2002年12月アーカイブ

2001年12月29日(土)萬晩報主宰 伴 武澄

 きのうの夕刊早版をひとしきり眺めていた上司が「おう伴。物価が下がるってのは悪いことなのか」と問いかけてきた。どうも東京都区部の消費者物価がこの1年で1.2%下がったという記事がお気に召さないようなのだ。

「わたしはちっとも悪いことだとは思いませんよ。物価がマイナスということは実質GDPを押し上げる効果があるんですから」
「そうだろう。この間、経済産業省のOBと飲んだ時、ようやく日本にユニクロ効果が現れたってことだよって言っていたぜ」

 総務省によると物価の下落は3年連続だそうで、どの新聞を読んでも物価下落を歓迎しているようすはない。逆に物価下落が世の中にとって悪いことのように 書きたてている。しかしよく考えてみよう。いつだって消費者の最大の怒りは物価の上昇だったのではないか。それが下がっているのだから少しは喜んでもいい のではないだろうか。

 ●消えた「よい物価下落」論議

 景気低迷で失業率が上がり、給料も減っている時世に物価だけが上がったのではサラリーマンはたまったものではない。しかも下がった下がったと大騒ぎして いるが、3年間で下がったのは毎年平均1.1%でしかない。それなのに「物価下落に歯止めがかからない」というような表現が横行するのはいかがなものかと 思う。

 物価動向に関して、つい数カ月前まで日本銀行でさえ「よい物価下落」と「悪い物価下落」に分けて分析していたが、もはや「よい物価下落」という表現すらなくなり、世の中すべて物価下落を景気後退に結びつけた論調となっている。

 衣料品はユニクロ効果で当然ながら下がり、外食もマクドナルドや牛丼の値下げ合戦が熾烈だ。電話代もようやく競争に火がつき値下げが目立ってきた。パソ コンはつくりすぎのおかげでお買い時。液晶ディスプレイなどは去年の半額だ。賃貸住宅もまた持ち家が増えた影響で下がっているそうだ。値上がりが目立つの は盆暮れの航空運賃ぐらいで、円安になっても総じて物価が上がる気配はない。

 個々のサラリーマンにとって歓迎すべき材料ばかりで、物価上昇を願うような論調はやはりどこかずれていると思わざるを得ない。

 こんなことを言っていると、経済の「専門家」から「日本経済はデフレスパイラルの入り口に入っている。物価だけの現象をとらえて喜んでいる場合ではな い」とお叱りを受けそうだが、果して経済は縮小してはいけないのだろうか。昨今はそんな疑問さえ湧いてくるほど世の中はマイナス思考一色だ。

 小生だって「インフレもデフレもほどほどがいい」というぐらいの経済知識を持っているつもりだ。一番悪いのは景気が後退しているのに物価が上がるというスタグフレーションである。たかが1.2%程度の下落は「戦後最大幅」だとか騒ぎぐほどの下落ではない。

 ●始まる本格的物価下落

 振り返れば1985年9月のプラザ合意から16年。円安が進んでいるといわれる昨今でも円の価値は当時の約2倍。円が1㌦=100円以上だった95年前 後、マスコミによって「価格破壊」が歓迎された時代もあったが、ベンツやBMWの価格が国産車並みに下がったわけではなかった。

 いったい円高のメリットはどこに消えていったのだろうか。輸入業者が円高差益を独占したのだったら、そうした企業は驚異的な業績を上げていたはずだが、 そんな報道はなかった。輸入車の分野では円建て決済をすることで輸出国側に差益が生まれるよう工夫されたが、あくまで部分的現象にすぎない。

 そもそも日本のGDPに占める輸入の割合は10%にすぎない。これまでの円高が物価にほとんど影響を与えなかった一番の原因は衣料品など一部を除いて日 本企業はアジアで製造した製品を日本国内に持ち込まなかったからなのだ。日本企業が日本市場向けに製品をつくるようになってようやく日本の「物価下落」が 始まったのである。

 中国産のネギやシイタケのセーフガード騒動が象徴するように日本企業が中国で生産して日本に輸出するという企業行動は、ハイテク製品から農産品まで広がっている。日本の産業界の新しい展開に目をつぶっていては21世紀の日本の展望は開けない。

2001年12月27日(木)萬晩報通信員 園田 義明

 ■アメリカ・ブロードバンド戦争

 今回の同時多発テロを契機に日本でも軍備拡充か縮小かの議論が巻き起こっている。議論の重要性は認めるものの、この種の議論を好む方に共通するのは時代 認識の欠如である。急速に時代が変化する中で、安全保障上における情報通信分野での覇権確立が最もホットなテーマとなっている。もとはと言えば、湾岸危機 における日本批判のトラウマも情報発信能力に致命的な問題があったためである。この主戦場の最新動向を見ていきたい。ここでも日本勢の姿は全く見えないこ とを最初にお知らせしておく。

 これまで見てきたとおりラザード・グループは、一貫して民主党クリントン政権を支持し、資金的な援助も行ってきた。昨年ラザードを去った元上級経営幹部 スティーブン・ラトナーも民主党ゴア候補の財政アドバイザーを務め、ゴア政権が誕生していれば財務長官就任も噂された人物である。

 ラトナーは、1989年にモルガン・スタンレーからラザード・フレールに転身し、メディア&コミュニケーショングループを設立、以後ベルテルスマン(ド イツ)、ニューヨークタイムス、パラマウント、AOL、タイム・ワーナーなど大手メディア企業を相手に実績を残してきた。そしてそのひとつが、コムキャス トである。

 今年1月10日、コムキャストはパリから戻ったばかりのフェリックス・ロハティンの社外取締役就任を発表する。これは、明らかにM&A戦略強化のためである。

 1999年3月、コムキャストは、486.3億ドルで業界4位のメディアワンを買収すると発表する。ところが、これに待ったをかけたのがアメリカ最大の 総合通信事業者AT&Tであった。「総合サービス・プロバイダー」をめざすAT&Tは、企業規模にモノを言わせて540億ドルを提示し、買収合戦が繰り広 げられるが、最終的にコムキャストは敗北することになる。

 CATVはAT&Tが独占するのではとの観測が流れたが、今年に入って形勢が逆転する。AT&Tはマイケル・アームストロング会長が就任した1997年 以後、CATVの拡大路線をひた走り、惜しげもなく買収に費やした金額は1000億ドルを超える。しかし、巨費を投じて手にした回線の多くは老朽化が進み 新たな投資が必要だった。加入世帯数1500万、シェア22%の巨大勢力は規模の利益を出す前に債務が膨張し、株価低迷と過剰負債に苦しみ、CATV事業 の事業分離を決断せざるをえない状況に追い込まれる。

 ここで再度登場するところが、フェリックス・ロハティンらしい。

 今年7月、コムキャストは、AT&TのCATV事業を総額580億ドル(負債引き継ぎを含む)で買い取るという買収提案を行う。AT&Tがこれまでに投じた金額のほぼ半額の買収提案額に対してAT&T側は「安すぎる」といったんは拒否する。

 ここから巨大オークション状態に突入する。AT&Tのアームストロング会長の威信をかけた価格つり上げ交渉の開始である。この買収に第4位のコックス・ コミュニケーションズとCATV事業でも2位につけるAOL・タイムワーナーも名乗りをあげ、さらにはAOL・タイムワーナーの独占許さずとマイクロソフ トも参戦する異常な事態となる。

 AOL・タイムワーナーの買収が実現すればCATVで40%を握ることになる。AOLはすでにインターネット接続でほぼ独り勝ちをおさめ、豊富なコンテンツを持っている。さらに一般家庭につながる情報インフラまで握ってしまえば、一大メディア帝国誕生となる。

 マイクロソフトも家庭分野に対して並々ならぬ情熱を注いでおり、ゲーム機に参入したのも家庭との太いパイプの確保をめざしたものだ。しかし、自社で CATVを運営するノウハウに乏しいため、コムキャストかコックスのいずれかが買収を決めた場合、マイクロソフトも30~50億ドルを出資し、共同買収の 形にする戦略に出る。すでにマイクロソフトは、コムキャストに10億ドル、AT&Tに50億ドルの出資して大株主となっており、コムキャスト優勢のまま現 在もその攻防が行われている。

 12月7日付けの日経産業新聞は、この買収劇を「マイクロソフト」対「AOL・タイムワーナー」の代理戦争と書いていたが、ビベンディ・ユニバーサルの存在を忘れているようだ。

   ■ブロードバンド戦争とFCCとパウエル親子

 このAT&TのCATV事業売却をめぐり、米メディアも報じない側面を紹介しよう。

 1934年の連邦通信法によって設立され、ラジオ、テレビ、通信、衛星、ケーブルテレビを用いた州及び国際間の相互的なコミュニケーションを管轄しているのが、FCC(連邦通信委員会)であり、直接議会に対して責任を持つ政府から独立した連邦機関となっている。

 今回の買収劇には、このFCCが大きく関係している。これまで1社が所有する放送局の放送到達範囲は全視聴世帯の35%以内としてきたが、今年3月に下 された「CATV事業者の所有規制は言論の自由に反する」という違憲判決により、この上限を引き上げようとする動きも出ている。

 ブッシュ政権誕生後、通信分野でも相次いで規制緩和策が打ち出されており、こうした動向が今回の買収劇を加速させる結果となっている。

 ブッシュ政権が任命したFCCの委員長はマイケル・パウエルである。AOLの取締役であったパウエル国務長官の息子である。AOLもブッシュ大統領に対 して巨額の献金を行ってきた。このためこの買収劇もAOL・タイムワーナーが巻き返してくる可能性を指摘するメディアもある。ところがこのマイケル・パウ エルは、父親同様不思議な存在である。

 マイケル・パウエルは、確かに共和党支持者であるが、FCCの議長に任命されたのはクリントン政権時であり、民主党とも深いおつき合いがあるようだ。出身はオメルベニー&マイヤーズ法律事務所のワシントンオフィスである。

 ブッシュ・ゴア天下分け目の決戦となったフロリダ州開票作業。ブッシュ陣営を率いたカーライル・グループの上級顧問ジェームス・べーカー(財務長官、国務長官を歴任)もベーカー・ボッツ法律事務所のシニア・パートナーである。

 対するゴア陣営を率いたのが、ウォーレン・クリストファーであった。ウォーレン・クリストファーは、クリントン政権の国務長官(1993~97)であ り、マイケル・パウエルが在籍したオメルヴニー&マイヤーズ法律事務所のシニア・パートナーである。共に国務長官を経験した弁護士の一騎打ちとなっていた のである。

 オメルベニー&マイヤーズ法律事務所の拠点はロサンゼルスにあり、もうひとりのシニア・パートナー、ウィリアム・コールマン元運輸長官(フォード政権-1975~77)もゴア候補を支持した。

 ウォーレン・クリストファーは、かってはロッキードの取締役を務め、一方ウィリアム・コールマンは、チェース・マンハッタン・バンクの取締役を務めてい た。そしてふたりともパン・アメリカン航空(パンナム-1991年操業停止)の取締役であった。従ってロハティンとは長いつき合いのようだ。

 そしてもうひとりこの買収劇の鍵を握る人物がいる。

 ★メモ--「日本版FCC」について

 政府のIT戦略本部(本部長・小泉純一郎首相)は12月6日の会合で、FCC(連邦通信委員会)のような独立競争監視機関の設置の検討も含めた改革案の議論を行う。どうやら情報通信分野の規制・監督機能強化を行いたいようだが、これは全く時代に逆行するものである。

 園田さんにメールは mailto:yoshigarden@mx4.ttcn.ne.jp

2002年12月18日(水)萬晩報主宰 伴 武澄

「トヨタ自動車や日産自動車の9月中間決算は史上最高を記録した。ホンダも最高水準だった。世界の優良企業と比較してもはずかしくない利益水準を確保する企業がようやく現れた。上場企業に利益は40%増だったそうじゃないか。マスコミは景気に対して悲観的すぎるのではないか」
「電機業界はさんざんじゃないの。どうして楽観的になれるのさ」
「確かに電機の業績はレベルが低すぎる。でも何千人規模のリストラをやっているのだから割増退職金だってすごいぜ。そのリストラだって峠を越えたんでないの」
「なにいってんだ。電機業界を含めて日本の景気って輸出依存ばかりじゃない」
「ちょっと待ってよ。日本経済は明治このかた輸出一辺倒でなかった時期ってあるの。いまさら始まったことではないじゃない。なにかすべてが後ろ向きに解釈されているんだよ。明るい兆しが出てもいつだって「しかし・・・・・・」と否定的コメントを付けることにやっきとなっている。自分たちで悲観的な見通しを書いてだめだだめだと、ちょっとやりすぎだよ。最近は」

 1週間前、こんな会話が職場仲間とあった。その相手が「伴ちゃん、読んだ」と毎日新聞(13日)の社説を差し出した。「V字型回復を素直に認めよ」という見出しにわが意を得たりという思いがした。

 新光総合研究所が発表した上場企業の業績まとめによれば、銀行、証券、保険を除く9月中間期の決算は売上高は1%減少したものの経常利益で40%近い増益となった。通期では0・3%程度の売り上げ増で、経常利益は65%の増加を見込んでいる。日本経済新聞まとめでは同71%増となっている。

 毎日新聞の論説委員は「決算の集計は企業の損益を集約したもの。粉飾決算をしているならともかく、政府や各種研究機関の調査・分析より経済の実態を表している。決算の数字こそが事実なのだ。アメリカ経済の見通しや、外国為替市場の着通しなどは予測。事実よりも予測を重視する議論は、不必要に悲観論を強めたり、現状認識を誤らせる」と一刀両断。

 そして「このV字型回復を過小評価すべきでない。したり顔に不安材料をあげつらう景気の分析者の多くが、日本経済の回復に依存する証券会社の関係者という現状は不可解である」と結んでいる。

 12月13日に日銀短観が発表されて「景気改善に足踏み感」「景気先行きに不安」という見出しが夕刊を飾った。よくにみると2本目の見出しは「現状は小幅改善」となっている。短観を子細に読むと「現在の景気は3期連続で改善」しているものの「1月以降に不安がある」という内容である。「実績」と「見通し」のどちらを見出しを取るかにとるかで大いに迷うものだが、悲観的な方が「知性」をくすぐるのだろうか。

 いずれにしてもアナリストとかマスメディアとかは、過去の景気の大きな転機をほとんど見誤ってきた。誤った場合でも、いつも政府のの見通しの甘さのせいにして、責任をとったことがない。景気拡大のときはいつまでも拡大するような楽観論が新聞紙面を飾り、逆に景気後退のときもいつまでも悲観論から抜け出せないでいる。

 筆者の場合、この3月決算で、企業業績が史上最低水準を更新したとき、反転は近いと考えた。理由は簡単だ。利益が限りなくゼロに近付いたから、あとは反転しかないからだ。

 多くの場合、企業業績の足を引っ張ってきたのは本業よりも資産の目減りだった。本業で頑張っても、土地や株式、それに退職金引き当て勘定などの評価損で利益が大きく目減りした。加えて大規模リストラに伴う割り増し退職金だとか、不採算事業からの撤退負担もが企業業績に重くのしかかっていた。

 いま述べたいくつかのマイナス要因のうち、リストラ負担は大方、峠を越えたはすだ。土地の値下がりはまだまだ続くと思われるが、株式の方はどうだろうか。株価配当率はかつてなく高まっている。平均で1・5%ぐらいだろうか。株価によっては年間に3、4%という企業も出現している。底を打ったといえるほどの確信はないが、中期的にみて底値であろうことは誰にでも想像出来る。

 鉄鋼業界はちょうど一年前、2002年度について「粗鋼生産1億トン割れによって大幅減産が余儀なくされる」というような悲観的見通しを発表した。政府や民間の多くの経済見通しも同様の傾向を示した。いまも景気に対する国民的感情はブルー一色だが、足元の実態は必ずしもずべてブルーではない。自動車のようにばら色の業界もあるし、前年度を上回っている業界も少なくないのだ。

 評論家の竹村健一氏が夏ごろのメルマガで「国民的株式下支え運動」を提唱していた。これは企業業績のV字型回復とは別の次元の問題提起だったが、今回は株式市場反転が企業決算上の数字ではっきり裏打ちされている。
2002年12月16日(月)ブルッキングス研究所客員研究員 中野 有


  9月20日に出された米国の「国家安全保障戦略」には、先制攻撃(ハードパワー)から経済協力(ソフトパワー)まで包括した幅広い戦略が織り込まれてい る。アメリカの安全保障戦略を分析するに「アメとムチ」の両方のパワー、すなわち軍事のみならず、ODAが50%も引き上げられたという側面を理解しなけ ればいけない。そのソフトパワーの実施機関がUSAIDである。

 ブッシュ政権は、自由、民主主義といった米国の価値観を国際テロ組織やならず者国家から守るため軍事、経済協力、インテリジェンス機能を強化した。小さ い政府を目指す共和党政権があえて「HOMELAND SECURITY」という新しい巨大官僚組織を創設した。このように米国があらゆる戦略で不安定要因を除去し、かつアメリカ式国際秩序を蔓延させようとし ているときに、日米同盟の視点からどのような日本の役割が期待されているのであろうか。

 安全保障における日本の弱点は、専守防衛のオプションしかないことである。一方、米国は先制攻撃から経済協力まで幅広いオプションの中から「アメとム チ」を使い分けながら包括的な戦略を練ることができる。では、米国には弱点があるのであろうか。米国の弱点は「一神教」にあり、中東和平を遂行させること ができないのは宗教に対する妥協がなく、また排他的で共存の哲学に欠けていることと考えられる。

 そして、宗教には4つのパターン(キリスト教・イスラム教・ユダヤ教等の一神教、インドのように宗教が混沌としている、中国のように宗教を認めない、日 本のように神道・仏教・キリスト教を同時に信仰できるといった極めて柔軟性のあるパターン)が存在するとの福地理論を唱えたところ、この考えに同調し、米 国の「一神教」と「一国主義」の関係を指摘する米国の専門家が多かった。

 さらに日米同盟には、「餅屋は餅屋」という役割分担が存在するなら米国の苦手とする分野を日本の意志を貫きながら相互補完が成り立たないかについて提示 してみた。果たして、一発触発の北東アジアの現状に一神教の弱点を埋める柔軟性に富んだ「和の精神」を尊ぶ日本思想が生きてくるのであろうか。

 米国が「悪の枢軸」というレッテルを貼った国が本当に戦争を起こすのだろうか。戦争が起こるとすると「火に油を注ぐ」政策を貫いたときであろう。イラクと北朝鮮に共通するのは、一人の思惑で大量破壊兵器を使用することができることである。

 今後、独裁者による大規模な戦争が起こるのであろうか。それを問い掛けるにあたり、どうして米国とソビエトは無数の核兵器を製造したのに60年近くも世 界規模の戦争を回避できたのであろうか。その答えは戦前の石原莞爾の「世界最終戦論」の予言の如く核の犠牲で恒久的平和に至った。

 日本は世界平和のために貢献したのである。そして21世紀の今日、再び日本の周辺が大国の駆け引きが絡み揺れ動いているときに、柔軟な日本思想を世界に 発信すべきである。東洋医学と西洋医学の違いがあるように日米の安全保障戦略には違いがある。また、ブッシュ政権の国家安全保障戦略の中にも経済協力によ る信頼醸成構築という東洋医学的な手法もある。

 アフガニスタンでは戦後復興の平和構築がなされている。紛争と発展の可能性を秘めた北東アジアには、紛争を未然に防ぐ予防外交が求められている。現在の 米国の対北朝鮮外交は、食糧支援などで北朝鮮を支援しても北朝鮮が抜本的に変わらなければ、あるいは政権を交代させなければ、紛争の脅威から逃れることが できないというのが主流である。

 しかし、USAIDの長官と意見交換を通じ、北朝鮮の対応次第で「21世紀のマーシャルプラン」といえる協調を通じ紛争を未然に防ぐ芽もあると感じた。 なぜなら、米国の安全保障戦略には幅があることと、北東アジアで戦争が起これば犠牲が大きすぎるからである。ナティオス長官に北東アジアの開発構想を提出 するとの約束をした。米国の会議では意外と日本思想が評価されることをひしひしと感じた。萬晩報の平和構想に関する読者のアドバイスを頂きたい。

 中野さんにメールは mailto:TNAKANO@BROOKINGS.EDU

2002年12月11日(水)萬晩報主宰 伴 武澄


 「ビールも発泡酒も同じだから」という理由で発泡酒の税金を上げようとしている。政治化もマスコミもたった8年前のことを忘れようとしている。ここでもういちど発泡酒が日本に登場した背景をおさらいしておきたい。

 1994年暮れ、発泡酒を「ホップス」の名で最初に世に出したのは、サントリーである。背景には輸入ビールの急増があった。おかげで世間は原料の麦芽の比率をほんの少しだけ落とすことで、世界一高い日本のビール税を免れることを知った。

 ホップスの希望小売価格は350ミリリットル缶で普通のビールの225円に対して180円だった。主原料の麦芽の割合を65%に押さえたため、ビール税 の適用を外れ、大幅値下げが可能になった。サッポロビールはさらに麦芽の比率を25%まで下げて150円という価格を実現した。いまでは小売り価格120 円台が常識。自販機の清涼飲料とほとんど変わらない。

 それまでほとんど酒屋で「定価」で販売していたビール類が値崩れを起こしたのはディスカウント店のおかげである。ディスカウント店は洋酒やビールを手始めに化粧品などの値引き販売に参入。結果として安価な輸入ブランドが街にあふれ、大手企業を震え上がらせた。

 ビール業界では海外の安いビールが日本市場になだれ込み、スーパーのダイエーまでがベルギーのビール会社と提携、小売価格128円などという缶ビールが 市場に出回った。当時のビール業界の人々は128円ビールの登場に泡を食った。「350ミリ缶でビール税が90円近くを占めている。赤字販売だ」と流通業 界をなじった。

 調べてみると、ビールの輸入価格は、当時、24本入り缶ケース1箱の価格が「6ドル」とか「7ドル」程度で、国内メーカーの工場出荷の半分以下で、輸入ビールの価格圧力は相当なものだったに違いない。

 サントリーが考えたのは、国内製造でのコストを大胆に切り下げられない以上、酒税の方でなんとかしなければならないということだった。幸い日本の酒税でビールの定義は「原料の麦芽比率が全体の3分の1以上でなければならない」という規定があった。

 そこで「麦芽料が3分の1以下ならば酒税が各段安い"発泡酒"という分野でビールと同じ品質のものを売り出せる」という目からうろこの逆転の発想にたど り着いた。そもそも当時、ドイツ以外にビールの品質規定で「麦芽比率」を設けているところはなく、麦芽比率60%以下のビールも多くあったから、ビールと いう名前さえ気にしなければ安い"ビール"を世に出すアイデアはいくらでもあった。発泡酒はそんな時代背景から生まれた。

 背景には急速に進む円高があった。消費者は円高にもかかわらず物価が一向に下がらないことに不満を募らせていた。その2年前に自民党内閣が崩壊して、細川内閣が誕生したのも実は「変わらない日本」に対する国民の意思表示だった。

 発泡酒増税は単に1缶当たり20円増税するとか10円に圧縮するべきだと論ずるような問題ではない。円高が国内の流通に規制を揺さぶり、酒税のあり方を あざわらう「発泡酒」が誕生した。その結果かどうか分からないが、キリンの牙城が切り崩され、アサヒビールが国内生産のトップに立った。業界ランキングが 逆転した唯一の業界がビール業界ということができる。発泡酒は規制緩和の
寵児なのである。

 政府はまもなくネットで1・5兆円減税を決めることになっているが、所得税が減税になるわけではない。お年寄りの金を子どもたちに差し出す生前相続の非 課税枠拡大などは姑息な住宅産業支援策にすぎない。多くの国民が求めているのはそんな減税策ではない。小泉首相の人気を支えてきたのは無駄な財政カットで あり、そのためならば多少のデフレは我慢しようというまっとうな考え方だったのではないだろうか。

 多くの国民が望んでもいない減税の見返りにたばこや発泡酒を増税するのは小泉内閣の足を引っ張る愚策である。

2002年12月09日(月)ブルッキングス研究所客員研究員 中野 有


  本日(12月5日)ワシントンのブルッキングス研究所主催の朝食会にてプリチャード朝鮮半島エネルギー開発機構(KEDO)大使の講演を聞いた。ワシント ンの研究所の醍醐味は、外交・安全保障の現場に携わっている第1人者の内輪の話を聞くことができると同時に考えを伝えることができることである。どうして 北東アジアにはびこる緊張の呪文を取り除くことができないのか。個人的見解を述べてみる。

 北朝鮮が核の開発を進めているとの米国の見解と、北朝鮮側の自己防衛のため核の開発を行う権利があるとの見解にはニュアンスの違いがある。しかし、いず れにせよ北朝鮮の核の問題に関しては、中国もロシアもこれを批判しており、国際協調が得られると考えられる。イラクの核の査察問題で国連常任理事会が 15-0で米国の主張を通したようなシナリオが北朝鮮問題でも成り立つと考えられる。

 北朝鮮が1994年の米朝の枠組み合意を守らなかったのだからKEDOの意味がなくなる。ブッシュ政権は、中間選挙の共和党の勝利もあり、北朝鮮への重 油提供等の制裁を強化する運びである。日本や韓国は、北朝鮮の孤立を避けるための関与政策を主張しているが11月のKEDO総会で表明されたように重油提 供の一時的な停止と活動の再考とあるように北朝鮮が核開発をやめない限りKEDOが頓挫すると考えられる。

 KEDOは、米国・韓国・日本が中心となりEU・オセアニア・アルゼンチン等も加わり構築された北東アジアにおける多国間協力機構である。北東アジアは 朝鮮半島の38度線を境に未だに冷戦構造が温存されていることから察すると、北東アジアの6カ国の重要なプレーヤーである中国とロシアがKEDOに参加し ていないことが理解できる。

 一方、中国が主役となり国連が音頭をとりながら90年代初頭より推進している豆満江流域開発がある。豆満江は、中国・北朝鮮・極東ロシアの国境を流れる 川である。この浅瀬の豆満江を渡れば北朝鮮から中国へ行くことができる。このプロジェクトは韓国と北朝鮮が国連に同時加盟したときに南北の協力推進を目的 としたものであり、筆者は、国連機関で勤務していた90年初頭より深く関わってきた。しかし、このプロジェクトの問題は、日本と米国の関与が少なかったこ とにある。

 KEDOと豆満江流域の開発を見た場合、北東アジアには米国型と中国型の多国間協力が相容れない関係にあるように考えられる。中国の多国間主義には注意 を要する必要がある。例えば、上海協力機構(中国・ロシア・中央アジア4カ国)、中国とASEAN(東南アジア諸国連合)との関係を見ると中国の多国間主 義がアジアの大半を覆う勢いである。そのように考えると、国連が推進する北東アジアの多国間協力を目指す豆満江流域開発は中国式の多国間協力であるゆえに 限界が感ぜられる。

 果たして冷戦が残る北東アジアにおいて北東アジア6カ国と米国等が利益を共有できる多国間協力のプロジェクトが有るのであろうか。

 1996年1月にホノルルで開催された「第6回北東アジア経済フォーラム」において、三菱総研の朝倉堅五氏が、北朝鮮を含む参加者を前に提唱された「北 東アジア天然ガスパイプライン構想」が思い出される。これは、21世紀は気体エネルギーの時代であり、世界の30%の天然ガスが埋蔵されている極東ロシア からモンゴル・中国・北朝鮮・韓国を経由してガスパイプラインで日本まで天然ガスを運ぶという構想である。このメリットは、天然ガスは環境に最も優しい化 石燃料であり、酸性雨や黄砂に関係する中国の環境問題を解決し、日本のエネルギーの中東依存を減らし、朝鮮半島の南北を貫通しエネルギーを通すことにより 地域の信頼醸成が生まれるというものである。東西の冷戦中から東西ヨーロッパに天然ガスパイプラインが通っていた事実から見るとエネルギーの安全保障と信 頼醸成は補完関係にあると考えられる。

 KEDOの問題は、中国とロシアの関与が少ないことである。中国もロシアも北朝鮮の核開発に反対している。とすると、北東アジアすべての国が主役となる 北東アジア天然ガスパイプライン構想こそKEDOを凌ぐプロジェクトになるのではないだろうか。とりあえずプリチャード大使にこのプロジェクトの重要性に ついて聞いてみた。まだまだ時を要する話かもしれないが、米国と中国が納得する多国間協力構想を日本発で発信することも悪くないのではないだろうか。北朝 鮮の拉致問題を通じ、日本人が外交や安全保障に興味を持ったとすると、次に重要なことは、北東アジアの安定と繁栄のための大きな構想ではないだろうか。

 現在北朝鮮が核を持っていても持ってなかってもいずれにせよ技術進歩を考えれば、将来的に小国でも個人でも核開発が可能な日が到来するだろう。そのよう に考えると、エネルギーを共有できる大きな構想や具体的なプロジェクトの方が意義があるのでなないだろうか。勿論、北朝鮮が国際ルールを守らなかったこと に対しては、強力な制裁が必要であると思う。そして同時に武力制裁を避けるためにも解決策も提示する必要があると考えられる。読者の意見を頂きたい。

 中野さんにメールは mailto:TNAKANO@BROOKINGS.EDU
2002年12月08日(日) 萬晩報主宰 伴 武澄


 長野県の田中康夫知事が「知事の在職は3期12年まで」という内容の条例案を県議会に提出した。三重県の北川知事が2期8年で辞任する意向を示したことと併せてわれわれに大きな問題提起を投げかけてくれたと思う。

 筆者はかつて【独立北海道では大統領や知事は3選禁止】というコラムで首長の在職は「2期8年まで」と主張したことがある。アメリカ大統領でも任期は 「2期8年」ということを参考にもので、日本の企業社会でも社長に任期は3期6年がほどよく、4期8年が限界とされていることを根拠とした。

 知事の任期を条例でしばる必要があるかどうかは議論の余地があるが、長期政権の弊害はあまりにも大きい。一番の弊害は本人の資質とは別に、知らない間に取り巻きがイエスマンで固められてしまうということであろう。

 田中知事も2日の知事会見で「多選の弊害というのは1人の首長のみが長くいるからではなく、首長とともに働く組織というものが、結果としてお仲間として内向きの論理になってしまう。これが県民から疑念を抱かれたり、違和感を抱かれることにつながる」と語っている。

 長野県庁にはすでにそうした新たな「お仲間」が生まれつつあるのかもしれない。いやきっと生まれていることに知事自身が気付いたのだろうと思う。

 知事や市長といった住民の直接選挙で選ばれる首長はアメリカ大統領と同じで絶大な権限を持つ。もちろん制度的には議会が行政のチェック機構として機能する仕組みにはなっているが、国と違って地方行政には強力な官僚軍団もない。

 そんな首長が、10年も20年もトップの座につけば自治体行政は半ば「独裁化」する。高邁な理念と行動力を持っていればなおさら求心力が強まる。「求心力」と言えば肯定的で、「独裁」だと否定的な表現となるが、政治力学的にいえば「求心力」も「独裁」もあまり違わない。

 そんな制度に組み込まれた権限集中とは別に、日本の地方の場合、政令指定都市がある都道府県を除いて、「自治体」が最大の事業主である場合が多い。売上 高規模(予算)でも、従業員数規模でも他の民間企業を圧倒している。自治体予算を凌駕できる民間企業は9電力会社以外にほとんどない。県庁という組織はい わばガリバーなのである。金融機関、土木会社といった経済界から教育界、警察、はては場末の飲み屋まで県を頂点としたピラミッドに組み込まれているのが現 実だ。

 長期政権は知らず知らずの間にイエスマンだけを取り巻きに残すことになるのは自治体に限った話ではない。

 同僚記者が大分前、ある大手合繊企業とマスコミの懇談会の席上、異常な光景に遭遇した。社長がたばこに火を付けたとたんある役員が灰皿を持ってきて吸い 終わるまで灰皿を持ち続けていたというのだ。彼が、びっくりしたのは60歳を前にしたその役員の行動ではなく、この間平然としかもマスコミの前でたばこの 灰を灰皿に落とし続けていた社長の感覚だった。この社長も在任中は名経営者の誉れが高かったが、長期政権の間にそんな取り巻きばかりになり、社長自身が常 識感覚を失っていったのだろう。

 本人からすれば、トップの任期として8年は短いのだろうが、決してそうではない。まず第一に、霞ヶ関の常識でも局の筆頭課長が事務方のトップである事務 次官になるのに10年はかからない。このことは自治体でもあまり変わらないだろう。就任時に一番身近だった秘書課長が定年で辞めてしまっているのに知事は まだ現役で「やり残したことがある」というのでは示しがつかない。

 次に、経済や社会の変化は意外に速いものであることをトップは身をもって知るべきであろう。今年の12年前は1990年だ。日本経済はバブルの頂点で、 最大の債権国として日本の閣僚はサミット(主要国首脳会議)やG7(先進7カ国蔵相中央銀行総裁会議)など国際会議では肩で風を切っていた。

 地方ではリゾート法による開発が盛んとなり、第三セクター方式による開発のほとんどが自治体の不良債権化している。日米経済も10年間で立場が180度逆転した。「たった10年間の間に」と考えるのか「10年もたてば」と考えるのか。もちろん後者の考え方が常識である。

 王様だって20年もすれば後進に譲るのが常道だ。まして市井の人間がそんなに長く行政を牛耳るわけにはいかない。

 独立北海道では大統領や知事は3選禁止
 http://www.yorozubp.com/9804/980430.htm
2002年12月04日(水)萬晩報主宰 伴 武澄


  四国新聞論説委員の明石安哲氏がコラム「一日一言」で「たばこ税を上げ続ければ、たばこの密輸が増え、新たな暴力団の資金源になるかもしれない」というこ と書いている。明石氏によると、たばこの税負担率が84・6%まで引き上げられたイギリスでは消費量の3分の1が密輸なのだそうだ。

 以前チェコを訪れた時に同じことを聞いたことを思い出した。ドイツとチェコとのたばこ税が大きく違うのでチェコで製造したマルボロが国境を越えて大量に ドイツに流れていたのだった。陸地で国境を接していない日本では暴力団が手を染めてもいい商売になるかもしれない。一概に荒唐無稽と聞き流すわけにはいか ないと思った。

 「12月から590億円得したたばこ屋さん」と題してたばこ増税に反対するコラムを書いたことがあるが、いただいた反響のメールのほとんどは「社会に害毒を撒き散らすものだからどんどん税金を上げればいい」というコラムの趣旨をはきちがえた非喫煙者と思える読者からの批判だった。

 http://www.yorozubp.com/9812/981209.htm

 今回は違う側面からたばこ問題を考えたい。ひとつはたばこ価格が財務省による認可価格であるということである。たばこ価格を値上げするにも値下げするに もいちいち財務省にお伺いをたてなければならない。その結果、財務省が認めた価格以外で売ってはいけないこととなり、小売り店がたばこを値引き販売すると 法律に触れるのである。

 街角の自動販売機で買っても、銀座の高級バーやクラブにいってもマイルドセブンが250円であるのはそういうことが背景にあるからなのだ。

 大方の商品は「定価」を定めると「価格拘束」という名の独占禁止法に抵触することになるのに、たばこだけは財務省の管轄ということもあっていまだに旧制 度が生き延びている。ほとんど旧社会主義国並みである。ちなみに書籍や新聞も独禁法の対象外となっていて「定価」をうたうことが許されている。

 この際、国家財政のためにどうしてもたばこ増税をしたいのだったら、たばこのこの「定価」という旧弊を廃止するべきである。財務省も譲るから国民にも我慢を、ということならば多少の増税はいたしかたない。

 というのもたばこの定価制が廃止されれば、たちどころにたばこの乱売合戦が始まることが期待できるからだ。増税分をまるまる国民が負担しなくていいとなれば、愛煙家の理解も得られるというものだ。

 定価がなくなる効果のもう一つの側面はコスト競争力のあるたばこ会社が売り上げを伸ばし、その逆も起こりうるということだ。日本では日本たばこ産業 (JT)がダントツだが、フィリップモリス社の輸入たばこシェアは15・2%(このほかJTに委託生産するマルボロがある)。外資全体では26・6%シェ アとなっていて、その比率は年々アップしている。

 それでなくとも高コストでシェアを落としているJTの未来はおぼつかない。

 現在、250円のマイルドセブンにかかるたばこ税は141円44銭、これに消費税11円90銭を上乗せして、税金は合計153円34銭である。価格に占める税金の割合は61・3%。小売り価格に占める税金の比率が50%を超えているのはたばことガソリンである。

 財務省のお役人も自民党税調のお偉方もよーく考えてたばこ増税を判断するべきだ。

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