2001年3月アーカイブ

   2001年03月30日(金)コナクリ通信員 斉藤 清



 昨年以来、一般利用者へのサービスを停止していたイリジウム(Iridium)衛星が、この4月から、一般通話サービスを再開することになりました。

 66個の低軌道通信衛星を使って、地球上のどこからでもどこへでも通信ができるシステム、として営業を開始したイリジウム衛星電話でしたが、顧客の獲得 がうまくいかなかったという理由で経営困難となり、昨年、裁判所に会社の整理を申し立て、一般顧客へのサービスを停止した状態で買主を探していました(日 本の出資・関連会社は、早々に会社を清算・消滅させています)。

 投資総額はおよそ6,000億円といわれますが、これを、元パンナムの社長率いる投資グループが約30億円で買い取る契約が昨年末に成立し、一般顧客へのサービス再開の準備が進められていました。

 イリジウム衛星通信網は、実際には米国防総省の地球規模での通信システムの一環として利用されているために、昨年の一時期、特に日本で意図的に(と思わ れる)流された衛星の廃棄計画は、あり得ないと信じられていました。今回の買収に際しては、米国防総省自身が声明を発表し、2年分の通話料前払い(現在使 用中の2万台分)と、2007年までの支援を確約しています。システムの運用は、ボーイング社が担当することになっています。

 競合するシステムには、Global StarとInmarsatがあります。しかし、GlobalStarは通信可能な範囲に大きな制限があり、地球上どこでも使えるものではありませんの で、イリジウム衛星電話の一般サービス再開で、現在でも不安定な経営状況は、さらに悪化するものと思われます。

 Inmarsatは、永年の安定した通信サービスで定評があるのですが、高軌道の静止衛星を使うために、端末の小型化(現在はノートパソコン程度にまでは小型化しています)とアンテナ設定の自由度に限界があり、「ケータイ」の感覚で使える状況にはありません。

 それにひきかえIridiumは、現段階での端末は非常に不恰好で、アンテナのコネクターなどはいかにも軍用機仕様となっていますが、それでも一応 「ケータイ」として使えます。よりスマートな端末が、8月には1,500ドル程度で供給されるとアナウンスされています。アフリカの内陸部などでは、重宝 な通信端末となるはずです。

 本稿は「Gold News from Guinea=金鉱山からのたより」からの転載です。イリジウムの復活は一部メディアで本日報道されていますが、戦乱のギニアのコナクリからめるまがを配 信している斉藤さんの情報収集力には頭が下がります。こういうことを可能にしているのがネット社会の先進性であることはいうまでもありません。(萬晩報  伴 武澄)

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   2001年03月26日(月)魁け討論春夏秋冬主宰 伴 正一
 


 1.若者達を孤立させているもの

 今の青年海外協力隊を21世紀における日本の進路と深いところで関連づけることはできないものだろうか。協力隊は文字通り、日本の若者を途上国に2年間 送り込み、農業など多くの分野で途上国の国づくりに参画させるプロジェクトで、若い世代から協力隊への応募者が絶えない。

 若い時にしかできないことを!
 何か役に立つことがあるのではないか!

 そんなロマンや使命感を彼らは一個の人間として持ち合わせているようである。マンネリ化した職場や生活から心機一転しようとする気持ちが働いていること もあるだろう。挫折がキッカケの応募だってないはずはない。これからは、自分自身の気持ちの中に協力隊をきちんと意義づけた上での応募が増えていくだろう が、

 何かを求めて!

といった、"つかみどころのない動機"の方が依然として多数を占め続けることは間違いなさそうである。

 一見無気力に見える。接してみても白けている。しかしよく言えば以前の世代よりは素直で大らかだ。そんな世代に見受けられる新人類だが、その外殻や内壁 を透視して心の中を覗いてみると、そこに"何かを求めている"命の水のようなもの、何かの衝動で燃え出す火種のようなものを見る思いがすることがある。

 今の大人は、個人の幸せ,ひいき目にみてもせいぜい家庭の幸せしか追っていない。しかも利を追う局面にしか生き甲斐を感じない人間だらけである。そん な"光源体"から真新しい世代に訴え彼等の深層心理に届くような強烈な赤外線が出る筈はない。どんなにきれいごとを言っていても、その虚(うつろ)なるこ とを若い世代から見抜かれているのだ。

 自分たちの光源体の透徹力のなさを棚に上げ、子や孫に当たる世代を「白けの世代」呼ばわりしているのが今の大人ではないか。

 2.異民族との2年

 協力隊に集まって来る真新しい世代の多くは、まだ、一個の人間としてのロマンしか持ち合わせていないように見える。彼等にとっての協力隊参加は、一人一人の生き甲斐、自分一個の青春の夢でしかなさそうである。

 しかし、動機づけがどうであろうと、彼等が実践的な人間であり、行動派の人間であることに間違いはない。ここに、まがいもなく「夢があって行動的な」若者がいるではないか。

 こういう若者たちを、日本全体からみれば各論の一部でしかない青年海外協力隊という単一の視野と枠組の中だけで見ていていいのか。日本の、しかも21世紀のグランド・デザインという壮大な展望の中で捉えて始めて、彼らの存在の真の意味を探ることができるのではないか。

 彼らにとって2年間の行動目標は協力の実をあげることである。しかし、考えれば考えるほど、その実践のなかに、底知れぬ可能性が潜んでいるとの感を深く する。個人の幸せ、家庭の幸せ、グループや地域社会の幸せ、といった、マンネ化した価値観の枠内に留まらず、"超えてより大いなるもの"国と世界に「開 眼」するキッカケがこの実践の中に転がっているのではないか。

 異民族と棲み、彼らとともに頭と体を使う2年の日々が、日本列島に意識革命を喚(よ)ぶ呼び水(原体験)になる可能性なきや。

 3.人間革命への道

 今の日本の中には、端的な例として、ネパールやタンザニアに住む人々を心の視界内に置いて自分達の幸せを測り、行動を考えるような感覚は芽生えていな い。この大切な感覚が欠落していてどうして、識者がいう「世界に貢献する国」、「インターナショナル・マインデドな国民」になることができるだろうか。国 民意識の中に、いま例に挙げたような感覚を本物の感覚として感性の中に芽生えさせ、熟成させるには、長い静かな人間革命のプロセスが必要だ。このプロセス が進行していて始めて二一世紀は、この島嶼国家にとって、その民にとって、瑞々(みずみず)しい夢多き世紀になり得る。この人間革命が成ってこそ"世界に 貢献する"ことを国是とする(もしかしたら)人類史上始めの国がアジアの東に出現するであろう。

 隊員やOBの深層心理の底にうごめくまがいもない、大いなるものへの芽を見つめていると、これからの協力隊の育て方は、21世紀における日本の進路を展望した雄大な眺めの中で練り直されなくてはならない。

 このテーマが取り上げられる時期はもう来ているのではないのか。5カ条の御誓文にあやかって何かの役に立つことでもあればと考えて5つのモットーを試作した。協力隊よ小成に安んずる勿れと念じつつ。

 1、 共に住んで異民族の心を知る。
 2、 その住む国を鏡に日本の姿を見る。
 3、 こうして、実践裡に、大いなるもの、国と世界に開眼する。
 4、 そのときも、そのあとも、おおらかな夢に生き、
 5、 静かなる人間革命に先駆ける。

   2001年03月22日(木) 萬晩報主宰 伴 武澄
 


 日銀が20日、金融市場に供給する資金を増やす「量的緩和」に踏み切ると発表した。量的緩和の手法として(1)日銀当座預金残高を1兆円上積みして5兆 円とする(2)その誘導手段として長期国債買い入れを増額する。日銀はこの結果、短期金利がゼロ%近辺まで下がると説明した。

 舞台裏を明かすと、どこの経済部も早くから「量的緩和」が必至とみて21日朝刊のトップ記事づくりの準備に入っていた。だがどの新聞をみても日銀の発表内容をかみ砕いて説明しているようでいて素人にはなにがなんだか分からない記事が紙面を覆い尽くしていた。

 ●必要以上のお金を印刷してインフレを起こす

 まず「量的緩和」という表現である。誰が言い出したか分からない。「資金量増やして金融を緩和(金利を下げる)する」ことなのだが、分かりやすくいえば「資金量を増やす」とは「お金を印刷する」ことで、貸すお金が増えれば「金利が下がる」といえば分かりやすい。

 だがはたして簡単にそうなるのだろうか。「国の経済力以上にお金を印刷する」ことは「通貨の価値を下げる」ことのほかならない。通貨の価値下落が直ちに 物価上昇を招くことは歴史が証明している。だから今回の措置を解釈を交えてかみ砕けば「国の経済が必要としている以上のお金を印刷してインフレを起こすこ と」をいうことになりそうだ。ただ単に日銀券を印刷はできないから、日銀券印刷の代償として市中にある国債を買い入れることになる。

 量的緩和は経済学では禁じ手のひとつとなっているはずの手法である。日銀が禁じ手を使うということはよほど日本経済が手詰まり状態にあることを示してい る。インフレ抑制を一番の仕事としている中央銀行がインフレを煽る策を導入したのだから相当の劇薬であるとの認識があるはずだ。禁じ手を使っても効果薄と の評価もあるが、日銀としても手をこまねいているわけにはいかず、速水総裁としてはそれこそ清水の舞台から降りるような思いで今回の措置を打ち出したのだ ろうことは想像に難くない。

 だが本当に禁じ手といえるほどの選択だったのだろうかと考えると筆者にはそれほど大それたことには映らない。90年代後半以降の日本の問題は金利を下げ て経済を刺激しても消費者がものを買わなくなったという点にある。だから企業が物づくりに励まなくなり、日銀が金融市場にお金をじゃぶじゃぶに供給しても 企業が銀行から借金をしてくれない。

 そして行き先を失ったお金は政府が経済対策のために増発する国債購入に回る。今回の「日銀がお札を印刷して国債を買う」という措置は何も今回から始まったわけではない。この5年間一環として続いていた。量的緩和で違うのは「量的数値目標」を示したことだけだ。

 ●超低金利が引き起こすデフレ経済

 いずれにせよ、日本政府がインフレに期待していることだけは確かだ。巨額な借金を減らす手だてがない以上、通貨価値を落として将来の返済負担を減らすし かない。萬晩報で一昨年以来、主張してきたことはハイパーインフレへの懸念である。物事には作用・反作用があることは学校の物理で学んだ。無理やり金利を 引き下げれば、反作用で将来の金利上昇が必ず起きる。無理強いする力が強いほど、またその時間が長いほど反発力は強いはずだ。

 インフレは政府が期待しなくとも必ず来る。そしてやってくるときには並のインフレではない。もしやってこないとすれば日本経済が死んでいることになる。 また物価だけが高くなって金利がそのままということもあり得ない。インフレで過去の借金は確かに目減りはするが、金利高騰で今後、政府はこれまでのように 借金ができない状況も生じる。世の中はそんなに甘くない。

 日本に低金利政策はもともと景気浮揚を狙ったものだったが、いつの間にか銀行の不良債権処理支援策として定着。公定歩合0.25%などという常軌を逸した水準にまで引き下げられた。日本経済が直面しているデフレの根元に低金利政策の問題があることは皮肉な事実なのだ。

 鶏が先か卵が先かという議論になるが、まず名目値とはいえ「金利が貯まる」という実感がない世界では購買欲は生まれない。なにしろ日本は世界に冠たる貯 蓄王国なのである。かつてわれわれは「貯金して10年で倍になった」などといって将来の消費を楽しみに蓄えをした民族なのである。物価が上がらない状況で は、消費者といえども金利が低いからといって借金をしてまで物を買おうという意欲も起きない。世の中の金利を金利以下に貶めていれば成長の逆スパイラルが 起きても不思議でない。

 エコノミストたちによる「物価上昇率の低い日本の実質金利は高い」といった議論をよく目にするが本当にそうだのだろうかと思うことがある。資本主義経済 は一定のインフレを前提として成り立っているため、近代経済学の本当のところは長期的な物価下落などは想定していない。想定していない事態を理論値にはめ 込んで「実質金利」を議論したところで机上の空論にしかすぎないはずだ。

 市民の日々の生活感覚からすれば、3%を切った時点で日本にはもはや金利は消滅したに等しい。金融は銀行のATMで100円単位の手数料を取られ、ドル 円の為替で2円(2%)以上の手数料を取られる世界である。昨今の日本の金利は顕微鏡でしか判別できないほどのプラスマイナスに一喜一憂しているとしかみ えない。

 ゼロ金利が復活したかどうかなどという議論はもはやコップの中の論争でしかない。新聞に掲載する金利表を作成するグラフィクス部担当者が「グラフの線の幅より小さい変化」をどう書くか苦労しているのである。これは笑い話ではない。

2001年03月21日(水)船津 宏

 日中の手打ち式は行われたはずだったが、その交渉相手先の中華民国・中国国民党が中国共産党に戦争で破れてしまったから事は複雑になった。日本が「負け ました」と降伏した相手は現在の台湾に続く政権だったのだ。1972年キッシンジャーの個人的功名心から中華民国は切り捨てられ、現在の中国が主役に踊り 出た。

 策謀家の周恩来は「台湾のようなちっぽけな島など独立など大したことはできない」と吐き捨て、すぐにでも侵略統一できるものと党幹部は考えていたが、意外にちっぽけな台湾がしぶとく生き残った。経済が大発展し中国全土を追い抜いた。

 先に述べたように中華民国は国連が認めない国である。北朝鮮とか、南太平洋の数万人の国は国連の加盟国なのだが、2200万人がまじめに暮らしている台 湾は国ではない、仲間ではないと黒人のアナン事務総長は決めているのだ。アフリカなどの虐げられた人々の心が分かる代表と思われていても、台湾の人々の気 持ちには応えられないらしい。

 ●本当のトラブルメーカーは誰か

 2つの中国の争いから先に手を引いたのが、中華民国台湾側である。90年年代初頭、李登輝は「動員征伐時期臨時条項」を修正し、大陸中国を認め、戦争による解決を一方的に放棄した。これが初の台湾人最高指導者によってなしえた画期的な決定だ。

 「共産党を反乱分子と規定し、その征伐のための非常時だから独裁政治であっていい」という国の根本的な考えのひとつを改正した。1年前のちょうどこの3 月に陳水扁が野党からの出馬で大統領に当選した。この民主選挙に道を開いたのが李登輝による決定だった。一方の中国は政府を批判する野党を作っただけで刑 務所行きだ。

それまでは互いに憎しみあい、隙あれば戦争を仕掛ける準備が行われて来た。中国共産党や人民解放軍の機関紙はこの李前総統を「アジアのトラブルメーカー・ 世界最悪の指導者」「台湾同胞を惑わす最低の政治家」「歴史のゴミ箱に捨て去られるべき史上最低の人物」と扱き下ろしている。「NEWS23」などの番組 は金大中の「太陽政策」をやたら誉めているけれども、10年先行した李登輝を無視しているのはなぜだろうか。李登輝インタビューが放映されたら大変参考に なるのに。中央電視台赤坂放送所からではやはり無理なのか。

 中国共産党は何か引け目があるのか、日本や米国に李氏が訪問して演説されると困るらしく、外国訪問ができないように必死で裏工作をしている。APEC大阪会議や京大百周年、広島アジア大会などの裏事情を聞くとそういうところが見えてくる。

 ●自分たちこそ支配者という傲慢

 李登輝の画期的決定から10年、6・4天安門虐殺の教訓も生かされず、共産党幹部の考えは過去の戦争時代と同じで思考停止している。いまだに武力による 威嚇での統一を第一に考えている。自分たちこそが支配者だという傲慢さがある。陳水扁が持ちかけても話し合い解決に乗って来ない。「中国共産党の主張をす べて認めなければ話し合いの席には出ない」というものだ。その主張を端的に表す言葉が「ひとつの中国」なのだ。

 つまり、「中国がひとつならそれは当然共産党の支配する我々中国のことであり、台湾は共産党より格下の地方政府であり、もともと反乱分子であるから正当な主張をする権利などない」ということを認めたら会ってやるというものだ。

 こうあからさまに言うと世界のマスコミに叩かれるので抽象的な「ひとつの中国」という言葉に留めてこだわるのだ。「2つの中国」や「一中一台」を認める と共産党の正統性が失われ、50年間自分たちがやってきたことの辻褄が合わなくなることからこうした主張が続けられている。

 本当に「中国人民のことを思い」「台湾を偉大なる祖国に抱擁する」と思っているのなら、どういう条件でも話し合いの席に付いたらよかろう。それができないのは、本心から出た言葉ではないからだ。

 船津宏へのメールは funatsu@kimo.com.tw

  2001年03月17日(土) 中国情報局 文 彬
 




 拙稿、「中国のシンドラー・何鳳山」URLが発表してから、多数の読者からメールを戴きました。私の知らない情報も教えてくださり、たいへん勉強になりました。その一部をコメントを交えて紹介させていただきます。今度ともご指導のほど宜しくお願いします。
 


 【K・T様】「中国のシンドラー・何鳳山」を拝見しました。私は去年まで杉原千畝の出生地である岐阜県の近くにおり、杉原氏の話は時折聞いておりましたが、何氏のことは耳にすることがありませんでした。更に文氏のことを書物などで確認し、自らの考えを深めていきたいと考えています。

 【U・I様】何鳳山に関するコラム、大変感動的でした。文さんのコラムを読まなければ、ずっと知らないままでした。いつも大変勉強になります。勉強だ けでなく、文さんのコラムを読むといつも爽やかな気分になったり、心が温かくなったり・・・。これからも、楽しみにしています。

 ■文彬のコメント:何時もU・I様からお褒めの言葉を頂き恐縮ですが、大きな励ましになっております。
 



 【M・K様】「萬晩報」 中国のシンドラー・何鳳山での件で、主題ではないので恐縮ですが文さんの文に「・・・杉原千畝は戦後日本に戻ってまもなく『リトアニアでの行動』を理由に 外務省から免官されてから・・・」とありますが、外交評論家の加瀬英明氏が、今年の2月1日発行の漁火新聞「ユダヤ難民救った日本、立派だったのは杉原氏 だけではない」の中で、杉原千畝氏に触れ、それによると、

「杉原氏が、本省の訓令に違反して査証を発給した為に処分されたと言う事実は、まったくありません。そのような証拠は何一つありませんが、杉原氏がリトア ニアのカウナスで、副領事としてユダヤ人難民に査証を発給するにあたって、疑念がある場合にはしばしば事前に本省に許可を求めており、それらの公電の記録 は残っています」
「また、カウナスを離れた昭和19年に杉原氏は勲五等瑞宝章を授けられています。もし、杉原氏がユダヤ人難民に査証を発給した為に処分を受けていたとしたら、叙勲の栄誉に預かる事はありえない事です」
「杉原氏が、ユダヤ人難民に査証を発給した為に、終戦後、外務省を懲罰的に罷免されたと言う話も事実ではありません。外務省は終戦後、当然の事で したが、機能が大きく縮小されてしまいましたので、人員整理を行い、多数の職員が依願退職の形をとって、外務省を去っていきました。この結果、外務省定員 は昭和21年に2260人だったのが、翌年には1563人まで減りました。杉原氏もその中の一人にすぎません」
 杉原氏は退職後の昭和22年6月付で、岡崎勝男外務次官から懇切きわまる書簡を受け取ってい ます。もし、杉原氏が査証を乱発した為に罷免されたとすれば、外務次官が礼を尽くした書簡を出す事はありえないことです」(後の文略)

と、あります。これらからすると、「リトアニアでの行動」を理由に外務省から免官されてはいない様ですが、どうなのでしょうか?

 ■文彬のコメント:拙稿「中国のシンドラー・何鳳山」の中で杉原氏に触れた部分の根拠は、以前見た日本テレビの「知ってるつもり?」と今までに読んだ幾つかの記事によるものです。記事の出所は忘れましたが、ネットで検索してみたら、次のようなページがありました。
 また、杉原氏のユダヤ人救出は、外務省の命令に従ったもの、いやそうではない、など、ネットでの情報は錯綜しています。また、国会答弁の時も野 党と外務省の意見は真っ向から対立していたようです。但し、平成3年10月3日、鈴木宗男外務政務次官が、杉原幸子夫人を外務省飯倉公館に招いて謝罪した といいます。

 ついでながら、前日図書館で立ち読みした『昭和情報秘史』(香取俊介著・ふたばらいふ新書)のなかで、偶然杉原氏を語る一節を読んで驚いたことがありました。

 免官されNHK外報部に転職した杉原氏はそこでリトアニア時代の知り合いと同じ建物のなかで仕事をするようになりましたが、杉原氏は後ろ めたいことでもあるかのようにいつも知り合いから逃げていました。そしてその知り合いは杉原氏が人間として失格だというようなことも話したといいます。理 由について説明されていないため、知る由もありませんが、何方が状況を提供していただければ幸いに思います。

 ですが、完璧な人間はこの世にいません。すべての人から好かれることもあり得ないことです。ただ、杉原千畝のおかげで多くのユダヤ人の命が救われたことだけは事実です。杉原氏のこのような正義の行動に対して敬意を表わさなければならないと思います。
 


 【H.S様】ユダヤ人をいろいろな手段で虐殺の場から救い出した話ほど、20世紀の人類の姿の裏表を映し出している事件はありません。同じ人類が虐殺と救出をしているわけですから。

 ところでユダヤ人を救出したときの中国大使は、後日中共と呼ばれた中国の大使ではなく、中華民国大使のことですが、文様も文章のはじめで は民国政府といいながら、いつの間にか中国と言い換えております。確かにその後中華人民共和国が、いわゆる中国と呼ばれるようになりましたが、それ以前の 民国政府とは全く異なった性格の国だと断言できます。

 おそらく鳳山さんはその後も民国外交官として、海外で仕事をなさったのではと思いますが、如何でしょうか。
 私はこれまでに中華人民共和国の何方かが、そのようなことをなさった話を、残念ながらお聞きしたことがありません。私の不勉強をお許しい頂きますとともに、もしそのような例がありましたら、ご教授頂ければ幸甚でございます。

 ■文彬のコメント: タイトルが「中国の.....」なのに、文中では「国民政府」と言い換えたことについて、少し説明させていただきます。日本では、普通大陸のことを「中 国」、台湾のことを「台湾」と言っていますが、台湾と中国はみな自分のことを「中国」と言っています(台湾独立を主張している人々は別ですが)。そのた め、「二つの中国」という概念も出てきたわけです。

 また、中華民国は台湾のみの代表ではなく、中華人民共和国の勢力範囲を含む中国の代表だと昔も今も中華民国の正式な見解です。

 私の「中国」も、台湾と大陸両方を含む概念になっておりますので、コラムのタイトルに「中国」を使わせていただきました。これは「中国人」(台湾人と「大陸人」を含む)の間では共通の認識だと思います。

 文中の「国民政府」ですが、これは厳密には「中華民国政府」と呼ぶべきですが、一般的には「国民政府」、あるいは「民国政府」とも呼びま す。ちょっと不自然なたとえかも知れませんが、明治政府も日本だと同じように、国民政府も中華民国も、そして中華人民共和国も「中国」であると思っており ます。
 


 【K.N様】「中国のシンドラー・何鳳山」を拝見しました。 「第二次世界大戦で身の危険を顧みずユダヤ人の命を助けた人々のことを「シンドラー」と呼ぶことが普通になっている。」とありますが、満州国の樋口季一郎 軍司令官がユダヤ人の命を救った事実が相良俊輔著「流氷の海」光人社に書いてあります。

 ユダヤ人の命を救っても、軍人であることで事実は埋もれたままということなのでしょうか。樋口季一郎の名前は、「正義の壁」に刻みこまれているのでしょうか。

 ■文彬のコメント:その後、K.N様からのメールで分かったのですが、樋口季一郎の名前は、「正義の壁」に刻みこまれてい るそうです。また、樋口季一郎のことに関するHPを中国情報局の石上さんより教えていただきました。但し、当時ユダヤ人救出に携わった行為は、当時の政府 や軍の「組織的な行動」とことに対して反論が多いようです。
 


 【T・S様】大変興味深く読ませていただきました。
 いつかはイスラエルやアメリカで開かれているユダヤ博物館等を訪れてみたのですが、ご推薦されるところは何処でしょうか?正義というものに関して昔から興味を持っていて、様々な所で実践されている話を拝聴するととても勇気付けられます。またご投稿よろしくお願いします。

 ■文彬のコメント:ホロコースト記念館(ユダヤ人虐殺記念館)は日本にもあります。日本初の「ホロコースト記念館」は、福山市の郊外御幸町にあります。ここを訪問すれば、もっと具体的な情報を得られるのではないかと思います。
 また、エルサレムのホロコーストも有名ですが、ユダヤ人虐殺地であるヨーロッパ(ドイツ、オーストリアなど)の方がもっとリアルな情報が得られると思われます

2001年03月14日(水)   長野県南相木村医師 色平 哲郎

田中康夫県知事が発表した「脱ダム」宣言には、少なからず驚いた。

日本の川の上流部の山中には、必ずといっていいほどダムがある。
ダムを造らないで治水をする、そんなことができるのだろうか。
なぜ今まで、そうしてこなかったのか――。
そんなことを考えていたら、二年前、ドイツでの「脱原発」宣言を思い出した。

1999年6月、前年秋の総選挙に勝利したドイツの連合政権は、「脱原発」で、国内の電力業界との合意に達した。原子力発電所を新たに増設せず、現在稼動している19基の原発の操業も段階的に停止させ、遅くとも2030年までにそのすべてを廃棄するという計画だ。

あっと驚く内容だった。

連合政権の内部事情と、チェルノブイリ事故後の「安全のためのコスト」の高さに悲鳴を上げていた電力業界が妥協した結果だとはいえ、そんなことが可能だろうか???
なぜなら、ドイツも日本と同様に、電力需要の三割を原発に頼っているからだ。

日常となっているのことの30パーセントをも「別なものに置き換える」というのはなかなか容易ではない。ドイツの「宣言」の行方を、今後とも注目したいと思っていた。
そこへ田中知事の「脱ダム」宣言だ。
こちらの行方も、県民として大いに気になる。

原発を除けば、ダムほど、多数の人々を死亡させる巨大な潜在性を秘めた人工構造物はない、ということをご存じだろうか。
これまで世界に起こったダム災害のうち、戦争中を除き最悪のものは、75年8月、中国河南省で発生した。原因となったのは、1950年代初頭、淮河上流に建設された「板橋」と「石漫灘」の二つのダムだ。

同年8月5日から7日にかけて河南省を襲った台風は、巨大なものだったという。7日夕方、上流の板橋ダムの排水ゲートが土砂で詰まって、水がダムの堤を越えた。下流の石漫灘ダムがあふれ出した奔流に襲われ崩壊した。石漫灘ダムを決壊させた水流は、下流にあるダムも「ドミノ倒し」に破壊。その数、実に62ダムにのぼった。

水は時速50キロで押し寄せた。量は日本最大の貯水量を誇る奥ただ(漢字で)見ダムと同じ、6億立方メートルだったという。水は数千平方キロもの広さの湖を形成し、8万5000人の命を奪った。8月13日になっても水は引かず、200万人が水の中に取り残されていた。照りつける夏の太陽の下、屋根の上など避難していた十四万五千人が、飢えや赤痢などの伝染病で死亡した。

この出来事は、発生後20年間にわたり、中国政府に巧妙に伏せられてきた。しかし95年2月、米国の非政府組織(NGO)の手で世界に公表された。私はNGO関係者からこの話を聞き、すさまじい被害に戦慄を感じた。

NGOがこの事件を調べる契機になったのは、80年代後半の比較的開放的な時期に中国の水利資源専門家が公表したいくつかの論文だった。権力の目をかいくぐり残された記録は、ダムが引き起こした悲劇だけでなく、潜在的危険性をも暴いたわけだ。

ダムや原発の議論を聞いていると、わが国の専門家たちの多くは、たとえ建設予定地の地下に断層が発見されても「安全」と言い切ってしまい、異和感を感じる。今回の知事からの「宣言」については、一方通行型のリーダーシップを乗り越えて「大事なことだから、「県民投票」で決めよう!」との声が県内にまき起こっているようだ。

いずれにせよ、ダムは私たちの生活に極めて重要な影響をもたらす。今回の「宣言」を含めた是非は、田中知事や議会に任せず、いっそ「県民投票」で問うというのはどうだろう。

(「沈黙の川」築地書館133ページ以下、から援用)
originally from "The Three Gorges Dam in China:
Forced Resettlement, Suppression of Dissent and Labor Rights Concerns"
Human Rights Watch/ Asia, Vol.7, No.2, 1995, p.43.

 ■■■■「脱ダム」宣言■■■■ 長野県知事 田中康夫(2001年2月20日)

 数百億円を投じて建設されるコンクリートのダムは、看過(かんか)し得ぬ負荷を地球環境へと与えてしまう。

 更には何れ(いずれ)造り替えねばならず、その間に夥(おびただ)しい分量の堆砂(たいさ)を、此又(これまた)数十億円を用いて処理する事態も生じる。

 利水・治水等複数の効用を齎す(もたらす)とされる多目的ダム建設事業は、その主体が地元自治体であろうとも、半額を国が負担する。残り50%は県費。95%に関しては起債即ち借金が認められ、その償還時にも交付税措置で66%は国が面倒を見てくれる。詰(つ)まり、ダム建設費用全体の約80%が国庫負担。然(さ)れど、国からの手厚い金銭的補助が保証されているから、との安易な理由でダム建設を選択すべきではない。

 縦(よ)しんば、河川改修費用がダム建設より多額になろうとしても、100年、200 年先の我々の子孫に残す資産としての河川・湖沼の価値を重視したい。長期的な視点に立てば、日本の背骨に位置し、数多(あまた)の水源を擁する長野県に於いては出来得る限り、コンクリートのダムを造るべきではない。

 就任以来、幾つかのダム計画の詳細を詳(つまび)らかに知る中で、斯(か)くなる考えを抱くに至った。これは田中県政の基本理念である。「長野モデル」として確立し、全国に発信したい。

 以上を前提に、下諏訪ダムに関しては、未だ着工段階になく、治水、利水共に、ダムに拠(よ)らなくても対応は可能であると考える。故に現行の下諏訪ダム計画を中止し、治水は堤防の嵩(かさ)上げや川底の浚渫(しゅんせつ)を組み合わせて対応する。利水の点は、県が岡谷市と協力し、河川や地下水に新たな水源が求められるかどうか、更には需給計画や水利権の見直しを含めてあらゆる可能性を調査したい。

 県として用地買収を行うとしていた地権者に対しては、最大限の配慮をする必要があり、県独自に予定通り買収し、保全する方向で進めたい。今後は県議会を始めとして、地元自治体、住民に可及的(かきゅうてき)速やかに直接、今回の方針を伝える。治水の在り方に関する、全国的規模での広なる論議を望む。

2001年03月13日(火)台湾研究家 船津 宏

 中国を名乗る国は半世紀前の1949年から2つある。そもそも中国がひとつだったら、「中国はひとつ」とあれだけヒステリックに叫び続ける必要もない。わが国に「日本はひとつ」と叫ぶ政治運動はない。

 日本が大陸に軍隊を派遣していた時、清が滅び、中華民国が建国されたものの、各地に軍閥が割拠、国として統一感はまったくなかった。帝国主義者たちにとってはアメリカ西部開拓時代のように誰のものでもない土地がそこにはあるように感じられた。

 ロシア(ソ連)もアメリカも日本もみんなその利権がほしかった。自分の領土を拡大したいと虎視眈々と狙っていた。もちろん誰もがそこは自分なりの理由を設けて自分が使うべき土地だと主張した。

 ここで話題になるのが「日本の侵略」という歴史用語である。ロシアとかアメリカや英国やフランスの侵略という言葉は出てこないで日本だけが侵略なのだ。 中国が各国同程度に侵略非難をやっていたら日本の反発も少ないだろう。ところが西欧は軽く侵略に触れるだけで日本についてのみ名指しで詳しく非難される。

 ●エリザベス女王は謝罪したか?

 この日本の侵略に対して「日本は中国に謝罪していない」というのが江沢民がこの前、天皇陛下の前で偉そうに言っていたことだ。ところで香港返還の時、エ リザベス女王は江沢民に謝罪したのだろうか。そもそも謝罪要求しただろうか。日本は15年間ほど、英国は150年間も侵略していたのだが。英国のような常 任理事国には媚びを売り、日本のような非常任理事国で政治的に弱い国には居丈高になる。

 もちろん侵略という歴史用語を使ってもいいのだが、それならば、蒋介石による台湾侵略とか、毛沢東によるチベット侵略とか、マッカーサーによる日本侵略とかいう表現も同時に使ってもらいたい。

 このように侵略というのは、被害を受けたと思っている側が憎らしい相手に対して使う感情的な表現であって、公平な言葉ではない。

 ロジックを捻るとこんな例ができる。明治天皇による徳川幕府侵略。徳川家康による大阪侵略。神武天皇による日本人侵略。中国共産党もほかの軍閥を侵略し たから現在の国がある。こうした表現がおかしいと感じるかどうかは何によるのかといえば、現在の支配者を当人が受け入れているかどうかという基準だけだ。 絶対的な正義の基準などない。

 滅ぼされたチャイナの人々からは中国共産党は侵略者だろう。それでも侵略を受け入れ、これからは仲良くやっていこうと決めたからは侵略という言葉は使わ ないのだ。侵略という言葉を使う限り、これまでのことに納得していないし、これからも敵対してやっていこうとする意思表示になる。

 日本がルーズベルトによる侵略と歴史書に書き出したら、アメリカと仲良くやっていけるはずがない。こういう表現を持ち出す以上、謝ったくらいで納得する はずがない。そもそも謝って納得する喧嘩はない。双方の心が互いに受け入れ合い、しかたないと思いつつ手を打つからその儀式として謝るのであって、謝るか ら相手が許すというものではない。

 日米の間は手打ち式が行われた。日中の間も手打ち式があったのだが、その中国とは中華民国だった。

 船津さんへのメールは funatsu@kimo.com.tw

2001年03月11日(日)   萬晩報主宰 伴 武澄

 コリン・パウエル国務長官が国務省の職員に向けて行った就任スピーチが話題を呼び、「上司のスピーチとして最高の出来映え」との評価も出ている。ひとつには日本の中学生でも分かる語彙を使った簡潔な訓辞だったということである。

 ブッシュ・ジュニアの大統領就任演説は相当に語彙をちりばめていたそうだが、ケネディやレーガンの就任演説は200とか300の単語で語られたため覚えやすく分かりやすかったとの定評がある。

 アメリカでも大統領演説ともなれば陰のライターがいるのだろうが、パウエル国務長官のこのスピーチは本人の肉声のようだ。スピーチはきらびやかなキー ワードがちりばめられていたとしても中身が伴わなければ空虚である。国務長官は「仕事を楽しめ」「いくら役所に遅くまでいても俺は評価しない」「仕事が終 わったら家へ帰れ」と語りかけた。

 また「チーズバーガーで十分で、宿泊はホリデーインが好きだ」と出張の際はの華美な接待を戒めた。規定の宿泊料を上回る高級ホテルが好みの多くの日本の 閣僚とは大分違うようだ。見栄ばかりを張るから外務省の役人による公金横領を許す素地が生まれるのだ。日本にもこんな上司がいたら仕事ははかどるのだろ う。以下、入手した英文の抜粋を掲載する。

 I am going to fight for you. I am going to do everything I can to make your job easier.

 I want you all to have fun under my leadership. I like to have fun. I am going to go home as soon as no one's looking on the Seventh Floor.(Laughter and applause)

 I am 63 going on 64. I don't have to prove to anyone that I can work 16 hours a day if I can get it done in eight. (applause)

 If I am looking for you at 7:30 at night, 8:00 at night, and you are not in your office, I will consider you to be very very wise person. (laughter) If I need you, i will find you at home. Anybody who is logging hours to impress me, you are waisting your time. (Laughter and Applause)

 Do your work, get the work done, and then go home to your families, go to your soccer game. I have no intension -- unless the mission demands it -- I have no intension fo being here on Saturday and Sunday. Do what you have to do to get the job done, but don't think that I am clocking anybody to see where you are on any particular hour of the day or day of the week. We are all professionals here and can take care of that. Have fun. Enjoy the work.(Applause)

 I will start traveling in due course. For the first few weeks, since I am the only confirmed official in the State Department from the new Administration. I'm afraid to leave town. Al Larson might take over or do something--(inaudible). (Laughter)

 So I am going to stick close to home until we get our sea legs, but then I will start traveling. And so for everybody watching around the world. I will be around to see you in due course. I am an easy visitor. We are going to try to make it very easy for me to visit. Just to save a lot of cable traffic.

 I have no food preferance, no drink preferance--(laughter)--a cheeseburger will be fine. I like Holiday Inns, I have no illusions. I don't want to be a burden when I come to visit. Don't do a lot of dumb things just because the Secretary is coming. Keep it easy, keep it light keep it low. And if I find something I don't like, I'll let you know.(Laughter)

 So I just want to let you know that I am proud to be your Secretary. I am proud to have been given this oppotunity to serve the American people again. But, above all to serve with you. Thank you very much.


2001年03月08日(木)   台湾研究家 船津 宏

 台湾の新聞・テレビで二月前半の飯島愛「プラトニック・セックス」に続いて後半は小林善紀(台湾での表記)「台湾論」のオンパレードだというのに日本の テレビ、週刊誌は飯島愛は大きく取り上げても、小林よしのりは扱いにくいのかどこも取り上げなかった。台湾で一面扱いの小林だが、それを「取り上げにく い」と感じる根元にあるものが日本マスコミの弱点かもしれない。池田大作が外国要人と会談しても取り上げないのと根は同じだ。評価が分かれる物は取り上げ ない、火中の栗は拾わない。

小林の「台湾論」が台湾で政争の具となっている。分厚い漫画本の中でわずか一ページ、台湾人実業家・許文龍が語った「《従軍慰安婦》の集め方は決して強制 なんかじゃない」というところだけが取り上げられて問題にされている。台湾の発展を好意的に描いた他の部分は話題にもならない。

過激なマスコミ報道で許氏が経営する奇美実業の製品は不買運動に遭遇、奇美医院には放火するぞと脅迫電話まで掛かってきた。台湾随一の設備を誇り多数の入院患者がいる病院を、である。「野蛮な日本を糾弾する」はずの人々が逆に野蛮な行動に陥っている。

 許文龍叩きに動いている人の大半が小林の本など読んではいまい。実際には「従軍慰安婦」も「植民地支配」もどうでもよくて、陳水扁の大統領当選で最近実 力をつけてきた台湾人勢力を叩いて、過去の中国人支配に戻そうという動きと分析できる。小林が間違っている部分については粛々と言論で対抗していけばよい のだ。それをせずに大衆煽動に向かうところに毛沢東流の作為を感じる。

朝日新聞は陳総統が「こうした悲劇はあってはならない」と記者発表したことを伝える。「やはり強制だった」とは言わなかったことには触れていない。産経新 聞は外省人(台湾の中国人)と本省人(日本時代以前から住んでいる人)の対立に発展していると伝える。日本から小林反対派がわざわざ行って論争を焚きつけ ている。

「反日」の機運が盛り上がっているわけだが、こういう時日本の平和運動家は「日本は平和主義です。台湾と敵対する人なんていません」となだめに行ったりは 決してしない。ここぞとばかり、小林を叩きに行く。自分たちの敵を叩くためなら外国勢力を利用する。行動の方向性がなぜか逆なのだ。日本と外国の感情対立 が減るように行動するのが平和主義者の役目のはずなのだけれど。

小林の論が日本をすべて代表するわけではない。「私たちがいる限り、日本が台湾を侵略することは絶対ありません」となぜ呼びかけに行かないのだろう。小林 がどんな意見を持っていようが、「平和主義者」自身が戦争を防ぐ努力をしたら良い。中国や台湾で武器の放棄と平和を説いて回れば良いのだ。ところが彼らが 常にやっているのは「小林はこんなことを言っていますよ、あんなこともやっていますよ」という「御注進」活動なのだ。

中国人の論理は①小林は従軍慰安婦を認めない②だから植民地支配を正当化している③再び軍隊を派遣し占領する考えの古い体質の右翼だ④中国人なら日本人を警戒しなければならない――という流れになっている。黒と認めなければ白になるという考え。

一般の日本人はそうは考えない。小林も「慰安婦は居たけれど言われているような強制的な集め方をしたわけではない」「日本は台湾でりっぱなこともした」と 漫画に描いているに過ぎない。けっして「日本が全部いいことをしてやったのだから再び占領してやる」とゴーマン宣言しているのではない。しかし、右翼の レッテルを貼られ、再び軍隊を派遣すると批判されている。

日本に住む台湾人Sさんの反応は「やはり台湾人は馬鹿」というものだ。日本の知識人の九割が「台湾存在無視・台湾消滅容認・親中国」なのに対し小林は台湾の存在を認め、愛情を持って描く稀有な存在の作家だ。そうとも知らず政治家に踊らされて騒いでいるのを嘆いていた。

100%中国の歴史観を受け入れない限り、日本は軍国化すると言われる。1%でも訂正を試みると軍国主義で右傾化だとされる。こういう論理を許していては決して日本と台湾の、日本と中国の友好関係など築けないのではないだろうか。

結論めいたところに来たが、台湾は小林の本が出版でき、一般大衆が読み、その内容について公然と議論できる国になった。「小林の入国を禁止する」と内政部 が発表、民進党や新党の議員が「台湾は蒋介石時代に逆戻りしてよいのか」とそれに反対する言論を展開している。歴史はそれだけ進んだ。「共産党宣言」を 持っていたら特高警察につかまった1930年代の日本や、法輪功のテキストを隠し持っていると警察につれていかれる2000年代の中国とは大きく違う自由 がある。


 船津宏へのメールは mailto:funatsu@kimo.com.tw
2001年03月03日(土)   台湾研究家 船津 宏

 中華民国台湾の"臨時首都"、台北市の政治中心には総統府がある。その向かい側には長年の独裁与党だった国民党の立派なビルが建っている。この一角に確 か「自由と民主で中国を統一しよう」という趣旨の大きな看板が掛かっていたはずだった。中国国民党政府の最重要スローガンだった。

 これがいつの間にかなくなっている。聞いてみると昨年2000年の8月、近づく台風への警報が出る中、「危険だから」ということで撤去されたという。銀 行協会など大企業が金を出して看板は設置されていた。確かに古ぼけた看板である。台風が来れば吹き飛ばされ、危ないというのも分からないでもない。それで も何十年も掛かっていたのである。

  国民党政権ならば撤去はされず同様の新しい看板に架け替えられていただろう。やはり陳水扁政権への交代は大したものと一枚の看板ながらそう思う。日本人の 台湾への関心は高まっているものの、不可解かつ不気味なルールに縛られた日本の新聞報道で一般人には理解しにくい状況をなんとかしたいと思っている。我々 日本人が気づかないうちに、2000年をスタートラインに台湾の歴史はもう始まっているようだ。連載に当たって、この看板のことから始めたい。

 日本人に一番理解しにくいのが「ひとつの中国」とか「一中一台」とかいう問答である。それを演説で認めたか認めなかったか。話したか話さなかったか。そ んなことでミサイルを飛ばしたり、軍艦が集結したりする必要があるのだろうかと一般の日本人は思う。石原慎太郎東京都知事が昨年2000年5月の総統就任 式の時、インタビューで述べた「一中一台で十分だ」というコメントも問題発言のように報道しながらもその詳しい解説はテレビでは行われないのはどうしてだ ろうか。

 中国の歴史は50年。1949年に建国したから、2000年でちょうど50年になるわけだ。チャイナの歴史は数千年と言っても差し支えないものの、中国(中華人民共和国)の歴史はたった50年である。

一方、もうひとつ中国を名乗る国がある。これが中国国民党政府が指揮してきた中華民国である。こちらは1912年にスタートしている。これ以前に中国を名 乗った国は歴史上存在しない。このあたり日本の歴史教科書は誤っていない。そう学校で習ったようにそれは唐とか漢とか明とかいう国だ。

 現在、この中華民国台湾を国連は認めていない。2200万人ほどの人がひとつの体制の下に平穏に暮らしているのだが、この人たちは国連からすると"国 民"ではないらしい。英国の団体には「2200万人の難民」と規定しているところもある。あの島に豊かに暮らす人々が難民? 筆者にはどうころんでもそう いう風には見えないのだが。(了)


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