2002年1月アーカイブ

2002年01月25日(金)東西センター北東アジア経済フォーラム上級研究員 中野 有

 何処のオフィスを訪れても以前より静まり返っている。勢いよく電話が鳴り響き、活気ある会話が交わされているという職場が懐かしい。不況だったら不況な りに現状を打開しようとする危機感から生じるモメンタム(勢い)があってもいいのだが、そうでもない。とにかく、コンピューターのキーボードの機械的な音 だけが静かに響いている。

 これは、明らかにIT(情報技術)の弊害である。Eメールを通じ、瞬時にメールを送ることができる。そして、世界中の情報がインターネットを通じ、洪水 のように入ってくる。言葉を介さなくとも仕事ができるのである。以前、IT IS HEART!というコラムを書いて、IT(情報技術)にはIS(情報社会)としてのHEART(こころ)が通ったコミュニケーションが不可欠だと提案し た。

 まさにその通り。今の日本には、国をどうしようか、どのように業績を上げようとか、日本、社会、個人が元気を出すための熱い会話が欠けているのである。コンピューターや官僚的な書類の上では、「迫力」や「志」が伝わりにくい。

 コンピューターの売上に比例して、高級な万年筆が売れると聞く。万年筆で書く感覚が恋しくなるからである。この様に陰と陽の関係か、対極的な反応が必ず 起こる。そのように考えると、ITの進展により職場が静かになりつつあるときこそ、国際電話も安くなったことだし、内外を問わず電話で意見交換をしたり、 顔をむき合わせた議論に新鮮味が帯びてくるのではないだろうか。日本式経営の優れたところは、「コンセンサス」や「根回し」による「あうんの呼吸」であ る。これは生きたコミュニケーションや飲ニケーションによって、はぐくまれるものである。これは関西の「のり」と近いものである。

 失業率がどこまで悪化するのか。かつてない経験なので、不安と閉塞感が漂う。特に頑張らなければいけない中高年層に元気がない。いつの世にも言われるよ うに「今の若者は」というのが「今の中高年は」というのが、現代に当てはまる。フリーターとして、頑張っている若者のほうに「開き直り」という悟りが感じ られる。その若者の一部には、自由人や脱藩人のような夢を追い続ける志のあるものもいる。

 大企業のサラリーマンや公務員という安定した地位にあるものほど、変革についていけない。守りに入っている中高年こそ、脱藩的感覚で若者のフリーターの良い面を学ぶべきである。もうそろそろ、構造不況脱出のための「ムードメーカー」が登場しても良いのではないだろうか。

 日本再生のためには、ITのような職場環境を静かにさせるテクノロジーや、難解な講釈ではなく、案外大阪の「儲かりまっか」の「商魂」という関西の「の り」が求められるのではないだろうか。一昔前、坂の上を駆け上るようなバイタリティーは関西パワーから生まれたような気がする。そう考えると、関西の中高 年層のパワーが不況脱出の鍵を握っているように思われる。阪神タイガースの躍進と不況脱出とは正比例関係にあるような気がしてならない。関西の「のり」と 「つき」を呼び込むリーダーの出現によって、失われた十年を取り戻す、反動とモメンタムが期待されている。不況脱出の極意とは、「のり」と「つき」という 「あるきっかけ」で、歴史のリズムがプラスに働くという、案外単純なことであるのではないだろうか。

 もうそろそろ、その時が到来してもいいのでは。

 中野さんにメールは nakano@csr.gr.jp

2002年01月22日(火)萬晩報通信員 園田 義明

 ■追い込まれるブッシュ-テキサス・インナーサークル=旧テキサス共和国

 フランス・ラザール・フレール出身のジャン-マリー・メシエ会長率いるビベンディ・ユニバーサルも凄まじい勢いでアメリカに乗り込んできた。メシエ会長自らがニューヨークに乗り込み陣頭指揮にあたっている。

 現在でもフランス・ラザール・フレールと同盟を組むビベンディ・ユニバーサルは、米メディア大手USAネットワークスの株式の43%を取得し完全支配し つつある。そして新たに米衛星放送2位のエコスター・コミュニケーションズに対しても総額15億ドル(約10%)を出資することで合意する。

   USAネットワークスは、今年7月にマイクロソフトからネット旅行社を買収したばかりであることも見逃せない。マイクロソフトとブッシュ共和党との蜜月関係が急速に冷めてきているようだ。

 エコスターは、今年10月にルパート・マードック率いる豪メディア大手のニューズ・コーポレーションを退け、同業最大手でGM(ゼネラル・モータース) の傘下にあったヒューズ・エレクトロニクスを258億ドル(約3兆2000億円)で買収した。この買収合併により顧客数が1670万人米衛星テレビ市場を ほぼ独占する規模となる。そして重要な点は、この買収資金の一部をビベンディ・ユニバーサルが提供することでも合意したことだ。

 これまで見てきたようにじわじわとアメリカメディア分野が欧州勢力に追い込まれているのである。その中心にいるのは名門ラザードである。そしてこの影響 はアメリカ内部の分裂にも発展しているようだ。顕著に現れているのがイラク攻撃をめぐるブッシュ政権内部の対立である。ともにグローバリストであるが、新 世界秩序を最優先に考えるパウエル国務長官を中心とするグループとアメリカの利益を最優先に考えるウルフォウィッツ国防副長官のグループの対立である。

 ラザードに代表される「欧州・貴族系グローバル企業」は、パウエル国務長官をもり立て、ウルフォウィッツ国防副長官の背後には、テキサスの利益を最優先に考える旧テキサス共和国の「ブッシュ-テキサス・インナーサークル」の姿が見え隠れしている。

 しかし、「ブッシュ-テキサス・インナーサークル」も同時多発テロとエンロンの一件で戦略の見直しを行っているようだ。

 12月12日、ブッシュ大統領は、ハイテク政策に関する助言を得るため、AOL・タイムワーナーのスティーブ・ケース会長、デルコンピュータのマイケ ル・デル会長、インテルのゴードン・ムーア名誉会長、そしてコムキャストのケーブル・コミュニケーション部門のステファン・バーク社長、ロッキード・マー チンのノーマン・オガスチン元会長などの有力企業幹部をメンバーとする科学技術諮問委員会を新たに設置すると発表する。

 ブッシュ大統領は、石油などのエネルギー分野には熱心であるが、ハイテク分野に対する関心が大きくないと指摘する声が経済界から聞かれていた。さすがに慌てたのか有力企業幹部の囲い込みを始めたようだ。

 この一報を伝えたのが世界を代表する経済新聞であるウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)だが、エンロンとブッシュ政権の関係を追及する動きを始 めたのもWSJであり、その発行元は「ダウ平均」や「NYダウ」の生みの親でもあるダウ・ジョーンズである。従って1975年に提携して以来、一貫してダ ウ式による修正平均株価として算出してきた「日経平均株価」の生みの親ということにもなる。

 現在WSJ以外にダウ・ジョーンズ・ニューズワイヤーズ、ファー・イースタン・エコノミック・レビュー、バロンズなどを発行しているが、このダウ・ジョーンズの取締役会にもバーノン・ジョーダンがいるのである。

 また、ジョーダンが第2章で登場した世界第二位の金鉱会社バリック・ゴールドの国際諮問委員会のメンバーになっている点も注目していただきたい。パウエ ル卿とカール・オットー・ぺールとバーノン・ジョーダンが揃ってメンバーとなっているのである。そしてメディアからの圧力により辞任したのはブッシュパパ である。

 ■戦争とメディアの関係

 9月21日に全米の4大ネットワーク(ABC、CBS、FOX、NBC)が共同制作した同時多発テロ事件の犠牲者追悼チャリティ番組に登場したニール・ ヤングは、ピアノを奏でながら「イマジン」を歌う。これが大きな話題になったことは日本ではあまり知られていない。実は「イマジン」は、放送自粛対象に なっていたのである。

 金融と軍事産業とメディアを操る集団が同一の方々である以上、秩序の安定を重視しながらも適度な緊張関係は好む傾向にある。また、社会的な混乱は彼らに とって最大の不安要素となる。バーノン・ジョーダンが取締役を務めるアメリカ最大のラジオ・ネットワークであるクリア・チャンネル・コミュニケーションズ は、同時多発テロ発生後に同系列の約1200局に向けて、約150曲について放送の自粛を促す社内通達を出した。

 「好ましくない」とされた曲のなかにはジョン・レノンの「イマジン」、ポール・マッカートニーの「007/死ぬのは奴らだ」、ビートルズの「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」「ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・タイアモンズ」などが含まれている。

 クリア・チャンネル・コミュニケーションズでは、「全国的な放送禁止措置」ではなく、何の曲が「好ましくない」かを判断し、具体的な放送内容を決めるのはあくまでも各地のラジオ局だとしている。

 ワシントン・ポスト傘下のニューズウィーク誌は、12月15日、1003人の世論調査を公表した。この中でイラクのフセイン政権に武力行使すべきだとす る回答者は78%に達していた。この数値を上げるも下げるも今後のメディアの報道の仕方によって変わるだろう。そして、その行方は再びラザードに代表され る「欧州・貴族系グローバル企業」の手中に戻りつつある。

 アメリカを牽制すべく、フランス政府は10月31日にメディアを使って爆弾を投げ込む。ウサマ・ビンラディンが今年7月にアラブ首長国連邦(UAE)の 首都ドバイのアメリカン病院で腎臓病の治療を受けた際に、CIA(米中央情報局)と接触していたとする記事が世界に配信される。

 報じたのはフランスを代表する新聞フィガロ紙であり、フランスを代表する石油メジャー、トタルフィナ・エルフのイラク国内の石油、天然ガス利権に絡むフランス諜報機関のリークと見られている。

 そしてそのフィガロに約20%を出資しているのは、ブッシュ-テキサス・インナーサークルの中核に位置するカーライル・グループである。フランス政府の爆弾は、その大株主にダイレクトに投げ込まれたものであった。

 欧州・貴族系グローバル企業に先手を打たれて、アメリカの次なる攻撃目標が狭められていく。適度な緊張関係が続くもののイラクもソマリアもその対象には ならないだろう。残された唯一のテロ支援国をめぐって、寄りによってこの時期に訳もわからず喧嘩を仕掛けるお馬鹿さんがいる。

 またしてもこの日本は、奥深くへと引きずり込まれるのだろうか?(つづく)

 園田さんにメールは yoshigarden@mx4.ttcn.ne.jp

2002年01月20日(日)中国情報局 文 彬

 年明け早々、中国と韓国の間で外交摩擦に発展しそうな事件が起きた。韓国国会の「人権フォーラム」所属の野党・ハンナラ党議員ら4人が中国へ渡航しよう とし、在韓中国大使館に入国ビザを申請したが、1月4日中国側からその発給を拒否された。そして1月7日、4人は中国側の事前協議もない一方的な入国拒否 を不服として抗議する声明文を中国側とマスコミに送りつけた。中国外交部や在韓大使館はすでに中国側の見解は韓国側に伝えたとして決定を撤回する意志はな いと表明したが、このままことが収まりそうにもないだろう。

 4人の渡航目的は在外同胞法の改正にあたり、在中コリアンに対する実態調査を行なうためだ。在外同胞法は在外韓国人の韓国への出入国と大韓民国内におけ る法的地位を保障することを目的とするものだったが、大韓民国が建国される以前に(1948年までに)海外に移住した海外在住韓国人が対象外となっている ため、昨年憲法裁判所でこれを違憲とする判定が下された。これを受けて、韓国政府は在外同胞特例法を制定しようとしたが、コリアンの多く居住するロシアや 中国からの猛烈な反発に遭い、更に外交通商省も外交問題に発展することを恐れて反対の立場を取ったため、特例法は宙に浮いたままになっている。こういった 背景の中で起きた出来事であるため、韓国のマスコミが大きく取上げたのと対照的に、韓国政府の反応は慎重そのものだった。外交通商商長官も「注意深く見 守っている」という外交辞令的なコメントにとどめている。

 ●満州に新天地を求めるコリアン

 特例法に反対する中国の理由ははっきりしている。特例法が実施されれば、中国国内にいる朝鮮族(中国では在中コリアンのことを「朝鮮族」「朝族」「鮮 族」等と呼んでいる)にも適用され、事実上の二重国籍になるため、中国の法律に抵触することになるのだ。もちろん、ただでさえ少数民族問題に悩まされるこ との多い中国政府が密かに恐れているのは特例法によって朝鮮族にも混乱が波及することである。

 朝鮮半島と陸続きの中国には古代からコリアンが居住してきた。満州でいち早く稲作を始めたのはまさにこのコリアンの人々だと言われているが、19世紀後 半、衰退した清朝が封禁政策(清国は、民族の発祥地である満洲を「封禁の地」とし、漢民族だけでなくモンゴル人やコリアンの進入も許さなかった)を解いて からコリアンは豊沃な土地を求めて大挙して朝鮮半島から鴨緑江や図們江を渡ってきたのである。20世紀初頭、コリアンは国境に近い満州に数多くの集落を作 り稲作を中心に生計を営み、その人口は7万人を超えていた。

 さらに朝鮮総督府時代、「土地調査事業」という名目の植民地政策が強行され、近代的土地所有の概念を持たなかった多くの朝鮮農民が天皇、皇族が株主と なっていた東洋拓殖株式会社に土地を取上げられた。このように土地喪失によって貧困化した農民達が故郷を背に満州の地に生計を求めてきたため、在中コリア ンは増加する一方だった。終戦時、その数は165万人にも上っていた。

 終戦後、在中コリアンには故郷へ引き上げるチャンスがあったが、それでも100万人以上の人々が祖国に帰る道を捨てて満州に住み続けた。そしてこの 100万人が現在の朝鮮族の母体となり、今では約200万人に膨脹したが、内地に流出する者はほとんどいなく、全体の97%以上が満州、それも主に鴨緑江 や図們江流域に集中して暮らしている。ちなみに、現在海外で生活する、いわゆる在外コリアンは120数カ国に分散し、コリアン民族全体の一割弱に相当する 約530万人と言われているので、その40%近くを中国の朝鮮族が占めていることになる。

 大連にも関東州時代から生活している朝鮮族の人がいるが、ここに暮らしている満州族やその他の少数民族と同じように彼らも漢民族に限りなく同化している ため、町で朝鮮の空気を感じることはほとんどない。ところが、瀋陽や撫順の町を歩いてみると、色鮮やかなキムチを売る露店やいたる所に点在する朝鮮冷麺の 店舗に目を奪われ、時には頭に大きな荷物を載せた朝鮮族のお婆さんを見かけることもある。瀋陽と撫順は大連よりも比較的朝鮮半島に近く、朝鮮族も多く生活 しているからである。

 さらに瀋陽から汽車で北上すること約20時間、辺境の町・吉林省の延吉に出ると、一瞬ここが中国かと目を疑うほどの圧倒的な朝鮮の雰囲気が感じられる。 駅の待合室に集まる乗客の間では韓国語が飛び交っており、商店街の看板にも中国語と並んでハングルが記されている。チマチョゴリを身に纏う女子中学生は列 をなして町を歩き、スーパーの開店セレモニーでは必ず朝鮮舞踏が披露される。ここ延吉は在中コリアンがもっとも密集している都市だ。

 延吉は82万人が住む延辺朝鮮民族自治州の州都であり、コリアン文化がもっとも花開いているところでもある。学校教育も韓国語によって行なわれるところ が多く、高校を卒業して内地の大学に進学した少年少女が自由に中国語を操ることができず、ちょっとした社会問題として取り沙汰されたほどである。国立の延 辺大学は1949年に設立された全国初の少数民族大学であるが、この町の朝鮮族の学生を中心とする大学は現在6校もある。

 ●故郷喪失を再び経験する朝鮮族

 長白山(白頭山)は、延吉から350キロ離れた西南の国境を跨るようにそびえ立ち、風光明媚の自然に恵まれる数少ない北国の名観光地の一つとして毎年多 くの観光客が来ている。特に標高2000メートル以上の山頂にある「天池」という火山湖は密境の絶景として世界的にも有名だが、これも半分は中国、半分は 北朝鮮のものとなっている。韓国の観光客は北朝鮮ルートを利用することが出来ないので、通化や延吉を経由して中国側から登山している。そのため、長白山の 旅を商品とする旅行社がたくさん現れ、韓国から来る観光客を接待する施設も相次いで作られている。

 また、長白山はただの観光地ではない。ここは満州人にとってもコリアンにとっても神聖なところだ。満州人とコリアンの起源に纏わる神話は、どれも長白山 が舞台となっているのだ。満州族が中国を統治していた数世紀の間ここは入山禁止令が敷かれ、コリアンも同地域から締め出されていたが、韓国と北朝鮮の国歌 にも出ているほど、憧れの心の故郷として朝鮮半島にいるコリアンなら誰でも一度は行ってみたいと思っているようだ。

 だが、故郷を離れ北上してきた朝鮮族の人々にとって長白山にまつわる神話はあくまでも虚構の世界で、彼らが生きる現実からはあまりにもかけ離れすぎてい る。彼らの大半はまず朝鮮半島を自分の故郷だと思っている。そこには自分の祖先が生まれた村があり、血の繋がった親戚も大勢暮らしているからだ。昔は国交 のあった北朝鮮しか訪問することができなかったが、今は韓国も門戸を開いている。しかし、それよりも朝鮮半島から来た人々の方が圧倒的に増えている。但 し、韓国から来るのは観光客やビジネスマンだが、北朝鮮から来るのは飢えと貧困に耐えられぬ人々だ。

 北朝鮮からの難民は今日になって起きた問題ではない。50年代初頭の朝鮮戦争の時にも戦火を逃れて鴨緑江を渡ってきた人が大勢いた。戦争が終わってからも故郷へ戻らず中国で暮らし続けてきた人も多くおり、今もその中の8000人余りは国籍が北朝鮮のままでいる。

 金正日体制後、厳しい国境警備にも関わらず難民が中国側に大挙して押し寄せてきた。しかし、中国当局は北朝鮮との関係が何よりも重要だと判断しているた め、流入してきた北朝鮮人を難民とは見なさず強制的に帰還させている。捕まった難民は北朝鮮の国境警備隊の手に渡るとすぐ奴隷のように胸縄から後ろ手に縛 り上げられ、時には針金で繋げられ鴨緑江の向こう側へ消え去る。逃げてきた北朝鮮人の中で、朝鮮族の親戚に助けられ息を忍ばせながら生き延びてきた幸運の 人、あるいはチャン・ギルス君一家7人のように様々な危険を冒して韓国にたどり着いた幸運の人もいるが、大半は惨い強制送還の運命にあわざるを得ない。

 このような悲惨な光景を目のあたりにしている朝鮮族の人々が北朝鮮に対して抱いているイメージは否定的なものばかりだ(彼らが北朝鮮を訪問して得たイ メージにも良いものはない)。これと同時に北朝鮮への帰属心も完全に失っている。かといって韓国に対してどうかと言えば、やはり親近感は薄い。いや、対北 朝鮮以上に冷えているものがあると言えるかも知れない。

 1992年8月24日、中国と韓国は国交を樹立し、朝鮮戦争以来続いた敵対関係に終止符を打った。それ以降、韓国人と朝鮮族の相互訪問は年々多くなり、 ビジネスや文化的な交流も日増しに盛んになってきた。しかし、同文同種であるはずの韓国人に対してアイデンティティを夢見たのもつかの間、韓国人は明らか に違う世界に属していることに気づいた。そしてお互いに相容れない場面も日増しに増えてきた。近代化に憧れてソウルに来ても所詮貧しい出稼ぎ労働者と見ら れ、自分が生活している朝鮮族の環境とあまりにもかけ離れており溶け込むことができない。まったく問題ないはずのハングルでさえ、外来語が氾濫しているた め、朝鮮族の人には通じないことが多い。

 そして、最も韓国に憧れていた朝鮮族の人々の心を傷めたのは、韓国から来た一部のビジネスマンの行動だ。彼らは朝鮮族のはやり遅れの服装や習慣をあざ 笑ったり、企業に来る朝鮮族の人々をこき使ったり、カラオケバーに勤める同胞の女性を「キーセン」(妓生)同様に扱ったりし、同胞の感情のかけらも感じら れない。朝鮮族の人々は信じがたい現実を前に故郷喪失を再び経験したのだ。しかも、今度は過去に思いを馳せていた心の故郷を失ったと言えるのかも知れな い。

 今の朝鮮族の人々は北朝鮮とも韓国ともアイデンティティを共有できないことをはっきり分かっている。彼らは自分が「朝鮮系中国人」や「韓国系中国人」だ ということよりもまず「中国人朝鮮族」だと自認することに躊躇することはない。彼らは自分が手にしているのは中国政府の発行しているパスポートだと十分認 識しているし、またこれに対してさほど不満はなさそうだ。この点において、在日コリアンよりも今の「中国人朝鮮族」の独自性の方が強いかも知れない。

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 北朝鮮、韓国、そして中国人朝鮮族、このトライアングルはいつか崩れて一心同体になるという高校時代の親友金君の父親から聞いた話を思い出される。親友 の父親も長白山で活躍していた東北抗日連軍の幹部で、終戦後多くの戦友と同様に朝鮮に戻らず中国の農民に稲作を普及する「中国人朝鮮族」になった人だ。金 君は北朝鮮と韓国の両方に親戚がいるので、誰よりも朝鮮半島の平和を祈っていたが、今は多分南にも北にも行っているだろうと思う。もう一度お会いして彼の 父親に聞きたい。在外同胞法に対しても直に意見を聞いてみたい。

 文さんにメールは bun@searchina.ne.jp

2002年01月18日(金)萬晩報主宰 伴 武澄

 長い役人の冬休みが終わり、政府税制調査会が始動した。1989年の消費税導入に次ぐ大規模な税制改革の議論が始まる。税制改革は当初の小泉改革にはな かった課題である。ふつう、不況時には国民の負担増につながりかねない税制改革は難しいものとされてきたが、小泉内閣はそれにあえて挑もうというのだ。や るからには旧来の既得権益の奪い合いではなく、国民の希望に火を灯すような項目をつくってほしいと願望している。

 萬晩報が提案したいのは、公平な寄付税制の確立とサラリーマンの源泉徴収の廃止である。また企業のまっとうな連結納税も不可欠であり、地方分権に合わせ た税源の地方委譲も不可欠だと考える。その上で消費税の増税なり、所得税の課税最低限の引き下げ、並びに租税特別措置法の大幅縮小という財源面からみた措 置を検討すべきであろう。

 ●育む住民参加の創造力

 公平な寄付税制をまっさきに挙げたのは、いくつかの理由がある。現在、企業も個人も寄付行為で所得控除が可能なのは政府や自治体が認定した団体の限られ ている。せっかくNPO(非営利団体)という概念を法整備しておきながら、多くのNPOは財政面での恩典が与えられていない。欧米の多くのNPOの存立は NPOへの寄付が所得控除の対象となっていることが前提になっているはずだ。

 卑近な話になるが、地域の掃除を仕事とするNPOがあったとして、仕事を持たない高齢者や主婦が掃除の代わりに寄付を求めたとしても不思議ではない。これまで行政がやってきた仕事を代わりにやるのだから多少の報酬があったとしてもおかしくない。

 「税金-役所-仕事」という流れを「寄付-NPO-仕事」という形に切り替えれば世の中は確実に変わる。顔の見える住民サービスの民営化が進み、行政は 単に仕事の区域や分担を決めるだけとなれば業者選定にまつわる不正も少なくなるだろう。「寄付-NPO-仕事」という流れが定着すれば、住民が直接その サービスの用不要を決定できる。

 かつて萬晩報でアメリカでの高校の卒業式の風景を取り上げたことがある。大学進学者への奨学金が公的な育英会のようなものではなく、町のピザ屋さんまでが競って奨学金の出し手となっているさまに感動した読者の一人が報告してくれたものである。

 1998年06月11日 奨学金を30も受給したことが誇りとなるアメリカの高校生

 そこには所得税における寄付控除の日米の考え方の差異が浮き彫りにされていた。もちろん住民意識の違いにも大きな隔たりがあるのだろうが、豊かな社会づ くりに不可欠なのは、行政による画一的なサービスではなく、住民参加による創造力であるような気がしてならない。そこに必要な資金の確保を「税金」という 旧来の発想ではなく「寄付」という新たな行為で賄ったとしても決しておかしな話にはならないだろうというのが萬晩報の考え方である。

 公平な寄付税制が確立されれば、介護という福祉サービスだって違った形になるし、教育のあり方もも大きく変貌する。すべての行政行為を寄付で賄おうとい うのではない。一部分から始めてその領域を広げていけばいい。別に寄付は地域活動に限定されるものではない。地震による復興事業や難民救済といった海外協 力もある。ただ多くの国民に払いやすくする仕組みをつくればよりよい社会の形成に役立つというものではないか。

 ●源泉徴収廃止は簡素化の一歩

 サラリーマンの源泉徴収が戦争目的につくられたことはけっこう知られるようになっている。そのため戦後のシャウプ税制が廃止を求めたが、今もって国民の 大きな議論になっていないのは残念なことだといわざるを得ない。自己申告の一番重要なのはまず年度末に自分で所得を申告するようになって初めて税の痛みを 知り、その使い道に関心を持つようになるという点だ。

 さらに複雑な税制だと計算の負担が大きいため、簡素な税制に戻るという効果もありそうだ。一番重要なのは寄付など所得控除だ。現在の税制では基礎控除と 扶養者控除、住宅取得控除が大きな部分を占める。それはそれでいいのだが複雑極まりない。しかも本来、独身であろうと子どもを3人持とうと個人のかってな のに税制面では大きな差別がある。

 萬晩報が考える控除とは、基礎控除を基本に教育、医療保健、住宅(金利)、寄付の5本建てである。それぞれかかった費用を収入から差し引いて所得申告す ることにすればそれほど難しいことにはならない。特に寄付税制が実現すれば、年度末に自らの社会貢献度を実感できるようになる。中期的にサラリーマンの税 負担が多少増えたとしても中身が変われば意識は確実に変わるのだ。

 1998年05月02日 脱法行為の積み重ねでしか成り立たない日本のボランティア
 1998年04月07日 納税者にとって気持ちのいい税率
 1998年03月15日 3月15日をサラリーマンの税金の日にしよう
 1998年02月11日 租税特別措置法で2倍払わされているガソリン税

2002年01月16日(水)広東省在住 山崎 恵一

 私は現在中華人民共和国 広東省 東莞市で工場勤務を今年の9月からはじめました。業種は製造業ですが何を作っているのか説明すれば、狭い業界ですので一気に会社名までわかってしまうの で、それは秘密にさせてください。基本的な業務は生産管理ですが、購買・在庫管理・計画・出荷・物流・コンピューターシステム等など立ち上げということも あり、仕事は多岐にわたってあります。

 製造業の海外流出が叫ばれていますが、現実の製造業界では流出というよりは日本の国の底が中国に向けて破れた感じであって、流れ落ちるような勢いで中国 へ移転が始まっています。すべては中国で量産を実施するのが、基本的に見積書を提出する前提であって、それで無ければ試作も受注できませんし、見積書を提 出する事すら断られる感じです。

 この動きは2年前ほどから始まり、逆に2002年には終結する感じすらあります。この終結とは、中国国内でも 日系、香港系、台湾系、地元中国系、韓国系、シンガポール系、欧米系と 3つ巴、4つ巴の価格競争が現在恐ろしい勢いで進行中です。日本で価格競争力がなくなったからといって、中国で安い人件費をあてにしようなどという単純な 発想では中国でも生き残りを図れないでしょう。

 10年前は巨大な企業がその豊富な資金力をバックに空恐ろしい規模での進出がメインでしたが、現状では日本での人員規模が200~300人規模の中企業 が進出しているのが特徴です。今まで日本という国を底支えしてきた企業群がそっくり進出し、なおかつ日本の本社がリストラという名前の元に縮小に次ぐ縮小 をしています。

 これはインドネシアやマレーシアに向かって日本企業が進出していたころよりも大規模な日本の空洞化が進行しているもっとも大きな表れであり、日本での単純労働者は製造業に限って言えば消失するか、給与が二分の一になってしまうかどちらかと思います。

 中国現地で工場の立ち上げを実施してみて感じているのは、マレーシアでもそうでしたが、現地労働者の予想を越えるレベルの高さであり、熱心に技術を習得 しようという姿勢です。確かに熟練労働者の企業への定着率は低いですが、これはどちらかといえば日本の社会が特殊であって 企業間の労働力流動化を極力阻止している社会構造上の問題であり、日本の失業率を下げるためにも労働者の流動性を高めなければならないといっている人間が 同じ口で海外は労働者の定着率が悪いからだめだと言っているのが現状です。

 広東省では台湾系が中心となり、大規模な工場群が立ち並ぶ工業地帯が広がっています。ほとんどが「来料委託加工」という形をとっています。来料委託加工 とは、香港に仮の本社を持ちその香港企業が中国工場を運営する形をとる物であり、設備・材料は基本的に輸入関税が免除されて中国へ輸入することが可能であ るが、完成品は全量海外へ出荷が義務付けられる形態を指します。

 ここまで書くと簡単そうですが、この委託加工形態をとって生産を実施するには、工場地域を管理統括している税関と委託加工契約を締結する必要がありま す。税関といえば基本的に定型フォーマットに必要事項を記載して申請を行えば受理されると日本人は考えがちですが、これは税関が主催している事業への参画 希望業者の受注に近いイメージがあり、申請というよりも受注活動のような税関への説得資料などを作成して、活動を行うことが必要になります。

 受注を得るための営業活動ですの定型フォーマットは基本的に存在する物の いかにして税関担当者への説得力のある資料と内容がそろえられる事が重要であり、どんな資料が必要という面で作業を煩雑なものにしています。

 中国の華南地方は基本的にそんなに人口の大きい場所で無く、かつては草魚の養殖池が広がるのどかな田園風景が広がる地域で、2000人程度の村が点在し ていました。そこに香港企業、台湾企業、日本企業を含めて工場が多量に進出した結果、村の人口が二万人以上に膨れ上がる結果になりました。村のほとんどの 人間は外から出稼ぎにきた人間であり、現在も続々と増え続けています。

 その人口流入があるために単純労働者給料が高騰せずに済んでいる面も否定できません。しかし 技術系・管理系のスタッフの給与は激しく高騰しており、一般ワーカーとの給与価格差は10倍以上になることは珍しくありません。

 人口が流入しつづけているために各工場では寮が併設され、その寮には食堂も付き、労働者は本当に着の身着のままで雇用される状態にあります。しかし 誰もがハングリーで少しの機会も捕らえて勉強しようという意識は誰しもが持っています。何せ単純労働者として雇用されても機会を捕らえてスタッフの補助職 として配置換えされてコンピューターの勉強をさせてもらえば転職したときにパソコンが使えるとアピールでき、給料は倍になるのですから。

 いろいろと書いてみましたが、これから中国進出を考えていらっしゃる製造業の方々にお勧めの手順を書いて終わりにしたいと思います。

 1.大手取引先や銀行などから説明を受けておおよその立地を決める。
 2.とにかく現地に飛んで 現地に半年住んで設立準備室を作る。
 3.日本から 金(経理系人材) 人(人事系人材) 時間・物(プロジェクト管理企画屋)管理の3名は落ち着いたら呼び寄せる。
 4.半年経ったら 何で勝負するのか業務内容を決める
 5.お金と係数と時間を入れて事業計画書を作って見る(3年間がお勧め)
 6.村長や地元有力者を訪ねて(半年の間にコネを作るのが大切) 1000人位の会社を作りたいけど誰か設立準備を手伝ってくれる人を紹介してもらう
 7.先行している大手大企業や銀行、知り合いから通訳を紹介してもらう
 8.日本から営業と工事屋と物流担当を呼んで仕事を取り工場を確保し、設備・材料の手配をはじめる
 9.日本から製造と品質管理と生産技術を呼んで設備の受け入れと備品の準備と製造、出荷検査を行い製品を出荷する

 以上です。どの会社も1~6を日本で実施したがりますが、あくまでも現地実施がお勧めです。本当は7~9に時間をかけるよりも1~6に時間をかける事が良い結果を生みます。特に3日から5日の視察や出張では何もわからないとはっきり言えます。

 山崎さんにメールは editor@yorozubp.com

2002年01月14日(月)メディアケーション 平岩 優

 昨年、21世紀の幕開けの年は、国内外に大事件、大問題が噴出した。マスコミは連日、それら「構造改革」、「同時多発テロ」、「デフレ不況」等の報道に 始終。我々も自分の足元を見るより、それらの報道に目を奪われがちだったのではないか。しかし、考えてみれば、こうした事件・問題もここ10年-20年の 間にその萌芽、兆しを見せ、我々に小さなシグナルを送っていたはずである。そして、今もよく注意すれば、大きな変化につながる多くの小さな徴や兆しを見つ けることができるはずだ。

 そんなサンプルとして、東京発の情報からは見えてこない日本海沿岸地域の動きをあげることができる。私の元に毎月"にいがた 22の会"という地元の経営者やジャーナリストなど有志の方々から「環日本海ローカルニュース」を送っていただいている。このニュースレターは北は北海道 新聞から南は西日本新聞までの地方紙から、日本海を囲む極東ロシア地域、朝鮮半島、中国東北地区と日本の沿岸地域との経済・文化交流に関する記事をスク ラップしたものである。

 今手元にある最新のニュースレター(2001年11月分)に目を通しても、そこには小さな兆しをたくさん見て取ることができるので、少し紹介してみたい。

 北海道新聞に連載されたシリーズ企画「日ロ経済の新展開」では、道内、サハリン、釜山などでの取材を通じ、グローバル化が進む中で、ロシアとの経済関係に展望を見出せない北海道経済の様子が活写されている。

 たとえば、韓国・釜山には年間、外国船の4分の1に当たる約5000隻のロシア船が寄港し、数万人のロシア人が上陸する。いまや釜山港は「極東アジア最 大のロシア船団の集積基地」である。つまり、人、モノ、金は釜山に集中し、北海道は単なる通過地になる危険性にさらされている。

 ロシア船が釜山港に集まるわけは、外国船が支払う使用料がコンテナ1個当たり169ドルで、香港(同355ドル)、神戸(同356ドル)の半額以下であること。しかも、港周辺の水産物保冷施設の保管料金は150キロ当たり1日約5円である。

 韓国政府は釜山港を自由貿易地域に指定し、極東経済圏の物流拠点を目指すという。

 北海道の稚内にもロシア船が多く入港する。しかし、道内の企業はカニを転売する以外なかなかビジネスに結びつけないようだ。依然、商店などには「ロシア 人お断り」の張り紙もあるという。「稚内にとってロシア船の方が自衛隊より経済効果は高いのに、ロシア政策がまるでない」という税関幹部の言葉が重い。

 また、すぐ目の前の北方四島でも、水産加工にモスクワ資本の工場や、ドイツ、アメリカ企業が次々と参入している。道内の水産業界では、いずれ、島が一大加工基地になると不安視しているという。

 さらに、ロシアでも本格的に水産加工に乗り出すケースもある。経営者の39歳のユーリー・テン氏は韓国人の父と日本人の母を持つ。ソ連崩壊後10年で、 ユジノサハリンスクに本部を置く、木材会社、カジノなど13社が構成する企業グループを育てた。6月に完成した水産加工工場の冷凍機械は中国製、コンベ ヤーは韓国製、売り込み先は日本と韓国だという。

 同時にこうした環境の中で、奮闘する日本のビジネスマン、企業もある。非自由化水産物輸入割当(IQ)制度で規制される昆布の代わりに、規制から外れる 加工品(昆布巻き)をサハリンから輸入する食品メーカー。日本より安い韓国のカニかごを輸入し、ロシアのカニ船へのカニ代金と相殺する商社。利益を日本に 持ち帰るのではなく現地に落とし、ルーブル世界で生きていくことを決めたというDCチェーン・サハリン現地法人の日本人社長などが紹介されている。ユジノ サハリンスクのショップにはイタリア製の靴、フランス製の化粧品、ドイツ製のスープなどが並ぶという。(以上11月1日、3日、5日付北海道新聞より)

 ニュースレターにはこの他にもさまざまな記事がスクラップされているが、長くなるので幾つかを箇条書きにする。

■北朝鮮ハタハタ、今季初入港(11月9日 秋田さきがけ)
■庄内-ハルビン定期航空便、中国の航空会社と事務レベル交渉(11月10日 山形新聞)
■新潟県が県産業のIT化を図るため、韓国サムスンと提携(11月3日 新潟日報)
■富山県とロシア沿海地方政府がウラジオストクで8回目の「日本語スピーチコンテスト」(11月10日 北日本新聞)
■富山市で日韓中の学者が参加する環日本海学会研究会開催(11月11日 北日本新聞)
■富山・福井が韓国企業の北陸誘致を図るため、釜山でセミナー開催(北陸中日)
■松江市で「北東アジア地域自治連合」(日韓中、ロシア、モンゴルの36広域自治体)の第1回文化交流分科委員会開催(11月9日 山陰中央新報)

 この他にも地域企業の中国への進出、中国企業へのソフト開発委託の記事、さらに北陸地域への中国観光客の誘致プランなどが目立った。

 こうしたさまざまな動きがこの先の変化にどのように結びついていくのか。小さな事実を積み重ねて、考えていくことが大事であると思う。ちなみに、私事で あるが、以前、「環日本海交流事典」という大判の本を編集した経験がある。その時には資料として、こうした地方紙に載った小さな記事も集めた。編集室には 北東アジアを研究するプリンストン大学のプロフェッサーやオーストラリアのシンクタンクの研究者等が事典を求めに訪れたが、その人たちにも、こうした小さ な記事のコピーを所望された。当時、北東アジアの経済や国際関係論を専攻する欧米の研究者やジャーナリストは、全国紙には載らない地方紙の小さな兆しに目 を据えていたのである。

 平岩さんにメールは yuh@lares.dti.ne.jp

2002年01月12日(土)東西センター北東アジア経済フォーラム上級研究員 中野 有

 鉄腕アトムの誕生の日は、2003年4月7日である。

 半世紀前に手塚治虫氏が、もう間近に迫ったこの日を「アトム生誕の日」として設定した思いには、どのような「夢とロマンのメッセージ」が隠されているのであろうか。未来の国の出来事が、過去となる日がそう遠くないのである。

元来、日本が得意とする分野は、工作機械等のロボティックスであったのに、情報産業が世界を席巻し、高度なモノづくりであるロボット産業の魅力を忘れてし まったようである。IT(情報技術)のブームの次に脚光を浴び、日本の不況脱出の先導役となるのがRT(ロボット技術)になるだろうとの予感がする。

 グローバルな潮流の中で、国際水平分業によるアジアにおける産業構造の再編が進展している。中国の台頭により、相対的に日本の競争力が低下し、日本の産 業の空洞化に拍車がかかり、失業率の上昇により閉塞感が漂い、社会的不安が蔓延している。そうは言っても中国の発展はアジアの地位向上にとってプラスであ る。

中国という安価で優秀な労働力を供給し、急速な経済成長を達成する国に対して日本が力を発揮できるのは、ロボット産業ではないだろうか。

 資源小国でありながら、巨額の金融資産を有し、モノづくりを得意とし、「山紫水明」という地球のオアシスである自然美を持つ日本にとって、環境に優しく、付加価値が高いロボット産業こそ日本の英知を結集するにふさわしい分野だと考えられる。

 いつの世も不況脱出のキーは、イノベーションである。ITという情報の技術革新は、グローバル化の推進とアメリカの復権に寄与した。

 ただ、ITはEメールやインターネットを通じ、人々をわくわくさせる情報技術を提供してくれたが、コンピューターの画面に映る情報だけでは人々は満足することができない。ITは情報の満足感を提供してくれても、掃除や洗濯等の日常生活の向上につながるものではない。

 そこで、日常生活に役立つロボットが身近に存在すれば、どれほど便利で生活が豊かになることだろう。生活分野の需要からか、ここ数年歩行するロボットや感情表現が可能なロボットの開発が進められている。

 手塚氏は、人間が持つ戦争や競争という闘争本能とは対極的な「こころ」を持つロボット「鉄腕アトム」を描いた。人間の邪悪を取り除いた人間の理想をアトムに託した。このメッセージには、ロボットが戦争に悪用されないことへの希望が含まれている。

 きっと手塚氏は、現在の日本の閉塞感を打破し、日本が再び「モノづくりの横綱」として世界に君臨する事を願って、未来の日本のあり方にヒントを与えるた めに2003年4月を日本の大躍進の日として設定したのであろう。ロボット技術(RT)を基盤に日本の姿を考えてみると、不安、不確実性が吹っ飛び、日本 の明るい未来が見えてくる。

 技術革新のためには、投資が必要である。その投資を考えるとき、発想の転換も大切であろう。例えば、日本は世界一の財政赤字を抱える国でありながら、 1400兆円という天文学的数字の金融資産を持つ国でもある。単純に1400兆円に2%の利率をつければ、国債に等しい30兆円が生み出される。この利子 だけで国債が成り立つ国だということを念頭に入れ(暗示をかけ)、人類に夢とロマンを与えるロボット技術に傾倒すれば、ITに続くイノベーションとして新 生日本が目指すべきビジョンが明確になるのではないだろうか。

 ロボット技術が地球益にいかに貢献できるかということを問いかけてみたい。例えば復興支援の一環である地雷の撤去等にロボット技術が適応されれば、ロボットの平和利用のさきがけになるだろう。

 中野さんにメールは a5719@n-koei.co.jp

2002年01月07日(月)萬晩報通信員 園田 義明

   ■バーノン・ジョーダン

 バーノン・ジョーダンは、現在のアメリカの政財界で最も影響力のある黒人であろう。1982年から務めてきた名門法律事務所エイキン・ガンプ・ストラウ ス・ハウアー&フェルドを離れ、昨年1月にラザード・フレールのマネージング・ディレクターに就く。エイキン・ガンプ・ストラウス・ハウアー&フェルドの 弁護士としてはとどまるものの、この実質的なラザード転身のニュースは大きな話題となった。

 ジョーダンは、クリントン前大統領の親友としても知られ、モニカ・ルインスキー・スキャンダルの時には、就職の面倒を頼まれた人物として再三メディアに登場した。

 これまでに何度もコラムで紹介してきたが、日本とも深いつながりがある。新生銀行の社外取締役と富士銀行の国際諮問委員会のメンバーを務めているのである。

 エイキン・ガンプ・ストラウス・ハウアー&フェルドといえば、創設者のひとりにロバート・ストラウスがいる。カーター政権(民主党)政権時の通商 (USTR)代表、駐ロ大使を務めた経験がある。テキサス出身でFBIのスペシャル・エージェントも務めたストラウスは、ブッシュ支持にまわりテキサス出 身で「ブッシュ-テキサス・インナーサークル」の中枢を担う。このあたりの関係がジョーダンの転身に大きく影響したのかもしれない。なおクリントン前大統 領自身も退任後のラザード・フレール入りも噂されたこともあった。

 バーノン・ジョーダンは、アメリカを代表するビッグ・リンカーであり、取締役件数も群を抜いている。そのひとつがアメリカ・オンライン(AOL)・ラテ ンアメリカの取締役だとわかるとなにやら訳がわからなくなる。つまりAT&TのCATV事業はラザードとAT&Tのブロードバンドをめぐる争いであり、勝 者がAOL・タイムワーナーであろうとコムキャストであろうとマイクロソフトであろうとあまり変わりはないようである。メディア分野におけるラザード包囲 網が広範に張りめぐらされており、AT&Tといえどもその存在を無視できるものではない。

 そして12月19日、ようやくこの買収劇の結論が下された。AT&Tは、CATV部門をスピンオフ(分離・独立)し、コムキャストと合併させると発表す る。新会社は「AT&Tコムキャスト」となり年商190億ドル、約2200万世帯の加入者を抱える巨大CATV企業が誕生することになる。

 新会社AT&TコムキャストのCEOには、コムキャストのブライアン・ロバーツ社長が、会長にはAT&Tのアームストロング会長が就く。そしてマイクロ ソフトは、同社が出資する50億ドル相当のAT&T優先証券を新会社の株式1億1500万株に転換することで合意を勝ち取る。

 この買収劇の陰の主役を紹介しよう。AT&Tのファイナンシャル・アドバイザーを務めたのはクレディ・スイス・ファースト・ボストン(CSFB)とゴー ルドマン・サックスであり、コムキャストのアドバイザーはJPモルガン・チェース、メリル・リンチ、クアドラングル・グループで構成された。そしてラザー ドは単独でマイクロソフトのアドバイザーを務めていたのである。

 ラザードとマイクロソフトを繋げる鍵はアスペン研究所にある。

 ■ジョーダン夫妻と取締役兼任制度

 バーノン・ジョーダンのこれまでの経歴をリストアップしたものが下である。

 ▼現在の取締役就任企業

●ラザード・フレール(米) マネージング・ディレクター
●エイキン・ガンプ・ストラウス・ハウアー&フェルド(米)弁護士
●アメリカン・エキスプレス(米 カード、金融大手)
●アメリカ・オンライン(AOL)・ラテンアメリカ
●クリア・チャンネル・コミュニケーションズ(米 ラジオ放送最大)
●ダウ・ジョーンズ(米 ダウ平均で知られる)
●J・C・ペニー(米 デパート最大手)
●レブロン(米 化粧品最大手)
●サラ・リー(米 食品、衣料品最大手)
●ゼロックス(米 複写機等OA機器大手)
●新生銀行(日)

 ▼現在の国際諮問委員会メンバー企業

●ダイムラー・クライスラー(独、米、日)
●富士銀行(日)
●バリック・ゴールド(加)
●ファースト・マーク・インターナショナル※(欧州メディア)

 ▼過去の取締役就任企業

●バンカーズ・トラスト(米 現ドイツ銀行)
●ユニオン・カーバイド(米 化学大手)
●ライダー・システム(米 総合ロジスティック・プロバイダー)
●R・J・レイノルズ(米 タバコ大手)
●セラニーズ(米 化学大手 現アベンティス)
●AMFM(米 現クリア・チャンネル・コミュニケーションズ)

 ▼その他
●米欧日三極委員会●ビルダバーグ会議●外交問題評議会(CFR)
●フォード財団●LBJ財団
●詳細は下記参照
The Harvard Business School African-American Alumni Association (HBSAAA) BIOGRAPHY

 http://www.hbsaaa.org/conf2001/Biographies/confBioVernonJordan.htm

 日本では社外取締役を名誉職や監査役と同等に見る傾向があるようだが、実際には過去社外取締役がCEO(最高経営責任者)を更迭した事例も数多くある。 また年10回程度の取締役会に出席し、この時には議事録も残されるため適切な発言が求められる。報酬は、かなりの個人差があるようだが、一企業につき年間 5万ドル程度が平均と見られている。

 昨年実施されたUSAトゥデイの調査によれば元労働長官でアスペン研究所の名誉会長で知られるアン・マクローリンが務めるマイクロソフトやケロッグ、 AMRなど9社の報酬は、66万7000ドルであった。ジョーダンの報酬は、ワシントンポストの1998年の記事によると当時で110万ドルと推定してい る。

 しかもこのジョーダンの奥様アン・ジョーダンがこれまた凄い方なのである。シティー・バンクで知られる全米一位のシティー・グループ、医療・健康関連用 品のジョンソン・エンド・ジョンソン、情報処理サービス大手オートマチック・データ・プロセシングの社外取締役なのである。さぞかし立派な豪邸にお住まい かと思われるが、果たして夫婦の会話を楽しむ余裕があるのだろうかと余計な心配をしてしまうのである。(つづく)

 園田さんにメールは mailto:yoshigarden@mx4.ttcn.ne.jp

2002年01月03日(木)萬晩報主宰 伴 武澄

 正月にスリランカのアリアラトネ氏のことを思い出した。古くからスリランカにある農村開発哲学を実践するサルボダヤ・シュラマダーナ運動を主宰し、アジ アのノーベル賞とも呼べるマグサイサイ賞を授賞した人物である。1970年代後半に来日した時、京都と奈良を案内する役目を授かった。

 くたびれたポロシャツと口の開きかけた靴で日欧米にサルボタヤの真髄を説いて回る旅の途中だった。出会った最初の言葉が「このブロークン・シューズでホ ワイトハウスにも行ってきた」。陽気でおしゃべり好きなアリアラトネ氏は外見といった世俗的なことには関心がない。新幹線の1等車でも一流のホテルでも堂 々としていた。

 当時すでにスリランカの1500の村(1990年では約8000)でこの覚醒運動の指導者を育て、各層の農民が自立できるよう支援活動を行っていた。

 アリアラトネ氏は実践者にありがちな精神主義一辺倒には傾斜しない。西欧と東洋の対立も強調しない。機械文明と精神文明が相互に長所を取り入れればいい のだということを一貫して主張してきた。70年代当時の話ではあるが「いま西洋は自信を失っている。ほんの少し東洋の思想を紹介してあげればいい。その中 から必ず何かを見出すだろう」と話していた。

 新幹線の車窓から「日本は農業と工業が調和している」と言った。筆者はアリアラトネ氏の中にあった日本への期待を感じていた。シンハリ族とタミール族の 長い対立だけがスリランカの発展を阻害しているわけではない。この国では差別、貧困といった途上国特有の課題を多く抱えている。それでもどこか底抜けに明 るいアリアラトネ氏の生き方がどうしても忘れられないのだ。

 アリアラトナ氏が1978年「ワールド・へルス」誌に寄稿した論文「労働の分ち合い」を著書「東洋の呼び声」(1990、はる書房)からアリアラトネ氏の「幸福論」を引用してみたい。

 ●食べ物は4番目の基本的二-ズ

「幸せですか」と私は、その農夫に聞いた。
「もちろんだとも。でも、なぜそんな質問をするんだ」。私は、それには答えず、しばらく黙っていた。本当にどうしてそんな質問をしたのだろう。

 農夫の名前は、カウワ。彼は、ウェダマハッタヤとしても知られた人物だ。ウェダマハッタヤとは、シンハリ語で民間医療の治療師のことだ。カウワは、他の 農民と同じように、農業で生計を立てている。3工-カーの水田と2工-カーの畑が彼の土地だ。そして、彼は、村民の軽い病気の治療も引き受けている。病気 の治療は、彼の家が伝統的に数世代にわたって行ってきた奉仕活動である。

 彼の住む村は、クルケテイヤーワと言い、スリランカにある2万3000の村の一つだ。そこに行くには、首都コロンボから幹線道路を車で4時間。さらにジャングルのなかの牛車道をジープで一時間半、ヘとへとの旅が必要である。

 カウワは、水牛車での一日がかりの旅から帰ったところだった。私が着いたとき、彼は丁度、牛を解き、シャツを脱いだところで、上半身裸で、にっこりとほほえみながら私を見つめていた。

「ほかの村民はどうですか。幸せですか」。もう一度質問してみた。
「私は答える立場にはないが、個人的な意見だが、この村の私と同世代の人々の大半は幸せだな。しかし、もっと若い世代はそうではないようだ」
「私は、いま78歳だが、若い連中の6人分くらいはいまでも働いているよ」
「どうして若い世代が幸せでないのですか」
「話せば長くなる。少し待ってくれないか。楽にして、待っていてくれ」

 カウフは、古いけれど頑丈な木枝としっくいが支えた草ぶき屋根の家に入り、腰布を巻いて出てきた。そしてココナッツの木に繋がれている2頭の牛に向かって元気よく歩いて行き、縄をほどき、裏庭の水置き場に連れて行き、水をかけ始めた。かれは自分の子どものように その牛たちを楽しそうに洗う。実際「プター(息子)よ」と呼びかけながら。そのあと、もう一度縄をかけ、餌を与え、そして、井戸に戻り、今度は自分の身体を洗ったあと、牛の乳をしぼり、そしてやっと私のところに戻ってきた。

 外はすでに夕闇だった。

 彼は、私がスリランカのサルボダヤ運動の人間だということを知っている。サルボダヤは、人々の自立を促進するために、約1500の村で活動している草の根の団体だ。サルボダヤはすべての人の目覚め、シュラマダーナは労働の分かち合いをそれぞれ意味する言葉である。

 クルケテイヤーワ村でも、この運動が始まったばかりで、カウワは、私たちをそこに連れてくるために尽力した人物だ。その晩は、彼の客人ということで一泊していくことになっていた。

 ベランダに腰を下ろし、その老人は語り始めた。

「幸福とは、心の状態のことだ。決して金で買えるものではない。生きることの意味を正確に理解することで、その心の状態を進化させることしか私たちにはで きないのだよ。いまの世代は、生きるとは何かの理解を急速に失いつつある。だれもかれも、最小限働いて、最大の給料がもらえるような仕事を探し求めてい る。そして、世界中の金品を集めても買えないような、果てしない欲望にとらわれているのだ」

「あなたは、土着のお医者さんです。健康が、私たちにとって最も大切な基本的二-ズだと思いませんか」

「当然のことだ。健康こそが、我々の努力のすべてだ。しかし、大事なことは、健康をもたらすには、その他の様々な問題を解決しなければならないということ だ。そして、我々は、個人、家族、村さらに国家、世界をも含めて、すべてを一つの体系として見なければならない。そうしたあと、自分のまわりを見て、いま 持っているものを活用して、自己開発を始めなければならない。そのようにしてやっと、生きていることの健康な状態に到達できるのだよ」

「いま、生きるための基本的な二-ズを言われましたね。あなたにとって、この村の基本的二-ズは何だと思いますか」

私の問いには答えず、カウワは立ち上がり、そして言った。「私にとっての四番目の基本的二-ズは食べ物だよ。さあ食事にしよう」

 カウワについて部屋に入り、私は、いままで食べたなかで最もおいしい食事を味わった。

 多分、塩以外はすべて村でとれたものだろう。私は栄養学の知識はないが、それでもバランスのとれた食事であることは理解できた。食事のあと、私たちは、 高台に建てられたお寺まで歩いて行った。そこには、多くの男女、子どもが「家族集会」のために集まっていた。人々が集まるのを待ちながら、私は、カウワに 質問した。

「どうして、食べ物が一番ではなく、四番目の基本的二-ズだと思うのですか」

彼によると、近代の専門用語でいう「健全な心理的、物的かつ社会的なインフラストラクチャー」が、人間にとっての一番目の二-ズだと言うのだ。つまり「物心両面の清潔で美しい環境」が一番目の二-ズだと彼は強調した。

「それでは、二番目は何ですか」
「清潔な水が十分に供給されること。まず人々が使うため、そして農業のために」
「三番目は」
「三番目の基本的二-ズは、衣服だ。腹のすき具合いを考える前に、私たちは、自分の恥かしい部分を隠そうとするものだ。恥を知らない人間は、文明化されていない人間だよ」
「その次に食べ物がくるのですね。他に何がありますか」
「順位をつけるなら、家屋、健康管理、道路、通信、燃料、教育そして精神的および文化的二-ズの順になるかな」

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