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鳥取に注目したニューヨークタイムズの先見性
2002年04月27日(土)
コーエイ総合研究所 主任研究員 中野有

 ブッシュ大統領は、メキシコのモンテレイで開催された「国連開発資金会議」で、3年間でODAを50%増やし、テロの根源である貧困を撲滅すると明言した。アメリカは軍事的な安全保障を重要視し、ODAに対し軽視する方針を続けてきたが、先月のブッシュ大統領のスピーチでその流れが大きく変わった。9・11のテロの影響もあるが、アメリカがODAを増やし、世界最大のODA供与国である日本のODAは減少傾向にある。軍事的な安全保障には憲法の制約もありユニークなスタンスを貫いている日本は今こそ「アジアの中の日本」としての国際貢献のありかたを考えることが重要だろう。

 最近のブッシュ大統領の外交政策は、ダブルスタンダードを巧みに推進しているようである。例えば、「悪の枢軸」の支持を日本から取り付け、韓国とは「太陽政策」の支持を約束した。対極的なことを同時に行っているのである。軍事力の増強とODAの増額。これが現在のアメリカの外交政策である。

 現在のアメリカの外交政策を見極めるに98年の9月に日本海新聞の萩原俊郎記者が書いたコラムが参考になる。また、ニューヨーク・タイムズが鳥取の境港の北朝鮮との交流に着目し、「国の外交と地方の外交」という2つの側面を捉えとことと、現在のブッシュ外交のダブルスタンダードとだぶって見えてくる。少し古い記事であるが、是非このユニークな萩原氏のコラムに目を通してもらいたい。

 

 北朝鮮のミサイル実験

 何ごとも不可解な国−朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)から発射された弾道ミサイルは、日本国民を震憾(しんかん)させた。北朝鮮は「発射実験はわが国の自主権である」つまり「私の勝手」と開き直っており、日本は毅然(きぜん)たる態度が求められる。

 ●強まる防空強化論

 政府は、これまでの北朝鮮政策(国交正常化交渉、食糧支援、軽水炉提供)を当面見合わせる一方、国連安保理で今回の問題を提起していくことを決めた。他国の安全を脅かす行為は「国際的な審判」こそ大切で、当然の対処だろう。

 一方、政府内では「防空強化」、アメリカのTMD(戦域ミサイル防衛)構想に参画せよ、との声がにわかに高まっている。

 1999年度の概算要求ではTMDの共同開発研究費は見送られた。それが新ミサイル出現で「早急に検討したい」(額賀防衛庁長官)と復活を示唆。つまり北朝鮮の発射実験は皮肉にも、日本にTMDの共同開発を迫るアメリカにとって絶好のタイミングだった。が、TMD参加の動きには強く「待った」をかけたい。

 元日本海新聞記者の軍事評論家、小川和久氏はテレビ取材に「アメリカのミサイル戦略に日本が本格的に組み込まれれば、軍事バランスが崩れ、かえってアジアの緊張が高まる」と答えていたが、TMDには中国が神経をとがらせており、新たな軍拡競争を生み出す。

 ●予防外交と鳥取県

 その点、実験直後の本紙2日付に掲載された、とっとり総研主任研究員の中野有氏へのインタビューはタイムリーで興味深かった。

 北朝鮮代表も参加した「北東アジア経済フォーラム」(七月、米子市)をコーディネートした中野氏は、ミサイル実験は「軍事力の誇示」より「経済的なひっ迫による」と指摘し、「日本政府は経済制裁を発動するだろうが、経済制裁が成功した例はまだない。鳥取県としてはフォーラムで提唱した通り、『経済交流による予防外交』という一貫した政策を取るべき。長期的に見れば、予防外交路線の方がプラスになる」と明快に主張している。

 「日本全体の脅威に、どうやって小さな鳥取県が役割を果たせるのか」という人も多いだろう。そこで思い出したのは以前、中野氏から送ってもらった米有力紙『ニューヨーク・タイムズ』94年5月25日の記事だ。国際特集面に大きく境港の黒見哲夫市長の写真、「北朝鮮の人々がシーフードを持ってやって来る」の見出しがある。

 ●米紙が境港取材

 94年当時は、北朝鮮の核開発疑惑にまつわる核査察問題で、今回のミサイル実験以上に「北朝鮮の脅威」が語られていた時期だった。同紙の東京支局長デビッド・サンガー記者は「国交もない中で、なぜ境港市が北朝鮮の元山市と友好都市提携したのか」興味を抱いて境港を取材した。そして示唆とユーモアに富んだ記事を書いている。

 「東京では官僚たちが、羽田首相が憂う北朝鮮有事の際の『危機対策』を検討している間に、当地の黒見市長は“他の対策”を考えている。すなわち境港市と元山市との間の学童の絵の交換について。最終的な検討で彼は一生懸命である」

 記事は北朝鮮のカニ産業育成に長くかかわってきた地元水産会社も含め、境港の“普段着外交”を詳しく紹介している。「中国やロシアとも最近疎遠になった北朝鮮の人は、温かい歓迎を求めて境港に向かってくる。この町は北からの漁船団を熱心に(もちろんお金もうけを含めて)待ち受けてくれるからだ」

 ●地方のチャンネル

 なぜアメリカの有力紙が、ここまで紙面を割いてアメリカ国民に「山陰の小都市」を紹介したのか。

 国際情勢が核査察で揺れながらも、政府レベルと違った面(漁業、児童交流)で、隣人・北朝鮮との付き合いの大切さを説く境港の人々。国際緊張の中で「地方外交」の重みに同紙は着目したのだろう。

 なぜ、中野氏がこの記事を送ってくれたか、わかった。北朝鮮は一般に「顔が見えない国」と言われる。だが一番じかに「顔」を接することができるのが地方外交のチャンネルだ。

 「国に『なんとかしろ』でなく、自分たちの所で何ができるか考えよう。フォーラムで築いた北朝鮮代表とのチャンネル、世界の専門家とのネットワークを鳥取県が大切にすること。国家間の交渉とは別に、地方の外交チャンネルを通じて北朝鮮の庶民との接点を持ち続けること」。東西センター(ハワイ)など国際的なシンクタンクで働いてきた中野氏の主張は説得力がある。TMDによる軍事力対峙(じ)を選べば、「相手の顔」はますます見えなくなるのだ。(中部本社鳥取発特報部・萩原俊郎記者)

 中野さんにメールは nakano@csr.gr.jp


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