2002年8月アーカイブ

2002年08月30日(金)萬晩報主宰 伴 武澄


 今年は日中国交30周年。思い出すのは30年前の北京空港に降り立つ田中角栄首相とそれを迎えた周恩来首相の表情である。「もっと早く会いたかった」。熱い思いを秘めたアジアの両雄の視線があった。

 それから6年後。日本と中国は日中友好条約の締結にこぎつける。1978年8月8日、園田直外相が条約調印のため北京を訪れた。西部読売新聞は「人ありて 頭山満と玄洋社」という昨年の企画記事の中で驚くべき秘話をスクープしていた。

 園田外相を乗せた政府専用機が北京空港に降り立った時、中日友好協会会長の廖承志氏が、乗り込んできて「頭山さんはどちらですか」と一人の人物を捜した。政府専用機には戦前のアジア主義の大御所、頭山満の孫にあたる頭山興助氏が外相秘書として乗っていたのである。

 頭山満は明治、大正、昭和を生き抜いたアジア主義者である。福岡に政治結社「玄洋社」をつくり、人を育て、アジアの革命家を陰に日向に支援したが、極東裁判では「超国家主義」のレッテルを貼られて、歴史から姿を消している。

 廖承志氏は中国共産党の幹部。その幹部が日本国代表の園田外相を差し置いて「超国家主義者」の孫を捜したのだから、周囲は驚いたに違いない。

 この逸話の意味を理解するには時間を一世代、ニ世代前に戻さなくてはならない。

 まずは、廖承志氏である。父親の廖仲ガイ(りっしんべんに豆)は中国革命を推し進めた国民党創設者である孫文の側近の一人だった。父子が国民党と共産党 に分かれていたわけではない。中国の独立と近代化という同じ目標に向かって国民党と中国共産党が「合作」した時期もあり、両党は同根といえなくもない。

 孫文は日本に2度ほど長期滞在した。初めは1890年代。まだ無名だったが、宮崎滔天(とうてん)らアジア主義者たちの知遇を得た時代だった。当時の日 本には変法運動に失敗して亡命していた康有為や梁啓超ら清朝の重臣がいただけでなく、排満興漢を目指す数多くの中国人革命家たちが拠点を置いて活動をして いた。

 次の滞在は1912年からほぼ3年にわたる亡命時代。孫文は1911年、辛亥革命に成功、大総統に就任するが、間もなく袁世凱にその地位を追われ、亡命 を余儀なくされたのだった。大総統への就任直後の来日では官民挙げての大歓迎を受けたが、亡命者、孫文に日本政府は冷たかった。そんな折りに住居をあてが い、身辺警護までして中国の刺客から孫文を守ったのが頭山満だった。

 1927年、南京市郊外での国葬で、頭山満は孫文の棺を担いだ一人でもある。当時の国民党の人たちがいかに頭山満という人物を大切にしていたかというエピソードのひとつである。

 廖承志氏が父親から「孫文が頭山満氏に大変世話になった」ことを聞かされていたことは間違いなく、随員にその孫がいることを知って心ときめいたことは想像に難くない。そうでなかったら、このように外交儀礼を欠くようなことをするはずもない。

 「日中友好」と声高に叫ぶことは簡単なことである。西部読売新聞の企画記事を読んで感銘したのは、日本と中国との間に脈々と語り継がれてきた「絆の時代」を再発掘してくれたことである。

 実は明治末期から大正初期、つまり1890年代から1910年代にかけての日本には中国だけでなく、フィリピンやベトナム、インドネシアなどからも多く の志士たちが日本にやってきたのだった。フランス植民地のベトナムからはファン・ボイ・チャウが祖国を脱出。ついでグエン王朝の流れをくむクォンデ侯も石 炭船に乗って密航してきた。グォンデ侯はベトナム人を日本に留学させる「東遊(ドンズー)運動」を興し、約100人の青年が日本留学を果たした。グオンデ 侯は1939年、南部中国にいたベトナム人たちを結集して「復国同盟会」を組織、日本の仏印進駐時には側面支援した人物でもある。

 スペインに対する独立運動を指揮したフィリピンのリカルデ将軍は、その後の支配者となったアメリカに追放され、1915年、流刑先の香港から密かに来日 した。それに先立つ蜂起ではアギナルド将軍が日本に対して武器の支援を要請してきた。ビルマからは1907年、ウー・オウッタマという仏僧が西本願寺の大 谷光瑞法主を頼って来日した。オウッタマが属していた青年仏教徒連盟(YMBA)はイギリスの支配下で、宗教を隠れ蓑に民族運動を指導していた。またイン ドからは総督暗殺に失敗して指名手配となったラス・ベハリ・ボースも詩人タゴールの親族と偽って日本に密航した。

 当時の日本はあたかもアジアの革命家たちの梁山泊のようなものだったが、背景には日露戦争の勝利とアジア開放に熱い思いをかける数多くの日本人がいたこ とを忘れてはならない。宮崎滔天、犬養毅、内田良平、相馬愛蔵・・・。アジアの苦悩に思いをよせる多くの日本人がいて、この国にまだアジアとの共感があっ た時代のことである。

 アジアとの共感の裏には、西洋列強による苛酷な植民地支配があった。第二次大戦にいたる過程で、日本もまたアジアを支配する側に立つのだが、それまでに はまだまだ時間があった。「西洋列強とアジアとの対峙」といえば大時代的かもしれないが、時代認識としてそうした地政学的構造があったことを踏まえておか なければ、この時代の歴史は語れない。そして実際に当時、列強と対峙できたのは日本だけであった事実もまた忘れてはならない。本来、西洋列強の侵略からア ジアを守る中核となるべきだったのは中国だったはずであるが、その中国が弱体化したあげく、英仏独露の餌食となるばかりだった。

 話を孫文に戻す。辛亥革命は1911年10月10日の武昌起義がきっかけとなった。中国語で「蜂起」のことを「起義」といい、孫文はそれまで幾たびか 「起義」に失敗していた。1900年、広東省恵州での起義の突撃隊長は山田良政という日本の民間人だった。津軽生まれで、上海の東亜同文書院で教鞭をとっ ていたところ、孫文の中国革命に共鳴して蜂起に参加した。そしてそれは中国革命における最初の日本人犠牲者だった。

 津軽藩は東北地方では珍しく尊皇攘夷派で、進取の気性に優れ、ジャーナリストの陸羯南を生んだ土地柄である。弘前市の山田家の菩提寺貞昌寺には孫文の揮 毫による山田良政の頌徳碑があり、「その志、東方に嗣ぐものあらんことを」と書かれてある。慰霊祭には、歴代の中華民国の日本代表からメッセージが届く。 日本各地にあまたある孫文の足跡のひとつとして弘前市が誇る史跡でもある。

 西部読売新聞「人ありて 頭山満と玄洋社」
 http://kyushu.yomiuri.co.jp/genyou/frgenyou.htm

 山田良政の物語は宝田時雄氏の「請孫文再来」に詳しい。
 http://www.thinkjapan.gr.jp/~sunwen/
2002年08月28日萬晩報主宰 伴 武澄


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                                 2002-8-28
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05: 居酒屋対談・ジャーナリストたちのメルマガあれこれ     前編
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 こんにちは、ゆみ&ゆっちです。皆さん、いかがお過ごしですか?今回は、スペシャル版としてメルマガ発行者でもある、ジャーナリストさんらに渋谷の居酒屋に集っていただき、気ままにお話ししていただきました。

 伴:伴武澄さん(共同通信社)
     「萬晩報-お江戸のデスク日記」 http://melma.com/mag/22/m00000322/
 田:田中宇さん(国際ジャーナリスト)
     「田中宇の国際ニュース解説」 http://melma.com/mag/12/m00001712/

  ■通信社は必要なくなると思ったことも

 ― 発行のきっかけは?

 田:記事の更新が不定期だから、サイトに来てもらうのは大変でしょう。じゃあ
   こちらからメールで配信するのがいいんじゃないかと思って・・・だから、
   最初は知り合いに配信してたんだよね。25人とか。
 伴:どうやって読者2千人とかになっちゃったわけ?
 田:それはね、Yahoo!からリンクしてもらったから。Yahoo!で2千人までいった   のかな。
 伴:それいつ?
 田:96年。その頃まだ国際ニュースとかいわゆるニュースの個人サイトは全
   然なかった。
 伴:僕がメールマガジンを始めたのはデスクになって現場を離れて書く機会
    がなくなってしまってからかな・・・あるとき、四国新聞の論説委員の
    コラムに僕が「面白くない」って文句を言ったの。そしたら「お前、毎日
    書くのは大変なんだ。お前できないだろ」と言われて(笑)。俺だって
    書いてやるって言って98年1月9日から書き始めました。
 田:当時はNetscapeのメーラーで送ってましたよ。でも、サーバが大量配信
    に対応してなくて、読者数が1万2千人くらいのときにメルマガ発行スタ
    ンドに移ったんです。

 ― 読者の反応は?

 伴:以前は、3千部配信で、1日に60通とか反響が来てました。当時は発信
    している人も少なかったですから。部数が少ないと仲間内意識が芽生
    えて反響が多くなるんです。当時は珍しかったから、丹念に読んでくれ
    たんですよ。
   だから、まじめに読んでくれてまじめにメールを返してくれた。僕が書い
   てるよりも長い論文がきたりすることも1本や2本じゃなくて――
 田:(笑)
 伴:反響の内容があまりにもいいんですよ。新聞記者やって思うんですけ
    ど、新聞記者より実務を担当している人のほうが詳しいに決まってる
    んですよ。
   僕たちは役人とか企業家に聞いて文字にするんだけど、それぞれの国
   の制度や新しい動きをひとたび彼らが発信したら、もう通信社は成り立
   たなくなるんじゃないかと、当時は思いました。

    仕事を忘れてほろ酔い気分のゆみ&ゆっち。 q(^ー^q) (p^ー^)p
    この後、トークはますます盛り上がります。      (次週につづく)

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編集後記                    お便りは yumi@mfactory.jp
 なんだかあまり夏らしいことをしないうちに、夏は過ぎ去っていきました。8月も
 もう終わりです。寂しいなあ・・・。でも、正直私は夏が苦手なので、涼しくなっ
 てくれるのは嬉しいです。問題は、泳ぎにも行けなかった。花火も見に行けなかっ
 たという事実なのです。全然遊びに行ってないよー!
                                  (ゆみ)
                 あなたの寒いギャグを募集! ahaha@gochi.jp
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05: 居酒屋対談・ジャーナリストたちのメルマガあれこれ        後編
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  ■部数が多いのはいいこと?

 田:僕は、あんまり反響来ないの。誰も知らない国のことを書いてるから
   かな。
 伴:僕の場合は、読者が3,000人くらいのときには仲間的意識が結構あり
   ましたね。そこから議論が広がっていったりしていました。
 田:前はインターネットはビジネスじゃなくて、和気あいあいとした小さい
   コミュニティだった。たぶん3,000人くらいが、一番うまくいくんだと思うけど。
   それが、ビジネスになると、人数が多いほうがお金になる。たとえば
   発行部数ベスト10に入るとか、何十万部になるとか。部数の多いほう
   がいいと評価されるようになると、仲間的意識がなくなるんじゃないかな。

  ■マガジン数があまりに多いですよね

 伴:今後みんな常時接続になって、自分のパソコンをサーバ化できるように
   なって自分から発信できるようになりますよね。そうするとメルマガ発行
   スタンドの存在が薄れてゆくことも考えられるのではないですか?

 田:いや、メルマガスタンドはなくならない。メルマガを取りたい人は発行
   スタンドを見に行くんだもん。それは、Yahoo!を見に行っているのと一緒
   で。
 伴:でも、当時はメールマガジンを探して、melma!から送られてくる新着情報
   をチェックしてた。でも、今は数があまりに多いですよね。
 田:なんで薄れていったかっていうとね、メールマガジンの数は多いけど、
   中身のないメールマガジンもたくさん出来ちゃったからじゃないかな。
   僕がいつも思うのは、だんだんね、インターネットはビジネスじゃなくな
   ると。インターネットでビジネスをやっていけると思っていた人が全員幻
   滅して、全員インターネット業界から去っていった次の日から、ただただ
   発信したい、ただただ読みたい、それだけの人が残って、そこには何万
   ものガラクタサイトとか発行されてないメルマガの残骸だとかが積み上が
   ってんだけど、その中から何か・・・廃墟の中から出てくる物があるん
   じゃないかと思っているんですよ。

> ■書籍サイン本プレゼント
  田中さんの「米中論」、「仕組まれた9.11」、そして伴さんの「萬晩報」を抽選で各1名様、合計3名様にプレゼントいたします。〒・住所・氏名・希望の書籍をご記入の上 melmanews@mfactory.jp サイン本係まで。9月11日〆です。

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●編集後記                    お便りは yumi@mfactory.jp
 8/30、メルマガ発行者3名様をお招きして座談会をやりました~。うふふ~。あ、 田中さんたちの座談会とはまた別口です。座談会の記事は後日改めて 掲載しますが webでは結構有名な方たちですヨ。緊張したり興奮したりして、大変でしたがお話 がとっても楽しくて!メルマガを読んだりメールで感想の やり取りをしたりももち ろん楽しいけれど、こうして直接お会いするのとまた感動もひとしおですね!
                                  (ゆみ)
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2002年08月23日(金)萬晩報通信員 園田 義明


■イラク攻撃への米国民の不安

 昨年の911からまもなく1年が経とうとしている。911直後は、世界がアメリカを中心に結束したが、今は大きく揺らぎ始めている。その理由は、アメリカが強く打ち出すイラク攻撃にある。

 ここで、気になるのは米国民の反応だが、最近行われたワシントン・ポストとABCテレビの合同世論調査では、米国民の69%がイラクのフセイン政権打倒を目的とする軍事攻撃を支持すると回答し、反対の22%を大きく上回った。

 ただし、「米単独の攻撃を支持するか」との質問では、支持は54%に下がり、逆に反対は33%まで増加している。また「米兵に相当数の死傷者が出た場合でも攻撃を支持するか」との問いでは、支持が40%に急落、反対は51%に跳ね上がった。

 イラクの脅威は認めるものの、単独での攻撃には首を傾げ、もうこれ以上死傷者を見たくないと思っているようだ。少しずつ本来の姿に戻りつつあるように見えるが、やはり米国民が911のショックから立ち直るには、まだ時間がかかりそうだ。

■「終わりの始まり」とネオコンの台頭

 こうした中で、「米単独でもイラクをやっつけるんだ」と主張する勢力が、ブッシュ政権内で依然として強い権力を握っている。

 代表格は、これまで何度も私のコラムに登場したポール・ウルフォウィッツ国防副長官やリチャード・パール国防政策委員会委員長等の「新保守主義(ネオ・ コンサーバティズム=ネオコン)」と呼ばれる方々であるが、彼らを政権に呼び寄せたチェイニー副大統領やラムズフェルド国防長官とともにタカ派のサークル を構成している。

 ネオコンは、共産主義に失望して対ソ強硬路線に転じたベトナム反戦の左派リベラルからの転向者も少なくない。彼らは、世界に背を向ける孤立主義が多かっ た従来型保守勢力とは明確な一線を画し、単独行動を辞さず、力による秩序、強力な同盟関係、イデオロギー外交としての人権・民主主義・資本主義の拡大を追 求する。ソ連を「悪の帝国」と呼んだレーガン時代の外交を冷戦後の現実にあてはめて、「アメリカの秩序」を強く訴える。

 そして、彼らは学者集団であり、徹底的な理論武装を好む。米国をかってのローマ帝国や大英帝国の威勢も上回る史上例のない「帝国」になぞらえ、アメリカによる「新帝国主義」論を信奉する人が多いのも特徴だ。

 このネオコンの台頭こそが、現在のアメリカを象徴している。つまり911こそがパクス・アメリカーナの衰退、即ち「終わりの始まり」を象徴する出来事だったようだ。その焦りがネオコンの台頭に繋がったのではないかと考えられる。

 このネオコン勢力が中心となって、強く打ち出しているのが、京都議定書や包括的核実験禁止条約(CTBT)からの離脱に見られるユニラテラリズム(アメリカ単独主導主義)である。

 これに対して、湾岸戦争時に統合参謀本部議長を務めたパウエル国務長官は、戦争の現場を知り尽くした叩き上げの軍人として、現実主義の見地から理論派で あるネオコンとことごとく衝突する。しかし、絶えることのないパウエル辞任の噂が示すとおり、米国民の願いむなしく、ネオコンの前にパウエルの主張はかき 消されていく。

■パウエルの援軍、スコウクロフト元大統領補佐官

 8月に入ってブッシュ大統領のイラク攻撃に向けた発言がややトーンダウンする。これにはある大物が深く関係している。陸軍士官学校卒業後、空軍中将で退 役した、ブレント・スコウクロフト元大統領補佐官(国家安全保障問題担当)が、パウエルに合流し、強烈なブレーキをかけたのだ。

 スコウクロフトは、強硬姿勢を前面に出す現政権の政策に対して微妙に距離を置いてきたが、いよいよ表舞台に登場する。ベーカー元国務長官、そしてブッシュ・パパ元大統領でさえもその背後にいるようだ。

 スコウクロフトは、ニクソン、フォード、ブッシュパパの共和党政権を支えた長老格の人物で軍関係者の絶大な信頼を今なお集めている。ネオコンのパウエル包囲網も彼には通用するはずがない。格の違いが歴然と存在している。

 キッシンジャー・アソシエイツの副会長を務め、ライス現大統領補佐官を学界からスカウトしたことで、彼女の「師匠」とも言われるが、なによりブッシュ家 と最も近い関係にある。その彼が、8月4日のCBS「フェイス・ザ・ネーション」に出演し、イラク攻撃が「中東地域全体を煮えたぎった大釜に変え、テロと の戦いも破壊することになる」として、自制するよう強く促したのである。そして、「まず取り組むべきはイスラエル・パレスチナ問題である」と欧州勢の主張 を代弁するかのような発言を行う。

 そして8月12日付けのワシントン・ポストで、共和党の有力論客であるヘンリー・キッシンジャー元国務長官と政治評論家のロバート・ノバクが、それぞれ 積極論と消極論を展開した。この記事の中で、ノバクは、強力な援軍の登場により息を吹き返したパウエル、アーミテージ正副国務長官が、そろってブッシュ大 統領と腹を割って会談し、慎重に対イラク政策を運ぶよう上申したと暴露し、性急なチェイニー副大統領らに対する党内の懸念を紹介した。

 なお、スコウクロフトは、以前から、政権の一部を指して、明確にユニラテラリズムと表現し、朝日新聞とのインタビューでは、「ブッシュ政権には、単独主 導主義的傾向の人が入っている。だが、対テロ戦に協力が不可欠と分かれば、徐々に変わっていくと思う。」と発言している。

 一向に変わる気配も見せないネオコンに対してスコウクロフト以外にも立ち上がった大物がいる。

■対立の核心 ユニラテラリズム vs マルチラテラリズム

 学界での論争も激しくなってきた。ネオコンが主導するユニラテラリズムに対して、先頭に立って警告を発しているのが、ジョセフ・ナイ・ハーバード大ケネ ディ行政大学院学長である。かってのハト派のイメージをかなぐり捨てて、ネオコン派の首領的論客チャールズ・クラウトハマーを名指しで批判した記事は世界 的な話題となった。

 この記事が掲載されたのは、6月16日付けの英フィナンシャル・タイムズであった点が重要である。

 チャールズ・クラウトハマーは、ワシントン・ポストやウィークリー・スタンダードにコラムを連載している。現在の米言論界では、大手のほとんどがネオコ ン派の強い影響化に置かれており、主張の場を欧州系メディアにシフトしているようだ。それでは、3日前の6月13日の米インターナショナル・ヘラルド・ト リビューンのナイの記事はどうなるのかと問われそうだが、インターナショナル・ヘラルド・トリビューンは、ニューヨーク・タイムズとワシントン・ポストを 親会社としてフランス・パリの本社で編集・発行されている。

 ジョセフ・ナイは、相互依存論の雄として知られているが、クリントン前政権で国家情報会議(NIC)議長、国防次官補(国際安全保障問題担当)を歴任し たグローバル派であり、国際政治学者、安全保障の専門家として米国の外交指導者層の主流を歩んできた。その彼が、今再びユニラテラリズムに対抗して、米国 の国益のために、軍事力や経済力だけに頼らず、他の国民を引きつける価値観や文化などのソフト・パワーによるマルチラテラリズム(多国間主義)を取るべき だと説いている。

スコウクロフトのアルマゲドン・クーデター 

 7月22日、ブッシュ政権は、国連人口基金への3400万ドル(約40億円)の拠出の中止を発表する。この知らせは、宗教右派勢力に熱狂的に迎えられ た。宗教右派は、基金の支援によって中国で強制的な避妊や中絶が行われているとし、支出に反対していたのだ。目前に迫った中間選挙と2004年の大統領選 に向けて、なりふり構わず票獲得へと突き進む。

 次なるターゲットは、人口約600万人のユダヤ系米国人の票である。エンロンやワールドコムに代わる大口政治資金を求めて、民主党の基盤に深く足を踏み入れた。共和党が、イスラエルの軍事行動支持を一貫して打ち出す理由が、ここにある。

 この点を踏まえて「冷静なプラグマチスト」であるスコウクロフトは、8月15日の保守系ウォール・ストリート・ジャーナルに寄稿する。そのタイトルは、 ずばり「サダムを攻撃するな」である。この中で、はっきりとイスラエルを巻き込んだ核兵器によるアルマゲドン(世界最終戦争)の可能性を警告した。

 一方、パウエル、アーミテージ正副国務長官は、ブッシュ大統領に続いて8月13日にはキッシンジャー元国務長官を呼び寄せ、パウエル陣営に引き込むこと の成功したようだ。これもスコウクロフトが大きく関わっていると見ていい。そして、ブッシュ・パパ政権の国務長官であったローレンス・イーグルバーガーも ABCニュースで「すべての同盟国が反対する中で、なぜ今イラク攻撃を行われなければならないのか」と疑問を投げかけた。

 慌てたのが、リチャード・パールである。フランスからわざわざ抗議の電話をかけてきたようだ。なぜフランスにいたのかは定かではないが、ブッシュ政権内 でパール不在を狙った一種のクーデターのようなものが起こっているのかもしれない。ブッシュ大統領も8月6日から長い夏休みに入っており、絶好のタイミン グで行われたようだ。

 さて、メディア・グループ「ホリンガー・インターナショナル」の取締役会が楽しみである。ここでリチャード・パールとヘンリー・キッシンジャーが顔を合わせる。

 カナダのメディア王コンラッド・ブラック率いるホリンガー・インターナショナルは、米シカゴ・サンータイムズ、英デイリー・テレグラフ、そしてイスラエ ルの最有力英字紙「エルサレム・ポスト」を所有している。そしてリチャード・パールは、エルサレム・ポストの取締役とグループ会社であるホリンガー・デジ タルの共同会長も務めている。

逆説の逆説

 ジョセフ・ナイは、かって、現在のグローバリゼーションがアメリカナイゼーション(米国化)と誤解され、世界の反米主義者から反発を招く危険性も持ち合わせていると指摘していた。

 戦後、究極のグローバリゼーションを追求しながら、グローバリゼーションとアメリカン・スタンダードを見事に混同し、『山椒魚』のごとく、ひきこもったまま出てこない日本もその一例である。

 とはいえ、アメリカ文化の押しつけに対して世界各地で抗議の声が高まっていることも事実であり、ソフト・パワー主義の修正も行われるべきだが、彼らにはまだその解決の糸口が見いだせていないようだ。
 
 ナイ氏が著書『米国のパワーの逆説』の中で、最も厳しい警告を発しているのは、古代ローマ帝国の衰亡の比喩である。

「蛮族がローマを打ち破ったのではない。中から腐ったのだ」

「米国もまた中から腐らない限り、テロリストに滅ぼされることはない」

 いずれにせよ、歴史的な瞬間を迎えつつあるようだ。

 その行方を解く鍵は、ホリンガー・インターナショナルのアニュアル・レポートに隠されている。このレポートを開き、取締役会や諮問委員会の名簿を見れば、きっと世界観が変わるだろう。

 世界がアメリカだけではないことを改めて教えてくれるはずだ。


▼参考

Scowcroft Urges Restraint Against Iraq
By Steven Mufson
Washington Post Staff Writer
Monday, August 5, 2002; Page A04
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/articles/A43744-2002Aug4.html

Don't Attack Saddam
It would undermine our antiterror efforts.
BY BRENT SCOWCROFT
Thursday, August 15, 2002 12:01 a.m. EDT
http://www.opinionjournal.com/editorial/feature.html?id=110002133

US adviser warns of Armageddon
Julian Borger in Washington and Richard Norton-Taylor
Friday August 16, 2002
The Guardian
http://www.guardian.co.uk/Iraq/Story/0,2763,775532,00.html

Top Republicans Break With Bush on Iraq Strategy
By TODD S. PURDUM and PATRICK E. TYLER
http://www.nytimes.com/2002/08/16/international/middleeast/16IRAQ.html?today
Lessons in imperialism
By Joseph Nye
Published: June 16 2002 20:30 | Last Updated: June 16 2002 20:30
http://www.ksg.harvard.edu/news/opeds/nye_imperialism_ft_061602.htm

Unilateralism vs. Multilateralism:
America Can't Go It Alone
By Joseph S. Nye Jr.
International Herald Tribune
June 13, 2002
http://www.globalpolicy.org/security/peacekpg/us/2002/0613uni.htm

 園田さんにメールはyoshigarden@mx4.ttcn.ne.jp
2002年08月21日(水)萬晩報主宰 伴 武澄


 高知県の明徳高校が夏の甲子園でついに決勝に勝ち進んだ。筆者の身辺でも高知県の明るい話題に事欠かない。東京の「NPO人祭会」が日ごろ、よさこい踊 りを練習している東京の小中学生60人を連れて10、11日の本場のよさこい祭に参加した。この企画がユニークなのはよさこい祭参加と併せて、高知の山間 部での生活体験を組み合わせた点だ。

 高知の山間部の町村が都会の子どもたちを迎えるために心尽くしの準備をし、子どもたちは山間部の人たちの人情を堪能した。大豊町では旧関所の番所「立川 御殿」の大広間で大の字になっての「昼寝」が楽しかったそうだ。子どもたちにはつくられた接待より、ありのままの田舎生活がうれしかったようである。

 筆者は、22日から高知のよさこいチーム「よさこい国際交流隊」(松本光司代表)の主力メンバー15人を引き連れてクアラルンプールに向かう。同地で10年前から続いているジャパン・フェスティバルの公式行事としてよさこい踊りを披露することになっている。

 姉の友人で、マレーシア日本語協会の会長をしているエドワード・リーさんからこの春、よさこい踊りをマレーシアでできないかという話があり、とんとん拍子でよさこい踊りの「輸出」が決まった。

 よさこい踊りは、高知市で昭和28年に始まった。商店街の振興策として、田んぼのスズメよけに使っていた「鳴子」を両手ににぎやかな夏祭りとして県内で 人気を呼んでいたが、10年前、北海道大学の学生がこの祭を「YOSAKOIソーラン祭り」として札幌市に導入したことから全国的知名度を得た。なにしろ 本場、高知の踊りが1万5000人に対して札幌は5万人の踊り子を擁するから規模が違う。

 この学生が感動したのはよさこい踊りが持つ自由さだった。それぞれのチームがそれぞれの音楽と踊りを持ち、好みの衣装で2日間、市内を乱舞する姿はこれ までの日本にはない夏祭りの形態だった。踊りのきまりは、鳴子を使用することとよさこい節の一節を音楽に取り入れることだけで、後は一切、自由。正調あ り、ラテン、ロック、ラップなんでもありだ。最近は復古調なのか「沖縄」の音階も聞かれるようになった。

 灯台下暗しとはまさにこのことで、県外人が評価することによって「よさこい踊り」が全国に通用する概念であることが分かったのである。ひょっとしたら世界にも受け入れられる可能性があるのではないかと思っている。

 われわれがマレーシアで披露するのは「よさこい・ボレ!」。ボレはマレー語で「すごい」とか「やるじゃん」といった意味合いの言葉だそうで、「マレーシ ア・ボレ」といったように日常的に使われるのだ。受け入れ先は流通コングロマリットのサンウエイ・ショッピングセンター。日本語協会と日本人会が現地での 踊り子隊を募集、現在、猛練習中。24日は、高知チームと合流して100人を超える大踊り子チームが編成される予定だ。

 単純にマレーシアでよさこいを踊りたいという発想から始まったこのプロジェクトだが、どういうわけか日に日に輪が広がり、現地での期待も高まっていて、 記者会見まで設定されるというおまけもついた。受け入れ側では、すでに来年7月のクアラルンプールでの「世界一の盆踊り大会」のプログラムによさこいを入 れようという話まで持ち上がっているそうで、うれしいやら面はゆいやら。

 マレーシアの盆踊りは20年前、クアラルンプール在住日本人の楽しみとして始まったが、いまでは5万人の参加者を得る規模になり、ジョホール市やペナン でも開催されるなどマレーシア社会に完全に定着した感がある。しかし、最近では東京音頭や黒田節では「パンチが足りない」「もっとダイナミックな踊りはな いのか」という声も出ている。

 現在、日本国内で約40カ所でよさこいが踊られている。昨年から東京・原宿の表参道で始まった「スーパーよさこい」は今年は24、25日に開く予定で、 すでに大飛躍の可能性を秘めている。われわれもなんとかよさこいのクアラルンプール・バージョンを生み出したと思っている。

2002年08月13日(火)ジャーナリスト 大前 仁


 私は過去3年間、当時住んでいたワシントンDCで開かれたエイズなど難病患者救援を目的とした基金集めの慈善スポーツ大会に毎年一度づつ参加した。慈善 スポーツというとソフトな語感があるが、最初の2回が全行程500キロ以上の自転車ツアー、最後がフルマラソンという過酷な内容だった。また、ともにレー スへの出走に先立ち、2000ドル(当時は約25万円)近くの基金集めを義務付けられた。

 自らが慈善スポーツ大会に出場してみて、米国における慈善活動への取り組みを目の当たりにできた。今回は米国で近年盛んになっている市民参加型の慈善スポーツについて考察してみる。何故、人気を博しているのだろうか。

 第一の理由には、欧米社会で慈善活動への参加が伝統的に尊ばれていることがある。米国人が進学や就職する際には、職務経験や学歴だけでなく、どのような ボランティア活動に従事していたのかも、人物評価の重要な要素とされる。私は自分が参加するだけでなく、数年前に慈善スポーツ大会について取材したことが あった。その際に、大手の会計監査事務所だったアーサー・アンダーセン(エンロン疑惑で不正会計に加担した、あの会社)が、一定の役職以上の社員に様々な 慈善事業に寄付するための予算を与えていることを知って驚いたものだ。

 二つ目には米国民の間で健康への願望が強まっており、健康の観点から慈善スポーツに参加する人も多い。マラソンや長距離レースに参加することで、頑強な 体を作りたい。レース本番までの練習を通じてスリムになりたい、との願望が強いのだ。これは多くの米国民が深刻な体重オーバーに悩んでいる現状とも関係し ていると思う。

 三つ目は米国が個人主義・能力主義の国であることとも関係している。「個人が何を達成したのか」「どのような困難を克服したことがあるのか」という事柄 が尊ばれる土壌がある。従って、過酷なレースを完走したような人物は、己へのチャレンジ(挑戦)をクリアできる精神力を持つとして高い評価を得るのだ。

 四つ目は当然ながら、米社会でのエイズへの意識が高いことにも起因している。エイズの発病を防ぐ医療の発達や、感染予防の知識の広がりを受けて、米国内 では以前と比べるとエイズの脅威は弱まっているようだ。しかし、日本などと比べると、より多くの米国人がエイズで家族、友人、恋人を亡くしており、エイズ を「身近な問題」として捉える意識が強い。

 最後の要因は、これらの慈善スポーツ大会の主催者が、初心者でもレース当日までに鍛錬できるトレーニング・プログラムを提供していることだ。例えば、私 が参加したマラソン大会のエイズ基金プログラムは、素人でも6カ月かけてマラソンを完走できるプログラムを用意していた。また、上記の自転車ツアーの主催 者は「(ツアーの走破は)不可能でない。あなたでも達成できる」というキャッチコピーを掲げて、初心者の参加を奨励している。

 さて、ここまで書いてみると、慈善スポーツ大会では「良いこと尽くめ」のように響かないでもない。それでも、幾つかの問題点も抱えていると思う。その最 たるものは、成功要因の項で最後に取り上げた初心者が多く参加することだ。適切なトレーニングを積めなかったために、ツアーやレースの当日に悲惨な目にあ う参加者も少なくないのだ。主催者側のコピーがうたい上げるように、「誰にでも達成できる」わけではない。当日までに相応の練習を積まなければならないの だが、それが見過ごされがちなのだ。

 私の友人の一人は、自転車ツアーで完走できない参加者が多いことについて、「だいたい、米国人は調子のいい事を口にし過ぎるよ。それでいながら、地道な 努力が出来ない連中が多いのだ」と嘆いていた。(ちなみに、その友人も米国人である。)これは少し大げさだろう。しかし、私が自転車ツアーに参加した 2000年は、米国のバブル経済がはじける前だった。株価が天井知らずで上がり続け、成功が簡単に手に入った時代。そこでは、個人が「自分さえ信じれば、 何でも達成できるのだ」と疑わない風潮があったのは事実だ。

 さて、まとめに入る。この項は「慈善スポーツは誰のため」との表題にした。当然のことながら、多くの参加者は最終的には「自分自身のため」に慈善スポー ツへ参加しているのだろう。私自身もそのような動機付けだった。感動や達成感を味わうために過酷な練習を積んで、当日のレースに臨んだ。そして、沿道の歓 声や応援、差し入れに励まされ、時には涙ぐみながらも、自転車を漕ぎ、自分の足で走った。

 多くの米国人も自分に勝つことが、社会の役に立つと信じて、重い足でペダルを漕ぎ続けた。また、痛む膝を引きずりながら、足を前に進めることを止めなかったのではないだろうか。そのように思えてならない。

2002年08月12日(月)萬晩報主宰 伴 武澄



  【読者の声】
 
国費で高速道路を建設すればいい 真境名 悟(まじきな さとる)
  8/9付け高速道路に関するご意見、私もまったく同感です。車が一部の人の占有物だった時代はいざしらず、現代においては自分の移動のみならず、消費面か ら考えても輸送コストに高額な高速料金が反映されていることを考えれば、国民全員に高速道路無料化のメリットはあるのではないでしょうか。

 また、どうして国費を投じて高速道路を整備せず、財政投融資を受けて、高い利息(国費であれば国債で資金調達できるはず)を支払わねばならないのでしょ うか。その利息を払うために財政から補助が出ているときくとますますわけがわからなくなります。いっそのこと、全国津々浦々国費を投じて(今は国債利回り が低いのですから)高速道路を整備して、無料化すればいいと思います。景気対策にもなるかも?
 
国民サービスの原則は低価格か無料 内海 仁
 中野様のご指摘、私自身いままで気が付きませんでした。満足に対する対価の支払いが原則の経済社会であれば花火は当然、有料でしょう。と言う意味から花火とハイウェーの関係は非常に興味深く読ませていただきました。

 この考えを素に今の公団民営化を考えるとこんな疑問が出てきます。所謂、道路族といわれている議員達や地方の首長の発言が、地方格差の是正や活性化、国 家としての交通網整備が政府の勤めであると発言しています。また、都市と地方といった地域差のない、平等なサービス又は福祉の提供が必要とも言います。で は、国家が国民に提供するサービスの原資を税金として徴収していながら何故、利用したからと言って再度徴収するのでしょうか。しかも消費税という二重課税 で。

 公共の福祉を標榜するのであれば、国民が平等にサービスを受けることが出来るように所得による差が出ないように公共施設は原則無料若しくは低価格での利 用できないと意味をなさないでしょうし、例えば道路であっても観光道路を別にすれば生活道路として地域格差や地方活性のための高速道路は生活のための道路 ですから全て無料ではないでしょうか。高額の通行料の徴収は、いくら高速道路を作っても地方活性化に繋がらないのは「東京湾横断道路」を見れば明らかで道 路族や地方の首長が言う利用の根拠の希薄さを示す良い例でしょう。

 今の道路公団の議論は、公共の物は原則無料若しくは格安を前提に考えれば議論の中心は、建設コストや管理経費の削減や効率化のためには民営でか、公営で かの議論という気がします。高速道路は有料の固定観念の中で議論していては・・・・という気がします。今後も興味深い記事の掲載を期待しています。
 
難しいコストの比較  高橋 勤
  花火と高速道路の考え方、楽しく読ませていただきました。花火が無料なのは小生もうれしく感じてました。協賛金と称する名前で金を集め夜空にその金を打ち 上げているようですが、アートのはかなさと、夏を楽しむ心の思い出に掛かるコストとして、協賛者が少なくなっているといってもまだ市民権があるようです。
 また、陶器の材料は土を使い、絵画の材料はキャンバスと絵の具、どちらも芸術品となると、コストを比較する実用品はありません。
 今、コスト意識を皆さんが考える場合、実利を求めるコストと、心を満たす(癒し、独占欲、プライド、他)コストを比較する必要はないのではないでしょう か? 所詮、実利と自己満足(心の満足)をコストという、メジャーで比較することは、難しいのではないでしょうか?
 高速道路の利用料金は、安くすべきと思うのは、コストの感覚として正しいのではないかと思います。今の道路公団の料金設定の試算など見ていると、公団傘 下の組織を維持するためのコストとして考えているのではと思います。邪推でしょうか? 参考になればと思いお送りいたします。
 
 
無料化で地域は活性化する  鈴木 方人
 本日のコラムによる提言に賛同です。高額な通行料を取られる現状でも、一部の道路は日常的に渋滞していますが、全国的に見れば通る車もまばらといった有料道路が大半です。無料化すれば地域の活性化に大いに役立ち、都市住民と地方住民との交流も自然に増えると思います。

 全日空が全路線1万円という企画を発表したときには、普通運賃ではあまりの高額で二の足を踏む北海道や八重山諸島などに「自由旅行」の人々が訪れ、ツ アー旅行の団体客ではない普通の人対人の交流が生まれたと思います。私自身、この1万円企画の期間には何度も出かけました。都市住民が地方の生活感覚を体 験できたと思います。そしてそのときの交流は旅の後も続くのです。団体旅行とは一味もふた味も違う効果が期待できます。その後はJALも特別バーゲンとい うのを打ち出して同様に活況ですが、しかし両者とも設定期間が限られるため今ひとつ利用が盛り上がりません。

 これは大きなヒントだと思います。経済の活性化、内需の喚起に一番の即効薬になりえるのではないでしょうか。つまり政府はこのような企画を常時施策とし て今後(2年間ぐらいの期間を区切ってでも)支援する予算を組むことで、これまでの公共事業の性格を変えるとともに、内需の拡大ができるのではとないかと 思うのです。航空機だけでなく鉄道もホテル旅館も一定の支援料金設定で、観光が経済活性化の牽引役になるのではないかと思います。

「本来無料であるべき道路」という最初のテーマからはずれてしまうことを書きましたが、道路も常時渋滞の例えば東名・名神のような道路は早期に拡幅と二本 目の路線を造る一方で、すべての道路は税金により運営していくべきだと思います。現在の公団方式で財投資金を使うやり方では、官僚が自らの職場(利益)作 りを進め、国民からは見えにくい借金を増やすばかりです。わかりにくい国の財政も、この道路無料化をすることにより金を使うべきものと節約すべきものとが 見えてくる効果が出ますし、政治家や役人が分かりにくい説明をして私利を図ることもしにくくなります。

 いま道路公団の民営化議論が白熱していますが、これなどどうやってみてもツケを払わされるのは国民すなわち税金なのですから、最初から税金で無料化して 行くべきだと思います。いずれにしても人や物の移動は経済活動のまた生活活性化の基本なのですから、できるだけ安価にすることが肝要だと思います。

 
やめたい「いままでこうだった」という発想  加藤 毅
  ソフトウェアの会社を細々と10年ほどやっており、業務の関係で米国とアジアを行ったり来たりしています。外から見ると日本はその他の国から見て「え!ど うして?」ということが常識的に普通に行われていたりします。其れも一つの国としても個性と言い切ってしまうことも出来ますが

 今後、事実上国境というモノが形骸化して世の中が「地域」「人」「産業」というとらえ方をされてくると、今の日本のあり方は周りの国(地域)や人々(日 本を離れている日本人も含めて)からはより受け入れがたいモノとして扱われるのではと思います。

 原因はいろんな所にありますが、一つ「教育」の占める役割は大きいと考えます。
  いままでがこうだから・・・
  国はこう考えているから・・・
 ではなく

 今後こうなっていくだろうから今までとは違うけどこうしていった方がいいのではないか。そのような教育や子供と共に考えるあり方が今後の「変な日本」か ら国際的に地域に受け入れられる国を作っていく人を生んでいくのではないかと考えます。

いままで、こうやってきたんだから・・・
という人が日本を変えていこうというのは説得力が無く期待するのは難しいと考えます。

 国はそう簡単に滅びるモノではないと思います。
 変えるときは変えないとと思うのですが・・・

 この国は外からの力が働かないと変わらないんじゃないかなと思います。コラムを読ませていただいて感謝しています。今後も書いてください、元気が出ます。期待しています。
 
 
国民全体に聞いてみたい問題提起  八木 誠
 萬晩報 お江戸のデスク日記メールに掲載されたあなた様の書かれた内容をみてつたない感想をメールにて差し上げます。

 現在の非力な首相にあって、道路公団民営化の時節もあり、この意見こそ(ハイウェーからフリーウェーに)もっとも出したい意見だと感じました。

 全ての路線とまでは言いませんが、日本の路線は必要もないのに修復、補強?が多すぎます。確かに場所によっては採算等の理由からの徴収も必要かと思いま すが、あなた様の書かれた文面の、「日本の高速道路は、世界の非常識」は的を得たものだと感じられました。出来れば大々的に新聞、テレビ等での公開論争で もやれば多くの人の賛同が得られるのではと考えました。

 もちろん多くの道路公団の者に言わせれば自分たちの解雇が掛かるので、抵抗はするでしょうが、そろそろ日本人の目も覚めてきたような気がします。

 せっかくのこの話をメールだけで済ますのは何か残念な気がしてこのメールを差し上げます。以前にも、確かこれに起因するメールをそちら様に送ったと思い ますが、時期的にちょうどいいので、国民全部に聞いてみたいですね。ワン切りメールででも全国的に送ってやりたい気持ちです。

無料にすると税金で負担?  寺田 修
  公立の経済フォーラムとおぼしきところの上級研究員の方に、釈迦に説法、私ごときいちサラリーマンが云う事とは思いませんが、私も高速道路料金が高いこと を非常に腹立たしく思っている一人ですので、不十分でしょうが言わせてもらいます。本当は、民営化委員会の猪瀬氏に語って欲しいところです。

 昭和30年代に有料の高速道路が作られ始めたときは、税金で作る無料の国道公道のほかに、高速道路も是非必要と思われ、ないお金を郵便貯金から借り、そ の後通行料で返す方式を作った官僚はえらかった。今ごろはいくつかの高速道路が返済済で予定通り無料になっているはずでした。

 しかし問題はその後に起こったと思います。高速道路を作ることで非常に儲かる人々が、土建業以外に、政治家・官僚などにも大勢出来たのです。それでもま じめに通行料でおとなしくまじめに返しているうちは良かったが、作るだけで儲かることを覚えた連中は、返せる以上に作ることを麻薬中毒のように繰返し始め たのです。

  昭和30年、40年に作られた高速道路は、我々が払った高額な通行料で借金分の何倍も稼いでいるが、中毒患者の政治家と官僚がこの稼ぎを、「くるま」 だけでなく「くま」も通るような道路つくりにまでも際限なく注ぎ込みつづけたのです。また、工事単価を高くして、工事費を増額すれば、族関係者全員がより もうかる仕組みを作ったので、なるべく多くのトンネル、橋をつくって "土木技術を向上" させ、同時に自分の懐にも入れたのです。

 おかげで高速道路網は全国に出来ましたが、自動的に多額の借金もでき、結果としては国際価格の何倍もの費用がかかっている高規格・高額道路となったようです。

 同時に税金で作りつづけた国道・地方道(これが天下の公道)・農道・林道も相当立派に出来上がり、地方では高い有料の高速道路(これは残念ながら道路族 の私道)をよく使うのは自費では払わぬ役人・政治家などで、普通の人は無料の国道・地方道であまり不自由なしとなったのです。

 勿論公道も、まだ完全とはいえず、さらなる改良、改善が必要なところはまだたくさん有りますが、費用は安いでしょう。筆者の言うように、高速道路を " 生活の一部として利用しなければならない" 地方の人は、皆無とは思いませんがどれほどいるのでしょう。よほど特殊な環境ではないでしょうか。

 それより、最も不思議なのは何故こんな状況が何十年も平気で、上手に続けられたのか、借金がきちんと返せますという計算前提の虚偽が見えてきたのになぜ 修正しないのか、そこを上級研究員殿に解析していただき、再発防止対策を考えたい。
私は、原則として税金を使わず郵貯からの借金で建設することとしたことが、納税者の注意をそらせたと思います。また、原則として地元の財政負担無しとしたことも、多くの人に高速は出来たほうが良いと考えさせる秘訣でしょう。

 やはりこの現状を変えるために、公団の民営化が、より良い現実的な対策ではないでしょうか。借金は返せる範囲に抑えるのが原則です。如何思われますか?

 これでも返済計画どうりに郵貯に返済できれば良いのですが、すでにそうでなければ、郵貯の破綻か、それは出来ないから税金の大量投入となるのでしょうか?

 高速料金を無料にという主張は、いっけん心地よさそうに思え、取敢えず賛成したくなるのですが、一寸待った。代わりの費用負担を誰かがさせられることを思うと、最大の声なき納税族であるサラリーマンの私は恐怖を覚えるのです。

 道路公団以外にも住都公団など、類似の問題は多く、結局はいままでのほかの例とおなじに、税金で尻拭いとなり、納税負担の大きい都市部居住者、まじめで なくても節税がしにくいサラリーマン、にまとめて付けがまわると思わざるを得ません。

 将来もおとなしいサラリーマンが納税族で有り続けるのでしょうか?北東アジアのなかの日本経済の将来にとって、とても重大な課題と思います。この辺につ いては筆者はどのように考えるのでしょうか?サラリーマンでない人は無関係な話でしょうか?私もそのうち年金生活となり、納税族からすこし離れるから、我 慢して無視していればよいのでしょうか?

 素人の、歯切れの悪い文章となったかも知れませんが、納税族には道路族と違ってうまい話はない、いまからでは道路族に変身もできないという閉塞感に明るい展望が見えるアドバイスを戴ければと思います。

 
高速道路より鉄道運賃の方が高い  中坊 真(大学院生)
 いつも興味深く記事を拝読させていただいております。高速道路無料化については、「萬晩報」でも以下のページのコラムが掲載されたように記憶しております。
http://member.nifty.ne.jp/shomenif/index.html

 私は、高速道路が安くなるのは基本的に反対の立場です。なぜなら、高速道路料金が安くなればさらに日本のモータリゼーションが加速するからです。そうな ると、ますます地方の公共交通機関が衰退し、自家用車なしには生活できなくなるでしょう。もし、高速道路を無料化するならば、公共交通機関も現在の料金を 大幅に安くする必要があると思います。しかし、そんな財源はおそらく日本政府にはないでしょうから、いまのまま高速道路料金を徴収し続けて欲しいと願って おります。

 私は、阿蘇という田舎に現在住んでおりますが、自動車なしでは、生活できません。鉄道はあるにはあるのですが、運賃はガソリン代のおよそ4倍程度しま す。しかも、1時間に一本程度しか運行していません。また、駅からあるいて一時間半程度の場所にいつも通っています。バス停も近くにありません。近所の農 家は、家族がそれぞれ車に乗るので、自家用車を4台所有しているのが普通です。しかし、多くの人は、自家用車で移動することよりも、公共交通機関が発達す ることを望んでいます。その理由は...
  ・年をとると運転できなくなる
  ・病気になったときはタクシーを利用する必要がある
  ・お酒を外で飲めない
  ・弱視の人や運転技術に自信のない人も同様にタクシーなどを利用する必要がある
  ・自動車の税金や維持費が高い
  ・週末には生活道路が渋滞する(観光地のため)。

以上の問題を簡単にまとめると、高速道路無料化によって以下のデメリットがあげられるでしょう。

  ・モータリゼーションの加速
  ・公共交通機関の衰退
  ・交通事故の増加
  ・環境汚染の進行
  ・交通弱者(運転免許を持たない人)の負担増
  ・地方のさらなる過疎化(これについては、見解が分かれるでしょう。)

 高速道路無料化によって、予想されるメリットが、上記のデメリットを上回るとはとても思えないのですが、いかがお考えでしょうか?例えば、中野さんが車 の免許を持たないとしても、高速道路無料化を望まれるでしょうか?そのあたりのご意見を、是非伺いたいと思います。

 個人的には、高速道路の料金よりも鉄道料金の異常な高さのほうが気になります。

東京-河口湖往復は昼飯代より高い  ゆうき
 はじめまして。ゆうきと申します。萬晩報を読んで、メールします。

 道路の通行料金がバカ高いということ、そのとおりだと思います。全然車が通らないような採算のとれない道路を建設するために、我々は高額な料金を払わな ければいけないと思うと、本当に腹がたちます。先日、東京都内から車で中央道を通って、河口湖に行きました。往復で5千円ほどかかりました。昼ご飯代より も、河口湖でのボート遊覧料よりも、何よりも高速道路代が高くつきました。

 こんなことで、いちいちどこでもお金をとられていれば、そりゃ誰でもお金がもったいないと思うのは当然でしょう。それによって消費は抑制されます。

 くだらないことで国民の家計を圧迫して購買力を低下させておいて、やれ景気対策だ、だのやれ先行減税だ、だのとは政府もよく言うものです。それでも、国 民の血税を無理なく活かして、採算のとれる健全な為政であればそれほどの不満はないでしょう。ところが今の国債はン百兆円、天文学的な数字ですね。立派な 政治家のみなさんは今日も地域のために、いくら税金をぶん取ってこれるかを競ってるんですね。もっと国民ひとりひとりのことを、その総体である国全体のこ とを考えられる人が増えてほしいと思います。

 
高い、安いは価値の問題  宮本
 小生、神戸に住む宮本と言います。先日 「mag2萬晩報 お江戸のデスク日記」で貴殿の意見を楽しく読ませてもらい、小生も感じるところがあり、意見を書かせてもらいました。

 兵庫県に明石と言う町が、明石大橋の西にあります。明石大橋が出来るまでは独占をいいことに今の倍近くの料金を取っていました。ところが、現在、橋の通 行料とほぼ同じの料金で、運行をしています。私は舞子と言う、フェリー乗り場の近くに住んでいるので淡路に渡るときはフェリーを使って行きます。もとも と、このフェリーは国道を本州と淡路間をつなぐためのものでした。国道の延長にありながら料金を、通行料と言う名目で、三セクが取っていたのです。有料の 自動車道路と同じです。

 通行料金の高い安いは価値観の問題であるので気にはしません。往復一万円の通行料をマイクロバス(たいてい29人乗りで普通料金の通行料)で渡れば、一 人が払う料金はJRなどを使うより安くなることもあります。 しかし、必要だからと言う観点で作った橋、道路がたとえ、一円でも料金を払わなければならな いと言うことには、声を高くして意義を述べたいと思います。これらが一部の通行料を払うことが出来る人たちのための道と言うように考えたらどうでしょう か。本来、国道、県道、市道は広く、国民、県民、市民のためのものです。この問題は「平等取り扱い原則」の矛盾を感じます。

 ○○料などは、そのものの価値に対して、支払うべきものではないでしょうか。そこには安い、高いという考えはどうでしょうか。貴殿が「橋の通行料と高速 料金は高すぎる」と述べていることに、また、高速道路の「高級」ということについても述べていますが、何を持って「高級」と言うのでしょう。イギリスやド イツは高速道路を人の住んでいないところに道をつくり、日本のように防護壁や其の他もろもろの設備を、道路上に設置をされたオービスなども小生は見た記憶 はありません。勿論、それらの国では見たこともありません。もちろん、すべてを走ったわけでないので、確実とはいい切れませんが、安全にかけている費用は 日本のほうが多いのではないでしょうか。しかし、ひとたび、事故がおきれば、ヘリコプターがすぐに飛んできます。緊急にかけている労力はたいしたものだと 思います。しかし、全体的には日本の方が金がかかっているように思います。金がかかることが、「高級」言われるのなら、日本の道路は世界最高の「高級」で はないでしょうか。

 夏の花火、咲き乱れた朝顔の花、太陽を連想させるが、大きなひまわり、冷房の効いた美術館での芸術の鑑賞。これらは有料で観るところもあるが、無料のと ころもある。夏の暑いときに心の中から和みを作ってくれる。時間と手間のかかった、盆栽などを冷やした飲み物を横にどこかの展示会場で見るのは、汗が噴出 すが感動を覚える。美しいものには、人に感度を与え、それに対して、見合うだけの料金を出すことに違和感を持つ人は少ないと思います。

 おそらく貴殿の本意は最後の、節の「都市、地方間の移動を活発化することで経済の活性化が促進をされる」と、いうところにあるのではないかと思います。 小生は違うことを考えています。それは価値観です。神戸肉は高く売られていますが、食肉問題の時もさほど影響なく出荷をされたようです。ベンツは高い車種 から予約がうまるそうです。ユニクロは売り上げを伸ばせなかったようです。ジョルダーノは香港、シンガポールで買うより数倍の値段で売られています。料金 の値段の高い安いと言うことにわれわれは、もうとらわれていけないのではないでしょうか。それぞれ、ここの持つ価値にわれわれは、値段をつけ(感じ)代価 を支払う時代に変わってきているのではないでしょうか。高速料金が橋の通行料金が高いというなら、どのようなコンセプトでその橋をその場所に作ったのか。 それを観続けることが大切ではないでしょうか。ドイツの道路のよさを引き合いに出したら、アウトバーンは街中に走っていない、町の中心部からアウトバーン まで20分かからずに合流することが出来る。シンガポールは5分で合流できる。小生の知っている多くのドイツ人は、本当に見栄や無駄なお金の使い方はしな い。われわれが、外国の例を持ち込む時にはその国の歴史、文化を同時に伝えて、公に発表することが大切ではないかと思います。また楽しい日記を期待しま す。

 
2002年08月11日(日)萬晩報通信員 園田 義明



 ■湯婆婆と銭婆

 二人の娘を見送って、束の間の僕の夏休みが始まった。ひっそり静まりかえった部屋で寝っ転がってのんびりとビデオを見る。劇場にも2度足を運んだが、もう一度ゆっくりと見てみたいと思っていた。

 「千と千尋の神隠し」は、なんとも不思議な映画である。舞台は日本なのに双子の「魔女」が登場する。双子の妹、湯婆婆が支配する湯屋の名前は「油屋」となっており「油」の旗がひときわ目立っている。

 姉の銭婆は、森に囲まれてひっそり暮らしている。そこには西欧の風景があった。銭婆は、湯婆婆が欲しがる「魔女の契約印」を持っている。それでも魔法がすべてだと思っていないようだ。

 ■イラク・もうひとつの日本化計画

 もうひとつの画面の向こうでは、連日イラク攻撃に向けたドラムの音が激しく鳴り響いている。当初は、より長く叩き続けることを目的としていたようだ。ローテーションを組んでシステマチックにドラマーが入れ替わっている。

 どうやら、叩くだけに飽足らず、次の段階に突き進むことを決めたようだ。「油屋」の宴は、今なお盛大に行われるが、訪れる客はめっきり減ったようだ。彼 らを支えてきた熱狂が、急速に冷めつつある。表面的にはまだまだ立派に見えるが、至るところに亀裂が目立ち始めている。長く叩き続ける間に大規模な改修工 事をしたいのだろう。

 ワシントン・ポストによると米国防総省幹部に政策提言している実力者揃いの「国防政策委員会」が、サウジアラビアを敵とみなし、テロリストへの支援を停 止させるために最後通牒を出すべきだとする議論を行っていた。決して、長く叩き続けることをあきらめてはいないようだ。イラクの次を必要とするのは、彼ら 自身が亀裂の大きさに気付いているからだろう。恐竜達を率いる"プリンス・オブ・ダークネス"ことリチャード・パールが、この委員会の委員長を務めている が、今回のリークは、委員会内部にパールと対立する勢力がいることを示している。

 "火消し屋"パウエル国務長官が、すぐさま駆けつけ、サウド外相に釈明し
たが、メディアへの情報漏れに神経をとがらせているラムズフェルド国防長官
が、犯人捜し令を打ち出した矢先の出来事で、どうやら政権内部の亀裂も一層
拡がっているようだ。

 そして、耳をすませば、ドラムの音に混じって「JAPAN」がかすかに聞こえてくるようになった。恐竜達は、「戦争を始めるのは得意だが、出口を探すの は苦手のようだ」と批判されて、苦し紛れに考えついたのが、「イラク・もうひとつの日本化計画」である。日本メディアでは、決して取り上げられることはな いが、この計画を真面目に語るのは、いずれも恐竜達を代表する方々である。

 ■二匹のワンちゃんの行方

 アメリカがイラク攻撃を決めたことで、慌てふためく日本の姿がある。つい最近までイラク攻撃はないと分析していたからである。8月8日、小泉首相は、都 内の日本料理店で中曽根康弘、宮沢喜一、海部俊樹、橋本龍太郎、森喜朗元首相と、米国がイラク攻撃に踏み切った場合の対応をめぐり約2時間の意見交換を行 う。

 中曽根氏が「もし米国のイラク攻撃があれば、日本は厳しい状況になる。小泉・ブッシュの友情があるのだから、ちゃんと言うべきことは言わなければいけな い」と忠告し、宮沢氏も「(攻撃には)大義が必要だ。単にフセインをやっつければいいというものではなく、その後のこともちゃんと考えなければならない」 と指摘し、米国が国際社会から孤立しないようアドバイザー役を務めるよう促した。

 しかし、はたして今から小泉首相が言うべきことを言えるのか疑問である。ブッシュ大統領は、今年2月の来日時の会談ですでにイラク攻撃を明言しており、 小泉首相もブッシュ大統領に「テロとの戦いで日本は常に米国とともにある」と伝えていた。米側はこの会談で将来のイラク攻撃に対する日本の了解を取り付け たと受け止めている。今さら反対とは言えない立場に追い込まれているのだ。

 この記事は、毎日新聞が日米外交筋からの情報として6月9日に報じたものだが、このやりとりは、2月18日午前に行われた少人数会合の席での出来事であ り、同席者は高野紀元外務審議官とライス大統領特別補佐官(国家安全保障担当)の2人だけだった。4ヶ月近く遅れて報じられること自体極めて異例なことで あるが、「(パックス・アメリカーナ)一極支配で蘇る日本経済」を信じて疑わない方々が日本の権力中枢に居座っているのである。

 8月27日にはアーミテージ国務副長官が来日することが決まっている。おそらく戦費調達が目的であろう。そして優秀なビジネスマンはタイミングを見逃さ ない。ぎっしり埋まったブリーフケースには、アップグレードされた新イージス・システムの企画書も含まれているだろう。今度ははっきり明言するはずだ。 「イージス艦を見せてほしい」と。

 まもなくブッシュ政権は二匹の忠実なワンちゃんを引き連れてイラクへの攻撃を開始するだろう。しかし、プードル(ブレア首相)の方は、いつでも途中下車できる準備を整えていることを知っておく必要がある。

 ■「えんがちょ」

 なにも学ばずに帰っていく千尋の両親。ハクもいつ戻れるかわからない。千尋の記憶だけが頼りとなるところだが、そうならないように宮崎駿監督がプレゼン トしたものがある。それは、両親とともにトンネルを抜ける前とトンネルを抜けて現実に戻った時の二度、キラリと光る。銭婆とカオナシ、坊ねずみ、ハエドリ が、魔法を使わずにみんなで紡いだ糸で編んだお守りの髪留めである。

 大人になっても忘れて欲しくないとの想いから用意されたものだろう。千尋が大きくなって、もう一度ハクに会いたいと強く願ったとき、何かが変わるのかもしれない。

 皮肉なことにフセイン後の手本の国で変化の兆しが見えてきた。魔法が解けつつあることにまだアメリカのジャパン・ハンドラーは気付いていないようだ。

 「油屋」を陰で支えながらも千尋達を送り出す日本的な職人「釜爺」の姿がある。もう一匹のワンちゃんもそろそろ「えんがちょ」の練習ぐらい始めてもいい頃だ。


▼参考URL

■Iraq: The Day After
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/articles/A35080-2002Jul19.html
 
■Invade Iraq, But Bring Friends
Done right, an invasion would be the single best path to reform the Arab
world.
http://www.msnbc.com/news/786598.asp

■In Europe, talk is cheap
http://www.washtimes.com/commentary/commentary-200282214.htm

■British Tell Blair Not to Be President's 'Poodle'
http://www.thenation.com/thebeat/index.mhtml?bid=1&pid=44

 園田さんにメールは mailto:yoshigarden@mx4.ttcn.ne.jp
2002年08月09日(金)東西センター北東アジア経済フォーラム上級研究員 中野 有


 日本の夏の風物詩・花火。数千発の大輪が夜空を覆う。劇場で見る舞台演出では味わえない夏の夜の空間の演出。この贅沢な演出を見て、ふと「どうして花火がただで見られ、天下の公道を走るのに料金が徴収されるのか」という、当たり前の疑問が沸いてきた。

 数年前に「ハイウェーからフリーウェーに」というコラムを書いた。天下の公道をマイカーで走るのにどうして料金を徴収されるのかという疑問を投げかけた ところ多くの人から同感との考えが寄せられた。瀬戸内海の橋を往復するのに一万円近くかかる。フェリーで渡るほうが安いと聞く。船に乗ったのだから船賃が かかることには納得するが、自分の車を自分で運転し、ガソリン代を払っているのにどうしてこんなにお金がかかるのか。パートタイムの時間給も下降してい る。移動するために橋を渡るのに汗水流し稼いだ一日分の日給を徴収されるのはどう考えても納得いかない。

 一瞬に消える夏の夜の夢・花火は感動を与えてくれる。この感動にはお金を払うだけの価値がある。しかし、橋の通行料と高速料金は高すぎる。橋や天下の公 道は効率的な移動のために存在しているはずなのに現状では国や公共機関が住民を苦しめているようにしか思えない。通常の道路より高級な高速道路には通行料 がかかるとフォーマットされてしまったから高速料金を払っているが、たいして高級とも思えない高速道路を走行するために時間給より高い料金が徴収されるの か。この疑問は、ドイツ等の高速道路を走ったとき整備された道路(アウトバーン)が無料であることに驚き、また海外の友人と日本の高速道路を走ったとき、 日本の高速道路はたいして高級でないのに料金だけ高いと聞いたとき、改めて日本の高速道路は、世界の非常識であると感じた。

 日本の土地が高いから高速料金が高くつくとか、建設費を賄うため料金を徴収するのだと日本の特殊性について外国から来た友人に説明しても、「橋は渡るた めにあり、また高速道路は効率的な走行のためと住民のために存在するのではないか」と単純な質問を受けたとき、反論の余地はなかった。

 車社会は環境面で良くないとの考えや道路公団に関する複雑な議論もあろうが、単純に天下の公道である橋や高速道路が無料になればどのようなメリットがあ るか考えてみることが重要だと思う。都会に住む人は、公共機関の恩恵にあずかり、たいして高速道路や橋との関わりは旅行以外には比較的少ないかもしれない が、地方の人間にとっては生活の一部として橋や高速道路を利用しなければならず所得に響いてくる。

 高速料金が高いから都会と地方との格差が生まれると考えられないだろうか。高速料金が無料になれば地方と都会との交流が深まる。地方分権と叫ばれながら も地方に元気がないのは高い料金体系という関所が存在しているからでないだろうか。携帯電話という機器が安くなったから通信産業が大きく伸びた。料金徴収 という関所がなくなることにより地方の新鮮な農産物が都会に入り、週末には都会から地方の自然環境を求め多くの人が移動し、地方からは都会の洗練された文 化・知識を求め移動する。日本国内にこのように都会と地方間の移動が自然発生的に起こることにより景気が浮上するのではないだろうか。

 中野さんにメール mailto:nakano@csr.gr.jp
2002年08月07日(水)台湾在住 曽根 正和


 台湾の陳水扁総統が、先週土曜日(8月3日)東京で行われた「世界台湾同郷聯合会第29回大会」でテレビ会議中の祝辞として一辺一国論を発表した。「一 辺一国」論とは、台湾海峡をはさんで、おのおの一辺(一方)が国である、つまり対岸は中華人民共和国という主権国家であり、こちらは中華民国という主権国 家である、という現実の表明である。同時に台湾の行く末は、国民投票で台湾国民自身が直接決めるべきだという内容である。

 この発表に対し、中国はこれは台湾独立の主張である、武力を行使してでも独立を許さないと息まき、台湾株価市場は大幅下落した。古くて新しい問題、台湾 海峡の緊張はいまさら始まったことではない。以前にも「両国論」「特殊な国と国との関係」論などがあり、中国からの反発や恫喝は何度となくあった。

 それではこの台湾海峡をはさんだ中国本土と台湾は過去どうだったのか、台湾の知識人は新しい見方を提示している。台湾は民主化が進んだ結果、さまざまな意見を自由に発表できる成果でもある。日本のマスコミではおそらく相手にされないであろうこの見方をご紹介したい。

 台湾の存在が世界史上取り上げられるのは、明朝末鄭成功が台湾を基地として、北方満州族の新政権清朝に対抗したことからであろう。台湾海峡をはさんだ往来はそれ以前からあるが、歴史の舞台にはあがってこない。

 私も含めて、日本人は次のように台湾をみているのではないか。台湾の住民は四百年前か五十年前かは別として、中国本土からわたってきた漢民族の末裔であ る。昔の日本統治や国民党がもたらした中華民国という不幸な分裂時期があったが、同種の漢民族が中心の本土と統一して祖国にかえり、「大中国」となるのは 当然の成り行きである。この主張は中国共産党政権だけでなく、中国本土を奪回しようとした過去の国民党も同じ主張をしていた。しかし、新しい主張は、この 点を疑問視する。

 新主張での台湾人とは? 一言でいえば、中国北方系の血統ではなく、台湾海峡をはさんだ対岸の福建ミンナン人(注記)や客家人と台湾の原住民平埔族(元 をたどれば世界史で認知される前に同じ福建から来た移民)との混血である。遺伝子DNAの解析でも、現在の一般的な台湾人と北方系人とは異なる。もちろ ん、少数派になるがポリネシア系原住民や戦後共産党が政権掌握後、本土から追われて台湾に渡った本土系人やその子孫もいる。

 清朝政権は、台湾には鄭成功の過去があるため、反政府組織の根拠地になることを恐れて、本土から台湾へ渡ることを制限してきた。それでも、本土の貧しい 環境から新天地を求め、リスクを犯して台湾へわたる男はあとを絶たなかった(今でも不法渡航がなくならないのは、血統か?)。しかし、女は渡るわけには行 かない。台湾へわたった本土からの男は、本土からの女がいないので、台湾原住民の女を娶り混血化していく。現在は平埔族そのものも独立の存在として認識さ れないまでに血が混ざってしまっている。

 日本人が学校教育で耳にする「漢民族」という概念は、血統を同じにする民族と誤解を受けるが、実はそのような民族は存在しない。中国本土は外来民族が中 原を制する外来政権支配が多く成立し、一方広大な国土の各地域言語はお互いに通じない。したがって、交易や行政のための共通書き言葉として、「漢字」が使 用された。漢字は秦朝が統一し漢朝が採用し広まった文字である。同一の漢字を北京語、広東語、ミンナン語(台湾語)など代表的な中国の言葉で発音すると、 それぞれ異なる。話し言葉ではお互いに通じない、しかし漢字を書くと通じる。「漢民族」とは漢字を共通書き言葉として意志を疎通する人たちの集まりであ る。「漢民族」で血統を同じにするから、中国と台湾は統一すべきだという理論は成り立たない。日本人も漢字を通じて意思疎通ができるので「漢民族」であ る。しかし、日本は中国と統一すべきだと主張する者はだれもいない。

 台湾海峡対岸の福建ミンナン人文化は、中国政権のバックボーンである黄河中原文化とは異にする。最近行われ注目されている、黄河文化より古い長江(揚子 江)文化発掘はそれを裏付ける。中国人は中原文化の始祖である「黄帝」の子孫である、と教えられている。台湾人はその祖先が本土からであるから、当然「黄 帝」の子孫である、ということになる。しかしミンナン人文化そのものが、中原文化とは違うわけで、この点でも民族的な統一という主張は崩れる。

 現在の統一問題は、民族問題でなく領土問題である。中国は台湾という領土がほしい、台湾は中国の領土になるのはいやだ(もちろん賛成の人もいるが)、と いうことである。百年前であれば、欲しい領土は強い国が武力で奪っていった。今はいかなる国であろうとも許されない。中国政権は、領土問題を民族問題に し、統一は民族自決だからよその国は口を出すなと言っている。新主張は、この問題すり替えを虚構だと指摘している。

 中国政府は、一辺一国論が言う台湾の統一問題を国民投票で決めることにつき、両者関係をがけっぷちまでに追いやる、非常に危険なことだという。行えば結 果は明らかであるので、中国政府は武力を行使してでもやらせたくない。住民(国民)投票は民主主義の根幹である。非民主主義国家の中国がそれを否定するの は当然だが、民主国家と自負する日本はどちらを支持すべきなのだろうか。ましてやお膝元の東京で問われた問題である。

 注記:「ミンナン」はもちろん漢字だが、JIS規格のパソコンでは文字がない。この文章はインターネットで配信され読まれるため、パソコンで表示できな い文字では意味が無いのでカタカナで表記した。ミン(日本語読みではビン)は門がまえに虫を入れた文字。ナンは南である。この地方にミンの文字を与えた中 原文化は、そこの原住民にたいし「虫」のついた字を与えている。そこには文化程度の低い取るに足らない相手という「大中華」自大文化の考えが存在するよう に思える。

 曽根さんにメールは mailto:sone.home@msa.hinet.net
2002年08月02日(金)萬晩報主宰 伴 武澄


 韓国には日々のページ・ビューが600万というインターネット通信社があると聞いて驚いた。アジアプレス・インターナショナルの野中章弘氏が月刊「東ア ジアレビュー」(東アジア総合研究所)の7月号に「韓国インターネットジャーナリズムの勃興」と題して韓国のウェッブ・ジャーナルの現状を報告している。

 くだんのニュースサイトはソウルに本社を置く「オーマイニュース」。全国に8400人の市民記者が登録していて、彼等が送ってくるニュースをウェッブ上 に掲載しているそうだ。野中氏によると、常勤記者も50人いて、掲載記事は1日120本程度。8割が市民記者による取材記事となっている。

 収入の80%がバナー広告で、15%がポータルサイトでのコンテンツ販売料。経営的にはまだ赤字だというが、600万ページ・ビューという数字は日本の 大手新聞のサイトに匹敵する。人口が日本の三分の一の韓国であるから、日本でいえば、2000万近いページ・ビューということになり、これだけで巨大メ ディアと呼んでもいい。

 「オーマイニュース」の考えは、萬晩報が5年前に「通信員」を募集した際の発想とほとんど同じで、そういうことを実現した韓国のダイナミズムには脱帽せざるをえない。

 萬晩報が通信員募集で5年前に呼びかけたのは「書くのは年にたった一度でいい」ということと「だれだって年に一度ぐらいは多くの人々と感動や驚き、怒りを共有できるニュースが身の回りで起こるだろう」ということだった。

 90人ほどの読者が「参加したい」という意思表示をし、その中から約60人を通信員に「任命」した。一応、通信員規定というものをつくり、公序良俗に反しない限りニュースやコラムを掲載し、メールマガジンで配信するという趣旨だった。

 当方の努力も足りなかったのかもしれないが、結局、実際に記事を書いてくれたのは10人内外で、当初の目論見はほぼ「失敗」に終わっている。

 萬晩報が通信員制度を始めた理由は、コラムに対して送られてくる読者の多く感想や意見がそれだけで一つの主張を形成していて、新しい日本を担う「言論」 になりうると判断したからだった。地方の時代といわれて久しいが、問題はニュースの発信源のほとんどが東京だと言うことである。地方の自治体の新しい試み や企業の研究開発といった情報は都道府県の県境の中に埋没しているのではないかという思いもあった。

 徳島県の日亜化学工業で青色ダイオードを発明した中村修二氏のことは、日本のどこのメディアも全国ニュースにしなかった。学者も役人も企業家もだれもそ の先進性に注目しなかったから、メディアだけの責任とはいえないが、寂しいのはニューヨークタイムズが世界に報じて初めて、中村という技術者の存在を日本 人が知ったことである。

 北東アジアや環日本海経済のニュースもまた、地域に埋もれたままである。ロシア沿海州のポシェットと秋田とを結ぶ定期航路が生まれたことを秋田以外でどれほどの日本人が知っているだろうか。

 東京という物差しでみれば、地方のニュースはほとんどが「ベタ記事」に終わる。東京の関心事と地方の関心事には相当に隔たりがあるからだ。所得格差はも ちろんあり、自然環境や気候もそれぞれ違うはずだ。その違いをもとにした思考や行動形態も同じでないのに、それぞれを東京の物差しで同じように推し量って いては面白くも可笑しくもない。

 インターネットの最大の武器は個人レベルでの情報発信を可能にしたことだ。マスメディアの記者は社会を外側からみて記事を書くことを生業としている。そ の生業を25年間続けてきて思いを強くするのは、組織や地域の中で日々、当たり前と思っていることが外側の人間からすると驚きであったり、感動を生んだり するということである。

 萬晩報も5年目に入ったが、韓国のネット通信社の発展ぶりに接し、いま一度尻にムチを打ってがんばりたいと思う。萬晩報はいつでも投稿を歓迎します。

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