1998年7月アーカイブ

1998年07月31日(金)萬晩報主宰 伴 武澄


 7月13日、香港のチェップ・ラップ・コック新空港に降り立った。開港から1週間だった。到るところで新空港の印象を聞かれた。コンピューターの故障による新空港の混乱は連日マスコミが大きく取り上げていたが、新聞情報ばかりで自分では体験していなかったから当然だ。

 筆者は機内に持ち込めるように小さめのバッグしか携帯していなかったから、何の問題もなく市内にたどり着いた。だからコンピューターの故障よりも十分に掃除もしないままあわただしく開港した不手際の方が気になった。それ以上に巨大な建造物だという印象が強かった。

 夜も寝られないと騒ぎ始めた新界の住民

 新空港問題で驚いたのは、着陸ルートに当たる新界の住民が「夜も寝られない」と騒音公害で騒ぎ出したニュースに接したことだ。大阪でも関西空港の発着ルートの変更が問題となっている。

 ビルすれすれに着陸ルートを取っていた旧啓徳空港で騒音問題がこんなにマスコミに取り上げられたことはない。新空港になってなぜ今ごろ騒ぐのか。いろいろ聞いてみた。

 真相はこうだった。離発着ルートは1992年に決まっていたが、新界の住民が自分たちの上空をジェット機が飛ぶことを知ったのは開港直前だった。日本で こんなことは起きないと思うのだが、英国の植民地だった時から、香港に人権などはなかった。だから文句を言ったところで「そんなところに住む方が悪い」の 一言で片づけられた。植民地だから仕方がない。住民にもそんなあきらめがあった。

 ところが1年前から香港は香港人のものになった。1国2制度である。特別行政地区とはいえ、同じ中国人同士となれば、文句が言いやすい。行政に文句を言えば補償されるなら誰だって文句を言いたい。

 行政側の言い分は「70デシベル以下だから騒音ではない」というものである。しかし、住民たちは黙っていない。自前の測定器を持ち出して「70デシベル 以上ある」ことをしきりに立証しようとする。マスコミも争って住民側の言い分を記事にしているから、この勝負は住民側の勝ちになりそうだ。

 レッセ・フェールから高コスト社会に移行する香港

 香港パソナ社長の相原氏がこの権利意識の高揚に関連して面白いことを言っていた。「住民のこの権利意識こそが香港のこの1年の最大の変化だ」と断言した。人権ではなくあくまでも権利意識である。

 人に会うたびに香港の1年間の変化について聞いたが、多くは「1年前は中国という政治が香港人の最大の関心事だったが、今は経済の行方だ」というような論評をしていたから新鮮だった。そして面白かった。

 「私は20年近く香港に住んでいるが、かつての香港人はどのようにして儲けるかしか考えていなかった。教育だとか福祉だとかいっても金儲けの方が優先し ていた。そんな人たちが返還後は環境だとか権利だとか言い出した。企業に対して退職金の積み立てを義務付ける条例もまもなくできそうです。先の選挙で大勝 した民主党の公約は失業や福祉に関するものだったんですよ」
 「香港が変わるとしたら、香港がレッセ・フェールから高コスト社会に移行するということではないですか。福祉だとか環境問題はお金がかかるのです。植民地下では他力本願でのぞめなかった自治を手にしたことで必然的にそうなるのです」

 これまで普通の先進国だったら当然かかるような社会的コストが今後の香港の負担増となって行くというような内容だったが、決して民主化を否定しているのではない。民主化のコストについて裏側から説明してもらったような気になった。




1998年07月27日(月)萬晩報主宰 伴 武澄


最後の段落の「ネットスケープ・ブラウザの原形もスタンフォード大で生まれた」は間違いでしたので8月2日、削除しました。訂正個所を明確にするため原文は別途しばらく残しておきます。

 シリコンバレーで日系企業に勤務する八木博さんが26日、奈良市で「21世紀ネットワーク社会を展望する」と題して講演した。日本縦断講演旅行の最中 だ。すでにお聞きになった読者もいるかもしれない。シリコンバレーの誕生にスタンフォード大学が大きく寄与している話は面白かった。筆者の考えを織り交ぜ て報告する。

 アメリカの秘密兵器はガレージ

 シリコンバレーはサンフランシスコ市とサンノゼ市の間にある。ロサンゼルス郊外と間違えている日本人がいるが、ロスサンゼルスはサンフランシスコから 600キロも南にある。シリコンバレーは谷間にあるのではない。八木さんは「海と山と平地のある夏涼しく冬暖かい田園的環境」と表現していた。

 この地域が多くのハイテク産業のメッカであることは広く知られているが、1891年のスタンフォード大学が設立がすべての始まりだったことはあまり知ら れていない。鉄道事業で財をなしたリーランド・スタンフォード氏が「将来の若人の学舎を」と3300haの広大な土地を提供し、大学を設立した。後楽園球 場の面積が4haだから広さを想像してほしい。

 どこの国でも多くの私学は財を成した実業家が社会への富の還元として設立されているから珍しい話ではない。日本でも灘高校や土佐高校などは地元の財閥がお金を出し合ってつくった。スタンフォードがユニークなのは実学の奨励が建学の精神となっている点だ。

 いまや世界的ハイテク企業の代名詞となっているヒューレット・パッカードは1939年、シリコンバレーで生まれた。当時、スタンフォード大で教鞭をとっ ていたタウナン教授が学生に「大会社に入るな」とげきを飛ばし、教え子のヒューレット君とパッカード君が小さなガレージで発振器をつくったのが始まりであ る。この大企業に入るなという精神はいまの脈々と受け継がれている。

 ガレージから生まれた企業は何もアップルコンピューターだけではない。その40年も前からアメリカではガレージが若者の発明と工夫の隠れ家だった。ガ レージは単なる車庫ではない。筆者が少年のころ住んでいた南アフリカの借家の風景を思い出した。そこにも離れにガレージがあった。ドイツから移民してきた 家主が作業場として使っていたところで、多くの電動工具がそろったその空間は工作好きだった少年の胸をときめかせた。

 八木さんによれば、米タイム誌が「ガレージこそがアメリカの秘密兵器」という特集記事を組んだことがあるという。アメリカの多くの家庭には少年たちの夢 を育むガレージがある。筆者はその後、帰国してラジオ少年になったが残念ながら、日本には少年の心をわくわくさせる空間はなかった。

 社会構造を根底から覆すインターネットの創造

 シリコンバレーにハイテク企業が本格的に設立されたのは戦後しばらくたってからである。1955年、ノーベル賞を受賞した後にショックレーが半導体研究 所を設立した。この人はよほど人扱いがへただったとみえて、フェアチャイルド・セミコンダクターやインテルを設立した面々は次々と半導体研究所を後にし た。

 その後の中核的企業の設立をたどると、フェアチャイルド・セミコンダクターは1957年、インテルは68年の創立。77年にはアップルコンピューター、 82年サンマイクロ、84年シスコシステム、94年ネットスケープと今はときめく一連の企業が産声を上げる。スタンフォード大の実学の精神が脈々と受け継 がれてきた。クラーク博士は明治時代、北海道大学にやってきて「青年よ大志を抱け」という言葉を残して去った。北海道の大地に勇気を与えはしたが、その地 に企業は生まれなかった。

 そんなシリコンバレーであるが、決してすべてが順風満帆だったわけではない。半導体製造で日本が世界一に立ち、NECの関本社長が「もはや日本はアメリ カに学ぶべきものはない」と言った1980年代後半、半導体の雄だったインテルの経営はどん底にあった。確かに日本の製造ラインが技術的のコスト的にも世 界を凌駕した。いまでも生産現場では日本が世界を凌駕しているはずだ。

 その後10年の日本とアメリカの違いは、コンピューターと通信の普及の違いだった。日本の産業界にとってコンピューターと通信は工場の生産を向上させる ツールに過ぎなかったが、アメリカでは社会的インフラと化し、社会構造を根底から覆すインターネットを生み出した。(続)

 八木さんへのメールはhyagi@infosnvl.comへ。


1998年08月26日(水)萬晩報主宰 伴 武澄


 スバス・チャンドラ・ボースの話を続けて紹介した。実は日本にはもうひとりの革命家ボースがやってきていた。大正時代のことである。ラース・ベハリ・ボースといい、中村屋のボースとしても知られていた。夏のお話として中村屋を語りたい。

08月14日「杉並区の蓮光寺に眠り続けるボースの遺骨」、

08月15日「スバス・チャンドラ・ボースと遺骨返還

 文化が花開く時代背景にできた新しいパン屋

 中華饅頭で有名な中村屋本店は新宿駅に近い新宿通りに面している。高野フルーツパーラーの隣りで、そのむかしは辺りを新宿角筈と呼んだ。信州安曇野出身 の相馬愛蔵が経営するパン屋「中村屋」が文京区から引っ越してきたのは1907年ごろだった。時代は日露戦争直後である。

 論壇は主戦論と不戦論に分かれ、国家の在り方をめぐり激しく論争を繰り返していた。黒岩涙香が主宰する「万朝報」(よろずちょうほう)が主戦論に転じ、 不戦論を戦わせた幸徳秋水らは袂を分かち、1903年に平民新聞を発刊した。その社会主義者たちの多くが大逆事件で死刑になったのが1910年。文芸界で は島崎藤村が「破戒」を書き、社会問題を鋭くつく自然主義が主流を占め、夏目漱石や森鴎外といった理知的な作風ももう片方の流れを形成した。

 演劇界では新派がようやく登場し、美術界でも西洋画に日本画の技法を取り入れた横山大観が脚光を浴び、パリ帰りの高村光太郎や荻原守衛がヨーロッパの作 風を紹介した。大正デモクラシーはもうちょっと後の時代である。文化が花開くそんな時代を背景に当時、まだ貨物駅しかなかった新宿に新しいパン屋が開店し た。中村屋が当時の日本社会を映す「サロン」だったことは意外と知られていない。

 「中村屋」の由来は、相馬愛蔵が妻の病気療養のために上京、新たな生活のために文京区に買ったパン屋の屋号だった。1901年12月。愛蔵が32歳のと きである。あんパンは銀座・木村屋がつくったが、中村屋はあんの代わりにシュークリームのクリームをパンに入れた。そのクリームパンも瞬く間に評判となっ た。

 しかし世間の新宿・中村屋への理解はクリームパン止まりである。中村屋の名物はこのほかにも月餅とカレーがある。月餅は中国の革命家・孫文と相馬家との交友から生まれ、カレーライスはインドの亡命革命家ラース・ベハリ・ボースをかくまったところに起源がある。

 芸術家と文芸家と革命家のサロン

 相馬愛蔵の妻である良は、仙台藩の家老の娘で、明治女学院や横浜フェリスで学んだハイカラ娘だった。そのころの明治女学院では、北村透谷や島崎藤村が教 壇に立っていた。安曇野の村にオルガンを初めてもってきた。愛蔵もまた、東京専門学校(早稲田大学の前身)に学び、札幌農学校で近代的養蚕業を身につけて 故郷に帰った。だが新しい明治の息吹の中で育った良が信州安曇野の養蚕家の生活に満足できるはずはなかった。愛蔵が東京に出てきたのは妻の影響なのであ る。

 安曇野での生活で良が見出したのは彫刻家としての荻原守衛の才能である。中村屋が新宿に店を移してからの相馬家は千客万来だった。内外を問わず芸術家と 文芸家と革命家のサロンのような場所だった。面白いのは思想的に右翼から左翼まで様々な人が出入りしたことである。だれもが良を慕って中村屋に集った。と いうより中村屋のパンのお得意先で、良の呼び名は「おかみさん」「おかあさん」「マダム・パン」「マーモチカ」などいろいろあった。来る人のそれぞれの思 い入れがあった。

 中村彝、中原悌二郎、国木田独歩は大久保に住み、角筈には幸徳秋水、堺枯川が、淀橋には福田英子ら社会主義者がいた。パリから帰国した荻原守衛もまた角 筈にアトリエをつくって中村屋に入り浸り、相馬愛蔵と故郷を同じくした小説家の木下尚光もまた中村屋をめぐる物語に欠かせない役者の一人だ。

 中村屋の夕食はいつも子供たちと使用人が一緒というのが愛蔵の主義だった。そして客人がいつも団らんを潤した。食卓を囲んでの団らんは新聞記事の政治の話題から文芸まで幅広かった。百家争鳴とはこのことで、誰かが話題を投げかけ、主に良が合いの手を打って議論を深めた。

 インドの革命家をイギリスから守ったおかあさん

 そんな中村屋にラース・ベハリ・ボースがやってきたのは1914年のことだった。ベンガル生まれのボースはカルカッタの英国系の大学を中退して、インド 解放運動にのめり込んだ。1915年に計画していたラホール蜂起の首謀者として指名手配され、インド初のノーベル賞詩人ラビンドラナート・タゴールの親戚 と偽って日本に潜入した。

 やがてボースの日本滞在は同盟国である英国の知るところとなった。英国の抗議を受けた外務省はボースを国外退去にした。しかし、日本を去るはずだった 1914年12月1日、ボースはあいさつを理由に訪れた頭山満宅から姿を消した。孫文の片腕として中国革命に奔走していた宮崎滔天や日露戦争後の三国干渉 に憤慨して黒竜会(右翼団体のひとつ)を結成した内田良平などの協力でボースの身柄は密かに中村屋に移されていたのだった。

 当時のマスコミはこぞって日本政府によるボースの国外退去処分を大きく報道し、政府の弱腰を糾弾した。相馬愛蔵もボースに同情した一人だった。たまたま パンを買いに来て慣れ染みとなっていた内田良平の友人に「ボースをかくまってもいい」と語ったのがきっかけとなり、インドの革命家のための隠れ家として新 宿のパン屋に白羽の矢が当たった。

 良は親身になってインドからの「黒いお客さん」を世話し、明治女学院でならった英語が初めて役に立ったらしい。まだ28歳のボースは良を「おかあさん」と呼んだ。良にとってもボースの逗留は新鮮な発見の連続だった。

 ボースが語るには「インドが勇気づけられたのは日露戦争での日本の勝利だった」。生まれてこのかたこれほど大きな感激はなかったと打ち明けた。だが一方 で「日本は朝鮮を植民地にしてわれわれをがっかりさせました。ヨーロッパ人と同じことを日本人もやりだしたからです」とくやしがった。こんなボースの言葉 に良は不意を付かれる思いもした。

 ラース・ベハリ・ボースはやがて中村屋を離れるが、愛蔵と良の娘の俊子と恋に陥り結婚。在日インド人として頭角を現していく。中村屋の話を書きながらこの時代の日本は、アジアとの距離がいまよりずっと近かったことをあらためて感じた。。

 中村屋の物語はここで終わるのではない。ロシア革命が起きると今度はロシアの盲目の詩人エロシェンコが中村屋にやってくるのだ。

 (相馬愛蔵と良が新宿につくったサロンには現代に語り継がれていない明治・大正期の逸話がいくつもある。いつか機会があれば新宿・中村屋の続編を書きたい)


1998年07月23日(木)萬晩報主宰 伴 武澄


 7中旬の8日間、アジアを駆け足で回った。どこでも日本のことを聞かれた。マスコミは連日、日本の参院選での自民党の惨敗とポスト橋本に焦点を当てた記事を満載していたから当然だ。アジアの関心が再び日本にフォーカスされているとの印象を得た。

 その人にわれわれアジアの将来がかかっているのだ

 ここ数年、日本から遠ざかっていたマスコミの視線が日本に戻ったのは日本円が急落した6月からである。1ドル=150円に近づく日本円の下落が中国元に 波及すればアジア通貨は再び波乱に直面するという危機感がいやおうなく日本の存在を再認識させることとなったのである。

 自民党の参院選での歴史的敗北は香港紙の一面を飾り、テレビでもトップに据えられた。経済の崩壊が日本政治への関心を呼び覚ましたといってもいい。皮肉である。

 クアラルンプール郊外で、退役軍人のジャーマン氏とはこういう会話を交わした。

 「誰が次期総理になると思うか」
 「そんなことは誰にも分からない」
 「その人にわれわれアジアの将来がかかっているのだ」

 香港でもバンコクでも同じように聞かれた。多くのアジアの人々が小渕、梶山、小泉 の名前を口にしていた。そして異口同音に小渕では日本は変わらないということも知っていた。きっと1週間前にはだれも知らない日本人の政治家の名前だった はずだ。そんな3人がアジア経済の未来を握っているという議論をあちこちで聞いた。彼らの切なる思いを果たしてこの3人の総理候補者がどれほど認識してい るか。そう考えるとまた気が遠くなりそうになった。

 6年間でクアラルンプールを改造したマレーシア

 この10年間、アジア諸国は奇跡的な成長を遂げた。クアラルンプール訪問は6年ぶりだった。巨大なセパン新空港は開港直後だった。世界一ののっぽビルや KLタワーはもちろん6年前にはない。町を横断する何本もの高架鉄道や郊外に伸びるコミューター鉄道も存在しなかった。

 筆者にとっては、 新空港のコンピューターシステムの混乱はどうでもよかった。「2000万人の国民がよくもまあクアラルンプールをここまで改造したものだ」というのが感慨 であった。このままマレーシア経済が停滞すれば、国家が背負う巨額の負債に押しつぶされて、こうした構築物は無用の長物となるかもしれない。そんな不安も 片隅をよぎった。

 マハティール首相が掲げる「2020年に先進国の仲間入りする」という国家目標は「われわれにも経済発展のチャンスが与 えられるべきだ」という途上国の希望であり、途上国で共感をもって受け止められているスローガンである。ここ数年バブル経済的要素があったとしても先進国 の何倍ものスピードで経済発展を遂げなければ先進国に追いつけるはずはない。

 この1週間、先進国は、途上国が無理を承知で経済成長を加速 させていることをもっと理解してもいいのではないかとの考え始めている。通貨の下落がなくともアジア経済はいずれ破綻していたはずだという議論もあるが、 そうとも限らない。日本の不良債権問題とアジアの通貨危機を同列に議論する評論家もいるが、そもそも資本主義経済にはバブル的要素がないわけではない。

  アジアの経済発展のきっかけは1985年のプラザ合意である。円高で競争力を失った日本企業が大挙してアジアに進出した。数年でアジアは日本企業に欧米へ の輸出拠点と化した。日本企業がアジアで雇用を生み出し、その中で資本を蓄積して世界に雄飛するアジア企業も育まれた。1990年代になると、そうしたベ ンチャー的要素の強いアジアに欧米の金融機関が殺到し、日本企業のアジア投資にも拍車がかかった。

 そして欧米勢は1997年7月1日の香 港返還を境に一斉に撤退した。一斉に通貨が売られたのだ。通貨価値が下がれば経済が資本逃避が起こるのは当然である。それでなくとも外資依存が経済成長の 原動力だった地域である。現地企業もまた資本を逃避させた。通貨下落と資本逃避の悪循環は必然である。それでも国際金融資本はアジア・ファンドで巨額の富 を手にした。

 国際金融資本は危険だからアジアから資本を引き上げたのか、それとも十分に稼いだから撤退したのだろうか。再び日本にフォーカスされたアジアの眼を意識しながら、筆者はますます後者に与する方に傾きつつある。

 明日は自民党の総裁選である。あさってのアジア紙面は日本の新首相誕生をどのように伝えるのだろうか。

 追記:2週間「萬晩報」を黙って休刊した非礼をお許し下さい。引き続き愛読を願います。


1998年07月09日(木)萬晩報主宰 伴 武澄


「北東アジア開発フォーラム」(環日本海会議)が7月28、29日と鳥取の米子市で開かれる。この会議を知らない人は多いと思うが、筆者には相当な思い入 れがある。1992年4月末、平壌で開かれた特別会議にマスコミの一員としてに参加し、参加者150人とともにロシアと中国の国境地帯の豆満江まで列車で 旅した経験があるからだ。その時の感慨は3月8日付萬晩報「北海道に託す『新五族共和』の夢」に詳しいので読んでほしい。

 グローバル化すればするほど、リージョナライザーションが進む

 中国東北地方の長春で産声を上げた会議は平壌、ウラジオストック、韓国の竜平を経て1995年2月、日本にやってきた。東京ではなく新潟市で開催した。 その後、ハワイのホノルル、昨年はモンゴルのウランバートルで開いた。環日本海はいまやみんな僻地である。僻地の人たちが毎年一回、国境を越えて僻地に集 まる。そんな会議が今回で8回目になる。息が長いといえば、そうだ。

 筆者は毎年参加しているわけではないので、すべての議論に熟知しているわけではない。僻地の人たちの会議だからなんとか智恵を絞ろうと求心力が働く。逆 に政治的対立は持ち込まれない。議長の趙利済氏(ハワイ在住)が所用で神戸市を訪れたので昼食を一緒にした。米子会議の事務局を取り仕切るとっとり政策総 合研究センターの中野有氏も同席した。

 趙氏は「世界がグローバル化すればするほど、リージョナライザーションが進む。EUを見てほしい。NAFTAだってそうだ。環日本海にも地域統合が必要 なのだ」と説く。二人の語り口に触れて、あらためて筆者の中にも熱いものがこみ上げてきた。それにしても時期が悪い。アジア経済は昨年から急速に冷え込ん でいる。日本は金融破綻の長期化が経済への信任を失わせている。「こんな時期に集まる意味は」との問いかけに「時間がかかることは承知の上だが、21世紀 にはこの地域に価値観の共有が必ず必要となる」とひるむ様子はない。

 地方都市でもレベルの高い議論

 新潟会議では、主催者のERINA理事長の金森久雄氏が会見で「環日本海開発の情報は東京では得られないものです。ぜひ新潟からの発信をお願いします」 と訴えた。韓国は元総理が出席、中国からは次官クラスがやってきた。北東アジアの開発は東西冷戦構造が終了した後にわかに注目を集めていた。

 環日本海は、当時者の中国東北地方、極東ロシア、北朝鮮にとっては成長のキーワード、日本海岸自治体にも対岸との交流は一大関心事となっていた。今でも そうであるはずだ。地方都市で行われた国際会議の中では相当にレベルが高かった。地方にありがちな「友好」のみの国際交流ではなく、開発の可能性を探る真 剣な討議が続いていた。

 ところが政府が関与しないというだけでマスコミの評価は小さかかった。東京の大手紙ではベタ記事か会議の存在すら認めない新聞が多いなかで、日本海岸の ほとんどの地方紙が取材にきた。共同通信は本社が東京にあるから本社からの出張取材は認められなかった。だから小生は「取材」ではなく「参加」したのだ。

 高い欧米の関心、低い日本の認識

 新潟会議の注目点は、アメリカが東京の大使館員だけでなく多くの研究者による大デレゲーションを組織したことだった。英国やスウェーデンのシンクタンク も極東の地方都市でのフォーラムに注目した。第一に北朝鮮が関わる開発問題であること。政府間ではなく、地方自治体による国際的な開発協力の実験の場であ ることも関心を集める背景となっていた。だが日本政府からの参加は基調講演を行った遠藤大使と運輸省の港湾関係者だけだった。

 北朝鮮の国際社会への復帰をてこに環日本海協力は必ず大きく動き出す。当時はそんな確信があった。いまでもその確信は変わらない。当時の取材ノートに 「緊張と対立の海を成長と繁栄の海に変えようとする地方の努力に政府はもっと関心を持つべきだし、マスコミはもっともっと感性を研ぎ澄ますべきだ」と書い た。

 米子会議の目玉は、アメリカの有数の政治学者であるロバート・スカラピーノ博士の基調講演と、スタンリー・カッツ元アジア開発銀行副総裁の参加だ。カッ ツ氏は前回のウランバートル会議から環日本海地域に独自の開発銀行設立を提唱している。北東アジア開発銀行が、設立できるかどうかは日本とアメリカの決断 にかかっている。

 米国のシンクタンクの恐ろしさは、アジ銀副総裁まで務めたカッツ氏のような人材がハワイ大東西センターの研究員という肩書きで国際会議に参加すること だ。まさに産学官が政策立案能力を高め合う一体的な構造を持っている。中野氏によれば「環日本海会議はアメリカにとって東アジア地政学の戦略的位置づけを 持っている」そうだ。

 アメリカ政府が関心を持ち続ける環日本海フォーラムの努力に日本政府も東京のマスコミも関心を示さないのはなぜか。答えは簡単だ。目の前の出来事にしか対応せず、長期的視野を持たないからだ。それだけのことである。




1998年07月06日(月)萬晩報主宰 伴 武澄


 アフリカのコナクリから最近、メールが届いた。友人の斉藤さんからだった。インターネットで、「萬晩報」も日本の新聞も読めるようになったという内容 だった。コナクリは西アフリカのギニアの首都である。アフリカでもっとの貧しい国の一つにあげられている。その最貧国の首都でようやくプロバイダー業が登 場したということだ。

 コナクリからメールが届いたことを取り上げるにはわけがある。3年前の8月、この国を訪ねた。雨期で国中が水浸しだった。斉藤さんはコナクリから1000キロ内陸に入ったギレンベという村で砂金を掘っていた。巨大なパワーショベルや洗浄機械を持ち込んだ「機械掘り」だ。

 最新の日本製品を買うため太平洋を往復した

 電気も電話もないそのギレンベの丘の上で、生まれて始めてインマルサット電話を使わせてもらった。日本でようやく携帯電話が普及し始めていた。というよ り通話料金が安いPHSが先行していた。アフリカの山奥で東京と鮮明な音声で通話できると思わなかった。大西洋上の衛星、そしてアメリカの基地局を通じて 国際電話で東京につながる通話が、1通話たった5ドルという料金体系にも驚いた。ギニアの首都から東京への通常の国際電話よりずっと安かった。

 モートローラ社は当時、すでに世界中で使える衛星携帯電話システム「イリジウム」計画をぶち上げていた。日本では、1通話3ドルといっていたイリジウム の通話料にだれも信じられない思いだった。衛星を66個も打ち上げて、どうやって普通の国際電話より安い料金体系が維持できるのか不思議だったが、国家的 経営のインマルサットがその程度なら、モートローラが3ドルだったとしてもおかしくない。ギレンベの丘の上でひとり合点した。

 斉藤さんのインマルサットはNEC製だった。ビジネス鞄程度の大きさの四角い箱にFAXまで装備していた。200万円だったという。正確にいえば、アメ リカで購入した。日本でKDDが扱っていたのは一世代前の製品で海外旅行用のスーツケース並みの大きさだった上、端末の買い取り制はなかった。端末がリー スだったから最新鋭の機器を扱っていなかったともいえる。

 購入したインマルサット端末のFAXはオプションだったが、あいにく在庫がなかった。アメリカの業者は「あんた日本人だろ。NECの川崎工場で製造して いるから日本で買えばいいじゃないか」といった。斉藤さんは、日本で日本の製品を買えないからわざわざ、アメリカまでやってきたのだった。連絡を取ると 「本体は日本の電気通信法上、売ることはできないが、オプション品なら売ることができる」ということだった。

 なんのことはない。斉藤さんはギニアの山奥に持ち込む日本製品の購入のため太平洋を往復することとなった。そんな話をギレンベの丘の上で聞いて、日本と いう国はなんなんだろうと考えた。日本のハイテク産業は日本国民の生活向上のためではなく、アメリカ人のために汗水垂らして技術革新をしてきたのだ。

 最先端の製品は、自国でまず発売するのがふつうだ。日本で一世代前の機種を販売してアメリカで最新鋭の機種を売ってきたのだ。NECを恨んでいるのでは ない。日本の電気通信法が、NECの最新機種の国内販売を阻んでいただけのことだ。わが共同通信社も当時は、重いKDDのインマルサット端末を抱えて世界 を飛び回っていた。やがて取材先でアメリカ人記者が持ち歩く10分の1のサイズのNECの製品を目にすることになる。最新鋭と信じていた機種が、そうでは ないことを知るのに大して時間はかからなかった。

 インマルサット端末はさらに小さくなっている。9月からサービスが始まるイリジウムの端末は手のひらサイズだ。

 海を越えるバイタリティーを失った日本

 ギニアでのもう一つの思いはやはり、日本に関するものだった。首都コナクリには日本大使館と商社マン数人だけが駐在していた。外務省はその大使館の引き 上げすら検討していた。その日本からもっとも遠いアフリカの国に、当時、破竹の勢いだった韓国人が押し寄せていた。街角に相次いで出店していた写真の DPEチェーンは韓国資本だった。韓国人が増えるとやがて焼き肉レストランが開店するようになった。数少ないギニアの日本人にとっては、郷愁にも近い味覚 となった。

 驚いたことにギニアにベトナム人がけっこう住んでいることだった。ベトナムがフランス領だったころ結婚した女性が、フランス人につれられてギニアにやってくるケースが一番多いと聞いた。

 戦前、ハワイ移民から始まって、アメリカ、中南米、東南アジア、太平洋諸島、東北中国と多くの日本人が海を渡って新天地を求めた。日本政府の保護などな くとも、海を越えるバイタリティーをそなえた民族だった。中国人は世界各地にいるし、東南アジアやアフリカはインド人の商圏でもある。ギニアで感じたのは 世界第二位のGDP国、日本の存在の薄さだった。ギニアに韓国人やベトナム人がいなかったら何も感じはしなかっただろうが、同じアジアの同胞たちがこんな 果ての国までやってくるのにという思いである。

 1年後帰国した斉藤さんから聞いたのは、マレーシア・テレコムによるギニア電話公社の買収だった。1996年、マレーシアのマハティール首相は同国のビジネスマンを引き連れてアフリカ各国を訪問していたのだった。ビジネスに「なぜ」はない。マレーシア航空は早くから メキシコシティにクアラルンプールからの直行便を飛ばし、その後、南アフリカのヨハネスブルグからさらに大西洋を越えてブラジルのサンパウロに航路を開設した。

 1通のメールでいろいろなことを思い出した。ギニアで何かあれば、もはや萬晩報は一級品の情報を日本に送り込めることことになった。 斉藤さんに興味のある方はメールを萬晩報まで。


1998年07月5日(日)萬晩報主宰 伴 武澄


 06月25日「白票を投じて有権者の政治不信を意思表示しよう!」 には多くの批判のメールをいただきました。「子供じみている」というのが大方の意見でした。「なるほどそういう方法もあったか」という賛同のメールもあり ましたが、今回の萬晩報の意見は劣勢だったようです。コラムで白票投票を強調し、その後の改革に言及しなかった点が反省材料となっています。
 そうしたなかで「○×方式の投票用紙があればいい」「政党助成金を得票数に比例して分配する方法」「マイナス票があればいい」など提案もいくつかありま した。○×方式は最高裁判事の投票に導入されており、いますぐにでもできそうです。政党助成金が得票に比例してもらえるのならば、もっと有為の人材が立候 補できるかもしれません。名案だと思います。どれも自治省や政治家が取り上げるべき重要な問題提起だと考えます。【伴 武澄】
 今回は署名のあったメールは実名で掲載させてもらいました。
 ○×方式の投票用紙があればいい
 がっかりしました。いくら政治不信だからといって、投票に行って白票を投じることを薦めるとは! 呆れて物が言えません。そもそも、政治不信だから、投 票率が低いのではないですか?白票を投ずるとなんか変わるのでしょうか? まず、白票がある程度出た場合は無効とせずに、選挙をやり直すなど、今の選挙制 度などが変わらないと、白票を投じるだけでは、選挙権を棄権するのと同じで何にも変わらないのではないですか?(新聞ネタにはなるかもしれませんが)ま ず、選挙制度に問題があるのでしたら、そんな変なことをせずにもっと正しい方法(方法は良く分かりませんが、署名運動をするとか?)で、選挙制度を変える 必要があるかと思います。

 既成政党に不信があるのでしたら、ミニ政党に投票すれば良いのです。そうすれば、批判票が集まったと解釈されるし、ミニ政党がたくさん入れば、それなり に変わるでしょう? もちろん、何も考えずに入れる、機械的に選ぶというのは、問題だと思いますが。白票を投じても何も変わりませんよ。むしろ、選挙管理 委員会の方々の負担を増やすだけです。

 ところで、白票を投じたくなる人たちの気持ちも分からないではないので、こんな投票用紙があったらいいなぁと考えてみました。 氏名を書くのではなく、○×方式で投票するのです。氏名の上の欄には、当選して欲しい人(信任する人)に○、氏名の下の欄には不信任の人に×をつけて、投 票するのです。こうすると、得票数は第1位だが不信任数が多いから、当選無効とかいう制度が出来るかもしれない。得票数-不信任数が、この人の本当の得票 数として判断するのです。こうすると、不信任数を増やすようなことをしようとは思わなくなるように思います。(あくまで想像の話です)まぁ、もっともこん な制度を今の政治家たちが賛成して変更するとは思えないのが、残念なのですが。【名古屋市 浅井俊通】


 政党助成金を得票数に比例して分配する方法
 まずは、投票に行くことが大事だと思います。その点では納得いくんですが、それでどうするんですか?白票党が第一党になったところで一瞬騒いで終わりです。

 そんなことよりも、もっと政治に積極的に関わり合っているという意識を持たせる方法があると思うんです。どっかのテレビでやっていたんですが、政党助成 金を得票数に比例して分配する方法です。たとえば、投票用紙1枚につき100円とか、金額を決めて有権者たちは政党あるいは個人に投票するわけです。

 そうすれば、ただ投票をしただけではなく100円という献金をしたことによってより政治に参加している気持ちが出てくるはずです。 また、いままで大企業や労働組合にしか顔を向けていなかった政治家たちだって国民に顔を向けざるを得なくなります。

多少そのお金を目当てにしたような団体が出るかもしれないのでリスキーですが、みんなお金がかかってくればそんなところはすぐに見分けて相手にしないと思います。ぜひ、もっと前向きな提案をお願いいたします。【Fumito Watanabe】


 白票では政治屋は変わらない
 白票をいくら投じたからといって、今の政党、政治屋が変わるのでしょうか?結局、当選したか否かで一喜一憂している今の政治屋が変わるとは思えません。 むしろ、投票所に足を運んで一票を投じても明日の政治に反映されない事が重要だと思います。白票ではなく、今一番行ってほしくない施政を行わないように動 いてくれるであろうと期待のより持てる政党、政治屋に投じるべきではないでしょうか?まぁ、何より投票率をあげなければますます悪い方向に行くのは間違い ないとは思いますが。【熊本 ひげ市】
 マイナス票を作ってほしい
 私もよく白票で出すことがあります。私の住んでいる熊本県八代市の衆議院議員は矢上雅義、投票したときは新進党、今は批判していた自民党員になっています。末広まき子さんと全く同じような感じですね。

熊本の場合は細川さんの辞職の理由がはっきりしないので不在者投票はそんなに多くはないです。だいたい、くさったりんごを売っているという噂のスーパーに 営業時間をのばしたので買い物に来てくださいって言われても買いには行かないですよね。今の選挙は全くそんな感じではないでしょうか?

私は、無党派というのは、積極的に誰かを応援はしないものの、積極的に誰かを批判する人は多いのではないかと思います。佐藤孝行さんみたいな人が当選する のは当選するくらいの組織票があるからです。この組織票を批判票で差し引くようにすると、対立候補がひょっとして当選するようになるかもしれません。

また、あのポスターに落書きさせてもらえないですかね?私は橋龍さんのお顔におひげや眼鏡を書いてあげたいですね。こういう自由があればもう少し投票率は上がるんじゃないですかね? 【熊本県八代市 奥村博行】


 マイナス票の設定は、どうでしょうか
 実は、今日職場の先輩と無効票の話をしていました。その時に、先輩が言っていた案ですが、マイナス票の設定は、どうでしょうか。今の制度とは、逆にこの 人には、政治家になって欲しくないとするマイナス票を設定するのです。そして、投票数から減額して、一定の規定数に達しない候補者は、落選とし規定数に達 した候補者から順次当選とし、欠員が生じた場合は、補欠選挙を実施する。こうすれば、今の政治家が持っている誤ったエリート意識を変えることができるので は、ないでしょうか。選ばれたのではなく、立候補者の中では、ましな方であったという意識を持たせるのです。もっと政治家には、謙虚さを持ってもらいたい ものです。【坂井浩一】
 投票用紙に、該当者なしという項目を作ってほしい
 私も以前から、投票用紙に、該当者なしという項目を作ってほしいと、思っておりました、そうすれば、投票率も上がるし、政治家も、もっとまじめに、取り 組んでくれるのではないでしょうか。それと、該当者なしが、50%以上の得票率で有れば、その選挙区を、再選挙にすればよいと思います。もっと世論が動い てほしい。【jinichi】
 ああ、この手があったか
 ああ、この手があったか。以前、投票にいった時あまり投票したくなかったので、受付で「誰にも投票したくなかったら、どうしたらいいですか。」と聞いた ところ、その人はしばらく考えられて、「じゃあ、投票しないでください。」と言われました。その前までは、最高裁の判事の名前を書いたり、同じ名字の有名 人を書いたりしていましたが、この時初めて棄権いたしました。それ以降、ずっと棄権しているようです。  本来政治家と言うものは、政治を論ずるものであって、勢力争いや政党再編ばかりやっていては面白くありません。政治家個人の魅力が低下しているように思 えます。そのせいで、政党に投票しようとするのですが、その政党自体もめまぐるしく変わる為何に投票してよいかどんどんわからなくなってしまいます。結局 政治家が魅力的であれば、投票するのでしょう。いっそ、選挙民に投票率を掛けた結果で、次の選挙での議席数を決めればいいのに。そうしたら、政治に関心が あったり期待している県から議員が多く輩出して、その県が潤うのに。【Tiger Nishino】
 妻の一言
 今回の選挙を前に晩飯を食べながら妻曰く「この人だけは絶対やめて!この政党は簡便してっ!って言うのを選挙したら?多分皆、こぞって行くわよ。」僕は「なるほど」で脱帽...。【Y.Ishida】
 人騒がせな話です
 「選挙が面白くないなら、面白くすればいい。」という意見には、私も大賛成です。しかし、その為の手段として「白票を投じよう」という意見には、激しい 憤りを感じます。白票が無効票になるのは、当然至極です。  「投票所には行くが、どの候補者にも投票しない」というのは、我が儘のみならず、大いに人騒がせな話です。それこそ税金の無駄遣いであり、(投票時間が 延長され徹夜の開票作業が予想される)選管に対する嫌がらせ以外の何物でも有りません。  「現行の選挙制度に問題がある」というなら、(その法律を制定するのが国会である以上)自ら立候補するなり、候補者を擁立すれば良いでしょう?。 その どちらも出来ない私は、毎回投票に行き、ちゃんと候補者名・政党名を記入して投票しています。それが民主主義というものでしょう。【oogi】
 子供じみている
 38才になった今でも、民主主義とはどんな物、と問われると答えに窮します。選挙毎に「選挙で白紙投票しました」「選挙に行きませんでした」とTVの選 挙特番で、ゲストコメンテイターがしたり顔で答えます。これ、非常にカチンときます。私なんぞ、色々自分の考えや希望もありますが、それを実現するには、 自分が「政治家」になる以外、方法ありません、しかし、現実問題、私はコンピュータプログラムやシステムを作成して日々生活し、コンピュータソフトのプロ を自任しております。 少なくとも、「朝から晩まで、政治を考える、プロが選挙に立候補するはず」その中から自分の主義主張に近い人に一票! が当然ですよね。オカシイ考えですか?  なのに、「白紙投票」「投票辞退」 その 理由は 選ぶ相手が見つからないから。なんか、子供じみていませんか。 本当に「選ぶ相手がいない」、そう考えるのなら、なんで自分で仲間を集め、政治団体を作らないの。確かに「政党」を作ったり、選挙運動したり、大変です よ。それは、当然わかりきった問題ですよね。 だからこそ、みんな悩む。本来、既成政治団体の小さい勉強会や報告会 なぞに参加し、勉強して(土日を使って)それが、民主主義を支え、育てていく事にな るんですよね。 「白紙投票」「投票辞退」という、方法でなく、みんなが少し自分の休日を使って政治を考える。そして、政党はその場を提供する、このようなやり方の方が スッキリしますが。なんか、全ての責任を政党にばかり、かぶせて、自分達の責任が見えてこない。最終的に困るのは、自分自身なのに。【東京都立川市 村上 恒夫 】
 投票は権利であり義務でもある
 私は29歳の商社マンで、現在東京の江戸川区に住んでいます。とは言え、昨年転職してからまだ一年も経っていないので商社マンとしては半人前です。私は 今年の3月まで横浜に住んでいました。私が住んでいた横浜でも投票したくなるような政治家が居らず、20歳で投票権を頂いてからずっと白票を投じ続けてい ます。  テレビのニュースの街頭インタビューなどを見ていると、政治家への不信感や、不満を口にする人々が良く写っています。しかし、今の国政選挙への投票率 40%前後と言う数字を見ていると、不満を述べる人々のいったい何割が投票所へ歩を進めるのでしょうか?投票とは言葉にもある通り権利の一つですが、民主 主義国家に住む以上義務の一つと言って良いと思います。その義務を果たさない人々に文句を言う資格は有るのでしょうか?  でも、「投票に値するような人物が見当たらない」「誰に投票しても結局一緒」と考える人たちにはそれなりに権利を行使する場を与える、伴さんの今回の提 案に賛成です。ただ面倒だから行かないと言う人々と、国政に参加したいが今の政治家は頼りない、もっとしっかりしろ!という人々をきちんと区別する為にも 良いのではないでしょうか?  テレビのCMや、タレントを使い無駄なキャンペーンを張るよりはよほど投票率を上げるのに実効性のある方法だと思います。しかしこの世の中、投票したく なる骨のある政治家のなんて少ないことか・・・。  この制度が実現したら、国民の期待度が目で確認できるよう白票の分だけ国会を空席にして見たらどうでしょうか。そうしたら今の政治家ももう少し真剣に取 り組むようになるかも!?  当然こんな法案通したら今の国会議員の半分が失業してしまうでしょうから実現するわけはありませんが・・・。  さて、本日の白紙投票が無効票になってしまうのは変というのを拝見し、まったくそのとおりと思い、初めてメールしました。【Jimmy】
 無効票が増えれば制度も変わる
 選挙の度にどの誰に投票しようか、迷うのですが、これは「死ぬ」か「植物人間として生きる」かを選択するようなもので、どちらをとっても悪い意味で同じという迷いでした。これが「1億円もらう」か「世界一周旅行に行く」かという迷いならば本当にいいのですが。

 今までは投票に行く限り誰かに1票を投じなければならないと思いこんで仕方なく誰かの名前を書いていましたが、先日知人よりいつも該当者無しと書いてい るという話を聞き、そういう選挙権の行使のしかたもあるのかと目からうろこが落ちた思いをしました。白紙で出すというのも投票したい人はいないが選挙には 行くという、意志表示の表れですよね。今の制度では無効票になってしまい、ほんとの無効票か、該当者なしという意志表示なのかわからないのは残念ですが、 極度に無効票が増え、それが大きな問題になっていけば、制度も変わっていくと思います。私もこれからは投票したいと思う人がいなければ「いない」という意 志表示をするため白紙票を投じたいと思います。少しでも日本の政治が、生活がよくなっていくことを信じて。【石丸 裕子】


 どしどしこの考えを表明して
 私も、以前より伴さんの考えと同じ事を思い友人とそのような話した幾度となくしておりました。本当に、その様になればと思います。どしどしこの考えを表明して下さい。【千葉県館山市 柾谷 富士治(45歳)】
 キャスターの木村さんも白票派
 昨日、キャスターの木村太郎さんがこのまま投票率が下がると円が更に続落し、日本経済が大混乱するだろうというコメントをしてました。その時に、木村さ んは白票でいいから選挙に参加して下さいと訴えていました。同感です。昨日、会社の前が自民党新人の選挙事務所のため日の丸はちまき必勝の老年層世代が大 勢繰り出してましたが、若者は皆無でした。ここまできたかと思いましたが、20年前初めて選挙権をもらったときは確かうれしかったような気がしたのに。

 私も、今回だけは白票投じます。われわれが、もがき苦しみ会社に貢献するためにいかに働きばちになって体をいじめてることか。一連の官僚汚職からの経済 危機・不安そのための失業率アップいい材料は何一つない。まあいいか、愚痴もこんなにコボセレバ。【40歳 サラリーマン】


 問題は優秀な人が活躍しにくい環境
 この国の選挙の投票率が他の国と比べて極めて低いことは、いろいろ問題になってきたことは承知の通りです。しかし、個々の政党、政治家の質の低下以外 に、根本的な原因があり、それを分析する必要があるとは言えないでしょうか。おそらく現代の日本では、仮に優秀な候補者、立派な政策を掲げる政党が出て も、そう簡単に投票率は変わらないと思います。また、今の日本の、人々が均一化されて、出る杭は叩かれるような社会では、政治家に限らず優秀な人の台頭、 活躍がしにくい環境になってしまっているように思えます。 一般の人は生活の中でも国(政府)との関わり合いが薄く、自分自身、あるいは、せいぜい家族、友人、勤めている会社の範囲しか物事を考えないのではない か。選挙で投票する基準も、「自分たちの生活を良くしてくれそうな人や政党へ」になってしまいます。愛国心など殆ど無く、例えばW杯のサポーターの応援 も、日本はすごかったと言っても単にミーハーなだけに見えます。国を思う気持ちはクロアチアのサポーターの方が大きかったのではないか。

 選挙も、一定の投票率に達しない場合、この際、外国の政府関係者に票を入れてもらったら、なんて馬鹿げたことを考えたりもします。【小川隆司】


 参議院にはもう何の権威もない
私も毎日新聞を読んで、今度の選挙ではぜひ白票を投じようと思いました。参議院にはもう何の権威もないと思います。国民の税金を無駄に使うより参議院をなくして国民投票の制度で衆議院を見守っていったほうがよいと思います。【大分県 勝田 孝一】
 不信任票が公表されるようになればいい
該当する候補者、政党がない場合、×をつけることで不信任票となることが公表されるようになればいいですね。

これまで私はそのような場合には白紙で出していました。いずれにしても、今の政治は本当に変わらなくてはいけないと思いますし、また政治家を選ぶ国民の意 識が変わらなければ、結局の所、日本は変わらないと思います。政治家云々というよりも、一人一人が日本をよくしたいと言うことを真剣に考え、事実をよく見 ていく必要があると思います。【東京都 藤堂】


 単なる口利き議員に不信任票を
 私もここ数年投票所に行っても、入れるべき候補者が無いので悩んできました。是非とも不信任という投票方法が生まれることを望みます。私見ですが、政治 家は明確な理想を述べてそれを追求(権謀も含んで)する人だと思います。なのに理想もなく細々とした陳情に答える(口利きをする)ことで仕事をした気に なっている人たちが多すぎると思うのですが、いかがでしょう。地方の例になりますが、「どこそこの交差点が危ないので地方議員に頼んでカーブミラーを設置 するように道路管理者(自治体)に要請、設置しました」などというのが、よく地方議員の後援会報に出ています。そんなのは、道路管理者である自治体に不具 合があるだけであって、議員はカーブミラーの要請をするのではなく、自治体の不具合を調査し、改革を議会で提案するのが政治なのではないでしょうか。今の 政治家(政治屋か)には国会レベルでも口利きを仕事にしているどころか、中にはそれを公言している人たちがいることが報道されています。そんな人たちに是 非不信任票をしたいと思います。【愛知県 技術屋】
 伴さんの姿勢は子供の泣き言!
 6月25日付の伴様の文面に対して、若干の疑問を感じましたので、述べさせていただきます。私の疑問(といいますか、不満?かも知れません)は大きく2点あります。

1.伴様に限らず、多くのマスコミ関係者は選挙の度に「今回の選挙には争点がない」という視点で報道をされます。今回もそのような報道が見受けられます。 萬晩報で伴様も同じ主張をされていました。しかしこの見方そのものが紋切り的といいますか、あまりに芸のない主張に見えます。こういった視点自体、読者に ある種の厭世観を与えるとはお思いになりませんか?そもそも、争点のない選挙などあるのでしょうか?ましてや今回今の政権に対して有権者がどんな審判を下 すのか、それが最も重要なポイントであると思います。いったいマスコミは投票率が下がってほしいと思ってるのでしょうか?

 私は一有権者として今だかつて白けた選挙を経験したことはありません。どの選挙も重要であり、自分が必要と思う候補者や政党に投票してきました。もうい い加減、マスコミも後ろ向きな姿勢の報道をやめて有権者がやる気のおこる報道をするべきではないでしょうか。伴様が新進党に幻滅したとしても、政治すべて がだめになったわけではありません。私にはそんな伴様の姿勢が子供の泣き言のように聞こえます。

 2.もう一つは白票投票についてです。最近、この主張が流行っていますね。しかし、白票はどこまでいっても無効です。選挙制度そのものに疑問がおありで したらそういう方を集められて、公職選挙法を改正する事を公約にして国政選挙に立候補するべきです。しかしその行為は何か論理的矛盾を含んでいるようにも 思えますが。そしてこの姿勢そのものが、最大勢力を結果的に助けることになるのではないですか?こういった主張が日本という国をどこへ持っていきたいのか 私にはわかりません。また、「×」と書いたとして、政治をどうしたいのかという主張にはつながらないことぐらい子供にでもわかることでしょう。ここにも何 か子供じみた姿勢が見えるのです。

選挙の季節のなる度に、マスコミの方々は突然、厭世観を露わにされることが多く見受けられます。それまではやれ「菅」だの「民主党」だのと報道しているの に、いざ選挙になると急にさめた態度になって、政党そのものがだめだという姿勢に変わるのがここのところのマスコミの特徴のようです。日本の今置かれてい る状況を考えれば、私にはその姿勢が理解できません。【takamatsunoriaki】


 国民全員代表制をとるべき
 白票と言うのはいいことですね。政治のことを分かっている、または少しでも関心のある人ならみんなそう思っていると思います。 選挙に出ている人たちの中には、本当に日本を良くしようと考えている人がいるかも知れませんが、無駄です。無理です。いくらやっても時間の無駄です。なぜ なら権力者にならなければ、新入りの発言など無視されるからです。議員代表制という制度では先輩、後輩の関係が存在します。先輩の言うことには素直に従う という日本の風土がすでにだめだめです。

 だから私は国民全員代表制をとるべきだと思います。すべての立法、司法権は国民全員の直接の投票によって決めるべきです。投票数はせいぜい数千万通程度です。今の時代なら無茶かもしれませんが無理ではないと思います。

 そうすれば国民の意思が直接反映されます。否、そうでもしなければ国民の意思などは反映されません。一部の人間だけで決める政治などはもう止めるべきです。

 政治家なんか要らなくなります。国民の意思を実行する人と外交関係を務める人が合わせて10人もいれば十分だと思います中国の5割削減どころか、9割以上の削減率です。何しろ政治家がいなくなるんですから当然です。

 政治家が国民みんなに対して役に立っているとはおもえません。以上が1つめの意見です。

 2つめは、都道府県ごとに国に分けることです。各都道府県の中にはいい政治を行っているところがあるかもしれません。各都道府県ごとに分けてしまえば、国民の直接政治もやりやすいと思います。地域の特色もより守られると思います。

 3つめは、日本など無くしてしまえ、と言うことです。政治家なんぞに好き勝手やられてしまうくらいならば、法律なんか無くしてしまえ。それぞれ自身が法 である。自分の意志と行動のみが自分自身を決めていく世界にしてしまえば今の日本にある問題のほとんどが解決します。無茶苦茶ですが、この方法がもっとも 人が人らしく生きられる方法だと思います。

 政治家によって人が人らしく生きることを阻害されていくならば、断固として反対しようということです。みんなで決めていく世界って良いと思いませんか? どなたかネット上で全員投票ってやってみませんか?例えば、今度の7/12の選挙とか。もちろん白票ありで、1メールアドレスにつき1票とか。いかがで しょう?自分でやってみたいけど技術力が無いんです。【東京都 竹駒悠哉 (20歳)】


1998年07月5日(日)萬晩報主宰 伴 武澄


 06月25日「白票を投じて有権者の政治不信を意思表示しよう!」 には多くの批判のメールをいただきました。「子供じみている」というのが大方の意見でした。「なるほどそういう方法もあったか」という賛同のメールもあり ましたが、今回の萬晩報の意見は劣勢だったようです。コラムで白票投票を強調し、その後の改革に言及しなかった点が反省材料となっています。
 そうしたなかで「○×方式の投票用紙があればいい」「政党助成金を得票数に比例して分配する方法」「マイナス票があればいい」など提案もいくつかありま した。○×方式は最高裁判事の投票に導入されており、いますぐにでもできそうです。政党助成金が得票に比例してもらえるのならば、もっと有為の人材が立候 補できるかもしれません。名案だと思います。どれも自治省や政治家が取り上げるべき重要な問題提起だと考えます。【伴 武澄】
 今回は署名のあったメールは実名で掲載させてもらいました。
 ○×方式の投票用紙があればいい
 がっかりしました。いくら政治不信だからといって、投票に行って白票を投じることを薦めるとは! 呆れて物が言えません。そもそも、政治不信だから、投 票率が低いのではないですか?白票を投ずるとなんか変わるのでしょうか? まず、白票がある程度出た場合は無効とせずに、選挙をやり直すなど、今の選挙制 度などが変わらないと、白票を投じるだけでは、選挙権を棄権するのと同じで何にも変わらないのではないですか?(新聞ネタにはなるかもしれませんが)ま ず、選挙制度に問題があるのでしたら、そんな変なことをせずにもっと正しい方法(方法は良く分かりませんが、署名運動をするとか?)で、選挙制度を変える 必要があるかと思います。

 既成政党に不信があるのでしたら、ミニ政党に投票すれば良いのです。そうすれば、批判票が集まったと解釈されるし、ミニ政党がたくさん入れば、それなり に変わるでしょう? もちろん、何も考えずに入れる、機械的に選ぶというのは、問題だと思いますが。白票を投じても何も変わりませんよ。むしろ、選挙管理 委員会の方々の負担を増やすだけです。

 ところで、白票を投じたくなる人たちの気持ちも分からないではないので、こんな投票用紙があったらいいなぁと考えてみました。 氏名を書くのではなく、○×方式で投票するのです。氏名の上の欄には、当選して欲しい人(信任する人)に○、氏名の下の欄には不信任の人に×をつけて、投 票するのです。こうすると、得票数は第1位だが不信任数が多いから、当選無効とかいう制度が出来るかもしれない。得票数-不信任数が、この人の本当の得票 数として判断するのです。こうすると、不信任数を増やすようなことをしようとは思わなくなるように思います。(あくまで想像の話です)まぁ、もっともこん な制度を今の政治家たちが賛成して変更するとは思えないのが、残念なのですが。【名古屋市 浅井俊通】


 政党助成金を得票数に比例して分配する方法
 まずは、投票に行くことが大事だと思います。その点では納得いくんですが、それでどうするんですか?白票党が第一党になったところで一瞬騒いで終わりです。

 そんなことよりも、もっと政治に積極的に関わり合っているという意識を持たせる方法があると思うんです。どっかのテレビでやっていたんですが、政党助成 金を得票数に比例して分配する方法です。たとえば、投票用紙1枚につき100円とか、金額を決めて有権者たちは政党あるいは個人に投票するわけです。

 そうすれば、ただ投票をしただけではなく100円という献金をしたことによってより政治に参加している気持ちが出てくるはずです。 また、いままで大企業や労働組合にしか顔を向けていなかった政治家たちだって国民に顔を向けざるを得なくなります。

多少そのお金を目当てにしたような団体が出るかもしれないのでリスキーですが、みんなお金がかかってくればそんなところはすぐに見分けて相手にしないと思います。ぜひ、もっと前向きな提案をお願いいたします。【Fumito Watanabe】


 白票では政治屋は変わらない
 白票をいくら投じたからといって、今の政党、政治屋が変わるのでしょうか?結局、当選したか否かで一喜一憂している今の政治屋が変わるとは思えません。 むしろ、投票所に足を運んで一票を投じても明日の政治に反映されない事が重要だと思います。白票ではなく、今一番行ってほしくない施政を行わないように動 いてくれるであろうと期待のより持てる政党、政治屋に投じるべきではないでしょうか?まぁ、何より投票率をあげなければますます悪い方向に行くのは間違い ないとは思いますが。【熊本 ひげ市】
 マイナス票を作ってほしい
 私もよく白票で出すことがあります。私の住んでいる熊本県八代市の衆議院議員は矢上雅義、投票したときは新進党、今は批判していた自民党員になっています。末広まき子さんと全く同じような感じですね。

熊本の場合は細川さんの辞職の理由がはっきりしないので不在者投票はそんなに多くはないです。だいたい、くさったりんごを売っているという噂のスーパーに 営業時間をのばしたので買い物に来てくださいって言われても買いには行かないですよね。今の選挙は全くそんな感じではないでしょうか?

私は、無党派というのは、積極的に誰かを応援はしないものの、積極的に誰かを批判する人は多いのではないかと思います。佐藤孝行さんみたいな人が当選する のは当選するくらいの組織票があるからです。この組織票を批判票で差し引くようにすると、対立候補がひょっとして当選するようになるかもしれません。

また、あのポスターに落書きさせてもらえないですかね?私は橋龍さんのお顔におひげや眼鏡を書いてあげたいですね。こういう自由があればもう少し投票率は上がるんじゃないですかね? 【熊本県八代市 奥村博行】


 マイナス票の設定は、どうでしょうか
 実は、今日職場の先輩と無効票の話をしていました。その時に、先輩が言っていた案ですが、マイナス票の設定は、どうでしょうか。今の制度とは、逆にこの 人には、政治家になって欲しくないとするマイナス票を設定するのです。そして、投票数から減額して、一定の規定数に達しない候補者は、落選とし規定数に達 した候補者から順次当選とし、欠員が生じた場合は、補欠選挙を実施する。こうすれば、今の政治家が持っている誤ったエリート意識を変えることができるので は、ないでしょうか。選ばれたのではなく、立候補者の中では、ましな方であったという意識を持たせるのです。もっと政治家には、謙虚さを持ってもらいたい ものです。【坂井浩一】
 投票用紙に、該当者なしという項目を作ってほしい
 私も以前から、投票用紙に、該当者なしという項目を作ってほしいと、思っておりました、そうすれば、投票率も上がるし、政治家も、もっとまじめに、取り 組んでくれるのではないでしょうか。それと、該当者なしが、50%以上の得票率で有れば、その選挙区を、再選挙にすればよいと思います。もっと世論が動い てほしい。【jinichi】
 ああ、この手があったか
 ああ、この手があったか。以前、投票にいった時あまり投票したくなかったので、受付で「誰にも投票したくなかったら、どうしたらいいですか。」と聞いた ところ、その人はしばらく考えられて、「じゃあ、投票しないでください。」と言われました。その前までは、最高裁の判事の名前を書いたり、同じ名字の有名 人を書いたりしていましたが、この時初めて棄権いたしました。それ以降、ずっと棄権しているようです。  本来政治家と言うものは、政治を論ずるものであって、勢力争いや政党再編ばかりやっていては面白くありません。政治家個人の魅力が低下しているように思 えます。そのせいで、政党に投票しようとするのですが、その政党自体もめまぐるしく変わる為何に投票してよいかどんどんわからなくなってしまいます。結局 政治家が魅力的であれば、投票するのでしょう。いっそ、選挙民に投票率を掛けた結果で、次の選挙での議席数を決めればいいのに。そうしたら、政治に関心が あったり期待している県から議員が多く輩出して、その県が潤うのに。【Tiger Nishino】
 妻の一言
 今回の選挙を前に晩飯を食べながら妻曰く「この人だけは絶対やめて!この政党は簡便してっ!って言うのを選挙したら?多分皆、こぞって行くわよ。」僕は「なるほど」で脱帽...。【Y.Ishida】
 人騒がせな話です
 「選挙が面白くないなら、面白くすればいい。」という意見には、私も大賛成です。しかし、その為の手段として「白票を投じよう」という意見には、激しい 憤りを感じます。白票が無効票になるのは、当然至極です。  「投票所には行くが、どの候補者にも投票しない」というのは、我が儘のみならず、大いに人騒がせな話です。それこそ税金の無駄遣いであり、(投票時間が 延長され徹夜の開票作業が予想される)選管に対する嫌がらせ以外の何物でも有りません。  「現行の選挙制度に問題がある」というなら、(その法律を制定するのが国会である以上)自ら立候補するなり、候補者を擁立すれば良いでしょう?。 その どちらも出来ない私は、毎回投票に行き、ちゃんと候補者名・政党名を記入して投票しています。それが民主主義というものでしょう。【oogi】
 子供じみている
 38才になった今でも、民主主義とはどんな物、と問われると答えに窮します。選挙毎に「選挙で白紙投票しました」「選挙に行きませんでした」とTVの選 挙特番で、ゲストコメンテイターがしたり顔で答えます。これ、非常にカチンときます。私なんぞ、色々自分の考えや希望もありますが、それを実現するには、 自分が「政治家」になる以外、方法ありません、しかし、現実問題、私はコンピュータプログラムやシステムを作成して日々生活し、コンピュータソフトのプロ を自任しております。 少なくとも、「朝から晩まで、政治を考える、プロが選挙に立候補するはず」その中から自分の主義主張に近い人に一票! が当然ですよね。オカシイ考えですか?  なのに、「白紙投票」「投票辞退」 その 理由は 選ぶ相手が見つからないから。なんか、子供じみていませんか。 本当に「選ぶ相手がいない」、そう考えるのなら、なんで自分で仲間を集め、政治団体を作らないの。確かに「政党」を作ったり、選挙運動したり、大変です よ。それは、当然わかりきった問題ですよね。 だからこそ、みんな悩む。本来、既成政治団体の小さい勉強会や報告会 なぞに参加し、勉強して(土日を使って)それが、民主主義を支え、育てていく事にな るんですよね。 「白紙投票」「投票辞退」という、方法でなく、みんなが少し自分の休日を使って政治を考える。そして、政党はその場を提供する、このようなやり方の方が スッキリしますが。なんか、全ての責任を政党にばかり、かぶせて、自分達の責任が見えてこない。最終的に困るのは、自分自身なのに。【東京都立川市 村上 恒夫 】
 投票は権利であり義務でもある
 私は29歳の商社マンで、現在東京の江戸川区に住んでいます。とは言え、昨年転職してからまだ一年も経っていないので商社マンとしては半人前です。私は 今年の3月まで横浜に住んでいました。私が住んでいた横浜でも投票したくなるような政治家が居らず、20歳で投票権を頂いてからずっと白票を投じ続けてい ます。  テレビのニュースの街頭インタビューなどを見ていると、政治家への不信感や、不満を口にする人々が良く写っています。しかし、今の国政選挙への投票率 40%前後と言う数字を見ていると、不満を述べる人々のいったい何割が投票所へ歩を進めるのでしょうか?投票とは言葉にもある通り権利の一つですが、民主 主義国家に住む以上義務の一つと言って良いと思います。その義務を果たさない人々に文句を言う資格は有るのでしょうか?  でも、「投票に値するような人物が見当たらない」「誰に投票しても結局一緒」と考える人たちにはそれなりに権利を行使する場を与える、伴さんの今回の提 案に賛成です。ただ面倒だから行かないと言う人々と、国政に参加したいが今の政治家は頼りない、もっとしっかりしろ!という人々をきちんと区別する為にも 良いのではないでしょうか?  テレビのCMや、タレントを使い無駄なキャンペーンを張るよりはよほど投票率を上げるのに実効性のある方法だと思います。しかしこの世の中、投票したく なる骨のある政治家のなんて少ないことか・・・。  この制度が実現したら、国民の期待度が目で確認できるよう白票の分だけ国会を空席にして見たらどうでしょうか。そうしたら今の政治家ももう少し真剣に取 り組むようになるかも!?  当然こんな法案通したら今の国会議員の半分が失業してしまうでしょうから実現するわけはありませんが・・・。  さて、本日の白紙投票が無効票になってしまうのは変というのを拝見し、まったくそのとおりと思い、初めてメールしました。【Jimmy】
 無効票が増えれば制度も変わる
 選挙の度にどの誰に投票しようか、迷うのですが、これは「死ぬ」か「植物人間として生きる」かを選択するようなもので、どちらをとっても悪い意味で同じという迷いでした。これが「1億円もらう」か「世界一周旅行に行く」かという迷いならば本当にいいのですが。

 今までは投票に行く限り誰かに1票を投じなければならないと思いこんで仕方なく誰かの名前を書いていましたが、先日知人よりいつも該当者無しと書いてい るという話を聞き、そういう選挙権の行使のしかたもあるのかと目からうろこが落ちた思いをしました。白紙で出すというのも投票したい人はいないが選挙には 行くという、意志表示の表れですよね。今の制度では無効票になってしまい、ほんとの無効票か、該当者なしという意志表示なのかわからないのは残念ですが、 極度に無効票が増え、それが大きな問題になっていけば、制度も変わっていくと思います。私もこれからは投票したいと思う人がいなければ「いない」という意 志表示をするため白紙票を投じたいと思います。少しでも日本の政治が、生活がよくなっていくことを信じて。【石丸 裕子】


 どしどしこの考えを表明して
 私も、以前より伴さんの考えと同じ事を思い友人とそのような話した幾度となくしておりました。本当に、その様になればと思います。どしどしこの考えを表明して下さい。【千葉県館山市 柾谷 富士治(45歳)】
 キャスターの木村さんも白票派
 昨日、キャスターの木村太郎さんがこのまま投票率が下がると円が更に続落し、日本経済が大混乱するだろうというコメントをしてました。その時に、木村さ んは白票でいいから選挙に参加して下さいと訴えていました。同感です。昨日、会社の前が自民党新人の選挙事務所のため日の丸はちまき必勝の老年層世代が大 勢繰り出してましたが、若者は皆無でした。ここまできたかと思いましたが、20年前初めて選挙権をもらったときは確かうれしかったような気がしたのに。

 私も、今回だけは白票投じます。われわれが、もがき苦しみ会社に貢献するためにいかに働きばちになって体をいじめてることか。一連の官僚汚職からの経済 危機・不安そのための失業率アップいい材料は何一つない。まあいいか、愚痴もこんなにコボセレバ。【40歳 サラリーマン】


 問題は優秀な人が活躍しにくい環境
 この国の選挙の投票率が他の国と比べて極めて低いことは、いろいろ問題になってきたことは承知の通りです。しかし、個々の政党、政治家の質の低下以外 に、根本的な原因があり、それを分析する必要があるとは言えないでしょうか。おそらく現代の日本では、仮に優秀な候補者、立派な政策を掲げる政党が出て も、そう簡単に投票率は変わらないと思います。また、今の日本の、人々が均一化されて、出る杭は叩かれるような社会では、政治家に限らず優秀な人の台頭、 活躍がしにくい環境になってしまっているように思えます。 一般の人は生活の中でも国(政府)との関わり合いが薄く、自分自身、あるいは、せいぜい家族、友人、勤めている会社の範囲しか物事を考えないのではない か。選挙で投票する基準も、「自分たちの生活を良くしてくれそうな人や政党へ」になってしまいます。愛国心など殆ど無く、例えばW杯のサポーターの応援 も、日本はすごかったと言っても単にミーハーなだけに見えます。国を思う気持ちはクロアチアのサポーターの方が大きかったのではないか。

 選挙も、一定の投票率に達しない場合、この際、外国の政府関係者に票を入れてもらったら、なんて馬鹿げたことを考えたりもします。【小川隆司】


 参議院にはもう何の権威もない
私も毎日新聞を読んで、今度の選挙ではぜひ白票を投じようと思いました。参議院にはもう何の権威もないと思います。国民の税金を無駄に使うより参議院をなくして国民投票の制度で衆議院を見守っていったほうがよいと思います。【大分県 勝田 孝一】
 不信任票が公表されるようになればいい
該当する候補者、政党がない場合、×をつけることで不信任票となることが公表されるようになればいいですね。

これまで私はそのような場合には白紙で出していました。いずれにしても、今の政治は本当に変わらなくてはいけないと思いますし、また政治家を選ぶ国民の意 識が変わらなければ、結局の所、日本は変わらないと思います。政治家云々というよりも、一人一人が日本をよくしたいと言うことを真剣に考え、事実をよく見 ていく必要があると思います。【東京都 藤堂】


 単なる口利き議員に不信任票を
 私もここ数年投票所に行っても、入れるべき候補者が無いので悩んできました。是非とも不信任という投票方法が生まれることを望みます。私見ですが、政治 家は明確な理想を述べてそれを追求(権謀も含んで)する人だと思います。なのに理想もなく細々とした陳情に答える(口利きをする)ことで仕事をした気に なっている人たちが多すぎると思うのですが、いかがでしょう。地方の例になりますが、「どこそこの交差点が危ないので地方議員に頼んでカーブミラーを設置 するように道路管理者(自治体)に要請、設置しました」などというのが、よく地方議員の後援会報に出ています。そんなのは、道路管理者である自治体に不具 合があるだけであって、議員はカーブミラーの要請をするのではなく、自治体の不具合を調査し、改革を議会で提案するのが政治なのではないでしょうか。今の 政治家(政治屋か)には国会レベルでも口利きを仕事にしているどころか、中にはそれを公言している人たちがいることが報道されています。そんな人たちに是 非不信任票をしたいと思います。【愛知県 技術屋】
 伴さんの姿勢は子供の泣き言!
 6月25日付の伴様の文面に対して、若干の疑問を感じましたので、述べさせていただきます。私の疑問(といいますか、不満?かも知れません)は大きく2点あります。

1.伴様に限らず、多くのマスコミ関係者は選挙の度に「今回の選挙には争点がない」という視点で報道をされます。今回もそのような報道が見受けられます。 萬晩報で伴様も同じ主張をされていました。しかしこの見方そのものが紋切り的といいますか、あまりに芸のない主張に見えます。こういった視点自体、読者に ある種の厭世観を与えるとはお思いになりませんか?そもそも、争点のない選挙などあるのでしょうか?ましてや今回今の政権に対して有権者がどんな審判を下 すのか、それが最も重要なポイントであると思います。いったいマスコミは投票率が下がってほしいと思ってるのでしょうか?

 私は一有権者として今だかつて白けた選挙を経験したことはありません。どの選挙も重要であり、自分が必要と思う候補者や政党に投票してきました。もうい い加減、マスコミも後ろ向きな姿勢の報道をやめて有権者がやる気のおこる報道をするべきではないでしょうか。伴様が新進党に幻滅したとしても、政治すべて がだめになったわけではありません。私にはそんな伴様の姿勢が子供の泣き言のように聞こえます。

 2.もう一つは白票投票についてです。最近、この主張が流行っていますね。しかし、白票はどこまでいっても無効です。選挙制度そのものに疑問がおありで したらそういう方を集められて、公職選挙法を改正する事を公約にして国政選挙に立候補するべきです。しかしその行為は何か論理的矛盾を含んでいるようにも 思えますが。そしてこの姿勢そのものが、最大勢力を結果的に助けることになるのではないですか?こういった主張が日本という国をどこへ持っていきたいのか 私にはわかりません。また、「×」と書いたとして、政治をどうしたいのかという主張にはつながらないことぐらい子供にでもわかることでしょう。ここにも何 か子供じみた姿勢が見えるのです。

選挙の季節のなる度に、マスコミの方々は突然、厭世観を露わにされることが多く見受けられます。それまではやれ「菅」だの「民主党」だのと報道しているの に、いざ選挙になると急にさめた態度になって、政党そのものがだめだという姿勢に変わるのがここのところのマスコミの特徴のようです。日本の今置かれてい る状況を考えれば、私にはその姿勢が理解できません。【takamatsunoriaki】


 国民全員代表制をとるべき
 白票と言うのはいいことですね。政治のことを分かっている、または少しでも関心のある人ならみんなそう思っていると思います。 選挙に出ている人たちの中には、本当に日本を良くしようと考えている人がいるかも知れませんが、無駄です。無理です。いくらやっても時間の無駄です。なぜ なら権力者にならなければ、新入りの発言など無視されるからです。議員代表制という制度では先輩、後輩の関係が存在します。先輩の言うことには素直に従う という日本の風土がすでにだめだめです。

 だから私は国民全員代表制をとるべきだと思います。すべての立法、司法権は国民全員の直接の投票によって決めるべきです。投票数はせいぜい数千万通程度です。今の時代なら無茶かもしれませんが無理ではないと思います。

 そうすれば国民の意思が直接反映されます。否、そうでもしなければ国民の意思などは反映されません。一部の人間だけで決める政治などはもう止めるべきです。

 政治家なんか要らなくなります。国民の意思を実行する人と外交関係を務める人が合わせて10人もいれば十分だと思います中国の5割削減どころか、9割以上の削減率です。何しろ政治家がいなくなるんですから当然です。

 政治家が国民みんなに対して役に立っているとはおもえません。以上が1つめの意見です。

 2つめは、都道府県ごとに国に分けることです。各都道府県の中にはいい政治を行っているところがあるかもしれません。各都道府県ごとに分けてしまえば、国民の直接政治もやりやすいと思います。地域の特色もより守られると思います。

 3つめは、日本など無くしてしまえ、と言うことです。政治家なんぞに好き勝手やられてしまうくらいならば、法律なんか無くしてしまえ。それぞれ自身が法 である。自分の意志と行動のみが自分自身を決めていく世界にしてしまえば今の日本にある問題のほとんどが解決します。無茶苦茶ですが、この方法がもっとも 人が人らしく生きられる方法だと思います。

 政治家によって人が人らしく生きることを阻害されていくならば、断固として反対しようということです。みんなで決めていく世界って良いと思いませんか? どなたかネット上で全員投票ってやってみませんか?例えば、今度の7/12の選挙とか。もちろん白票ありで、1メールアドレスにつき1票とか。いかがで しょう?自分でやってみたいけど技術力が無いんです。【東京都 竹駒悠哉 (20歳)】


1998年07月01日(水)メディアケーション 平岩 優


 豆腐、味噌、醤油の原料である大豆、砂糖、冷凍エビ、肉類、パンやうどんの原料の小麦と、日本の食は今や、外国産の食材なしには立ちゆかない。しかも、 近年は生鮮野菜の輸入までが増えている。もちろん、人気のエスニック料理やイタメシなど食生活の多様性や変化が原因と言うこともできるだろう。しかし、輸 入物はチコリやズッキーニ等、日本の食卓にのぼることの少ない西洋野菜だけではない。日本人にとっては馴染み深いカボチャ、ネギ、ショウガ、ゴボウなどに も及んでいる。こうした輸入野菜の増加の背景には、国内の生産環境、コスト、流通などさまざまな問題がかかわっている。

 野菜は世界45カ国からやってくる

 近くの大手スーパーマーケットの野菜売場をのぞいてみると、産地表示の札にさまざまな国名が書かれていて、あらためて驚く。こうした国名の表示は、 1996年に日本農林規格(JAS)により、サトイモ、ニンニクなど5品目に義務づけられたもので、古い話ではない。表示の国名を読んでいくと、アメリカ のブロッコリ、中国のショウガ、ニンニク、シイタケ、ニュージーランドのカボチャ、フィリピンのオクラなどなど。価格もブロッコリーなど、国産品に比べ半 値である。そのほか、パックされた漬け物、水煮、冷凍野菜など外国で生産加工したものを数えれば、きりがないほどである。

 日本の野菜全体の自給率は1969年までは100%、その後、1993年に90%を割る。そして、1995年には85%と、輸入野菜の増加のピークを記 録する。が、穀類、肉、牛乳・乳製品などに比べればその自給率はまだ高い。しかも、輸入量も微増だと言えなくもない。しかし、輸入ものが占める割合が 50%を超える野菜も出てきている。たとえば、ショウガは76.7%、アスパラガス70.8%、ブロッコリー53.5%、そのほか30%を超えるものはエ ダマメ、サトイモ、カボチャである(1996年度、加工品も生鮮に換算、「野菜輸入の動向」野菜供給安定基金編)。

 野菜の出荷国はアジア太平洋地域を中心に45カ国、輸入量が多いのはアメリカと中国である。たとえば、カボチャを例にとると、出荷国はニュージーランド がトップで、メキシコ、トンガ、アメリカの順である。つまり、われわれは、かって考えられもしなかったような遠方の国の生鮮野菜を食べているのだ。

 以前は、日本の消費者は外国の食材というと、農薬の使用など安全性への懸念から敬遠気味であった。しかし、4人家族の30代の女性に聞くと、国産と輸入 ものが並んでいれば価格の安さから輸入ものを選ぶケースが多いという。野菜供給安定基金調査情報課の村山義治課長は冷蔵輸送技術の向上を前提に「品質が国 内と変わらなくなってきたことと、価格の安さ、それに1年中、食べたいという消費者のニーズ」が野菜の輸入を促進しているという。品質についていえば、輸 入業者が外国で産地開発する場合、日本の種を持っていき技術指導を行い、日本の消費者に合わせた野菜づくりを行うから、年々、品質は向上する。また、村山 氏は「カボチャなど国産が出ない端境期に輸入されるので、消費量が伸びる野菜もでてきた」という。たしかに、クリスマスや正月向けに、店頭にアメリカ産の イチゴが並ぶ光景も見慣れた。

 激減する生産農家数が輸入に拍車

 輸入野菜の増加には国内生産者の高齢化も影響している。手間のかかるもの、大根など重量野菜などの生産が敬遠されるからだ。練馬大根が消え、青首大根が 幅をきかせているのも、そのせいであるという。農業の就業人口の平均年齢は1960年に42.3歳であったが、1995年には58.75歳と高齢化が進 み、同様に戸数も606万戸から、43%減の344万戸に減少している(1996年度版「農業白書」)。こうした数字に応じて、野菜の生産量も1988年 より、微減の傾向が続く。

 青果物卸、最大手の東京青果・企画情報課の加藤宏一氏は「農家の担い手がいなくなり、国内野菜はどんどん減っている。国内の生産量をカバーするには輸入 野菜が欠かせない」という。加藤氏はそもそも野菜の輸入は外食産業の需要が発端となったという。国内の野菜が高すぎるからだ。量販店であるスーパーも「値 動きの激しいのを嫌った」。輸入野菜は「通関するときに入る情報が確かで、日本に入った時点で仕入れ価格が決まる」。小売サイドでは、価格と供給の安定が 得られるわけだ。つまり、輸入野菜の増加の背景には流通の問題も絡んでくる。加藤氏によればスーパーでも産地で買い付ける直販システムをとるところがある という。「地域の卸会社をパートナーとし、センター機能を持たせ、ポスレジをこなせば、卸売のメリットはない。すでに、地方市場は存在基盤を失いつつあ る」と指摘する。

 野菜の流通は「公正」から「効率」へ

 生鮮青果のメジャー、ドール・フード・カンパニーの日本法人ドールでは、現在、外食産業や350の市場に野菜を供給している。が、今後は小売へのルート の強化などを通じ、1997年度670億円(フルーツも含む)の売り上げを、2002年までに2000億円に伸ばす計画である。ドールは「世界各地の産地 と契約を結び、品質・供給・価格が安定した野菜を供給できる」ことを武器とする。たとえば、アスパラガスの国産品は2月の九州から始まり、8月の北海道で 終わる。そこで、端境期の9月から1月まではオーストラリア、ニュージーランド産を、また、2月から5月まではメキシコ、アメリカ産を供給する。さらに、 ドールでは輸入野菜の生産・販売だけではなく、国内10道県で1200戸の農家と契約し、従来の卸売市場を通したルートと共に産直ルートの構築にも乗り出 している。

 そのドール、大手商社伊藤忠と組み、スーパー専用の物流・流通センターの建設を計画しているのが、量販店に野菜や加工農産物を販売する協和薬品である。 同社は国内だけでなく、中国でも産地開発を行い、タケノコ、山菜、シイタケ、長ネギ、サヤエンドウ、アスパラなどを輸入している。

 田村和彦常務は「欧米の先進国では、健康志向から青果の消費量が伸びている。しかし、日本では青果が高いから伸びない。高いのはロスが多いからだ」とい う。生産から消費への過程で25%ものロスが発生しているというのだ。アメリカでは、たとえばドールにレタスを発注すれば、産地から冷蔵保存された状態で 小売を経て、消費者に渡る。しかし、日本ではせっかく産地から冷蔵で搬入されても、卸売市場では常温状態で床に積まれる。消費者の手に渡ってから、日持ち がしないというわけである。こうしたロス、それにスーパーでの作業等から来るロスを解消しようというのが物流・流通センターである。

 今後5年間で、20カ所にセンター(20企業)を建設する予定である。センターは店舗の冷蔵機能を備えたバックヤードとなり、POSデータにより仕入れ を調節し在庫管理をしたうえに、加工やパック作業も行って各店舗に納品する。価格、品質が見極めにくい生鮮野菜での、いわゆるECR(efficient consumer response)への挑戦である。

 また、野菜は天候に左右され日本では産地が細かく分かれているので、品質や価格がばらつく。量販店が大量の野菜を安定供給するためには、一種類で3つぐ らいの産地を押さえなければならない。結果、供給を市場にまかせて、コストがかかるという。こうした面からも、輸入野菜が導入されることになる。田村氏は 従来の流通システムは「売る方も買う方も零細であった時代、委託販売という形で公正、公平を保つためには意味があったが、今は『公正』ではなく『効率』を 考え、消費者のニーズを重視する時代だ」という。農協も大型化しつつあり、野菜は高値で安定した需要のある特定の市場に集中して集荷されだしている。東京 青果の加藤氏の述べていたように、地方の市場の役割が機能しなくなっている。日本の五大都市のひとつである中央市場でさえすでに、業界では"屑"と言われ る市場さえある。従来の流通システムが綻びはじめているのである。

 円安でも減らない輸入野菜

 こうした中で、野菜の輸入量は今後、ますます増えていくのだろうか。野菜供給安定基金の村山氏は「微増の傾向が続く」と見る。また、今後、「国内の供給 量の足りない有機野菜が増えるという見方もある」という。アメリカのカリフォルニアやオーストラリアは乾燥地であり、湿潤で病害虫が発生しやすい日本より 有機栽培に向いているからだ。東京青果の加藤氏は、アメリカ産は国内消費量を考えると横ばい、オーストラリア、ニュージーランドが微増、中国はショウガ、 ニンニクなどの連作で土地が荒れると見て全体的に「横ばい」と読む。もともと、野菜の供給量は天候に左右されやすい。1995年の輸入量は、タマネギの不 作が押し上げた。その意味では不確定要素も大きいし、野菜の種類によっても、それぞれ事情は異なる。

 しかし、村山氏は輸入ものがシェアを伸ばす「ショウガの高知やニンニクの青森のように、特産品が固定する産地のダメージが大きい」と語る。安い労働力を 投入した輸入ものにはコスト面で太刀打ちできない。ちなみに1988年から1998年までの間に、国内の輸送費・人件費は9割上昇している。加藤氏も「す でに、ブロッコリー、アスパラ、カボチャなどで、国産の砦は崩されている」という。しかも、「このままでは、日本で作れない野菜が出てきて、円のレートが 安くなった時にも、外国産の供給を仰ぐしかない事態が起こり得る」と危惧する。しかし、そのために消費者が国産品を守るコストを負担するわけにはいかない だろう。

 グローバル化の中で、生鮮野菜も例外ではなく、インターナショナル・プライスに向かっていく。加藤氏がいうように、「いいものを作る農協だけが生き残 り、大農協に集約されつつある」。また、農家の法人化、野菜の宅配やスーパーと生産者のさまざまな形での提携など、新しい試みが始まってもいる。輸入野 菜、量販店の増加、消費者ニーズの変化の中で、今、野菜の生産、流通の新しい枠組みが模索されつつある。

 手をかけて野菜を作る個人農家が減少するという状況は、どこか優秀な技術を持ちながら淘汰される中小の製造業者と重なる。効率と組織化の動きの中で、せっかく個人農家が作り上げた新種のブランド産品が流通に乗りにくいという話も聞いた。

 しかし、消費者の一人としてはもはや、「適正な価格の野菜を、一年中、好きな時に食べたい」というニーズからは逃れられない。効率を優先させながらも、美味しく、生産者の工夫が盛られた野菜を届けて欲しいというのが、取材を通じての正直な気持ちである。


 平岩優氏はメディアケーション(東京都)代表。環日本海など幅広い分野でレポート、編集活動を展開している。
 環日本海のホームページhttp://www.lares.dti.ne.jp/~yuh/index.htmlを立ち上げたばかり。

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