HAB Research & Brothers


「市民革命」といわれる韓国の落選運動

2000年01月30日(日)
静岡県立大学助教授 小針 進



 ●市民団体の連合体が不正政治家の「落薦・落選運動」を呼びかけ

 「韓国もなかなかやるわい。無能・腐敗政治家のリストを市民が作って、落選運動を展開するという。(中略)日本でも、これにならって早速運動を起こしたいものである」(『毎日新聞』1月18日付、「みんなの広場」)、「韓国で市民運動が選挙での落選運動を進めているそうですが、日本でも可能なのでしょうか」(『読売新聞』1月28日付、「政治に言い分」)といった読者からの記事が、このところ日本の各紙に載っている。

 これは、言うまでもなく4月13日に総選挙が予定されている韓国で、市民団体が繰り広げている「落薦・落選運動」のことである。「不適格な政治家」を選定し、総選挙にあたって彼らを公認(韓国では公薦という)をしないよう各党に要請し、もし公認されて立候補したら落選させようというものである。

 複数の市民団体が行っているが、最も大きな流れとなっているのは、1月12日に約460の市民団体で参加して結成された「2000年総選市民連帯」(総選連帯)である。同日、総選連帯は、

 (1)金品・賄賂授受等の不正腐敗
 (2)選挙法違反
 (3)軍事クーデター等の憲政秩序破壊と反人権事件の関与
 (4)無責任な暴露と地域感情を煽動する発言の有無

などを基準にして、現・前国会議員を対象にした「公薦反対者リスト」を近々公開すると発表し、有権者に「落薦・落選運動」を呼びかけた。

 韓国でこの一連の動きを「市民革命」、「名誉革命」とさえ呼ぶむきがある。

 ●政界は反発するも、有権者は「旧態依然の政界の一掃を」の一念

 この市民団体の行動を契機に、政界には緊張が走っている。まず、与野党を問わず政治家が「不法行為だ」と反発した。その論拠は、韓国の現行法(選挙法第87条)で市民団体の選挙運動が禁止されている点にある。

 ところが、1月17日、金大中大統領は市民団体の動きを「国民的な要望で歴史の流れ」として支持し、選挙法第87条の廃止を推進するよう与党幹部に指示した。金大中大統領の態度は、総選連帯の運動が圧倒的に世論から支持されていることが背景にある。

 「不法」であっても、なぜ、国民がこの運動を支持するかといえば、「もう黙ってはいられない。旧態依然の政界を一掃したい」という心情から出ているといってよい。

 韓国は、全斗煥政権下の1987年6月29日、盧泰愚氏(当時、与党代表)が大統領直接選挙制などの民主化措置を受け入れた「6・29民主化宣言」を契機に、制度的には民主化された。民主的な選挙制度のもとで、その後、大統領選と総選挙がそれぞれ3度ずつ行われてきた。

 それでも、16年ぶりの国民の直接選挙で大統領が誕生した盧泰愚政権下でも、文民出身としては32年ぶりの大統領となった金泳三氏の政権下でも、与野党の政治家による不正腐敗は後を絶たなかった。初の与野党政権交代となった金大中政権になってからも、特に昨年は政権の周辺で「権力型スキャンダル」が相次いで発生した。野党にしても、無責任な審議拒否や、国会の外で集会とデモを開く院外闘争に終始し、国会を空転させてきた。それだけに、国民の旧態依然の政治家に対する「政治不信」は頂点に達していた。

 この与野党を問わない「政治不信」が、有権者を「落薦・落選運動」に引きつけた原因である。有権者の71.1%が「支持政党なし」という世論調査結果(『中央日報』1月26日付)が、この「政治不信」ぶりを物語っている。

 1997年の通貨危機で「IMF体制下」に入り、多くの国民がリストラされているのに、国会議員は何をしているのかという感情も背景にある。たとえば、議員定数削減をめぐっても不満が爆発した。実は、選挙制度を改正するための与野党の交渉が続き、1月15日、党利党略の利害調整の末に妥結した。ところが、当初、「政治改革」の焦点の一つであった議員定数削減が行われず、与野党を厳しく非難する世論が体制を占めた。金大中大統領が、「(選挙制度の改正交渉が)国民的希望と要求にしたがって始まったのに、結果を見ると変化した点がない」と、1月17日に与野党が再交渉するよう要望したこともあり、この与野党合意は白紙にもどったのである。

 ●「爆発的な影響力」は革命か、不法行為か

 1月24日、総選連帯は、「公薦反対者リスト」を予告通り発表した。1月初めまで国務総理であった金鍾泌・自民連名誉総裁ら有力議員を含んだ衝撃的なリスト公開であった。党派別では、連立与党の民主党(金大中総裁)と自民連がそれぞれ16名、前政権まで与党であった野党ハンナラ党が29名、無所属5名であった。

 「名簿公開はいわば『革命』といえるほどその影響力は爆発的だ」(『中央日報』1月26日付、社説)といわれるほどの反響を呼んだ。各種世論調査によれば、有権者の8〜9割が「公薦反対者リスト」を投票の際に参考にすると答え、ほぼ9割がリスト公開を望ましいこととしている。知識人や文化人の支持声明も相次いだ。1月30日には、全国の主要都市で総選連帯が有権者に運動の賛同を呼びかける街頭行動を一斉に行った。

 民主化以降の韓国での各種選挙は、「民主化か、独裁か」という構図から離れ、政策面で与野党の差がなくなったこともあり、党首らの出身地でその政党が圧倒的な強さを発揮するという、いわゆる地域主義、地域感情が結果に色濃く出てきた。4月に予定される総選挙も、有権者の地域感情だけでその結果が出てしまうのではないかと予想されていたが、一連の市民団体の行動で、こうした構図に地殻変動が起きる可能性も出てきた。また、「落薦・落選運動」は、選挙を「与党対野党」ではなく、「政界対有権者」という構図に変化させる側面も持ち合わせている。

 もちろん、市民団体の一連の行動は現行法の下では法に抵触する。「超法的行為を正当化する金大統領の見解に同調することができない。国の法と秩序を守ることを国民の前で誓約した大統領としては、とりあえず法を改正せよというのが順序ではないか」(『朝鮮日報』1月21日付、社説)と、市民団体の行動とこれに理解を示す金大中大統領を批判的に見る視点もある。議員数に比べて相対的に対象者が多かった連立与党の一つである自民連は猛反発し、市民団体の背後に大統領府と、同じく連立与党の民主党がいるとする「陰謀説」をとなえて、連立離脱も辞さないほどだ。また、市民団体にはいわゆる進歩派が多く、リスト選定基準の公平性に問題ありとする声もある。

 ●日本ではありえないのか

 日本では、選挙公示前であれば、市民団体が同様の運動を行えるようだ(公示後は公職選挙法第201条で政治活動一般が規制)。冒頭で紹介した『読売新聞』は、読者の質問に答える形で、「日韓の国情の違いもあり、日本で韓国並みの大規模な運動が起こる可能性は低いと見られています」と書いている。同紙は、「可能性が低い」という理由をはっきりと書いていないが、やはり日本ではありえないのだろうかと、日韓の政治文化の違いに関心を抱くものとしては興味を持たずにいられない。

 そもそも、日本のほうが市民運動の歴史は長いはずである。もちろん、現在の韓国は市民団体の力が急成長した。「大統領を除いて最も韓国社会を動かす勢力は何か」というある時事週刊誌の世論調査では、市民団体が政界(38.2%)、財界(31.6%)に続いて3位(28.6%)であり、日本で上位に来るであろう官僚集団は7位(8.7%)という結果が出た。今回の「落薦・落選運動」を、その時事週刊誌は最近号で「市民権力の『政治大掃除』」と書き、市民団体を「権力」と位置づけたほどだ。

 それにしても、冒頭で紹介したように、日本人が新聞を通じて、韓国政治の動きを肯定的に評価するとも思える立場から、日本でもこうした運動が可能であるのかと問うているのは興味深い。つい十数年前まで、日本の世論は「韓国から学ぶことなし」「われわれが民主化運動を助けてやる」とばかりに、その政治の停滞性の指摘や時の独裁政権への非難に終始していた。隔世の感である(それとも、韓国政治の変化のスピードに比べ、日本の政治をとりまく環境があまり変化しないので、隔世の感と思うだけなのか)。韓国に対して、「親しみを感じる人」(48.3%)が「親しみを感じない人」(46.9%)を11年ぶりに上回ったという総理府世論調査結果が最近発表されたが、韓国内政のこんな動きもプラスに作用した一因のかも知れない。(こはり・すすむ)


 小針さんにメールはkohari@u-shizuoka-ken.ac.jp
 トップへ 前のレポート

© 1998-2000 HAB Research & Brothers and/or its suppliers. All rights reserved.