になった。いまでは、農家の奥さんから県庁の役人まで幅広い。県内だけではなく、筆者のように東京や名古屋、茨城、京都からもやってくる。

 デンマークなど北欧の国々には100年以上も前から農村地帯に「フォルケホイスコーレ」という農民高等学校が多く設立された。提唱したのは19世紀の詩 人だったグルンドヴィヒという人である。主に農閑期に共に暮らし共に学ぶ学び舎である。キリスト教の精神を基礎に農民の知識や意識のレベルアップを図る国 民的運動に発展し、結果的に豊かな国家を形成する地殻変動をもたらした。

 日本では80年ほど前から賀川豊彦や内村鑑三らによって「デンマークに学べ」とばかりに農村福音学校が次々と開設されるという歴史もある。そもそも江戸 時代から、二宮尊徳や大原幽玄らによる農村復興運動があったから、考え方としてとりたてた新しいものではなかったが、農村復興が国の基礎であるという意識 改革をあらためてもたらしたことは確かだった。

 自由学舎に参加して思い出したことはそんなことだった。そんな勉強会が信州ではいくつか生まれている。たぶん信州以外にもいくつも生まれているのだと思う。

 近代このかた、社会は人々が都会へ都会へとなびくようにつくられてきた。働く場はもちろん楽しむ場だってそうだし、教育も医療もすべてが都会に有利になる社会であった。

 地方の時代といわれて久しいが、実態は中央との格差拡大だった。自治といわれても独立自尊の精神が培われないかぎり、地方はいつまでたっても哀れみを請 う立場から逃れられない。自ら考え、自らの資力や知力で社会を動かすことを始めないかぎり、自分達の時代はやってこない。

 そんな他力本願が横行する社会において、信州の山奥で「参加したい」と思わせるような勉強会が生まれていることは勇気付けられることなのだ。(続)
2003年04月28日(月)ワシントン在住ジャーナリスト 堀田 佳男


「次はサウジでしょう」

 彼はさらりといった。イラク戦争が収束してきたので、アメリカが次に「オトス国」はどこかという話をしていると、彼はまるでアメリカ政府の次なる大型公 共事業が談合で決まったかのように滑らかにいった。首をひねって大脳を働かせる間もなく「サウジ」という国名をだしてきた。

 それがスターバックスで隣の席に座った学生の言葉であれば何も気にしない。だがブッシュ政権内の、ある部署で働く人物だけに、「そうですか」と簡単に受け流せないのだ。

 最初に彼と会ったのは15年以上も前のことである。ワシントンのロースクール(法科大学院)を出たばかりの弁護士だった彼は、将来の夢を「政権のなかで 働くこと」ときっぱりと言った。ブッシュ政権になって見事にそれを実現させた彼は、いまさらに上を目指している。アメリカではそれを「ソシアル・ラ ダー(社会的なハシゴ)を登る」と形容する。アメリカには日本のような国家公務員試験がないので、官庁内に空席ができれば基本的に補充されていく。だが、 役職はすべて政治任命なので「お呼び」がかかった者が政府高官になる。しかもほとんどが民間人だ。政権が代わるたびに3000人ほどが入れ替わる。

 その日、サウジアラビアが次の「オトシどころ」と言った彼は理由をこう語った。

「アメリカがいま中東でもっとも民主化させたい国はサウジアラビアとイラクなんですよ。ひとつは原油でしょう。埋蔵量は世界第1位と2位です。何10年か すれば石油の代替エネルギーができるでしょうが、まだ原油は大変重要です。安定供給をはかるためには2国の政治的安定をはかることが必須です。二つ目はテ ロ対策です。サウジのサウド王家はいちおう親米派ですが、国民は違う。オサマ・ビンラディンはサウジアラビア人です。国際テロの巣はサウジ国内にあるとい えるんです」

 サウジアラビアという国名があたまから離れなくなった時、国防長官ラムズフェルドに強い影響力をもつ国防政策諮問委員会のリチャード・パールがサウジアラビアについて触れた。

「サウジアラビアから国際テロ組織へ流れる資金を早急に絶つべきだ。それがテロ活動の資金源になっている。いま世間はこの点にあまり注目していないが、最も急を要する外交課題だろう。イラク戦争後、何をどうすべきか知るべきだ」

 こうした言説を直接ナマで聞くと、次なる米軍の標的が目の前にチラチラしてくる。さらにシリアとイランの名前も浮上している。ラムズフェルドは3月28日、両国を名指しで批判。イラクへ軍事物資を供給する国はイラクと同じ運命を辿るとほのめかした。

「ちょっと待ってよ。追いついていけない」

 いまの正直な気持ちである。イラク戦争がほぼ終結したとはいえ、ワシントンではすでにその3国の名前が浮上してきている。しかも話はかなり進んでいるの だ。リベラル系のシンクタンクとして、本来であればブッシュにアッパーカットを食らわせるべきブルッキングズ研究所のケネス・ポラックもシリアの話にはイ ケイケなのである。

「シリアがイラクへ武器供与している情報は過去数ヶ月、米諜報機関内で出回っている。無視出来ないほど確かな情報だ。ブッシュ政権内ではシリアが次なる(軍事攻撃の)対象国になる方向で議論がなされているはず。私もそれを望む」

 さらに国務次官のジョン・ボルトンが4月1日、イランへの軍事攻撃も口にしており、ブッシュは新しい山を自分で創って飛び越えたいように思える。

 NPO(非営利団体)の「フリーダム・ハウス」によれば中東地域22カ国のうち民主国家は1国もない。共産主義のドミノ理論ではなく、武力による「アメリカ式強制民主化」というドミノが今後、中東諸国で倒れようとしている。

 堀田佳男 のDCコラム「急がばワシントン」4月10日から転載
 http://www.yoshiohotta.com/

 堀田さんにメールは mailto:hotta@yoshiohotta.com
2003年04月22日(火)ブルッキングス研究所客員研究員 中野 有


 ニューヨークタイムズの外交コラムニストのトーマス.フリードマンが中東問題で面白い表現を使っている。シリアやレバノンへの関与は、ブッシュ政権の戦 争的関与では、危険すぎ、またフランスの建設的関与では弱すぎる。そこで、その間の挑戦的関与が機能するのではないだろうかと考察している。フリードマン は、ピューリッツアー賞を3回受賞した論客である。たまたま彼の講演を聞いたのだが、その聴衆をひきつける魔力に魅せられてしまったかもしれないが、この フリードマンの考えは、北朝鮮問題にそのまま当てはまるのではないであろうか。

 ラムスフェルド長官の北朝鮮政策は、いくら北朝鮮がイラクのような戦利品がなくともきな臭いと感じ、ノムヒョン大統領の太陽政策の流れでは弱すぎる。そ こで、北朝鮮が多国間の対話を望んでいるタイミングに、多国間の進歩的関与政策が生きてくるのではないだろうか。なにもしない封じ込め政策や経済制裁より も積極的、挑戦的進歩的な関与政策が求められていると考える。

 そこで、南アフリカのアパルトヘイト廃止に向け経験したことを語らずにいられない。もう20年も前のことだが、何故かアフリカ大陸への憧れと、人種差別 政策を体験しようと思い南アに乗り込んだ。乗り込んだというより、2年間も滞在したのだから、アパルトヘイトに挑戦したといったほうが適切かもしれない。

 文化交流に制限のある南アに行く物好きな日本人は、そう多くいなかったが、実際、百聞する南アと一見する南アは違っていた。日本人は名誉白人であるが差 別を受けるものと思っていたが、そうでもなく黒人、カラード、インド人、白人とすべての層にわたり友人のネットワークができた。振り返れば、現在生活する ワシントンの方が、差別というものはなくても結構、人種間の隔たりがあるように感ぜられてならない。

 南アの人口の2割に満たない白人が、政治、経済を握っている現状を見て、多くの人々は平和のためには紛争の回避は難しいと読んでいた。当時 (1984-86年)、アパルトヘイトを終えるために、南アを孤立させるべきであるとの考えから経済制裁が世界の主流であった。日本も多くのヨーロッパ諸 国もそうであった。何故か、アメリカのレーガン政権は、世界の潮流に逆らい建設関与を唱えていた。

 この政策に興味を持ち、南アの大学で「建設的関与と経済政策の効果」について研究した。研究しているうちに答えは、単純であることに気がついた。それは、白人と黒人の共通の利益を探ることによっていずれ対立は解消されるという考えであった。

 そこで、白人に「どうしてアパルトヘイトを支持するのですか」と問い掛けてみた。判を押したようにほとんど同じ答えが返ってきた。黒人に一人一票を与えると必ず共産主義になり現在の生活を維持できない。黒人の教育水準が低いのが問題であると。

 黒人に問うてみた。これもほとんどすべてが、非白人に教育の機会が必要とのことに関するものに集約できた。

 レーガン政権の考えが卓越していると感じたのは、建設的関与を通じ、南アに投資を進め、黒人に雇用と教育の機会を提供することを実行した所である。事 実、それから5年で平和裏にアパルトヘイトが解決したのである。奇跡である。アパルトヘイトが無事終わった背景には、勿論多くの要因が関係してようが、少 なくとも歴史は建設的関与が効力を発揮し、経済制裁は解決策にならなかったことを証明している。

 この南アの成功例を北朝鮮問題に応用できないかと、長く考えてきた。北朝鮮は、体制を維持するために、大量破壊兵器から、麻薬や拉致まであらゆる悪事を 働いている。恐ろしい国である。やはり、このような国には、経済制裁は必要である。ただし、短期間の経済制裁を。しかし、国際社会の歩調が合わない経済制 裁は、何も効果を発揮しないと思われる。

 そこで、短期間の経済制裁を課した後、建設的関与を超えた、フリードマンが指摘するような挑戦的な関与を仕掛けてみるタイミングがそう遠くない時期に到来するように思われる。

 北朝鮮の100人のテクノクラートが、2200万の国民を掌握しているのが真実とすると、両者の共通項は、何ぞやとの答えを導くことにより紛争を回避しながら北東アジアを安定と発展に向かわせる構想が生まれる。

 答えは、多国間協力と進歩的、挑戦的関与を組み合わせ、北朝鮮と周辺に大規模な社会資本整備プロジェクトを推進することである。教育、貿易、投資といっ たソフトインフラも大事である。金体制もこのような、国と国との交流のみならず、イラクの復興と同時に、北東アジアにおいては、積極的な平和構想と北朝鮮 の国民が分かち合える社会資本整備を推進すべきである。挑戦的関与とは、金体制を妥協させる政策と考えると面白いのではなかろうか。

 中野さんにメールは mailto:TNAKANO@BROOKINGS.EDU
2003年04月13日(日)ブルッキングス研究所客員研究員 中野 有


 紛争後の復興支援と紛争を未然に防ぐためのコストには、大きな違いがある。物理的な側面のみならず、社会的側面を考慮すると格差はさらに広がる。悪の枢 軸の一環であるイラクは、不幸にも破壊からのスタートとなった。イラクの次は北朝鮮、という空気が次第に増してきたように思われてならない。ワシントンの シンクタンクでは、北朝鮮問題のセミナーが続いている。北朝鮮に関しては、紛争を未然に防ぐ予防外交がいかに重要であるか考慮してみる必要がある。それを コストの面から考えてみたい。

 イラクの復興支援に年間2兆円が必要で、その大部分はインフラ整備や人道的援助でなく7万5000人の米軍の駐留のコストに消えてしまうという見方が本 日のニューヨークタイムズに載っていた。その復興支援は、恐らく数年単位でなく何十年となろう。イラクの豊富で収益率が高い油田が、戦利品として使われよ うが、いくらなんでも国際社会は、それが米軍のために使われることは認めないであろう。戦争に勝利してもアメリカンスタンダードが、簡単に蔓延しないどこ ろか、復興のコストは予測を上回ると考えられる。その教訓が生かされ北朝鮮問題は、外交努力に重点がおかれることを望みたい。

 コストの面から考えると、石油という戦利品を持ち合わせていない北朝鮮は米軍の攻撃対象にならないとの見方もできる。一方、北朝鮮はイラクのように石油 マネーがない故に、大量破壊兵器の輸出や麻薬取引等を通じ、米国や国際社会に脅威を与えており、予防防衛の視点から先制攻撃の対象になるとも考察される。 それを証明するように、ボルトン米国務次官は、北朝鮮のような「ならず者国家」は、イラクの教訓を学ぶべきであると述べている。

 イラクの教訓とは、紛争を如何に回避することであるかを米国は学ぶべきであると反論したい。特に、コストと社会的側面を強調したい。数年かけ、北東アジ アの開発に関わる専門家が、北朝鮮やその周辺を含む基本的なインフラ整備にかかるコストを実務経験のみならず計量経済も駆使して算出した。

 そのコストは、年間1兆円で10-20年である。イラクの復興支援の半分である。この予防外交に則った経済協力で北朝鮮問題が解決できるのかという基本的な疑問が湧いてこよう。

 最大の疑問は、北朝鮮が経済協力を望んでいるかである。「戦争か平和」かというシナリオが、北朝鮮に示された場合、平和を選択すると信じるかどうかであ る。米国のムチという先制攻撃の脅しが、北朝鮮に平和への道を選択させることもあろう。北朝鮮の立場に立てば、核開発の目的は、抑止力を機能させるためで ある。決して核による先制攻撃でない。「窮鼠猫を噛む」まで北朝鮮が追い詰められれば別であるが。フセインも最後まで大量破壊兵器を使用できなかった、或 いはもともと存在してなかったとすると、北朝鮮も恐らく例外ではないであろう。

 北朝鮮が望むところは、米朝間の不可侵条約であり、金体制の存続である。米朝の対立が不安定要因を醸成しているとすると、その対立を取り除くことである。北朝鮮が大量破壊兵器や麻薬に関与しなくとも北東アジアの重要なプレーヤーとしてやっていける環境を創出すればよい。

 換言すれば、国際社会は北朝鮮が何と言おうと韓国の太陽政策の大型版を北東アジア連合で形成すればよい。北朝鮮にエネルギー、食糧支援のみならずインフ ラ整備まで行うとき北朝鮮はますます軍事費を増強させるとの疑問が起ころう。多国間協力でインフラ整備の支援を行うための前提条件に、北東アジア諸国、国 連、また欧米の監視を入れればよい。

 もし仮に北朝鮮が第2のイラクになった場合、このように国連や多国間協力を通じた復興支援が始まろう。このコストは天文学的数字となろう。まさに、北朝 鮮問題がクローズアップされる今、紛争を未然に防ぐ視点でのインフラ整備や経済協力、人材育成等の支援策実現に急を要する。

 20世紀の日本は、富国強兵、戦争、敗戦、被爆国、世界一の政府開発援助とあらゆることを経験してきた。これらを総合的に生かした最もコストのかからな い安全保障のメカニズム、すなわち経済協力に主眼をおいた協調的安全保障を北東アジア諸国のみならず欧米も参加し構築することで北朝鮮問題を紛争なしで解 決できよう。

 米国の妥協なき姿勢を北朝鮮がイラク戦を通じ学び、中国やロシアが外交努力を活発化させるこの時期に、日本は韓国と協力し、イラクへの復興支援にばかり 集中せず予防外交の視点より北朝鮮問題に本腰を入れるべきであろう。日本にのしかかる米国の破壊を通じた復興支援のことを考えれば、日本の周辺においては 米国をリードする日本の北東アジア構想を提案せずにいられない。

 中野さんにメールは mailto:TNAKANO@BROOKINGS.EDU
2003年04月11日(金)萬晩報主宰 伴 武澄

 アメリカの対イラク戦争による、あっけないバグダッド陥落に無力感が漂う。圧倒的軍事力の差があり、しかも制空権を100%牛耳られる中でイラクが攻め 入る米英軍を撃破する可能性など最初からなかったのだが、最後には市街戦に持ち込んでイラク側が米英に一矢を報いつのではないかという期待がなかったいえ ばうそになる。

 アラブ社会で最大の軍事力を保持し、曲がりなりにも「アラブの大義」を主張していたイラクである。フセインに対する好き嫌いは別として、イラクにもう少 しは民族の矜持があるものだと考えていた。戦わずして逃げ惑うフセイン体制の最後は残念ながら醜悪である。

 フセイン体制は国際社会に認められた主権国家だった。仕掛けられた戦争とはいえ、戦う決意を示したのだから、堂々と戦い堂々と敗れたらいい。そして敗北宣言をした後でこの戦争でどちら側に非があったのか国際社会に訴えたらいいのだ。

 フセイン側にもはや勝ち目はない。米英軍にこれ以上イラクを破壊させないためにフセイン体制は敗北を宣言すべきだ。国家のリーダーにはその資格があり、その義務がある。

 バグダッドの陥落によって、アラブをめぐる地政学はほぼ80年前のオスマントルコ崩壊に戻ると考えていいのではないだろうか。アメリカにとってもはや大量破壊兵器の破壊やフセイン体制は過去の問題でしかない。

 ネオコンの狙い通り、イラクに傀儡政権を打ち立て、アラブ社会にアメリカの覇権を確立することが可能となった。同時に石油輸出国機構(OPEC)による カルテルである生産調整体制も風前のともし火となった。20世紀に沸き起こったアジア・アフリカの民族自決の理念は遠くなりつつある。

2003年04月06日(日)コロンビア大学東アジア研究所 大西 広

 米英軍の死者・行方不明者数が百人を超し、それがベトナム戦争時のような反戦の空気に繋がるのかどうか、ここアメリカに居て気になるところであるが、現 在のところはテレビ等マスコミの翼賛報道が激しく、一旦盛り上がった反戦運動にも打撃を与えている。

 「アメリカの良心」を自認するCNNはさすがに多少の配慮を感じさせるが、さして多くの記者を持っているはずのない地元のコミュニティー紙まで連日何 ページもの戦況報道をしている。ペンタゴン情報の横流しは彼らにとって最も安易で問題を起こさせない報道姿勢であり、その結果どの新聞もがタイトル以外何 も違わない内容しか書かなくなっている。日本の戦時中の新聞もこうだったのだろうか。死亡した地元の兵士を英雄視した報道も目立ちはじめた。

 そうした空気の中で更に気になる現象も起きてきている。民主党ケリー議員の「レジーム・チェインジ」発言への議会内での集中砲火は日本でも報道されてい るが、私の所属するコロンビア大学でもある教員が「アメリカは負けるべき」と発言したということで集中砲火を浴び、戦争支持派の学生団体に教員攻撃の署名 運動をされるという事態が発生している。星条旗を掲げたこの署名コーナーにはあるアジア系学生が軍服を着てその「愛国心」を表現していた。

 また、私の住むクイーズ区でも小規模ながら戦争支持派のデモンストレーションが開催され、新聞・テレビはそれを大々的に報道している。9・11の直後に 家々に掲げられた星条旗が再び各家庭で掲げられるようになった。この間ずっと反戦バッジをつけて歩いていた私も周囲の目が大変気になるようになって来てい る。

 しかし、ここで考え込んでしまうのは、こうした報道とインターネットを通じて読む日本の報道との大きな落差である。これはもちろん、日本の報道姿勢を問 題にしたいのではなく、戦争当事者たるアメリカの報道の偏りを憂慮しての話である。クラスター爆弾などの「大量破壊兵器」(と私は思う)の米軍による使用 はインターネットで日本の新聞を見ないと私も知ることができない。アメリカ軍に殺されたイラクの市民の映像も然りである。

 とりわけ、この問題を深刻に思うのは、こうした認識ギャップが単に日米間のギャップに止まらないことである。日本の新聞報道を見る限り、スペインでもイ タリアでもドイツでも、そしてタイでもフィリピンでもお隣りの韓国でも大規模な反戦デモやストライキが繰り返されている。ということは、それらの諸国での 戦争報道は日本と同じくより中立的なものとなっているのだろう。あるいは、アラブやイスラム諸国ではもっと違った報道となっているものと思われる。つま り、ここに来て戦争に突入して以来、アメリカと他国との情報ギャップが一気に拡大しているのである。

 良きにせよ悪しきにせよ世界に絶大な影響力を持つアメリカの認識がますます他の諸国のそれと乖離をして来ている。そうしたアメリカが「イラク戦後」も世 界を指導し続けようとするのであれば、世界はますます不安定化せざるを得ないだろう。本当に恐いのはそんな「イラク戦後」かも知れない。

 大西さんへメールは mailto:ohnishi@f6.dion.ne.jp
2003年04月03日(木)早大政経学部 藤田 圭子

 愛媛県の宇和島市に遊子(ゆす)があります。

 ここは、今でも残る段々畑と海のコントラストが美しく、漁業の盛んなところです。そして私が大学に進学するまで18年間育った場所でもあります。漁業に 頼るここでの生活に最近では陰りが見え初めています。しかし、段々畑の保存活動が盛んに行われるようになった今、保存活動が生活の元気の元になりはしない かと期待しています。段々畑での生産が決して利益を生むものではないことを承知した上ですが・・・

 今から書こうとしている漁業を中心とした遊子の生活は、教養ゼミの論文として書いたものをまとめたものです。

 現在、地方の生活は厳しいものとなってきており遊子の生活も例に漏れません。そんな中で漁協の再建活動を中心とした村作りを調べることで、今に通じるアドバイスがないか?これが、論文を書こうと思ったキッカケです。

 私には「地方、いえ地域で生活することには都会では味わえない素晴らしさがある」という思いがあります。しかし、地域の過疎化は速度を速め、地域文化の 崩壊は急速に進んでいるという現状が確実に存在します。そんな中で警鐘を鳴らす者は数少ないのです。利便性を追い求めるが故、人は地域を捨てコミュニ ティーを捨てていきます。

 自分が生まれ育った地域に愛着と誇りを持っている人はいったいどれくらいいるのでしょう。「地域の良さを伝えたい」「でもどう伝えよう」自問自答の日々です。

 遊子の漁業には他の地域ではあまり見られない制度・体制が存在します。昭和30年代初期まで栄えたイワシ網漁業にも、イワシ網が倒産し養殖で起死回生を図ったその時にも!

 まずは、イワシ網時の体制から説明したいと思います。

 一つは網が部落共同経営であったということです。時代によって増減はあるものの、遊子には12個の網が存在していました。部落全戸が一家であり、イワシ 網は各家をつなぐ絆であり、部落の政の場でもありました。(一部落に二つの経営体が存在するところもありました。)そして、平等出資・平等就労・平等配当 の原則がほぼ確立されていたようです。

 もう少し詳しく説明させて頂くと、一つの網組織は、一軒の家から最低一人以上が網を曳くことが義務づけられており、約25人程度の乗組員で構成されてい ました。そして、それぞれが何らかの役割を分担しながら漁をしていました。世代交代による労働力の更新が地域の中で行われていき、長い年月をかけて労働の 質が平等になっていく、「力はあるけれどコツをしらない人」も「コツは知っているが力の衰えた人」もお互いに補いながら仕事をしていく、給料も同じ。網自 体が株主の出資によるものだと考えるとわかりやすいかもしれません。

 能力給が叫ばれる昨今の社会では考えられませんが、網という仕事と地域色が可能にしていたのだと思われます。この共同経営に移行したのは昭和16年です が、遊子の網は戦国期から昭和30年代まで約300年にわたり続いていました。共同経営という体制は、長年の経験とコミュニティーがこの組織を作ったのだ と思います。

 このような独特の組織作りに加え、魚群探知機や無線電話など当時としては高度な漁船設備を持った遊子のイワシ網は「遊子漁団の行くところ不漁なし」とま で言われていました。しかし、過度な設備投資や魚価の低迷によって昭和30年代初期に網と漁協は共に倒産してしまいました。

 倒産によって離村した人は数知れずいましたが、海で生きる人々は互いに励ましあい海への復帰を呼びかけていきました。遊子は真珠母貝養殖を手始めとして、組合員(住民)が一体となって、再建の道を歩んでいったのです。

 再建にあたり次のような政策を漁協を中心とした組合員たちの手で作り上げていきました。
  1. 同規格同条件であることを定めた漁場行使。
  2. 無計画で場当たり的な設備投資の防止を目的とした営漁の計画化。
  3. 各家庭の口座を漁協の口座にのみ絞り、機械的な天引き貯金や支払いの監視を目的とした組合員勘定制度。
  4. 組合員が自分たちの意見を漁協の運営に反映出来るようにした自主組織の確立。
  5. 養殖を行う際に海のことを理解し、仲間で話し合い実践活動を行ってきた漁業後継者の活動。
  6. 合成洗剤追放運動や海の清掃運動に奔走した漁協婦人部の活動。
  7. 望ましい姑像・花嫁像を討議し、郷土料理の伝承活動を行ったひまわり会(婦人部OB)の活動。
  8. 遊子の伝統文化の伝承活動を行う傍ら、櫓こぎの凄腕を持つ友の会(組合員OB)の活動。
 これらは組合員の中で討議され、議決された「遊子漁業共同組合運営要綱」の中で義務づけられている政策と活動組織です。遊子の人たち自らの手によって作られたので「村の憲法」と表現されることもあります。

 1の体制を組合員に納得させるために用いられたのがイワシ網時の体制でした。養殖は網とは違い共同経営をする必要はありません。ですから、平等出資・平等就労・平等配当は組合員の怠惰心を招きかねません。

 しかし、「遊子の皆が同じように食べていけるようにはしたい」、その気持ちからか、「スタート時は平等にしようではないか」との声が登場しました。「先 人達は協力して生活してきたのだから・・・ただし、スタート時は平等だけれども、育て方によって差が出てくる。

 そこまでの責任は取らないよ!」と自分たちの努力の場を残して網時代の体制をうまく利用したのでした。そして、また漁業では困難な営漁の計画化を実行したり、昔から続く村張り組織を応用して、皆が参加できる組織作りなどを行っています。

 これらの漁業を中心とした組織作りは遊子の生活復興を実現していきました。漁業とともに遊子の生活を支えていたものに、段々畑での生産があります。漁業 と異なり、生産性の薄い段々畑は養殖の発展と共に徐々に姿を消していってしまいました。現在では遊子の水荷浦地区に集中的に残っており、先祖の苦労と努力 を今に伝えています。

 この集中的に残っている部分を中心に、遊子の人たちを中心とした保存活動が盛んになってきています。昨年から開催している「だんだん祭り」は今年も4月6日に開催予定です。

 「だんだん」は方言で「ありがとう」という意味もあり、段畑への感謝の意味も含んでいると理解しています。段畑での生産によって、利潤を生み出すことは 大変困難なことですが、先人たちの努力を無駄にしないように整備していくことが必要ではないかと思います。

 このように遊子の生活を紹介してきましたが、いかがだったでしょうか。組織体制を考えると社会主義だと思われるかもしれませんが、遊子の住民・組合員た ちの間で討議され、実行されてきたことです。一度決めたことでも、自主組織の存在によって変更することは可能なのです。経済利益だけを追い求めるのではな く、家族を養えることを最低条件として遊子の住民、皆が平等に暮らせるような制度・体制作りを行ってきたのです。

 論文を作成しようとした当初のキッカケ「今に通じるアドバイス探し」は実現しませんでしたが、地元が歩んだ村作りを知ることが出来、故郷を想い・誇れる 気持ちが増しました。遊子だけでなく、全国の各地域に同じようなコミュニティーがあり村作り町作りが為されたのではないかと思います。

 地域コミュニティーが失われつつある昨今、見直してみましょう。皆さんの身近なコミュニティーを!

 藤田さんにメールは mailto:yusukko@cf7.so-net.ne.jp

 論文は『遊子っ子広場』に掲載しています。
 http://www005.upp.so-net.ne.jp/yusukko/gyogyou.htm
2003年04月01日(火)東大教授 中澤英雄(ドイツ文学)

 石破防衛庁長官は、3月27日の衆院安全保障委員会で、敵国の攻撃の気配が見えたとき、敵基地を攻撃する能力の保有を日本も検討すべきだ、と論じた。安部官房長官も、30日のフジテレビの報道番組の中で、検討自体は排除すべきではない、と述べた。

 北朝鮮からのミサイルは10分以内に日本に到達する。発射を確認してからでは、敵ミサイルを迎撃できない。敵基地攻撃能力というのは、北朝鮮が日本にミサイルを発射しようという準備を始めたとき、日本が北朝鮮に先制攻撃をかけて、それを破壊する攻撃力である。

 これは専守防衛というこれまでの国防方針の根本的転換となる。小泉首相は、専守防衛に徹するとして、敵基地攻撃能力の保有に否定的見解を示した。しかし、最後は「雰囲気で決める」という小泉首相であるから、いつこの姿勢が転換するかわからない。

 しかし、敵基地攻撃能力の保有が、真に日本の安全を守ることになるのだろうか。それは錯覚だと思う。

 かりに北朝鮮がミサイルに燃料を注入し、日本に向けて発射する準備を始めたとしよう。日本が偵察衛星でそれを察知し、先制攻撃でそのミサイルをすべて破壊できたとする。それによって、日本の安全は確保されるか。ノーである。

 日本には北朝鮮の工作員がすでに多数潜伏している。工作員は、当然、報復テロを行なうだろう。地下鉄サリン事件、韓国地下鉄火災事故を見るまでもなく、 東京、大阪などの大都会で、大量の民間人を殺戮するテロを引き起こすことはいとも容易である。地下鉄、新幹線、飛行機、原発、行楽地など、攻撃目標はいた るところにある。日本は、敵ミサイルを破壊する代わりに、相当のテロ被害を覚悟しなければならない。ミサイルの被害とテロの被害はどちらが甚大かわからな い。

 たとえテロの被害を小さく抑えられたとしても、日本は大きなデメリットを覚悟しなければならない。

 日本による北朝鮮への先制攻撃は、日中関係、日韓関係に深刻な悪影響を及ぼすだろう。中国は日本からの先制攻撃がありうるという前提のもとで、対日軍事戦略を再構築するだろう。そして、日本への先制攻撃態勢を準備するであろう。

 韓国は日本が北朝鮮をたたいてくれたことに感謝するだろうか。同胞を先制攻撃したということで、ただでさえ悪い韓国人の対日感情がいっそう悪化する危険性がある。さらに、日本の先制攻撃に対処するために、韓国も敵基地攻撃能力の確保に向かうだろう。

 日本が先制攻撃能力を持つということは、日本も先制攻撃をしかけられても仕方がない、ということを意味する。極東で、先制攻撃への疑心暗鬼が深まり、軍拡の悪循環が始まる危険性がある。先制攻撃が当たり前になった世界ほど恐ろしいものはない。

 武とは、矛を止めるという字である。武力は用いないでこそ成功である。自国であれ他国であれ、武力行使の可能性を高めるような政策は愚策としか言いよう がない。どんなに面倒に思えても、紛争は外交的手段で解決するしかない。外交とは武力行使を避けるための努力である。たとえ万々が一、最後に戦争が不可避 になったとしても、先制攻撃をしかけることは、自国の道義的基盤を切り崩す。

 戦後の国際社会は、先制攻撃を国際法違反とすることによって、かろうじて大戦争を回避してきた。

 この意味で、アメリカが今回、イラクからの直接的脅威もないのに、国連決議なしにイラクに先制攻撃をしかけたことは、致命的な過ちであったと言わざるをえない。そして、そのアメリカを無批判に支持した日本政府の対応も重大な過ちであり、国益に反すると言わざるをえない。

 筆者は国益という観念があまり好きではないが、小泉首相をはじめ政治家たちが国益という観念を基盤にしてアメリカを支持しているので、あえて国益という語を使って述べている。

 アメリカのイラク先制攻撃に対しては、日本は本来ならば、国連憲章と国際法を盾に、徹底的に反対すべきであったと思う。アメリカの同盟国日本が、アメリ カに理をもって異議を唱えたならば、日本の勇気ある平和主義が近隣諸国に明確に認知されたことであろう。北朝鮮は、アメリカの先制攻撃にすら反対した日本 を見て、日本からの先制攻撃を恐れる必要がなくなる。これは、北朝鮮の日本に対する恐怖心をやわらげ、北朝鮮の先制攻撃の可能性を著しく低下させるので、 日本の国益にかなう。

 その上で、拉致日本人の返還と核開発の断念を、食料援助や経済援助と絡めて、ねばり強い交渉によって獲得すべきであった。

 もし、それでも北朝鮮が日本に武力攻撃をしかけたときには、日本からの補償と経済支援は永遠になくなる。徹底的に先制攻撃を否定した日本に攻撃をしかけ ることは、イラクのクウェート侵略以上の暴挙であり、アメリカと国際社会の武力制裁を覚悟しなければならない。日本を攻撃することは、北朝鮮の滅亡であ る。北朝鮮にとって、日本への武力行使は最後の自滅オプションになる。

 しかしながら、アメリカが武力で北朝鮮を威嚇しつづければ、北朝鮮が自暴自棄になって自滅オプションを取る可能性がある。もともとアメリカを倒すことは無理なのだから、北朝鮮が破滅への道連れに選ぶのは、同胞の韓国ではなく、憎むべき日本であろう。

 アメリカのイラク攻撃に明確に反対することによって、北朝鮮問題における日本の国益を確保するというチャンスを、日本政府は失ってしまった。

 アメリカにたてつけば、アメリカが日本を日米安保条約を解消し、日本を見捨てるのではないかと心配する人がいる。北朝鮮問題があるから日本はアメリカを 支持せざるをえないのだ、というわけである。日本はアメリカに守ってもらうしかない、という情けない議論が現実主義路線としてまかり通っている。

 たしかに、国際問題において日米の考えがあまりにも乖離したときには、日米安保条約の解消もありうるかもしれない。しかし、それによっても、アメリカにとっての日本の戦略的重要性はいささかもかわらない。

 アメリカは、クウェートと安保条約を結んでいなかったが、武力を使ってイラクをクウェートから追い出した。クウェートが石油を産出する価値ある国だからである。

 日本はアメリカにとってクウェート以上に重要なパートナーである。日本を失うことは、アメリカにとって大きな政治的、経済的損失である。国際問題に関し て日本がアメリカに対して異なった意見を述べたという理由で日本を捨てるならば、アメリカも損失を被る。イラク戦後の復興事業で日本の経済支援を当てにで きなくなる。北朝鮮の侵略という明白な違法行為の際に日本を見殺しにしたら、アメリカの国際的信任は地に落ちるだろう。アメリカが何もしないのを見れば、 中国は台湾の武力制圧に向かうだろう。アジアは中国のものになる。アメリカが日本を見捨てることは、アメリカがアジアを失うことだ。

 しかし、イラク攻撃によってアメリカの国際的信任はすでにかなり地に落ちてしまった。日本は、アメリカに過ちをおかさせないために、友人としてあえてにがい助言するという絶好の機会を失い、同時に国益も損じた。

 この過ちを修復するためには、今後、アメリカも日本も相当な努力が必要とされるだろう。日本政府には、少なくとも、敵基地攻撃能力を持つという再度の過ちだけはおかしてもらいたくない。

 中澤さんにメールは mailto:naka@boz.c.u-tokyo.ac.jp

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