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多角的視点が求められる日中関係

2005年04月20日(水)
アメリカン大学客員研究員 中野 有
 中国の反日デモが拡大している。「政冷経熱」と表現される日中関係も、反日デモの沈静化が見られない状況の中、株式をはじめ経済にも悪影響が出始めている。政治と経済の相互作用を改めて認識させられた。

 日中の歴史観の違いに端を発し、中国では、日本の歴史教科書、総理の靖国参拝、慰安婦問題、南京大虐殺、南沙諸島の領土問題、日本のナショナリズム、憲法問題など、日本への一連の不満が爆発している。これらの政治的現象は以前から噴出してきたが、今回は、念願の日本の国連常任理事国入りが重なり、この戦後60年の節目を簡単に先送りできない状況にある。

 1972年の日中国交正常化以来最大の困難に直面しており、また恐らく戦後、日本が経験したことのないターニングポイントを迎えていると考えられる。打開策はあるのか。日本海を挟む日中の温度差は、歴史的認識の相違や謝罪といった表層的な問題だけでは決着がつかず、互恵の精神に基づく本質的な日中に共通する「アジアの意思」を探求する必要がある。日中の共通の利益の合致点を見いだすためには、2国間の視点を超越した世界観の中で明確なビジョンを確立しなければいけない。また歴史的認識の違いを克服することにより発展の機運を生み出すことも不可能ではない。

 今回の反日デモの特徴を考えてみたい。子供の頃から徹底した愛国教育を受けてきた20−30代の中国の若者が反日デモの中心である。いつの世も革命の中心は、若者である。インターネットを通じて日本製品の不買運動を訴えることで反日運動に拍車がかかっている。このようにインターネットを介し見えない個人と個人から連鎖する輪が瞬く間に広がったデモは、新しいタイプのデモであり、個人が国を動かす革命的要素を含んでいると考えられる。

 ニューヨークタイムズの外交コラムニスト、トーマス・フリードマンは、「The World is Flat」という4月に出版された新刊の中で、グローバリゼーションには、3段階あると語っている。第1段階は、コロンブスが新世界を求めた1492年に始まり、1800年までの国やナショナリズムを中心としたグローバリゼーション。第2段階は、2000年までの経済統合や多国籍企業を中心としたグローバリゼーションの時代。そして第3段階は、2000年以降の個人を中心としたグローバリゼーションで、これはインターネットのパワーで世界が狭くなり個人が世界に影響を与える時代である。

 このフリードマンの考え方を中国の反日デモに当てはめてみると、中国のグローバリゼーションは、第1段階の国家から、第2段階の企業、そして第3段階の個人が、同時に進行しかつ綿密に絡んでいるように考えられる。インターネットに精通した個人が反日感情と愛国心を醸成し、日本製品の不買運動を通じ、日本企業にダメージを与えている。それで中国共産党が望む反日感情を通じ中国の求心力を強化すると同時に、日本の自己主張、保守化傾向を改め日中の歴史的精算を実現させるという戦略だとすると非常にやっかいな問題である。

 また、このような個人のパワーによるグローバリゼーションの拡張は、中国政府も容易に収拾することができないと考えられる。竹島問題で韓国から中国に拡張したように、周辺諸国にも容易に飛び火する恐ろしさを秘めている。

 仮にこのような戦略が地政学的に優位な中国により練られているとすると、今回の日中関係の悪化は、2国間で解決することは困難であり、多国間の舞台で打開策を打ち出す方が賢明であると考えられる。現実に日本は、幾度も日本の侵略に関し正式な謝罪を行ってきた。その事実を踏まえると、隣国同士のいがみ合いは、2国間より多国間のグローバルな舞台での謝罪がより効果的だと考えられる。

 筆者は2002年9月から2003年7月までワシントンのブルッキングス研究所の客員研究員として北東アジアの活動に関与した。その間、ブルッキングス研究所が招聘した北東アジア諸国の研究員とチームを組み平和構想を練った。ハーバード出身の中国人、防衛長官を経験された韓国人、大学教授など豊富な人材が揃っていた。

 ワシントンに留まることなくニューヨークやロサンジェルスまで遠征し、道場破りのようなシンクタンクの討論会も行った。ブルッキングス研究所の北東アジア出身の研究員とタッグを組むことでアジアの中の日本も世界の中の日本も鳥瞰することができた。北東アジア諸国との共通項や日本の弱点を多国間の枠内で研究することができたのは、大きな成果であった。

 また、ブルッキングス研究所の立場で、アメリカの国営放送である「ボイス・オブ・アメリカ」の中国向けの1時間のライブテレビに出演した。ニュース解説の後、中国の視聴者からの電話に答えるもので、靖国問題、歴史教科書問題、日本の侵略行為など想像以上に厳しい質問を受けた。

 600万人の視聴者があるとのことを後から聞いたが、ほとんど打ち合わせなしで自由に話をさせてくれる米国の国営放送の寛大さに驚いた。日中問題を米国のシンクタンクや放送局を通じて述べれば、国益、アジア観、世界観を持って、日本の反省すべき点も正当化すべき点も伝えることができるように思えた。

 日本の世論に傾注すれば、中国の傲慢さが見えてくる。例えば、台湾海峡の問題、中国の経済成長に伴うエネルギー問題、中国の覇権主義、共産主義体制、貧富の格差、人権問題、そして近代の歴史を語れば毛沢東の文化大革命による3000万人の犠牲、ベトナム侵攻と、限りなき中国の悪の側面が見えてくる。

 しかし、冷静に日中の関係を考察すると、日本にも多くの短所と長所があると思われる。日本は大陸に侵略し、多くの中国人を殺害した。一方、中国人は日本人をそれ程、殺害していない。明治維新に端を発するアジアの独立への機運や日露戦争でロシアを敗った日本が生みだしたアジアの高揚は、アジアのみならず多くの国から賞賛された。日本は、富国強兵から、戦争、被爆、敗戦、世界一のODA大国まで、幅広い経験をした。

 敗戦国である日本は、アメリカの共産主義封じ込め政策のお陰で世界第2の経済大国となった。中国は第2次世界大戦の戦勝国であり、日本が敗戦国でありながらも、日中の経済格差は、雲泥の差であった。この経済的格差が、日本人を傲慢にし、中国人を卑屈にさせ両国の温度差が深まったと考えられる。中学の歴史教科書問題等は、表層的な問題であり、本質的問題は、経済的格差からくる差別意識にあると思われてならない。その日本の隣国へのいい意味での「お互い様」という思いやりが重要であろう。

 経済開放政策を進めたケ小平は、日本の経済発展を賞賛するとともに日本の隣りに世界でも最も貧しい国があることを忘れないで欲しいと歴史の諦観を述べた。それから30年近くを経て、日中の経済格差は縮小した。そして、すでに地政学的に優位である中国は、10年後には経済力でも日本を追い抜く。中国が困っている時期にアジアの同胞としての援助、並びに相互補完的な経済協力や文化交流を推進することで、日中の信頼醸成の構築に役立った。しかし、対中ODAには、様々な側面があり、反日運動から察すると本質的な経済・文化交流の役割が果たされたとは考えられない。

 日本・米国・中国の三角関係において、日本は日米同盟を基軸とした二等辺三角形を理想としている。米国は、日米の安全保障の強化のみならず、開発の分野においても日米戦略開発同盟を推進し、日本の国連常任理事国加盟を支持し、日本が国際舞台における活発なプレーヤーになることを期待している。同時に、米国は、日中韓の排他的な連携を警戒している。日本と協議することなしにキッシンジャーと周恩来は、米中接近を実現させ、台湾の国連常任理事国の立場を追いやり、中国の国連常任理事国入りを実現させたことは忘れてはいけない。現在でも米中は日本が考える以上に接近する可能性があると読める。

 日中の2国間外交が手詰まりになる状況において日本は、多国間外交における地位を向上させることが肝要である。日本は、国連常任理事国の地位を確保することが非常に重要である。5月9日にモスクワで対ドイツ戦勝60周年式典が開催される。第2次世界大戦の関係国の首脳が一堂に会する。日本は、この多国間の舞台において、戦前の侵略行為の謝罪を正々堂々と行い、日本・アジアの意思を世界に伝えるべきである。また、終戦記念日までの多国間外交の舞台において、周辺諸国が納得する軍事力に頼らぬ平和国家理念を発表すべきである。

 中江兆民の息子、中江丑吉は、戦前の北京で30年間生活し、中国古代政治思想史に精通し、満州事変勃発後、いち早く日本のヒューマニティーに欠ける軍国主義の欠点を見ぬき敗戦の運命を見抜いた。中江丑吉が誰も見向きもしない古代政治思想史を熟読したのは、中国人が中国の歴史を忘れているからであった。

 米国に留学する中国人やアジア人に会って感じるのは、アジアの歴史観並びにアジアの意思が満たされてないことである。日本の役割は、アジアのみならず世界が忘れかけている多神教的世界観や調和を重んじるアジアの意思を提唱することであろう。そのような行動が、日中の共通の利益となり、ひいては日中の政治的温度差を解消することとなろう。絶好の好機を逃すべきでない。

 中野さんにメールは mailto:tomokontomoko@msn.com

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