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Windows2000はマイクロソフト凋落の予兆

2000年02月01日(火)
THINK JAPAN主宰 大塚 寿昭



 Windows2000は間もなく膨大な広告宣伝費を使って大々的に世の中に出てこようとしている。もう既にプレリリース版を入手されて使ってみている方も多くいるだろう。このWin2000の発売を機に、今日のコンピュータやネットワークの状況を王者マイクロソフト社の行く末と共に考えてみた。要点は以下の2点である。
−Windows95からWindows2000まで既に5年も経過していながら、エンドユーザーインターフェースの改善に殆ど進展が見られないこと。これは、ビル・ゲイツの怠慢であり、市場独占の弊害でもある。

−Windows2000はWindowsNTの焼き直しでありコンシューマーユーザーにとっても、ビジネス・ユーザーにとってもどっちつかずの中途半端なものである。従ってコンシューマーは離れ、ビジネスユーザーは採用しないという事態になりマイクロソフトは凋落への道を辿る。

 ●ビル・ゲイツの怠慢

 コンピューターがユーザーである”人”と接するところ(動作の指示を受けたり結果を表示したり)の機能をエンドユーザーインターフェースというが、このエンドユーザーインターフェースはコンピューターが一般社会の生活の基盤となるための最大の鍵となるものである。コンピューターにはシロウトの一般人にとって使い易く、安心して使えるものでなければ生活の必需品になることはできない。

 現在のパソコンを自動車と比べてみると、自動車は動く仕組みや構造を知らないシロウトでも安全に動かすことができ、立派に用を果たすことができるが、パソコンは未だとてもその域に達しているとは言えない。シロウトが四苦八苦してマニュアルと取り組んでも、自動車のように自由に安全に動かすことはまだ出来るようにはなっていない。

 この観点から、パソコンは未だ発展途上にいる未完成の状態であると言うことができる。今日オジサンや主婦が使えないのはもっともだと思えるし、もっと若い人達でも自由自在に使いこなしている人は少ないと思う。

 現在のハードウェアの基本的な構造は暫くは革新的なものにとって変わられることはないと思えるので、この点でハードウェアに多くを期待することは出来ないだろう。むしろオペレーティング・システムに代表されるソフトウェアが、シロウトであるエンドユーザーに使い易さと安全性の機能を提供する役割を果たす必要がある。なかでもオペレーティングシステム(OS)が果たすべき役割は大きなウェイトを占めている。

 シロウトである一般の人々に安心して使ってもらうためには、このOSのエンドユーザーインターフェースを改善し、内部の信頼性設計をもっと高めて行く努力が必要である。しかしながら、世界シェアの90%を占めるといわれるマイクロソフト社のWindowsはWindows95からWindows2000までのこの5年間にエンドユーザーインターフェースについては殆ど進歩が見られない。

 パソコンのハードウェアのテクノロジーや、ブラウザーなど他の周辺ソフトウェアのテクノロジーの進展ぶりに比べると、明らかに変わりばえのなさが目に付く。

 現在のパソコンの使われ方はどうかというと、確かにインターネットが急速に広がっており5年前に比べるとかなりの普及度であるということはできる。マスコミも大騒ぎしているが、パソコンがなくとも日常生活が困ることにはまだ至っていない。マスコミとユーザーの意識のギャップはかなりあるように思われる。

 最近ではデジタル家電などの情報が氾濫し近未来の家庭像としてあらゆるところにデジタル化(コンピューター化)されたものが入って来ると言われているが、今どこの家庭にもあるテレビや洗濯機のようになるには、今後相当の信頼性設計や稼働環境への耐用性、そしてもちろんエンドユーザーインターフェースの機能を向上させる必要がある。

 コンピューターシステムのプロとして長く仕事をしてきた筆者の観点では、コンピューターを理解して自由自在に使いこなすには、自分でプログラムを書いてそれをコンピュータ上で実際に動かすという経験をしなければならない、その経験のないシロウトはいつまでたってもコンピューターの本質的なところは理解出来ないと考えている。

 例えばコンピューターを動かしている途中、モニターに表示されてる内容と、メモリーの内容、ハードディスクの内容がある時点ではそれぞれ異なっているが、そんなタイミングでシステム障害が起きてしまったら、シロウトには状況判断すらできない。まして正しい回復手段をとることは不可能である。

 筆者は、だからシロウトが使ってはいけませんと言っているのではない。提供する側の努力がもっともっと必要であると言いたいのである。

 Windowsは3.1から95にかけて多くの新しいユーザーの獲得と世界シェアの拡大という成果を生み、そのシェアは90%にも達し今なお膨大なユーザーを獲得し続けている。ところがここまで述べてきたように、エンドユーザーインターフェースは殆ど改善されてきていない。これは、90%のシェアを握り新規ユーザーもインターネットブームのおかげで増え続けてきた市場に甘えてきたマイクロソフトの怠慢であり、市場独占の弊害であると筆者は考える。

 コンピュータシステムのプロを任ずる筆者は本来提供する側に居るわけだが、その立場にあっても現在の状況はエンドユーザーに対して提供側の尊大さすら感じる。(あなたがたシロウトはもっと勉強しなさいよ、とでも言っているような)

 提供する側はユーザーが全てを理解しなくても自動車のように自在にそして安全にシロウトでも使えるようにするための改善の努力を懸命に始めなければ、やがて市場にそっぽを向かれることになるだろう。

 ●Windows2000はマイクロソフト凋落の予兆

 まず、コンピュータを人間を補助する道具の一つであると捉えると、人類の歴史とまで大げさに言わなくてもごく近代に発明された人間を補助する道具としては、自動車、電気洗濯機、テレビなど枚挙に暇がないほど数多くの道具を挙げることができる。これらの道具によって人類はその暮らしを大きく改善することができた。またこれらの道具は少し働けば誰でも手に入れることができるし、誰でも便利に使いこなすことができるものである。

 コンピュータの発明も人類にとって偉大なものであるわけだが、誰でも手に入れることはできても、今はまだ誰でも自由自在に使えるところまで来ていないことは前項で述べたとおりである。

  ただ現在のデジタル化の進展の勢いは、もう誰も避けて通れない日が近づいて来ているようである。その中心となるコンピュータはを使うためには、ビジネスの場面で使うのであれ、家庭で使うのであれ必ずコンピュータの仕組みを勉強し、OSを動かすための一定の勉強をすることが要求される。

 本来ビジネスの場面で使う場合、そのビジネスの用途に合った機能が提供されていれば良いのであって、OSがどうしたとかハードの違いがどうしたとかは使う人間にとって本来余計な要素であり、ビジネスマンが本来の仕事を効率よくこなすためには、今のコンピュータは全体の生産性を考えるとむしろ足を引っ張ってるウェイトが高いように思える。(あるリサーチ会社の最近の調査で、コンピュータを導入してもオフィス部門では殆ど生産性効果が得られてないという結果が発表されてもいる。)

 家庭の中を考えてみても同様であると言うことが出来る。電源を入れれば主婦なら主婦の用事ができるための画面が最初に出てきて、そこの機能メニューから選んで自分の用事をさせることができるようになっていれば良いわけであり、OSの画面が最初に出てきても、それは余計な作業になるわけである。

 最近はポータルサイトといわれるものがこの要求に応えようとしてインターネットの世界で出始めているが、十分な状態になるには未だ先は長いように思える。また、日本の家電メーカー系の売り出しているパソコンにはキーボードのワンタッチキーでインターネットに繋ぐことができるハードウェアが発売されたりしているが、これはインターネット接続までの操作の煩雑さを改善しており、エンドユーザーにとってはたいへん有り難い機能である。

 彼らメーカーはエンドユーザーを知っていればこそ、こうした機能を付加してきたのだと思う。(これはマイクロソフトがやったのではなく、日本の家電メーカー系のやったことである)

 結論としてどういう方向に進めば良いかと言うと、ビジネスユーザーにはビジネスユーザー向けの、コンシューマーユーザーにはコンシューマーユーザー向けの、それぞれに適したポータルサイトのようなものが電源を入れたらそこに出て来れば良いのである。つまり、ビジネスとコンシューマーでは各々異なるメニューが提供されることがより自然であるということである。

 ところが間もなく発売されるWindows2000はビジネスユーザーとコンシューマーユーザーとの両者を一つのOSで対応しようとするものであり、それぞれのユーザーのどちら側にも中途半端となるかあるいは余分な機能があるかということになり、どちらにとっても不満を残すものになるだろうと思う。

 筆者だけの穿った見方かも知れないが、ビル・ゲイツがネットワークの重要性を言い出したのは98年の春のことであるし、ビジネスユーザーが大切と言い出したのは99年2月のことである。Windows2000はWindows NTをベースに作られたものと言われているが、NTを採用した背景にはビル・ゲイツのビジネスユーザー重視の意識が大きく影響しているものと思える。従ってWindows2000は本来ビジネスユーザーを対象に開発されて来たものではないだろうか?

 ところが、コンピュータのマーケティングでは一般的に、大きなシェアを持つ製品が一旦飽和点に達すると、急速に売り上げは減少するものである。膨らんでしまった組織を維持するためには、次々と後継製品を出し続けて行かなければならない宿命のようなものがメーカーには突きつけられている。Windows98はそろそろ飽和の時期に入っており次を急ぐ必要があったのであろう。

 この稿を執筆中の2000年初頭に2つの大きな出来事があった、一つは、インテル社が独自のネット端末を製造販売する、そのOSはWindowsではなくLinuxであるということを発表した。今日パソコンの世界で最強と言われてきていたウィンテルの組み合わせに、わずかではあるが綻びが見え始めたということである。

 もう一つはビル・ゲイツがマイクロソフト社のCEOを退き、CSA(Chief Software Architecturer)に就任するということが発表された。これは、筆者には単なるパフォーマンスのように思えてならない。というのも、マイクロソフト社は創業期以来一度も創造性を発揮したことはないというのが、業界プロたちの間の一般的な評価として定着しているからである。

ちなみに、今誰でも当たり前のように見ているWindowsの画面はGUI(Graphical User Interface)と呼ばれ、一昔前の文字や数字だけのコンピュータ操作画面に比べ格段に扱い易くなっている。このGUIは1970年頃にゼロックスのパロアルト研究所で発明されたものであり、一般商品に採用し市場に送り出したのはアップル社であった。

 ビル・ゲイツは膨れ上がった「ビル・ゲイツ神話」を自らの手で演出しようとしているが、墓穴を掘るようになるのではないかと心配しているのは筆者だけではあるまい。


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