ペルーを訪問したのは2007年4月だった。4月下旬午後の成田発の便で、リマのJorge
Chavez空港にはその日の内に着いた。経由地のアトランタからリマに向かう便では、ペルー人が多くなり、機内の雰囲気はがらりと陽気になる。
リマ到着後、市内のホテルに予約を入れ、タクシーで向かった。到着したのは、午前2時前であった。タクシーの運転手は、私がタクシーから降りる際、やたらに、「窃盗が多く危ないから気をつけてくれ」と繰り返していた。実際、リマでは窃盗事件は日常茶飯事だ。外国人の旅行者やビジネスマンだけが気をつけているかというと、そうではない。リマでは、ペルー人も家の外を歩く時は、相当用心している。官庁が並ぶセントラルリマ、サン・ミゲールのショッピングモール、外国人が多く住む高級住宅地のミラフローレス等の表通りに限り、比較的安心して歩けるが、ブロックが一つ違えば、昼間でも窃盗を企てる者たちがうじゃうじゃいる。
それを取り締まる警察の数が足りないのである。またペルーではインフォーマルセクター等で働く不完全就業者が多く、雇用が十分に吸収されていない。十分な労働と報酬が確保されていないのである。ペルー人は、南米では比較的勤勉で我慢強いといわれているが、十分な就業機会と賃金が得られない状況が長らく続くと、彼らでさえ、より容易に金銭を獲得できる手段に訴えるようになるのであろう。
窃盗を企てる者たちは、どちらかといえば、2−3人のグループで、路上で老若男女を問わず、強盗紛いに窃盗をすることが多い。彼女が言うには、「窃盗グループは隣人のみを尊重するが、隣人以外は全て窃盗の対象とする」のである。
実際、私はこの時、セントラルリマから水がほとんど流れていない河Rio Rimacを渡って間もないブロックで、3人連れの15歳〜25歳ぐらいのグループに強盗にあいかけた。彼らは「兄ちゃん、いい天気だな。」と声をかけ、路上で窃盗を企てたわけだが、彼らには役割分担があるように思えた。脚を抑えようとする者、腕が動かないようにないように上半身を抑えようとする者、物を奪い取ろうとする者という具合だ。小規模ながら、役割分担がなされている点で、窃盗の常習犯であろう。彼らは窃盗が困難とみるや、即座に走り去っていた。
現場に落ちているものなどから、窃盗グループの特定は不可能ではなかろうが、ペルーではこうした窃盗事件があまりに多いため、全ての事件に対処しきれないのであろう。外国にはよく訪問しているが、強盗にあいかけたのは初めてであった。それも、少年が含まれているとは。
立田潤一郎にメール junichiro1997@gmail.com
|