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ルーの花嫁(9)
チチカカ湖における伝統的コミュニティーとツーリズム


2009年02月12日(木)
萬晩報通信員 立田 潤一郎
標高3830mに位置するチチカカ湖の畔にあるプノには、その日の午後に到着した。このプノはボリビア国境から近い人口10万人ほどの町である。私たちは高山病気味になり、ホテルに到着してから、地元の人たちが飲むお茶や薬局でもらった薬を飲み、暫く休んでいた。

私は幾分よくなってから、メルカドにアルパカの毛織物を見に出かけた。このメルカドには数多くの露天が立ち並び、アルパカ製のセーターや帽子などが売られていた。それらの材質は全般的によく、若者が街中で着ていそうなものもあった。

私たちは翌日、チチカカ湖に浮かぶウロス族が住む浮島やタキーレ島を訪れることにした。

ウロス族は、インカ帝国による征服事業から逃れるため、チチカカ湖に自然に生えているトトラ葦を編むことで小さな島を作り、住み始めたといわれている。彼らはかつて湖で魚や鳥を狩猟し、トトラ葦からパンを作り生活していたが、数世紀にわたり、生活状況を改善するための術を有していなかったことから、プノなどの都市に移住した者も少なくなかったようだ。彼らの母語はアイマラ語であるが、ケチュア語を話す他族との結婚を通じて、ケチュア語も流暢に話す。

幾つかの島を訪ねたが、近年はツーリズムが彼らの現金収入の糧となっている。彼らが作った手工芸品はトトラ葦上に敷かれた布の上に並べられ、島の女性たちにより販売されていた。これらの商品は、現在のところ、決して洗練されているとはいえず、品質のよい手工芸品を産するタキーレ島のものとは異なる。リマやアレキパに住む人たちが日常品として購入するとは考えにくいが、ここを訪問した旅行者なら記念品として購入するかもしれない。

私たちは、プノから35km離れた地点に位置するタキーレ島にも訪問した。アンデスの言い伝えによると、インカ帝国の皇帝達がチチカカ湖に出現して以来、この島にケチュア語を話す人たちが住み始めたといわれている。彼らが生産する良質の手織物は、ペルーでよく知られており、旅行者のみならず、ペルー国内の都市部に居住する人たちも需要の対象となるかもしれないものである。

この島は現在でもプノや他の諸都市からの影響が小さく、彼らの伝統的な習慣を現在でも色濃く残している。それには幾つかの理由があるように思われる。その一つは、それはアマンタニ島などを除き、周囲の島々の多くには、アイマラ語を話す部族が居住していることを背景として、彼らがタキーレ島に住む者同士で結婚するケースが多いことである。もう一つは、この島では集団生産主義に基づいた社会制度が運用されている点である。この島の人たちもツーリズムを実施しているが、コミュニティーにより管理される形で、島に到る交通手段、レストランやホームステイサービスが旅行者に提供されているのだ。

このように市場経済の波が伝統的コミュニティーに押し寄せ、彼らはそれへの対応に迫られているのであろう。一般的に、市場経済化は、良かれ悪かれ不可逆的な変化であることが多く、一度、市場経済という波に打ち寄せられた伝統的コミュニティーは、それにより解体させられるか、構成員が帰属意識を保ちつつそれに対応するかという選択に迫られるのではなかろうか。

私は、そのようなことを考えながら、この地を歩いていた。

 立田潤一郎にメール junichiro1997@gmail.com

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