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アフガニスタン昨今−奇妙なフィルターについて

2010年09月08日(水)
ドイツ在住ジャーナリスト 美濃口 坦
 7月26日月曜日から米軍のアフガニスタンでの軍事行動についての9万点の機密情報が「ウィキリークス」(http://wikileaks.org/wiki/Wikileaks)で公開されている。また1万5千点が近々追加されるといわれている。こんな大量の軍機密書類を読むことができるのは前代未聞である。ウィキリークス創立者・ジュリアン・アサンジェは「今回の情報公開が世論を変える」と期待する。でもすぐにそうならないかもしれない。
 
 その第一の理由は、事件中心で動くメディアにとって情報リークは事件で書くに値するが、見られるようになった資料を活用するのは苦手である。第二の理由は、アフガニスタンついて論じる人々の頭の中にフィルターがあって事実も一定の方向にしか理解されない。今からこのフィルター現象について説明する。

 異文化は「白紙扱い」

 フィルター効果をひきおこすのは、ひとことでいえば、冷戦終了が「西側の勝利」とか「歴史の終焉」として喧伝されているうちに、また欧州の統合とともに強まった欧米中心主義である。この考え方は、人権や民主主義を「西欧的価値」として強調し、世界中の人々がこれらの価値を実現しようとはげんでいるだけでなく、その方向に進むのが「世界史の流れ」とみなす。

 地球上の住民が同一の目標をめざしていると、(欧米諸国のように)先頭を切っているか、(アフガニスタンのように)後ろのほうでのろのろしているか、といった相違ばかりが重要になる。別のいいかたをすれば、「西欧的価値」の実現が尺度になると、欧米圏外の社会は、欧米社会から異なっているかどうかという観点からしか論じられない。この結果地球上の各地域での歴史的また文化的な個々の事情など重要でなくなる。このような個別性無視がこのフィルター現象である。

 個別性の無視という点で、この冷戦終了後の欧米中心主義は、19世紀にアジア・アフリカを「白紙扱い」し、欧米諸国だけで勝手に線引きして自国領土にした植民地主義に共通する。当時と異なるのは人権を旗印にしている点で、「落ちこぼれ」住民の人権を守るという使命感が強く、軍事的介入も「人道的介入」とか「国際的貢献」とか美化される。介入にあたって経済的動機が挙げられても、それは介入の決断を合理的に説明しようとする試みに過ぎず、人々に介入の決断をさせ、それに賛成させるのはフィルター効果のほうである。

 2001年に北部同盟とNATOの連合軍によって倒されたタリバーンは厳格な回教の掟の順守を求め、また処刑を公開するなど、近代国家に慣れた人々に残酷で異様な政権であった。特に女子に対する学校教育禁止やブルカ強制は欧米で非難された。これらも、戦乱が長年続いた社会によくある「行き過ぎ」とか、また外部から理解できなくても何か意味があるとか、考えることもできたが、そうならなかった。それは、すでに述べた欧米中心的なフィルターが個別性に関心を向けさせないからである。

 戦争勃発後9年近くになる現在でも事情があまり変化していないことは、ニュース週刊誌・タイムに掲載された「私たちがアフガニスタンから撤退したらどうなるか」というカバーストーリーから察することができる。記事も、また鼻の欠けた女性の表紙も、厭戦気分に陥った欧米人の戦意を高揚させるためである。http://www.time.com/time/covers/0,16641,20100809,00.html

 フィルター作用で歴史的また文化的な個別性に無関心になることは、よくいえば時空を超越することであるが、下手すると時間や空間の識別能力を失うことになる。欧米人はタリバーンのブルカ強制にそれが自国社会で起こったかのように憤激する。これも、事件現場が頭の中で知らない間にアフガニスタンから欧米社会に移動しているからである。最近では(ブルカ撲滅運動がアフガニスタンで成果を挙げないことも手伝ってか、)多くの欧州諸国は自国内でブルカを禁ずる法律を制定しはじめている。

 少し前のカブール・国際会議で「タリバーン兵士社会復帰プログラム」のために基金が設置され、国際社会が5億ドルを払うことになった。計画では武器を捨てたタリバーン兵士に基金からお金が支払われて、アフガン国軍からもタリバーンからも虐待・差別をうけないように保護されるだけでなく、雇用の機会まで提供されるという。

 先進国の国内で実施されている薬物依存者対策を連想させるプログラムに欧米諸国が熱心になるのは、個別性に無関心にさせるフィルターでアフガニスタンを「白紙扱い」した結果、タリバーンも自国の薬物中毒者に置き換えて想像するしかないからだ。

 タリバーンが薬物中毒者なら、彼らの乱暴をとめるために警官が必要になると考えるようで、今各国が競って警官養成の予算を増大している。派遣された養成担当者が(自国内の警察学校入学者と異なり)アフガニスタン人警官志望者の識字能力欠如を難じるところをみると、警官として将来タリバーンと文通するケースが想定されているのかもしれない。

 失敗のアフガン化
 
 支配関係の確立こそ国家成立の要件であるが、戦争がはじまった2001年秋、タリバーン政権は長年続いた内戦状態を終息させて国土の90%以上を実効支配していた。この確立された支配関係を基盤にして秩序が、それは残虐で時代錯誤的であったかもしれないが、存在していた。この状態は、支配関係を確定するための内戦状態、アナーキーな無秩序とは異なる。

 こう考えると、2001年に米国にひきいられた国際社会がしたことは、隣国に逃げ込んでいた北部同盟指導者に息を吹きかえらせてタリバーンを駆逐して傀儡政権をつくることによって当時すでに成立しかかっていた国家をこわし、内戦を再開させたことになる。ところが、そんなことをした意識は欧米人に欠けている。だからこそ、自分でこわしたくせに「破綻国家」よばわりしたり、また内戦でも戦場へ行けば弾丸が飛んでくるのは当然であるのに開発途上国を訪れた観光客のように「治安が悪い」と不平をいったりする。

 自身の言動の奇妙さに気づかないのは、個別性無視のフィルターのためにアフガン社会と自分たち先進国との相違ばかりに関心を向けたままで遠国の現実とまじめにつきあう気など毛頭ないからだ。

 米オバマ政権は駐留米軍を3倍に増やして大攻勢をかけ、「タリバーン社会復帰プログラム」の対象にならない幹部を、無人機やミサイルなどで狙撃することによって、来年7月に予定された米軍の撤退開始を実現しよとする。他方ではタリバーンとの交渉が、また2014年までに国際治安支援部隊(ISAF)からアフガン政府への治安権限の移譲が予定されている。

 米国は、フィルター効果でアフガニスタンを「白紙扱い」した結果、昔したベトナム戦争を投影させて戦争をやめようとするしかないようだ。でも長引いてやる気をなくしたこと以外に二つの戦争のどこに共通点があるのだろうか。ベトナムでは相手を交渉のテーブルにつかせるために大規模な空爆をした。でも当時北ベトナム指導者は社会復帰できない「重症薬物中毒者」とみなされなかった。だから停戦交渉が成立したのではなかったのか。

 当時の「ベトナム化」が今回は「アフガン化」や「治安権限委譲」に相当するが、そのために警官だけでなく、アフガン国軍兵士が欧米諸国によって養成されている。でも彼らはなんのために戦うのだろう。タリバーンとの戦闘での彼らの死者数は欧米軍戦死者の3倍,4倍に及ぶ。ということは、アフガン人の兵士や警官こそ「防弾チョッキ」にさせられて「国際治安支援部隊」の兵士のための治安支援をする役割を演じていることにならないか。

 兵士であろうが、警官であろうが、教育担当者は兵舎の中での授業は大好きでも、町や村をパトロールする危険な実習には同行したがらないといわれる。今でも4人に1人の割合で脱走者が発生しているが、戦闘の激化とともにこの数も増大する。以上が、万能薬とされる「アフガン化」とか「治安権限委譲」の内実である。

 次にカブール会議では国際社会から直接非政府組織(NGO)に流れる巨額の援助資金の半分が今後アフガン政府の裁量で使われることが決定された。この措置は、地方に割拠する軍閥が長年「カブール市長」と軽蔑されてきたカルザイ政権を支持するようにするためである。これは、カルザイが腐敗を非難されていることを考えると奇妙であるが、撤退後も直ぐにこの政権が倒れないようにするためで、しばらくの間でも持ちこたえてくれれば、後はアフガン人がすることになる。こうして失敗のほうも「アフガン化」すると欧米諸国は面子を保つことできる。

 米国はカルザイの反対を押し切って村落や部族ごとに民兵を組織して武装させることにした。これはタリバーンと戦わせるためである。1989年に撤退したソ連軍もムジャヒディンに対抗するために同じことをした。その結果、親ソ政権は1992年まで続いたが、内戦が民族紛争の性格を帯びるようになったといわれる。その後の覇権争いの内戦でも、また2001年のタリバーン打倒戦争でも、ユーゴに似た「民族浄化」がみられた。

 国際治安支援部隊(ISAF)が撤退すると、ソ連軍が引き上げたときと同じように外国軍抜きの本格的な内戦がはじまる。今度は民族紛争的性格がさらに強まるかもしれない。

 多くの欧米諸国の歴史がしめすように、内戦をへて国家が成立したり、またその分裂が克服されたりする。また内戦は血生臭いもので、例えば米国の南北戦争の死者数はこの国がその後したどの対外戦争よりも多い。こう考えると、よその国の内戦に介入して、それを繰り返させることほど残酷な行為はないのではないのだろうか。

 美濃口さんにメール tan.minoguchi@netsurf.de

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