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失われた20年−バブル・メンタリティについて

2009年08月16日(日)
ドイツ在住ジャーナリスト 美濃口 坦
 オバマ米大統領は、「私はメルケル首相に好感をおぼえる。今まで多数の政府首脳と会って思ったのだが、彼女はほんとうに知的で、実用主義的思考の持ち主で、信頼できる」とのべると、横に立っているメルケル・ドイツ首相は一瞬困った顔をした。これは、最近ホワイトハウスであった米独首脳会談後の共同記者会見の場面だ。米大統領が独首相を絶賛するのは、会談前に両者の間がしっくりいっていないと報道されていたからである。

 米独間の不協和音は世界金融・経済危機の処理に関連する。先進国のなかには、米国を筆頭に過激な金融緩和策と大規模な財政出動を解決策と見なす国々と、それに懐疑的で国際金融規制強化を重視するユーロ圏諸国があり、メルケル首相は後者の代表格だ。日本はこの対立で米国の同調国であるだけでなく「ゼロ金利政策」や「量的緩和策」といった金融緩和政策は「バブル先進国」日本がはじめたことである。

 それでは、このような過激な金融緩和政策に賛成しない人はなぜそう考えるのだろうか。

 ■メルケル首相の批判
 
 昨年リーマン・ブラザーズ破綻直後、隣国オーストリア滞在中のメルケル首相は「これらの金融商品の多くは米国で売り出されてもっぱら米国人に利益をもたらした。ところが、損失のほうは世界中にばらまかれている」と憤慨した。ちなみに、ドイツの多くの銀行は「有毒添加物」使用・米金融商品の大顧客であったために、この国は深刻な金融危機にみまわれている。また2007年ドイツのハイリゲンダムG8首脳会談でメルケル首相は国際的金融の規制強化を進めようとしたが、米英両国によって反対された。このことを彼女は忘れていないといわれる。

 今年の三月から米英中央銀行の連邦準備制度理事会(FRB)やイングランド銀行は「量的緩和政策」を開始し、自国の国債を大量に購入している。メルケル首相は、六月のはじめに経済関係者を前にこの政策を批判しただけでなく、「欧州中央銀行(ECB)も国際的圧力に屈して担保付き債券(カバードボンド)を買い取ることになった、、、私たちは中央銀行の独立性を尊重する健全な金融政策に復帰するために力を合わさなければいけない。さもないと、10年後にまた同じことが起こる」と警告した。

 首相や大統領が他国の中央銀行を批判するのは異例なことで、この発言は物議をかもす。米FRBのベン・バーナンキ議長は、現在の危機に対する理解がメルケル首相に欠けているとし「米独を含めて世界中は金融危機によって実体経済も劇的に低下した。これ以上危機が深刻にならないためにも断固とした金融政策と財政政策をとらなければいけないというのが私の見解だ」と反論。欧州中央銀行ECBのほうはトリシェ総裁がメルケル首相に電話してFRBの「量的緩和策」と違うことを強調したという。

 ■量的緩和策

 メルケル首相だけでなく、FRBの金融政策に反対する人が少なくない。今多くの国で金融機構を安定させるために、いろいろなことがされている。例えば、信用収縮の対策として政府が銀行に保証を給与したり、自己資本率を高めるために優先株式を購入して部分的に国有化したり、またリスクのある債権を買い取らせるために「バッドバンク(悪い銀行)」を設立したりするが、そこでつかわれるのは公的資金で、最終的には納税者の負担でその責任が明確である。

 反対に、「信用緩和策」や「量的緩和策」のほうは、上記のケースとは質的に異なる。だからこそ2001年にこのタイプの政策をはじめた日本銀行は「非伝統的金融政策」と表現した。中央銀行が自国の金融機関からリスクある債権やまた国債を大量に買い取るとその代金が市場に流れ出し、流動性が供給される。でもこれは紙幣を増刷しているのと同じことにならないのか。事実そのように多数の人々は理解し、世界中のメディアは米国がとうとう「ドル紙幣印刷の輪転機に手をかけた」と騒ぐ。これは、浪費家の王様が金の含有量をへらして金貨を鋳造させたのと同じことで、昔なら一揆や反乱を正当化する事件だった。

 日本の中央銀行が「量的緩和策」をはじめたときには「紙幣を増刷している」という悪口はいわれなかった。それは、日本ではマスコミが「金利でなく、金融機関が日本銀行に保有している当座預金残高を指標にする政策に変更しただけ」という説明を受け入れて問題にしなかったからである。国際社会のほうでも、円が日本の通貨というイメージが強く、通貨価値の下落を意味しようが、財政赤字を増やそうが、負担するのは日本国民で、だから誰もあまり関心を払わなかった。
 
 ところが、ドルのほうは世界中のいろいろな国やまた無数の人々が使用し保有している機軸通貨で、そのために「米中央銀行FRBは財政ファイナンスのために国債を購入している」とか「インフレをおこして借金の目減りを意図している」とか、疑心暗鬼になる人が多い。これは自分で散々飲み食いをしてその勘定を「人類全体」に払わせるようなもので、納得できない国がでてきても当然である。

 ■デフレかインフレか

「信用緩和策」も「量的緩和策」もインフレが発生しないために市場から流動性が吸収されなければいけない。そのために中央銀行が買い取った債券や国債を逆に金融機関に売却するなど、その他いろいろな手段をとる必要がある。どの道をたどろうが、一度増大した貨幣流通量を少なくするのは簡単なことではない。

 現在の金融危機元凶のアラン・グリーンスパンが、6月29日付けの「ドイツ・ファイナンシャル・タイムズ(FTD)」にコラム・「バカ者、インフレじゃ」を寄稿した。その中でFRB前議長は、この数ヶ月間に世界中で株価が急速に上昇したので、今後米不動産価格が安定したら、危機脱出の目処がつくと指摘する。但し「この有利なシナリオが実現するために短期的にはデフレの危険、長期的にはインフレの危険が除去されなければいけない。現在供給過剰で物価は値下がり傾向だが、将来はインフレこそより大きな問題だと思う。膨張したバランスシートを、中央銀行が政治的圧力に押されてコントロールできない場合には、統計的には2012年頃にインフレになる」と警告した。

 米国はもともと貿易と財政の「双子の赤字」といわれる国である。今回の金融・経済危機で財政赤字が急速に増大。「政治的圧力」のために、バランスシートを膨張させる量的緩和策によって「ドル増刷」を続けるとドルがますます避けられ国債が売れにくくなる。その結果は自分で買う量的緩和策をやめるのが前よりむずかしくなるが、米国がこのような悪循環に陥ることは多くの人にとって心配の種である。

 「ドル・バブル」がはじけて暴落することは、国際社会全体にとっても破局的事態である。その破壊度は昨年のリーマン・ブラザーズ破綻の比ではない。そのために大多数の人々が望むのはドルのソフトランディングで、米国もこの事情を承知して居直っているところがないでもない。多くの国の政治家が米に「出口戦略」を要求したりインフレの心配を口にしたりするのも、ソフトランディング願望の表現である。

 巨額の米国債を抱えこんだ中国はドル機軸通貨体制・改革を提案している。欧州諸国がこの提案に好意的であるのも、ドル問題の穏便な解決をのぞむからである。日本から見えにくいかもしれないが、通貨のバスケット方式はユーロ導入まで実施されていたことでヨーロッパ人には馴染み深い方式である。

 ■株価の独り歩き

 去年の今頃青息吐息であった銀行が「最高益更新」とか、また自動車メーカーが「黒字に転換」とかいったニュースが定期的に流れると、世界各地で株価が「続伸」。こうして実現した「株価堅調」こそ、すでに引用したグリーンスパンのコラムによると「世界経済に暗い影を投げかけるデフレ圧を相殺する」力をもつものである。
 
 そのうちに「米中古住宅販売件数増大」という見出しが何度か躍り「住宅価格が底入れした」ことになる。こうしてグリーンスパンの描く危機脱出のための「有利なシナリオ」が実現するかもしれない。でもそうなったとしても、本当に問題が解決されたことになるのだろうか。この点について考えるためにコラムの別の箇所を引用する。

《私は、自分でもわかっているが、経済の教科書に書かれている以上に株価を重要視する。株価は私には単に世界中の経済活動の指標であるだけでない。株価こそ、経済活動に寄与する本質的な要因で、何よりもバランスシートを媒介にしてその力を発揮する。もちろん現実の経済循環は株式市場に作用するが、相場を動かすのは、高揚感と不安感の間を往来したがる、人間に生まれつき備わる性向である。相場の変動は経済的な出来事によって影響されるかもしれないが、それ以上に独自の原理にしたがう。私の経験では、しばしば未来の経済行動の前触れであるだけでなく、部分的にそれをひきおこす》

 この一節を読んでいると著者のグリーンスパンについて奇妙な疑いがわく。彼は株価が経済活動の指標であることを認めるが、この指標がなるべく正確に実体経済を反映するべきだとはあまり考えていないのではないのか。別の言い方をすれば、この人には株価が実体経済をある程度まで反映するような金融政策をとるべきだという発想が弱い。だから株価が現実の経済活動から独立して「独自の原理」で変動するだけでなく、積極的に「経済行動をひきおこす」ことを特に強調する。この疑いは、著者が株価の変動と「高揚感と不安感の間を往来したがる性向」とを連関づけていることによってますます強まる。というのは、株価が指標として正確に実体経済を反映して、出来の悪い会社の株価が低く、優良企業の株価が高いことになったら、当然過ぎて高揚感も不安感も体験できないことになるからだ。

 ちなみに、グリーンスパンのこの立場と正反対なのは、例えば大型機械の設計技師で、機械が設計通りに動くために、取り付けられた計測器が正確に値を表示することが重要である。もちろん経済指標の場合は複雑で、機械の計測器とは比較できないかもしれない。でも経済だからといって指標が実体と無関係に一人歩きするのは困ったことだと考えることができる。これは金融と実体経済の乖離であり、今回の金融危機に関連して国際社会で問題視されている点である。またここで見られる著者の株価至上主義こそ、冷戦終了後の欧米で「シェアホルダーバリュー」が経営評価の最重要基準になったことに対応するものだ。

 ■資産インフレ

 グリースパンは1987年から2006年までFRB議長をつとめたが、その長い任期の後半というべき1995年から2004年までの間に金融緩和策をとり、その結果米国内総生産のほうは67%、年平均5,9%しか上昇しなかったのに、マネーサプライ・M3は130%、年平均9,7%の割合で増加した。これはいうまでもなく金融と実体経済の乖離の一例である。このように実体経済の成長以上に通貨が流れこんでカネ余りになった状態こそ、オーストリア学派を代表する経済学者のルードヴィヒ・フォン・ミーゼス(1881年−1973年)の定義によるとインフレ以外のなにものでもない。

 このマネーサプライを尺度にするインフレ定義のほうが物価上昇を基準とする定義より、現在の状況を理解するのに役立つ。というのは、新しいインフレは、古典的なインフレとは異なり一般物価は上昇しない。余ったカネが集中豪雨的に土地や株などに投下される結果、その価格が異常な値上がりをしめす現象で、「資産インフレ」とよばれる。この事情は、1980年代後半のバブル経済を経験した日本国民には馴染み深いはずだ。

 国際決済銀行・前チーフエコノミストのウィリアム・ホワイトは、二〇世紀末から今まで世界各地で発生した金融危機を分析した結果、「物価が上がらないことは金融の安定の証拠にならず、資産価値の異常な高騰と過度な信用膨張を尺度にして」金融政策を考慮しなければいけないという結論に達して、2003年以来、物価が上昇しないことをよいことに金融緩和を続ける各国中央銀行を警告してきたという。

 今回の金融危機は、2001年ITバブルと「同時多発テロ」の後の各国中央銀行の超金融緩和に端を発する。米FRBは公定歩合を下げて、物価上昇を考慮すると実質金利はマイナスに転じていた。量的緩和政策を実施している日本は、円高を避けるためにドル買い・為替介入を実施し過剰流動性をひきおこした。その結果、円安とゼロ金利のためにだぶついたマネーが投機資金として日本から世界中に流れ出た。欧州中央銀行も緩和政策に転じて「資産価値の異常な高騰と過度な信用膨張」に拍車をかけることになった。

 この結果、だぶつきマネーの「雨雲」は大きくなり、別の場所で前より激しい集中豪雨をひきおこす。はじけたITバブルを、別のバブルを発生させることによって忘れてもらう。グリーンスパン式「解決」とは景気のいいニュースが流れているうちに株価が上昇し「高揚感」が「不安感」にとってかわって一件落着になることである。だからメルケル首相がいったように「10年後にまた同じことがおこるだけ」で、被害もその度ごとに巨額になるばかりだ。

 ■バブルを続けたい

 今度の金融危機に関して米国のエコノミストのあいだでは前世紀の「世界恐慌」を連想することが流行している。これは、昔の苦労の思い出にひたることによって現在の煩わしい問題を忘れることができるからである。例えば、当時はドルの通貨危機もなかったので、自国通貨が賭博場のチップになったことも考えないですむ。

 アンナ・シュワルツはミルトン・フリードマンといっしょに「米国の通貨史」という本を出した経済学者で「大恐慌」について詳しい人である。その彼女が、2008年10月18日付けのウォールストリート・ジャーナルのなかで、「大恐慌を二度とおこしてはいけない」といって称して流動性供給の拡大にはげむベン・バーナンキFRB議長を批判している。

 彼女によると、大恐慌のときにFRBは流動性の供給をおこたるという失敗をした。ところが、現在の信用市場の機能不全は流動性が欠けているからでなく、借り手の返済能力に確信をもてなくなったことがその理由である。ということは、バーナンキ議長は、現在の問題が大恐慌時と違うことを無視して、当時とるべきだった手段・流動性供給によって解決しようとしていることになり、だからこそ上記の記事は「バーナンキはこの前の戦争を戦っている」という皮肉なタイトルになる。

 多くの人は、もっと直感的に判断してゼロ金利や量的緩和策を奇妙に感じる。超金融緩和のだぶつきマネーの局所限定集中豪雨で資産インフレが起こった。このバブルがはじけたので、その対策として流動性供給を拡大してマネーでだぶつかせるとしたら、これは、ウォッカを飲み過ぎて二日酔いを患う人にウォッカのラッパ飲みをすすめるようなものではないのだろうか。

 異常に高騰していた株や不動産の価格が下がるのも、また信用が収縮するのも、金融と実体経済の乖離が修正されることで、どこか当然で、リンゴが引力の法則で地面に落ちるのに似ている。このあたりまえのことを「デフレ」と称して阻止しようとする。そのために流動性供給を拡大するのは、高騰した値段に戻そうとすることにならないか。とすると、これはバブルを繰り返そうとしていることになる。またこの点がピンとこないとしたら、それはバブル・メンタリティが高じて、株や不動産の価格が実体経済から離れて独り歩きしていることに抵抗感がなくなっているからだ。
 
 このような事情から、ゼロ金利や量的緩和に懐疑的な経済学者は少なくない。例えば、テュービンゲン大学教授ヨアヒム・シュターバッティもその一人である。彼の見解では、取り付け騒ぎを阻止して金融制度を崩壊させないようにしたり、また経済全体に貨幣が流通するようにしたりすることは、中央銀行の重要な課題である。ところが、彼は(ハイエクやシュンペーターを援用して)市場原理の立場から、マネー垂れ流しの超金融緩和政策にも、また財政出動にも断固反対する。というのは、このような政策によって、バブルという「過剰投資」よって生まれた無駄な構造や不均衡が是正されないで、社会が硬直してしまうからである。彼は、「バブルがはじけから18年たっても極端な緩和政策から脱出できずに、巨大な財政赤字をつくった日本」を、その例として挙げる。

 シュターバッティが講演の中でこう発言したのは二年近く前の2007年のことで、「失われた20年」も遠い先のことではない。1990年代の前半日本のバブルは新しい現象で、その対処に困ったことは誰にでも理解できる。でもその後いろいろなことがわかってきたのではないのか。利点もはっきりしない政策を、一度はじめたからという理由から延々と続け、自国預金者に超低利子を強いるだけでなく、世界中の投機家に安価な資金を提供して重宝がられるなんて、かなり理解に苦しむ話ではないのだろうか。

 参考文献

グリーンスパンのコラムは、 
http://www.ftd.de/meinung/kommentare/
:Alan-Greenspan-Es-ist-die-Inflation-Dummkopf/533320.html

ウィリアム・ホワイト国際決済銀行前チーフエコノミストの見解については、
http://www.fazfinance.net/Aktuell/
Niedrige-Inflationsraten-keine-Garantie-fuer-Finanzstabilitaet-5152.faz
2009年6月9日の「シュピーゲル」誌にホワイトについて「知り過ぎた男」という詳細な記事が掲載されている。

アンナ・シュワルツは、
http://online.wsj.com/article/SB122428279231046053.html

ヨアヒム・シュターバッティの講演「ハイエクとバブル・エコノミー」は、
http://hayek.genesisware.de/images/pdf/starbatty_vortrag_12_2007.pdf

 美濃口さんにメール mailto:Tan.Minoguchi@munich.netsurf.de
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