2001年10月アーカイブ

2001年10月25日(金)萬晩報主宰 伴 武澄

 9月14日、アメリカ連邦議会はブッシュ大統領に報復戦争の「必要で適切なあら ゆる軍事力」を行使する権限を与える決議を採択した。上院は全会一致だったが、下院は420対1で、唯一の反対票を投じたのがバーバラ・リー議員だった。 当初は「殺してやる」といった脅迫を受けたが、カリフォルニアのバークレー、 オ-クランド選出の民主党下院議員であるこの55歳の黒人女性の勇気ある行動は世論の支持を徐々に広げつつある。

 この格調高い演説をどれだけうまく翻訳できたか自信はありません。あまり意訳しないで直訳調で も、リー議員の意図が伝われば、と思う。転載は大歓迎ですのでどうぞご自由に。(全交事務局スタッフ・森文洋)

 ●アメリカ下院議会におけるバーバラ・リー下院議員の発言 2001年9月14日

 議長、私は今日、ニューヨーク、バージニア、ペンシルベニアで殺され傷つけられた家族と愛する人々への悲しみでいっぱいになりながら、耐えがたい気持ちで演説に立っています。

 アメリカ国民と全世界の何百万もの人々をとらえた悲しみを理解しないのは最も愚かな者か最も無神経な者だけでしょう。

 アメリカ合衆国に対するこの筆舌に尽くしがたい攻撃のために、私は向かうべき方向を求めて自らの道徳指針と良心 と神に頼らざるをえませんでした。

 9月11日は世界を変えました。最も深い恐怖が今や私たちの心に付きまとってます。しかしながら、私は軍事行動はアメリカ合衆国に対する国際的なテロリズムのこれ以上の行動を防がないと確信しています。

 私は、大統領はこの決議がなくても戦争を行なうことができることを私たち全員が分かっているにもかかわらずこの武力行使決議が通過するのだということを知っています。

 この[反対]投票がどんなに困難なものであろうとも、私たちの何人かが自制を行使するように説得しければなりません。

 しばらく距離を置いてみて今日の私たちの行動のもつ意味を通して考えよう、その結果をもっと十分に理解しよう、と言う何人かが私たちの中にいなければなりません。

 私たちは従来型の戦争を扱っているのではありません。私たちは従来型のやり方の対応はできないのです。

 私はこの悪循環が制御不能になるのを見たくありません。今回の危機には国家の安全や外交政策や社会安全や情報収集や経済や殺人といった諸 問題が入っているのです。

 私たちの対応はそれと同様に多面的でなければなりません。
 私たちはあわてて判定を下してはなりません。
 あまりにも多すぎる罪のない人たちが既に亡くなりました。

 アメリカ合衆国は喪に服しています。もしも私たちがあわてて反撃を開始すれば、女性や子どもやその他の非戦闘員が十字砲火を浴びるという大きすぎる危険な目に遭う恐れがあるのです。

 同様に私たちは、残忍な殺人者によるこの狂暴な行為に対する正当な怒りがあるからと、あらゆるアラブ系のアメリカ人やイスラム教徒や東南アジア出身者や他のどの人々に対しても人種や宗教や民族を理由として偏見をあおることはできません。

 最後に、私たちは退場の戦略も焦点を合わせた標的もなしに無制限の戦争を開始しないように注意を払わなければなりません。

 私たちは過去の過ちを繰り返すことはできません。

 1964年に連邦議会はリンドン・ジョンソン大統領に攻撃を撃退しさらなる侵略行為を防ぐために「あらゆる必要な手段をとる」権力を与えました。その決 定をした時に、本議会は憲法上の責任を放棄し、長年にわたるベトナムでの宣戦布告なき戦争へとアメリカ合衆国を送り出したのです。

 当時、トンキン湾決議にただ二人反対票を投じたうちの一人であるワイン・モース上院議員は言明しました。

 「歴史は我々がアメリカ合衆国憲法をくつがえし台無しにするという重大な過ちを犯したのだということを記録するであろうと私は信じる。......次の世紀のう ちに、将来の世代の人々はこのような歴史的な過ちを現に犯そうとしている連邦議会を落胆と大いなる失望をもって見ることになるだろうと私は信じる。」

 モース上院議員は正しかったのです。私は今日、同じ過ちを私たちが犯しているの ではないかと恐れています。

 そして私はその結果を恐れています。私はこの投票をするのに思い悩んできました。しかし私は今日、ナショナル・カテドラルでのとてもつらいが美しい追悼会の中でこの投票に正面から取り組むことにしたのです。

 牧師の一人がとても感銘深く「私たちは行動する際には、自らが深く悔いる害悪にならないようにしましょう。」と語ったのです。



 ●Statement of Rep. Barbara Lee, the House of Representatives
                                   Sept. 14, 2001.

  Mr. Speaker, I rise today with a heavy heart, one that is filled with sorrow for the families and loved ones who were killed and injured in New York, Virginia, and Pennsylvania. Only the most foolish or the most callous would not understand the grief that has gripped the American people and millions across the world. This unspeakable attack on the United States has forced me to rely on my moral compass, my conscience, and my God for direction.

  September 11 changed the world. Our deepest fears now haunt us. Yet I am convinced that military action will not prevent further acts of international terrorism against the United States. I know that this use-of-force resolution will pass although we all know that the President can wage a war even without this resolution. However difficult this vote may be, some of us must urge the use of restraint.

  There must be some of us who say, let's step back for a moment and think through the implications of our actions today--let us more fully understand its consequences. We are not dealing with a conventional war. We cannot respond in a conventional manner. I do not want to see this spiral out of control. This crisis involves issues of national security, foreign policy, public safety, intelligence gathering, economics, and murder.

  Our response must be equally multi-faceted.
  We must not rush to judgment.
  Far too many innocent people have already died.

  Our country is in mourning. If we rush to launch a counter-attack, we run too great a risk that women, children, and other non- combatants will be caught in the crossfire. Nor can we let our justified anger over these outrageous acts by vicious murderers inflame prejudice against all Arab Americans, Muslims, Southeast Asians, or any other people because of their race, religion, or ethnicity.

  Finally, we must be careful not to embark on an open- ended war with neither an exit strategy nor a focused target. We cannot repeat past mistakes. In 1964, Congress gave President Lyndon Johnson the power to ``take all necessary measures'' to repel attacks and prevent further aggression. In so doing, this House abandoned its own constitutional responsibilities and launched our country into years of undeclared war in Vietnam.

 At that time, Senator Wayne Morse, one of two lonely votes against the Tonkin Gulf Resolution, declared, ``I believe that history will record that we have made a grave mistake in subverting and circumventing the Constitution of the United States.........I believe that within the next century, future generations will look with dismay and great disappointment upon a Congress which is now about to make such a historic mistake.''

  Senator Morse was correct, and I fear we make the same mistake today.

 And I fear the consequences. I have agonized over this vote. But I came to grips with it in the very painful yet beautiful memorial service today at the National Cathedral. As a member of the clergy so eloquently said, ``As we act, let us not become the evil that we deplore.''

 日本海時代の祭典メーリングリスト(NJS-ML)から転載
 http://www.egroups.co.jp/files/nihonkai-jidai/

2001年10月22日(月)ドイツ在住ジャーナリスト 美濃口 坦

 欧米には、地球上で起こる種々の紛争を調べ、その原因や予防・対策について研究 している専門家がいる。このような学問は「紛争学」とか「平和研究」とか呼ばれる 分野で、彼らの研究成果や勧告はすべて外交政策に生かされないにしても、紛争につ いて考えるのに役立つので、政治家やジャーナリストも耳を傾ける。

「これは戦争でない」

米国の「同時多発テロ」事件の直後、ドイツにある紛争・平和研究所が合同で、 「これは戦争でない」という声明を出した。

この声明のなかで、彼らは「テロ襲撃の組織者、陰で操る人々の責任を問い、裁判し なければいけない」とし、治安上のテロ対策など短期的政策の必要性を強調するだけ でなく、地球上の富の偏在、未解決の国際紛争など、テロ発生の原因となる長期的な 問題にも眼を閉じてはいけないと訴える。そして、

《これ(=テロを自国に対する戦争と表現すること)は、自分では望まないのにテロ リストと同じ言語を話すことになり、彼らの仕掛けた罠に陥ることになる》

と述べ、また世界中の多くの人々が抱く不公平感を軽減するためにも、国際社会の法 的整備の必要性を強調した。

 確かに、「これは戦争だ」といって米国が報復したら、今回のテロ襲撃組織者やそ のお仲間の思う壷になることである。彼らは、米・英武力行使開始直後に放映された オサマ・ビンラーディンのテレビ発言からもわかるように、何とか「イスラム対西欧 の衝突」のお話に持って行き、この話の筋書き通りに現実を理解し、戦争をしてくれ る参加者を募っているのである。本当にこうなれば、千三百万人の回教徒を抱える西 ヨーロッパ諸国だけでなく国際社会全体に困ったことになる。

 テロ事件を無思慮にも「戦争」と呼び、そう理解することは、事態が彼らの望む方 向に進行することに協力することである。というのは、紛争とは、現実のとらえ方の 食い違いから発生したり、拡大したりするからである。上記の声明者が「テロリスト と同じ言語を話すことになり、彼らの仕掛けた罠に陥る」ことに警告したのは、まさ にこの点にある。

 ●「国際テロ撲滅運動連合」の結成

幸い、事件直後「パール・ハーバー」、「十字軍遠征」を口走っていた米国大統領 も少し落ち着く。米外交も精力的に「国際テロ撲滅運動連合」のようなものを結成す る。こんなりっぱな趣旨に、「麻薬撲滅」に反対できないのと同じで、どこの国も賛 成する。

話がこの方向に向いていることもあって、現在アラブ諸国も含めて、多数の国が 「同床異夢」で、また条件つきであるかもしれないが、アフガニスタンでの米・英の 武力行使に反対していない。

この事情は、国際社会がテロを「戦争」でなく違法行為で犯罪と見なしていること でもある。またこれは、人々が漠然とした刑法的なルールを国際社会に適用して事件 を理解しようとしていることを意味する。この理屈では、事件の重要容疑者をかくま い、国際テロの準備・企画の謀議の場所を提供するアフガニスタンに対する武力使用 は、犯罪対策の一つ、一種の警察権の行使になる。

このように刑法的ルールを事件に適用して考えて、ドイツ政府も国民の大多数は米 ・英の武力行使を支持しているように思われる。でもその賛成の立場は微妙である。 まず多くの人が、米国の軍事行動の効果に疑問を抱いている。ある人の表現を借りれ ば、米国のしていることは「台所の中で飛びまわるハエを、ハエたたきでなくピスト ルをぶっ放しながら追いかけ回している」ことに近い。

このように辛らつに表現する人も含めて、多数が賛成するのは、重要容疑者をこの ままほったらかしにすることが良いと考えないからである。またタリバンにかくまわ れた重要容疑者がテレビに出て来て「再犯の可能性」を示唆していることも、この確 信を強める。

日本でも、似た状況で「こんなことを、野放しにしてよいのか」という声が出ると 思う。刑法的ルールの運用には色々な機能があり、その一つは、社会に法的秩序が存 在する印象を成員に抱いてもらうことである。そのためには牙を見せて法的秩序維持 の強い意志表示をする必要がある。多くの人々が現段階でそう考えていることにな る。

一番良いのは、爆撃で「国際テロ・インフラ」の軍事施設が破壊され、派遣された 特殊地上部隊が容疑者を捕まえることであるが、賛成者もその成功を疑う。でも彼ら は現状では不可能といい切れないと自分に言い聞かせているようだ。

今後、テロと関係ない無辜の市民が爆撃で多数死に、冬になり餓死・凍死する難民 が増えるなど現在の武力行使がもたらす害があまり大きくなれば、現時点で賛成して いた人々も反対するかもしれない。これこそ、台所でハエ一匹のためにピストルを打 ちまくって食器も棚も全部破壊してしまうことになるからである。

前回のユーゴ爆撃と異なり、「平和デモ」の参加者の数が少し増えたと報道され た。これは、多くの人々が日常レベルで身の危険を感じているからである。確かに ユーゴ空爆時には、ドイツは武力行使に参加していたが、誰一人としてユーゴが仕返 しに爆弾を落とすと考えなかった。

状況次第で「平和デモ」参加者の数は今後増えると想像される。いずれにしろ「国 際テロ撲滅」の犯罪対策の適・不適を天秤にのせて比較しているので、「米の報復戦 争」という側面ばかりを協調する日本の反応とは、やはり大きな相異があるのではな いのだろうか。

 ●米国の意味論的分裂症

 それでは、この相異はどこから来るのだろうか。まず、私が問題にしたい点は、米 国が国際社会でしめす武力行使のパターンで、それも「戦争」というコトバの使い方 である。

 「戦争」というコトバには厄介なところがある。というのは、刑法的ルールを国際 社会に適用し、「テロ」を刑事事件、違法行為と見なすと同時に、自国に対する「戦 争」と受けとめ、「戦争」するのは論理的におかしい。逆説的ないい方をすれば、戦 争は違法化された途端、「戦争」でなくなるのである。

 話しの途中で相手が突然鉄砲をぶっ放す。それに対して、私達が阻止しようと暴力 を行使する。この暴力行使は、警官が来るまでの緊急時に、私達が警察権の行使を代 行していることになる。同じように、「戦争」を国際社会でのルール違反と見なし、 それを阻止するために武力を行使することは「戦争」ではなく、国際社会の委託を受 けて警察権を代行的に行使していることである。こうして、私達は誤解を招く「戦 争」というコトバなしで済ませることができる。国連憲章から普通名詞としての「戦 争」が消えてしまったのもこのためである。

 自他ともに認める「世界の警察官」が、違法な武力行使も、また自分の「警察権の 代行的行使」も「戦争」と呼び、そう見なすことはヘンなことである。ケンカは違法 (=「悪いこと」)と叫びながら、警官の役割をしているうちに、自分でもケンカを しているのか、警官の職務を果たしているのかが区別できない人を、私達は連想しな いだろうか。(今回の米の武力行使もこのようだと私には思われる。)

 この意味論的分裂症傾向は、米国が「戦争」というコトバを二つの意味、両義的に 用いることから生じる。国際社会の名前で「戦争」を違法と見なし、それに対して武 力行使する。つまり「警察権の代行的行使」で、これが第一の意味である。同時に米 国は戦争違法化以前の「戦争」に、第二の意味にもどり、その結果自分の「警察権行 使」の代行性を意識しないですます。これは二つの異なる事実を一つのコトバで間に 合わせることで、こうして、世界中の人が感じ、知っているように、米国が自分勝手 に、何が違法であるかを決めることに通じる。

米国のこの意味論的分裂症は、哲学的素養のあるヨーロッパ人には苛立たしいこと で、すでに第二次世界大戦勃発前の1938年にドイツ人法学者カール・シュミット が書評のなかで分析・批判している。

確かに、国連創設や、第二次世界大戦後のニュールンベルク並びに東京国際軍事法 廷開設など、米国は20世紀の「戦争の違法化」、国際刑法の発展に偉大な貢献をし た。明治の日本人が見た国際社会は「欧州列強」と呼ばれるヨーロッパ人名士のクラ ブのようなものであった。それが、曲がりなりにも現在の国際社会に変貌したのも、 米国の貢献なしには考えられない。とはいっても、米国が二つの異なる事実を「戦 争」という一つのコトバで間に合わせる悪いクセはこの二十世紀の国際社会形成過程 で大きな影を落としている。

例えば、上記軍事法廷の「平和に対する罪」の「戦争」は「警察権の代行的行使」 の対象となる違法行為で、第一の意味である。訴追対象とされる「通常の戦争犯罪」 の「戦争」は第二の意味で、戦争違法化以前の「戦争」である。

  次の例は日本の憲法で、その前文と九条である。日本で誰かが指摘していたことだ が、前文は国際刑法的思想の漠然とした表現であり、そこに出てくる「戦争」の反対 概念「平和」は第一の意味である。反対に、本文の九条では戦争違法化以前の「戦 争」、第二の意味にもどる。

ところが、延々と続く「九条論争」で、私達はこの第二の戦争違法化以前の「戦 争」に固執しているうちに、国際刑法的思考、しいてはルールが適用される国際社会 のイメージが私達の意識のなかで希薄になってしまったのではないのか。(後述する 「ローマ条約」に対する日本の態度を見ても、私はこの印象を強くもつ。)

その結果、地球上のどこかで大砲の音が響くと、それは「戦争か平和」のどちらか でしかなくなる。刑法的ルールを適用される国際社会が希薄で、いわば近代刑法以前 の「報復は良いか、悪いか」という問題設定になってしまうのではないのか。

 ●米国の二つの顔

 次に、米国の意味論的分裂症は、この国が二つの顔をもつことである。第一の顔 は、国連を創設し、今回「国際テロ撲滅運動」を組織した米国で、第二の顔は、国連 を無視し、その分担金を滞納し、「報復」を叫ぶ米国である。分裂症がそうであるよ うに、どちらも米国なのである。

 ヨーロッパ諸国は、このように二つの顔をもち、何が正義かを勝手に決める傾向の ある超軍事大国の危険を心得ているように思われる。例えば、1998年7月17 日、ローマにおいて国際刑事裁判所(ICC)設立条約が採択された。これも、米国 に国際刑法の上で歯止めをかけるためのものでもある。EUはこのハーグに予定されて いる裁判所の設置プロジェクトを熱心に推進している。

ルアンダやユーゴに対する国際法廷に賛成した米国は、自国の軍人や政治家が下手 すると「戦争犯罪人」として被告になる可能性がある裁判所設立には、猛烈に抵抗し ている。数日前ドイツの幾つかの新聞は、米国がこの国際刑事裁判所設置に協力する 国々に軍事援助をカットしたり、また拘留された米国市民の救出を可能にする国内法 をつくっていると報道した。またある新聞は、「米はいつの日か、ハーグの裁判所も 爆撃するつもりなのだろうか」と皮肉った。(ビンラーディン引渡しに関しても、こ のような裁判所が設立されていないことを惜しむ声が強い。)

ちなみに、現在まで米国を含めて139の国が署名し、43の国が批准を済ませた この条約に、日本政府は署名もしていない。日本のメディアも、もう少し大きく取り 上げてくれても良いような気がする。また半世紀以上も前の「勝者の裁判」に怒る日 本の人々も、今回本当にそうでない、設立以前の犯罪には遡及されない裁判所ができ ることに無関心のようである。私には、このような反応が理解できない。

  冒頭に述べたように、国際社会の法的整備は、世界中の多くの人々が抱く不公平感 を少なくすることで、テロ対策としても本当に重要である。

 また西欧諸国が米国の武力行使に協力を申し出ているのも、「我々も同じボートに 乗っていないと、進路が勝手に決められる」というドイツの政治家の発言からわかる ように、この超軍事大国の暴走に少しでも歯止めをかけるという側面もあるのであ る。反対に、口うるさいNATO諸国の乗船を避けるために、今回米は気心の知れた英国 だけを誘ったともいえる。

米国の武力行使の支援は、「世界の警察官」をなだめたり、すかしたりして上手に 働かせるのが目的でもある。ヨーロッパ諸国は今回のテロ事件で、米国にオーバーと 思えるほど哀悼の意を示した。これも米が孤立感を強めて奇妙な行動に走ってもらっ たら困るからである。

国際社会について、このように考えていくと、「国際貢献」とはオリンピックと違 うので、何も参加することに意義があるわけでない。

 美濃口さんにメールはTan.Minoguchi@munich.netsurf.de

2001年10月19日(金)萬晩報主宰 伴 武澄

If we could shrink the earth's population to a village of precisely 100 people, with all the existing human ratios remaining the same, it would look something like the following:

There would be:
57 Asians
21 Europeans
14 from the Western Hemisphere, both north and south
8 Africans

52 would be female
48 would be male

70 would be non-white
30 would be white

70 would be non-Christian
30 would be Christian

89 would be heterosexual
11 would be homosexual

6 people would possess 59% of the entire world's wealth, and all 6 would be from the United States.

80 would live in substandard housing
70 would be unable to read
50 would suffer from malnutrition
1 would be near death; 1 would be near birth
1 (yes, only 1) would have a college education
1 would own a computer

When one considers our world from such a compressed perspective, the need
for acceptance, understanding and education becomes glaringly apparent.
The following is also something to ponder...
If you woke up this morning with more health than illness...you are more blessed than the million who will not survive this week.

If you have never experienced the danger of battle, the loneliness of imprisonment, the agony of torture, or the pangs of starvation ...
you are ahead of 500 million people in the world.

If you have food in the refrigerator, clothes on your back, a roof overhead and a place to sleep...you are richer than 75% of this world.

If you have money in the bank, in your wallet, and spare change in a dish someplace ... you are among the top 8% of the world's wealthy.
If your parents are still alive and still married ... you are very rare, even in the United States and Canada.

If you can read this message, you just received a double blessing in that someone was thinking of you, and furthermore, you are more blessed than over two billion people in the world that cannot read at all.
Someone once said: What goes around comes around.
Work like you don't need the money.
Love like you've never been hurt.
Dance like nobody's watching.
Sing like nobody's listening.

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ちなみに、この文章にも原文があるらしく、スタンフォード大学の Phillip M Harter氏が
書いたものらしいです。
http://members.tripod.com/RotaractNSD/theworld.htm
尚、同様の文章が
http://www.justsaywow.com/100people.htm
http://www.smileegreetings.com/100people.htm
http://www.andrews.edu/~tidwell/bsad560/WorldVillage.html
などにも書き込まれています。

このようないい話がいろいろなところで読むことが出来るこの世の中もまだまだ捨てたもんじゃないですね。

2001年10月17日(水)萬晩報主宰 伴 武澄

10月15日、【萬晩報BBS】http://www.yorozubp.com/BBS/に「名無しの権兵衛」さんから心温まるメッセージが寄せられた。システムの関係上、書き込みが多いと数日で消えてしまう仕組みになっている。もったいないので萬晩報本誌上に転載してみなさんにも読んでもらいたいと思います。

●名無しの権兵衛
Date :2001/10/15(Mon) 18:57

ちょっくらいい話をみつけたもんで、 掲載いたしやす。

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これは、ある中学校の担任の先生が、毎日自分が今まで 教えた生徒に学級通信と言う形で、メールを流したもの らしいんだけど、とってもすばらしいなぁって思った。 こういう視点を子供たちに与えてくれる先生がいるって、 すばらしい。

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もし、現在の人類統計比率をきちんと盛り込んで、
全世界を100人の村に縮小するとどうなるでしょう。
その村には・・・

 57人のアジア人
 21人のヨーロッパ人
 14人の南北アメリカ人
 8人のアフリカ人がいます

 52人が女性です
 48人が男性です 

 70人が有色人種で
 30人が白人
 70人がキリスト教以外の人で
 30人がキリスト教

 89人が異性愛者で
 11人が同性愛者

 6人が全世界の富の59%を所有し、その6人ともがアメリカ国籍

 80人は標準以下の居住環境に住み
 70人は文字が読めません
 50人は栄養失調に苦しみ
 1人が瀕死の状態にあり
 1人はいま、生まれようとしています
 1人は(そうたった1人)は大学の教育を受け
 そしてたった1人だけがコンピューターを所有しています

もしこのように、縮小された全体図から私達の世界を見るなら、相手をあるがまま に受け入れること、自分と違う人を理解すること、そして、そういう事実を知るた めの教育がいかに必要かは火をみるよりあきらかです。

 また、次のような視点からもじっくり考えてみましょう。

もし、あなたが今朝、目が覚めた時、病気でなく健康だなと感じることができたな ら・・あなたは今生き残ることのできないであろう100万人の人達より恵まれてい ます。

もしあなたが戦いの危険や、投獄される孤独や苦悩、あるいは飢えの悲痛を一度も 体験したことがないのなら・・・あなたは世界の5億人の人達より恵まれています。

もしあなたがしつこく苦しめられることや、逮捕、拷問または死の恐怖を感じるこ となしに教会のミサに行くことができるなら・・・あなたは世界の30億人の人達よ り恵まれています。

もし冷蔵庫に食料があり、着る服があり、頭の上に屋根があり、寝る場所があるの なら・・・あなたは世界の75%の人達より裕福で恵まれています。

もし銀行に預金があり、お財布にお金があり、家のどこかに小銭が入った入れ物が あるなら・・あなたはこの世界の中でもっとも裕福な上位8%のうちの一人です。

もしあなたの両親がともに健在で、そして二人がまだ一緒なら・・・それはとても 稀なことです。

もしこのメッセージを読むことができるなら、あなたはこの瞬間二倍の祝福をうける でしょう。なぜならあなたの事を思ってこれを伝えている誰かがいて,その上あなた はまったく文字の読めない世界中の20億の人々よりずっと恵まれているからです。

昔の人がこう言いました。わが身から出るものはいずれ我が身に戻り来る、と。

 お金に執着することなく、喜んで働きましょう。
  かつて一度も傷ついたことがないかのごとく、人を愛しましょう。
   誰もみていないかのごとく自由に踊りましょう。
    誰も聞いていないかのごとくのびやかに歌いましょう。
     あたかもここが地上の天国であるかのように生きていきましょう。

2001年10月15日(月)萬晩報主宰 伴 武澄

「東芝が1万7000人のリストラってすごいですね」
「うん、NEC、富士通、松下に続いて東芝、日立もってところですかね。全部で10万人とかになるんでしょ」
「でも松下とか東芝の人たちって優秀だから、引く手あまたでしょうね」
「よく分からないけど、いまや希望退職を募ると希望者が殺到するんだから優秀な人から社員が減っていくというのは大きな矛盾でしょ」
「でもそういう優秀な人たちが中小企業に入ったら、その企業はあっという間に業績を伸ばすかもしれない。日本はいままで大企業が人材をかっさらって無駄にしていたんだから、大規模なリストラは日本にとっていいことなのかもしれない」
「ユニクロの経営陣はほとんどが大企業のスピンアウト組で、社長も偉いんでしょうが、社長を支える人材がこれまで培ってきたノウハウを一斉に花開かせたという印象もある」

 タクシーの運転手との会話でひらめいたことがある。企業のリストラは社会全体の活性化という観点からみれば、悪くはないのではないか。リストラされた個人にとっても新しい土俵で新たな挑戦が可能になるかもしれない。そんなことを思い始めている。

 大企業で自らの能力が発揮できないでいる人材が多くいるだろうことは想像に難くない。だが妻子がいる生活者としては大企業でもらっている報酬を投げ捨て ることはなかなか難しい。多くのサラリーマンは心に不満を抱えつつも長いものにまかれ、毎夜、居酒屋で憂さを晴らしている。「いっそ会社がつぶれた方が踏 ん切りがつく」などと考えている人も少なくないのではないかと思う。

 最近、頭をよぎるのが日本の経済界における「旧山一証券人脈」という概念である。金融だけでなく、商社やメーカー、はては学習塾にいたるまで「元山一証 券です」という人材に出会う。山一証券は1998年3月31日に会社がなくなり、8000人の従業員が多種多彩の再就職先に散らばったが、企業とか業界を 超えて意思疎通を可能にする人材群が誕生しているはずだという確信がある。筆者の友人はとある部長職だったが、数年後には外資系の投資銀行の社長となっ た。ソニー銀行の社長石井茂氏も旧山一証券人脈である。あなたの周辺にもいるかもしれない。

 山一証券を解雇された人々がすべて、恵まれた地位を得ているとはいわないが、別々の会社でそれなりの地位を得ている人も少なくない。こうした人々が連絡 を取り合って、ヨコのネットワークを広げているということだ。これまで、会社というタテ社会の中で、ヨコのネットワークといえば学生時代の同窓生ぐらい だった。そんな硬直した日本の企業社会の触媒として旧山一証券人脈が誕生する意義は大きいはずだ。

 当時はマスコミは仕事を失う悲惨さをことさら強調したが、いまとなっては、山一証券に在職していたという者同士ということがビジネス上で大きな武器となることさえあるようだ。

 企業が破たんするのは経営の問題であって、従業員が使い物にならなかったではない。それぞれに有能な人材を抱えながらその能力を十二分に発揮させられな かった側面も強いのである。そもそも人材の流動化が叫ばれるのは、大企業に人材が集まりすぎているからだ。10年ほど前、バブル経済真っ盛りの時代大企業 はそれこそ「投網」をかけるように大卒者を大量採用した。中小企業の悩みは「人材が取れない」という不満だった。

 大企業にとって、多くの人材を競争させて切磋琢磨することも重要だろうが、一定以上の年齢になれば、人を絞り込まなければならなくなる。大企業が大量採用して、多くの人材を腐らせてきたというのが日本社会の一面だったのではないだろうか。

 仮に勤めていた会社が破たんしたとしても、そう落ち込むこともない。「人生万事塞翁が馬」である。中堅・中小企業にとっても同様である。いまが人材採用 の絶好のチャンスととらえれば未来は明るい。旧山一だけでない。これから旧そごう人脈、マイカル人脈も生まれることを期待したい。大企業の破たんは中長期 的にみれば、人材の分散というビッグバンを引き起こすはずだ。

2001年10月12日(金)萬晩報通信員 園田 義明

「米CNNテレビ」は10月7日(日本時間8日)、カブール市内での攻撃 開始の模様をとらえた映像をいち早く放映した。ついにアメリカの大規模な報 復が開始された。長く続く戦いが始まったようだ。

 9月11日、イスラム原理主義のアメリカに向けられた憎悪と妬みは、民間 旅客機を巨大な兵器に変え、アメリカの富の象徴を瞬時に崩壊させる。そして、 憎しみが更なる憎しみを生み出す。

 10月8日、タリバンは、まるで待っていたかのようにウズベキスタンへの 攻撃を宣言し、ロシアが動き始めた。そしてアメリカは、再びイラクへの攻撃 を示唆する。プレイヤーは今後ますます増えてくるだろう。西側諸国の思惑が 入り乱れ、場合によってはこの戦争が、19世紀後半から続くカスピ海地域の 石油、天然ガス資源をめぐる「ニュー・グレート・ゲーム」に発展する様相を 呈してくるだろう。そして同時に新たな冷戦構造へとつながりかねない。

 しかし、この戦争には個人的な遺恨も潜んでいるようだ。だとすると起こる べくして起こったのかもしれない。

■1988年 テキサス

 ひとりの人物がテキサスで軽飛行機事故で死んである。彼の名は、サレム・ ビンラディン氏、ウサマ・ビンラディン容疑者の長兄にあたる人物である。サ レム氏は、サウジの裕福な事業家だった父の後を継ぎ、アメリカでのビジネス を任されていた。

 この事故は、その後いくつかの憶測を呼び起こすことになる。つまり、彼が 厄介な目撃者として排除されたとの見方である。少なくともビンラディン一族 は、固くそう信じているようである。

 もうひとりの主人公がいる。彼は、1968年5月、エール大学歴史学部を 卒業し、父親の元パートナーのもとで働くなどした後、1973年にハーバー ド大ビジネス・スクールに入学する。ここで経営を学び、1975年に経営学 修士号を取得し、石油事業を試みることになる。また、鉱業権や鉱区使用権の 取引や、採掘プロジェクトへの投資を行っていた。 

 彼は、アルブスト・エナジーという会社を設立したが、経営難に陥り、19 84年、別の中小石油探査会社と合併し、スペクトラム7という新企業の社長 となった。しかし、石油価格の急落が続き、スペクトラム社の財務状況は逼迫 した。1986年には、ハークン・エナジー・コーポレーションが、同社を買 収した。彼は、しばらくの間ハークン社のコンサルタントを務めたが、その後 は、父親の大統領選挙運動に、顧問兼スピーチライターとして参加した。

 1994年11月、彼は少年時代を過ごしたテキサス州知事になる。彼の名 は、現在のアメリカ大統領ジョージ・W・ブッシュである。

 1988年といえば、父親が大統領に当選した年でもある。そしてブッシュ 氏がアルブスト・エナジーを設立する際に、サレム氏が共同出資者となってい たとする疑惑が持たれている。これは、航空機ブローカーであったサレム氏の 代理人ジェームス・バスを通じて行われたようだ。

 テキサスを舞台にちょうど同じ時期に「飛行機」と「石油」と「ブッシュ家」 と「ビンラディン家」と「死」のキーワードが存在していたことは事実のよう だ。父親のブッシュ元大統領は、元CIA長官だった。何が起こっていても不 思議ではない。しかし、真実は永久に公開されないだろう。

 そして、13年後にすべてのキーワードが再び蘇ることになる。

■米仏の駆け引き イラクもついでにやっちゃえ?

 9月20日付けニューヨーク・タイムス紙は、報復攻撃をめぐりブッシュ政 権内部で、イラクにも大規模な武力行使を主張する強硬派と、前段階での外交 戦略を重視する穏健派との間で「最初のハイレベルの対立」が生じていると報 じた。

 「なぜイラク?」と考えるのが普通であるが、突如として浮上した「イラク もついでにやっちゃえ」にアメリカの本音が見え隠れしている。強硬派の中心 は、ウルフォウィッツ国防副長官とチェイニー副大統領の首席補佐官ルイス・ リビー氏である。

 ウォルフォウィッツ副長官の主張は「今回のテロとの関連があってもなくて も、イラクはテロ支援国家。これを機に攻撃すべきだ」との論理に基づいてい る。ワシントンの保守系政治組織の一部も、イラク攻撃を要望するロビー活動 を始めた。 なんとも恐ろしい国である。

 この強硬派に対してパウエル国務長官は「同盟国とよく協議するなど外交努 力の重要性を訴え、軍事行動は国際法に基づかないとならない」と真っ向から 対立している。

 こうしたアメリカ側の思惑を真っ先に嗅ぎ取ったのはフランスである。 思い出して欲しい。今年のジェノバ・サミットで京都議定書問題を巡ってブッ シュ大統領とシラク仏大統領が、周囲があわててとりなすほどの正面衝突があ ったことを。ここに京都議定書と同じ構図が見えてくる。

 シラク大統領は9月18日、ブッシュ米大統領との会談を行うが、おそらく この時にイラクへの攻撃に対して強い懸念を示したようだ。これとひき替えに アメリカ支援を打ち出したと考えられる。 湾岸戦争の時にも石油を巡ってイラクとの政治的、経済的な思惑を持つロシ アやフランスの存在が西側の結束を遅らせた要因となっている。

 現にシラク大統領は、帰国後すぐにロシアのプーチン大統領と電話会談を行 い、「テロ対策には国連および国連安全保障理事会を筆頭にしたすべての国際 メカニズムを活用すべきだ」との認識で一致したと伝えている。ここでブッシ ュ政権内の強硬派に対して再びけん制したのである。

 また国連を持ち出したことに非常に重要な意味がある。現在イラクの原油輸 出の代金は、ドル建てからユーロ建てになっている。これにはフランスなど欧 州主要国の働きかけがあったとの説が根強く、ユーロ相場をテコ入れしたい欧 州勢と、欧州を後ろ盾に米国をけん制しようとするイラクの思惑が一致して実 現したようだ。

 フセイン政権が原油代金を「敵国通貨」のドルではなくユーロで受け取ると 迫ったのは昨年10月であり、認めなければ原油輸出を止めると脅したため、 国連安保理のイラク制裁委員会はこれを承認した。

 国連が管理するイラク口座には100億ドル以上のお金があるといわれ、そ の管理銀行は仏最大手のBNPパリバである。このBNPパリバの取締役会に は、すでにコラムで紹介したビベンディ・ユニバーサルのジャン-マリー・メ シエ会長を筆頭にフランス・インナー・サークルが集結している。そして、B NPパリバは、この戦争の鍵を握る企業と密接な関係がある。

■トタルフィナ・エルフ

 トタルフィナ・エルフは、1999年に国境を越えた吸収合併を繰り返して 一気に誕生したフランスを代表する石油メジャーである。

 仏トタルがベルギーの石油大手ペトロフィナを吸収合併し、フランス第一の 石油会社トタルフィナとなる。その後すぐに日本の石油公団のような国営企業 であったエルフ・アキテーヌと合併し、現在のトタルフィナ・エルフとなる。 エクソン・モービル(米)、ロイヤル・ダッチ・シェル(英蘭) BPアモコ (英米)に次ぐ世界4位の石油メジャーである。

 BNPパリバとトタルフィナ・エルフとは、2件の取締役兼任により結合し ており、相互に情報を共有できる体制にある。またBNPパリバには、ドイツ ドレスナーバンクや保険大手アクサとも結合している点は注目に値する。

 このトタルフィナ・エルフでは、国策重視の観点からいわば強引にメジャー 化を推し進めたため、合併前からコール前独首相、ミッテラン元仏大統領、デ ュマ元外相を巻き込んだ一連の汚職事件が続いている。私自身はアメリカのエ シュロンが深く介在していると予測している。それ程米系石油メジャーとアメ リカのエネルギー戦略にとって最も恐れられる存在となっている。

 現在、フランスは、「ユーロ建て」を武器にイラク政府との間で天然ガス開 発計画を進めようとしているが、この計画には、トタルフィナ・エルフや仏ガ ス公社(GDF)などが参加する予定となっており、この計画は対イラク制裁 が解除されれば正式締結される見込みだ。

 またトタルフィナ・エルフは、イラン・リビア制裁法で動きのとれない米系 石油メジャーをしり目に、イランに対してもカスピ海からイランのペルシャ湾 を結ぶガス・パイプラインの建設を構想しており、アメリカのイランやロシア をう回し、カスピ海とトルコを結ぶパイプライン計画と真っ向から対立してい る。

 フランスに続いて伊ENIは油田開発に調印し、日本勢は石油に続き天然ガ ス田開発に乗り出し、中国もイランでの資源開発に意欲的な姿勢を見せている。

 アメリカにとって唯一の牙城であるサウジアラビアに対してもトタルフィナ ・エルフの攻勢が開始されており、米系石油メジャーが焦燥感を強める中、こ の事件が発生したのである。

 なお、もし日本政府がトップシークレットの情報を得たいのであれば、秘策 がここに隠されている。自民党の麻生・バズーカ・太郎政調会長も近い存在で はあるが、その言動からいささか疑問を感じざるを得ない。

■パウエル国務長官の得意技

 穏健派で人気を博しているパウエル国務長官は、カタールのハマド首長に対 して「アラブ世界のCNN」といわれる衛星テレビ局アルジャジーラに影響力 を行使するよう依頼する。アルジャジーラは、中東では数少ない独立・中立的 な報道機関であり、米国に対しても批判を向ける姿勢に対してお気に召さなか ったようだ。

 実はこれがパウエル国務長官の得意技でもある。あまり知られてはいないが、 パウエル氏は、AOLタイムワーナーが合併する前まで、アメリカ・オンライ ン(AOL)の取締役であった。

 現在AOLタイムワーナーの傘下に「米CNN」や米タイム誌があり、現在 のAOLタイムワーナーのステファン・ケース会長は、パウエル氏にとって元 同僚の関係になる。「米CNNテレビ」が、いつもいち早く放映する理由がこ こにある。

 他にパウエル氏は、米エンジニアリング大手のベクテル社のエグゼクティブ も務めたこともあるが、このベクテル社は、米政府が推し進めてきたアゼルバ イジャンからのトルクメニスタンを通る天然ガスパイプライン建設コンソーシ アムの中核企業であった。この計画は、ロシア側からの攻勢等により交渉がこ じれ、撤退する事態にまで陥った経緯がある。

 それにしても、今回のパウエル国務長官のハマド首長に対する要請は、果た して日本にはなかったのだろうか。

■歴史に残る「ショー・ザ・フラッグ」

 10月5日、日本記者クラブで行われたハワード・ベーカー駐日米大使の講 演で、アーミテージ国務副長官の「ショー・ザ・フラッグ」について、「これ は英語の慣用句。『旗幟(きし)鮮明にせよ』ということを意味したのではな いか。自衛隊派遣まで考えてなかったと思う」との見方を示す。

 日本国内では一般的に「日の丸を見せてほしい」と訳され、事実上の自衛隊 海外派遣のきっかけをつくった。その経過を詳しく見てみよう。

 テロ発生の翌12日、小泉首相は福田康夫官房長官を執務室に呼んで「自衛 隊の派遣も含めて検討してほしい」と伝えていたが、政府・与党内の足並みは そろっていなかった。

 そして15日。ワシントンにある国務省の一室でアーミテージ国務副長官が 柳井俊二駐米大使に「ショー・ザ・フラッグ」を告げる。アーミテージ国務副 長官は、米政府きっての知日派で対テロ戦略を練る中心人物であり、会談内容 を記録した公電は「極秘扱い」になった。

 巨額の資金協力をしながら評価されなかった10年前の湾岸戦争時の「ツー ・リトル、ツー・レイト(少なすぎる、遅すぎる)」の二の舞いは避けたいと の強迫観念にも似た思いから、野上義二事務次官ら外務省幹部の間にはテロ発 生直後から強い危機感を持っていた。

 野上事務次官と確執が続く英語に強い田中真紀子外相は、米国務省職員の退 避先を記者団に明かした問題に絡み、柳井駐米大使との直接の電話をつながな いよう野上事務次官から部下に指示が出ていた。

 おそらくこのときに「『日の丸を見せてほしい』でいっちゃえ~」となった と予測される。

  防衛庁幹部は『空母と日の丸を付けた護衛艦のツーショットが、「CNN」 にでも流れればうれしい』と有頂天になり、政治家たちは次々に「派遣賛成派」 に転じていく。小泉首相は歓声を上げ、一気に自衛隊派遣の流れができること になる。

 10年前の湾岸危機における日本に対する批判がトラウマとなって、異常な 行動につながることになるが、本来歯止めとなるべきマスコミが全く機能して いなかった。同時多発テロ発生から、10月4日の衆院予算委員会で民主党の 菅直人幹事長が小泉首相に対して、「ショー・ザ・フラッグ」の意味を問いつ めるまでの間、この誤訳にふれた記事は日経、朝日、毎日、読売、産経5紙で わずか一件である。何の検証もせず、「日の丸」や「旗」を流し続けた。

 一件の記事は9月28日付け毎日新聞朝刊に掲載された。 『[私はこう考える]米国同時多発テロと日本』の中で 栗山尚一・元駐米大 使が記者との質問に答えている。

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――「日の丸」が見える支援は、決定的に重要なことですか。
◆アーミテージ米国務副長官が「ショー・ザ・フラッグ」と(柳井俊二駐米大 使に)言った件だろうが、あの人は、湾岸戦争の時も同じことを言っていた。 やはり「リスクを負ってほしい」ということ。

――「汗」はまだしも「血」を流す国民合意がありますか。
◆米軍や多国籍軍に参加して前線まで出て戦うことは、現時点で日本がやらね ばならないとは必ずしも思わない。その他の面で協力することは憲法でも認め られている。その過程で尊い人命が失われることも、全くは排除されない。リ スクを負う、と言ったのはそういうことだ。
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 特に目に余る誤訳を伝えたのは、産経新聞である。9月21日朝刊の『【新 法を追う】テロ対策 自衛隊の派遣決断 踏み出した「見える支援」』にて、 「『日章旗』を見せてほしい」と書いている。これは完全な行き過ぎである。 戦前を思い出させる異常なものが垣間見られる。断じて許されるものではない。

■日本の国際協力

 ハワード・ベーカー駐日米大使の「ショー・ザ・フラッグ」誤訳発言は、日 本政府の外圧利用政策への痛烈な批判も含まれている。また小泉政権への不信 感の表れだろう。

 アメリカがこんな時でも一貫して日本に要求している協力とは、不良債権処 理である。ようやく実現した9月25日の日米首脳会議でも、ブッシュ大統領 は、敢えて踏み込んで不良債権処理に言及している。ブッシュ政権が、今回の 同時多発テロで何よりも怖がっているのは、世界的な金融危機であり、日本が その一因になりえる可能性を見抜いているのである。

 国際協力を完全に間違えて理解し、猛然と突き進む小泉丸の前途は険しいも のとなるだろう。そして、第二、第三の危機が日本発となる危険性をはらんで いる。

 しかし、これは日本にとって絶好のチャンスでもある。更なる不良債権の発 生すなわち世界的な金融危機回避を目的に、早期戦争終結を訴えることは、極 めて説得力があり、自国のみならず世界的な支持を集めるはずだ。本来日本に は、「ニュー・グレート・ゲーム」への参加資格などない。ましてや外務省が 正常に機能していない以上、無謀ですらある。この点を踏まえて早急に政策の 見直しが必要であろう。

 一部経済界に戦争特需を待望する勢力も存在しているようだが、時代に応じ て需要は変化する。今回の戦争の特徴が限定的攻撃と徹底した諜報戦と見られ ている点で、戦争特需が生まれたとしても極めて限定されたものになる。

 残念ながら古き良き時代にはもどれない。過剰な期待をせず、粛々と燃料電 池電池に代表されるエネルギー技術に取り組む方がはるかに戦略的である。

参考・引用

CNN、CNNジャパン、英エコノミスト、ロイター、ワシントン・ポスト
ニューヨーク・タイムス、ロサンゼルス・タイムス他海外メディア
日本経済新聞、時事通信、共同通信、産経新聞、毎日新聞、朝日新聞、
読売新聞、NHK他日本メディア

■ABOUT TEH BIN LADEN FAMILY
http://www.pbs.org/wgbh/pages/frontline/shows/binladen/who/family.html

●About PBS
http://www.pbs.org/insidepbs/

●PBS Board Of Directors
http://www.pbs.org/insidepbs/annualreport/leadership.html

■KLA and Drugs:The `New Colombia of Europe'Grows in Balkans
http://www.larouchepub.com/other/2001/2824_kla_drugs.html

■Harken Energy Corporation
http://www.harkenenergy.com/index2.asp

■小型燃料電池実用化へ、NASAが日本で提携先募集
http://www3.nikkei.co.jp/kensaku/kekka.cfm?id=2001092305765

■米国防見直し、柱は諜報活動強化とナノテク利用
http://www.yomiuri.co.jp/05/20011002i111.htm

■QDRのPDFファイル
http://www.defenselink.mil/pubs/qdr2001.pdf

 園田 義明さんにメールはyoshigarden@mx4.ttcn.ne.jp

2001年10月10日(水)萬晩報顧問 伴 正一

 六、国柄の視点で把えたアメリカの資質

司会 イラクのクウェート侵入から、敗走、撃ち方止めまで、ずっとアメリカの行動を見てきたわけですが、湾岸で展開された世界規模の活動に臨んで、リーダーの貫禄はどうだったでしょうか。全体を通視しての感想、評価は?

板垣 人命尊重でうるさいアメリカ国民のことを考えると、「人質救出はどうした」という声に押されて、フセインヘの宥和政策に出るかもしれないという予感がしないでもなかった。現に日本や英・独・仏の腰をゆさぶる上では人質作戦が、かなりよく効いていたんですから。

 ところが、そういう中でさすがはアメリカ、侵略者に対して宥和的態度を一切とらなかった。

 一九三〇年代、ミュンヘン会議で、時のイギリス首相チェンバレンがヒットラーに対する、〝アピーズメント(宥和政策)〝でヨーロッパの平 和を確保しようとした。一時成功したかに見えたが、実はヒットラーを逆にのさばらせる結果に終わってしまった。第二次大戦前夜物語のハイライトですね。

 ところがブッシュはチェンバレンの轍を踏まなかった。アメリカ国民もよく耐えましたね。かえって人質を楯にとるフセインに憤激し、アメリカ人(だけ)の救出を何とかせよ、と政府に迫ることがついになかった。

 当時の日本の政治家たちの動きや、世論の動向を覚えておられるでしょう。外観をどうつくろってみても、中身は日本人のことで頭が一杯、世界の平和をまず念頭においた行動とはとてもいえないものだったと思います。

 それと対比したとき、アメリカの視点は数段高いところに据えられていた。世界のリーダー、私はアメリカ国民への賛辞を惜しみませんでし た。王者の風をさえ感じましたね。付けたりですが、人質で揺さぶりをかける戦術がまったくアメリカには通じないとフセインは判断してか、全人質を釈放して しまった。世論の忍耐力の勝利を、このときほど見せつけられたことはありません。

 一見、日本とどっちこっちないように見えて、アメリカの民主主義には筋金が通っているんでしょうかね。アメリカ人気質といっていいのでしょうが、こういう世論に支えられてアメリカ政府は、侵略者に対する態度を最初から最後まで微動だにさせなかった。

大隈 確かにそういうことはいえるな。アメリカの恐ろしいところでもある。アメリカ人は享楽主義的にも見え、一人の命のことで大騒ぎもするが、まがいもなく〝命より大切なもの〝を持っているよ。そこへさわったら大変なんだ。
 いまも日本人は、アメリカ人のそのこわさに気づいていない。

板垣 意見が合い過ぎて討論はどこへやら、なんですが、私の強調したいところもそこなのです。

考えてみると、五十万人将兵の母たちが、防人(さきもり)の任に就いて子が戦地に赴くことを了承していたんですね。ほんのすこしばかり〝わ めく〝母親もいたようですけど。これはすごいことですよ。人質問題についての意識でも差をつけられましたが、戦場に子を送るくだりになると、いまの日本人 との差は途方もなく拡大し、まるでべつの生き物ででもあるかのようだ。石油が必要だからなどということで、子の命が危険にさらされるのを容認する母親は、 いま時いませんよ。アメリカの民衆がブッシュについてきたのは、石油のことではない。石油のことも多少はあったかもしれないが、それよりもずっと大きい比 重で、世界に対する使命感があったのだと思う。それを私は信じて疑いませんね。大隈さん、これ間違っているでしょうかね。

大隈 こんどの湾岸戦争では、たしかに君のいうとおりだと思う。ただここで注意しなくてはならないのは、いいときはいいのだが、(最近ではパナマヘの侵攻のように)ときどきおかしなことに血道を上げることもあるからね。いつも湾岸戦争みたいに行ってくれればいいのだが。

司会 じゃあここいらで湾岸にこだわらず、アメリカの国柄について談じていただいてしめくくりにしましょうか。

板垣 湾岸戦争のくだりで、私は、アメリカを評するのに「王者の風」という言 葉を使いましたよね。多少褒めすぎと思いますが、アメリカはイギリスやフランスとは、ひと味もふた味も違う国だと思います。全世界を視野に収めたうえで、 自らを自由の砦だと信じ込んでいるフシがある。だって、(世界の)自由のためにといえば血を流すんですから。もちろん、アメリカ自身の自由とゴッチャに なっていますよ。というより、重なっているといったほうがいいのかなあ。世界の自由のためにアメリカは健在でなくてはならない、ということでもある。

 使命感に支えられた国益思想、この一点でアメリカは世界でダントツといえますよ。

大隈 ところがだよ、天は二物を与えずとでもいうのかな、アメリカはどこでも ルールの押しつけをやる。ひとの国を自分たちと同じルールの国にしないと気がすまないのだ。勝ってばかりいる国にあり勝ちなこと、価値の多元論が分かっ ちゃいない。人権外交も、もっと控え目にならなくては。自分の国だって、罪もないインディアンを平気で撃ち殺していた時代がある。モノには発展段階という ものがあり、同じことをするのにも流儀のちがいがある。

 一人ひとりの人権を守る余裕がない、社会の安全を守る方が先決だ、という発展段階の国だって少なくないんだ。

 片や、社会制度が整ってきて、殺人犯であることが九分九厘分かっていても、念には念を入れ、裁判官をはじめいろんな部署のマンパワーを投入し(国費も使って)あとの一%の確認をやる。そんな余力がアメリカや西側先進国には生まれている。

 そういう発展段階の差をアメリカの人権外交は、しばしば無視するんだ。民主主義についても、アメリカはもっと複眼思考にならないと、善意がハタ迷惑になるね。

板垣 アメリカには、助言をして直させたらいいことがたくさんありますよ。
 確かに、人権の点おっしゃる通りだし、民主主義でも選挙で選ばれるという、たった一つの物差しで、一国の政治状況を評定したがる弊が見受けられます。
 ただ「自由」の点だけはアメリカの真骨頂、社会主義が台頭し、ロシア革命が起こってこの方、個人の自由を束縛することの多い社会主義と共産主義をほとんど寄せつけなかったのはアメリカだけでしたね。これなど世界史の壮観だと思われませんか。

 自由への信条が本物なのです。日本人をまた引き合いに出しますが、自由のためでも、死んではいけない。日本人は、みんながみんなといってもいいほど、そう思っていますよ。それに比べて自由というcardinal virtue―大義を持っているアメリカは、本当にすばらしい国だと思う。

大隈 君、それはオーバーではないか。そんなのはアメリカ人の中でもごく一部だよ。

板垣 大隈さんらしくもないことをおっしゃいますね。国民の七割、八割が理想 主義者などという国がどこにありますか。国がしっかりしているということは、国のどこかにすぐれたリーダーシップが存在していて、それがたとえば、豆腐を 固める苦汁(にがり)のような役目をしているからなので、アメリカ民主主義には、にがりが効いているわけではないのですか。ステーツマンシップの格調が見 え隠れしています。

大隈 君のいうことを否定まではしないが、まだムラがあるよ。無理もないことだとは思う。世界の人種をマゼコゼにしたような多民族国家だし、国の舵取りはたいへんだと思う。しかし、もうすこし成熟しないと、とても王者とはいえないよ。

板垣 そういうことは、第二次大戦後もずっといわれてきたことなのですがそれ でもその間、自由主義陣営はアメリカを旗頭に立てて、冷戦に圧勝するところまでこぎつけました。数々の失敗もやらかしながら、アメリカも、西側リーダーの 任に耐えてきたのです。世界の平和秩序構築のためのこれからのリーダーとしての資質は、一部実証ずみだといえると思います。

大隈 冷戦時代というのは、いつ第三次大戦が起こるか予測できないという準戦時体制なんだ。そういうときだから、アメリカも心が引き締まっていたし、陣営の国々も、時には我慢もしてアメリカを盛り立てたものだ。ところが、これからは怪しいよ。

司会 そういう、何から何までが変わるなかでは、よけいにリーダーシップの重要さが増すわけなのでしょうが、アメリカに望むところは......。

板垣 湾岸戦争勝利の興奮とどよめきが去ったあと、その反動がこないことを祈 りますね。なにかの弾みで、新モンロー主義が台頭して、世界のことにソッポをむくようになつたら、代われる国はありませんから。国民の使命感が、ときに消 長はあっても、大きく退潮しないで欲しいものです。

大隈 それといっしょに望むのは無理だという感じもするが、横暴にならないで ほしい。中米の国によく出兵するが、あれは慎んでもらわないと困る。アメリカにいわせれば、麻薬だとか、軍事独裁だとか、それなりに大義名分はあるのだろ うが、世界で、しかも一番大切な平和秩序をリードする国が、同時に米州で地域覇権をふりまわすのはよくない。なによりもそれが、アメリカのイメージを傷つ けるからだ。世界各国からの信望を失う心配があるからだ。となりに独裁国ができたからといって、アメリカの沽券にかかわる、などと考えなくていい。麻薬は やはり国境で、国内で、その撲滅方法を編み出すのが、正しい路線だよ。

 国際的に対処するなら、司法共助、警察の相互援助のネットワークを考えるのが正解だと思うよ。繰り返していうが、イメージは、リーダーにとっては不可欠の資格条件だもの。

板垣 アメリカも苦しいですね。捕らえることのできる犯人を、みすみす逃がすようなもの。それをじっとこらえなくてはならないというのですから。そういえばもっと厳しい、自己犠牲に近いことを要望しておかなくてはなりません。

 国連軍の司令官をアメリカに、というのは当然といっていいと思いますし、それがリーダーたることを形に表したものでありましょうが、その 代わり、作戦・用兵にあたって断固としてフェアでなくてはならない。兵力を出しているほかの国から、自分のところの部隊をいつも危険度の高いところへ配置 する、といった苦情が出ないことが、非常に大切だと思います。いくら客観的に公平であっても、そんな苦情は出やすいもの、司令官の人選も骨が折れますね。 そのほかにも、自国軍だけでない状況の下で全体の軍紀を維持することのむずかしさは、想像に絶するものがあります。

 兵力が多いだけでなく、兵隊が強いことだけでなく、こんな面でもアメリカ人部隊は率先して範を示さなくてはならない。幸いにして、独立戦 争のときから混成部隊で戦い、国そのものが人種のルツボであり、冷戦時代にも、いつも同盟国の絆を大切にしながらリーダー格をつとめてきていますから、ど の国がリーダーになる場合よりも、アメリカがなるのが、適任であることは間違いないと思いますが。

大隈 いちいちもっともだ。ところで、アメリカは経済でもうすこし頑張ってく れないかなあ。経済だけでなく、社会・教育などでも、問題だらけ。共産主義破れたり。それは事実だが、資本主義の方も、勝った、勝ったなんていってはおれ ないよ。第三次大戦勃発の恐怖が、濃淡の差はあつても世界を覆っていた時代とくらべると、アメリカ人だって気は弛むだろうから、よけいにそこらあたりのこ とが心配になる。

 ああ、それにしても日本がしっかりしていたらなあ。日米両国のグローバル・パートナーシップがモノをいうだろうに。

板垣 そこなのですね。われわれにとっていま問題なのは。

司会 どうやらお二人の見解の違いは、角度にして三〇度かそこらの開きにすぎ ないみたいです。いずれにしても日本ではこれから、もっと突っ込んだアメリカ論議が盛んにならなくてはなりませんね。「日米関係は日本外交の基軸」。この 言葉を呪文のように唱えているだけでは危ない。本日のご健闘、ありがとうございました。

2001年10月09日(月)萬晩報顧問 伴 正一

 四、ブッシュの戦争突入決断と戦闘行動

司会 ところで一月十六日の戦争突入ですが、国連決議の期限が十五日に切れ る。その翌日に〝武力行使〝発動となったんですから、国連からみて法的にはまったく問題はないはずですね。ただ政治的というか、さらに高い見地から見て、 アメリカの決断に問題はなかったか。これが討論のポイントだと思いますが、その前に、ここで脱線をあえてして、「この際の武力行使に日本が加わるとした ら」という根源的な設問について、入口のところだけでいい、お二人の意見をうかがいたいのです。多国籍軍への日本参加は是か非か。日本の思想界はこの論議 を尽していない。

板垣 尽してないどころか、入口にも入ってない。論議することそれ自体がタ ブーで半世紀近くが経過してしまったんですもの。言論の自由もどこへやらですよ。湾岸での多国籍軍の武力行使は、日本国憲法九条の武力行使とは性質の違う 武力行使です。日本がこれに参加することを憲法は禁止していない。

 それが私の解釈です。この解釈が成立たないと、一三〇億ドルの支出の根拠が怪しくなりますよ。こんどの多国籍軍の武力行使が、日本でなら禁止されている性質の行動なら、そんな武力行使をカネで支えることも共犯、幇助罪になるじゃないですか。

 去年、国連平和協力法案が国会に上程され、審議が始まろうとする前日でしたか、海部総理の発言を受けて外務省が、いまの私の意見と同じことをいいましたね。

大隈 でも、官邸は何ものかにおびえるように、そそくさと引っ込めたじゃないか。君のような解釈は最高裁へ持ち込んでも十五人の裁判官の半分以下の支持しか得られないよ。
 憲法九条の一項では「国際紛争を解決する手段としては」という文言がよく利いていて、国際紛争を解決する手段としてでないのなら、戦争をしても武力行使をしてもよさそうに読める。
  
 しかし二項を見てご覧よ。
 「前項の目的を達するため陸海空軍その他の戦力はこれを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」といい切って、武力行使は一切合切できないように〝電源を元から切っている〝じゃないか。

 まともに読んだら君や外務省のような結論には絶対ならない。本当は自衛隊も違憲だ。最高裁だって自衛隊問題が上がってくると、門の入口の ところで理屈をつけて上告を棄却し、本体のところの判断は逃げている。いまさら違憲といったら大ごとになるし、さればとて合憲だなんて判定はとても出せな い。判断を避けているんだ。その苦衷、よく分かるじゃないか。

板垣 こんどの多国籍軍の武力行使が、いわゆる紛争の解決の手段として発動されたものでない点は認めるのですか。

大隈 もちろんだ。ブッシュとフセインを並べて紛争当事者みたいに扱っている 多くの俗論とは袂を分かつけれども、九条の解釈は別だといっているんだ。戦力を持ったり交戦権があることにしたら、屁理屈をつけて紛争解決の手段に使う心 配があるから、そんな余地を完封してしまおうというのが九条だ。中国での宮刑(男根を取り除く刑)みたいなものと思えばいいんだな。犯すことを禁ずる上に 犯せないようにしてしまう。

 考えても見給え、憲法ができたころ、日本は打ちひしがれた敗戦国。「もう二度と侍になろうなどという気は起しませぬ。弓矢を手にすることら一切しません」という調子なんだ。それが、九条二項の正体なんだ。

司会 含蓄のあるご指摘ありがとうございました。        
 では根源的なこの点は、触れるだけにしておいて、話を元に戻しましょう。
国連の論理からいって法的に瑕疵のなかった戦争突入を、こんどは政治軍事的に眺めてどうなるか。

板垣 アメリカは国連から順序よく決議を引き出し、イラクヘの締めつけを強化 しながら、クウェート撤退を促しています。ロシアやフランスにまで、やれることは全部、かなりスタンド・プレーめいたことにも文句を言わずにやらしてい る。平和的解決のための努力は完璧だった、といえるでしょうね。

大隈 それは形の上でだよ。イラクを叩く決心でいて、手を尽した形を整えただ けのことであって、やり方は巧妙だが、アメリカ嫌いの人間に言わせたら狡猾。フセインが越前朝倉攻めの兵をあっさり引いた織田信長くらい機敏な人間だった ら、一月十四日にクウェートから全軍を撤退させてアメリカに肩すかしを食わせただろうな。こうなれば五十万人の派兵は過剰行動だったという非難を免れな かったに違いない。ブッシュも危ういところだった、といえる。

板垣 その式の見方でいくと、ブッシュ大統領は内心ハラハラしていたのでしょうね。二重の意味で、一月十五日の期限切れが待ち遠しかったに違いない。

大隈 二重の意味というのは?

板垣 アラビア半島の砂嵐の季節がじわじわ近づいてくる。それに、異境の沙漠 で年越しをした五十万人将兵の士気がいつまで持つか。ブッシュさんも、そんな中での決断だったことを考えると、運もよかったが、タイミングは絶妙。将来国 連軍が、似たような状況で軍事行動を起こす場合のいい参考例になると恩います。
 国連軍だって、戦闘状態が一年も二年も膠着状態になっては困るし、戦死者の数を少なくするには、立ち上がりに機先を制する要があります。そういう用兵上の配慮だって、すごく重要なことなのですから。

大隈 アメリカが独断に近い形で戦争に突入したから、君のいう絶妙のタイミン グもつかめたのだ。国連軍だととてもそうはいかない。こんな鮮やかな采配の振り方はできなかった。国連軍を作るときは、こんどみたいな一糸乱れぬ作戦行動 にかどこまで近づくことができるかが大事なポイントになる。 

板垣 やはり第二次大戦このかた、連合軍、そして自由陣営の旗頭として戦ってきたアメリカとアメリカ軍の底力を評価しないといけないでしょうね。
 多国籍軍であろうと、国連軍であろうと、中国軍主力とか英軍主力ではとてもこんな具合にはいきそうにない。

大隈 その点では僕も同意見。問題は、さきほど君がいっていたように、アメリカの強さがいつまで続くかだ。

司会 いつも先を急がせて悪いのですが、つぎは戦争行動そのもので、アメリカ軍をどう採点したらいいか。

板垣 民間施設の空爆、民間人の殺傷などがマスコミに大きく取り上げられましたね。でも、あの規模の戦争があの程度のエラーで収まったということは、百点満点で失点が二点か三点しかなかったようなものです。

 だって、第二次世界大戦のときのことを考えてください。日本人は戦後五十年、「戦争を起こしたことがこんな結果を招いたのだ」という論理 で、戦争中アメリカ側の(戦時国際法上の)無法な行動を不問に付してきました。昭和二十年になって激しくなったB-29の無差別都市爆撃、毎日一つの都市 が焼かれていったわけですよね。そのほとんどが民衆の住まい。

 中でもひどいのは広島、長崎への原爆投下。日本がなかなか手を上げないから、戦争終結を早め、米軍の死者の数を少なくしようとした、というのがアメリカ国民への説明ですが、広島だけでも二十万人ではすまない非戦闘員を殺しているのですよ。

 残虐は日本軍だけだった、と思い込んでいる大多数の日本人は、そのころのアメリカの戦いぶりや、米軍の比ではないソ連軍の悪逆無道ぶりを、史実に照らして客観的に見ておく必要がありますよ。   

大隈 その比較はあまり意味ないよ。だって、一カ月半の戦争と三年八カ月の世界大戦とでは全然戦いの種類が違う。それはアメリカ側の戦死の数だけ比較しても分かることだ。

 日本への原爆投下説明だって、いまなおそれを是としているアメリカ人がたくさんいるんだぜ。イラクがもっと頑張って米軍にも死傷者が続出 したら、何をやったか分かりはしない。それにエラーが少なかったのは、アメリカが人道的になったというより、兵器の精度がよくなったから、の方が大きい よ。

 侵略を討伐する軍は、敵に対して圧倒的に精鋭でなくてはならんということだ。

2001年10月09日(火)萬晩報顧問 伴 正一

 五、撃ち方止めと戦後処理におけるヴィジョンの欠落

司会 ではつぎに、戦争の止め方について。早すぎた、ということがあとで言われたりもしましたが......。

板垣 二十四時間早すぎたかな、という思いが私にもないではありません。フセ イン政権を存続させてしまった。クルド難民二百万人、世紀の悲劇が発生した。どれもこれも早くやめすぎた結果なのだと考え出しますとね。しかし、後になっ ていうのはやさしいんで、戦争の終結くらい難しいことはない。敗者にとってはもちろん、勝者にとっても。

 戦争終結がたった一週間遅れただけで、その後の歴史がすっかり変わった例の一つが太平洋戦争です。
 連合国側が、日本の国体護持(天皇制維持)をポツダム宣言で、日本に分かるように打ち出して来てさえいたら、日本はそれで降伏したかもしれませ んよ。そうしたらソ連を戦争に引き入れないですんだはずです。ソ連が参戦したのは八月九日、終戦のたった六日前だったのですから。また、アメリカが戦争終 結を急ぎさえしなかつたら、ソ連の出る幕はなかったはずです。

 ともあれ、ソ連参戦が三八度線での南北分断を生み、戦後の朝鮮半島を極東の火薬庫にしてしまった。シベリア抑留だって 日本人孤児問題だって北方領土問題だって、その本はソ連参戦からきている。

 ところで湾岸戦争ですが、侵略軍を占領地から排除するのが目的の戦争だったのですから、それプラスアルファ、侵略者をかなり痛い目にあわ せたところで追撃を止めた。正しかったのではないですか。勝者は往々にして当初の戦争目的を超えて深追いしがちなものですが、ブッシュはそれをやらなかっ た。見事な鉾の収め方ですよ。

大隈 ちょっと待った。侵略軍を不法占領地から排除するだけだったら、敵を 追ってイラクに攻め入るのではなく、クウェート、イラクの国境で進撃を止めなくてはならん。クウェートにいるイラク軍を追い出すための包囲作戦としてイラ ク領を進撃するのは一種の作戦として許容されようが、クウェートの奪回ができたあとの進撃、すなわち懲罰の意味でどれくらいイラクを叩くべきかの判断は、 作戦用兵上から出てくる性質のものではない。

 本来なら武力行使容認を決定した国連安保理が判断すべき事項だよ。湾岸の場合は初めてのケースだから仕方がないが、これから先、鉾を収めるタイミングは、誰が決めるのか、よくつめてはっきりさせておかなくてはならない。追撃中だって刻々人命が失われていくわけだしね。

司会 では「戦後処理」に移りましょうか。戦争というのは、どうしても撃ち合 いの華々しさが大映しに報道され勝ちで、撃ち方止めのあとはぐっと扱いが小さくなる。本当は、停戦から講和までの時期は、後々の歴史に大きい影を落とすと いう意味で、戦争行動に負けず劣らず大切な時期のはずなのにですね。
 それじゃ湾岸戦争ではどうなっているんでしょう。多国籍軍が一方的に鉾を収め、それから間もなく停戦協定ができましたね。そこらあたりまではテレビもよく放映していました。
 さあ、問題はそれからあとです。

大隈 停戦協定の中身は一度事務的に報ぜられただけだし、その後の協定の実施状況も、イラクが核研究施設の査察を拒んだときにニュースになっただけで、ろくに報道されていない。
 アメリカは多国籍軍の主力で頑張ったんだから、停戦後も息を抜かないで欲しかった。アメリカが、いま自分たちは世界新秩序のために貴重なテス ト・ラン(試運転)をやっているのだという基礎認識で事に当たっていたら、世界の耳目をもっと湾岸に引きつけておくことができたと思うよ。いまからだって 遅くはない。

板垣 でもあんなに世界に大変動、大事件が矢つぎ早に起こったんですから、アメリカも大変ですよ。
 そこで推測も交えて、アメリカの戦後処理についての私の感じをいいますと、まず、あまり記事にならないということは、荒っぽいことをやっていないということでしょうね。

 太平洋戦争での停戦協定は戦艦ミズーリー艦上で行われました。それからサンフランシスコでの講和条約まで日本は占領されてしまう。寛大だったと思っているアメリカの占領政策ですが、かなり無茶なことをしていますよ。

 第一、占領軍がひとつの独立国家に憲法草案を押しつけるなんてひどいと思いませんか。日本の脅威をなくするという目的は、平和条約での、たとえば十年間再軍備を認めないというような規定で達することができるじゃありませんか。

 事後法で敗者だけを裁くというのも、インドのパル判事が指摘しているように、普遍的な法のルールに反しています。何十年もの左側通行を、占領軍の都合で変えている。こんな例まであげ始めたら切りがありませんよ。
 そんなことと比較してみてください。こんどは、領土の占領も手控えたし、あれほど憎んだフセインだったのに、国際裁判にかけるようなこともしませんでした。

大隈 過去との比較はそれでいいが、私がいま気にしているのは将来展望の問題。せっかく侵略に対する武力制裁を断行しておきながら、あと始末の段になって世界新秩序へのグランドデザインがその片鱗も見えないことだ。

 侵略行為を鎮定した後には、侵略国に対する処理を決定するという大仕事がある。それなのにその適正な基準を模索し、先々のために貴重な参 考例を残そうという意欲がさっぱり伝わって来ない。本当なら、世界新秩序のことなんだから、世界中が、誰からいわれなくても深い関心を寄せ続けていなくて はならないことなんだが、世界にその自覚がない。それなら、せめてアメリカが、一極集中とまでいわれる状況の中で、もっとリーダーシップを発揮してよくは ないのか。
 七月のサミットのあとの共同宣言。期待して活字を追ってみたが、それらしい言葉が出てないのにがっくりだった。

  ......commit ourselves to making the UN stronger in order to protect human rights,......to deter aggression......

 何だこれは。たった、これっきり? しかも凡庸な。これがあの湾岸戦争の直後サミットの問題意識なのか。どこへ行った〝世界新秩序〝は。そんな数々の思いがいまでもまざまざと心に残っている。

板垣 大隈さんの失望はよく分かります。ただ、強いてアメリカのために、推測まじりで弁解を試みるなら、戦争の最終段階で多国籍軍側は二つ重要なことをしています。

 追撃戦で、深追いこそしなかったがイラク軍精鋭部隊のかなりの部分に、潰滅的打撃を与えた。そしてこのことによって、(1)侵略の再発防止(2)イラクヘの懲罰、という目的を半ば達成していると思うのです。

 限度をわきまえつつも、追撃戦でイラク軍をこっぴどく叩いた効果は認めなくてはなりません。そこではちゃんとリーダーシップを発揮していると評価していいのではありませんか。そして対日占領のようなやり過ぎがない点も。

大隈 その点は認める。それにしてもアメリカもさることながら、なんとも情けないのが日本の言論界だ。今日の主題からは外れるが、私の憤懣をブチまけさせてほしい。

 あんなにしつこく武力行使弾劾を繰り返していたのだから、それなら経済制裁だけでイラクをクウェートから撤退させることができたはずだという主張と論証をずっと続けなくてはならない。

 いままで経済制裁で相手国が参ったという例は一つもない。湾岸でも経済制裁がイラクの時間稼ぎに逆用され、その間にイラクは戦備を強化し てしまったという見方さえある。武力行使がいけないなら、今までの経済制裁に大改革を加えて徹底的に強力なものに仕立て直す。あるいは侵略国の意図を挫く 第三の方法を編み出す。そういったことの案出にもっと知恵を絞らなくちゃいかんよ。本当に平和の道を模索しているのなら、反対ばかりしていないで案を出さ なくっちゃあ。それだけの知的作業をやりとげなくちゃあ。

 詳しくは立ち入らないが、賠償だって侵略国に対する懲罰なんだから、そのあり方について、世界新秩序の観点から、どんどん議論が湧きおこ らなくてはならないはずだ。それがどうだ。平和、平和と口ばかりで、平和のメカニズム構築には全然知的貢献ができていない。知的貢献のための知的体力をつ ける努力さえしていない。

板垣 世界新秩序には壮大なデザインがいりますね。おっしゃるように予想以上の分野で、予定を遥かに超える知的作業が要る。

 そこで、ですね。日本でももちろん出てないし、アメリカからも聞こえて来ない重要テーマが一つあると思うので、今日の機会に言わせてもら います。そもそも紛争が暴力沙汰になるのは、借りた金を返さない側と、返せと迫る側との例でも分かるように、実体上は拳を振り上げる方に理があることが少 なくありません。だからといって武力行動を容認はできないけれど、じゃあほかに方法があるかといえばない。相手が言を左右にして返さない限りラチは明かな いわけです。

 こう考えてくると、これから先、主として第三世界、開発途上国同士の武力衝突の多発が予想されているのですが、ただ武力に訴えてはいかん の一点張りでは、釈然としませんね。平和は守られても正義は実現できないではありませんか。安保理だとか、国連軍だとか多国籍軍だというのは、平和維持が 先決だという事情から、どうしても先に取り上げられるのだけれども、その次にまっさきに考えなくてはならないのは、正義実現の方法、平たくいえば裁判の機 能ではないですか。

 イラクが軍事行動を起こしたのは悪い。そしてそれに対する世界の対応は、いま見てきたように問題だらけではあったが、それでも大きくみてまずまずの成果だった。

 しかしそのこととは別に、イラクとクウェートの間に紛争と呼べるものがあったのかどうか。あったとすればその紛争の扱いはどうなったの か。このことが問われていないのは大変な片手落ちです。十に二つでもイラク側に、正当な言い分があるとした場合、それをどこか、適切に扱ってくれるところ が本当は必要なのです。

 安保理はこういう裁きごとを扱うには不適当だと思います。下手をすると〝人民裁判〝みたいになりかねない。
 そこで浮上してくるのが国際司法裁判所です。いまの活動状況がどうであろうと、裁判機能というものを外して恒久的な世界新秩序は、〝仕上がり 〝になりません。そしてこういう長期的構想でいくなら、それこそ試験的に、イラクにいいたいことがあるならクウェートなり、旧宗主国の英国なりを相手に訴 えを起こさせたらいいではありませんか。

 そうすれば、よく出てきたアラブの大義ということも解明されそうです。またこういう裁判では平和の問題と違って、一律な世界法より、地域々々の慣習法が重視されなくてはならない場合が出てくるでしょう。

 また裁判では、平和維持の場合のように、軍事面で大きい役割を果す国にリーダーシップが望まれる(あるいは容認される)ということもありません。

 世界のどんな国からでもいい、優れた裁判官が選ばれてくることが何より大切なんですから、常任理事国だからといって特権を振り廻すようなことは大幅に抑止されるでしょう。

 国際司法裁判所がいますぐ充分に機能するかどうかは疑問ですが、とにかく試運転をやるごとに論議は現実味を帯びてきますよ。世界の平和秩序の構築にはアメリカのリーダーシップが不可欠ですが、いま私のいったような分野でその必要はないと考えていい......。

司会 どうもお二人、ありがとうございました。日本の国会でも、この種の質問が出て活発な論議が展開されるようだといいのになぁ、と思いますね。

 たぐっていけば、いもづる式にもっともっとたくさんの、重要な問題点が浮び上ってくるんでしようが。さて、いままでのところ、アメリカへの評価を要約させてもらいますと、世界新秩序に対する構想力がいささか不十分、ということになりますか。

 岡目八目で適切な助言ができていいはずの日本が、これはまた、お粗末極まる。この点も大切な指摘だと思います。岡目八目だけじゃない、敗戦国への扱いについて敗戦国だった日本は、戦勝国に欠落している視点を持ち合わせているはずでもありますすものね。

2001年10月07日(日)萬晩報顧問 故伴 正一

 一、はじめに

司会 中東の風雲も、地上戦百時間でケリ、イラク軍がこんなにあえなく潰え去るとは思いませんでしたね。あと二十四時間もやられたら、フセイン大統領の、すくなくとも政治生命は断ち切られていたでしょう。 
   
 その鮮やかな対照が攻撃側......。疾風の進撃、圧勝、しかも、まだいくらでも追撃できるところを思い切りよく鉾を収めた。主力だったアメリカ軍、 そしてアメリカそのものの声望がいっきょに高まった。もうアメリカのリーダーシップは認めるも認めぬもない、冷戦の幕が下りたあと、これからの世界新秩序 は、アメリカのリーダーシップ抜きでは考えられないところまで現実がきている。

 さあ、そこでここが思案のしどころ、この現実は、世界全体のために喜ぶべきことなのかどうか。今回は、去年の八月からこの春までのアメリカの行動をたどり、リーダーたるの資質が充分かどうか、突っ込んだ討議をしていただきます。

 二、アメリカはなぜイラクの暴発を抑止しなかったか

司会 まず事件の勃発から見ていきましよう。大隈さんどうです。

大隈 イラクがクウェートに進攻準備をしていた段階で、アメリカはそれを察知 できなかったのかなぁ。その能力は十分あつたはずなんで、ウッカリしていたなんてのは言訳にならない。知っていて警告も出さないでいたなら、もっと由々し い問題だ。イラクが手を出すのを、待ち構えていたことになる。アメリカには、どうもそんなところがあるもんだから気になるんだ。

 太平洋戦争のときも、日本に先に手を出させて、国内の戦争反対論を雲散霧消させ、一挙に、世論を戦争一本にまとめ上げてしまったフシがある。タチが悪いよ。

板垣 大隈さんのいわれるように、イラクの軍事行動発動前から、アメリカの トップがイラクをやっつける肚を決めていたとなると、弁護はかなり苦しくなりますね。地域覇権を目指して突進するイラクが、アメリカにとってあつらえ向き のタイミングで先に手を出した、ということになる。

大隈 たとえフセインの性格がどんなに異常だったとしても、おとり捜査みたい なのはいけないよ。それにしても、この点の詮索をどの国もそれほどしないのは不思議だ。アメリカのリーダーシップを認めるにしても、そのクセはクセで知っ ておく必要があるよ。                

板垣 ちょっとそれた話で申訳ないですが、イラクがクウェートを占領したあ と、何度か国連決議がありましたよね。最後は十一月、クウェート撤退の期限をつけ、それに従わなければイラクヘの武力行使を認める、というきついものでし た。その時点だと、もうアメリカの肚は決まっていたのだと思います。フセインも、そして海部さんもわが外務省も、そこいらを読み切れなかっただけのこと で、読み切れなかったほうがどうかしている、と私は思います。だって、世の中で、駆け引き上、こんなことはよくあることじゃありませんか。ある時までは本 気で交渉をまとめようとしてやっているが、それからは決裂の肚を決めてかかる。相手が呑めないことが分かっていて、難しい条件を持ち出す......。

大隈 ホンネの話としては合点がいくが、表面に持ち出したらそう簡単にはまか り通らんよ。というのは十一月のあとの国連総長やフランスやロシアの動きは、泳がされたに過ぎないことになってしまうからだ。べーカー国務長官の動きもあ れは一体何だったのかと、攻め立てられたら弁解は苦しい。

板垣 肚が決まるのと、最終の決定にはズレがあるんで、肚はきまっていても相手の出方次第で最後のドタン場で和平に戻ることはありますがね。

大隈 外交交渉の機微だ。こうなると、いい悪いではなくて、どちらが役者が上かという話になるんだろうね。真珠湾攻撃直前の日米交渉が思い出される。

 三、アメリカの派兵と「国連軍」

司会 ところで事件発生直後のサウジ派兵。アメリカの過剰反応だという批判がとくに日本では多かったようですが。

板垣 そのときは私も、なんであんな大兵力が、と思いましたが、あとで考えて みると、タイミングといい、兵力といい適切、適量だったと思います。あの時のイラクの勢いを押し止めるには、あれくらいやっておく必要があった。軍事的に ひ弱い近隣の国々に、アメリカの並々ならぬ決意を分からせるためにもです。なにしろイラクは五十万人の大軍、しかもイランとの実戦で鍛え上げられているん ですから、サウジの五万人なんか、イチコロですよ。

大隈 近隣の国にアメリカの決意を分からせるのだったら、一万人か二万人の兵力投入で十分だよ。いわゆるプレゼンスの威力がものを言うんだから。そうしておけば本当の意味で和戦両様の構えになる。

 ところが、十万人もの派兵をすると、身の構え方がすっかり戦争の方に傾いてしまって、何もせずに引き揚げるのがいかにも不恰好になる。戦争にならないとアメリカの見通しが狂っていたみたいで物笑いのタネにならないとも限らない。

板垣 それも分からないではありませんが、兵力の小出しというのは、いいようで大きな災いももたらす。フセインが北ベトナム気取りで、本当に攻めかかって来たらどうしますか。

 多国籍軍であろうと国連軍であろうと兵力の損耗を最小限に収めるには、一見ムダに見えても最初から大兵力で立ち向かうのが一つの秘訣だと思いますよ。

司会 湾岸戦争の中には、これから先の教訓になる個所がずいぶんありますね。今年は真珠湾攻撃五十周年でもあり、戦争開始論議だけでも話はつきないと思いますが、今日は総ざらえの日ですから、先を急いでつぎのテーマに移ることにしましょう。

 アメリカはなぜ国連軍に関心を示さないのか。また、そういうアメリカの無関心を放置していいのか。

大隈 そりゃアメリカの身になってご覧なさいよ。作戦・用兵の上で、多国籍軍 のほうがずっとやりやすい。圧倒的主力が米軍で、その米軍は大統領が思うように指揮できるのだから。なまじ国連が介在し、安保理、さらにはその下にできる 軍事参謀委員会にまで容喙されはじめた日には、機密は漏れるわ、作戦のタイミングは外れるわ、たまったものではない、というのがアメリカの首脳や軍幹部の 実感だろう。無理からぬことだ。戦争は命懸け、ちょっとのミスで何千人もの人命が吹っ飛ぶのだから。

板垣 だけど、それをいっていたらいつまでたっても国連軍はできませんよ。

 そこなんですよ、踏んぎりの必要なのは。世界のリーダーとしての統率力を問われるのは。

 ところが残念なことにいままでのところ、米軍が圧倒的主力だからといって、米軍の作戦・用兵の都合ばかり考え、国連軍では戦争にならない、の一点張りみたいですね。去年十月ごろにあったロシアからの提案、国連軍を創れという提案も無視してしまいました。

大隈 難しいところだ。このままでいくと世界の安全保障は、やっぱりアメリカ ということになって、国連は浮き上がる。国連軍創役の動きも見えないような国連なら、どの国だってあてにしない。イザというときに備えて、直接アメリカに 守ってもらうことを考える。実質アメリカ、形式多国籍軍方式の方へなびいていくだろうね。そうでないと、安心して軍備の削減なんかできぁしない。

 世界のどこへでも、たちどころに大量派兵のできる力が、今のところアメリカにはある。そしてアメリカにしかない。これは厳粛な事実だもんな。

板垣 しかし、はたしてアメリカに、これからさきもずっと、一国で世界の安全 を請け負う用意があるのかどうか。アメリカが主力ではあってもアメリカだけではない。という構成の、恒久的な国連軍をもっと真剣に考え始めるべきではない ですか。思い通りにならないことがあっても、そこは我慢するしかないのだという見極めをいい加減でつけないと、構想は前に進まない。

 たまたま湾岸では大勝を博し、いまのところアメリカ軍も国民も意気軒昂ですが、いつまでそれが続くか。アメリカ国民だけが持っている(と いってもいい)使命感、そしてそのために血を流す気概、これを世界新秩序へのエネルギーとしてつないでいくには、アメリカ国民の士気の高いうちに、将来の ことを考えておく必要があります。士気を長続きさせるにも、背中の荷物(出血の負担)をできることなら軽くしておく配慮が必要。その深慮・遠謀が、いまこ の時期に切に望まれる。強大な軍事的ライバルが姿を消そうとしているこの時期にです。

大隈 君のいっていることはいちいちもっともだ。しかし、同時に、多国籍軍の 長所、短所をじっくり研究し、この方式でシステムを構築するのも一案ではないか。アメリカが主力ではあってもアメリカだけではないというのだったら、多国 籍軍だってそうじゃないか。また多国籍軍だって国連をまったく無視はしない。国連から安保理決議というお墨付きをもらって動いたじゃないか。      

 何といっても、アメリカの嫌がるものを押しつけるわけにはいかないよ。一番血を流すはずなのは、アメリカ人なんだから......。

板垣 ちょっと待って下さい。そのところなのです、問題なのは。アメリカが嫌 がるから、で投げ出す手はありませんよ、こんな大事なことで。アメリカに向かって問題提起をすることが、大切じゃないんですか。それが問題提起はおろか、 日本人同士の議論までやめてしまうなんておかしいですよ。いやがるかってことだって、どの程度いやがっているか、当たってみなくてははっきり分かりません よ。

大隈 議論はこうしてやっているじゃないか。前回の討論も国連軍か多国籍軍 か、という内容だったし、国連軍論議は続けるという合意がその時の結論でもあった。僕の方でもつぎの機会までに、多国籍軍のメリットを理路整然と説明でき るようにしておくが、ここで一言いっておきたいことは、国連軍方式でやっていたら、湾岸戦争のあんな軍事的成功は、覚束なかっただろうということだ。

板垣 それは私も否定しません。ただ私の方も一こといわせてもらうと、一つ惜 しいことをした。私がブッシュ大統領だったら、作戦完了、撃ち方やめ、となった時点で、子どものままごとみたいだといわれるかも知れないが、十カ国近い多 国籍軍を国連軍に編成替えしようとしたでしょうね。こうして、たった数週間でもいいから、アラビア半島に残留する三十万人、四十万人の大部隊を国連安保理 の管理下におき、軍事参謀委員会の指揮を受けさせたでしょうね。

 数え切れないくらいの任命行為が必要になる。戦時に準じた形で命令が伝えられ、報告が上がり、伺いが立てられる。そうすれば実験的に組織 体をこしらえ、どんな具合に血が通っていくものか、よく観察することができたでしょうよ。形だけとはいっても、史上初の国連軍ですから、その誕生にあたっ ていろいろなゴタゴタも起こるし、難しい課題も浮上する。けれども作戦は終わっているんだから、そんなことは試行錯誤のいい材料にこそなれ、戦局全体の命 取りになることはない。

 こうして国連軍の試運転をやっておいてご覧なさいよ。それから先の国連軍論議がどれだけ地についた、現実味を帯びたものになりえたか。

 湾岸戦争はアメリカの大成功だといえますが、勝って兜の緒をしめよ、遠く世界の将来を考えての布石まで、配慮は行き届かなかった。

大隈 確かにそれはやってみる価値があったな。アメリカの威信が絶頂期にあった。その時だったらやれたよ。海部さんがそれを進言でもしていたらなぁ、ブッシュも日本を見直したろうに。

司会 モノとカネ、汗と血、そのほかにも英知というかソフトでの貢献という際限のない分野がありますものね。

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