ペルーでは、「結婚式」というと2種類ある。
一つは日本での入籍に相当する自治体での入籍の際に執り行うセレモニー、いわゆるCivil
Marriageである。このCivil Marriageは、民法上、婚姻状態になることに相当し、彼女が言うには「どちらかというと男性にとって意味をもつ。」ことになる。このCivil
Marriageで興味深いのは、結婚前に約1週間、婚姻予定のカップルの名前が新聞に掲示され、異議申し立てがなければ婚姻可能となるシステムが採用されていることである。これは、彼女が言うには「重婚を未然に防ぐため」なのだ。また、日本人以上に遥かに自由恋愛を謳歌しているペルー人男性諸氏の間では、ガールフレンドが複数いても不思議ではないようだ。こういうときにある一人のガールフレンドと婚姻した後に生じる紛争を予め防ぐ効果もあるのだろう。
もう一つはカトリック教会で執り行うCatholic Marriageである。このCatholic
Marriageは必ずしも全てのカップルが行うわけではないが、彼女が言うには「カトリック教徒の彼女やファミリアにとっては、非常に大きな意味をもつ」。
というわけで、私たちも含めて、ペルー人のカップルには、別に再婚していなくても、結婚記念日が2つあることが多い。
こうしたCivil MarriageとCatholic Marriageのためのセレモニー、披露宴の日取り、会場抑え等の調整、参列者や披露宴パーティ参加者への招待状の送付については、彼女及びファミリアが動いてくれていた。
私は、2008年4月上旬に再びリマに戻ってきていた。私は彼女の父のビクトル、母のナティ、愛犬のペルチンとは、空港に到着した後、迎えに来てくれていた彼女とメタボ気味な叔父のファウストとともに、彼女の家を訪問し、深夜の2時頃、初めて会うことになった。私は自己紹介を済ませ、その日はすぐに休むことになった。妹のナタリーは睡眠中であり、犬のペルチンはファニィーだった。思えば、彼女と初めてデートした時も、午後11時からであった。
私はCivil Marriageの前まで、彼女の家で住むことになった。彼女が大学のインターンのため、家を留守にしている時は、ビクトルとしばし外出したり、ペルー産の甘味のある赤ワインをもらったり、ナティのおいしいペルー家庭料理をご馳走になったり、ナタリーとDVDを見たり、ペルチンと戯れていた。
無論、彼女と健康診断を受けに行ったり、リマ市役所や教会には婚姻相手となる私の紹介と書類提出を兼ねて、幾度となく足を運んだり、セレモニーのための服装や靴を調達したり、婚姻のために指にはめる何かを見たりしていた。そういえば、私は彼女と知り合った日に、街角でCatholic
Marriageを偶然見ていた。その時、花嫁がエキサイティングしている様子が通りがかりの私にとっても手にとるようにわかり、不思議と今でも目に焼きついている。私はそんなことを思いながら、リマで準備を進めていたのだった。
立田潤一郎にメール junichiro1997@gmail.com
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