2000年12月アーカイブ

2000年12月17日(日)
元中国公使 伴 正一(高知市在住)


 そうでないという見方もある。しかし今回の大統領選挙が、アメリカの保持してきた軍事力以外の権威に大きなダメージを与えたことは否み難い。近代啓蒙思 想に立脚した地上初の国家を発進させてこのかた、デモクラシーの旗手としてアメリカが果たしてきた世界的な役割は他の追随を許さぬものだった。

 アングロ・サクソン的風土に根ざす法の支配が、やがて最盛期ローマの域に達し得るかどうか。それがアメリカのリーダーシップに懸っていることは大方の国 が認めるところである。 正に「ローマは一日にして成らず」、ここに言う軍事力以外の権威は、長期に亘る歴史と展望の中から自ずと醸し出されてきた貴重な 精神的資産にほかならない。

 少し褒め過ぎかも知れないが、そんな国柄のアメリカ大統領選挙で、民主基盤の脆弱な一部の途上国にあり勝ちな票集計上の悶着が延々と続いたのだから全世界が唖然としたのも不思議ではない。

 とことんまで投票者の意思を確かめるところ、流石はアメリカ人と感心した日本人もいたようだが、いかに接戦だったとはいえアメリカともあろう国が、票集計上の細かい技術案件と思えることでこれだけもたつけば、どう贔屓(ひいき)目に見てもボロ続出の感は否めない。

 ●それほど出来のよくないことが分かった米デモクラシー

 "えくぼ票"が出易いとか、投票紙の様式が思い違いを起こさせ易いとか、定められた機械集計方式のシステム不備を理由に、(裁判で)集計方式の切り換え を図ろうとするあたりまでは、「いかにも訴訟社会らしい」で通るかも知れない。だが、デモクラシーの"家元"がそんなことでよかったのか。

 こんな時こそ提訴をするにしても自制して一審止り、国の内外で将来起るであろう類似ケースのため、早期収拾のよき先例を確立するんだという意気込みが あって当然ではなかったのか。問題を"細かい技術案件"とは言ってみたが、じっくり考えてみると、意外にも深いところでデモクラシーの基本原理につながっ ている。

 接戦になると多かれ少なかれ、勝敗の決り方に釈然としないものを残して決着をつけるしか選挙結果を確定する術(すべ)のない局面が出てくるものだ。「ク ジ引きとどこが違うんだ」と悪たれ口を叩かれても「クジ引きと同じで何が悪い。ほかに名案がなければそれで決着をつけるしかないではないか」と一気に押し 切るしかない場合も稀ではない。

 選挙が万能薬であるかのような幻想は捨てなくてはならぬところへ辿り着いているのだ。選挙だってクジ引きみたいなもの、正確に言えば選挙そのものにクジ の要素が内在しているという見極めをつけるのだ。最適の人が選べる保証もない選挙の限界を見据え、クジ的な決着方法を正規の選択肢に加えることは、虚構を 排してデモクラシー運用を高める叡智(えいち)というものではないだろうか。

 古代ギリシャの都市国家(貴族的ステータスを持っていた市民の直接民主制)では軍司令官以外の要職への任命は抽選によったといわれる。ウソのような話で はあり、詳しいことが分からないので何とも言えないが、それなりに条件が揃っていれば人選びの方法としてまともに機能していたのかも知れない。何かのヒン トになりそうな話である。

 ●デモクラシー運用の未開拓分野

 ここで一服、とも言えないが二つばかり問題提起をしておきたい。一つはアメリカの選挙が幾重もの同日選挙になっている点についてである。

 今回の大統領選挙でも同時に下院議員選挙が行われるし、ニュー・ヨーク州では上院議員選挙まで併行して行われた。こうなると三重の同日選挙だ。さらに知 事選まで一緒になるいくつかの州では、知事以外に10内外の選挙職ポストがあるので選挙民の頭の混乱は容易に察しがつく。

 詳しく調べるには至ってないので断定的なことは言えないが、これほど沢山の選挙を一度にやるのは、一般有権者の知的能力の限界を超えている。これで真面目に選挙をやれというのは無理というものではないか。

 二つ目は有権者の意思を確かめると言えば聞こえはいいが、かなり眉唾的だということだ。名前の書き間違えやボタンの押し違えは、投票態度のいい加減さに 起因する場合が多いはずだが、そうなのかどうかを含めて、手間をかけ出せばキリのない確認作業をどこらあたりで打ち切るべきなのか。

 安易には結論の出せない厄介な問題、デモクラシー運用部門全体の中でも大きな未開拓分野である。その批判がタブー視される有権者天使論の風潮が、どれだけ我々の目を実態からそむけさせ、選挙制度の各分野で気休め的な仕組みを温存させてきたことか。

 有権者の意思確認という尤もらしい大義名分がかぶさると、開票、集計の作業工程にいくら(無責任な投票行動の尻拭いに等しい)個別点検作業を組み入れて も問題にならないどころか逆に良心的にさえ映る。アメリカン・デモクラシーに巣食っているそんな類いの"まやかし"にアメリカ自身がメスを入れ、今回のや り損ないをきちんと総括して欲しい。

 ついでながら、日本人もそんなことに役に立つことが言えるくらいになることを努力目標の一つしてみたらどうか。その過程で日本におけるアメリカ論が地についたものになること請け合いだ。

 ●米国でも難しい法による支配

 当事者による上訴につられて各級裁判所の判断が反転、再転したことは、裁判制度の仕組みから言えばそれほどおかしいことではない。

 しかしその過程で、多分に政治的な判事任命の実情が取り沙汰されるに及んで(特に日本の場合は報道陣の素養の欠落が一因だったと思われるが)法の支配の モデル的存在だったアメリカ司法の権威に、よもやと思われる翳(かげ)りが出てきたことは争えない。アメリカにおける三権分立の特徴は三権相互のチェッ ク・アンド・バランスだとされるが、今度のような機会にじっくり見直しをしてみることは是非とも必要なことではなかろうか。

 しかし何と言っても法の支配に血を通わせるものは、裁判を積み重ねていく中で醸成されて行く信頼であり、その源(みなもと)になるものは裁判そのものの 公正である。このことを考えると,今回のことで生じたアメリカでの法の支配の翳りを消し去るには予想以上の年月を要するかもしれない。

 しかしアメリカで達成されない法の支配が世界レベルで達成できるはずはない。ましてや國際司法裁判所が権威を確立して、武力紛争の事前防止に大きな役割を演ずるような法の支配の時代の到来は全くの夢物語に終わってしまうに違いない。

 アメリカには色々注文をつけてきたが、デモクラシーの家元としても,法の支配への牽引力としても、アメリカは重要な世界史的役割を期待されている国であ る。自重自愛、これからは叡智(えいち)の涵養にも心掛けて本来の権威を回復し、更に今まで以上に高めて、それを世界のために役立てて欲しいのである。


2000年12月15日(金)
アメリカ在住彫刻家 斎藤隆生


 米国のマサチューセッツ州などを中心としたニューイングランド地方には、18世紀後半から19世紀始めにイギリスの大学システムをモデルにして設立され たUniversity(大学、大学院を含む総合大学)やCollege(大学4年生教育を中心にした大学、日本で云う単科大学とは全く異なる)が、多く 集っています。

 今年の夏から車で、マサチューセッツ州やメイン州などのニューイングランド地方を中心に各大学を訪問しました。各大学では訪問者のための、入試事務局の アドバイザーが学校の授業内容などに関して説明する説明会を1時間、そして在学生がキャンパス内を案内するキャンパス・ツアーを夏休み中行なっています。

 息子はニューヨーク市内の私立学校(幼稚園から高校まで)に通っています。少人数のクラス編成(1学年が78人で、1クラスが20人以下)での教育を小 学校の時から受けているので、多人数のクラスで授業を受けた経験もなく、また子供の性格上、多人数のクラスで授業を受けるのは不利だろうと思い、大学に関 してもマンモス大学のような学校は避けました。

 私たちは、大学の教師1人に対して学生数が何人であるかに注意しました。そして全体の学生数の多い大学は避けて、1学年が400人から600人程度の学 校に絞ろうとしました。このように大学に関して調べているうちに、希望する大学の殆どが、私立の大学で卒業後BA(Bachelor of Arts)学士が取得できるLiberal Arts教育であることを知ったのです。

 本人も、将来何をやりたいのかまだ明確に決めていません。ただ今は科学・生物学系に興味を持っているので、Scienceに関する施設がキャンパス内に 十二分に備わっているかどうか、大学訪問の際に注意しました。また大学のアドバイザーにも、医学分野に行こうとした場合の大学院へのテストに何%が合格し ているかなど具体的な質問をしました。

 そして子供は大学生活の間もピアノを続けたいとのことで、音楽室の施設も注意して見ました。そして特にキャンパス内の寮の施設に関しては子供自身が非常 に興味深く見ていました。多くの大学の寮は一部屋に2人か3人の学生が入ってベットを2段にして暮らしている状態で、立派な教室や図書館に比べて、質素で 狭いところがほとんどでした。ある大学側の説明では、図書館は24時間使えるので問題はないとの答が返ってきました。私たちが訪問した全ての学校は最初の 1、2年間はキャンパス内の寮生活を全学生に要請していました。3年目からは大学が所有する家にグループごとに一緒に暮らすシステムを持っているところも ありましたし、比較的大きな部屋を許される大学もありました。

 米国は、この10年間に大学進学希望者が25%以上も増えて、アイビーリーグなどの有名大学は入学するための競争が非常に激しくなっています。アイビー リーグなどは標準試験「SAT I」のスコア―がほぼ満点に近い1400点以上なければ入学は困難だと言われています。しかし、すべての大学がスコア―だけで選択することはなくて、アイ ビーリーグの場合、両親か祖父母が卒業していれば選考を優先します。また伝統もあり有名な大学でも「SAT I」のスコア―を出さなくても良いという大学もあります。

 どうして入学選考するのかとの私たちの質問に、そのアドバイザーは「『SAT I』のような統計的テストを私たちは信頼していない。それよりも、子供がどのように学校で行なってきたかを重視する。そして小論文を読めば、その子供の人 間性が良く理解できるので、大学側は、与えられた主題に基づいて書く文章を重視している」との答えが返って来ました。しかしUS Newsのベストスクールのレポートによると、その大学の学生は高校クラスの成績が上位5%から10%の学生であるとの報告を読みました。

 現在、私たちは子供の希望する大学に願書を送ろうとしていますが、その内容が少しでも参考になれば良いのですが。各大学には、それぞれの願書内容が少し づつ違っています。しかしおおよそは「SAT I」(標準試験で英語と数学の一科目ずつ)と「SAT II」(標準試験で、英語筆記、高等数学、化学、生物、物理、スペイン語などの外国語:私の子供は日本語のスコア―を出しました。普通は選択肢として3科 目ほど提出します)の最高点スコア―(原則的には何回でも受けることが出来ます)、そして高校からの成績証明書、先生2名の推薦書(普通は英語と、数学か 科学系の教科の先生)、また校長あるいはそれに該当する高校の担当者からの推薦書が直接に志望する大学の事務局に送られます。

 その他に大学が考慮するものとして、オプションとして芸術ARTに関すること、つまり本人の録音した音楽録音テープ、そして絵画などのスライドと、本人 の音楽歴や芸術に関しての本人の考えをまとめたレポートを提出します。私の子供の場合は、ピアノを弾いた録音テープと白黒写真プリントのスライド、ジャク ソンポロックとユングとの関係を簡潔に書いたものを提出しました。

 また、願書内にはスポーツ歴を記述する個所があり、私の子供の場合は空手とフェンシングを記述しました。場合によっては大学側からスポーツ選手に対する スカラシップがあるため、スポーツを行なっている様子を撮影したビデオも送る人もいます。ボランティアやアルバイト歴も大切で、学校によっては本人の長年 付き合っている友人のコメントを求めるところもあります。

 そして、どの大学も重要視している、小論文提出が要求されます。小論文のテーマは各大学によって違いますが、少なくても2つか3つの小論文を各大学に提 出することになります。また学校によっては、実際の授業で本人が提出した小論文に先生がコメントを書き込んだものをコピーして提出するように要求している ところもあります。また多くの大学では、本人とのインタビューも求めています。

 余談ですが、子供の通う学校で昨年「SAT」の成績が満点でハーバードに志願した子供がインタビューで拒絶されたことがありました。こちらでは点数だけ では判断しない一例です。また政治的配慮も成されています。1960年代には、ユダヤ系アメリカ人に対して州立大学が入学する数を制限することがありまし た。1970年代始めにはアジア系アメリカ人に対して州立大学が入学する数を制限することがありました。一時、戦後間もない頃からユダヤ系アメリカ人の入 学者数が非常に多くなったため、社会のバランスを取るために行なわれたものです。アジア系も1970年代に非常に入学数が増えました。TIMES誌に特集 されたほどです。

 これは米国社会の持つ人種構成からする配慮で、逆のことが言えるのは、今でも黒人系アメリカ人やヒスパニック系アメリカ人を優先して入れる枠組みを多く の大学が持っています。例えば、1つの人種によってひとつの職業(例えば弁護士とか医者)が占められてしまうのは米国社会にとっては非常に問題なのです。 これは60年代の公民権運動によって改善が進められたマイノリティーの人々に対する配慮の一端です。

 大学の授業料はこうしたLiberal Artsの私立の場合、年間3万ドルから4万ドル(授業料、寮費、食費、を含む)が必要です。約半数の学生がスカラシップや学費ローンなどを受けていま す。しかし、確かに親にとっては大きな負担です。また州立大学でも2万ドルから3万ドル必要ですが、州立大学の場合、その州に住んでいると学費が30%か ら50%近く免除されます。これは州政府に税金を払っているTAX PAYERの立場が強いからで、住民の当然の権利と考えれています。

 米国に国立大学というのはありませんが、あるとすれば全額免除の陸・海。空軍の大学関係でしょう。多くの私立大学は、素晴らしい敷地面積と建物・施設を 持っています。多くの寄付が卒業生から成されている大学が多くて、特に18世紀からの伝統を誇る大学には巨大な寄付が集っています。また教員もキャンパス 内に住んでいる場合が多く、研究機関としての役割を同時に大学は果たしています。

 Liberal Artsの大学の場合、学生数9人から12人に対して1人の教員を保持している場合が殆どです。そして、どの大学もコミュニティーへの奉仕活動を重視して いて、多くの学生がボランティア活動を行なっています。また多くのLiberal ArtsのCollegeが地方にあって、その地方での文化活動の中心の役割を担っていて、演劇、音楽会、展覧会、スポーツイベントに地元の人々も自由に 出入りしている大学が多いようです。ある大学ではレンブランドも所有している美術館も持っていました。スポーツ施設はオリンピックで使えるような施設を保 持しているところが多く、私たちも驚きました。また、地方都市においては、こうした教育産業から受ける恩恵も非常に高いと思います。



 最後に、Liberal Artsのコンセプトですが、ある本からの引用を記します。

 Liberal education has means many things, but as its core is the idea of the kind of education that a free citizen of a society needs to participate in it effectively.(リベラル教育とは多くのことを意味しているのだが、その中心の核になるものは、自由な一市民として積極的に社会に参加するため に、役立って、必要になるような教育を目指すことで、それがリベラル教育の理想である)

 l Think and problem-solve in a creative, risk-taking manner.(危険を恐れないマナーで:おじけないで、独創的に、問題解決のために考える力を養う)

 l Express ideas and feelings in organized, logical, coherent, descriptive, rich language both orally and in writing.(組織的に、論理的に、首尾一貫して、記述的に、豊かな言語表現で、口頭で、そして書くことによって、自らの考えと感情を表現する力を養 う)

 l Analyze, organize, and use data for meaningful solutions.(有意義な解決策を見出すために、記録・データを分析し、組織立て、使用すること出来る力を養う)

 l Develop the capability of setting goals with appropriate information and research and then achieve those goals with proper means.(特定された情報と調査によって、目標を設定する能力を発展させて、適正な方法で、これらの目標を達成する力を養う)

 l Help define a personal-value and ethical system that serve throughout life in making the challenging decisions one will face.(人が立ち向かわなくてはならない挑戦的な決定判断をしようとする場合に、その人の全人生を通じて、そうした場合に役に立つ、個々の人間が持つ 尊厳・価値観、倫理上のシステムを、本人が明確に持つ力を育てることを助けること)

 l Have the capacity and instinct to work in a cooperative, collaborative manner with others in one's professional and community life.(本人が向かう専門分野と、本人が所属するコミュニティーでの生活において、他の人々と協調して、共に協力するマナーを持って、働く能力と働く 本能を持つようにすること)


 齋藤さんにメールは mailto:sakuraUSA@email.msn.com
2000年12月13日(水)
北東アジア経済フォーラム上級研究員 中野 有


 トンネルを抜けるとそこは雪国であったの如く、20世紀から21世紀への世紀の変わりめには大変革はないものか。希望の未来が期待されるが、現代の世相 はそうでないようだ。現状ではあまり国に期待できない。ならば、個人の発想の転換で、グローバルな市場の中でリスクを回避し、安定した資産を増やす方法は ないものか。

 まずは、20世紀の大局的なリズムを考えてみたい。20世紀前半の日本は軍事的膨張に明け暮れ、後半は米国の共産主義封じ込め政策の恩恵を受け、奇跡的 な経済的復興が成し遂げられた。原爆という人類史上最大の大量殺戮兵器を被った日本は、世界で唯一の戦争放棄という平和憲法を有し、日米安保の傘の下で守 られてきた。

 しかし、冷戦の終焉で、イデオロギーの対立がなくなった後の米国等の戦略は世界市場を有利に操る熱戦への挑戦であり、米国に継ぐ第二の経済大国日本は、 米国のライバルの存在となった。日本は米国の安全保障に頼っている故、経済という熱戦においても米国を凌駕することはありえない。

 戦前、大東亜共栄圏を提唱した石原莞爾は「世界最終戦論」の中で、東亜と米国の戦争の決勝戦、即ち太平洋戦争は回避できないが、原爆という殺戮兵器の使 用により、第二次世界大戦に継ぐ人類の滅亡に関わる世界戦争は回避されると予言した。さらに石原は双方の大都市を一瞬で崩壊させる兵器の出現によって、戦 争の意義がなくなり経済を通じた戦いがなされるとの先見の明を示した。事実、米ソの勢力均衡という軍拡競争は継続されたものの、冷戦を経て行き着くところ は経済戦争であった。

 3年半前の東アジアの経済危機は、ドル依存の危険性を暴露し結果的に米国の東アジアへの直接投資が急増した。日本の金融資産の多くは、日米金利差により 米国に流出している。日本はゼロ金利という異常現象に慣れてしまったが、消費が縮小され資金が循環しない原因は預金の果実が生み出されないことから国民が 犠牲を被っている。

 ドルやユーロの金利差があまりに大きく、日本の金利も上昇すべきとの声もあるが、赤字国債や株価の影響が懸念され何ら名案が生まれない。このままでは円 の暴落も十分予測される。国が国民を豊かにする金融面での国家戦略を示せないなら国民がグローバルな視点から危機管理を考慮に入れた資産運用を考えなけれ ばいけない。

 単純に世界の基軸通貨である、ドル、ユーロ、円で預金を三等分すればリスクは回避できると思う。円という通貨に全てを託そうとするから不安が増すので あって、ドルやユーロを保有することによってグローバルな感覚と安心感そして新たな投資戦略が生み出されるのではないだろうか。

 ドル・ユーロ・円の三等分でリスクが分散されるのみならず、ドルやユーロで預金すれば年率約6%の利息がつき、10年と少しで預金が倍増する。海外に銀行口座を開設するのも一案である。非居住者に対し、税金面での優遇処置も設けられている。

 最近は日本の証券会社も魅力ある商品を出しているが、海外では元本保証型の投資信託や国債と世界市場の株を段階的に組み合わせたバスケット方式で優秀なファンドマネジャーが運用する信頼度の高い商品がある。

 日銀の知り合いに、多くの日本人はゼロ金利にも関わらずどうして日本円の運用しか考えないかとの問いかけをしてみた。個人でもグローバルな知識をフルに発揮してリスク分散を行う時期に来ているとの感想をもらしていた。

 21世紀はボーダレスの時代がますます加速される。ドル、ユーロ、円圏といったある意味ではブロック経済圏につながる考えを超越して、国籍を問わず自国 通貨とドル、ユーロ等と組み合わせることでリスク分散が可能となり、ひいては個人のグローバル感覚によって世界経済の安定化に導かれるのではないだろう か。


 中野さんにメールは mailto:nakanot@tottori-torc.or.jp
2000年12月11日(月)
GreenDoor経営 宝田 時雄


義務は義の勤めだが義が判別できなければ必要性もない。ここでは人間の成長過程にとって強制学習は必要との観点に立って小学を論じてみたい。

『小学、大学』は知識人の基本的な素養であった四書五経のひとつにでは有るが,現在では官制学歴のなかでの一部分を指しているだけで、説かれている意味を 内包した理解ではないようです。成長年齢にしたがって小から大になるのではなく、大にあっても小を観るといったことも小学,大学にはあります。

簡単に言えば小学も大学も人生の連続性のなかにおいて、つねに存在しているということです。たとえば世界の国々はおおむね6歳になると、それぞれの国が定 めた制度のなかでの教育がはじまります。ここでは施行しているかどうかの論点ではなく、成長過程のなかでの6歳という時期をどのように考えるかということ の共通した考えがあるということです。

小学に戻りますが、人間は生まれたと同時に自他の存在が発生します。まずは母と父です。その後、見るもの、触れるものから多くの他を知る事になりますが、まずは自分は人間だということを認知します。

そして人間なら父母や、関係のなかから長幼、学びのなかから子弟、あるいは友の存在から自己の位置や特徴の分別を行い、全体のなかの一部分である『自分』 を知るようななります。いわゆる他の存在をを認めるところから自分は何であるかといった問題意識も発生し、特徴に合わせた目標やそれに必要な知識技術の習 得欲求が生まれます。

このように父母、長幼、子弟、朋友、あるいは自然界の観察といった習慣学習は、他と違う自身の特徴を知る上でも重要な事ですが、そこから生ずる相手を思い やる気持ちや、不合理に対する疑問、あるいは全体の一部分として参加している社会の存在を知り、そのなかで自らを表現したりするために活かして生きるとい つた『生活』が始まります。

生活には知識や技術も必要ですが、それを習得する大前提となる『自分』を知る習慣学習が小学です。ですから知識技術を振り回し高位高官になっても再度、小 学に立ち戻らなければならない人もいるのです。また小学の具体適な例でもありますが、6歳で小学校に入学しますが、それぞれは異なった環境から学校という 集団に参加します。

家庭環境も違えば身体能力や集団に否定的(不向き)子供も集合します。そのなかで調和、協調が必要となりますが、もし自他を認知する習慣学習が欠落してい たらどうなるでしょうか。あるいは教師が当然、小学校に入る以前の父母、長幼、自他、朋友の分別如何を前提としていたら現在の状況には至らないはずです。 もしも世間で耳障りよく謳われている人権、平等、ゆとり、といつた観点のままで子供を見ていたら状況は変わりません。

中学になっても,あるいは成人式に携帯電話が飛び交ったり、私語で会議が成り立たないような慎みがなく、思慮や問題意識が錯綜している落ち着きのない国情 の原点は,教育基本法でもなければ,誰でも陥る遊惰な民情だけではなく、学問の大前提は「人間は先ず禽獣ではない」と士規七則を表した松蔭の言を借りるま でもなく、小学校と言う小社会に参加した時点で強制をもって『矯正』しなければ道は拓けません。

もちろん教師の全人格と熱情による感動と感激しか効果がないことはもちろんの事、ましてや組織やシステムを解説したり習慣化しようとしても無理な事なのです。

意志の如何はともかく人間は強制してでも学ばなければならないことがあります。社会人になって地位、名誉、財力、学歴といった附属性の価値に汲々とした り、ものめずらしい一過性の流行ごとに群行群止する衆愚の生産はここでいう『小学』といった習慣学習の認知如何といっても過言ではありません。

その後の思春期の問題意識の発生や『大学』の自らを明らかにするといつた過程は、積み重ねなくては生まれるものではありません。平凡社の創始者下中弥三郎 は文部大臣の委嘱の要請に「国立大学全廃、小学校の教師、校長は人生の酸いも甘いも経験した人物で学歴、年齢を問わず。一番の高給を支払う」との条件を出 したと言う(子息 邦彦氏談)。いかに小学の意味を理解していたかがわかる。

また,明治は尋常小学校と名づけ「つねに平常心を養い,うろたえず,騒がず、を小学の根本教育」においていた。それは時代劇にある「尋常に勝負せよ」といった生死のやり取りにおいても感情に流されず平常心をもてということだろう。


 宝田さんにメールは mailto:takarada-t@ma2.justnet.ne.jp
 請孫文再来のホームページ http://www.thinkjapan.gr.jp/~sunwen/
2000年12月10日(日) 
萬晩報主宰 伴 武澄


  【萬晩報】2000年12月05日「私学より授業料が高い公立小中学校」を書いてからどんなメールがいただけるか正直楽しみにしていた。賛否両論は期待通りだった。

 過疎ににおいても学校開設が必要な公教育の方が私学よりコストがかかるのは仕方がないという考えが あっても不思議はない。だが考えてもらいたいのは80万円というコストである。この金額を初めて知って「えー、そんなにかかっているの」と思った人が多い と思う。筆者もまた驚いた一人である。

 このコラムはこの驚きが出発点にあった。小生の家族には3人の子供がいる。一人が高校生になったが、2年前までは国と自治体に毎年240万円お世話になっていた。というより支払っている所得税と地方税の合計額にほぼ匹敵するのである。

 我が家でも「お受験論争」があった。都会に住む多くのお母さん方には公立学校に対して「教育が退廃している」との不安感がある。あるどころか日に日に強まっている。我が家の場合は、幸か不幸か私学に通わせる余裕がないという結論に達した。

 小野澤さんが伝えてくれたアメリカでの公教育の民間委託やバウチャ方式による間接的な私学支援策は貴重な情報でした。ここらの話について取材の上、報告できたらと考えています(伴 武澄)

 http://bbs.melma.com/cgi-bin/forum/m00000322/に教育問題について意見の書き込みができる掲示板を設置しました。議論が深まることを期待しています。
 

 コネティカット州ハートフォードでは公教育は全て民間委託 小野澤雅人

 米国コネティカット州ハートフォードでは、公教育を全て民間企業に委託して一定の成果を上げています。同様な動きは様々の都市でもあり、フィラデルフィアでは一部の学校、ジョージア州では「あの」公文が数学と作文の授業を請け負っているという話もあります。

 もはや民営化は大きな流れです。日本でも行政評価の流れの中で必ず論議される時代が来ると確信しています。ご指摘のように子供一人に80万円間接的とは言えかかっている実態は、正直言って少しおどろきました。もう少し安いのではと思っていたからです。

 これでは、やはり米国のようにバウチャ方式に切り替えよという話が日本でも出てくるのが当然の帰結のような感じがします。ちなみにバウ チャ方式とは、一部の(比較的民主党支持者の多い)教育委員会で行われている方式で、私立学校に行くことを選択した生徒に、その地域の学校予算の中から、 バウチャを発行して、そのバウチャをもって学費に充てるというやり方です。私立を選択する児童が増えると、必然的に公立の予算が減ります。公立は私立に対 抗するために質を上げざるを得ないという市場原理を導入したやり方で、民主党はこれを目の敵にしています。
 

 公立校は全て民営化するべきだ 中村 善典 

 私も義務教育はもとより、公立校は全て民営化するべきだと思います。努力する人間が馬鹿をみるお役所環境が子供達に良い影響を与えるとは 到底思えません。いまの学校(特に中・高校)は利よりも害が大きいと思えます。あの刑務所や収容所のような施設(気分の問題です。たとえ同じ作業をしてい ても、刑務所と手工業の家具工場は違うでしょう?)が子供達の精神の育成に与える害悪を考えると、昨今の年少者の凶悪犯罪の議論でなぜもっと問題視されな いのかと不思議に思います。尾崎豊の「卒業」がなぜ若い世代に絶大な支持を受けたのか、今一度考えてもらいたいものです。(私は彼の詩はネガティブなので 嫌いですが。)
 

  北海道 30歳 男

 「私学より授業料が高い公立小中学校」を読ませていただきました。常々、学校・教師の質の向上が必要かと考えている者ですが、この記事に関して、いくつかはっきりしない点があります。ご回答いただけると幸いです。

 私立学校の「学費」、公立学校の「経費」の内訳はどのようなものでしょう?二者の単純比較は可能なものでしょうか?公立学校の教員,生徒 数比は載っていますが,私学のものは載っていません。公立校の教員数はそれほど多いものなのか、客観的な判断ができません。担任1人あたり(つまり1クラ スの)人数(最大40人)は、手に余る人数であり、文部省が35人クラス実現に努力、というのも理解できます。教師数が「多い」とは考えづらいと思います が、いかがでしょう?



  【萬晩報】公立校の経費内訳は http://www.yorozubp.com/0012/001205.htm に追加しましたので参照ください。
 
 公立が私立より高いのは当たり前 帝京大学医学部神経内科 山田広樹

 今の世の中に義務教育が必要なのかという疑問はもっともだとは思いますが。公立学校の学費が平均すれば私立より高いのは当たり前でしょう。

 たとえば、離島や過疎地、養護学校などの教育では一クラスの人数はすくなくならざるを得ません。そのことを考えれば平均した一クラスの人 数が私立学校より少ないのはむしろ予想の範囲内です。私立学校は主に大都会に存在し、そうでない場合は寄宿学校のような形態をとって一クラスの人数で一定 数以上を確保しているのであり、いわばコストの安い部分だけでおいしい商売をしていると言えると思います。

 教育や医療にはどうしてもコストを度外視してもやらなければならない部分、あるいは受益者がコストを負担しきれない部分というのは存在し ます。米国などの場合その部分を慈善事業が補っているのですが、これはあのように貧富の差の激しい社会だからこそむしろ成り立つのであり、日本のように経 済的により平等な社会では同じようにはできません。

それに医療はともかく、教育を完全に民営化することには原理的に問題があると思われます。教育市場を完全に自由化・民営化した場合、教育を 受けるか、受けないか、あるいはどのような教育を受けるかということについて誰が決定すればいいのでしょう。子ども本人に決定させればいいのでしょうか。 子どもにそのようなことについての判断力があるのでしょうか。そのようなことについて決定できる判断力を養うことこそが義務教育の役割なのでしょうか。そ れとも親でしょうか。たしかに親が子どものことを最も良く知っており。最もよく考えているというのは多くの場合にあたっているのでしょうが、そうでない場 合も多いのではないでしょうか。極端な場合、自分の子どもに「悪魔」なんて名前をつけようとした親もいます。子どもは親の持ちものではありません。子ども に判断力がつくまで、親の恣意から子どもを守る役割も義務教育は負っています。そのような教育の在り方が社会によって定められ、社会がそのコストを負うと いうのは合理的であり、それをくつがえすには「その方が安いから」というよりは,もっと強力な根拠が必要だと思われます。
 

 「義務」を外しても、退廃の流れに乗った現状はもとに戻らない 山中和久 25歳

 こんにちわ。いつも楽しく読ませてもらっています。

>豊かな時代に義務教育を強要したあげく不登校や学校内暴力が
>はびこるのだとしたら、ここらで一度「義務」という概念を捨
>て去るのも悪くはない。

「義務」という概念を外しても、一度現在の退廃の流れに乗ってしまった現状はもとに戻らない。ゆるぎない物質的なゆとりがあるために(少な くとも彼らはそう信じこんでいる)、競争心や向上心を動かすためのスイッチが壊れている、もしくは競争心や向上心という動力を利用して行動に結びつけるま での歯車が、錆びて動かなくなっているか、溶けて変な方向に曲がってしまっている。

登校しなくてもいいのなら、そもそもの「不登校」という概念が消えるだけで何も生まれない。「学校内暴力」は形を変えるかもしれないがなく なるはずもない。学校に行くのが義務だから暴力を起こしている訳ではないだろう。今必要なのは中途半端なゆとりや自由ではなく、小学校、あるいは幼稚園か らの厳格な義務教育と道徳教育である。

現在の義務教育は、子供にとって「義務」となっていないのだ。ここに大きな問題と錯誤がある。

ゆとりを与えるのは高校生くらいからで良い。
 

 なかなか感心するアイデアだ 山瀬暢士

 国立大学不要論を掲げる我々(一部の)プータロー学者とは違って、義務教育不要論ですか。なかなか感心するアイデアだと思います。

 これもみんな大学にいかなければならないと持っているからこそ「学力のない大学卒」(入学時の学力は学生の意志があればあがります)が出てくるのと同じ発想ですね。

 朝日新聞などに出てくる最近の大学で、教官が新入生に手取り足取り、などという迎合教育では、いつまでもロボットを量産するだけです。

 アメリカの某州ですがオートバイに乗る時ヘルメットしなくても逮捕されません。これは死んだら自分の責任だという発想だからです。もちろん交通事情の違う日本ではこうは行きませんが,発想そのものは見習ってもいいような気がします。

 6年かかって卒業するのがあたりまえの大学が日本でごく普通になれば、遊びに行く学生の率は極端に減ります。大学生の学力低下に対する危 機感(そういう世代自体が意外と大学では何もしてない)などという,一見深刻そうで私からすればあくびの出る紙面の無駄論議も減るでしょう。

 私の博士課程は博士論文一科目だけで実に研究はすき放題やりましたが、単位が一つもなく,授業もサボってもよい環境におかれたところで、 必要な学力を身につけなければ到底博士論文など書けません。一つの目標があり,学生がやる気があり、さらに適切な間隔を置いてアドバイスする教官さえいれ ば(私の場合、教授の偽善ぶりと変人ぶりに嫌気がさし,博士論文の試験のため米国からやってきた試験官がその適切な助言者だったという悲しい現実がありま したが)、至れり尽せりの「指導」などいらないのです。

 「指導」しなければ出来ない学生は一度落第させれば、やる気を出すかそれ以外の人生を自分で探すようになります。みんなホワイトカラーの 人生が幸せだという馬鹿な観念に縛られすぎているのです。立派な会社人がいつの間に立派な社会人の定義となったのでしょう。立派な会社の多くは戦後はトタ ン屋根の小屋から始まったのです。会社以外の人生を探せる人間こそがこれからの日本を支えるのだと思います。

 国立大学の先生方が米国のように予算をもっとなどといっていながら実は教員あたりの予算を計算すると決して予算はアメリカに引けを取らない場合が多々あるのとよく似た論理でしょう。

 本来ゆとりの授業とは点数化されにくい図工や自由研究、読書感想文や作文といった知識を応用させる時間を増やす意味で行うべきなのです。 私の小学校の時の先生は土建屋から教師に転職した変り種で怒ると怖い人でしたが,町田の玉川学園の土地柄にまったくにあわないソーメン料理大会とか鯉の解 剖とか山へ生徒と昆虫取りに遊びに行くと言う、ほかの先生がめんどくさがってやらないゆとりのある授業をたくさんした人でした。結局他の先生方から煙たが られ追い出されましたが,こういう人を追い出したゆとりのない人たちによって作られるゆとりの授業なんて意味ないですよね。

 問題なのは日本の私学の経営者はワンマン体質を持つ傾向が強く、これを抑える要素がないと民営化移行が難しい面が出てくるかもしれません。  
 

 本当に教師は大変なのです 堀口 由紀子

 はじめまして。今日、友人から、「学校のことについていろいろ載っているよ」というメッセージとともに、この文が送られてきて、読ませていただきました。

 私は教育学部の大学4年生です。春からは教員になる身です。というわけで、教員側としての立場からこの意見を読ませていただいたのですが、どうしても腑に落ちないことがありメールさせていただくことにしました。

 今、学校では教員の数を増やす、もしくは、クラスの子どもの数を減らすという方向に動いています。私はこの方針に賛成です。昔と今とで は、学校の教育の仕方というものもずいぶん違います。昔だったら、みんなに前を向かせて、一気に同じ事を教えていればよかったのかもしれません。しかし、 今は、できるだけ、一人一人の能力に合わせた授業をしていこうと先生方は考えていると思います。TT(team teaching)という考え方も、そのような方針の現れだと思います。基礎、基本を身に付ける中で、考える力・生きる力を養っていくということです。

 そして、それを実際に行っていくには、今の教員数では絶対に無理です。統計的に教師一人当たりの生徒数が18.4人というのは、過疎の地 域なども入っているためではないでしょうか。都会の学校ではまだまだ教員数は足りていません。足りていないというのは、十分な教育をするために必要な教員 数に達していないということです。授業をしていても、どうしても教えきれないことが出てしまうのです。

 子どもの能力に差がある限り、どうしてもぶつかる壁ではありますが、もう一人先生がいれば、この子に理解させてあげられるのに!と思うこ とは少なくないと思います。そして、その少しずつの積み重ねがやがて、その子に落ちこぼれ、というレッテルを貼ってしまうことになるのを見ていることしか できない、という悔しさはいいようもありません。

 でも、先生には時間がないのです。朝から晩まで校務に追われ、時間ができたときには子どもはとっくに下校してしまっています。第一、子ども自身も居残りを進んでやろうとはしません。つまり、勝負はやはり授業中なのです。

 ゆとりが必要になってきたのは、教師のためではありません。教育というものは、「はじめに子どもありき」の精神で行うものです。ですから、
>だが「ゆとり」「ゆとり」といっている間にどうやら日本の
>教育の場は「教員にとってのゆとりの場」と化してしまったようだ。
このようなことは決してないとわたしは思います。

 この発言は教師の数とか、児童生徒の数とか、そういう統計上のことだけを鑑みてのものではないですか?そのような目先のことだけにとらわれた短絡的な発言をされてしまうのは、本当に悲しいです。

 むしろ、教師の仕事自体で考えれば、昔の教師よりも、今の教師のほうが大変です。今のような個を大切にする教育に方向転換してから、たとえばあゆみ(昔でいう通知表のことです)ひとつをとっても比べものにならないくらいの時間を割くようになっているのです。

 ご存知ですか?今は、(もちろんすべての自治体でそうなっているとは思いませんが、少なくとも、私の所属する自治体では、)単に数字で評 価するだけでなく、それに対して、担任の言葉が一つ一つに添えられるのです。国語、算数、理科、社会・・・道徳、学校生活全般などの項目一つ一つに対して 教師は受け持ちの子ども全員分にコメントを添えるのです。

 評価の観点も転換期の今ですから明確ではありません。いったいどのように評価すればよいものか。相対評価を加味した絶対評価などというわ けのわからない評価の仕方になり、教師は戸惑うばかりです。子どもたちの普段の様子を注意深く観察し、いいところは誉め、悪いことをしたらきちんと叱 り・・・。そしてそれをすべて記録に残す。本当に教師は大変なのです。

 義務教育は必要か、という論議にはあえて触れませんが、「ゆとり」を追求したのは、教員のためでもなんでもないということを明記したいと 思います。コマ数を削減するのが目的なのではありません。その先にある、そのゆとりがもたらす子どもたちの変化を目的にしているのです。ゆとりによって、 子ども達が自分の頭で考える力を養っていくことが目的なのです。教えられて、詰め込まれるのではない、自分の意思を大切にした、本来の教育のあり方という ものを今の日本は探し始めたのではないかと思います。

 今後どうなっていくのかはわかりません。教育というのは、今、その教育を受けている子どもたちが大人になって、生きていくようになって、そこで初めて、どうだったのか分かるからです。結果が出るのは10年、20年先です。

 しかし、私は今、自分もこの時代の子どもとして生まれていたらよかったのに、と強く思います。私が子どものころはまだまだ自分で考える時間というものはありませんでした。自分の頭で判断するというよりも、先生の顔を見て、条件反射で何事も覚えたようなところがあります。

 これはなぜいけないのか、どうしてこうなるのか、自分で考えていたのではありません。先生がこういう顔をしているからいけないんだろう、とか、こうなるって先生がいうのだから、間違いはないだろう、とか。今の子どもはそうではありません。自分で考えて進んでいくのです。

 また、自分の意見を発信する機会や自分を表出する機会も昔に比べて非常に多くなっていると思います。それは本当に小さなこと(班長になる など)かもしれません。帰りの会で発表することかもしれません。けれど、その小さなことの積み重ねが、子どもに勇気と自分自身への信頼を与え、そして、将 来その子を支えていくことになるのです。私自身が、自分への信頼というものをどこで得たかと考えると、やはりそういうことでした。

 そして、それはできるだけ小さいころから与えられるべきものだと今思うのです。このような機会を今与えることができるのは、教育の方針が 変わったからにほかならないと思います。ゆとりを大切にし、個を重視する方針になったからこそできることだとおもいます。そしてそれは確実に現代の子ども を変えていっていると思うのです。

 私は、これからの教育のあり方に大いに期待したいです。



2000年12月07日(木)
萬晩報主宰 伴 武澄


 来年度の税制改正で発泡酒への増税がかろうじて回避されることになった。「ビールと同じような酒だから」ということで発泡酒の酒税をビールと同じにしようと考えたのは大蔵省である。だが発泡酒が生まれた経緯を考えるとなんともやりきれない気分でいた。

 ●贅沢品課税から始まったビール税

「発泡酒」が日本で生まれたのは1994年末である。サントリーが「ホップス」という名前の「ビール」を発売した。希望小売価格は350ミリリットル缶で 普通のビールの225円に対して180円だった。主原料の麦芽の割合を65%に押さえたため、ビール税の適用を外れ、大幅値下げが可能になった。サッポロ ビールはさらに麦芽の比率を25%まで下げて150円という価格を実現した。

 われわれはホップスが世に出なければ、酒税法上のビールの定義が「原料全体に占める麦芽使用料が3分の2以上」だったことなど知らなかったはずだ。これ は品質維持のための条文で、いかがわしい酒造りが横行していた時代の残滓でしかない。しかも当時のビールは日本酒や焼酎などと違って「贅沢品」と位置づけ られ、アルコール濃度に対して法外な税率がかかっていた。問題は明治時代につくられた税率がそのまま20世紀の終わりまで続いていることである。

 ホップスが生まれた背景は、当時のお酒の価格破壊抜きには語れない。お酒の販売は1990年代初頭まで厳しく制限されていたため、ほとんど「定価」販売 だった。だが、90年代に進んだ円高により、海外の安いビールが日本市場になだれ込み、スーパーのダイエーまでがベルギーのビール会社と提携して小売価格 128円などという缶ビールが市場に出回った。一方で、規制緩和のおかげでお酒のディスカウント販売が各地で盛んとなり、長年の業界の慣行だったお酒の 「定価販売」は根底から崩れ去った。そしてどの店でも安売りの目玉商品がビールだった。

 当時この業界を担当していて缶ビール24本入りケース1箱の輸入価格が「6ドル」とか「7ドル」といっていた。業界大手のビール会社の首脳は「輸入ビールのシェアは市場のたった4%でしかない」と強弁していたが、輸入ビールの価格圧力は相当なものだったに違いない。

 ホップスはそんなビールの対抗商品として生まれたのである。当時、お酒の業界を担当していた記者は発泡酒などとはいわずに「ホップス」と呼んでいた。

 ●成分分析できないビールと発泡酒の違い

 そのころEU市場統合でビール論争が起こり、麦芽100%しかビールを名乗らせなかったドイツがオランダやベルギーなととの論争に折れて、副原料を使用 してもビールを呼べるように国内法を改正していた。ビールが国民的文化となっているドイツにとって「麦芽100%」はあまりにも当然のことだったのであ る。

 半面、興味深かったのは、世界最大のビール会社アンハイザー・ブッシュが醸造するアメリカののバドワイザーは麦芽の比率が60%以下と噂されていたことだった。そして、そのバドワイザーを日本でライセンス生産していたのがサントリーだったのである。

 いまでも世界には麦芽以外の副原料が3分の1以上の「ビール」は少なくない。世紀末の日本のビール課税のいかがわしさは品質保証でもなんでもないところにある。ビールとして申告すれば、たとえ副原料が3分の1以上でもビールなのである。

 5年前、日本バドワイザーは「日本向け商品は特別に副原料を3分の1以下に押さえてある」と説明していた。大蔵省が成分分析をした形跡はないから、ビー ルと申告すればビール課税をしただけのことだろうと想像した。そもそも液体のビールから麦芽と副原料の比率を割り出すことなど不可能だから大蔵省がやろう としても無駄な努力だったに違いない。

 また関税上の分類と酒税上の分類が違っていたから、ビールとして関税を掛けられたお酒が「発泡酒」として売られるという奇妙なことが日本という国で起き ていたのである。もともとアルコール度数の濃いビールを醸造してあとで水で薄めてボトリングするビールは少なくない。日本における「ビール」と「発泡酒」 の問題は極めて日本的問題を引きずっているにすぎない。

 ●税率が低ければホップスは生まれなかった

 大蔵省にいうように「発泡酒」も「ビール」も同じなのである。世界での希有な「発泡酒」などという概念が日本に存在するのは、単にビールに対する課税が 異常に高いためでしかない。アメリカやドイツのように安い税率だったならば、サントリーだって「ホップス」などというお酒を売り出す必要もなかったはず だ。

 アルコール1度当たりで1キロリットルの税金はビールが44,400円。発泡酒(麦芽25%未満)は21,000円。ワインは4,708円だから発泡酒でさえ、ワインの4倍以上の税金を払わされているのだ。

 たった5%前後しかないアルコール濃度の飲料に工場出荷価格の1.5倍もの課税をされているのだから「すきま産業」が生まれてもおかしくない。

 大蔵省の今回の改革案はビールと「発泡酒」の課税を統一して「麦芽酒」という税項目を新設するというものだった。堂々と「発泡酒」すべてにビールと同じ 税率をかぶせればすむことをわざわざ遠回りするところが姑息だ。もう少しでお酒の分類から「ビール」の名が消えるところだったのだ。

「当時おもしろかったのはある商社がBEERという名のビールを輸入して発泡酒として売り出したんだ」
「それってやばかったんじゃないの」
「いいや。ビーイーイーアールって読むからいいんだって」
「ほとんどパロディの世界だね」

「ところで英語で発泡酒ってなんていうんだろうね」
「sparkling liqueur・・・・」
「そんなのあるわけないだろう」
「じゃぁ、麦芽酒は」
「malt liqueur・・てのも変だな。とにかく麦芽酒では国際的に説明不能だ」


2000年12月05日(火) 
萬晩報主宰 伴 武澄


「全国に小学校はいくつあるか」という問いに答えられなくて、調べてみた。1999年5月時点で公立23944校、私立171校。このほか国立が73校あ るが圧倒的に公立が多い。コンビニのセブンイレブンジャパンとローソンの店舗数を足し合わせた数字と覚えておくとその規模が分かる。 

 筆者はこのところ、義務教育不要を論じてきた。富国強兵のために国民の読み書きのレベル向上が国家的な使命課題だった明治時代ならともかく、大学へ行くことすら当たり前の時代だ。憲法が保障する教育を受ける権利だとか義務という観念はもはや時代遅れの感すらある。 

 学校にいきたくない子供を無理やり行かそうとするから「不登校」などが起きるのであって、義務教育がなければ、そんな表現すら生まれ得ない。そんな思いから義務教育不要論が頭の中でもたげていたのだった。 

 しかし、統計と予算を調べるうちにとんでもないことが分かった。公立の方が私学よりも授業料が高いという事実が判明したのである。いま私 立の小中学校に通わせると年間50万円から80万円程度の学費が必要だが、公立の場合、小学生一人に81万円。中学生には86万円もの経費がかかっている のである。もちろん全額税金による負担だから回りまわってわれわれが負担していることになる。 

 こういうことを言うと私学助成があるではないか。寄付金もあるではないかといった反論が出てくる。残念ながら私立の小中学校には大学や高 校のような助成制度はない。寄付金は1回かぎりの支出でたとえ数十万円の負担があったところで私立対公立の年平均の経費は逆転しない。 

 考えみれば、公立の学校の経費がゼロというはずはないが、私学よりもお金がかかっているというのはどうにも腑に落ちない。そんな疑問は数 字を読み進むうちにまたたくまに氷解した。教員が多いのである。生徒数を教員数で割った教員一人あたりの児童・生徒数はなんと18.4人。この数字はあく まで教員数で、事務職員は入っていない。 

 確か文部省は35人クラス実現に努力していのだと思う。学校経営には校長や教頭、担任を持たない音楽の先生などもいるが、現実のクラスと統計数値の間の格差は誤差といった概念ではとうてい理解できない疑問が横たわっている。 

 昨今の少年犯罪の多発で教育の重要性があらためて論議されている。教育の場にもっと優秀な人材を投入するために教員の待遇をアップすべき だという主張も少なくない。だが「ゆとり」「ゆとり」といっている間にどうやら日本の教育の場は「教員にとってのゆとりの場」と化してしまったようだ。 

 そこでふたたび、義務教育不要論となる。全国の小中学生はほぼ1000万人。うち私学に通うのは30万人。自由意思とは言え、国や地方の 負担は3%軽減されている。本来ならば、私学に子供を通わせている世帯は国家のお世話になっていないのだから、いくばくかの還付金や税制上の控除があって もおかしくない。 

 そんな瑣末な議論ではなく、教育の民営化を図れば、確実に国民負担が半減されるだろうことはたったこれだけの議論だけでも明白だ。国の予 算の義務教育国庫負担費は3兆円を超える。これにほぼ同額の地方の財政負担がある。小中学校の児童・生徒数は1982年には1700万人を超えていたのが 4割も減っているのに予算はほぼ一貫して増えつづけているのだ。 

 人間は生まれながらにして競争心があり、向上心があるものなのだ。「ゆとり」を追及するあまり、授業のこま数を減らし、読み書きそろばん すらろくにマスターできない学校。通信簿の5段階評価すら否定しようとする公教育に明日はない。都会の母親たちが子供たちを「お受験」に駆り立てる姿は感 心しないが、豊かな時代に義務教育を強要したあげく不登校や学校内暴力がはびこるのだとしたら、ここらで一度「義務」という概念を捨て去るのも悪くはな い。 


全国の学校数と生徒数(1999年5月1日現在)
  国立 公立 私立
 
校数
人数
校数
人数
校数
人数
校数
人数
小学校
73
47,351
23,944
7,385,068
171
67,898
24,188
7,500,317
中学校
78
34,479
10,473
3,972,115
669
237,168
11,220
4,243,762
高 校
17
9,627
4,148
2,953,894
1,316
1,248,305
5,481
4,211,826

年間1人当たり教育費(1999年5月1日現在)
 
小学校
中学校
全日制高校
学校教育費
62,000
138,000
330,000
学校外活動
200,000
267,000
186,000
給食費
40,000
35,000
-
保護者負担計
302,000
440,000
516,000
公的負担
816,000
868,000
919,000
合  計
1,118,000
1,308,000
1,435,000

地方教育費総額の推移
年度 総  額 学校教育費 社会教育費 教育行政費
実 額 伸び率 実 額 伸び率 実 額 伸び率 実 額 伸び率
 
1988
1994
1995
1996
1997
1998
百万円
 14,793,681
18,556,580
18,954,927
19,099,623
18,995,938
18,812,640

 3.6
△0.2
 2.1
 0.8
△0,5
△1.0
百万円
 12,584,410
14,859,767
15,129,384
15,244,669
15,214,481
15,123,000

 85.1
80.1
79.8
79.8
80.1
80.4
百万円
 1,529,940
2,710,334
2,802,456
2,806,349
2,712,288
2,618,805

10.3
14.6
14.8
14.7
14.3
13.9
百万円
679,330
986,478
1,023,086
1,048,605
1,069,169
1,070,834

4.6
5.3
5.4
5.5
5.6
5.7
(注)地方教育費総額とは,公立の幼稚園,小学校,中学校,盲・聾・養護学校,高等学校,専修学校,各種学校及び高等専門学校の各学校の支出経費並びに都道府県,市町村の教育委員会が社会教育及び教育行政のために支出した経費の決算額合計である。

支出項目別の学校教育費
支 出 項 目 1998年度 1997年度
実 額 構成比 対前年度
伸び率
実 額 構成比 対前年度
伸び率
 
学 校 教 育 費
  消費的支出
   うち 教員給与
      教育活動費
      補助活動費
  資本的支出
   うち 土 地 費
      建 築 費
  債務償還費
百万円
 15,123,000
12,334,609
7,174,742
369,160
282,810
1,698,965
138,717
1,327,636
1,089,427

 100.0
81.6
47.4
2.4
1.9
11.2
0.9
8.8
7.2

△0.6
△0.7
0.8
△1.3
1.1
0.6
△8.1
2.4
△1.2
百万円
 15,214,481
12,422,234
7,115,542
373,835
279,834
1,689,411
150,997
1,296,869
1,102,836

 100.0
81.6
46.8
2.5
1.8
11.1
1.0
8.5
7.2

△0.2
1.3
1.9
△1.5
2.5
△10.7
△18.8
△10.4
0.7


(注)「教員給与」には,兼務教員の給与を含む。

2000年12月03日(日)
中国情報局 文 彬


 10月最後の日曜日の昼下りに、台湾・香港映画研究家である友人とともに青山にある会員制ホテルにスー・チー(舒淇)を訪ねた。彼女は東京映画祭に参加 するため、新作のロケ地・北京から東京に駆けつけてきたのである。友人は日本のスー・チーものの第一人者と自他ともに認めるほどのスー・チー通であり、 スー・チーがまだ無名だった頃から彼女を取材してきたから、もちろん数え切れないほどスー・チーと会っているが、私には初めてだった。そもそも、スー・ チーという女優の存在も2年ほど前にこの友人から教えてもらったのである。

  スー・チーに同行してきたスタッフとの約束時間にホテルに到着したが、先着の取材者のインタビューが長引いたため、隣室で待たされた。寒さが増 した秋の北京でのロケが辛かったとか、昨夜久し振りに渋谷のゲームセンターで思いっきり遊んだとかというスー・チーに纏わる秘話をスタッフからしばらく聞 いたが、客室に案内されたのは約束時間よりすでに30分ほど経過したあとだった。そして、通りすぎた廊下にさらに取材を待つ人が立っているところを見て、 スー・チーは日本でもすっかり有名になったなあと思った。

  170センチもある長身のスー・チーは普段着のままで化粧もとても薄かったためか、初対面の印象は親しみやすかった。有名女優にありが ちなわざとらしさも感じなかったし、来訪者の質問に時にはジョークを交えながら率直に、素直に答えるところは私が今までイメージしていたスー・チーの等身 大の再現だった。

  今、港台(香港と台湾)の芸能界でスー・チーほど幸運に恵まれた女優もさほど多くない。1997年第16回香港映画金像奬最優秀新人 賞、最優秀助演女優奬を獲得して人気女優になって4年もの間、ジャッキー・チェン(成龍)をはじめ、大物との共演が多く、「ガラスの城」、「ゴージャス」 などのヒット作にも相次いで主演していた。昨年の暮れ彼女が香港で「世紀を越えて活躍する10人」の一人に選ばれたほど大変な人気者になっている。そして 今も人気上昇中で、台湾と香港ばかりでなく、中国大陸、韓国、日本にもスー・チーものがますます歓迎されるようになってきた。(日本では日本コカ・コーラ からでているウーロン茶のCMにも出ている。) 

 一方、スー・チーはまた港台のパパラッチ(台湾や香港では「狗仔隊」と呼ばれる)の格好の狙いものでもある。彼女は高校在学中にモデルに なり、19歳のときに「プレーボーイ」誌にスカウトされてヌード写真が大ヒットだったし、映画界へのデビューも「三級片」(ポルノ)からスタートしたから である。そのこともあって、今は良い意味でも悪い意味でももっともセクシーな女優としての印象が拭い切れず、一挙手一投足も芸能メディアに大きく取り上げ られているし、過去のポルノものも正式なルートと海賊的なルートから大量に出まわっている。

 だが、港台映画界の頂点に達したスー・チーはそんなことはさほど気にしないようだ。雨の日に追っかけてきてレストランの外でずっと待って いるパパラッチをかわいそうに思い、中に呼び入れて一緒にビールを飲んだこともあった。また、空港で後ろにいる人に「あの人が「三級片」のスー・チーだ」 と囁かれたとき、彼女はすかさず振り向いて「その通りです。人の陰口をいうときは相手に聞こえないようにしてください」ときっぱり言い返したそうだ。

  中国語版「ヴォーグ」6月号の表紙モデルにスー・チーが採用された。本文にも彼女のセクシーな写真と無名のスー・チーを栄光の桧舞台に 導いてきたマネージャーの文雋の手記が紹介されている。文雋はスー・チーのことをこう評価した。「スー・チーは一筋縄ではいかない性格。こちらも負けてな いから、衝突はよくある。自分の娘みたいに思っているけど、時々とらえどころがないような感覚に陥る。彼女は典型的な牡羊座だ。衝動的で情熱的、あまり後 先を考えずに行動を起こすタイプ」という。

  訪問終了時、客を見送るスー・チーに私が彼女の原籍を聞いたら、「福建省です」と答えてくれた。そういえば、確かにスー・チーの顔に南 国福建省の女性の面影があるような気がしていた。彼女は1976年生まれで25歳。間違いなく世紀を越えて活躍する人になると思っている。


 中国情報局サイトは http://forum.searchina.ne.jp/column.shtml
 文さんにメールは mailto:bun@searchina.ne.jp

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