2000年7月アーカイブ

2000年07月26日(水)
萬晩報通信員 園田 義明


 1985年10月、当時大学生だった私は、いつものように調査中の遺跡の上 に寝っ転がって一冊の雑誌を読んでいた。「朝日ジャーナル」のミヒャエル・エ ンデの特集記事である。エンデはドイツの児童文学作家で『ジム・ボタンの機関 車大旅行』や『モモ』『はてしない物語』で日本でも人気がある。特に『モモ』 は私のお気に入りだった。

 遺跡発掘調査は、ほとんどの場合、壊して新たに建物を造ることが前提となる。 調査が終わった現場からさっさとコンクリートが流し込まれていく。迫ってくる コンクリートの谷間の縄文の地層の上でこれを読んだ。

 エンデは資本主義制度がダーウィニズムからくる弱肉強食を経済生活に適用さ せ正当化させている点を指摘し、精神性や文化といったものがないがしろにされ ている状況を嘆いていた。そして現在の金融システムをバベルの塔と呼び、いつ か崩れる瞬間が来ると警鐘を鳴らしている。そしてなぜか危機的な状況を回避す るための新たな精神性が日本で生まれる可能性を示唆した。

『なぜ日本?』 そのことがずっと頭から離れない。

 ●時間との戦争

 1990年元日、畳の上で寝っ転がってテレビを見ていたら、突然画面にエン デが登場した。「時間の戦争が始まった~2001年日本の選択」という番組だ った。冒頭に世界各地の子供たちの表情を映し出し、エンデは静かに語る。すで に「時間の戦争」という第3次世界大戦が始まっており、その被害者は子供たち だと。

 これは、モモが立ち向かった『闇』が子供たちの心の中に広がっていることを 意味している。

 翌91年のNHK「アインシュタイン・ロマン」で、はっきりとその戦争をし かけている実体を示した。それは資本主義経済における成長の強制であり、悪の すべてのルーツは現在のお金のシステムと実際の経済システムとの不調和にある と語っている。そして、希望と未来を創造できる子供たちをも巻き込んだ「文明 砂漠」の『闇』が急速に広がっていると警告する。

 エンデがこの番組の為に描いた「文明砂漠」のスケッチには廃虚と化したコン クリートの固まりと無数の自動車の墓場とその谷間を無邪気に歩く少年の姿が描 かれている。

 そしてこの番組で、日本に対して、今となっては非常に意味深いメッセージを 残している。

 ●エンデの日本へのメッセージ

「日本は、経済的に自立し、アメリカの植民地的存在から抜け出すしか道がなか ったと思います。しかし、そこでふたつのことが混じり合ったのですね。従来の 古い美徳感覚が、近代的工業社会の原理と混ざり合わさったのです。つまり、連 体意識一般や領主に対する忠誠は、今日では企業に捧げられています。しかしこ れはこの先、葛藤を生むと思います。このふたつは、本来相いれないものです。 『これは、近い将来に十分にある得ることですが、経済が少し傾けば全国民的な 神経虚脱症を引き起こしてしまうのではないでしょうか。』」

「私は日本の考え方には一種の危険性があると思います。それは、どの問題にお いても思考を日本の関心事に限定することです。もし、このように言ってもよろ しければ、それは日本の国家的なエゴイズムのようなものです。このエゴイズム は、物事が世界全体にどのような結果をもたらすかを考えず、つねにただ、日本 にとってどのような結果になるかだけを考えます。私は、今世紀においては人類 レベルで考えることを学ばなければならないと思うのです。そこで、まさに主導 的な工業国こそが、その中でもとりわけ日本は、日本に対する責任だけでなく、 世界に対する責任を負うことを学ばなければならないと思います。これが、日本 の友人への大きな願いです。」

 ●増殖する『闇』と芽生えはじめた『希望』

 最近の心を痛める少年犯罪は何を意味しているのか。今一度考えて見る必要性 を感じる。「灰色の男たち」の感性の欠落した発言と無縁でないはずだ。そろそ ろ灰色にならなければ発言できない政治経済システム自体の見直しが迫られてい るようにも思う。

 かってエンデは新たな精神性が日本で生まれる理由として日本人の肉体的構造 をあげている。密度がつまっていない浸透性と繊細さに希望を見い出したのであ る。まだ日本と深く接していなかったころの、この漠然とした表現に本質が隠れ ているように思う。

   私もかってアメリカン・インディアンの遺跡や居住地をお邪魔したとき、妙に 浸透性のある人たちに出会ったことがある。ある老人に彼らの聖地に連れていっ てもらったときは、その老人が本当に消えてしまうのではないかと心配するほど であった。そして彼らの遺跡から発掘された土器や石器に触れたときなぜかエン デの表現を思い出した。

   結局みんな繋がっている。そしてそれは自然との共生の中でじっくりと深く染 込んできたものだろう。確かにそれは日本人の中にも存在していたように思う。 エンデにはその存在が見えたのだろうか。その答えは、自分でみつけるしかない。

 お気に入りの川の流れに身をまかせ
 カヌーのデッキに寝っ転がって『エンデの遺言』を深く読んでみたい。

 新たなお金に対する試みが始まろうとしている。


引用・参考・紹介文献

『ジム・ボタンの機関車大旅行』 講談社 1974
『モモ』 岩波書店 1976
『はてしない物語』 岩波書店 1982
『オリーブの森で語り合う-ファンタジー・文化・政治』岩波書店

『エンデと語る』 子安美知子 朝日選書 1986
『エンデのくれた宝物』 島内景二 福武書店 1990
『ミヒャエル・エンデ』 安達忠夫 講談社現代新書 1988
『アインシュタイン・ロマン6』 日本放送出版協会 1991
『エンデの遺言』河むら厚徳+グループ現代 NHK出版 2000
『センス・オブ・ワンダー』 レイチェル・カーソン 佑学社 1991

『リトル・トリー』 フォレスト・カーター めるくまーる 1991
『ホピ 精霊たちの大地』 青木やよい PHP研究所 1993
『ホピの国へ』 青木やよい 廣済堂文庫 1992

また自然との関わりにおける人間性回復については動物行動学的見地か
らコンラート・ローレンツの著作を参考とした。
『ソロモンの指輪』『人間性の解体』『文明化した人間の八つの大罪』他
★特に『リトル・トリー』はエンデ好きの方にも読んで欲しい作品です。
    インディアンの男の子の物語です。すごくいい本です。


 園田さんにメールはyoshigarden@mx4.ttcn.ne.jp
2000年07月24日(月)
マレーシア国民大学講師 BAN Mikiko


 7月9日、ペナン州元首ハムダン氏(Yang di-Pertua Negeri Tun Dr Haji Hamdan Sheikh Tahir)の79歳の誕生日を祝う式典の模様が写真入りで新聞に紹介された。

 記事はハムダン氏の スピーチの内容を伝えるとともに、その日169人に対し「Datuk Seri」や「Datuk」などの称号 を伴う 勲章の授与があったと伝え、その名簿を載せていた。受勲者の中にはマハティール首相の元日本 語教師 Datuk Syed Abbas Alhabshee氏やペナンを中心として実業界で活躍するTexchem社長 の小西史彦氏の名もあり、目を引いた。

 マレーシアは13州のうち9州にサルタンの州元首がいるが、サルタンのいないペナン、マラッカ、 サバ、サラワクの4州では非王族が州元首に任命されている。ペナン州では1989年よりハムダン 氏がその職にある。

 ハムダン氏は1921年ペナン州生まれ。イスラーム学者の家庭で厳しく育てられ、1942年に昭 南興亜訓練所修了。戦後ロンドン大学やマラヤ大学で学び、長年教育省に勤務。教育事務次官、 マレーシア理科大学副学長(マレーシアでは副学長が実質上の学長)等を歴任し、独立後のマレ ーシア教育の礎を築いた功労者として、ペナン州民や国民に広く敬愛されている。

 私が初めてハムダン州元首にお目にかかったのは1991年11月のことである。国際交流基金の 駐在員として、クアラルンプールに赴任した翌日のことであった。日本文化センターの開設を喜んで 下さったハムダン氏が、まだ開所式も済ませていない、真新しい施設に気軽に立ち寄って下さった のである。といっても、受け入れる側は「気軽に」というわけにはいかず、ビルのマネジメント・オフィ スは「光栄なこと」として、大騒ぎをしていた。

 当日、ハムダン夫妻は白バイのサイレンに誘導されて到着された。玄関口で同氏とは既に面識 のあった安藤所長が私を「こちらが、副所長の伴です」と紹介してくれたのだが、まだ右も左も分か らぬ私はただドギマギするばかりであった。恐る恐る手を差し出した私にハムダン氏は親しみを込 めて握手をして下さった。奢らず、それでいて威厳のある方だとそのやさしい微笑みに接して思っ た。

 後になって、91年10月27日付けでハムダン氏が自筆で安藤所長宛てに日本文化センター完成 の祝いの手紙を下さっていたことを知った。マレー語で書かれたその手紙は「ごくろうさまでした」と 日本語で締めくくられていた。

 その後、私は何度か遠くでお姿をお見受けしたり、新聞等のインタビュー記事で同氏の経歴や人 柄を詳しく知ることになった。戦争中の日本人との出会いに触れた記事も何度か目にしたが、氏は いつも日本との出会いをポジティブに、好意的に語っておられた。

 そのひとつ、日本マレイシア協会発行の「月刊マレイシア」1995年4月号に載ったインタビュー記 事から一部を引用したい。

 マレイシアが日本の占領下となった昭和17年(1942年)半ば、私は当時イポーにあった教員 養成学校で助手として働いていました。そこで私は、生涯の友となる多くの日本人教師と出会いま した。彼らの大半は民間人で、大変な教養人でした。

 当時、私は21歳と若く、彼らの教育に対する姿勢や、日本の文化などについて、多くのことを吸 収することが出来ました。その後、私は青年訓練所、上級師範学校とで彼らの助手として働きながら、同僚であり友人でも あった彼らとの交流の中で、教育について実に多くのことを学びました。

 また、彼らは教育を通じて、私達マレイシア人に、農場や工場での仕事が机上の仕事以上に大 切なものであることを気付かせてくれました。彼らは、格好の良い仕事のみを求め、農作業などのきつい仕事を蔑視し、ただ現実離れした日常 の享楽のみを追求していた、私達の勤労意識に変化をもたらしたのです。

 私達は、身分や職業が何であれ、努力を怠らず、一生懸命働けば、国の発展に貢献できるという ことを学んだのです。この時期の経験は私の教育理念や人生観に最も強い影響を与えました。

 1994年に出版された同氏の写真集は、最初の方の数ページが昭南興亜訓練所や馬来上級師 範学校が発行した日本語の修了証書等の写真と解説で占められている。同氏が、長い人生の中 で当時の経験を如何に大切に考えておられるかが窺われ、胸が熱くなってくる。

 ハムダン氏には日本でお会いしたこともある。1996年の晩秋、東京近郊でペナン・フェアが開催 された時のことだった。ショッピング・モールの屋外で行われた催しであったが、南国帰りの者には 冷たい風が身に染み、長時間吹きさらしのところに座っておられた同氏がお気の毒でならなかっ た。

 一市民として参加した私はその企画の経緯など全く知らなかったので、南国との文化交流を行 なうのに、どうしてこの季節に屋外を会場に選んだのだろうと、主催者の配慮のなさを嘆いたりし た。そして、決して多いとはいえない観客を後方から眺めながら、「この日本の大都会の空の下で、 一体何人がハムダン氏と日本の関わりを知っているのだろうか」と考え込んだりもした。

 ハムダン氏は日マ交流への貢献により、1993年日本政府より勲一等旭日大綬章を受賞されて いる。忘れてはならないマレーシアの大切な親日家のお一人である。マレーシア国民とともに同氏 の79歳のお誕生日を心からお祝い申し上げたい。


 Mikiko Talks on Malaysiaは http://www.02.246.ne.jp/~kiara/

 BAN Mikikoさんにメールは bmikiko@tm.net.my


2000年07月21日(金)
中国情報局 文 彬


 「欧州とアジアの両翼を持つバランス外交」を標榜するプーチン大統領は東アジア3ヶ国(中国、北朝鮮、日 本)歴訪の最初の日程をクリアするため、17日深夜、北京空港に降り立った。ロシア首脳就任後、ようやく国内問題に一段落をつけたプーチン大統領が、アジ ア外交を展開しようとしている。その出発点に中国を選んだのはもちろん単なる地理的な理由だけではない。

 翌日午前、釣魚台国賓館に一晩休んだプーチン大統領は、天安門広場で江沢民国家主席主催の15分間の歓迎 式典に出席したあと、その足で人民大会堂に入り、友好ムードに包まれた中ロ首脳会談に臨んだ。そして、事前に用意されたシナリオ通り、中ロ間の「戦略的な パートナーシップ」が再確認され、米本土ミサイル防衛計画(NMD)に反対する共同声明など複数の合意書の調印もスムーズに行なわれた。

 NMDは、アメリカが旧ソ連と締結した弾道弾迎撃ミサイル防衛(ABM)制限条約を無視する計画で、ドイ ツ、イギリスなど西側からも反対の声が高まっている。また、アメリカの主張する「北朝鮮の脅威」も先般の南北首脳会談が象徴するような一連の氷解現象に よって一気に説得力が弱くなったため、中ロにとってはアメリカ牽制に好材料が提供されたわけである。(19日に平壌の百花園迎賓館で行なわれたプーチン・ 金正日会談では金総書記が条件付でミサイル開発を断念することを露大統領に示唆した。)

 冷戦後、進むアメリカの一極支配に対抗しようという中ロの思惑が一致した。背景には世界の多極化を提唱 し、国際舞台での発言権を強めたいという両国の打算も入っているが、中ロそれぞれの抱える地域紛争や民族対立の現場からアメリカの介入を排除したいという 共通の願いも込められている。プーチン大統領の訪中を前に江沢民国家主席が記者団に、「多くの問題について両国の意見は似通っている」と言ったが、その最 大の共通項はアメリカの影響を極力排除したいことであろう。

  現在進行形の朝鮮半島の和平プロセスに対しても同様の理由で両国の意見が全く一致した。中ロ首脳北京会 談の翌日、平壌入りしたプーチン大統領は、江沢民国家主席との会談の内容を百花園迎賓館で金書記に伝えた上で、朝鮮半島の和平には「ロシア、北朝鮮、韓 国、米国、中国、日本の支援が必要だ」と6ヶ国の交渉の枠組みを再度強調し、アメリカの影を薄くしようとする姿勢は明らかである。

 ともに国連安保理の常任理事国であり、核保有国でもある中ロが「全方位にわたる多層的でハイレベルな両国 関係を構築していき」(プーチン)、「戦略的なパートナーシップを確立し、発展させて行くことで世界の多極化プロセスを推進する」(江沢民)ことで合意 し、アメリカ対抗の連合戦線の構築を確認したことで、エリツィン前大統領時代に築き上げた中ロ蜜月関係は一層強固なものになったわけである。

 プーチンの東亜歴訪の終点は日本だ。主要国首脳会議(サミット)出席のため、21日にロシア極東のブラゴ ベシチェンスクから沖縄に乗り込む予定だ。中国、北朝鮮で得た様々な合意はプーチン大統領の何時でも切り出し可能な有力カードになるわけだ。いままでサ ミットでは経済援助を受けるだけの立場だったが、沖縄サミットではNMD批判、朝鮮半島の和平を中心にオブザーバーのわき役から一転、主役になる可能性も 十分ありうる。

 そもそも小渕、森両内閣が最大の外交課題としており、数百億円の巨額の資金を費やすことになる沖縄サミッ トは日本が期待しているほど大きな意義を持つイベントであろうか。ヒラリー夫人をはじめ、ほとんどのファーストレディーがそれぞれの理由で沖縄に姿を見せ ないとの報道を聞いたときでも、疑問を抱く人が多くいたはずだが、サミットの主役であるクリントン大統領までも、ワシントンで11日から続くイスラエルと パレスチナの交渉が難航していることを理由に、サミット開会前に東京で予定された森首相との日米首脳会談をキャンセルしたことは、沖縄サミットのプライオ リティが大きく後退したことを示す出来事である。だが、日本政府がそれに気付くのにはあまりにも時間がかかりすぎた。

 冷戦時代のように、世界の動向に大きく影響を与え、緊張感溢れるサミットはもう既に存在していないのかも 知れない。日本政府の発案で「IT憲章」を打ち出すことがそれなりに大きな意義を持つことは否定しないが、日本政府の期待はもちろんIT分野に限るもので はない。沖縄サミットで議長国としての役目を完璧に演出することを通して、世界の政治舞台で発言権を強めていきたいのが本音ではないのだろうか。

 だとすれば、日本政府、というよりも森総理は、「強い新生ロシアの再建」を目指すプーチン大統領のように、対米追随外交を一刻も早くやめて、重大な国際問題に対してはっりきとした独自の見解とソリューションを示すことが出来るように体質を改善しなければならない。

 そして、到来するアジアの時代の中で、日本は今こそ明治以来の「脱亜入欧」から原点に戻り、アジアに目を 向けるように心がける必要があるのではないのだろうか。沖縄サミットでの議長国である日本政府としての責務はただイベントが「無事に」行なわれ、万歳三唱 で幕を閉じるのではなく、リーダーシップを発揮し、沖縄サミットをアジアと欧米の平和交流の場にしてもらいたいと思う。(2000.07.20)


2000年07月22日(土)
Conakry通信員 斉藤 清


西アフリカの旧英国植民地シエラレオネは、大西洋に面した緑の豊かな国。す でに雨季を迎えたこの季節、雑草に混じって、米、とうもろこし、落花生の若 葉が、吹きすぎるそよ風にゆれている。人のいない静かすぎる村。この村を出 ていった人々は、収穫の時季までに、戻ってくるのだろうか。

◆和平合意の破棄

シエラレオネの首都フリータウンから240キロほど離れた町マケニ(Makeni) は、ダイヤモンドの漂砂鉱床を背景にして、すでに20年以上にわたって良質 のダイヤモンド原石をヨーロッパの市場へ送り込んできた。昨年7月の現政権 と叛乱勢力側との和平合意を受け、永年叛乱勢力の支配下にあったマケニの町 に、叛乱側の武装解除を促進する目的で、今年に入ってから国連平和維持軍が キャンプを設置した。シエラレオネの東部地方には、このような町がいくつか 点在している。

維持軍側が、銃一丁を300ドルで買い上げるという条件を流布してみても、 叛乱勢力側からの武器の提供は思うようには進まない。それもそのはずで、彼 らの感覚からすれば、自分の生活を守るためには当然に銃が必要で、それを手 放すことは考えることができない。銃があればこそ、「よそ者」が侵入してき た場合に現在の「生業」を死守することができ、そして生き延びることができ る。あるいは、いくぶんかは生活を楽しむこともできよう。山の男たちは単純 にそう信じ込んでいた。そんな彼らにとって、国連平和維持軍はまぎれもなく 「よそ者」である。長期にわたる彼らとの対峙は、生理的に忍耐の限界を超え ていた。

それは5月1日夕方のこと。叛乱勢力の兵が、平和維持軍キャンプのケニア兵 を急襲した。彼らは事務所を占拠しようとしたが、そこにいた准将は抵抗した。 叛乱兵のひとりは准将のピストルをもぎ取って頭につきつけ、他の兵は至近距 離で機関銃の狙いを定めた。PKO要員たちが銃を放棄して、「撃つな、撃つ な、我々はアフリカの同朋ではないか」と叫ぶ。それに応えて、他の機関銃が 一人のケニア兵を撃ちぬいた。兵は倒れ、准将は辛くもその場を逃れ、そして その時、すべての銃が火を吹き始めた。銃声は一晩中続いたという。

◆囚われのPKO要員

このようにして、5月2日には、各地のダイヤモンド鉱山の町に張りつけられ ていた国連PKO要員たちの一部約500人が、同時多発的に叛乱勢力に拘束 される結果となった。

国連のアナン事務総長は、さっそく人質の開放を要求する声明を出し、さらに 英米両国を含む先進各国へ、国連始まって以来の異常事態に対する支援を訴え た。

英国は、シエラレオネに在住する自国民保護のため、空挺部隊を送りこむ手筈 を整えると同時に、大西洋に展開していた艦船を、フリータウン沖へと差し向 けた。ただし、長期の作戦予定はなく、自国民の保護だけが目的であると釘を さすことを忘れなかった。

米国は、クリントン大統領自身が、最大限の協力をするとコメントしたものの、 その実態は、ナイジェリアとバングラデシュ軍に兵の派遣を要請しただけで、 自国の兵は出せないと言明。ソマリアへの派兵を含む過去のいくつかの失敗が、 海外派兵を不可能にしていることを隠さなかった。その代わりに、特使として ジャクソン氏を、ナイジェリアと、シエラレオネの叛乱勢力をコントロールし ていると考えられるリベリア大統領テイラー氏のもとへ送り込み、人質開放へ の協力を要請した。

◆国連PKOのジレンマ

叛乱勢力の和平合意破棄に相当する行動は、「正義」の側から見れば容認しが たいものであり、徹底的に糺されるべきであった。

しかし、国連のアナン事務総長は、1995年のボスニアでの失敗を教訓とし て、平和維持活動と戦闘とははっきりと区別しなくてはならず、停戦あるいは 和平合意の成立していない状況への平和維持軍派遣は再びあってはならない、 と発言していた。

シエラレオネの現実は、そのような判断基準が役に立たないものであったこと を、思い知らされる結果となった。受身の平和監視から、突然に、戦闘行動を 要求される状況に追いこまれたものの、戦うための心づもりもなく、充分な装 備もなかった彼らは、なす術もなく拘束されてしまった。(死者が少なかった ことは、不幸中の幸いというしかない)

また、就任して以来ずっと、首都近辺すらさだかには支配できていない、影の 薄い極めて脆弱な現在の政権を支えるために、何ゆえか国連史上最大のPKO 要員が投入されていた。現時点で13,000人。さらに3,000人の増員が予定され ている。そのうえあわれにも、シエラレオネ政府自身が、英国の傭兵派遣会社 との契約書にもサインした。

◆近隣諸国の相互協力関係

シエラレオネ叛乱勢力・革命統一戦線(RUF)の顔として知られるサンコー 氏は、1998年10月、国家反逆罪で死刑判決を受けている。そして翌年、 叛乱勢力代表として和平交渉に参加し、刑を免除された。同時に、現政権の副 大統領待遇として迎えられ、しかも鉱山部門担当というポストを確保している。

サンコー氏は英国植民地の時代に軍の伍長を務めていたことはあるが、196 1年に辞めている。その後1980年代、リビアのカダフィ氏の許でゲリラと しての訓練を受けた。その当時の同僚には、ブルキナファソ大統領のコンパオ レ氏、リベリア大統領のテイラー氏がいた。各氏は、現在でも硬く結びついた 協力関係を維持している。例えば、現時点でも、シエラレオネの叛乱勢力数百 人が、リベリアの訓練基地でトレーニングを受けている。ここには、昨年暮に 現地を離脱した叛乱勢力RUFの現地指揮官・通称「モスキート」もいる。

武器調達についても、ブルキナファソ大統領のコンパオレ氏が、ウクライナ、 ブルガリアから輸入したものを、リベリア経由でシエラレオネ叛乱勢力に供給 している。これらはすべてダイヤモンド原石で決済されているという。

ブルキナファソの軍事クーデタの際には、カダフィ氏が兵を送り込んでコンパ オレ氏を手助けし、リベリアの内乱ではサンコー氏が、ゲリラ部隊としてテイ ラー氏に協力している。現在まで続いているシエラレオネの内乱には、テイラ ー氏の私兵がシエラレオネ叛乱勢力に加勢し、重要な役割を果たしている。シ エラレオネ領内には、今も多数のテイラー氏の私兵が駐留しているといわれる。

彼らの協力関係をはっきりと見せつけたのが、5月22日の国連PKO人質の 一部解放。アメリカの特使として派遣されたジャクソン氏に、リベリア大統領 は解放への協力を約束し、テイラー氏が叛乱勢力に働きかけた結果として、シ エラレオネ領内で拘束されていたPKO要員54人が、リビアから送りこまれ たヘリコプターで、リベリア領内のフォヤ空港に搬送された。そこで、国連軍 のヘリコプターに引き渡されている。

叛乱勢力RUFの議長サンコー氏は、犯罪人として現在再び拘束されている。 それでも、内陸のゲリラ部隊は何の支障もなく活動を続けている。その理由は、 いくぶんかの荒っぽさを交えて言ってしまえば、シエラレオネの叛乱勢力が現 在まで支配してきたエリアは、その実はリベリア大統領の実効的支配下にある ということに尽きるからだ。国連は、むろんこの事実に目をつぶっておきたい 意向で、あくまでサンコー氏を叛乱勢力の唯一の代表に仕立て続けている。

◆カルテル体制の国際的認知

今回の国連PKOは、本音を言えば英国自身の名誉、さらに言えば、ダイヤモ ンド市場を強力にコントロールしてデビアス社の窮状を援護するための介入で はあったのだが、人道的な介入という背景でもセットしなければ、国際的な了 解は得にくい。「幸い」にして、シエラレオネ叛乱勢力RUFは、昨年の和平 交渉の開始にあたり、会議への圧力をかけるためもあって、一時期かなり残忍 な行動をしている。それを恰好の材料として、国連が盛んに反政府勢力の残忍 性をアピールし、世界のマスコミも何枚かの写真を使いまわして、彼らの行動 の残虐性を喧伝した。最近では、世界の平和を守るために駆けつけた、案山子 のように無力な国連平和維持軍を、2カ月以上にわたって拘束している反政府 勢力の不法ぶりも、当然に重要なアピールポイントであった。

それは目論見通りの成果をあげた。その世論を背景にすれば、反政府勢力を消 滅させるためには彼らの「不正な」ダイヤモンド取引を強力に監視すべきだ、 という方向への誘導は、さほど難しいものではない。デビアス社・オッペンハ イマー卿の英国政府に対する影響力もむろん有効であった。

かなり強気の発表を続けてきたにもかかわらず、デビアス社の実際の原石市場 占有率は、現在では50パーセントを割っていると推定できる状況にあり、ま た「ダイヤモンドの永遠の輝き」を守るために、市場にあふれる「非合法」の 原石を買い集めるデビアス社自身の資金的な限界も、すでに先が見えていた。 ――金庫には、2年分の販売量に相当する在庫が眠っている。

そうしてついに7月6日、英国の提案を受けた国連安保理は、政府の産地証明 がないシエラレオネ産ダイヤモンドの取引禁止を決議する。これは実は、デビ アス社のカルテル体制強化を容認する、国際社会のお墨付き発行と同義であっ た。

国連の広報プログラムからすれば、かなり季節はずれながらも、日本の国営テ レビが東京地方では7月10日に、シエラレオネ叛乱勢力の残虐性を紹介する 労作番組を流している。ただ残念ながら、BBCを筆頭とする国連のキャンペ ーンシリーズとしてみれば、その時機を逸していた。

◆アフリカ統一機構(OAU)総会

大西洋・ギニア湾にストローをさしこんだような形の、南北に細長く伸びた西 アフリカのトーゴ共和国は、7月初旬、リビアのかつての暴れん坊将軍カダフ ィ氏を迎えて、火炎樹の紅い花よりもさらに熱く沸き立っていた。

昨年、国連安保理の対リビア制裁の停止が発表されてから、着実に世界の表舞 台への復帰を図ってきたカダフィ(Gadaffi)氏にとって、今回、トーゴの首都 ロメで開かれるアフリカ統一機構総会は、アフリカの盟主としての地位を誇示 する恰好の舞台となるものだった。

それだけに、この総会にかけるカダフィ氏の意気込みには、鬼気迫るものがあ った。沙漠の砂が地中海になだれ込む国リビアから、300台の車と、1,000人を 超える従者を従えて、サハラ沙漠を南へ5,000キロ走り、ニジェール、ブルキ ナファソ、ガーナを訪問、サハラ縦断鉄道構想をぶち上げつつ、他国の元首よ りも一足早く大西洋側の開催地ロメ入りを果たしている。カダフィ氏は、沿道 の人々のまさに英雄を迎える熱い歓迎ぶりに、オープンカー仕立ての白いリム ジンから身を乗り出し、こぶしを振り上げ、相好を崩して応え続けた。

さる1998年7月、日課としているジョギングの最中に転倒して大腿骨を骨 折して以来、歩行には補助の杖が必要となっているものの、この日ばかりはそ のハンディキャップを忘れ去って、クーデタを成功させた30年前の若い日の 興奮を想い起こしていたという。トーゴ最大のホテルをそっくり借り切り、そ の庭に張ったベドウィンスタイルのテントで、旧知の客人達と深夜まで熱いお 茶を味わっていたと伝わっている。

◆アフリカ連合構想を説くカダフィ氏の情熱

翌7月10日、トーゴ共和国大統領エヤデマ(Eyadema)氏をサミット議長とし て、まるでカダフィ氏のアフリカ社会公式復帰を祝うような会議が開催された。 氏は、彼に心酔するアフリカ諸国の多くの元首達を前にして、ヨーロッパ連合 (EU)にならって、「アフリカ連合」の速やかな実現をすべきであることを情 熱を込めて説いた。

リビアの訓練基地でゲリラ戦を学び、その後、折に触れて援助を受け、現在は 大統領の職にもある何人かの元生徒達は、昔と変わらぬ師の熱弁を耳にしなが ら、あらためてその幸せを噛み締めていたはずだ。

トーゴの隣国ガーナ共和国出身の国連事務総長アナン氏は、EUの国際紛争防 止機能について最大限の評価をした後、アフリカの「原油とダイヤモンド連合」 の可能性を問いかけた。原油については、この場に参加しているリビアのカダ フィ氏を始めとする原油生産国首脳と、これから生産を始める可能性のあるい くつかの国を念頭においたものであることは理解しやすい。そしてダイヤモン ドについては、7月6日に英国の提案で採択されたばかりの、シエラレオネ産 ダイヤモンドの「違法」取引を禁止する国連安保理決議をなぞっていることは 明瞭であった。そのふたつの資金が、紛争に使われることがないことを願うス ピーチではあった。

しかしながら、この場に参集している、あるいは参加をあえてボイコットした 百戦錬磨のアフリカ各国首脳を前にすると、この問いかけは、優秀な国連テク ノクラートの作文としては通用したとしても、現実味の薄い冷めたスープのよ うなものであった。ただ一人、自身が国連職員として、若い時からずっと「祖 国」を離れたままで、大統領になるために浦島太郎のような帰還を果たしたシ エラレオネ大統領のカバ氏だけが、人当たりの良い氏の性格そのままに、感慨 深げに大きく頷いていたのを同席した関係者が目撃している。

◆根の深いダイヤモンド汚染

今回のOAUサミットの議長エヤデマ氏は、1960年代からほぼ継続してト ーゴ大統領を務め、アフリカで最長の政権維持者として知られている。カダ フィ氏とも親しく、現在もかなりの支援を受けていることは周知の事実。

そのエヤデマ氏が、紛争中のアンゴラ反政府勢力UNITAのダイヤモンド取 引に関与しているとして、UNITAと利害関係にある、アンゴラ、コンゴ、 ナミビアがOAUサミットへの参加をボイコット。ジンバブエは、それらの国 に共鳴して不参加。

リベリアは、ダイヤモンドを見返りとして、シエラレオネの反政府勢力RUF を支援していると指摘されていて、今は国連の非難を一身に受けている最中で もあり、強気に参加拒否。

むろん今回参加した他のいくつかの国も、反政府勢力のダイヤモンド取引に荷 担していることが巷間知られている。生産国周辺の大統領でダイヤモンド取引 に無縁な人間は、サハラ沙漠で落としてしまった小粒のダイヤのように、まず は見つからないと考えるのがアフリカの常識。

コンゴの現大統領カビラ氏にしても、3年ほど前までは、ダイヤモンド資金を 頼りに殺戮を繰り返してきた叛乱ゲリラであったのだが、クーデタ成功後に大 統領選挙を実施したことにより、国際社会の好きなデモクラシー体制国家とし て認知され、国連の協力を得られる立場となっている。しかし現在は、その政 権が、これもダイヤモンドを資金源とする新たな叛乱勢力に脅かされているの が現実。

これらの国々の紛争は、簡単に言ってしまえば、ダイヤモンドの利権を支配す る争いであり、これに、双方を資金的に支えてきた「ダイヤモンドの守護神」 デビアス社の利害、そしてその周辺の関係者の思惑が複雑に入り混じって、事 態を難しくさせていた。

◆ダイヤモンド包囲網の完成へ

とはいえ、ダイヤモンド市場をよそ者に荒らされたくはないという信念を、か たくなに守りとおしている英国にとっては、その面目にかけても手綱を緩める わけにはいかなかった。

その後、主戦場は日本の宮崎へと移動する。九州・沖縄サミットのG8外相会 議は、7月12日夜、ダイヤモンド原石の不正取り引きの取締りを強化する行 動指針を盛り込んだ「総括声明」を発表した。

日本より9時間の時差があるロンドンでは、宮崎の成り行きを確認しつつ、同 12日、デビアス社がダイヤモンド取引の透明性を高める方針を発表した。こ れには、「正規」ルート以外の原石を扱った業者に対しての制裁も含まれてい る。また同社の「過剰在庫」を徐々に処分し、「適正在庫」に近づけるプログ ラムも提示された。国際的なお墨付きをふりかざして、過去の過ちには目をつ ぶり、国際紛争防止のためにカルテル強化(露骨な言い方はないものの)に協力 せよ、というデビアス社の積極的な勝利宣言であった。

そして、ダイヤモンド戦争に磨きをかける仕上げラウンドは、沖縄サミット会 場に設定されている。沖縄G8最終日の7月23日、連合国側のダイヤモンド 戦争勝利宣言を、サミット議長国の森氏が読み上げることになるはずだ。この 日をもって、シエラレオネ内乱を攻撃材料に、世界のダイヤモンド市場の更な る独占をもくろんだ第一次ダイヤモンド戦争が、国際的な支援を得てめでたく 幕を閉じる。

◆第二次ダイヤモンド戦争のはじまり

新たなダイヤモンド支配を宣言するための華々しいセレモニーが終幕に近づき、 もはや世論の同情を誘う弱々しい国連PKOを演じ続ける必要もなくなった7 月15日早朝、国連軍は重装備の兵を送り込み、叛乱勢力のベースキャンプを 完全に破壊するとともに、2カ月半にわたって拘束されていた悲運のPKO要 員、インド兵200人あまりを脱出させた。

しかし、紛争地での現実の戦いはまだまだ終わりそうにない。それでも、デビ アス社の組織・中央販売機構(CSO)の金庫に収められている、国連のキャン ペーンにいう「血塗られた」ダイヤモンド達は、順次「永遠の輝き」を持つダ イヤモンドに染め替えられて、巨大市場であるアメリカ、日本へと送り込まれ ていくことだろう。紛争地でこれから産出されるダイヤモンド原石も、デビア ス社の手で化粧しなおされ、「永遠の輝き」を放つ冷たい石として、最終的に はあなたの手元へ届くことになる。むろん、「非紛争地産出」のきらびやかな 証明書がつけられて。


参考資料:
RFI, BBC, CNN, Le Monde, Washington Post, IRIN, Jeune Afrique,
Libya Online, Sierra Leone Web, Africa News Online, Conakry Press,
現地紙, その他の情報。『金鉱山からのたより』 第27号、第29号。

◆コナクリの通信事情

いつものことながら、当地のインターネットはすでに1週間の間、国際社会に つながっていません。電話会社の衛星通信設備が故障しているためなのですが、 この調子では、いつ復活するのか、本当に復活させる気があるのか、まったく 不明の状況です。

そしてついに、今日は国際電話回線も深い眠りに入ってしまいました。それで、 ふだんは使っていないイリジウム衛星携帯電話機をひっぱりだし、補充電をし ながらテスト通話をしてみました。米イリジウム社の経営破綻が決定的となっ た3月18日以降、公式には衛星電話サービスは停止されています。日本イリジ ウム社は会社を解散してしまいました。

ところが、実は、まだしっかりと稼動しているのです。イリジウム電話の孤児 となってしまった日本地域には、通話規制がかけられていて通じないのですが (いじわるですね)、ヨーロッパ、アメリカ大陸とはまったく支障なく話ができ ています。近々、正式サービスが再開されるまで、通話料はすべて無料です。 E-mailの受信も可能です。ただインターネットには接続できないのが残念。

この端末はアフリカのプロバイダーから買ったものなのでまだ生きているわけ ですが、日本で契約していたとしたら、今ごろはさらに心細い思いをしていた ことでしょうね。このメールは、カナダあたりのプロバイダーからアップす ることになると思います。(『金鉱山からのたより』2000/07/18 第30号)


 このメールは、電子メール書店の老舗「まぐまぐ」さんからお届けしています。 -マガジンID:0000005790-
 齊藤さんにsaitoh@mirinet.net.gn

2000年07月20日(木)
萬晩報主宰 伴 武澄


 NTTドコモがサミット参加者にドコモの携帯電話を無料で3000台貸し出すことになっているそうだ。「世界に冠たるiモード」を宣伝するためということだが、外国人がすぐにコギャルのようにキーをたたいてメールができるか不安である。

 サミット参加者といえば多くは政府関係者かジャーナリスト。政府系企業であるNTTの子会社のドコモがNGOの人々に端末を貸し出すことは考えられない。iモードが彼らの口コミで世界に広げれば安い投資である。

 だが破たんした衛星携帯電話のイリジウム・システムでは初めからプロバイダーサービスを付加してインター ネット接続を可能にしていたし、地上の携帯でもニュースや天気予報、株価情報から映画のチケット予約までできる端末がないわけではない。iモードが日本発 の世界標準だなどと考えては間違いの元になる。

 それよりも多くが海外からやってきたジャーナリストたちが持ち込んだ端末が日本で一切、使えない現実に直 面することは確実である。海外との「ローミング」機能ないという日本の携帯事情が世界に報道されるマイナスイメージの方が気掛かりだ。特にヨーロッパやア ジアの国々ではGSMという100カ国以上で使える端末が普及しているため「なんで」という疑問を抱くに違いない。

 国を越えて端末が使えるということが常識となっている携帯電話の世界で、一番重要な機能を無視して子供だましのような機能ばかりを付加して「将来のグローバルスタンダードだ」などとはしゃいでいる日本の携帯電話事情は理解できないと思う。

 ●ローミングは携帯端末の貸し出しという非常識

 シリコンバレーに住む八木博さんがちょっと前に教えてくれたジョークがある。NTTの用語で「ローミン グ」というのは「海外の携帯端末を成田空港で貸し出す事業」のことだというのだ。これがジョークならばただ笑い飛ばしていればいい話であるが、真面目なの だからことは深刻だ。

 以前に「国際標準」をうたい文句に売り出したIDOグループの「cdma-One」の矛盾について萬晩報 で書いたところ、各国に住む読者から多くのメールをいただいた。今月からアメリカとのローミングを開始したということになっているが、当時「日本の空港ま でしか使えない日本の携帯電話は旅行中にはただの重いプラスチックの箱」といった不満が並んでいた。

 世界で働く日本人は100万人がいる。これに海外出張者を含めるとどう考えても150万人という日本人が GSMというヨーロッパ生まれの便利なシステムの恩恵に預かり、日本の携帯電話の不都合さを嘆いているはずなのである。そのなかにはNTTの社員もNEC など通信業界のビジネスマンも少なくないはずだ。

 彼我の通信事情の違いを熟知している日本人が数万の単位でいるというのになぜ、日本の通信事情だけが井戸の中の蛙でいられるのか不思議で仕方がない。


 【萬晩報】07月08日 (土)「徳政令乱発いざなうそごうへの借金棒引き(1)」は(2)(3)の続編を準備していたが、突然の「そごう倒産」で使い物にならなくなった。いずれ 別の形で書きたいと考えていますので、しばらく猶予をください ▼とっとり総研の中野さんがカナダのとある都市で石川県のテレビ会社の社長と出会い懇談中、この社長の萬晩報の読者だということを知ってびっくり。だが二 度びっくりしたのはその隣にいた日本人の紳士が「よろず」という二人の会話に入ってきて、なんと萬朝報を創設した黒岩涙香の孫だと自己紹介したことだった そうです▼アメリカ政府はクリントン大統領が20日に東京で予定していた日米首脳会議を飛ばして、21日直接、沖縄のサミット会場入りすると発表しまし た。
2000年07月18日(火)
萬晩報主宰 伴 武澄


 沖縄サミットにクリントン米大統領が欠席するかもしれないというニュースが先週11日朝早く日本に飛び込 んだ。官邸も外務省も「あり得ない」と否定し、平静を装った。しかしオルブライト国務長官は中東和平のための会議に注力することを理由に同日からの宮崎で 開かれた外相会合を欠席しており、アメリカの沖縄サミットへの期待感はみるからに低下していることがうかがえる。

 もしこれが本当だったら、日本政府は思考能力を失うほどのショックに陥るはずだ。

 ●サミット日程になぜ中東和平会議を!

 サミットは7月21日から沖縄で開かれるよう1年もかけて準備してきた。福岡の蔵相会合ではすでにサミッ トをお祭り化した日本に対して批判があがっている。主要国の首脳たちが年に一回会して意見交換する場をお祭り化する国民性をよしとはするわけではない。日 本として大いに反省すべき点だ。

 だからといってクリントン大統領がサミットを欠席したり遅刻が許される理由はない。サミットの日程は各国 が十分対応できるよう事前に決まっていることである。その沖縄サミットの日程にあえて中東和平会議をぶつけた理由がまったく分からない。アメリカ大統領の いないサミットなど開くに値しないことは当のアメリカが一番知っていることである。

 オルブライト国務長官の欠席ですら十二分に国際的信義に反する行為である。森さんが甘く見られたといって しまえばそれだけかもしれないが、あまりにも日本を侮辱した話だ。こうした行為によって日本国内に反米感情が醸し出されるのだとしたらその責任はすべてア メリカ側にあるといっていいであろう。

 ●沖縄サミットの原点は米軍兵士の少女暴行事件

 筆者が故小渕首相を唯一、評価するのはサミットの沖縄誘致だった。小渕さんの意図はともかく普天間基地の 移転問題からここ数年、沖縄は再び日本のホットイシューとなった。世界中のジャーナリストに、極東の安全保障を理由に浮沈空母化されたままの沖縄の現状を みてもらうことは決して無駄なことではない。

 そして沖縄でのサミット開催の遠因が1995年のアメリカ軍兵士による少女暴行事件にあったことを、今回 アメリカ軍兵士が起こした一連の事件と併せて世界に知ってもらっておく必要がある。というよりこの現実を世界はもっと知らなければならない。那覇空港に降 り立つ際に基地の島が鳥瞰できるはずだ。

 アメリカは1年以上も前からサミットの沖縄開催に対して反発を強めているということである。国防総省系の シンクタンクもある報告書の中でサミットの沖縄開催を「日本がアメリカ離れ」をしている兆候の一つに挙げている。それはそうだろう、海外にあるアメリカ軍 の最大の軍事基地のすぐ隣でサミットを開催する発想は尋常でない。

 イギリスの本拠を置く国際的NGOのJobilee2000が強く求めているアフリカなど重債務国への債権放棄も重要な問題だが、極東の小さな島が冷戦崩壊の後も引き続き要塞化されているという事実にも着目すべきだろう。

 ところでアメリカでいまサミットといえば、中東和平の最後の詰めが期待されているキャンプデービッド会議 のことを指すらしい。イスラエルのバラク首相とパレスチナのアラファト議長が11日から精力的に話し合いに応じているということだが、合意にいたるかどう かはいまだに不透明な情勢だ。

 クリントン大統領がどうしても中東和平を重視するというなら、アメリカが主要国首脳による年一度の会合の意味を見出さなくなったということだろう。中東和平会議で示されたデッドラインは9月だということだから、時間はまだあるはずである。

 アメリカがそういう考えならば、もはや官僚による作文大会として形骸化したサミットに対して日本が中止を宣告すればいい。ただそれだけのことである。


2000年07月16日(日)
萬晩報通信員 美濃口 担


★イタリアの痴漢と日本の痴漢の相異

イタリアに出掛けたドイツ人の女性が驚くのは自分が四六時中至るところで「女」 になること強いられる点である。というのは、すきあらば口説こうと男性は待ち構え ていて、絡むような視線を投げかける。うっかり見返したら「求愛行動」の次のス テップが始まることを覚悟しなければいけない。その後、求愛行動の種々の手順を踏 んで、いつかベット・インという終着駅はに至るが、終着駅はどこでも似た風景で あっても、途中のプロセスは文化によって異なる。

イタリアとドイツでは、よくいわれるようにジェンダー文化が本当に違うのである。 いくら色気の乏しいドイツ社会でも若い男女が並んでベットに入れば「女」と「男」 になることは間違いないが、日常生活の多くの場面で自分のジェンダーを意識しない ですますことができる。

それとは対照的にイタリア社会の成員は例え労働していても「女」として、また 「男」として四六時中気合が入っている。

このようなイタリア文化を背景に満員電車のなかでの痴漢行為を考えてみる。この行 為は「搦め手からの口説き」に近いと見なすことができないだろうか。つまり求愛文 化が定める中間ステップのバリエーションのようなものに思える。女性が満員電車の なかで痴漢に遭って怒り出すのも、自惚れが強くなかなかあきらめようとしない男を 罵って追い払うのと似ているのではないのか。私は痴漢体験をした女性から聞いただ けであり、残念なことに現場に立ちあったことがないが、イタリアでの痴漢をこのよ うに想像している。

次に日本の痴漢である。これもイタリア的痴漢と同じで、「搦め手からの口説き」の 一種と見なすことができるであろうか。日本で一口に電車のなかの痴漢といっても 色々なケースがあるかもしれない。とはいっても、日本で見られる痴漢がイタリアの ように求愛行動の手順の一つと見なすことは絶対できないと私には思われる。

その根拠は、日本で痴漢の被害にあった女性の反応が全く異なるからである。すでに 述べたようにイタリアの満員電車のなかで突然女性被害者が罵りはじめることがあ る。反対に、痴漢の被害にあった日本の女性は自分の怒りや不快感を表現しないし、 できないことが多い。これは、さわる・さわれるの現象面では似た出来事の根底に文 化的に異なった「男女の関係」が存在することを物語る。

★満員電車が人里離れた「森の中」になる

本当のところ、日本の電車で被害者の女性が怒らないことは奇妙なことである。と いうのは、彼女にとって加害者は車両がいっしょになっただけの関係である。この点 で職場のセクハラと異なり、本来遠慮しないで怒ったり罵ったりできるはずである。

私と「痴漢」について話したドイツ人女性の多くが注目するのはませにこの点であ る。彼女達は異口同音に電車のなかでさわられたら「一度目は無視するかもしれない が、二度か三度のところで大声をあげるか、あるいは罵ったりあるいはぶん殴るなり して絶対反撃にでる」と宣言している。

日本人女性がそのように反応できないことでドイツ人に思いつく説明はいつも決まっ ている。

日本社会では幼児期から女性に摺り込まれた「理想的女性像」があり、大声で怒った り罵ったりすることはこれに反する。だからこそ、日本の若い女性が(自分達のよう にはしたなく)わめきちらすことができない。彼女達はこう理解しようとする。この 説明は間違っていないかもしれないが、問題の根はもっと深いように私には思われ る。

伝統的男性社会のなかには、よく女性成員が出入りできる空間が決まっていて、女性 はこの中にいる限り男性の付属品(妻もしくは娘)として共同体の保護の対象になる ことがある。ところが、一度この空間を離れるとこの女性は保護の対象にならず、何 が起こっても自業自得とされる。例えば、男性が森の中をひとりで散歩して強盗の被 害にあえば、運が悪かったと同情されるだけである。ところが、同じ状況で同じ被害 にあった女性に対して、私達は一応同情はするが、寂しい場所をうろうろして「挑発 した」ことを非難するはずである。この種の性差別(セクシズム)のメカニズムは、 世界中でフェミニストに散々指摘されてきたことである。

多くのドイツ人女性と話すまで、私はあまり考えなかったが、日本の電車の中で起こ る痴漢にはこの性差別のメカニズムが働いているのではないのだろうか。というの は、多数の人間がいるはずの満員電車という空間が、奇妙なことに加害者男性と被害 者女性の二人しかいない、すでに述べた女性が一人歩きするべきでない「森の中」の ようになってしまうからである。この「森の中」で女性は共同体の保護の対象として 扱われない。同じような論理で満員電車のなかで痴漢行為が社会的に甘受されてきた のではないのか。だから被害者もろくろく文句を言えなかったのである。

この数年来痴漢被害者のために女性の相談係りが設けられたり、ポスターが貼られて 痴漢をはっきりと犯罪扱いするようになった。これらは痴漢が性差別という認識に基 づく対策で、徹底されれば効果があると思われる。

★「第三者不在」の意味

被害にあったドイツ人やイタリア人の女性が電車のなかで罵るのは、「満員電車」が 人里離れた「森の中」でなく、「第三者」というべき他の乗客が自分達の言い分を聞 いてくれると思っているからである。また状況次第では連帯精神を期待できるのであ る。もちろんこの前提がなければ、怒りを感じてもそれを表現する気にもなれない。

満員電車に「第三者」が存在しない問題は、すでに述べたように性差別のメカニズム の反映と見なすこともできる。でも、この現象は同時に別の性格の問題とも絡み合っ ていると私には思われる。

「第三者」が消えてなくなるのは痴漢の被害を受けた女性に対してだけであろうか。 もしかしたら、この「第三者」の不在こそはこ日本社会で色々な現象となって現れる のではないのだろうか。

別の観点からこのことを見てみる。 「強いか弱いか」とか「勝ったか負けたか」だけを問題にし、他の観点をないがしろ にする考え方はソーシャル・ダーウィニズムと普通呼ばれる。外から見ていると、日 本で起こる事件がこの「弱肉強食」的世界の出来事以外の何物でもないと思われるこ とが本当に多い。

ここで冒頭の「南ドイツ新聞」の記事に戻る。この39歳の男性は「第三者」の存在 など感じないで、女子学生の抗議を無視した。それは自分が強者であると感じたから である。ところが今度は突然自分が弱者と感じて逃げ出し、最後には窓の外に消えて しまう。ということは、強いか弱いかだけの話しである。

例えば「不始末」を起こした企業の幹部が土下座をする。この幹部は電車のなかで逃 げ出した痴漢男と同じで、旗色が悪くなったからそうしているだけである。またそれ まで弱かった「被害者グループ」が土下座を要求する。それは彼らが強くなったから である。ということは、どちらも「強いか弱いか」だけのシーソーゲームをしている ことにならないだろうか。

欧米のメディアは「土下座場面」を日本的として好んで報道する。もしかしたら私達 自身もこれを日本的と思い込んでいるのではないのだろうか。でも「強いか弱いか」 のシーソーゲームなど、どこの社会でも多かれ少なかれあることである。

いずれにしろ、満員電車のなかで「第三者」が消えてしまい、人里離れた「森の中」 なる奇妙な問題を無視して「公」とか「国家」を論じることはあまり意味ある作業と は私に思われない。


2000年07月15日(土)
萬晩報通信員 美濃口 坦


少し前近所に住む日本人女性が「南ドイツ新聞」の記事を見せてくれた。「日本で痴 漢が列車から飛び降りる」という見出しで、隣にオスカー受賞式の写真が並んでいる ところを見るともうかなり前の新聞記事である。

事件は次のように起こった。m 大阪・京都間を走行中の特急電車のなかで39歳の男性が隣に座る女子学生の下半身 をさわりはじめた。彼女の抗議を無視してである。そこで女子学生は携帯電話で知人 に連絡したところ、男は突然逃げだした。その女子学生は携帯電話で話しながら逃げ る男を追いかけたところ、男は女性の眼の前で驀進する電車の窓を開けて飛び降り、 顔や肩の骨を折りなどの重傷を負った。

記事は「日本には電車のなかで痴漢の被害にあう女性が多く、駅の構内にそれを禁ず るポスターが見られる」というドイツの読者への背景説明で終っている。

いかにもドイツの新聞にのりそうな日本のニュースだと私に思われた。「従順」のイ メージがある日本人女性が、携帯電話を片手に「性的自決権」侵害者を追い詰めてい く。ドイツで携帯電話は日本ほど普及していないせいか、グローバリゼーションの象 徴と見なされている。また「人権」が地球上遍く広がることをグローバリゼーション と見なす人達が多い。ドイツ人の眼には事件がグローバリゼーションを絵にしたよう な場面にうつる。

★なぜドイツの電車のなかに痴漢がいないのか?

この記事を見せてくれた女性は70年代京都に住み、大阪まで電車で通勤した。当時 彼女にとって通勤とは「痴漢との戦い」であったそうである。この新聞記事がきっか けで彼女に痴漢の不愉快な記憶が蘇ってくる。

日本の男性は満員のときだけではなく、二人掛けシートの特急でもこの行為に走っ た。隣で新聞を読んでいるはずの男性が手を伸ばしてくる。彼女は直ぐ立ちあがって 逃げられるように窓際には座らないように心がけたという。

彼女はその後ドイツに暮らすようになった。かなり長い間、この国で電車が満員に なっても痴漢が出没しないことが彼女には不思議で仕方がなかったそうだ。

八十年代後半のある日、旅行でドイツを訪れた日本人女性が「この国の電車には痴漢 がいないの?」と私にきいた。「痴漢」という日本語も忘れかけていた私は当時この 質問に答えられなかった。それ以来気になって、何か機会がある度に色々な人々とこ のテーマについて話すよう努めた。この国の交通機関に本当に痴漢がいるかどうか、 いるとすればどんな性格の痴漢かを特定するためにである。相手が男性なら痴漢をし たい気持になったことがあるかどうか尋ね、女性にはその種の行為の被害にあったこ とがあるかどうか、またその時どのように反応したか、あるいは反応するかをきい た。

こうして私が話した人はかなりの数にのぼる。この国の女性が最終電車のなかで酒気 を帯びた男性から誘われたことを類似体験としてしばしば挙げるところをみると、日 本の通勤電車のなかで横行するような痴漢はドイツで見つけるのは本当に難しい。で は、なぜそうなのか。

痴漢と関連して、日本通勤電車の満員ぶりがよく指摘される。とはいっても、電車は どこの国でも満員になることがある。満員電車は痴漢に都合の良い環境を提供するか もしれない。でもこれだけですべてを説明できるものではない。もっと色々な文化的 ・社会的要因が組合わされたものと考えてみるべきではないのか。

★ドイツ人男性が感じる心理的ブレーキ

私に記事を見せてくれた日本人女性の見解では「日本の男は本当にいやらしいのだか ら」ということになる。でも自分が日本人であるから弁解するわけでないが、ドイツ にも色々な男性がいて、ヴァイツゼッカ-元大統領のように「劣情」と無縁な人ばか りとは限らない。ちなみに、この国には強姦もセクハラもあるし、ドイツ人男性の 「売春ツアー」は「世界に冠たる」ものがある。ということは、彼らも別の状況では 「いやらしく」なる。それなのに、どうして電車のなかで「いやらしく」ならないの だろうか。彼らはなぜこの状況で心理的ブレーキを感じるのであろうか。問いを設定 するならこうなると思う。

ここでドイツの周辺国に眼を向け、イタリアを例にとる。そこで暮らすドイツ人女性 だけでなくイタリア人女性も証言するように、イタリア人男性には心理的ブレーキな ど無縁らしく、満員電車のなかでの行動が日本の男性に似ているそうである。

この独伊の男性の相異を私達はどのように考えたらよいのであろうか。イタリアはカ トリックの国である。ドイツにはカトリック教徒もいるが、社会の指導原理はプロテ スタンティズムである。プロテスタンティズムというと、マックス・ウェーバー以来 「資本主義の精神」と関連づけられるが、性的行動様式の相異を理解するためにも、 この相異は本当に重要である。

周知のように、キリスト教倫理は本来繁殖以外の目的に役立つ性行動、例えば快楽を もたらす性行為を罪悪視する。西欧社会がこの倫理観から自由になるにあたって推進 力となったのは「ロマンティク・ラブ・イデオロギー」と呼ばれる考え方である。こ れは愛情とセックスの一致をめざし、「愛の絆を深める」ために男女が性的快楽を享 受するなら、それは良いこととして承認しようとする考えである。この「愛を伴う セックス」すなわち「恋愛結婚」推進の考えは小説・映画を通じて流布され、また日 本でも明治以来、周知のように「核家族」イデオロギーとして寄与した。

次に重要な要因は、信仰上の内面性を重視する宗教改革から生まれた新教的社会での ほうが、カトリック社会より「ロマンティク・ラブ・イデオロギー」の浸透度が遥か に高いことである。これも、「愛」ということが心の問題である以上、当然のことで ある。

例えば、婚姻外の性的関係があって、イタリア人なら(多分日本人も)、この程度な ら離婚などする必要がないと思っているのにドイツ人同士のカップルでは破綻に至る ことが多い。これは彼らが「浮気」ですますことができず、(どこかで)本気になっ てしまうからである。この事情も、本人たちは気づかないが、「ロマンティク・ラブ ・イデオロギー」、すなわち「愛を伴うセックス」という考え方をいかにまじめに受 け入れてしまったかを物語る。

次にこのイデオロギーに反する性的行動はプロテスタンティズム主導社会の内部でど のように処理されるであろうか。 宗教改革そのものがこのカトリック的ダブルスタンダード反対運動としてはじまった 以上、プロテスタンティズム社会は原則に合わないことを許容できない。ということ は、「ロマンティク・ラブ・イデオロギー」に則しない性的行動、例えば電車のなか で女性の身体をさわることに対するドイツ社会でのタブー度、あるいは男性個人が感 じる心理的ブレーキは、ダブルスタンダードに慣れた、イタリアのようなカトリック 社会よりはるかに強いことになる。

以上が、ドイツの男がイタリアの男のように電車のなかでは気安く痴漢行為に走れ ず、自分の手を行儀よくじっとさせている事情である。 私とこのテーマを話したドイツ人男性が痴漢行為を情け容赦なく指弾するのも、また こんなことを話題にしているだけで彼らが気まずく感じるのも、彼らの意識のなかに 「ロマンティク・ラブ・イデオロギー」で解除できずに残るタブーが存在することを 物語る。

数年前「売春ツアー」を研究しているベルリン大学の社会学者と話していて本当に面 白いと思ったことがある。それは、この社会学者がドイツ人の「売春ロマンシズム」 と呼ぶ現象であった。これは、「売春ツアー」で外国へ行くドイツ人男性のなかか ら、かなりの高い割合で売春婦に恋愛感情を覚える者が現れる事実である。なかには 少数ながら本当に結婚する人もいるという。

  買・売春も、痴漢行為と同じように「ロマンティク・ラブ・イデオロギー」で正当化 できない性行動であり、ダブルスタンダードを認めにくいドイツ社会ではどこかタ ブーである。「売春ロマンシズム」とは、いうまでもなく売春婦に恋愛感情を抱くこ とで心理的ブレーキもしくはタブーを感じないですますことである。

この事情も、ドイツ人男性の意識が「ロマンティク・ラブ・イデオロギー」によって 強く規定されていることの例証である。(続く)


2000年07月08日(土)
萬晩報主宰 伴 武澄


 巨額の借金で経営が行き詰まった大手百貨店「そごう」が銀行に対して6300億円の債権放棄を求めた問題で、預金保険機構が新生銀行から2000億円のそごう向け債権を買い取り、そのうち970億円について債権放棄を決めた。6月30日(金)に起きたニュースである。

 マスコミはそごう向け支援が決着したと書いたが、ふつうの読者には「国民の税金でデパートを救済する」と いうこと以外、なにが何だか分からないだろう。とくに預金保険機構という組織が何で、何でそんな組織がそごうに対して債権をもっているのか。そもそも債 権ってなんだという素朴な疑問もある。債権だの債務だのといった言葉は裁判所で弁護士がやりとりするような表現で、ふつうの人々の日常用語ではないから だ。

 ●預金保険機構は借金肩代わり会社

 まず「債権」を「借金」と書き改めることから始めよう。すると「債権放棄」は「借金の棒引き」ということ になり、少しは視界が明るくなる。そして預金保険機構(預保)とは何か。もともとは、銀行がつぶれ、預金者の預金が返済できなくなった場合に備えた保険会 社だった。会社ではなく機構と呼ぶのは国が関与した国営の組織だからである。

 だが現実の預保には小さな地方の銀行が倒産しただけで金庫がカラになる程度の蓄えしかなかった。そこで政 府は預保に保険会社以外の機能をもてるよう法律を改正した。まず倒産しなくても銀行を救済できるようにし、さらに一方で銀行がもっている「不良債権を買い 取る」役割を付け加えた。1998年からのことである。

 この時点で組織の名前を「銀行借金肩代わり会社」とでも変えていれば、分かりやすかったのだろうが、そんな会社が民間で成り立つわけもなく、国がそんな下品な名前を好むはずもない。

 ふつうの人や企業の場合、相当な担保があるか信用がなければ、お金は貸してもらえない。預保には財産はない。5000億円あった蓄え(保険金)は既に使い果たし、あるのは不良債権だけ。それでも借金ができるのは「国」という後ろ盾があるからだ。

 国といったところで亡くなった小渕さんとか森さんが保証人になっているのではない。暗黙の了解事項として「将来の税金」が「担保」となっているのだ。言葉は過激だが「国家とは国民から税金を収奪する合法的な権力機構」なのである。

 預保改革のみそは無から有を生み出す「打ち出の小槌」に変身したということである。

1998年3月の銀行に対する「公的資金の注入」に始まって「金融システム安定化」の名のもとにこれまで8 兆円の「有」を誕生させた。、今回も2000億円の「有」を発生させた。これは手品でもなんでもない。難しくいえば「信用創造」、近代国家という存在がも つ特権なのである。

 日本という国家が危ういのは預保の機能拡充は銀行救済が目的だったのに、今回は救済がゼネコンという民間 企業にまで及んだことである。とまれ、預保の機能拡充は「金融システム安定化」が錦の御旗だったはずである。いうなれば打ち出の小槌の目的外使用であり、 ルール違反でもあろう。

 もちろん企業が銀行に借金を返せなくなったら銀行の体力が弱るのだから、広義の金融システム安定化の役立つという理屈が成り立たないわけではない。だが雇用だとか地域経済への影響だとか言い始めたら救済すべき対象は限りなく広がる。

 今回、預保の松田昇理事長は「苦渋の選択だ」と会見で述べた。また「債権放棄で結果的に回収額の増大が見込める」とも発言した。預保が新生銀行から買い取る2000億円のうち放棄する970億円の残りの1000億円強が「優先回収」できることになっているからだ。

 みなさん、ここでよーく考えてほしい。国が回収できると確信するような借金を民間銀行がわざわざ国に付け替えようとしますか。危ないからこそ国に救済を求めるのでしょう!

 こんなことを書くと訳知り顔に「リップルウッドグループによる旧長銀買収には2割以上劣化した債権の買い戻し条項がある」「旧長銀のそごう向け債権を二つに分けることは不可能」とかいう議論を吹っ掛けられそうだが、それこそ重箱をつつくような議論だといいたい。

 日本経済は下り坂でブレーキが焼けきれた観光バスのようになった。運転手の森さんは車掌の野中さんにハンドル操作をまかせ、食べきれないのが分かっていながら乗客に弁当やおやつをせっせと配っている。いずれ乗客はエンジン・ブレーキも効かなくなったことに気づくはずだ。



2000年07月05日(水)
台湾研究家 船津 宏


5月20日に行われた台湾大統領就任式で国歌を熱唱した国民的人気歌手、張恵妹(アメイ)が、中国共産党か らバッシングされている。コカコーラ社からの依頼で出ていたテレビCMは、一夜にして放送中止に。また、副大統領の呂秀蓮は、トップの陳水扁よりもむしろ 矢面に立たされて、中国からひどい「文攻」(日本語では「口撃」とでも訳せば良いか)を受けている。しかし、この台湾の二人の女性は、外圧に負けず、意気 軒昂なところをみせている。今輝いている台湾女性を紹介する。

 ●政治舞台で女性が袋叩きに

 6月に台湾で開催された第5回全国女性会議で、呂秀蓮は「私が30年前に書いた『新女性主義』の本 を、(意識の遅れた)中国に送ってやりましょう」とスピーチ、会場を沸かせた。また「陳大統領は英明な人物です。女性の私を中国に対する悪役にして、政治 を進めている」と会場の笑いをとる余裕もみせた。

 実は、当初、女性の副大統領候補はよろしくないと民進党内でも反対意見があったが、陳水扁が反対派を抑え て呂とのコンビを決めた経緯がある。台湾では「両性共治」が政治テーマのひとつになっている。外国から政治問題で女性がバッシングされるのは日本では例が 思い出せない。それだけ台湾の女性が社会の表に出て活躍していることを最近の事件は示している。

 呂秀蓮は「台湾と中国は遠い親戚で近くの隣人」「一つの中国が中華人民共和国のことならば、台湾人は当 然、中国人ではない」と当たり前のことを正々堂々と発言している。このコラムは主に「中時晩報」の呂淑媛記者(女性)の記事をあらすじにしていることをお 断りしておこう。

 呂秀蓮によると、共産中国の言っていることは、一家の主人(男性)が「俺が死ねと言ったらお前は死ぬのだ」という時代遅れの家庭内暴力と同じ「君父思想」だという。「俺が一つの中国と言ったら、お前は認めるのだ。そうしたら何でも話し合ってやろう」はまさにそれだ。

 同副大統領は、「新世紀、新アジア観念」を唱えており、それは「EU統合」の観念に沿っている。かつて争ったドイツとフランスが同じEUに入るような形での中国と台湾の統一を提唱している。

 それにしても、蔡英文大陸委員会委員長(対大陸外交の最重要部署)といい、鍾琴行政院発言人(官房長官に相当か?)といい台湾では女性が大活躍している。いずれも論理が明快で世界の情勢に通じており、納得できる発言ばかりだ。

 どこかの国の「ガンコに○○」「ダメなものはダメ」とか言って論理展開を無視、世界の趨勢から取り残されている政治家とは大きな違いがある。

 ところが正しいことを言っているだけに、共産党の反撥も半端なものではない。怒り心頭という感じで、呂秀蓮は徹底的に叩かれている。

 ●客観的報道は禁止

 香港のテレビが呂秀蓮インタビューを放映したら、共産党の駐香港代表機関の高官が「台湾の主張をニュースとして客観的に報道することのないように」(読売新聞の報道から引用)香港マスコミに警告。「『一国二制度』と言っても所詮、この程度」と世界に知らしめた。

 張恵妹は、かつてテレサ・テンがそうであったように、大陸の音楽界で旋風を起こす天才歌手。「雪碧」は清 涼飲料「スプライト」のことだが、そのCMで人気のあった張恵妹をテレビから抹殺、広告看板も取り外された。就任式典の前にコカコーラ社からこういう事態 の恐れもあると事前に相談があったが、歌姫はそれを承知でステージに上がった。その心意気が小気味良いではないか!

 昨年9月21日の大地震の時、公演先のシンガポールからポン、と送った10万米ドルの(彼女たったひとりの)義援金は、いろいろ勿体をつけて通知された大陸(13億人)からの第1回目の送金申し出額と同額だった。

 孤独な祖国のために大らかに歌う天才はまだ26歳。少数民族出身であるハンデを跳ね返しての大活躍である。(船津レポート2000年07月04日)


 船津さんにメールはando@sen-i-news.co.jp
【萬晩報】きのうは森内閣の組 閣。第二次だそうだ。小渕さんが倒れた後、野中、青木、村上、亀井の4人組の密室謀議で誕生した政権だったから、だれも第二次があるなどとは思っていな かっただろう。だがサミット前の総選挙に批判的だった4人組が森さんを担いだとたんに総選挙を決め、電光石火のごとく党内の主導権を握り「第二次」が奇し くも誕生してしまった。▼だが国民からみればこれほど歓迎されない政権もみたことがない。その森政権が掲げるスローガンはIT革命。森さんが口にすればす るほど空虚な響きに映る。もっともITからほど遠い政治家たちが口をそろえる姿は風刺マンガ家にとっては格好の図柄になるのだろうが▼未明に初閣議後、新 閣僚が自分の省庁で会見をしたが、どれも興味のわく話はなかった。というよりわれわれがほとんど報道しなかったからきっと誰が何をしゃべったか関係者以外 は知らないはずだ。報道する側も力が入らない理由がある。閣僚の平均年齢が66歳で、70歳以上の人が6人もいるからだ▼ノルウエーで3月17日発足した 労働党の新内閣(イェンス・ストルテンベルグ首相)は19人の閣僚中、8人が女性大臣で平均年齢は45.7歳だった。政治家は若ければいいというわけでは ないが、彼我の格差にあぜんとするではないか。きのうの一連の組閣報道で印象に残ったのは自民党の両院議員総会で河野太郎や石原伸晃らがヤジと怒号のなか で公然と執行部批判をした場面だけだった。(伴 武澄)
2000年07月04日(火)
Silicon Valley 八木 博



 シリコンバレーは、IC(インド人と中国人)で持つといわれて久しいけれど、確かに、インド人の人々が、最近多く目に付くようになった気がする。以前の 職場にも、インド人も中国人もどちらもいたけれど、勉強家だし、能力は高いと思った。そして、自国の歴史に詳しく、両者とも自国は大国であるという自負心 は強かったように思う。ちょうど高校の卒業式の時期に、地元のSan Jose Mercury Newsが、優秀な卒業生を紹介している面を見ると、これが、圧倒的にアジア系が多い。アジア人は実に教育熱心だと言うのが良くわかる。

 〇中国人、インド人ともに個人主義

 シリコンバレーの、Dog Yearと言われる、風潮を作ったのは、中国人の気質からくる部分が多くあると、私は信じている。彼らの、判断の早さ、そして行動力は米国社会の中でも大 きな影響力を持っていると思う。特に、大家族的に、長老を中心とした絆が強い割に、政府などを当てにせず、自分でどんどんと進んで行くところなど、米国人 の個人主義と、良く似ていることを感じる。せっかちのせいかどうかわからないけれども、並んでいる列への割り込みなど、多いような気がする。

 インド人はというと、私の会った人々はプライドが高く、個人主義であり、とても計算が速かった。(計算と 言えば、アラブ人もとても暗算が速かったのを記憶しているが)確かに、歴史的に見るとゼロを発見した民族であり、シリコンバレーでも、ソフトウェア、回路 開発など大きな戦力になっている。

 INTELのMuseumに行くと、30年以上前からのメンバーに、インド人が参加していることがわか る。階級性のためかどうかは知らないこれど、プライドの高い人が多くいた気がする。チームワークはというと、あまり群れずに、わりと個人主義的な動きが多 かったように思う。

 両者とも、罰せられないことであれば、あまりルールにはこだわらない。だから、彼らが横断歩道を渡るとき には、自己責任(事故責任かも)で赤信号を無視して渡ることが多い。そうやって振り返ると歩行者が赤信号に完全にしたがっているのは、日本が一番徹底して いるように思う。このあいだ、東京駅前の横断歩道で、赤信号を無視して歩き始めた人に、同調して歩き始めた人を目撃したけれど、他人の動きに合わせる国民 性は、日本の特質かもしれない。

 例年の通り、シリコンバレーの長者番付を見てみると、これは圧倒的に米国人の塊になっている。所得金額上 位10位の中にYahooの社員がなんと4人も入っているが、これが顔と名前を見る限り米国人である。昨年のドットコム株価での、オプション行使で得た金 額がけた違いに多かったため(40-100億円のオプション行使)とはいえ、実力と所得の仕組みが、多少ねじれている観がある。すなわち、優秀な人間を使 う人間が、高い給料を得ているということになるかもしれない。

 〇個性の伸ばし合いこそ、活力の原点

 7/1号の東洋経済に、ラグビーの平尾監督の話が出ていた。日本人は、野球型の監督指導、監督の意を汲ん だ動きをするタイプのスポーツは好きで得意だけれど、自分で考えて、自分で判断するタイプのスポーツは得意でないと書いていた。結論としてはこれからのス ポーツは、後者の事がわかる選手を育てないといけない、と書いていた。これは、若くして全日本レベルの監督になった人の発言として、とても深い意味を持っ ていると思う。

 米国のやり方すべてが良いわけではないけれど、プロバスケットボールチームのコーチなど、一人一人がとん でもない技術を持った人たちに、各選手の能力を最大限発揮させた上、チームとしての力をまとめ上げるわけであるから、そのコーチ能力も相当優れていること を、示しているように思う。こうして見ると、個人主義を、いかに組織化し、戦力化するかと言うことが、根底に流れていることがわかる。シリコンバレーの ICが今後、自分たちのリーダーシップをどのように取って行くのか、大きな注目点ではある。(週刊シリコンバレー情報 Vol.094)


 本情報につきまして、皆様からのご意見ご感想をお待ちしております。hyagi@infosnvl.com
 【萬晩報】1週間のお休みを いただいたのは総選挙後の虚脱感からでもある。また6月の萬晩報が総選挙一色となったため、なにやら普通のコラムが書きにくくなったということもある▼だ が世の中、立ち止まるわけでもない。そごうは巨額の不良債権の放棄を求め、新生銀行に対する債務は国が買い上げその一部の970億円を放棄することになっ た。中尾栄一元代議士が3000万円の贈収賄で逮捕された。天変地異もやってきたし、雪印も牛乳でみそを付けた▼きょうは久々に八木博さんに登場願っ た。(伴 武澄)

このアーカイブについて

このページには、2000年7月に書かれたブログ記事が新しい順に公開されています。

前のアーカイブは2000年6月です。

次のアーカイブは2000年8月です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

月別 アーカイブ

ウェブページ