ビッグバンの落とし穴

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1997年06月10日 共同通信社経済部 伴武澄

日本版ビッグバンは、ロンドンやニューヨークで一九八〇年代に起きた金融市場の自由化をまねたもの。規制にがんじがらめの東京市場を放置すれば、国内の金融取引まで海外に流れてしまうとの危機感がようやく、国政レベルでも認識された結果だ。

 だが忘れてはならないのは、サッチャー元首相やレーガン元大統領が実施した金融市場の改革には、税制の抜本改革と政府部門の大規模な民営化が伴っていたことだ。

当然ながら、欧米では金融の自由化と税制改革、政府部門の民営化の三つが三位一体として初めて機能することを認識していた。しかし橋本政権ではビッグバンだけで東京市場が活性化するような誤解があるようだ。

 橋本首相は97年12月、日本版ビッグバンの発表時に「フェア」「フリー」「ボーダーレス」をキーワードとして掲げてご満悦だったが、当時の報道で、ビッグバンの前提としての税制改革と民営化の同時進行の必要性を指摘した論評はほとんどなかった。

 レーガン税制改革を思い起こせば、なぜ税制が重要であるかが分かる。法人税と個人所得税の大幅減税に加えて、法人税と所得税の税率を同一水準にまで引き下げた。米国はそもそも国営企業がほとんど存在してこなかったから民営化は必要ない。

 税率の引き下げ自体は、国内への投資意欲をもたらした。特に所得税の最高税率を50%から35%の下げたことは、富裕層の投資マインドを刺激した。せっ かく稼いでも税金で半分以上を持っていかれるシステムの下では、どんなに金融市場を改革してもそれだけでマネーマーケットに金は集まらない。開放的な金融 市場を形成してきたニューヨークではビッグバンすら必要ではなかった。そう考えると欧米の金融市場の改革の核心は実は税制改革にあったのだということが分 かるはずだ。

 政府が改革の必要性を訴える時、必ず喧伝(けんでん)されるのが「国際的整合性」だ。消費税導入で大蔵省は「直接税中心から間接税重視の動きは国際的な 流れ」と主張した。しかし、財政負担が大きくなり、個人所得税の税率アップを図ってきたのが限界に達した結果、編み出されたのがヨーロッパの付加価値税 (消費税)であって、消費税の導入は決して流行なのではない。

 財源難から各国が実施した制度を「国際的潮流」と喧伝する大蔵省の不見識と、例えばどう考えても国際的にみて主流だとは思えない源泉徴収制度の存続にはだんまりを決め込む同省の狡猾(こうかつ)さに国民はもっと目を配らせる必要があったはずだ。

 企業活動のボーダーレス化がますます進む中で、国内の制度を国際的に整合性のあるものに改革していくことは避けられない。

 いま世界で進行しているのは「クイック・デシジョン」と「ドラスチック・プラクティス」であり、一つの改革を三年も五年もかけて改革する時代ではない。

 日本の旧来の改革は五年、10年を一つの単位として推し進められてきた。石油ショックから脱却するための構造改善事業は設備削減や共同販売などいわばカルテルを国家的に容認する10年単位の事業だった。

 10年で足らなかったからこれをもう1回ロールオーバーした。構造改善事業を終えるのに計20年の年月が流れた。その間に英国でビッグバンが起き米国でレーガン税制が実施され、欧米の諸制度は一変した。

 日本社会がこれまで得意としてきた「ソフト・ランディング」方式は国際的にみて非常識な手法に映るはずだ。改革には犠牲が伴うのは古今東西を通じて当た り前の話だが、いまや時間をかけた改革の方が社会に対する犠牲が大きいとの認識が強い。改革は一刀両断に実施するのが国際的潮流なのだ。(了)

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このページは、伴 武澄が1997年6月10日 23:11に書いたブログ記事です。

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