2002年10月アーカイブ

2002年10月30日(水)ドイツ在住ジャーナリスト 美濃口 坦


  ドイツで暮らす私はパソコンで日本のテレビニュースを見ることができるが、普段はあまり見ない。でも今回、私も見た。北朝鮮に拉致された人々が帰国した場 面をである。日本で多くの人がテレビの前で感無量、万感胸に迫る思いで見たと思われる。私も同じ気持だった。でもその後、日本社会の反応を知るにつれて、 私は違和感をおぼえたり日本らしいと思ったりした。これはいったいどういうことなのであろうか。

 ●被害者を我が子のように感じる

 この点について考えるヒントを、小浜に帰郷された地村保志さんがあたえてくれるように思われる。彼は久しぶり訪れた故郷の町の人々に対するあいさつで次のように述べる。

 「、、、帰って来てみて本当にわたしたちの問題というのは、わたしたちの家族の問題じゃなしに日本の国民の皆さん、そしてわたしの育ったこの小浜市民の 人たちの、本当の自分の子供の問題のようにして考えて今までそういう運動をしていただいたということを実感して分かるようになりました。、、、」

 私が同感したのは「本当の自分の子供の問題のようにして考えて」という表現である。日本社会で自分が置かれた状況を彼がよく把握されていると思われた。

 日本社会で拉致事件が問題にされにくかったといわれる。欧米社会で似たような事件が起これば、問題とされ、社会も、また政治的にも、もう少し早い時期で 対処していたような気がずる。いやがる人間を連れていくことが悪いのはどこの国でも同じである。おそらく、欧米社会では不法行為に憤慨し被害者に同情し、 その結果政治が動くメカニズムが日本と異なり、このとき(例えば人権といった)理屈が大きな役割を演じる。その結果、全体として反応が早くなるのではない のか。

 反対に日本社会では、理屈のようなものが介在する程度が弱く、一番強く社会を動かす要因は、事件が我が子に起こったように被害者を身近に感じることで、そうなると私たちにピンときて、同情したり憤慨したりし、いつか政治サイドが動き、例えば立法化や補償が実現する。

 拉致事件にもどると、日本で問題にされるようになったのも、拉致された人々を「本当の自分の子供」、我が子のように感ずる人が増えたからである。地村さ んがいったのはそういうことである。ところが、日本列島に一億の人々がいて、本当のところ見も知らない他人の事件を我が子に起こったように感じるなど、な かなかできない。そう感じる人々の数がふえるまで、かなりの年月がかかってその間、問題が棚上げにされる。

 この点は重要である。おそらく日本社会で市民運動に携わった多くの人は、そんなこと、今にはじまったことでないと、ため息をつくかもしれない。国際的に 常識とされ、反対する理屈もないのに日本社会は動かないことがよくあるからである。例えば、ハンセン病患者の強制隔離政策である。こんなことなど60年代 のはじめ頃に先進国はやめた。反対する理由もないし、大きなコストが発生するわけでもないのに、この強制隔離政策を定めた「らい予防法」が日本で廃止され たのは1996年である。
 このようなメカニズムは日本社会の弱点でもある。というのは我が子に起こったように感じることができない問題も多いし、身近に感じたときには手遅れということもある。
 
 ●今日本で起こっていること
 
 この日本社会らしいメカニズムを前提とすると、今起こった現象が理解できるのではないのだろうか。

 日本のメディアは故郷に戻られた五人の生存者が何を食べたかを含めて、その一挙一動を報道した。このように彼らと「同じ目線」で見ようとするのも、この メカニズムがはたらいて、私たちが被害者・犠牲者を我が子のように身近な存在に感じたいからである。またそうならないと、私たちが彼らにかかわりをもち、 同情したり憤慨したりもすることもできない。日本では、国民の大多数がこのように情動することが「国民感情」と呼ばれる。

 欧米にも私的領域に立ち入って報道するセンセーショナリズムを売りも物にするマスコミ媒体があるが、日本の報道は表面的には似ていても、センセーショナルな感じがしない。これもこの日本的メカニズムのためである。

 次に、生存者帰国後しばらくして、死亡したとされる拉致被害者の家族が「自分たちの問題」が忘れられのを心配しているという記事が私の眼にふれた。これ は欧米人には理解しにくい感情である。というのは、死亡したとされる拉致被害者について家族が抱く疑問の解明は、日本のメディアの生存者についての報道と 直接関係ないからである。

 この反応も、日本独特のこのメカニズムを考えると理解できる。というのは、「拉致被害者の家族会」の人々にとって、このように報道されることこそ、読者・視聴者(=国民)が拉致された人々を我が子のように思うことで、それが解決に近づくと今まで考えてきたからである。

 次の事件は、拉致被害者五人の永住帰国と北朝鮮にいる彼らの家族を日本に呼び寄せる方針を日本政府が決定してしまったことである。これも、日本政府が久 しぶり娘や息子に会い、彼らが二度と会えなくなることを心配する被害者家族と視点を同じにすることである。政府は、こうして事件が我が子に起こったよう感 じていることを国民に対してデモンストレーションしたので、この日本的メカニズムがはたらいたことでもある。本来政治が「国民感情」を満足させることはよ いことであるが、この政府決定は問題があると思う。というのは、理屈があまり介在しないメカニズムがはたらいて生まれた決定で、厄介な問題が考慮されてい ないからである。

 ●問題のある日本政府の決定

 政府関係者は「、、そもそも5人は(北朝鮮の)国家犯罪による犠牲者であり、北朝鮮との合意を守らなくても国際社会の理解は得られる」と思っているらしいが、これはかなり楽観的すぎる見解である。

 私たちは相手が悪人でも合意した以上守らなければいけないと思っているのではないのか。もし守らないなら、はじめから合意する必要がない。このような素 朴な倫理観は国際社会でも正しいのである。というのは、国際法では、二国間の合意は、条約や協定ほど重みがないにしても尊重されるべきことになっているか らである。次に北朝鮮が「犯罪国家」で、日本が「良い国」であることに国際社会で異論がないにしても、この一般的事実から個別ケースである今回の合議の一 方的破棄を正当化するのは論拠として薄弱である。

 現在日本に、この拉致事件に関して北朝鮮に「完全な原状回復」を要求する人がいる。確かに、外国が不法に自国民の所有物をこわしたり、あるいは自国領土 を占領したりしたら、「完全な原状回復」を要求してもおかしくない。ところが、今問題になっているのは、物でなく人間である。物と人間の区別をおろそかに する主張は、18世紀か19世紀ならいざ知らず、人権とか個人の権利が重視される21世紀の国際社会で表立っていえるセリフでない。下手すると日本政府の 人権意識が疑われかねない。
  
 次はこの合意の内容であるが、これは、拉致被害者本人が家族と相談してから居住する場所(北朝鮮、日本、第三国)自分で決めてもらうことになっていて、 日本政府もはじめこの立場をとっていた。この相談で重要度からいくと、拉致被害者本人、北朝鮮に住む彼らの家族、日本の家族の順である。次に北朝鮮の家族 とは、米国人の男性伴侶と、北朝鮮で生まれ育った子供たちである。そのうち、亡くなられた日本人女性が残した女の子の場合、家族となると、正確には親権者 の北朝鮮人の父親と継母とその子供を含むことになる。

 この状況で、日本政府が、家族と相談をする機会もあたえず、一方的に彼らの居住場所を決め、それを要求することは、現在の国際社会の慣習に反する。とい うのは、外国人であろうが日本人であろうが、日本政府は日本国内に居住することは強制できない。そのことは日本政府関係者にもわかっていることで、だから 新聞記者に対して「政府が(永住を)決定したので、(本人には)『日本人なんだから従って滞在して下さい』とお願いする」などと奇妙なことをいわなければ いけない。

 この決定を、ある程度まで正当化するためには、家族同志の相談が不可能になったとか、五人の北朝鮮に居住する家族が危険な状況に陥り保護の必要が生じたとかを、日本政府が証明しなければいけない。どちらの証明は難しいと思われる。

 「拉致被害者は洗脳されている」とか「北朝鮮に残した家族が人質で、本人が自由な決断ができない」という理由は俗耳にはいりやすい。でも人質ということを言い出したら、北朝鮮に残された家族から見れば、母親、父親、あるいは伴侶が日本に人質にとられていることになる。 

 国際社会には世論といったものがあり、そこに価値尺度とか常識のようなものがある。この常識と、日本の「国民感情」の反映というべき日本政府の決定との ギャップの大きさに、正直いって、私は仰天した。日本の拉致被害者とその家族が将来どこの国で暮らすかについて、交渉を通じて、彼らの自由な決断を可能に する条件の合意が可能だったと思われる。

 正常化交渉にあたって、北朝鮮だけでなく、国際社会が理解・納得しにくいことを要求し、それを公表することは、不必要に自分の立場を弱め、交渉相手を硬化させ、結局国益をそこなうと私には思われる。

 共産主義独裁国は非人間的な体制であった。また国際社会の尺度で不法体制である。だから冷戦時代、ドイツの東側から西に逃げてくる人が跡を絶たず、当時 ベルリンの壁ができた。でもこの不法体制下でも幸せに暮らし、その時代を懐かしむ人もたくさんいる。また当時西側から東側に移る人も少数ながらいた。西ド イツ政府もそのような人を邪魔したりしなかった。そんなことをすれば、自分たちの体制が、自由を求めて国境を越えようとする自国民を殺す東側の非人間的独 裁体制と同じになってしまうからである。

 今回帰国された五人の拉致被害者は、非人間的な北朝鮮の体制下で(少なくと今まで判明した限り、拉致直後は別にして)幸せに暮らされた人々のように思わ れる。例えば、彼らが、収容所に閉じ込められ、強制労働に従事し虐待されていたわけでもなかった。私たちはこのことこそ、素直によろこぶべきであったので はないのか。死亡された他の拉致者を考えると、ますますその感が強まる。

 もしかしたら、私たちがあまりにも北朝鮮を悪い国と思うために、心の片隅のどこかで、拉致被害者が不満をもたず暮らしていたことを素直に受け入れること ができない。そんなことを認めたら、北朝鮮不法国家・悪者のイメージがこわれてしまう。もし彼らが北朝鮮に住む選択をしたら日本国家の面子にもかかわる。 だからこそ、日本政府は今回の決定をしてしまった。そのように勘ぐることもできる。

 彼らは拉致されて自由を奪われ、きびしい運命に遭った人々である。今度こそ自由で自然なかたちで自分たちの暮らす国を選べるようにするべきであった。そ れなのに、はじめは気にならなかった北朝鮮にいる家族が、北朝鮮に対する猜疑心から、途中で私たちには「人質」に見えるようになり、その結果彼ら自身も祖 国で「人質」にされてしまった。これは、本当に残念なことである。

 美濃口さんにメールは Tan.Minoguchi@munich.netsurf.de
2002年10月29日(火)萬晩報通信員 五十嵐正康


 私は福島県会津坂下町で田圃を4ヘクタールほど作っている農家です。昨年から有機JASの認定を受けて今年は3ヘクタールほどを有機無農薬で作付けしています。そんな私の目から見たコメの表示に関する問題提起をさせてもらいたい。

 昨年改正されたJAS法の表示規定で、あまり公にされていないが、農家にとってはかなり大きな問題となる文言が盛り込まれた。実は改正後、食糧事務所の 検査を受けなければ「生産年」と「銘柄」を表示できなくなったのである。つまり農家がコシヒカリを栽培して自分で袋詰めして「14年産コシヒカリ」として 販売する場合、食糧事務所の検査がないと、事実上の「偽装」と同じ罪に問われるということである。

 消費者側から見ればこれは当たり前に思われるかもしれないが、農家側から見ればコメをJA経済連に集めるための「嫌がらせ」とも思える法律である。表面 的には検査により一定の品質保証があると受け止められるかもしれないが、逆に考えれば検査を受ければ2等米だろうが3等米だろうが生産年と品種を表示でき るということである。しかも精米に対する検査等級の表示義務は唱われていない。また検査の等級が食味を反映しているわけでもなく、さらに精米の品質と一致 しているわけでもない。

 ●第一のハードルは検定済み30キロ入りコメ袋

 実際に今年我が家のコメの検査を受けようと地元の食糧事務所に赴いてわかったことは、農家が自分のコメを検査してもらうのが、事実上不可能に近いという 事実である。まず検査を受けるには「国の検定を受けた30キロ入り米袋」に入れなくてはいけない。この袋は農業資材を売っているホームセンターなどでは入 手が困難である。一方で、JA農協は昨年から農協に出荷しない農家へ米袋の斡旋はしてくれなくなっており、出荷農家へも農協出荷予定分の数量しか袋を斡旋 してくない。

 ●第二のハードルは検査場所

 さらに検査場所の問題がある。検査するにはコメを検査をしてくれるところまで運ばなければならない。農協の倉庫は農協出荷以外の農家には場所を貸してく れるべくもありません。検査をうけるには数十俵ずつトラックに積んで、食糧事務所の駐車場まで運んでトラックに積んだまま検査を受け、また家まで運んでト ラックから降ろし倉庫に積み直すという作業を繰り返さなければなりません。食糧事務所から近い農家は往復1時間もあれば食糧事務所まで行って帰ってこれる でしょうが、片道1時間もかかる農家は大変です。ここにコメの積み卸しの時間が加算されます。今のところ農家まで赴いて検査をするという体制は取られてい ない。田圃を2ヘクタールも作っていたら大変。作業は一日では終わらない。

 では農家はどうやって検査を受ければよいのだろうか。

 まず検定を受けた袋を何とか入手し検査請求の書類を食糧事務所に提出し、検査官が事務所にいる日時の指定をうけ、その日のうちにコメを運んで検査を受け なければならない。この時期、検査官は各農協や集荷業者の倉庫で検査に大忙しで、しかも土日祝日以外の9時から5時と公務員の就労時間内に完了しなければ ならない。

 規模の小さい農家は全量を農協出荷するのが最良の方法だろう。そうすれば販売のリスクもなくなり、表示の罪に問われることもない。ただ農協の買い上げ価 格は安く、経営的にやっていけなくなるというリスクを伴う。減反政策に反対して農協に出荷できない農家は銘柄も産年も表示しないで「ただのコメ」として販 売するしかない。コシヒカリと表示すればJAS法の表示義務違反の罪に問われかねないからだ。兼業をしながら自分でコメを販売している農家は結構いるの だ。

 さらにこんなこだわり農家もいる。消費者であるお客様に美味しいコメを届けようと、コメをモミのままで貯蔵している農家だ。確かにモミで貯蔵して精米直 前に籾すりたコメは味がよい。こういう農家はモミのままでは検査を受けられないので、籾すりをしてコメを玄米にするたびに食糧事務所に持ち込まなければな らない。しかも4月から8月までは検査の受付をしないから、その期間は「ただのコメ」と表示して売るしかない。

 ●胸を張って売れない悲しさ

 このJAS法改正は、確かに不正表示の防止や、産地の保護、消費者への啓蒙という意味では今の日本に必要な法律の一つであるというのは間違いない。ただ しコメの銘柄表示に関してはこんなふざけた法律はないというのが私たち農家の見解だ。自分で自分のコメを正当な表示をして販売できないというのは悪法以外 の何者でもない。これだけ、地産地省や都市と農村の交流が叫ばれているなか、自分で作ったものを直接消費者に胸を張って販売できないというのは大問題であ ると言わざるをえない。

 消費者側にとってもいいことずくめではない。たとえば、美味しい会津のコシヒカリがほしいと農家に頼んで送ってもらった米袋には「ただのコメ」としか書 いていない。問い合わせてみると中身は確かにコシヒカリであるという農家の返事。コメが美味しければそれで良いということであればそれはそれでいいが、確 実にコシヒカリであるという証拠はどこにもない。農家は美味しいコシヒカリと同時に美味しいひとめぼれも作って販売しているかもしれないし、何かの間違い で袋を取り違えるということもあり得るからだ。極端な例だが、そんな間違いは起こらなくても疑り深い消費者は「銘柄の表示がない」ということだけでその農 家からのコメの購入をやめてしまうかもしれない。

 りんごだって今時「ただのりんご」としてスーパーで買ってくる人はいないだろう。りんごを買うときにはフジが好きだとか、昔懐かしい紅玉がいいだとか、 消費者のこだわりがそこに反映されるものだ。りんごには検査を受けないから銘柄を表示できないという法律はないはず。なぜコメだけにそんな法律が作られた のだろうか。この法律が厳格に摘要されると、自分でコメを販売しようという農家の意欲がそがれるのは間違いない。農家はコメを小口で消費者に販売するより も、安くてもまとめて農協や民間の集荷業者に出荷した方が安心ということになる。

 農協に出荷するには「とも保証」と呼ばれる制度(減反達成互助制度のようなもの)に加入して、減反を100%達成していることが必要。達成していないと 集荷の価格は一俵あたり数千円ずつ安く買いたたかれ、民間の集荷業者も行政からの要請で農協と同じ対応を取らされているようだ。

 やる気のある農家はこれに反発して独自の販売ルートを開拓し、自分の将来を切り開く努力をしている。大規模営農者は独自に検査を受けて販売ルートを維持 できるだろうが、小規模の農家にとっては事情が違ってくる。まず法律の適用が厳格になると、今まで自主流通米として集荷してくれていた民間の集荷業者が未 検査米の集荷には消極的になることが考えられる。今のところそのような状況までにはなっていないようだが、そうなると売り先をなくした農家は先ほどのよう に全量JA経済連に出荷するしか販売方法がなくなってしまう。さらに農協出荷ではちょっとした問題がおきる。農協は「だれだれさんのこだわりのコメ」など と区別して売ってくれる仕組みがないので、こだわりをもって、減農薬や天日干し、籾貯蔵という方法で付加価値を付けて販売しようとしている農家の努力が報 いられなくなる。

 ●一致するJAと農水省の思惑

 そのあたりの話を聞くと、この表示法改正はコメを全量、自分の所に集めたい経済連(農協)と、減反を100%達成させたい農水省の思惑が一致した結果で きた法律のように思えて、農家としては非常におもしろくない話となる。検査といっても見た目だけを検査するだけで、使用した農薬の種類、量、時期を確認す るわけでもなく、コメの銘柄の生物学的な確認をしているわけでもないという矛盾が見えてくる。

 いったいこの法律は誰のための法律なのだろうか。JAS法自体は今の日本に取って、必要な法律であると思うし、ヨーロッパ的な原産地の考え方を日本人に 広めるという意味ですばらしいものなのだが、コメの銘柄表示の部分だけは一部の人々の利益を誘導うるためだけに付加されたと思われて、疑問に思わずにいら れない。

 ちなみに我が家はといえば、JASの有機の認証を受けていてそのコメを民間に出荷するためにわざわざ山形の知人を伝に検定袋を入手して、これから20俵 (1.2トン)ずつ食糧事務所前まで運び検査を受ける予定だ。ただ同じことを兼業の農家がやるのはかなり難しいと思う。会津では兼業といっても2ヘクター ルくらい作っている農家はたくさんいて、結構知り合いを通じて独自に販売している人も多い。そんな人たちにこのJAS法が厳密に適用されれば皆表示義務違 反となり、食品偽装と同じ罪に問われるのです。

 個人的には、コメの生産現場においても、販売のための流通においても多様性を保つことこそが消費者と農家の未来を開く鍵であると思い。一元的に経済連や 大手の米卸のコメしか買えないと言われたら、日本人のコメに対するこだわりは今以上に希薄になってしまうのではないだろうか。農家が自分の作った作物の販 売の自由と消費者との直接の関わりを保つためにも、このJAS法のコメ表示の規定の改定を望まずにはいられません。

 五十嵐さんにメールは fwge0440@nifty.com

2002年10月28日(月)萬晩報主宰 伴 武澄


 横浜市開港記念館の向こうから交差点を渡りながら小柄なアジア人が手を振っていた。

 道路を渡り切ったシャーカーはたばこに火を付けながら「会場は禁煙なのよ。そうそう友だちのモハマッド・アリ」と片割れを紹介した。

「あなたもバングラデシュの人」
「そうです」
「何やっているの」
「会社を経営しています」
「ほー、すごいね」
「モハマッドっていうからモスレムだよね」
「そうです」

 10月20日、開港記念館では日本ベンガル協会(会長・我妻和男麗澤大学教授)の発足を記念して「日本・ベンガル地方文化交流100年祭」が開かれていた。シャーカーは協会の実質的な推進役。モハマッドは理事としてシャーカーを支えてきた仲だ。

「伴さん、きょうはバングラデシュじゃなくてベンガルだからね」

 インドは独立時にパキスタンとセイロン(現スリランカ)が分離し、さらに20年後にパキスタンからバングラデシュが分離独立した。バングラデシュはベン ガル人の国という意味なのだが、不幸なことにインド独立の時からベンガル地方は東西に分かれ西側はインド領、東側はバングラデシュ領となっている。つまり 現在は四つのインドがあるが、歴史的に彼らがインドという時は分かれる前の状態を言う。

 ベンガルはインドの中でも肥沃な土地で経済的にも文化的にもインドの中心地の一つであった。だから「ベンガル」という地名の響きはその大地が育んできた 長い歴史に対する思いが多く詰まっている。同時に「ベンガル」と言った時にはヒンズーもモスレムもない。宗教で対立する以前の概念だから宗教的にも融和す る語感がある。

 興味のない人にはどうということもないかもしれないが、宗教的対立が深まるこの時代にヒンズー教徒のシャーカーとモスレムのモハマッドが日本との交流強 化に汗を流している様はかなり感動的であった。インドとパキスタンとの間ではできないことが、ベンガルというくくり方をした時に可能になるということも現 代的意味があるのではないかと思っている。

 ここ数年ずっと「日本がアジアという時、インドを忘れているのではないか」という思いがあった。シャーカーも同じ思いだった。「日中国交30年だといっ て大騒ぎしているが、今年は日本とインドの国交50周年でもある。戦前にはもっと濃密な関係があった。そんなインドのことも忘れてもらっては困る」という のだ。つい先日も森喜朗前首相やインド大使が集まった日本・インド国交50周年の集いがあったが、大手マスコミはほとんど無視した。中国との間に長い付き 合いがあるのと同様にインドとの間にも太い心につながりがあったことを忘れてはならない。

 インドとパキスタンは1952年に日本と国交を結んだ。その前の年に日本はサンフランシスコ講和条約を結び、国際社会に再び認知されたのだが、ネルー首 相はあえて「世界的な講和」とはタイミングを外したのである。太平洋戦争に対して戦勝国側と一線を画した「終戦処理」を選んだのだといわれている。その恩 に報いたのか、日本側は戦後の政府開発援助(ODA)の供与の第一号にインドを選んだのである。

 インドといった時、日本人が真っ先に思い浮かべるのがお釈迦様であるが、精神的にはやはり詩人ロビンドロナト・タゴールが近い。アジア初のノーベル賞受 賞者というだけではない。タゴールの詩集が数多く翻訳され、タゴール自身も4回にわたり日本を訪れて、政治家から文学者まで幅広い層との交流を深めてい た。

 タゴールが日本に目を向けるきっかけをつくったのは岡倉天心だった。100年前の1902年1月、岡倉天心はカルカッタ郊外に住むタゴールを訪れ、10 カ月もの長期にわたり滞在した。当時の日本とインドの最高の知が出会った時、「アジアは一つである」という言葉が生まれた。天心がカルカッタ在住時にタ ゴールとの共感から『東洋の理想』を書き下ろし、後の『アジアの覚醒』の草稿を練ったという。日本美術院を率いる岡倉天心はその後、横山大観ら数多くの弟 子たちをカルカッタに送り込み、近代における日本とインドの交流が始まるのである。

 この日の集いに参加したのは50人足らずだったが、ベンガル語の大家である麗澤大学の我妻和男教授や在日チベット人のペマ・ギャルポ氏ら著名人も集まっ た。我妻教授は、100年間の日本とインドの交流の意義について振り返り、ギャルポ氏は、岡倉天心が唱えた「アジアは一つ」について語った。

 ギャルポ氏は「アジアほど多様性に富んだ地域はないのですが、天心が『一つ』と言った時、西洋による東洋支配という要素を抜きには考えられません。運命共同体としての『連帯感』を求めたのだ」と話した。そして日本は戦後、アジアへの共感や共鳴を失ったと嘆いた。

 シャーカーは中曽根首相による「留学生10万人計画」の一環として来日、日本語習得後は、平凡社の子会社で印刷技術を学んだ。学んだといってもすでに日 本に17年滞在し、結婚もした。ここ10年は独力でベンガル語月刊誌『マンチットロ』を発刊している。日本には3万人以上のバングラデシュ人がいるから けっこう在日同国人の間では有名な雑誌なのだ。

 シャーカーが岡倉天心とタゴールの出会い100周年を祝う必要を感じたのは、失われたアジア的連帯を取り戻し、共感の輪を広げたいということなのだ。グ ローバル・スタンダードは一時的に富をもたらすのかもしれない。だが、東洋的多神教の世界にある「互いに認め合う」という精神は心の安寧をもたらす。白黒 をつけるのではなく、白も黒もあるいは灰色でもいいのかもしれない。

 そんな思いにさせてくれる1日だった。シャーカーさん、ありがとう。
2002年10月27日(日)ブルッキングス研究所客員研究員 中野 有


  米国はイラクの武装解除を目的とした先制攻撃を容認した。米国のような民主国家が間違った選択をしたと見えるが、米国の国家戦略がその背景にある。9月 20日に発表された米国の国家安全保障戦略では、テロ、ならず者国家、大量破壊兵器の技術が最大の脅威であり、それに対し先制攻撃の必要性と、同時に中国 やロシアといった冷戦中の敵国に対し多国間協力により平和への信頼醸成構築の重要性を唱えている。米国の戦争容認までの非常にオープンな過程を通じ米国の 健全な姿勢は理解できるものの、先制攻撃が及ぼす影響について更なる議論が必要であると考えられる。

 先制攻撃は最大の防御である。その戦略に従い日本は真珠湾に奇襲攻撃を仕掛けた。その代償と結末が広島と長崎への原爆投下であった。歴史は先制攻撃に対 する犠牲の大きさを示している。戦前、「大東亜共栄圏」の構想に関わった石原莞爾は「世界最終戦論」の中で「アジアの選手である日本と欧米の代表である米 国が世界大戦の決勝戦を行うことになり、どちらかが原爆という大量破壊兵器を使用し、これにより人類を滅亡させる大規模戦争の意味がなくなり恒久的な平和 が到達する」と予言した。石原の予言は、被爆という人類史上最大の犠牲により平和がもたらされるというものであり、日本いや世界はこの犠牲を無駄にすべき でない。

 米国の主張と同様にフセイン大統領の戦歴からすると大量破壊兵器使用の可能性は高い。ヒトラーのような存在は早期に武力解除しなければ取り返しのつかな いことになるとの主張もあろう。911の同時テロがなかったとしたら米国はここまで先制攻撃について語らなかったであろう。事実、ミサイル防衛についての 議論が減少し911以降、防衛から先制攻撃に変化した。

 米国が戦争ムードである中、カーター元大統領のノーベル平和賞の受賞が発表された。カーター大統領の主張は、紛争を未然に防ぐ「予防外交」でありブッ シュ政権の国家安全保障戦略とは大きく異なる。日本は世界で唯一原爆という洗礼を受け恒久的な平和を追求する国家となった。日米同盟は平和のために存在す るとするならば、日本は米国に対し先制攻撃に対する代償や世界経済に及ぼす影響等に関する政策提言を行うべきであろう。少なくとも湾岸戦争の時のような小 切手外交として参加するという経済的な余裕はないとすると平和への主張を堂々と行うべきであろう。また北東アジアの一員として中国やロシアともテロに対す る多国間の協調について戦略を練るべきであろう。

 筆者は、カーター氏の信念である平和構築に賛同するも、イラクという湾岸戦争に負けたにもかかわらず国連の査察を拒否し続け、紛争を醸成している国家に 対し強硬姿勢で臨むことが不可欠と考える。米国で感じるのだが、バリ島のテロ事件等を見て911の同時多発テロの被害を受けた米国がならず者国家や、テロ リストや大量破壊兵器の技術に真っ向から対決しなければ世界秩序はますます混乱し混沌とした世界が訪れると考えられる。

 日米同盟という視点で考えると、米国のムチと日本のアメを調和させる、すなわち「餅屋は餅屋」の考えで世界の安定に大きく貢献できる可能性が生まれると 思われる。平和ボケしている日本は、カーター大統領のように平和を追求する姿勢を貫くことにより日本の平和構想が貫徹できるのではないだろうか。

 本日も米国国務省の分析官とこのような話をしていたのだが、大陸進出と先制攻撃の報復として原爆という洗礼を被り日本の平和構想が生まれたのだから本来 気骨があるのみならず恒久的なものであると同時に世界に発信するに値するものであろうとのことに対し反論は受けなかった。歴史が証明している先制攻撃への 報復を考えれば米国単独でイラクに攻撃することはありえないと考える。しかし、米国が国家安全保障戦略としてテロに対する世界の世論を高める努力を極限ま で行わなければ世界は混乱する。日本の平和思想を日米同盟の一環として提唱する時期がきていると信ずる。日本がカーターで米国がブッシュとすると日米同盟 が生きてくるのではないだろうか。

2002年06月16日(水)ブルッキングス研究所客員研究員 中野 有


 昨年のノーベル平和賞は国連が受賞し、今年はジミー・カーター氏に決まった。冷戦後特に機能している国連はNGO(非政府団体)の活動を重視している。 大統領時代のカーター氏の評価は必ずしも高いものでなかったが、引退後のカーター氏は「平和の使者」としていくつかの紛争を未然に防ぐ活動を、国家、外 交、安全保障等の制約を受けず個人の資格で行ってきた。まさにNGI(Non-Governmental Individual. 非政府個人)の活動が世界に認められたのである。

 今回のカーター氏の受賞には大きな意味がこめられている。約8年前の北朝鮮の核開発の疑惑問題で朝鮮半島は一発触発の状況におかれているとき、カーター 氏は北朝鮮に乗り込み金日成総書記と会談し紛争の回避を成功させた。ブッシュ政権のイラクに対する先制攻撃の容認が米国議会を通過し、米国はテロや「なら ず者国家」に対し戦争を辞さぬ姿勢を明確にした。カーター氏の信念である紛争を未然に防ぐ「予防外交」とブッシュ政権の先制攻撃を容認する「国家安全保障 戦略」とは大きな格差がある。

 米国で戦争の論議が高まっている時期に、カーター氏の活動を世界が評価したことは、「悪の枢軸」であるイラクや北朝鮮の問題解決に平和やソフトランディングという選択を増やしたことになると考えられる。

 筆者はカーター夫妻が中心となり活動をしている「カーターセンター」の活動に7年前より興味を持ってきた。カーターセンターは、南アフリカ、イラク、北 朝鮮、リベリア、キューバ等の問題を平和活動を通じ関わってきたのみならず、米国の国内問題に対しても細やかな配慮を行い、カーター氏自身が汗をかき行動 で示すと同時に結果を出してきた。

 特にカーター氏の活動に感銘を受けたのが西アフリカのリベリアにカーター氏が紛争の調停に入ったことを知ってからである。筆者はリベリアの首都モンロビ アから250km内陸に入った奥地で80年代後半に2年間生活した。リベリアを出てから数ヶ月で大規模な紛争が発生し生活した地が反政府側の拠点となっ た。この地の状況を知っている者にとっては、命を覚悟で入らなければいけないのであるが、いとも簡単にカーター氏は平和の使者としてリベリアの奥地に入っ たことを知ったときには本当に驚いた。

 また、キューバのカストロ大統領もカーター氏のスペイン語での演説に耳を傾け、カーター氏のキューバへの人権問題への批判を受け入れキューバ国民にカー ター氏の主張を伝えた。このようにカーター氏の行動は、哲学者、教育者、宗教家のどれをとっても当てはまる幅広いものであり、加えて人類愛や地球益の活動 に根ざしている。

 カーター大統領とブッシュ大統領、典型的な民主党と共和党である2つの主張には大きな差が存在しているが、一つ明らかなことは、米国には一人一人が国家 を考え、個人を主張する自由がはびこっているとことである。ケネディー大統領の「国民が国のために何ができるかを考えなければいけない」との名言の如く、 イラクへの攻撃の論議を聞き、アメリカの若者を戦場に追いやるという行為に関し、国民の一人一人が国の舵取りに関わっていると感じた。

 イラク攻撃に対し、ワシントンポストやニューヨークタイムズは連日、ブッシュ政権や議会での重要なスピーチを全文掲載している。また、CSPANのよう なテレビでは、解説や評論をいれず忠実に重要な発言や講演をすべて流している。日本ではやたらに解説が多く、主張者の信念が伝わりにくい。しかし、アメリ カでは個人の主張をバイアスを通さず個人が判断できる環境を一部のマスコミではあるが作り出している。カーター氏のノーベル平和賞により、個人が国、世界 をも動かすことができるというNGI(非政府個人)の活動が注目されるきっかけになることを期待したい。

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2002年10月09日(水)萬晩報通信員 園田 義明


■ブッシュ・ドクトリン

・自由と全体主義の戦いは「自由」の側の勝利に終わり、今日の敵はテロリストの暗黒のネットワークだ。この敵は大量破壊兵器を獲得しようとしている。
・世界の力のバランスで自由諸国が優位に立つことが、米国の目標だ。
・我々は、テロリストとテロを支援する者とを区別しない。米国は国際社会と協調するが、必要なら単独行動も辞さない。
・冷戦時代は抑止戦略を強調したが、ソ連崩壊で環境は激変した。テロリストは国家を持たず、伝統的な抑止は機能しない。必要ならば先制行動も辞さない。
・これまでの開発援助は最貧国の経済成長を促進せず、失敗した。今後、本当の内政改革を行った国に対して援助を大幅に増やす。
・日本には、地域や世界規模の問題で指導的役割を期待する。中国が強く平和的で豊かであることを歓迎するが、依然、一党独裁を維持している。
・現在の米国の国防組織は、冷戦時代に構築されており、すべて改革が必要だ。米国の力を凌駕しようとする潜在的な敵国を思いとどまらせるため、我々は十分な軍事力を保持するであろう。
(読売新聞「米国家安全保障戦略」要旨より)

 9月20日、ホワイトハウスは、ブッシュ政権の対外政策文書「米国の国家安全保障戦略」を公表した。新戦略は、共産圏を目標とした冷戦時代の「封じ込め」や「抑止」戦略から転換し、テロ撲滅と大量破壊兵器の脅威には、単独での先制攻撃もためらわないとしている。

 ブッシュ政権の特徴であるユニラテラリズム(アメリカ単独主導主義)の集大成とも言える内容となっている。

 ■イラクと中間選挙

 現在のブッシュ政権にとって、頭を抱える問題は、解決策が見いだせない経済問題である。これを11月5日投票の中間選挙の争点にしても勝ち目はない。 従って、実際に封じ込めたい対象は、自国の経済問題であり、9月11日から中間選挙まで、対イラク戦を最大限に煽りつつ国論を分断する戦略をとっている。

 ネオコンの論客は、全米のメディアに日替わりで登場し吠え続けている。彼らを放し飼いにすることで、彼らと同盟を組む宗教右派やユダヤ票の一部を取り込むこともできる。

 そして、着々とイラクとの全面戦争への準備を進めつつ、中間選挙に勝利すれば、ブッシュ大統領本人よりも人気の高いパウエル国務長官を持ち上げ、強硬路線を修正し、平和への実現を目指す選択も可能となる。パパが成し遂げられなかった二期目に向けた布石となる。

 しかし、最近のピュー・リサーチ・センターの世論調査では、64%がイラク攻撃を支持しているものの、同盟国の支持が無い単独での行動に対しては、 33%に急落している。またニューズ・ウィーク誌の9月末の調査では、投票の際に最も重視するのは経済政策が41%で、対イラク攻撃問題の34%を上回っ ている。

 また11月の中間選挙を前にした政党支持率では、民主党支持(47%)が共和党支持(40%)を上回り、大統領の対イラク強硬姿勢は共和党側に必ずしも寄与していないことが明らかになる。少しずつブッシュの描いたシナリオに狂いが生じてきたようだ。

 そして、イラク攻撃は避けられない情勢となる。そのやり方をめぐって最後の意見調整が行われている。開戦時期は、意見調整が終わる11月末頃が目安であろう。

 ■ブッシュ政権の配置 ユニラテラリズムとマルチラテラリズム

 これまでも再三取り上げてきたが、ここで対イラク戦をめぐるブッシュ政権内部の配置を整理してみたい。ユニラテラリズム(アメリカ単独主導主義)とマルチラテラリズム(多国間協調主義)の対立とも言える。

 ▼ユニラテラリズム(理想主義派)

 新保守主義者(ネオコン)=新帝国主義者 米単独でのイラク攻撃を主張
 ・ポール・"ヴェロキラプトル"・ウルフォウィッツ国防副長官(PNAC)
 ・リチャード・"プリンス・オブ・ダークネス"・パール国防政策委員会委員長(PNAC)
 ・ルイス・"スクーター"・リビー副大統領補佐官(PNAC)
 ・ジェームズ・ウールジー元CIA長官(PNAC)

 ▼ユニラテラリズム(現実主義派)

 攻撃的な現実主義者(本流) 米単独でのイラク攻撃やむなし

 ・リチャード・チェイニー副大統領(PNAC)
 ・ドナルド・ラムズフェルド国防長官(PNAC)
 ・ジョン・ボルトン国務次官(PNAC)
 ・コンドリーザ・ライス国家安全保障問題担当大統領補佐官
 ・ヘンリー・キッシンジャー元国務長官

 ▼アメリカン・マルチラテラリズム(現実主義派)

 防御的な現実主義者(本流) 国連安保理新決議によるイラク攻撃

 ・コリン・パウエル国務長官
 ・リチャード・"ショー・ザ・フラッグ"・アーミテージ国務副長官(PNAC)
 ・ブレント・スコウクロフト元国家安全保障問題担当大統領補佐官
 ・ジェームス・ベーカー元国務長官
 ・ズビグニュー・ブレジンスキー元元国家安全保障問題担当大統領補佐官
 ・ブッシュ・パパ元大統領
 (注)PNAC=Project for the New American Century のメンバーを指す。
 (ネオコン系シンクタンク「新しいアメリカの世紀のためのプロジェクト」)

 せっせとお手紙を書く習性を併せ持つ「新しいアメリカの世紀のためのプロジェクト」は、1997年にネオコンの論客ウィリアム・クリストルとロバート・ ケーガンが設立した。設立趣意書には「レーガン時代の強力な軍事力と道徳的外交を堅持し、自由、民主主義などの原則を世界に拡大する」とうたっている。

 彼らの理想主義とコンドリーザ・ライス国家安全保障問題担当大統領補佐官の現実主義が、ブッシュ・ドクトリンに大きく反映されている。

 ■プードルの手綱(リード)

 現時点で、「ブッシュの忠実なプードル」との批判を浴びる中、ブレア首相率いるイギリスが、アメリカから離れようとしない。これは、米単独での攻撃派を牽制する狙いがある。従って、EU内部での合意に基づく役割を演じていることになる。

   このイギリスのコバンザメ戦略のため、ネオコンが主張してきたアメリカ単独による攻撃の可能性はほとんど残されていない。仮に米中間選挙における共和党 の苦境が決定的になったとき、強引に単独での攻撃を仕掛ける可能性も否定できないが、このときも必死でついていくはずだ。

 プードルのリードを持っているのは、ブッシュ政権ではなくプードルが握り締めている点も認識しておく必要がある。従って、ネオコンにとって、あまり可愛くない存在のようだ。

 また、ブレア首相は、基本的には国連重視の考え方の持ち主である。うまくリードを操りながら、米・英・イスラエル・豪による攻撃を阻止し、国連安保理新 決議へと持ち込んでいく。ただし、ここで米英間の大きな亀裂が生じることになる。これには、別の見方で記すとより明確になる。

 ▼ユニラテラリズム(理想主義派)
 新保守主義者(ネオコン)=新帝国主義者 米単独でのイラク攻撃を主張
 イラクの石油の独占及び米主導による配分

 ▼ユニラテラリズム(現実主義派)
 攻撃的な現実主義者(本流) 米単独でのイラク攻撃やむなし
 米単独もしくは米・英・イスラエル・豪によるイラク石油共同管理

 ▼アメリカン・マルチラテラリズム(現実主義派)

 防御的な現実主義者(本流) 国連安保理新決議によるイラク攻撃
 国連下における米主導によるイラク石油共同管理
 (※イラクの推定石油埋蔵量はサウジアラビアに次ぐ1120億バレル)

 国内産油量の減少に悩むアメリカにとって、目的が石油資源の確保である以上、これまでと大差ない国連主導によるイラク石油管理は、どうしても受け入れが たい。できるだけイラクにとって高いハードルとなる決議内容をぶつけながら、タイミングを見計らって攻撃を仕掛けるしかない。大義名分のために国連安保理 新決議の採択を待つことが望ましいが、フランス・ロシア・イラクの国連サークルの術中にはまりこむことが目に見えており、採択後の一瞬の隙を狙う手もあ る。

 ITバブル崩壊と迫り来るデフレの影、そして先の見えない日本経済というもう一つの爆弾に追い込まれて、今アメリカは、危険な賭に挑もうとしている。

 ■米・欧衝突

「新しいアメリカの世紀のためのプロジェクト」の設立者であるネオコンの論客ロバート・ケーガンは、ポリシー・レビュー誌に『力と弱さ(パワー・アンド・ウィークネス」)』と題する論文を発表する。

 欧州と米国の違いが修復不能な状態に達し、米国の新世界秩序建設にとって欧州はいわば「用なし」になったと書いた。そして米欧関係を「虚構」と決めつけ、「互いに道が分かれたことを認め合おう」と呼びかける。それは、離縁状とも受け取れる内容になっている。

 欧州側の衝撃の深さは、EUのソラナ共通外交・安全保障上級代表が、EU幹部らに「必読論文」と指定してコピーを配布した事実からもうかがえる。

 ケーガンは、「力に背を向けて、法と規律、交渉と協調を重ねればカント流の永続平和を築けるという理想論にひたっている」と欧州を批判し、米国の世界観は「万人の万人に対する闘争」というホッブス流の無秩序・無政府的世界だとする。

 そして、ケーガンは、パウエル国務長官に代表されるマルチラテラリズムを信奉する政治家でさえ、核心において、ユニラテラリズムを邪魔されたくないと思っているとして、戦争した場合の資金面の問題から慎重論を展開しているだけだと酷評する。

 ネオコン系の論客である「歴史の終わり」を書いたフランシス・フクヤマも「西欧文明における民主的正当性という問題で、米欧が異なる観点を持つことの反映である」とし、『西欧』という言葉や観念でくくられていた世界の崩壊の兆しだと指摘している。

 政治思想をめぐる論争は、多くの関心を集める。特にこれが米・欧間の衝突となれば、興味津々となる。確かに米・欧間の亀裂は深刻である。今後更に激しい 論争になるだろう。しかし、残念ながら、今世界の論調を見渡すと、フセインよりもブッシュ政権こそが脅威だとする見方さえあることも事実である。

 ■油屋さんのセールス・トーク

 いつの時代もそうだが、ネオコンの理想主義の欠点は金勘定のようだ。1カ月当たり最高で90億ドルに上るイラク戦資金の調達・環流方法を提示できていない。

 最近になって第4の方法として話題になっているフセイン排除のためのクーデター工作、亡命工作、暗殺歓迎表明などが注目を集めるのはこのためだ。この方が断然安上がりですむ。

 世界経済、とりわけ日本経済への致命的な影響を考えれば、終わらせるタイミングを図るため速やかに決着をつけ、完全に主導権を握る必要がある。従って、あらゆる政治工作もすでに侵攻しているようだ。

 私には、ネオコンの政治思想に関する難しい発言も単なるに油屋さんのセールス・トークにしか聞こえないことがある。すでに彼らは、皆さん仲良く、フセイン後を睨んでカスピ海沿岸に隊列を集結させている。

 ▼ユニラテラリズム(理想主義派)

 新保守主義者(ネオコン)=新帝国主義者 米単独でのイラク攻撃を主張
 ・パール国防政策委員会委員長(United States-Azerbaijan/Chechnya)
 ・ウールジー元CIA長官(Chechnya)
 ・ロバート・ケーガン(Chechnya)
 ・ウィリアム・クリストル(Chechnya)
 ・リチャード・パイプス(Chechnya)
 ・ノーマン・ポドーレッツ(Chechnya)

 ▼ユニラテラリズム(現実主義派)

 攻撃的な現実主義者(本流) 米単独でのイラク攻撃やむなし
 ・チェイニー副大統領=元ハリバートンCEO(United States-Azerbaijan)
 ・ライス大統領補佐官=元シェブロン取締役
 ・キッシンジャー元国務長官(United States-Azerbaijan)

 ▼アメリカン・マルチラテラリズム(現実主義派)

 防御的な現実主義者(本流) 国連安保理新決議によるイラク攻撃
 ・アーミテージ国務副長官(United States-Azerbaijan)
 ・スコウクロフト元大統領補佐官(United States-Azerbaijan、2002年参加)
 ・ベーカー元国務長官(United States-Azerbaijan)
 ・ブレジンスキー元大統領補佐官(United States-Azerbaijan/Chechnya)
 (注)United States-Azerbaijan=United States-Azerbaijan Chamber of Commerceのメンバーを指す。
 http://www.usacc.org/chamber/prof-officers.htm
 Chechnya=The American Committee for Peace in Chechnyaのメンバーを指す。
 http://www.peaceinchechnya.org/members.htm

 ■外交音痴という武器

 今年9月21日と22日に大阪で開催された国際エネルギーフォーラムで、トヨタ自動車グループは、イランで天然ガスから低公害軽油を生産する事業に参入する方針を固めた。日本、イラン両政府もこの事業を支援することで合意する。

 ペルシャ湾にある世界最大級のサウスパルス・ガス田を舞台にしたもので、GTL(ガス・ツー・リキッド)と呼ばれる新技術で、採掘した天然ガスを軽油の替わりに使える燃料(低公害軽油)に転換する。

 英・蘭連合の国際石油資本であるのロイヤル・ダッチ・シェルとイラン国営石油化学公社が計画の中心で、日本からはトヨタ系商社の豊田通商と提携先のトーメン、国際石油開発などでつくる企業連合が参加する。

 トヨタ自動車の直接出資も検討されたが、「イランを『悪の枢軸』の一角とするアメリカを刺激しかねない」との配慮から見送られたという。

 昨年10月のコラム「ニュー・グレート・ゲーム」でこう書いた。「残念ながら古き良き時代にはもどれない。(戦争特需などの)過剰な期待をせず、粛々と燃料電池電池に代表されるエネルギー技術に取り組む方がはるかに戦略的である」

 GTL(ガス・ツー・リキッド)は、DME(ジメチルエーテル)と並んで燃料電池用燃料として期待されている。イランに続いてサウジアラビアにも注目しておくべきだろう。

 スコウクロフトの予言した最悪の事態としてのアルマゲドンに備えて、外交音痴を武器にして、多くを語らず控えめに、世界を眺めるしたたかさも必要だ。そ の間に、世界に誇る職人としての自覚を持って、技術の向上に励んでいれば、自ずと向かうから歩み寄ってくる。そのためには過去の遺産にも勇気を持って真正 面から立ち向かう必要がある。

 地球上のあらゆる生命が悲鳴をあげている。今、日本人なら、その声が聞こえているはずだ。そして、僕らが挑む相手は、ここにある。 ただ単に壊すだけではなく、「地域や世界規模の問題で指導的役割」を担うため、新たなビジョンを世界に発信する時が迫ってきた。

■引用・参考

◎「歴史の交差点 ブッシュのユートピアと自己満足--イラクと北朝鮮」山内昌之東京大学教授 2002.10.05 週刊ダイヤモンド
(一部転載)
ケイガン(注1)らの「ネオ保守主義者(注2)」には、米国主導の軍事同盟や貿易・財政標準によって米国主導の国際システムを確立する野望が潜んでいるよ うだ。これは、他国の追随を許さない軍事ハイテクによって、一九世紀以来の「マニフェスト・デスティニー」を世界に拡大する野心と受け止められても仕方が ないだろう。
 保守主義によって換骨奪胎された新ウィルソン主義の強硬策は、長期的には各地で抵抗を引き起こし、現存の安定した国際秩序を崩壊させかねない。それなり に世界に受け入れられてきた米国の、ゆるやかな世界ヘゲモニーの性格を根底から変えてしまうのだ。米国は、国際緊張や地域紛争の蒸留器ではなく、それを増 大させる発動機と化してしまうのである。その結果、EUは自前の安全保障の道を模索し、日本は漂流するとファフは考える。
 一九四〇年代以降、米国の安全保障と威信の源泉は、力だけでなく国際的な信頼感と指導力に由来していた。日本政府は、ブッシュの行動への決意がウサーマ・ビン・ラーディンを利する危険な賭けにつながらないように、一段と説得と協議の努力を払ったほうがよいだろう。
(注1)ロバート・ケーガン
(注2)「ネオ保守主義者」=新保守主義者=ネオコン

◎『米「新帝国主義」を演出する男たち』高畑昭男(毎日新聞論説委員)2002.09.03 毎日エコノミスト
◎「米哲学者、フランシス・フクヤマ氏 米中枢同時テロ後 西欧世界崩壊の兆し」2002.08.23 産経新聞東京朝刊
◎Behind US rifts on hitting Iraq
It's the 'realists' vs. the 'Reaganites' as Bush meets today with senior advisers.
By Peter Grier | Staff writer of The Christian Science Monitor
http://www.csmonitor.com/2002/0821/p01s01-uspo.htm
◎Unprecedented power, colliding ambitions
http://www.economist.com/World/na/displayStory.cfm?story_id=1355664
◎Washington Post OPINION Robert Kagan
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/opinion/columns/kaganrobert/
◎Power and Weakness
By Robert Kagan
http://www.policyreview.org/JUN02/kagan_print.html
◎Multilateralism, American style
Robert Kagan The Washington Post
http://www.iht.com/cgi-bin/generic.cgi?template=articleprint.tmplh&ArticleId=70670
◎The Trans-Atlantic split - The politics of power and morality
By Robert Kagan
http://www.theepc.be/challenge/challenge_detail.asp?SEC=challenge&SUBSEC=issue&SUBSUBSEC=&SUBSUBSUBSEC=&REFID=823
◎A global rule book - A key goal for EU Foreign and Security Policy
By Chris Patten
http://www.theepc.be/documents/breakdet.asp?SEC=documents&SUBSEC=breakfast&SUBSUBSEC=&REFID=911
◎EU's Patten to US: force alone won't make you safe
http://www.reuters.com/news_article.jhtml?type=topnews&StoryID=1505161

2002年10月04日(金)ブルッキングス研究所客員研究員 中野 有


  ブルッキングス研究所の「Inside Washington」プログラムに参加し、どのようにして米国の政策提言、立案がなされるかを学んだ。外交、経済、安全保障等の政策に影響する主なグ ループとして「政、官、財、学、マスコミ、市民、NGO、 NPO、PIGS(Public Interest Group)」が考えられる。これらの政策に関わるグループは日米でほとんど相違はないが、米国の特徴として政のなかでも大統領の権限が強いことと、これ らのグループの接点をつなぐ活動として「ロビイスト」や「シンクタンク」が重要な役割を担っていること、さらに強力な市民パワーが存在していることであろ う。

 7年以上前に発生したサリン事件がいまだに解決できない日本と、911の同時テロ後1年で大統領が中心となり「国家安全保障省」という大きな官の組織を 作り上げつつある米国とは、危機管理に対する姿勢、政策立案や敏速な行政能力が全く違う。危機が発生したときに敏速に対処できるということは、常に確固た るビジョンを備え、危機発生時に早急に対応すべきシナリオが描かれているからであろう。政や官が大きなビジョンを構築しようとしても、目先の仕事や行政に とらわれたり、また政策が実現されるまでに多くの抵抗勢力や利益団体の前に自由が効かないことが多い。事実、米国では、日本と比較して建設的な議論が日常 茶飯事に行われている。特にブルッキングスのようなシンクタンクに勤務してそれを強く感じる。国や世界を動かす組織としてシンクタンクは大いなる影響力を 持っているとすると、いったいシンクタンクとは何なのであろうか。

 ブルッキングス研究所の説明によると、米国には約300のシンクタンクがある。ベスト4のシンクタンクが半分の財源を占めている。そのベスト4のシンク タンクは、ブルッキングス研究所、ランド研究所、アーバン研究所、ヘリテージ財団である。シンクタンクの定義であるが、独立、非営利、一定の政党に属さな い、タイムリーな政策提言を行う等である。シンクタンクとロビイストグループとの違いは、中立な立場で政策提言を行うのと政治的活動や議案通過に圧力をか けるところにあるらしい。

 換言すれば、シンクタンクは中立な立場で純粋な政策提言を国家や地球の利益になることを行うために存在している。大学とシンクタンクの違いは、タイム リーに政策提言を行うかどうかにある。また、米国の大学には、政、官、財の経験者が多いが、シンクタンクはそれ以上に政、官、財、学のネットワークを活用 するのみならず、政治的圧力を駆使することなく政策提言を行うことにある。

 よく考えてみると、シンクタンクは非営利と言われながらも税制の影響もあり個人の寄付が財源の柱であり、別の意味では営利を追求しているとも考えられ る。また、ブルッキングスのような政党の影響を受けないシンクタンクもあればヘリテージ財団のようなに共和党中心のシンクタンクもある。ロビイストグルー プでないと言いながらも政権の中枢で働いた大物も多くシンクタンクのタイムリーな政策提言が政治的影響を及ぼすことが頻繁に起こっている。

 シンクタンクの活動の魅力は、経済的利益や凝り固まったイデオロギーを追求するのではなく地域益、国益、地球益といった壮大な理想を生の議論を通じ構築 し、それを政治的圧力で政治家や大統領に伝えるのでなく、マスコミ等を通じ広く世の中に伝え、またそれらの政策提言が大統領や議会が政策の一環として採用 されるところにある。日本に是非ともシンクタンクが必要であると考える。日本にも多くのシンクタンクが存在していると考える人もいるが、シンクタンク、コ ンサルタント、ロビイストが共存するような米国でも存在しないパイオニア的なシンクタンクが出来ないものだろうか。

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