2002年2月アーカイブ

2002年02月28日(木)萬晩報主宰 伴 武澄

 中国から帰ったばかりの友人に聞いたら、中国語でインフレのことを「通貨膨張」というのだそうだ。モノの値段が上がることをインフレを教えられてきた筆者にとって「エッ」という驚きがあったと同時になるほど本質をついた訳語だなとも思った。

 26日に政府が新味のない「総合デフレ対策」を発表し、きょうは日銀の政策委員会・金融決定会合が「金融緩和策」として、日銀による一カ月の国債買い取りを8000億円から1兆円に増やすことを決めた。

 理由として、年度末の資金需要期に市場に潤沢に資金を提供することを掲げているが、ここ数年の動きをみてみると政府・与党とマスコミが「公的資金の注入」だとか「デフレ阻止」と騒ぎたてながら、いつものように今回もまた財務省が一番おいしい果実を摘み取ったことになる。

 金融不安を解消するために、市場の資金を潤沢にして借り手の不安を解消する必要があるといわれれば、なかなか反論できる人はいまい。だが、多くの企業が過剰設備の削減の真っ最中で本当は資金需要などほとんどない。

 借り手である企業側に新たな投資意欲がなく、銀行もできれば危ない企業への融資を引き上げようとしている。つまり銀行と企業ともに「借りたい」「貸したい」という意欲がないような状態で資金を潤沢にすれば、行き場を失った資金が国債に向かうのは自然の理である。

 かくして政府は金利上昇の不安もなく12兆円の長期国債を発行できるようになった。

 ●すでに十二分に膨張している日本の通貨

 いま日本で起きているのはまさに日銀券を「刷って」国債を増発するという通貨の膨張なのだ。一部で景気対策として「インフレターゲット論」が喧伝されて いるが、そんな政策をあえてとらなくとも借金を増やすことによってすでに通貨は十二分に膨張しており、このままではインフレを避ける方が難しいはずだ。

 一国が発行できる通貨の発行量はその国が持つ資産なり価値に比例する。持っている資産以上の通貨を発行すればその通貨の価値は暴落するはすである。ここ 数年の日本では本来あるべき姿と逆の政策が行われてきた。国の生み出す価値はGDPだが、そのGDPの名目値はここ3年間で約20兆円も減っているのだか ら、本来は通貨の量は減らなければならない。それなのにこの国では通貨量だけが膨張しているのである。

 先日、ある外資系証券アナリストと日本経済の将来について議論をした。二人の認識が一致したのが、まさに「円の下落」と「黙っていても日本にインフレがやって来る」という結論だった。

 よく金融は国の経済の血液になぞらえる。体力回復のために新しい血液をどんどん流し込まなければならないと言えば、分かったような気分になる。だが、末 端の毛細血管がほとんど機能せず、細胞に血液を送り込めない状態で他でつくった血液をどんどん血管に流し込むとどういうことになるか。想像するだけで恐ろ しい。

 一昔前、風邪をひいて医者に駆け込むと「安静にして寝ることが大事」といって注射どころか薬さえくれなかったが、いまはそうではない。患者の方も薬をくれないと不安になり、そんな医者がいたら不真面目のレッテルを貼られかねない。

 極論だが今の政府の役人にも似たところがある。常に何かしていないと存在価値を問われる。そんな強迫観念がある。アメリカの大統領が来るといえば、経済対策をつくり、主要国首脳会議(サミット)だとえば経済宣言に盛り込む経済再生の処方箋を考える。

 いまの日本の経済の症状が風邪程度とは考えていないが、行われている景気論議そのものが政府とマスメディアによるマッチポンプのような気がしてならない。薬も注射も効かなくなった今の日本経済は絶対安静によって気長に体力回復を待つことしか処方がないのかもしれない。

2002年02月21日(木)萬晩報主宰 伴 武澄

 2月17日付朝日新聞朝刊に「群馬県の中に世田谷区?/川場村160キロ越えて合併検討」という記事が出ていた。これこそが本来の市町村合併なのだろうと、目からうろこが出る思いがした。

 川場村には行ったこともないが、小学生の三男が昨夏、林間学校に行き楽しい思い出をつくってきたからきっといいところなのだろうと想像している。世田谷 区と川場村とは20年前に共同でつくった保養・研修施設の拠点に毎年、小学5年生が相互訪問し、すでに100万人の区民が宿泊しているそうだから、川場村 が全国的に知名度が低くくとも世田谷区民の多くにとってはとても近い存在なのだ。

 合併には東京都と群馬県の議会の議決が必要ということでハードルは低くはない。川場村自身、近隣の沼田市などの合併話が浮上しているが、横坂太一村長は「近いから合併するという考えだけでいいのか」と世田谷区との合併に前向きなのだそうだ。

 何がいいかといえば、まず第一に川場村にとっては財政的に都市部との格差是正が一挙に進むと考えられ、世田谷区にとっては自然が増えるということであ る。将来的には都会の住民にとって農産物の安定的確保だとか休暇圏や農村定住化構想といったこれまで不可能だった発展発想にもつながる可能性が高い。

 世田谷区にも川場村にも発想の転換をもたらすのがなによりだ。

 ●地名は歴史であり、苗字の由来でもある

 現在、全国的に自治体の合併が進んでいる。合併を進めると交付金が増えるというのが動機だ。そもそも3000を超える市町村が狭い国土に存在することが無駄だというお上の発想がある。

 はたして自治体が多く存在するのは意味のないことなのだろうか。過去の日本では合併で数多くの意味のない地名を誕生させてきた。筆者の郷里の高知県では 土佐市、土佐町、中土佐村、土佐山村、西土佐村と土佐の名のつく市町村が5つもある。南国市、大正村などというものつまらないネーミングだ。

 他の都道府県にも挙げれば切りがないほど不可解な地名が多く誕生した。その二の舞が平成時代にも起きようとしているのだ。

 かつて住所地番を大幅に簡略した「改革」もあった。外から来た人には分かりやすくみえるが、住んでいる人はしばらくとまどった。改革を拒否したのは京都 市ぐらいであろうか。住んでみるとあのややこしい京都市の住所は理路整然としていて分かりいいのである。道を基準に住所を表示する方法はけっこうなグロー バル・スタンダードなのだ。

 地名は歴史そのものだ。苗字の発生源でもある。京都市に二年住んで分かったことは室町時代という時代区分や歴代天皇の呼称がほとんど地名や道に由来していることである。

 これまで戦争や為政者の交代で地名が変わることはあったが、平和時に地名変更や市町村の合併など聞いたこともない。この国の役人たちは数十年ごとに地名 を変えるのを趣味としているのだろうか。まさか自立を目指す傾向が強い自治体政治をもう一度中央に向けるために交付金増額などというアメをちらつかせてい るのではあるまい。

 ただ役人というものはとかく仕事をつくりたがる習性がある。暇にしていると食い扶持がなくなるのを心配して市町村合併の旗振りをしているのだとしたらとんでもないことだ。金融危機、成長力の減退など今の日本にはそんな役人に付き合っている暇はないのだ。

 お上の発想を覆し、日本に新たな転換を促すために、川場村と世田谷区にはせひ奮起してもらいたい。

 【追記】その後、万場町は2002年4月、中里町と合併して神流町となることが決まった。

2002年02月19日(火)萬晩報通信員 園田 義明
    ニューヨークでちょうどダボス会議が開催されている時、
  ドイツでは映画「ジュラシックパーク」でその凶暴ぶりを発揮した
 「ヴェロキラプトル」が、仲間と共に出現し、世界を再び恐怖に陥れる。
 ▼ヴェロキラプトル・プロフィール
 http://www.dino-nakasato.org/jp/special97/Velo-j.html

 属・種名 :ヴェロキラプトル・モンゴリエンシス
         Velociraptor mongoliensis
 属名の意味:すばしっこいどろぼう
 分類   :獣脚亜目デイノニコサウルス下目ドロマエオサウルス科
 時代   :白亜紀後期
 産地   :南ゴビ ツグリキン・シレ
 全長   :1.5m

 ▼ヴェロキラプトル・参考図
 http://www.rakuten.co.jp/discstation/img102289601.jpeg

 ■「ヴェロキラプトル」ミュンヘン出現

 ミュンヘンで2月1日から3日間の日程で開催された第38回安全保障国際会議は、ミニダボスと呼ばれている。そして今年の会議は、恐竜の出現により「ジュラシックパーク」と化したようだ。

 かっての同僚から、すばしっこいどろぼうを意味する「ヴェロキラプトル」と名付けられたポール・ウルフォウィッツ国防副長官は、ブッシュ政権きってのタ カ派と呼ばれるだけあって、連日強硬発言を繰り返す。ブッシュ大統領が、一般教書演説でイラク、イラン、北朝鮮を「悪の枢軸」と名指ししたことに言及し、 「大統領は問題がどこに存在するか明らかにした」と指摘した上で「攻撃は最大の防御である」と先制攻撃も辞さない考えを示す。また「攻撃されたのは我々自 身であり、我々を守るための行動は正当化される。そして米国単独でもテロと戦うであろう。」と述べる。

 共和党の実力者、ジョン・マケイン上院議員も「国際社会の次の前線はイラクだ」とし、「イラクではテロリストが政権を握っている。たとえアフガニスタン における軍事作戦よりも犠牲者が出ようとも、米国は次の段階でのテロとの戦いでは地上戦を覚悟しなければならない。」と語る。

 リチャード・パール国防政策委員会委員長(ラムズフェルド米国防長官の諮問機関)もウルフォウィッツ国防副長官に同調し、「米国は自己防衛のためには国際的な連合を必要としない。時が来たら単独でも行動することをいとわない。」と発言する。

 相次ぐ恐竜達の発言に対し、左派が大勢を占める欧州側は防戦一方となり不満の声が上がる。暴走する恐竜達をなんとかくい止めようと世界中からおよそ5000人の反戦・反グローバル化の活動家達も集結するが、堅い警備の前に約300人の身柄が拘束される事態となった。

 ■肉食恐竜の巣窟

 肉食恐竜達は、意外にもせっせと手紙を書く習性を併せ持つ。「新しいアメリカの世紀のためのプロジェクト」にこぞって集まり、1998年1月には当時の クリントン大統領あてにイラク政策を批判した手紙を送る。この中で「将来の脅威に備え、フセイン大統領を権力から排除すべきだ」と要求している。

 この手紙には合計18名の署名が記載されている。ウルフォウィッツ国防副長 官、パール国防政策委員会委員長、そしてラムズフェルド国防長官、ゼーリック通商代表、「ショー・ザ・フラッグ」のアーミテージ国務副長官、京都議定書問 題も担当するドブリアンスキー国務次官(地球規模問題担当)、ロッドマン国際安全保障問題担当国防次官補、シュナイダー国防技術委員会委員長(ラムズフェ ルド米国防長官の諮問機関)、そしてタカ派で知られる『ウィークリースタンダード』誌編集長ウィリアム・クリストル(「新世紀」会長)等18名である。

 そして忘れてはならないのは、ザルメイ・カリルザドが署名している点である。ブッシュ政権は、ランド研究所の上級研究員であったアフガニスタン生まれの カリルザドを国家安全保障会議(NSC)上級部長兼イラク政策担当特別補佐官に起用し、さらに昨年12月31日付でアフガニスタンの復興問題を担当する大 統領特使に任命した。

 カリルザドは、1990年代のアフガニスタンを舞台に繰り広げられた石油・天然ガス資源を巡るグレート・ゲームで主役を演じた米独立系石油・ガス大手ユ ノカルのアナリスト兼アドバイザーを務めていた。そしてカリルザドと同様、この時期にユノカルのアドバイザーを務めた人物が、キッシンジャー元国務長官と おしゃれなアフガニスタン暫定行政機構のカルザイ議長(首相)である。

 なお最近では昨年12月6日にもブッシュ大統領あてにフセイン大統領を排除すべきとの手紙を再度送りつけた。これには、マケイン上院議員、民主党のジョ セフ・リーバーマン上院議員(元副大統領候補)、ジェシー・ヘルムズ上院議員、トレント・ロット上院議員、ヘンリー・ハイド下院議員等、血の気の多い有力 議員9名が署名している。

 つまり1991年の湾岸戦争の際に、ひと思いにフセインを倒しておけばよかったと悔しがる連中が熱く手紙を書き、そして今やそのメンバーのほとんどがブッシュ政権中枢に集められているのである。従って「ジュラシックパーク政権」と呼ぶこともできる。

 ■期待裏切るパウエル国務長官

 1991年の湾岸戦争の時、パウエル・ドクトリンに基づいてバグダッドまで進軍しないよう提言したのは、当時統合参謀本部議長だったコリン・パウエル国 務長官である。欧州勢からすると唯一の国際協調派と見られており、それを象徴するかのようにニューヨークで行われたダボス会議の方に出席する。

 このダボス会議では、ブッシュ大統領の「悪の枢軸」発言に対して、「米国は結局、同時テロの後もユニラテラリズム(アメリカ単独主導主義)を変えていな い」と欧州やロシアからの参加者が批判の声を高める。これに対してパウエル国務長官とオニール財務長官は、貧困国対策を打ち出すなど協調的な姿勢を示し た。

 ところが、この直後からパウエル国務長官は、ウルフォウィッツ国防副長官が乗り移ったかのように肉食恐竜に大変身するのである。

 2月3日の米テレビ番組で、イラクなどに対し「米国は先制攻撃の権利を留保する。米国と同盟国を守るため何でも行う」と明言し、2月6日に行われた下院 公聴会でイラクの政権交代に向け「米国は一国でも行動しなくてはならないかもしれない」と述べ、単独による対イラク軍事行動があり得るとの考えを示す。

 「ヴェロキラプトル」の脅しに屈したのか、それとも米メディア各社からの「もっとニュースを!」に応えただけだろうか?

 ■先制攻撃はいつ?

 あまり知られていないが、今年2月4日、哨戒飛行をしていた米英軍機がイラク北部の防空システムを爆撃している。実は、昨年も米英共同でちょくちょくイラクを爆撃していたのである。

 米英当局が認めたものだけでも、2001年の空爆は合計8回を数える。

 2月16日 合計24機の米英爆撃機が、首都バグダッド近郊の対空レーダ
       ー基地など5カ所の司令・防空施設を空爆。
 8月 7日 イラク北部の防空施設を偵察中の米英軍機が空爆
 8月10日 米英攻撃機と支援機合わせて50機を投入し、イラク南部の防
       空施設3カ所を空爆。
 9月 9日 米英軍機が、イラク南部の対空ミサイル施設3カ所を空爆。
 9月18日 英戦闘機が、イラク南部の地対空ミサイル基地を攻撃。
 9月20日 米英戦闘機が、イラク南部の対空防衛施設を空爆。
10月 2日 2日、3日の連日、米英の爆撃機が、イラク南部の対空ミサイ
       ル施設2カ所を空爆。

   9月18日の攻撃について、ラムズフェルド国防長官は、「通常通りの行動であり、対米同時多発テロ攻撃とは関連性がない」とコメントしているが、何が通常なのか理解に苦しむのである。またこうして並べて見ると先制攻撃なるものの定義付けにいささか疑問を感じてしまう。

 それにしても、表面的にはEUを装いながら、常に米国と行動を共にするイギリスが新たな「ジュラシックパーク」のシナリオを書いているようだ。

 ■「生きた化石」

 日本というなわばりを取り仕切るアーミテージ国務副長官は、2月14日、北朝鮮の脅威を念頭に「(悪の枢軸発言は)日本からも感謝されていい話だ。理由 があって大統領は言っている。」とし、「米国は何が起こっているか理解しながら取り組んでいる。(悪の枢軸3カ国は)大量破壊兵器の保有や開発をし、テロ を行い、北朝鮮には日本人拉致疑惑もある。」と述べる。

 ブッシュ大統領訪日直前のアーミテージ国務副長官発言は、日本人拉致疑惑を取り上げるなど行き届いた配慮を示し、日本国内のタカ派を十分に刺激したようだ。

 最近では「ノン-パフォーミング・カントリー」などとまるで「生きた化石」のように言われる日本であるが、私としては、訳もわからず「グレート・サタン」と「悪の枢軸」の戦いにおつきあいするぐらいなら、「生きた化石」も喜んで受け入れたい。

 どちらが滅んだかは、子供でも知っている。

▼参考・引用

●週刊エコノミスト2001年10月23日号
「対イスラム強硬派とパウエル氏の対立」中井良則

●Paul Wolfowitz, velociraptor
 http://www.economist.com/people/PrinterFriendly.cfm?Story_ID=976036

●Washington's hawk trains sights on Iraq
 http://www.guardian.co.uk/waronterror/story/0,1361,558276,00.html

●Project for the New American Century
 http://www.newamericancentury.org/index.html

・Letter to President Clinton on Iraq
 http://www.newamericancentury.org/iraqclintonletter.htm

・Congressional Letter on Iraq
 http://www.newamericancentury.org/congress-120601.htm

●The non-performing country
 http://www.economist.com/agenda/PrinterFriendly.cfm?Story_ID=996898

●Great Satan v axis of evil
 http://www.economist.com/agenda/PrinterFriendly.cfm?Story_ID=974649

園田さんにメールは mailto:yoshigarden@mx4.ttcn.ne.jp

2002年02月16日(土)萬晩報主宰 伴 武澄

 ●歴史を回顧すれば「万感の思い」

 4日前に「中国のGDPが日本のそれを追い越す日」を書いた意味はふたつある。

 一つはわれわれが現実として中国経済の成長を受け入れる必要があるということである。中国経済の成長をあたかも敵対するような「脅威」という概念でとら えるのではなく、アジアの経済的台頭を自らのものとして歓迎し共存共栄の道を探る。そんな発想があっていいのだろうと思うからである。

 振り返れば日本の先人たちは明治この方、アジアの繁栄を願ってきたのではないか。130年前、横井小楠や西郷隆盛はじめアジア主義者たちは押し寄せる西 洋の脅威に対して日中韓が提携する必要性を説き、多くの共感を得た。ともに強くなければ独立すら守り得なかった時代である。

 中国革命の父、孫文は1926年に死去する直前まで、日本との提携に期待していた。25年に神戸市で行った有名な「アジア主義」と題する演説で「日本は 西洋の覇道を目指すのかあるいは王道を目指すのか」と観衆に訴えた。第一時大戦後に主要国の仲間入りを果たした日本があり、中国大陸は軍閥割拠が続き、経 済どころの段階ではなかった。

 その中国が21世紀の初頭、経済力で世界の主要国に並ぶところまできたのだから並大抵のことではない。シンガポール、香港、台湾、韓国のかつての NIES(新興工業国・地域)もまた先進国グループであるOECD(経済協力開発機構)の仲間入りをするレベルに達し、韓国はすでにOECD入りを果たし た。ASEAN諸国もまた一部を除いて経済的自立を達成したといっていいいだろう。

 孫文が生きていたら万感胸に迫る思いだっただだろう。1840年のアヘン戦争以来160年余の中国の歴史的困難を回顧すればこういうことになる。

 ●中国モデルで世界に貢献する順番

 片や中国が経済強国となったということは、今度は中国が途上国の支援に回る順番がきたということでもある。

 日本は1979年、対中経済協力を開始。1999年までに2兆4535億円の円借款を供与、無償援助と技術協力は計2347億円。総額2兆6882億円 である。このところ円借款規模は年間2000億円前後となっており、現時点で確実に総額3兆円を超えている。もちろん日本が過去実施したODAで対中協力 は群を抜いている。

 道路、港湾、電力、通信などインフラ整備が中心であるが、80年代までの慢性的な貿易赤字の時代には国際収支の面でも相当な貢献を果たしたはずである。

 中国経済はまだまだ沿海部と内陸部とで経済格差が大きい上、一人当たりGDPでは1000ドル足らずと先進国からはるかに遠いところにあるのは確かだ。しかし上海市ではすでに4000ドル超。北京や広州市など多くの都市部は豊かさを享受する段階に入っている。

 しかも生産面では粗鋼やテレビはすでに日本を抜いて世界トップ。アパレルから家電に到るまで世界の工場と化している。携帯電話の契約台数では昨年、アメリカをはるかに追い越し、沿海部ではモータリゼーションの波も押し寄せている。

 成功モデルとしての中国はODA依存の経済成長ではなく、改革開放による外資導入を潤滑油として民間経済を立ち上げたところに特徴がある。貧しかった中 国のイメージはすでにない。それどころか中国の生産力は世界の脅威に映っている。そんな中国がいつまでも援助される側にいていいはずはない。

 日本は1960年代初頭、高速道路すらない時に途上国援助を開始した。もちろん過去の戦争に対する償いの意味もあったが、それでも途上国との経済格差を少しでも埋めるべく、経済協力を外交の柱として据えることが国民の総意となった。

 中国でも同じような議論が起きてもいい時期にきている。かつて中国は抑圧される側の「第三世界の雄」として国威を発揚したが、いまや工業化の成功モデル として世界に冠たるものがある。14億人の中国経済がODAを供与するレベルに達したかどうかはなお議論の余地があろう。しかし被害者意識を拭い去り、ア ジアだけでなく世界の貧困や経済格差問題の解決に乗り出す覚悟を期待したい。

2002年02月14日(木)萬晩報通信員 園田 義明

 ■JPモルガン・チェースとニコラス・ロハティン

 昨年9月26日、全米2位のJPモルガン・チェースはダグラス・ワーナー会長が年末までに引退し、後任にウィリアム・ハリソンを起用する人事を発表する。

 新会長のハリソン氏は、1967年にケミカル・バンクに入社、チェース・マンハッタンの会長兼CEOを経て、合併後はJPモルガン・チェースの社長兼CEOに就任していた。

 ワーナー会長は1968年にJ・P・モルガンに入社、同社の社長、会長、CEOを歴任した。モルガングループの中核企業であるである複合企業ゼネラル・ エレクトリック(GE)、総合エンジニアリング最大手ベクテルの社外取締役を務め、ピアポント・モルガン・ライブラリーの理事を務めるなど生粋のモルガン 人として知られる。

 以前のコラムにこう書いたことがある。

「J・P・モルガン・チェース誕生によりモルガン系企業が今後離散していくことも十分予測される。なぜなら異なる文化を有した金融資本と産業資本の融合には、過去失敗例が数多く残されており、アメリカ内部での産業界の分裂にも繋がる要因ともなりえる。」

 どうやら私の予測はあたっていたようである。エンロン破綻問題もこのあたりに原因がありそうだ。

 旧J・P・モルガン幹部の相次ぐ辞任に対して、10月24日には日本でも人気の高いGEのジャック・ウェルチ前会長を顧問に迎え入れると発表した。ウェルチ前会長の強い意向により中途半端な顧問になったようだが、この混乱はしばらく納まりそうにない。

 なお、辞めていった旧J・P・モルガン幹部には、ワーナー会長が後継者として非常にかわいがっていた人物がいた。彼の辞任が発表されたのは、同時多発テロ直前の9月7日のことである。彼の名は、ニコラス・ロハティン。そうフェリックス・ロハティンの息子である。

 昨年3月、ワーナー会長はe-ファイナンス部門として『ラボ・モルガン』の設立を発表し、そのヘッドにニコラス・ロハティンを任命した。そしてその事業は合併後も『ラボ・モルガン』の名を引き継ぎながら運営されてきたのである。

 これまでに何度か両社の合併の噂があったことは事実であるが、J・P・モルガンは、その前身であるロンドンJ・S・モルガン商会から派生したモルガン・ グレンフェルや1903年にJ・P・モルガンより分社したバンカーズ・トラストと同様、ドイツ銀行と合併すると見られていた。そこにチェースが強引に割り 込んできた形となった。

 J・P・モルガンは、古くからロスチャイルド・グループに代表される「欧州・貴族系グローバル企業」と連携してきた。チェース色が強まる中で、欧州との関係に暗い陰を落としていく。

 ■JPモルガン・チェースとテキサス

 1991年にマニュファクチュラース・ハノーバー・コープとケミカル・バンクのふたつのニューヨークに本拠を置くマネー・センター・バンクが合併し、ケ ミカル・バンクとなり、1996年にこのケミカル・バンクとチェース・マンハッタン・コープが合併して新チェース・マンハッタン・コープが誕生する。

 チェース・マンハッタン・コープは、かっては「ロックフェラー銀行」あるいは「石油銀行」の名で知られてきた。旧スタンダード石油企業である、エクソン・モービル、シェブロンなどのロックフェラー・グループを束ねる中核銀行である。

 このチェース・マンハッタン・コープと名門中の名門J・P・モルガンが2000年9月に合併し、現在のJPモルガン・チェースが誕生する。

 JPモルガン・チェース合併時にはすでに辞任していたが、大型合併の主導的役割を果たしたのはウォルター・シプリーである。1956年にケミカル・バン クに入社し、1983年に社長、1984年に会長になる。マニュファクチュラース・ハノーバー・コープとの合併後、1992年に社長、1994年に会長兼 CEOとなり、1996年には新生チェース・マンハッタン・コープの会長兼CEOに就任する。

 シプリーは、1999年に会長兼CEOを辞任するが、現在でもJPモルガン・チェースのふたつの諮問委員会のメンバーとなっている。

 ひとつが国際諮問委員会であり、ジョージ・シュルツ元国務長官を会長にキッシンジャー元国務長官、デビッド・ロックフェラー元チェース会長、フィアット の名誉会長ジョバンニ・アニェリなど、これまで紹介してきた世界各国のビッグ・リンカー(日本人二名含む)37名で構成されている。特にシュルツ元国務長 官とキッシンジャー元国務長官はブッシュ政権のお目付役である

 そしてもうひとつの諮問委員会は、「テキサス・リージョナル・アドバイザリー・ボード」である。

 1987年にケミカル・バンクは、テキサス・コマース・バンクと合併したが、テキサス・コマース・バンクは、1866年に設立された老舗であり、合併後 もその名を残してきた。1998年にようやくその名をチェース・バンク・オブ・テキサスに変更し、2000年に完全統合される。

 「テキサス・リージョナル・アドバイザリー・ボード」は、このテキサス・コマース・バンク出身者とテキサスを代表する財界人により構成されている。ここ にシプリーが参加しているのは、元会長であるためだけではない。シプリーは、現在もテキサスに本社を構える世界最大の石油会社エクソン・モービルの社外取 締役であり、エクソン・モービルを代表して参加しているのである。

 ■テキサス発"axis of evil"=「悪の枢軸」

 戦後、テキサス州出身の大統領は、リンドン・ベン・ジョンソン、ブッシュパパに次いで、現在のブッシュ大統領で3人目となる。プライドが高く、独立心が旺盛なことからテキサス魂と言われることもあるが、その背景には複雑な歴史がある。

 これまでにテキサスの国旗は、スペイン、フランス、メキシコ、テキサス共和国、アメリカ合衆国と南部共和国のアメリカ合州国の6種類が掲げられ、とりわ け、有名な「アラモの砦」を経て、1836年から1845年までテキサス共和国として独立国家だった歴史と深く関係しているようだ。

 京都議定書や弾道弾迎撃ミサイル(ABM)制限条約からの一方的離脱などに見られるアメリカのユニラテラリズム(アメリカ単独主導主義)もテキサス州出 身の大統領とは無縁ではないようだ。特に欧州勢からすると、レーガン大統領以上に理解不能のエイリアンとみなされているようである。

 エンロン破綻問題が米・英(ウェイクハム卿=ロスチャイルド人脈)中枢を巻き込む一大スキャンダルに発展する中、有力な支持基盤を失ったブッシュ政権 は、今年11月の中間選挙に向けて、保守票を取り込むために、ウルフォウィッツ国防副長官を中心とするタカ派やクリスチャン連合に代表されるキリスト教右 派に歩み寄らざるを得ない。そして登場してくるのが、"axis of evil"=「悪の枢軸」発言である。

 ブッシュ大統領が1月29日夜(※日本時間30日午前)、上下両院合同会議で行った一般教書演説は、戦時下ということもあり高い関心を集める。全米で 5200万人がテレビを見たようだ。ここでブッシュ大統領は、北朝鮮、イラン、イラクの三か国を、世界の平和を脅かす「悪の枢軸」と位置づけ、「我々を脅 かすことは許さない」と強く警告した。

 この発言に対して、世界中を巻き込んで一大騒動となっている。特にフランスを中心とするEU圏では今なおこの発言を巡って緊迫した状況が続いている。

 もし田中真紀子外相がいれば、日本でも大きな話題に発展していた可能性が高い。しかし、一般教書演説の直前(日本時間1月29日深夜)に更迭が決定されており、ここでもロッキード事件を思い出させるものがある。事前にアメリカから圧力があったのではないだろうか?

 なお、イタリアでも今年1月5日、ルジェロ外相が反欧州統合路線を批判し辞任している。ルジェロ氏はWT0前事務局長を務め、フィアットの取締役及び国 際諮問委員会副会長、キッシンジャー&アソシエイツ取締役も歴任した。協調派として国際的に知名度が高いビッグ・リンカーである。

 かっての枢軸国である日本とイタリアで同時期に怒った外相辞任は、来たるべき混乱に備えたもかもしれない。

 右傾化を強めるイタリア・ベルルスコーニ政権でもカーライル・グループと深いつながりを持っている。このカーライル・グループの2000年の宴が9月に ワシントン・モナーク・ホテルで行われたことは第一章でご紹介した。そして2001年の宴は、ワシントンのリッツ・カールトンホテルでウサマ・ビンラディ ンの親戚も同席する中、華やかに開催された。

 その宴が行われた日付は2001年9月11日である。

(ビッグ・リンカー達の宴(うたげ)アメリカ編-終了)

▼参考
政界・産業界・国防を操って巨万の富を築くカーライルグループの闇
文 ダン・ブリオディ(DAN BRIODY)
(翻訳者:IDS 中島由利)
[Carlyle'sWay, Dec. 2001 p63(C)RED HERRING COMMUNICATIONS]
http://loopcafe.jp/site3/article_rh_carlyle.html

園田さんにメール yoshigarden@mx4.ttcn.ne.jp

2002年02月12日(火)萬晩報主宰 伴 武澄

 鄧小平が1978年11月に改革開放政策を宣言して以来、中国経済は世界のすべての予想を裏切って成功を続けてきた。外資導入を狙いとした経済特区政策 はものの見事に香港、台湾資本を魅了し、大連から珠海までつらなる中国大陸の沿岸地域はほぼ10年でベルト状の巨大な工業地帯と化した。

 78年当時に掲げた「20世紀中に経済規模を4倍にする」という経済目標は当時、単なる政治的スローガンにしかないと考えられていたが、16年後の94 年には軽くクリアしてしまった。そしてだれもが信じなかった上海の浦東地区開発もまた工業団地と高層ビルが林立する約束された地となった。

 ●為替ベースでもすでにG7の実力

 1999年のGDPで比較すると、中国はほぼ1兆ドル、日本が4兆ドル、EUが6兆ドル、アメリカが8兆ドル。だから中国の経済規模は日本の四分の一と いうふうに単純にいくかというと、そうではない。この数字は1ドル=8・7元=120円という当時の為替レートで単純計算あいたもので、この為替レートが 必ずしも実力を表しているとはいえないからだ。

 日本の円はどう転んでも120円の実力はない。自動車など一部の産業に輸出競争力が残っているとはいうものの、今後とも円安傾向が続くものと見られ、仮に本来の実力である1ドル=160円程度にまで戻るとドルベースのGDPは3兆ドルにまで縮小してしまうことになる。

 一方、中国元はいまだに国家管理通貨であり、97年のアジア金融危機で韓国やASEAN諸国の通貨が暴落した時も1ドル=8・7元を維持し続けたが、購 買力平均では93年までのレートである1ドル=5元程度はゆうにある。だから実質的なGDPはもはや2兆ドルに近いといっても間違いない。いやもっと大き いかもしれない。

 そしてこのことは、90年代の10%近い成長率ペースが今後5年程度続くだけで中国の実質的なGDPはたちまち日本の水準に肩を並べ、やがて追い抜くことになることを意味する。

 日本にとって失われた10年が中国にとっては大躍進の10年だった。為替ベースで中国はすでにカナダのGDPを超え、世界第7位の経済大国に変貌してい るのだ。1960年代の日本がそうであったように数年以内にイタリアを、そしてイギリスとフランスを抜くことは間違いない。言い代えると、参加こそしてい ないが現時点でもG7メンバーの資格があるというわけだ。

 中国は昨年12月、世界貿易機関(WTO)に加盟したばかりだが、国家単位で見た中国の経済的実力はそういうレベルに達しているということなのだ。

 ●100年後に目覚めた眠れる獅子

 中国はすでに対アメリカ貿易黒字額は日本を抜いて世界一となっている。日本の貿易黒字が縮小する中で、中国は確実に世界最大の貿易黒字国になる。中国が G7のメンバーになろうがなるまいが、世界経済に対して責任を持つ立場に立たされ、現在の1ドル=8・7元というレートは必ず見直しの対象となる。そして 元高ドル安に誘導し、中国の内需を拡大、輸出を抑制しろという声が必ず上がる。

 そうなれば80年代の日本と同じで、いずれ中国に対する新〈プラザ合意〉がもたれる可能性がある。プラザ合意のときの円は1ドル=240円、95年には 最大瞬間風速、79円まで高騰した。もし、同じ割合で中国も元高に振れるとしたら、1ドル=3元という時代がやってきたとしても不思議でない。

 名実ともに日本のGDPが中国に抜かれる日は10年後、20年後のことではない。日清戦争まで「眠れる獅子」と恐れられていた中国は100年後にようや くその眠りから覚めたのだということを世界はわきまえておかなければならない。これは絵空事でもなんでもない。現実なのだ。

2002年02月10日(日)萬晩報主宰 伴 武澄

 日本の金融をめぐる動きがなにやら騒がしくなった。田中真紀子外相の更迭をきっかけに小泉内閣の支持率が急降下。財務省は銀行の持ち合い株式の受け皿と なる「銀行等保有株式取得機構」に対して2兆円の資金を準備、週明けから株価維持に乗り出すことを決め、銀行への公的資金注入も検討段階に入った。

 マスコミは円安、株安、債券安のいわゆる日本売りが始まったと報じているが、本当にトリプル安なのだろうか。政府・日銀はつい最近まで円安を歓迎する姿 勢だったし、日経平均株価だって昨年の9・11後の株価を少し下回った水準でしかない。長期国債だって下落したといっても金利はたったの1.5%なのだ。 金融機関が危ないのは今に始まったことではない。大方の読者は狐につままれたような気分なのではないだろうか。

 ●7.5兆円の公的資金投入時と似た状況

 10年物長期国債の市場金利は昨年1.2%程度で推移していた。これが年明け以降、1,5%に急上昇した。政府にとって国債金利の上昇こそが最重要な問題なのである。

 実は長期国債の金利をめぐって主要15銀行に7.5兆円の公的資金を投入した3年前の1999年と非常に似た状況が生まれているのだ。98年末に当時の 宮沢蔵相が「これ以上財投が国債を買い続けることは出来ない」と発言したことを契機に、1.5%程度だった10年物国債の市場金利が99年1月には2%を 超える水準にまで売られた。

 今回は国債相場の急落を誘う閣僚発言はなかったが、田中外相の更迭をきっかけに国債金利が一気に1.5%を超えた。市場では「田中外相の更迭で小泉内閣 の改革路線が揺らぎ、国債の増発を伴う従来型の景気対策を求める声が自民党内に台頭するのではないかという懸念」と説明している。しかし本筋は違う。財務 省が10年物国債のシンジケート団(シ団)引き受けを段階的に廃止し、すべての発行を公開入札にすると発表したことが大きな影響を与えているのだ。

 政府の借金の大半は10年物国債によって賄われている。これまで月々の発行額の6割を公開入札で発行、残り4割をシ団引き受けとしていた。公開入札で売 れ残りが出た場合はシ団が売れ残り分も引き受ける慣行となっており、シ団引き受けが国債金利の安定に一定の役割を果たしてきた。

 そのシ団引き受けを廃止し、全量入札制に移行すれば、売れ残りが生じることも避けらない。財政資金の確保を優先すれば、金利上昇は不可避となる。現実に80年代のアメリカは国債発行の未消化にたびたび泣かされ、10%を超える長期金利が続いた。

 シ団引き受け廃止をうたえば、金利上昇を招くことは素人目にも明らかなはすだ。それをあえて「2月危機」「3月危機」が叫ばれているこの時期に打ち出したのだから3年前同様に相当な確信犯である。

 ●公的資金投入で国債市況も安泰?

 3年前、危険水域とされた長期金利は2.0%だった。今回は1.5%でも危険水域だと認識された。たった1.5%の水準で政府が敏感に反応するのは、そ れだけ日本の借金財政が脆弱な基盤の上で成り立っているという証拠でもある。400兆円の国債発行残を抱える日本にとって1%の金利上昇は4兆円の財政負 担の増加につながるから、金利が0.3%も違えば負担増は1兆円をゆうに超え、財務省にとって見逃すことはできない事態となる。

 小泉首相が掲げた「国債発行30兆円」という上限設定でさえ、とんでもない借金財政である。それでもこれまで金利上昇を抑えることができたのは、低金利 でも金融機関が文句も言わずに国債を買ってくれていたからだが、銀行にとって運用先に国債ばかりが増える経営は決して健全ではない。円の水準が中期的に 「140円だ」「160円だ」といわれている時代に国債による運用枠を絞ったとしても不思議でない。底流に銀行の国債離れが進んでいるといっても過言では ないのだ。

 そこで銀行への公的資金投入が再浮上する。3年前の公的資金の投入は金融機関の資本増強が名目だったが、7.5兆円の資金のほとんどが国債購入に充てら れ、結果的に国債市況の「安定」に大いに役だった。政府が借金(国債発行)をして銀行に「投資」するというおかしな構図の再来だ。

 政府が銀行の経営不安を煽っているとはいわない。しかし降ってわいたような「2月危機説」「3月危機説」はなにを意味するのか。株式取得機構の動きも含めてわれわれはじっくり考えなければならない。

2002年02月06日(水)(財)国際平和協会理事 中野 有

 21世紀の白いカンバスに夢とロマンの生活空間を、地域、日本、地球的視点で描く。国籍を越え、一国の平和のみならず地球環境問題などを考慮に入れ、地球市民としての活動に携わる。これは理想である。

 現在の日本は不況にあえぎ、空前の高失業率で明日の生活のことで頭がいっぱいで未来志向的なことを考える暇がないという人も多いだろう。一方、一人当た りの所得では欧米にキャッチアップして、目標を失った日本は次なる目標として、経済を基軸とした米国型グローバルスタンダードによる発展を追求するのでは なく、白人のみならずアジア人やアフリカ人の多様性を尊重した「共生圏」(シンバイオテックスコミュニティー)の構築に努力すべきだという大いなる理想を 掲げる人もいるだろう。

 とにかく、今までの価値観でない新たなる理想と新国際秩序が求められている。この想いは9.11の国際テロ後、ますます強くなりつつあるように感ぜられる。

 アフガン復興支援会議で「世界の緒方」が共同議長として、軍事でなく経済協力によって世界の平和に貢献するという新しい協力のあり方を「日本発」として 示された。かつてこれほど日本が国際貢献という重要な役割を果たしているという自信を、市民レベルで享受することがあったであろうか。

 さて、では具体的如何にして国際貢献という日々の生活とかけ離れた空間での活動に携わることができるのであろうか。

 生活の手段として、民間か公務員の形態の2つに分けられるであろう。民間には、専門職、経営者、サラリーマン等に分けられるであろう。終身雇用として、 同じ組織、会社で人生を全うするというのが主流であった。これは過去の話である。今は、いくつかの組織、会社で働いたり、またリストラや失業で否応なく仕 事を変えなければならなかったり、また平均寿命が延びたことでボランティア等の活動を通じ、第2の人生を楽しむのが常である。民間でも公務員でも、とかく 世間は窮屈で自由が利かないのが現実だろう。そんな社会環境の中でも「地球益」の活動に興味を持っている人も多いだろう。最近、「官」でも「民」でもない 「公」であるNGOやNPOの活動が注目されつつあるのは、理想を追う人が増えてきたからであろう。誰もが考える仕事の理想とは、生活の安定と社会的な貢 献のため満足できる汗をかくことであろう。

 国際公務員、民間企業、米国のシンクタンク、海外コンサルタントに勤務して、また同時並行的に国際NGOの活動に関わってきた。そこで学んだことは、国 際公務員ではできないことは民間で可能で(その反対もある)、その両方ともできないことは国際NGOで可能であるように、それぞれの活動には盲点もあるが ネットワークやリンケージをうまく生かせば、理想とする仕事が見えてくるということである。

 坂本竜馬は、脱藩人を集め海援隊や亀山社中を作った。また、経済協力という共通の利益の合致点を追求し、「薩長同盟」を成立させた。竜馬の組織は、窮屈 な組織を否定し、自由に活動ができるという意味で、現在の国際NGOやNPOに類似しているように思われる。また、脱藩人こそ今風の一部の気骨のあるフ リーターであるのでは。違いは、今の日本式NGOやNPOは利益を追求しないが、竜馬が理想とした組織はある程度利益を追求しながらも、世のため貢献した ことである。米国のNGOやNPOは、完全なボランティアでなく、活動経費プラス位はついてくるものであると思う。

 これからの 最も充実した生き方とは、民や官に勤務しながら「地球益」の活動に関わることでないだろうか。最高の生き方とは、組織のしがらみを越え、国 際NGOやNPOの一員として自由奔放に生きることであろう。150年前に、竜馬はそれを実践したのであろうが、おそらく今求められているのは、経済協力 のみならず、地球市民が共有できる「共生圏」Symbiotic Communityをいかに実現するかであろう。

 中野さんにメールは nakano@csr.gr.jp

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