Yorozubampo
 
500兆円を割り込んだ日本のGDP(1)
2001年09月10日(月)
萬晩報主宰 伴 武澄

 9月7日、4−6月期のGDP速報が発表された。実質で前期比0.8%減で年率換算3.2%のマイナスとなった。6月末から2カ月以上が経っているのでいつもながら「速報」というのはおこがましいが、これを名目値でみると年率換算で10.3%のマイナスとなり、日本のGDPが500兆円の大台を割り込んだ事実はやはり衝撃だった。

 ピーク時の1997年度には520兆円あった名目GDPが21兆円目減りしたということで、この4年間にトヨタ自動車とソニーと松下電器産業の年間の売り上げがほぼ喪失した勘定になる。GDPはいつも実質値で発表され、名目値は参考値としてしか位置づけられていないが、萬晩報はこの際、名目値を重要視したい。

 資本主義経済は右肩上がりを前提に議論されるため、物価の上昇率を差し引いた実質値で勘定しないと本当の意味での「富の増加」は計算されない。

 この基本が分からないわけではない。しかし、政府の予算も企業の決算も名目値で発表され、給与やそれこそ物価など日々われわれが暮らしているのは名目の世界である。まして日本経済が経験しているのは未曾有の右肩下がり経済。右肩上がりを前提とした計算方式では生活の実態は分からないと考えるからである。

 冒頭に衝撃的だったと述べたが、トヨタ自動車もソニーも消滅したわけではない。企業の設備投資が大きく後退し、政府と地方による公共投資と住宅建設が減った結果だ。住宅は低金利と減税のおかげで一時盛り上がっていただけで、公共事業はこれまで限度を超していた。設備投資は循環的な要素が強い。国民の消費は予想外に堅調だったからマスコミや政治家が騒ぐほど悲観することもない。

 それでも今回のGDP速報は、1990年代後半から日本の経済の質が大きく変貌している実態を如実に示した典型的なデータではないかと思う。

 ●ようやく下がり始めた消費者物価

 このところのデフレ経済をめぐって「いい物価下落「と「悪い物価下落」が論議されてきた。まず「悪い物価下落」は物価が下がることによって企業収益が悪化し、その結果、従業員の給与が下がり、消費が減退する。消費の減退がさらなる物価下落を引き起こし、この循環がスパイラル状に起きて国の経済が収縮すると説明されている。

 一方「いい物価下落」は企業の生産性の向上でモノをつくるコストが下がったり、輸入品の増加によって競争が激化して商品の価格が下がることで日本にとって大いに歓迎すべきことだと言われている。

 しかし、筆者にとって物価下落にいいも悪いもない。下がるべき物価がこれまで下がっていなかっただけだ。

 まず為替の評価だが、1985年のプラザ合意以降、日本の円は乱高下しながらも長期的には一貫して円高基調にあるといっていい。95年には一時1ドル=79円台に突入したし、その後も100円前後で推移したこともあるが、16年前に240円だった円の対ドル水準は現在120円前後。円の価値が2倍から3倍に高まったということは輸入品が二分の一、三分の一の価格で買えたということである。にもかかわらず、日本の物価がどれほど下がったというのだろうか。

 輸入品が消費者に行き渡るまでには国内の流通機構を経るため、輸入品が半値にならなければならないとはいわない。しかし、少なくとも2割、3割の下落があったとしてもおかしくなかったのに、この16年間、消費者物価はほとんど右肩上がりだったのである。

 数年前まで、日本企業はアジアでの生産品を日本に輸入することはまれだったし、ブランド商品と乗用車を除いて積極的に輸入することはほとんどなかった。消費者もまた日本製に対する極端な信頼神話の裏返しとして輸入品に手を出すことはなかった。仮に海外からの積極的に輸入されたモノがあったとしても、それらの商品は日本に上陸したとたんに何倍もの価格で流通することになった。

 マスコミもまた95年前後には、円高と通じた「価格破壊」キャンペーンを張ったが、結局、輸入ビールも輸入リンゴも日本の市場に定着しなかった。また輸入品との競争に敗れて倒産する日本企業もなかった。つまり国内市場の一部を海外に開放することを求めたプラザ合意の真の意図はほとんど達成されないままだった。

 いまの物価下落はまだ年率で1%以内という小さな数字である。16年間かけてようやくプラザ合意の効果が現れ始めている端緒である。いい悪いではなく、16年間の物価下落を求める巨大なマグマが日本経済に内在しているため、もはや阻止できるようなものではない。為替水準がこのまま維持されるのなら、今後まだまだ拡大する性格のものである。

 これまで国内市場を海外に開放することを徐々に続けていたならば、少なくとも90年代に入って内外企業の競争が激化して消費者は円高メリットを十二分に享受していたはずだ。また設備や原材料価格の下落メリットを得て収益が改善していた企業も多くあったはずだ。

 少なくとも物価下落について「いい」「悪い」のレッテルを貼って論議することもなかったに違いない。そう信じている。にもかかわらず、いま多くの論者は物価下落をどうしても阻止しなければならないとの論陣を張っている。たった1%の物価下落についてどうしてそんなにムキになったり、声を荒げるのか不可解である。

 日本経済が病んでいるのは物価が下落するからではなく、淘汰されるべき企業が淘汰されずに生き残り、リストラされるべき企業が今日までリストラせずに手をこまねいてきたからであろう。これはにわとりと卵の議論ではない。(続)

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