2001年9月アーカイブ

2001年09月23日(日)東西センター北東アジア経済フォーラム上級研究員 中野 有

 世界貿易センタービルと軍事の頭脳ペンタゴンが国際テロの標的になった。「これはテロを越えた米国への戦争である」とのブッシュ大統領の声明には、テロ に対する尋常でない米国の強い意志が感ぜられる。ハイジャックされた旅客機による標的への攻撃に対しては、最新鋭の軍事技術も打つ手がない。

 ミサイル防衛構想もしかりである。危機管理体制の盲点が暴露された。集団的安全保障であるNATOが国際テロに戦い挑んでも傷口を広げることが予測される。大規模戦争を想定した安全保障のあり方を根本から考え直し、国際テロに対抗した安全保障の模索が急務である。

 テロ行為の根本原因が民俗・宗教・人種・貧困に関係しているとすると、集団的安全保障という視点だけでは十分な解決策を生み出すことは出来ないだろう。 今回のテロ行為の発端は経済・軍事を牛耳る米国の一国主義への批判や、「文明の衝突」で語られるイスラムの過激派と西洋との戦いである。

 それが正しければ従来の軍事による封じ込め政策から「win-win」に通ずる文化・経済協力に主眼をおいた「協調的安全保障」が新たなる安全保障のフレームワークとして注目されるのではないだろうか。

 国際テロに対抗する方法或いは、今後の戦術として大まかに3つの選択か段階があるだろう。「目には目を」の如く見えない国際テロに対し妥協を許さぬ毅然 とした態度で徹底的に攻撃する。攻撃と対話という妥協も考慮する。テロを根絶する意味で地域間の貧富の格差を縮小させたり、民俗・文化の多様性を尊重した 経済協力を強化する。

 日本のみならずアジア・世界の平和のため貢献している米国が戦争状態である。国際テロに対し何かできるのか。日本の一般庶民が武器を持ってテロを退治することはできない。集団的安全保障といっても庶民には打つ手がない。

 そこで庶民が参加できるのは、開発援助を通じ経済の格差を縮小させることや文化的・宗教的・民族的衝突を回避するための交流を推進することであろう。NGO等に参加する。それには時間がかかるが、庶民が関与できるのはそんなオプションしかないだろう。

 アラブとイスラエルの怨恨の調停には、米国の限界を感じる。米国ができない分野での日本の役割が必ずある。今回のような庶民を巻き込んだ国際テロに対し 妥協は必要ないだろう。戦争には双方の正義感が働く。米国民にはすざましい正義がある。日本の正義も国際社会において明確にする必要がある。

 旧満州地域における日本の戦前の行為と現在の日本の消極的な態度を考察すれば、文化的摩擦と経済的な格差によりテロ行為による局地的な紛争がいつかは発生するように思われる。だからこそ、それを防ぐ予防外交と協調的安全保障の具体化が望まれる。

 中野さんにメールは mailto:a5719@n-koei.co.jp


 
K.Itoh

> テロ事件の余波は恐るべきであり、まだまだ、その裏にある、本質的な問題のあぶり出しにはすこし、冷静なる時間が必要でしょう。もし、ラディンが自首し、 面前の前で、おれはシロだといって自殺でもしたら、米国は、振り上げてたこぶしをどのようにするのでしょうか。米国は、その前に、彼を犯人ときめつけて、 一仕事してしますのでしょうね。ここまで風呂敷をひろげて、米国としてどうしても、アフガンと一戦交えないと収まりはつかないでしょう。世界中の見えない 敵であるテロをあいてに戦争をするわけにはいかないからです。

> 今回の本質は、グローバリスムという虚偽の仮面のもとにおける西欧社会による搾取の構造が原因です。アフリカ、中東、アジヤ、南米などの民族紛争は、すべ て、欧米の代理戦争がその背景にあるのですから。土日は、各局のTVのテロ問題の特集番組に、くぎ付けになっていましたが。本質をするどく、論破している 局はすくなく、遠慮がちにふれています。NHKスペシャルがもうすこし、本質に突っ込むかと思ったのですが、弱腰でした、田原総一郎も弱腰でした。すべて が米国を正当化する中で、それはおかしいと指摘するマスコミが居ないという、恐ろしさです。これで国民は完全に洗脳され、悪魔のラディン、正義のブッシュ という構図が、しっかりと、作りこまれてしまいます。なぜ、テロが発生したのか、その原因は、だれも触れないのです。欧米の列強が作りだした、ユダヤ、キ リスト、イスラムの2000年の確執と怨念、それをあおり、たっぷりと利用してきた列強の搾取の構造、それこそ、この問題の本質なのですが。

> さて、昨日、今日のニュースで、ボーダフォンがついに、日本テレコムの買収に動き出しました、まさに、業界再編成の第2段です、そして、今朝の新聞で、ベ リオに投資したNTTが見事にやられました。1兆円が巻き上げられたことになります。日本のIT企業の体力をすり落とす戦略が確実に動き出しています。マ イカルの倒産は、スリムになった上で、外資が買収するでしょう。日本政府は、まだ、パールハーバの意味がわかっていないようです。外資による日本企業の買 収、IT企業の骨抜きとIT市場の席捲、金融の次にくるものが見えていないのでしょうか。「なぜ、HPとコンパックが合併しなければならなかったのか」、 その本質に迫る記事は皆無です。これはうまくいかないとうたぐいの表面的な記事ばかりです。米国のIT業界が、世界席捲という、米国の戦略がその根底にあ ることを見抜けない、マスコミですね。 IBM,HP+コンパック、サンマイクロ、シスコ、マイクロソフト、オラクル、そして、通信、なぜ、米国の戦略が 見えないのでしょうか?

武力で戦ってはならない

いつも萬晩報興味深く拝見させていただいております。ありがとうございます。今回始めてご連絡させていただきました。個人的に同時多発テロのニュースを聞いて感じていることです。

深い悲しみと怒りを感じています。家族や友人、信頼するものを失った(あるいは失う事さえもできずにいる)多くの人の為に祈り、悩んでいます。テロは許せません。けれど、それとアメリカが武力行使する事は違うと思うのです。

テロがすべてのアメリカ人とユダヤ人を殺す事ができないようにアメリカもまたアメリカに対して「憎しみ」を抱いているすべての人をこの星か ら消滅させる事はできないのです。もちろん、短期的に組織力や機動力を奪う事はできるのかもしれません。でもこれはなにも解決しません。女性の自殺率がタ リバン政権下で増加したと聞いています。多くの権利を奪われ生きる目的や希望を失ったのでしょう。でも、その中でも子供を産み育て、耐えている人達がいま す。そして、今殺されようとしているのはその人達です。これには私自身非常に強い憤りを感じますし、やがて新たな「憎しみ」が生まれる事は必須です。

既に民間人は巻き込まれている。だからいい、という問題ではありません。既に巻きこまれているのは地球上のすべての国、人民です。日本も無 関係ではありません。日本がブッシュ大統領を支持することは人殺しに手を貸す事と同じだと思います。聖戦なんてありません。あるのは報復は報復を呼び、人 類の歴史は血の流し会いを繰り返すという事実だけです。

私は心を痛めつつ「自分の日常」を送っています。とりあえずは品質の高い商品を消費者に提供する。お客様が安心して飲めるビールを提供しつ づける事です。(ビールの歴史も5000年、戦いの歴史と近いものがあるかもしれません)もうひとつ、私達一人一人が考えなければならない事を少しずつ周 囲に解かってもらえたらと、思っています。お互い戦いのない未来の為にできる事をしましょう。それは人は異なっている部分より「同じ」部分の方が多い事を 自覚し、隣の人を愛することから始まると思います。

お忙しいところ素人の文章を読むというお時間割いてくださりありがとうございました。あわせて女性特有の「子宮で考えているような」文章である事、お許しください。
 

日本がやるべきこと

小泉さんは、今度は"熟考"ではなく"考える"らしい。願わくば、戦争や警察というのはコンサルタントや評論家の仕事ではなく、プロの仕事 であるということをわきまえて、アメリカの言うことを聞いてほしいものだ。そうして、戦争アレルギーの日本は、今回の事件を"戦争"としてではなく、あく までも"世界的凶悪事件"として捉えていることを明確に世界に伝えるべきではないのか。そうすれが、自ずと日本がすべき仕事がはっきりする。日本はアメリ カの尻について出かけるようなことがあるかもしれない。PKOかなにかでカンボジアかどこかに丸腰の自衛隊員を送って見殺しにしたのは、運が悪かったので はなく、しかるべく防御装備を提供しなかった日本の政治家の責任であり、殺人行為以外のなにものでもあるまい。世界貿易センターや米国防省に突っ込んだテ ロ集団には世界法も平和を望む日本国憲法も馬の耳に念仏だ。ましてや戦争なんぞは狂人のやることなのである。日本国民全員がガンジーを実践しようと言うの なら別だが、今回も、せめて出かけてくれる日本人のためには、日本の憲法で可能なのではなく、日本の国力で可能な最大限の、現実的な保護と防御をしてやる ことが、日本人そして日本政府の責任のはずだ、と思うのだが。

 今回のようなテロ事件に対しては、日本とて対岸の火事としてながめているわけにはゆくまい。日本はアジア諸国の一員として、なぜこの機にアジア諸国と協力して飛び火防止策を講じようとしないのだろうか。中国は日本なんぞには目もくれずにしかるべき手を打っている。

老人
 

今こそ日本の外交を

今回のテロに対してアメリカ国民が犯人を憎み、報復を唱えるのはいたしかたないでしょう。しかし日本がアメリカの立場に全面的に与し、最大限の協力を行うのは賛成できません。その行為は中東世界の恨みを買う結果にはなっても世界の平和に貢献する事にはなりません。

不幸にも事件の被害に遭遇した方々には言葉の申し上げようがありませんが、と同時にこれから犠牲者となり、新たな難民となるであろう中東の 人々にも目を向けなければなりません。一般人をも巻き込んだ報復攻撃を行えばブッシュ大統領も主犯とされるウサマ、ビンラディン氏やらと同類になってしま います。

今回のテロの背景には世界の富や権力のアメリカ一極集中への警戒とパレスチナ問題への不公平な取り組み、内向きの外交姿勢などがあるのでは と取り沙汰されていますが、その数々の難問の解決に向けてヨーロッパ諸国は特使を派遣するなどの努力はしているらしいのですが、アラブ民衆の心の奥底には 西欧諸国に対するぬぐい難い不信感があるような気がします。

そうした心情を理解するには真に公平な観点からの歴史認識のときほぎしが不可欠であり、そこからしか複雑と言われる中東問題解決の糸口は見えてきません。

イスラムでもキリスト教圏でもないアジアの国が同胞として今こそそうした努力を行う事が、日頃から言われるアメリカ一辺倒の外交からの脱却となり、武力行使を放棄した日本の平和への貢献となるのです。

こうした意見の集約が戦争に対する小さな歯止めになればと願います。

宮城県在住  大山政典
 

「民主主義への挑戦か
 
米国の指導者は,「これは自由と民主主義に対する挑戦」なのだとし,NATO諸国を初め世界のあらゆる国にこの価値観を押し付けています。本当にそんなものなのでしょうか?

これはアメリカの「傲慢さに対する挑戦」という側面もあるのではないかと感じています。

もちろんビン・ラディンが今回のテロの首謀者であると決め付けるには確たる証拠が揃っているわけではなく,「諸悪の根源は,ラディン及びイ スラム原理主義である」といった単細胞な発想にはうっかり乗ることはできません。(ここにもアメリカが得意とする単純化が見られますが。)
「オサマ・ビンラディン氏を中心としたテロ組織は確かに危険な存在」とありますが,いったい誰にとって危険であるのか,はっきり定義すれば事の本質が見えてくるのではないでしょうか。

さて,ラディンの過去のコメントには,イスラムの世界の人々がアメリカという国家の振舞いに不快感を募らせてきたことは伺えます。湾岸戦争 以来,米国はサウジに軍隊を駐留させています。例えば彼の言葉を借りると,メッカ等のイスラムの聖地があるところでに女性兵が好き勝手な振舞いをしてい る,とあります。先日も駐パキスタン米国大使(女性)がムシャラフ大統領と懇談している映像がテレビで流れていましたが,彼女はスカーフ等で髪を隠すと いったイスラム文化に配慮を示すこともなく話していました。これは例えば日本の畳の部屋に土足で上がりこむようなものではないでしょうか。緒方貞子さんも かつて高等難民弁務官としてスーダン等のイスラム国を訪問する際は,髪を隠していました。BBCの英国人女性特派員とて,厳格なイスラム国では同様にして います。

余談ですが,ケニアのアメリカ大使館が爆破された際,ケガ人の救助で大使館のケニア人職員や近辺で巻き込まれた地元の人々は後回しにされ, 助かっていたであろうかなりの人数が放置されていた,と現地の新聞で読んだことがあります。結局は自分達さえよければ,ケニア人のことなど関心ないのか, という論調でした。

こんな米国の他の文化や伝統に対する無神経,尊敬の無さが,イスラムを苛立たせていると考えています。もちろん中東和平交渉における米国の ダブル・スタンダード等のハード・ポリティクスに関わる問題はあります。ただ,イスラムの民衆レベルに広くアンチ・アメリカの支持が集まるのはこのような 合衆国及びアメリカ国民の傲慢さもその底流にあるのではないでしょうか。
 


 こんにちは、北海道からです。

世論は、なぜテロリストという存在が生まれたのかを考える機会を既に失っているようです。悪の象徴として、テロリストが最初から存在しているかのような論調が目に付きます。テロリスト=排除、という単純な図式で世界が平和になるはずがありません。

過去の忌々しい戦争の経験から、いったい何を学んできたのでしょう。それとも、歴史に対して無知を装うのは現代人のスタイルなのでしょうか。

アメリカは、自国の先住民族を教育や宗教というツールを使って洗脳し、民族の誇りと土地を奪いました。抵抗するものは殺したのです。そして、それと同じことを世界の国々に対して行っています。

平和に暮らしていた人々に、教育を受ける権利があると決めつけ、自分たち(アングロサクソン)の価値観を押しつける権利がどうしてアメリカにあるでしょう。グローバリゼーションはアメリカの詭弁であり、他国の人々の財産を奪う戦略に過ぎません。

アメリカに洗脳されている人間は「アメリカ=正義」を信じていますが、アメリカ帝国主義とアメリカ型資本主義こそが世界の悪です。 

私たちに出来ることは、アメリカン・スタンダードに依存した現在のライフスタイルからの脱却と、食糧自給率を上げることです。完全に自立しているコミュニティは権力の支配が及びません。 

奥野 龍治(tatsuji.okuno@nifty.com)

2001年09月19日(日)萬晩報主宰 伴 武澄

 アフガニスタン出身でサンフランシスコ在住の作家・コラムニスト、タミム・アンサリー氏のコラムがメール上で共感を得ている。萬晩報の読者のみなさんにも届いているかもしれない。筆者には2通きた。出所は不明であるため、筆者の許可なく転載します。翻訳はHideo Nさんです。 

 多くの人たちが、「アフガニスタンを爆撃して石器時代にまで戻してやれ」と語っているのを私は耳にしてきている。ロン・オーウェンは今日の KGOトークラジオで、これは無辜の人々、今回の残虐行為に何の関係もない人々を殺害することになる、ということを認めた。だが、「われわれは戦争中なん だ。付随的な被害はしようがない。ほかに何ができるというんだ?」 その数分後、テレビによく出るある先生が、問題は、われわれが「しなければならないこ とをするだけの腹があるかどうかだ」と議論しているのを聞いた。
 そして私は、アフガニスタン出身なので、とくに厳しい形で提起されているこれらの問題を考えてみた。私はアメリカ合衆国に35年間住んでいる が、アフガニスタンで起こっていることをたえず注視してきた。そこで私は、聞く耳を持つすべての人々に、私の立場からはすべてがどのように見えるかという ことをお話ししたいと思う。私はタリバンとオサマ・ビン・ラディンを憎む者として語る。この連中がニューヨークの惨劇の責任者だということは、私の心の中 ではまったく疑いないところである。

 かの怪物連中に対して何かがなされなければならないということに私は同意する。しかし、タリバンとビン・ラディンはアフガニスタンではない。彼ら はアフガニスタン政府でさえない。タリバンは、1997年にアフガニスタンを支配した、無知蒙昧な精神異常者たちのカルトである。ビン・ラディンはある計 画を持っている政治的犯罪者である。タリバンというのはナチだと思ってもらいたい。ビン・ラディンはヒトラーである。そしてアフガニスタン国民は強制収容 所のユダヤ人だと思ってもらいたい。

 こんなことを言うのは、アフガン国民が今回の残虐行為と無関係だから、というだけではない。彼らは加害者による最初の犠牲者だったからで ある。誰かがアフガニスタンにやってきて、タリバンを連れ出し、彼らの国に作られた国際的暴力団の巣窟を一掃してくれたら、彼らは大喜びするだろう。

 アフガン人はなぜ決起してタリバンを倒さないのか、と言う人々がいる。その答えは、彼らが飢え、疲労困憊し、傷つき、無力で、苦しんでい るから、というものだ。数年前、国連はアフガニスタンには50万人の身体障害の孤児がいると推定した。この国には経済はない、食糧がない。何百万人という 未亡人がいる。

 そしてタリバンは、これらの未亡人を生きたまま巨大墓地に埋葬している。大地のあちこちには地雷が埋設されている。農場はソビエト軍によってすべて破壊された。これらが、アフガン人がタリバンを倒さなかったいくつかの理由である。

 アフガニスタンを爆撃して石器時代に戻してやれ、という議題に戻ろう。困ったことは、そんなことはもうとっくになされてしまっていることだ。ソビエト軍がすでにやってくれた。

 アフガン人を苦しめてやれ? 彼らはもう苦しんでいる。
 彼らの家を平らにつぶしてやれ? もうそうなっている。
 彼らの学校を瓦礫の山にしてやれ? もうそうなっている。
 彼らの病院を根こそぎ破壊しろ? もうそうなっている。
 インフラを破壊しろ? 医療と保健衛生から切り離してやれ? もう遅すぎる。
 だって、ほかの誰かがもうそういうことすべてをやってしまったのだから。

 新しい爆弾は、以前の爆弾が作った瓦礫の山をかき回すだけだろう。それは少なくともタリバンに当たるだろうか? そんなことはありそうも ない。今日のアフガニスタンでは、タリバンだけが食糧を持っていて、タリバンだけが交通手段を持っている。彼らはずらかって、どこかに身を隠すだろう。

 爆弾はおそらく身体障害の孤児たちに当たるだろう。彼らは速く移動できないし、車椅子さえ持っていない。しかし、カブールを空爆すること は、この恐ろしい事件をしでかした犯罪人たちへの真の打撃にはならない。実際にはそういう行為は、タリバンと共同戦線を組むだけのことだ――この間ずっと タリバンがレイプしてきた人々をもう一度レイプするということになる。

 では、ほかに何がある? 何ができる? 真のおそれとおののきでもって、こう語ることを許してもらいたい。ビン・ラディンをつかまえる唯 一の方法は、地上軍でアフガニスタンに侵攻することだ。「する必要があることをするだけの腹があるかどうか」と人々が話しているとき、彼らが考えているの は、必要なだけの大勢の人間を殺す腹があるかどうか、ということだ。無辜の人々を殺すことの良心の咎めを克服するだけの腹があるかどうか、ということだ。 砂の中に隠しているわれわれの頭を引っ張り出そうではないか。

 実際に議論されているのは、何人のアメリカ人が死ぬかということだ。アメリカ人が死ぬのは、ビン・ラディンの隠れ家に向かう途中の戦闘だ けではない。死者はそういう人々よりもはるかに多くなる。アフガニスタンに部隊を送り込むためには、パキスタンを通らなければならない。彼らはわれわれを 通してくれるだろうか?

 そんなことはありそうもないことである。まずパキスタンを征服しなければならないだろう。ほかのイスラム諸国が拱手傍観するだろうか?  私の議論の方向がおわかりだろう。われわれはイスラムと西欧の間の世界戦争を弄んでいる。そして、よく考えてもらいたい。それこそがビン・ラディンの計画 なのだ。それこそ、彼がまさに望んでいることなのだ。

 それが彼がこの惨劇を仕組んだ理由だ。彼の演説や声明文を読んでみるがいい。すべてのことはそこに書かれている。彼は、イスラムが西欧を うち負かすだろうと本気で信じている。それは滑稽に見えるかもしれないが、彼は、世界をイスラムと西欧の二極に分解できれば、10億もの兵士を手に入れら れる、と考えている。もし西欧がそれらの国々でホロコーストを行なえば、そこには失うべきものを何も持たない10億の民が生まれる。

 ビン・ラディンの視点からは、それはよりよいことなのだ。彼は多分間違っている。最終的には西欧が勝つだろう。勝利ということがたとえ何 を意味するにせよ。しかし、戦争は何年も続くだろう。そして何百万人もが死ぬだろう。彼らだけではない。われわれもだ。そんな腹を持っているのは誰だ?

 ビン・ラディンだ。

 ほかには誰が持っている?

(これは、海外のあるMLを通じて送られてきた文章です。本来ならば筆者の翻訳許可を取らなければならないと思いますが、Tamim Ansary氏との連絡が取れません。緊急事態ということで、多くの人にお読みいただくために、無許可で翻訳しました。多くの日本人が読んでくれることを筆者も喜んでくれると思います。翻訳、Hideo N.) 

Dear Friends,
The following was sent to me by my friend Tamim Ansary. Tamim is an
Afghani-American writer. He is also one of the most brilliant people I
know in this life. When he writes, I read. When he talks, I listen. Here
is his take on Afghanistan and the whole mess we are in.
-Gary T.
----------------
Dear Gary and whoever else is on this email thread:

I've been hearing a lot of talk about "bombing Afghanistan back to the
Stone Age." Ronn Owens, on KGO Talk Radio today, allowed that this would
mean killing innocent people, people who had nothing to do with this
atrocity, but "we're at war, we have to accept collateral damage. What
else can we do?" Minutes later I heard some TV pundit discussing whether
we "have the belly to do what must be done."

And I thought about the issues being raised especially hard because I am
from Afghanistan, and even though I've lived here for 35 years I've
never lost track of what's going on there. So I want to tell anyone who
will listen how it all looks from where I'm standing.

I speak as one who hates the Taliban and Osama Bin Laden. There is no
doubt in my mind that these people were responsible for the atrocity in
New York. I agree that something must be done about those monsters. But
the Taliban and Ben Laden are not Afghanistan. They're not even the
government of Afghanistan. The Taliban are a cult of ignorant psychotics
who took over Afghanistan in 1997. Bin Laden is a political criminal
with a plan. When you think Taliban, think Nazis. When you think Bin
Laden, think Hitler. And when you think "the people of Afghanistan"
think "the Jews in the concentration camps." It's not only that the
Afghan people had nothing to do with this atrocity. They were the first
victims of the perpetrators.

They would exult if someone would come in there, take out the Taliban
and clear out the rats nest of international thugs holed up in their
country. Some say, why don't the Afghans rise up and overthrow the
Taliban? The answer is, they're starved, exhausted, hurt, incapacitated,
suffering.  A few years ago, the United Nations estimated that there are
500,000 disabled orphans in Afghanistan--a country with no economy, no
food. There are millions of widows. And the Taliban has been burying
these widows alive in mass graves. The soil is littered with land mines,
the farms were all destroyed by the Soviets. These are a few of the
reasons why the Afghan people have not overthrown the Taliban.

We come now to the question of bombing Afghanistan back to the Stone
Age.
Trouble is, that's been done. The Soviets took care of it already. Make
the Afghans suffer? They're already suffering. Level their houses? Done.
Turn their schools into piles of rubble? Done. Eradicate their
hospitals? Done.
Destroy their infrastructure? Cut them off from medicine and health
care?
Too late. Someone already did all that.

New bombs would only stir the rubble of earlier bombs. Would they at
least get the Taliban? Not likely. In today's Afghanistan, only the
Taliban eat, only they have the means to move around. They'd slip away
and hide.
Maybe the bombs would get some of those disabled orphans, they don't
move too fast, they don't even have wheelchairs. But flying over Kabul
and dropping bombs wouldn't really be a strike against the criminals who
did this horrific thing.

Actually it would only be making common cause with the Taliban--by
raping once again the people they've been raping all this time. So what
else is there? What can be done, then? Let me now speak with true fear
and trembling. The only way to get Bin Laden is to go in there with
ground troops. When people speak of "having the belly to do what needs
to be done" they're thinking in terms of having the belly to kill as
many as needed. Having the belly to overcome any moral qualms about
killing innocent people.

Let's pull our heads out of the sand. What's actually on the table is
Americans dying. And not just because some Americans would die fighting
their way through Afghanistan to Bin Laden's hideout. It's much bigger
than that folks.  Because to get any troops to Afghanistan, we'd have to
go through Pakistan. Would they let us? Not likely. The conquest of
Pakistan would have to be first. Will other Muslim nations just stand
by?

You see where I'm going. We're flirting with a world war between Islam
and the West.

And guess what: that's Bin Laden's program. That's exactly what he
wants. That's why he did this. Read his speeches and statements. It's
all right there. He really believes Islam would beat the west. It might
seem ridiculous, but he figures if he can polarize the world into Islam
and the West, he's got a billion soldiers. If the west wreaks a
holocaust in those lands, that's a billion people with nothing left to
lose, that's even better from Bin Laden's point of view. He's probably
wrong, in the end the west would win, whatever that would mean, but the
war would last for years and millions would die, not just theirs but
ours. 

Who has the belly for that?

Bin Laden does. Anyone else?

Tamim Ansary

 前回コラム「同時多発テロの対処には報復戦しかないのか」でアメリカでの
同時多発テロの発生日を「9月12日」としましたが、「9月11日」の誤りです。
お詫びして訂正します。

2001年09月17日(月)萬晩報主宰 伴 武澄

 1990年代のアメリカに未曾有に好景気をもたらしたのは冷戦構造の崩壊とIT産業の世界的浸透だった。その反動としてアメリカがグローバル・スタンダードそのものになる危機感が澎湃として世界各地にわき起こった。

 アメリカ一極集中経済が頂点に達し、まさに崩れんとする2001年9月11日、ニューヨークを中心に同時多発テロが勃発した。日本経済にとっては最悪期 である。アメリカはただちにイスラム原理主義者、オサマ・ビン・ラディン氏を最重要責任者として特定し、世界的報復戦への根回しを開始した。

 この同時テロはアメリカにとって初めての「本土攻撃」だった。テロと呼ぶにはあまりにも規模が大きすぎ、アメリカ政府は当初から「戦争」を口にした。 「戦争」は国家同士の戦いで、一応、国際戦時法が約束事を決めている。かつての中東のパレスチナとの戦いもリビアのカダフィーとの戦いも目に見える国家や 民族集団のぶつかり合いで、その「国土」が戦場となったが、今回はどのような「戦い」のなるのか誰もまったく分からない。

 戦争というものは明確に相手となる軍事集団なくしては成立しえない。湾岸戦争の場合には明確にイラクという「悪」が存在したが、今回はアメリカでさえ、 完全に特定できていないテロ集団がその「悪」となった。国際テロ集団が近代戦争を戦い抜く常備軍を持っているとは考えにくい。まして戦いを仕掛ける「国 土」を持たない。そのテロ集団に世界最強のアメリカを中心とした「世界軍」が束になって攻撃する様はどうにも想像しにくいのである。

 戦争のストーリーには勝敗が不可欠である。テロ集団の背後にある国家群が相手でなくては目に見える決着はつかない。クラウゼビッツなど多くの戦争論には (1)戦争を始めるには目的が必要で(2)その目的を達成したらただちに停戦することが肝要-であることが必ず書かれているそうだ。つまり交戦相手国なく して戦争は成り立たないことを示している。テロ集団相手にどうのような「戦争終結」が考えられるのか。これに対していまだに誰も言及していない。

 想像できるのはテロ集団に対して精神的・物理的支援を続けてきた国家が今回の戦いの相手とならざるを得ないということである。いったん戦いが始まれば、 今回はテロ集団の完全なる殲滅以外には終結はないである。そしてアメリカの攻撃が行き過ぎれば、最終的にはイスラムを信奉する国家群を敵に回さなければな らなくなるということである。

 これらの国家の多くは西洋諸国がここ数世紀にわたり信奉してきた「自由」だとか「民主主義」といった概念を信じているとは思えない。アメリカではすでに アラブ系住民に対する官民のいやがらせが始まっていると聞く。アメリカが自由と民主主義を振りかざすほど、イスラム諸国の心はアメリカから離反していくの だろうと思うと今回の報復戦には世界の対立構造をさらに激烈にする萌芽を内包していると言わざるを得ない。

 同時テロの衝撃はやがてアメリカに「憎悪」を生みだした。世界の人々が今回の惨劇に対して哀悼の意をしてしていることから、ここまでは誰もが理解できる 心情である。しかし世界が哀悼の意を示すことと報復戦に世界を巻き込むこととは別問題である。アメリカはいま「自由」と「民主主義」、そして「文明」とい う言葉まで持ち出して報復戦参加の踏み絵を世界の指導者に踏ませようとしている。

 オサマ・ビンラディン氏を中心としたテロ組織は確かに危険な存在だが、本当に全世界が束になってかからなければ倒せないほどの勢力なのであろうか。そし て戦争ではなくなんとか「犯罪者」としてこのテロ集団を捕捉する手段はないのだろうか。第三次世界大戦の勃発を防げるのはそれこそ主要先進国の責任ではな いか。

2001年09月10日(月)萬晩報主宰 伴 武澄

 9月7日、4-6月期のGDP速報が発表された。実質で前期比0.8%減で年率換算3.2%のマイナスとなった。6月末から2カ月以上が経っているので いつもながら「速報」というのはおこがましいが、これを名目値でみると年率換算で10.3%のマイナスとなり、日本のGDPが500兆円の大台を割り込ん だ事実はやはり衝撃だった。

 ピーク時の1997年度には520兆円あった名目GDPが21兆円目減りしたということで、この4年間にトヨタ自動車とソニーと松下電器産業の年間の売 り上げがほぼ喪失した勘定になる。GDPはいつも実質値で発表され、名目値は参考値としてしか位置づけられていないが、萬晩報はこの際、名目値を重要視し たい。

 資本主義経済は右肩上がりを前提に議論されるため、物価の上昇率を差し引いた実質値で勘定しないと本当の意味での「富の増加」は計算されない。

 この基本が分からないわけではない。しかし、政府の予算も企業の決算も名目値で発表され、給与やそれこそ物価など日々われわれが暮らしているのは名目の 世界である。まして日本経済が経験しているのは未曾有の右肩下がり経済。右肩上がりを前提とした計算方式では生活の実態は分からないと考えるからである。

 冒頭に衝撃的だったと述べたが、トヨタ自動車もソニーも消滅したわけではない。企業の設備投資が大きく後退し、政府と地方による公共投資と住宅建設が 減った結果だ。住宅は低金利と減税のおかげで一時盛り上がっていただけで、公共事業はこれまで限度を超していた。設備投資は循環的な要素が強い。国民の消 費は予想外に堅調だったからマスコミや政治家が騒ぐほど悲観することもない。

 それでも今回のGDP速報は、1990年代後半から日本の経済の質が大きく変貌している実態を如実に示した典型的なデータではないかと思う。

 ●ようやく下がり始めた消費者物価

 このところのデフレ経済をめぐって「いい物価下落「と「悪い物価下落」が論議されてきた。まず「悪い物価下落」は物価が下がることによって企業収益が悪 化し、その結果、従業員の給与が下がり、消費が減退する。消費の減退がさらなる物価下落を引き起こし、この循環がスパイラル状に起きて国の経済が収縮する と説明されている。

 一方「いい物価下落」は企業の生産性の向上でモノをつくるコストが下がったり、輸入品の増加によって競争が激化して商品の価格が下がることで日本にとって大いに歓迎すべきことだと言われている。

 しかし、筆者にとって物価下落にいいも悪いもない。下がるべき物価がこれまで下がっていなかっただけだ。

 まず為替の評価だが、1985年のプラザ合意以降、日本の円は乱高下しながらも長期的には一貫して円高基調にあるといっていい。95年には一時1ド ル=79円台に突入したし、その後も100円前後で推移したこともあるが、16年前に240円だった円の対ドル水準は現在120円前後。円の価値が2倍か ら3倍に高まったということは輸入品が二分の一、三分の一の価格で買えたということである。にもかかわらず、日本の物価がどれほど下がったというのだろう か。

 輸入品が消費者に行き渡るまでには国内の流通機構を経るため、輸入品が半値にならなければならないとはいわない。しかし、少なくとも2割、3割の下落があったとしてもおかしくなかったのに、この16年間、消費者物価はほとんど右肩上がりだったのである。

 数年前まで、日本企業はアジアでの生産品を日本に輸入することはまれだったし、ブランド商品と乗用車を除いて積極的に輸入することはほとんどなかった。 消費者もまた日本製に対する極端な信頼神話の裏返しとして輸入品に手を出すことはなかった。仮に海外からの積極的に輸入されたモノがあったとしても、それ らの商品は日本に上陸したとたんに何倍もの価格で流通することになった。

 マスコミもまた95年前後には、円高と通じた「価格破壊」キャンペーンを張ったが、結局、輸入ビールも輸入リンゴも日本の市場に定着しなかった。また輸 入品との競争に敗れて倒産する日本企業もなかった。つまり国内市場の一部を海外に開放することを求めたプラザ合意の真の意図はほとんど達成されないまま だった。

 いまの物価下落はまだ年率で1%以内という小さな数字である。16年間かけてようやくプラザ合意の効果が現れ始めている端緒である。いい悪いではなく、 16年間の物価下落を求める巨大なマグマが日本経済に内在しているため、もはや阻止できるようなものではない。為替水準がこのまま維持されるのなら、今後 まだまだ拡大する性格のものである。

 これまで国内市場を海外に開放することを徐々に続けていたならば、少なくとも90年代に入って内外企業の競争が激化して消費者は円高メリットを十二分に享受していたはずだ。また設備や原材料価格の下落メリットを得て収益が改善していた企業も多くあったはずだ。

 少なくとも物価下落について「いい」「悪い」のレッテルを貼って論議することもなかったに違いない。そう信じている。にもかかわらず、いま多くの論者は 物価下落をどうしても阻止しなければならないとの論陣を張っている。たった1%の物価下落についてどうしてそんなにムキになったり、声を荒げるのか不可解 である。

 日本経済が病んでいるのは物価が下落するからではなく、淘汰されるべき企業が淘汰されずに生き残り、リストラされるべき企業が今日までリストラせずに手をこまねいてきたからであろう。これはにわとりと卵の議論ではない。(続)

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