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アメリカ地球温暖化戦略−ふたつの矢
2001年06月28日(木)
萬晩報通信員 園田 義明

 ■党首討論=クエスチョンタイム

 衆参両院での国家基本政策委員会合同審査会(党首討論=クエスチョンタイム)が、6月13日に行われた。

 ここで、民主党の鳩山代表が米国の京都議定書離脱宣言に対して、「首相がリーダーシップを取り、日本が真っ先に批准を宣言し、気候変動枠組み条約第6回締約国会議(COP6)に臨んでほしい。」と切り出した。

 これに対して、小泉首相は、温暖化問題が地球全体に影響するとしながらも、「日本独自で決めるという判断は考えていない」とし、先行批准を否定した。

 翌14日の朝刊では、日経、朝日が社説でこの問題を取り上げる。

 日経「議定書発効カギ握る日本」では、日本は京都議定書を堅持すべきとし、環境を看板に掲げる小泉政権の正念場でもあると結んでいる。また朝日「政府は批准を表明せよ」は、タイトルどおり一歩踏み込んだ内容となっている。米国の途上国が含まれていない点が問題とする見解について、6年前に決着した問題を蒸し返す姿勢は許せないとし、日本が批准の方針を明確に示すべきだと訴えた。

 16日には、これまで論評を控えてきた読売も「京都議定書 今こそ日本の調停外交の出番だ」を掲載。対立する米国とEUの間で、議定書を存続させる、積極的な調停外交を今こそ展開しなければならないとしている。

 ここにきてようやく日本国内でも京都議定書問題が取り上げられるようになってきた。しかし21世紀の政治経済に大きく影響を与える問題にしては、まだまだ物足りない。ここに日本の限界があるのかもしれない。

 ■響き合うマベリック

 この党首討論では、もう一つの見せ場があった。

 前回の党首討論と比較して今回は、小泉首相の優等生的な発言が目立ったが、ここで明らかになったのは、絶大な人気を誇る田中真紀子外相の京都議定書問題との関わりである。

 4月18日のワシントン・ポスト紙に、外相になる前の田中真紀子氏、中谷元・現防衛庁長官が民主党議員などと連名で、米国が京都議定書からの離脱を宣言したことに対する抗議の広告が掲載されたが、その5日後にアーミテージ国務副長官が川口環境相に会い、アーミテージ氏から不快感が表明されたというものである。

 このワシントン・ポストへの意見広告については、4月27日の外務大臣会見記録にも残っている。田中外相はこの中で次のように語っている。

「環境問題と経済発展の問題は極めて大きいと思うし、お気付きの方もたぶんいらっしゃると思うけれどもあえて申し上げるが、今週のワシントン・ポストに超党派、具体的には民主党と自民党であるが、自分(大臣)が発議して、京都議定書の問題について、ブッシュ大統領に、先週の何日付かは忘れたがホワイト・ハウス宛に抗議のメールを送った。そしてワシントン・ポストに広告を出した。全員で12人の議員である。(環境問題については)問題意識を持っているということを右にて理解していただきたい。」

 この一件が、世間を賑わせたドタキャン事件につながったようである。小泉首相は回答を避けたが、ASEM会議環境部会に臨むときの田中外相の意気込みが妙に気になっていた私としては、真実も含まれるのではないかと思う。

 田中外相は、ダウナー・オーストラリア外相との会談で、ブッシュ米政権が推進しているミサイル防衛構想に関連して「個人的に疑問を持っている。ブッシュ大統領は父親が大統領だったころのアドバイザーや保守的な人々に囲まれており、テキサスの石油業界関係者など支持母体の影響もあるのではないか」と述べたことが、マスコミでも大きく取り上げられる。

 ブッシュ政権と石油業界との密接な関係については、拙稿「燃料電池市場に動き始めたガリバー−第二幕」にて詳細に触れたとおりである。京都議定書離脱宣言以後、海外メディア(米国メディアも含む)もこの関係を大きく取り上げている。むしろ腫れ物にさわるように、この分野への論評を避けてきた日本のメディアの不健全性こそが責められるべきである。田中外相の発言した相手と場所に問題があるようにも思われるが、内容そのものは間違ってはいない。

 小泉首相と田中外相、そして中谷防衛庁長官を加えた3人のマベリックが参院選を目前に控えて、したたかに米国側とも連携を取りながら交渉に乗り出していく。

 ■アメリカ地球温暖化戦略

 ジェームズ・ジェフォーズ議員の共和党離脱に続いて、共和党大統領予備選をブッシュ大統領と争ったジョン・マケイン上院議員(アリゾナ州選出)も同党を離れ、無所属に転じる可能性が報じられる。

 そして6月6日には、米科学アカデミーは、ブッシュ大統領からの要請を受けて科学的に検討していた地球温暖化に関する報告書を公表した。科学的に不確定な部分が残るものの、二酸化炭素など温室効果ガスの排出増加で地球温暖化が確実に起きているとしている。ブッシュ政権の主張を見事に裏切る内容となった。

 6月11日には、ブッシュ大統領は地球温暖化問題に関する「新提案」を発表するが、気候変動メカニズムの解明など国際的な研究プロジェクトの始動を打ち出しただけで、肝心の温室効果ガス排出削減策が欠落するという中身の乏しいものとなった。EUの反応以前に、国内のワシントン・ポスト、ロサンゼルス・タイムズ等の主要紙が一斉に批判し、国内の環境保護団体もあきれ果てる散々たる結果となる。

 政権内ではオニール財務長官がCEO兼会長を務めたアルコア社も「持続可能な発展のための世界経済人会議─World Business Council for Sustainable development─WBCSD」のメンバー企業であることから、パウエル国務長官とともに京都議定書に基づく温暖化ガス削減に理解を示していると見られており、政権内のメルトダウンは更に深まる様相を呈している。

 そのブッシュ政権内の変化を示す発表が行われる。ブッシュ政権の地盤である米電力大手8社が、6月10日、発電に伴い発生する二酸化炭素(CO2)の排出削減を義務づける規制案をまとめる。早期に削減目標を決めたほうが長期的な事業計画を立てやすいとの経営的判断から自主的に取り組むとしている。

 ブッシュ政権が放った矢はふたつ。ひとつが京都議定書離脱であり、もうひとつの矢はまさしくミサイルである。このふたつの矢は、お互いに絡み合いながら欧州上空で加速し、日本を直撃する。米国は「二兎を追う物、一兎も得ず」を心得ている。さて本命はどちらだろう。

 ■EUのいらだち

 6月14日、ブッシュ米大統領とEUの首脳会議が開催され、最大の焦点となった地球温暖化防止のための京都議定書の批准問題では議論が平行線をたどり合意できなかった。

 これに先立ち、欧州連合(EU)は6月7日から8日の両日にルクセンブルクで環境相理事会を開き、加盟15カ国が2002年までに地球温暖化防止会議の京都議定書を批准することを宣言する。

 6月13日、京都議定書について懐疑的な姿勢を示していたイタリアのベルルスコーニ首相も地球温暖化に取り組む京都議定書の順守確約を尊重すると述べEUのアキレス腱かと思われた問題も収拾しつつある。

 そして自ずとEUの視線が日本へと注がれてくる。6月11日には、地球温暖化防止会議のプロンク議長は、日本の要望を全面的に受け入れる特例措置を盛り込んだ新提案を発表した。

 具体的には(1)エネルギーの効率性が高い(2)国土に占める森林面積の割合が大きい(3)人口密度が高い――の3条件を満たす国に対し、特別に年13メガトンを森林吸収分として認める内容であり、日本だけを対象にしているのは明らかである。日本の要求をほぼ全面的に満たした内容だ。

 議定書は批准国の二酸化炭素排出量が、90年の先進国合計の55%を超えないと発効できない。従って米国が議定書から離脱した場合、日本の批准は欠かせなくなる。ブロンク議長は大胆な譲歩案で日本に決意を促したのである。

 党首討論が行われた6月13日は、極めて重要な意味を持つ。本来なら日本政府は、この時期にEUに対して回答を打ち出す必要があったのである。

 業を煮やしたEUの議長国議長国スウェーデンのペーション首相は、6月16日、首脳会議後の記者会見で、今度は同首相か外相が近く日本を訪れ、温暖化防止対策の国際ルール、京都議定書の発効を巡る最終交渉に乗り出すと発表した。

 ■5月28日首相官邸での合意

 5月31日14時33分に配信された読売新聞の『「京都議定書」日本は堅持』によれば、複数の政府筋の情報として、政府方針をめぐる初めての協議は、5月28日に首相官邸で古川官房副長官の主催で行われたとされる。環境、外務、経済産業の三省幹部が出席して協議した結果、

〈1〉議定書の核心部分である削減目標の変更を求めれば、国際的な非難を受けることは避けられない

〈2〉議定書を採択した97年の気候変動枠組み条約第三回締約国会議(COP3)の議長国として、全く別の枠組みを目指す訳にはいかない

〈3〉米国を説得して交渉に引き戻すためにも、議長国だった日本が交渉スタンスを明確にする必要があるとの基本方針で一致したとしている。

 5月31日には訪米中の自民党の山崎拓幹事長ら与党3党幹事長が、米大統領経済諮問委員会のハバード委員長や共和党系のシンクタンクであるアメリカン・エンタープライズ研究所のデミュース会長と会談し、米の京都議定書離脱問題について意見交換を行い、6月30日に予定されている日米首脳会談で、京都議定書問題を議題に取り上げるよう申し入れている。

 6月2日には、環境省の浜中裕徳地球環境局長は「米国は、代替案を提案する前に日本に相談すると約束していたが、今のところ打診はない。」と話し、一方、別の同省幹部は「自主的削減は明らかに京都議定書の内容に反し、調整のしようがない。米抜きで議定書を発効させることも考えていかねばならない」と発言している。

 そして6月8日、原子力委員会委員でもある森嶌昭夫氏が会長を務める中央環境審議会の地球環境部会は、合同懇談会を開き、米国は議定書の不支持を表明しているが、「米国の参加、不参加にかかわらず日本は予定通り批准すべきだ」との意見が大勢を占める。

 問題はこの後から政府の対応に変化が現れる。特にその発言が注目されるのは川口環境相と平沼経済産業相である。

 川口環境相は、6月12日の記者会見で地球温暖化防止のための京都議定書を「欠陥がある」と批判したブッシュ米大統領の声明について、「批判の一方で、市場メカニズムの活用など京都議定書の要素も含まれていた。引き続き米国に議定書への参加を働き掛ける」と述べ、従来の米国説得路線にこだわっている。

 また、5月20日のブロンク議長との日本での会談において、おそらくご自身が明確に要求し、それに全面的に答えたはずの特例措置を盛り込んだ新提案に対しても、「日本の主張が理解された」との一定の評価にとどまる。

 同じ12日平沼赳夫経済産業相は、閣議後会見で、「日米欧が合意するためには多少のフレキシビリティーを持つ必要もある」と述べ、京都議定書の修正もあり得るとの考えを初めて表明した。日本の閣僚が京都議定書見直し容認の姿勢を示すのは極めて異例である。

 平沼経済産業相は「世界全体の二酸化炭素排出量の4分の1を占める米国抜きの発効は現時点では考えていない」と、米国が参加する必要性を強調し、あくまでも米国抜きの批准について現時点では考えていないと明確に答える。

 おそらく8日から12日の間に米国から相当な圧力が入り、ブレーキがかかったようである。小泉政権内にも米国の国益に真っ向から反する決断を求めるには無理がある人物が多数存在する。川口環境相もそのひとりであろう。

 そして、米国抜きでは日本の産業に不利と主張して譲らない経済界の一部を無視できない経済産業省もこれに追随する姿勢をみせたのである。

 しかし、5月28日以後、京都議定書批准を前提に猛然と動き出した経済界の動きを見逃すはずがない。残されたのはその発表時期と方法だけである。

 ■NGOの戦略

 5月30日、小泉首相は気候ネットワーク等の環境NGOの代表と意見交換を行う。歴代首相で、地球温暖化防止に関して環境NGOと意見交換したのは小泉首相が初めてある。

 このとき小泉首相は「私も皆さんと同様に自然との共生を重視している。環境省も驚くくらい環境問題では頑張っている」と自画自賛するが、NGO側が「米国待ちでは議定書がつぶれてしまう」と米国抜きででも議定書発効を目指すべきだと迫ったのに対し、「米国の参加が一番いいということで全力を投入している」と応じるにとどまった。

 6月5日、日経新聞朝刊に世界26カ国のNGO61団体が小泉首相に対し、率先して批准するよう求める意見広告を掲載する。小泉首相が所信表明演説で「『米百俵の精神』こそ改革を進めるには必要」と故事をひいて話題になったのにならい、「炭百俵の使い方が問われています」と迫る内容となっている。

 この意見広告を呼びかけた世界自然保護基金(WWF)は、1961年に設立された世界最大の民間自然保護団体で、名誉総裁はエジンバラ公フィリップ殿下である。WWFジャパン(財団法人世界自然保護基金ジャパン)は、1971年に設立され、名誉総裁は秋篠宮文仁親王殿下である。

 このWWFは、6月12日に「気候変動に関する世論調査結果」を公表する。5月下旬から6月初旬にかけてベルギー、イタリア、スペイン、イギリスで行なわれたものであるが、米国を含めるか否かに関わらず、京都議定書を進めてほしいという回答者は一貫して80%を超えた結果が得られている。また日本やカナダなど先進国が米国から離れ、EUを支持すべきであるという質問に対しては、イタリアの46.7%からスペインの91.3%の範囲で支持するという結果になっている。

 そして、7月上旬には、WWFジャパンが日本向けに世論調査を実施することになっており、その結果は7月12日に発表する予定である。WWFは、7月16日からドイツのボンで再開するCOP6にターゲットを絞り込もうとしたようだが、急遽短期決戦を開始する。ターゲットは6月30日の日米首脳会議である。

 そして6月21日にそのアクションが本格的に開始される。

 グリーンピース、WWF、地球の友の三大NGOに日本の気候ネットワークを加えたNGO連合が、日本政府の決断を促すため、6月22日から世界で一斉に小泉首相へメールを送る短期集中国際キャンペーンをスタートさせると発表した。小泉首相が訪米する6月30日の日米首脳会談までをターゲットに、日本が率先して京都議定書を批准し発効させる意思があることを表明するよう求めるとしている。

 同時に「自然エネルギー促進法」推進ネットワーク(飯田哲也代表)とWWFジャパン、グリーンピース・ジャパン、地球の友ジャパン、気候ネットワークなどNGO50団体は、7月の参議院議員選挙の立候補予定者及び主要11政党を対象に、地球温暖化・エネルギー政策に関するアンケート調査を実施し、その結果を公表した。京都議定書について、立候補予定者の94%が「国際的リーダーシップを発揮して日本が率先して批准すべきだ」を選択し、「当面は米国の説得を重視し、日本の批准は様子を見るべきだ」としたのはわずか3%である。

 6月21日、アンブレラグループの主要メンバーであるカナダが、京都議定書批准に向けEUと協調することで合意する。これで、日本かオーストラリアのいずれかでも批准に応じれば、議定書の発効条件が整うことになる。オーストラリアは、22日現在も米国に追随する姿勢を見せている。

 田中外相に続いて、中谷防衛庁長官が、そして川口環境相が米国に旅立つ。そして6月18日には、小泉首相の7月2日のイギリス・ブレア首相、4日のフランス・シラク首相との会談日程が発表される。

「ICHIRO」に続いて「Jun−ICHIRO」の世界デビューのステージが粛々と準備されていく。しかし、EUは必ずしも米国の京都議定書復帰を望んでいないように見える。ここに大きな落とし穴が待ち受けているのかもしれない。

参考・引用
CNN、CNNジャパン、英エコノミスト、ロイター、ワシントン・ポスト
ニューヨーク・タイムス、ロサンゼルス・タイムス他海外メディア
日本経済新聞、時事通信、共同通信、産経新聞、毎日新聞、朝日新聞、
読売新聞、NHK他日本メディア

□田中真紀子外相と京都議定書
●2001年6月13日鳩山由紀夫代表VS小泉純一郎首相/党首討論第2回
 http://www.dpj.or.jp/seisaku/sogo/BOX_SG0036.html
●外務大臣会見記録(平成13年4月)
 http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/kaiken/gaisho/g_0104.html
●荒井電子通信
 http://www.netfarm.ne.jp/~arai/araituusin/usimitu.htm
●野田よしひこホームページ
 http://www.nodayoshi.gr.jp/pages/kawara97/kb210409.html
□科学アカデミー The National Academy of Sciences (NAS)  http://www4.nationalacademies.org/nas/nashome.nsf
□平沼経済産業相 大臣閣議後記者会見の概要
平成13年6月12日(火)9:32〜9:50 於:参議院議員食堂
 http://www.meti.go.jp/speeches/data_ed/ed010612j.html
http://www.jcie.or.jp/japan/intro/yaku.htm
□WWF
 http://www.panda.org/  http://www.wwf.or.jp/
●大多数のヨーロッパの市民、米国抜きで温暖化対策を進めることを支持
 http://www.wwf.or.jp/kouhou/press/p2001/p010612.htm
●気候変動に関する世論調査結果
 http://www.wwf.or.jp/kouhou/press/p2001/p010612a.htm
□小泉首相へメールアクション
●国際メールアクション(英語)
 地球の友インターナショナル http://www.foei.org/
 グリーンピース・インターナショナル http://www.greenpeace.org/
 世界自然保護基金(WWF)インターナショナル http://www.panda.org/climate/
●国内メールアクション(日本語)
 地球の友ジャパン http://www.foejapan.org/energy/
 気候ネットワーク http://www.jca.apc.org/~kikonet/index-j.html
 グリーンピース・ジャパン http://www.greenpeace.or.jp/
□参議院選立候補予定者へのアンケート
 http://www.jca.apc.org/~gen/sangiinsen_enqute.htm

 園田 義明さんにメールは mailto:yoshigarden@mx4.ttcn.ne.jp
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