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加藤紘一氏の裏切りに覚える無念の思い

2000年11月23日(木) 
萬晩報主宰 伴 武澄 TinkJapan 大塚寿昭

 11月20日の内閣不信任案をめぐる自民党内の抗争について一部のマスコミは「加藤氏の乱」と名付けた。加藤紘一氏の今回の行動に期待しわくわくした国民からすると、これは「乱」でもなんでもない。「国民への裏切り」である。しかもこんな政治的裏切りは見たことも聞いたこともない。

 加藤紘一のホームページに11月20日夕方まで殺到した投稿メールには、政治不信に陥っていた人々の「わらをもすがる思い」が伝わっていた。間違いなくそこには加藤紘一氏の行動に対する熱い思いがあった。優柔不断といわれたそれまでの政治姿勢に目をつぶっても「いまこそ頑張ってほしい」という願いがあった。

 本当をいえば、加藤紘一という人物でなくともよかった。「誰でもいい、いま日本を覆う閉塞感を打ち破る突破口を開いてほしい」というような祈るような切実感があった。

 加藤氏への好き嫌いは別として、そのまま突っ走れば、たとえ内閣不信任案の投票で敗れても加藤派は21世紀初頭の日本をリードする集団として国民の支持を得られたはずだと思った。

 誰かが勇気を持って発言し、行動すれば日本が変わることが分かっていながら、どの政治家もその勇気を持ち合わせていなかった。そこへ一番慎重居士といわれた加藤紘一が自民党主流派に反旗を翻した。ここに先週末から加藤紘一に国民的期待がわき起こったというのが今回の「政変劇」だったはずだ。

 そこまで国民がお膳立てしたのに、加藤紘一氏は最終的に闘いを回避し、わくわくしていた国民の期待にはしごを外した。利権と票だけを求める理念なき政治家が多いこの日本でもこれほど国民を愚弄した政治家はないと思う。悲しいかな、彼らは二度と加藤紘一という人間を信用することはないだろう。

 長野県で何が起きたか。栃木県で何が起きたか。結局、加藤紘一は日本という国の中で起きている地下のマグマの動きを知る立場になかったとしかいいようがない。

 それよりも加藤紘一の言動に意気を感じて派閥を脱退した渡辺喜美代議士や政務大臣として辞表を提出した中谷元氏らの立場はどうなるのだろうか。こんな結末を迎えるとも知らず、加藤紘一を持ち上げ、支持を訴えようとした自分自身に対して、何とも言えない屈辱感と無念さでいっぱいである。

 以上が筆者の今回の政争に対する総括である。(伴 武澄)

沈み行く泥船に戻って行った加藤氏  大塚寿昭

 この10日間あまり、国民の政治への関心度は急速に高まった。それは加藤紘一氏の言動・行動が「閉塞感漂う日本の政治に、もしかしたら新たな光がさして来るかも知れない。」という期待を持たせたからであった。

 内閣首班の首のすげ替えに期待したのではなく、自民党なるものの内包する古い体質、腐った部分との訣別ができるかも知れないということが、この加藤紘一の乱に期待した国民の思いではなかったろうか。

 加藤氏は初め、あらゆるメディアや自身のホームページを使って広く世論に訴えようとした。密室での多数派工作ではなく、世論を味方に付けようとする姿勢がさらに共感を呼んでいたと思う。ところが、最終段階になって議場での票読みをしてみると、確実に負けているという事態になり、一気に「欠席」という戦術にトーンダウンした。

 採決当日の各紙朝刊は世論調査の結果を公表し、いずれも過半数以上が加藤氏の行動を支持すると発表していた。また、産経Webは、18、19の2日間でインターネットによるアンケートを実施し、短期間にも拘わらず1,444件の回答を得、読者の関心の高さを示していた。ちなみに、このアンケートでは加藤氏の行動を支持するが81.1%、不信任案が通るとした人が66.1%であった。

このように終盤に来てさらに急速に盛り上がりを見せていた世論だが、その時になって加藤氏は永田町の中だけに眼を奪われてしまい、世論の熱気に気が付かなかったのではないだろうか。やはり彼も永田町の人、自民党の体質に呑み込まれてしまった。

 加藤氏は「欠席」を決めた時、同調する議員の前で「名誉ある撤退」と発言したそうだが、筆者の勧めた「名誉ある除名」とは雲泥の差がある。21日夜のテレビ番組で、矢野絢也氏が「喜劇のピエロより、悲劇のヒーローになるべきだった。」と言っていたが、「名誉ある除名」と同じことを言っていると思う。

 たとえ採決の場で敗れても、盛り上がっていた世論は悲劇のヒーローをもっと後押しする方向に動いたであろう。筆者一連の「心ある自民党議員は加藤新党に糾合せよ!」「名誉ある除名を喜んで受けるだろう加藤氏」という論説は、いずれもこうなることを期待してのことだった。

 加藤氏はただ筋を通すだけでよかった、しかし彼の選んだ道はあまりにも永田町的であった。国民の多くは落胆と失望の思いに覆われた、そして自民党なる体質の支配する我が国の政治に対する不信感を強めた。

 この騒動で見せた自民党指導層のなりふりかまわぬ姿は、かつてない高い関心度で注視していた国民の前にその醜悪さを逐一見せてしまった。不信任案否決後の幹部の神妙な姿勢も、危機感を敏感に察知しているように見えた。

 「加藤紘一の乱」の結果、深く傷ついたのは自民党である。かつて不沈艦を誇った自民党も、今や沈み行く泥船にも例えることができる。加藤氏はそこに戻って一緒に沈んで行く道を選んでしまった。

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下記は、ただ一人主流派を離脱し加藤氏と行を共にした渡辺喜美氏からのメールと私の応答です
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Tue, 21 Nov 2000 21:08:18 +0900
To: Yoshimi Watanabe 

渡辺喜美 衆議院議員殿
                            大塚寿昭

ご丁寧なご回答を頂き有り難うございます。
主流派と呼ばれるグループから離脱して、加藤紘一氏の唱える改革に行を共にされたの
は貴台お一人でした。改めてその勇気を讃えさせて頂きます。

「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」。たとえ採決に敗れても、世論は、国民は加藤氏と
そのグループを後押しするだろう。「名誉ある除名」と題した拙論はこの気持ちを皆さ
まにお伝えし、主流派内にいても志高い人々に貴台と同じ行動をとって頂きたいと思っ
てお届けした次第です。

昨晩は午前4時過ぎの加藤・山崎両議員の記者会見まで、ずっと中継を見ておりました。
土壇場にあっての判断と行動は、人それぞれの器を鮮やかに浮かび上がらせます。

今次の結末は、日本の政治及び政治家に対する国民の思いを再び倦ませる結果になりま
した。ただ一方では、問題意識を行動に移す国民も確かに増えて来ております。この国
民の思いをしっかり受け止めることのできる政治家として、貴台のこれからに期待して
おります。 匆々

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>「加藤の乱」の顛末 平成12年11月21日  衆議院議員 渡辺喜美
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> 松浪議員の水かけ事件で議事が中断したお粗末極まりない11月21日未明の本会議
> で、森内閣に対する不信任案が否決された。本会議開会直前に加藤・山崎派が欠席を
> 決めたあげくの結末だった。森政権護持に走る江藤・亀井派を離脱し、不信任案に賛
> 成票を投じようと決めていた私にとっては梯子をはずされた思いだった。
>
> 森擁護派の加藤派・山崎派や無派閥・無所属組への執拗な働きかけは想像を越えてい
> た。ある者には金やポストによる利益供与の甘いささやき、他の者には党除名や対抗
> 馬擁立などの恫喝が行われた。なんとも後味の悪い結果であった。
>
> 私のところには誰も説得工作には来なかった。あいつには何を言っても無駄だと思っ
> たのだろう。対外的には「不信任案には反対しない」と言ってきた私は、「日本の明
> 日を創る会」(11月20日仮称)の石原伸晃氏らと共同行動をとろうと約束してい
> たので、欠席した。一匹狼で行動しても政治的には無力であり、ここで私一人が敵陣
> にのりこんで討死しても目的を果たすことは不可能と判断したからだ。
>
> 野党提出の不信任案に棄権という形で半分同調することは与党議員として情けないこ
> とだが、逆に覚悟を決めていた賛成票を投じられなくなったという意味ではもっとむ
> なしいことだった。しかし、それ以外に私の政治信念を全うする手段がなくなってし
> まったということだ。
>
> 加藤氏が土壇場で崩れたことは、政治的には決定的な敗北である。宏池会が分裂し、
> 主流派サイドから攻め込まれた若手が悲鳴をあげ、先にビビった方が負けのチキン・
> レースに敗れた。それ以上に、インターネットやテレビを使って国民を巻き込んでの
> 決戦に臨んだのだから、期待を膨らませた国民の失望は限りなく大きい。反森陣営に
> いた我々の受けたダメージははかり知れない。
>
>《森総理は信任されたのか》
>
> では森総理は不信任否決によって信任され蘇るのか。多分それはないだろう。もはや
> 国民の心は森氏から離れて久しいし、再び上昇気流に乗ることはありえない。問題は
> 森首相のみならず自民党全体、いや日本の政治そのものが国民から見離されかねない
> 政治の危機が起こったということだ。どうしたらいいのか。答はやはりトップを変え
> ることから始めるしかないだろう。人が変われば政治が変わるのだ。
>
> 私は早くから「森さんには辞めてほしい」と言い続けてきた。最大の理由は森さんが
> 国民との間に信頼関係を築くことに失敗してしまったことである。一度失われた信頼
> は修復することは容易でない。政治は人心収攬であり、国民の心が膿んでしまったら
> 指導者としては失格なのである。ただ単に支持率が低下したとかいう問題ではない。
>
> 自民党内において「もう森では持たない」という声は多数派だったはずだ。主流3派
> の中でも本音は森退陣を願っている人は多かったと思う。現に11月7日、橋本派の
> 2期生が森退陣の声をあげたことを切っ掛けに流れが大きく変わったのではないか。
> まるであの時はオセロゲームを見ているようだった。これは森退陣に向かって一機に
> 突き進んでいくと私は内心小躍りしたものだ。
>
> それがなぜつぶれたのか。森さんが「俺は辞めない」と言ったからである。それは本
> 人の確固たる意思であると同時に、森さんにそう言うよう元気づけた人達がいたから
> である。
>
>《大事なのは原理原則》
>
> 一国の総理を辞めさせるのは容易なことではない。まず党内手続で総理である党首を
> リコール・不信任する手続はないのだ。国民から見離され、党内の支持を得られなく
> なった党首は辞任するのが当り前だからである。その常識が通用しないからこそ加藤
> 政局という事態を招いたのだ。
>
> 結局党内手続で辞めさせることができないのなら、憲法規定に従って本会議場採決と
> ならざるを得ない。国会議員は政党人である以前に全国民の代表である。誰からも命
> 令されず、誰の代理人でもなくただひたすら自らの思想・信念に従って国家国民のた
> めに尽くす政治道徳上の義務を負っているのだ。
>
> 政党の論理が常軌を逸したときはこの近代議会政の原理原則に戻るしかない。我々本
> 会議を欠席した与党議員は決して造反者などではなく、正統的な行動をしているだけ
> なのである。「派閥の前に党があり、党の前に国家国民がある」という原理原則さえ
> わかっていれば何も迷うことはない。加藤氏の失敗は派閥システムに依拠し、その温
> 存を考えすぎたことにあるのではないか。とにかく残念なことであった。

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