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12月9日(金)夜学会のテーマは
「依岡省三とサラワク国」
場所は、はりまや橋商店街、魚の棚前の空き店舗です。

霞山会の雑誌「Think Asia」の原稿を書いている最中、現在のマレーシア・サラワク州に100年前、白人のラジャーがいたことが分かった。そこで唯一、外国人として投資を許された日本人がいたことも分かった。その日本人こそが高知県出身の依岡省三だった。南洋開発が日本の生きる道と信じ、鈴木商店の金子直吉を通じて日沙商会を設立、ゴム園と石炭採掘を生業とした。高知県は自由民権家の森小弁がトラック島に渡り、東京芸大出身の土方久功がパラオに住み、パラオ神話を初めて文字に残した。土佐が生んだ南洋三人衆ともいえよう。土佐人に残る南洋の血がなせる業なのかもしれないと考えればロマンチックは気持ちにさせられる。今夜は土佐がかけた南洋への夢を見たいと思う。

Emilio_Aguinaldo_(ca._1898).jpgエミリオ・アギナルド(1869 - 1964)フィリピンのスペイン統治時代に革命軍を組織し、米西戦争後は日本の協力を受けて反米闘争を続け、1898年、フィリピン共和国を宣言し、初代大統領に就任した。しかし、独立の英雄の一人ながら、その後にアメリカに降伏するなど毀誉褒貶の生涯を過ごした。
マニラ南西のカビテ州のカウイト町長の子として生まれ、豊かな幼少期を送り、25歳にして町長を引き継いだ。1890年代に誕生した秘密組織カティプナンに参加し、カティプナン党を中心とした独立のための武力闘争が始まり、その中で頭角を現わした。一時はカビテ州を武力解放するなどスペイン側に攻勢をかけた時期もあったが、スペインの増軍によって山岳地に入ってのゲリラ活動が続いた。
Ho_Chi_Minh.jpgホー・チ・ミン(胡志明1890-1969)ホーおじさんと慕われたベトナム独立運動の指導者。主にコミンテルンの元で海外から民族解放運動を指導していたが、1941年、ハノイに戻り、日本が第二次大戦で敗戦した政治空白を利用、民主勢力を糾合して1945年9月2日、独立を宣言した。しかし、フランスの植民地支配の復活とアメリカの関与によって30年の独立戦争を余儀なくされた。1975年のアメリカ軍の撤退のよる南北統一を待たずに亡くなった。

 ベトナム中部のゲアン省で貧しい儒学者の子として生まれた。本名はグエン・シン・クン(阮生恭)。父親の影響で漢籍を学び、日本に学べの「東遊運動」(トンズー)を起こしたファン・ボイ・チャウが父親の所によく遊びにきていたという。21歳の時、フランス船のコック見習いとして国外に脱出。船員やコックとして生きたが、1917年のロシア革命に影響を得てパリに渡り、グエン・アイ・クォック(阮愛国)の名で独立運動家として頭角を現した。第一次大戦後のパリ講和会議では植民地ベトナム人のフランス人と同様の基本的人権を要求する嘆願書を提出し、1921年、フランス共産党が成立するとともに共産党員となった。
uchimurakanzo.png内山完造(1885-1959)戦前、上海の租界に内山書店を開いて、大繁盛し、魯迅など中国の知識人との交流を深めただけでなく、日本の言論人と中国人を結びつけた歴史的功績は小さくない。たぶん、中国で最も尊敬される数少ない日本人の一人といっていい。

 現在の岡山県井原市に生まれ、12歳の時に大阪に丁稚として働き、後に京都の商家で働いていた時、牧野虎次(後の同志社総長)という牧師と出会い、28歳で大学目薬参天堂の上海販売員として中国に渡る。大陸への関心が高かったようで「血湧き肉躍る」思いだったそうだ。当時の目薬販売員は商品を担いで廻る必要があった。内山は上海から揚子江を遡り流域に販売網を築くだけでなく、当時としては珍しく庶民の目線から中国社会を見つめた。
zhouzuoren.jpg周作人(1885-1967)文豪、魯迅の弟。日本に留学、日本文学に傾倒し、陳独秀らが創設した雑誌「新青年」の中核メンバーとして自ら創作する一方、日本始め海外文学の翻訳、文芸評論家として名をなすが、日中戦争後も北京にとどまり、日本側に協力したことから、解放後は対日協力者「漢奸」として逮捕された。その後、出獄したものの、名誉を回復することなく不遇の中で死去する。

 浙江省紹興の旧家に生まれ、南京の江南水師学堂を経て、1906年から日本留学。立教大学では英文学とギリシャ古典文学を学び、西洋の文芸思想から個人主義と人道主義の影響を強く受けた。1905年、東京で孫文らによる中国革命同盟会が発足し、魯迅とともに大いに刺激を受ける。

 1911年に帰国するが、辛亥革命が起きて、清朝は崩壊。周作人は浙江軍政府の教育司や省立中学の英語教師などで生活を支えながら創作活動を開始する。文壇で頭角を現わすのは五・四新文化運動の最中。
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12月2日(金)夜学会のテーマは
「ビール課税の不穏当な動き」
場所は、はりまや橋商店街、魚の棚前の空き店舗です。

表はビール課税の国際比較だ。歴然としているのは高いこと。
政府は現在あるビール、発泡酒、第三のビールの税率を一本化しようとしている。ビール消費の減少に加えて、発泡酒や第三のビールへの移行によってビール類からの税収減をなんとか食い止めようと一本化を図ろうとしているのだが、そもそも発泡酒や第三のビールが登場したのは単にビールの税金が高すぎた結果なのである。ビール類の課税を国際水準に引き下げるならともかく、一本化したところで何の解決策にもならない。前々回話した通り、日本では長年「減税」というものがない。高齢化社会に向かって国民負担が増えていくのは仕方ないにしても、どこかで国民が喜ぶような政策が必要なのに、一向に国民の気持ちが分からないのだ。

Yi_Un.jpg李垠(1897-1970)大韓帝国最後の皇太子。称号は英親王。李王朝の高宗の第7子として生まれ、純宗の時、皇太子となるが、10歳の時に日本留学。日韓併合で李王朝がなくなり、終戦で独立後も王制は復活せず、失意のうちに死去した。赤坂プリンスホテル旧館は李垠殿下の住まいだったものを、実業家の堤康次郎が戦後に買収し、殿下にあやかってホテル名にプリンスをつけた。

日本留学は1907年。伊藤博文の建議によるもので、すでに日本は朝鮮を併合する考えであったため、皇太子を日本の皇族として育てることとなった。学習院、陸軍幼年学校、陸軍士官学校で教育を受け、1920年には梨本宮方子様と結婚、二人の男児をもうけた。政略結婚であったとはいえ、方子様は李垠につかえ夫妻円満だったようだ。長男李晋が誕生した時、日本のマスコミはこぞって「日朝融和のシンボル」として大きく取り上げた。
日本は日韓併合後も、李朝王室を廃止することはなく、引き続き昌徳宮は王室の住まいとしてあり続けた。しかし、韓国側からみれば、李王朝の皇太子が日本化することは耐えられない屈辱だったはずだ。

11月25日(金)夜学会のテーマは
「あなたの今週のニュースは?」
場所は、はりまや橋商店街、魚の棚前の空き店舗です。

今週は趣向を変えて、あなたにとっての今週のニュースをテーマに考えたい。個人的には「ひばり食堂での出来事」「母親の退院」がニュース。高知県にとっては黒潮町での津波高校生サミット。日本にとっては「113円の円高」。世界的にはトランプ次期アメリカ大統領が改めて「TTP離脱」を宣言したこと。そんな風に考える。こうして1週間の出来事を頭の中で整理することは頭の体操となる。何より、その出来事を思い出すことによって頭の中に定着することもできる。これから夜学会では「あなたのニュース・タイム」を設けて、相互に頭の活性化を図りたいと思う。

11月18日(金)夜学会のテーマは
「前の減税って、いつだっけ」
場所はいつもの通り、はりまや橋商店街イベント広場です。

1990年代にはバブル崩壊後の景気対策として大規模な特別減税が実施されてきた。1994年の2兆円におよぶ定率減税に始まり、1997年の景気後退に対する経済対策として実施された定率減税等、大規模な所得税減税が実施されてきた。

それから、約20年、日本は所得税の課税ベースの拡大などに伴う増税オンパレード。

景気をうんうんする時、かつては必ず減税が言われたのに、安倍政権以降は日銀による低金利・資金供給ばかりに委ねられている。ここらで根本に戻って「減税」も選択肢に入れてもいい時期にきているのではないだろうか。

11月11日(金)夜学会のテーマは
「トランプ勝利、吉と出るか凶とでるか」
場所はいつもの通り、はりまや橋商店街イベント広場です。

11月8日のアメリカ大統領選挙で、トランプ氏が大方の予想を裏切って勝利した。オバマ大統領は核兵器の廃絶を訴えノーベル賞まで受賞したが、アメリカは何も変わらなかった。アメリカのエスタブリッシュメントのために尽くし、Yes we can!は大嘘だった。トランプ氏はTPP離脱を訴え、世界の警察官であることを辞めると言い出しているが、果たして世界はどう動くのか。
日本にとって、親権者であるアメリカから親離れをしろと言っているトランプ氏の登場は、まさに自立の大きなチャンスではないか。安倍晋三首相の持論である「日本を取り戻す」絶好のチャンスではないか。僕はそう考えるが、どうだろうか! 時の状勢に一喜一憂する株式市場や為替市場の動きなどはどうでもいい。11日夜は久々の白熱授業としたい。

11月4日(金)夜学会のテーマは
「自民改憲案を考える」
場所はいつもの通り、はりまや橋商店街イベント広場です。

11月3日は日本国憲法発布75年を迎えた日であった。各地で憲法を考えるイベントが催された。夜学会も今一度憲法について考えたい。不断、我々は何気なく多くの文章に接しているが、実はその文章に潜む幾多のカラクリを見逃している場合が多い。例えば、日本国憲法の主語が「日本国国民」であるのに対して、自民党の改憲案では「日本国」となっている。前者に「義務」は少ないが、後者では多くの「義務」を国民に課している。それだけ見ても、自民党改憲案は「憲法」の名に値しないことが分かる。アメリカ合衆国憲法は当然ながら、主語が「People」である。来週はアメリカ大統領選がある。大統領の意味を考えながら、我々の憲法について考え直したい。


場所はいつもの通り、はりまや橋商店街イベント広場です。

11月3日は日本国憲法発布75年を迎えた日であった。各地で憲法を考えるイベントが催された。夜学会も今一度憲法について考えたい。不断、我々は何気なく多くの文章に接しているが、実はその文章に潜む幾多のカラクリを見逃している場合が多い。例えば、日本国憲法の主語が「日本国国民」であるのに対して、自民党の改憲案では「日本国」となっている。前者に「義務」は少ないが、後者では多くの「義務」を国民に課している。それだけ見ても、自民党改憲案は「憲法」の名に値しないことが分かる。アメリカ合衆国憲法は当然ながら、主語が「People」である。来週はアメリカ大統領選がある。大統領の意味を考えながら、我々の憲法について考え直したい。

10月15日、石川県白山市の行善寺で社会福祉法人、仏子園本部の開所式があり、石川県に行ってきた。日本のどこにもないだろうという保育園で子どもたちが足踏みゴーカートを乗り回していた。真ん中の庭には大きな木が植えてあり、子どもたちが木登りに余念がない。この保育園では「子どもがけがをすること」を親に認めさせている。滑り台は三人が同時に滑ることができるほど幅を広くしてある。 何を隠そう、この保育園は障害者施設を併設している。知的障害者の中には「待つ」ことが理解できない子どももいるから、そんな滑り台になっていることに合点がいった。

10月21日(金)夜学会のテーマは
「仏子園の挑戦」
場所はいつもの通り、はりまや橋商店街イベント広場です。

石川県には雄谷良成さんのつくった社会福祉法人「仏子園」があり、その運営に全国の注目を集めている。雄谷さんの本職は住職。青年海外協力隊でドミニカ共和国に行き、帰国後、北国新聞に務めた。雄谷さんの福祉の原点にあるのは、お寺で一緒に育てられた障害者だ。子どものころから障害者と一緒だったから、障害者を「隔離」するのではなく、健常者と「共生」することが自然だと考えている。福祉事業はもちろん障害者から始まったが、いまでは高齢者も含めて、学生は外国人と一緒に暮らす町づくりに発展している。一昨年開所した「シェア金沢」は高齢者住宅を核に「ごちゃまぜ」の暮らしを提案した「町」で、県外から多くの高齢者が住み着いており、政府が主導する「地方創生」事業の持てる地区になっている。

10月7日(金)夜学会のテーマは
「フィリピン大統領ドゥテルテ」
場所はいつもの通り、はりまや橋商店街イベント広場です。
時間は午後7時から。

フィリピンのロドリゴ・ドゥテルテ大統領が今、世界の関心を引き付けている。米国のオバマ大統領に対する侮辱発言、超法規的な処刑もいとわぬ「麻薬撲滅戦争」を始めるなど、スキャンダラスな人物としてとらえられているが、国内の支持率は8割超と圧倒的だ。ドゥテルテは、既得権益の集積で凝り固まったフィリピン国家の非効率で腐敗した構造を、断固たる姿勢で破壊しようとしている。規制の数だけ賄賂を求める役所の腐敗、故障ばかりの高架鉄道、5カ月ごとにクビを切られる短期契約雇用の横行、警察と犯罪集団がグルになった麻薬ビジネスの蔓延......。腐敗したシステムに対する怒りと不満が人々にドゥテルテの鉄拳を渇望させた。

9月23日(金)夜学会のテーマは
「熊野に見えるもの」
場所はいつもの通り、はりまや橋商店街イベント広場です。
時間は午後7時から。

 90年代後半の数年間、京都に住みながら大阪に通うというぜいたくな暮らしをさせてもらい、古都を楽しんだ。寺院仏閣を含めて京都という空間に身を置いて、紐解く歴史がおもしろかった。

 同じような気分で三重県にやってきた。違うのは京都では歴史が目に見えるものだったが、三重の場合、歴史が神話の世界にまで飛んでいくということだった。

 最初に取り組んだ伊勢神宮については、いまだになぜこの地に天皇のご先祖さまである天照大神が鎮座ましましているのか分からない。

 神さまというのはご先祖さまをまつることだと祖母から聞いている。それぞれの家にそれぞれの神さまがいるというのが、日本なのだと考えてきた。明治時代に天皇が再び政治の最前線に立たされ、天皇はご先祖を含めてより神格化された。江戸時代、だまっていても伊勢参りがはやっていた。親しみを込めてこそ「お伊勢さん」と呼ばれたのだ。

9月9日の夜学会のテーマは
「田内千鶴子と日韓問題」
場所はいつもの通り、はりまや橋商店街イベント広場です。
時間は午後7時から。

 8月末、高知市で韓日文化キャラバン・高知全羅南道デーが在日韓国大使館主催で開かれた。内容は踊りや歌など多彩だったが、中心は田内千鶴子だった。木浦(もっぽ)で3000人の孤児を育て、木浦の母と韓国人から慕われた高知出身の女性である。

 日韓関係が今のままでいいとは誰も考えていない。領土問題に加えて慰安婦問題など韓国から反日の声が上がれば上がるほど、日本でも嫌韓気運が高まる。今回のキャラバンは日韓の地方同士の交流を深める目的で第一弾が高知市で開催されたことは嬉しいことである。

 今回のイベントは異例である。過去の人のつながりから日韓関係を打開しようとする韓国政府の姿勢を強くにじませたイベントであったからだ。将来の日韓融和が高知の地から始まるのだとすれば、なおさら高知県民は韓国側が投げかけたイベントの意味を重く受け止めなければならないと思う。

本日9月2日(金)夜学会を開催します。
テーマは「築地市場移転問題」
場所はいつもの通り、はりまや橋商店街イベント広場です。
時間は午後7時から。

新しく都知事になった小池百合子知事は、今年に豊洲への移転が決まっていた築地市場問題に突如待ったをかけた。築地市場は90年代からほぼ20年にわたる東京都の懸案だが、移転問題は二転三転してきた経緯がある。移転先の豊洲の土壌汚染、大幅な経費増大だけでなく、築地跡地の再開発もからんで、駆け引きが続いている。小池知事による移転延期発言に戸惑いをみせる都民も多かろうと思う。単に移転を延期するだけなのか、はたまた移転を中止することもありうるのか。情報公開を旗印に都知事に当選しただけあって、後に引けないはずだ。決断の背景に何があるのか、考えてみたい。

toyamamituru.jpg頭山 満(1855 - 944年)明治から昭和前期にかけて活動したアジア主義者。玄洋社の総帥。朝鮮の金玉均、中国の孫文、インドのラス・ビハリ・ボース、ベトナムのファン・ボイ・チャウなどアジアの民族主義者・独立運動家を支援し、大きな信頼を得た。

 幕末、福岡藩士・筒井亀策の三男として福岡市で生まれ、母方の頭山家を継ぎ、頭山姓を名乗る。16歳の時、福岡藩の勤皇派の流れを汲む興志塾(高場塾)に学び、進藤喜平太、箱田六輔ら後の玄洋社の創設メンバーと出会う。1876年の秋月の乱、萩の乱では旧藩士らとともに蜂起し投獄される。西南戦争後、開墾社を創設し、自給自足の生活を送りながら、自由民権運動の中心地だった高知に渡り、立志社の運動家と交流する。1878年、福岡で向陽社(翌年玄洋社)を結成し、福岡の豪商たちの支援を受けて向陽義塾を開校した。

本日7月22日(金)のテーマは「地域の介護」

医療もそうだが、介護保険もまたナリワイとなっている。高齢化と裏腹に表面化しているのが、高齢者のお世話。今や高齢者を世話しているのが高齢者などとい うことは日常化している。介護保険のおかげで、一割負担で高齢者の世話をしてくれるようになっているが、お世話をしてくれる人々への負担が増えたことで、 その一割も二割にしようなどという議論が起きている。制度が始まったころには月額5000円内外だった介護保険も1万円内外になってきている。問題は高齢 者側にあるのではない。介護制度がナリワイになっていることに大きな原因がある。市民の立場から、もう一度、介護制度を考えたい。それより、市民自らがよ りよい介護制度を考え発信する時が来ている。今週の主張は、どうせナリワイなら、介護サービスを業者からわれわれ町内会に取り戻し、私たち町内会のナリワ イにしてしまおうということである。

先週は豪雨の中「参院選の求めるもの」をテーマに開催しました。
今週は「地方首長の任期」をテーマに議論を進めます。
いつものように午後7時から、はりまや橋商店街のイベント広場で開催します。

「余人をもって代えがたい」なんてこともありますが、万が一その首長が不慮の事故で執務不能になることもあります。そうしたら、誰かが代役を務めなければならない。そのためにも次世代の配役を育てていかなければならない。長期にわたって政権を担うということは、ある意味で次世代の成長を阻むことにもなる。

「地方首長の任期」の意味するところは「政治のバトンタッチ」でもあります。官僚は長くても地位にあるのは2年程度です。民間企業の社長は創業者でないかぎり「二期四年」といわれています。それに対して、首長は一期がすでに4年です。
かつて、3期目の知事選でまだ「改革」を掲げた人がいました。2期8年でできなかったことが3期目になってできるはずがありません。

みなさんの参加を期待しています。

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