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『出版巨人創業物語』とリベラルな出版ベンチャー

2006年01月19日(木)
萬晩報通信員 土屋 直
 師走の神戸三宮の街を元町まで歩き、途上淳久堂書店に立ち寄ると、書肆心水社という聞きなれない出版社から『出版巨人創業物語』という本が書棚に並んでいるのが見えた。

 最近、若者の読書離れが深刻化し、地下鉄の学習塾の広告にも「近年、国語力の低下が深刻です。国語力の涵養は数学・理科を学ぶ上でも欠かせません。当塾では読書を推奨します」という文句が書かれていたのを発見した。活字を読まないとはすなわち文化力の低下ではないかと考え、それでは日本の文化力を担ってきた先人のご苦労は如何ばかりのものであったのかと思い購入してみた。

本 の帯に「大物たちの無謀な事始め自伝」とある通り、新潮社佐藤義亮翁、講談社野間清治翁、岩波書店岩波茂雄翁の出版社の創業秘話が書かれている。

 新潮社の佐藤義亮翁は秀英舎(現大日本印刷)の最下級の職工から出版の理想に燃え、牛込区の間借りの六畳一間の片隅で「新声社」を創業した。

 講談社の野間清治翁は専門学校や私立大学で熱を帯びてきた弁論熱に関心を持ち、帝国大学生にしか聴講が許されていなかった大学における講演を一般庶民にもつたえたいとの思いから雑誌を創刊したが、最初はどこの出版社に雑誌を持っていっても出版を断られた。

 岩波書店の岩波茂雄翁は「教師を辞めて商人となるか」という時代の眼をはねのけて商売としての成功は著しく困難とされた古本の正札販売から始めた。

 いまや老舗の言論の巨大組織として知られる出版社の創業者も草創期は皆ベンチャーであったという当たり前の事実に改めて驚かされるとともに、出版業界とは市民が創業しても経営が成り立たないところである、という固定概念に侵食されている自分に気付かされた。それと同時に出版界とはエスタブリシュメントのみが幅を利かせる硬直化した、革新の乏しい世界であることに気が付かされた。

 ご存知の通り、出版界は長きにわたる不況の波に洗われている。問題の1つとして若者の活字離れもあるが、大手取次のネットワークと判断によって書籍の流通形態が決まってしまい、大手出版社の寡占状態が出版界の硬直化を招いていると考えられている。

「情報と金融はコインの裏表」と言われるが、グローバル化・情報革命によって金融の分野は激しい構造改革にさらされ、新しく生まれ変わったが、情報の分野においても情報の質を高めるための波が巻き起こってもよいのではなかろうか。

 いささか旧聞に属するが、2001年4月14日の「萬晩報」に萩原俊郎氏が「ソニー「エアボード」に新聞の未来を見た」というIT社会におけるメディアの在り方について論じた画期的なコラムを掲載されている。
http://www.yorozubp.com/0104/010414.htm

 技術的な話は萩原氏のコラムを読んでいただくこととして、4年前の記事を再認識していただくために、萩原氏の主張をそのまま引用させていただくと、IT化によって(1)正確かつ豊富な情報、鋭い批判や解説、足で取材した記事、論評的なコラムの需要が増す、(2)記者クラブの発表ものに惰眠をむさぼる媒体は、その能力がますます落ちてくる、(3)報道の公共性の重視、つまり政治的、経済的な中立性、公平性がますます問われる、(4)ネットを通じた双方向的な市民との対話を重視した紙面づくり、(5)ケーブルテレビなどのメディアとの連携が促進されると説いている。

 昨年もベンチャー企業の上場は153社、公募割れはわずかに3社と、第3のベンチャーの波は単なるブームの枠を超えて好調な推移を続けている。しかしながら、日本の文化力を世界的に発信するような企業は数少ない。

 IT社会における立派なインフラが整備されても、その道路を走るコンテンツがなければ、無駄な公共事業と同じ構図になってしまうのではなかろうか。ましてやITインフラは世界とつながっている。世界を走る道路にみすぼらしい日本の自動車を走らせることはできない。

 さらなる出版界の規制緩和、自由化のため、言論、出版界の巨大な牙城に果敢に挑戦し日本の文化力を高めるようなリベラルな出版ベンチャーの登場を願って本年の初夢とする。

□ 参考文献 ;
佐藤義亮、野間清治、岩波茂雄『出版巨人創業物語』 (書肆心水社)
賀川洋『出版再生』 (文化通信社)

 土屋さんにメール mailto:habermas@mx2.nisiq.net

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