2001年6月アーカイブ

2001年06月28日(木)萬晩報通信員 園田 義明

 ■党首討論=クエスチョンタイム

 衆参両院での国家基本政策委員会合同審査会(党首討論=クエスチョンタイム)が、6月13日に行われた。

 ここで、民主党の鳩山代表が米国の京都議定書離脱宣言に対して、「首相がリーダーシップを取り、日本が真っ先に批准を宣言し、気候変動枠組み条約第6回締約国会議(COP6)に臨んでほしい。」と切り出した。

 これに対して、小泉首相は、温暖化問題が地球全体に影響するとしながらも、「日本独自で決めるという判断は考えていない」とし、先行批准を否定した。

 翌14日の朝刊では、日経、朝日が社説でこの問題を取り上げる。

 日経「議定書発効カギ握る日本」では、日本は京都議定書を堅持すべきとし、環境を看板に掲げる小泉政権の正念場でもあると結んでいる。また朝日「政府は 批准を表明せよ」は、タイトルどおり一歩踏み込んだ内容となっている。米国の途上国が含まれていない点が問題とする見解について、6年前に決着した問題を 蒸し返す姿勢は許せないとし、日本が批准の方針を明確に示すべきだと訴えた。

 16日には、これまで論評を控えてきた読売も「京都議定書 今こそ日本の調停外交の出番だ」を掲載。対立する米国とEUの間で、議定書を存続させる、積極的な調停外交を今こそ展開しなければならないとしている。

 ここにきてようやく日本国内でも京都議定書問題が取り上げられるようになってきた。しかし21世紀の政治経済に大きく影響を与える問題にしては、まだまだ物足りない。ここに日本の限界があるのかもしれない。

 ■響き合うマベリック

 この党首討論では、もう一つの見せ場があった。

 前回の党首討論と比較して今回は、小泉首相の優等生的な発言が目立ったが、ここで明らかになったのは、絶大な人気を誇る田中真紀子外相の京都議定書問題との関わりである。

 4月18日のワシントン・ポスト紙に、外相になる前の田中真紀子氏、中谷元・現防衛庁長官が民主党議員などと連名で、米国が京都議定書からの離脱を宣言 したことに対する抗議の広告が掲載されたが、その5日後にアーミテージ国務副長官が川口環境相に会い、アーミテージ氏から不快感が表明されたというもので ある。

 このワシントン・ポストへの意見広告については、4月27日の外務大臣会見記録にも残っている。田中外相はこの中で次のように語っている。

「環境問題と経済発展の問題は極めて大きいと思うし、お気付きの方もたぶんいらっしゃると思うけれどもあえて申し上げるが、今週のワシントン・ポストに超 党派、具体的には民主党と自民党であるが、自分(大臣)が発議して、京都議定書の問題について、ブッシュ大統領に、先週の何日付かは忘れたがホワイト・ハ ウス宛に抗議のメールを送った。そしてワシントン・ポストに広告を出した。全員で12人の議員である。(環境問題については)問題意識を持っているという ことを右にて理解していただきたい。」

 この一件が、世間を賑わせたドタキャン事件につながったようである。小泉首相は回答を避けたが、ASEM会議環境部会に臨むときの田中外相の意気込みが妙に気になっていた私としては、真実も含まれるのではないかと思う。

 田中外相は、ダウナー・オーストラリア外相との会談で、ブッシュ米政権が推進しているミサイル防衛構想に関連して「個人的に疑問を持っている。ブッシュ 大統領は父親が大統領だったころのアドバイザーや保守的な人々に囲まれており、テキサスの石油業界関係者など支持母体の影響もあるのではないか」と述べた ことが、マスコミでも大きく取り上げられる。

 ブッシュ政権と石油業界との密接な関係については、拙稿「燃料電池市場に動き始めたガリバー-第二幕」にて詳細に触れたとおりである。京都議定書離脱宣 言以後、海外メディア(米国メディアも含む)もこの関係を大きく取り上げている。むしろ腫れ物にさわるように、この分野への論評を避けてきた日本のメディ アの不健全性こそが責められるべきである。田中外相の発言した相手と場所に問題があるようにも思われるが、内容そのものは間違ってはいない。

 小泉首相と田中外相、そして中谷防衛庁長官を加えた3人のマベリックが参院選を目前に控えて、したたかに米国側とも連携を取りながら交渉に乗り出していく。

 ■アメリカ地球温暖化戦略

 ジェームズ・ジェフォーズ議員の共和党離脱に続いて、共和党大統領予備選をブッシュ大統領と争ったジョン・マケイン上院議員(アリゾナ州選出)も同党を離れ、無所属に転じる可能性が報じられる。

 そして6月6日には、米科学アカデミーは、ブッシュ大統領からの要請を受けて科学的に検討していた地球温暖化に関する報告書を公表した。科学的に不確定 な部分が残るものの、二酸化炭素など温室効果ガスの排出増加で地球温暖化が確実に起きているとしている。ブッシュ政権の主張を見事に裏切る内容となった。

 6月11日には、ブッシュ大統領は地球温暖化問題に関する「新提案」を発表するが、気候変動メカニズムの解明など国際的な研究プロジェクトの始動を打ち 出しただけで、肝心の温室効果ガス排出削減策が欠落するという中身の乏しいものとなった。EUの反応以前に、国内のワシントン・ポスト、ロサンゼルス・タ イムズ等の主要紙が一斉に批判し、国内の環境保護団体もあきれ果てる散々たる結果となる。

 政権内ではオニール財務長官がCEO兼会長を務めたアルコア社も「持続可能な発展のための世界経済人会議─World Business Council for Sustainable development─WBCSD」のメンバー企業であることから、パウエル国務長官とともに京都議定書に基づく温暖化ガス削減に理解を示していると見 られており、政権内のメルトダウンは更に深まる様相を呈している。

 そのブッシュ政権内の変化を示す発表が行われる。ブッシュ政権の地盤である米電力大手8社が、6月10日、発電に伴い発生する二酸化炭素(CO2)の排 出削減を義務づける規制案をまとめる。早期に削減目標を決めたほうが長期的な事業計画を立てやすいとの経営的判断から自主的に取り組むとしている。

 ブッシュ政権が放った矢はふたつ。ひとつが京都議定書離脱であり、もうひとつの矢はまさしくミサイルである。このふたつの矢は、お互いに絡み合いながら欧州上空で加速し、日本を直撃する。米国は「二兎を追う物、一兎も得ず」を心得ている。さて本命はどちらだろう。

 ■EUのいらだち

 6月14日、ブッシュ米大統領とEUの首脳会議が開催され、最大の焦点となった地球温暖化防止のための京都議定書の批准問題では議論が平行線をたどり合意できなかった。

 これに先立ち、欧州連合(EU)は6月7日から8日の両日にルクセンブルクで環境相理事会を開き、加盟15カ国が2002年までに地球温暖化防止会議の京都議定書を批准することを宣言する。

 6月13日、京都議定書について懐疑的な姿勢を示していたイタリアのベルルスコーニ首相も地球温暖化に取り組む京都議定書の順守確約を尊重すると述べEUのアキレス腱かと思われた問題も収拾しつつある。

 そして自ずとEUの視線が日本へと注がれてくる。6月11日には、地球温暖化防止会議のプロンク議長は、日本の要望を全面的に受け入れる特例措置を盛り込んだ新提案を発表した。

 具体的には(1)エネルギーの効率性が高い(2)国土に占める森林面積の割合が大きい(3)人口密度が高い――の3条件を満たす国に対し、特別に年13 メガトンを森林吸収分として認める内容であり、日本だけを対象にしているのは明らかである。日本の要求をほぼ全面的に満たした内容だ。

 議定書は批准国の二酸化炭素排出量が、90年の先進国合計の55%を超えないと発効できない。従って米国が議定書から離脱した場合、日本の批准は欠かせなくなる。ブロンク議長は大胆な譲歩案で日本に決意を促したのである。

 党首討論が行われた6月13日は、極めて重要な意味を持つ。本来なら日本政府は、この時期にEUに対して回答を打ち出す必要があったのである。

 業を煮やしたEUの議長国議長国スウェーデンのペーション首相は、6月16日、首脳会議後の記者会見で、今度は同首相か外相が近く日本を訪れ、温暖化防止対策の国際ルール、京都議定書の発効を巡る最終交渉に乗り出すと発表した。

 ■5月28日首相官邸での合意

 5月31日14時33分に配信された読売新聞の『「京都議定書」日本は堅持』によれば、複数の政府筋の情報として、政府方針をめぐる初めての協議は、5 月28日に首相官邸で古川官房副長官の主催で行われたとされる。環境、外務、経済産業の三省幹部が出席して協議した結果、

〈1〉議定書の核心部分である削減目標の変更を求めれば、国際的な非難を受けることは避けられない

〈2〉議定書を採択した97年の気候変動枠組み条約第三回締約国会議(COP3)の議長国として、全く別の枠組みを目指す訳にはいかない

〈3〉米国を説得して交渉に引き戻すためにも、議長国だった日本が交渉スタンスを明確にする必要があるとの基本方針で一致したとしている。

 5月31日には訪米中の自民党の山崎拓幹事長ら与党3党幹事長が、米大統領経済諮問委員会のハバード委員長や共和党系のシンクタンクであるアメリカン・ エンタープライズ研究所のデミュース会長と会談し、米の京都議定書離脱問題について意見交換を行い、6月30日に予定されている日米首脳会談で、京都議定 書問題を議題に取り上げるよう申し入れている。

 6月2日には、環境省の浜中裕徳地球環境局長は「米国は、代替案を提案する前に日本に相談すると約束していたが、今のところ打診はない。」と話し、一 方、別の同省幹部は「自主的削減は明らかに京都議定書の内容に反し、調整のしようがない。米抜きで議定書を発効させることも考えていかねばならない」と発 言している。

 そして6月8日、原子力委員会委員でもある森嶌昭夫氏が会長を務める中央環境審議会の地球環境部会は、合同懇談会を開き、米国は議定書の不支持を表明しているが、「米国の参加、不参加にかかわらず日本は予定通り批准すべきだ」との意見が大勢を占める。

 問題はこの後から政府の対応に変化が現れる。特にその発言が注目されるのは川口環境相と平沼経済産業相である。

 川口環境相は、6月12日の記者会見で地球温暖化防止のための京都議定書を「欠陥がある」と批判したブッシュ米大統領の声明について、「批判の一方で、 市場メカニズムの活用など京都議定書の要素も含まれていた。引き続き米国に議定書への参加を働き掛ける」と述べ、従来の米国説得路線にこだわっている。

 また、5月20日のブロンク議長との日本での会談において、おそらくご自身が明確に要求し、それに全面的に答えたはずの特例措置を盛り込んだ新提案に対しても、「日本の主張が理解された」との一定の評価にとどまる。

 同じ12日平沼赳夫経済産業相は、閣議後会見で、「日米欧が合意するためには多少のフレキシビリティーを持つ必要もある」と述べ、京都議定書の修正もあり得るとの考えを初めて表明した。日本の閣僚が京都議定書見直し容認の姿勢を示すのは極めて異例である。

 平沼経済産業相は「世界全体の二酸化炭素排出量の4分の1を占める米国抜きの発効は現時点では考えていない」と、米国が参加する必要性を強調し、あくまでも米国抜きの批准について現時点では考えていないと明確に答える。

 おそらく8日から12日の間に米国から相当な圧力が入り、ブレーキがかかったようである。小泉政権内にも米国の国益に真っ向から反する決断を求めるには無理がある人物が多数存在する。川口環境相もそのひとりであろう。

 そして、米国抜きでは日本の産業に不利と主張して譲らない経済界の一部を無視できない経済産業省もこれに追随する姿勢をみせたのである。

 しかし、5月28日以後、京都議定書批准を前提に猛然と動き出した経済界の動きを見逃すはずがない。残されたのはその発表時期と方法だけである。

 ■NGOの戦略

 5月30日、小泉首相は気候ネットワーク等の環境NGOの代表と意見交換を行う。歴代首相で、地球温暖化防止に関して環境NGOと意見交換したのは小泉首相が初めてある。

 このとき小泉首相は「私も皆さんと同様に自然との共生を重視している。環境省も驚くくらい環境問題では頑張っている」と自画自賛するが、NGO側が「米 国待ちでは議定書がつぶれてしまう」と米国抜きででも議定書発効を目指すべきだと迫ったのに対し、「米国の参加が一番いいということで全力を投入してい る」と応じるにとどまった。

 6月5日、日経新聞朝刊に世界26カ国のNGO61団体が小泉首相に対し、率先して批准するよう求める意見広告を掲載する。小泉首相が所信表明演説で 「『米百俵の精神』こそ改革を進めるには必要」と故事をひいて話題になったのにならい、「炭百俵の使い方が問われています」と迫る内容となっている。

 この意見広告を呼びかけた世界自然保護基金(WWF)は、1961年に設立された世界最大の民間自然保護団体で、名誉総裁はエジンバラ公フィリップ殿下 である。WWFジャパン(財団法人世界自然保護基金ジャパン)は、1971年に設立され、名誉総裁は秋篠宮文仁親王殿下である。

 このWWFは、6月12日に「気候変動に関する世論調査結果」を公表する。5月下旬から6月初旬にかけてベルギー、イタリア、スペイン、イギリスで行な われたものであるが、米国を含めるか否かに関わらず、京都議定書を進めてほしいという回答者は一貫して80%を超えた結果が得られている。また日本やカナ ダなど先進国が米国から離れ、EUを支持すべきであるという質問に対しては、イタリアの46.7%からスペインの91.3%の範囲で支持するという結果に なっている。

 そして、7月上旬には、WWFジャパンが日本向けに世論調査を実施することになっており、その結果は7月12日に発表する予定である。WWFは、7月 16日からドイツのボンで再開するCOP6にターゲットを絞り込もうとしたようだが、急遽短期決戦を開始する。ターゲットは6月30日の日米首脳会議であ る。

 そして6月21日にそのアクションが本格的に開始される。

 グリーンピース、WWF、地球の友の三大NGOに日本の気候ネットワークを加えたNGO連合が、日本政府の決断を促すため、6月22日から世界で一斉に 小泉首相へメールを送る短期集中国際キャンペーンをスタートさせると発表した。小泉首相が訪米する6月30日の日米首脳会談までをターゲットに、日本が率 先して京都議定書を批准し発効させる意思があることを表明するよう求めるとしている。

 同時に「自然エネルギー促進法」推進ネットワーク(飯田哲也代表)とWWFジャパン、グリーンピース・ジャパン、地球の友ジャパン、気候ネットワークな どNGO50団体は、7月の参議院議員選挙の立候補予定者及び主要11政党を対象に、地球温暖化・エネルギー政策に関するアンケート調査を実施し、その結 果を公表した。京都議定書について、立候補予定者の94%が「国際的リーダーシップを発揮して日本が率先して批准すべきだ」を選択し、「当面は米国の説得 を重視し、日本の批准は様子を見るべきだ」としたのはわずか3%である。

 6月21日、アンブレラグループの主要メンバーであるカナダが、京都議定書批准に向けEUと協調することで合意する。これで、日本かオーストラリアのい ずれかでも批准に応じれば、議定書の発効条件が整うことになる。オーストラリアは、22日現在も米国に追随する姿勢を見せている。

 田中外相に続いて、中谷防衛庁長官が、そして川口環境相が米国に旅立つ。そして6月18日には、小泉首相の7月2日のイギリス・ブレア首相、4日のフランス・シラク首相との会談日程が発表される。

「ICHIRO」に続いて「Jun-ICHIRO」の世界デビューのステージが粛々と準備されていく。しかし、EUは必ずしも米国の京都議定書復帰を望んでいないように見える。ここに大きな落とし穴が待ち受けているのかもしれない。

参考・引用
CNN、CNNジャパン、英エコノミスト、ロイター、ワシントン・ポスト
ニューヨーク・タイムス、ロサンゼルス・タイムス他海外メディア
日本経済新聞、時事通信、共同通信、産経新聞、毎日新聞、朝日新聞、
読売新聞、NHK他日本メディア

□田中真紀子外相と京都議定書
●2001年6月13日鳩山由紀夫代表VS小泉純一郎首相/党首討論第2回
 http://www.dpj.or.jp/seisaku/sogo/BOX_SG0036.html
●外務大臣会見記録(平成13年4月)
 http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/kaiken/gaisho/g_0104.html
●荒井電子通信
 http://www.netfarm.ne.jp/~arai/araituusin/usimitu.htm
●野田よしひこホームページ
 http://www.nodayoshi.gr.jp/pages/kawara97/kb210409.html
□科学アカデミー The National Academy of Sciences (NAS)  http://www4.nationalacademies.org/nas/nashome.nsf
□平沼経済産業相 大臣閣議後記者会見の概要
平成13年6月12日(火)9:32~9:50 於:参議院議員食堂
 http://www.meti.go.jp/speeches/data_ed/ed010612j.html
http://www.jcie.or.jp/japan/intro/yaku.htm
□WWF
 http://www.panda.org/  http://www.wwf.or.jp/
●大多数のヨーロッパの市民、米国抜きで温暖化対策を進めることを支持
 http://www.wwf.or.jp/kouhou/press/p2001/p010612.htm
●気候変動に関する世論調査結果
 http://www.wwf.or.jp/kouhou/press/p2001/p010612a.htm
□小泉首相へメールアクション
●国際メールアクション(英語)
 地球の友インターナショナル http://www.foei.org/
 グリーンピース・インターナショナル http://www.greenpeace.org/
 世界自然保護基金(WWF)インターナショナル http://www.panda.org/climate/
●国内メールアクション(日本語)
 地球の友ジャパン http://www.foejapan.org/energy/
 気候ネットワーク http://www.jca.apc.org/~kikonet/index-j.html
 グリーンピース・ジャパン http://www.greenpeace.or.jp/
□参議院選立候補予定者へのアンケート
 http://www.jca.apc.org/~gen/sangiinsen_enqute.htm

 園田 義明さんにメールは mailto:yoshigarden@mx4.ttcn.ne.jp

2001年06月26日(火)萬晩報コナクリ通信員 斉藤 清

 ◆深夜の空港

 零時を大分過ぎてコナクリ空港に着陸したエアバス機は、急いで客を吐き出す。タラップを降りたアンヌは、「着きましたね」とめくばせをしながら髪をかき あげる。照明は暗く、顔の表情までは確認できない。Tシャツのふくらみが、空港の頼りないまだらな灯かりに映し出され、すぐまた翳る。深夜とはいえ、まだ ぬくもりの残る湿った空気の中に、皮膚にからみつく熱帯の青臭い匂いが漂っている。また来てしまったな。わずかに口許をゆるめた男は、いつものように自分 に話しかける。これで何度目になるのか、彼も数えたことはないのだけれど、忘れたいほどに重なった時間の連なりが、髪に白いものが混じるのを意識させる歳 にしてしまっている。マングローブの繁みを抜けてきた海風が、アンヌのつややかな黒髪をゆらす。

 パスポートコントロールを過ぎ、アンヌが出口の人ごみに向かって手を振ったのを合図のようにして、男は彼女のそばを離れる。それを見ていた出迎えの事務 所のスタッフが、彼のショルダーバッグを受け取りながら、遠くのアンヌを指差して、「日本の人か」と訊く。男は曖昧に頷く。アンヌと彼女を迎えるはずの日 本人パーカッショニストの姿を、目で追う男。その額にうっすらと浮かぶ油に、水銀灯のとげとげしい光が映りこんでいる。

 空港でアンヌに紹介された長身のパーカッショニストは、「ケイスケと呼んでください」とわずかに頭を下げた。素足にサンダルをひっかけ、青白くやつれた 表情に乾いた笑顔を浮かべ、後ろに束ねた髪がほこりっぽい。他人の名を、ファーストネームで呼ぶ習慣のなかった男はいくぶんとまどったものの、あえて彼の 姓を尋ねることはしない。「電話番号はアンヌに伝えてありますから、そのうち食事をしましょう」と、男は二人に向かってフランス語で話す。ケイスケはアン ヌの表情を確かめながら、正確なフランス語で礼を言う。

 ◆ハーフエンハーフ

 胸元に巻きこんだ淡いすみれ色のマフラーを、ただひとつの彩りにしているアンヌは、まったく化粧をしていない。ギニアにいたときも、ずっと素顔のまま だった。くっきりとした眉、鋭くはないがはっきりと、しかし控えめに自己主張をしている眼差し、整った鼻すじ、わずかに赤みのさした頬、いつも余裕をたた えているようにみえる穏やかな口元、そして過不足のない体躯。その組み合わせがアンヌを、派手ではないが充分な存在感と知的なやすらぎを感じさせる女性に している。風土が人を育てるものなのか。

 ダンス教室が終わってから、中央駅で地下鉄を降り、ベルギーへの観光客は必ず訪れるという古い広場グランプラスまでの石畳を下る。永年の汚れをすっかり 洗い落とされ、まっ白に化粧直しされた旧市庁舎が、広場に向かってやわらかい夜の照明を浴びている。この広場には、昼間であれば花屋や小鳥屋がいたりし て、殺風景な石の風景に彩りを添えているはずだけれど、この時刻ともなると人影もまばら。広場のはずれのパブ・ロイデスパーニュの前を通り、少し遠回りを してピザ屋の並ぶ小路を抜け、アンヌが「気に入らなかったら言ってね」と念を押しながら、老舗のカフェレストランの扉を押す。ステンドグラスを高い天井の 近くに配した、ゆったりとした空間が特徴で、地元の人が多い店であるらしい。打ち解けたやわらかい空気が流れている。男は、そのカフェレストラン「ファル スタッフ」の奥の方の席に腰を落ち着け、アンヌに満足の意味を込めて頷いてみせる。

「それじゃ、わたしもムール貝」

 男は、アンヌをまねてムール貝を食べることにし、アペリティフにはこの店のオリジナルというハーフエンハーフを頼む。これはシャンペンと白ワインを半々 に混ぜただけのもので、格別のものではないものの、アンヌとの再会を喜ぶためにはふさわしい飲み物だと男は思う。ふたつのシャンペングラスが軽い音をたて る。

 そういえば、ブリュッセルでのこの男はいつも一人だった。ギニアへの旅の途中この街に立ち寄り、古い建物の間の路地をあてもなく散歩している時も、街角 のカフェで一杯のビールをそっと傾けてちょっとため息をつく時にも、いつも自分とだけ話をしていた。この男にはそれが習い性となっていて、それ以上を望む こともなかったはずだけれど、今夜はアンヌが気を遣ってくれていることに、いつとはなく心が和むのを感じている。(『金鉱山からのたより』から=つづく)

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2001年06月22日(金)萬晩報主宰 伴 武澄

 2001年06月13日付萬晩報「元金を返済しないこの国の借金のかたち」で多くの企業にとって銀行からの借入金が自己資本的存在だったことを論じた。その続きである。

 6月20日付日本経済新聞の証券欄のコラム「大機小機」に「借金は返済するもの」と題して日本企業の借金について萬晩報と同じような指摘があった。

 60年代初めにある企業で銀行からの短期借入金をバランスシートのどこに記載するかが争点になった。アメリカの会計士が「期間三カ月の短期借り入れなの で流動負債の中の短期借入金だ」と主張したのに対して、日本企業の会計担当者が「短期といっても期日が来ると自動的に手形は書き換えられるので実態からす ると半永久的に継続する借入金だから自己資本に近い」と説明したというのだ。

 そして「銀行から返済を絶対に求められないわけだから、企業にとって短期借入金は実は『自己資本もどき』の極めて安定した資金だったことになる」と締めくくっている。

 90年代後半の銀行による貸し渋りとは、この「半永久」と錯覚した借入金の「更新」を断られたにすぎない。「すぎない」といっても、それまで営々と続い ていた経営では返済無用だった借金が突然、返済対象になったのだから企業側にとってこれは天地驚愕的出来事だったに違いない。

 ●臨界点に達した借金王国

 昨年経営破たんした百貨店グループのそごうは年間の売上高の二倍近い1兆8000億円の借金(有利子負債)を持っていたことが明らかになり世間を驚かせ た。この大企業グループもまた元金返済の痛みを感じることなく新しい店舗づくりに邁進した。金利さえ支払っていればそごうグループに何も起きなかったかも しれないが、ついに借金総額が金利すら支払えない臨界点に達した。

 もちろん見通しを見誤った出店計画や消費不況といった側面もないではない。破綻に到る理由はいろいろあるが、元金返済の観念が経営計画からすっぽり抜け落ちていた。

 ゼネコン経営にも同じことがいえる。準大手の熊谷組の経営破たんもまた元凶は同根といっていい。こちらも売上高を大きく上回る1兆円という借金を抱え た。地価の暴落で内外のゴルフ場経営が行き詰まったことが破たんの引き金となったが、やはり経営者たちが元金返済を迫られる場面に遭遇するとは思わなかっ たに違いない。

 ●東京電力という名の借金王

 では日本で一番借金をしているのはどこなのだろうか。もちろん日本国政府は断トツのトップ。民間企業では東京電力の約10兆円が「借金王」、2位は NTTの6兆円である。次いで関西電力、中部電力が4兆円台後半で並んでいる。取扱高が巨額で大規模な借り入れがあると思われている大手商社は、三菱商事 が4兆円。後は数兆円規模でしかない。なんと無借金経営と思われていたトヨタ自動車でさえ連結決算ベースでは4兆円台の有利子負債を抱えている。

 10兆円はほぼ1000億ドルである。調べたわけではないが、たぶん世界でもナンバーワンの借金企業なのだろうと確信している。東京電力が問題なのは売上高が5兆円しかないのにその倍の10兆円の有利子負債を抱えている点である。

 過去の「会社四季報」をめくって分かったことは東電はこの10年に売り上げ規模がほとんど変わらないにもかかわらず、借金の規模を倍増させていたこと だった。しかもこれは連結決算時代に突入した財務諸表上の変化。単独決算の時代にはどこかに5兆円規模の借金を隠していたということになる。

  資本金6764億円、自己資本2兆円という巨大企業だが、自己資本比率は14%でしかない。持っている資産が資産だけにちょっとした地価の下落で数千億円 の資産価値の下落を引き起こすことになる。事業用資産を時価評価することにでもなれば直ちに「債務超過」ということだってありうる。それほどの分量の借金 なのである。

 これまで東電は地域独占と、一定の利益を確保できる認可料金に支えられてなん支障もなく経営が成り立っていた。しかし昨年から始まった電力事業への自由化によって年間の利払い費用が5000億円という借金はもはや放置できなくなった。

 東電はこの春、未着工の発電所の建設を当面見送ることを発表。その中に原発が含まれるのかどうかが議論になった。将来の電力需要が思うほど増えないことを理由にしているが、核心は借金が経営の重荷になっているということである。

 余談だが、電力業界のすごさは90年代初頭までは5兆円近くの設備投資を行っていたことである。1999年度の製造業全体の設備投資額が4兆5000億 円だったことと比較すればこのすごさが分かるというものだ。だがその巨大な設備投資を誇った業界が90年代後半に入って年を追うごとに設備投資額を減らし てきている。東電1社でも93年に1兆7000億円あった年間設備投資額が2001年度計画では9700億円。差額の7200億円はトヨタ自動車を含めた 自動車業界の1年間の設備投資額に匹敵する。

 本年度、東電は年間に3000億円程度の削減をする考えだ。今後毎年3000億円ずつ返済したとしても10兆円の返済には30年以上もの気の遠くなるよ うな時間を必要としている。新規参入が相次ぐ電力市場でこれまで通り利益を確保できるかどうかさえ不透明な情勢で、電力会社にとって借入金の返済が今後の 最大の経営課題となる。借金は不良ゼネコンやスーパーだけの問題ではない。

2001年06月20日(水)東西センター北東アジア経済フォーラム上級研究員 中野 有

 田中外相はブッシュ政権が推進するミサイル防衛構想に疑念を抱いている。しかし、田中外務大臣とパウエル国務長官との話し合いで、日米同盟が平和のためのコーナーストーンである故にミサイル防衛構想に米国と協調するとの姿勢を明確にした。

 核や攻撃用兵器の削減のためにミサイル防衛を推進するという米国の主張も納得できる。矛と楯の関係の議論の中で、EUをはじめ中国、ロシア等がミサイル防衛構想に反対している。世界の潮流と同じ論点で、田中外相がミサイル防衛に疑念を持っていることも理解できる。

 従って、ここで重要なのは、日本がミサイル防衛構想に疑念を抱くなら、それに対抗する代替案を考案できるかどうかである。北東アジアの不安定要因が戦域 ミサイル防衛を正当化しているとするなら、北東アジアの地域信頼醸成を構築すれば戦域ミサイル防衛のトーンは下がる。新しい日本外交のあり方を世界に示す ためにも田中外相のパワーが期待される。

 ミサイル防衛構想を全面的に否定するのではなく、米国とのミサイル防衛の協議と同時並行的に北東アジアの平和と安定のための協議が不可欠である。ミサイ ル防衛の代替案として北東アジアの発展のグランドデザインを作成する。それも米国が納得する北東アジアのグランドデザインを明確にすれば、ミサイル防衛に 反対する中国、ロシア、EUの支持も得られるだろう。

 では、北東アジアのグランドデザインとは、どのような戦略思考なのであろうか。地球上で唯一冷戦構造が残る北東アジアにおいて、中国、ロシア、米国、日 本、EUの大国が関与を深め、冷戦の最終段階としての複雑な国際関係が渦巻いている。北東アジアは発展の可能性と紛争の可能性の両方を秘めており、優れた グランドデザインを描くことによりラストフロンティアとしてEUに匹敵するだけの経済圏になりうる。

 90年代初頭より日本では環日本海交流の重要性が認識され、多くの国際会議が開催され、また物流の面でも具体的な成果が生み出されてきた。しかし、これ らの活動は日本、それも日本海側を中心とした局地的な活動である。EU諸国と北朝鮮との国交正常化に見られるように、北東アジアの問題はもはや局地的問題 でないと考えると、北東アジア諸国、米国、EU、国連機関を包括した大きな構想、すなわちグランドデザインが求められる。

 グランドデザインとは、北東アジアの歴史、文化、安全保障、国際関係、インフラ整備、金融等を総合的にまとめた空間開発計画である。物流や投資等のそれ ぞれのセクターごとに研究が進められているが、北東アジアの開発に今、必要とされているのは北東アジア諸国のみならず世界が納得する簡潔なグランドデザイ ンを描くことにあるだろう。ミサイル防衛の代替案として北東アジアのグランドデザインを世界に投げかける時期が到来している。日本から世界に発信するのが 理想だが。

2001年06月15日(金)萬晩報主宰 伴 武澄

 小泉純一郎首相が6月14日から週刊の「小泉内閣メールマガジン」を始めた。正確には首相官邸の「めるまが」である。発行日初日に購読者数が100万人に達したのは予想通りとはいえ、すざまじい小泉人気を裏付けている。

 100万人ということは赤ん坊からお年寄りまで国民の100人に一人が購読の意思表示をしたことになる。マスコミでいえば地方紙の発行部数を軽く凌駕し、北海道新聞や中日新聞、西日本新聞の発行部数の領域に入ったということである。  小誌「萬晩報」の3年半の軌跡になぞれば、小泉首相は一夜にして巨大な個人メディアを手にしたに等しい。

 しかし、「小泉内閣メールマガジン」の創刊号の感想を問われれば「期待ほどでなかった」としかいいようがない。もちろん小泉首相自らの声がメールが届く というのがこの「めるまが」の狙いなのだが、国民を打ちのめすような強烈なメッセージはなかった。すでに改革の旗幟を鮮明にした小泉首相であるから、伝え るべきは内閣の日々の危機感のはずだというのが筆者の意見である。

 内容的には「24時間公人」という首相自らのメッセージは当たり前すぎるあいさつだし、扇千景国土交通省の「ほんねとーく」は羽田空港の深夜・早朝国際 チャーター便就航の自慢話。塩川正十郎財務相の「政治家・小泉純一郎のこと」も代議士・小泉純一郎誕生の「秘話」というほどの物語ではない。

 筆者も含めて多くの読者は魑魅魍魎の自民党の中にあって苦悩する小泉内閣の実態を知りたいのだろうと思う。また日本のもろもろの制度がどうしてここまでねじ曲がってしまったのか、官邸自ら解明してほしいという欲求があるはずだ。

 もうひとつは継続する志である。24時間公人となった小泉首相が本気でめるまがを通じて国民との対話を図りたいという意志があるならば、1週間に数時間 は「めるまがタイム」を公務の時間としてもうけるべきであろうし、そうでなければこのめるまがは総理と国民との単なる「お茶飲み話」に終わり、長続きはし ないだろう。

 第2号以降は「政策論」「信念論」の展開が待たれるゆえんである。

 ●勇気ある竹中経財相の景気判断

 竹中平藏経済財政相が14日発表した6月の月例経済報告で景気の現状について「悪化しつつある」と断じた。従来のお役人的発想ならば「停滞しつつある」 という程度に表現したのだろうと思う。今回の判断は小泉内閣の標榜する「分かりやすい政治」を実現した断面のひとつとして評価したい。

 政府の景気判断は本来、経済界が投資や生産の判断材料とするものでお役人の作文で終わってはならないものである。責任を取らない判断なら民間のシンクタンクだってできる。政府の判断はそれほど重いものなのである。

 景気の現状認識が難しいことは分かっている。だが旧経企庁のお役人たちはその「主たる業務」である景気判断について責任逃れをしてきた。旧経企庁の景気 判断はいつだって修辞学に徹していたし、景気のピークや底についても、過去に遡って「○○年▼▼月が底だった」とか学者のような判断でお茶を濁してきた。

「悪化」の後は「最悪」ぐらいしかない。もっともっと悪くなったら景気判断の表現がなくなるという意見もあろう。景気は水ものであるから「底」と思ってい たのが単なる「さらなる底」への通過点であることもありうる。そんな難しい景気判断について、竹中経財相は勇気を持って「悪化」と断じたのだから画期的だ といわざるをえない。




2001年06月13日(水)萬晩報主宰 伴 武澄

 数年前、和歌山県に住む読者から手紙をもらった。阪和銀行倒産の折り、借金の返済を求められた中小企業経営者からだった。

 近所付き合いから不必要な借金を要請された上、「金利さえ支払ってくれればいい」「残高はなるべく減らさないでほしい」といった銀行側の求めを受け入れた結果、返済が30年という商業上信じられない借り入れ契約となった。

 不良債権化し、破たんの引き金となった大口の融資は国の資金で穴埋めされることになったのに、零細のわれわれへの融資には厳しい取り立てがあるのは合点 がいかないというのだ。それはそうだろう。30年返済のつもりでいた資金をいますぐ全額返せといわれては経営は成り立たない。

 ●永遠の借金という迷路

 銀行が企業に「金を借りてくれ」と頼み込んだ時代はつい最近まであった。銀行は集めすぎた預金を有効に運用する手段を持っていなかったという点では今も昔も変わりはない。だから最近まで銀行は行員にノルマを課して「融資額」を増やすことを生業とした。

 元金はなるべく減らしてほしくないという銀行側の倒錯した営業姿勢がいつ始まったか知らない。たぶん国が産業界救済の名目で巨額の長期資金を市場に垂れ 流し始めたオイルショック以降のことだと思う。そのころから政府のやり方をならうのが民間の癖となった。当然ながら構造改善の名の下に国際競争力を失った 産業のカルテル化も急速に進んだ。

 おかげで日本の企業社会にとっての借金は「金利を負担するだけの資金調達手段」と化した。信じられないような倒錯した時代が続いた結果、この国は「永遠の借金という迷路」に迷い込むこととなった。

 背景には、銀行に預金が集まりすぎるという笑えない現実があった。銀行の本来業務は金貸しである。その証拠に多くの銀行の100年前の姿はどこも高利貸 しだった。金貸し業に「預金」などという概念はなかったから、少ない元手を回転させる必要があった。元金の回収なくして高利貸しの経営は成り立たない。

 だから金貸しが銀行となってからは、金を必要とする人々に金を貸すために金が余っている人々から預金を集めた。しかしこの国の金貸しの仕事は長らく主客 が転倒したままである。貸出先がないのに預金ばかりが集まる。最近では有り余る預金の貸出先が見つからず政府への貸し出し(国債購入)でようやく利幅の薄 いさやを稼ぎ出しているのだ。

 ●「自己資本」的感覚だった企業の借金

 銀行に借金の残高を維持したいという考えがあるかぎり、それは借り手にとっても都合のいい制度だった。元金返済の義務のない借金は金利さえ支払っていればいいということ。見かけ上は、株式発行による資金調達で配当金を支払うのと原理的にほとんど変わらない仕組みである。

 だから大企業も中小企業も借りられるだけお金を借りて設備投資につぎ込んだ。それでも少し前までの銀行は担保価値の七割ぐらいまでしか貸し出しを行わなかった。担保価値が減らないかぎり、担保に保証された借金は貸し手にとって何の不安もない企業活動だったはずだ。

 それがバブル期に入ると、銀行の貸出が運転資金や設備投資以外の「投機」につぎ込まれ、担保となった不動産や株式の市況が暴落してバブル崩壊の危機を迎 えた。マスコミは銀行の担保主義を批判したが、担保主義が悪いのではない。問題は担保能力を上回った貸付をしたこととその後に「追い貸し」をしたことだっ た。いわゆる「無担保」融資である。また金利すら支払えなくなった企業に「追い貸し」して金利が支払われたかのように装ったことも問題を大きくした。

 企業のバランスシートで「借金の元本」は当然、負債の部に盛り込まれるのだが、つい最近までこの国の経営感覚では「自己資本」的存在でしかなかった。こ れまでの銀行経営を擁護するわけではないが、そう考えなければ日本の企業が戦後一貫して借金を増やし続けたという企業行動が理解ができない。

 日本型資本主義の特徴とされた「間接金融」はこの「元金を返済しない」という貸し手借り手の間の暗黙の合意によって初めて成り立つ慣行であったともいえ る。この国の悲劇は運用能力のない人々に巨額の資金が集めたことだった。結果的にお金を必要としていない人々に無理矢理お金を貸すことで水膨れした経済の 体質に陥った。(つづく)

2001年06月10日(日)東西センター北東アジア経済フォーラム上級研究員 中野 有

 全国津々浦々どこに行っても似通った建物に遭遇することがよくある。風土に根ざし、その土地の特徴を現した建物や町並みが少なくなっている。これも中央 集権的な公共事業のあり方の弊害であろうか。文化・歴史・自然と調和した魅力ある町づくりの発想が求められる。住み良い生活空間を創造するためには、どの ような開発のプロセスの共有化や活動が求められているのであるだろうか。

 海外には、理想的な都市がいくつかある。例えばウイーンは、人が住むのに最も理想的なエリアと人口で構成され、ウイーンの町自体が芸術である。この音楽の都ができるまで数多くの議論と葛藤のプロセスがあった。

 住民の知恵の結晶でウイーンの森やドナウ川がウイーンの町と調和して、理想的な都市と世界屈指の観光地となったのである。ウイーンは、住民が主役となり 開発と環境の両立が成功した町である。また、米国のオレゴン州の住民参加型の都市計画の成功例やシンガポールの徹底した国家戦略による国際都市開発へのプ ロセスも参考になる。

 日本から出て行く人が多いが海外からの観光客が非常に少ない。物価などの面で日本は住みにくいという経済的な側面もあろうが、日本は観光客をひきつける魅力に欠けているのは、確かである。これは住民が都市開発の主体となっていなかったことにあると考えられる。

 公共事業で箱物を作る場合、住民は行政に頼り、行政は専門家やコンサルタントに頼る傾向が強い。中央集権的な公共事業で、しかも東京や大阪の専門家やコンサルが関与した場合、全国に金太郎飴的な風土や文化の香りの少ない特徴がない箱物ができるのは至極当然である。

 地方分権が叫ばれ久しいが、やっと政治環境の変化により町づくりや社会資本整備に関し新鮮な発想の下で住民参加型の地方分権が推進される状況が生まれて きた。森政権から小泉政権に変わり、支持率が一挙に10倍になったように、日本は極端から極端に変貌すると想定すれば、官僚vs住民、中央集権vs地方分 権に振り子が大きく揺れつつある。住民が中心となり魅力ある町をつくる、すなわち住民が町を芸術する絶好の好機である。

 都市計画のアクター(参加者)は、住民、行政、学識経験者、ビジネスマン、政治家、専門家やコンサルタントである。餅屋は餅屋で、それぞれの垣根が存在 している。魅力ある町づくりという開発のプロセスの共有化を通じ、それぞれの専門分野を生かしながら最大の成果をあげるためには何が必要なのであろうか。

 NPO(非営利団体)やNGO(非政府団体)は、大きな役割を担っていると考えられる。NPOやNGOの活動が注目されるのは、都市計画に関わる多くの アクターが、会社や役所のしがらみを越えて同じ目的でかつ純粋な意味で地域コミュニティーの発展のために貢献できるところにある。行政やコンサルタントも NPO等の一員として住民の視点で開発の理想に関わることができるのである。

 会社という利益追求型の組織にありながら、長期的な視点でNPOの活動に参加し、住み良い空間を住民として創造する。同時に将来的には会社に貢献できる。そんな会社と社会の両立が可能となれば生活が豊かになる。

 魅力ある町には文化、歴史、自然との調和に加え、住民の誇りがある。ウイーンなどのヨーロッパの町は、町そのものが芸術である。戦後、日本は経済的な豊かさを追い求め、住民が魅力的な町をつくるという環境ではなかった。

 歴史や文化を重んじるヨーロッパ型の開発を模索するという意味でなく、住民が住み良い空間を創造する活動、すなわち共通の目的を持って開発のプロセスを共有し、魅力ある町を設計する。地方分権の良さは住民が一体となり自分の住む町を芸術することにあるだろう。

2001年06月08日(金)萬晩報通信員 園田 義明

 ■ブッシュ政権の新エネルギー政策

 ホワイトハウスは、5月16日に包括的エネルギー政策の概要を発表した。発電所や石油精製施設、パイプラインなどの新設を掲げ、自然保護区での石油・天 然ガスの採掘解禁や、原子力の利用拡大を提言している。この新政策は、チェイニー副大統領らの作業部会がまとめたものだ。

 作業部会の報告は、エネルギー需給の不均衡により、1970年代の石油危機以来、最も深刻なエネルギー不足に直面していると指摘し、安全保障の観点からも、さまざまな規制緩和で米国内の生産・精製能力を高め、エネルギーの海外依存度を下げる必要性を強調している。

 特に原子力発電については、20年来の政策を転換させ、1979年のスリーマイル島原発事故以来、凍結されてきた原子力発電所の新設を提言し、設計・立地などに関する承認手続きを簡素化する方針が盛り込まれた。

 ブッシュ米大統領は、発表する際に、「対応を怠れば、より広い範囲にわたる停電に直面することになる」と語り、半ば脅しに近い表現で協力を呼びかける。

 5月22日にはチェイニー副大統領が、主要原子炉メーカーや電力会社が加盟する業界団体である原子力エネルギー協会の年次総会で講演し、新型原子炉の早 期承認をめざす方針を表明する。そして、リンゼー米大統領補佐官も新エネルギー政策について、向こう20年間、発電所を毎週1カ所新設する必要があるとの 認識を示した。

 ■国内外の反応

 このブッシュ政権の新エネルギー政策は、すこぶる評判が良くないようだ。野党・民主党のダシェル上院院内総務は、記者会見で「米国民が直面するガソリン 価格高騰などの現在の問題の解決策がなく、環境をも危険にさらすものだ」と強く批判した。下院でもゲッパート院内総務が、「まるでエクソンモービルの年次 報告書のような計画だ」とセンスの良さを見せつけた。

 カーター元大統領は、ワシントン・ポストで「Misinformation and Scare Tactics (誤まった情報伝達と脅し戦略)」と題した記事を掲載し、1973年と1979年に直面したエネルギー危機と現在の危機は異なるものであり、バランスのと れた議論の継続を訴えている。

 ニューヨーク・タイムズは、「Nuclear Power Gains in Status AfterLobbying(原子力発電はロビー活動によってステータスを勝ち取った)」とする記事を掲載する。この中で放射性廃棄物処理問題と経済性の 面で疑問を投げかけている。また英エコノミストでも同様の指摘がなされ、自由化は、新たな原子力プラントの真の経済性をさらけだし、現実に引き戻されるだ ろうと締め括っている。

 そうした中、土台をも揺るがしかねないブッシュ政権のメルトダウンが始まった。

 ■マベリック登場

 どこかの国のように、共和党は「離党を思いとどまれば幹部級ポストを用意する」などと最後の説得を試みていたが、ジェームズ・ジェフォーズ上院議員は、 5月24日地元バーモント州バーリントンで記者会見し、共和党を離党すると共に無所属議員として活動すると表明した。この結果、上院の勢力図は50対49 で民主党が多数派を占めることになる。

 ジェフォーズ上院議員の決断は、報道によるとブッシュ政権の教育支出が少ないことや環境を軽視する原発優位のエネルギー政策、ミサイル防衛重視の国防政 策に批判的だったためのようだ。全国的にみても無名の議員に近く、特定の企業との関係も見いだせない地味な存在であった。

 民主党のダシェル上院院内総務は記者会見で、「50対49対1というのは米国史上初めての事態だ。こうした勢力図の変化があっても、道理・主義に基づいた歩み寄りの精神が必要なことには変化はない」と述べ、揺さぶりをかける。

 上院で民主党が優位に立つことは、社会保障・年金改革、教育制度改革、連邦裁判官の任命、そして環境・エネルギー開発政策など共和、民主両党の立場が大きく異なる立法課題を数多く抱えるブッシュ政権にとって大打撃となる。

 英エコノミストも今回の事件を「上院での不意の一撃」と称し、ブッシュ政権を劇的に弱体化させる可能性を指摘している。

 さて民主党も、独自のエネルギー政策をまとめており、ブッシュ政権が打ち出した新エネルギー政策も議会での激しい論戦に巻き込まれることになる。そして、京都議定書離脱問題へと波及することになるだろう。

 ■押しよせるふたつの大波

 ブッシュ政権の新エネルギー政策で打ち出された原子力発電見直しは、日本の原子力政策との連携も視野に入れたものである。5月18日、電気事業連合会の 太田宏次会長は、「限りがある石油や天然ガスの使用量を減らすべきだと認識を改めた結果だろう」と述べ、新エネルギー政策を歓迎すると伝えた。

 今年に入って方針変更かと思われた読売新聞も5月18日付け社説で取り上げる。「米原発再開-流れを変える新エネルギー政策」にて「先進国の原発は、稼 働率の向上と寿命の延長で発電コストが大幅に低下した。石油価格の急激な高騰もあって、原発の競争力は以前より高まっている。」とし「原発の弱みは、使用 済み核燃料の処理問題だ。この懸案に抜本的な解決策を提示できれば、国際世論の変化も加速するに違いない。」とした上で、「『安全性を重視しつつ着実に開 発する』を基本としてきた日本には歓迎できる政策変更である。」と結んでいる。

 確かに日本の電力会社は非常に厳しい状況にある。5月27日のNHKニュースによれば、電力会社10社は今年度1年間で7000千億円の負債を削減する計画が報道された。10社の負債合計は今年3月末時点で28兆7000億円余りとなっている。

 またこの新エネルギー政策では、省エネ車の販売台数を増やすために総額40億ドルの税優遇措置を提案しており、プリウスやインサイトをすでに米国内で発 売している日本の自動車メーカーへの配慮も見逃せない。特にトヨタへの熱い視線の先には、2002年の中間選挙に向けたしたたかさが読みとれる。

 このアメリカの日本への歩み寄りにはわけがある。もうひとつの大波が怒濤のごとく日本へと押しよせてきているからである。

 前回コラムで予測したとおり、地球温暖化防止会議のプロンク議長(オランダ環境相)が、5月20日急遽来日する。川口環境相は、京都議定書不支持を表明 している米国を含めた形での合意を目指すことが重要だと改めて主張し、「欧州連合(EU)の柔軟性が非常に重要だ」と述べ、米国を含む枠組みづくりのため にEU側の譲歩の必要性を指摘した。この時、川口環境相は会談後に会見し、「プロンク議長から、議長が話した内容は外部に漏らさないことを求められたた め、議長からどんな提案があったかは言えない」と話した。おそらくこの時から京都議定書が不死鳥のごとく生き返ったようだ。

 プロンク議長(オランダ環境相)は帰国後すぐに、日本が排出削減目標を達成しやすくなる仕組みを盛り込んだ譲歩案を2週間以内に関係国に提示する方針を決める。すなわち対日譲歩を原則受け入れる意向を示した。

 日本は議定書で2008年から2012年までに温暖化ガスの排出量を1990年に比べ6%減らすことを公約したが、そのうち3.7%は森林吸収でまかな う計画であった。これに対して、これまでの議論では0.6%分までしか認められていなかった。新提案では森林吸収の範囲を大幅に拡大することになる。

 これまで厳しい姿勢を続けてきたEUもプロンク議長に「喜んで日本に配慮する」との意向を伝えたとされ、京都議定書発効に向けて大きく前進することになる。

 川口環境相は、次に経済界への協力を呼びかける。これは、一貫して京都議定書支持を打ち出してきた日本経済新聞の5月25日朝刊で掲載される。

  「環境省は、国内の2010年度時点の温暖化ガス排出量を、1990年度比で6.4%減らせる『=減らすことができる(筆者)』とする調査をまとめた。全 国の都道府県の温暖化ガス削減計画を集計した結果で、京都議定書で定められた削減目標を達成できる内容。経済界の一部に温暖化ガスの削減に対し異論は強い が、この調査を基に実現が困難でない点を強調、協力を呼び掛ける。」

 そしてその日の午後に行われたアジア欧州会議(ASEM)の第三回外相会合で、地球温暖化防止のための「京都議定書」の重要性を強調することなどを 盛り込んだ議長声明を採択し閉幕した。

 このASEMは、田中真紀子外相のデビューとなったことで話題を集めたが、田中外相も「米国が議定書を締結することが極めて重要」と訴えた。なお、 ASEMの参加国は、アジア側がブルネイ、中国、インドネシア、日本、韓国、マレイシア、フィリピン、シンガポール、タイ、べトナムで、欧州側は、ベル ギー、デンマーク、ドイツ、ギリシャ、スペイン、フランス、アイルランド、イタリア、ルクセンブルグ、オランダ、オーストリア、ポルトガル、フィンラン ド、スウェーデン、イギリス、欧州委員会となっている。

 ■もうひとりのマベリックへの期待

 米国風力エネルギー協会(American Wind Energy Association -AWEA)は、世界各地で大型の風力発電所の建設が続き、今年末の世界の総発電容量は、日本の原子力発電所約20基分に相当する2千万キロワットの大台 を突破する見通しだとする報告書をまとめた。

 昨年新たに建設された風力発電所の容量は、同時期に新設された原発の容量を上回り、新規発電容量では風力発電が2年連続で優位に立った。同協会は、「風 力発電のコストは着実に下がっており、建設期間も短くて済むなどの利点がある。これからも原発に対する優位は続くだろう」としている。

 同協会や欧州の風力発電業界などのデータをまとめると、昨年の新規風力発電の容量は380万キロワットで、同時期に建設された原発の容量の305万6千キロワットを上回った。国別ではドイツの約170万キロワットが最高で、スペイン、デンマークの順である。

 この結果、世界全体の風力発電の容量は約1700万キロワットに達し、年間総売上額は40億ドル(約5千億円)に上る。欧州諸国や米国、中南米、アジア などで大型風力発電所の建設が進んでおり、今年末の容量は約2万キロワットに達すると試算されている。発電コストも最新の発電所では1キロワット時3セン ト(約3.7円)以下と、天然ガスや原発の電力価格より有利になりつつある。

 原子力発電所の使用済み核燃料中に残っているウラン238と中性子との反応によって生成されるプルトニウム239の半減期は、24000年である。この プルトニウムが、私達の子孫にとって宝物となるのか厄介物となるのか、ひとりひとりがもう少し深く考えることも必要である。仮に厄介物となった場合、現代 に生きる私達は、地球史上に未来永劫に悪名を残すことになる。原子力発電が生まれてから半世紀が経とうとする今日、その最終処分方法はまだコンセンサスを 得ていない。そして東京電力・柏崎刈羽原子力発電所でのプルサーマル計画実施の是非を問う刈羽村の住民投票でも反対が過半数を占め、国の核燃料サイクル政 策にとって大きな打撃になる。

「植物も動物もごみは一切出さない。人間こそが異星人と思われる」

 小泉純一郎首相は、5月21日の参院予算委員会で「自然との共生」の大切さをこんな表現で訴える。そして「日本が世界の中で環境問題に一番熱心な国との評価を得ないといけない」と力説した。

 ニューヨーク・タイムズは、共和党を離党しブッシュ政権に激震を与えたジェームズ・ジェフォーズ上院議員を「マベリック(maverick一匹オオカ ミ、異端者)」と形容した。この単語は、小泉純一郎首相の就任時にも新首相を象徴する言葉として、米メディアが好んで使ったものである。

 異星人の故郷へともどる旅が始まろうとしている。私達を導くのはマベリックかもしれない。(つづく)

参考・引用

CNN、CNNジャパン、英エコノミスト、ロイター、ワシントン・ポスト
ニューヨーク・タイムス、ロサンゼルス・タイムス他海外メディア
日本経済新聞、時事通信、共同通信、産経新聞、毎日新聞、朝日新聞、
読売新聞、NHK他日本メディア

● Misinformation and Scare Tactics
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/articles/A37159-2001May16.html
● Nuclear Power Gains in Status After Lobbying
http://www.nytimes.com/2001/05/23/politics/23NUKE.html?searchpv=site03
● A renaissance that may not come
http://www.economist.com/World/na/displayStory.cfm?Story_id=623959
● A coup in the Senate
http://www.economist.com/agenda/displayStory.cfm?Story_ID=637602
● American Wind Energy Association (AWEA) 
 ABB(アセア・ブラウン・ボベリ)もメンバーに入っています。
http://www.awea.org/
○ AWEA MORE NEW WIND GENERATING CAPACITY THAN NUCLEAR
INSTALLED WORLDWIDE FOR SECOND YEAR IN A ROW
http://www.awea.org/news/news010510nuc.html

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