1999年10月アーカイブ

1999年10月30日(土)萬晩報主宰 伴 武澄


 ●朝日新聞はもともと大阪の地方紙だった

 全国に地方紙が60紙近くある。共同通信社はそういった地方紙を中心にニュースを配信している。地方を旅行していて違う都市で新聞を読んで同じ記事に突き当たったらそれは共同通信の記事ということになる。

 朝日新聞はもともと大阪の地方紙で(今は東京の地方紙)、読売新聞も東京の地方紙だった。戦後、全国で売ろうとしただけだ。東京が大きくなって東京発の情報が全国を埋め尽くすようになって久しい。

 情報が東京発ばかりになると弊害も大きくなる。東京で起きた出来事を中心とした紙面が全国で売られるから地方での出来事のニュースの価値がどうしても軽視される。

 昨年夏、神戸新空港に反対した市民の署名運動は30数万の署名を集めた。既存の市民運動家以外に広範な人々がこの運動に参加した点で従来の市民運動と一線を画したニュースだった。大阪にいてそう思った。しかし関西以外では概して扱いは小さかった。

 これが東京で起きていたら、新聞の扱いもテレビのキー局の扱いも大きかったに違いない。テレビ朝日のニュースステーションが報じた所沢のダイオキシン問題を想起すれば分かってもらえるはずだ。

 ●おっとどっこい生きている地方紙
 このことは逆に言えば、全国紙の普及で、地方で起きているニュースが全国に伝わらないという弊害をもたらしている。地方紙は基本的にその都道府県でしか 読めないし、地方で販売している全国紙は「地方発全国ニュース」をそれぞれの地方版に押し込めてしまう傾向が強いからだ。

 北海道新聞から琉球タイムズまで地方紙の発行部数を合計すると2600万部に達する。朝日、読売、毎日にサンケイ、日経の発行部数を合わせてようやく届くか届かないという巨大な部数である。このことはあまり知られていない。おっとどっこい地方紙は生きているのだ。

 地方紙をすべて閲覧できるのは日本広しと言えども共同通信の新聞閲覧室しかない。それでも沖縄や九州、四国の新聞を読むには3、4日かかる。だが、ここでも読めると言うだけでおもしろい記事を探し出すのは並大抵ではない。

 インターネットはその点、便利である。筆者は縁があって四国新聞の「一日一言」と日本海新聞の「鳥取発特報」は日々チェックを入れている。独自の提言があり、分析があると信じているからである。

 一日一言 http://www.shikoku-np.co.jp/html/ichigen/today.htm
 鳥取発特報 http://www.nnn.co.jp/tokuhou/index.html

 ●セルフGS生かすも殺すも消費者次第
 実は10月07日付萬晩報「今こそ読む兆民「三酔人経綸問答」」は日本海新聞の萩原俊郎記者が「鳥取発特報」に書いたコラムである。今日は4月28日付四国新聞のコラム「一日一言」を転載したい。

 そろそろこれを香川の「新・日本一」に数えてもいいだろう。ポイン トはセルフ。しかしうどんじゃない。香川は人口比では日本一セルフ給油のスタンドが多い。さすがは讃岐。セルフうどんの風土。昨年4月に消防法が改正さ れ、客が自分でガソリンを入れるセルフ方式のガソリンスタンド(GS)が日本でも解禁になった。米国やドイツではすでに9割がセルフGSだったというか ら、今や遅しの法改正だろう。

 その後、全国27都府県で85カ所のセルフGSがオープンしたが、そのうち最多は岡山の13カ所、二位は香川の8カ所。人口は岡山がほぼ二倍だから人口比ならどうやら香川が一位。地域的にも中四国の瀬戸内側で出店が目立っているという。

 セルフGSはこれまで中小の業者が大半だったが、今春、とうとう県内大手も参入し、高松市内の幹線沿いに9店目がオープンした。これでますます価格競争が激化し、統計上でも瀬戸内のガソリンが日本一安いようだ。

 とはいえ全国には5万8000店ものGSがあるから、セルフ化への動きはまだ微小でしかない。地域的には北陸、東北、北海道など寒冷地がまるでダメ。理由は客が冬季に車外へ出るのを嫌がるからだ、と分析されている。

 実は昨春からいつもセルフを利用している。価格の問題ではない。県内では有人サービス店も頑張って一回の給油時の価格差はわずか数百円。むしろ遠くて面倒な時も多い。それでもセルフを選ぶのは、全体の価格を抑制できるから。

 うどんも同じ。「安くてうまくて早い」の三拍子はセルフ好みのうどん通が支えている。余計な見えは張らない讃岐主義。時には行き過ぎて"へらこい"としかられるが、いいところもある。ガソリン価格は全物価に影響する。値段を決める力は本来、消費者にある。

 この記事は、めんどうでもみんなでセルフのガソリンスタンドを利用して意識改革を進めようと提言しているのだ。消費者の意識が変われば、世の中が変わるのに「たった数百円」という意識でせっかくの構造改革のチャンスを逃しているという意味合いのことを訴えている。

 書いたのは明石安哲という論説委員である。若いころ東京を拠点とする大手マスコミからの誘いがあったが、「俺は香川から日本を変えたい」といって断った記者である。早くからインターネットを駆使し、内外の話題を県民に伝え続けている。こんな記者がいる県民は幸せである。


1999年10月28日(木)明治大学非常勤講師 手島勲矢


 今秋、自自公の議員立法として永住外国人に地方選挙権を与える法案が国会に提出されるという。現在、在日 コリアンも二世・三世の時代を迎え、日本語を第一言語とし、この日本で生きる選択以外を考え難い人々が多数を占めようとする中で、彼らの政治的な権利をど のような形で実現するかの選択肢として、この法案は浮上してきたものである。

 確かに、数十万の在日コリアンの人々の歴史的経緯を思うときに自分の民族的アイデンティティを保持したまま部分的な参政権を手にすることができるこの法案は、日本の側としても、国政でなく地方政治に限定するということで、双方に心地よい妥協点の様にもみえる。

 しかし、この「外国人」のまま参政権をもつ意味を深く考えるときに、未来における危う さも思わずにはおれない。なぜなら、これは民主国家の原理・原則の問題であるからだ。その意味で韓国と日本が相互主義をとる場合なおさら、両国の民主主義 にとって、これが最善であるか立ち止まって問い直す必要を感じる。

 その意味で、16世紀のオランダにユダヤ人として生まれたスピノザの絶筆『国家論』は、多くの示唆を与えてくれる。彼は「国家」についてこう考えた。

 人間は生まれながら様々な権利を有しているが、一見、個々人が勝手に生きている原始時 代の状況こそ、人にとって最も「自由」であり「平等」であるように思える。しかし、それは空しい観念にすぎない。現実には弱いものは最も権利をはく奪され ている状況なのだ。人権は、ただ人々が一体となって相互に援助しあい、共同の意志に従って生きる「国家」の保護のもとで、初めて現実化されるのだという。

 スピノザが「国家」の有難みを肌身で感じていたわけは、彼がユダヤ人という永住外国人であり、後にユダヤ共同体から破門されても、キリスト教に改宗する必要もなく自由に暮らせた共和的オランダ国家の状況にもあったろう。

 彼は、『国家論』の最後で、民主「国家」とは何かを定義して、それは「国法にのみ服し」正しく生活している人々が例外なく投票権と国家の官職に就く権利をもつ国家であると述べ、その後、こう書き加えた。

 「私は特に『国法にのみ従う者』と言う。これは外国人を除外するためである。外国人は他の支配のもとにあると見られるから」と(畠中尚志訳)。
 この言葉は、19世紀、ドイツでユダヤ人が法的平等を求めて「解放」運動を起こしたときに、それに反対する知識人・学者らがよく引用した一句である。その結果、キリスト教に改宗するまで、ユダヤ人はドイツの「国民」と認められない状況が長く続いた。

 しかし、その言葉の真意は、民主国家の「国民」は人種や出自、政治思想や宗教信条に よって規定されないという所にある。裏を返せば、「国法」のみに服す「選択」をするなら外国人も「国民」であるのだ。つまり、宗教や思想の一致でなく、法 による行為の一致。民族意識の一致でなく、法を遵守する意志の一致。これが民主「国家」の生命である。これに従えば、永住外国人であっても、また当時の常 識に反する思想・哲学をもつスピノザのような人であっても「国民」になりうるのだ。

 ただ民主国家の多様性を一つにしているのが法的一致である以上、国法が維持されなくな る時に、当然、民主国家は内部から倒壊していくのだが、ここで、スピノザは、法が維持されるためには法が理に適っているだけでなく、人間の共通の感情もそ れを支持していないとだめだと考える。

 ここに参政権について「外国人」であるか「国民」であるかが問われる理由がある。つま り、外国人が除外されるのは、彼が民族的に「外国人」だからではなく、彼が「国法に服す者」であっても「国法のみに服する者」では必ずしもないからだ。 「のみ」という言葉で要求されているのは、「国法」への感情であり、その選択の意志である。

 外国人地方参政権は、在日コリアンにとって、「帰化」したとしても日本人の国家であるかぎり差別の対象であることには変わりがないという失望や、参政権のために民族の誇り・アイデンティティを捨てる口惜しさなどに原因を発するものとして、首肯ける。

 しかし、もう一方で、「地方」が日本の一部であり、日本国法に服している以上、もし永住外国人に「国法のみ」に従う意志がないなら、場合によっては都道府県と日本の意向は法的に対立するだろし、その中で日本国の法的一致と秩序が失われる危険は無視できない。

 そういう意味で、私たちがスピノザの言葉に学ぶべきものは多い。民主国家あっての人権 擁護。法的一致あっての民主国家。そして、何よりも「民族」が「国民」でなく、国法のみに服する者が「国民」であるということ。私たちは彼の言葉を通し て、今一度、百年先を見据えながら、新しい視点で「国民」の一致を考えることができないのだろうか。なぜなら「日本国」は人権の運命共同体であり、それは 法的一致を欠いては内部より倒壊していくものだから。

 投票率が50%を割り、官民とわず国法が無視される現今の日本で、スピノザの言葉「実に人間は国民として生まれるのではなくて生まれてのちに国民にされるのである」は重い。「国法のみに服する」という一致の原則は、今の日本人、一人ひとりに問われている。

 「国家」が滅びるのは、外からの攻撃だけでない。「国家」倒壊は、私たちの心の中からむしろ始まる。日本国は、古来より、大小の様々な石々がそのままの形で結合し一つの塊になった「さざれ石」に喩えられるが、その「さざれ石」の心を失ってはならない。


 手島さんにメールはisaiah@isc.meiji.ac.jp
 【萬晩報】萬晩報はこれまで日本に在住する外国人問題で「異なるものを受け入 れる度量」を求める論陣を張ってきました。手島さんのレポートは、日本での外国人参政権を論じる際に、外国人の定義を民族や宗教に求めるのではなく「国法 のみ」を遵守するか、しないかという概念に求めている点はわれわれが見逃しやすい視点ではなかろうかと思います。(伴 武澄)
1999年10月25日(月)とっとり総研主任研究員 中野 有


 露天風呂で夜空を眺めながらアフリカに思いを馳せると実にリラックスできる。地球から湧き出る温泉や湯の華の生命の源泉となるエネルギーを体に浴び、宇宙に溶け込むのはこの上ない贅沢である。

 このように表現すればたいそうだけど、ただただ温泉が好きなだけである。思えば純粋に温泉の恵みに感謝できるのはアフリカの生活のおかげだと感じる。

 かれこれ12年前になるが新婚早々、赤道直下の西アフリカのリベリアの奥地に国連の開発援助の仕事で2年間赴任した。ここは首都モンロビアから250km離れた象牙海岸やギニアの国境からそう遠く離れていない僻地であった。

 もちろん、電気、水道といったあたりまえのインフラ整備がない。よって、湯船につかり ながらゆったりするのは見果てぬ夢で、2年間風呂とは無縁の生活を強いられた。その反動か、鳥取では暇さえあれば湯巡りを満喫している。「寒さに震えた者 ほど太陽の暖かさを知ることができる」との先人の言葉の通り、厳しい環境で生活したおかげで先進国では当たり前のことが特別のものに見えてくる。

 日本にないものがアフリカにはある。電気がないおかげで神秘的なアフリカの夜空に輝く 星のきらめきはダイアモンドの輝きそのものであった。テレビがない生活は、考える時間を提供してくれた。ろうそくの灯りで古今東西の読み物をアフリカの奥 地で読み耽るのは格別の趣があった。

 最高の読書の空間は人里離れた奥地に限る。自動販売機の代わりが庭になるグレープフ ルーツ、オレンジ、マンゴ、ココナッツなどであり、常に最高級のトロピカルジュースを味わうことができた。ターザンの生活の如く、フクロウ、鷹、山羊、 鹿、犬、マングースなどの生き物が身近な友達であり、ホーホーと鳴く手乗りフクロウは、豊作と名付けた。

 人はアフリカを貧しいという。アフリカの奥地の生活は弥生時代に等しいという人もいる。否、決してそうは思わない。アフリカの奥地で学んだものは、先進国の尺度で計り知れないものがあまりにも多かった。

 国連の専門家として開発援助の仕事に従事したにもかかわらず、アフリカのため何か貢献したというより、それ以上にはるかに多くのことを学ぶことができた。アフリカの雄大な自然が教えてくれたことに加え、アフリカ人の生きる姿勢には心を打たれた。

 妻は近所の子供を集め学校を始めた。朝な夕なにどこしれず子供が集まり、リベリアの奥 地に寺子屋ができてしまった。彼らの九九を覚える眼差しの輝きは今も鮮明に残っている。現代の日本の子供にはない、目の輝きである。彼らは勉強に飢えてい るのだ。彼らはいつの間にか十二掛ける十二までマスターした。

 リベリアの公用語は英語であるがすごくなまったリベリア英語を話す。また部族語に加 え、隣国がフランス語圏であるからフランス語も話す子供もいる。教育とは、なんぞや。自問自答してみた。アフリカの子供の学ぶことに対する潜在性は、実に すごいものがあった。教育の機会を世界中に提供することが如何に大事か。ちびくろサンボに似た、5歳のブグメと言う子供が妙になついた。2年間一緒に過ご し、リベリアを去るとき大学までの教育費を面倒みることを約束した。

 アフリカを去り、数ヶ月後、リベリアで地域紛争が発生したニュースを聞いた。よりによって2年間生活した村が反政府側の拠点となった。その間、カーター元米国大統領もその地を訪れた。7年間紛争が続きリベリアの実に4分の1が難民となり、数えられない数の犠牲者が出た。

 ブグメとの連絡は途絶えた。今思う。紛争が始まったら取り返しのつかないことになる。だから、紛争を未然に防ぐ予防外交が重要だと。アフリカは教育の重要さと予防外交を教えてくれた。今、露天風呂にて北東アジアと予防外交を考えながら時は過ぎていく。


 中野さんへメールはnakanot@tottori-torc.or.jp
1999年10月23日(土)雨漏り実験室の"チャ"


 今は都会でサラリーマン生活を送っているが、定年になったら農業をやりたいとか自分の食べる分だけでも野菜や穀物を作りながら余生をおくりたいという人が増えているそうである。定年を迎えるサラリーマンの1割から2割は真剣にそのようなことを考えているそうである。

 しかし、今の制度では農家の出身者は容易に農業に就くことができるが、それ以外の人はなかなか難しいという。農業の後継者不足・農地は減反で余っているという時代にせっかく農業に就きたいといっている人がいるのだから、就くことができるような振興策を出すべきである。

 農地や農機具は過疎に悩んでいる自治体や農協が提供してくれるところもあるとのことだ が、問題は居住環境である。定年後農作業を行うことのできる期間はそれほど長くない。数年間だけ田舎で暮らし、体が動かなくなってきたら都会で暮らしたい という人も多いはずである。そのような人のために、以下のような賃貸住宅のモデルを考えてみた。

 ●住宅 (定年を迎えた老夫婦用賃貸1戸建)
 平屋建で建物の広さ 150-200平方メートル 。単に二人だけで住むには広すぎるが、作業を行ったり、週末子供たちが泊りに来たときに寝泊まりできるスペースは必要である。

 高耐久、省エネルギー、バリアフリーなど高水準住宅ソーラーシステム(10kwの太陽光発電と暖房・給湯用の太陽熱システム)を備える。5kw分は賃貸している家庭が消費、あとの5kwは売電するとすると月1万円程度の利益を得る。これは諸経費に充てる。

 住宅は規格化して大量に作れば、1800万円以下にできるのではないだろうか。太陽光発電システムは700万円だがその2分の1の補助を受けるとものする。

 10kwの発電システムで、10年間で100万円の発電補助も受ける。この100万円 は30年間のソーラーシステムの性能維持に使うものとする。5kwの太陽光発電と太陽熱システムがあれば、標準的な使い方で光熱水料は無料にできる。 1800万円は30年使うとすると月5万円である。家賃は管理費含めて5.5万円とする。テレビの受信料、電話、ネットワークなどの通信費、交通費は半額 補助。

 ●宅地・農地
 宅地と夫婦2人で年間消費する食料分を確保できる分の農地・農機具・肥料・農薬・その他農作業に必要なものは月5000円程度で提供・レンタルする。

 つまり、月6万円で住宅、自分の食べる食料を賄える農地、農機具などが提供されるもの とする。これを基準として、交通の比較的便利なところ・ゴルフ場や温泉に近いなど立地の良いところは月7-8万円あるいは10万円以上とし、過疎に悩むと ころは月2-3万円(あるいは無料)とすれば全体の事業としては赤字にならないようにできるだろう。

 定年した人だけでなく、中高年の失業した人も希望するかもしれない。高齢者対策だけでなく、失業対策にもなる。

 また、田舎にこのようにエネルギーも自給できる良質の住宅が多量にあるということは、 国の安全保障にとっても好ましい。たとえば、阪神大震災のように都市部で大きな災害が起こったりしたら、田舎に親や親戚が暮らしている人はすぐにそちらに 避難できる。仮設住宅などは最小限にできる。都市部の大きな災害は100、200年の間には必ず起こるのである。

 農作業は、子供や孫に休みの時に手伝ってもらうのも良い。孫にとっては貴重な体験にな るはずである。将来、孫が大きくなったら農業に戻るかもしれない。食料費、住居費、光熱水料などすべて含めて数万円で済むのなら、老後の蓄えのなかった人 でも年金だけで快適に過ごせるのではないだろうか。

 また、マイホームをすでに所有している人は、田舎にいる間、自宅を月数万円で貸し付けるとすると年金はまるまる趣味・旅行などに使うことができる。かなりリッチな老後を送ることができる。

 高齢者でも自分が食べる分だけなら週1日程度の農作業で済むはずである。林業・水産業 などの他の一次産業でも同じようなことができる。週1回の作業で食料に相当する分のお金あるいは現物支給を受けることができるようにすれば良い。また、少 し規模の大きいハウス栽培などをグループで運営するのも良いかもしれない。

 週1回だけでなく、さらに多くの作業を行いたいと希望する元気な老人には農地を貸し出 し、現金収入が入るようするべきである。規模を大きくできないような農地はこのような制度によって有効に活用することと、規模を大きくできるところではさ らに集約化して効率化する(こちらは若い人向け)ということを組み合わせて行えば、農業は活性化すると思うのだが。


以下は、「定年帰農/定年就農」のQ&Aである。
■基本的に投資をした金額は7年で元を取るのが商売の基本。仮に10年としても月額15万円。記事には月額5万円とあるが、差額の10万円は補助金によるもの?

これは商売ではありません。最近の高耐久仕様の家は50年ぐらいの耐久性は十分ありま す。30年ぐらいで元を取れれば良いと思っています。これは、過疎地対策、高齢者対策、農地保護、エネルギー政策、住居等のインフラ整備、などが複合した 政策です。政府が最終的に負担する額は、金利とメンテナンスの費用分(全体の2割から3割)程度で良いと思います。現在の住宅取得促進減税は、住宅取得価 格の1割ほどを住宅の性能の良否に関係なく補助しています。私はこれをやめて、このような次世代に役に立つ住宅に2割とか3割補助をすれば良いと思うので す。

2割~3割ぐらいなら、政府は法人税・消費税・雇用者の所得税で投資額を回収できます。それで、農地が維持でき、インフラが整備され、新しい産業ができたら大成功でしょう。

ただ、実際にやろうとするといろいろ難しいこともあるでしょう。運営を政府の外郭団体にまかせたり、第三セクター方式にすると責任があいまいになってほとんどの場合失敗するでしょう。

入居する人が入居時にある程度(全額でも良いですが)出資して、マンションの管理組合のような形式で運営に参加し、退去するときは出資金+インフレ増加分+アルファが戻ってくるようにすれば良いと思います。

■借地のお金はどうするのか。

私の住んでいる地域は東京から車で50分程度ですが、60坪の宅地の定期借地権の地代が月1万円というところがあります。農地ならこの数分の1でしょう。休耕地もいたるところにあります。地代は村や町が負担するから人が来て欲しいという過疎地もたくさんあると思います。

■機械の代金を月5000円程度でレンタルする、とのことですが田植え機や稲刈り機は安くして500万円。人が乗ったまま作業が出来る高級品(?)ですと1000万円程度、寿命は10年程度。

稲作はおっしゃるとおり個人でするには適していないと思います。減反政策を続けているの にいまさら稲作を増やすことは難しいでしょう。稲作はもっと集約化すべきです。私が考えているのは集約化できないような土地を使った畑作です。 200~300坪ぐらいの畑があれば、老夫婦2人の食べる野菜や芋を作るには十分でしょう。完全な自給自足をせよと言っているわけではありませんから、米 などは、足りなくなれば買えばよいのです。体力のある人は、田植えや稲刈りの時に手伝って、現物支給で米を貰っても良いかも知れません。

■小売業などは頭金をためて、銀行の融資を受けて、開業することも可能と思いますが、農業は、付加価値の高い品種,たとえば花とか果物などでなければ、開業することが出来ないと思います。

これは、退職した人が片手間でやる農作業です。いわば、隠居生活者ですから、ほどほどの 食糧が獲得できたら、あとは遊んで暮らすような生活です。普通の人は、開業して市場に作物を出そうとはしないでしょう。農作に失敗したら買えば良いし、 余った作物は知人とか家族に分け与えれば良いのです。 ただ、中には専業農家顔負けの技術・情熱・体力を持った人もいます。農家出身でない人も農業を営むことができるようにする法整備は必要だと思います。

■都市部の方がかってに机上の空論を述べる事は勝手かと思いますが、あくまで、補助金等があっての前提だと思います。

私は田舎出身ですし、今も都市部には住んでいません。

家の前には400坪ほどの畑があります。この畑は去年までは休耕地で草ぼうぼうの状態で した。おそらく持ち主(農家)が年老いてこの畑まで手が回らなくなったのでしょう。今年、その畑の150坪ほどをサラリーマンを退職されたかたが借り受け て作物を育てておられます。かなり多くの種類(30種以上)の作物が育っています。本を読んだり、農家の人から指導を受けたりしておられるのだと思います が、畝の作り方など畑作の技術はプロ級です。周辺には専業農家の畑もありますが、それに勝るとも劣らない出来栄えです。先週末は子供や孫たちが来て芋掘り をしていきました。老夫婦2人ではとても食べきれない量だそうです。我が家でも時々余ったものをいただいています。使用した機械は耕運機と農薬や肥料の散 布機、草刈機程度です。(耕運機は農家の人が操作)

この畑以外にも休耕地は所々にあります。私も退職していて時間が余っていたら、畑を借りたかもしれません。補助金がなくとも、農地を貸したいという人も農地を借りたいという人もいるのです。

■30年前に通産省が電気電子産業に補助金を出 したような、前向きの投資なら私も補助金に賛成しますが、現在の農林水産省などがばら撒いている、後ろむきの予算の使い方には、反対です。なぜなら、右肩 上がりの成長が望めない現在、国債等の借金による補助金は、やがては、私や私の子供たちが支払うことになるのですから。

私もそう思います。繊維、鉄鋼、造船、半導体など政府の補助金などの政策によって日本を 支える産業に成長したものはたくさんあります。しかし、どれも新興国に追い抜かれてしまいました。もっと適切な戦略を立てて政策を行っていればこれほどま でにはならなかったのにと思います。政府は今後は情報とバイオを重点化すると言っていますが、どちらも外国に遅れをとっています。市内通話の無料化もでき ないのに日本の情報産業が世界をリードするとは思えません。(これから有望なのはせいぜいゲーム産業ぐらいでしょうか)

でも、今の日本には政策次第で年間十兆円を超える規模の産業になる可能性のあるものがま だあると思います。太陽光発電などの新エネルギー、新世代の車、亜寒帯から亜熱帯までの広い範囲の気候に適した住居及び住に関連した福祉・環境・文化など です。これらの産業を推進することもこの事業の目的です。もし、新エネルギーなど新しい産業が日本で立ち上がらなかったら、それこそ日本の将来はお先真っ 暗です。国の未来を左右するような産業を立ち上げるには補助金などのサポートが必要だと思うのです。


■島根の高橋様より、以下のような情報をいただきました。実際に計画がなされているものです。私が提案しているような数年間の移住型の住宅より小さいです が、セカンドハウスとして適していると思います。退職されたかたが春から秋にかけて農村で主に暮らし、冬は都会で主に暮らすという人にもってこいの住宅で す。若い家族が週末を過ごすための住宅としても人気がでるかもしれません。いろいろな種類の農園付き住宅の企画があれば良いと思います。

 10月23日付け マグマグの記事を拝読させていただきました。
 島根県飯石郡頓原町志津見地区に貸し農園付きの住宅の建設を計画しています。もちろん農家の方でなくても結構です。
 農園の面積は200㎡、住宅の広さは20坪(台所、居間、寝室を備えた住宅で夫婦2人の生活が可能ですー木造二階建て、電気水道下水道整備)農園は畑作 を目的として造成してあります。耕作用の機械は共同使用を前提として貸し出し(無料)とする予定ですので、新たなの耕作用機械の購入の必要はありません。
 農園の貸出料は㎡当たり年間100円、住宅は年間30万円の予定です。
その他、共同利用施設(農村交流促進施設ー管理棟をかねる施設)がありますので、その使用料、住宅の電気水道下水道料金は別途必要です。
 入居者の資格は、上記に申し上げましたように特別ありませんが、年間を等してイベントが開催されますのでそのイベントに出席できること。
 1週間に1日は滞在のできる方,共益部分の共同作業に参加できる方等が条件です。退職されて、当面滞在される方は問題ありません。
 さらに特色として、地元の農家の方と親戚関係を結んでいただき、農業指導を受けながら野菜作りを楽しんでいただくことがきます。
 作られた野菜を出荷して、現金化することは考えていません。あくまでも、農業を楽しんでいただくための施設としてお考えください。

 頓原町の地理的位置は広島県広島市から国道54号経由で松江市市方面に向かい車で2時間あまりの広島県との県境付近に位置します・山間の自然に囲まれた静かな寒村です。

 事業実施予定 平成13年度 一部は平成12年着工
事業者      頓原町企画課 ℡0854-72-0311 fax 72-1132
建設規模    住宅及び貸し農園  38戸

 *この計画は最終的に決定されたものでありません。
   皆様方のニーズを調査の上、規模等を検討し建設される予定のものです。
   この計画に対して、ご意見がございましたら、頓原町あるいは島根県企画振興部 高橋(℡ 0852-22-6307)までお問い合わせください。

1999年10月21日(木)萬晩報主宰 伴 武澄


 日本で配当利回りが3-5%ある上場企業があるだろうか。預金金利の話ではない。アメリカの総合食品会社であるフィリップ・モリスのこの10年の株価に対する配当利回りである。

 ●配当+値上がりの年間利回りは23%
 1998年の年次報告書の冒頭に載っているバイブル会長の報告もまた度肝を抜く。

 「98年度は株価の上昇と配当とを合わせて23%の利回りを投資家にもたらした。これはダウジョーンズ30種平均の全体利回り18%を上回った」
 「98年8月当社は配当を10%増配し、1.76ドルとした。11月には今後3年にわたり80億ドルを投じて自社株買い戻しプログラムを再開する。これ によって当社はこの1年間、40億ドルを株主に配当をして支払い、一方で自社株を3億5000万ドル買い戻した」

 1998年度の決算は売上高744億ドル、昨年の円ドルレートで換算するとほぼ9兆 円。税引後の純利益は54億ドル(6500億円)である。アメリカを代表する優良企業であるが、ハイテク企業ではない。タバコのほかビール、乳製品、ハム ソーセージといった日常の食品を扱っている会社である。

 売上高は10年で1.7倍にしか増えていないが、利益は1.8倍。配当は89年に42セントだったものが、98年度には1ドル68セント。ちょうど4倍である。

 アメリカの株式市場がバブル的だと報道されている。一面的には当たっているが、企業の 業績が上がり、配当が上がっているという側面を見逃している。日本のバブル時との最大の相違は、アメリカ企業がちゃんと配当を増やして株主の期待に応えた のに対して、日本企業のほとんどは企業の業績が上がっても、株主への利益還元を怠っていたのである。

 
1989
1990
1991
1992
1993
1994
1995
1996
1997
1998
売 上 高
44,080
51,169
56,458
59,131
60,901
65,125
66,071
69,204
72,055
74,391
純 利 益
2,946
35,40
39,27
4,939
3,568
4,725
5,478
6,303
6,310
5,372
1株利益
1.06
1.28
1.08
1.82
1.35
1.82
2.18
2.57
2.61
2.21
1株配当
0.42
0.52
0.62
0.78
0.87
1.01
1.22
1.47
1.60
1.68
株 価 
13.88
17.25
26.75
25.71
18.54
19.17
30.08
37.67
45.25
53.50
配当/株価
3.03%
3.01%
2.31%
3.03%
4.69%
5.27%
4.06%
3.90%
3.53%
3.14%
単位:売上高と純利益は100万ドル、1株利益、配当はドル

 ●配当を増やせば有利なファイナンスも可能
 日本の上場企業はもっと配当すべきだというのが、萬晩報の一貫とした主張だ。トヨタ自動車については1998年03月02日付「株価押し上げにトヨタは大増配すべきだ」で書いた。100円もの一株利益を上げておきながら、23円の配当では株主は納得しない。

 株式市場が「株屋」だけの時代はとうの昔に終わっているはずである。フィリップモリス会長のように「株価上昇と配当で投資家に○○%の利回りをもたらした」と胸を張れるようにならなければ、広範な市民が日本株を持つようにはならない。

 赤字会社ならともかく、本田技研も松下電器グループも京セラも武田薬品もみんな配当を 出し惜しみしている。よほどの理由がないかぎり、基本的に利益の半分は配当として株主に還元するのが筋である。増配すれば、株価が上がる。当然、格付け機 関の格付けも上がり、資金調達で有利になる。

 こんな単純で分かりやすい株の基本を企業もメディアもずっと忘れてきたようだ。


1999年10月18日(月) 萬晩報ギニア通信員 斉藤 清


 ◆金の国際価格上昇

 9月末あたりから金(ゴールド)の国際価格が急に上昇したのを受けて、カナダ、アメリカあたりの 金鉱山会社を筆頭に、我がアフリカでも、金採掘にからむ関係会社が笑顔を取り戻し、気温が上がると元気に動き出すトカゲのように、その動き方が妙に熱を帯 びてきましたので、今回は少々生臭い金業界の話をお届けします。

  ただ、私めは山師ではあっても評論家ではありませんので、気の利いた解説や占いはできませんけれど、日本の一流紙やインターネットでは流されることがないと思われる、いくぶんナマの業界事情も少しだけ交えて、その雰囲気を感じていただければ、と思います。

  ◆トロイオンス
 ひとつだけ、予備知識としてあなたの頭の隅にメモしておいていただきたいことがあります。日本で は一般的に、金の価格はグラム単位で話題にされます。例えば、1グラム1,107円、というように。ところが国際市場では、普通はト ロイオンスという金特有の単位での取引になります。1トロイオンスは31.1グラム相当で、一般的には、1オンス325ドル、というような言い方をしま す。

  1997年以前には1オンス400ドルを超える時期もあったわけですが、1997年の 11月あたりから300ドルを割り込み、瞬間の相場は別として、それ以降は290ドル近辺をふらついていました。それが1999年6月に入ってからは更に 低下して、限りなく250ドルに近づきました。

  (ちなみに、日本円でのグラム価格は、この国際相場にドル:円の為替相場等がからんできますから、変動の様子は今少し厄介になります。円での取 引は私めの守備範囲ではありませんので、ここでは省略しておきます)

  ■金相場、大量売却・リサイクル促進で下降線・世界へ波紋(朝日新聞 1999.6.10)
『先進国の中央銀行では、オランダとベルギー、オーストラリアが90年代に入って大量売却したのに続き、英国も今年5月、保有分の6割にあた る約415トンを売却すると発表した。丸紅の柴田明夫産業調査課長は 「売って、欧州連合(EU)統合の条件である財政赤字の穴埋めに使った り、国債を買い運用したりしている」と指摘する。

 スイスも売却を進める方向だ。国際通貨基金(IMF)にも、保有する一部(150-300トン)を売り、アフリカなど重債務国を救済する案が 浮かんでいる』 

『中央銀行がどこに金を売ったのか分からない。大量の金の行き先が不明」(柴田課長)との見方もある。しかし、世界の金需要は年間約4000ト ンしかないため、数百トン単位の売却は、計画が浮上しただけで価格下落を誘発してきた』

 この記事が、前後で自己矛盾しているように読めてしまうのは、天邪鬼な私めの読解力のせいとしても、保有 する大量の金を売却する際に、それを意味もなく事前に発表する、などというお人好しの素人がアングロ・サクソン系の中央銀行にいるはずはなく、時機遅れ に、しかも裏の意味を理解することなしに、まったく素直に荒っぽい記事を横流しする記者の育ちの良さと蛮勇に、この日、私めはすっかり感激してしまい、現 地スタッフ共々賞賛の拍手を送ったものです。

  この記事が出た頃は、他のメディアも似たような内容の情報を流していたようですから、朝日の記事 ばかりをあげつらうのは方手落ちではあります。それは重々承知の上で、引用した部分以外の細部も含めて、ギニアの一部の与太新聞をはるかに上回る野性味に あふれた記事のお手本として、一部引用してみました。

  ◆各地の金鉱山模様
 このような情報が日本の複数のメディアに載って国内を巡っていた頃の、海外の金鉱山の状況をざっと眺めてみると...。

 ○南アフリカの金鉱山はその採掘の歴史が古いために、現在では地下3,000メートルを超 えるといわれる石英脈を追いかけていて、その生産コストは、多くの鉱山で1オンスあたり280ドルを超えていました。国際相場が250ドル台では採算に合 うはずもなく、体力のない鉱山会社は淘汰されざるを得ません。その結果、経済の停滞、失業者の急増が政治問題化していました。資金力のある会社は、組織の 生き残りをかけて、他国の作業条件のいい鉱区をすでに確保していました。

 ○金のスペシャリストの集まるカナダ、アメリカ、オーストラリアでは、ここ2年間にわたる 採算割れに近い国際相場のもとで、弱小会社はすでに消えました。それでも、ニューヨークの株式市場には、株価が限りなくゼロに近い零細な金採掘会社がまだ 多数存在しています。トップクラスの大手会社はしっかりと人員整理を済ませ、手持ちの鉱山の生産コスト削減の努力も重ねた結果、株価も順調に推移し、次の 飛躍のチャンスを狙っていました。

 ○南アメリカでは、200ドルから260ドル近辺の生産コストを維持して稼動している、カナダ、アメリカの中堅の鉱山会社が多数存在していました。

 ○西アフリカでは、露天掘りが可能という作業条件が幸いして、2年以上前に比べればいくぶ ん静かではあるものの、海外の複数の大手鉱山会社(アングロ・サクソンが多い)が有望な鉱区を確保して待機していました。この厳しい相場環境の中、昨年か らギニアで採掘を始めたガーナ共和国のトップ企業A社は、現時点の生産コストは160ドルであると発表して、その時点での確認埋蔵量お よそ100トンの鉱区で作業を続けていました。

 ○ロシアは、ソビエト連邦崩壊に伴って大量の国有の金を放出し尽くしました。その後は、鉱山そのものの衰退も白日の下にさらされ、自力での開発を続ける能力はなく、外国勢の資金を頼りにしてはいたものの、寒い季節が続いていたようです。

  ◆最安値・吹雪く金業界(産経新聞 1999.7.26)
【ロンドン25日=田中規雄】六月の主要国首脳会議(ケルン・サミット)でも主要議題となった重債 務貧困国の救済資金をひねり出すための国際通 貨基金(IMF)の保有金売却計画と、重債務貧困国の借金棒引きの旗振り役となった英国の金準備売却が金の国際相場を急落させて、アフリカの 貧困な金産出国の経済に深刻な打撃を与える皮肉な事態となっている。

 もともと一九九六年を境に下落傾向にあった金の国際相場は、英政府が今年五月に七百十五トンの保有 金のうち四百十五トンを売却すると発表し てから急落。IMFに加えて、他の国の中央銀行も保有金売却に動くとの観測もあり、イングランド銀行(英中銀)が七月初めに、約八十万四千オ ンス(二十五トン)の金塊を売却した後は、一オンス=二百六十ドルを大 きく割り込む二十年ぶりの安値が続いている。

 朝日新聞6月10日の野心的な記事の一部は、産経の記事によって否定されましたが、それは新聞記事の信頼度はその程度とみた方がいいという教訓となっているだけのことで、ここではさほど重要ではありません。

  ◆業界へスタンバイの指●
 誰かが仕掛けたに違いない悲観的な「解説」が定着した頃合を見計らって、7月23日に以下のような発表がなされました。

  IMF、金売却計画断念も=米財務長官、代替案を検討(共同通信 1999.07.23)
【ワシントン23日共同】サマーズ米財務長官は23日、重債務国の救済を目的に六月の主要国 首脳会議(ケルン・サミット)が合意した国際通貨 基金(IMF)の金売却計画について「われわれはさまざまな代替案を模索している」と述べ、米政府が売却以外の資金確保策を検討していること を初めて明らかにした。
*ここでいう重債務国の救済とは、キリスト教信者の2000年に向けた宗教的行動を原動力として提案され、6月の主要国首脳会議(ケルン・サミッ ト)で合意された、途上国へのODA債権の放棄をさしています。その資金調達手段に、IMFの金売却計画も含まれていました。

  建前はともかくとして、実質的には米国の国策銀行としての動きを忠実に実行しているIMFを利用して、国際金価格を援護しようとする米国政府の公式サインが、23日に出されたわけです。

  IMF自身の債権放棄の資金確保のために、IMFが売ろうという素振りを見せていた放出量は、形としてはおよそ300トン程度だったのですが、結果的に はこれを擬似餌にされた形で(あるいは、口実として)、日本政府は、およそ 1兆円にのぼる日本政府自身の発展途上国への貸付金を、実質的に全額放棄する方針を6月のケルン・サミットですでに表明していました。

  ◆売却方針の撤回
 英国中央銀行とIMF・米国が共同戦線を張った今回の作戦の大事なポイントのひとつは、両者の舌 先三寸の動きで、ある一定期間、金相場を完璧に崩し得たという事実です。これが何を意味するのかは、鋭いあなたはすでにお気づきのように、それはその期間 に稀にみる安い相場で金を購入できたという点。仕入れが一段落した後の週末9月25日、サマーズ米財務長官は、IMFは金の売却方針を撤回すると発表しま した。

 【ワシントン25日共同】国際通貨基金(IMF)は25日の理事会で、アフリカなどの重債務貧困国を救済する財源を確保するため、保有金14 00万オンスを時価で評価し直すことを決めた。
IMFは当初、保有金の1割に当たる1000万オンスを市場で売却する方針だったが、金相場が急落したため断念。各国中央銀行にいったん金を 売却した後、買い戻すなどの方法で簿価を時価につけ替えて資金をねん出する方式に転換した。
さらに別のメディアは伝えています。
 Ichizo Ohara, unofficial adviser to Japanese Prime Minister Keizo Obuchi, suggested in an interview on September 17 that Japan should buy up gold from the IMF by using the excess dollars it owns. However, he stressed this was only his personal opinion and that Japan was not currently discussing the issue with the IMF. (Gold in the Official Sector. October 1999,NUMBER9)
 ◆雪解けのはじまり
 2年間にわたる冬の時代に淘汰と整理がほぼ完結した金採掘業界は、より暖かな春の日差しの到来を 待ちわびていたわけですが、7月23日の米財務長官からの公式なヒントを受けた後は、多くの大手採掘会社とそれに連なる関係者が、実に現金にきびきびとし た活動を再開しています。晩秋の枯れススキ程度の思考回路しか持たない私めでも、はっきりと感じ取れる風のつぶやきが、地の果てギニアまでも聞こえてきま したから、世界は狭いといわざるを得ません。

  着々とハレの日の準備を進めた面々は、週末の9月25日、売却中止の正式発表をニンマリと受け止 めて祝杯を交わしました。翌週月曜日9月27日には、ロンドン、ニューヨーク、ホンコンの市場で、金価格が久しぶりに大幅上昇し、市場が一巡した翌28日 には300ドルを突破しました。(10月8日ロンドン終値323ドル)

  同時に、態勢の整った多くの鉱山会社の株価は、ニューヨーク市場の27日だけでも、横並 びで50パーセント程度は飛び上がり、カナダの大手P社などは、一時70パーセント程度の値上がりを見せていました。これを見ても、G7でのODA債権放 棄にからめた今回の巧妙な仕掛けが、金相場への心理的な後押しだけではなく、経済的にも充分な即効的効果をもたらしたことが理解できます。

  ◆笑いの止まらないサマーズ米財務長官

  サマーズ米財務長官、「笑い」抑えられず--G7後の会見中、1分以上も応答中断(毎日新聞 1999.09.27)
 ◇サマーズさんにとっては、笑っている場合らしい!?
【ワシントン25日逸見義行】サマーズ米財務長官は、25日に開かれた先進7カ国蔵相・中央銀行総裁会議(G7)終了後の会見で、笑いをこら えきれず、一時最長で1分間以上、応答が中断する珍事があった。
 世界最大のODA債権国日本の債権全額放棄の約束を取り付け、IMFが保有していた簿価48ドルの金塊を 300何十ドルかで引き取る、という気前のいい政府も見つけてIMFの資金調達はうまくいき、誰かが250ドル台で仕入れた金は、当然に300何十ドルか で処分でき、金相場の上昇で北米の金採掘会社とウォール街は財務長官の手腕に満足。

  金相場などというものは、必ずしも需給のバランスで決まってくるものではありませんから、市場の 雰囲気さえ良ければそれまでのことです。こんな状況にあれば、サマーズ米財務長官の笑いが止まるはずはありません。すべてのツケを精算するのは、結局、極 東の淋しい大国の役目となったようですけれど...。(『金鉱山からのたより』 第23号 1999/10/09 発行)


斉藤さんへメールはsaitoh@mirinet.net.gn

◇このメールは、電子メール書店の老舗「まぐまぐ」さんからお届けしています。
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1999年10月09日(土)萬晩報主宰 伴 武澄


 牧野純二さんから1999年09月04日付萬晩報「100年前のアメリカを想起させる巨大企業合同」の対して3つの視点から「ミスリーディングだ」というメールをもらった。コラムでは少々説明が足らなかったかもしれない。牧野さんのメールを掲載し、あらためてコラムを補足したい。
 ■牧野さんからのメール

 「萬晩報」を、いつも愛読させていただいております。990904号「100年前のア メリカを想起させる巨大企業合同」において、「アメリカでも日本でも独禁法というものがもう機能しなくなっているんだ。これってけっこう恐いんだぜ」とい う記述がありましたが、これは、少し違うのではないかと思いましたので、お便り申し上げました。

 (1)7つの大型銀行が5つになっても競争は阻害されない
 ご承知のとおり、独禁法は、競争を保護する法律です。そして、競争によってえられる価格競争の結果、消費者の利益を図ることを目的としています。競争を 保護するということは、独占を禁止するわけですが、日本というマーケットの中で、7社もの大型銀行がひしめき合い、その内の3社が合併して、5社になった からといって、競争が阻害されるとは、独禁法は考えないと思います。まして、銀行・信託・生保・損保・証券の垣根が取っ払われつつあり、競争単位が増えつ つある中では、ますます独禁法の適用の余地は無くなります。

 (2)3行の合併には競争促進効果がある
 今回の3社は、それぞれ単独では生き残れないという状況下での合併であることです。この3社の合併を認めなければ、各社は、死に絶えるか、非常に弱い競 争単位として生き延びるしかありません。3社の合併を認めれば、合併会社は、東京三菱、住友と互角に競争できる会社として生き残る可能性が有るわけです。

 市場で競争力のある会社が2社しか残らない状況と3社残る状況とでどちらが独禁政策上 好ましいかと言えば、もちろん後者です。つまり、今回の合併は競争促進効果(procompetitive effect)があると判断でき、独禁法は、これを禁止するどころか、好ましいことと考えると思います。

 ところで、これまでの護送船団方式そのものが、独禁法違反であったわけです。それが、バブル崩壊と、ビッグバンにより初めてまともな競争に直面して、競争力というキーワードで再編が行われようとしているわけです。これこそ、独禁法が理想する状況ではないでしょうか。

 (3)1国の企業間の競争から1国の市場での競争へ
 アメリカで、巨大な企業統合が行われていますが、これは独禁法が、自国の会社間の競争を問題とするのではなく、自国の市場の競争を問題としているからで す。極端に言えば、米国籍企業が1社しかのこらない状況でも、海外からの米国市場への参入があれば、競争は維持されるわけです。たとえば、世界最大の自動 車市場で、3社しか自国の自動車会社がなくても、米国自動車市場が常に熾烈な競争市場であるのは、常に、日本・西欧からの参入があるからです。

 現在、日本の金融業界も、外国資本の新規参入で、ますます競争が激しくなっていま す。(もっともクライスラーは、単独では強力な競争単位として生き残れなくなった為、ベンツと合併しましたが、ベンツは高級車では強いですが小型車では駄 目で、合併により強力な総合自動車メーカーが、出来上がったわけで、procompetitive effectのある合併であり、独禁法がこれを禁ずることは間違いであるわけです)

 公取による審査はこれからだと思いますが、公取は、以上3つの理由から、公開の合併を 問題とする可能性は全くないと思います。また米国の独禁当局が、独禁法の運用を誤っているということもないと思いますがいかがでしょうか。以上のこと、十 分お分かりのこととは思いましたが、記事の内容が多少ミスリーディングのような気がしましたので。(junji.makino@nifty.ne.jp


 【萬晩報のコラム補足】

 ●上場企業の3分の1を支配下に納める3行統合
 まず日本の金融機関の産業支配は、想像以上だということを知る必要があろう。独禁法で銀行は企業の株式の5%以上を持つことを禁じられているが、メイン バンクは直接、間接の株式の持ち合いシステムや資金供給、つまり借金を通じて首根っこを抑えているといって間違いない。

 事業拡大や設備投資などお金のかかる話は必ずメインバンクに話を通しておかなければ、その後の事業展開はおぼつかない。場合によっては社内の人事さえ牛耳っていることさえある。一部の無借金経営の企業を除いて一番恐いのが「資金供給のストップ」である。

 日産自動車がルノーに株式を売却して大規模な提携の乗り出したときも、両者のやりとりは逐一、メインの富士銀行や日本興業銀行に報告されていたはずである。なにを隠そう、産業界を取材する際の経済記者の最大の取材源は銀行であり、通産省なのだ。

 日本の場合、企業内のあらゆる情報がメインバンクに集まるシステムがいつの間にか構築されているのだ。恐ろしいことに、これはだれの意志でもなく自然発生的に生まれたシステムなのだ。たった5%の株式所有で、銀行以外にこのような権限を持っているところはない。

 興銀、第一勧銀、富士銀はすでに産業界に相当な支配力を保持しているが、その3行が統 合されると、2000を超える上場企業の3分の1がこの巨大銀行の支配下に入ることになる。やはり"資本の集中"と言わざるを得ない。日本の銀行の合併の 場合は、自動車業界や流通業界の大型合併と一線を画して議論する必要があるのだ。

 ●「超低金利」「公的資金」「原価法」に支えられた合併
 牧野さんの2番目の観点からいえば、今回の合併の場合、護送船団を引きずりながら自由競争を目指しているところに問題があると言わざるを得ない。

 まず第1に、超低金利はだれのために続いているのかということである。極論すれば、銀行救済のために国民が貯めてきた将来の生活資金である「年金制度」が瓦解しつつあるのだ。とんでもない救済を受けておきながら世界一の資金量の銀行をつくる必要があるのだろうか。

 興銀、第一勧銀、富士銀のこの3つの銀行のうち、ただの1行でも春の資本増強で公的資金を拒否したところはあっただろうか。実質的に日本という国家に筆頭株主となってもらっておきながら、競争政策もなにもないだろうというのが萬晩報の第2の憤慨である。

 巨額の公的資金の導入により、一時的にBIS基準である自己資本比率は改善した。しか し、この公的資金は当然ながら無利子ではない。莫大な金利がかかる。低金利とはいえ、企業経営的にいえば、年間の当期利益がふっとぶほどの金額である。自 己資本比率は改善しても不良債権を処理する原資が逆になくなるのである。

 はっきりしているのは国も銀行も株価や地価の回復に期待しているだけのことである。その意味ではその場しのぎの公的資金導入としか思えないのである。

 しかもほとんどの銀行は去年4月から、重大なルール違反を行っている。バランスシート 上の資産の評価に関して、「簿価法」から「原価法」に転換して含み損が出ない会計手法を導入した。国際的にみて企業会計の流れは「簿価法」から「時価法」 への転換が常識である。2年後には、資産の時価評価による国際会計基準の導入を控えているのだからなおさらである。

 そんな時期の「原価法」への切り替えは、国が認めたとはいえ「粉飾決算」に近い行為であることを指摘せざるをえない。

 ニューヨーク取引所に上場している東京三菱銀行は当然ながら「原価法」は取り入れていないし、公的資金の導入も拒否した。

 まさに片手で「競争」の旗を振りかざして、もう一方で「護送船団」にしがみつく日本の金融機関に今回のような合併は似つかわしくないのだと思っている。

 ●まだ大競争時代を語る資格がない日本
 牧野さんが挙げた3つの理由のなかで、3つ目に上げたアメリカの独禁政策が「国内企業による競争から国内市場での競争」に転換しているという観点はまさにそうだろうと思う。だが果たして、日本という国はどれほど外資に市場を開放しているのだろうか。

 旧山一証券を継承したメリルリンチは地方都市でも支店を持つようになったが、証券取引 所の取引以外で外資がそれほどシェアを持っているとはいえない。アメリカでは国内の自動車市場の4割近くを外資に明け渡しているが、日本ではまだ数%だ。 2割の市場を外国勢に明け渡しているのはタバコとか高級化粧品といった嗜好品ぐらいではないかと思う。

 だから日本という市場は本質的にはまだ「自国企業による競争」しか存在しない。確かに 日本に眠る巨額の個人資産を狙って外資系銀行が虎視眈々と参入しようとしているが、株価収益力からみて日本の金融機関をまともに買収しようとするところは 皆無だ。長銀のようにせいぜい破たん処理を終了した銀行を格安で手に入れるぐらいが関の山だと考えている。

 だから世界的に大競争時代に入ったという認識は正しくても、日本という市場においてはまだ正しくない。

 しかも興銀、第一勧銀、富士銀が欧米市場やアジア市場で欧米勢とまっこうから競争しているのならともかく、経営立て直しのため次々と撤退しているいるような状況で「世界の5指に入る」などという目標は絵空事にすぎない。

 厳しいようだが、国内市場の20%以上を明け渡した業界だけが国際的な競争政策を語る資格があるのだ。

 日本の公取委がどういう判断を示すか分からない。だが3行統合について萬晩報は独禁政策上、問題があると言わざるを得ない。


1999年10月07日(木)新聞記者 萩原 俊郎


 国会で圧倒的多数を誇る自自公連立政権がスタートした。しかし「この国の未来のかたち」は一向に見えてこ ない。内にあってはナショナリズム(国旗・国歌法)、外にあっては対米一辺倒(日米防衛ガイドライン)。この二律背反国家はどこへ行こうとしているのか。 ぼやいていると、知人が「たまにはこんな本を読んだら」と、神田の古本屋で見つけたという古典を紹介してくれた。

 高知県出身の民権思想家、中江兆民(1847~1901)の「三酔人経綸問答」。古色 蒼然とした題名を持つこの本の存在は知っていたが、実際に読んでみて驚いた。20世紀の最初の年に没した兆民は、その後100年間の日本を見通し、さらに 戦後民主主義の評価、外交防衛といった現代の政治課題にまで生々しく迫っていた。

 登場人物は3人。ひとたび酔えば政治を論じ哲学を論じてやまない「南海先生」のもとに、洋行帰りの「洋学紳士」と、腕太くバンカラ風の「豪傑君」がやって来て、酒を酌み交わしながら天下の趨(すう)勢を論じる。

 洋学紳士は「民主主義の信奉者」である。アジアの小国・日本は早く民主制を確立し、公選制、自由貿易、「国の経済や財政を圧迫する数十万の常備軍など持たず、一心に学問と工業技術を究めることで欧米に並ぶ国を」と唱える。

 一方、現実主義者の豪傑君は、洋学紳士の理想を鼻で笑う。「そもそも戦争は避けられ ぬ。古今の文明国はすべて強国だった」。国家間の信頼がどれほどのものか、兵を集め領土を広げ、小国から大国、貧国から富国と成り上がることで「文明の成 果は金で買い取ればいいのだ。さて西洋諸国との競争に打って出よう」と主張する。

 どちらにまず軍配が上がったかは、みなさんもよくご存知だろう。豪傑君は戦前まで日本を支配した。やがて無謀な戦争拡大の末に倒れ、戦後は反対に、まったく洋学紳士の世となった。「身に寸鉄も帯びず、一発の弾丸も持たず」という、平和主義と貿易・技術立国の日本である。

 ところが平和な日本の政界やマスコミに最近、こんな論調があふれている。「世界の形勢 を論じながら、ぎりぎりの決着とは、国民がみな手をこまねいて一斉に敵の弾丸に倒れるだけ、というのか。なんというお手軽な話だ」。豪傑君の巻き返しであ る。日本人は平和ボケだ、軍備(自衛隊)を軍備と認める普通の国になれ、と強面(こわおもて)で改憲を迫る、あの党首の顔が浮かんだ。

 この本が明治20(1987)年の昔に書かれたことに驚く。兆民にかかると、私たちはこの110年間、ただ同じ所をぐるぐる回っていただけではないか、という気がしてくる。

 そこまで予見できた兆民も、結論には苦しんだ。洋学紳士の理想はどこの国も達成してい ない。はるか雲の上だ。豪傑君の軍備論は現実的なようで危険をはらむ。折り合う部分は見えず、南海先生=兆民は建前論に終始し、「あの南海先生にしては月 並みすぎる」と二人の失笑を買ってしまう。

 戦争を想定してない平和主義は「理想主義」としてむなしく浮き上がり、一方で「現実主義」を語る政治家は、国際緊張など目前の危機を理由に、軍備への傾斜を強める。もうすぐ兆民没後100年を迎える日本の政治状況も、まさにそうではないだろうか。

 ただ南海先生は「月並み」と批判されて、こう反論した。

 「ふだん雑談の時の話題なら...もちろん結構だが、いやしくも国家100年の大計を論じるような場合には、奇抜を看板にし、新しさを売り物にして痛快がるというようなことが、どうしてできましょうか」

 「北朝鮮ともし戦わば」「参院を貴族院に」といった過激さをエスカレートさせる最近の 論壇や一部マスコミを、私は連想した。彼らによると、東海村の事故報道もこうなる。「とっさに思ったのはテロである。原発をねらう破壊工作である。それも 北の某国(とくに名を秘す)から潜入したテロリストのしわざかと錯覚した」。これでもれっきとした全国紙の一面コラムである。

 さてライフワークとして「この国のかたち」を追い続けた作家の司馬遼太郎さんは、兆民のことにたびたび触れている。ルソーの民権思想がもし明治維新前に日本に入っていれば...と司馬さんは仮定する(「昭和という国家」)。

 思想的に貧弱な尊王攘夷でなく、「ひとびと」という思想が生まれ、この国のかたちは少し違ったものになったかもしれない。残念ながら兆民がフランスからそれを持ち帰ったのは明治10年前後、すこし遅すぎた、という見方だ。

 では司馬さん自身が考える「この国のあるべきかたち」は...というと残念ながら出典は忘れたが、確かこう語っていた。

 「座敷の真ん中にどかんと威張りかえるような国になってはいけない。廊下に近い縁側に座り、少し厠(かわや)のにおいはするかもしれないが、外からの風を受け、景色もよく目に入る。そんな位置に日本はいた方がいい」

 サーベルをガチャガチャいわせる人間より、着流し姿で縁側に座り、気軽に近所の人々(アジア)の相談に乗る。そんな司馬さんの理想に私たちが少しも違和感を感じないのは、戦後の憲法理念がすでに生活の中に深く根をおろしているからではないだろうか。

 日本はしばらく洋学紳士と豪傑君の間で揺れ動くかもしれないが、私はそれを信じたい。(はぎはら・としろう、鳥取県倉吉市在住、新聞記者)

 萩原さんへメールはhagihara@nnn.co.jp


1999年10月05日(火)萬晩報主宰 伴 武澄


 今年もコメが豊作だそうだ。農水省が発表した9月15日時点でのことし穫れるコメの作況指数は1カ前の調査より1ポイント下がったが、102である。

 めでたいことなのだが、不幸なことに日本の農業ではコメの豊作を喜んではいられないのである。豊作はコメ余りにつながる。余るということはコメの市況に影響する。おかげで9月の自主流通米の入札では応札された半分しか値が付かなかった。売れ残ったのである。

 きょうは作況指数について考えたい。農水省が8月から10月まで毎月、発表するれっきとした政府の統計指数である。その指数が信用できないと騒いだ年があった。1994年である。大凶作でコメの大量輸入を余儀なくされた翌年の話だ。

 以下は1994年11月に筆者が書いた記事の転載である。


 「本当にコメがそんなにできているのか」。昨年の凶作から一転、 1994年産米は大豊作が確実となったが、農水省が発表する作況指数に対してコメの流通業者などから「昨年は低すぎたし、今年は高すぎる」「政治的な意図 を感じる」などと疑問視する声が相次ぎ出ている。指数が示す収穫量と流通の実態にずれがあるからだ。作況指数に政策的な意図が入る余地はないのか、収穫量 をどこまで正確にとらえているのだろうか-。

 ●わき出た国産米
 作況指数の確度が問題視され始めたのは今年6月。輸入米とのセット販売を余儀なくされてきた卸売業界に突然、さざ波が起きた。

 ・「国産米が次々とわき出てきた」(山種産業)。
 ・「昨年の74という作況指数は実際より10ポイントは低い。量にして100万トンぐらい少ないぞ」(木徳米穀)
 ・「コメ輸入解禁のショック療法のため、昨年、農水省は低めの数字を出してきたのではないか」(コメ流通調査機関)。

 品不足のはずの国産米が予想外に出現し、3月には60キロで5、6万円まで高騰していた卸売価格は大幅な下げに転じた。生産者や卸売業界が怒り、流通業界も昨年の作況指数を疑ったのも当然の成り行きだった。

 ●「誤差は0.4%」
 作況指数はそもそも収穫量をはじくための係数。1951年から現在の方式となった。地方農政局の統計情報事務所が全国3万カ所の田んぼを実際に刈り取り (坪刈り)、収穫予想量を8、9、10月の3回にわたって計測、平年作との比較を指数化する。10月の調査結果は農林水産統計観測審議会の農作物作況指数 部会に諮って発表する。

 昨年の作況指数については一部で「農水省の統計情報部と需給調整役の食糧庁が作況指数をめぐって論争した」(米穀データバンク)とのうわさが飛び交った。しかし大河原農相はこれに対して「政策的意図で数字が変わることはあり得ない」と断固否定した。

 6月に突然コメが湧き出た背景について当の統計情報部は「流通量が増えたのは、作況指数で落とされた規格外米がコメ流通市場に流れたからではないか。調査は誤差0.4%の高い精度で計算している」と胸を張った。

 しかし都道府県レベルの調査には疑問も聞かれる。昨年11月、福井県農協中央 会は「従来から福井統計情報事務所の調査方法に疑問を持っていた。10月15日時点の調査の数字は高すぎる。福井県の実際の作況指数はそれより10ポイン ト下回る」などと指摘、北陸農政局に修正を求めた経緯もあった。

 また取材を進めていくうちに「作況指数の決定には都道府県の農業普及委員や農業試験場。農協代表などの意見を取り入れるため、最終的には調査結果から1、2ポイント動くことがある」(農水省関係者)との声も出てきた。

 ●コメ市場の部分開放にらむ?
 今年の作況指数「109」(10月15日現在)については、関西の流通業者を中心に「えらく高い」(幸福米穀)、「農水省は12月発表も最終作況をどん なことがあっても109より落とすことはない」(西成米穀)との見方も出ている。その理由は「来年度から始まるコメの部分開放をにらみながら、減反強化を すすめようとしているためではないか」(山種産業)と言う。

 月々の作況指数はコメの市況に敏感に反映するため、農家や卸売業にとって大きな関心事で、たとえ1ポイントの違いでも見逃せない。昨年の需給見通しを見誤った食糧庁にとっても、90万トンの輸入米在庫を抱え込むなど財政負担は決して小さくない。

 食糧管理法に代わる「食糧需給価格安定法」(新食糧法)案でもコメの生産量の正確な把握が課題となっているが、その基本となる指標である作況指数への疑いは農政への不信にもつながりかねない。

 流通の実態に詳しい関根丈夫・山種産業米穀部長はこう語った。「多くの経済連は今年の作況指数も信じていない」。


 取材不足もあって、真相は藪の中だった。だがこういう話もある。多くのマスコミでは選挙の度ごとに候補者の当落予想アンケートを行うが、新聞紙面に発表される前に政治部の記者が「鉛筆をなめる」という作業をする。

 アンケート結果をそのまま紙面に掲載するのではなく、永田町での情報収集をもとに若干だが数値を調整するのだ。しかし「鉛筆をなめた」結果が外れ、アンケート調査の生の数字が選挙結果により近かったケースがあまりにも多かったため、一部マスコミはこの作業を辞めた。

 統計数値もこの限りにない。ことし1-3月のGDP速報が年率7.9%と出て、週刊ポストが「粉飾」と騒ぎ、堺屋経企庁長官が怒ったケースもある。巨大な国家という機構のなかでは何が起きているか分からないのである。


1999年10月01日(金)元中国公使 伴 正一


 ●はじめに

 失業問題が深刻になっている今どき、とんでもない話と映るだろうが,それを承知で敢えてこんな提言をするには訳がある。

 国の生活水準が上がるに従って3Kのような仕事が敬遠され気味になるのは、水が低きに流れるのと同じで、至極当然のことだ。

 3K部門の人手不足と、その空白を埋めるための外国人労働力への需要は、経済の好不況による波はあっても、先進工業国ではこれからも底流として存在し続けるだろう。

 物と違って人の場合、経済の波に合わせての調整を安易に考え得ないとすれば、外国人労働力の許容限度は、経済不況のドン底を目安に設定するのが妥当と思われる。

 それだけでない。3K忌避の風潮が失業者層の中にまで蔓延し、3K部門の外人依存度が100%に近い数値で定着し、常識化するようにでもなると、事は経済を越えて,国民の気風、国の体質、にかかわる高度に政治的な問題に発展する。

 それくらいまでを視野に入れて考えると、外国人労働力導入の問題は、むしろ失業が深刻になっている今のような時期にじっくり考えておくのが賢明で、好況時、人手不足のさ中にあわてて考えたのでは間違いを起こし易い。

 ●ボーダーレス時代と人の流れ

 物も、カネも、そしてルールまで、ボーダーレスの流れはすべてを巻き込む勢いである。  人についてもそれを当然視する意見が花盛りで、さなきだに国へのアレルギーの強かった日本で、国の影は益々薄くなって行くかに見えた。

 しかし国は、そう簡単に消えられては困るのである。

 広い意味で気心の合い易い素地が存在し、「いいなあ」という感じから「おかしさ」まで、巧まずして言っていること、思っていることが伝わるような雰囲気。例を挙げればそのような、人間生活にとって、普段は気づかないが大切なものを、国は下支えしてきたのである。

 日本のような自然国家では特にそういうことが言えそうに思える。

 国際化を金科玉条とする風潮は今も盛んだが、いくら何でも国際化それ自体が目的というわけではあるまい。

 目的はあくまで、今のような複雑多岐にわたる世の中での、トータルにいいバランスの取 れた「住み易い」環境設定ではないのか。グループ作りと言っていいのかも知れない 家を消しさえすれば個人が自由で幸せになるかと思ったが、結果は必ずし もそうではなかったように、国際化も浮かれ過ぎて、国の存在意義を見誤ったり見失ったりすると,取り返しのつかないことになる。

 人の出入りを自由化している中に、例えば極端な話だが、人口12億の中国からその1パーセントが流入したとしてその数は1千万人以上、公用語に中国語を加えよという声が出始めても不思議ではない。

 日本は、自然でくつろいだ日本の味を大切にしながら、その持ち味をアイデンティティにして世界に対する貢献も考えて行ったらよくはないか。

 外国人不熟練労働力の正規導入を提唱しながら、節度をわきまえた事の運び方に留意を促す訳はここにあるのである。(続)


 伴正一さんにメールはsimanto@mb.infoweb.ne.jp

 ホームページ「魁け論論 春夏秋冬」はhttp://www.yorozubp.com/sakigake/


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