2003年2月アーカイブ

2003年02月28日(金)ドイツ在住ジャーナリスト 美濃口 坦

 先週の土曜日と日曜日世界中の大都市で米国のイラク攻撃反対デモがあった。五十万とか百万という単位の動員数である。過去十年あまり戦争が起こる度に反対デモがあったが、人数からいうと寂しい限りで、甲子園で草野球をやっている感じだった。今回のイラク攻撃反対デモは「人類史上最大の反戦デモ」という声があがっている。でも、なぜこれほど多くのヨーロッパ人が戦争に反対するのでろうか。

 ■戦争反対のさまざまな理由

 戦争に反対する理由はいろいろある。
 イラクでたくさんの人が死ぬ。フセインがもっているかもしれない大量殺戮兵器に私は危険を感じない。私は米国が何かも決める国際社会の在り方に反対である。米国は国際法に違反しているのだ、、、

 私も戦争に反対だが、生まれつき天邪鬼なせいか少しへんな気がする。というのは、九〇年代にEU加盟国は幾つかの戦争をした。その度に、今回挙げられている理由から戦争に反対してもよかった。ところが、そうでなかった。

 確かに米国の一極主義に文句をいう欧州の政治家がいるかもしれない。彼にとっても、また大多数のヨーロッパ人にとっても、米国が世界中に無数の軍事基地をもっていることなど、「辺鄙な場所にごくろうさん」としかいいようのない話である。だから今でも彼らには、米国の軍事的世界支配など、日々の新聞を読んでいるだけの人にはピンと来ないと私は想像する。

 また米国が超大国であることは今にはじまったことでない。 人間は同じ価値観や目的をもっていると思うことができたら、あまり支配されているという意識をもたないところがある。だからこそヨーロッパの政治家は米国のことがたいしてめざわりにならなかった。どちらかというと自分たちは米国といっしょに世界を動かしていると思うことができた。また民主主義を奉じる米国が、国際社会でこの原理を無視してきたことも今回がはじめてでない。 

 周知のように、米国には金をもらえばどんな理屈もこねる優秀な頭脳が集まっている。それも世界中からだ。また多かれ少なかれ米国と関係をもった親米主義者がヨーロッパをはじめ世界各国のメディアで重要なポストを占めている。彼らはいつも同じようにコメントやコラムを書いて、米国の意図を良いように、良いように解釈しようとした。

 ところが、今回は米国のこのようなメディア・一極支配が、皮肉なことに、あまり機能しない。でも、なぜこうなってしまったのであろうか。

 ■ブッシュこそ危険

 今回の対イラク戦争に対するヨーロッパ人の反対は、恐怖心や不安といった情緒的なものとむすびついていると思われる。ユーゴ空爆のとき、西欧社会の住民は、怒ったミロシェビッチ大統領が自国を爆撃するなどと夢にも思わなかった。
 ところが、今回は事情が異なる。シュレーダー独首相は「冒険」と表現したが、多くの人々にとって、戦争が、我が身にいつか迫り来る危険の予感とむすびついている。

 ということは、ヨーロッパ人は今までの戦争に身の危険を感じなかったから、反対しなかったことになる。(残念なことだが、本当にそうだ。)それでは、なぜ対イラク戦争が多数の人を不安に陥れるのであろうか。

 その最大の理由は、多数のヨーロッパ人がブッシュ現米大統領を薄気味悪く思っているからである。戦争に反対する欧州の政治家も、まさか「あの国の大統領はヘンだ」といえない。だから国際法を持ち出したり、米国の一極支配には問題があるとか、もっともな理由を挙げているのではないのだろうか。

 ブッシュ米大統領のこのイメージは、「9月11日」事件の直後からその萌芽が
あった。当時ブッシュも、またテロの黒幕と目されたビンラディンも揃って狂信者とする見解が表明された。この米大統領のイメージが多数の人々の頭に根をおろし、現在の戦争反対の大きな流れになったのではないのか。

 その証拠に、現在ドイツの世論調査で「フセインとブッシュのどちらが世界平和を脅かしているか」の質問に、38%がブッシュと答えて、フセインの34%より多い。他の欧州諸国の調査も見たが、似たりよったりで、多くの人がブッシュこそ危険と感じている。だからこそ、「フセインは人権を侵害する圧制者で、彼の打倒後米国がイラクを民主主義社会にする」と親米派が解説しても、多くの人が今回はソッポを向く。

 ■神がかっている

 なぜ多くのヨーロッパ人がブッシュ大統領に対する拒絶反応をしめすのか。
 それは、彼の演説の発言や表現があまりに宗教的過ぎて、どこか神がかっているように感じられ、米国のテレビで活躍するキリスト教の伝道師のイメージとダブルからである。

 米国の歴代の大統領は、多かれ少なかれ自国を「神に祝福された国」とかいった。人々はこの国の大統領のひとりよがりにへきへきしても、どこか慣れていて不思議に思わなかった。ちょうどマグドナルドの看板を見て気にならないのと同じところがあった。

 ところが、ホワイトハウスでお祈りをしてから閣議をはじめるブッシュ現大統領は事情が異なる。彼が「悪の枢軸」といったり、対テロ戦争を「不滅の自由」と呼んだりすると、多くの人はハリウッド映画でお馴染みの「悪(アンチクリスト)に対する最終決戦」を連想し、彼がいつまでも戦争を繰り返すような気がするといわれる。

 例えば、彼が演説の中で、
 「、、、このアメリカの理想は全人類の希望である、、、この希望の光が、我らが歩む道を照らす。そして光が闇をつらぬき、闇に屈服することはない」といっても、アルマゲドン的俗流終末思想のため、闇の中を飛ぶ米国のハイテク爆撃機が焼夷弾を落としている光景が思い浮かび空恐ろしくなるそうだ。 

 ブッシュ大統領が、このように狂信的で胡散臭く感じられるために、米国と行動を共にするのが恐ろしいのである。以前、詐欺まがいのことをおこす米国の新興宗教団体が欧州諸国で取締まられたことがあった。それに対して、米国政府は信仰の自由の侵害として抗議して小さな外交問題に発展したことがある。この紛争と、欧州の人々のブッシュ拒否には共通するところがある。

 今回欧州で、新旧の両キリスト教会が戦争反対に特別に熱心であるのも、このためではないのだろうか。教会関係者の発言を聞いていると、「新大陸へ渡った人々がキリストの名をかたる邪教にたぶらかされて戦争をしようとしている」と怒っているように、私の耳には聞こえる。

 欧州の外でも、反戦運動はオーストラリアなどキリスト教文化圏のほうが激しい。これも、社会が教会離れしたといっても、元(現)キリスト教徒が米大統領の胡散臭さを感じる度合いが強いからではないのだろうか。

 ■キリスト教原理主義

 ブッシュ政権がキリスト教・右派とか、原理主義者とか呼ばれる人々に牛耳られつつある状況について、園田義明さんが「キリスト教原理主義の危険な旅立ち」(萬晩報2002年11月19日)で書いておられる。私は当時読んで共感した。欧州は、ここまでに書いたように、ブッシュ大統領本人もキリスト教原理主義と重ねて見る。いずれにしろ、事態が本当に「危険な旅立ち」であることに変わりがない。

 宗教や政治運動の内部改革にあたり、原典に戻って厳格に解釈しようとする原理主義はよくある現象である。また現在、リベラルな社会を道徳的退廃とみなし、外に敵をつくり、宗教で「世直し」をしたい人は、どこの国にもいるので、現象は米国に限らない。

 例えば、昨年の夏イタリアで「チャールズ・マルテル委員会」が設立された。
チャールズ・マルテルとは、中世初期イベリア半島からフランスに侵入したサラセン軍を撃退し、キリスト教世界を防衛した人である。教会と極右関係者からなるこの委員会の目的は、名称からわかるように、回教徒から「キリスト教的ヨーロッパ」を防衛することにある。 

 カトリック教会は平和を説くが、これは世界全体に信徒をもつグローバルな組織としての立場である。このような反イスラム運動が示すように、その内部は一枚岩でなく、国によって事情がさまざまである。 

 ベルルスコーニ伊首相が9.11直後「イスラムより西欧文明が優越している」と発言したのも、米国の対イラク攻撃に賛成するのも、極右政党と連立し、保守的なカトリック信者に支持されているからである。またイタリアと同じように、スペインとポルトガルが米国のイラク攻撃を支持する。これも、政治家本人の世界観もあるが、政権の支持基盤をこのような保守的なカトリック右派に置いているからである。

 人工中絶などを道徳的退廃として攻撃し、白人中心の米国社会をつくろとする米国のキリスト教原理主義者・教会右派も、園田さんが書かれたように、中東問題でイスラエル支持である。彼らの中核組織というべきクリスチャン・コアリッションとイスラエルのリクード党のネタニエフ外相との密接な関係は以前から知られている。こうして「大イスラエル主義」を目標とするユダヤ人とキリスト教原理主義者の共闘は、すでに実現していといわれている。もちろこのような動きは、従来民主党支持であったユダヤ系米国人を共和党に取り込もうとする試みでもある。

 現在パレスチナ問題で、米国がイスラエルのシャロン首相のやり放題にまかせているのも、大統領を筆頭に現在の米政権がこのような世界観をもっているからである。

 マルテル委員会やその他のイタリアのカトリック右派・保守派では、米国ほど「大イスラエル主義」支持が前面に出ない。これは、欧州ではこの種の運動が伝統的に秘密結社的組織になるためである。でも彼らはイスラムに敵をしぼっている。 この委員会と人脈的に近い極右政党・「国民同盟(ANA)」の党首がアウシュビッツを訪問したりしてユダヤ人に愛想がよく、親イスラエルである。これに対して、普通ユダヤ人嫌いの欧州の極右勢力はあきれて、またメディアもどう評価していいか途方に暮れている。でも私には、欧州のカトリック右派とユダヤ教徒・右派の戦術的共闘の兆候のように思われる。

 ■「大イスラエル主義」支持の理由

 二一世紀に入って成立したキリスト教徒とユダヤ教徒の反イスラム共闘の目標は、中東問題で「大イスラエル主義」実現することである。だから米国の対イラク戦争で、イラクがイスラエルを攻撃することがあれば、これをきっかけにヨルダン川西岸居住のパレスチナ人を追い出してヨルダンに強制移住させることがイスラエルによって計画されているとされる。

 次に、このキリスト教とユダヤ教の共闘関係は歴史的に見るとかなり奇妙である。 キリスト教徒からみて、歴史上イスラム教徒との関係はやったりやられたりするだけであった。ところがユダヤ人との関係は心理的に複雑で、本当はもっと厄介な問題である。というのは、キリスト教の開祖が、ユダヤ教徒に「救世主」として認められず、詐欺師として処刑されたからである。ということは、ユダヤ教徒は、キリスト教にとって自分たちの宗教の正当性を否定する不吉な存在ということになる。

 このためにユダヤ人は西欧社会でいつも迫害された。聖地回復のための十字軍遠征でも、彼らは出発前の景気づけに血祭りにあげられ、「聖地」でも回教徒と束にされて虐殺された。ユダヤ人とのこの厄介な関係は、西欧社会が宗教離れした後も人々の感じ方や考え方に影響を及ぼし、ホロコーストにつながったといわれる。

 劣等感と混じり合った「分家」意識を抱くキリスト教徒にとって、ユダヤ教徒をキリスト教に改宗させることは特別にやりがいのある仕事であった。現在防衛的になった欧州のキリスト教団体は宗教間の和解を強調する。でも少数ながら吸収・合併によって「本家」との統合を夢見るカトリック教徒もいる。

 米国の原理主義的キリスト教団体は、「メイフラワー号」以来の建国神話・ナショナリズムとむすびつき、市場競争原理にさらされて、競争力も強く拡大主義的である。そのために、ユダヤ教を吸収・合併して統一したい願望が欧州より強い。彼らがイスラエル支持するのは、パレスチナを「神がユダヤ人にあたえた土地」と見なし、「大イスラエル主義」を実現して回教徒を蚊帳の外に置くためである。その後 「本家」のユダヤ教徒を改宗させ、吸収統合して「聖地回復」の夢を果たす。とすると、イラク攻撃はこの第一歩といえる。

 9.11の後、ブッシュ大統領は「十字軍」というコトバをつかい、失笑をかった。でもつかわれたコトバにはいつもその人の世界観や価値観があらわれる。

 今回の米国のイラク攻撃は、石油のにおいより抹香くさい宗教戦争である。「三十年戦争」でドイツは人口の三分の二、あるいは四分の三を失ったといわれる。ドイツに限らずヨーロッパは宗教戦争にはこりごりしているので、米国のイラク攻撃に何か不吉なものを感じて反対している。そう私には思われる。

 日本国民はこんな馬鹿げた昔話につきあう必要はないので、「国際貢献」とかいう美辞麗句に惑わされずに財布のヒモをしっかり握り、なるべくかかわりをもたないようにするのが望ましい。

 美濃口さんにメールは Tan.Minoguchi@munich.netsurf.de
 
イラクに対する平和の声があってもいい 倉澤

 初めてメールを差し上げます。東京荒川区の倉澤です。「萬晩報」 の読者であり、中野さんのメールも拝見しています。

「イラク攻撃に反対する平和運動は、戦略や分析や理屈を越えた『平和を愛する』感性である。」とおっしゃれますと、返す言葉はございません。

 平和を愛する気持ちは中野さんには負けるかもしれません。しかし、イラク攻撃に反対する「平和運動」はアメリカよ奢るな、アメリカがイラク攻撃をしなければ良いと言うことに力が注がれ、

 イラク攻撃を止めさせるための、イラクに対して「国連決議違反を速やかに是正せよ」
と言う声がほとんど聞こえない気がするのですが?

 数々の国連決議違反を繰り返しているイラクに対して、「平和の為に決断をしていただきたい」という「平和運動・デモ行進」もあって欲しいと思っております。
 
強烈な発言で米外交の一石を! 斎藤祥男

 さて、「自由と平和は取るべきもの」(貴論稿)を拝読しました。世界のうねりが「反戦」へ傾いている中で、アメリカの世論は60%超が「イラク進攻賛 成」のようですが、9・11テロを境にして、アメリカ人の感性も変わってきたのでは・・・・・・・・という気がします。それは、感性というより、「今でも 起きるテロへの危機感」を身近に感じるようになった感覚からでしょう。

 国内世論と国際世論の相克の中で、アメリカの決断が注目されています。
(1)「イラクが大量破壊(殺戮)兵器=細菌兵器をバグダッドの地下トンネルに準備している」という、イラクの原子物理学者Dr.Hussein  Shahristaniがバグダッド在住の同僚科学者から得た情報をCBSインタービューで答えていますが(CBS、Feb.21)、これはアメリカが未 だ切っていないカードとしてインパクトがあるでしょうね!。
(2)同時に、仏、独、ロなどが、国連に提出する代替案に影響を与えるでしょう(当然、従来の主張より軟化せざるを得ないのではないでしょうか?)

 アメリカのイラク進攻作戦は、陸上戦になれば大量のイラク民間人の死傷者をだすことになりましょう。過去の歴史からみて、対日戦争における原子爆弾使用 による大量民間人の殺戮、朝鮮戦争(これはまだしも)、ベトナム戦争など、アメリカの正義は「アメリカ人の正義」であって、「生あるものは生きる権利を神 から付与されている」という自然法則に照らしたとき、「神への罪を犯す」ことにならないだろうか? このたびも又、アメリカは無辜の民への大量殺人を惹き 起こす戦争の仕掛け人に敢えてなろうとしている。

 では、それにかわる代替案はあるかと言えば、武力による圧力を掛けつつ、強硬な態度での交渉(対話)しかない。当事者にとっては極めて苦渋の境地にある ことも判るが・・・・・・。中野さん、強烈な発言をもってアメリカの外交界に一石を投じて下さい!

 
私も同じテーマについてで書いてみました 中澤英雄

 初めまして。中澤というものですが、萬晩報でいつも中野様の論説を楽しみに拝読させていただいております。中野様はしばらく前に、スペースシャトル事故についてお書きになっておられましたが、私も同じテーマについてより詳しく書いてみました。

Webでは「宇宙からのメッセージに耳を傾けよ――スペースシャトル事故と迫り来るイラク攻撃」にアップされております。
 日本語: http://thank-water.net/japanese/index.html 「皆さまからの投稿」
 英語: http://thank-water.net/english/index.html 「Articles from You」

こういう見方をする日本人がいるということをアメリカ人にも知ってもらいたいと思い、たいへん僭越ですが、英文も添付させていただきました。

 
ニュースの氾濫と欺瞞・二枚舌外交にうんざり 村井

 中野さま。前略、イラクを米国が戦を起こすかどうか、日本のマスコミは反戦=平和の図式で声高に叫ばれています。果たして一方的に米国が悪いのでしょう か?もう世界中の平和愛好者は、フセインがクウェートへ突然襲ったのを忘れたのでしょうか? やられたクウェートはお金が有るから泣き寝入りで、納得して いるのでしょうか?この時、クウェートの多くの市民が犠牲になったのではないでしょうか?イラクは反省したのでしょうか?指導者が変わりましたか? その 後国内では、多くの市民が、秘密警察によって虐待を受け、死に至ったケースが沢山有ったのではないですか。

 貿易の関係者は特にやられたようです。国連の制裁を受けて、イラクの対外資産を凍結した事で貿易の代金をまだ受け取っていない多くの中小商社が居ます。 この国の政府は、輸出保険制度がある事を理由に、肩代わりを拒んでいますが、大手の商社などには、適用した経緯があります。

 今回の反戦運動が、とんでもない指導者のフセインとその取り巻きの延命を図っているなんて、考えただけでもうんざりします。社会主義国で世襲が行われて いても、疑問の声すら上げられない隣国といい、それに比べれば、何百倍もマトモな米国を、よってたかって非難したって、わが身は安全です。この事は米国デ モ隊には、特に知ってもらいたいと思います。

 米国だって自国のルールを勝手に押しつけてグローバルスタンダードも無いですが、それでも、イラクやイランや北朝鮮よりは、何百倍もマシです。今、戦後 を一番恐れているのは、サウド家のアラビアでしょう。何セ、議会も無い100年は政治体制が遅れた国ですから。それにしても神は、なんという贈り物を与え たのでしょう。多分石油が出なければ、もっと政治体制が変わっていたでしょうに。最近の反戦でもニュースの氾濫と、ドイツとフランス・ロシア・中国の欺瞞 と、外務省の邦文/英文の意識的2枚舌にうんざりしている。 

分かりやすいタクシー運転手の話 大西広

萬晩報よみました.中野さんの悩みよく伝わってきます.タクシーの運転手の話がより分かりやすいというのが印象的です.私はこの問題を「素人の方がよい」 ということなのか「別の文明観をもっていることの良さ」なのか、少しじっくり考えて見てもよいのではないかと思っています.両方である可能性もあります が、後者の面を個人的にはやはり重視したいですね.つまり、文明論のレベルでの議論が必要かと・・・。
 
イラク政権の圧制に苦しむ人達の問題は? 小西

 ご意見拝見しました。貴方のような立場を取る人達に是非聞いてみたい事があります。2月26日の毎日新聞4ページ、「記者の目」欄をご覧下さい。

 この中では、貴方とは逆の立場を取る人たちのことを書いてあります。平和的解決は誰しも願うところですが、イラク政権の圧制に苦しむ人達の問題をどう解決していくのかのご見解をお聞きしたい。

 記事中にもありますが、「今、自分達(戦争反対を叫ぶ人たち)だけが平和であれば」という身勝手な考えがないかという問いかけには、どう答えますか。ソ 連の圧制下にあった東欧の人達は、このままよりむしろ戦争の犠牲になったほうがましだというほどの苦しみを味わっていたのです。

 戦争の犠牲者も多いかも知れませんが、独裁政権の圧制下で苦しむ人たちのほうが圧倒的に多いのでは?

 身近な問題に置き換えてみれば、いじめをする人を殴って制裁しようとするのを、暴力はいけないと止めているのと同じではないでしょうか。止めるなら、際 限なくいじめられる人たちをどう救うかという解決策がなければならないと思います。自分はいじめられないから、暴力反対を叫んでいればよい子ですみます ね。

 国会の議論でもそうですが、自説を主張する場合、反対者の問題提起には触れないで、自説ばかりを強調する傾向があります。だから、議論が噛み合わず、真の議論にならない場合が多いです。是非、ご意見を拝聴いたしたく。 
 
変数が多すぎる"平和のため"の概念 仙北谷(せんぼくや)満昭

 中野様。"自由と平和は取るべきものなり"を拝読させていただきました。

 戦争は何かを達成するための"手段"であり、"平和"や"自由"は人類にとって達成すべき"理想の状態"であると思われます。アメリカの主張する"フセ イン退治"の方法に関して、ドイツやフランス等は"戦争は最終的手段"であると言っています。つまり西欧諸国は、フセインが"世界の平和"にとって有害分 子であるとの認識では一致しているのだと思います。ようするにフセインや金正日は、安穏と平和を希求する世界にとって、一国内におけるマフィアか暴力団の 親分という位置付けであり、西欧諸国はフセインに"悪党"というレーベルを貼り付けたということになります。

 ところでアメリカの政権に大きな影響力をもっているのが"グローバリスト"と呼ばれる一群の人たちであり、その中にはヨーロッパ財閥と脈絡をもつ "ニューヨーク・マネー"があり、ユダヤ系学者軍団がいると何かで読んだことがあります。ユダヤといいますと、パレスチナを占拠し、アラブ諸国に容赦なく 銃砲を向けるイスラエルです。そうして、目下、イスラエルにとって最大の脅威はイラクとイランであるように思われます。善悪の判断基準が宗教であるとする なら、イスラエルにとっては、この世から抹殺しなければならない悪はイラクとイランだということになるのかもしれません。イスラエルが強大な軍事力をも ち、世界の覇権国アメリカの後押しを受けているかぎり、パレスチナ人には"戦争反対=平和"はありえないかもしれません。

 フランスは世界の反対を押し切ってまで地下核実験を行いました。軍備は外交にとっても不可欠のオプションなのかもしれません。3700億ドル(約45兆 円:2003会計年度) という米国の膨大な軍事費に較べ、イラクのそれは米国の0.4%にしか過ぎません。日本がそうであったように、勝敗は火を見るよりあきらかです。にもかか わらず、"アメリカ憎し"に固執するフセインはアメリカの武力圧力によってしぶしぶ内懐の一部を外部に開きながらも、アメリカに向かって吠え続けることを 止めようとはしていません。そうして、アメリカもフセインもそれぞれの正義を標榜しています。

 一方、多民族国家イラクでは、フセインの迫害を逃れ、或いはフセインによってイラクから追い出された多くの少数民族は、ブッシュによる"フセイン退治"を心待ちにしているとも読んだことがあります。

 私には、おそらくこれから始まるであろうと思われるアメリカの"フセイン退治"という"戦争"が、たんに"平和のため"という概念でくくるにはあまりにも変数が多すぎるように思われて仕方がありません。

これを抑えないと北東アジア構想も水泡に帰す 武次

その通りとうれしく思います。しかし、貴方がアメリカに行ったのはこの事態を想定していかれたのではありませんか。平和を勝ち取るのに何ができるか。これ を抑えないと北朝鮮のこと北東アジアのグランドデザインも水泡に帰す。何とかアメリカのシンクタンクに再考を平成の竜馬に期待します。

孤立化の一途をたどるブッシュ政権 古賀 知美 (Tomconks)

 ブッシュ政権の一国一強主義の短絡的・強行的な政策は、世界の住民である多数の人々の思いから孤立する方向を選択し続け、悲しいかな後戻りできない状態に、自ら知ってか知らずか陥っている感が私には致します。

 世界から孤立の一途をたどり、それでも国家(政権)としての形態を保ち続けるために、自らの体制に固執し、理性を完全に取り払って頑なに自分の主張のみを叫び続ける...
 このような権力又は政治体制の流れは、恐らく、北朝鮮やイラクで他の選択肢の無い中で取られている状態かと思いますが、これこそ、現在のブッシュ共和党政権が取っているあまりにも危険なながれでもあるのではと私は恐れます。

米国内でも最大級の反戦デモが沸き起こり、欧州や英国の民衆のみならず、やっと米国民ですらテロに対する戦争・対イラク侵攻について、疑問視し始めました が、現在では、もしかしたらもう、その声は何処にも届かない所まで来ているような空恐ろしさを感じます。

先日(昨日でしたか...)、ブレア首相が米英主導で作成した国連への次なる提案書を英国会で無理やり決議させ、この文書を持って、足早に護衛のついた車 で、逃げ去るように走り去った場面を見ると、どうしても、圧倒的多数による自由と平和への純粋なる思いは、利権主義、一強主義、帝国主義の圧倒的軍事力に はかなわないのか...?!
と、不安な気持ちにさせられます。

こちら英国のニュース番組に招かれる米側の専門家達は、ブレアは、前の世界大戦時のチャーチルのように偉大で勇気のある決断をしている。等と、美辞麗句を 並べています。 イラク侵攻に始まる、暴発の本当の意義も民衆に説明しない状態で、ブレアは偉大なリーダー、チャーチルの再来だ。と語気荒くまくし立てる これらの米から招かれた専門家達の言葉に一層不安に駆られ、さらに、裏にどんな思惑があるにせよ、この米英の暴発を、諌めようとする仏・独を恩知らず・裏 切り者、とののしる、米メジャーメディアの真意もこの流れに乗って米国民の中で、"フレンチフライ"を"フリーダムフライ"と呼び変えようなどとする人が いると聞くと、冗談と言うより、一層、空恐ろしくなります。

一体この政権で、米国は何処へ行くつもりなのでしょう?

様々に無理矢理な理由付けによって、米英政府単独のイラク攻撃をきっかけにし、圧倒的軍事を持つ一国の決定のみによって、他の国についても、簡単に侵攻できてしまう環境を作るべきでは無いはずだと私は思います。

恐らく、今の状態では、米国内それも、シンクタンクと言う、ある種心臓部にいらっしゃるがために、よく見えなくなる事もあるかとも思いますが、そのような過酷な状況下でも、平和への声を枯らす事無く、頑張って下さい。

草々。萬晩報一読者。

2003年02月26日(水)埼玉女子短期大学兼任講師  大塚寿昭

 イラク問題に関する国連安全保障理事会の公開討論では、大半の国が独仏の査察継続を支持し、米国の武力行使に反対する意向を表明した。米国としてもこれらの国々の意向を無視して、今すぐ武力行使は断行できないだろう。

 今日2月26日時点での各報道でも、少なくとも3月7日までは武力行使はないと見ている。幸いにして時間が延びるに従って、米国内や英国内でも武力行使に対する疑問の声が大きくなってきている。 この間隙は幸運にも神が与えてくれた時間のようにも思える今、世界各国はこの時間を活かして、さらに平和的な解決を目指して最大限の努力をすべきと思う。

 私はこのイラク問題の初期から何か感覚的に違和感を抱いていた。その違和感は具体的には何だろうと考えている過程で答はすぐに得られなかったが、気がついたのは「安寧と安定は違う」ということだった。

 第2次大戦後、世界は米ソ2大軍事国家の「恐怖」のバランスによる「冷戦」という状態のもとに、ある種の安定した状態が続いてきた。その安定した状態のお陰で、日本は米国の軍事力の傘の下で経済の発展に力を注ぐことが出来た。日本の国民はその状態を「安寧」と思いこみ、自国の安全保障に思いを致すことを忘れてしまっていた。

 しかし冷戦が終結し、それまでの「安定」状態が崩壊して様々な紛争が世界各地で勃発した。日本の安全保障に直接に問題を投げかけた湾岸戦争と、911からイラクへと続く一連の対テロ(戦争)対策に、直面した日本政府はうろたえるばかりの醜態を晒してしまっている。「安寧と安定」の思い違いが、ここにきて日本人に大きな問題を投げかけてきている。

 人類社会全体にとって、「恐怖」のバランスによる安定状態というのは、本来あるべき姿ではないということを改めて考えてみるべきではないだろうか。この「恐怖」を取り除く方向へ向かって努力を傾注することが、本来の人間らしい世界を築くことだと思う。イラクに対し米国が武力行使をするということは、その本来あるべき姿に向かうのとは逆コースへ向かう、つまり、さらなる混沌と迷走の世界を招来するのではないか・・・そういう一種の直感が働いていて、多くの国々は米国の行動に異議を唱えているのではないだろうか。私の感覚的な違和感も、恐らくそういうことではなかったかと思えるようになった。

 この感覚をある外国人(イスラム教徒が人口の80%を占めるアジアの1国)ジャーナリストに尋ねてみた。「もし米国が武力行使したらどうなる?」と問うてみたら、「今、現時点でテロリストでもなければ、テロの準備すら考えたこともない人たちが、反米的活動(テロを含む)を始めるようになる可能性がある。」「テロが止むどころか、潜在的テロリストを大量に生む可能性もある」という答が返ってきた。

 パワーバランスを前提とした「安定」、あるいは力によって押さえ込んだ「安定」は、押さえ込まれている側にとっては常に「恐怖」がつきまとう。そしていつかパワーバランスが崩れる時を迎えたら、そこには大きな混乱が起きるであろうことは容易に想像がつく。国対国の戦争は、どちらかが降伏すれば終わる。しかしこれからの新しい戦争はテロリスト対国家という図式であり、何をもって終わりとするか誰も規定できないし、もしかしたら終わりはないのであろう。

 911以来確かに戦争の形態は変わった。そして、その新しい戦争形態をなくすには圧倒的な武力行使では解決しない。世界の多くがこう考え始めたのではないか。そうであればこそ、武力以外の解決方法を見いださないと、人類社会は常に「恐怖」を内在させながらの日常になってしまうのである。

 米国の一般市民はテロ対策でナーバスになっているようだ。生物兵器によるテロがあるかも知れないという警報に怯えた2月13日前後には、自宅のドアや窓に目張りするダクテープ(ガムテープの一種)がアメリカのスーパーマーケットの店頭から消えてしまったそうだ。さらにナイトクラブの火災で犠牲者が大量になったのも、観客がパニック状態になって出口に殺到したからではないかとも言われている。

 米国市民にとっては現在の異常な状態は受け入れがたいものだろう。早く元の安寧な日常生活に戻りたいと米国民の誰しもが願っているはずである。そうした日常への苛立ちが、武力行使による早期解決を望むという決して少なくない世論を構成しているのかも知れない。しかしこの新しい戦争の形態は、押さえつける側の国民の「安寧」をも奪ってしまい、「恐怖」の日常をもたらしているのである。

 報道などによる米国政府高官の発言を見ていると、ラムズフェルド国防長官はことあるごとに「米国の国益が優先する」と発言し、ライス補佐官も同じく「国益」を多用する。歴史的に国家という仕組みが人類社会に登場したときから、国家が国益を追求するのは当たり前のこととして認められてきた。

 また自由社会における自由競争も、それを至上のものとして、妨げるものは排除すべきだという考えが認められてきた。国と国との利益(国益)追求競争も原則自由であるとすると、国家間の利益(国益)追求はどこかで互いに衝突することは避けられなくなる。国益の衝突は最後には武力による「戦争」に至ることは、人類史が例外なく教えてくれているものだ。

 米国のような唯一のスーパーパワーを持った国が武力を前提に「国益」を追求すれば、武力を実際に行使するか否かを問わず、当然ながら他の全ての国は押し切られてしまう。イラクではそのスーパーパワーが先制攻撃をすると宣言して武装解除を迫っているのである。今後米国が暴走したら誰も止められない、そうなってしまうことを国際世論は強く危惧しているのである。米国の国益追求が人類社会全体にとっては不利益を招く、世界の多くの人々はそういう意識に変わりつつあるのだと思う。

「安心して暮らせる社会」が、実は「恐怖」のバランスによる「安定」でしかなかったことに世界の人々は気づき始めている。その意味で、このイラク問題は人類社会に大きなターニングポイントを迫っているものではないだろうか?

 国益追求、自由競争を至上のものとする価値観から、人類社会は本来の「安寧」を求める世界へと舵を切らねばならない。脅威の存在に怖れることなく、現実解を短絡的に求めるのではなく、長い時間がかかっても人間本来のありかたを求める、その方向に転換するべき時が来たと強く思っている。

 大塚さんにメール mailto:otsuka@giganet.net
2003年02月25日(火)ブルッキングス研究所客員研究員 中野 有

 ホワイトハウスのすぐ近くにスターバックス風のカフェーがある。そこでブッシュ大統領のスピーチライターがせっせとペンを走らせている姿を見かけた。一般教書演説も、こんな自由な雰囲気で練られたと想像すると、たとえそれが戦争を正当化する構想であってもアメリカのおおらかさを垣間見ることができる。そうはいっても、冷戦を制覇し世界の警察官として期待されたはずのアメリカはいったいどうなってしまったのであろうか。

「うれしいね」。イラク攻撃に反対する平和運動。電話から聞く伴主筆の声である。とにかく世界に轟く反戦ラリーのうねりは、平和のグローバリゼーションである。イラク攻撃に反対する平和運動は、戦略や分析や理屈を越えた「平和を愛する」感性である。

 他方、ワシントンのシンクタンクは、連日、多彩な専門家が集まり、戦争への戦略から戦後復興まで話し合われている。マスコミの論調も戦争を翼賛する論調が主流である。このように戦争への道を突っ走るアメリカの異常なまでの執着に接し、日々フラストレーションが溜まっていく。アメリカのシンクタンクやマスコミの論調は、冷徹な国際情勢を冷静に分析していることについては否定できないが、純粋に平和を追求するという普遍的な感性や本質が欠如していると思はれてならない。

 アメリカのイラク攻撃への緻密な戦略は、9.11の同時多発テロから発している。17カ月経ても、なお国際テロ退治の強い結束力が存在している。世界の反戦デモに悩まされぬブッシュ政権の異常なる意志は、敗戦を経験してないアメリカの驕りから来ているのであろう。「悪の枢軸」や国際テロに対する柔軟な構想、すなわち中長期的な平和構想は、目前に迫る先制攻撃に代表される近視眼的な一国主義に圧倒されてしまうのである。

 平和への埒があかぬと思いきや、思わぬところでアメリカの柔軟性に触れることがある。ワシントンのタクシードライバーは、エチオピアやナイジェリア等のアフリカから、はたまた東欧やアジアと国際色あふれている。タクシーに乗車するたびに、イラク戦について問い掛けるのだが、多くの場合、宗教観から世界観まで包含した鋭い平和構想を聞くことができる。極論すれば、イラク問題に関しては、シンクタンクで複雑な論争を聞くより、タクシードライバーから講義を受けた方が明るい展望が見え、スーとする。

 アメリカは、自由と夢を求め世界中から国際人が集まる「世界連邦」である。アメリカの底力は、恐らく普遍的な自由を礎にした世界連邦で構成された柔軟性であると信じている。しかし、問題はアメリカのスタンダードによる排他性がブッシュ政権においては強すぎる点にある。

「自由は取るべきものなり」。土佐の自由民権運動の思想家、中江兆民の言葉である。アメリカは自由を脅かすテロや独裁者に対し、命を張っている。反戦運動にひるむことなく戦う気配である。ブッシュドクトリンの中には先制攻撃のみならず多国間の協調やソフトパワーもある。しかし、ブッシュ政権の姿勢は、ブッシュドクトリンのソフトパワーの価値を忘れかけている。

 今、イラク問題で求められるのは、シンクタンクが分析する戦略や戦術でなく、平和を愛する感性である。世界を駆け巡る平和運動が、21世紀初頭のグローバリゼーションになることが望まれる。「自由と平和は取るべきものなり」。冷戦に圧勝し驕り高ぶっているアメリカは、自国のみならず普遍的な平和構想の実現に向け汗をかかなければいけない。そうしなければ自由も平和も奪われてしまうだろう。

 中野さんにメールは mailto:TNAKANO@BROOKINGS.EDU

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2003年02月24日(月)元中国公使 伴 正一


   亡き父親の遺稿の中に「湾岸戦争・板垣・大隈問答」がある。12年前
   の湾岸戦争を素材にわが先哲「板垣」と「大隈」の二人に戦争の在り方
   を語らせたシリーズである。戦争の起こし方、そして止め方、さらには
   戦後工作。感情論だけで戦火を開くととんでもないことになる。そんな
   戦争論を分かりやすく展開している。ブッシュ・ジュニアにも読ませた
   い論考だと思う。読者のご批判を請う。
   続きを読みたい方は http://www.yorozubp.com/sakigake/ をご覧あれ!

  

一、はじめに
司会 中東の風雲も、地上戦百時間でケリ、イラク軍がこんなにあえなく潰え去るとは思いませんでしたね。あと二十四時間もやられたら、フセイン大統領の、すくなくとも政治生命は断ち切られていたでしょう。
 その鮮やかな対照が攻撃側......。疾風の進撃、圧勝、しかも、まだいくらでも追撃できるところを思い切りよく鉾を収めた。主力だったアメリカ軍、そしてア メリカそのものの声望がいっきょに高まった。もうアメリカのリーダーシップは認めるも認めぬもない、冷戦の幕が下りたあと、これからの世界新秩序は、アメ リカのリーダーシップ抜きでは考えられないところまで現実がきている。
 さあ、そこでここが思案のしどころ、この現実は、世界全体のために喜ぶべきことなのかどうか。今回は、去年の八月からこの春までのアメリカの行動をたどり、リーダーたるの資質が充分かどうか、突っ込んだ討議をしていただきます。


二、アメリカはなぜイラクの暴発を抑止しなかったか

司会 まず事件の勃発から見ていきましよう。大隈さんどうです。
大隈 イ ラクがクウェートに進攻準備をしていた段階で、アメリカはそれを察知できなかったのかなぁ。その能力は十分あつたはずなんで、ウッカリしていたなんてのは 言訳にならない。知っていて警告も出さないでいたなら、もっと由々しい問題だ。イラクが手を出すのを、待ち構えていたことになる。アメリカには、どうもそ んなところがあるもんだから気になるんだ。
 太平洋戦争のときも、日本に先に手を出させて、国内の戦争反対論を雲散霧消させ、一挙に、世論を戦争一本にまとめ上げてしまったフシがある。タチが悪いよ。
板垣 大隈さんのいわれるように、イラクの軍事行動発動前から、アメリカのトップがイラクをやっつける肚を決めていたとなると、弁護はかなり苦しくなりますね。地域覇権を目指して突進するイラクが、アメリカにとってあつらえ向きのタイミングで先に手を出した、ということになる。
大隈 たとえフセインの性格がどんなに異常だったとしても、おとり捜査みたいなのはいけないよ。それにしても、この点の詮索をどの国もそれほどしないのは不思議だ。アメリカのリーダーシップを認めるにしても、そのクセはクセで知っておく必要があるよ。
板垣 ちょっ とそれた話で申訳ないですが、イラクがクウェートを占領したあと、何度か国連決議がありましたよね。最後は十一月、クウェート撤退の期限をつけ、それに従 わなければイラクヘの武力行使を認める、というきついものでした。その時点だと、もうアメリカの肚は決まっていたのだと思います。フセインも、そして海部 さんもわが外務省も、そこいらを読み切れなかっただけのことで、読み切れなかったほうがどうかしている、と私は思います。だって、世の中で、駆け引き上、 こんなことはよくあることじゃありませんか。ある時までは本気で交渉をまとめようとしてやっているが、それからは決裂の肚を決めてかかる。相手が呑めない ことが分かっていて、難しい条件を持ち出す......。
大隈 ホ ンネの話としては合点がいくが、表面に持ち出したらそう簡単にはまかり通らんよ。というのは十一月のあとの国連総長やフランスやロシアの動きは、泳がされ たに過ぎないことになってしまうからだ。べーカー国務長官の動きもあれは一体何だったのかと、攻め立てられたら弁解は苦しい。
板垣 肚が決まるのと、最終の決定にはズレがあるんで、肚はきまっていても相手の出方次第で最後のドタン場で和平に戻ることはありますがね。
大隈 外交交渉の機微だ。こうなると、いい悪いではなくて、どちらが役者が上かという話になるんだろうね。真珠湾攻撃直前の日米交渉が思い出される。

三、アメリカの派兵と「国連軍」
司会 ところで事件発生直後のサウジ派兵。アメリカの過剰反応だという批判がとくに日本では多かったようですが。
板垣 そ のときは私も、なんであんな大兵力が、と思いましたが、あとで考えてみると、タイミングといい、兵力といい適切、適量だったと思います。あの時のイラクの 勢いを押し止めるには、あれくらいやっておく必要があった。軍事的にひ弱い近隣の国々に、アメリカの並々ならぬ決意を分からせるためにもです。なにしろイ ラクは五十万人の大軍、しかもイランとの実戦で鍛え上げられているんですから、サウジの五万人なんか、イチコロですよ。
大隈 近隣の国にアメリカの決意を分からせるのだったら、一万人か二万人の兵力投入で十分だよ。いわゆるプレゼンスの威力がものを言うんだから。そうしておけば本当の意味で和戦両様の構えになる。   ところが、十万人もの派兵をすると、身の構え方がすっかり戦争の方に傾いてしまって、何もせずに引き揚げるのがいかにも不恰好になる。戦争にならないとアメリカの見通しが狂っていたみたいで物笑いのタネにならないとも限らない。
板垣 それも分からないではありませんが、兵力の小出しというのは、いいようで大きな災いももたらす。フセインが北ベトナム気取りで、本当に攻めかかって来たらどうしますか。
 多国籍軍であろうと国連軍であろうと兵力の損耗を最小限に収めるには、一見ムダに見えても最初から大兵力で立ち向かうのが一つの秘訣だと思いますよ。
司会

湾岸戦争の中には、これから先の教訓になる個所がずいぶんありますね。今年は真珠湾攻撃五十周年でもあり、戦争開始論議だけでも話はつきないと思いますが、今日は総ざらえの日ですから、先を急いでつぎのテーマに移ることにしましょう。
 アメリカはなぜ国連軍に関心を示さないのか。また、そういうアメリカの無関心を放置していいのか。

大隈 そ りゃアメリカの身になってご覧なさいよ。作戦・用兵の上で、多国籍軍のほうがずっとやりやすい。圧倒的主力が米軍で、その米軍は大統領が思うように指揮で きるのだから。なまじ国連が介在し、安保理、さらにはその下にできる軍事参謀委員会にまで容喙されはじめた日には、機密は漏れるわ、作戦のタイミングは外 れるわ、たまったものではない、というのがアメリカの首脳や軍幹部の実感だろう。無理からぬことだ。戦争は命懸け、ちょっとのミスで何千人もの人命が吹っ 飛ぶのだから。
板垣 だけど、それをいっていたらいつまでたっても国連軍はできませんよ。
 そこなんですよ、踏んぎりの必要なのは。世界のリーダーとしての統率力を問われるのは。
 ところが残念なことにいままでのところ、米軍が圧倒的主力だからといって、米軍の作戦・用兵の都合ばかり考え、国連軍では戦争にならない、の一点張りみ たいですね。去年十月ごろにあったロシアからの提案、国連軍を創れという提案も無視してしまいました。
大隈 難 しいところだ。このままでいくと世界の安全保障は、やっぱりアメリカということになって、国連は浮き上がる。国連軍創役の動きも見えないような国連なら、 どの国だってあてにしない。イザというときに備えて、直接アメリカに守ってもらうことを考える。実質アメリカ、形式多国籍軍方式の方へなびいていくだろう ね。そうでないと、安心して軍備の削減なんかできぁしない。
 世界のどこへでも、たちどころに大量派兵のできる力が、今のところアメリカにはある。そしてアメリカにしかない。これは厳粛な事実だもんな。
板垣

しかし、はたし てアメリカに、これからさきもずっと、一国で世界の安全を請け負う用意があるのかどうか。アメリカが主力ではあってもアメリカだけではない。という構成 の、恒久的な国連軍をもっと真剣に考え始めるべきではないですか。思い通りにならないことがあっても、そこは我慢するしかないのだという見極めをいい加減 でつけないと、構想は前に進まない。
 たまたま湾岸では大勝を博し、いまのところアメリカ軍も国民も意気軒昂ですが、いつまでそれが続くか。アメリカ国民だけが持っている(といってもいい) 使命感、そしてそのために血を流す気概、これを世界新秩序へのエネルギーとしてつないでいくには、アメリカ国民の士気の高いうちに、将来のことを考えてお く必要があります。士気を長続きさせるにも、背中の荷物(出血の負担)をできることなら軽くしておく配慮が必要。その深慮・遠謀が、いまこの時期に切に望 まれる。強大な軍事的ライバルが姿を消そうとしているこの時期にです。

大隈

君のいっている ことはいちいちもっともだ。しかし、同時に、多国籍軍の長所、短所をじっくり研究し、この方式でシステムを構築するのも一案ではないか。アメリカが主力で はあってもアメリカだけではないというのだったら、多国籍軍だってそうじゃないか。また多国籍軍だって国連をまったく無視はしない。国連から安保理決議と いうお墨付きをもらって動いたじゃないか。
 何といっても、アメリカの嫌がるものを押しつけるわけにはいかないよ。一番血を流すはずなのは、アメリカ人なんだから......。

板垣 ちょっ と待って下さい。そのところなのです、問題なのは。アメリカが嫌がるから、で投げ出す手はありませんよ、こんな大事なことで。アメリカに向かって問題提起 をすることが、大切じゃないんですか。それが問題提起はおろか、日本人同士の議論までやめてしまうなんておかしいですよ。いやがるかってことだって、どの 程度いやがっているか、当たってみなくてははっきり分かりませんよ。
大隈 議 論はこうしてやっているじゃないか。前回の討論も国連軍か多国籍軍か、という内容だったし、国連軍論議は続けるという合意がその時の結論でもあった。僕の 方でもつぎの機会までに、多国籍軍のメリットを理路整然と説明できるようにしておくが、ここで一言いっておきたいことは、国連軍方式でやっていたら、湾岸 戦争のあんな軍事的成功は、覚束なかっただろうということだ。
板垣 そ れは私も否定しません。ただ私の方も一こといわせてもらうと、一つ惜しいことをした。私がブッシュ大統領だったら、作戦完了、撃ち方やめ、となった時点 で、子どものままごとみたいだといわれるかも知れないが、十カ国近い多国籍軍を国連軍に編成替えしようとしたでしょうね。こうして、たった数週間でもいい から、アラビア半島に残留する三十万人、四十万人の大部隊を国連安保理の管理下におき、軍事参謀委員会の指揮を受けさせたでしょうね。
 数え切れないくらいの任命行為が必要になる。戦時に準じた形で命令が伝えられ、報告が上がり、伺いが立てられる。そうすれば実験的に組織体をこしらえ、 どんな具合に血が通っていくものか、よく観察することができたでしょうよ。形だけとはいっても、史上初の国連軍ですから、その誕生にあたっていろいろなゴ タゴタも起こるし、難しい課題も浮上する。けれども作戦は終わっているんだから、そんなことは試行錯誤のいい材料にこそなれ、戦局全体の命取りになること はない。
 こうして国連軍の試運転をやっておいてご覧なさいよ。それから先の国連軍論議がどれだけ地についた、現実味を帯びたものになりえたか。
 湾岸戦争はアメリカの大成功だといえますが、勝って兜の緒をしめよ、遠く世界の将来を考えての布石まで、配慮は行き届かなかった。
大隈 確かにそれはやってみる価値があったな。アメリカの威信が絶頂期にあった。その時だったらやれたよ。海部さんがそれを進言でもしていたらなぁ、ブッシュも日本を見直したろうに。
司会 モノとカネ、汗と血、そのほかにも英知というかソフトでの貢献という際限のない分野がありますものね。

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2003年02月21日(金)萬晩報通信員(中国寧波市)岩間 孝夫

 21世紀の幕開けである2001年1月1日付け萬晩報で、私は21世紀を迎えるにあたり次のように書きました。

 「過ぎ去りし20世紀に思いを起こし、そして新たなる世紀に思いをはせる時、つくづく、世の中は変わるものだと思うと同時に先のことはわからないと思う。
 その中で敢えて21世紀のキーワードを求めるならば「調和」だと思う。

 国と国、民族と民族、異なる宗教間、異なる世代間、人類と自然、機械文明と精神文明等々。調和なくして人類はこの地球という住まいの運営を図ることは出来ないだろう」

 アメリカ・ブッシュ政権がイラクを攻撃するかどうかに世界の注目が集まる中、私は今一度今世紀の地球に最も必要なものは調和の精神であることを強調したいと思います。調和とは、当然平定ではなく統治でもありません。夫々が自己の領域や特性を充分に謳い、その上で他者の存在を同等に認め平衡感覚を失わずに共存することです。

 アメリカ人の好きなものは「ママと星条旗とアップルパイ」と昔から言われますが、このような惹句により「星条旗に代表される強き我が祖国」を強く感じさせアイデンティティーを確立しなければ、多くの移民で構成される社会は結束力を持たず、「世界の盟主」になることなど思いもよらぬことだったでしょう。アメリカの歴代大統領が平易な英語でテレビスピーチを行い国民に語りかけるのも複合民族国家に結束をもたらすためのひとつのメソッドでした。

 しかし戦争の世紀とも言われた20世紀の終盤、米ソ2強体制がソ連の崩壊に伴い1強体制になって以来、アメリカはその圧倒的な軍事力で世界を覇道により支配し君臨するところにレーゾンデートルを求めるようになり、ママとアップルパイが大好きで底抜けに明るくお人良しなアメリカが、すごむアメリカごねるアメリカに変わりつつあります。

 アメリカはあたかも自国が自他ともに認める世界の警察官であるかの如く振舞いますが、自分の気に入らない他者の存在を何が何でも認めないという姿勢は単なる驕りに過ぎませんし、その姿勢や指向の行く末に調和はありえず、調和なくして地球上の人類の平和な共存の営みはありえません。
 
 私は、「調和のためには牙をむくな」と主張するわけではありません。人の社会では時には体を張って喧嘩をせねばならぬ時もありますし、国家としてやむを得ずせねばならぬ戦争も時にはあると考えます。力なき正義はむなしいということも充分知っています。ただ、必然性の認められない攻撃と流血の末には調和はおろか、人心の平静さえ実現し難いと思うのです。

 世の中は変わるもの移ろいやすいものです。かつて人類史上において、武力を背景に他国を圧し版図がその当時の地球文明世界の大半にまで広がった2つの大国、7世紀のサラセン帝国と13世紀のモンゴルでさえ、アジアからヨーロッパにまたがる大勢力圏を作り上げはしましたが、その覇権は100年以上続くことはありませんでした。

 まして当時より時の流れや社会の変化がはるかに早く進む現代において、一国による世界の覇道支配が当時より長く続くはずがありません。世界の覇権というアップルパイはいかに好物であっても長期間の独り占めはできないのです。

 (ちなみに今回のアメリカによるイラクへの攻撃は、世界の超大国が服従せぬ中小国に対し圧倒的な武力を背景に攻めこもうとする点において、13世紀におけるモンゴルの日本襲来に似ています。違いはその進行が世界中に同時生中継されるかどうかだけでしょう)

 また今回、はやるアメリカの武力行使に対し、武力行使容認でアメリカを支持するイギリスやイタリアと平和解決を求めるドイツやフランスのEU内における対立がしきりに報道されていますが、「きしむ同盟」とか「独仏と英が分裂」等という短絡的な見出しや記事にミスリードされ大きな流れの方向を見失ってはならないと思います。

 アメリカの1強支配体制が始まった1990年台初頭、EUは85年の統合白書発表以来まだなおその統合に向けて調整のための議論が百出し、日本のマスコミでは果たしてうまく船出できるのか疑問視する悲観的な論調も多々ありました。

 EUはそうこうしながらも91年にはマーストリヒト条約で設立が合意され93年に市場統合が始まり、その後も加盟国間の言語やさまざまな社会制度、政治体制や経済情勢の違いを乗り越えて統合を進め、昨年は共通通貨ユーロの発行にまで至りました。

 個人でさえも何人か集まれば立場や利害や思想の違いにより意見や考え方は分かれるものですし、それがましていくつかの国家が集まれば時に意見の不一致があるのはもっと当たり前のことだと思います。

 私は、EUの構想開始からこれまでに至る過程において、多くの問題や障害や状況の変化に突き当たりながらもその都度粘り強く話し合いながら一歩づつハードルをクリアーしながら前進して来たことを高く評価すべきであると思いますし、時には自らの不利も受け入れながら、時には小異を捨てて大同につき、より高い理念の実現を目指して取り組んで来た姿勢に世界調和の良き手本を見出したいと思います。

 もし今後近い将来、加盟を希望しているトルコの参加が認められる時、その意義は更に深まるでしょう。トルコはイスラム教国であり歴史的に長くヨーロッパに敵対し脅威となっていたのです。敢えて言うならばその一瞬は、世界の中心がアメリカから再びヨーロッパに移る一瞬となるでしょう。

 世界最大の債務国であるアメリカが世界最強国として君臨出来るのは、その軍事力と並び、今のところ米ドルにとって代われる世界通貨が無いためですが、今後ユーロが安定した力をつけ米ドルにとって代われる時が来れば完全に世界の流れは変わるに違いありません。

 21世紀の世界のリーダーに求められるのは武力による覇道のリーダーシップではなく、ここまでのEUに見られる如く、価値観やスタンダードや状況の違いに対し一方的に自らに都合の良いことを相手に押し付けるのではなく、相互理解を図りながら根気よく調整しつつその理念を実現するリーダーシップです。

 かつてゲーテが言ったように、人類と他のあらゆる動物を区別するものは理性です。ブッシュにもフセインにも、理性的であれ、と言いたいと思います。一神教は諸悪の根源などと言われぬためにも。

 岩間さんにメールは mailto:koyoyj@mail.nbptt.zj.cn
2003年02月20日(木)萬晩報通信員 齊藤 清

 ブッシュ政権のイラク攻撃がどうなるのか--。世界中の関心はここに集まっていますが、ギニアではどうでしょうか。ご意見をお聞かせ下さい。
 小生も昨夜、意見表明をして、萬晩報としても一応、日欧米発の意見が出て、そうだ中国とアフリカからの発信がないことに気付きました。
 寧波の岩間さんにもお願いしています。二人からご意見をいただけると「ワールドワイドの通信網を誇る」萬晩報としても面目がたちます。(03/02/19/21:34 伴武澄)
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 昨日の「萬晩報」の意見表明は、まことに妥当なものとして受け止めました。 参考までに、西アフリカ・ギニアの状況をお知らせしておきます。

 2月14日、ギニアの国連大使は国連の非常任理事国として、安保理で次のような態度を表明しました。

 『イラクの大量破壊兵器の破棄の状況をしっかりと知ることが基本であり、そのためには、査察をさらに継続する必要がある。またイラクは、引き延ばし戦術を取ることなく、査察に積極的に協力すべきである』

 この後日本外務省は、在京ギニア大使館の臨時代理大使を呼び、米英両国が準備していたとされるイラク攻撃容認の新決議案を支持するよう要請したと伝えられています。ギニアに対しては、ODA経済協力の額が他の先進国を抜いて一番多いことから、その影響力を行使した、というところでしょう。

 しかしながら2月17日、ギニアの外務大臣は国営放送を通じて、先のギニア国連大使が表明したと同じ姿勢を国民に説明し、イラクへの攻撃には賛成しないことを言明しました。

 この態度は、ほとんどのギニア国民の意見とも合致するものです。これは、国民の大部分がイスラム教徒であるということから来るものではなく、ことに911以降の早い時期に、アメリカの独善的な行動のいかがわしさに気がついたことに起因するものであると思われます。この国では、ヨーロッパ、アラブ、アメリカ等からの衛星テレビ放送を、ごく日常的に視聴していることから(自国の放送が貧弱であるためなのですが)、かなりバランスの取れたものの見方をする習慣がついていて、少なくとも海外の事象については、「翼賛的報道」が成立しにくい環境にありました。

 はじめに攻撃ありき、破壊・殺戮がすべてという昔の西部劇の世界が現在も生きているアメリカに対して、発展途上国と呼ばれる国の人々が優越感を持って、"SAUVAGE"(原始の、未開の)という形容詞を使って彼らの動きを評価している様子は、なんとも皮肉に思われて仕方がありません。いずれにせよ今回の侵略戦争は、その準備段階で、ブッシュ大統領主演(監督は匿名)の三文喜劇に成り果ててしまったようです。

 齊藤さんにメールは mailto:BXZ00155@nifty.ne.jp

2003年02月19日(水)萬晩報通信員 上田 文男

 大和・法隆寺の近くに知的障害をもつ人の私的な施設である「堤塾」がある。開設されて60年。お世話になっているのは、成人の男性ばかり数人で、堤家の家族の一員として生活している。この人達は生涯をここで暮らし、天寿まっとうまでお世話になることが多い。

 開設以来、公的支援を一切受けないで、すべて堤家の私財で運営され、家族の協力の基に日々を送っている。塾長は56歳の堤保敏氏である。天理大学(剣道教士五段)卒業後、堤塾で修養されていたが、その二代目として堤塾の後を継いだ。

 堤さんには、もうひとつの顔がある。それは、剣道場「以和貴道場」道場長としての顔である。剣道場も先代(岳父)勝彦氏の後継ぎである。以和貴道場は「心の教育」を第一義とするため、入門料は道場を磨く(心を磨く)雑巾一枚だけで、あとの費用は一切不要である。

 心を教えるのにお金をもらうわけにはいかないという創設以来の基本理念である。「感謝と奉仕」が道場訓であり、それが生活の万般で実践できる人づくりが行われているのだ。

 毎日、小・中学生が堤塾の敷地内の道場で「エイッ、ヤッ」と元気に稽古に励んでいる。この子たちは成長していくに従い、生活のあらゆる場面で、後輩たちの面倒をみている。稽古が遊び的でなく真剣に満ち溢れている。その稽古を通じて身につけた信頼関係の大きさ、深さに感動させられる。

 堤氏は「道」とはスポーツと一面を画すところがあると言う。剣道、柔道等の武道に共通している人の心の温もりである。剣道を通じて無意識に修得している「知育・徳育」と言ってもよいだろう。

 以和貴とは、聖徳太子の憲法にある「和を以て貴しとなす」に由来している。
堤塾と以和貴道場のスピリットは「同列・同根」である。そのことを基本にお互いが、お互いを大切にする生き方が大切にされている。

 毎年11月3日の文化の日には、恒例の「以和貴祭」が行われ、同列同根、心の温もりを求める堤スピリットファンが近畿圏だけでなく、遠く東京、出雲、長崎などからも多数参加する。催し物があり、雅楽演奏、ウクライナの歌手、モンゴルの馬頭琴の演奏などが行われている。

 堤氏が道場の子供達に本物を見せたい、体験させたいとの思いであり、出演者の人々も堤スピリットを理解し協力している。祭には屋台もあり、道場生のOB、道場生の両親、近隣のボランテイアらにより、おでん、お好み焼き、うどん、しじみ汁、長崎たんめんなども準備され参加者を喜ばせている。作ったり、食べたり、またそこが自由な語らいの場となり、心のふれあう場を豊かに彩っている。その場に居ることで心が豊かに充たされる。

 不透明な現代日本にあって、私利、私欲を求めず、永年に亘って黙々とひたすら社会に奉仕することは出来そうで出来ないことである。大和の一隅に、明々と燃える心のトーチを常に掲げているこんな人がいることを紹介したい。

堤保敏氏の著書
『あわてるからあかんのや』(天理教道友社)
『あわてるからあかんのやⅡ』(天理教道友社)
『四季の絵だより』(ぎょうせい)
「絵だよりのある風景」(ぎょうせい)

 上田さんにメールは mailto:fwhd1683@mb.infoweb.ne.jp
2003年02月18日(火)萬晩報主宰 伴 武澄

ワシントンにいる中野有さんが萬晩報で昨年3月言い出した「平和の枢軸」。
「Axes of Peace」という掛け声がいまネット上を埋め尽くしています。
一度、検索エンジンで探してみてください。

イラク攻撃に反対する世界的市民運動のうねりはすごいものです。
インターネット時代に地球市民を敵に回すことの恐ろしさを
ブッシュ政権、ブレア首相は味わっているのではないでしょうか。

それにしてもブッシュ・アメリカは分からない。
アメリカの武力行使の道理が分からない。
イラクの国内体制はどうあれ、
ここ十年、イラクが国際社会にどんな迷惑をかけたのでしょうか。

ビン・ラディンの背後にいて同時多発テロに積極的に加担したとも
考えられませんし、現実に核保有国となったわけでもありません。
たった150キロの巡航距離のミサイルなどは
いまどきの観光用のヘリコプターにも及びません。

湾岸戦争の時は、イラクがクウェートに侵攻したことに対する明確な
「懲罰」的意味合いがあったのだと思いますが、
今回はどうやって戦争をはじめるのでしょうか。
世界の目がバクダッドに集まっているその最中にです。
ある日、突然・・・・、まあすでにイラクの南部は日々、
米英の空爆にさらされているのですから、いまさら
宣戦布告ということでもない。

ここで対イラク戦争を本格化すれば、
アメリカが建国以来築いてきた諸々の「理念」の一切合財が
崩壊することは間違いないでしょう。

アメリカという国は非常に不思議な国家だと考えていました。
これまで手荒いこともしてきましたが、
資本主義という弱肉強食の体制の中で独占禁止法という概念を作り出したり、
苦しみながらも人種差別をなくす方向で努力してきました。
戦勝国中心とはいえ、戦後は国連をつくり、IMF、ガット体制を築き、
外交敵対立や経済紛争を話し合いの場で解決させようとしました。

途上国への武力介入や貿易交渉などでの手前勝手な行為は
数限りなくあります。
しかし、圧倒的な武力を背景に
正義だとか平等だとかの「理念」を持ち出されれば、
相手国はグーの根もでませんでした。

19世紀末の帝国主義時代は列強が「利己」に動きました。
アメリカは「利己」に動きながらも、
不思議なことに、他を納得させる「利他」の
論理を必ず持っていました。
他の帝国主義国家と大きく違う理念で統合された体制が
新大陸に生まれたことは世界史的出来事だったと思います。

第二次大戦で日本が敗れたのがアメリカでなくソ連でなくてよかった。
百歩譲って日本国憲法がアメリカに与えられたものであったとしても
また日本国民に対する数々の陵辱があったとしてもそれがアメリカでよかった。
そう考える日本人がたくさんいたのです。
そう、アメリカの人々が持つ底抜けの陽気さや
善意に励まされた日本人はたくさんいたのです。

そんな説得力がアメリカの唱える「理念」とやらにありました。

しかし今回のブッシュ流のイラク叩きにはそうした理念がないのです。
ブッシュが「ならず者国家」だとか「悪の枢軸」だとか言い出したころから
アメリカの唱える理念が輝きを失せたのではないでしょうか。

アメリカ国民の自信消失ともなれば、
それこそ今後、アメリカが世界の警察官としての機能を果たすことが
できなくなります。

それだけではありません。「理念」による政治が失われることになれば、
ジョン・ロック以来、西洋社会が数世紀にわたって営々として築き上げてきた
民主主義に対する世界的信任もまた崩壊するのではないか
という気がしてきます。

世界は「平和の枢軸」をもっともっと強く唱えなければなりません。

2003年02月17日(月)ニュージーランド・カンタベリー大学研究員 大石 幹夫

 国際関係論では「脅威」は重要なテーマである。とくに国際安全保障論では、脅威にどのように対処して国の安全を確保するかがその目的の全てだと言ってもいいだろう。しかし脅威にばかりかかわずらっていることは、人間としてあまり高級なものではない。そのことは例えば大脳生理学によってもうかがえる。人間の大脳は三つの層をなしているという。一番奥にあるのが視床下部、その次が大脳辺縁系、一番外側が大脳皮質であり、それぞれ生存本能、感情、理性と関係がある。

 このため各部は爬虫類脳 (reptilian brain)、旧哺乳類脳 (paleomammalian brain)、新哺乳類脳 (neomammalian brain)とも呼ばれ、生物は進化の過程で、より高次の価値に反応するようになったそうだ。脅威には主として爬虫類脳が反応し、攻撃に出るか逃げるかを決める。理解、信頼、連帯とかいう高次の価値には新哺乳類脳が反応する。ここに脅威が伝えられても、新哺乳類脳は脅威を理解しようとする。つまり人間は脅威に対し爬虫類とは違った対応ができるのだ。

 こんな迂遠ともみえる議論を持ち出したのは、北朝鮮の問題を考えてみたいからである。NZに住む私が指摘するまでもなく、日本は今、北朝鮮の核とミサイルの脅威とどう向き合うかという深刻な問題に直面している。平和ぼけと言われて久しい日本であるが、1998年8月のテポドン発射及び今回の核開発をめぐる危機によって、日本人は、今ようやく、北朝鮮の脅威を実感し始めたようだ。石破防衛庁長官は、北朝鮮が「東京を火の海にする」と威嚇した場合を想定してみせた。その場合、ミサイルに燃料を注入し始めた時を日本への攻撃開始とみなし、その時をもって日本は自己防衛のため北朝鮮を攻撃できると言う。しかし私たちは、脅威に過剰反応し、事態をさらに悪化させるべきではない。

 日本はこの点に関して韓国の経験から学べるのではないか。同国は、朝鮮戦争終了後も50年間「北の脅威」にさらされ、北朝鮮から「ソウルは火の海になるだろう」と言われ続けてきた。その韓国が、徹底した話し合いによって北朝鮮との問題を解決することを主張する盧武鉉(ノ・ムヒョン)氏を次期大統領として選んだ。盧武鉉氏は朝鮮半島にはもはや戦争という選択肢はないと主張する。これには二つの意味がある。

 一つは、かりに戦争になれば、韓国、北朝鮮それにお隣の日本の物理的・経済的な壊滅により、勝者はなくみんなが敗者となる。それは最近の米国のスターズ&ストライプス誌に掲載された、朝鮮半島で戦争が起こった場合の予想シナリオによっても明らかである。

http://www.estripes.com/article.asp?section=104&article=12438&archive=true

 開戦と同時に、休戦ラインに結集する北朝鮮軍から、数時間の間にソウルに30万発から50万発の砲弾が降り注ぎ、死者は最初の24時間で100万人にのぼるという。また世界第3位の化学兵器保有国であり、炭素菌、サリンを持つ北朝鮮がこれらの兵器を使ってミサイル攻撃する可能性も高い。一方、北朝鮮は、韓国、日本の米軍基地さらに米空母キティホークから発進した爆撃機の攻撃により焦土と化し、「石器時代に逆戻り」する。

 戦争はついには米韓連合軍が勝利するにしても、そのような勝利にどのような意味があるのか。北朝鮮の滅亡は言うまでもなく、韓国の産業基盤は壊滅的打撃を被るだろう。日本も北朝鮮の攻撃を受け、甚大な被害を被るだろう。戦域弾道ミサイル防衛(TMD)が仮にあったとしても、これで防ぐなど不可能に近い。正気のどんな人間がそのような戦争を選択肢の一つに加えることができよう。あらゆる外交的手段を使って北の核開発をやめさせ、問題を平和的に解決するしかないのである。

 盧武鉉氏が、戦争は選択肢にないと言うもう一つの意味は、北朝鮮と韓国との間にはもはや紛争はないということである。朝鮮半島の2つの異なる政治・経済・社会システム同士の競争・対立は、第二次大戦後一貫して続いて来たが、90年代の半ばまでには、韓国が勝利し、北朝鮮が敗北したことが明らかになった。それは、言うまでもなく、北の食糧・エネルギー危機と体制崩壊の危機と言う形で現れた。一方、競争に勝利した韓国は、経済の成功と民主化の進展により自信を深め、金大中政権のもとで懐の深い対北政策をとれるようになった。この路線をさらに推し進めようとする盧武鉉氏は、朝鮮半島には紛争はもはや存在しないと喝破している。

 問題の本質は、北朝鮮の核開発の脅威ではなく、金正日体制の存続の保障と北の経済立て直しの援助である。そこには戦争に訴えなければならないものはなく、どうやって目標を実現していくかの技術上の問題があるに過ぎないと言う。従って、北朝鮮に対する基本姿勢は、紛争の相手国に対するそれではなく、開発援助の相手国に対するそれである。安全への脅威はある。しかしそれによって問題の本質を見失うべきではない。

 今、問われているのは、北朝鮮からの脅威に反応するか、同国の国内建て直しへのニーズに反応するかということである。韓国は後者の道を進もうとしている。北からの脅威に「爬虫類的」に反応せず、北朝鮮の再建に協力する態度を貫こうとしている。この姿勢は「人間らしい」と思う。

 それに対し、ブッシュ政権下の米国は後者から前者にその北朝鮮政策の軸足を移動しつつあるように見える。韓国が北の脅威に対する認識が甘いこと、「事態をまるで他人ごとのように思っている」ことを批判しているが、日本政府もそんな米国に追随する兆しが見える。韓国の態度が「人間的」であるのに対し、ブッシュ政権の態度は「爬虫類的」である。

 「爬虫類的」反応によって脅威の連鎖反応あるいは拡大再生産が起こり、事態がいっそう悪化する危険がある。事実、2002年後半の食糧追加支援の拒否、昨年の12月以来の重油の供給ストップに加え、このところの朝鮮半島周辺への米軍の増強といた米国の強硬路線を、北朝鮮は米国による戦争行為とみなし、すでに臨戦態勢に入っている。電気も冬の寒さをしのぐ暖房もストップし、国際社会の食糧支援が減り、春までに400万人の子供が餓死するのではないかと言われる惨状の中、北朝鮮の人々の米国への憎しみが増大している。

 http://news.bbc.co.uk/1/hi/world/asia-pacific/2754077.stm

 自暴自棄になった北朝鮮が、米国に先制攻撃をしかける可能性が浮上してきている。脅威は現実にそこにある。

 しかし、目先の脅威に動じないで朝鮮半島問題の本質を見抜く見識をもち、そこから適切な行動を選択すること、これが今の日本に求められている姿勢であると思う。この姿勢を私たちは韓国の50年以上に及ぶ北朝鮮との向かい合いの経験から学ぶべきである。

 大石さんにメールは mailto:mikionz@xtra.co.nz
2003年02月13日(木)萬晩報通信員  土 屋 直

 新幣刷新と日本映画
 
 新札の発行に伴って、五千円札と千円札の顔が変更される。

 五千円札の肖像は新渡戸稲造から樋口一葉に、千円札は夏目漱石から野口英世に変更されるそうである。わたしは、新渡戸稲造博士の姿が紙幣から消えてしまう事に寂しさをおぼえる。「武士道」という本によって、日本の精神文化を西欧に紹介した新渡戸博士の活動は、日本という国を高尚な精神世界をもつ語るべき相手として西欧諸国に認知させ、日本の西欧における地位を高めることに間接的に貢献した。

 現代社会の荒廃した倫理観や道徳観をみるにつけ、明治以前の高尚な精神文化に思いを馳せることが多かっただけに、新渡戸博士の肖像が消える事は、微かに残っていた武家文化の象徴までをも消し去られるようで残念であると思う。
 
 そんな中、三年前に新宿でみたた市川崑監督の「どら平太」という映画を思い出した。この映画の原作は山本周五郎の「町奉行日記」。脚本は、当時台頭してきたテレビ活劇にまけまいと、黒澤明、木下恵介、小林正樹、市川崑らの映画人が結成した「四騎の会」によって共同で書き上げられた。1969年以来、三度映画化を試みたがいづれも頓挫し、三人の盟友がこの世から去った2000年に市川監督によってようやく映画化された。


 望月小平太の藩政改革

 物語は、ある小藩に江戸から「どら平太」という奇妙な綽名を持つ町奉行が赴任してくるところから始まる。「どら平太」とは、道楽の限りを尽くした放蕩の「道楽」と本名の「小平太」をもじってつくられた嘲りをこめた綽名である。どら平太こと、望月小平太は、江戸の若殿から壕外(ほりそと)と呼ばれる藩の無法地帯の一掃と、暗黒街と結託し私腹を肥やす藩の重役の不正を糺すという使命を与えられ、江戸から下ってきたのだった。

 小平太は町奉行に着任以来、一日たりとも奉行所に出仕することがない。
ようやく登城したかと思えば、挨拶もそこそこになみいる重臣の前で壕外一掃論をとうとうとまくしたてる。壕外からリベートをもらっている藩の重役たちは、たちまち難色を示し「町奉行の分際で出すぎた真似を」と、職位を楯にその越権行為を叱責する。すると小平太は懐からとりだした偽の若殿の書状を振りかざして上座にすわり、「壕外の鎮圧はこの私に一任されております。これは上意なのです」と怒鳴りつけ、なみいる重役たちを沈黙させてしまう。

 一方、壕外(ほりそと)と呼ばれる無法地帯では豪快な遊びっぷりで、無法地帯の親分たちのこころを徐々につかんでゆく。最後には、殺すつもりで小平太を自宅に呼びつけた元締めの大河岸の灘八までもが人柄に心服し、武家の次男坊では将来がなかろうと、自分の跡目を継ぐよう小平太を説得する。これは悪を極めたものからの小平太に対する最大の評価である。アルカポネからイタリア暗黒街の支配権を委ねられることや、ダース・ベーダーから悪の帝国を譲り渡されることに匹敵するくらい、魅惑的な誘いであったろう。ところが、小平太はその厚意を「馬鹿なことをいうな。お前は死罪だ」というそっけない言葉で跳ねつけてしまう。面子を潰されて怒り狂った灘八親分は、子分五十余名に「膾(なます)にしちまえ」と命ずるが、小平太は激しい太刀廻りの末、全ての灘八の子分を打ち倒してしまう。

 胆を抜かた灘八親分は勘念し、奉行所の白洲に出頭し、壕外カルテルの解体と藩地からの永久追放という小平太の要求を承諾する。だが困ったことに、灘八は城の重役たちととり交わしたリベートの証拠を全て焼却してしまっている。そこで小平太は、一計を案じてリベートの書類を偽造することを灘八に命ずる。灘八は唸りながら「お奉行の悪巧みは俺たち以上だ」と呟く。

 武士から現代人へのメッセージ

 形式主義を排し、型破りな手法で藩政の問題を解決した小平太の原点は、重職にありながら後進のためにすすんで身を引いた父、望月武衛門の武家社会での生き方と、武家の次男坊という、生まれながらにして部屋住みの身分が決まってる武家社会の掟から生まれたと考える。小平太の青春期は、武家社会の普遍的な哲学に対する敬意と、形骸化した形式主義に対する憎悪との葛藤にあった。その苦悩が捌け口を求め、彼を遊興の世界に向かわせ、やがて任侠の世界を知り、それが彼の人間理解に厚みをもたせたとわたしは考える。

 リベートの証拠を焼却することと引き換えに藩の重役たちを退任させた小平太は、最後に藩の重役たちにこう述べる。

「悪銭に頼っていては、お城の台所は肥えても、暮らすもののこころは豊かになりません。だいたい物がありすぎるのがよくない。何事もほどほどが良いのです。武士も町民も本物の豊かさを求めて生きる力が育まれれば、お家は安泰、領民は万歳です」 壕外の一掃と重役の不正を糺すという主命を果たした小平太は、すぐに奉行所に辞職届を提出し、一転馬上の人となり風のように街道に消えてゆく。

 武士は無償・無報酬の実践のみ信じたという。奢侈は人格に影響を及ぼす最大の脅威と考えられ、武士の子弟は経済のことをまったく眼中に入れないように育てられたという。小平太の行動は、腐った武家社会への痛烈なアンチテーゼであったとも言えるし、その無私で無欲な行動は我々に爽快さを与えてくれる。

 このことは翻って現代社会にも当てはまる。新渡戸博士は明治の文明開化によって「詭弁家、金儲け主義者、計算高い連中」の新時代に入ったと嘆いたが、その嘆きは的を得たものであった。今は「文臣銭を愛し、武臣命を惜しむ」人々が横行する時代である。混迷する時局において、現代の功利主義者や唯物論者に対抗する、武士の徳目を備えた人物の再来が待たれる。

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2002年02月12日(水)コロンビア大学東アジア研究所招聘学者 大西 広

 ここ半年私はニューヨークにあるコロンビア大学の東アジア研究所の招聘学者としてのポジションをいただいているが、さすがに全米でも屈指の大学だけあり、ハイレベルのセミナーに参加する機会が多い。とりわけ、イラク攻撃問題とともに重要テーマとなっている北朝鮮問題では当研究所主催のレクチャーで加藤駐米大使の話を直接聞くことができ、またロシア系シンクタンクが主催しKEDOメンバーも報告に入るようなメンバー限定の小討論会などが大変刺激的であった。日本ではなかなか得られない機会である。が、結論的にはアメリカ人と我々東アジアの人間との認識ギャップの大きさに驚いたということになろうか。ここではこれらのセミナーでの様子などを読者と共有することを通じ、ここニューヨークの地から北朝鮮問題について考えてみたい。

 それでまず率直に言わなければならないことは、日本ではずっと「親米派」であるはずの加藤駐米大使の発言さえ「穏健派」に映るほど、ここアメリカでの議論が右に偏っていることである。たとえば、アメリカ人はすぐに"制裁"を要求する。これは多くの場合軍事的なものも含んで語られているが、軍事的手段を過大評価するアメリカ(少なくとも現政権ではそう)にとれば、核開発宣言をした北朝鮮に対して日本は何もしていないように映る。「じっとしていれば今にも核武装して攻めてくる。どうするんだ!」と迫るアメリカ人の姿を何度か目撃した。やはり戦争を避けたい日本と戦争で被害を受けないアメリカとの客観的位置の相違を感じる。先月行なわれた『タイム』とCNNの世論調査ではアメリカ人の62%が北朝鮮の核施設の稼働には施設の軍事的破壊で答えるべきであると回答している。戦場化するのは遠い国のことと考えて「瀬戸際外交」をしているのはアメリカの側ではないだろうか。

 それに対し、もっと直接的に戦争の無益さを主張しているのは韓国である。論者により違いはあるものの「北朝鮮を攻撃したらどうなるか」を現実の問題として考えられる彼らは総じて「攻撃してはならない」とはっきり主張している。コロンビア大の別のセミナーでも韓国人参加者がフロアーから「太陽政策以外に選択枝はない」と明確に主張していた。やはりこれが韓国人の平均的な感覚でそれが盧氏をして大統領に押し上げた客観的な背景であろう。盧次期大統領の発言は最近の訪韓与野党に対する会談においてもこの線で一貫している。

 さらにもうひとつ、アメリカ人の好戦的な姿勢の背景にあるとんでもない仮定にも驚いた。これは日本で報じられているのかどうか大変気になるが「北朝鮮の核武装絶対阻止」の彼らの根拠はそれを阻止できないと韓国も日本も核武装に進むからだという。これがアメリカの「東アジア専門家」によって語られているというのは恐ろしい限りだ。彼らは日本の世論状況を理解する力がないのか、それともその気がないのか。こうした説明を私は別々のセミナーで3度も聞いた。1度はそのロシア系シンクタンクの基調報告で、また2度目はコロンビア大学のセミナーの「東アジア専門家」の口から、また3度目は全米から集まった「東アジア専門家」の院生コンファレンスの報告者の口からである。信じられないが、これは特殊な見解ではない。一般的な見解となっているのである。
 
 その上で、この種のセミナーにせっせと出席をし、かつ必ずフロアーから質問をする女性の発言にも言及しておきたい。彼女は前政権の国務省職員であったというからその発言には重みがあるが、彼女の意見は「インドやパキスタンの核武装には何も言わない。どうして北朝鮮には核武装の権利がないのか」という根源的なものである。この質問を受けた報告者はいつもたじたじの回答しかできていない。彼女の意見では「日本もまた核武装の権利がある」ということになって、さすがそこまではついて行けないが、核兵器を保有する国の方が一生懸命に北朝鮮の核武装の危険を主張するとは奇妙な現象である。ロシア系シンクタンクでのセミナーで、核を保有するロシア人とアメリカ人がそれを持たない日本人と韓国人に核は危険だと一生懸命に説明しようとした。でも危険性をよくよく知っているのは我々の方だ。だからこそ聞きたい。それなら何故、君たちは「核兵器全廃条約」に反対するのか。

 しかし、彼らの答えははっきりしている。つまり「我々は北朝鮮のような危険国家でない」。が、ロシアは実際に危険だった。また北朝鮮からすれば日本は本当に侵略国家であったし、今でも靖国に首相が参拝をしている。そしてまたアメリカはどうか。彼らの目からした時、国連決議なしに先制攻撃を口にする国家ほど危険な国家はない。自国の問題を忘れて他国のみを非難する姿勢からは否定的な反応しか得ることができない。

 このことを特に感じたのは、このロシア系シンクタンクのセミナーの直後に隣にあるアジア文化センターで開催されていた中国映画祭で中国の原爆開発の映画を見たからでもある。五十年代に始まる中国の核兵器開発はいわば「悪の枢軸」国家時代のものであったが、その時に「われわれ」はその開発を阻止できなかった。が、だとしても我々は現在中国の核に怯えて生きている訳ではない。つまり、鎖国の中国は改革開放の中国に代わり、核戦争は現実的な問題ではなくなった。国際社会に求められているのはこうした努力ではないだろうか。韓国の太陽政策とはその意識的追求である。「最大当事者」の韓国がそう努力し、日本政府にも北朝鮮との国交正常化を求めている時、その方向で協力するのが隣国の友人のすべきこと考えるがどうだろうか。(京都大学教授)

 大西さんにメールは mailto:ohnishi@f6.dion.ne.jp
2003年02月08日(土)ブルッキングス研究所客員研究員 中野 有

 21世紀初頭のとんでもない戦争が秒読み段階に入った。ブッシュ政権の中で唯一、多国間主義の重要性を主張しているパウエル国務長官が、イラク攻撃への正当性をとくとくと訴えたのだからブッシュ政権の近視眼的な一国主義によるイラクへの武力行使を回避する人物がいなくなった。イラク戦に反対するシンクタンクの専門家も戦争回避は不可能に近いと考えているようだ。

 戦争の結果、米国の孤立化による米ドルの下落、それに伴う輸出依存の日本経済の打撃や石油価格上昇により日本経済の低落に追い討ちがかかる。そして日本にのしかかるイラクへの復興支援。これら当然の現象に加え、世界を混沌とさせる不気味な「神の啓示」がすでに発せられているように思われてならない。

 スペースシャトルコロンビアの飛行士の追悼式がワシントンの大聖堂で行われた。その大聖堂に日本人の像がある。その人物は、世界連邦構想を提唱し、EU の理念となった思想を築き、ノーベル平和賞の候補となった賀川豊彦(1888-1960)である。賀川が唱えた「宇宙の目的」に沿った世界平和や軍備縮小は、当然のことながらブッシュ政権には理解できぬ思想であろうが、賀川豊彦の像の前で戦争をはじめようとするブッシュ大統領の言葉はどのようにこだましたのであろうか。

 1981年夏、イスラエルの戦闘機がバクダッドの核疑惑施設を爆撃した。このイスラエルによるバクダッドへの先制攻撃の10年後に湾岸戦争が始まった。恐らく、イスラエルの先制攻撃がなければイラクは核武装のもとで湾岸戦争を仕掛けたであろう。昨年9月に発表された米国の国家安全保障戦略は、この先制攻撃が参考になっているとみられる。

 こともあろうにイスラエルのスペースシャトルの飛行士は、22年前にバクダッドの核疑惑施設を先制攻撃したときの副操縦士であった。テキサス州のパレスティンという場所の上空でシャトルは爆発し、ブッシュ大統領のクロフォードの牧場の近くに落下した。何たる偶然であろうか。

 宇宙の目的によって人類は生かされている。と考えると、コロンビア号の宇宙からのメッセージは何を意味するのであろうか。果たして今回の戦争を回避せよとの啓示か、戦争遂行後の不吉な結末を意味するのか。

 因果応報。米国を改めるために21世紀初頭のイラク戦争は発生するのか。イラク戦の次には北朝鮮が確実にターゲットになる。ドミノ現象のように戦争が続くのか。平和構想は存在するのか。

 1962年のキューバミサイル危機に瀕し、ケネディ政権は、戦争回避のための国連演説を行った。そして、キューバのミサイルで米国が攻撃されたときにはソ連を攻撃するとのハードパワーを最大限に生かすと同時に、ソフトパワー(社会資本整備や諜報ネットワークを含む)として平和部隊を創設した。先制攻撃を主張する強硬派を説き伏せ、ケネディーの平和構想により一時的にせよデタントが成立したのである。

 しかし、キューバ危機から41年後の今日、ブッシュ政権は戦争回避の国連演説でなく戦争の正当性を訴えるパワフルな国連演説を行った。無法国家に対し無法の戦争を正当化している米国に対し、フランスを中心に、国連の査察の強化を訴えた。

 カーター大統領は、国連の査察団の強化により戦争が回避できると訴えている。ケネディ大統領はアメリカ人を中心とした平和部隊の創設を行い緊張緩和の部分的役割を果たしたとすると、現在においては多国間主義による平和部隊、すなわち国連の平和部隊をIAEAの査察の強化に加え新たに創設することでイラクの危機を回避できるのではないだろうか。

 ペルシャ湾に米軍が駐留すること自体、米国が意図するイスラエルのバックアップに寄与している。中東再編と石油の利権が今回の戦争目的であるとすると時間がかかろうが米国がその目的を達成しつつあると見られる。国際テロ撲滅のためには、軍事制裁よりむしろ諜報活動を伴う国連平和部隊が重要な役割を果たすのではないだろうか。市民が参加できる平和構想がきっとあるはずだ。

 中野さんにメールは mailto:TNAKANO@BROOKINGS.EDU
2003年02月05日(水)ドイツ在住ジャーナリスト 美濃口 坦

 「.........どの点をとってもドイツがかなわない国に対して無力を感じていること、途方に暮れていることが、彼の顔に書いてある」と2、3日前のドイツの新聞にあった。

 ここで誰の顔かというとシュレーダー独首相で、「ドイツがかなわない国」とは米国である。ドイツもサッカーだったら勝てるかもしれないけれど、確かに軍事的にも経済的にもこの超大国にかなわない。毎日のように彼に会う記者に、彼が「途方に暮れている」とみえるのは、何が何でもイラクと戦争したいブッシュ米大統領に「ノー」と言ったからである。

 ただの「ノー」でない

 ドイツが米国の見解に同意しないで「ノー」といったり、また米国の立場を批判することは決してめずらしいことでない。米国から要求されても出来ないことがあれば「ノー」というしかない。そのときはその理由を挙げて理解しいただきたいと述べることは、今までも何度もあった。

 この数年来、「京都議定書」の問題でも、また国際刑法裁判所の設置に関してもドイツは米国と異なる見解で批判することはあった。

 でも今回は、従来とは話が別だといわれている。というのはこの「ノー」が対テロ戦争と関連していて、ブッシュ大統領には、周知のように、「味方でない奴は敵だ」という二つの立場しか存在しないからである。また対イラク攻撃もこの地球上の悪者退治ための「対テロ戦争」の一部である。

 まさにこの点で、シュレーダー首相の見解は米国と異なる。サダム・フセインは悪い独裁者であるが、ビンラディン・グループとも関係ないので、対イラク攻撃は「対テロ戦争」でないし、テロリズム撲滅のために役立たないどころか、状況を悪化させると、彼は考える。

 でもこの立場は、「9月11日」以来、自国のする戦争については「味方でない奴は敵だ」と考える人々には理解されにくいようである。

 シュレーダー首相が対イラク攻撃反対の立場をはっきりさせたのは、去年の選挙戦のときである。当時、私の友人の一人が「米国はドイツをどうするのだろうか。ハンブルクを爆撃したりしないと思うが............」と冗談をとばした。

 「世界の孤児」になる不安?

 第二次大戦の敗戦国ドイツは、冷戦のあいだ自国を守ってもらい、豊かな社会を築くことができたことで米国に感謝することを国是にしてきた。

 「ベルリンの壁」ができて、冷戦が最高潮に達した頃、当時のケネディー米大統領が西ベルリンで演説した。最後に、彼が下手なドイツ語で「私はベルリン市民です」というと、群集が大歓声をあげる。この光景は米国とドイツの連帯を象徴する。今まで、私はテレビでこの場面を何回見たことだろうか。30回はこえているような気がする。

 私は自分が日本人であるせいか、ドイツ人を見ていると、彼らが「戦争に負けて良かった。(ソ連でなく)米国に占領されて私たちは幸せだった。だからドイツはこんな良い国になった」と自分にいつも言い聞かせているような気がして仕方がなかった。ドイツの知識人が書いたものを読んでも、結局この意識を国民に植え付けるために皆が競争で理屈をこねまわしているだけと、私に思えることがあった。

 でも、「自分はいい男と結婚して本当に幸せ」と四六時中、自分にも他人も言い聞かせている女性は、幸せであるとは限らない。

 米国に「ノー」と言ったシュレーダー首相は、現在国内で「ドイツを国際的に孤立させた」と非難されている。

 欧州のどの国でも世論調査をすると、80パーセントぐらいが対イラク攻撃に懐疑的で反対している。とすると、特に国際的に孤立しているわけでない。

 ここで、私はまた日本人にもどり自分が子供だった頃を思い出す。当時、戦争に負けて国際社会で孤立した日本をしめす「世界の孤児」という表現があった。

 ドイツ国民は米国と意見が対立して「世界の孤児」になることを心の底でおそれていて、自分ではあまり気がついていなにのではないのだろうか。

 テキサス州でベトコンと戦った男

 去年の選挙中、私は、シュレーダー首相の発言を聞いた。彼は、イラク攻撃は不安定な中東情勢をさらに悪化し「冒険である」と述べた。

 私が特に好感を感じた点は、アフガニスタンの現状が一触即発の状況であることを認めたことである。ドイツは派兵しているので、アフガニスタンは自国兵士の安全に重要な問題である。

 またこの発言は、対テロ戦争・第一ラウンドのアフガン戦争が失敗だったことを間接的に認めていることで、私には正直だと思われた。

 外交も、別の手段によるその延長である戦争も、目的をもつものである。目的を遂げることができれば成功であり、そうでなければ失敗である。もしかしたら、「9月11日」以来進行する米国人の戦争、「不朽の自由」(Enduring Freedom)とは、そんな意味での戦争といえないのではないのだろうか。

 昔、自分と似た人間が住んでいないという理由から身勝手にも「新大陸」と称し原住民を追いかけまわして、挙句の果てに居留地に閉じ込めることに成功した国民が、世界中で同じことをしようとして、「不朽の自由」などと呼んでいるだけのように、私には思われる。

 いずれにしろ、米国は爆撃だけして「勝った、うまくいった」と欧米の御用メディアにいってもらっているだけである。本当は、「こわした、失敗した」というべきではないのか。

 対イラク戦争でも、独裁者を打倒して民主的国家をつくり、これを足場に中東全域に平和をもたらすようなことをいう。こんなのは、ベトナム戦争での「ドミノ理論」と同じ単純思考で、今度はドミノが反対方向に倒れていくという話に過ぎない。

 今、大統領をつとめる人は父親のコネでテキサスの州兵になってベトナムのジャングル行きを逃れた。テキサス州でベトコンと戦った男が自国の過去の失敗から教訓を得ようなどと思わないのは不思議でないかもしれない。

 欧州の米国離れに一段と拍車

 シュレーダー首相は、もう少し小声で、それもめだたないように、できれば密室でもう少し他の欧州諸国と調整すべきであった。彼がそうしなかったのは、自分が選挙に勝ちたかったからである。そのために外交の定石を無視した。

 その結果、彼は「EUを分裂させた」と、現在非難されている。というのは、英国、スペインなど親米派の欧州8カ国の首脳が連名で、欧州有力紙に声明を公表、一致団結し、イラク問題で米国を支持する必要を訴えたからである。

 このような批判にも一理あるかもしれないが、相手の米国からドイツは絶対俺の言うことはきくと思われていた以上、いずれは摩擦がさけられなかった。また英国の労働党議員が「米国民はギャング集団に政権を乗っ取られた」というくらいであるから、相手が特に悪かったのである。

 またフランスも反対しているのに、ドイツに対してだけ米国の怒りが向けられる。こんなことを嘆くのは、試験ではじめて悪い点数をとった優等生のボヤキに似ているかもしれない。先生のほうがそのうちに悪い成績に慣れるし、また国際社会は、ほんとうは学校でもないからである。

 ドイツやフランスが反対したからといっても、戦争ははじまる。ドイツを筆頭に西欧諸国が米国との協調を絶対視するのは冷戦の遺物である。現実が変わっても頭の中が変わるまで時間がかかった。今回の「ノー」がきっかけでドイツと米国の関係も普通になり、その結果長期的には欧州の米国離れにも一段と拍車がかかると思われる。

 ケネディー米大統領の「私はベルリン市民です」も、これからはドイツのテレビであまり見られないかもしれない。

 美濃口さんにメールは Tan.Minoguchi@munich.netsurf.de

2003年02月04日(火)萬晩報主宰 伴 武澄

 政府が2月3日に発売した「個人向け国債」の販売が好調だそうだ。郵便局などで即日完売の動きもあり、大蔵省はさぞホクホク顔であろう。

 マスコミは最低買い入れ金額が一口5万円から1万円に下がり買いやすくなったうえ、「半年ごとの金利見直し」を導入したことが好感されたと評しているが、国債を購入しようとする人々が1万円単位で買うはずもない。しかも普通の10年物国債の発行時の金利は0.8%近辺であるのに、今回の「個人向け国債」の金利は0.09%。100万円で利回りは年間900円にしかならない。利回りは一けたも低いのである。銀行預金より多少はましであるが、ゼロに等しいのは変わらない。

 そんな投資意欲をそそらない条件であるにもかかわらず一部でブレイクしたのは、ペイオフで行き場を失った個人の金融資産が殺到しているだけの話である。

 郵便貯金は半年ごとの複利で金利を計算する国内で最も有利な貯蓄性預金。今度の国債は複利ではないものの、「預け入れ上限(1000万円)」がないから、ペイオフの全面解禁をにらんだ個人の金融資産が「個人向け国債」に雪崩を打ったとしてもなんら不思議ではない。これまで国債の最大の購入者は郵便貯金だったから、国債流通の「中抜き」と考えてもいいのだが、購入金額の上限がないから、国債の新たなはけ口が現れたと解釈してもよさそうだ。

 萬晩報は大分前に、国債の大量発行は将来の金利上昇を促し、景気にマイナス効果を与えると警鐘を鳴らし続けた。しかし幸か不幸か金利はまだ上がっていない。逆に金利はジリジリ低下していった。何のことはない。国家の別の財布である郵便貯金を通じて財政投融資計画が買い、日銀もまた資金供給の名の下に国債買い入れを増やしていたのだった。

 国債を発行して別の財布で買い戻していたのでは金利は上がるはずもない。しかし郵便貯金や日銀といえども無限に国債を買えるわけではない。国債発行が一向に減る気配をみせないなかで、次に起きたことは銀行が競って国債購入に走ったことである。

 4年ほど前、政府による大手行への資本注入があったが、せっかく注入された巨額の資金は産業には回らずに大半が国債購入に充てられた。その時、確かに大手行の財務は急をしのいだのだが、国が借金して大手行につぎ込んだお金が国債に還流したのではマクロ経済的にみれば、あまり意味がない。国家と大手行との間で資金は行って来いの関係になったのだとしたら、背任の疑いすらある。その後も銀行は急角度で国債への投資を増やしていった。

 恐ろしいのは、不景気だ、デフレだと騒いでいる最中にも国民の貯蓄はどんどん積み上げられているということである。個人の金融資産はここ数年で200兆円増えて、1400兆円を超えているのである。そして行き場を失ったお金がますます、国債という国家のブラックホールに吸い込まれていってしまっていることである。

 金利は「景気を推し量る体温計」であるというようなことをどこかで読んだことがある。国債の大量発行による金利上昇は景気にはマイナスではあるが、それでも体温計が正常に機能している証左でもあるはず。大量発行すればするほど金利が下がるという日本経済が直面する事態はマクロ経済の機能不全を意味する。

 「個人向け国債」のあまりの人気に財務省は早くも"増発"をもくろんでいるようだが、とまれ。個人は金融機関のように10年後も買い替えてくれるとは限らない。あまり調子に乗っては鳴らない。「個人向け国債」が売れているのはあくまでペイオフの完全解禁が前提であることを忘れてなならない。

2001年03月22日(木) 金利が消滅するほどの日本経済
http://www.yorozubp.com/0103/010322.htm
2001年01月09日(火) 132兆円に膨張する国債発行-2001年度予算
http://www.yorozubp.com/0101/010109.htm
2000年02月18日(金) 世界一の借金王と胸を張る日本国総理を嗤う
http://www.yorozubp.com/0002/000218.htm
1999年11月26日(金) 国債発行の無意味なルールとルール違反(2)
http://www.yorozubp.com/9911/991123.htm
1999年11月23日(火) 国債発行の無意味なルールとルール違反(1)
http://www.yorozubp.com/9911/991123.htm
1999年11月21日(日) 小渕総理がなるべき国債発行の連帯保証人
http://www.yorozubp.com/9911/991121.htm
1999年02月24日(水) 日銀が銀行の"総持ち株会社"になる日
http://www.yorozubp.com/9902/990224.htm
1999年02月01日(月) 国債という日本の打ち出の小づち(3)
http://www.yorozubp.com/9902/990201.htm
1999年01月28日(木) 国債という日本の打ち出の小づち(2)
http://www.yorozubp.com/9901/990128.htm
1999年01月25日(月) 国債という日本の打ち出の小づち(1)
http://www.yorozubp.com/9901/990125.htm
1998年12月07日(月) 国債窓販のチャンスを自ら返上した銀行団
http://www.yorozubp.com/9812/981207.htm
1998年11月28日(土) そうだったのか国債って国が買っていたんだ!
http://www.yorozubp.com/9811/981128.htm


2003年02月05日(水)

Kanai  始めまして。3月開戦とかニュースで聞くと、予測しきれない恐怖で力の抜ける感じがします。一般市民のイラク攻撃に対する感情は米国ではいかがですか?日 本では、プロパガンダ報道等ありませんから、イラク攻撃をWar on terrorではなく、石油利権略奪が目的と捉える客観性を保てますが。テロ撲滅と言えばなんでもOKのでるような米国では、石油目的の侵略は止めようと いう強力な世論は出てこないのでしょうか?イギリスも米国の暴走はブレーキ掛けようかと思うけど、儲け話は逃さないってかんじで抜け目ないですしね。ここ は好い人の国Nipponが世界平和に貢献したいとこなんですけど。米国って北朝鮮と確約して日本を窮地に追い込むとかしそう...米国に頼らざるを得なくし て発言力増大みたいなかんじで。大和魂で日本から世界平和実現にむけて前向きに!

田原 ブッシュ大統領は、まず戦さありというところから、出発し ているようですね。問題のある選挙でも、一応民主的な手続きを経て選ばれた一国の長に対して、全てを認めて辞めなければ殺しに行くと言うのですから、乱暴 これに過ぎる話はないですね。ペンが剣より強いことはめったにありません。人の心を動かせるほどの力と、いのちも惜しまない情熱があってはじめて、世論を 動かし、権力者を変えることができるのだと思います。幸い民主国家は、言論の自由と選挙がありますから、専制国家よりはペンの力を発揮できやすいとは思い ます。とはいえ、アメリカのペンはほとんどユダヤ人が支配しているのですから、そこを乗り越えることができるほどのものでないとダメですね。とはいえ、あ きらめず道を拓いていきましょう。

Yoko Mizutani I don't support war but I have mixed feelings on this matter. The US wants no more Americans both inside and outside of the US get killed by terrorists. At the same time, this is a country calling for democracy and freedom, it cannot shut out immigrants. So I think the world should be working on the strategy to assure such acts of terrorism would never happen again, not only to Americans but for other people as well. In that sense, Northeast Asian Grand design is offering the measure to prevent N. Korea to collapse or be isolated and go for the radical measure.

 うみ 「無制限の査察受け入れ」では無かった以上、「国連決議に対する明確な違反」と受け取ることの方が自然だと思いますが。事実確認はもう少し丁寧にやった方がよろしいのではないかと思います。


西宮  「しかし、戦わずして勝利することが最高の勲章であるとの認識が深まることで、フランス・ドイツが先導役をなす国連外交が開花する可能性が高まる。抑止力 としての軍事のバックアップによる外交は機能しないはずがない。米軍がペルシャ湾に集結することでハードパワーを強調する米国の新保守主義(ネオコン)の 面子が保て、かつ国際社会の協調による安全保障が成り立つのではないか。」仰るとおりだと思います。「やっぱり、この世紀も戦争から始まった。」と言いた くない気持で一杯です。

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