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米大統領選後に考えた王さまと大統領の違い

2004年12月14日(火)
萬晩報主宰 伴 武澄
「閣下、一日も早い即位を」
「余は王権を欲していない」

 そういったかどうか分からないが、アメリカ建国の父、ジョージ・ワシントン将軍は取り巻きに懇願された。グレートブリテン連合王国の支配を脱し、どういう政府ができるかまだ誰も分からなかった時期である。それまでの歴史上、民主的政体などは一部の都市国家を除いてない。だから勝った軍隊を率いていた武将が王となるのは当然すぎることだった。ワシントンが歴代の建国の王さまたちと違ったのは多くの推挙がありながら戴冠を拒否したことだった。

 そのワシントンが合衆国初代大統領に選ばれたのは1788年。合衆国憲法の成立を経て選ばれた。イギリスとの戦争の最中、独立を宣言したのが1776年だから、12年の年月が経っていた。この間、合衆国政府はない。13州によるゆるい連合体である大陸会議があったにすぎない。

 大陸会議がこの独立宣言を決議した7月4日がアメリカの独立記念日となっているため、アメリカ合衆国の成立も1776年だと思っている人が多い。しかし、現実には独立はしたがアメリカには統治者はなく、大陸会議には徴税権すらなかった。独立戦争を賄うための戦費調達はあったが、そもそも主権がどこにあるのか分からない。

 全土を統治するソブリン(主権者)がいないのだ。そんな時代が22年間も続いた。明治時代も大政奉還から帝国議会成立まで22年かかっている。日本もアメリカも国家の骨格をつくるのに同じような時間がかかっている。新しい国家をつくることはそんなに簡単なことではないのだ。

 アメリカはアフガンで大統領選を行い、カルザイ氏があらためて大統領に選ばれた。イラクでも新しい政府をつくろうとやっきとなっている。アメリカでさえ12年の年月を必要としたのである。アフガンで国民が納得する国家の枠組が3年やそこらでできるはずない。

 当時のアメリカでは、明治初期の日本が藩に分かれていたように13州がそれぞれ独立していた。13州ではイングランド王が派遣したGovernor(知事)を追い出した。その知事の代役を自ら選んだ代表であてていたかどうかまではしらないが、多くの州ですでに代議制をとっていたことは事実だった。

 合衆国(United States)という意味合いでは、アメリカの母国は連合王国を名乗っていた。United KingdomのUnitedという概念をまねたに違いないと思っている。この連合体は形の上ではスコットランド王とウエールズ王をイングランド王が兼ねるという政体で、アイルランドと北米13州はそれぞれイングランド王の領土だった。Kingdomの代わりにStatesとし、王さまの代わりに市民が選ぶPresidentを置いたのがアメリカ合衆国のかたちである。

 最大2期8年という“王位”

 長い議論の末、13州の市民たちが選んだのは大統領制という民主政体だった。Presidentという概念は「presideする人」であり、つまり「取り仕切る」人のことを呼ぶ呼称となっている。宗教界だとか病院だとかの長のことをPresidentといった。そこには「選ぶ」という概念はない。国家の統治者としてPresidentの呼称が歴史上初めて登場する。

 国家を取り仕切る人がPresidentということは、「King」も「President」もあまり意味が違わない。違うのはPresidentに任期制を導入したことだった。合衆国憲法は任期を4年としたが、ワシントンはその任期も「最大2期まで」という慣例を残した。

 司馬遼太郎の『竜馬がゆく』で「アメリカでは大統領が世襲でない。その大統領が下女の暮らしを心配し、下女に暮らしを楽にせぬ大統領は次の選挙で落とされる」などと書いている。

 黒船を見た後、土佐に帰って仲間にアメリカという国について説明するくだりもある。「アメリカって国はすごいぞ。王さまをみんなで選ぶんだ」。というわけである。つまり日本語に「大統領」という言葉がない時代に竜馬はPresidentを「王さま」と呼んでいたという話である。もちろん、そんな会話があったかどうか分からない。

 単なる司馬遼太郎流の解釈にすぎないのだが、Presidentを王さまと表現するところに凄みがある。ペリーがアメリカ合衆国大統領の国書を持ってきた時、幕府の役人たちの多くは「アメリカの王さまからの国書」と理解したに違いない。

 大統領制が残す絶対権限

 9・11以降のブッシュ大統領を見ていると、アメリカの大統領はまるで独裁者のように映っている。正義がわが物で、世界もわが物であるかのような振る舞いは、まさに絶対君主制下の王さまである。アメリカの大統領はひょっとしたら任期制の王制ではないかと勘繰ってしまうほどである。

 全軍の長、議会に対する拒否権。アメリカ憲法に組み込まれた大統領の権限は、絶対君主に近いものがある。一度就任すれば、犯罪でも起こさない限り弾劾されることはない。

 大統領を戴く国は少なくないが、主要国で大統領が一番の権限を持っているのはアメリカとフランス、そしてロシアである。ドイツとイタリアの大統領は元首に過ぎず、実権は首相にある。日本、イギリス、カナダは元首たる王さまを戴きながらも実権は首相にある。

 王さまを失った国々が元首として大統領を戴くケースが多い中で、アメリカが特異なのは、行政府の長としての首相がいないことである。まったくの白紙から国家の制度を考えたからこうなったのだろう。この国は過去を引きずる必要がなかっただけに大胆な実験を数々行った。

 そしてアメリカでは、大統領が代わるごとに主要な官僚もすべて入れ替わる。一族郎党がワシントンに引っ越すのだから、大統領に対する政府の忠誠度は世界一である。アメリカの大統領が王制に近いと感じられるのはまさにこの点にある。国防から労働問題までどこの省庁も大統領の方を向いているのだから仕事がしやすい。日本のように「官僚の抵抗」に遭って改革が遅れるなどということはあり得ない話なのである。

 マレーシアの輪番制国王

 王さまによる統治とアメリカのような大統領による統治の最大の違いは何か。一般には、世襲制と交代制の違いと考えられているが、はたしてそうだろうか。ケネディ一家は兄に続いて弟も大統領になろうとしたし、ブッシュは父子で大統領になった。クリントン夫妻は夫婦で大統領になるかもしれないのである。

 逆に世襲制でない王国が戦後のアジアに生まれた。マレーシアである。この国が建国された時、王さまを輪番制にすることに決めた。マレーシア13州のうち、サルタンを持つのは9州であるが、この9州の統治者が順番に王位に就くのだ。任期は5年である。在任中に亡くなれば次へと遷るので、任期をまっとうできないスルタンもいる。

 マレーシアではスルタンはイスラム教のその地の権威者であるから、そもそも住民による一定の支持がある。輪番制の王権を考えたのはだれだか分からないが、200年以上前のワシントン並みの知恵者だった。王制を大統領制に限りなく近づけたのだから、これは絶妙なアイデアだったとしかいいようがない。
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